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投稿ログ374 (No.6417 - No.6454)

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6417

Re:新人です

投稿者:新人王赤星
2005年04月22日(金) 07時24分

横レスですが一言。

> あくまでも作家と読者、発信者と受信者である以上、読者の発言には越えてはいけない一線というものがあるのではないでしょうか。

そんなものはありません。
作家個人のプライベートを暴くとか、極端な誹謗中傷とか、倫理的に許されない一線というのはあるかもしれませんが、根拠のある批判である限りどのような批判であろうとも禁止すべき理由はありません。
その中で質の低い批判は議論によって淘汰されていくべきでしょう。
だいたい愚劣な作品しか書かなくなってしまった作家に対して「元のような作風に戻ってほしい」と願うことが、なぜ不遜なのですか?

親記事No.6415スレッドの返信投稿
board4 - No.6418

Re:アルスラーンの新刊は…

投稿者:くらげ
2005年04月22日(金) 09時07分

今秋ですか・・・・。どんどん延びていきますね。
少し気になっているのですが、カッパノベルスのカバーは、
新しくなったほうでしょうかね、やっぱり。(カバーと帯が一体化したようなもの)
私はあまり好きではないので、少々悲しいです。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6421

Re:新人です

投稿者:MOH
2005年04月22日(金) 14時49分

> だいたい愚劣な作品しか書かなくなってしまった作家に対して「元のような作風に戻ってほしい」と願うことが、なぜ不遜なのですか?

作風やよい小説にはさまざまなパターンがあるからです。銀英伝のように重厚なものもあれば、軽快でテンポがよいものも、柔らかく切ない雰囲気のものもあります。
もし田中芳樹氏が皆さんの批判なさるような欠点を解消したとしても、その先に到達した作風が銀英伝のようなものではなかったとしたら、それでも「もとのような作風に戻って欲しい」と訴えるのでしょうか。
欠点を解消することと、作風を戻すことは違います。
それを過去の業績と読者のイメージをもとにいくつかの作風に絞るような発言を不遜と表現したまでです。
繰り返しになりますが、良くも悪くも作風を決定するのは作家自身ではないでしょうか。

越えてはいけない一線というのは読者があくまで「受け手」だからです。作家の人となりも生活も考え方も正確には知らない読者は作家に対してすでに発表された作品に対する批評以上の事をするべきではないと言いたいのです。
作品の内容や執筆速度に対して読者は希望以上の事を言うことはできないのではないでしょうか。
もし作風が合わないのであれば、田中芳樹氏を変えるのではなく、自分に合う作家を探すべきです。早く続きを読みたいのであれば、執筆の速い作家の作品を読めばいいのです。
田中芳樹氏の作品を読みたいのであれば、「できるだけ早く書いてください」以上のことが言えますか?
読者は作家に「書いてもらう」のです。作家に対して最低限の敬意を守るべきではないでしょうか。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6423

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:MOH
2005年04月22日(金) 15時14分

すみません。勘違いで二回書いてしまいました。
二回送信したことに深い意図はありません。
単なる間違いです。

board4 - No.6424

バーミリオン会戦における提督たちの行動について

投稿者:KAZAN
2005年04月23日(土) 04時12分

つい先日、改めてバーミリオン会戦を見て、ふと思ったことがあります。
それは、何故ミッターマイヤーを始、帝国軍の諸提督はラインハルトがヤンと交戦状態に入ったときすぐに反転してこなかったか、と言うことです。
バーミリオン会戦は開戦前の作戦会議でラインハルトが言ったとおり、この会戦の戦略目標はヤンを倒すことであり、ヤンを戦いの場に引きずり出すために、諸提督の艦隊をあえて分散出撃させ、ランハルトがヤンと交戦状態に入ったときに反転、そしてヤンを包囲して圧倒的多数の戦力でヤンを倒すことがこの作戦の意義だったはずです。で、あるならば、分散出撃のための口実である同盟軍の補給基地制圧は別にする必要ないのではないかと思うのです。補給基地自体には固有の戦力はなく、ヤンを倒し、同盟を征服すればその存在価値は無くなるはずです。存在価値が無くなるはずのものを敢えてこの時期に制圧しても意味はそれほど無いように思われます。もし、諸提督が割り当てられた補給基地を制圧せず、ラインハルトがヤンと交戦状態に入ったとき、すぐにでも反転すればミュラーとほぼ時を同じくしてバーミリオンに到着できるはずです。
この会戦における帝国軍の戦術的敗北は、ランハルトの防御に徹しえない性格に責任があるように本編では書かれていますが、これは作戦の意義(と言うか作戦に忠実すぎると言うべきか)を良く理解していなかったミッターマイヤー、ロイエンタールらに責任があるように思われるのですが、どうでしょうか?

親記事No.6375スレッドの返信投稿
board4 - No.6427

Re:うがった見方かもしれませんが

投稿者:パンツァー
2005年04月23日(土) 13時10分

大分遅れたレスになりますが。。

私はこのサイトで初めて知りましたが、田中芳樹氏は、中国礼賛者なんですよね。

このサイトのログ中にあった内容だったと思いますが、下の図式の方がしっくりきますね。
同盟=アメリカ
帝国(ゴールデンバウム王朝)=ソ連
帝国(ラインハルト王朝)=中国

現実でも、<銀河英雄伝説が最初に発表された1980年代>どころか、文化大革命の以前から、中ソ対立は激しいものがありましたし。

民主主義を帝政が打倒してしまう、
などという平均的日本人の感覚からは逆の発想、を堂々と主張する作者のやり方は、私には非常に斬新に映りましたね。民主政治に対する風刺としては、まったく見事だと思ったのです。

それが、それが、単に中国礼賛に源泉があるだけ、とは。

大好きな中国が、まず、同じ社会主義国であるソ連を打倒!
次いで、敵対する自由主義国であるアメリカを打倒!
おお、我が愛する中国が、ソ連もアメリカもぶっ潰して、世界の唯一の覇者となるのだ!!っと。

上の図式の方が、田中芳樹氏から伺える心情からしても、大変理解しやすいのです。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6429

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:本ページ管理人
2005年04月24日(日) 03時20分

> すみません。勘違いで二回書いてしまいました。
> 二回送信したことに深い意図はありません。
> 単なる間違いです。

二重投稿については削除しておきました。
今後はパスワードを設定するなどして自己管理をお願いします。

で、書き込みに対するレスですが、
>繰り返しになりますが、良くも悪くも作風を決定するのは作家自身ではないでしょうか。
そんなのは当たり前です。
逆に問いますが、読者が要望や希望を表明することが、田中氏の自己決定権を少しでも侵害していると思いますか?
このサイトは「影響」を与えることは意図していても「侵害」は意図していませんよ。
作風に対しても執筆速度に対しても、要望や希望を表明する事は読者の権利です。
それを受けるか受けないか決めるのは作者の主体性であり、すなわち「権利」です。
もし、要望や希望を表明する事が作家の自己決定権に対する侵害だというのなら、それはそちらの考え方がよっぽど「不遜」です。作家には主体性がなく、周りの声通りにしか物事が決められない幼児並の判断能力しか持っていないって言っているのに等しいじゃないですか。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6430

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:MOH
2005年04月24日(日) 05時58分

レスありがとうございます。

>逆に問いますが、読者が要望や希望を表明することが、田中氏の自己>決定権を少しでも侵害していると思いますか?
僕の意図は「要望や希望の表明について」ではなく、「何を、どのように、どの程度まで言いつづけるか」という程度問題に対するものです。
重ねてお聞きしますが、石井さんは田中氏が欠点を解消さえすれば、その結果がどのような作風であってもこのサイトの目的は達成されたとお考えですか?

>このサイトは「影響」を与えることは意図していても「侵害」は意図>していませんよ。
この表現がそれを肯定するものであれば、これ以上僕の言うべきことはありません。「もとの作風に」という表現の意図に対するすれ違いだったということになります。

親記事No.6105スレッドの返信投稿
board4 - No.6431

Re:氷塊衝突を衛星等が回避する可能性について

投稿者:ぴぃ
2005年04月24日(日) 13時22分

 まず最初にお詫びいたします。断りもせずに長らく議論を中断してしまい、申し訳ありませんでした。パンツァーさんがお怒りであれば無視してください。

> それから、結局のところ、議論の目的は、どこにあるのでしょうか?
> 質量弾攻撃の否定が目的であるならば、その線に限って議論を展開してもらえると、私の方も考慮する要素が少なくてありがたいのですが。
>

 不必要に「回廊の戦い」に言及したのは、私の誤りでした。議論を必要に拡大して申し訳ありませんでした。
 議論の目的は「アルテミスの首飾りへの質量弾による遠距離攻撃は、銀英伝の世界において、例外的に可能だったのではないか」というものです。本当は、別スレッドで議論した方がよいのかもしれません。

> まず、作品に書いてある設定については、これを前提に考える必要があるのです。これを無視するようなことを書かれても困ります\。
>
> >  だからこそ、無誘導の氷塊に軍事衛星の側が当たりに行った(=氷塊を回避しない)と考えた方が合理的だと考えたのですが……。
> >  この事実から、氷塊がハイネセンへの「突入コース」であることは、氷塊がハイネセンへ「突入する」ことを意味しないと考えられます。よって、衛星が氷塊を回避しない状況に追い込んで破壊したという推論はまだ成立する余地があると考えます。
>
> No6395「アルテミスの首飾りについて」のぴぃさんの記載
> <3.氷塊が、ハイネセン本星に突入したりすることのないよう、発進角度は慎重に定めた。>
>
> 「衛星が氷塊を回避しない状況に追い込」まれ得るのであれば、「ハイネセン本星に突入したりすることのないよう、発進角度は慎重に定め」る必要など、ないのではありませんか。衛星にさえ氷塊が命中すれば、「ハイネセン本星への突入」が避けられるのであれば、「衛星に必ず命中するように発進角度は慎重に定めた」と書かれているのが自然でしょう。

 どうしてですか? 作戦会議の目的が、衛星を破壊する事であったのは、文脈から明らかなことです。つまり、衛星を攻撃しない作戦は考慮するに値しない作戦であり、破壊が可能な作戦の内で、最も周囲への影響(例えば、ハイネセンへの影響であるとか、自軍の被害などです)が少ないないし皆無な作戦を選択したと考えるのが自然です。衛星と異なる目標を攻撃し、その結果が衛星に影響して破壊する等といった場合であればともかくとして、ことさらに衛星が攻撃目標であることを示す必要を感じません。
 また、作戦会議からは、前回のレスで述べた程度の情報しか解りませんが、その後に続くヤンとシェーンコップの会話を引用すると、

/* 野望篇p188上段より引用
「……何か質問は?」
 それに応じて、軽く挙手したのはシェーンコップだった。
「一二個すべてを破壊してかまわんのですか?」
*/

 と、あります。この後でも、誰も衛星の回避や破壊の可能性について問題にしていないことから、衛星に必ず命中し破壊できるという文言を直接的に書かなくとも、間接的に解る事だと思います。

> 衝突の結果による氷塊や衛星の破片に関しても、ハイネセン本星に落下するようなことがあれば、十分問題だと思いますが。
> 作品の設定に従うなら、衛星に衝突しようがしまいが、「氷塊がハイネセン本星に突入したりすることのないよう、発進角度は慎重に定めた」とみなすのが妥当ではないでしょうか。
>

 問題ですよ。だから、「氷塊がハイネセンに『突入したり』することのない」ようにしたんですよね。

> だいたい、「無誘導の氷塊に軍事衛星の側が当たりに行った」などということがあったのなら、クーデタ軍のオペレータが、「衛星が自ら氷塊にぶつかっていきます!」なんて金切り声を上げているはずですが、このような裏設定を裏打ちするような作品中の記載もないですよね。
>

 それを言うなら、衛星が氷塊を、衛星の機動力で回避できなかった、という記載も存在しません。
 また、オペレータが、「衛星が自ら氷塊にぶつかっていきます!」と金切り声を上げるかどうかは、オペレータの人格性に関わる問題であり一概には言えません。第一、衛星は一刻も早く氷塊を攻撃するために、軌道上の位置を氷塊のコースにあわせるでしょうし、また、衛星の氷塊に対して攻撃が効かない事実、衛星が完全破壊された事実に比べれば、心理的に動揺させる要素として些末な事象ではないでしょうか。

> >  おそらく、秒(1/3600度)単位での射角精度を求められる(1秒ずれると300万km先では15km位ずれます。光速での到達時間が5分であるとすると距離は更に長くなるので精度も落ちる)中で、これは致命的なのでは? つまり、無誘導で目標に当てるのは、事実上の固定目標でなければきわめて難しいと思います。
>
> 現代の常識とやら、からしたら、まったくごもっともな指摘なんですが、「現代の常識」を前提にするのであれば、「ワープ」などといった超絶的な移動航法自体も、ありえるはずがないこと、という面白くもない結論になってしまうのですよ。
>
> 西暦でいえば28世紀くらいに相当する銀英伝の時代では、超高精度な弾道計算や未来位置予測が可能であって、姿勢制御エンジンや方向知覚センサなどなくても、ヤンがまったく命中に不安を覚えることなく、氷塊に命中させることができるだけの技術水準があった、としか考えよう
> がないのです。作品を前提とするのであれば。
>

 なるほど、おっしゃる通り全てを現代の常識で解釈すれば、「ワープの実現」という作中事実と矛盾する結論に至るでしょう。
 このような、架空技術を考える上では、架空世界に歴然として存在する現象は、どんなに現実の物理現象とかけ離れていようと、「起こる現象」と捉えねばならないことまでは、パンツァーさんも異論がないと思います。しかし、そのような現象が、どのように起こっているのかは、作者にしか(または誰にも)解らない事だと思います。
 この場合で言うと、氷塊を衛星に間違いなく当てることができる、ワープも人為的に発生し制御できる現象である、ということは作中事実です。しかし、なぜ衛星に間違いなく当たるのかや、ワープがなぜ起こり制御できるのかといった事は、作中の記載から各人が解釈せねばならないブラックボックスです。
 それを踏まえた上で、あえて光線兵器の命中精度に関する数字を出したのは、銀英伝の世界における遠距離攻撃の難しさを示す補助資料としてでした。なぜなら、作中には、遠距離攻撃、特に誘導兵器(弾道計算や未来位置予測技術を含む)に関する以下の記載があったからです。

/* 黎明篇 p111上段
「ボタン戦争と称された一時代、レーダーと電子工学が奇形的に発達していた一時代をのぞいて、戦場における用兵には(後略)」
*/

 この記載から、銀英伝の作品世界においては、少なくとも主戦場である宇宙空間において有効な高精度長距離兵器の類は存在しないと推定するのが自然です。そして、これは、おそらく、作品全体を貫く基本原則だと思います。
 また、砲撃は、射撃と異なり、公算学という歴とした確率に基づく攻撃です。私は、艦船同士(おそらく、アルテミスの首飾りの攻撃可能範囲)の近距離であってさえ、数千隻単位の艦船が攻撃しあうのが通常の銀英伝世界から読み取れる範囲では、パンツァーさんの言われるような技術水準に達していないと考えています。
 もしも、そのような技術が達成されているならば、艦隊の規模はもっと小さな規模(例えば、現代の艦隊レベル)の方が妥当だと思いますし、作品中での戦闘の描写は異なる物だったと思います。私は、艦隊戦に、数千隻単位が必要というのは、数によって広大な宇宙空間での命中率を有効な域まで向上させる為だと捉えていましたが、パンツァーさんは違うのでしょうか?
 また、そのような遠距離攻撃が可能だとすると、例えば、ラグナロック作戦時に、なぜ、同盟軍は、フェザーン回廊から飛び出してくる帝国艦隊を、氷塊もしくは隕石で遠距離攻撃しなかったのかの説明が困難になります。
 私は、機動能力のある物体への遠距離攻撃は、原則として効果のない攻撃であり、アルテミスの首飾りでは、例外的に攻撃して効果のある状況が現出したものであったと考えます。

 なお、その他の反論については、「アルテミスの首飾り攻撃」とは無関係の問題ですので、こちらから振っておいて身勝手極まりないですが、議論を打ち切らせていただこうと思いますがよろしいでしょうか?
 また、お返事できるのも最短で一週間に一回のペースとなりますがご了承ください。

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board4 - No.6434

Re:Re6404:銀英伝世界における宇宙航行事情の問題

投稿者:不沈戦艦
2005年04月24日(日) 14時30分

> これらの記述を読めば分かるように、銀英伝世界では「すでに航路図が整備されている【既知の】宇宙空間」においてさえ、「正しい航法データ」がなければまともな宇宙航行すらできない、いやそれどころか自分達の居場所を把握することさえも満足に行えなくなることが明示されています。
> ましてや「第二次長征一万光年」は、銀英伝世界の距離感から見てさえ途方もなく長大な距離を持つことになるであろう「全く未知の宇宙空間」を、それも相当な長期間にわたって航行し続けることになるわけでしょう? そこで遭難などしたくないのであれば、進む先の入念な航路調査を行い、精緻な航路データを作成しつつ、安全を確認しながら慎重に航行する、といった手順を踏む必要が当然生じることになるわけです。
> しかも、もし進行先の航路上に「宇宙の墓場(サルガッソ・スペース)」のような障害が存在した場合、これまた「第一次長征一万光年」がそうだったように、たとえそれが(銀英伝世界では比較的短い距離と目されているであろう)数十~数百光年程度の距離であったとしても、そこを通過ないしは迂回するだけで数十年もの歳月がかかる、下手をすれば遭難する危険性が発生することすら考えられます。「安全性」という観点から考えれば、未知の宇宙空間での航行はいくらでも慎重に慎重を期す必要性があるわけで、航行速度も航行距離も、すくなくとも「すでに航路図が整備されている既知の宇宙空間」を進むほどのスコアを叩き出すことはほとんど不可能に近いと言えるのです。
> そういう状況では、当然「長征」も著しい鈍行速度でしか進むことができなくなるわけで、そうなれば帝国軍が移動要塞を(たとえ一時的に撒かれたとしても)捕捉する可能性は決して無視できないものとならざるをえないでしょうね。何しろ、常に移動を行える「移動要塞を使ったゲリラ戦略」とは異なり、「全く未知の宇宙空間」の事前調査を行うとなれば、そのために長期間一箇所に留まらなければならないケースも当然想定されるわけですし、すくなくとも最初の段階ではそこは「既知の宇宙空間」となるのですから、帝国側の捕捉の網に引っかかる可能性はそれなりに存在するのです。かといって準備不足のまま「長征」など行おうものなら、それこそ原作でも書かれているように「ワープしたとたんに、どこかの恒星のなかに飛びこんでしまうかもしれない」などという笑えない結末を迎える危険性すら存在するわけで、最初はかなりジレンマを抱え込まざるをえないでしょうね。
> 前門の「未知の宇宙空間」と後門の「敵の執拗な探索および追撃」、銀英伝世界の宇宙航行事情では、片方だけならばともかく、両方を一度に相手するのはかなりきつくはないでしょうか?

 それでは「銀英伝世界の宇宙航行事情」が、「逃げるイゼルローン移動要塞とヤン一党」にとっては決定的障害となって立ちはだかるのに、「追う帝国軍艦隊」にとっては障害とならない点について、ご説明願います。逃げるヤン一党にとっては障害になると力説する一方で、追う帝国軍艦隊にとってその条件がどう働くのかについて、一切説明がないのはどうしてですか。

 要は、「未知の宇宙空間での宇宙航行における障害」は、「イゼルローン移動要塞だろうと帝国軍艦隊だろうと同じでしょ」ということですが。何故、この両者に「差別的に適用」せねばならないのか、さっぱり理解できません。私は「未知の宇宙空間における航行」について、イゼルローン移動要塞と帝国軍艦隊の間に、「速度差」を勝手に付けて考えるべきではないと思いますがね。「移動要塞では小回りが利かない」という点については、駐留艦隊の艦船を使用して主に前方の偵察行動を行い「移動要塞の巨体であっても十分進める空間」を確認した上で前進していくことで、特に問題はないと思いますが。

>そんな「歴史の経験則」など、銀英伝世界には存在しえませんね。

 使った文言に過剰反応されても困りますね。そんなに意地になって否定せねばならないようなことですか?これは。「一万光年逃げたら百数十年で捕捉された」ということを「歴史の経験則」と言っているだけなんですけど。

>未来の航行技術の発達の可能性について

「詭弁の特徴のガイドライン1:事実に対して仮定を持ち出す、及び3:自分に有利な将来像を予想する」を、思い出してしまいました。

 それに、これはどちらかと言うより「(事実上無限の広さを持つと言える)広大な宇宙空間の、どこに紛れてしまったのかも分からない相手を、どうやったら捜せるの?」ということなんですがね。銀河系内に居るのかアンドロメダ星雲なのか、それとも他の遙か遠方の島宇宙なのか、どこに行ったか分からない相手を、どうやって捜し当てるというのでしょうか。その方法を、「銀英伝世界」の「作中記述」から、是非探し出してみて下さい。でも、「自分に有利な将来像を予想する」のはお断りしますがね。「自分に有利な将来像を予想する」がOKだというのなら、「科学技術の発展の可能性」を根拠に、何でも主張できるんじゃないですかね。

 これを「OK」だとすると、あまりに「ご都合主義」なのではないかと思うんですが。それはいくら何でもマズイでしょう。

 それと、根本的な話ですけど、冒険風ライダー氏は「移動要塞による第二次長征一万光年」には、反対はしていなかった筈ですよね。今、私が言っているのは「移動要塞論の否定」じゃないんですよ?「移動要塞で暴れ回って攻撃中止と引き替えに帝国と取り引きし、可住惑星を一つ得る」ことを目的としているのなら、「旧同盟領を貰うつもりだろ。そうじゃないと攻撃なんかする意味がないし」と私は考えていたので、「旧同盟領の惑星住民を人質に取られたらお手上げでは?」という疑問をぶつけた訳ですが、「そうではない。帝国領だろうとどこでもいいし、住民なんかイゼルローンの人員が居れば要らない」という「極論」だったものですから、「だったら現在の帝国と同盟の版図にこだわる意味が全く不明ではないか。どこでもいいのなら、帝国の手が届く範囲から逃げる方が、遙かにマシでしょ。ヤン一党が無差別攻撃を嫌う云々別にしても、逃げる方がより有利で将来性のある選択じゃないの。『どこでもいい』のなら、帝国領攻撃なんかする意味がない」と言っている訳です。「移動要塞論」をベースに、「より有利な選択」について主張している訳ですから、何が何でも否定しなきゃならん必要性はないと思いますがね。

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board4 - No.6435

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:ROMですが
2005年04月25日(月) 00時35分

どうも、こんにちは。
MOHさんの文中の「不遜」という言葉が気になったんで
ちょっと辞書で引いてみました。

 「謙遜でないこと。思い上がっていること。」

この言葉が当てはまりそうなのは、このサイトの管理人様や
読者の皆様方ではなく、他に居そうですね。
もちろん、竜堂終君ではありません。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6437

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:盗塁王赤星
2005年04月25日(月) 05時17分

HN変えました。

>自分の好みの小説が読みたいのであれば~

「嫌なら読むな」論ですか。
それが正しいならこの世に作品批判というものはなくなってしまいますね。

>執筆速度についても、読者は「根拠のある批判」をすることができるでしょうか。

できます。
田中芳樹は銀英伝10巻あとがきでその根拠を自ら示しています。
銀英伝を「途中で投げ出す」「もっと続ける」という噂が出たことに対して「はなはだ不本意」とまで言ったのですから。
つまり、作家は作品をきちんと完結させるのが当然の義務であり、自分に関する限りそのことについて疑いをもつな、と言ったのです。
そこまで言い切ったのですから、タイタニアの続刊を10年以上信じて待っていた読者に対して、一言説明があるのが当然でしょう。
まあ事情があったからといって私は斟酌する必要を認めませんが。
書けないのは単に作家の才能と努力が足りないせいだと思っていますので。
批判の根拠というのは、作家の私的事情に由来するものではないのですよ。

> 読者は作家に書いてもらうのです。作家とその作品に対して最低限の敬意を払うべきではないでしょうか。

我々は別に作家様に作品を恵んでもらっているわけではないのです。
ちゃんと対価を払って、きちんと読んだ上で批判している。
作品を公表した以上、後はどんな批判でも甘んじて受けるのが作家としての当たり前の義務です。(もちろん、最終的にその批判に従うかどうかというのは作家の自由ですし、反論したければすればいいですが)
執筆速度や作品の愚劣化について批判することが、なぜ「最低限の敬意」を損なうのですか。
あなたの主観で勝手な「最低限の敬意」などというものを設定され、それを押し付けられるのは「はなはだ不本意」です。

board4 - No.6438

田中芳樹は孟子を読んだことあるのか?

投稿者:玄聖素王
2005年04月25日(月) 08時24分

 「春秋に義戦なし。」
 創竜伝の新刊で、竜堂続が現在の国際情勢を批判してこんなことを言っております。しかしこれは実際に孟子を読めば判るのですが、諸侯の主権を否定し、形骸化した周王朝の命令でないと戦ってはならないという文脈で語られた言葉なのです。
 おそらくは田中芳樹は国連=周王朝程度の意味で理解しているのでしょう。しかし、本来対等な国家同士が集まって秩序形成のため代表者たるを選出するという、今で言う国連の形式は、「五覇は三王の賊なり。」という発言を通じて孟子は否定しております。一応、五覇は今の諸侯よりマシとも言っておりますが・・・。
 国家主権を否定し、全世界を治める天子が全てを決定していく。これが孟子の理想であり、また牛種の目標でもあるのです。

 さて、ここで思うのですが、田中芳樹は日本語訳でも良いから孟子の全文を一読したことがあるのでしょうか?一回読めば孟子の体系は理解できるはずです。文脈を無視して名言だけ並べた本をツマミ食いしている可能性が高いと思われます。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6442

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:MOH
2005年04月26日(火) 07時50分

> 田中芳樹は銀英伝10巻あとがきでその根拠を自ら示しています。
> 銀英伝を「途中で投げ出す」「もっと続ける」という噂が出たことに対して「はなはだ不本意」とまで言ったのですから。
> つまり、作家は作品をきちんと完結させるのが当然の義務であり、自分に関する限りそのことについて疑いをもつな、と言ったのです。
> そこまで言い切ったのですから、タイタニアの続刊を10年以上信じて待っていた読者に対して、一言説明があるのが当然でしょう。

なるほど。確かにそのような発言がありましたね。
遅筆に対する批判の根拠については一応理解しました。

もう一つの点に関してはこのサイトの目的についての疑問でもあるので石井さんの返答を待ちたいと思いますが、一つはっきりさせておきたいことがあります。
僕は作品批判を否定しているわけではありません。6430にも書いたように、このサイトは田中氏にどこまで影響を与えることを目的としているかと言う、程度問題に関する疑問です。
欠点の解消をもってよしとするのか。
それ以上のことをさらに訴えつづけるのか。

欠点ではなく、内容に関して作家の書きたいものと読者の読みたいものが対立する時、恐らく妥協はどちらにも必要でしょう。
読者の方の妥協点を指して「超えてはいけない一線」、「最低限の敬意」と表現したのです。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6444

Re:言葉足らずだったでしょうか

投稿者:本ページ管理人
2005年04月26日(火) 15時52分

> 僕は作品批判を否定しているわけではありません。6430にも書いたように、このサイトは田中氏にどこまで影響を与えることを目的としているかと言う、程度問題に関する疑問です。

No.6430
>「もとの作風に」という表現の意図に対するすれ違いだったということになります。

『「もとの作風に」という表現』はMOHさんが一人で使っているものであって、勝手に私にすれ違いと言われても困ってしまいます。

そもそも、MOHさんの引用部分自体
『自らの作品および作中の「評論もどきの自己主張」に対してきちんとした「作家としての責任」を取り、かつての銀英伝を執筆していた頃の田中芳樹に戻ってくれることを願い』
と書いてあるじゃないですか。
日本語の文法がわかっていれば、既に目的は明らかですが…。
「作家としての責任」については、盗塁王赤星さんが6437で説明してくれたとおりです。

親記事No.6411スレッドの返信投稿
board4 - No.6447

うまく伝わらない

投稿者:MOH
2005年04月27日(水) 14時48分

すみません。
このようなかたちでの議論をあまりしたことがないので、うまく言いたいことが伝わらないようです。
納得できるまでしてみたいとも思っていたのですが、個人的な事情でしばらくレスをつけることができない状態になりました。
自分で言い出しておいて無責任なのは承知していますが、ご理解ください。
辛抱強く相手をしてくださった石井さん、盗塁王赤星さん、「不遜」について調べてくださったROM専さんに感謝します。

親記事No.6105スレッドの返信投稿
board4 - No.6452

Re:氷塊衝突を衛星等が回避する可能性について

投稿者:パンツァー
2005年05月01日(日) 13時32分

>  議論の目的は「アルテミスの首飾りへの質量弾による遠距離攻撃は、銀英伝の世界において、例外的に可能だったのではないか」というものです。本当は、別スレッドで議論した方がよいのかもしれません。

了解しました。以下、その趣旨に応じて、回答いたしましょう。

(1)氷塊の発射角度について

> > 「衛星が氷塊を回避しない状況に追い込」まれ得るのであれば、「ハイネセン本星に突入したりすることのないよう、発進角度は慎重に定め」る必要など、ないのではありませんか。衛星にさえ氷塊が命中すれば、「ハイネセン本星への突入」が避けられるのであれば、「衛星に必ず命中するように発進角度は慎重に定めた」と書かれているのが自然でしょう。
>
>  どうしてですか? 作戦会議の目的が、衛星を破壊する事であったのは、文脈から明らかなことです。つまり、衛星を攻撃しない作戦は考慮するに値しない作戦であり、破壊が可能な作戦の内で、最も周囲への影響(例えば、ハイネセンへの影響であるとか、自軍の被害などです)が少ないないし皆無な作戦を選択したと考えるのが自然です。衛星と異なる目標を攻撃し、その結果が衛星に影響して破壊する等といった場合であればともかくとして、ことさらに衛星が攻撃目標であることを示す必要を感じません。
>  また、作戦会議からは、前回のレスで述べた程度の情報しか解りませんが、その後に続くヤンとシェーンコップの会話を引用すると、
>
> /* 野望篇p188上段より引用
> 「……何か質問は?」
>  それに応じて、軽く挙手したのはシェーンコップだった。
> 「一二個すべてを破壊してかまわんのですか?」
> */
>
>  と、あります。この後でも、誰も衛星の回避や破壊の可能性について問題にしていないことから、衛星に必ず命中し破壊できるという文言を直接的に書かなくとも、間接的に解る事だと思います。

1 衛星に氷塊が100%確実に命中する
2 命中後の破片が、ハイネセンに影響しない
上の二点が共に必ず達成されるのであれば、そもそも「発射角度」を調整する必要などないのです。この作品設定を無視しない限りは、
1と2が同時に達成されないことが作品において前提となっている、としか解釈せざるをえません。作品を無視しないのであれば。

No.6400ぴぃさんの記載
<この事実から、氷塊がハイネセンへの「突入コース」であることは、氷塊がハイネセンへ「突入する」ことを意味しないと考えられます。よって、衛星が氷塊を回避しない状況に追い込んで破壊したという推論はまだ成立する余地があると考えます>

私が問題にしたのは、そもそも上の記載です。
ヤンが「氷塊の発射角度」を、氷塊がハイネセンへの「突入コース」にあるように設定したから、(ハイネセンへの氷塊の突入を防止すべく自ら衝突しようと)「衛星が氷塊を回避しない状況に」追い込まれた、と言っているわけでしょう。
ハイネセンを餌にして衛星を釣るような、そんな馬鹿なことはないでしょう、と言っているのです。

はっきり言いますが、命中精度の低い氷塊を衛星を自ら衝突させるべく、わざわざ「氷塊の発射角度」を、氷塊がハイネセンへの「突入コース」にした場合に、その破壊による破片は、まちがいなくハイネセンへの落下コースにあると思いますが、この破片については、どうやって対応するのですか?

氷塊の発射角度が、衛星による衝突があろうがなかろうが、ハイネセンへの突入コースから外れていることが、絶対条件となりませんか。そもそも「慎重に発射角度を定めた」とする作品中の記載と矛盾しませんか?

(2)衛星の機動力について

> > だいたい、「無誘導の氷塊に軍事衛星の側が当たりに行った」などということがあったのなら、クーデタ軍のオペレータが、「衛星が自ら氷塊にぶつかっていきます!」なんて金切り声を上げているはずですが、このような裏設定を裏打ちするような作品中の記載もないですよね。
> >
>
>  それを言うなら、衛星が氷塊を、衛星の機動力で回避できなかった、という記載も存在しません。
>  また、オペレータが、「衛星が自ら氷塊にぶつかっていきます!」と金切り声を上げるかどうかは、オペレータの人格性に関わる問題であり一概には言えません。第一、衛星は一刻も早く氷塊を攻撃するために、軌道上の位置を氷塊のコースにあわせるでしょうし、また、衛星の氷塊に対して攻撃が効かない事実、衛星が完全破壊された事実に比べれば、心理的に動揺させる要素として些末な事象ではないでしょうか。

「それを言うなら、衛星が氷塊を、衛星の機動力で回避できなかった、という記載も存在しません。」なんて書いていますが、読者があたりまえに納得するからではありませんか。「要塞主砲(トールハンマー)に撃たれる戦艦が、戦艦の機動力で回避できなかった」とか「戦艦の主砲で撃たれる駆逐艦が、その駆逐艦の機動力で回避できなかった」などという記載もまったく存在しませんが、読者があたりまえに納得できる内容だからでしょう。氷塊による攻撃の場合も、亜光速で突入する、と書いてあるのですから、それを回避することなど思いもつかない、というのが、まず常識的な解釈だと思いますね。こういう常識的な解釈を打ち破っておく必要がある場合に、作者は解説をつけるのですよ。いちいち何もかも、1~10まで説明することなど、事実上できないですし、読みにくくてしようがなくなるでしょうから。

「衛星は一刻も早く氷塊を攻撃するために、軌道上の位置を氷塊のコースにあわせるでしょうし、また、衛星の氷塊に対して攻撃が効かない事実、衛星が完全破壊された事実に比べれば、心理的に動揺させる要素として些末な事象ではないでしょうか」

別に、攻撃に当たって、衛星が「軌道上の位置を氷塊のコースにあわせる」必要などないでしょう。そもそも、自らを狙って氷塊が飛んできている(既に氷塊のコース上に位置している)わけですし、もし、ずれた位置にあるとしても、斜めから攻撃を掛けることは当然可能ではありませんか。
また、ぴぃさんの推論「衛星が自ら氷塊に衝突する」という前提の下では、わざわざ氷塊が衛星にぶつかっていかない限り、衛星は氷塊との衝突を回避できるのですよ。「衛星が氷塊にぶつかっていく」=「衛星が完全破壊される」なのですから、わざわざ「衛星が自ら氷塊にぶつかっていきます!」(衛星が自殺しようとしている)と金切り声を上げることになりませんか。わざわざぶつかっていかなければ、破壊されることなど、ないのですから。

(3)銀英伝の技術のあつかい

> /* 黎明篇 p111上段
> 「ボタン戦争と称された一時代、レーダーと電子工学が奇形的に発達していた一時代をのぞいて、戦場における用兵には(後略)」

この話は、非常に面白いので、いつか取り上げてみたいテーマだと思っています。
この話は、要は、無人艦、無人兵器の出現を、極力押さえるための作者の予防線ですね。電子制御兵器が有人兵器よりも一般に使えるものとなってしまったら、艦隊にたくさんの人員を乗せる必要も無く、戦闘で多数の艦が破壊されても、人命が失われることが無く、銀英伝の主題の一つであろう「戦争の悲惨さ」が、まるで描かれなくなってしまうことになるでしょう。
だから、極力、電子制御による兵器が、有人兵器よりも劣るように、書いているのです。
さて、アルテミスの首飾りと称される自動衛星は何者であったか。
これこそ、通常の戦艦よりも高性能な自動兵器なのです。なにせ、普通に攻撃したら艦船に被害が出ると、ヤンもクーデタ軍の将校も考えているわけですから。「作品全体を貫く基本原則」からしたら例外的ですね、例外的。
だから、「作品全体を貫く基本原則」がどうあっても、作者自身が「例外」を設けている部分に関してはしたがうより他無いので、氷塊の命中精度に関しても、例外だとして、作品で設定されている通りに解釈する必要があります。

>  もしも、そのような技術が達成されているならば、艦隊の規模はもっと小さな規模(例えば、現代の艦隊レベル)の方が妥当だと思いますし、作品中での戦闘の描写は異なる物だったと思います。私は、艦隊戦に、数千隻単位が必要というのは、数によって広大な宇宙空間での命中率を有効な域まで向上させる為だと捉えていましたが、パンツァーさんは違うのでしょうか?

落ち着いて考えて欲しいのですが、これは単に戦争は数だ、というだけの話ですよ、これは。命中精度が100%だろうが、1%だろうが、性能が同じであれば、数が多い方が勝つに決まっているでしょう。それ以外に何か理由があるとでも思っているのですか?

(4)質量弾攻撃の可能性

>  また、そのような遠距離攻撃が可能だとすると、例えば、ラグナロック作戦時に、なぜ、同盟軍は、フェザーン回廊から飛び出してくる帝国艦隊を、氷塊もしくは隕石で遠距離攻撃しなかったのかの説明が困難になります。
>  私は、機動能力のある物体への遠距離攻撃は、原則として効果のない攻撃であり、アルテミスの首飾りでは、例外的に攻撃して効果のある状況が現出したものであったと考えます。

これも作品設定を前提とする上で、可能性のある手の一つと言えるでしょうね。
同盟軍に時間的余裕があったかどうか、という問題はあるとおもいますが、面白い手だと思いますよ。
念のためにお伺いしますが、本ホームページにある<考察シリーズ>
銀英伝考察3銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威(冒険風ライダーさん)をお読みになっていますか?
質量弾攻撃うんぬんの元ネタは、ここにあります。
質量弾攻撃を利用しないヤンはラインハルトは愚か者だ、というような話もでてきますので、「フェザーン回廊における質量弾攻撃」による迎撃、についても、質量弾攻撃を活用できない作中人物の愚かさ、を示す一つの根拠に追加されることになるでしょう。

この話については、「銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威」をお読みいただいてからの方が良いかと思います。

>  また、お返事できるのも最短で一週間に一回のペースとなりますがご了承ください。

その辺はお構いなく。

親記事No.6105スレッドの返信投稿
board4 - No.6454

Re6434:「第二の長征一万光年」関連の遅レス

投稿者:冒険風ライダー
2005年05月01日(日) 18時21分

<それでは「銀英伝世界の宇宙航行事情」が、「逃げるイゼルローン移動要塞とヤン一党」にとっては決定的障害となって立ちはだかるのに、「追う帝国軍艦隊」にとっては障害とならない点について、ご説明願います。逃げるヤン一党にとっては障害になると力説する一方で、追う帝国軍艦隊にとってその条件がどう働くのかについて、一切説明がないのはどうしてですか。
 要は、「未知の宇宙空間での宇宙航行における障害」は、「イゼルローン移動要塞だろうと帝国軍艦隊だろうと同じでしょ」ということですが。何故、この両者に「差別的に適用」せねばならないのか、さっぱり理解できません。私は「未知の宇宙空間における航行」について、イゼルローン移動要塞と帝国軍艦隊の間に、「速度差」を勝手に付けて考えるべきではないと思いますがね。「移動要塞では小回りが利かない」という点については、駐留艦隊の艦船を使用して主に前方の偵察行動を行い「移動要塞の巨体であっても十分進める空間」を確認した上で前進していくことで、特に問題はないと思いますが。>

 いや、私があの投稿で言及していたのは「未知の宇宙空間」に「入って【から】の話」ではなく「入る【まで】の問題」、もっと分かりやすく言えば「【未知の】宇宙空間と【既知の】宇宙空間の【境界線で】発生するであろう問題」なのですよ。「未知の宇宙空間」に「入る【まで】」は、当然のことながら帝国側もヤン側も共に「既知の宇宙空間」を航行することになるのですし、「未知の宇宙空間」に入り込むまでは、ヤン側にもまた「既知の宇宙空間」のルールが適用されざるをえません。そしてヤン側が「既知の宇宙空間」の中で「未知の宇宙空間」のルート探しや航路調査などを行っている間は、「既知の宇宙空間」の中で自由に行動することができる帝国側が圧倒的に有利であろうし、その中では当然「速度差」も出るであろう、と私は主張しているわけです。
 全く未知の宇宙空間で新航路を見つけることの難しさは、銀英伝の作中でも以下のような形で描かれています↓

銀英伝1巻 P114上段
<イゼルローン回廊とフェザーン回廊。この両者以外にも同盟と帝国をつなぐルートが見出せないか、同盟の為政者も用兵家も腐心したが、星図の不備と帝国およびフェザーンの有形無形の妨害とが、その意図を永く挫折させてきた。フェザーンにしてみれば、中継交易地としての存在価値がかかっており、「第三の回廊」など発見されてはたまったものではなかった。>

 この記述は、未知の新航路の探索を行う際には相応の手間と労力を必要とすること、そして「帝国側の妨害」が決して無視できないものであることを証明する事例と言えるものでしょう。これから考えると、「既知の宇宙空間」から「未知の宇宙空間」へ入る時点で、ヤン側が多かれ少なかれ、一定の「足止め」を強いられることは確実です。
 また、「既知の宇宙空間」内であれば、たとえヤン側が一時的に姿をくらますことに成功したとしても、その索敵能力を駆使することで移動要塞を見つけ出すことも帝国側としては決して不可能事などではないのです。そもそも銀英伝作中の「長征一万光年」にしたところで、イオン・ファゼカス号に乗り込んだアーレ・ハイネセン率いる奴隷達は「銀河帝国軍の執拗な追撃と捜索」を受けているわけですし(銀英伝1巻 P15)、その後彼らが「宇宙の墓場(サルガッソ・スペース)」にあえて足を踏み入れたのも、その「銀河帝国軍の執拗な追撃と捜索」が及ばない場所に逃げる、という発想がすくなくともある程度は存在したが故のことでしょう。銀英伝の宇宙航行事情では、「既知の宇宙空間」内にいる限り「一時的にでも撒いてしまえばもうこっちのもの」というわけにはいかないのです。
 他にも、銀英伝の作中にはこんな記述が存在します↓

銀英伝7巻 P59下段
<ヤン・ウェンリー一党は、星々の波濤の奥へ姿を消し、深海魚のように潜航をつづけている。むろん捜索の触手は八方にのばされてはいるのだが、レンネンカンプ弁務官の横死も、ヤン元帥の出奔も、そしてむろんヤンの身体を無重力世界へ放りあげる原因となった帝国弁務官府の命令と同盟政府の謀議も極秘とされていたから、捜索指令が徹底することもなかった。
 一度など、ヤンの「不正規隊」を巡視中の同盟軍艦艇が発見したのだが、同盟軍に知らぬ人とてないヤン元帥が通信スクリーンに姿を見せて「政府の特命をおびて極秘に活動中なんだ」などというと、むしろ感動して敬礼と共に見送ってしまったものである。>

 ここでは「星々の波濤の奥へ姿を消し、深海魚のように潜航をつづけて」いたはずのヤン一党が「捜索指令が徹底することもなかった」はずの同盟軍に一度は見つかってしまっているわけです。ましてや、帝国側が「第二の長征一万光年」を阻止するとなれば、この同盟軍の事例とは比べ物にならないほどの本気と総力を結集することになるでしょう。しかも先にも述べたように、「第二の長征一万光年」を実行するヤン側はむしろ「足止め」を食らう側なのですから、見つからずにやり過ごす、というのは相当なまでの難業と言わざるをえません。
 「既知の宇宙空間」から、帝国側の索敵能力が全く及ぶことのない「未知の宇宙空間」に「入る【まで】」の間、ヤン側には常に「後背からの危険」が付き纏う、それ故にそのための対策なり対処法なりを考える必要がある。「速度差」についてはこれが私の主張なのですが、不沈戦艦さんへの回答にはなりましたでしょうか?

<それに、これはどちらかと言うより「(事実上無限の広さを持つと言える)広大な宇宙空間の、どこに紛れてしまったのかも分からない相手を、どうやったら捜せるの?」ということなんですがね。銀河系内に居るのかアンドロメダ星雲なのか、それとも他の遙か遠方の島宇宙なのか、どこに行ったか分からない相手を、どうやって捜し当てるというのでしょうか。その方法を、「銀英伝世界」の「作中記述」から、是非探し出してみて下さい。でも、「自分に有利な将来像を予想する」のはお断りしますがね。「自分に有利な将来像を予想する」がOKだというのなら、「科学技術の発展の可能性」を根拠に、何でも主張できるんじゃないですかね。>

 「(事実上無限の広さを持つと言える)広大な宇宙空間」というのが「航路図が全く存在しない未知の宇宙空間」を指すのであれば、確かに不沈戦艦さんの仰る通り、敵を探すのは至難と判断して差し支えはないでしょう。しかし「航路図が整備された既知の宇宙空間」の中であれば、上で私が引用している「長征一万光年」前半部や「銀英伝7巻 P59下段」の記述、さらには銀英伝作中の「(事実上無限の広さを持つと言える)広大な宇宙空間」で発生する「敵味方の接近遭遇による会戦」や「軍艦による宇宙船の臨検」などの事例の数々から考えても、「姿をくらました敵を見つけることは簡単とは言わないまでも難しいものではない」程度には言えるのではないでしょうか? 「軍艦による宇宙船の臨検」に至っては、むしろ「敵側」が「いかにやり過ごすか」と考えているような描写すら存在しますし、またそうでなければ、むしろ銀英伝作中における「宇宙航行に関する記述」のほとんど全てがおかしくなってしまうのではないかと思うのですが。
 それと、「未来における科学技術の発展の可能性」については、作戦期間自体が非常に長いものになるであろう「第二の長征一万光年」の性格と、銀英伝世界における「歴史の経験則」に基づいて考えたものです。数年単位で終わる作戦ならばともかく、すくなくとも数十年~数百年単位の時間をかけて行われる「第二の長征一万光年」およびその後の国家運営を考えるのであれば、その中で想定すべき時間の範囲もまた同じものにならざるをえない道理ですし、それだけ長い時間があれば、宇宙航行技術などの発展も当然想定されるべきことだろう、と考えざるをえないわけです。
 実際、「長征一万光年」を行った自由惑星同盟の建国者やその子孫達は、いずれ帝国の勢力が自分達と接触することを、それこそ数百年単位で想定どころか当然視すらしていました。自由惑星同盟軍はまさにそれを想定して創設された軍隊ですし(銀河英雄伝説読本「ダゴン星域会戦記」 P21上段)、また宇宙暦640年の帝国と同盟の初邂逅の際にも、同盟側は帝国側との遭遇が発生することを覚悟していたのです(銀英伝1巻 P16)。作中事実として、「長征一万光年」を成功させた後の同盟でもこのような想定が行われ、それは的中しているわけなのですから、「第二の長征一万光年」を行う際も同じことを考える必要がある、というのは自然に出てくる発想というものなのではないでしょうか?
 また、銀英伝の作中でも「ワープ技術の発展、およびそれによる軍事的均衡の崩壊」が語られている箇所が存在します↓

銀英伝3巻 P158上段~下段
<もし画期的な技術が両国の軍事均衡を突きくずすことがあるとすれば、一万光年以上の超長距離跳躍技術の出現だろう――そうヤンは考えていた。これが実現すれば、帝国軍はイゼルローン回廊を飛びこえて、同盟の中心部に大艦隊と補給物資を送りこむことが可能になる。ある日突然、首都ハイネセンの市民たちは上空に陽光をさえぎる戦艦の群を見出して呆然と立ちつくし、権力者たちは「城下の盟」――追いつめられての全面降伏――を余儀なくされるだろう。
 そのときどうするか、まではヤンは考えていない。事態はヤンの対応能力をこえている。そんな場合のことまで責任を持たされてたまるものか、そこまでの給料はもらっていないぞ、と、ヤンの宮仕え根性がそう思わせるのだ。>

銀英伝外伝2巻 P171上段~下段
<ハイネセンからイゼルローンへ、四ヵ月前と同じコースをたどって、あらたな旅がはじまる。
 と書いたものの、多少、ペンがすなおに進まないのを意識する。何とまあ、あわただしく、落ちつきのない旅がつづくことか。はやくイゼルローンへ、ぼくたちの家へ帰って落ちつきたい。これはぼくひとりの気持ちではなく、力づよく賛同してくれる人がいる。
「そのとおりだ。もっとも、おれ個人に関して言うなら、ハイネセンからイゼルローンへ行くのはいい。その逆もかまわん。だが、要するに途中の長さが、おれには耐えがたいのだよ、ユリアン。一度に一万光年を跳躍できるような時代が、早く来てくれないものかな」>

 ここでの「ワープ技術発展の話」は、あくまでも「遠い未来に発生するであろう技術の発展」として語られているものではありますが、作戦期間が著しく長い「長征一万光年」はその「遠い未来」をも想定しなければならないものなのです。そして、あの銀英伝世界で「一万光年以上の超長距離跳躍技術」が出現すれば、それは「両国の軍事均衡を突きくずす」のはもちろんのこと、「第二の長征一万光年」さえも完全に無効化させることが可能となってしまいますし、下手をすれば、「長征組」が何十年も必死こいて進んできた距離を、帝国側が一瞬で追い越して前方に回り込んでしまう、などという滑稽な事態すら発生しかねません。将来的な宇宙航行技術の発展は「第二の長征一万光年」にとっても最大最悪の脅威となりうるのです。
 そして、この傾向をさらに後押しするのが、銀英伝世界における「歴史の経験則」です。銀英伝世界では、長期にわたる戦乱や内戦や混乱が収まると、その後の人類社会は飛躍的な発展をする、という一種の歴史法則みたいなものが存在するのです。
 具体的には、

1.「一三日間戦争」後の地球の発展
2.地球政府崩壊およびその後の混乱を経た後の銀河連邦の黄金時代
3.「長征一万光年」後の自由惑星同盟の発展

 といったものが挙げられます。
 そして、ゴールデンバウム王朝と同盟とフェザーンを滅ぼし、名実共に宇宙を統一したローエングラム王朝銀河帝国は、この銀英伝における「歴史の経験則」の条件を満たしている状態にあり、外的にも科学技術的にも飛躍的に発展する可能性を秘めています。
 さらに銀英伝の作中では、かつてルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが「人類の歴史の前進を阻害した張本人である」として、以下のような批判論が展開されています↓

銀英伝1巻 P152上段~下段
<政治とは過程や制度ではなく結果だ、とラインハルトは思う。
 ルドルフ大帝を許しがたく思うのは、銀河連邦を乗っ取ったからではなく、皇帝などになったからでもない。せっかく獲得した強大な権力を、自己神格化というもっとも愚劣な行為に使用したからである。それが英雄ぶった亡者ルドルフの正体だ。その強大な権力を正当に使用すれば、文明の進歩と建設にどれほど有益だったか知れない。人類は政治思想の相違からくる抗争にエネルギーを浪費することもなく、全銀河系に足跡をしるしていたであろうに。現実は帝国と叛乱勢力とを合しても、この巨大な恒星世界の五分の一を支配しているに過ぎないのだ。
 かくも人類の歴史の前進を阻害した責任は、あげてルドルフの偏執にある。何が生ける神か。疫病神もいいところだ。>

 これから考えれば、ローエングラム王朝銀河帝国による人類社会の統一によって「政治思想の相違からくる抗争にエネルギーを浪費することもなく」なった銀英伝世界では、「歴史の経験則」と「強大な権力の正当な使用」によって、外宇宙への積極進出とそれをサポートする宇宙航行技術の飛躍的な発展が行われる可能性が高いと言わざるをえないわけです。もちろん、ローエングラム王朝銀河帝国でこの「歴史の経験則」が発現されないというケースも考えられないわけではありませんが、数年単位で終わる作戦ならばともかく、すくなくとも数十年~数百年単位の時間をかけて行われる「第二の長征一万光年」およびその後の国家運営を考えるのであれば、これは決して無視できる要素ではないでしょう。
 そして、これを阻止するためのひとつの方策として、既存の人類社会を徹底的に破壊し尽くし、その再建だけで数十年~百年以上もかかるような状態に追い込んだ上で「第二の長征一万光年」を開始する、という選択肢が存在するわけです。これならば「第二の長征一万光年」の遂行に数十年~数百年単位の時間を要したとしても、将来的な脅威の接近は、なくなるとは言わないまでも大部分激減、すくなくとも相当なまでに遠い未来へと先延ばしさせることが可能となるでしょう。
 銀英伝の作中における歴史事実と、作戦期間が桁外れなまでに長い「第二の長征一万光年」の性格を鑑みるに、その実行についてはここまでのことを考慮しなければならないのではないかと私は考えるのですが、どうでしょうか。

<それと、根本的な話ですけど、冒険風ライダー氏は「移動要塞による第二次長征一万光年」には、反対はしていなかった筈ですよね。今、私が言っているのは「移動要塞論の否定」じゃないんですよ?「移動要塞で暴れ回って攻撃中止と引き替えに帝国と取り引きし、可住惑星を一つ得る」ことを目的としているのなら、「旧同盟領を貰うつもりだろ。そうじゃないと攻撃なんかする意味がないし」と私は考えていたので、「旧同盟領の惑星住民を人質に取られたらお手上げでは?」という疑問をぶつけた訳ですが、「そうではない。帝国領だろうとどこでもいいし、住民なんかイゼルローンの人員が居れば要らない」という「極論」だったものですから、「だったら現在の帝国と同盟の版図にこだわる意味が全く不明ではないか。どこでもいいのなら、帝国の手が届く範囲から逃げる方が、遙かにマシでしょ。ヤン一党が無差別攻撃を嫌う云々別にしても、逃げる方がより有利で将来性のある選択じゃないの。『どこでもいい』のなら、帝国領攻撃なんかする意味がない」と言っている訳です。「移動要塞論」をベースに、「より有利な選択」について主張している訳ですから、何が何でも否定しなきゃならん必要性はないと思いますがね。>

 もちろん、私としても「移動要塞による第二次長征一万光年」そのものが100%不可能であると言っているわけではありませんし、「ひとつの選択肢」としては有効であろうとも考えてはいますよ。
 実際、私もNo.6398では、

<もし「逃げるならば好きにするが良い、未来のことは未来の人間が考えれば良いことだ。そこまでの犠牲を払ってまで追撃を行わなければならない価値はない」と帝国側が早々に折れてくれるのであれば、それこそ不沈戦艦さんが仰るように、帝国領など放っておいてとっとと第二の長征一万光年を敢行するのが懸命ですが>

 とも書いているわけですし。
 ただ、その上で今回は「もし帝国側が『第二の長征一万光年』の実現を何が何でも阻止すべく、全力で妨害にかかった場合はどうなるか?」「移動要塞による第二次長征一万光年にも【作品設定の観点から見た】運用上の問題はないのか?」という視点から、あえて疑問を呈させて頂いているわけでして、今回の議論は、「移動要塞による第二次長征一万光年」と私が考える「移動要塞ゲリラ戦略」のどちらが(不沈戦艦さんの言葉を借りれば)「【本当に】より有利な選択であるか」の検討なんですよね。すくなくとも私としてはそのつもりで投稿を行っています。
 もし「移動要塞による第二次長征一万光年」に何らかの障害があり、それが克服不能なものであれば、「移動要塞による第二次長征一万光年」は有効な選択肢とは言えなくなるわけでしょう。同じ「移動要塞論」でも、いやむしろ同じだからこそ、問題点や疑問点を洗い出した上で「どちらが【本当に】より有利な選択であるか」について検証する必要があるわけです。第一、私が最初に提唱した「移動要塞ゲリラ戦略」にしても、これまで散々なまでに議論百出な状況を呈していたわけですから、「移動要塞による第二次長征一万光年」についても、その数分の一くらいは是非についての討論が行われてもバチは当たらないでしょう。
 何が「【本当に】より有利な選択であるか」についての最終的な結論を出すのは、この「見極め」が終わってからでも遅くはないと思うのですが、いかがでしょうか。

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