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投稿ログ237 (No.3874 - No.3882)

親記事No.3868スレッドの返信投稿
board4 - No.3874

Re:素朴な疑問

投稿者:パンツァー
2003年03月18日(火) 13時58分

> >そもそも、どんなに精密かつ正しい計算を行おうが、(中略)、厳密な数値を厳格に算出した結果をベースに作品中にない裏設定を一方的にでっち上げても、そんなものは不沈戦艦さんも仰っているような「空想科学読本的ツッコミ手法による【精神的余裕のない】作品否定論」にしかなりえないでしょう。
>
> とおっしゃっています。この論法に沿って考えるならば、↑の数値計算によって導き出された「イオン・ファゼガス号は大質量である」といった根拠は空想化科学読本的なつっこみと同じ次元であると言えるのではないでしょうか。

上の冒険風ライダーさんの指摘は、作品中の一部に示されているデータを元に数値計算を行って論を展開しても、それに反するような事例が出たら、たちまちその論は崩壊する、という指摘でしょう。

例えば、この掲示板の一投稿者であるKenさんが、40.6光秒で敵を発見した事例から、銀英伝世界の索敵能力を40から50光秒が限界とする論を展開していました。
でも、これに明らかに反するような事例や、反するとしか言いようのない事例が出現したならば、たちまち、「索敵能力は40から50光秒が限界」とする理論は崩壊するわけです。

さらに言えば、作中に明確に、「索敵能力は(例えば)500光秒である」、といった記載があったならば、それを絶対視するのはよいでしょうが、一データに過ぎない40.6光秒で、索敵能力一般を語ってしまうのは無理がある、と言うことです。

イオン・ファゼガス号の重量推定に関しては、作中に示されている長さを元にした数値計算ですので、「一データに基づく全体の把握」をおこなっているわけではなく、根本的な間違いを犯す余地がありません。
言うなれば、「偵察艦の索敵能力は500光秒である」といった記載があったとする場合に、100隻の偵察艦があれば、半径500光秒の球を100倍した範囲の索敵が可能である、といった次元の話です。
ドライアイス船に関しては、「偵察艦の索敵能力は500光秒である」という記載に等しい「縦横高さのデータ」が作中に与えられているわけです。

board4 - No.3875

アスターテ会戦(作られた英雄たち)

投稿者:パンツァー
2003年03月18日(火) 16時26分

以前予告していたことですが、アスターテ会戦に見るヤンおよびラインハルトの天才性について、検討してみたいと思います。

銀英伝の冒頭におけるアスターテ会戦は、ラインハルトの天才性を描き出すための格好の材料として、設けられたものでしょう。
しかしながら、はっきり言って私は、ラインハルトの天才性に関して、この時点で躓いてしまった部分があります。これが天才なのか、と。
というよりもむしろ、作者(田中芳樹氏に限らず)が、天才と言うものを描き出すのが如何に困難か、ということを実感した次第でしょうか。
前置きはこのくらいにして、本論に入ります。

以下において、
参照すべき記載個所は、銀英伝1<黎明篇>の各章各節です。

☆1 戦闘開始前において
(1) 「退却」の必要性を認める帝国の将軍たち

アスターテ星域に赴く帝国軍において、
メルカッツ、シュターデン等の5人の将軍は、全軍の総司令官たるラインハルトに、意見具申します。

1章-1
<「戦いの正義は、(中略)ここは功にはやることなく、名誉ある撤退をなさるべきかと愚考するしだいです」>

つまり、帝国の将軍らは、自らの置かれた状況が「ダゴンの殲滅戦」の状況に似ているために、その再現を恐れて、「撤退」を検討しているのです。
繰り返すと、帝国の将軍らは、「撤退」するという選択肢に気がついているのです。

こんなことは当たり前だ、と思われる方もいられるかもしれませんが、銀英伝世界の人間にとっては、これが必ずしも当たり前ではないのです。

(2) 帝国軍「退却」の可能性を検討しない同盟の将軍たち

1章-5
<突然のどよめきが艦橋を圧した。(中略)「帝国軍は予想の宙域にあらず、急進して第四艦隊と接触するならん」「なんだと! そんな非常識な・・・・ありえんことだ」パエッタ中将の(以下略)>

少なくともパエッタ中将は、事前の段階において、「帝国軍は圧倒的に不利な状況にある」と認識していながら、その帝国軍が退却する可能性を検討していないのです。
帝国軍が「予定の宙域」にいる、と推測することは、敵が逃げもせず前進もしくは減速あるいは停止して戦闘態勢を取っている、と判断していることを意味します。

帝国軍が同盟軍3個艦隊を各個撃破にくる、とは予測し得ないとしても、「ダゴンの殲滅戦」を恐れる帝国軍が退却する可能性、くらいには思い至るものではないでしょうか。
少なくとも、帝国の将軍らは、「撤退」を検討しているのです。

ちなみに、他の同盟の2個艦隊の司令官に関しても、パエッタ中将と同様でしょう。
パストーレ中将<2章-1>、ムーア中将<2章-4>
括弧内の章の記載を参照すると。

つまり、
同盟の将軍たちは、帝国の将軍らよりも、能力の点において、二ランクくらいは劣るということなのでしょうか。

そして、以下で考察しますが、同盟の将軍たちが「帝国軍退却の可能性」を考慮に入れていれば、敵を逃さぬように、必然的に「敵情偵察とその分析」を重視して、敵の現在位置把握に努めることになるのです。その結果、敵の位置が把握されて、作中で描かれているような無様な各個撃破の憂き目に合うこともなかったはずなのです。

(3) ヤンの考察する敗北の理由

4章-4に、シトレ元帥に対してヤンが、アスターテ会戦敗北の理由を述べています。

1兵力の運用を誤った
2当初の予定に拘って時間を浪費した
3敵情偵察とその分析が不十分だった

ここで、特に重要なのは、3でしょう。
「敵情偵察とその分析」、これさえ出来ていれば、各個撃破を食らうことなどありえないのです。
敵が特定の艦隊に接近していることが探知できれば、その艦隊は速度を落とすか、逃げるかして距離を保ち、他の2艦隊は増速して敵艦隊に肉薄すればよいのですから。まさか、帝国軍が明らかに移動していることがわかってもなお、帝国軍が「予定の宙域」にいるはずだ、と考えるほどは、同盟の将軍たちも愚かではないでしょう(上で書いた同盟の将軍らの不見識を参考にすると、必ずしもそうとは言い切れないところが悲しい)。
少なくとも、絵に描いたような各個撃破を食らうことはないはずです。

(4) ヤンの提出した作戦案

<1章-5>の末尾に、ヤンがパエッタ中将に提出した作戦案が記載されています。
ここでは、同盟3個艦隊が、帝国軍1個艦隊を包囲しつつ疲労させる作戦が示されています。
しかし、敵がヤンの読み通りに、常に同盟のいずれかの艦隊に対して攻撃を仕掛けてくる、とは断定できないでしょう。帝国艦隊は、いずれかの艦隊に対して攻勢を行う代わりに、3個艦隊の艦隊間の間隙をついて、逃走するかもしれません。

そうすると、敵の逃走を防ぎつつ、ヤンの意図するように敵の包囲殲滅を行うためには、(3)で述べた「敵情偵察とその分析」が前提条件として必要なのです。敵の位置や移動方向が捕捉できて初めて、有効に包囲殲滅作戦を展開できるのです。

それに、「敵情偵察とその分析」さえできていれば、ヤンの「作戦案」に従うか否かに関わらず、同盟軍は各個撃破を食らうこともなく、どのようにでも帝国軍を料理できるのです。別に敵の疲労を待つまでもなく、3個艦隊が同時に帝国艦隊に突入して、一気に勝負をかけてもよいのですから。

つまり、ヤンの「作戦案」などは問題ではなく、はるかに重要なのは、「敵情偵察とその分析」なのです。

ヤンも、パエッタ中将に対して、自らの「作戦案」を披露する代わりに、「敵が退却する可能性」を示唆していたなら、積極果敢な中将なのですから、これを入れたかも知れません。
恐らくは、「ダゴンの殲滅戦」の再現を意図しているパエッタ中将なのですから、「圧倒的有利な状況」の中で、帝国艦隊を逃がしたいはずもないでしょう。敵を捕捉して逃さぬために、「敵情偵察とその分析」を是非とも徹底して欲しい、とヤンが具申すれば、案外すんなり受け入れられたかもしれません。

(5)戦闘前における結論

ヤンは、アスターテの戦場においては、もっとも重要な要素である「敵情偵察とその分析」を重視しておりません。
「敵情偵察とその分析」が出来ていれば、帝国艦隊に同盟3個艦隊が各個撃破されることもなかったのです。
そして戦闘前において、ヤンのしたことと言えば、「敵情偵察とその分析」の重視ではなく、先の「作戦案」の提出にとどまっています。

一方、ラインハルトは、同盟の将軍らが、「敵情偵察とその分析」を重視していないことを前提に、作戦を立案しています。「敵情偵察とその分析」が十分に行われているならば、ラインハルトが各個撃破を意図して、同盟のいずれかの艦隊に対して突撃を敢行しても、たちまち捕捉されて包囲殲滅されることになるでしょう。
同盟3個艦隊が帝国艦隊の位置を捕捉できてなかったからこそ、ラインハルトの各個撃破作戦が成立しえたのです。

さらに言えば、帝国の将軍らが皆気がついている「退却の必要性」を、同盟の将軍らは気がついていない、ことをラインハルトは知っていたかのようです。
同盟の将軍らが「帝国艦隊の退却の可能性」を考慮の内に入れていると、ラインハルトが認識していれば、自らの率いる帝国艦隊の位置が、常に監視下に置かれている、もしくは置かれようとしている、と判断するはずだからです。

ヤンは重視すべき点を間違えており、ラインハルトは非常に甘い見通しの中で作戦立案を行っています。
ラインハルトに関しては、あたかも猪武者が生兵法に基づいて突撃したら、敵があまりにも愚かで偶然うまくいってしまった、かのような印象を受けるのです。

☆2 戦闘開始後において

戦闘開始後に関しては、詳しく考察できない部分があり、以下の疑問を列挙するにとどめます。

(1)時間の経過の問題
 <1章-1>で、帝国艦隊が6時間で接触予定の第4艦隊に対して、急速接近したとしても、4時間も戦闘していながら、なぜ第2・第6艦隊は第4艦隊の戦場に到達できないのか。帝国艦隊が第4艦隊に対して6時間の位置の時点では、帝国艦隊に対して同盟3個艦隊はほぼ等距離
(2000光秒)の位置にいたのではなかったか。

(2)帝国軍の損害が皆無
 敵前で旋回して撃破されたエルラッハ中将以下2000隻を除き、なぜ、帝国艦隊には損害が見られないのか。
 側背から急襲された第6艦隊との戦闘では圧勝であったとしても、正面から戦闘したと思われる第4艦隊との戦闘は、消耗戦的部分があったのではないか。
 ランチェスター2次法則を適用すると、20000:12000の戦闘比であったならば、第4艦隊が全滅した際には、帝国艦隊に4000隻程度の損害があってもおかしくないのではないか。
 アムリッツア会戦におけるビッテンフェルトの失敗とやらも、なにかよく分からない理由ですし(銀英伝の艦隊戦における優勝劣敗の原則がまったく不明です。恣意的に作者が勝たせたいほうに勝たせているとしか思えない)。


つまるところ、私の印象としては、ラインハルトが天才とは、とても思えないのです。ラインハルトの甘すぎる見通しを補完するほど、(帝国軍の退却の可能性すら検討せぬ)同盟の将軍が愚かであったと言うだけであって。

ヤンにしても、後に「敵情偵察とその分析」の必要を反省するくらいなら、戦闘意欲旺盛なパエッタ中将を煽る形で、敵を逃さぬために「敵情偵察とその分析」が必要だ、くらいのことを言えばよいのです。そうすれば、無様な各個撃破など受けなくてすんだのですから。それとも単に、自らの作戦案とやらを提出することのほうが、はるかに重要だったのでしょうか。

ラインハルトもヤンも、稀代の戦術家、とは思えないと考える次第です。

親記事No.3868スレッドの返信投稿
board4 - No.3876

Re:素朴な疑問

投稿者:TAC
2003年03月19日(水) 00時49分

イオン・ファゼカス号とイゼルローン要塞の「体積」に関しては正しいんですが、
「質量」に関しては正しいかどうかは保証出来ないとは思います。

どちらも当然の事ながら中まで全部詰まっている訳ではないし、
イゼルローン要塞の装甲や構造材の比重も明らかにはなっていません。
従って両者の体積比から質量比を推定するのは、あまり意味がありません。
それにイオン・ファゼカス号は直方体ではないので、もっと体積は小さいでしょうし。

例えばイゼルローン要塞が113,040km立方が水銀で埋まっていると仮定すると、
約1500兆トンとなり、質量比は約6.5倍イゼルローンの方が重くなります。
もし劣化ウラン並の比重だと仮定すると約2300兆トンと約9.5倍です。
ひょっとしたらもっと比重の重い物質を使っているかもしれません。
従って体積では小さくとも質量では重い可能性は十分あります。

つまり構造材も目的も異なる対象を体積比だけで質量比を推定するのは、
いささか乱暴と言うべきではないかと……。

つまり比重等の諸元が分からない限り空想化科学読本的なつっこみと同次元でしょう。
移民船と戦闘要塞の比重が同じというのは考えにくいですから。
装甲はドライアイスよりはもっと比重の高い物質で作る物ですので……。

骨董収集家さんはそういう事を言っているのではないかと思います。

親記事No.3875スレッドの返信投稿
board4 - No.3877

Re:アスターテ会戦(作られた英雄たち)

投稿者:SAI
2003年03月19日(水) 09時11分

> つまり、
> 同盟の将軍たちは、帝国の将軍らよりも、能力の点において、二ランクくらいは劣るということなのでしょうか。

劣るということでしょう。パンツァーさんが考察したとおり、
まともにやれば同盟は負けません。新戦術はいらない。同盟の最大の
敗因は帝国はここにいるはずだ、という何の根拠もない思い込みです

だが、こんなことは戦史にはよくあることです。敵情をよく調べもせず
思い込みだけで行動して大敗を喫した例はいくらでもあります。

でなんでそんなことやったかというと、数は敵の三倍以上、しかも
包囲している、もう勝ったも同然だ、と油断していたからです。
いつの時代、いかなる場所でもまず同じ理由です。

>
> ヤンも、パエッタ中将に対して、自らの「作戦案」を披露する代わりに、「敵が退却する可能性」を示唆していたなら、積極果敢な中将なのですから、これを入れたかも知れません。
> 恐らくは、「ダゴンの殲滅戦」の再現を意図しているパエッタ中将なのですから、「圧倒的有利な状況」の中で、帝国艦隊を逃がしたいはずもないでしょう。敵を捕捉して逃さぬために、「敵情偵察とその分析」を是非とも徹底して欲しい、とヤンが具申すれば、案外すんなり受け入れられたかもしれません。

むしろ、圧倒的有利な状況なんだからそんなことはする必要はない、と
却下されたと思います。戦史においても具申する人間はいるんです。
軍事の初歩ですから。だが時間が惜しいとか、割く戦力がない等
の理由で却下されるんです。そして大敗北を喫する。判で押したように
同じです。

> さらに言えば、帝国の将軍らが皆気がついている「退却の必要性」を、同盟の将軍らは気がついていない、ことをラインハルトは知っていたかのようです。
> 同盟の将軍らが「帝国艦隊の退却の可能性」を考慮の内に入れていると、ラインハルトが認識していれば、自らの率いる帝国艦隊の位置が、常に監視下に置かれている、もしくは置かれようとしている、と判断するはずだからです。

退却の可能性うんぬんは知らなくてもいいんです。ラインハルトが
知ってればいいことは、同盟の索敵網が粗く、自艦隊の行動をくら
ますことができるかどうか(そしてこれは索敵機の数等で判断できます)、すぐに救援にかけつけてこれないほど同盟艦隊がはなれてるか
どうか(もっともアスターてのモデルになった例では、決して救援し
てこないとわかっていたからやったんですが)、敵艦隊がどこにい
るか、です。

もちろんラインハルトのやったことは博打ではありますが、博打でない
戦場なんて無いんです。ある決断が正しかったどうかは結果だけでしか
判断できないんです。そしてラインハルトは博打に勝った。
運もありますが、戦争が強い司令官の条件には強運というものも
あるんです。

>
> (2)帝国軍の損害が皆無
>  敵前で旋回して撃破されたエルラッハ中将以下2000隻を除き、なぜ、帝国艦隊には損害が見られないのか。
>  側背から急襲された第6艦隊との戦闘では圧勝であったとしても、正面から戦闘したと思われる第4艦隊との戦闘は、消耗戦的部分があったのではないか。
>  ランチェスター2次法則を適用すると、20000:12000の戦闘比であったならば、第4艦隊が全滅した際には、帝国艦隊に4000隻程度の損害があってもおかしくないのではないか。
>  アムリッツア会戦におけるビッテンフェルトの失敗とやらも、なにかよく分からない理由ですし(銀英伝の艦隊戦における優勝劣敗の原則がまったく不明です。恣意的に作者が勝たせたいほうに勝たせているとしか思えない)。

一応可能性が高い理由を考えると、この時点でまだ敵の数が多く、

撃破せねば生きて帰れない帝国の士気と、絶対的優位のはずが
突然考えもしなかった事態に陥った同盟との士気の違いでしょう。
さらに付け加えれば勝利したと思い込んでいたのに、突然敵が自分
たちの前に現れれば思考停止しパニックになります。
パニックになり浮き足立った軍というものはもろいものです。
簡単に崩れてしまう。正面からの戦闘でも一方的な戦闘になった例はいっぱいあります。

親記事No.3875スレッドの返信投稿
board4 - No.3878

Re:アスターテ会戦(作られた英雄たち)

投稿者:パンツァー
2003年03月19日(水) 10時54分

所用で、来週まで投稿できそうにありません。
皆さん、賛否両論お聞かせください。

以下、SAIさんの投稿に関して、簡単に。

まず、ヤンに対する弁護が一切ありませんが、ヤンの評価に関しては私の指摘に同意すると言うことでしょうか?

> むしろ、圧倒的有利な状況なんだからそんなことはする必要はない、と
> 却下されたと思います。戦史においても具申する人間はいるんです。
> 軍事の初歩ですから。だが時間が惜しいとか、割く戦力がない等
> の理由で却下されるんです。そして大敗北を喫する。判で押したように
> 同じです。

私がわざわざ「退却の可能性」を強調したのは、
「圧倒的有利な状況であってもする必要のあること」
を論じるためです。

圧倒的有利な状況にある同盟の将軍たちは、敵に敗北するとは夢にも思わず、むしろ、敵に逃げられることこそ、もっとも恐れていたことでしょう。
敵の2倍(実数は2倍のはずです)の兵力を持ちながら、敵を捕捉できずにむなしく帰還したとあったら、本国において決していい評価はされないでしょう。
折角の昇進や栄誉の機会が、一気に暗転して不名誉をきっかけになってしまうのです。

ぬけがけしてでも、自分の率いる艦隊こそが、もっとも戦果を上げようと努めることの方が自然です。

拠点防御の司令官が、警戒に専念すべく努力したって報われることがないから、圧倒的に有利な状況では、ついつい警戒を怠る、などという次元の話ではありません。
アスターテに望む同盟の将軍らには、昇進や栄誉の機会が待ち受けているのです。

もちろん、基本的に意欲のない司令官、あまりにも軍事に暗い司令官、の場合は、どんな状況であれ、警戒を怠って敗北を喫するものでしょう。
まあ、同盟の将軍の質が著しく低い、ということであれば、別に私も異論の立てようがありません。
(まあ、愚将ばかりの中にあれば、凡将でも名将、天才ということになってしまうわけです)

他の点に関しては、来週の時点で私が答える必要があれば、回答します。

親記事No.3875スレッドの返信投稿
board4 - No.3879

Re:アスターテ会戦(作られた英雄たち)

投稿者:SAI
2003年03月19日(水) 12時13分

> 所用で、来週まで投稿できそうにありません。
> 皆さん、賛否両論お聞かせください。
>
> 以下、SAIさんの投稿に関して、簡単に。
>
> まず、ヤンに対する弁護が一切ありませんが、ヤンの評価に関しては私の指摘に同意すると言うことでしょうか?

弁護ってここ法廷じゃないですよ。それに同意するともしないとも
いってません。さらにいえば私、あの荒れスレッドみてつくづく
神学論争はいやになったので、人物評価はしません。
>

それから、私はなぜしなかったかを説明したんです。
すべきだったのは当然です。してあたりまえのことを
しないから負けた、そう書いたたはずですが、
私の書き方がまずかったのですか?
もっと簡単に懇切丁寧にかいたほうがいいですか?

親記事No.3625スレッドの返信投稿
board4 - No.3880

Re:「泣き言」は止めましょうや

投稿者:不沈戦艦
2003年03月22日(土) 09時31分

> RAMです。
>
> あまりのピント外れに回答しようか迷いましたが、一言書いておきます。
>
> No.3853の投稿は「私の議論の前提」について書いてあります。そして、
> 議論の根拠を求める際に「作者が○○だから」と「根拠を作者に求める事」
> を「私にとっては」ナンセンスだと言っています。作者がどうであろうと
> 銀英伝の記述を追って得られる事が「私にとっては」銀英伝の事実です。
>
> そのような意味で私にとって「空想科学読本的突っ込み」は大いに結構です。
> そのような突っ込みを見事解決する設定、解釈を探すことに頭をひねる事
> こそ面白く思います。
>
> 数値的解釈を出す相手に対して「空想科学読本的突っ込み」として意見を
> 封殺するような態度は「私にとっては」臭い物に蓋をするようにしか見え
> ません。
>
> 別に私の議論前提に賛成しろとは言いません。
> ただ、再度言わせて貰うと、「移動要塞の議論について私は撤退」させて
> 貰います。撤退した人に「移動要塞の議論」を振らないでください。
>

 だからこんな「泣き言」を書き込んでどうするんですか?みっともない限りですねえ。こんなこと書き散らすくらいなら、最初から参加しない方が良いでしょう。

 再度繰り返しますが、冒険風ライダー氏の「移動要塞論」という代物は、

「科学的にはトンデモ設定である銀英伝をベースに、そのトンデモを突き進めていくと、こういうトンデモな結論になる」

 と言っている以外の何でもないんですよ。まだ、そのことを理解していない方がいらっしゃるようですが。このように、最初から「トンデモ前提のトンデモ結論」と、言っている本人が自覚している論を、意地になって「科学的見地」から否定しようとするやりようは、滑稽でしかないとは思いませんか。

 結局、「銀英伝は科学的見地で書かれている」と言いたいんですか?それとも「ヤンとラインハルトが愚か者」という結論が気に食わないんですか?前者だとしたら「極めつけの文系人間が書いた文系小説」という銀英伝のことがまるで分かっていないとしか言いようがないし、後者だとしたら「亜光速ミサイル論」なんぞは、無意味の極みですよね。あれじゃ、結局は「亜光速ミサイルという極めて有用な兵器があるのに、それを活用することを考えてみようともしなかったヤンとラインハルトは、やはり愚か者である」という結論以外に、なりようがないんですから。「ヤンとラインハルトが愚か者という結論が許せない」のに、「やはりヤンとラインハルトは愚か者だった」という結論になってしまうのでは、何をやっているのか訳が解らんでしょうに。

 これ以上続けたところで、意味がないのは明白ですから、そろそろ意地になるのは止めて、打ち切ることを勧告しますけど、いかがですかな「否定派」の皆さん。

board4 - No.3881

今回の論争から思ったこと

投稿者:Ken
2003年03月23日(日) 12時20分

移動要塞論争に関しては、IKさんとのやりとりの中で「銀英伝には、それが可能とする記述と、不可能とする記述が混在している」という結論が私の中で出ていますので、これ以上論じるつもりはありませんが、この論争を通じて「議論をどのように進めるべきか」「考察をするための材料をどこからもってくるべきか」という点が大きな問題になりました。移動要塞そのものよりも、そちらの方が重要だと思いますので、問題になったこと、または今後同様の論争で問題になりそうなことを私なりに整理して、それぞれについての考えを述べておきます。

論点1:現実世界からの設定のもち込み

作品の中で明確に書かれていること、例えば「銀英伝世界の艦船はワープができる」ということを、現実世界と合わないからと否定するのが不当であることは、すべての人が同意しているでしょう。問題は、明確に書かれていない部分を、現実世界の設定を持ち込んで埋めるか、あるいはそれも認めないか、という点です。

私の考えをいえば、現実世界の設定を認めないと何を論じることも事実上不可能になると思います。このことは、設定の持ち込みを一貫して否定してきた人たちが、実はそれをやっていることが何よりの証拠になるでしょう。

端的な例は、イオン・ファゼカス号の質量を234兆トンと計算したことです。骨董収集家さんの投稿に始まる小スレッドを見るまで私自身気付きませんでしたが、たしかにこれは、イオン・ファゼカスの材料となったドライアイスが「長さ一二二キ口、幅四〇キロ、高さ三〇キロ」という銀英伝の記述と、「ドライアイスの比重は1.6」という現実世界の設定を組み合わせてなされたことです。

#3846で展開された「イオン・ファゼカスがワープできなければ、帝国は待ち伏せできる」という議論も、アルタイル星系周辺の恒星系が数光年単位で離れているという前提に立ったものですが、これは我々の世界の天文学者が我々の世界のアルタイルを観測して得た結論です。

私はこれらのことを取り上げて相手を攻撃したいのではありません。要するに、作品中で明示的に書かれていない部分は、すべて現実世界の設定を持ち込むしかないだろうと言っているのです。IKさんとのやり取りの中でも書きましたが、文学は法律ではないのだから、あらゆるミクロな部分を説明し尽くすことは不可能であり、読者は空白部分を自分の世界の常識によって埋めるべきだし、作者もそれを期待しているはずだ、ということです。

論点2:アニメは資料か

アニメ銀英伝の内容が原作と明確に異なる場合は原作を優先すべきでしょう。例えば「クロプシュトック事件」や「女優退場」のエピソードは、アスターテ会戦の後ではなく前、ラインハルトがミューゼルだった時代のものでなければなりません。

問題は、原作と明確に矛盾しない形で追加された部分です。例えばイゼルローン要塞の質量を60兆トンとするアニメ銀英伝(第2話)の情報を資料として認めるかどうかです。

今回の論争との関連でいうと、最も重要なアニメエピソードは「奪還者」でしょう。亡命を図るエルクスハイマー伯爵を追って、ラインハルトの船が単独で同盟領へ進入するが、追跡する同盟軍をかわすべく迂回路をとったので途中で燃料が尽きてしまい、慣性航行をしているところを、アイゼナッハの部隊から補給を受けてエンジンを再起動し、ようやく逃げ切ったという話です。つまりこの話を資料として認めると、無補給航行が明確に否定されてしまいます。

アニメ銀英伝の各エピソードは、徳間書店と並んで「らいとすたっふ」が製作者に名を連ねていますので、少なくとも田中氏の意図が反映されているとは見るべきでしょう。無補給航行に関していえば、これが銀英伝世界を構成する設定として意図されたものなら、奪還者のようなエピソードの製作を田中氏が許可するはずがありません。

私の考えを言えば、アニメ銀英伝は原作者自身が原作への追加として認めたものである以上、資料としての価値をもつと思います。ただし、原作と明確に矛盾をしない限りは、です。

論点3:直接記述と間接的推測

これについては、やはり直接的な記述と間接的な推測では、まったく重みが異なるというべきでしょう。例えば無補給航行についても、もしも原作中でそれが可能であるという直接的な記述があれば、奪還者のような話は後からでも作られなかったと思います。間接的な推測を否定するものではありませんが、それで何かを証明するには、よほど慎重な検証が必要になります。例えば、登場人物が燃料補給に言及しないことをもって無補給航行の証明とするには、少なくとも次の2点の疑問を解消せねばなりません。

(1)それ以外の解釈が不可能であるか。艦船の燃料は単に余裕があるだけではないか。
(2)同様の解釈法を他の部分に適用して問題がないか。

(1)に関しては「人間は空腹でもすぐには死なないが、艦船の燃料がなくなったら即アウト」という説明がなされています。私自身はこの説明に納得していませんが、今はそれは論じません。要するに、間接的推測で何かを証明するには、この種の説明をする必要が絶対ある、という点だけを指摘します。

(2)は、例えばこういうことです。銀英伝の将帥たちは補給を非常に重視するのに、その彼らが補給問題を一挙に解決する大質量ワープを(それが可能なら)なぜ使用しないのか、という疑問を生じます。なにしろ彼らは1000万トンの食料を輸送する50隻の20万トン輸送船の調達にも苦心していますが、兆単位の物質を輸送する技術を持っていれば、補給問題など雲散霧消するはずです。

要するに、補給を非常に重視する将帥たちが、

1.なぜ(移動要塞ならずとも)大質量ワープを利用しないのか
2.なぜ燃料の補給を論じないのか

という疑問に対し、

1は愚かにも忘れたから
2は補給の必要がないから

という二種類の解釈をすることが妥当であるか、ということです。

これに関しては、これまでのところ何の説明もなされていません。あるいはこれから出てくるかもしれませんが、その説明の是非を論じているのではなく、要するにそのような説明が必要である、という点だけを指摘します。

つまり、間接的推測は直接記述と比べて、それだけ説得力が弱いので、常にこの種の検証をせねば、たちまち価値を失うということです。

論点4:マクロとミクロ

IKさんから指摘のあったマクロとミクロの対比ですが、マクロな解釈と個々のミクロ事例の間に整合性があればなんの問題も生じません。問題は、マクロな解釈とは矛盾するミクロ事例がある場合ですね。

私はこのように考えます。マクロな解釈とは何もないところから出てくるのではなく、本来はミクロ事例の集合に対する最善の解釈として提出されるべきものではないでしょうか?これについては「文系」と「理系」の対比に関連して出てきたので、一般には「文系」に分類される歴史を例に考察してみます。

我々は、徳川時代が厳格な身分制度が支配した時代であることを知っています。しかし徳川期でも生まれつきの身分よりもはるかに「出世」した人物はいました。柳沢吉保や田沼意次はせいぜい禄高数十~数百石の家の出身でしょう。新井白石などはもともと浪人です。その彼らが幕政の事実上の主宰者になりました。

しかしこれらのミクロ事例をもって、徳川期の身分制度が虚構であったということはできないでしょう。徳川期の制度を表すマクロな解釈としてはやはり強固な身分制度を挙げるのが正しいと私も思います。しかしそのようなマクロの解釈は柳沢や田沼や新井の事例に数百倍するミクロの事例の集積によって得られたもののはずです。将軍の子が将軍に、家老の子が家老に、足軽の子が足軽になった例の方が比較を絶して多く、だからこそ新井白石などは例外、少なくとも圧倒的な少数例であり、それだけでは徳川期は身分社会というマクロな解釈を崩すことはできない、といえるのだと思います。

つまり、ミクロ事例と相反するマクロな解釈を持ち出すこと自体は結構ですが、それの構築にはより多くの直接証拠(具体的にはミクロ事例)を集めてくる必要があると思います。ただし「理系」の学問とは異なり、たった一つの反例が解釈自体を崩壊させるまでには至らないというのは、そのとおりかと思います。

今回の投稿は以上です。

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board4 - No.3882

Re3877:アスターテ会戦(作られた英雄たち)

投稿者:パンツァー
2003年03月24日(月) 14時05分

☆1 将軍らの具申を受ける接敵6時間前の時点

帝国艦隊が、偵察艇3隻の索敵により、自らを包囲しつつある同盟3個艦隊を発見したのは、「このままの速度」で同盟第2艦隊と接触する6時間前の時点です。以下、この時点を、(このままの速度で)「接敵6時間前の時点」とします。

これに対して同盟3個艦隊は、「接敵6時間前の時点」において、既に「包囲しつつある態勢」にあるのですから、「接敵6時間前の時点」よりもずっと前の時点で、帝国艦隊を捕捉しているのです。そして、その位置情報を元に、同盟3個艦隊が包囲態勢を取れるように移動を行っているわけです。

この作中事実をみると、同盟側が帝国艦隊の索敵に成功した際に、帝国側は自らが索敵されたことに気がついていない、ことが分かります。これに対し、帝国側が同盟3個艦隊の索敵に成功したのは、「接敵6時間前の時点」の直前でしょう。
もし帝国側が、事前(「接敵6時間前の時点」のずっと前)に索敵に成功していたなら、キルヒアイスが今更のように、偵察艇3隻の情報によると、同盟3個艦隊が三方より接近中、などと言わないでしょう。だいたい、ラインハルトが、同盟艦隊の各個撃破を目指すのであれば、同盟艦隊同士の連携がより不完全な時点で攻撃を仕掛けるほうがよく、わざわざ「接敵6時間前の時点」まで待つ必然性がないのです。時間が経過するだけ包囲は完成し、状況は不利になる一方なのですから。

つまり、作中事実において、索敵されたかどうかが帝国艦隊には必ずしも分からないことが示されています。したがって、帝国側が、同盟艦隊による索敵努力がどの程度かを予測することは、不可能です。

加えて、自らの知らぬうちに帝国艦隊は、「包囲されつつある態勢」に置かれてしまっているのです。したがってこの時点においては、同盟の索敵努力が帝国艦隊側の索敵努力を上回っている、と判断することの方が妥当でしょう。

1章-1
<「わが軍に対して敵の数は二倍、しかも三方向よりわが軍を包囲せんとしております。これはすでに交戦態勢において敵に遅れをとったことを意味します」>

シュターデンが、このように述べるのも、もっともなことです。

SAIさんの記載
> 知ってればいいことは、同盟の索敵網が粗く、自艦隊の行動をくら
> ますことができるかどうか(そしてこれは索敵機の数等で判断できます)、すぐに救援にかけつけてこれないほど同盟艦隊がはなれてるか
> どうか(もっともアスターてのモデルになった例では、決して救援し
> てこないとわかっていたからやったんですが)、敵艦隊がどこにい
> るか、です。

SAIさんが、索敵網の程度など容易に分かる、というのは、まったく根拠のない裏設定です。そのような裏設定が成立し得ない作中事実(同盟の偵察艇を発見できず、むざむざ包囲されてしまっているという事実)が、上のように存在しています。

☆2 天才性の証

作中において、用兵の妙は敵の心理を読むことにある、とあることからも
(作中の記載個所を失念したので、引用は出来ませんが)、
敵の思い込みを突き崩すような手に出ることが、天才性の証、となっています。

確かに、ヤンによる氷塊を用いた軍事衛星(アルテミスの首飾り)の破壊などは、このような天才性の証、としてもよいでしょう。

軍事衛星の運用側(クーデタ側)は、
「ヤンは艦隊により軍事衛星を攻撃するはずだから、損害もでれば時間もかかるはず」
という前提に基づいて策を立てていたところが、
「質量弾(氷塊)を用いた攻撃」
という想定外の奇策により、打ち破られてしまったわけです。

「軍事衛星の攻撃対象は敵艦隊」というのは、「軍事衛星」の製造目的から考えても、誰もが抱く前提であり、「質量弾攻撃」が晴天の霹靂であるのは、やむを得ないことと考えられます。

繰り返すと、銀英伝においては、相手の「前提」に対して、その前提を打ち壊すような「奇策」を用いることが、非常に有効な戦術であり、「天才性の証」となっているわけです。

それでは、アスターテ会戦においては、どうだったのでしょうか。

同盟側は、
「3個艦隊で三方より包囲すれば、帝国艦隊は包囲殲滅される」
という前提で戦場に臨んでいます。
これに対し、ラインハルトは、
「三方からの包囲」と言う前提を、同盟側の想定外である「各個撃破」という奇策で打ち崩そうとするわけです。作中事実では、この奇策が成功したことになっています。

そして、予想外の奇策を用いられた同盟側が、なすすべもなく破れることで、各個撃破戦術が成功したとされて、ラインハルトが天才である、ということになるわけです。

☆3 「天才性の証」に基づいた、ラインハルトのたどる道

しかし、もともと、同盟側が兵力を分散して帝国艦隊を三方から包囲しようとするのは、帝国艦隊を逃がさないためです。3個艦隊が合体して帝国1個艦隊に当たったのでは、包囲をすることができず、容易に逃れられてしまうことを恐れたものでしょう。

そうすると、帝国艦隊が三方から各同盟艦隊に2000光年の距離に接近された時点(「接敵6時間前の時点」)で、
「すでに交戦態勢において敵に遅れをとった」(1章-1)
と帝国の将軍たちが考えたのは、まったく自然なことです。
ここで、帝国の将軍たちは、
「同盟3個艦隊に三方より包囲されかけている=包囲殲滅を待つか、退却すべき」
という「前提」を立てているのです。
(同盟の将軍らに関しては、「退却」の検討すらしていないことは、何度も述べています)

そして、前記の「天才性」をラインハルトが発揮するためには、
ラインハルトは、帝国の将軍ら(加えて同盟の将軍ら)の考える「前提」を打ち破る必要があるわけです。
かくして、ラインハルトは天(作者)の要請により、「包囲殲滅を待つ」と「退却」のいずれでもない道、同盟3個艦隊の「各個撃破」の道を選択する羽目になるわけです。

ラインハルトが「各個撃破」を決断した「接敵6時間前の時点」で、同盟側の索敵努力が、(帝国側の索敵努力と比べても)希薄であると考える根拠がないことは、上(☆1)で示しました。
つまり、ラインハルトは、索敵努力の大きさなど、問題にはしていないのです。
ラインハルトは、単に同盟軍が各艦隊ごとに分散している状態だけを捉えて、各個撃破が可能、と判断したのです。
「包囲殲滅を待つか、退却すべき」の「前提」を打ち破る「各個撃破」の策をとることが、作中におけるラインハルトの天才性の証、というものです。

☆4 ラインハルトの考える同盟側の「前提」

ラインハルトは、
同盟の将軍たちが「帝国艦隊は包囲殲滅を待つ」という「前提」を立てている、と考えています。
(「退却すべき」は含まれない)

これに対して、帝国の将軍らが「帝国艦隊は包囲殲滅を待つか、退却すべき」という「前提」を立てているのは、作中事実であり、ラインハルト自身が「将軍らの盲を開いてやる」などと言っていることからも、自らが重々承知していることです。

ラインハルトがなぜ、このように、同盟側が帝国艦隊の退却すら検討していないと考えるのか、まったく疑問ですが(「天才性の証」のための要請を除いて)、ともかくラインハルトはそのように考えているわけです。
つまり、帝国艦隊が予測戦闘宙域でただ「包囲殲滅を待つ」状態にある、と同盟側が考えていると、ラインハルトは判断しているわけです。これは、もちろん作中事実であり、同盟側は事実そのように行動したのですが、ラインハルトにこのように確信させるような材料は、作中に何一つ存在しないのです。
☆1でも述べましたが、「接敵6時間前の時点」において、同盟側の索敵努力が帝国側より上回っていると考えざるを得ない作中事実はあっても、これに反するような作中事実はないのです。同盟が包囲準備態勢を形成してから、「接敵6時間前の時点」まで、帝国側が自らが索敵されたことすら気がつかないことからも、敵方の索敵努力を必ずしも把握できないことも作中事実です。

繰り返しますが、退却の可能性を同盟側が検討しているとラインハルトが推測すれば、帝国艦隊の位置は常に監視下に置かれていると考えざるを得ないのです。
そして、「接敵6時間前の時点」まで同盟3個艦隊の接近を許した状態で、今更各個撃破に打って出ることが如何に無謀であるかを、認識せざるを得ないのです。

☆3の冒頭で書いたことを繰り返しますが、
同盟側が兵力を分散して帝国艦隊を三方から包囲しようとするのは、帝国艦隊を逃がさないためです。
同盟側は、その艦隊運動から判断すれば、「退却させないこと」を「前提」に策を立てているのです。帝国側においても、三方より包囲態勢に移っている同盟の艦隊運動を見れば、そのように判断せざるを得ないのです。
加えて、同盟側の索敵努力が帝国側より劣っていると推定できる作中事実は、何一つ存在しないのです。上回っている作中事実は存在しても。

これで、「各個撃破」が成功すると考えるのは、ラインハルト自身が、兵法の応用がまったくできない(つまり生兵法)ことを示す有力な証拠なのです。もちろん、応用ができないからこそ、迷いなく「各個撃破」を採用できて、偶然の勝利をおさめることが出来たわけですが。

SAIさんの記載
> もちろんラインハルトのやったことは博打ではありますが、博打でない
> 戦場なんて無いんです。ある決断が正しかったどうかは結果だけでしか
> 判断できないんです。そしてラインハルトは博打に勝った。
> 運もありますが、戦争が強い司令官の条件には強運というものも
> あるんです。

これは、「賭け」に出れるような状況ではありません。
黙って「降りる」のが、賢明な判断でしょう。

銀英伝においては、引くべきときに引くことができる、ことも名将の条件の一つに数えられています。つまりラインハルトは、名将ですらない、といえましょうか。

☆正面からの戦闘でも一方的な戦闘になった例?

SAIさんの記載
> 一応可能性が高い理由を考えると、この時点でまだ敵の数が多く、
>
> 撃破せねば生きて帰れない帝国の士気と、絶対的優位のはずが
> 突然考えもしなかった事態に陥った同盟との士気の違いでしょう。
> さらに付け加えれば勝利したと思い込んでいたのに、突然敵が自分
> たちの前に現れれば思考停止しパニックになります。
> パニックになり浮き足立った軍というものはもろいものです。
> 簡単に崩れてしまう。正面からの戦闘でも一方的な戦闘になった例はいっぱいあります。

ナポレオン戦争以降の国民皆兵制度下の軍隊は、絶対王政下の常備軍や傭兵に比して、軍隊に対する比類ない忠誠心(もちろん「逃げられない」というネガティブな意味も含めて)を持っています。
また、火器の発達は、少数部隊でも大部隊を撃破する望みを与えるものです。
さらに、通信手段の装備は、物理的に分散させられた状況にあっても、相互の連携を可能とし、将兵が容易に絶望することなく、全体の戦況を把握して戦闘を継続することが可能です。

2-3
<開戦後四時間。同盟軍第四艦隊はすでに艦隊と呼称できる存在ではなくなっている。(中略)
メルカッツから通信スクリーンを通じて報告がもたらされた。
「組織的な抵抗は終わりました。以後、掃討戦に移ることになりますが・・・」>

これを見ると、四時間の間は、組織的抵抗を継続していたわけです。
この間は、帝国艦隊は同盟第二艦隊の組織的抵抗を受けているわけですから、損害がでないことがおかしいのです。

SAIさんは、鉄砲出現以前の時代の戦闘のように、基本的に戦傷率が低く、士気崩壊した一方の軍が敗走時に追撃されて、多大な損害(と言っても全軍の3割程度だが)をうける例と、勘違いしているのではありませんか?
この時代の戦闘は、両軍が拮抗して戦闘している間は戦傷者の発生が少なく、一方の軍が壊走してその追撃時に戦傷者が多数発生するのですから、勝者に損害がほとんどない例は、ざらにあります。
しかし、この時代の戦闘を、銀英伝における戦闘と比較するのは、無茶でしょう。
社会体制(兵制)も、時代も、兵器の性能も、まったく異なるのですよ。

例えば、日本海海戦などは、近代戦において、一方の軍が圧倒的勝利をおさめた例ですが、これにしたところで事後的に検証を加えれば、日本海軍の勝因というものが抽出できるのです。
兵員の訓練度の違いは、砲弾の命中率の格段の差や、艦隊運動の優越(T字戦法の成功)となって現れ、黒海より長距離を遠征してきたバルチック艦隊の兵員の疲労も無視できません。さらに、火薬の威力が違うといった物理的要素の違いや、イギリスからの情報提供(バルチック艦隊の位置情報)なども、無視できません。

<正面からの戦闘でも一方的な戦闘になった例はいっぱいあります。 >

いっぱいあるんですから、三つか四つ、このような実例を示してもらいたいものですね。そのうち、一つくらいは、インターネットで検索でもすれば誰にでも調べることのできる有名な例を、入れておいて欲しいものです。

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