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投稿ログ268 (No.4387 - No.4405)

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board4 - No.4387

Re:↑への苦言

投稿者:Ken
2003年07月19日(土) 22時47分

はじめにA.Naさんへ、

>言ったのは、ゲプハルト・ヒールシャーと言う人で、南ドイツ新聞の極東特派員だそうです。

そうでしたか。情報ありがとうございます。「南ドイツ新聞」という名前は聞いたことがありませんが(もっともドイツの新聞などまったく知らないので)、「欧米のジャーナリズム」などという一般的な言い方よりも、ずっとイメージが明確になります。インターネットで検索すると「Sueddeutsch Zeitung」というのがあったので、これかな?と思い、どういう主張をしているのか、社説を読もうと入ってみましたが、私には読めないドイツ語しかありませんでした。

モトラさん、

>戦勝国として当時の日本を絶対悪としておきたいであろう欧米メディアが、過去現在の日本をあしざまに書く朝日を「信用」するのは当然でしょうし。

つまり「正義の国アメリカが、悪い日本をやっつけた」という構図を作るには、朝日の論調は都合がよいというわけですか?

そのような解釈をされる根拠はどこにありますか?私はCNNやNYタイムズといった具体例を挙げました。これらが「アメリカ=正義」型の論調をするメディアだと示す番組や記事を、ご覧になったことがあるのですか?

それとも「戦勝国のメディアだから、そうに決まっている」という予断に基づいての発言でしょうか?

前者の場合は、私などが知らないCNNやNYタイムズの一面ということになりますので、是非教えてください。

それにしても、上のご意見は論理的な筋が通っていないように、私には思われます。モトラさんの説明を聞いてみないと判断はできませんが、少なくとも現時点では。

「大日本帝国」はアメリカの敵でしたから、過去の日本を叩く朝日の論調を喜ぶ、というのは一応筋が通っています。

しかし、戦後の日本はアメリカの同盟国となり、米軍を駐留させ、その補給基地となり、自衛隊を米軍の戦略に組み入れてきました。そして朝日は戦後日本の「そういう部分」を叩き、ひいてはアメリカの世界・アジア戦略に反発してきたのではありませんか?

「アメリカ=正義」と主張する勢力が、そういう相手となぜ仲よくなるのですか?矛盾ではないでしょうか。

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board4 - No.4388

Re:↑への苦言

投稿者:ゆきてゆきて
2003年07月20日(日) 00時06分

ドイツでは「ドイツはきちんと反省した。謝罪をまともに行っていない日本よりまし」という思いがあるそうなので、
ヨーロッパの中では反日思想が強い国だそうです。
ドイツのどこがまともに謝罪しているのかと、突っ込みどころはありますが。
(ついでに一番の反日国家はオランダ、二番目はイギリス)
そんなドイツの新聞記者が贖罪意識が強すぎる朝日新聞を「宗教新聞」と言ったところがすごいのではないかと思います。

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board4 - No.4389

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:どーもさん
2003年07月20日(日) 02時45分

> 田中芳樹氏は例えば貴殿の言う、人格的な攻撃を作中で、現実の人物に対して加えていますが、どうしてそこから問題提起を始めないのでしょうか。

子供を叱る時に「同様の行為だから」と瓦割りと同じ力で殴る空手家がいたらツッコミが入るのと同様、「同じ手法を使う」ってのはお互いが同じ程度の時に有効な手段なんですよねー。

政治家と小説家くらい上下に立場が違う場合、「双方に適用」するのは全然公平でも理性的でもねっす。

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board4 - No.4390

Re:↑への苦言

投稿者:シーカー
2003年07月20日(日) 05時05分

> 「アメリカ=正義」と主張する勢力が、そういう相手となぜ仲よくなるのですか?矛盾ではないでしょうか。

スルーのつもりだったけどここだけ気になったので、突っ込み入れさせて貰います。
まず完全が形而上にしか存在しない概念なので、現実には人間のする事は矛盾します。
次に外交などの政治手段に於いては二枚舌は当たり前、必要とあらば(リスクに対してリターンが大きいのであるならば)いつでも態度を翻すのが(善悪は別として)常識です。
日本から金を引き出すのに必要なら反米的な朝日のネタだろうが平然と使うのが欧米のやり方ですよ(個人個人の好悪や美徳とは全く関係ないのです)。
オランダを御覧なさい。
インドネシアを侵略して植民地化しておきながら、日本を侵略者と非難してのけます(オランダ人全部がそう思っている訳ではありません。国の論調として責任を日本に押し付けたいのです)。
イギリスを御覧なさい。
ユダヤにもイスラムにも「お前等にエルサレムをやるから協力してくれ(意訳)」と交渉して戦争に勝つ一助としたではありませんか。
あなたが「その約束は矛盾しています。どちらにもあげるのは無理でしょう」と言ったところで、「青臭い事抜かすな。勝たなきゃ始まらないんだよ!」と一蹴されるだけですよ。
それが今のイスラエル問題の始まりとなっていること等知らん顔です。
偏向報道ばかり見てないで、現実として行なわれていること(改めるべきかどうかはまた別問題です)に目を向けることをお奨めします。
良し悪しは別として力関係と利益配分が国際関係の基本なんですよ。

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board4 - No.4391

Re:では・・・

投稿者:泥爺
2003年07月21日(月) 04時50分

> > 目的である以上をそれは達成、もしくは達成されるために努力なさるべきではないでしょうか。
> > IKさんのおっしゃるように自分の言動には責任をもたねばならないという言葉には感銘しますが、ならば管理人氏が書かれている目的を達成するための努力が、こういっては失礼かもしれませんが、サイトの中であまりみうけられないのは残念に感じます。
>
>
> このサイトが田中芳樹に対して適切な態度を維持している限りは充分に目的に対する行動になっていると思います。
> そもそも、「努力」や「行動」とは、具体的にどのような事を言うのでしょうか?
> 抽象的な批判は理解に苦しみます。

赤の他人ですが横レス。

その「行動」が「目的」に対して、どの程度「効果」がありましたでしょうか?

例えば、先日出版された創竜伝の新刊から社会批評は無くなっていないし、無くなる気配というのも感じられません。(売上も順調。)

今のままで「目的」を達成することが出来るとは、私には思えないし
どど氏も「今のままでは無理」と思ったから質問したのでしょう。

それと、「努力」と「行動」について「具体的」に述べて欲しいとの事ですが、私やどど氏が考える必要はないと思いますが?
「目的」を達成したい人が考えるべきことでしょうから。

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board4 - No.4392

Re:では・・・

投稿者:宗助
2003年07月21日(月) 08時55分

> それと、「努力」と「行動」について「具体的」に述べて欲しいとの事ですが、私やどど氏が考える必要はないと思いますが?
> 「目的」を達成したい人が考えるべきことでしょうから。

さらに横レス失礼。
なぜそこで管理人さんに責任を転嫁しますか? 考える必要はあるでしょうに(笑)。管理人さんは目的に対し、サイトの運営(行動)と維持(努力)をしているわけです。それを貴方は批判しました。ならば、「貴方の良いと思う行動や努力とはなんですか?」と管理人さんは尋ねているわけです。それを「それは貴方が考えることだ」なんて発言責任を丸投げしたら、貴方は何が言いたいの? ってことになりませんか?

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board4 - No.4393

Re:では・・・

投稿者:不沈戦艦
2003年07月21日(月) 10時03分

> > > 目的である以上をそれは達成、もしくは達成されるために努力なさるべきではないでしょうか。
> > > IKさんのおっしゃるように自分の言動には責任をもたねばならないという言葉には感銘しますが、ならば管理人氏が書かれている目的を達成するための努力が、こういっては失礼かもしれませんが、サイトの中であまりみうけられないのは残念に感じます。
> >
> >
> > このサイトが田中芳樹に対して適切な態度を維持している限りは充分に目的に対する行動になっていると思います。
> > そもそも、「努力」や「行動」とは、具体的にどのような事を言うのでしょうか?
> > 抽象的な批判は理解に苦しみます。
>
> 赤の他人ですが横レス。
>
> その「行動」が「目的」に対して、どの程度「効果」がありましたでしょうか?
>
> 例えば、先日出版された創竜伝の新刊から社会批評は無くなっていないし、無くなる気配というのも感じられません。(売上も順調。)
>
> 今のままで「目的」を達成することが出来るとは、私には思えないし
> どど氏も「今のままでは無理」と思ったから質問したのでしょう。
>
> それと、「努力」と「行動」について「具体的」に述べて欲しいとの事ですが、私やどど氏が考える必要はないと思いますが?
> 「目的」を達成したい人が考えるべきことでしょうから。

 どうも勘違いされている方がいらっしゃるようですが、ここの管理人氏は「運動家」ではないのですよ。田中芳樹の首根っこをふん捕まえてでも認識を変えさせなければならない、なんてつもりは毛頭ありはしませんって。Web上で批判活動を展開し、それを本人と出版社に告知し、ここを見たことによって少しは考えてくれる「田中芳樹ファン」が出てくれれば十分だろう、と考えていることに何で一々文句を付けなきゃ気が済まないんでしょうか。

「田中芳樹の首根っこをふん捕まえて締め上げ、創竜伝を止めろと強要するとか、田中作品不買運動を起こして、出版社に抗議文を何度も送りつけ、夜討ち朝駆けで編集部を訪れ、表に街宣車を繰り出して大音声で喚き立てでもしない限り効果はない。『運動』を始めないと意味がないし、『運動』に邁進するこそ正義なのだ!」と考えるのは、「人それぞれですからご自由に」としか言いようがないですが、そんなことを管理人氏に押し付けてどうするんですかね。「そんなことは言っていない」というのは無しですよ。程度の問題はともかく(極端な表現にしましたのでね)、そういうことをやらないと意味がない、とあなたは考えているでしょう?

 つまりこういうことですよ。あなたの考えている「効果」と、管理人氏が考えている「効果」は、全然違うのです。あなたは田中芳樹本人か出版社に圧力を掛け「徹底抗戦」しない限り「効果」がないと考えているのに対して、管理人氏は「ここを訪れたファンに訴える」ことで「効果」があると考えている訳ですね。「自分の考える『効果』に、管理人氏も認識を合わせるのが当然だ!」なんて要求する方が異常だ、ということぐらい理解されるとよろしいでしょう。

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board4 - No.4394

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:IK
2003年07月21日(月) 11時08分

またみょうちきりんな理屈を作られましたね。それで言うなら最強の言論強者は最弱の人間であり、黒人で先住民で女性で身体障害者であればどんなみょうちきりんなことを言っても一切批判してはならないということですね。
と言うか、相対的強者である政治家に対する批判はその根拠もまったく問われないでいいのだと言うならば(私は日本の政治家がさほど強者だとも思いませんが)、一読者である私は当然、田中芳樹氏よりははるかに地位も名誉もありませんので何を言ってもかまわないということになりませんかね。

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board4 - No.4395

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:はじめの一歩
2003年07月21日(月) 14時52分

> 私が常々不思議なのは、こうしたパロディのみならず、私たちの田中芳樹氏ならびに氏の作品への批判に対する批判をどうして「私たちの言説」を起点にして始められる方が多いことです。
> 田中芳樹氏は例えば貴殿の言う、人格的な攻撃を作中で、現実の人物に対して加えていますが、どうしてそこから問題提起を始めないのでしょうか。

これは当然そのような現象が起こると予想されて然るべきだと思いますが、本当に不思議なのですか。
なにかを批評する表現もその表現自体が批評に去らされることも当然あり得ます。そして、批評に対して、論理・価値観などに疑問を抱いた場合、問題提起を批評に対して直接行うことは何ら不思議なこととは思われません。とくに本HPのような、ある程度の攻撃的な批評については、その批評自体の価値観・論理について様々な疑問が呈されるのは当然予想されて然るべきだと思います。

> あるいはそれを「フィクション」だ「ただの政治批判だ」というならば、管理人氏が田中芳樹氏を揶揄して書いたパロディだって「フィクション」であり「ただの政治批判」であり、前者と後者が違うのはただ固有名詞が違う、というだけです。
> 田中芳樹氏は何を書いてもアンタッチャブルであるべきだが、それに対する批判、批評はいっさいならないというお考えですか?
> それはもう私には「信仰」としか見えないですが。

この点については、私は田中芳樹氏の著作のことは分かりませんが、このパロディ小説自体にいくつかの問題を感じたので書きこみました。
それは
①明確な個人を対象としていることが明らかであるゆえに、法的(刑事民事ともに)に、名誉毀損が成立しうること(フィクションであると断っていることは、正当化理由になりません。また、同様に田中氏が名誉毀損行為を行っていたとしても、そのことは管理人氏の行為の正当化事由にはなり得ません。)。
②田中氏の頭髪について「禿」と侮辱的表現を用いていること
法的問題もさることながら、この表現を用いることの社会的・道徳的な意味を考えたのでしょうか。また、田中氏はこのような肉体的・先天的要素について、人格攻撃を行ったのでしょうか。
実は私は創竜伝のあまりのつまらなさに1巻の途中で読まなくなってしまったので比較が出来ないのですが、田中氏の表現と比較する以前に、このパロディ小説の表現には疑問を感じます。
田中氏の著作と比較するとすれば、田中氏の著作は、管理人氏が思っておられるほど個人を特定し、先天的な外部的評価を下げるべき事実を摘示して他人の外部的評価を下げているのか、それと比較して、自分の表現に個人の特定・摘示すべき事実について問題はないのか検討されたのでしょうか。
まあ、田中氏との比較については私自身が行っていないので、これ以上えらそうなことを言う気はありませんが、人がやっているから、その人に同じことをしてよいという理屈は(法的には勿論、常識的にも)成り立たないと思うのです。管理人氏が指摘される田中氏の著作の問題点は、具体的な事実を摘示されれば、このような醜悪なパロディ小説を用いずとも十分に理解できます(ただし、新聞社社長「稲垣」の例が、読売新聞社社長に対する人格攻撃といえるかについては俄かに同意しかねます。塩野七海氏に対する人格攻撃というのについては、よく分かりませんので教えて頂くとあり難いと思います。)。
要するに、田中氏がアンタッチャブルというより、管理人氏の表現されたものを単体として検討したときに、内容に疑問を感じたということです。

さて、私自身が今までのやりとりを重ねて同しても納得できないのは、小説の中に作者の政治的意見が表現されることが小説の作法や作家倫理的な観点から許されないという、このHPの基本的な態度です(なお、ここでいう政治的意見とは人格攻撃的な言説を含まないものと考えてください。一緒に議論すべきではないと思いますので)。どう考えても小説の良し悪しには影響しても、作家個人を攻撃する理由にはならないと思うのですが。

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board4 - No.4396

Re:一点だけですが

投稿者:不沈戦艦
2003年07月21日(月) 15時18分

> ②田中氏の頭髪について「禿」と侮辱的表現を用いていること
> 法的問題もさることながら、この表現を用いることの社会的・道徳的な意味を考えたのでしょうか。また、田中氏はこのような肉体的・先天的要素について、人格攻撃を行ったのでしょうか。

 海部俊樹首相(当時)と思われる人物について、「目と目の間が蟹のように離れている男」と、「肉体的・先天的要素」を揶揄した表現が、創竜伝にあった筈です。十分「侮蔑的表現」だと思いますが。

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board4 - No.4397

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:蜃気楼 
2003年07月21日(月) 16時12分

> ①明確な個人を対象としていることが明らかであるゆえに、法的(刑事民事ともに)に、名誉毀損が成立しうること(フィクションであると断っていることは、正当化理由になりません

 「判例」はないはずですが?
 どなたかがそのような学説を唱えておられるのですか?

 フィクションなのに名誉毀損が成立したら、歴史小説家は大変ですね、(実在の)登場人物全員を史実よりも「いい人」に書かないと子孫から訴えられてしまいます。

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board4 - No.4398

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:國臣
2003年07月21日(月) 16時21分

はじめまして、はじめの一歩さん。
横レスですが、反論させていただきます。

>これは当然そのような現象が起こると予想されて然るべきだと思いますが、本当に不思議なのですか。
はい。本当に不思議です。なぜならIKさんは「このHP内の言説が批判されること」に対して不思議がっているわけではなく、「このHP内の言説が批判される論理が、田中芳樹氏に対しては使用されないこと」に対して不思議がっているわけですから。
「田中芳樹はこんなひどい小説を書いているんだぞ」ということをわかりやすく説明する為のパロディに対して
>田中芳樹氏の著作のことは分かりませんが~
などと開き直られても困ってしまいます。
この場合、このパロディを批判する立場には
①同時に田中氏も批判する
②田中氏と管理人氏の表現の差異を指摘する
③この手法自体を批判する
という3種類の立場があると思いますが、はじめの一歩さんの立場が①でも②でもないことは明らかなのでおそらく③であると思います。
しかしこのような手法は特に珍しいものではなく、「ファンの意識に楔を打ち込む」という管理人氏の目的からすれば、有効かつ当然の手法といえるでしょう。田中氏と管理人氏の表現の差異を明確に指摘できない以上は、このパロディに対する批判はすべて田中氏にも跳ね返ることになり、それこそが管理人氏がこのパロディを書いた目的でしょうから。

ついでに。作家個人を攻撃するのに「小説の良し悪し」以上の理由があるのでしょうか?「駄目な小説を書いた小説家」が攻撃されることは当たり前で、それ以外の理由こそ副次的なものでしょうに。

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board4 - No.4399

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:モトラ
2003年07月21日(月) 17時51分

ようするに、肝心の「創竜伝」をろくに読んでいなかったのですかあなたは。管理人さんにも、擁護しようとする田中芳樹氏に対しても失礼のきわみですね。まじめにレスを返して損をしました。

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board4 - No.4400

Re:聞き飽きたであろう苦言

投稿者:IK
2003年07月21日(月) 20時40分

> これは当然そのような現象が起こると予想されて然るべきだと思いますが、本当に不思議なのですか。

田中芳樹氏の著作を読んでいないのならばそういう考えにもなるかと思われますが、読んでから言ってくださいね。
あなたがあのパロディを読んで感じたであろう不快は、ある意味当然でしょうが、「敢えて」そういう手法をとっているわけです。
あのパロディには創竜伝の手法を田中芳樹氏自身に応用したらどういうことになるかというロジックシミュレーションですので単体として「批評」したところで意味がないわけです。

> なにかを批評する表現もその表現自体が批評に去らされることも当然あり得ます。そして、批評に対して、論理・価値観などに疑問を抱いた場合、問題提起を批評に対して直接行うことは何ら不思議なこととは思われません。とくに本HPのような、ある程度の攻撃的な批評については、その批評自体の価値観・論理について様々な疑問が呈されるのは当然予想されて然るべきだと思います。

予想しておりますね。ですからこうしてお相手しているわけです。
私が不思議なのはそのダブルスタンダードぶりですね。これについては「創竜伝を読んでいない」ということですので、そもそもスタートラインにつかれていないようですので、多くを言いませんが、どうしても不快に思われるというならば、「田中芳樹氏と特定した箇所がありますか」と薄ら笑いを浮かべることも出来ます。
そもそもそうしたロジックで(フィクションだから)、田中芳樹批判に対して感情的な反発を示す人が多いわけです。それは多くはその人の単なる政治上の無知やらルサンチマンに由来していると私は見るわけですが、それがいかにご都合主義的かを明らかにするという目的があのパロディにはあります。
私はまるっきりパロディとは言い切れない、案外事実もあんなところではないだろうかと思っていますけど。

> この点については、私は田中芳樹氏の著作のことは分かりませんが、このパロディ小説自体にいくつかの問題を感じたので書きこみました。

> ①明確な個人を対象としていることが明らかであるゆえに、法的(刑事民事ともに)に、名誉毀損が成立しうること(フィクションであると断っていることは、正当化理由になりません。また、同様に田中氏が名誉毀損行為を行っていたとしても、そのことは管理人氏の行為の正当化事由にはなり得ません。)。

これはまったく田中芳樹氏にこそ言うべき言葉です。正当化もなにも田中芳樹氏の手法が存在してよいならば管理人氏の手法が存在してもいいわけです。
現にライトノヴェルの大家としての田中芳樹氏が存在し、講談社という日本を代表する出版社が問題の著作を出版しているのですから、こうした手法の明確な違法性は確立されていないと見ることも出来ましょう。
急いで付け加えますが、それを問題視しているのは管理人氏や常連諸氏の方であって、「フィクションである」という錦の御旗のもとにあくまで田中芳樹氏を擁護しようとする信者の人たちに分かりやすく説明するためにあのパロディは存在するのです。
本来、その危険性は自分で気づいてしかるべきなんでしょうね。中学生くらいならばしょうがないでしょうが、あくまでそれは「大目に見られている」ということを自覚して欲しいものです。
もしこの件で管理人氏が責められるとすれば「親切すぎた」ことでしょうか。

> ②田中氏の頭髪について「禿」と侮辱的表現を用いていること
> 法的問題もさることながら、この表現を用いることの社会的・道徳的な意味を考えたのでしょうか。また、田中氏はこのような肉体的・先天的要素について、人格攻撃を行ったのでしょうか。
> 実は私は創竜伝のあまりのつまらなさに1巻の途中で読まなくなってしまったので比較が出来ないのですが、田中氏の表現と比較する以前に、このパロディ小説の表現には疑問を感じます。
> 田中氏の著作と比較するとすれば、田中氏の著作は、管理人氏が思っておられるほど個人を特定し、先天的な外部的評価を下げるべき事実を摘示して他人の外部的評価を下げているのか、それと比較して、自分の表現に個人の特定・摘示すべき事実について問題はないのか検討されたのでしょうか。

こうしたことが行われているからこそ「問題視」しているわけです。何度も言いますがそれをノープロブレムと抗弁しているのは、田中芳樹擁護派ですよ。

> まあ、田中氏との比較については私自身が行っていないので、これ以上えらそうなことを言う気はありませんが、人がやっているから、その人に同じことをしてよいという理屈は(法的には勿論、常識的にも)成り立たないと思うのです。管理人氏が指摘される田中氏の著作の問題点は、具体的な事実を摘示されれば、このような醜悪なパロディ小説を用いずとも十分に理解できます

それが理解できない人が多いので困りものなのです。世の中の底辺はおそらくあなたが考えているよりもずっと深く広いのでしょうね。

> さて、私自身が今までのやりとりを重ねて同しても納得できないのは、小説の中に作者の政治的意見が表現されることが小説の作法や作家倫理的な観点から許されないという、このHPの基本的な態度です(なお、ここでいう政治的意見とは人格攻撃的な言説を含まないものと考えてください。一緒に議論すべきではないと思いますので)。どう考えても小説の良し悪しには影響しても、作家個人を攻撃する理由にはならないと思うのですが。

一緒に議論すべきではないというならば一緒に議論すべきではないでしょう。また稿を改めて、それに絞って問題提起をされることをお勧めします。

board4 - No.4401

ろりーた系?

投稿者:IAN
2003年07月22日(火) 06時09分

「遅い!」「鈍い!」作品の内容は面白い者が多いけど、スピードが…。待ちきれずに他作品へ浮気されても文句は言えないであろう。
※最近「青年(男)と少女」モノが多くないか? まるでロリータ(笑)

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board4 - No.4402

Re:ろりーた系?・パートⅡ

投稿者:IAN
2003年07月22日(火) 06時18分

本当に、最近は漫画に(ロリータ系が)進出してきたと思う。
…っは、もしや田中さんの少女(コドモ)好きは、父性愛からなのか?
なにやら勘違いしていたのなら、真に申し訳ないと思う程度には恥ずかしくない心を持ち合わせていてもよいのではないかと粛々と自分に問い掛けてみてもよいのではと感じるところが無きにしも有らずといった今日この頃でしょうか(作品中の某の真似)…

board4 - No.4403

過去ログ更新のお知らせ

投稿者:冒険風ライダー
2003年07月22日(火) 13時47分

HP「過去ログ資料館」に、
「田中芳樹を撃つ!」4代目掲示板の投稿4101~4400番
までをアップデート致しました。
過去ログをまとめて閲覧したい方は上記URLリンクからどうぞ。

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board4 - No.4404

フィクション・受け手側の問題について

投稿者:恵
2003年07月23日(水) 03時07分

こんにちわ、恵です。こちらこそ、ご丁寧なお返事ありがとうございます。
ふみ女さん、今回も懲りずにお相手よろしくお願いいたしますね。

<> 創竜伝の世界観は、実際わかりやすい図式だとは思いますし(特に中高生世代には)、汚職政治家を竜堂兄弟がなぎ倒していく展開自体には、わたしもそんなに違和感を感じていません(政治家の方々を擁護する気もまったくありませんし)。問題は、その経過に混入している田中氏の素の思想である「社会批判」にあるとわたしは考えています。

なるほど。うーん。
私は創竜伝の文庫本しか持っていませんが、確か後付かどこかに「これはフィクションです」って明記されていた気がするのですが…。今手元にない(実家にあります;)ので確かめられず恐縮ですが。
でも影響を受けられた方本人にも責任があると思います。中学生だから、高校生だからといって誤った情報にただ流されるのは、それは本人の責任だと思うのです。
誤った情報を流すことにも責任はありますが、それ以上にその情報を受け取った側で、判別することの方が非常に大事だと思います。情報化しているからこそ、いろいろな方法で少し調べれば、すばらしいお仕事をなさっている方もいらっしゃるのだ、ということがわかるはずですから。
なので、私は間違った情報の発信者だけに責任を追及するのはおかしい、と思います。(発信者を擁護しているわけではありません。念の為)>

☆「フィクション」・「受け手側の問題」

確かに、創竜伝には「この物語はフィクションです。実際の団体とは~」の文言は、しっかり明記されています。
ただ、「フィクション」と銘打ってあればどんなことを書いてもいいのかというと、わたしにはそうは思えないのです(例の職業差別表現や、容易に想像できる現実の特定個人を揶揄侮蔑する表現、偏向した社会批判など)。
社会批判そのものの問題にしても、ちょっと簡単にご説明しますと、

A.「フィクション世界の政治家が(フィクション世界の)主人公たちになぎ倒される・批判される」

は別段問題とは思えないけど

B.「フィクション世界の主人公たちが、明らかに現実の世界の社会・特定人物を批判する」

のは、「これはフィクションなのかノンフィクションなのか?」という疑問と、物語の構成的にも矛盾が生じる結果になって、おかしいと思うのです。現に、創竜伝の時間軸は冷戦崩壊前(90年代前半or21世紀を何年後かに控えた?)に始まった設定なのに、今ではストーリーとは直接関係のない社会批判の展開のためだけに2003年現在の社会情勢に無理矢理合わされています。何かストーリーを面白くするための必然というならこの無理な時間経過もまだ納得できるのですけど、ただただ、作中で(間違い・偏向の混じった)社会批判がしたいだけ、というのでは目もあてられません(ストーリー的には、90年代のままでもまったく問題ないはずです)。本当に社会に対して疑問があって世に何かを問いたいのなら、何もフィクション小説内のマス目を必死に埋めずとも、ノンフィクションの評論本として出版されればいいと思いませんか?実際、そういう作家さん(村上龍氏、落合信彦氏、柳美里氏etcetc.)はたくさんおられるんですけどねぇ…(ため息)。

また、社会批判は単なる作品のスパイス(副次的なもの)ではないのか?というご意見もあるでしょうけど、料理に限らず「スパイス」という存在は主となる「料理(創作物)」に対して量と質を適度に抑えて扱うからこそ副次的効果を発揮するのでしょうし、スパイスのためだけに料理そのもののバランスを壊すような行為は、それこそ本末転倒であるとわたしは思います。ソ連がいつの間にか消滅したり、登場人物たちが年をとらないのに、明確な説明もなく社会情勢が時間軸を超えて一気に変わったりすることが、少なくとも「創竜伝」という伝奇活劇小説に必要なのか、わたしにはとても疑問です。それらストーリーの時間経過の整合性をぶち壊している唯一の理由が「(間違い・偏向の混じった)社会批判がしたいだけ」というのは、どうもわたしには筋の通った(または質の高い)作品創りの姿勢には思えないのです。

また「受け手側の問題」ですけど、これはふみ女さんのご意見はわたしにはやや乱暴なものに思え、少し疑問を感じます。

<情報を受け取った側で、判別することの方が非常に大事だと思います。情報化しているからこそ、いろいろな方法で少し調べれば、すばらしいお仕事をなさっている方もいらっしゃるのだ、ということがわかるはずですから。>

このご意見は正論だとわたしも思います、わたしたち成人した社会人に対しては、ですけど。
でも、この論法で物事をまだ多面的・相対的に見ることに慣れていない「中高生」たちにも罪を着せるようなご意見はどうでしょうか。
確かに正論ですし、情報の多様化の事実もその通りです。でも、「ある情報に対して何が正しくて何が間違っているのか」を判断するという行為は、「そもそもこの情報は正しいのだろうか?」という疑いを持つ概念自体をインプットしていなければ行えない行動です。感受性豊かで、社会知識もまだ豊富でない中高生の年代は、残念ながらそういう概念自体を持っている人のほうが少ないのではないでしょうか?(わたしはそうでした。創竜伝の社会批判の受け売りで親に何の疑問もなく同じ社会批判を披露していましたし…(←恥ずかしい記憶です(-.-::))
普段目にすることの多いテレビのようなマスメディアでも「我々(の情報)を疑いなさい」などとは、まず言わないですしね。ましてや、「物事の相対化」などは学校では教えてくれないものでしょう。普通の人は、大人への人格成長の上で、徐々に経験則として理解していくはずです。その概念がない上に、(好きな作家、芸能人などから)特に影響の受けやすい年代ですから、そういう子らを対象にした小説は書き手のほうこそ、それなりに慎重な姿勢を求められるべきだとわたしは思います。そして、そもそも、正論も偏向論も入り混じっていることが「創竜伝」の社会批判の業の深さであり(これは皆さんの言われる「ミスリード」ですね)、全部が荒唐無稽・デタラメな内容なら、中高生とはいえ、さすがに信じ込む人のほうが少数なのではないでしょうか?
わたしは中学生のとき、創竜伝のディテールに対して「この情報は間違っている、この情報は正しい」という細かな判別は(「小説」の情報を頭から信じていたので)まったくできておりませんでしたけど、ふみ女さんご自身はどうでしたか?難しい問題ですけど、

「(巧妙な)嘘(フィクション)を教える大人(作家)」

「(巧妙な)嘘(フィクション)を見抜けない思春期の中高生」

という図式において、後者にも問題あり、というご意見には、残念ながらわたしは賛成できません(自分がそうだったから、というだけではないですよ、念のため)。
もちろん、ふみ女さんのおっしゃるように、ただ流されるだけというのも情けない話ではあるのでしょうけど、上記のような信じ込みやすい条件が揃っているという前提でのお話ですから。高校生にもなってウルトラマンが本当にいると無条件に信じている、というような次元の問題ではありませんからね。
教育を含めた今の社会システムが、思春期の年代からの(もっともらしい)情報に対しての判別化の概念をすでに常識化している、というなら話は別なんですけど…。

<すいません。私が言いたかったのは、恵さんがおっしゃることとは少し違うのです。
ここで議論されているのは、失礼して簡単にしてしまうと、「田中氏の社会批判や思想」を小説の中に無理に入れるな、ということですよね?
ならば、田中氏の明確な思想や社会批判を知った上でないと何も結論が出ないのでは、と思うのです。
ひとつの結論に達しなければ意味がない、という考えではありませんが、何だかすっきりしないのです。(我儘!?)
そんなん小説みりゃわかるじゃん、とおっしゃるかもしれませんが、小説で登場人物が言う意見が全て田中氏の意見とは限らないですよね。読者から見たら田中氏の意見にみえても、実は違うってことがあると思うのです。
ならば、生の田中氏の声を聞かなければ、何も変わらない気がして…。何だろう、堂々巡りといいますか、こんなにいろいろな方が(私はその中に入れませんが、、、考え浅いし)、いろいろなすごい意見を言い合っていても、むなしいような感じがしてしまうのです。残念だな、って。>

ふみ女さんは、「イギリス病のすすめ」という田中氏の対談本の存在はご存じでしょうか?こちらのHPでも、トップページから行ける「考察シリーズ(冒険風ライダーさんという方が執筆された田中作品の考察集です)でも紹介されているのですけど、創竜伝の社会評論がご自分の素の考えであることを裏付ける発言がいろいろ載っているようです(わたしもそちらの引用でしか読んだことがないのですけどね)。
それと、ここでお考えいただきたいのは、創竜伝の社会批判が田中氏の本当の思想であってもそうでなかったとしても、前者なら(こちらが一番問題ですけど)果たしてフィクション小説の中に書く妥当性はどうなのかという問題と、物語の時間軸構成をぶち壊して作品の完成度を低下させている問題、後者でもフィクションであったとしてもフィクションなら何を言っても(書いても)いいのか(偏向・間違い等)、という問題などが大きくある、ということです。対談本はこの疑問(フィクション・ノンフィクション)の決着をつける傍証の一つとなるでしょうし、例えそれが傍証でしかない(こちらでの議論が)決定的証拠のない推論・1考察であったとしても、論理的妥当性を追求する限りは、(前回も書いた通り)わたしには皆さんの姿勢は意味のある行為だと思えます。
ファンの形や意見は様々ですから、ふみ女さんが間違っていてわたしや他の方々が正しいというわけでは決してないのですけどね。わたしはわたしなりの根拠をもって、自分の1意見を提示させていただいているだけですから。むなしい、ということはないと思いますよ。あくまでここは、みんなで意見を出しあって考えたりするところですから。それ以上でもそれ以下でもないんだと思います。

<私もこのご意見には大賛成です。
筋道を立てて意見を言う、ということは自分を整理することに直結します。これは普段の日常生活でできるようで、なかなかできないことですよね。>

こちらの「場」としての価値や考え方を認めて
いただいて、ありがとうございます(…まるで管理人さんのような台詞ですね・笑)。

<でも、それなら何も田中氏・田中氏の作品を相手取ることはないのではありませんか?
管理人さんの思うところが、私にはちょっとわかりにくいです。
明確には示せませんが、どこか腑に落ちないのです。
それはそれでいいのですけど。管理人さんの考えが悪いとか嫌だとか全然わからん、というわけじゃないので。
ただ、私には理解しづらいだけです^^;
理解される方が大勢いらっしゃるみたいですので、私も理解できるように努力してみます。頭が固い自分を広げる一環にもなると思うので☆>

そうですね、普通に考えたら批判対象は何も田中氏だけでもいいはずなのですけどね。ただ、それこそ現在の政治や社会を批判するサイトはたくさんありますし、そういうことを議論したいだけなら、自分の趣味・思想に合ったサイトに行くべきなんでしょうね。わたしが今でも田中作品を好きで、期待しているからこそ、“こちらでだけ発言の機会をいただいている”のと同じように。
無理にこちらのすべてを理解したり、すべてに共感される必要はないと思いますよ。人はそれぞれ違っていて当然ですし、常連同士でも忌憚のない意見を言い合うことができるのがこちらの良いところなんですから。

<長々と、しかも脱線しまくってしまって、申し訳ありませんでした。お付き合いくださって、ありがとうございました。
それでは、またお伺いしますね。失礼いたします。>

いえ、こちらこそ、また長~~い文章になってしまいました(笑)わたしの悪い癖なのですけど、言葉足らずの文章にだけはしたくないので、ついつい、いつも説明の長い長文になってしまいます。
こちらこそ、いつも読みにくい長文におつき合いくださってありがとうございます。
それでは、失礼いたしました。

親記事No.4343スレッドの返信投稿
board4 - No.4405

Re:↑への苦言

投稿者:Ken
2003年07月23日(水) 23時48分

シーカーさん、

まずは、回答をいただき、ありがとうございます。

ただ、あなたのおっしゃることは、(1)論理の飛躍があり、(2)自己矛盾しているように、私には思われます。
(断定するつもりは、現時点ではありません。私の考察が間違っていると思うなら、反論してください。)

(1)論理の飛躍

今回の論争対象は、欧米の「ジャーナリズム」ではなかったのですか?

あなたは、オランダやイギリスの政府が二枚舌を用いた例をもって、ジャーナリズム一般が同じことをやっているような言い方をされているようです。

しかし、デモクラシーが支配する社会にあっては、政府が言うことと、ジャーナリズムが言うことは、必ずしも一致しません。(日本政府と朝日が好例ですね。)

特に、私は「CNN」「NYタイムズ」「SJマーキュリ」といった具体名を挙げています。もしこれらのメディアが「二枚舌」を使うと言われるのでしたら、彼らの国の政府ではなく、彼ら自身の実績を例に出すべきでしょう。

なによりも、朝日と提携している上記メディアは、そもそも「自国が正義」といった主張を日頃からしているのですか?その事実がないと、朝日の論調を都合よく利用している、という前提が崩れると思いますが。

(2)自己矛盾

あなたが言うとおり、ジャーナリズムが二枚舌で、お金をもらえばコロリと態度を変える存在なら、あなたが朝日を批判する根拠として挙げた「欧米のジャーナリズムに宗教新聞と呼ばれた」こと自体が、意味のないものになるではありませんか。そのドイツの新聞記者が、朝日の商売がたきから謝礼をもらって、そういう発言をしたのかもしれませんよ。

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