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投稿ログ226 (No.3755 - No.3760)

親記事No.3581スレッドの返信投稿
board4 - No.3755

Re:移動要塞の技術問題について  抄訳紹介関係まとめレス

投稿者:Night
2003年02月23日(日) 13時06分

 どうも、うまく話が沈静化しないようです。

> Nightさん
> >まず、申し訳ありません。下手な自己フォローでかえって皆様を困惑させてしまったようです。
>  その点はお気になさらず。
>  ただRAMさんの投稿は正しくNightさんを代弁していたのか、勝手に
> Nightさんがわかっていないという決め付けだったのかは表明された方が
> よろしかったでしょうね。
> >他の関連スレッドも一応読んではいたのですが、あまり私の投稿に関連することが書かれているとは思えなかったので読み飛ばしてしまっていたというのが真実です。以下で、その理由を含めていくつか説明を加えたいと思います。
> >(長くなるので、S.Kさんがまとめて下さった投稿の流れの引用は省略させていただきます。ご了承ください)
>
> 「思えない」で言われても困る、とはRAMさんにもお話しましたが。
>  それでいいなら百万言つくしても「思わない」、事実を突き付けても「錯覚だ」で済ませる事とて可能なのですから。

 RAMさんの投稿は読みました。『回答がどれか分からない(回答があったとは全く気がつかなかった)』が正しいです。
 前回も書いたのですが、私が肯定派の皆さんから反応をもらってないと思ったのは、直レスがなかったのと、他のスレッドにも私の投稿への回答らしき投稿を(私は)見つけられなかったからです。ここに認識のすれ違いがあったのだと思います。
 感情的なことでもめるのは全く、私の本意ではないです。このことでS.Kさんが御不快な思いをしたなら、不用意な事を言ったことをお詫びしたいと思います。
 ですが、弁明させていただければ、私も千里眼を持っているわけではないのですから、直レスでないところで特に名前を出されたわけでもないのに、「これはあなたの疑問にも回答したつもりだったのだ」と後から言われても、困ってしまうわけです。まして、その「回答」の内容が私の投稿に回答しているように思えないならなおさらです。

> >(1) イオン・ファゼカスは大質量ワープの実例ではない

 繰り返しになるのですが、私がここで主張したかったのは

『時系列の関係上、イオン・ファゼカスがワープしたとすると、非常に強引な作品解釈を持ち込まないといけなくなるので、それはよほどのことがない限り避けるべきだ』

ということでした。
 はるか昔のイオン・ファゼカスが大質量ワープできたとすると、じゃあ、銀英伝3巻でシャフトがガイエスブルクのワープを新技術であるかのように自慢しているのは何故だとか、どうして同盟の面々は要塞がワープしてきた事にびっくりしてるんだ、ということになってしまうからです。
 これを受け入れるには、文明が「健忘症」になって大質量ワープ技術のことを忘れてしまったとするしかありません。しかも、この健忘は「昔はできたことが、今はできなくなってしまいました」という軽度の健忘ではありません。「昔はできていたということそのものを忘れてしまいました」という重度の健忘です。また、大質量ワープのような「単純な」技術についてはなお苦しくなります。単純な技術は失われにくいからです。結局、この健忘(文明の衰退)という解釈は非常に受け入れ難いものになってしまいます。そのような文明の衰退があったという説明は本文中に全くないのですし。

 ですから、作品を理路整然と解釈するためには、よほどのことがない限り、イオン・ファゼカスがワープしたと考えるべきではないのです。そのよほどのこととは、例えば「イオン・ファゼカスはワープした」というような直接的記述や、あるいは「イオン・ファゼカスは1年間で1光年以上を移動した」というようなワープ以外の解釈がありえないような強力な間接的記述の存在です。そのような証拠があるなら、いかに強引な作品解釈(文明の衰退)であっても、受け入れないわけにはいかないからです。
 今のところ、そのような記述は見つかっていません。ですから、とりあえずイオン・ファゼカスはワープしなかったとみなすべきではないか……私が主張したかった事はそういうことでした。
 ですから、私の上の主張への回答は、『いや、ここにイオン・ファゼカスがワープした証拠となる記述がある』というものや、『いや、お前の言っている論理そのものが間違っているのだ』というものだと思うのです。

> > 「イオン・ファゼカス号はワープできなかった可能性がある」とか「ワープできても航続距離が極めて短かったかも知れない」ということを前提にしてそういうことを言うのなら、それは単に「勇気と無謀を取り違えいる」という類でしょう。「賭け」ではなく「自滅願望」としか言いようがありませんね
> (No.3628 不沈戦艦さんレス抜粋)
>
> > <「新しい技術と言うわけでもない。スケールを大きくしただけのことだろう。それも、どちらかというと、あいた口がふさがらないという類だ」言わずもがなの異論を、シェーンコップが唱える>
> >
> > シェーンコップでなくても、現代の我々でも、当然の予測ですね。
> > 「艦船の移動」の証明が終わった時点で、「移動要塞」に関しても大半の証明が終わっているのです。
> > そして、(質量を問わぬ)「物体の移動」に関する理論に、ガイエスブルグ要塞のような大質量を代入してみると、この場合も成立した。つまり、「物体の移動」に関する理論は、大質量の場合でも成立した、ということです。
> >
> > だから、
> > 「艦船(質量数万トン以下の構造物)」であったにせよ、「物体の移動」に関する理論が構築された段階で、大質量に関しても「原理的に可能」の域に、必然的に達してしまうのですよ。
> > そこに、大質量の実例としての、ガイエスブルグ要塞が、ほとんど問題もなく実現された記載が存在しています。
> > 他にも、「艦船(質量数万トン以下の構造物)」よりも大質量の例としては、例の氷塊もあれば、イオンファゼカス号もありますよね。
> (No.3669 パンツァーさんレス抜粋)
>
> > また、イオンファゼカス号に関しても、Kenさんの「仮定」を用いても、少なくとも半光年くらいは移動したのだから、大質量体の移動が、「実際的に可能」とされた例となりますね。
> (No.3685 パンツァーさんレス抜粋)

 S.Kさんにまとめていただいた以上の流れには、確かにイオン・ファゼカスというキーワードは入っているのですが、私が上に書いたような時系列に関する話や、イオン・ファゼカスがワープしたという本文中の証拠について議論しているようには見えません。なので、今もこれが私の投稿に対する回答とは思えないのです。というか、上の投稿の流れがあくまで回答であると仰るなら、どのあたりがどのように私の元の投稿に関係しているのか教えてください。(あまり挑発的なことは書きたくないのですが、嘘偽りではなく本当に私には分からないから教えて欲しいんです。誤解があるなら解いておきたいんです)

> >(2) 自給自足艦隊は実現できない
> > S.Kさんがまとめて下さった投稿の流れは、「要塞」レベルでの自給自足について議論したものです。「宇宙船」レベルでの自給自足に関して議論をしたものではありません。
>
>  私の抄訳だけご覧になられても目次で本を語るようなものです。
> 「ラグナロック作戦」で双璧が食料の心配はしても燃料の心配はしていない描写がある旨不沈戦艦さんがレスしておられますが見ました?

 それは、当時見た記憶があります。調べましたが、No.3518の投稿だと思います。
 しかし……これはいわゆる「燃費」に関する議論です。つまり、戦艦は「無限大に限りなく近い長大な航続距離を誇るため、燃費は全く問題にならない」という仮説で、その例として原子力空母が引き合いに出されています。戦艦は一回燃料を入れれば銀河の端から端までいけるから、燃料については気にしないんだろうという議論です。
 このことに関しては、私は否定していないんです(正確に言えば、否定できるだけの根拠がない)。そのことは元の投稿にも書いてあります。
 無限自給自足艦隊というのは、さらにスケールが大きい話なんです。食料その他も宇宙船レベルの魔法の無限自給自足システムで全部賄えるから、そもそも補給なんて不要なんだという主張です。不沈戦艦さんの投稿がこれについて議論しているものとは、やはり思えなかったし、今も思えません。

> >(3) イゼルローンを本当に移動要塞化できるのか?
> > 以前の投稿の繰り返しになりますが、私がここで主張したかった事は、肯定派の皆さんの主張の根底にある『ガイエスブルク要塞を移動要塞化できたのだから、同じ要領でイゼルローン要塞も簡単に移動要塞化できる』という論理の前半部は真であるが、それを以って直ちに後半部も真であるとすることはできない、ということでした。
> > それを明らかにするために、要塞の大きさの違いを挙げた上で、前半部が真であっても、後半部が偽となるような例を挙げたつもりでした。
> > これに対する反応は、当然、私が挙げた例への反論というような形になると思っていましたので、そうでない投稿は私への反応ではないと思ったのが真実です。
>
> これもシャフト技術総監の「大質量ワープ」というひとくくりで「技術的問題はない」と作中述べている旨紹介されておりますが。
>  少し「思わず」「考えて」から御意見を伺いたく思います。

 このシャフトの発言については知っています。3巻P45です。引用してみましょう。

> --イゼルローンに対抗しうる要塞を帝国内に求めるなら、それは昨年の内戦に貴族連合軍の本拠地となった「禿鷲の城」要塞である。放棄されたままのそれを修復し、跳躍と通常航行用のエンジンをとりつけ、一万光年を航行してイゼルローンに要塞どうしの決戦を強いるのだ。現在のワープ・エンジンの出力では、巨大な要塞を航行させることはできないので、一ダースのエンジンを輪状にとりつけ、それを同時作動させることになる。技術上の問題はなく、あとは指揮官の統率力と作戦実施能力の如何による……。

 これは軍事上のミッションに関する事前説明という文脈であり、説明を追っていく限り、上でシャフトが保障しているのは、ガイエスブルクをイゼルローンの位置まで持っていく事に技術上の問題はない、ということのように思えます(つまり、発言中にある「巨大な要塞」とは要塞一般という意味ではなく、ガイエスブルクのことを指すと言うことです)。
 このただ一言の発言だけを以って、「いかなる要塞も移動要塞化できることのお墨付きである」とするのは違うのではないかというのが私の意見です。(解釈の問題になってしまうかもしれませんが)

> >なお、「駄目で元々でやってみる」については補足しておきたいと思います。
> > イゼルローンを移動要塞化できる可能性は、確かにあります。その意味で、この主張は正しいです。(私がNo.3700で否定しているのは、「努力さえすれば絶対実現できる」というような主張です。ガイエスブルク→イゼルローンの応用の途上で解決困難な技術上の問題にぶつかれば、いくら努力しても実現できないということはありえるからです)
> > ですが、この移動要塞化成功の可能性が具体的にどの程度のものなのか、あまりに情報が少ないので我々には分かりません。一方、ヤンには「回廊の戦い」という選択肢もありました(こちらの勝算については別に投稿しています)。ヤンの苦しい台所事情を考えれば、両方の作戦に着手してどちらつかずになるより、一つの作戦に専念すべきであるというのは妥当な推測と思われます。
> > 二つの作戦のどちらの勝算が大きいかは、我々にはわかりません。であれば、「移動要塞化」を選ばなかったからといって、ヤンを一方的に無能、愚劣と断罪するのは誤りではないでしょうか。
>
>  いや、別に併行しても問題ない類の準備でしょう。
>  艦隊の主準備はあの時点で再編成と訓練なのですしエンジン工事については
> 早い話腕さえあればエルファシルの民間企業に作業面は発注したっていいような話ですから。
>  そもそもラインハルトが自ら寛大な処置を条件に降伏を呼びかけヤンがエルファシル独立撤回と引き換えに自身の公正な裁判と他の者の罪状不問を要求して投降していれば最善誰も死ななかったし何の物理的準備も不要だったのですが(まあ社会的な根回しは必要だったでしょうが)。

 いや……ですから、そういうことに使う余分のお金なり人手なりがあったら、艦隊整備や兵員訓練にさらに力を入れたり、補給物資を多く用意しておいたりした方がいいんじゃないかということなんですが。あと、テストもなしにワープをすることはできないと思いますが、テストをするためにはイゼルローン内の住人を一度どこかに避難させないといけません。その避難のための準備が必要になることを考えると、やはり、並行で進めるのは無理がある作業だと思います。
 また、ヤンが投降してしまうと、民主主義が生き延びる可能性がなくなってしまいます。

親記事No.3581スレッドの返信投稿
board4 - No.3756

Re:Re:イオン・ファゼガス号のエンジン、技術について

投稿者:S.K
2003年02月23日(日) 15時02分

古典SFファンさん
> >  確率的にはワープ航行可能時のタイムラグ発生は100%起こりえません。
> >  光速航行時におけるタイムラグが無視可能なレベルである確率はそれより低い事は確かでしょう。
> ローレンツ変換式による解を示します。
>
>  [1-(v/c)2]-1/2Tに従い:
>  光速の90%だと、τ=0.19、ウラシマ効果は31%です。
>  光速の80%だと、τ=0.36、ウラシマ効果は14%です。
>  光速の70%だと、τ=0.51、ウラシマ効果は1%です。
>
> どれを選ぶかは、目標恒星系との距離その他の要素によるでしょう。
> 先の「数光年から十数光年」という範囲内であれば、光速の75%~85%が得か
> と思います。
> 同様にローレンツ変換式が示すんですが、光速に近づくほど加速のためのエネルギー
> 消費は増大します。
> 光速の80%前後だと、外界の航行時間で2割増えるんですが、船内時間は15%
> 遅くなっているので、中に乗っている人間は、見かけ上、光速で航行した場合と
> 比べて時間差を感じないのです。
>
 数学的正当性を認めます。
 その上で「光速航行を行ってワープ可能な帝国艦隊に何回も空域哨戒をかけられるメリットは何も無い」事を思い起こしていただきたく思います。
「光速航行エンジンしかないから光速で逃げるしかない」のはその通りなんでしょうが「逃亡犯が物語の整合性のために全速で逃げない」って理由になります?
 しかも資源惑星に心当りがあって直行したなら80~85%加速もそれなりに理由がつくでしょうが、どう考えてもあれは「帝国の追及を逃れる為未知の星域にのりだした」のではないですか?
「一刻も早く追跡から逃れ資源惑星を発見する」には可能な限りの速度を出すべきでしょう。

親記事No.3581スレッドの返信投稿
board4 - No.3757

ささやかに返答

投稿者:S.K
2003年02月23日(日) 15時14分

RAMさん
>
> > 御自分で「やはり移動要塞など不可能である」「ヤンとラインハルトは無謬にして至高の英雄だ」と証明なさる行動に移られる前に「大変」「お願い」との
> > お言葉は嘲弄されている気分ですね、折角義務でもない「親切」でご紹介したのに。
> >
> ご親切に大変感謝します。
> それと「やはり移動要塞など不可能である」「ヤンとラインハル
> トは無謬にして至高の英雄だ」とは主張していないので誤解の
> 無きようお願いします。
>
 それで肯定論がどうこうと言うのは「ためにする議論」がしたい訳ですね。
>
> >  いえ、その点はお気になさらず。
> >  ただし「気付かない」から「回答していない」と公言して構わないとは申せません。
> >
> 気付かないという事は回答された人にとっては無いと同様なの
> ですから「回答していない」と発言するのは普通の事と考えますけど。特にNightさんへの直接の回答でなければ尚更です。
>
> おっと、これは私が勝手に言っているだけなのでNightさんに
> つっかからないようお願いします。
>
 事の最初から「無断で」Nightさんの名前を出して盾にとってる方の言い分ではないではないですし、Nightさんに失礼を行う前提はとことん非礼な方ですね。
>
> ゆっくり=数ヶ月ですか。私の心の中では昨日お礼を書いた以
> 上は当日内に回答を期待されないように程度の心持でしたが。
> そうですか、私がこれを書いても返事は数ヵ月後のようですね。
>
> それでは私はS.Kさん以外の方と議論をさせて頂きたいと考えます。
>
 なにせRAMさんへの「親切」で「御存知の通り」他の方からの質問もそれなりにきております中、当の依頼主が「ゆっくり」といえば「日光浴してジュースでも飲みながら適当にすすめましょ」くらいに言っているように見えますよ、普通。

「他の方」がそういう貴方を相手にしてくださるといいですね。

親記事No.3581スレッドの返信投稿
board4 - No.3758

Nightさんへ

投稿者:S.K
2003年02月23日(日) 15時34分

Nightさん

>  どうも、うまく話が沈静化しないようです。

 だからといって疑問を撤回して抱え込むのも不本意でしょう?
 それを解決する努力まで否定はしません。

> > 「思えない」で言われても困る、とはRAMさんにもお話しましたが。
> >  それでいいなら百万言つくしても「思わない」、事実を突き付けても「錯覚だ」で済ませる事とて可能なのですから。
>
>  RAMさんの投稿は読みました。『回答がどれか分からない(回答があったとは全く気がつかなかった)』が正しいです。
>  前回も書いたのですが、私が肯定派の皆さんから反応をもらってないと思ったのは、直レスがなかったのと、他のスレッドにも私の投稿への回答らしき投稿を(私は)見つけられなかったからです。ここに認識のすれ違いがあったのだと思います。
>  感情的なことでもめるのは全く、私の本意ではないです。このことでS.Kさんが御不快な思いをしたなら、不用意な事を言ったことをお詫びしたいと思います。
>  ですが、弁明させていただければ、私も千里眼を持っているわけではないのですから、直レスでないところで特に名前を出されたわけでもないのに、「これはあなたの疑問にも回答したつもりだったのだ」と後から言われても、困ってしまうわけです。まして、その「回答」の内容が私の投稿に回答しているように思えないならなおさらです。
>
 弁論大会の壇上の演説者は「貴方に」語り掛けているわけではありませんがその内容は「貴方にも」伝わるはずです。
 伝わらない理由は二つあって「弁士の力量」が先に疑問視された様なので片手落ちにならないよう「聴者の姿勢」を問うたわけです

> > >なお、「駄目で元々でやってみる」については補足しておきたいと思います。
> > > イゼルローンを移動要塞化できる可能性は、確かにあります。その意味で、この主張は正しいです。(私がNo.3700で否定しているのは、「努力さえすれば絶対実現できる」というような主張です。ガイエスブルク→イゼルローンの応用の途上で解決困難な技術上の問題にぶつかれば、いくら努力しても実現できないということはありえるからです)
> > > ですが、この移動要塞化成功の可能性が具体的にどの程度のものなのか、あまりに情報が少ないので我々には分かりません。一方、ヤンには「回廊の戦い」という選択肢もありました(こちらの勝算については別に投稿しています)。ヤンの苦しい台所事情を考えれば、両方の作戦に着手してどちらつかずになるより、一つの作戦に専念すべきであるというのは妥当な推測と思われます。
> > > 二つの作戦のどちらの勝算が大きいかは、我々にはわかりません。であれば、「移動要塞化」を選ばなかったからといって、ヤンを一方的に無能、愚劣と断罪するのは誤りではないでしょうか。
> >
> >  いや、別に併行しても問題ない類の準備でしょう。
> >  艦隊の主準備はあの時点で再編成と訓練なのですしエンジン工事については
> > 早い話腕さえあればエルファシルの民間企業に作業面は発注したっていいような話ですから。
> >  そもそもラインハルトが自ら寛大な処置を条件に降伏を呼びかけヤンがエルファシル独立撤回と引き換えに自身の公正な裁判と他の者の罪状不問を要求して投降していれば最善誰も死ななかったし何の物理的準備も不要だったのですが(まあ社会的な根回しは必要だったでしょうが)。
>
>  いや……ですから、そういうことに使う余分のお金なり人手なりがあったら、艦隊整備や兵員訓練にさらに力を入れたり、補給物資を多く用意しておいたりした方がいいんじゃないかということなんですが。あと、テストもなしにワープをすることはできないと思いますが、テストをするためにはイゼルローン内の住人を一度どこかに避難させないといけません。その避難のための準備が必要になることを考えると、やはり、並行で進めるのは無理がある作業だと思います。
>
「余分」ってどう頑張っても戦艦にキャタピラは使えないのですからいちいち材料に戻すより有効活用を考えたらいいじゃないかってレベルの話ですが。

>  また、ヤンが投降してしまうと、民主主義が生き延びる可能性がなくなってしまいます。

 ヤンのおかげで拾った命で各々が潜伏して思想を守って時を待てばそれでいいのです。
 ヤンなしに成立しないのは「ヤン崇拝」というある意味帝政より民主主義から遠い代物だけです。

親記事No.3581スレッドの返信投稿
board4 - No.3759

Re3726:前提条件が間違いだらけの戦い

投稿者:冒険風ライダー
2003年02月23日(日) 15時45分

<「類稀なる僥倖」に関しては前回も説明したので、もう言える事は余り残っていません。重要なのはヤンの善戦の結果、ラインハルトが置かれた状況である。きっかけなど無数にあり、病気も夢もその一つに過ぎなかったということを繰り返すだけです。(その夢にしたところで、たまたま偶然見たのではないのだろうということをヒルダが分析しているのですが)
 言うなれば、これは宝くじを買うようなものです。宝くじのどの一枚が当たるかを予測することは、それこそ「類稀なる僥倖」「ご都合主義」でもなければ不可能なことです。ですが、ある程度の量をまとめ買いすれば、この中のどれか一枚くらいは当たるだろうということは予測できます。この時、重要なのは当たるという結果だけであり、どの一枚が当たるかなど、買った人間には分からないし、また、知った事でもありません。私が言いたいのはそういうあたりまえのことに過ぎません。>

 宝くじで一等を当てるレベルの「お手軽感覚」で、自分達の命運を左右することになるであろう「戦略構想」を練られては、ヤン麾下の将兵や部下達、およびヤンの軍事活動に命運を託す国および国民にとってはたまったものではありませんね。そもそも、宝くじのようなほとんど「僥倖」に全てを託すしかない「戦略や戦術を十全に整えることなく、運だの天佑だのに全てを委ねる愚行」を否定するところから、先に引用した「戦略には、勘なんかの働く余地はない」云々から始まるヤン・ウェンリー語録が語られていたのではなかったのですか?
 こんな言い分が通用するというのであれば、たとえば銀英伝1巻でフォークが提言した同盟の帝国領侵攻作戦などについても「勝算があった」と認めなければならなくなるではありませんか。帝国領侵攻作戦でも、その立案時点では、たとえば「ラインハルトが突然心臓発作で急死する」だの「ラインハルト以外の人間が迎撃の指揮に当たり、同盟軍に敗北する」だのといった「類稀なる僥倖」に恵まれなかったとは限らなかったのですから。宝くじレベルの「全てを運に任せた当たり外れ」を期待することを「事前予測として勝算があった」とみなしてもかまわないとするのであれば、当然フォークが立案したような杜撰な作戦でも「勝算があった」と考えても良いはずでしょう。あなたの主張を突き詰めてみれば、最終的にはこんな愚劣な結論にまで行き着かざるをえないのですけど。
 「ヒルダの分析」云々も、論としては非常にバカバカしい限りですね。それは単にラインハルトの「夢の中でキルヒアイスが諌めに来たのだ」などという、下手をすると正気を疑われても文句の言えないラインハルトの脳内で行われた思考過程から推測した心理分析を行った「結果として出てきた仮説のひとつ」でしかなく、「その思考過程【自体】が『類稀なる僥倖』ではなかった」ということの証明には全くなりえないのですから。第一、和平の提案を行った時点におけるラインハルト軍は、むしろ物量作戦の実行によってヤン側を一方的に追い詰めてすらおり、和平を提案しなければならない必然性自体が戦術的にも戦略的にも全く存在しなかったのですがね。
 こんなヤンとラインハルトの身勝手な戦略構想などに振り回される部下や将兵達はいい面の皮でしかありませんよ。彼らは自分達の部下の生命を何だと思っているのでしょうか。

<次に、『多大な犠牲が出ることを承知の上の相手とは和平が成立しない』ですが、ラインハルトは多大な犠牲を出す事は想定していなかったでしょう。そこまでの意義がこの戦いにはありませんし、イゼルローンにヤンがあろうとも、帝国軍にもラインハルトがあり、何より、彼我の戦力差はとても大きなものでした。>
<ラインハルトには「本来、この親征はこうあるべき」という当初計画があったのでしょう。『圧倒的多数の兵力を揃えた上でヤンと一大決戦を構え、用兵の妙を以ってこれを打ち倒す。残存兵力については各個撃破してもいいし、降伏させても良い。いずれにせよ、こちらの圧倒的優勢は揺るがないのだから、大きな犠牲は出ないだろう』というような。また、彼我の戦力差を単純に考えれば、この計画そのものは間違っているわけではありません。>

 今までのヤンとの戦いで「多大な犠牲を出さなかった話」などほとんどありえなかったことなど、銀英伝の作中キャラクターのほぼ全員が知悉していることでしかないのに、この期に及んでラインハルトが、イゼルローン要塞に2~3万隻の戦力で立て籠もったヤンに対して、未だに「多大な犠牲は出さないであろう」などという希望的観測を前提としていること自体がおかしいのですよ。アムリッツァ、第8次イゼルローン要塞攻防戦、「神々の黄昏」作戦と、圧倒的な戦略的優位を確保していたにもかかわらず、戦術の妙を駆使したヤンとの直接対決で、帝国側がどれほどまでに煮え湯を飲まされたかを、まさかラインハルトは忘れてしまっているわけではないでしょうに。
 それにラインハルトは、ヒルダやミッターマイヤー・ロイエンタールなどから「皇帝がわざわざ出兵する必要はない」と忠告されていましたし、マリーンドルフ伯からは「回廊の両端を封鎖して孤立を長引かせれば良いではありませんか、あえて急戦を求めて解決を図る必要はないように思われます」と進言されており、それらの忠告が政治的には全く正しく、しかも自軍の損害を最小限に抑えられる事をも全て承知の上で、わざわざ親征を強行しているのですし、「イゼルローン要塞に籠もる敵と戦えば、最終的に勝てるにしてもその過程で数百万の将兵の生命が失われる」などという予測くらい、ラインハルトでなくても簡単に立てることができる類のものでしかないでしょう。もしラインハルトがその程度の予測すらも満足に立てられずに親征を強行していたとでも言うのであれば、ラインハルトを「軍事的天才」などと評価している作中記述自体が恐ろしくトンデモなシロモノでしかありません。
 「回廊の戦い」は、ヤン側・ラインハルト側共に、戦いの前提条件自体が根本的に間違っているのです。愚将同士の愚劣な理由による愚かしい戦い、としか評しようがありませんね。

<それから、上で冒険風ライダーさんが出している事例を「回廊の戦い」にあてはめるのは不適切です。この事例やキュンメル事件のような事例から言えることは、ラインハルトは自己保存欲よりもプライドを優先させる傾向があるということだけです。見苦しく生き延びるよりは潔く死ぬことを選択するというような。
 「回廊の戦い」でラインハルトが迫られている選択は、あまり意義のない戦いで無闇に将兵を損なうことを続行すべきか否かということです。守るべき対象が自己か他者かという点で、この二つの選択の性質は大きく違っています。>

 あなたもしつこいですね。そもそもラインハルトは、何度も述べているように、「回廊の戦い」も含めて戦略的・政治的には全く無意味な戦いを、しかも将兵が犠牲になることをも全て最初から承知の上で、何度も「個人的矜持とプライドを賭けた戦い」を行っているではありませんか。この時点で、ラインハルトの個人的矜持とプライドが将兵の犠牲よりも優先されていることは明白なのですし、「回廊の戦い」でもそれは明らかに垣間見られたではありませんか。そして「病気」と「夢」という「類稀なる僥倖」がなかったら、ラインハルトはそのまま将兵の多大な犠牲をものともせずに、個人的矜持とプライドを優先させてヤンを殲滅してしまったことは間違いないのです。
 本当にラインハルトが将兵の犠牲に配慮するような人物であったのならば、将兵が犠牲になることが最初から分かっている無意味な戦いを強引に遂行するようなことも、バーミリオンで逃亡すらも拒否するような事態もありえなかったでしょう。前者はもちろんのこと、実のところバーミリオンでさえ、ヤンと全面対決に突入することなく、ただひたすら牽制を兼ねた対峙のみを行い続けていれば、本来決して負けるはずのない戦いだったのですから。ラインハルトの権限をもってすれば、将兵を無為に犠牲の羊に供する道を回避することなど簡単に実行しえたことでしかなかったのですよ? だからこそ、オーベルシュタインや一般将兵からでさえも、ラインハルトの「戦争狂」的性格に対する批判の声が上がっているのではないですか。
 ラインハルトには「統治者および最高司令官としての責任」があるのですし、犠牲を回避できる道などいくらでも示されていたのです。それらを全て無視し、あえて大量の犠牲が出る無意味な戦いを選択していること自体が、ラインハルトが自らの個人的矜持とプライドのために将兵の生命を極めて粗末に扱っている、何よりの証なのです。

<『勝勢に乗っている時ではなおのこと、和平交渉を自分から提案してくるなどという事態など、本来ならば到底考えられないこと』に関しては、地形や計略を使った善戦によってその「勝勢」を揺るがし、ラインハルトにとっての「本来ならば」を本来でなくしてしまうことこそがヤンの作戦の目的なのですと申し上げるしかありません。>

 はっきりと言いますけど、それこそが「根拠のない勘」というものでしかないのですよ。戦略や戦術を万全に構築することなく、「戦い続けていればラインハルトは和平に応じてくれるだろう」だの「犠牲を多く出し続ければ、ラインハルトも翻意してくれるだろう」だのといった「取らぬ狸の皮算用」などを当てにして、普通に戦えば順当に負ける戦争を遂行すること自体、ヤンが全否定する「無能で不誠実な軍人」の所業でしかありません。
 「事前予測では勝算が全くなかったのに、奇跡が立て続けに起こって【結果として】勝てるはずのない戦いに勝利してしまった」などという事例は、現実世界にもたくさん存在しますが、それから逆算して事前予測の結果そのものまで捻じ曲げてしまうのは間違っているでしょう。「ラインハルトが翻意したのだから勝算はあったのだ」などという「結果論」から逆算した推論はいい加減に止めにしてはいかがです?

<上で冒険風ライダーさんが仰っていることは全くごもっともと思います。というか、ヤンは当然そのような下工作の類はできる限りしたんじゃないでしょうか。してないという記述も特にありませんし。
 銀英伝の記述中に上のような話が見当たらないのは、結局、ラインハルトの意思が変わらなかったからでしょう。その後の話の大筋に変化があるわけでもないので、省略されたというだけではないでしょうか。>

 「書かれていない」ことを理由に設定を勝手にでっち上げてもかまわない、などということにはならないでしょう。あなたはどれほどまでに恐ろしいことを自分で述べているのか分かっているのですか?
 あなたのような論法を使っても良いのであれば、たとえば銀英伝の男性キャラクター同士で友好的な関係を維持している人物達(たとえばラインハルト=キルヒアイス、ヤン=ユリアン、ミッターマイヤー=ロイエンタールなど)の存在を取り上げて「実は銀英伝世界における男性キャラクターは皆同性愛者ないしは両刃使いであり、毎夜同姓セックスに勤しんでいる」などというトンデモな裏設定をでっち上げても一向に構わないということになります。仮に反論がきたところで「同性愛者であることを否定する描写もないでしょ?」「書かれていないだけで本当はヤッているかもしれないじゃないか」で全てが正当化できてしまいます。二次創作やヤオイ系同人誌のネタとしては面白いかもしれませんが、仮にも作品論を語る際にこんな愚劣な論法を許してしまったら、作品世界の破綻どころの話ではなくなってしまうではありませんか。
 もし私が主張していたような和平戦略工作をヤンが実行していたとあくまで主張すると言うのであれば、それを裏付ける作中記述を引っ張り出して提示するべきです。私は作中記述の裏付けのない「書かれていないところからの推論」に付き合う気など一切ありませんので。

<確かに、全く無力な勢力は、強大な勢力に一方的にいいようにされるしかないでしょう。それが弱肉強食というものだからです。ここで私が言いたいのは『弱小な勢力であっても、その弱小なりの力を示す事で、強大な勢力から譲歩を引き出すことができる』ということです。
 分かりやすいので、窮鼠猫を噛むの例えを出したいと思います。窮鼠に噛まれた猫は、それ以後は面白半分では鼠に手を出すことはなくなるでしょう。戦えば勝つ事は分かっていますが、つまらないことで怪我をしても全く割に合わないからです。ここで猫から相応の譲歩を引き出すにあたり、鼠は猫より強くなる必要も、猫と対等の立場に立つ必要もありません。
 この時点でのヤンとラインハルトの立場も似たようなものです。ヤンの戦力はラインハルトより小さいとはいえ、運用次第では決して無視できるものではありません(というか、それを示すためにこそヤンは善戦する必要があったのです)。戦いを続行すれば、最後に勝つのはラインハルトですが、その場合、ラインハルトは無償で銀河統一を得られる訳ではありません。さらに数十万、数百万の将兵の命と、おそらく数名の提督の命を支払わなければなりません。
 ですから、ヤンにはラインハルトから譲歩を引き出す余地があります。それは、上に書いたような「弱小勢力は弱小なりに宇宙の片隅で勝手にひっそり生きていきますので、その許可を頂きたい」というような形になるわけです。
 あと、冒険風ライダーさんはここでヤンの戦力をやたら過小評価している割には、『ラインハルトはイゼルローン要塞に籠もったヤンの手強さも、「回廊の戦い」で自他共に多大な犠牲が出ることをも全て承知の上だった』みたいにも書いていて、今ひとつ首尾一貫しているように思えないのですが、どうなんでしょうか。>

 だから「イゼルローン要塞に立て籠もったヤンを正面から攻略するのは容易なことではない、最終的に勝てるにしても多大な犠牲を払わなければならない」などということは、過去のヤンの戦績から言っても、今更戦うまでもなく事前に予測できることでしかないでしょう。こんな簡単な予測にすら事前に察知し得なかったというのであれば、ラインハルトは本物の阿呆としか評しようがないのですけど、それで一向に構わないという意見なのですか?
 それにイゼルローン要塞に立て籠もったヤンの戦力は、回復力がゼロに等しい状態であるに対して、帝国側のそれはほぼ無限に等しい体制にあります。ヤン側は手持ちの戦力がなくなってしまえばそれで全てが終わってしまうのであり、逆に帝国側は最悪でも消耗戦に突入して味方の損失と等量の被害を敵に与えれば、それで勝利は確実に手に入るのです。ただしそれでは、ヤンの戦術手腕と相まって、味方将兵の被害が甚大なものになることが「事前予測としてみても誰の目にも明らかである」が故に、「イゼルローン要塞に立て籠もって強大な戦力を保持しているヤンを【少数の犠牲で】打倒することは困難である」となるわけです。逆に言えば、最初から味方がこうむるであろう甚大な被害を覚悟の上で消耗戦を展開するつもりであれば、いくらイゼルローン要塞が強大で、ヤンが戦術手腕を振るおうが、最終的に帝国側は確実に勝利しえるのです。
 そして「回廊の戦い」では、事前予測から多大な犠牲がでることが予め判明していることをも全て承知の上で、ラインハルトは自軍の犠牲を全く厭わずに遠征してきたのですし、実際の戦いでも、最終的には消耗戦を展開してヤンを物心両面から瓦解させるという戦術を取ってヤンを敗北寸前にまで追い込んでいたではありませんか。ヤン側の戦力回復力がゼロに等しい状態であることもまた、帝国側もヤン側も知り尽くしていたのですから、そんな状態で戦う事を選択したヤンの未来には消耗戦と玉砕の道が待っているだけで、その時点ですでに戦略的敗北が確定したも同然なのです。それを「結果として」救ったのが何であったのかについては、もう今更繰り返すまでもないでしょう。
 事前予測としてすら誰にでも簡単に理解できる程度の事態すら考えず、希望的観測のみをベースに杜撰極まりない戦略などを構築するヤンとラインハルトは、「戦争の天才」「魔術師」の異名とは程遠い「真の愚将」でしかないのです。

<バーミリオンの時、ラインハルトは生きるか死ぬかの緊急事態でした。だから、ヒルダや双璧の独走も、それがラインハルトを救ったと言うことで許されたわけです。ですが、回廊の戦いではラインハルトは健在ですぐに生命の危険があるわけではありません。指揮系統も失われていません。部下がラインハルトの意向を無視して勝手に兵を動かすのは明確な命令違反です。その部下がラインハルトの激怒を買って終わりです。
 ラインハルトが部下の進言を受け入れたらどうするかですが、なおさらお話になりません。バーミリオンの屈辱をもう一度味わってまで小さな勝利(というか、精神的には明らかな惨敗)を得るより、ラインハルトは素直にヤンに停戦と会談を申し出るでしょう。こんなこと、ラインハルトの性格を考えれば余りに明らかだと思うんですが。>

 バーミリオンの時だって、ヤンはラインハルト以外の要素を排除して策を練った結果があの通りだったのですから、「回廊の戦い」ではその二番煎じにならないような策を練るのは、余計な邪魔をされずに目的を達成するためには当然必要とされることではありませんか。「再びバーミリオンのような事態が再現されることは【絶対に】ありえない」などという「100%の保障」が一体誰にできるというのですかね? 私はそこまで盲目的にラインハルトの性格を信用する気になどなれませんが。
 それとあなたは本当に「統治者および最高司令官としての責任」および「非常手段」という概念が理解できない人のようですね。ラインハルトにもヤンにも、本来、個人の性格やワガママを抑制してでも果たさなければならない責任というものがあるのです。たとえ個人の感情がどうであろうと、そんなものとは無関係に政治や戦争を遂行していかなければならない、それがヤンやラインハルトの置かれている立場であり、また国家や国民に対する責任というものでしょう。彼らには「個人としての性格」を抑制してでも、成さなければならない責務というものが存在するのです。そんな立場にあるものの性格がいかに高潔なものであろうが、そんなものを当てにして戦略構想などを立てるのは「根拠のない勘」に基づいた「希望的観測」以外の何物でもありません。
 そして、「統治者および最高司令官としての責任」を果たすために、本人や周囲が「非常手段」に手を出すという事態は充分に考えられることなのです。現にバーミリオンの例もあるのですし、ラインハルト自身、オーベルシュタインの策を受け入れてブラウンシュヴァイク公による「ヴェスターラントの虐殺」を宣伝の道具に使ったという「前科」が立派に存在するではありませんか。勝利のためには個人の性格などねじ伏せなければならない、という認識など、ヤンもラインハルトも理解しているはずですし、またそうでなければならないのです。
 したがって、個人の性格さえ分析していれば非常事態を予測しなくてもかまわない、などということには全くなりえません。

<何というか、これを読んでるとラインハルトはただただ交渉決裂になる事だけを望んでいるように思えるのですが、だったら何故、会談を申し込んだのでしょうか。
 交渉がうまく成立する事で益を受けるのはヤンだけではありません。ラインハルトだって相応に得をするのです。これ以上むやみに将兵や提督を失うことなく共和主義者達から物騒なイゼルローンを取り上げ、辺境に追いやる事ができます。
 何かどうも、このあたりの感覚が全くかみ合っていない気がしてなりません。>

<そりゃ、ラインハルトは自らが旗を振り上げて始めた親征が中途で終了となれば、面白くはないでしょう。感情を納得させるためにも上のようなことは言いたくなるでしょう。しかし、政略レベルで会談が有効と思ったからこそそれを申し出た訳であり、会談をまとめる気が全くないということにはならないでしょう。>

 私が前の投稿で引用した文章の中で、ラインハルト自身がはっきりと述べているではないですか。「予自身が不甲斐なくも発熱したという理由もあるが、将兵も疲労しているし、補給を待つ必要もある。ヤン・ウェンリーとの会談は、そのまま妥協を意味しない。再戦の準備をととのえるため時間をかせがなくてはならぬ」って。
 それに何度も言っていますが、事前予測でさえ誰でも一目瞭然に分かることでしかない「多大な犠牲」など最初から承知の上で、ラインハルトは親征を行っていたわけなのですし、実際、消耗戦に移行して勝利する寸前にまで到達しえたのですから、その時点でラインハルトが交渉を提言しなければならない合理的な理由など、「病気」以外にはどこにも存在しないのです。「将兵の疲労」だの「補給問題」だのは、前線と後方の戦力を交代させてしまえばそれで終わる話でしかないのですしね。
 あの当時における最善の選択肢は、そのまま消耗戦を続行させてヤンの戦力を殲滅してしまうことだったのです。そうすれば、多大な犠牲と引き換えに、イゼルローン要塞の奪取とヤン一派の殲滅もかなったことでしょう。にもかかわらず、突然「病気」だの「夢」だのに幻惑されて和平をがなりたてるラインハルト。戦場で傷つき、仲間を永遠に失いながら、それでもラインハルトを信じて戦ってきた前線の将兵や部下達にとっては、たまったものではなかったでしょうね。そりゃ「今まで自分達が戦ってきた苦労は一体何だったんだ」と喚きたくもなるでしょう。
 こんな愚劣なラインハルトに従わなければならない帝国の将兵達が、私には本当に哀れに思えてならないですね。主君が「戦争狂」などでなければ、死なずにすんだ人もたくさんいたことでしょうに。

<あと、冒険風ライダーさん自身が、最初の方で『あの愚劣な「回廊の戦い」はラインハルトひとりが周囲の反対を押し切って強引に行ったものでしかなく、周囲はことごとくラインハルトの出征に反対していました』というようなことを仰っているのですが……帝国関係者が本当にヤンたちをそんなに障害に思っているなら、当然、親征に賛成する声の方が大きかったでしょう。帝国関係者は親征に賛成だったのか、反対だったのか、いったいどちらなんですか。>

 何でこんな簡単なことが理解できないのですかね? 銀英伝7巻後半~8巻前半を読めば、こんなものはすぐにでも理解できることでしかないでしょうに。
 帝国関係者のほとんど全ては、ラインハルトの親征については明確に「反対」の意思表示を行っています。そしてミッターマイヤー・ロイエンタールは「自分達が代わりにイゼルローン要塞を攻めます」と述べていますし、マリーンドルフ伯は「回廊の両端を封鎖して孤立させれば良いではありませんか」と諫言しています。いずれもヤンの強大さを知るがために、そしてそれ以上にラインハルトの身の安全を案じ、政治に専念してもらいたいが故に、彼らはラインハルトの親征に「反対」しているのです。
 帝国関係者の大部分が抱いている認識は「イゼルローン要塞は取り戻したいし、ヤンは打倒したいが、だからといってわざわざ皇帝自身が危険を犯して親征して今すぐ急戦までしなければならないほどのものでもない、他の方法で代替することは充分に可能である」というものです。そして、その代替案として、回廊封鎖の持久戦だの、ミッターマイヤー&ロイエンタール指揮によるイゼルローン奪還だの、謀略を使ったヤン一派の無力化構想だのが作中でも浮上しているわけです。
 これが答えなのですけど、納得頂けましたか?

<ユリアンは未熟だからラインハルトとの交渉を成立させる事ができたのではありません。ヤンの後継者であることを実力で証明してみせたからこそ、それができたのです。また、上記の会話の中でラインハルトは端的に「慈悲をかけるつもりはない」ということを言っています。冒険風ライダーさんの言っている事はまるで正反対です。>

 お生憎ですけどね、シヴァ星域会戦でユリアンが「ヤンの後継者であることを実力で証明してみせた」からといって、ラインハルトがユリアンらイゼルローン一派を「何が何でも助けなければならない理由」が一体どこに存在したというのですか? ユリアンがラインハルトのところにたどり着こうがどうしようが、そんなものと関係なしに戦闘を継続させてさえいれば、そのままイゼルローン陣営を壊滅させることができたのですし、名実共に銀河統一を達成することができたことは確実なのです。それをわざわざ助けた時点で「慈悲をかけた」「温情を示す余裕があった」と普通は解釈しませんか?
 しかもユリアンは、ラインハルトのところにたどり着いた際にも、完全武装で、しかも「立ったまま御意をえる」などという、不敬罪と皇帝暗殺未遂にも問われかねない態度で対面に臨んでいたわけですから、その時点で殺されたとしても文句は言えないでしょう。これらの作中事実を無視して「ユリアン達は自力でバーラト自治区の支配権を獲得した」などと言われましてもね~。
 ユリアンらイゼルローン陣営に対してラインハルトが示した態度は、ラインハルト自身の言葉とは裏腹に、まさに「慈悲をかけた」「温情を示す余裕があった」以外の何物でもないのです。

親記事No.3708スレッドの返信投稿
board4 - No.3760

Re:ヤン・ウエンリーと新城直衛の比較(お久しぶりです)

投稿者:八木あつし
2003年02月23日(日) 15時53分

>  作品中で「ヤン」は、民衆を信じていきたい(ただし、常に腐敗・堕落などの危険性を考慮するが)、とゆう態度が前面に押し出されていますが、作品の要素として扱っている市民の動向に対して異なった見方をしているように思える作品があります。
>  著者は佐藤大輔で「皇国の守護者」です。
> 特に5巻目で、主人公の「新城直衛」の考えで「衆民を(銀英伝では市民)を明るく眺める習慣を持たない」、「個々人でどれだけ賢く、親しむべきものでも、群れてしまえばその気分は女子供と変わりがない」、
> 「国や(これはともかくとして)民という甘い夢を信じるためにはよほどのおめでたさがいる」、「自分を気楽な立場に置ける衆民どもを心から軽蔑」とゆう場面があります。
>  田中芳樹と佐藤大輔両者の作品は、前者は「性善説」、後者は「性悪説」とゆうふうに人々を作品の中で捉えているのだろうか。

佐藤さんお久しぶりです。
ヤン・ウェンリーと新城直衛を比較するのは面白いのですが、ヤンと新城では前提条件が微妙に違います。
民主主義国家の自由惑星同盟と皇主を名目上の頂点とした五将家による連合国家の皇国では、 国民の価値観が圧倒的に違います。
同盟市民の場合は、民主主義の理念を(とりあえずは)知り、同盟の国民であるという自覚を持っています。しかし皇国の衆民は、皇国(皇主の下)の衆民でありありながら、五将家の領民でもあります。銀英伝で言えば同盟市民と言うよりも、銀河帝国臣民の方が近いです。
私としてはヤンよりもむしろラインハルトと新城を比較した方が、生まれ育った国家などが近くて良い気がします。
またヤンの敵はラインハルトと専制国家です。それも民主主義の最大の敵と言っていい、清廉な専制です。ヤンの立場とは180度違います。
それに対し、新城の敵は外に「帝国」という専制国家、内には守原家という将家です。敢えて言えば、新城の立つ場所と余り違いはありません。
あまり返答になっていないかもしれないなぁ。(^^)

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