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投稿ログ242 (No.3962 - No.3971)

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board4 - No.3962

戦略・戦術の辞書の定義が変わる

投稿者:こんなの見つけた
2003年04月17日(木) 03時51分

> リンク集の編者曰く
> 「戦術は戦う為の技術。戦略は戦いを省略して楽に勝とうという発想」

既存の辞書の定義だと
戦略と戦術の区分が曖昧になると思うんですよ。

戦略…どこまでが全体「的」か?
戦術…どこからが部分「的」か?

「戦術は戦う為の技術。戦略は戦いを省略して楽に勝とうという発想」
strategyを戦略、tacticsを戦術と邦訳した先達の
センスを生かせる定義だと思うんですよ。

どうでしょうか?

board4 - No.3963

田中芳樹伝

投稿者:んーと
2003年04月17日(木) 04時03分

田中芳樹は作家として稚拙で幼稚なところがあり、間違った解釈の仕方があるだろう。ただ、これほど未知の人物を積極的に紹介している作家も他にいない。どの作家も信長だ秀吉だばっかりだ。作家としては問題あり(それはどの人にもいえることだ。)でも書かれている歴史上の英傑は実際に凄かったのは変わりは無い。過去ログみていると東郷も劉永福も傑物だ。どっちの方がすごいだのえらいだのはちんけなことだ。
ようするに田中芳樹に名文は書けません。思想家だと自分で思い込んでるところも単純だし、そこのところはわりきって見ればいいわけで、ただ単に豪勇の士と智謀の士をみて凄かったんだなあと思えばいいでけのことです。

親記事No.3948スレッドの返信投稿
board4 - No.3964

Re:戦略・戦術の辞書の定義が変わる

投稿者:星の猫3号
2003年04月17日(木) 07時20分

> > リンク集の編者曰く
> > 「戦術は戦う為の技術。戦略は戦いを省略して楽に勝とうという発想」
>
> 既存の辞書の定義だと
> 戦略と戦術の区分が曖昧になると思うんですよ。
>
> 戦略…どこまでが全体「的」か?
> 戦術…どこからが部分「的」か?
>
> 「戦術は戦う為の技術。戦略は戦いを省略して楽に勝とうという発想」
> strategyを戦略、tacticsを戦術と邦訳した先達の
> センスを生かせる定義だと思うんですよ。
>
> どうでしょうか?

マニアックなリンク集ですね。
戦略・戦術に関するこんなの見つけたさんの考察も参考になります。

board4 - No.3966

同盟の歴史学とフェザーン

投稿者:八木あつし
2003年04月20日(日) 12時01分

最初に敢えて言います。同盟軍最高の知将ヤン・ウェンリーの歴史への興味は、フェザーン自治領の誕生がなければ生まれなかったと!

自由惑星同盟のヤン・ウェンリーは、歴史家を目指しながら図らずも軍人になってしまいました。そのためヤンは、作中でよく歴史家志望のことを口にし、過去の歴史から学んだことを考えたり、話したりしています。
銀英伝1巻 P182上段~P183上段
<想像を絶する新兵器、などというものはまず実在しない。互いに敵対する両陣営の一方で発明され実用化された兵器は、いま一方の陣営においてもすくなくとも理論的に実現している場合がほとんどである。戦車、潜水艦、核分裂兵器、ビーム兵器などいずれもそうであるが、遅れをとった陣営の敗北感は「まさか」よりも「やはり」という形で表現されるのだ。人間の想像力は個体間では大きな格差があるが、集団としてトータルで見たとき、その差はいちじるしく縮小する。ことに新兵器の出現は技術力と経済力の集積の上に成立するもので、石器時代に飛行機が登場することはない。
 歴史的に見ても、新兵器によって勝敗が決したのは、スペイン人によるインカ侵略ていどのもので、それもインカ古来の伝説に便乗した詐術的な色彩が濃い。古代ギリシアの都市国家シラクサの住人アルキメデスは、さまざまな科学兵器を考案したものの、ローマ帝国の侵攻を防ぐことはできなかった。
 想像を絶する、という表現はむしろ用兵思想の転換に際して使われることが多い。そのなかで新兵器の発明または移入によってそれが触発される場合もたしかにある。火器の大量使用、航空戦力による海上支配、戦車と航空機のコンビネーションによる高速機動戦術など、いずれもそうだが、ハンニバルの包囲殲滅戦法、ナポレオンの各個撃破、毛沢東のゲリラ戦略、ジンギスカンの騎兵集団戦法、孫子の心理情報戦略、エパミノンダスの重装歩兵斜線陣などは、新兵器とは無縁に案出・想像されたものだ。
 帝国軍の新兵器などというものをヤンは恐れない。恐れるのはローエングラム伯ラインハルトの軍事的天才と、同盟軍自身の錯誤――帝国の人民が現実の平和と生活安定より空想上の自由と平等を求めている、という考え――であった。それは期待であって予測ではない。そのような要素を計算に入れて作戦計画を立案してよいわけがなかった。>
(ここ冒険風ライダーさんの3787レスからコピペ(笑))

他にもヤンは十字軍や古代王朝など様々な歴史知識を、まるで「美味しんぼ」に登場する山岡士郎の食のうんちくの如く語っています(笑)。
しかし私はふと疑問に思いました。そもそも自由惑星同盟の成立を考えると、正しい歴史を本当にヤンが学ぶことができるのかと。

新書1巻14P
<叛徒の眷属として奴隷階級に落とされ、過酷な労働を課せられていたアルタイル星系の共和主義者たちが、自ら建造した宇宙船を使っての逃亡に成功した>

同盟の建国者たちは、銀河帝国の過酷な労働を課せられていたアルタイル星系で奴隷階級でした。ここで考えたいのはアルタイル星系の住民たちはどうのような結果、奴隷階級となり、そこにいたのかです。時は帝国歴164年。帝国成立時のようにそこら中に共和主義者がいた時代ではありません。
アルタイル星系にいる奴隷達は、その親の世代が帝国に叛乱を起こして失敗し、子供や親族が大量にアルタイル星系に奴隷として送り込まれたのか? それともまだまだ共和主義者は帝国内に多くおり、捕まったものが片っ端からアルタイル星系に送り込まれたのか? まぁもしかしたらすでに1世代どころか2~3世代も経った、歴史ある奴隷星系かもしれませんが(笑)。
しかしアーレ・ハイネセンは、社会秩序維持局やこれまでの逃亡の失敗例を知っていることから、一時は平民階級だった可能性もありますね。
そこで問題です。アルタイル星系には奴隷たちの子供もいましたが、歴史の勉強をきちんと教えられていたでしょうか。奴隷の惑星にわざわざ歴史の勉強をさせる国はありません。せいぜい銀河帝国の輝かしい歴史だけでしょう。子供の親やアーレ・ハイネセンが子供の頃は平民だったのならば、少しは歴史を習い、幾ばくかは教えられそうですが……。果たして共和主義思想以外のことをハッキリと覚えていられるかどうか。特にあの銀英伝時代の勉強は、紙でなく光ディスクか何を端末画面に映して勉強をしています(ヤンも戦艦パトロクロスで書籍VTRを見ていましたし)。 奴隷たちが勉強用のチップやコンピュータを持ってはいないでしょうし、帝国も与えはしないでしょう。
このことから考えて、私は同盟建国時に共和主義思想(その実体は歪んだ共産主義思想?)の他には、人々の記憶からおぼろげに銀河連邦の成立、帝国の誕生などが残っているだけでしょう。頑張って覚えていたとしても銀河連邦以前の地球統一政府時代かな。ただ、叛徒となった歴史学の教授がいた可能性も捨て切れませんが……。さすがに地球重力圏内の遙か昔のことを全て覚えてはないでしょうし、教材や書籍は取り上げられていたはずです。
私としては、着の身着のままで逃亡したアルタイル星系の奴隷達が、正しい歴史、それも銀河連邦成立以前の歴史を知っていたとは思えません。普通に考えて無理だと思うのです。少なくともヤンの知っているような歴史は、まず不可能でしょう。

同盟建国から113年後、帝国と同盟は開戦! 銀河を二つに分けた(最初から二つしかありませんが(笑))大戦争が始まります。そこで同盟の存在を知った帝国内の共和主義者を中心に、帝国からの亡命者が大量に流れてきます。とはいえ、私としては亡命者もまた宇宙船に身を潜める形で、こちらもアルタイルの奴隷達同様、ほとんどが着の身着のままで亡命したとしか思えません。
少なくとも同盟が望むような、歴史のソフトを大量に持って亡命はしないでしょう。このままではヤンが生まれても、歴史教育・勉強など出来ません。ヤンが歴史に興味を持たなければ、銀英伝も始まりません。

そこで登場するのが、フェザーン自治領です。当初、自治領となったフェザーンは惑星が1つあるだけで、何の資本・経済力はありません。同盟に三角貿易を持ちかけようにも、まだ何の力もありません。また当時の同盟なら、フェザーンを帝国の手先と見なして貿易などをしないはずです。しかし同盟はフェザーンと商取引をするようになり、100年後には同盟経済のかなりの部分をフェザーンが占めるようになっています。
私が思うに、同盟-フェザーンの最初の貿易品目は、地球一惑星時代から現代まで続く歴史を商品として扱ったしか思えません。そうでなければ同盟人が古代地球時代からの歴史を知るはずがありません!
古代の骨董品や書籍もそうですが、特に同盟人が全く知らない古代から現在までの通史年表だけでも、過去の歴史が分からない同盟に取ってはレアメタル以上に貴重品です。帝国では定価分しか価値がなくても、歴史の知らない同盟では1万倍以上価値があるはずです。フェザーンは幾らでも同盟にふっかけることができるはずです。フェザーンは、歴史関係のソフトやら偉人伝や軍事史やら、もしかしたら帝国の子供用歴史学習セット(笑)も高額で同盟に売りつけたでしょうね。
同盟としては、これを飲まなければ帝国を打倒しない限り、過去の歴史を知ることができなくなります。涙を飲んで、購入したのでしょう。しかしこの歴史商品貿易により、同盟は過去を知ることができました。おかげでヤンも歴史家を志すことが出来るようになったわけです(笑)。
皮肉にも、この歴史商品貿易の儲けがフェザーン最初の資本になり、同盟経済に食い込む為の原資になったのでしょう。そして同盟経済は徐々に浸食されていきます。後の歴史は、銀英伝の通りでしょうね。

以上、暇つぶし考察 終わり。

親記事No.3966スレッドの返信投稿
board4 - No.3967

Re:同盟の歴史学とフェザーン

投稿者:Ken
2003年04月21日(月) 12時56分

八木あつしさん、

自由惑星同盟の建国者たちは、「奴隷」という言葉から私たちが想像するよりも、はるかに豊富な知識をもっていたかもしれませんよ。そのカギは八木さんの、

> 特にあの銀英伝時代の勉強は、紙でなく光ディスクか何を端末画面に映して勉強をしています
>(ヤンも戦艦パトロクロスで書籍VTRを見ていましたし)。

という指摘にあります。人類の歴史をすべて網羅した資料となると、私たちの多くは図書館の書架を埋め尽くす書籍群を想像するでしょうが、アーレ・ハイネセンの時代の人にとっては、靴のかかとに秘匿できる大きさの数個のチップかもしれないのです。すると、次のような想像が可能になりませんか?

ルドルフによる弾圧が始まった頃、共和主義の思想をはじめ、多くの人類の知的資産が破壊されることを予見した人が、集められる限りの資料を集めてマイクロチップ(光ディスクでも結構ですが)に記録した。

しかも、まともに記録するのではなく、巧妙に暗号化してあって、特殊なコードを入力しないで再生すると、「鋼鉄の巨人ルドルフ」を讃えるビデオが現れる仕掛けになっている。

そのメディアと暗号解除コードは親から子へと、または同志から同志へと、ひそかに伝えられていった。それを読むためのデバイスを、帝国は奴隷たちに与えなかったが、秘匿されたチップやディスクのすべては摘発できなかった。奴隷たちは「いつの日か読める時が来る」ことを信じて、秘匿し続けた。

そして奴隷たちが自由を回復したとき、ついに読むことができた。それがイオン・ファゼカス号の船内だったか、80隻の恒星間宇宙船の中だったか、それとも自由惑星同盟の建国後のことだったかまでは分からないが。

という裏設定はどうでしょうか?

これなら、アーレ・ハイネセンたち「長征一万光年」の参加者でも、その後の亡命者でも情報を持ち出せるのではないでしょうか?ポイントは、大量の情報を極小のメディアに記録する技術の存在にあります。(個人的推測ですが、現在の技術でも、銀英伝全巻をテキストファイルにしたら、FD四~五枚に収まるのではないかと思います。通常の市立図書館にある全蔵書ならDVD十枚かな?)

とくにジークマイスター提督などは、高級軍人の特権をフル活用して集めた資料をチップに焼いて亡命したかもしれないし、亡命後もミヒャールゼンに情報を送らせたかもしれませんね。

実は、もう一つの可能性も考えたのです。それは、帝国の機密データベースをハッキングして情報を盗み出すことです。

ですが、この案は捨てました。敵のサーバへのクラックが可能なら、帝国軍にだってできるでしょうし、そうなるとフェザーンを物理的に占領しなくても、同盟領の航路図くらい盗み出せるでしょうから。

もちろん、フェザーン経由で歴史を買ったというのも、立派な仮説です。

親記事No.3966スレッドの返信投稿
board4 - No.3968

Re:同盟の歴史学とフェザーン

投稿者:八木あつし
2003年04月22日(火) 16時47分

Kenさん、お久しぶりです。直接のレスは久々ですねぇ(^^;)

確かに、銀英伝時代の光ディスクだったら通史などは全て入りそうですね。そういえば地球教団の数百年の歴史も一枚の光ディスクに収まりましたし。
アニメ版銀英伝を見ると、帝国の領民(貴族領)はかなりレトロチックな農民でした。そして歴史の勉強も銀河帝国の歴史ぐらい教えられていないような。だったら農奴・鉱山奴隷はさらに酷いだろう、と考えた次第です。もっとも帝国歴100年前半と帝国歴400年後半では、帝国の文明が衰退・退化している可能性が高いので、何とも言えません。
とは言え、どの時代でも奴隷達に歴史の勉強はさせないでしょう。差別されているものが、過去の(栄光の)歴史を知るとロクなことを考えません。やはり扱う機械の工学知識のみ教えられるでしょう。
ただKenさんの考えられた奴隷達が歴史の光ディスクなどを隠し持っていた可能性はあります。ただアルタイル星系の環境から、最初から人が住んでいた惑星だとは思えないので、アルタイルの奴隷達は強制収容組(とその子孫)の可能性が強いです。奴隷として身体1つでアルタイル星系に強制的に送り込まれた場合は、さすがに光ディスクやチップを隠し持ってはいけないでしょう。
やはりアルタイルの奴隷達が、光ディスクを隠し持っていたと考えるのは難しい気がします。(まぁ奴隷達がドライアイスの宇宙船を造ったり、無名の一惑星で恒星間宇宙船を80隻造る方が余程おかしいのですが……)
歴史学は置いておくとしても歴史のある美術品や書物などは、フェザーン最初の対同盟貿易の筆頭商品だったでしょうね。旧地球時代からの美術品は全て帝国領内にあり、亡命者たちも大量に持ってこれはしないので。同盟の好事家たちや歴史家にとっては、垂涎の商品でしょう。
また歴史の浅い同盟にとっては、銀河連邦の後継者との自負から連邦時代の著名な美術品は必須だと思います。

親記事No.3950スレッドの返信投稿
board4 - No.3969

Re3951:山本弘からの「反論」 転載&再反論編

投稿者:冒険風ライダー
2003年04月24日(木) 11時35分

 以前に私がタナウツ掲示板にて行った山本弘関連の投稿についてですが、それに対して山本弘掲示板の方で何やら反応があったようです。どうやら私の投稿をあちらの掲示板に転載した人がいたらしく、それに対して山本弘本人をはじめとする幾人かが反論を返しているという図式です。
 その詳細および全容については、No.3950に記載しておいた「田中芳樹問題スレッド」のリンクを参照してもらうことにして、ここでは山本弘本人の投稿のみを再び取り上げてみたいと思います。
 あちらの掲示板に掲載された山本弘の投稿内容は以下の通りです。ちなみにここで名前が挙がっている「asai」というHNの人が、私の投稿を転載したようです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
No.9599 - 2003/04/23(Wed) 11:46
Re: 田中芳樹問題 / 山本弘

 asaiさん、こんにちは。
 まず最初に警告しておきます。あなたの発言は不必要に長すぎます。引用箇所は必要最小限にとどめるのがマナーです。
 これ以上、このような行為を続けられるようであれば、本掲示板への悪質な妨害行為とみなし、削除いたしますので、そのつもりで。

><確かにこの小説にはトンデモない描写が多かった。科学が高度に進歩しているはずの未来世界で、宇宙航行を限定する2つの回廊が存在するとか、携帯用のレールガンが存在するとか、宇宙の全ての惑星が同月同日で季節の変化も同一であるとか、氷塊が一恒星系内で一気に亜光速航行に達して軍事衛星を破壊するとか、作中人物が孤立した要塞で何十年間も外部補給なしで籠城することを当然視しているとか、明らかに頭の悪い奴が書いた小説だ。>

 はて、「宇宙の全ての惑星が同月同日で季節の変化も同一」ですって? 1巻の第3章でちゃんと、惑星によって自転周期が異なることは明言されていますし、そのうえで24時間を1日、365日を1年とする標準暦が使用されているという説明がされていますよ。「全ての惑星が同月同日」なのは標準暦を使っているからです。
 田中氏はちゃんとそういう点にも気を使って書いてるんです。

>でも、『銀英伝』はたぶんそうじゃないと思います。だって、いくら何でも「宇宙空間であのような形式の艦隊戦が展開できる」と思ってる読者はそう多くないだろうし、それに合わせて作中の様々に矛盾している戦闘描写を描いたというなら、それ以外の賢い読者にバカにされるであろうことをまったく計算していなかったわけで、これは本物のバカです(^^;)>

 じゃあお訊ねしますが、科学的に正確にどうやって『銀英伝』が書けるのですか?
 無理である、と僕は断言します。科学的に厳密であろうとするなら、宇宙空間での艦隊戦闘なんてものはとても成立しません。むしろ「賢い読者」ならそれが分かります。
 宇宙空間に回廊があるというのも同じことで、ストーリー上の必然性なのです。科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです。
 対する『アルマゲドン』はどうでしょう。小惑星の上で風がびゅうびゅう吹いてたり、流星が宇宙空間で燃えたりすることに、いったいどんな必然があるというのですか? なくたって支障はないでしょう?

>確かにこの小説にはトンデモない描写が多かった。現代世界を舞台にしている小説中で、人間がドラゴンに変身するとか、そのドラゴンが重力制御やソニックビーム・気象制御などの超常的な現象を単体で発生させるとか、現代文明の水準をはるかに上回る技術で動く宝貝やタイムマシンが仙界や天界に存在するとか、人間世界が少数の特定財閥や牛の怪物に支配されているとか、全ての歴史的事件が影の黒幕の陰謀によって操られているとか、明らかに頭の悪い奴が書いた小説だ。

 あなたの論理からすると、「SFやホラーやファンタジーを書く人間はみんな頭が悪い」ということになっちゃいますが、そんなことを本気で主張されているのですか?
 どうもあなたは、僕の主張をまったく理解しておられない。「現実離れした話を書く奴は頭が悪い」なんて、誰も言ってやしません。創作者の頭の良さは、プロットの組み立て方、キャラクター描写、オリジナリティなど、様々な要素から判断されるべきです。
 だから「時限爆弾に赤と青のリード線」とか「脱出寸前に車がエンストを起こす」なんてシーンを平然と書く脚本家は頭が悪い、と言っているのです。何も考えずに、テンプレート通りの物語を書く奴は、創作者として失格。それを田中芳樹作品と同列に論じるのは暴論でしかありません。
 あなたの理屈は言い換えればこうです。

「ウマのことを『大きな動物』と言い、ハムスターを『小さな動物』と言う奴がいるのはおかしい。ウマもハムスターも、シロナガスクジラに比べればはるかに小さいのに。
 ハムスターが『小さい』のならウマも『小さい』はずである。なぜ一方は大きくて一方が小さいなどと矛盾したことを主張するのか。これはダブルスタンダードではないか!」

 違うのは、動物の大きさと違って、作品の良し悪しは物差しや体重計では具体的に測定できないってことですね。だからと言って、良し悪しが計れないってわけじゃないんですけど。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 しかし、私はこれを一読して後しばらく呆然としてしまいましたね。山本弘は私の主張の核となる部分には一切言及しなかったばかりか、よりによって「インディペンデンス・ディ」と「アルマゲドン」評価の際に山本弘自身が使った論法を風刺するために、あえて山本弘自身の論法を田中作品に当てはめてみせた箇所に対して「のみ」反論を加えていたからです。このことが一体何を意味するのかということすら、山本弘には理解することができなかったのでしょうか?
 その山本弘の滑稽な実態については後ろの方で言及するとして、とりあえず手近なところから反論を加えていきましょう。

<はて、「宇宙の全ての惑星が同月同日で季節の変化も同一」ですって? 1巻の第3章でちゃんと、惑星によって自転周期が異なることは明言されていますし、そのうえで24時間を1日、365日を1年とする標準暦が使用されているという説明がされていますよ。「全ての惑星が同月同日」なのは標準暦を使っているからです。
 田中氏はちゃんとそういう点にも気を使って書いてるんです。>

 これは山本弘の根拠のない思い込みですね。
 実際には田中芳樹本人が、銀英伝10巻あとがきで以下のような主張を展開しています。

銀英伝10巻あとがき P241
<ただ、作者が承知してやっていることもあります。たとえば、一万光年離れた惑星オーディンと惑星ハイネセンとで、同月同年同日ということはありえませんし、第一巻で私は惑星の自転・公転・暦の関係についてすこし書きましたが、後の巻では、よほど特殊な環境の例を除いて、いちいち言及しませんでした。また季節についても、惑星ごとに当然ちがうでしょうし、同じ惑星でも北半球と南半球ではことなります。そもそも地軸が黄道面に対して傾斜していない惑星では、季節の変化がありません。これらをすべてひっくるめて、季節の変化を地球北半球のそれに合わせてしまったのは、この作品においては、とくに回想シーンにおいて、季節感の描写が必要だったからです。フィクションのなかでの約束事として、ご許容ください。>

 というわけですので、「田中氏はちゃんとそういう点にも気を使って書いてるんです」という主張は完全に間違いです。
 そして田中芳樹は、自分が作った作品設定が「科学考証の観点から見て完全に間違っている」ことを自分でも充分に承知の上で、「とくに回想シーンにおいて、季節感の描写が必要だったから」などという「【科学考証の観点から言えば】さして重要とも思われない理由」に基づき、山本弘曰く「科学考証に全く耐えられないバカな設定および描写」を銀英伝の作中で堂々と描いていたわけですから、これは山本弘がさぞかし忌み嫌っているであろう「観客の知能にあわせて間違った描写をする」に該当するのではないのですか?
 それから山本弘は、私が銀英伝の作中から「科学考証ミスの実例」として適当に挙げてみた5つの事象のうち、科学考証の観点に基づいた主張としては「宇宙の全ての惑星が同月同日で季節の変化も同一である」についてのみ言及しているだけで、あとの4つ「宇宙航行を限定する2つの回廊が存在する」「携帯用のレールガンが存在する」「氷塊が一恒星系内で一気に亜光速航行に達して軍事衛星を破壊する」「作中人物が孤立した要塞で何十年間も外部補給なしで籠城することを当然視している」については何も反論していないようですし、特に「携帯用のレールガンが存在する」「氷塊が一恒星系内で一気に亜光速航行に達して軍事衛星を破壊する」の2つについては、「【科学考証の観点から言えば】杜撰な設定であること」を、他ならぬ山本弘自身が自ら積極的に認めているわけなのですから、山本弘的理論に従えば、これらの「杜撰な」設定が存在する銀英伝という作品を「インディペンデンス・ディ」と「アルマゲドン」と同レベルの「トンデモ作品」扱いすることに何の問題も生じないはずでしょう。
 このような「(山本弘的理論から言えば)読者を愚弄する許しがたい蛮行」が公然と行われており、かつ「(山本弘的理論から言えば)それに見事に騙されている問題のあるファン」があまりにも多いであろう銀英伝に対して、「インディペンデンス・ディ」と「アルマゲドン」を評価した際の、「科学考証に全く耐えられないバカな設定および描写」に基づいて映画制作者や映画ファン達を「バカ」呼ばわりまでする、その舌鋒鋭い山本弘的批判手法が何故展開されないのか、やはり私には非常に不思議に思えてならないのですが。

<じゃあお訊ねしますが、科学的に正確にどうやって『銀英伝』が書けるのですか?
 無理である、と僕は断言します。科学的に厳密であろうとするなら、宇宙空間での艦隊戦闘なんてものはとても成立しません。むしろ「賢い読者」ならそれが分かります。
 宇宙空間に回廊があるというのも同じことで、ストーリー上の必然性なのです。科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです。
 対する『アルマゲドン』はどうでしょう。小惑星の上で風がびゅうびゅう吹いてたり、流星が宇宙空間で燃えたりすることに、いったいどんな必然があるというのですか? なくたって支障はないでしょう?>

 「ストーリー上の必然性」であれば、そもそも「インディペンデンス・ディ」のC・ウィルス関連の設定や描写だって、劇中では充分に「ストーリー上の必然性」で発生しているのですから、「科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです」という論法が当然使えるでしょうし、「アルマゲドン」もまた、「大都市を狙ったかのように隕石が【偶然】落下する事態が発生する」とか「小惑星の上で風がびゅうびゅう吹いてたり、流星が宇宙空間で燃えたりする」とかいった描写が「ストーリー上の必然性」として存在しているのですから、こちらも当然「科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです」ということになるはずでしょう。
 その「ストーリー上の必然性」に対して、どこからともなく一方的に持ち出してきた「科学考証」とやらを使って「【科学考証の観点から言えば】こんな描写はありえない」などといった御託を並べるのは「科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです」という山本弘自身の主張に明白に反していますし、ましてやそれに基づいて、「ストーリー上の必然性」を「意図的かつ確信犯的に」描き出して映画の雰囲気を盛り上げるように製作した映画制作者や、そのような映画に特に疑問を抱くこともなく素直に感動している映画ファンに対してまで「バカ」呼ばわりするのは、失礼ながらいささか常軌を逸していると言えるのではありませんか?
 それに、山本弘は映画「ボルケーノ」に対しても、「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」と全く同様のスタンスで評価していましたよね↓

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今週は『ボルケーノ』 投稿者:山本弘  投稿日:12月 3日(火)10時30分20秒

 『spa!』連載の「空想科学研究所」、今週は『ボルケーノ』なんですが……。

 ごめん、この映画に関しては、『アルマゲドン』同様、擁護する気がまったく起きません(^^;)。
 だいたい、「ロサンゼルスのど真ん中で火山が噴火」って、「地球に巨大隕石が落下」よりもありえないことなんだけど……
 まあ、一種の怪獣映画として楽しむべきなのかもしれませんが。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 しかし「ボルケーノ」という映画では、山本弘曰く「ロサンゼルスのど真ん中で火山が噴火」という設定がとても重要な「ストーリー上の必然性」として存在しており(これがなかったら「ボルケーノ」という映画自体がそもそも成立しえない)、それを前提として脚本が書かれていたわけですから、「科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです」というのであれば、当然その辺りは大目に見るべきところなのではないのですか?
 第一、「【山本弘的理論に基づいた】ストーリー上の必然性」とやらを判定する「客観的な判断基準」というのは一体どこに、どんな形で存在するというのでしょうか? ここまで自信を持って断言するからには、当然ながら「銀英伝・創竜伝をはじめとする田中作品」には適用されて「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」には全く当てはまらない形での、さぞかし万人を納得させられるだけの普遍的な理論ないしは概念に基づいた判定基準でも存在するのでしょうが、これが何らかの形で、しかも客観的かつ具体的に提示されなければ、「ストーリー上の必然性」という言葉自体が使用者の都合によって、いつでも恣意的に運用されるということにもなりかねないのではないかと思うのですけど。

<あなたの論理からすると、「SFやホラーやファンタジーを書く人間はみんな頭が悪い」ということになっちゃいますが、そんなことを本気で主張されているのですか?
 どうもあなたは、僕の主張をまったく理解しておられない。「現実離れした話を書く奴は頭が悪い」なんて、誰も言ってやしません。創作者の頭の良さは、プロットの組み立て方、キャラクター描写、オリジナリティなど、様々な要素から判断されるべきです。
 だから「時限爆弾に赤と青のリード線」とか「脱出寸前に車がエンストを起こす」なんてシーンを平然と書く脚本家は頭が悪い、と言っているのです。何も考えずに、テンプレート通りの物語を書く奴は、創作者として失格。それを田中芳樹作品と同列に論じるのは暴論でしかありません。>

 本当に救いがたいほどに「頭が悪い」としか言いようのない主張ですね。まさか自分の事を棚に上げて、こんな愚かしい解釈に基づいたレスを返されてしまうとは思ってもいませんでしたよ。
 まず「あなたの論理」という言葉自体がそもそも致命的に間違っています。私が使っていたのは正確には「件の『インディペンデンス・ディ』『アルマゲドン』『ボルケーノ』評価の際に使われていた【山本弘の論理】」であって、その主張の醜悪さとダブルスタンダード性を立証するために、意図的かつ確信犯的に「山本弘の論理」を銀英伝や創竜伝に当てはめる変換文章を「あえて」作り出していた、というのがあの文章の実態なのですけど。
 私は、ストーリーの流れや作品世界の約束事を無視してまで「科学考証の正しさ」とやらに意味もなく執拗にこだわった挙句、無為無用かつ悪戯に作品と製作者とファンを糞味噌に貶めるしか能のない山本弘などと違って、作品中のストーリーや設定や描写をそれなりには尊重するタイプの人間でしてね。あんな間違いだらけのロクでもない理由で作品と製作者とファンの全てを罵倒するような愚劣極まりない主張が「私の本心」などであるはずがないでしょう。だからこそ、私個人としてはあくまでも「山本弘の論理」に対して否定的であることを「それとなく」臭わせるために、「山本弘自身の主張を当てはめれば……」といった類の文章を何度もくどいほどに強調したのですし、No.3952の最後では、わざわざ「山本弘の論理」の醜悪さと滑稽さを風刺したパロディまで書いていたのですけどね。
 しかし、件の「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」評価を行っている山本弘には、その主張の正当性と一貫性を保つ「発言責任」というものが存在するはずでしょう。たとえその主張がどんなに愚劣で醜悪で滑稽なシロモノであったとしても、あくまでその正当性と一貫性を保持したいと考えるのであれば、当然「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」だけでなく、ありとあらゆるエンターテイメント作品全てに対して同一の基準を適用するべきですし、またそうしなければならないのです。にもかかわらず、「銀英伝」や「創竜伝」に対しては何故か同一基準の適用が全く行われていなかったからこそ、私は「あの作品に対しては何でこういった主張を展開しないのですか?」という論を展開することで「山本弘のダブルスタンダード性」を問題にしたわけです。
 そもそも、山本弘は自分で書いていて気づかなかったのですかね? 「創作者の頭の良さは、プロットの組み立て方、キャラクター描写、オリジナリティなど、様々な要素から判断されるべきです」という文章が、ただひたすら科学考証ベース「だけ」で論じた自分の「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」評価に対する致命的な大ダメージとなっていることに。いやそれだけでなく、今回の山本弘の投稿内容全てが、実は私の主張に対する反論どころか、鏡に写った「過去の自分自身の発言」に対する攻撃にしかなっていない、ということに。私の主張の核心部分について何ひとつ言及せず、山本弘的理論をベースに作成した「風刺目的の変換文章」に対してのみ大真面目なレスをつけているのでは、当然そうならざるをえないでしょう。
 山本弘がやっていることは、端から見たら「どうしようもなく愚劣で醜悪で滑稽な一人ボケツッコミ」を行っている以外の何物でもないのです。3流喜劇としてはなかなかお目にかかれない面白い見世物だとは思いますが、仮にも「と学会会長」ともあろうものがそんな無様な醜態を晒しているのでは、自分の地位や信頼だけでなく、下手をすれば「と学会」という看板そのものにも大きな傷がつくことになりかねないのではないですかね。

 今まで私が述べたようなことは、私の文章を普通に読んでいけば誰でも簡単に理解できる程度のことでしかないはずなのですけどね。山本弘は目先の科学考証にのみ固執するあまり、人並の文章読解能力をどこか遠くに置き去りにしてしまっているか、重度の視野狭窄症に陥っているかしているのではないでしょうか?
 このような人物が「SF作家」を自称し、かつ他人様の著書や作品を「トンデモ本」と認定する「と学会」の会長であるというのは、私には何かタチの悪い冗談でも聞いているようにしか思えないのですが。

親記事No.3950スレッドの返信投稿
board4 - No.3971

Re3951:山本弘からの「反論」 パロディ編

投稿者:冒険風ライダー
2003年04月24日(木) 11時58分

 ついでにもうひとつ、こんなものも作ってみました。
 こちらの方が、今回の投稿における山本弘の滑稽ぶりを表現しやすいでしょうしね。

No.0000 - ◎/○/▽ (■) ●:▼
Re: 田中芳樹問題 / □×△

 山本弘さん、こんにちは。
 まず最初に警告しておきます。あなたの発言は不必要に支離滅裂すぎます。公の議論の場で公開する文章は、まず相手が何を主張しているかを自らがきちんと理解した上で、何も知らない読者やROMに対しても、自分の主張や意図を正しく伝え、また誤読されたりしないよう常に心掛けるのがマナーです。
 これ以上、このような行為を続けられるようであれば、人並の正常な文章読解能力が完全に欠如しているものとみなし、あなたを「ダブルスタンダードだらけのトンデモ3流評論家」認定いたしますので、そのつもりで。

><確かにこの映画にはトンデモない描写が多かった。科学が高度に進歩しているはずの異星人のコンピューターが、地球人が一夜で作ったC・ウィルスであっさり麻痺してしまうとか、異星人が意味もなく人類絶滅を企むとか、明らかに頭の悪い奴が書いた脚本だ。>

 はて、「異星人が意味もなく人類絶滅を企む」ですって? 劇中で「資源を(イナゴの集団のように)奪い尽くす」という異星人の侵略動機が明言されていますし、そのうえで「抵抗されないうちに人類の主要な都市を攻撃して絶滅させる」という説明がされていますよ。異星人が人類絶滅を企むのは明確な侵略動機が存在するからです。
 「インディペンデンス・ディ」の映画製作者達はちゃんとそういう点にも気を使って脚本を書いてるんです。

>でも、『アルマゲドン』はたぶんそうじゃないと思います。だって、いくら何でも「宇宙に空気がある」と思ってる観客はそう多くないだろうし、それに合わせて小惑星の上に風を吹かせたというなら、それ以外の賢い観客にバカにされるであろうことをまったく計算していなかったわけで、これは本物のバカです(^^;)。>

 じゃあお訊ねしますが、科学的に正確にどうやって『インディペンデンス・ディ』『アルマゲドン』『ボルケーノ』のような映画を製作することができるのですか?
 無理である、と私は断言します。科学的に厳密であろうとするなら、「C・ウィルスを使った人類側の逆転劇」や「大都市をピンポイントで狙ったかのように落下する隕石」や「ロサンゼルスのど真ん中で火山が噴火」なんてものはとても成立しません。むしろ「賢い読者」ならそれが分かります。
 「アルマゲドン」で小惑星の上で風がびゅうびゅう吹いてたり、流星が宇宙空間で燃えたりする描写があるというのも同じことで、「劇中でも」言及されている「ガスが吹き出ている小惑星だから」という作品設定をベースにしたストーリー上の必然性なのです。科学を無視する必然があるなら、無視してよいのです。
 対する『銀英伝』はどうでしょう。携帯式レールガンが存在したり、氷塊が一恒星系内で一気に亜光速航行に達して軍事衛星を破壊したりすることに、いったいどんな必然があるというのですか? なくたって支障はないでしょう?

>確かにこの映画にはトンデモない描写が多かった。科学が高度に進歩しているはずの異星人のコンピューターが、地球人が一夜で作ったC・ウィルスであっさり麻痺してしまうとか、異星人が意味もなく人類絶滅を企むとか、明らかに頭の悪い奴が書いた脚本だ。

 あなたの論理からすると、「SFやホラーやファンタジーを書く人間はみんな頭が悪い」ということになっちゃいますが、そんなことを本気で主張されているのですか?
 どうもあなたは、自分自身の主張すらまったく理解しておられない。「現実離れした話を書く奴は頭が悪い」という主張は、他ならぬ山本弘自身が「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」を評価する際に自ら率先して述べていたことでしょう。「創作者の頭の良さは、プロットの組み立て方、キャラクター描写、オリジナリティなど、様々な要素から判断されるべきだ」というのであれば、山本弘自身が提示する「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」批評など、そもそも最初から成立しえないはずではないですか。
 だから「山本弘の『インディペンデンス・ディ』『アルマゲドン』『ボルケーノ』批評と同じ評価基準を田中作品に当てはめれば、当然『銀英伝』や『創竜伝』もまた『インディペンデンス・ディ』『アルマゲドン』『ボルケーノ』と全く同じように評価されなければならないはずなのに、なぜそうしないのか?」、と言っているのです。何も考えずに、個人的な好みに合わせて作品毎に常に異なる評価基準を用いて一貫性のない作品批評を行う奴は、「と学会会長」および「(山本弘定義による)田中芳樹ファン」として失格。それで田中芳樹作品を「インディペンデンス・ディ」「アルマゲドン」「ボルケーノ」などと同列に論じないのはダブルスタンダードでしかありません。
 あなたの理屈は言い換えればこうです。

「『同性愛とロリコンに対しては、共に人間本来の性的嗜好とは著しくかけ離れたものであり、道義的にも問題があると一般的にも考えられていることなどから、常に一般社会から猜疑と偏見に満ちた冷たい目が向けられている』と言う奴がいるのはおかしい。同性愛はともかく、ロリコンは社会的にも黙認されているというのに。
 現在の法律では同性愛による同性結婚は一切認められていないが、ロリコンは男女双方の合意に基づいていつでも結婚できるはずである。なぜ双方を無理矢理ひっくるめて『常に一般社会から猜疑と偏見に満ちた冷たい目が向けられている』などと差別的なことを主張するのか。これは暴論ではないか!」

 違うのは、一般的な人間の本能や性的嗜好などと違って、作品の良し悪しは物差しや社会常識では具体的に測定できないってことですね。だからと言って、良し悪しが計れないってわけじゃないんですけど。

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