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投稿ログ359 (No.6273 - No.6275)

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board4 - No.6273

もうひとつの移動要塞論争 転載その3

投稿者:冒険風ライダー
2005年02月26日(土) 13時47分

[334] SF設定の難しさ
冒険風ライダー(館長) [PC MSIE 6.0]男福岡2005/02/15 23:23:05[削除]
61.204.123.76 (Q123076.ppp.dion.ne.jp)

<それと、再度の「長征一万光年」についてですけど、「実行するだけのリソース(長距離航行用の宇宙船に必要なエネルギー資源、人員の確保や輸送、食料に空気や水の調達など)を揃えることができない」って言い訳になりますか?少なくとも「アルタイルの奴隷」やってた人たちが、ドライアイスから切り出した巨大宇宙船の船体に航行用エンジンや居住区を据え付け、必要物資と人員を確保した後に帝国軍の監視の目を盗んで逃げだし、一旦姿をくらましてどこかの惑星で長距離移動用の宇宙船を建造し、「長征一万光年」を行ったことに比べれば、ヤン一党の方が遙かに条件がいいとしか思えないんですけど。>

 全くもって、この「長征1万光年」のエピソードは、本来、銀英伝の主要テーマでもある「補給の概念」とは完全に相反する「作品のアキレス腱」でしかないんですよね(>_<)。「これが成功するのだから、補給の問題なんて大したことないじゃないか」「アーレ・ハイネセンにできることが、何故ヤンにはできないんだ?」と言われても「作中世界では」返す言葉がないのですし。
 これを完全に無視したまま、私の移動要塞論「だけ」を目の仇にして「筋違いの前提条件」を叩きつけて否定しようとする人達が、私には笑止に思えてなりませんね。そのような態度がいかに「作品世界を崩壊に追いやりかねない御都合主義的なダブルスタンダード」に陥っているシロモノなのか、少しは自覚してくれても良さそうなものなのですが(>_<)。

<まあ、こんなことになってしまう理由は「宇宙船さえ作ることができれば帝国から脱出可能」と軽く考えて「長征一万光年」を設定してしまった田中芳樹に最大の原因があるんでしょうけどね。>

 これは移動要塞や「長征一万光年」の件のみならず、おそらくは銀英伝における全てのSF設定に対して言えることなのでしょうけど、田中芳樹はどうも「ハード的な必然性」というものが作品に与える影響というものを軽く考えすぎていたのではないかという気がしますね。だからこそ、移動要塞や「長征一万光年」のような「トンデモ設定から導き出されるトンデモ理論」が次々と出現して収拾がつかなくなるわけで。
 このあたり、本人も自覚してはいるでしょうし、今更な話でもあるのでしょうけど、田中芳樹の作風や発想法は、やはり「純然たるSF作品をきちんとした整合性をもって描く」という方向には向いていないのでしょうね。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[335] 第二次「長征一万光年」について
パンツァー [PC MSIE 6.0]男大阪2005/02/16 01:11:57[削除]
220.36.60.15 (YahooBB220036060015.bbtec.net)

ヤンの立場で、長征一万光年をもう一度やるって言うのは、私には考えにくいんですよね。
というのも、アーレ・ハイネセンたちの場合は、流刑地に流された共和主義者が、そのままでは野垂れ死にだから、最後の希望をかけて、生死の困難を厭わず、無謀とも思える脱出行を行ったわけです。

これに対して、ラインハルトに追い詰められた状況のヤンは、自分の保身というのを別にすれば、あえて、新天地を求めるほどのモチベーションがないように思うのです。
例えば、帝国による支配があまりにも過酷であって、そのままでは一般民衆の生存が脅かされる、とかいう状況でしたら、第二次長征一万光年をやる動機付けになるでしょうが、ヤンたちは、そういう極限状況には無いと思うのです。だいたい、ヤン自身、名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われるのではないか、と考えているくらいですし。
(農奴状態の帝国臣民にはラインハルトの支配はありがたいでしょうが、議会制民主主義とマスコミの恩恵をうける同盟民衆が、例えラインハルトであったにせよ、現状よりましな状況になるとは、とても思えないんですけどね。)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[336] そうでしょうか?
不沈戦艦 [PC MSIE 6.0]男東京2005/02/16 01:31:48[削除]
61.203.252.201 (pumpkin.m-net.ne.jp)

>例えば、帝国による支配があまりにも過酷であって、そのままでは一般民衆の生存が脅かされる、とかいう状況でしたら、第二次長征一万光年をやる動機付けになるでしょうが、ヤンたちは、そういう極限状況には無いと思うのです。だいたい、ヤン自身、名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われるのではないか、と考えているくらいですし。

 そうだとすると「回廊の戦い」も全く意味がないってことになりませんかね?「名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われる」という状態は、すでにラインハルトの統治によって成立している(色々論考してみた結果疑問はありますけど、一応作中ではそういうことになっているので)訳ですから。

 ヤン抹殺を図った同盟政府といざこざ起こして逃げ出したのは仕方ないにしても、ラインハルトはその後その事実を公表した上で「同盟政府の責任は問うが、ヤンの責任は問わない」と宣言しているんですから、同盟政府消滅後に大人しく出頭して帰順すりゃ良さそうなもんでしょうに。

 という状況ですから「極限状況ではない」というのは当たらないと思います。「何が何でも民主政治を残したいのに、ラインハルトという名君によって民主主義が死滅に瀕してしまっている」というのは、ヤンにとっては十分「極限状況」でしょうよ。そうでなくて、「自分と仲間たちの小市民的幸せが確保できればいいや。幸いにしてラインハルトは名君だし」くらいにしか考えていないんだったら、イゼルローンを奪取して帝国軍と戦うなんて選択をせんでもよろしいでしょうに。モチベーションとしては「回廊の戦い(ご承知の通り、勝算ゼロですからね)」をやるにも「第二次長征一万光年」やるにも、大差はないと思いますがどうでしょう?

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[337] ヤン以外の人間が抱く「極限状況」
冒険風ライダー(館長) [PC MSIE 6.0]男福岡2005/02/16 02:30:27[削除]
61.204.123.76 (Q123076.ppp.dion.ne.jp)

<「何が何でも民主政治を残したいのに、ラインハルトという名君によって民主主義が死滅に瀕してしまっている」というのは、ヤンにとっては十分「極限状況」でしょうよ。そうでなくて、「自分と仲間たちの小市民的幸せが確保できればいいや。幸いにしてラインハルトは名君だし」くらいにしか考えていないんだったら、イゼルローンを奪取して帝国軍と戦うなんて選択をせんでもよろしいでしょうに。>

 これはヤン以外の人間にとっても同じことが言えるでしょうね。
 エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達は、ラインハルトの「専制政治」よりも「ヤンと共に戦う」「民主主義を守るために戦う」ことを、自発的にせよ強制されたものであるにせよ、結果的には選択していることになるわけです。自分が併合した旧同盟市民に対しても寛大な措置を取る旨を、征服者たるラインハルトが公に宣言しているにもかかわらず。如何なる動機があるにせよ、彼らにとって、ラインハルトの治世は、それがどんなに寛大かつ安定した生活が約束されたものであったにしても受け容れたくないものであるわけで、充分に「極限状況」に追い込まれていると考えるべきでしょう。
 また、ヤンのような「ある意味非常にもの分かりが良い」人間以外の中には、「もし自分達が負けてしまったら、見せしめにどんな過酷な処置が下るか分からない」と(客観的に分析することなく主観的に)思い込む人もいるでしょう。作中でも、たとえば「薔薇の騎士」連隊などは、バーラトの和約後、自分達が帝国側の報復的処罰の対象にされるかもしれないという不安感を抱いていました(銀英伝6巻 P184)。ヤン以外の人間で同じことを考える人は他にもたくさんいるでしょうね(というか、逆にこういうことを全く考えないのはヤンくらいなのではないかとさえ思うのですが(苦笑))。
 「ラインハルトに帰順する」という「(個々人の主観はどうあれ、客観的には)これ以上ないほど楽かつ安全確実な選択肢」を捨て、わざわざヤンと戦うなどという「絶望的なまでに苦難な道」を選択している時点で、ヤンだけでなく彼らも一種の「極限状況」となっているのであり、そしてヤンには自分の意思とは関係なく、それに応えなければならない義務も存在するわけです。これから考えても「第二次長征一万光年」を躊躇しなければならない要素はどこにも存在しないように思われるのですが、どうでしょうか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[338] 優先順位としては
パンツァー [PC MSIE 6.0]男大阪2005/02/17 01:01:36[削除]
220.36.60.15 (YahooBB220036060015.bbtec.net)

ヤンを含めて同盟の立場としては、政治的目標の優先順位は次のようなものとなるのではないでしょうか。

(1)全宇宙の共和制による支配
(2)旧同盟領全域の共和制による支配
(3)旧同盟領全域の一部領域における共和制による支配
(4)別の宇宙への逃避
(全宇宙とは、銀英伝で主な背景となる旧帝国領および旧同盟領をあわせた領域を指す)
同盟は、アムリッツアの敗戦までは、一応は(1)を目指しているわけです。
アムリッツアの敗戦以降は、(2)を維持することが主目的となるわけで、ビュコック率いる同盟軍やこれに協調するヤン艦隊が、この目標にしたがって、敢闘するわけです。
その後、同盟の降伏により帝国による一応の全宇宙の支配が確立しますが、ヤンは、自らの意図せぬ状況の変化により、イゼルローン要塞に立て篭もるわけですよね。

このときヤン自身、どうしたかったのか、イマイチよく分からないのですが、普通に考えると、なんとか、(2)を達成できるように戦い抜こう、というところなのではないでしょうか。ヤンが選択肢の一つとしていた、ゲリラ戦法(「人民の海」計画?)による帝国に対する抵抗運動というものも、基本的には、(2)を達成する、という方針でしょう。
また、ヤンに追従した人々というのは、基本的に、帝国の支配を潔しとせず、帝国と戦うために、ヤンに追従したのではないでしょうか。もちろん、ヤンの軍事的才能に依存するところ大であって、ヤン亡き後、イゼルローンを去る人々も多数いるわけですが、帝国と戦うという目的自体には変わりないでしょう。帝国と戦う目的は何かと言えば、(2)を達成することのはずです。

ヤンの死亡後は、ヤンと言う軍事的才能の喪失に加えて、兵力の減少(イゼルローンを去る人々)も大きく、まかり間違っても、(2)を達成することすら難しい、とユリアン等ヤンファミリーは考えるわけです。そこで、例の「ラインハルトに認めてもらうことで、共和制の存在を一部に許容してもらう」といった目標が、出てくるわけでした。バーラト自治州とやらが、この(3)に該当しますね。もし、バーラト自治州を目指さないとしても、可能である限り難攻不落の要塞であるイゼルローンに立て篭もりつづける、という選択肢もあるでしょう。イゼルローンを墨守する、というのも、(3)になるでしょう。

ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。

氷の惑星に流刑された共和主義者たちは、彼らが共和政体の理想を棄てなかったから流刑されたのであって、彼らのみが箱舟に乗って脱出するからと言って、他の民衆を見捨てた、とかいうことにはならないはずです。他の流刑されていない人々は、帝政を受け入れた改宗者たちなのでしょうから。彼らは文字通り、死に瀕していたわけですから、仮に新天地を発見できる望みがほとんど無かったとしても、それに飛びついたのは間違いがありません。だから、この流刑者たちが、(4)を選択するのは、状況的に自然です。

これに対して、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、(2)や(3)が目的で結集しているのであって、(4)が目的で結集しているわけではありません。
この結集後に、ヤンが目的を(2)や(3)ではなく(4)に変更する、となったら、ヤンに従う人々っていうのは、大きく変化することになるでしょう。結集時の目的とは異なる目的に従わされることになるわけですから。
宇宙は広いので、どこかには新天地があるんでしょうけど、かならず、新天地を発見できると言うものでもないでしょう。そういうアヤフヤな目的のために、果たして、どれほどの賛同が得られるのか。もちろん、イゼルローン要塞をワープ移動化したら、補給源には困らないので、アーレ・ハイネセンの逃避行とは比べ物にならないほど、安全にはなるんでしょうけど。加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。

だから、ヤン自身の考えの曖昧さもさることながら、(4)を目的として、同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか、つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、という点が大きな疑問として残るのです。

やはり、(2)も駄目、(3)も駄目となったら、次は、
(3・5)とでも言うべき、地下抵抗活動があって、
これらが尽く失敗して、専制に改宗せぬ筋金入りの共和主義者たちが流刑地にでも集められた後、この流刑者たちが死を覚悟して脱出行を図る、くらいの段階を踏む必要があるのではないか、という気がします。

不沈戦艦さんもどこかで述べておられたと思いますが、戦わずして降伏するっていうのは、上で言えば、(2)や(3)をやり抜かずに、さっさと(4)を選択するっていうのは、実際にできかねるのではないか、と思うのですよ。

もちろん、絶対(4)を、同盟降伏後の第一政治目標に設定するって言うのが、ありえないことである、とまでは主張いたしませんが。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[341] ですから・・・・
不沈戦艦 [PC MSIE 6.0]男東京2005/02/17 02:54:10[削除]
61.203.252.201 (pumpkin.m-net.ne.jp)

>(1)全宇宙の共和制による支配
>(2)旧同盟領全域の共和制による支配
>(3)旧同盟領全域の一部領域における共和制による支配
>(4)別の宇宙への逃避

 ヤン抹殺を図ったレベロの陰謀に端を発した争乱によって帝国軍の侵攻が発生し、しかも背後の事情をラインハルトが全て暴露してしまった情勢に至っては、「(2)」どころか「(3)」の維持すらもはや不可能ではないですか?それに、それが理解できないキャラとして「ヤン・ウェンリー」が設定されていると思いますか?

・「国家」としての同盟は事実上「終わって」しまっている。帝国軍による再度の征服(勝てる可能性はない。事実マル・アデッタで同盟軍は全滅している)後、存続を認められる可能性は絶無。(2)は到底達成できない。
・「エル・ファシル独立政府」に現実的な力はないばかりか、逆にヤンの名声を頼っている有様。ヤンにとってのメリットは「文民政府を守る軍人」としての立場を手に入れることができるという、大義名分だけ。
・帝国軍との客観的戦力差。S.Kさんにも「戦力差で10対1以上、そもそももう『国』ですらない。ジリもドカもなくとっくに『貧』なんですよ。」なんて言われてしまっているくらいなんですが、これで一体どうやって「(3)」の維持が可能なのだと?ヤンという軍人は「イゼルローン要塞というハードウェアに頼れば、永久に帝国軍の攻勢を支えることが可能」という判断をするような設定にはされていませんよね?「自分の小手先の詐術で陥落せしめることができたくらいだし、無限の回復力を持った相手に損害構わず攻撃して来られても維持は不可能だろう」というように考える人物じゃなかったでしたっけ。作中の「回廊の戦い」の流れでも、ヤンがラインハルトとの交渉可能になった理由って、「ラインハルトが熱を出して倒れ、夢枕でキルヒアイスがラインハルトを諫めたから」という「偶然」によるものでしかありません。しかも、フィッシャー提督を失った後でです。ラインハルトが病臥しなかったら、帝国軍の物量によって順当に圧殺されただけじゃないですか。「歴史」に詳しい「ヤン・ウェンリー」という設定になっているのに、それが「ヤンには想像できなかった」というのは、あまりに変でしょう。「正面から戦って敗れた(どうやろうと必敗なのは、パンツァーさんも異論はないですよね?)後、ラインハルトがヤンの主張を認めてエル・ファシルなりハイネセンなり、一部同盟領に民主制を維持することを認めてくれる可能性」なんて「絶無」以外に評価のしようがありますか?というか逆に、いくらラインハルトがヤンを認めていたとしても、「属していた国が滅んだ後、勝算絶無の戦いを仕掛けてきて、味方に無意味な犠牲者多数を出してくれた有能なる敵将」に対して、ラインハルト以外の普通の帝国軍人(軍人に限った話じゃないですけど)が好意的だなんてことがあり得ると思います?「ヤン・ウェンリー一党を戦争犯罪人として縛り首にしろ!」が普通の感情なんじゃないですかね。いくら皇帝本人がヤンに好意的だとしても、「ヤンを死刑に!」と叫ぶ帝国軍人たちの感情を無視して、敗戦後のヤンを免罪するのは難しいのではないでしょうか。「歴史に詳しいヤン」という設定からしても、そういう状況が「予想できなかった」というのも、これも考えにくいと思います。

 そもそも、冒険風ライダー氏の「移動要塞論」ってのは、銀英伝本編の「回廊の戦い」ではもはや「(3)」ですら不可能(絶対に負けるから)と判断した上で考案されたものではないですか。「無限の自給自足能力を持つ移動要塞となれば、永久にでも抗戦可能」という結論を導き出しているのですから。私は以前に「10巻で成立したバーラト星系自治政府は成立すること自体がおかしいし、仮にできたとしても存続不能だ。初代皇帝個人の好意しか担保がなく、彼の死後一体誰がその存続を保証するというのだ?『ローエングラム朝銀河帝国建国の功労者』たちが寿命で死に絶えた後、二世皇帝やら三世皇帝やらが『予は民主主義の自治領などが帝国領内にあることは不愉快だ。そんなものは、予の帝国には必要ではない』と宣言した時点で『おしまい』という以外にないじゃないか」と主張しています。つまり、もともと本編で「初代皇帝個人の好意」で成立している「(3)」なんざあり得ない話なんですよね。これには、冒険風ライダー氏も異論はないと思いますが。その発想があった上での「移動要塞論」です。最低限のものとして「(3)」を成立させる為には、「移動要塞なら無制限に帝国領内を破壊して回ることができるから、その軍事力の行使をしないことを条件に帝国との取引可能」という理屈なんですから。もちろん、この場合「移動要塞の軍事力を背景にした、帝国との和平」を成立させた後、「抑止力」としてヤン側は移動要塞を維持する必要がありますが。

「(2)」が成立しなくなって、無限に抗戦可能な「移動要塞」も実行しようとしないのなら、「(3)」の達成はもはや不可能。「(4)」を考えなければおかしい段階ということです。

>加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。

「全同盟市民を帝国の魔の手から救い出し、民主主義体制のもとにつなぎ止める」なんてことは、「(2)」が達成困難になった時点で、物理的に不可能としか言えませんよ。敵に比べ圧倒的に僅少な戦力で、150億人をどうやって守れと言うのです?それに、脱出した後のローエングラム王朝銀河帝国支配下での評判なんざ、どうでもいいじゃないですか。そこには二度と戻らないんですから。「ヤン提督が第二のアーレ・ハイネセンを目指して帝国の支配から脱出したのであれば、俺たちもヤン提督に続こう!」と考える人たちが続出する可能性だってありますし。やらない人間は「帝国の支配下でも仕方ないか」と「運命を受け入れる」という人たちですから、放っておいてもいいでしょう。

>つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、

 それなりの数居れば十分でしょう。無闇に多い方が連れていくのが大変です。「イゼルローンに籠もったところで、帝国軍全軍を打ち負かすことは絶対にできない」とヤンが認識している(認識できていないという方が変ですよね)のなら、「第二の長征一万光年をやる」と方針を決めて、その理由を麾下の人々に説明して説得すべきですね。「同盟軍最強のヤン提督」が「今の状況では、何をどうやろうと帝国軍には勝てない」とはっきり宣言しているのに「敗北主義だ!」なんて喚いたところで意味がないでしょう?それに、そのような「現実と無関係な精神主義」はヤンの最も嫌う要素の筈ですけど。

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[342] 「正規軍によるゲリラ戦」の超拡大発展バージョン
パンツァー [PC MSIE 6.0]男大阪2005/02/17 08:34:13[削除]
220.36.60.15 (YahooBB220036060015.bbtec.net)

私が前提条件としているのは、イゼルローン要塞のワープ移動化ですね。

銀英伝考察3 ~銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威~
3.「移動要塞」の大いなる可能性
<もしもヤンがこの「移動要塞」の技術を駆使して件の「共和革命戦略」を発動したならば、さしものラインハルトも顔面蒼白にならざるをえなかったでしょう。何しろこの戦法は、バーミリオン会戦の前哨戦で帝国軍が散々苦しめられた「正規軍によるゲリラ戦」の超拡大発展バージョンであり、しかも「無限の自給自足能力」を持つ補給基地自体が巨大な火力と装甲つきでヤンに付随しているわけですから、このヤンの軍団を帝国軍が純軍事的に捕捉・殲滅することはほぼ不可能です。>

冒険風ライダーさんの上の指摘にあるように、(2)「旧同盟領全域の共和制による支配」を目指せる以上、(4)「別の宇宙への逃避」をする必要性を感じないのですよ。

「オーベルシュタインの草刈り」というう人質作戦がありましたから、アキレス腱となる同盟のVIPには、イゼルローン要塞に移住頂いて、少しでもこの脅威を軽減する必要はあるでしょうが。

イゼルローン要塞のワープ移動化ができないとしたら、また話が変わってきますけどね。

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[343] なんだ
不沈戦艦 [PC MSIE 6.0]男東京2005/02/17 23:20:58[削除]
61.203.252.201 (pumpkin.m-net.ne.jp)

>イゼルローン要塞のワープ移動化

 前提条件が全然違うじゃないですか。私が言っているのは「イゼルローンの移動要塞化」とは関係なく「第二次長征一万光年を考えるべきだった」ということですから。ここでの私の主張の流れって、確かに移動要塞論議に端を発していますけど、それを絶対条件として「ヤンは長征一万光年の再現を考えるべきだった」と言っている訳じゃないですから。というか逆に、「長征再現論」には、「移動要塞論」は入れてません。本編の流れで「どうして再度の長征を行うという話が一切出ないのだろう?」という疑問からですからね。

「移動要塞論」アリの話なら、「ヤンの性格では帝国領内での非戦闘員を含む無差別攻撃なんてことは激しく嫌うだろうから、移動要塞で長征一万光年やるという方向に行くだろう」とは思いますがね。「帝国領内で無差別攻撃することの有効性」を否定するつもりはないですよ。但し、ヤン・ウェンリーというキャラの設定では、おそらくそれは無理でしょうねぇ。「民主主義の理想を達成する為だったら、自分とは無関係な人たちを何億人殺しても知ったことではない」という心理には、絶対になれないキャラですからね。

親記事No.6105スレッドの返信投稿
board4 - No.6274

もうひとつの移動要塞論争 転載その4

投稿者:冒険風ライダー
2005年02月26日(土) 13時48分

[345] ヤンの構想の非現実性と「第二次長征一万光年」の現実性
冒険風ライダー(館長) [PC MSIE 6.0]男福岡2005/02/18 02:07:01[削除]
61.204.116.247 (Q116247.ppp.dion.ne.jp)

<ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。>

 いえ、同盟と袂を分かち、エル・ファシル独立政府に合流して以降のヤンは、己が考える「第一優先の」構想を以下のような形で明確に語っております↓

銀英伝7巻 P190上段
<「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認める。そのもとで一恒星系の内政自治権を確保し、民主共和政体を存続させ、将来の復活を準備する」
 その基本的な構想を説明したとき、エル・ファシル独立政府の首班ロムスキー医師は瞳をかがやかせたりはしなかった。
「皇帝の専制権力と妥協するのですか。民主主義の闘将たるヤン元帥のおことばとも思えませんな」
「多様な政治的価値観の共存こそが、民主主義の精髄ですよ。そうではありませんか?」>

銀英伝8巻 P36下段
<ヤンの構想は、およそ大それたものである。戦術レベルの勝利によってラインハルトを講和に引きずりこみ、内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせようというのだ。それはエル・ファシルでもよい、もっと辺境の未開の惑星でもよい。その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配するとき、ひ弱な民主政の芽を育てる小さな温室が必要なのだ。芽が成長し、試練にたえる力がたくわえられるまで。>

 つまり、あの勝算絶無の「回廊の戦い」などという自殺行為にふけりこんでまでヤンがラインハルトとの絶望的な戦いを渇望したのは、あくまでも「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」という意図に拠るもので、パンツァーさんの定義だと、ヤンは最初から(3)を目指していたことになるわけです。このヤンの構想が、どれほどまでに非現実的かつ穴だらけのシロモノであったかは別にして。
 そして私も、ヤンのこの(3)の構想を前提に、あの「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」を企画したわけで、実のところパンツァーさん定義の(2)レベルの戦略目的はこの構想の中でさえ全く考えてはいないんですよね。移動要塞は「戦略爆撃」や「ゲリラ戦」のような「攻撃」に関しては単体だけでも最強無比の力を発揮しますが、一拠点だけならばともかく、広大な宇宙の「防衛」については、すくなくとも単体では難しいところがあります(複数あればそれでも大丈夫でしょうけど)。不沈戦艦さんも仰るように、圧倒的な戦力を持つ帝国側が、こちらの拠点を複数箇所、それも戦力を分散して同時に攻撃を仕掛けてきた場合、単体だけで全ての攻撃箇所に対処するのは、いくら最大最強の移動要塞といえども物理的に不可能ですから。
 そのため、私が考える「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」を使った構想では、「ラインハルトの戦争狂的願望を叶えるための戦闘」などという愚劣なシロモノの代わりに「移動要塞の潜在的脅威」を講和に持ち込むための道具とした上で、あとはヤンが考える(3)的構想を実現するなり、「第二の長征一万光年」を遂行したりすることで民主主義の存続を図る、というのが「最終目標」となるわけです。
 したがって、パンツァーさんが考える「ヤンは(2)を目指して戦っていた」に関しては、作中事実から鑑みても前提そのものが間違っているように思われます。

<宇宙は広いので、どこかには新天地があるんでしょうけど、かならず、新天地を発見できると言うものでもないでしょう。そういうアヤフヤな目的のために、果たして、どれほどの賛同が得られるのか。もちろん、イゼルローン要塞をワープ移動化したら、補給源には困らないので、アーレ・ハイネセンの逃避行とは比べ物にならないほど、安全にはなるんでしょうけど。加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。>
<だから、ヤン自身の考えの曖昧さもさることながら、(4)を目的として、同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか、つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、という点が大きな疑問として残るのです。>

 上記でも引用しているように、ヤンは最初から(3)を「第一の目的」に掲げているわけですが、上記のような観点から考えるのであれば、そもそも作中で掲げられているようなヤンの構想でさえ、「同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか」はなはだ疑問と言わざるをえなくなるのではないでしょうか?
 何しろ、ヤンの構想は「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」というものですからね。当然「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」以外の惑星およびそこに住む住民達は、全て「【帝国の支配地】として認めた上で見捨てる」ということにならざるをえないわけです。
 これがいかに「不当な」ものであるかを説明すると、たとえば自由惑星同盟の総人口が130億人であるのに対して、独立を宣言した惑星エル・ファシルの総人口はわずか300万人でしかありません。仮にエル・ファシルが「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」として認められたとすると、旧同盟領の残り129億9700万人は「帝国の支配地」として見捨てられることになるわけです。旧同盟領の中ではトップクラスの人口を誇るであろう惑星ハイネセンを対象に考えても、その数はせいぜい10億人、残り120億人はやはり「帝国の支配地」として見捨てられることになります。このような構想では、どこを「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」として認めてもらうにせよ、旧同盟領と一惑星の人口比率から見ても「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という感が否めません。
 しかも、その「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」にしたところで、何度も言われているように「皇帝の温情」にすがることでかろうじて成立するような情けない惨状を呈することになるのですから、ヤンが考える(3)の構想は「同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という点では(4)と比べても五十歩百歩程度の違いしかなく、将来的な危険度に至っては(4)よりもはるかに深刻という愚劣極まりないシロモノでしかないわけです。
 以上のようなことを鑑みれば、「同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか」という点においては(3)も(4)も大きな違いはないのではないかと私は考えるのですが、いかがでしょうか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[347] 移動要塞ゲリラ戦略に対する報復案
不沈戦艦 [PC MSIE 6.0]男東京2005/02/19 02:54:47[削除]
61.203.252.201 (pumpkin.m-net.ne.jp)

>150億

 勘違いしてましたね。同盟は130億でしたから。

>そのため、私が考える「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」

 ちょっとこちらには、問題があるような気がしてきました。というのは、「移動要塞によるゲリラ戦を帝国領で実施した場合、帝国軍による移動要塞の捕捉撃滅は極めて困難」というのは全くその通りなんですが、「同等の報復」をされた場合、一体どうしたもんだろうかということです。つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?例えばですがオーディンの住民が移動要塞の攻撃で皆殺しになったら、ハイネセンの住民が帝国軍の熱核攻撃による皆殺しで報復されるということです。「ラインハルトの性格ならそれはない」は、この場合はなしでしょう。そもそもの「帝国領内での有人惑星への攻撃、非戦闘員の大量虐殺」は「ヤンの性格ならそれはない」というシロモノでしかないですから。というか、かくの如き事態が発生した場合、真っ先にオーベルシュタインが「同盟領の有人惑星の住民を殺戮する」という報復案を呈示するのではないでしょうか。それどころか更にエスカレートして、「同盟領の全有人惑星に艦隊戦力を貼り付けて、命令次第熱核攻撃により同盟市民130億全員を抹殺できるようにしておき、それによってヤンを脅迫、屈服させよ」と提案するんじゃないかと。

 この「チキン・ラン」が実行された場合、言うまでもなく帝国軍の方が有利でしょうね。移動要塞一つと駐留艦隊一個しか戦力がないヤン不正規部隊に対し、帝国軍は10倍以上の艦船を保有している訳ですから。「正規軍によるゲリラ戦の超拡大バージョン」とは言っても所詮は「ゲリラ戦」ですから、戦力的には乏しい訳です。なりふり構わない報復作戦に出られた場合、移動要塞という強力な戦力があっても「(3)」ですら難しくなりそうですね。移動要塞があったとしても「(4)」を選択して、さっさと逃げ出した方が良さそうです。全てを捨てて逃げ出した相手に対しては、「残った同盟市民を抹殺する」なんて脅迫は無意味ですし。

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[348] 続き「第二次長征一万光年」について
パンツァー [PC MSIE 6.0]男大阪2005/02/19 22:58:05[削除]
220.36.60.15 (YahooBB220036060015.bbtec.net)

今回は、何が何でも「第二次長征一万光年」を否定しようと言うような趣旨ではないので、お手やわらに、願いたいと思いますね(笑)。

<A>(1)から(4)の段階変化について

さて、前々回に述べた(1)から(4)の分類は、対立する複数(二つ)の政治的勢力が存在する場合に、どのような段階を踏むことになるか、ということを示したものです。

どちらの勢力にしても、大目標としては全部(1)を望み、それが叶わなければ半分(2)、それも無理なら一部(3)、それさえも無理なら新天地(4)、という順番で目標を設定しそれを志向するものではないでしょうか。また、実際の段階としても、例えば群雄割拠の戦国自体が統一される段取りを考えてみても、まず一部(3)の達成があり、次いで半分(2)、その後に全部(1)の支配が達成されるものでしょう。

アーレハイネセン率いる流刑者たちは、逃避(4)の段階から始めたわけですが、その後継者たちは、勢力を拡張するに伴って、人類の支配地域の全体から見れば、(3)の段階を経て(2)の段階に到達したわけです。が、(1)を狙う過程で、失敗してしまったわけです。

基本的には、
(1)⇔(2)⇔(3)⇔(4)
の四段階において、
状況を許す限り、左を志向し、現状が維持できなければ一段階右へ落ちる、という変化が繰り返されるものではないでしょうか。

ヤン自身の考え方を追跡してみます。

同盟が(2)の段階にあるとき(イゼルローン要塞の攻略以前:1巻:黎明篇)は、シェーンコップとの会話にも描かれているように、イゼルローン要塞の攻略成功が、(2)の維持において大きく寄与するであろう、とヤンは考えています。つまり、(2)の段階で、戦力で圧倒しているわけでもないのに(1)を望むのは危険であって望ましくないが、(2)を維持することには意義がある、と考えているわけです。

同盟が(2)の段階からすべり落ちようとするとき(帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時:4巻策謀篇等)は、イゼルローン要塞の放棄からバーミリオン会戦にいたるまでの間は、(2)の段階を維持すべく、ラインハルトの殺害を意図する戦闘を行うわけです。
同盟の全土が一旦帝国に支配されてしまって、(2)はおろか(3)の段階からも滑り落ちてしまったとき(自由惑星同盟の講和受諾:5巻風雲篇:急転)以降は、当面の目標としては、現実的には、(3)にならざるを得ないでしょう。ここで、エル・ファシルの独立の時点で、一応は(3)の状態が現出した、と考えます。
冒険風ライダーさんがわざわざ引用してくださった、「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」の記載は、一応(3)を志向するものです。(2)からすべり落ちて(3)の段階からも滑り落ちようとする段階の勢力にとっては、(3)の維持を図ろうとするのは、当然の現実的戦略であると思われます。
もちろん、ヤンの意図する(3)、つまり「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」のような「バーラト自治区」なるものは、形式的には(3)の達成であっても、実質的には(3)が達成されているとは言い得ない点で、確かに愚かであろうかと思います。この点に関しては、過去の議論等に関して異論はありません。

つまり、ヤンの考え方自体も、(2)の段階や(2)からすべり落ちようとする状況では(2)の維持を目指し、(3)の段階や(3)からすべり落ちようとする状況では(3)の維持を目指す、というものです。

<<ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。>

 いえ、同盟と袂を分かち、エル・ファシル独立政府に合流して以降のヤンは、己が考える「第一優先の」構想を以下のような形で明確に語っております↓
「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」の引用>

まあ、一応、私が考えの対象としておりましたのは、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」であって、ヤン自身ではないので、上の説明に矛盾はないかと思います。
また、上で説明しましたように、ヤン自身の考え方も、状況に応じて、(1)⇔(2)⇔(3)⇔(4)の四段階を、その段階を墨守するか、どちらかに一段階ずつスライドさせる(決して2段階飛び越したりせずに)、というものでしょう。

<B>私(パンツァー)の考えの根幹

「長征一万光年」っていうのは、銀英伝世界においても一種の異常事態であって、通常の選択肢として取りうるものではないように思うところです。
これは、国共内戦に敗れた国民党が台湾に逃れるとか、イギリスの清教徒がアメリカに新天地を求めるとかいうのとは、訳が違います。毛沢東の長征にしたところで、未知の土地を逃亡するわけではなく、農民勢力の存在する土地を辿って、共産党が逃亡するに過ぎません。
銀英伝の「長征一万光年」っていうのは、ベトナム戦争後のボートピープル(ベトナム難民)や、もっとさかのぼれば、大陸から船で日本列島に逃れてきた人々、みたいな感じに見えます。座していれば明らかな死が待つばかりだから、生きられるかどうかまったく不明な博打を打つだけの話のように思えるのです。

第二次長征一万光年を目指す艦隊が、帝国領と同盟領とを分かつ防壁(恒星群の宙域)のような領域に至ってしまえば、やはり、アーレ・ハイネセンらの流刑者が辿ったのと同じような損害を受けることになるでしょう。

そう簡単に、取りうる選択肢であるようには、思えないですね。

軍事的にまったく叶わない状況に陥っても、思想弾圧がきびしくて、共和主義者もしくはそう思われる者が、すべて流刑地にでも送られるような状況にならないと、やろうと言う気にならないとしても、不思議はないような気がします。

<B>イゼルローン要塞の移動化が実現する場合(銀英伝考察3を前提)

<つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?>
不沈戦艦さんによる上の指摘がありますが、イゼルローン要塞の移動化の意義は、冒険風ライダーさんが指摘されている通り、要塞主砲の移動化よりもむしろ、補給源の移動化にある、と考えます。
要するに、同盟の降伏後も、64箇所の補給基地に相当する(それ以上の)補給効果を、ヤン艦隊が得られることを意味します。
そうすると、状況的には、上で私が述べた、
「同盟が(2)の段階からすべり落ちようとするとき(帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時:4巻策謀篇等)」の状況に近いものとなるのです。そうすれば、「ヤンが(2)の段階を維持すべく、ラインハルトの殺害を意図する戦闘を行う」行動に出たとしても、不思議は無いはずです。この場合ももちろん、具体的には、帝国艦隊の各個撃破を目指すものであり、帝国が無視を決め込めない状況に追い込んでいくことになります。ラインハルトが自らに不利な状況で決戦に応じればよいし、決戦に応じてこないのであれば、帝国の威信を低下させることができるでしょう。

帝国としては、ヤンの一個艦隊に、少なくとも二個、望ましくは三個艦隊以上で立ち向かう必要があるでしょう。そうすると、二から三個艦隊が一組となるユニットを組まないと、艦隊を運用できないことになります。帝国が保有する艦隊数は、リップシュタット戦役後、15艦隊程度ではなかったでしょうか。帝国が攻勢作戦を取らない場合、このユニットごとに一星系を守備させるとしたら、イゼルローン回廊の蓋にも一ユニット必要なのでそれを除くと、4から6星系程度しか、守備できないことになるのではないでしょうか。
そうすると、帝国軍の実質的に支配する実質支配宙域(二から三個帝国艦隊の直接守備領域)と、帝国軍の支配力が部分的にしか及ばない緩衝宙域、その緩衝宙域の彼方にある同盟根拠地宙域、なる三宙域に、旧同盟領が分断されるものと思います。
もちろん、帝国は、10個艦隊程度を集中するなどして、同盟根拠地宙域に対する攻勢作戦を行うでしょうが、そのようなことをすると、後方の連絡線、補給線を急襲されて、作戦そのものを頓挫させられてしまうこともあるでしょう。また、実質支配宙域の支配が覆されてしまうかも知れません。
もともと旧同盟領は、帝国に対する忠誠の高い地域ではないのですから、同盟に寝返りやすく、一旦寝返ったなら帝国側は再び実質的な軍事的圧力(艦隊の派遣)等を加えないかぎり、再び占領下に置くことは困難でしょう。

こういう苦しい状況でゲリラ戦を戦い抜くことで、帝国軍が疲弊して、イゼルローン・フェザーン回廊の周辺部にまで撤退する日の到来を、待ち望むわけです。
ゲリラ戦で国土を守り抜く、というのは、現代社会の例であれば、ベトナム戦争だとか、アフガン戦争など、との対比ができるかもしれません。

<そもそもの「帝国領内での有人惑星への攻撃、非戦闘員の大量虐殺」は「ヤンの性格ならそれはない」というシロモノでしかないですから。>
<この「チキン・ラン」が実行された場合、言うまでもなく帝国軍の方が有利でしょうね。>

ヤンの性格うんぬんの話もあるでしょうが、帝国軍の方が結果として有利と分かっていれば、ヤンもこの種の虐殺戦術を採用しないでしょうね。
また、帝国の方が一方的にこの種の虐殺戦術を採用した場合は、帝国自体の内部分裂を誘うことができるかもしれません。そこまで一枚岩ではないでしょう、帝国は。

<C>イゼルローン要塞の移動化を無視する場合(銀英伝考察3を前提としない)

こういう話であれば、別に、ヤンと関わり無く、帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時(フェザーン陥落)以降に、同盟の方で船団を編成して、新天地を目指して出発させても良いわけですね。
ヤンはヤンで、その軍事的才能を活かして、同盟領からの帝国軍の撃退を目指してもらう、ということにして。

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[349] 「ヤンの戦略方針」にも合致する「移動要塞ゲリラ戦略」の脅威
冒険風ライダー(館長) [PC MSIE 6.0]男熊本2005/02/20 01:41:53[削除]
202.157.7.40 (gd202157007040.u17.kcn-tv.ne.jp)

<ちょっとこちらには、問題があるような気がしてきました。というのは、「移動要塞によるゲリラ戦を帝国領で実施した場合、帝国軍による移動要塞の捕捉撃滅は極めて困難」というのは全くその通りなんですが、「同等の報復」をされた場合、一体どうしたもんだろうかということです。つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?>

 これに関しては、私が以前にタナウツで議論した際の投稿が回答となるでしょう↓

銀英伝考察3 過去ログE 投稿No. 1840
<この辺りに関してはそれこそ「徹底的に無視する」というのが一番懸命な判断ですね。極端なことを言えば、移動要塞内で民主主義を実現させてしまえば、ヤンが理想としているであろう民主主義の理念は維持できるわけですから、外の世界がどうなろうと知ったことではないのですし。
 外の世界にとっては非常に迷惑な話でしかないでしょうが、そうでもしなければヤンは勝てませんし、ましてや民主主義を死守することなどできないのです。はっきり言って、勝利のためには少々の犠牲(!?)はやむをえない、と開き直るしかないのですよ。
 まああの面々がそんなことに耐えられる強靭な神経を持っているとは確かに思えないのですけどね。自分でもシミュレートしてみてあまりにも非現実的な想定だとは思いましたよ。しかしこんな想定でも「イゼルローン回廊内に閉じこもって回避不能の敗北を喫する」よりははるかにマシだとは思いますけど。>

銀英伝考察3 過去ログO 投稿No. 3683
<すっかり忘れ去られているようですが、同盟崩壊後は旧同盟領といえども法的にも道義的にも立派な「帝国領」であり、旧同盟市民にもまた「帝国民」としての権利と義務が認められます。そして帝国政府には、旧同盟領と旧同盟市民を統治する権利と共に、領土と国民を守る義務もまた新たに課せられるのです。そんなところでわざわざ「自国民」を人質策の同等報復として虐殺するなどという選択は、今後の旧同盟領統治や旧同盟市民の人心掌握の観点から見て明らかに自殺行為でしょう。追い詰められた旧同盟市民側が各地で叛乱と武力闘争を頻発させることによって、今後の統治に重大な支障をきたすことにもなりかねません。帝国が旧同盟領を統治するのではなく、何もかも全て破壊するつもりなのであれば話は別でしょうが。
 それに、実は移動要塞側にとっては、帝国領はもとより旧同盟領でさえも、最悪の場合は切り捨てても一向にかまわない対象でしかありえないのですよ。「民主主義を擁護する」という観点から言えば、極端なところ移動要塞内に居住する人間を除く全ての人類を滅ぼし、誰もいなくなった荒野に改めて民主主義を再建しても、それで充分に目的は達成されるのですから。旧同盟領に対してはひたすら帝国に対する憎悪を煽る宣伝を行い続け、帝国と旧同盟市民を対立させ続ければ、帝国側もそうそう簡単に同等報復に出ることはできないでしょうし、やれば自殺行為となります。仮に帝国側が移動要塞を滅ぼしたところで、前述のように旧同盟領の今後の統治に重大な支障が生じるのは確実ですからね。
 また、仮に万が一そのような事情を黙殺してまで帝国側が「自国民」に対して同等報復を仕掛けてくるというのであれば、予め「旧同盟領の惑星に対して同等報復が行われたことが認められた場合、交渉を行う意志はないものと見なし、我々はすぐさま惑星攻撃を遂行するものとする」といった類の条件を、脅迫する際に一緒に提示しておけば済むことです。そうすれば、移動要塞側が惑星攻撃を行うことになる責任の全てを帝国側に押しつけることも可能となりますし、場合によっては帝国政府内や帝国の国民などから和平を求める声が出てくる可能性すらも出てきます。
 最終的には移動要塞のみを国家として機能させていけば良いだけの「身軽な」移動要塞側と、旧同盟領をも含めた広大な領域を全て「統治」していかなければならない帝国との差がここで出てくるわけです。この差は、彼我の戦力差や戦略的格差などを全て覆すだけの巨大かつ圧倒的な政治的格差たりえるのではないでしょうか。>

 さらに付け加えれば、そもそも他ならぬヤン自身がわざわざ「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」などという「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」戦略方針を策定しているのであり、しかもその戦略の中では、将来的には「その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配する」ことが前提どころか当然視されてすらいるわけです。そうであれば、その「他ならぬ自分自身が見捨てた」はずの人間がどうなろうが知ったことではない、と考えることこそが「ヤンの戦略方針の一貫性」から見ても至極当然のことであるはずでしょう。
 しかも政治的に見ると、その手の帝国による報復戦略が発動された場合、「宇宙的規模の大量虐殺」の発生によって、結果的にはヤンが欲するであろう「その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配する」状況が出現することにも繋がるわけで、むしろヤンにとっては「己の戦略方針および政治予測にも合致する」願ったり叶ったりな話でさえあるはずでしょう。もちろん、帝国側は「ヤン側の戦略爆撃に対する報復措置であり、全ての責任はヤン側にある」と主張はするでしょうが、この場合、事実や真相はさほど問題ではなく、「帝国が俺達を虐殺しようとしている」という認識と解釈こそが最も重要となるのですし、すくなくとも同盟側に直接手を下すのは事実からしても「帝国」となるわけですから、「虐殺」される旧同盟領の人間の大半が憎悪の目を向けるのは、征服者に対する反発も手伝って、ほぼ確実に帝国とならざるをえないでしょうね。
 かくのごとく自分が望む方向に事態が進展していくのに、そして何よりもヤンは自分から率先して「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という戦略方針を打ち立てているというのに、何故そこで躊躇しなければならないのでしょうか? もしヤンがその性格故に、他ならぬ自分が見捨てた旧同盟市民に振り下ろされる「圧制と虐殺」に耐えることができずに帝国に屈するというのであれば、それはヤンを信じ、ヤンに付き従ってきた人達、そして何よりもヤン自身とヤンが考案した戦略方針そのものに対する重大な裏切り行為であり、「民主主義を擁護する」以前の問題です。
 本当にヤンが「民主主義の芽を後世に残す」と考えるのであれば、(ヤンの性格とは全く合致しないものであっても)これくらいのことは当然考慮し、また覚悟しておくべきなのですよ。そもそも「オーベルシュタインの草刈り」や、バーミリオン会戦時における「ミッターマイヤー・ロイエンタールによるハイネセン無差別爆撃降伏勧告」の事例を見れば分かるように、その手の「脅迫」の類は別に「移動要塞ゲリラ戦略」の有無に関わりなく出てくる可能性が高いものなのですし。そういうことに耐えられないというのであれば、最初から「民主主義を擁護する」などという「(ヤン自身の言によれば)願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない」信念など投げ捨て、とっととラインハルトに降伏なり帰順なりするべきだったのです。それこそが、あの時点では「ヤンの【性格】にも【人命尊重という信念】にも完全に合致する【最も賢明かつ戦争・流血が回避できる方策】であったことは間違いなかったのですから。
 ヤンは自分が立てた戦略方針がどういうことを意味していたのか、自分で全く分かっていなかったとしか思えないのですがね、私は。

親記事No.6268スレッドの返信投稿
board4 - No.6275

Re6268:「自筆ノート持ち込み可」の問題点

投稿者:冒険風ライダー
2005年02月26日(土) 13時50分

 少し遅くなりましたが、レスです。

<歴史の勉強に対して意欲を持てず、単位さえ取得できればいいという生徒の場合、通常の試験形態であったならば、どのような勉強をするでしょうか?やはり生真面目にノートをとる友人に頼み込んでノートを借り、コピーをとり、授業で強調されたであろう下線部分や色つき部分を重点的に暗記して(おそらく前日の夜の数時間だけで)試験に臨み、赤点さえ免れればいい、という勉強になるでしょう。これはそれこそ不毛な暗記ですよね。
 これに対して、自筆ノートを作る場合、誰かさんのノートコピーし、それを読み、重要と思われる部分を選び取り、書き写す、そして時間が許せば出題に対してどのように解答欄を埋めるか、彼なりに一生懸命考え、まとめ、(丸写しだとばれないように化粧を施して)当日に望み、用意した解答を読み、書き写す、、、実に多くのステップを要しています。思考し、書き取ることが必要とされるからです。>

 すいませんが、「これはそれこそ不毛な暗記ですよね」と「実に多くのステップを要しています」との間にいかなる格差が存在しているのか、私にはさっぱり理解できないのですけど。
 まず、「生真面目にノートをとる友人に頼み込んでノートを借り、コピーをとり……」というステップまでは両者共に同じなんですよね? で、そこから「授業で強調されたであろう下線部分や色つき部分を重点的に暗記して(おそらく前日の夜の数時間だけで)」と「それを読み、重要と思われる部分を選び取り、書き写す」に分かれるわけですが、そもそも「ノートを書き写す」こと自体、「おそらく前日の夜の数時間だけで」簡単にできる程度のことなのではないのですか? そして一方、一夜漬けの丸暗記でも「そして時間が許せば出題に対してどのように解答欄を埋めるか、彼なりに一生懸命考え、まとめ、当日に望み、用意した解答を読み、書き写す」という行為をやる人はやるのではありませんか? これでは、どちらも「思考し、書き取ることが必要とされる」ことに変わりはない、ということになりますよね。
 第一、このような論法を使えば、カンニングという行為だって「実に多くのステップを要しています。思考し、書き取ることが必要とされるからです」ということになってしまうのではありませんか? すくなくともカンニングで点数を稼ごうとする人は、「単位さえ取得できればいいという生徒」よりは、盗み見るであろう解答集を作成する手間を惜しまないでしょうし、カンニング行為がばれないような知恵を必死になって「思考」することでしょうからね(竜堂始の「あの」教育理論ではこの対策さえも無用なわけですが)。
 そもそも、「自筆ノート持ち込み可」という竜堂始の教育法は、「試験前に、どういう問題が出るか、生徒に教えるのである」という方針とセットになっているわけですから、事前にどんな対策を打つことも可能です。それこそ「古代ギリシアの都市国家について述べよ」というような「広範な知識・情報を求めるもの」であっても、たった一行か二行、下手すれば10~15文字程度で終わらせてしまうような解答集を作って配布すれば、多くの生徒はそれをただひたすら「何も考えず機械的に」丸写しさえすれば良く、あなたの言う「実に多くのステップを要して……」という過程すらすっ飛ばすことができてしまいます。これでは「一夜漬けの丸暗記」などよりもはるかに、生徒の学習意欲を殺がれてしまうことにもなりかねないでしょうね。
 竜堂始の理想主義的な教育理論など、不正行為の抜け穴だらけにして無効化させてしまう方法はいくらでもあります。他ならぬ自分自身の成績に関わることなのに、それに全く気づかないほど中高生は愚鈍ではないと思いますけどね~。

<科目間バランスを崩すとの指摘ですが、これはあまり意味がないでしょう。センター試験において、竜堂方式を世界史だけ適用・・・というようなことになれば、確かに不公平でしょうが、共和学院の世界史と日本史の間で平均点の格差があっても、単純な得点加算で足を切るセンター試験ではないのですから、評定は教科内における相対的位置でしょうから、日本史は日本史、世界史は世界史でしょう。日本史で評定8を取ることと、世界史で評定8を取ること、その為に必要なクラスにおける順位などがおよそ同じになるようにすればいい・・・これはまた教師の工夫や力量になると思いますが。>

 あの~、センター試験もそうですけど、基本的に「選択科目」というのは「社会科(日本史・世界史・地理など)」や「理科(物理・科学・生物など)」といったように「選択科目全てひとくくりで」他の必須科目と並べられ、総合評価が出されるものではないのですか? センター試験だけでなく、全国模試でも、学校内・学年内・クラス内の総合成績でも、そうやって生徒の順位は決定されていくのですから、必然的に「選択科目間の平均格差」は生徒にとっての死活問題とならざるをえないわけで、「評定は教科内における相対的位置」などというシロモノはせいぜい「選択科目内での赤点判定」くらいにしか役には立ちませんよ。
 第一、あなた自身も「日本史で評定8を取ることと、世界史で評定8を取ること、その為に必要なクラスにおける順位などがおよそ同じになるようにすればいい」などという論法でもって、「選択科目間で格差があってはマズイ」ということを暗に認めているではありませんか。「科目間バランスを崩す」ことが「あまり意味がないでしょう」というのであれば、そもそもそんなことをする必要などあるはずがないのでは?

<自分で努力してノートを作った生徒と、それを写して平素の努力を省略した生徒を同列に置くことになることを、カンニングとして嫌悪されてるのだと思います。が、これはこれで、試験後などにノートを回収してチェックするなどすれば、かなり掴めるのではないでしょうか?教師がまめに図書館などに足を運ぶことも、実態把握に役立つでしょう。>

 それで仮にノート丸写しの実態が明るみに出たとして、では教師側は一体どういう理由でもって生徒に処罰を与えるのですか? 「自筆ノート持ち込み可」を認証しているのは他ならぬ教師側ですから「カンニング行為だからダメ」という論法は当然使えませんし、記述式だから同一の解答が複数個出たらダメ、ではあまりにも横暴というものです。
 第一、あなたの言によれば、「自筆ノート持ち込み可」は「実に多くのステップを要」し、「思考し、書き取ることが必要とされる」「調べ、考え、まとめ、論述する力を養う上で、とても有効な試験方法」であるはずなのでしょう? その丸写しした生徒達は、当然その「とても有効な試験方法」に基づき、自分達自身の手でノートを作成していることにもなるわけですが、その「努力」は評価しなくて良いのですかね?

<竜堂始のやり方に苦情を申し立てた「優等生」、他大学を受験する成績優秀な・・・ろくに年号を覚えさせない・・・というところから、始の授業内容が受験対策に向かないということへの苦情であることを容易に想像させます。不正行為の横行を告げ口したのであれば、高等科長はそれこそ鬼の首を取ったように高圧的に解任したでしょう。しかしそれは同時に、始が平素の授業において、生徒に歴史の面白さを感じてもらえるように工夫し、丸暗記や受験対策から外れて、「脱線」が多いことを思わせます。>

 「生徒に歴史の面白さを感じてもらえるように工夫」さえすれば「授業内容が受験対策に向かないということへの苦情」を無視し、かつ「不正行為の横行」を許しても良い、ということにはもちろんなりませんよね。それが答えなのではありませんか?

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