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投稿ログ80 (No.1452 - No.1469)

board1 - No.1452

↓ほかの掲示板にも来ていたね

投稿者:本ページ管理人
1999年07月01日(木) 18時24分

 別に強権発動するほどの事でもないから消しはしませんがねぇ……

 現在また忙しくなってしまったのでカキコミはしていませんが、毎日管理はしています。

 レス書きたいログなんかもあるのですけど…

board1 - No.1453

14000台分の計算根拠

投稿者:はむぞう
1999年07月02日(金) 11時53分

以前書きました「85,000の騎兵を並べるのに最低でもトラック約14,000台」という計算の根拠です。

馬を運ぶ馬運車というものがあるのですが、私の知っているものは荷台に4~5頭乗るタイプです。車の全長約10m、全幅約2.5mです。ただこれは隙間なく詰めた場合の頭数なので、多少ゆとりをもたせて馬運車1台の駐車スペースに6頭くらい入るのではと考えて計算しました。乱暴な計算ですが、単純に11×3=33平方メートルで6頭と計算すると、85、000頭÷6頭=14,166.66…となり、33平方メートル×14,166=467,478平方メートルになります。これを坪に換算すると約141,660坪になります。また100mの幅でならべたら4,674m、10mでは約46.7kmです。

これは人間が乗っていられるギリギリまで詰めた場合ですので、実際にはもっと面積が必要になるでしょう。馬は群れを作る動物ではありますが、馬によっては近づかれるのを嫌い蹴ったり噛んだりする癖のあるのも結構います。また大変臆病な生き物でちょっとしたことでもひどく驚いて暴れ、しかも1頭あばれると伝染して次々と暴れ出すこともしばしばです。また陣形など無視した計算ですので、実際には33平方メートルで4頭くらいかそれ以下のほうがいいかもしれません。

これを元にトゥラーン軍を計算すると、160,000頭÷6頭=26,666.66・・・で33×26,666=879、978平方メートルです。約88万平方メートルです。これは100mの幅で8,800mということになるでしょう。でもこれも現実的な余裕を持たせると、さらに1.5倍以上の面積と言うことになるでしょうか。すると132万平方メートルということになりますね。

ただこれには替え馬は計算に入っていませんし、歩兵も除外されています。またそのほかの物資の占領するであろう面積も考慮に入ってません。替え馬はモンゴル軍は、1人につき6頭といわれていたらしいので、パルス軍はともかくトゥラーン軍はそれくらい連れていたのではないかと思います。

また前回の書きこみでは、人口に占める兵士の割合が多いというのではなく、これだけの兵士を出せる人口を食べさせられるのかということを言いたかったのですが、うまく伝わらなかったようです。文章力不足を反省してます。

board1 - No.1454

とりあえずちょっとだけ

投稿者:本ページ管理人
1999年07月02日(金) 17時17分

No.1446P125上段
><一九〇四年から五年までの日露戦争で、日本軍は「規律正しく、よく国際法を守るりっぱな軍隊だ」と諸外国から賞賛された。それからわずか三、四〇で、日本軍は、野獣の群れにまで堕ちてしまった。日本軍だけでなく、おそらく大多数の日本人が変わってしまったのだ。一九三〇年代の人気作家が書いた文章を読んでみると、「あの薄よごれた中国人どもと、高貴な日本民族とが、同じ平等な人間であるはずがない」とか「日本が幸福になるために他の国が犠牲になるのは当然だ」とか書いてある。この作家はたぶん正直だったのだろう。だがその正直さは、高貴さとは何の関係もない。

 まず、この「諸外国」ってのが曲者ですね。おそらく、当時の諸外国のメインはアメリカやイギリスだったでしょうから。日露と大東亜戦争では友好関係が180度違います。また、前に話題が出ていたと思いますが、これらの国は味方が敵になったとたん思いっきり評価の手のひらを返すことで有名ですからね。

 あと、「一九三〇年代の人気作家」などと匿名にするのも謎ですね。漱石や芥川は実名で使っているくせに(笑)。やましいことがなければ実名で批判してもいいはずですけど。

board1 - No.1455

的確な指摘

投稿者:本ページ管理人
1999年07月02日(金) 17時56分

終『「みんなに責任がある」というのは「誰にも責任がない」というのと同じだもんな。これ以上の無責任はないよな。』
続『終君、どうしたんですか、えらく的確な発言ですよ、それは。』
始『まったく終のいうとおりで、「みんなに責任がある」というのは、責任の所在をごまかすために最高責任者が使う詭弁なんだ。(後略)』
(創竜伝10 P229)

 大蔵省の住専対応を揶揄するセリフですが、タワゴトばかりの最近の田中芳樹の政治認識の中では、おそろしく的確な発言だと思います。
 同時に田中芳樹自身の思想を解体する的確さをも持っています。

 まず、『「みんなに責任がある」は詭弁』論ですが、この論法を普段使うのは、田中芳樹がいうところの「リベラル」派ではなく、「御用文化人」…もとい「保守」派である事に留意する必要があります。巻町の原発反対の住民投票や沖縄の基地反対住民投票のような直接投票を批判する論法です。つまり、『「みんなに責任がある」というのは「誰にも責任がない」というのと同じであり、従って「みんなに責任がある」としなければ成立しない住民(直接)投票はきわめて無責任な制度だ』というものですね。

 事態はそれだけに止まりません。『「みんなに責任がある」というのは「誰にも責任がない」』というのが正しいのならば、そもそも民主主義自体が詭弁的な思想と言うことになります。ちょっと前にヤンと民主主義についてのログがありましたが、誰かに責任を押しつけるのではなく、市民一人一人に責任を持つのが民主主義なのですから。そういえば、ヤンはだからこそ、ラインハルト独裁にあえて背を向け、民主主義を選択したのでしたね。

 本質的に『最高責任者が「みんなに責任がある」と責任の所在をごまかせない』制度というのは、ちょっとラインハルト的専制政治しか思いつきません。少なくとも私は。
 住専問題でのあの論法は、議会制民主主義だからこそ出てきたものだと思います。

board1 - No.1456

続・パルス国の第一産業・貿易分析と、Re1453

投稿者:冒険風ライダー
1999年07月02日(金) 19時01分

<前回の書きこみでは、人口に占める兵士の割合が多いというのではなく、これだけの兵士を出せる人口を食べさせられるのかということを言いたかったのですが>

 ではパルス国の第一産業について少し考えてみましょう。
 それとNo.1450の投稿で言い忘れていた事がいくつかありましたので少し補足を。

 パルス国を支える第一産業として、農業・狩猟・畜産・漁業の4つが考えられます。
 まず、パルス国にとってどれだけ「漁業を除く第一産業可能領域」があるのかを計算してみましょう。パルス国の領土面積は143万k㎡とします。そのうちパルス中央部よりやや南よりの地域に位置するニームルース山脈より南は
「点在するオアシスのほかには砂漠と岩場と草原が多く、森はない」(アルスラーン戦記2 P16)
そうでして、その「砂漠と岩場と草原」の割合を国土面積の40%とします。そこから「点在するオアシス」周辺と、ニームルース山脈を源流とするオクサス川流域は比較的農業生産ができるとのことですので、この「農業生産可能領域」を国土面積の10%とし、上記の「砂漠と岩場と草原」の部分の面積を求めると
1430000 × (0.4 - 0.1) = 429000
となります。また「砂漠と岩場と草原」のうち、草原では馬の飼育が可能そうなので、「砂漠と岩場と草原」の比率を50:30:20と仮定して計算すると
429000 × 0.2 = 128700
で、これはとりあえず畜産面積として数えるとして、実際の「不毛な領土」は
429000 - 128700 = 300300
であり、残りの面積は
1430000 - 300300 = 1129700
となります。なお、ニームルーズ山岳地帯の南には獅子・雪豹・象がおり、北には熊や狼の姿が見られるとの記述があることから、当然草食動物などの狩猟の獲物もかなりいるものと思われます。

 次に街や村の面積を除外します。パルスの首都エクバターナは100万人、ギランが40万(アルスラーン戦記6 P31)の人口を抱えている以外は詳細不明ですが、パルス国には「領地と私兵をもつ諸侯」が100人ほどいるそうなので(アルスラーン戦記2 P20)、これらの諸侯の都市の人口をだいたい10万人前後と仮定します。すると残りの人口は
20000000 - (1000000+400000+100×100000)
=8600000
このうち700万を人口1万の街に、のこりの160万を人口1000人の村にそれぞれ割り当て、700の街と1600の村があると仮定します。
これらの都市・街・村の面積を国土面積の20%と仮定すると、
1430000 × 0.2 = 286000
となり、上記の面積を引いてみると
1129700 - 286000 = 843700
以上がパルス国における「漁業を除く第一産業可能領域」となります。
 それにしても「仮定」ばっかりだな(笑)。しかもかなり適当だし(^^;;)。情報がほとんどないから「書かれていない部分」を可能な限りの想像力でおぎなったのですけど、ちょっと無理があったかな? まあその辺はご勘弁をm<(__)>m。

 これだけの面積があれば、パルス国人口2000万を養うだけの食糧は充分に確保できると思います。山岳地帯の多い日本の戦国時代でも1800万~2000万石の収穫があったことを考えれば、品種改良が不充分な当時の作物による収穫でも十分すぎるほどの領土ではないでしょうか? 人口も2000万人ですし、人手は充分でしょう。奴隷をこき使うという手もあるし(^-^)。
 また狩猟については、パルスには5大猟場が存在するそうですし(アルスラーン戦記4 P151)、それ以外でも狩猟が可能な所はかなりあったでしょう。何よりも今とは比べものにならないくらいの数の獲物がいたであろうことは容易に想像できます。
 漁業はパルス南部の海とパルス北部のダルヴァント内海で可能です。ダルヴァント内海の面積は東西180ファルザング、南北140ファルザング(アルスラーン戦記 P53)という記述があるので、平行四辺形とみなしてそこからおおよその面積を計算してみると
(180×5)×(140×5)=630000k㎡
これは日本よりも大きな面積です。しかも塩分を含み、潮の干満もあるとの記述もありますから、ほぼ海と変わらないとみなしてよいでしょう。生態系まではさすがにわかりませんが(カスピ海あたりが参考になるかな?)、やはり海並に魚が獲れるのではないでしょうか。
 問題は畜産ですね。これは例の馬の問題ともかかわってきますし。馬についてはトゥラーンからの輸入なども考えたのですが、トゥラーンがどのくらいの馬をもっているかが問題になってくるし。さすがにこれについてはわかりません。知識もあまり詳しくないし。ただ、2000万の人口を養うという目的ならば、他の第一産業とも合わせて充分に可能であるとは思いますが。

 あと、貿易について少し補足を。
 前回の投稿では海上貿易ばかり取り上げていましたが、よく考えたらパルスの貿易は大陸公路による陸上貿易主体ではありませんか(すくなくともアンドラゴラス三世の時代は)。まあ貿易に対する考え方が今と全く違うというのは同じでしょうけどね。
 陸上貿易で考えてみると、確かに敵対国を通過する貿易は難しいでしょうね。もっともこれは、戦争当事国を通らなければいいだけの話ですが(例えばシンドゥラとパルスが戦争していたら、チュルク領を通るなど)。特にトゥラーンは
「平和な時代には、広大な領土内を通行する隊商から税をとり、銀山や岩塩鉱や交易都市からの収益によって財政をささえている」(アルスラーン戦記5 P33)
という記述から、掠奪と共に貿易による利益が国を支えていると解釈できます。隊商が敵対国に行くからといってそれをいちいち止めていては、隊商がトゥラーン領土通行をさけるようになってしまい、自分たちの首をしめてしまうことにもなりかねません。だから戦争時を除いて、敵対国と関係なく陸上貿易も常時可能だったのではないでしょうか? 道はひとつではないのですし。
 ただし大陸公路の中継地であるパルス自体が何らかの理由で通行不能になってしまえば話は別ですが。

<これを元にトゥラーン軍を計算すると、160,000頭÷6頭=26,666.66・・・で33×26,666=879、978平方メートルです。約88万平方メートルです。これは100mの幅で8,800mということになるでしょう。でもこれも現実的な余裕を持たせると、さらに1.5倍以上の面積と言うことになるでしょうか。すると132万平方メートルということになりますね。>

 ご教授ありがとうございます。しかしすごく長い隊列ですね。代え馬まで入れるとどこまで長くなるのやら。ペシャワール城を包囲する時は隙間もないほど完全に囲んでいたのではないでしょうかね。

<ただこれには替え馬は計算に入っていませんし、歩兵も除外されています。またそのほかの物資の占領するであろう面積も考慮に入ってません。替え馬はモンゴル軍は、1人につき6頭といわれていたらしいので、パルス軍はともかくトゥラーン軍はそれくらい連れていたのではないかと思います。>

 仮にモンゴル軍と同数の代え馬を用意したとすると、トゥラーン軍はパルス遠征に100万近くの馬を引き連れていた事になります。最盛期のモンゴルでさえ兵力10万・代え馬50万ほどが限界だったのです(過去ログNo.1180参照)。トゥラーン軍の兵力16万と私が算出した馬の数64万頭でさえ、いかに現実離れしているかがおわかりいただけるかと思います。
 さらにどうやって遠征軍を維持するのか? 特に馬の餌ですね。トゥラーン国内であれば草原地帯が広がっているでしょうから何とかなるかもしれませんが、いったん国外にでるとトゥラーン領内ほどには草原地帯はないのですから、馬を殺していきながら進軍するか、大量の飼料を用意して進軍するしかありません。飼料を用意するとしてもどれくらいの物量になるのか。しかもそこまで犠牲を払ったパルス遠征の目的が「単なる大規模な掠奪」ではちょっと割にあわないのではないかと思うのですが。
 なお、トゥラーン軍は全軍騎兵で構成されており、歩兵は存在しません。

 それにしてもアルスラーン戦記は結構想像力を働かせられる余地がありますね。あんな無理な想像でも何とかなるし。創竜伝のストーリー矛盾はこうはいかないもの(フォローする気もおきないけどさ)。

PS.ところで、前回No.1450の投稿にて、新Q太郎さんの「さん」が抜けている個所がありました。ケアレスミスとはいえ、非常に失礼な形になってしまった事をこの場を借りてお詫び致しますm<(__)>m。

board1 - No.1457

威勢のいいタイトルに惹かれてこのページに来ましたが

投稿者:maske
1999年07月04日(日) 16時38分

思ったより面白くなかったです。
ちなみにREAD MEのランキングからです。

理由は評論(?)というには客観性にかけていることと
根拠としている資料の量が少なく、説得力に欠けているからです。
どうせ批評するならば創竜伝だけでなく
田中氏の全ての作品(デビューから最新作まで)を取り上げ、検証したほうが説得力があると思います。
だってHPのタイトルが「田中芳樹を撃つ!」なんですから。
このままなら「創竜伝を撃つ!」に変えた方がいいと思います。

board1 - No.1458

つけたしです。

投稿者:maske
1999年07月04日(日) 16時43分

「このホームページの意図について」のリンクがおかしくなっています。
ファイル名を頼りにしてなんとか読むことが出来ましたが、
トップページのリンクからとべなくなっていますのでどうか管理人さん直してください。
もし修正が完了しましたならこの書きこみは消してしまってもいいです。余計でしょうから。

board1 - No.1459

ご感想ありがとうございます

投稿者:本ページ管理人
1999年07月04日(日) 18時34分

>だってHPのタイトルが「田中芳樹を撃つ!」なんですから。
>このままなら「創竜伝を撃つ!」に変えた方がいいと思います。

 なぜ「創竜伝を撃つ!」でないかは、掲示板の過去ログを読んでいただけるとわかりやすいかと思います。

>「このホームページの意図について」のリンクがおかしくなっています。

ご指摘ありがとうございます。早めに修正させていただきます。

board1 - No.1460

Re.1456、トゥラーンの遠征目的

投稿者:はむぞう
1999年07月05日(月) 11時18分

食料の生産性については、私自身には冒険風ライダーさんの意見を覆すほどの知識はありませんので、なるほどと納得させていただきました。ただ馬の問題については、輸入はないと思います。定住はしているものの仮にも騎馬民族というのであり、また歩くよりも早く乗馬をおぼえるというパルス人(8巻P176)なのだから、輸入に頼らずとも生産できたであろうと思います。

それと貿易について少しだけ。
実際の歴史上、シルクロードや海の道や草原の道での交易で取引されていたのは、絹織物や香辛料や宝石、貴金属、陶磁器のたぐいだったようです。王侯貴族などを対象にした贅沢品がメインだったようです。ギランの総督の説明にも異国の商船が宝石や真珠や象牙、白檀、竜涎香、茶や酒、陶器、絹、各種香料などを献上する云々の記述(6巻P37)がありますので、アルスラーンの世界でも同様ではと思われます。当時の技術では生鮮食料品は無理でしょうが、あまり日常の食料品は中心ではなかったように感じます。

> さらにどうやって遠征軍を維持するのか? 特に馬の餌ですね。トゥラーン国内であれば草原地帯が広がっているでしょうから何とかなるかもしれませんが、いったん国外にでるとトゥラーン領内ほどには草原地帯はないのですから、馬を殺していきながら進軍するか、大量の飼料を用意して進軍するしかありません。飼料を用意するとしてもどれくらいの物量になるのか。しかもそこまで犠牲を払ったパルス遠征の目的が「単なる大規模な掠奪」ではちょっと割にあわないのではないかと思うのですが。

上記のこれについてですが思いついたことがあります。
食料も替え馬もすべて現地調達するということで、わずかな食料と身の回りのものだけを持って遠征してきたというのはどうでしょうか? パルスは騎馬民族の国だから馬はたくさんいるはず(仮定)だし、そもそも略奪目的なのだから馬を随時奪っていけばよいというのはいかがでしょう。これなら替え馬は不要とまではいかなくても、かなり減らせます。ついでに食料も不足した都度、村々を襲って奪うというものです。それと馬の餌についても、結構なんでも食べるようであまり良くないけど肉類までも食べさせれば食べるし、ある程度粗食にも耐えるようです。今の馬は食べ過ぎ、栄養過多ぎみだという話を最近聞きました。第2時大戦末期に騎兵として従軍していた人の話なのですが、その人の部隊だけかもしれませんが、最後はすべて現地調達となったそうです。自分の食べ物も馬も馬の餌も全部だったそうです。馬が過労で死んだとき、上司に報告すると「そこらへんの村にいけばいくらでもいるだろう。明日の朝までになんとかしておけ」という返事だったそうです。ううむ、こういうのは創竜伝の日本批判のネタになりそうだ。

また目的ですが、遊牧民は厳しい気候や疫病で家畜が大量に死亡すると農耕社会に侵入して略奪したという現実の歴史がありますから、トゥラーンの場合もこれが原因とは考えられないでしょうか。8巻ではチュルク王は攻略する意味のない貧しい土地と言ったり、遊牧以外の産業がないとも記述されています。その産業の中心の羊やヤギがいなくなっては生活がなりたちません。交易するにしても商品がなくては始まりません。だから死活問題として、国力すべてをかけて遠征を強行したと考えてはどうでしょうか。

遊牧民の定義では「略奪」は悪ではないとなっているそうです。なぜなら遊牧民の生活では余剰物資というものは存在せず「蓄え=余ったもの=不要なもの」となり、つまりはいらないものを分けてもらうだけという考え方になるそうです。余剰物資が発生しない理由としては生活が厳しいこともありますが、遊牧は定期的に移動を続けねばならないので必要最低限のもの以外は邪魔という考え方からきているようです。だから必要になったらその都度、「余っているところ」から必要分だけ分けてもらうと言って、略奪をしていたといいます。

これなら国元に女や子供や老人が大部分を占める数万の民を残しただけ(6巻P102)で、強引にパルスにせめてきたと納得できるのではないでしょうか。そもそもは豊かなパルスの混乱に乗じて、適当に略奪したらさっさと引き揚げるつもりで、長期戦のつもりはなかったのではないかと思います。即位したばかりの国王トクトミシュが「国を富ませる」と約束したのも、前国王時代に家畜が激減し国の存亡の危機に陥ったのを利用して即位したからと考えると、その約束を実行するために遠征軍を編成し、国民も国力から考えて無謀に見えるのに従ったという図式ならすんなりいくのではないでしょうか。そうでなければ16万もの軍を出した後には数万の民しか残らないというのでは、万一失敗したときを考えると恐いと思うのですが。だから思いがけず長引き自軍が負けてくると、6巻のP97のイルテリシュの「負けたらトゥラーンが地上から消える」やクバートの「死兵というやつだ」のせりふにつながるかと思います。ということはトゥラーンの人口は20~30万人と言うことになるのかな? 最盛期の元でモンゴル人は100万だったというからそんなものなのかな?

なんだか無理な発想、強引な論法の部分も多いことは承知してますが、こう考えれば少しは納得いかないでしょうか。ただ馬以外は専門外ですので間違っている部分があったらすいません。

board1 - No.1461

東西貿易、ちなみに

投稿者:仕立て屋
1999年07月05日(月) 13時00分

 アルスラーン戦記世界モデルの現実では、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)などは中国との貿易に、海上ルートも確立していたので(ペルシャ世界を迂回)、経済的独占はそれ以前ほどではないかもしれませんね。また、首都の100万都市は、国際都市(長安とか)とするならまあ良いとしても、地方で10万都市がそんなにも林立している状況は当時ありえるかな、とは思います。それに、主食はおそらく、小麦の加工品だと思われる(違っていたらスマン)ので、米と比べて人口支持力はいくらか落ちるものと想像されます。日本の場合、温暖多湿であるし、海の幸、山の幸に恵まれていたという環境もあると思います。それでも同時代、日本の人口は600~700万人ぐらいじゃなかったでしょうか。まぁ、物語ではそういう設定にしているということで問題はないと思いますがね。

board1 - No.1462

はじめまして。

投稿者:TAKAKO
1999年07月05日(月) 15時57分

私は、「創竜伝」が大好きなのですが、この「田中芳樹を撃つ!」の存在に出会えて嬉しく思います。(ビックリ!もしましたヨ。) 精神世界の対立は、人間の特権ですね。皆さんの意見から勉強させて頂きます。機会があれば、掲示板に参加したいと思います。よろしくお願いします。

board1 - No.1463

法的問題とヤン・ウェンリー

投稿者:satoko
1999年07月05日(月) 16時38分

フィルさんへ
いろいろ教えていただいて、ありがとうございます。三浦和義ロス疑惑についていろいろ調べてみましたが、とても興味深かったです。m(--)m

で、それを調べてから「宴のあと」事件また、柳美里の判決について詳しく調べてみた所、これらは名誉毀損とは違ったもののようです。ごめんなさい。
あと私の書き方が悪くて、冒険風ライダーさんやその他の方に誤解を与えてしまいましたが、判例法が適用されると思われるのは、民事裁判においてのことで、刑法の名誉毀損罪ではないのです。損害賠償を伴う民法上の名誉毀損で敗訴になる事は十分にあると考えられますが、刑法はあくまで、罪刑法定主義の狭義の法とされているので、表現の自由が憲法で保障されている中で名誉毀損罪が適用されるまで行くかどうかは・・・う~んとおもってしまいます。その辺はもっと詳しい方の判断に委ねたいと思います。

で、柳美里や三島由紀夫の判決なんですが読んでみると名誉毀損ではなく、あくまでプライバシーの侵害というものが全面的に認められたもののようです。名誉毀損というものは、本人がどう思うかではなく、社会的にその表現が事実に基づいたものではなくその人物の評価を下げるものであった、というもの。プライバシーの侵害はあくまで本人が公に私事をばらされる事でどのように感じたかという事に重点を置かれています。

田中氏の文章は名誉毀損にはなっても、プライバシーの侵害には当たらないと思う。つまり、柳美里の判決が創竜伝で適用される事はないと考えます。(かさねがさね冒険風ライダーさんごめんなさい。)

ちなみに三浦和義氏が名誉毀損訴訟で勝訴になった大きな要因の一つに「氏を犯人であると決め付けることで世間の人に判決の方が間違っているのではないかという疑いを持たせるものであった。」というものがあります。ふ~ん、なるほどね~(にやっ)とする人いるかな~(笑)

ベルセルアイクさんへ
レスが遅れてすいません。そんなつもりはないのですが言葉がきつくなったらすいません。

銀英伝は架空歴史小説ですし、その解釈は広くていいと思うのですがベルセルアイクさんの解釈でどうしても理解できないのは「ヤンが民主主義は死んだと判断した。」ということと「自主的に同盟を倒す側に回った。」という点です。

ベルセルアイクさんがおっしゃるようにヤンがそれほどの冷酷な部分を持っていたなら、彼の目的を果たすのに一番手っ取り早かったのは同盟でクーデターが起こった時点でヤンはラインハルトの策謀と見抜いていたわけですから、片棒担いでしまえばよかったわけです。でもそうしなかったのはなぜか。それはヤンが救国軍事同盟に言った言葉にあると思います。

「政治家がリベート(つまり個人的な欲求を満たすもの)は政治家個人の腐敗であって政治の腐敗ではない。政治の腐敗とはそれを指摘する事のできない状況になる事だ。」

つまりこれが彼の民主主義が死んだかどうかという基準であると思います。それを考えた時、ヤンがシャーウッドの森を作っておいたり、また同盟を脱出した後に同盟への復帰を最後まで望んでいた理由はあくまで同盟をつぶす事ではなく、民主主義を殺してしまう要因である帝国に対抗するためのものであったものだと私は考えます。

あともう一つの「自発的に行動したか」という点では、前回も書いたと思うのですが「シャーウッドの森を作っておく事自体無駄になるかもしれない。」というヤンの発言の通り、特に何かの要因がなければヤンは動くつもりはなかったんだと思います。そういう状況に追い込まれての、ある意味仕方ない行動であったと思うんですが・・・。

ホントにいろいろな解釈のできる銀英伝。奥が深いですね。(^^)

board1 - No.1464

ほっんとごめんなさい!

投稿者:satoko
1999年07月05日(月) 16時47分

ベルクアイサルさんへ

名前をベルセルアイクさんとまちがえてしまいましたほんとごめんなさ~~~い。ベルセルクのよみすぎです。(笑)ほんとごめんなさい。

board1 - No.1465

参考になるかどうか

投稿者:本ページ管理人
1999年07月05日(月) 17時02分

 主要交通機関が馬車や帆船の世界では、だいたい平方キロメートル当たりの人口密度が3~20人ぐらいのようです。
 ちなみに、3人/平方キロは大体現在のカナダ程度、20人/平方キロは現在のスウェーデン程度です。現代日本の人口密度は320人/平方キロ、東京都では5400人/平方キロ程度だということです。ですから、当時の日本の人口が600~700万人という仕立て屋さんの説はおよそ妥当な線だと思います(ってちゃんと資料当たればいいんだけど)。

 人口密度10人/平方キロメートルを前提とした場合、平均的国家の人口と広さは次のようになります。国家規模は中世国家の参考です。

1万人  1000平方キロ(広さは東京都の半分程度。国家規模は地方の豪族程度)
10万人  1万平方キロ  (広さは岐阜県程度。国家規模は江戸時代の小藩程度)
100万人  10万平方キロ  (広さは北海道より少し広い程度。国家規模は中世日本や中世ヨーロッパ諸国。ルシタニア?)
1000万人 100万平方キロ (広さは現在のエジプト程度。国家規模はローマ帝国や中華帝国。パルス国はここでしょう)
1億人   1000万平方キロ (現在の中華人民共和国程度。国家規模はモンゴル帝国)

 で、パルス国ですが、今までの掲示板を参考にすると、人口2000万、領土が143万平方キロ、ということですので、人口密度はおよそ14人/平方キロということで、中世国家としてはかなり肥沃な国であることがわかりますね。
 以上のように考えれば、地方で10万都市がそんなにも林立している状況は江戸時代の封建制のようなものであり、決してあり得ない状況ではないと思います。

board1 - No.1466

ただ

投稿者:本ページ管理人
1999年07月05日(月) 17時10分

つまらないことですが、この規模の国家になると、もはや多民族国家にならざるを得ないでしょうから、「パルス王国」というよりかは「パルス帝国」ではないかと。

board1 - No.1468

いろいろ

投稿者:本ページ管理人
1999年07月05日(月) 17時36分

>TAKAKOさん

はじめまして。よろしくお願いします。私のコンテンツに興味を持っていただけたのでしたら、ちょっと大変ですけれど(もうメガ単位)過去ログに一通り目を通されることをおすすめします。量は多いですけれど、中身は興味深い論議なので意外とあっさり読めると思います。

>No. 1463

>田中氏の文章は名誉毀損にはなっても、プライバシーの侵害には当たらないと思う。つまり、柳美里の判決が創竜伝で適用される事はないと考えます。

 「宴のあと」も柳美里の小説もキャラクター自体はあくまで「フィクション」なんですよね。それがプライバシー侵害になるというところが興味深いですが… 創竜伝は質ではなく量で助かっていると思います。

>「政治家がリベート(つまり個人的な欲求を満たすもの)は政治家個人の腐敗であって政治の腐敗ではない。政治の腐敗とはそれを指摘する事のできない状況になる事だ。」

つくづく銀英伝と創竜伝の間に田中センセにナニがあったのかと思ってしまいます。

>これが彼の民主主義が死んだかどうかという基準

 ヤンの民主主義の定義ってのは結構重要なテーマだと思います。ちなみに、上のヤンの言を民主主義の定義とするならば、たとえばラインハルト独裁はどうでしょう? おそらく同盟末期より風通しは良いと思いますが。

board1 - No.1469

Re:1468

投稿者:satoko
1999年07月05日(月) 22時41分

管理人さんへ
>フィクション
柳美里や「宴のあと」はモデルになった人が、「明らかにその人物と特定できる。」というてんでは、創竜伝も同じ事なんですけど、前者2つは「現実にあった私事をその人物(モデル)にかぶせて公にされた。」という点でプライバシーの侵害になったようです。

で、創竜伝での明らかに分かる中曽根元総理や渡辺読売新聞社社長なんかはずいぶんなか書かれ方ですが(笑)、公に知られている事意外の部分で、私事をばらしちゃうというかそういうのがない(というか、知る訳がない)点でプライバシーの侵害には当たらないんじゃないかなと思います。

>ヤン
ヤンは何度か同じような事を言うんですが「最悪の民主政治でも、最良の専制政治にまさると私は思っている。」で、だからラインハルトの政治は最良のものだとわかっていながら戦うと。
まあ、それに対して「だが市民が自発的意志で専制政治を選んだときどうするのだ。」というパラドックスで悩んだりもしてるんですが。

ヤンが魅力的なのは、常に何かにすがって自分の正義を信じきるような事をしないその姿勢なんですが、その辺は個人のもので多数論ではないんですが・・・。

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