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投稿ログ384 (No.6642 - No.6682)

親記事No.6625スレッドの返信投稿
board4 - No.6642

Re:ふと疑問に思ったのですが

投稿者:GGG
2005年08月13日(土) 16時19分

レスありがとうございます。
その返答を書いていたのですが、送信失敗で消えてしまいました。。(ショック)
やはり、下書きをテキストエディタとかで作るべきでした。。
明日早いので、また明日、改めて返答させて頂きます。すみません。

board4 - No.6643

超光速通信・暗号通信

投稿者:kamekiti
2005年08月13日(土) 17時26分

銀河英雄伝説には超光速通信が使われる事が良くありますよね。アニメの時は画像付きで通信したりしていました。(小説が手元に無いので確認できませんが、確かに画面付だったと思います)
アムリッツア星域会戦の前に、イゼルローンに対してビュコックが超光速通信で話をしているのを憶えていますので、イゼルローンにも超光速通信用の端末があったと思います。

まあ、それはおいておくとして、疑問に思っていた事がいくつかあります。ルッツが守るイゼルローン要塞をヤン一党が奪取したときに「出撃しろ」「出撃するな」の二通りの暗号文を送って積極的な行動を阻害させたと思うのですが、そこで疑問だったのですが

1.暗号文ってそんな簡単にばれていて良いのか
2.ルッツは何故確認のための通信を行わなかったのか
3.超光速通信などで直接カイザー(カイザーでなくてもいい)に確認する手もあるのでは
4.それよりも超光速通信こそ暗号化されているはずだから、直接司令で受け取るシステムになってないほうがおかしいのでは(オーベルシュタインがレンネンカンプと密談に使ったぐらいだし)

です。
1はそのとおりの意味です。小説中にも特に記述は無く、ルッツが「暗号文かどうか」を確認しただけだったと思います。
2は不明瞭な記憶ですみませんが、確認はしていないと思います。
3はルッツの心境の問題ですね。
4ですが、超光速通信を実装する段階において以下のような技術が予測されているようですが(こうやって調べられるのは便利ですね)
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%85%89%E9%80%9F%E9%80%9A%E4%BF%A1
単なるデータ転送に過ぎない事は当たり前の事です。トランスポートで送信するデータはさらに上のレイヤで暗号化されているのが当然です。
TCP/IPを使っているわけではないでしょうが、TCP/IPですらSSH等の上位プロトコルによって確実性の高い暗号化が可能になっていますし。
軍事のシステムの問題ですので、私のような門外漢は知るところではありませんが、どうなんでしょうね。

ふとした疑問でした。

親記事No.6625スレッドの返信投稿
board4 - No.6645

脇から失礼します。

投稿者:syn
2005年08月13日(土) 18時38分

> > >  あと「試験に出す」と具体的な問題設定を生徒に教えた上でその項目についての知識を始は生徒に描写している、という説明だった筈です
> >
> > 今、1巻から読み直しをしていて、2巻に入った所ですが、
> > 少なくとも、1巻には上記を示すような記述は無かったように思われます。
> > また、2巻では既に講師もやめていますので、これ以降の巻で試験に関する記述は出てこないのではないかと思われますが。。
> > (上記内容に相当すると思われる記述がありましたら、改めて報告させて頂きます)
> > どなたか、ここで記述しているよ、と分かる方がいらっしゃったら教えてください。
> >
> > ここからは、感想になってしまって恐縮ですが、
> > 少なくともこの試験に関する話題に限り、批判が前提で
> > 話が展開されているように見受けられます。
> > 小説内では、ほんの数行しか触れていない試験方法に対し、こうなったら、試験が成り立たないから駄目だ、という
> > 仮定に始まって、結果として、始の試験のやり方は駄目だ、
> > 始は駄目だ、最終的にこういうことを書く作者は駄目だと
> > 持って行こうとしているようにしか見えませんでした。
> >
>  研究ならそれでいいんですが授業というならその問題に対する知識は
> 十全に教授しないと駄目でしょうし、この場合それ以外の考察や学習をあまりに重視するのも問題なのでは?
>
> > 批判を展開されている方も始の試験方法を完全否定している訳ではなさそうですから、
> > 良い物は良いと素直に認めてよいように思えるのですが。(もちろん最善とかではなく、単に試験方法の一つとして認める程度です)
>
>  良いとは言いませんが全く間違った教育ではないのでそれは私個人は是とできる条件を具体的に提示して認めたともりですよ(No.6629)。
>
> > 少なくとも、この試験の事で小説そのものや作者を批判するというのは出来ないかなと私は思います。
>
> 「進学校に向いてない授業を好き好んで進学校で行う」竜堂始はどうかと思いますしそれは肯定的に描写するなら多少作劇間違ってないか?とは思います。
>  竜堂始が『常識の規格外な人物』とか『ピカレスクヒーロー』なら多少考え直すべきかも知れませんがそうなんでしょうかね?

 脇から失礼します。何時も楽しくROMらせていただいています。初カキコなので少し緊張していますが参加させて頂きたいと思います。
 さて、私の意見からすると「始式試験」は恐らく多くの生徒にとって困り物になる可能性が高いと思います。
 それと言うのも確かにこういった「考えさせる」試験はその教科が好きな興味のある生徒にとっては正に夢の様な試験になると思いますが、作中でもそんなような事が言われていたかと思いますが「嫌いな興味のない生徒」にとっては精神的な拷問の様なものになってしまいます。しかも評定がかかっている以上、余り無視するわけにもいきません。
 無論、私も「嫌な教科は受けなくても良い」と主張したい訳では有りません。幾ら教育といっても究極的には「客商売」であり一種の「サービス業」に変わりはない訳ですから、最低限の基準として「嫌いな興味のない生徒」でも我慢できる程度の授業に留めるべきだ、と考えます。
 そして、私の意見としては「嫌いな興味のない生徒」が我慢できる最低線は「受験に対応できるか」の一点にほぼ絞られるかと考えます。
 何故かと言うと嫌いな興味のない生徒は多くの場合「嫌いな若しくは興味のない教科」とは大学受験が終ったら、縁を切ろうと考えている場合が多い様に思われるからです。
 そして「始式試験」は現行の大学入試制度が大きく変更される様な事がない限りでは有体に言ってしまえば「無駄」以外の何もでもない様に思われます。確かに現行の「暗記重視」型の大学入試が問題ない訳ではないですが、何をするにしても最低限の「暗記」は必要です。
 その意味で「始式テスト」は、最低限の「暗記」を確認する事ができるか、という点について非常に大きな疑問を待たざる得ません。
 私個人の意見としてはこういった生徒のことを真に考えるのならば、生徒により当たり外れの多い試験ではなく確かに問題も多く有りますが通常の「暗記型試験」の方が良い様に思われます。大学入試は多くの生徒にとって、人生の設計に大きな影響を与える出来事です。それ軽視する様なことは長期的には兎も角、少なくとも短期的には生徒の為にならない可能性が高いように思われますし、長期的にも余り役に立たない可能性が高いかと思われます。

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board4 - No.6646

Re:ふと疑問に思ったのですが

投稿者:GGG
2005年08月14日(日) 15時12分

>  研究ならそれでいいんですが授業というならその問題に対する知識は
> 十全に教授しないと駄目でしょうし、この場合それ以外の考察や学習をあまりに重視するのも問題なのでは?
>
> > 批判を展開されている方も始の試験方法を完全否定している訳ではなさそうですから、
> > 良い物は良いと素直に認めてよいように思えるのですが。(もちろん最善とかではなく、単に試験方法の一つとして認める程度です)
>
>  良いとは言いませんが全く間違った教育ではないのでそれは私個人は是とできる条件を具体的に提示して認めたともりですよ(No.6629)。
>
> > 少なくとも、この試験の事で小説そのものや作者を批判するというのは出来ないかなと私は思います。
>
> 「進学校に向いてない授業を好き好んで進学校で行う」竜堂始はどうかと思いますしそれは肯定的に描写するなら多少作劇間違ってないか?とは思います。
>  竜堂始が『常識の規格外な人物』とか『ピカレスクヒーロー』なら多少考え直すべきかも知れませんがそうなんでしょうかね?

すみません。
進学校という設定はどこかに書かれてましたでしょうか?
私は、共和学院とは、エスカレータ式の私立学校という認識でした。
(幼稚園から大学まであるので)
エスカレータ式の学校の場合、一度入ってしまえば、まず問題ない成績を収めれば
大学まで苦も無く進学できると思っています。
そして私の勝手な思い込みかもしれませんが、私立学校は、独特な授業をすることを
校風?としている所も多々あるように思ってます。
ましてや、学園創立者が”始”の祖父である以上、始のような授業をするというような
校風が世間一般に知られていると思って間違いないのではないでしょうか?
少なくとも世間一般にあるような進学校という認識はなさそうです。
(祖父の死後は進学校としての方向転換がなされているかもしれませんが
 世間が見方を変えるほどの年月が経っていないかと)

で、私立の高校である以上、どの高校を選ぶかは、生徒の自由であり、
有名国公立を進学先に選ぶのであれば、その前の段階として、共和学院の高校という
選択自体がなされないかと。

何が言いたいのかというと、「進学校」という設定が崩れれば、
その先の批判が全て崩れると思うので、「進学校」にこだわってみました。
その他に批判展開されている方も「受験」を問題にされていたようですので、
それについても、上記のように考えたならば、問題なくなるかと思います。

ここからは、また私見になりますが、
小説って、細かい設定を一つ一つ補足していては、小説の中身が薄くなったり、
間が悪くなったりで、かえって小説の質が悪くなると思うのです。
で、1巻の授業の話のあたりは、”始”の性格とか思想とかを簡潔に示すための
材料にすぎず、そう考えれば、あれ位の記述で十分だと思うのです。
あれ以上の説明や補足は本編に関係ありませんので、書かれた場合、
話のテンポが悪くなりますから。
で、授業についての議論では、その説明されていない部分を悪く仮定した上で、
批判展開されている様に思えたのです。

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board4 - No.6647

Re:脇から失礼します。

投稿者:GGG
2005年08月14日(日) 15時46分

「その教科が嫌いな生徒」を好きにさせるには、従来の授業より”始式”の方が
良いように思えます。

また、受験を問題としていますが、その点については、6646でも触れましたが、
その授業を受ける生徒にとって、現在の大学入試のような受験が発生しない環境で
あるならば、その問題点はクリアされると思います。
そして、小学校から大学まである共和学院は他大学に進学しようと考えない限り
受験を気にする必要がないかと。

受験を気にしなくなった場合、授業は、その教科に興味を持たせ、考察等をさせて
身になる知識を植えつけていくという方向にシフトしていくのではないでしょうか?
(単なる暗記は、受験が無かった場合、本当に無意味な作業になってしまうので)

ふと思ったのですが、本来高校ってどういう位置づけになるのでしょうね。
現在の日本では、大学に行くための予備校的な位置づけになってるような気がします。
中学までは国から義務教育とされてますので、決められた量の知識を植えつけていく
必要がありますので、始式は論外なのでしょう。
大学は本当に得たい知識を習得しにいく場であり、また研究の場でもありますから、
「嫌いな生徒」を考慮するなど論外ですし、
全員に一定レベルの知識を植えつけるための授業も必要ないはずです。
単位を得るためには、自主的に一定レベルの知識を得る努力をする必要ありますし。
ということで”始式”が主流になるのかと。
(私自身も大学で”始式”のテストを受けましたし)

で、高校は義務教育ではないし、今のような大学へ行くためだけの授業っていうのも
本来の目的ではないような気がします。
まあ、でも大学に行くためのステップであることは間違いないので、
どちらかといえば、大学でしなければいけないような考察の訓練とか大学についていけるだけの知識の習得となるのでしょうか?
とするならば、”始式”が高校で実施されることにも多少は意味が出そうな・・

ふと今回のことを考えていて疑問になってしまいました。

親記事No.6625スレッドの返信投稿
board4 - No.6649

Re:ふと疑問に思ったのですが

投稿者:S.K
2005年08月15日(月) 20時10分

>GGGさん

 まず最初に

> >  あと「試験に出す」と具体的な問題設定を生徒に教えた上でその項目についての知識を始は生徒に描写している、という説明だった筈です
>
> 今、1巻から読み直しをしていて、2巻に入った所ですが、
> 少なくとも、1巻には上記を示すような記述は無かったように思われます。

 GGGさんの方が正しい筈です、前回見落とした事を含めてお詫びして撤回いたします。
 ただそうなると世界史教師竜堂始の授業って何をやっているのかという疑問はありますが。
 流石に「黄河文明」とか「易姓革命」とかひたすら課題用キーワードを羅列していくだけというのはありえなさそうですし万一やっていたらそれはあんまりな授業だと思います。

> > 「進学校に向いてない授業を好き好んで進学校で行う」竜堂始はどうかと思いますしそれは肯定的に描写するなら多少作劇間違ってないか?とは思います。
> >  竜堂始が『常識の規格外な人物』とか『ピカレスクヒーロー』なら多少考え直すべきかも知れませんがそうなんでしょうかね?
>
>
> すみません。
> 進学校という設定はどこかに書かれてましたでしょうか?
> 私は、共和学院とは、エスカレータ式の私立学校という認識でした。
> (幼稚園から大学まであるので)
> エスカレータ式の学校の場合、一度入ってしまえば、まず問題ない成績を収めれば
> 大学まで苦も無く進学できると思っています。
> そして私の勝手な思い込みかもしれませんが、私立学校は、独特な授業をすることを
> 校風?としている所も多々あるように思ってます。
> ましてや、学園創立者が”始”の祖父である以上、始のような授業をするというような
> 校風が世間一般に知られていると思って間違いないのではないでしょうか?
>
少なくとも世間一般にあるような進学校という認識はなさそうです。
> (祖父の死後は進学校としての方向転換がなされているかもしれませんが
>  世間が見方を変えるほどの年月が経っていないかと)
>
> で、私立の高校である以上、どの高校を選ぶかは、生徒の自由であり、
> 有名国公立を進学先に選ぶのであれば、その前の段階として、共和学院の高校という
> 選択自体がなされないかと。
>
 鳥羽靖一郎叔父はそのあたりかなり「努力」していたようですが。
 教育委員会やその上に彼らが期待する所の「優秀で有用な人材の輩出を目指しますので(便宜を宜しく)」とか「そういう学校」としての宣伝とか教師陣の編成・指導とか。

> 何が言いたいのかというと、「進学校」という設定が崩れれば、
> その先の批判が全て崩れると思うので、「進学校」にこだわってみました。
> その他に批判展開されている方も「受験」を問題にされていたようですので、
> それについても、上記のように考えたならば、問題なくなるかと思います。
>
具体的には書かれていませんが「鳥羽靖一郎氏が俗物で」「『自由・自律・自尊』の額が『努力と勤勉』に置き換えられ」「現在の教育体制でより儲かる経営を目指し」「お上の覚えもめでたくありたい」という、あるいはこれに近い描写はありましたよね。
 この条件を満たす解答なら「所謂有名大学への進学率も高くいずれは自分の所が早稲田・慶応に並ぶ名門校志願」というのが妥当ではないかなと予想します。
 あと傍証として始の授業に来た生徒の苦情は「受験に役立つ授業をしてくれ」でしたし。

> ここからは、また私見になりますが、
> 小説って、細かい設定を一つ一つ補足していては、小説の中身が薄くなったり、
> 間が悪くなったりで、かえって小説の質が悪くなると思うのです。
> で、1巻の授業の話のあたりは、”始”の性格とか思想とかを簡潔に示すための
> 材料にすぎず、そう考えれば、あれ位の記述で十分だと思うのです。
> あれ以上の説明や補足は本編に関係ありませんので、書かれた場合、
> 話のテンポが悪くなりますから。
> で、授業についての議論では、その説明されていない部分を悪く仮定した上で、
> 批判展開されている様に思えたのです。
>
「歴史を理解する」上で受験に最低限必要な暗記事項あたりは知っていても損はない事も多いですよ。
 にも関わらず「受験向きじゃない」と不平をいう生徒が出る事と、試験時の「複製ノートへの対応」が曖昧な当りがかえって始へのマイナスポイントにならないかと懸念されるのではと予想します。

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board4 - No.6650

Re:脇から失礼します。

投稿者:S.K
2005年08月15日(月) 20時24分

>synさん

 私はsynさんのご意見に同意する所大なのですが一点だけ

>  さて、私の意見からすると「始式試験」は恐らく多くの生徒にとって困り物になる可能性が高いと思います。
>  それと言うのも確かにこういった「考えさせる」試験はその教科が好きな興味のある生徒にとっては正に夢の様な試験になると思いますが、作中でもそんなような事が言われていたかと思いますが「嫌いな興味のない生徒」にとっては精神的な拷問の様なものになってしまいます。しかも評定がかかっている以上、余り無視するわけにもいきません。
>  無論、私も「嫌な教科は受けなくても良い」と主張したい訳では有りません。幾ら教育といっても究極的には「客商売」であり一種の「サービス業」に変わりはない訳ですから、最低限の基準として「嫌いな興味のない生徒」でも我慢できる程度の授業に留めるべきだ、と考えます。
>  そして、私の意見としては「嫌いな興味のない生徒」が我慢できる最低線は「受験に対応できるか」の一点にほぼ絞られるかと考えます。
>  何故かと言うと嫌いな興味のない生徒は多くの場合「嫌いな若しくは興味のない教科」とは大学受験が終ったら、縁を切ろうと考えている場合が多い様に思われるからです。

 ここは少しだけ始を庇っていいのかなという事で一点。
 おそらく、最低限『創竜伝』執筆開始当事の教育事情であれば生徒には「『日本史』『地理』『政治経済』『倫理』から受験科目を選び『世界史』は捨てる」という受験科目選択が可能ではなかったかと思われるからです。

>  そして「始式試験」は現行の大学入試制度が大きく変更される様な事がない限りでは有体に言ってしまえば「無駄」以外の何もでもない様に思われます。確かに現行の「暗記重視」型の大学入試が問題ない訳ではないですが、何をするにしても最低限の「暗記」は必要です。
>  その意味で「始式テスト」は、最低限の「暗記」を確認する事ができるか、という点について非常に大きな疑問を待たざる得ません。
>  私個人の意見としてはこういった生徒のことを真に考えるのならば、生徒により当たり外れの多い試験ではなく確かに問題も多く有りますが通常の「暗記型試験」の方が良い様に思われます。大学入試は多くの生徒にとって、人生の設計に大きな影響を与える出来事です。それ軽視する様なことは長期的には兎も角、少なくとも短期的には生徒の為にならない可能性が高いように思われますし、長期的にも余り役に立たない可能性が高いかと思われます。
 故にどうしても始式授業とソリが合わなければ『選択しない、竜堂講師に師事しない』事は可能だった筈です。

 ただ「本質的に世界史は好きで今のうちに基礎を少し学んでもおきたいが、努力と要領良さの評価に差がなかったりあんまり先生の恣意的な価値観(始にはこれがありそうですので)を聞かされるのも遠慮したいな」とかえって歴史好きの生徒が遠回りしてしまいそうな気の毒をかこつ懸念はありそうですね。

親記事No.6625スレッドの返信投稿
board4 - No.6651

Re:ふと疑問に思ったのですが

投稿者:GGG
2005年08月16日(火) 17時57分

S.Kさんへ
>GGGさんの方が正しい筈です、前回見落とした事を含めてお詫びして撤回いたします。
なんか恐縮してしまいます。
あの書き込みは、そうだったかな?っていう疑問を含めた書き込みでしたので。
まだ先の巻(番外編の辺りで臨時講師してたりしますので)で
触れてる可能性もありそうなので、また、そこまで読み進んで
見つけたら報告させて頂きます。

>あと傍証として始の授業に来た生徒の苦情は「受験に役立つ授業をしてくれ」でしたし。

これは、1巻p100の高等科長のセリフですね。
「竜堂講師、君の授業のやりかたに対して、このごろ不満が表面化している。年代もおぼえないし、他大学を受験する成績優秀な生徒から抗議がきておるんだよ」
という所ですね。
確かに他大学を受験する人には不利な授業なのでしょうね。
私としては、大学まである私学に入って、わざわざ、他大学を受験しようと思っているなら、学校の行う授業に文句言ってないで、予備校などで受験用の勉強をしたほうが、とも思いますけど。。
一方で、2巻p9にこんな文章もあります。
「始が去った後、共和学院の高等科では、「竜堂先生の復帰」を求める署名運動が行われているそうだ。」
という記述もあります。

これが、始の授業を良しとした結果かどうかは分かりませんが、
少なくとも、生徒にそれなりの人気のあった先生だったようですよ。
まあ、若くてかっこよい先生だから、っていう一点かもしれませんが。

なんにせよ、小説の中の少ない情報からは、始の授業や、先生としての評価を決定づける確かな情報は示されていないというのが
私の主張する所です。
情報が少ないので好意的にも否定的にも取れるのですが、
ここでは否定的に取って批判展開してるようですので、
ちょっとあんまりかな、と思った次第です。

後、ちょっと気になったので、1~2巻を流し見てたのですが、
始の祖父が亡くなって何年になるのでしょうね。
どこかに書いてあったような気もするのですが。。
私の中では、まだ叔父が理事長になって、そんなに年数経ってないように感じてました。
なので、前回のような書き込みになっています。
(前の理事長の校風が世間的に残っているという点)

以下は、レスというより、私の感想と紹介的な書き込みですので、読み飛ばしてください。

それにしても、こういう検証を含めての小説読みっていうのは
疲れますね。
私は、初めて読むときはきちんと隅々まで読むのですが、二回目以降は結構流し読みですので。
で、流し読みには、創竜伝って結構テンポも良いので、読みやすいんですよ。細部の矛盾とかも気にならないですし。
なので、ここで言われてるほど駄作とは思えないんですよね。
与党批判的なところも、銀英伝の時と変わらないですし、
この作家の作風かな~と思う程度ですし。
ちなみに私が読んでる田中作品は、
 銀英伝、創竜伝、アルスラーン戦記の三作のみです。
読んだ順番も上記どおりですね。銀英伝はアニメの方も全て見てます。

田中作品以外には、夢枕獏さんや菊池秀行作品を好んで読んでます。
変わった所で隆慶一郎(故)さんです。
いずれも遅筆?な方ばかりですので、田中作品の遅さも気にならないです。(慣らされているだけ?)
隆さんにいたっては、お亡くなりになっているので、ホントに話の途中で途切れてる作品とかもあり、
こうなってしまうと読者としては悲しいですね。
なので創竜伝とアルスラーンは終わらせて欲しいものです。

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board4 - No.6652

管理人的見解

投稿者:本ページ管理人
2005年08月17日(水) 12時05分

お盆でしばらく離れていた為、対応が遅くなりました。
私の見解は次の通りです。

・マナーについて
S.Kさんの罵倒が大変に判りやすい為批判が集中していますね。
私としては、この芸風を取るのであれば、S.Kさんには率先して場外乱闘板での展開を行って欲しかったと思います。結果的に場が荒れるのは充分予測できたはずです。

さて、『礼と云い礼と云うも、玉帛を云わんや』(礼というのは、礼物として用いる玉や絹布のことではない)という言葉があります。
礼儀とは慇懃な言葉遣いの事ではないですよね?
言葉遣いにさえ気を付けていれば、他の論者をどんなにコケにしても無礼ではないと思いますか?
ましてや説明責任を放棄するにいたっては、表面的な言葉の罵倒以上に罵倒ではないかと思います。

以降、両者ともこのスレッドでの罵倒合戦を禁止します(既に場外乱闘板に移動しているのでないとは思いますが)

> S.Kさんへ
> いくらなんでも相手のことをギンバエだのケジラミだの言うのは
> ひどすぎるんじゃないですか?最低のマナーも守れないのでは、常連さんといえど荒らしと同じだと思います。
>
> 管理人さん>あまりにひどい内容の書き込みに対しては、常連さんであっても厳しく対処していただきたいと思います。せっかくの魅力ある掲示板の価値が下がってしまうのは耐えられません。

board4 - No.6653

皆様、初めまして。

投稿者:ウルリッヒ・デスラー
2005年08月22日(月) 22時16分

初めまして、ウルリッヒ・デスラーと申します。
初めて投稿させて頂くのですが、私、他の掲示板や、自分のホームページやブログ等を最近持ったのですが、此方のページをファンサイトとして紹介して宜しいでしょうか?
本来は、管理人の方に、直でメールするべきなのでしょうが、このサイトに参加されている皆様にお訊きしたいのです。
なぜなら、かなり長期間に渡ってROMさせていただいたのですが、どう考えても、此方こそが、本物のファンサイトであるとしか思えないのです。
田中芳樹氏自身がどう考えるかは私にはどうでも良く、私自身が考えるに、誹謗ではなく批判があり、また結構パロディとか反銀英伝のような試みとか、多くの示唆と議論に富んでおり、コレこそが本当のファンサイトではないかと考えるのです。
おべっかばかりの追従サイトは腐るほどあるでしょうが、此方のような賛否両論飛び交う所には出会った事がありません。
願わくば全ての作家等の人々にこのようなサイトが出来る事を祈っていますし、私自身、そういったサイトを立ち上げる知識等を身につけたいと考えています。
如何でしょうか?

board4 - No.6659

アルスラーン

投稿者:如雲斎
2005年08月29日(月) 04時05分

9月21日?位に新作発売だそうですが…。
ホントにでるのか?と疑心暗鬼。
腕は落ちているから内容にほとんど期待などはしていませんが…
なんだか次はキングコングを書くとか書かないとか…

散々既出ですが、新しいこと始める前にとっとと宿題終わらせろと小一時間…
ホント終わってるな~この作家

board4 - No.6666

始めてですが

投稿者:ノア
2005年09月04日(日) 17時00分

 始めまして。普段インターネットの無い環境にいるため、こういったサイトがあることを知りませんでした。たまたま見つけたので、勢いついでに少し書かせてもらおうと思います。

 私は小説の登場人物や内容には、当然のように、作者の考え方や思想などといったものが反映されているのを前提にして考えています。その全てが全くの作者の雛型であるとは考えません(同じ価値観の登場人物ばかりの物語が面白いとは思えません)。例えば反面教師やある一面の欠点を敢えて誇張した性格などがあります。田中芳樹さんは多くの作品を書いてこられており、だからと言う事でもないのですが、私にとって魅力的な登場人物が多く書かれていると思います。その為、こんな考え方や、設定の仕方もあるのだと感心するばかりです(無批判過ぎますか?)。

 しかし、同時に、完全無欠の完璧な人間はいないとも考えており、登場人物に対しても、作者に対しても、魅力的であって欲しいとはいえ、矛盾があるとか、作中のあの部分は考え方が甘いなどとか、私の理想とは違うなどと、文句を言うつもりはない。私がそんな完璧なものを見たことも無く、むしろその存在自体を疑っていることを、フィクション・ノンフィクションの違いにかぎらず、他人がそうでないからといってそのことに文句をつけようとは思いません(自分の事を完璧だとか、矛盾が無いなどと言いきれる人は、悩みが少なそうで幸せな人だといいたい)。むしろ、敢えて、方便として、問題提起の為に、特定の考え方を持っているように性格を偏向させたり、際立たせると言う方法は有りだと思います。だからこそ、書きたいことがはっきりすると言う面もあるのではないでしょうか。また、登場人物と同様に、社会批判と言う形で、いろいろ書かれている事の中にも、論理的破綻があったとしても、そういった問題性があると考えるきっかけになるぐらいに考える為、間違っているからと指摘しようとも考えません。恐らく田中芳樹さんの中でも正しい答えが無く、現実を必要以上に偏向させてでも書くことによっているのかもしれない。変な言い方かもしれませんが、銀英伝のような物語を作りあげた田中芳樹さんであればなおさらではないだろうか。意図的にそうし向けていると考える事があります(贔屓のし過ぎ?)。竜堂兄弟の人物像についても多く指摘されているが、完全な私個人の想像ではあるが、彼らも完全な人格としてではなく、思想的なり、哲学的なりに欠けた部分を敢えて持たせているのではないだろうかと考えます。私が読む限り、彼らが絶対的な正義だとは何処にも書かれていない。個人的には良く出来ていると思います。

 また、例えばこう考えられないだろうか、作者ではなく出版社の意向により、青年向けではなく、少年向けの内容で書かなくてはならないのならば、かなりの可能性で、緻密で、それなりに完成された人間像ではなく、ステレオタイプの陳腐な人間像を会えて選ぶという事もあり得る話だと思う(天下の田中芳樹さんといえども、出版社の意向を完全に無視する事は出来ないはず)。

 以上のように考える私は、このサイトの中で槍玉に上がっているような批判の多くは田中芳樹さんの確信犯的なものすら感じてしまいます。

 歴史的な事実に対する間違いは、一つの史実に対しても色々な見方や解釈の仕方があることも踏まえた上で、人間誰にでも間違いぐらいはあるので、こっそりと出版社宛てに抗議のはがきを出すぐらいにしておきましょう。

論理的におかしいと言われそうな内容かもしれませんが、批判を覚悟で一つの考え方として提案したいと思います。

親記事No.6659スレッドの返信投稿
board4 - No.6667

Re:アルスラーン

投稿者:蓮川睡蓮
2005年09月06日(火) 20時32分

はじめまして。

新刊出るらしいですねぇ・・
はやくタイタニアや灼熱の竜騎兵を完結させてほしい。むりでしょうけど。

親記事No.6659スレッドの返信投稿
board4 - No.6668

Re:アルスラーン

投稿者:如雲斎
2005年09月07日(水) 11時46分

> はじめまして。
>
> 新刊出るらしいですねぇ・・
> はやくタイタニアや灼熱の竜騎兵を完結させてほしい。むりでしょうけど。

まったくです。
待ち始めて、早十数年…
遅筆にも限度があります。昔に比べれば随分ファンも減っていることでしょう。
最近のスカスカな内容からすると書かないほうが良いかもと思ってしまいますが。
読者をないがしろにしすぎですね。

親記事No.6666スレッドの返信投稿
board4 - No.6671

Re:始めてですが

投稿者:ナナフシ男
2005年09月10日(土) 06時29分

はじめまして

仮にノアさんの考えが正しかったとしたら、結論はむしろ逆になるのではないでしょうか?
もし、本当に田中芳樹がわざと偏向した内容の小説を書いているのであれば、その偏向を指摘し、それについて意見をだし、議論をする場所、つまりこのHPのような場所が創られることが、彼の目的だということになります。
しかるに、その作品、キャラクターに対して『文句を言うつもりは無い』と言っては、その目的の達成を妨げることになってしまいます。
また、確かに間違いは誰にでもあることですが、こっそりと抗議の手紙を出しただけでは、多くの読者はその間違いに気付くことができませんし、また、様々な見方、解釈に触れる機会もなくなってしまいます。これは間違えた本人にとっても不本意なことではないでしょうか?

以上の理由から、もし田中芳樹がわざとやってるなら、わたし達読者がやることは、積極的に作品に対する文句を言ったり、批判をしたり、議論をしたり、間違いを指摘することであり、それが田中芳樹本人が望んでいることだと思います。

board4 - No.6682

楽しみな気もしますが

投稿者:もう社会人
2005年09月17日(土) 04時21分

 如雲斎さん、教えていただき、ありがとうございます。
 高校時代、角川に第九巻を見たのを思い出します。古本屋で、マックス・ウェイバーの「ユダヤ人」2冊を60円で買い、知り合いの大学生に3000円で転売して、アル戦の8巻までを一気に買いました。今にして思えば、あほですが、それもまた若気の至り。
 今は、立ち読みで済ませてしまえるのでしょうが、懐かしい作品には違いありません。あの頃のファンも、もうほとんど20代後半になっているのでしょうね。新規ファンを開拓できているのでしょうか?

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