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投稿ログ331 (No.5692 - No.5701)

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board4 - No.5692

Re:三角貿易について

投稿者:SAI
2004年05月15日(土) 10時18分

>
>  >比較生産説は生産に資本は必要なく
>  誰がそんなことを言ったのですか?

比較生産説を提唱したリカードその人です。そういう前提でモデルを
つくったのです。

>  比較生産説に関税の撤廃が含まれていたとは初耳です。
>  それに関税というのは税収ではなく自国産業の保護を主目的としたものではありませんか?
>  少なくとも今日においてはそうですし、明治の不平等条約改正論議の際もそうでした。
>  もともと、税収目的で作られたことを否定はしませんけど。

比較生産説はもともと自由貿易のための教義です。保護しなければいけ
ない劣った産業は止めて、保護しなくてもいい強い産業だけに
すればいいというのが大体の結論です。保護のための関税の撤廃が
ふくまれるのは当然だとおもいますが。

>  間違った前提てなんですか?いくつかの要素を捨象していることですか?
>  捨象した要素のあるモデルから生まれた結論がすべて間違いというならモデルから生まれた結論はすべて間違いです。

捨象したことではありません。そんなことは私は一言もいってませんよ。現実にはありえない要素を間違った前提と呼びます。捨象するの
は当然です。しかし、現実と全く違う要素を付け加えても現実と適合
するなどと聞いた事がありませんが。

>
>  リカードのモデルに捨象された要素があるのは事実ですが、それを指摘しただけではモデルを否定したことにはなりません。
>  捨象された要素を組み込んだ結果モデルが崩壊することを証明して初めてモデルを否定したことになります。
>
現実をみなさい、以上。見えないならこれ以上議論しても無駄。
付け加えるならば、リカードのモデルの論理そのものは正しい。
モデル内部からは決して崩壊しません。
ただ一つ、モデルの前提が現実と適合しないから現実と
関係ないモデルができてしまったのであり、その結論は
現実世界とはなにも関係がないといってるのです。

>  >モデルの現実適合性を証明するのはモデルを作った人間の
> 責任なのは学者ならわかりますよね?
>
>  学者じゃないのでわかりません。
>  「モデルの現実適合性を証明する」というのは具体的にはどうすればいいんですか?

未来を予測し、それを当てる事です。モデルが現実に適合している
のならば、当たるはずです。

>  「現実適合性を証明された」モデルとその経緯も教えてもらえたらうれしいです。

物理学や化学の教科書をよみなさい。適合したのも否定されたのも
どちらもあります。

親記事No.5585スレッドの返信投稿
board4 - No.5693

予告編

投稿者:冬至楼均
2004年05月15日(土) 11時05分

> < さてジェシカが生き残ってしまった場合の展開ですが、これは一度銀英伝を読み返さないとつらいので、しばらくお待ち下さい。 >
>
>  分かりました。楽しみにお待ちしてます♪
>

所蔵の銀英伝(文庫版10巻本)がいま友人の所に行っていまして、
週末に回収するつもりだったのですが、都合が付きません。
で、取り敢えず記憶に頼って概略を示しておきます。

ジェシカが生き残る条件が「余り派手に立ち回らないこと」なので、トリューニヒト氏の無策に対する批判は取り敢えず無しとします。
それよりもスタジアムの虐殺が無かったことの影響は、
ひとつにはジェシカ本人の生存以上にその人脈がそっくり残ることだと考えます。
これは想像ですが、20万人を集めるには野党系のマスコミの後援が合ったのではないでしょうか。
確かヤンが査問会に掛けられた際、マスコミが政権べったりで機能していなかった筈です。
これは虐殺によって野党系のマスコミが打撃を受け、世論全体が右傾化した結果と思われます。
悪く言えば腰が引けてしまった…。

よってこの後の展開としては、
査問会に掛けられたヤンを救い出すため、フレデリカはジェシカに強力を求める。
ジェシカは野党系のマスコミに査問会の事実をリークし、かつ抗議運動を開始する。
先のクーデターに際して発生しなかったスタジアムでの集会が、ヤン提督の救出活動として実現する訳です。

本が手元にないので今はこれが精一杯と言うことで。
本が戻ってきたら精査してもう一度書き込みます。

蛇足:
SAIさんとのやり取りは本人同士で納得しているようなので、
これ以上首は突っ込みません。
差し出口で失礼しました。

親記事No.5585スレッドの返信投稿
board4 - No.5694

Re:揉めている段階は終わりました

投稿者:冬至楼均
2004年05月15日(土) 11時29分

> < よりこさんが
>   >「論客」ではなくて「出題者兼進行役兼聞き役」(5675)

>   であるならば、寄せられた意見に対してもう少し謙虚に対処すべきだったと思います。 >
>
>  ええ、おっしゃる通りですし、反省することは色々あることも知っています。
>  そこでお尋ねしたいのですけど、< もう少し謙虚に対処すべきだったと思います。 >とのことですけど、「もう少し謙虚に対処」とは具体的にどういうことでしょうか?
>  教えていただけませんか。
>

「出題者兼進行役兼聞き役」
に徹するならば、
意見が解りにくいならば追加の説明を求める。
本題とかけ離れているならその旨を通告して修正を求める。
がより良い態度だったと思います。

親記事No.5564スレッドの返信投稿
board4 - No.5695

Re:「他分野の学者」からの抗議

投稿者:新参者
2004年05月15日(土) 18時43分

SAIさん、こんにちは。
お答えいただき、ありがとうございます。

> > 我々「他分野の学者」の多くは、経済学が「難しい学問」(「理解できない学問」ではない)
> > であることを知っています。それゆえに、経済学を馬鹿にすることはありません。
> > また、幾人もの経済学者が人生を捧げて作ってきた学問を宗教呼ばわりすることもしません。
...中略...
> 別に学者と書いたからといってすべての学者というわけでは
> ありません。一部と付け加えるべきだったかも知れませんが。

「経済学は他分野の学者“の一部”からは馬鹿にされてる」であれば私の考えと一致しますので、
私の抗議は取り下げます。
ただし、「AはBである」という文章と「Aの一部はBである」という文章では全く意味が異なることを
理解していただきたいと思います。

(余談)
さて、ここからは私の抗議の主旨とは異なりますので余談とさせてもらいます。

> モデルの現実適合性を証明するのはモデルを作った人間の
> 責任なのは学者ならわかりますよね?

学者でありますが、理解できません。
SAIさんと私で「モデル」の捉え方が違うのか、それとも「証明」の考え方が違うのかはわかりませんが
私は経済学のような複雑系を対象としたモデルでは、
系に対するモデルの適合性を証明することは不可能である、と考えています。
それに、「適合性を証明(実証?)しなければならない」というのは間違いだと思います。
一般的には「適合性を証明(実証?)したほうがよい」と言われます。

> 幾人もの経済学者が人生を捧げて作ってきた学問だろうが
> それによって社会が破壊されてゆく(そしてその証拠は
> いま目の前にあります)ならそれは有害であり、邪教
> と呼ぶしかないですね。

経済学者(研究者)と経営者(実践者)を混同なさっていませんか?
経済学は道具でしかありません。
その道具を使って成功するも失敗するも経営者の手腕にかかってきます。
一部の経営者(例えばWTO)の失敗を根拠にして、
経済学者全体を非難するのは無理があると思いますが、いかがでしょう。

以前、私は次のようなことを言われたことがあります。

「科学によって武器がつくられ多くの悲惨な戦争が生まれた。だから科学者は社会にとって害である。」

私には、SAIさんが経済学者に対して同じ様なことを仰っているように思えてなりません。

親記事No.5585スレッドの返信投稿
board4 - No.5696

SHEER HEART ATTACK

投稿者:ななえ
2004年05月16日(日) 01時29分

 ななえです。こんにちは、SAIさん。
 すっかりレスが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
 結構な長文ですので、SAIさんのお時間の都合が良い時にゆっくり読まれた上でご感想をいただけたら嬉しく思います。

< よりこさんは私の意見を詭弁といい、詭弁屋というレッテルを貼ろうとしたのです。
  それも一方的に。それが私への人格攻撃、中傷じゃなければなんですか? >

 SAIさん、あなたは物事や事象について“分析”や“分類”という作業を元々なさらない方なのでしょうか?
 それとも詭弁という言葉で頭に血が昇って“分析”や“分類”という作業がおざなりになってるのでしょうか?
 あるいは元々物事を“分析”や“分類”をする能力を持ち合わせてはおられないのでしょうか?
 自分自身でも言っておられるではありませんか。
 「私の意見を詭弁」───とね。
 よりこさん本人もこう言いましたでしょう?↓
(5640番 Re:ANOTHER ONE BITES THE DUST、より抜粋)
< 「論題・本筋・前提条件を逸脱した論説」と「論旨・論点をすり替えたり、ズラしたり、外した答え・論説を詭弁と認識する」のです。 >

 よりこさんが言った詭弁とは『“意見”という対象を攻撃している』のに比較して、SAIさんが書き込まれた「被害妄想」や「議論するに値しない卑劣な人間と判断するしかありませんね」は、『相手の意見を逸脱して“人格にまで”攻撃している』という種類の詭弁の一種と私は考えます。
 さらに蛇足ながら申し上げますけど、
『SAIさんがよりこさんを“被害妄想”や“卑怯”と認識や判断なさり表明する事』と、
『SAIさんの評価をよりこさんが認めて受け入れる事』は全く違う話だ、というのが私の見解です。

 『意見・発言内容と人格の分断』については後でまた述べましょう。

 さて、SAIさんは「よりこさんが自分の意見を詭弁と呼ぶから自分は他人に論理的な説明を求めても、自分は根拠の明示も論理的な説明も一切無しに“被害妄想”呼ばわりの中傷したんだ」と主張され、「言論をもっての戦争」だから、「議論するに値しない卑劣な人間と判断するしかありませんね」といった発言内容から逸脱した人格攻撃をしても許されると回答した、と私が認識と判断をして一向に構いませんね?

< しかも戦争をやるつもりで、しかも私を殺そうとしたんじゃないですか。
  私も戦争とあるならばいかなる手段を使ってでも勝ちます。
  その結果相手が傷つこうとも死のうとも一切悪いなどとは思っていません。 >

 どのように読解なさろうがSAIさんの自由ですけど、“斃す”のは“展開次第によっては”、と私は書いていませんでしたか?
 そして彼女は『そういう展開にはならなかったから斃さなかった』のですけどね。
 …まあ良いですけど、私にとってそんなのは些末な事でしかありませんので。

< 私は戦争の時と議論の時は使う言葉が違います。 >
…ともSAIさんは言われましたが、言葉だけでなく「やり口」も議論の時と違うという事で宜しいですか?
 SAIさんの“言論をもっての戦争のやり口”とは、「発言者の人格と発言内容は別物と見なして分断し、不正な論者を失格させる場合を除いては人格攻撃は悪行や邪道であり、根拠を明示しない中傷に至っては厳禁である」という『議論におけるモラル』をも逸脱するものなのですね。
 さて、先に申し上げました『意見・発言内容と人格の分断』について述べさせていただきます。
 上記の『議論におけるモラル』と『意見・発言内容と人格の分断』に関連する出典(データ)を紹介しましょう。↓
[1]
(岩波書店 J・S・ミル著「自由論」第二章 思想および言論の自由について、より抜粋)
< 論争する者によって犯されうるこの種の不当行為の中で最悪のものは、自分とは反対意見を抱いている人々に対して不正で不道徳な人物という烙印を押すことである。
 (中略)
  論争のいずれの側に与みしているかを問わず、その主張の仕方において公正さを欠き、悪意、偏見、または不寛容の感情が現れているような人を全て非とせねばならない。
  ただし、ある人がある問題に関して我々自身とは反対する側に与みしているとしても、相手が自分と異なる主張をしたからといって、先に揚げたような公正さを欠き、悪意、偏見、または不寛容の感情が現れているなどの不道徳行為の存在を邪推し表明してはならない。 >

[2]
(理想社刊 カイム・ペレルマン著「説得の論理学」8 現実在の構造に根拠を持つ議論、より抜粋)
< 人柄[人格]からの影響から行為や判断を切り放そうとする時は、人柄[人格]以外のものに行為や判断の原因を求めるのがよい。
  ポシュエは自著『説話集』の「罪人の無用な弁解」の中で、腐敗した司祭の説教でも敬意を持って聞くべきだとして、聖アウグスチヌスのあるたとえ話を持ち出す。
 「草むらからその草の果実でない果実が出てくる事があります。
  その果実は草を伝って顔を出したのですが、それでもやはり立派な葡萄の実であります。
  その葡萄がとげに囲まれていたからといって葡萄でないことにはなりません。
  この教えも間違った風習に囲まれているからといって捨ててはならないのです。
  この教えも神から来ているからです」
  反対に何らかの証言や評価を攻撃しょうとする者は、その証言や評価を行った当人の面目を失墜させるように努め、発言者と発言との間には密接な関係があると主張するだろう。
  アリストテレスは『弁論術』の「第三巻 第一五章 中傷」(1416a)にて、
 「我々を中傷と人格攻撃した論敵に対しては我々も中傷と人格攻撃をもって返すべきである。
  なぜなら、当人の人間性が信頼できないのに、その中傷と人格攻撃の言葉が信頼できる、とは奇妙な事だからである」
と述べている。
  中傷と人格攻撃した論敵に対する中傷や人格攻撃による仕返しを古代ギリシア時代の弁論学者は推奨していた。
  しかし、現代では何ら根拠や論証を提示せずに行われる中傷や、不正な証人を失格させる場合を除いては論敵に対する人格攻撃は悪行や邪道と見なされている。
  人格と発言を分断する技法によって発言者と発言内容とが区別できる場合では、論敵の発言内容を攻撃せずに人格を攻撃するのは不当であり無効である。 >

 私が議論におけるモラルで、『相手が自分と異なる主張をしたからといって、公正さを欠き、悪意、偏見、または不寛容の感情が現れているなどの不道徳行為の存在を邪推し表明してはならない』とか『発言者の人格と発言内容は別物と見なして分断し、不正な論者を失格させる場合を除いては人格攻撃は悪行や邪道であり、根拠無き中傷は厳禁である』と主張する際にデータとして採用するのが、イギリスの思想家ジョン・ステュアート・ミルと、ユダヤ系ベルギー人でブリュッセル自由大学の論理学・哲学教授であるカイム・ペレルマンによる上記[1]と[2]の文章です。
 ミルとペレルマンの著述はそれぞれ「議論における道徳上の問題」を記しています。
 私がミルとペレルマンの見解を支持する理由は、道徳上の問題だけに留まらないばかりでは無く、明確な根拠(データ+理由)も提示しない中傷は論説では無く単なる悪罵に成り下がると同時に、発言内容に対して発言内容から逸脱した発言者の人格への攻撃は論点のすり替えもはなはだしい一種の詭弁と評価し、それらは「議論の質の低下という結果を招く蓋然性が高い」からです。
(平たく言うと議論の当事者同士が互いに中傷・人格攻撃を行えば『議論の名に値しない単なるケンカになるのがオチだ』って意味です)

 尚、SAIさんがよりこさんに対して意見・発言内容を逸脱した中傷・人格攻撃をしても、彼女が意見・発言内容を逸脱したSAIさんに対して中傷・人格攻撃をしなかった3つの理由も申し上げましょう。
 第一に、「意見や発言内容に関する攻撃はしても、中傷・人格攻撃という行為自体に対する強い嫌悪感を彼女は持っている」事
(余談ながら、議論行為における彼女と私の最大の相違点が「これ」です。
 私の場合、根拠の無い中傷にはならないように心掛けてはいますが、不正な論者を失格させる事を狙った状況ではボロクソに人格攻撃するケースがありますから。
 SAIさん同様に私には中傷・人格攻撃という行為自体に嫌悪感など全く無く、中傷や人格攻撃を自制するのは単なる打算から来ていますし)
 第二に、中傷・人格攻撃してきた相手に対して自分も中傷・人格攻撃で仕返しをすれば、「議論では無く単なる罵詈雑言合戦に成り下がる結果を忌避する」事
(互いに中傷・人格攻撃を行って「議論の名に値しない単なるケンカになる」という事を避ける為)
 第三に、中傷・人格攻撃してきた相手に対して自分も中傷・人格攻撃で仕返しをして「第三者に喧嘩両成敗と見なされるのを防ぐ」事
(つまり「同じ穴のムジナ」とは見られたくない、と)

< 傷つくのが嫌なら戦争をしかけて相手を殺そうなどと考えないことです。 >

 なるほど、“言論をもっての戦争についての認識”が私たちとSAIさんとでは相当に違うという訳ですね。
 よりこさんや私にとって『言論をもっての戦闘とは自分の目標を達成する為に用いる荒っぽい手段』であり、『戦争の勝利とは戦略目標の達成』を指すものであり、戦略目標として設定しない限りは論敵を傷つけたり斃す事自体が狙いではあり得ませんが…。
 上記に関するデータも提示しましょうか。↓
(リデル・ハート「戦略論」第四部 戦略および大戦略の基本的事項 第一九章 戦略の理論、より抜粋)
<  戦略の目的
  戦略家の真の目的は戦闘を求めるというよりは、むしろ有利な戦闘環境を求めることである。
  この有利な戦闘環境とは、状況そのものだけで軍事的解決は生みださないにしても、そのような戦略的状況が続けば軍事的解決にいたることが確実であると思えるもので充分である。
  言い替えれば「撹乱」が戦略の目的である。
  「撹乱」の結果として、敵の崩壊または戦闘での敵軍の撃滅が容易になるであろう。
  敵の崩壊のためには、一部には戦闘行為を必要とするであろうが、必ずしも大規模な戦闘をともなう必要はない。 >

…私の知る限りでは、よりこさんの“言論による戦争”についての考え方は上記のリデル・ハートの説が最も近い、と私は見ていると同時に積極的に支持しています。
#(余談ですが、よりこさんはSAIさんの5634番のログを読み終わった後、満面に笑みをたたえて「私の望みを叶えてくださってありがとう」と言いながら、モニタに向かって左右の手を組み合わせて拝んでいるのを私は目の当たりにしましたよ……この時点で彼女は戦略目標を達成したのだと言われるまでも無く悟りましたが)

 SAIさんから見て「よりこさんは解りにくい」というのも、ある意味では納得できますけどね。
 私の目には彼女ってこう映っていますから。↓
(「孫子」形篇、より抜粋)
< 見勝不過衆人之所知 非善之善者也 戰勝而天下曰善 非善之善者也
  故擧秋毫不爲多力 見日月不爲明目 聞雷霆不爲聡耳
  古之所謂善戰者 勝於易勝者也
  故善戰者之勝也 無奇勝 無智名 無勇功

  誰にでも理解しやすい勝ち方は、最善とは言えない。
  また人々から称賛されるような勝ち方も、最善とは言い難い。
  例えるなら毛を一本持ち上げても誰も力持ちとは思わない。
  太陽や月が見えても誰も目が利くとは言わない。
  雷鳴が聞こえても誰も耳が聡いとは考えない。
  これらは常人ならば無理が無く至って自然に可能な事だからだ。
  それらと同じように、真の戦上手とは無理が無く至って自然に勝利を獲得する者を指す。
  それ故に勝ってもその知謀は人に理解されず、その勇敢さを人から称賛される事も無い。 >
…上記の孫子の記述が、私の知る限りでは一番的を射ていると思います。
 よりこさんて常日頃はお人好しで、はたで見てると思わず脱力してしまうくらいに「ぽよーん」として今一つ、いや今三つくらい緊張感に欠けてる上に天然ですが、実は人知れず至って自然に勝利を獲得する“戦上手”“猛者”だというのが彼女に対する私の認識と評価です───反論がありましたら何なりとどうぞ。

< 私は戦争とあるならばいかなる手段を使ってでも勝ちます。 >
…と言われるSAIさんにとって「戦争の勝利は相手を傷つける事や斃す事」という解釈で宜しいですか?
 先程、[2]のデータ内にありました…
< アリストテレスは『弁論術』の「第三巻 第一五章 中傷」(1416a)にて、
 「我々を中傷と人格攻撃した論敵に対しては我々も中傷と人格攻撃をもって返すべきである。
  なぜなら、当人の人間性が信頼できないのに、その中傷と人格攻撃の言葉が信頼できる、とは奇妙な事だからである」
と述べている。
  中傷と人格攻撃した論敵に対する中傷や人格攻撃による仕返しを古代ギリシア時代の弁論学者は推奨していた。
  しかし、現代では何ら根拠や論証を提示せずに行われる中傷や、不正な証人を失格させる場合を除いては人格攻撃は悪行や邪道と見なされている。 >

…でも記されていたようにアリストテレスの存命当時、およそ2500年前の古代ギリシア時代だったなら、SAIさんの主張は称賛され、行為は勇敢だと持てはやされたでしょうに───惜しい事です。

 さて…
< 傷つくのが嫌なら戦争をしかけて相手を殺そうなどと考えないことです。 >
…と、前回の私の文章のどこをどうご覧になって、こういう結論に至ったのかが私にはさっぱり解せないにも関わらず別にSAIさんに「論理的に説明」を私は要求しませんけど、よりこさんは傷つくのを嫌がってなどおりませんし、自分より相手の方の技量や力量が上回っていたら、自分の方が斃される事ぐらいは彼女だって百も承知してますからご心配無く。
 でなければ、そもそも“議論”も“言論をもっての戦争”もしませんしね。
 もう一度申し上げます。
 戦略目標達成後にも戦闘を続けるのは不要だから、彼女は攻撃を停止したのです。

< あそこで書いたことは一切謝罪するつもりはありません。 >

 あら、5674番で私は「謝罪しろ」と一言でも書きました?
 全く身に覚えが無いのですけど。
 「心にも無い謝罪」など当方にとっては不要かつ無益なだけですから、謝罪はなさらなくて彼女も私は一向に構いませんので、SAIさんもお気になさらないでくださいな。

 さて、これ以上のやり取りは「平行線をたどるだけで不毛」と判断しましたがいかがでしょうか?
 異議や反論がございましたらご遠慮無くどうぞ。
 私はやる気がありますけど、よりこさんの方は5689番で言ってましたように、もうSAIさんと“言論をもっての戦争”はやりませんよ。

 それではごきげんよう。

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board4 - No.5697

差し出口を挟ませていただきます

投稿者:ななえ
2004年05月16日(日) 02時15分

 初めまして、冬至楼均さん。私はななえと申します。
 さて…
(5693番 Re:予告編 冬至楼均さんのログより抜粋)
< 蛇足:
  SAIさんとのやり取りは本人同士で納得しているようなので、
  これ以上首は突っ込みません。
  差し出口で失礼しました。 >

…と、冬至楼均さんがよりこさんに差し出口を挟んでおられた事について、遅ればせながら更なる差し出口を挟ませていただきます。

 私が申し上げたい事の一つめ。

(5674番 Re:ANOTHER ONE BITES THE DUST ななえのログより抜粋)
< 宜しいですか?
  私が問題視しているのは『SAIさんは中傷や人格攻撃を彼女に対して行った件について5648番のログの中で一言も触れていない』事なのです。 >

 上記にもあるように「よりこさんへの中傷や人格攻撃」について、SAIさんに物申しているのは彼女では無く私、ななえの方なのですけどね。

 続いて二つめ。

(5678番 なにやら揉めているようですが 冬至楼均さんのログより抜粋)
< 何故にこの様に混乱したかというと、
  よりこさんが5592にて三人(イッチーさん、SAIさん、そして私)あてのレスを一纏めにして書いたからだと思うのですが。 >

…と、あなたが言われるのに対して、よりこさんはこう応答しましたよね?↓
(5682番 Re:揉めている段階は終わりました よりこさんのログより抜粋)
< 5592の問題点は「SAIさん宛の私の文章(たとえ話)の書き方が悪かった」ことであって、5600のログは「5592の私のSAIさん宛の話とイッチーさんの5593の論説」がごちゃ混ぜになっていることから、一番始めに冬至楼均さんがおっしゃった< 何故にこの様に混乱したかというと、よりこさんが5592にて三人(イッチーさん、SAIさん、そして私)あてのレスを一纏めにして書いたからだと思うのですが。 >は該当しないと私は考えています。 >

 そして、上記のよりこさんの言葉に対して、冬至楼均さんはこう言われました。↓
(5686番 Re:揉めている段階は終わりました 冬至楼均さんのログより抜粋)
< では混乱の原因が自分にも有るという自覚はお有りなんですね。
  それがわかっていれば5607の
SAIさんの5600のログは明らかな『詭弁』

  と言うのが言いすぎだと思うでしょう。
 (中略)
  もしSAIさんと和解するお気持ちがお有りなら、
  まずこの「詭弁」発言を撤回し、しかる後にSAIさんに「被害妄想」発言の撤回を申し入れるべきでしょう。 >
…と、言われる冬至楼均さんの言葉に対し、更に彼女はこう言いました。↓
(5689番 Re:揉めている段階は終わりました よりこさんのログより抜粋)
< 失礼ですけど冬至楼均さんは、私の5640のログに全然目を通してらっしゃらないのでしょうか?
  私は既に5640で撤回と謝罪をしておりますけど?
  (5640)
 < 私が「詭弁」呼ばわりしたのは、先ほどの2「私の質問に対して、SAIさんが論点をすり替えた回答をしたからだ」と思ったからです。
   前回(5600)のログは、どこがどのように私のログに沿ったものなのか全然理解できませんでしたけど、今回でようやく分かりました。
   この件についての詭弁呼ばわりを撤回すると同時にお詫びします。
   申し訳ありませんでした。
   そして、ご説明してくださって感謝します。 >

  そして、冬至楼均さんは< SAIさんに「被害妄想」発言の撤回を申し入れるべきでしょう。 >とおっしゃいますけど、私はSAIさんに撤回を要求する気はありません。
  (5640)
 < [余談]
  「私がどういう人間か」なんて私自身ではなく、私以外のSAIさんも含めた他者が判断することだと思ってますから、どっちかなんて自分では言えませんし、正直言って私にも分かりません。
   そして、SAIさんの私に対する「被害妄想」とか「議論するに値しない卑劣な人間」との認識や評価を、私は肯定も否定もしません。
   SAIさんが私をどう認識と評価するかは、私ではなくSAIさんの問題だからです。 >

  上記も5640で私が書いたことですが、「SAIさんが私をどのように認識と評価なさろうと、それはSAIさんご自身の問題だ」というのが私の考えであって、私は一切どうこう言うつもりもないのです。 >

 さて、私がこれらのログを読んでいて持った疑問を率直に言わせていただきます。

 疑問[1]
 なぜ冬至楼均さんは自分が書き込まれた…
< 何故にこの様に混乱したかというと、よりこさんが5592にて三人(イッチーさん、SAIさん、そして私)あてのレスを一纏めにして書いたからだと思うのですが。 >
…という発言について一言も触れないのですか?

 疑問[2]
 また、冬至楼均さんは…
< もしSAIさんと和解するお気持ちがお有りなら、まずこの「詭弁」発言を撤回し、しかる後にSAIさんに「被害妄想」発言の撤回を申し入れるべきでしょう。 >
…についても全く何事も無かったかのように一言も触れていないのですか?

 以上二点の私の疑問について、冬至楼均さんの誠意あるご返答を期待しております。

 それでは、今回はここで失礼を。

親記事No.5585スレッドの返信投稿
board4 - No.5698

Re:差し出口を挟ませていただきます

投稿者:冬至楼均
2004年05月16日(日) 10時28分

私の最終意見は
5693の蛇足で全てです。
これ以上、この件について語ることはありません。

5694については
私の「もう少し謙虚に対処」について質問があったので、
補足したまでのことです。

私はよりこさんの提示したネタに対してゲーム感覚で付き合っているのであって誰とも戦争をする気は全くありません。
流れ弾に当たらないうちに撤収したいと思います。

よりこさんへ
宿題については既に概略を示してありますので、
あとは独力で構築してみてください。
短い間でしたが、お付き合い戴きありがとう御座いました。

親記事No.5585スレッドの返信投稿
board4 - No.5699

Re:SHEER HEART ATTACK

投稿者:SAI
2004年05月17日(月) 09時25分

あなたが私への人格攻撃ではないと思い込むのは勝手です。
でも私は人格攻撃であると理解しました。あなたの勝手な俺ルールに
したがって解釈してあげる理由などこちらにはないのですよ。
自分ルールを押し通したければどうぞ、自分で掲示板を立ててくだ
さい。

自分で身勝手に人格攻撃でないと思い込んでも他人はそうとらない、
いい教訓になったんじゃないんですか?
まあ、今までも同じことを繰り返してきたとは思いますが。

後、本人が終わったといってるのに他人が出てくるんです?
まあ他人じゃないとは思いますがね。他人だというなら
当事者同士で終わった戦争を持ち出すのはやめなさい。
本当に他人ならね。
正直そういう態度ではよく書き逃げされたのも当然であると
思います。

なお、あなたの戦争のルールはどうか知りませんが、ここの
戦争のルールは私のやったルールです。過去ログを読めばわかります。

あとあそこで書いたことはあなたには根拠がないと思ってますが
私にはあるんですよ。戦争をやらなければ言いはしませんでしたが
あなたが来たときから思ってたことではあるのです。
根拠がないことを書いたわけではないので。

わからなければ過去ログをどうぞ。今回の私のからじゃなく、
来たときからのをね。そしてIKさんがなぜ今回の私と同じことを
要請したのか理解していただきたい。

親記事No.5564スレッドの返信投稿
board4 - No.5700

Re:「他分野の学者」からの抗議

投稿者:SAI
2004年05月17日(月) 09時40分

>> 経済学者(研究者)と経営者(実践者)を混同なさっていませんか?
> 経済学は道具でしかありません。
> その道具を使って成功するも失敗するも経営者の手腕にかかってきます。
> 一部の経営者(例えばWTO)の失敗を根拠にして、
> 経済学者全体を非難するのは無理があると思いますが、いかがでしょう。

いえ、今の事態は失敗したのではないのです。経営者は成功している
のです。いまはそうなるようにするからそうなるのです。
そしてそうするべきだといったのは経済学者です。
経済学者は喜んでいるはずです。願いがかなったと。
そうでなければ自分で言ってることが現実になれば何がおきるのか
理解していないのでしょう。
その言ってることはかつて誰かが言った狂気を別の言葉で
言っているだけなのですが。

経済学者が狂っているという証拠はいくらでもあります。

今から20年ぐらい前、経済学者はそろって何を主張したか?
ソ連が崩壊したとき彼らはどうすべきだといったのか?
オイルショックの狂乱物価の時、どういう主張をし、そしてその
結果を何と呼んだのか?

まだまだ証拠はいくらでもあります。

親記事No.5690スレッドの返信投稿
board4 - No.5701

Re:三角貿易について

投稿者:満喫より
2004年05月17日(月) 12時10分

>>  >比較生産説は生産に資本は必要なく
>>  誰がそんなことを言ったのですか?

>比較生産説を提唱したリカードその人です。そういう前提でモデルを
つくったのです。

「資本という要素をを捨象した=生産に資本は必要ない」では有りませんよ?

>比較生産説はもともと自由貿易のための教義です。保護しなければいけ
ない劣った産業は止めて、保護しなくてもいい強い産業だけに
すればいいというのが大体の結論です。保護のための関税の撤廃が
ふくまれるのは当然だとおもいますが。

 自由貿易=関税撤廃じゃありませんよ?

>しかし、現実と全く違う要素を付け加えても現実と適合
するなどと聞いた事がありませんが。

 貴方の言う「比較生産費説に付け加えられた現実には無い要素」って何ですか?

>比較生産説は生産に資本は必要なく、また貿易の前後において
労働者は完全に雇用されているというばかげた仮定をしていた
ことに加えて、撤廃を提唱している関税が政
府に多くの収入をもたらしているという事実をも無視した現実とは
何の関係も無いモデルです。

 「資本」「失業」「関税」を捨象しただけでしょ?

>現実をみなさい、以上。見えないならこれ以上議論しても無駄。
付け加えるならば、リカードのモデルの論理そのものは正しい。
モデル内部からは決して崩壊しません。
ただ一つ、モデルの前提が現実と適合しないから現実と
関係ないモデルができてしまったのであり、その結論は
現実世界とはなにも関係がないといってるのです。

 理論と現実が食い違うのはよくあることです。
 そのとき即座に理論が間違っていると脊髄反射するのは馬鹿です。
 見落としている要素が無いか検討したり、別の理論を模索するのが生産的だと思いますが。
 「現実を見ろ以上」と言われても、、、
 人によって何を重視するか違うので無意味でしょ?
 私は中国のWTO加盟、拡大するFTA、少し古いですが、EUの統合などの現実を見た結果「比較生産費説」は正しいと感じます。
 貴方の見ている現実って何ですか?

>未来を予測し、それを当てる事です。モデルが現実に適合している
のならば、当たるはずです。

 「比較生産費説」でどういう未来を予測しろと?
 未来予測の役に立ちそうに無い理論じゃないですか。
 自由貿易が広まるだろうくらいしか予測できませんが?
 で、歴史を振り返れば一時的な反動があるにしても大局的に見て自由貿易は広がりつづけてきましたね。
 「比較生産費説」は「現実適合性を証明された」モデルのようですね。

 最後に、「比較生産費説」が常に成り立つ理論でないことは貴方が散々馬鹿にした経済学者の手で解明されています。
 貴方は「現実を見ろ」くらいしか言えなかったのに
 「馬鹿な経済学者」はちゃんと、どういう時になり立たないのか解き明かしています。

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