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投稿ログ72 (No.1308 - No.1322)

board1 - No.1308

アルスラーン戦記の新刊

投稿者:石井由助
1999年06月03日(木) 16時54分

>発売日は7月25日の予定らしいですんで、10>月くらいでしょうか。

わははは。本人が見ているかどうかわからないですけど、いろいろなところでこんな事を書かれていて、何とも思わなかったらプロじゃないよ。

>まさか出すはずがないと思ったので驚いてます。
>ちなみに情報源はここです。>ttp://www2.sega.co.jp/bbs/c/comic/50_osmkdr_ALL.shtml


おもしろかったです。必見。

 ところで、余談ですけれど、最近このサイト、どこかに紹介されましたか?
 アクセス数が急増しているんで、ちょっとびっくり。

board1 - No.1309

さらに後出しで申し訳ないです。スマン

投稿者:仕立て屋
1999年06月03日(木) 23時37分

 管理人さん、ご苦労様です。遅れ馳せながら40000ヒットおめでとうございます。

 ご発言、1281、1282について、すこしだけ付き合ってください(やめると言っときながらもうしわけないっす。単なる揚げ足取りでうざったく見えるかもしれませんが、重要だと思います)。

>では、もしコンテンツ8に小林氏との対比がなかったら、このコンテンツやこのサイトの説得力はなくなりますか?

 いえいえ、そんなことは決してありません。十分、説得力がありますよ(基調として私、管理人さんのスタンスとコンテンツ8の主旨を理解しておりますし、同調いたします<今までの私の発言を見ていただければ自明ですか?)。ただし、この反論はよく考えていただければ、おわかりになるはずですが、ちょっと、不可思議です。批評家がある命題について論じる際、具体例あげて主旨補強をするのはよくあります、ってゆうか、普通です。そこで、管理人さんの論調をこれに当てはめると、その具体例を外した場合、この批評家の主張は説得力が欠けるか?とおっしゃってるのと同値ですよね。そんなはずが無いことは自明であって(主張に無理が無ければの話ですが)このような反論をなさるのはほんと不可思議でなりません。ところで、管理人さんにお尋ねします。主旨と具体例が概念的に同一のことを意味していなければ、具体例は具体例として機能しないってのは同意されますか(たとえば、コンテンツ8の主旨と小林、田中の比較を採用なされた際の管理人さんの意図としては、概念的にその主旨と相通ずるからでしょう?もし、これに同意なされないのなら私の主張は根本から、すれ違いってことになるので、このままフェイドアウトいたします)?いいですか?'概念的に'ですよ。これを前提として述べます。で、主旨と具体例の関係に話をもどしますが、ある批評家Aがライバル批評家Bに”その具体例は'無意味'だと言ってのけられた場合(そんな奴いないだろうけど、素人同士ではよくあります)、批評家Aはどのように対処するでしょうか?”主旨でないし、おまけついでの例だから、それほど、意味があるとはおもいません”と果たして言うでしょうか?主張と概念的に同一の具体例が'無意味'と言われているのに、頓着しないはずがありません。私が1266において申し上げたのは、つまり、同一概念の具体例”小林、田中の比較”が'無意味'と言われているのに頓着しないってのはどういうことですか?ってことです。わたしも、”小林、田中の両比較”を'単独'で見た場合は、確かに、それほど意義はないのは同意いたします。しかしながら、言説において'適切な'具体例として組み込まれた場合は話が別です。

>私は「小林よしのりと田中氏のスタンス比較」の意義は大したものではない、と繰り返し言っていますけど、意義がゼロだとかマイナスであるだとかは一度も言っていません。つまり、一回も「否定」はしていません。
 「否定」という取り方はえらく極端だと思いますが。

 あの~~すみませんがよく言葉をみてくださいね。わたしはなにも管理人さんがご自分の論旨補強のための具体例を自ら'否定している'とは申し上げておりません。'否定されたている'のに(もう一度satokoさんのご発言1202を見てください、普通に読めば、この比較が無意味であると、つまり、否定されているのが読みとれますよね)、頓着しないのはおかしいと申し上げているのです。この'否定'を看過するということは、具体例と同一概念であるその主張の否定をも看過するに等しいもうしあげたかったのですが、、ですから

>「だとすれば、その緒言の具体化のひとつであるコンテンツ8においてその補強的検証の部分が否定された場合、当然、コンテンツ8の主旨も論理的関係上、否定されかねないのはおわかりになりますね。」について私は「全くわかりません」と答えます。

 とおっしゃるのには、あまりに言葉を大切にしていないというか発言者としてあまりに大雑把過ぎるように感じられます。

>別に私は比較対象がよしりんでなく西部邁でも網野善彦でもドストエフスキーでも、「学者・小林よしのり」だとしてもいいんですよ。それでも田中芳樹のイレギュラーフィクション評論に対する姿勢は批判できますから(田中芳樹がフィクションという自分のフィールドを踏み出した以上は当然のこと)。
 確かに小林よしのりとの比較はともにエンターテイナーとしての側面を持っているからわかりやすいし、この比較でなければできない指摘もできます(おぼっちゃまくんとゴー宣に対するよしりんのスタンスが違うけど創竜伝はそうではないとか)。ですが、小林よしのりを引き合いに出さなければ批判できない部分というのは、引き合いが評論家や学者であったとしても批判できる部分を差し引いた部分であり、だからこそ余技であると思うわけです。

 なるほど、そういうことだったのですね。納得いたしました。しかし、単に、'イレギュラーフィクション評論に対する批判'に対して”西部邁でも網野善彦でもドストエフスキーでも”ってことになるとそれこそsatokoさんがおっしゃられたように”ジャンルを超えた比較はタブー”ってことを私は申し上げたいです。あそこの具体例として小林を持ってきているからこそ、コンテンツ8における最後の比較はスパイスが聞いて具体例として成立するのだと確信いたしておりますが、単に、批評に不適切な表現形式を用いる愚、不誠実さを批判するのに'小林、田中比較'を採用なさったとするならば、まったくもって、それこそ無意味でしょうね(苦笑)こうしてみていくと管理人さんの主張はどうにもぶれていて定まらない印象がぬぐえません(失礼ですが、純粋に言説から判断いたしますとこうなります。管理人さんの基本的主張は理解しておりますが)。

>必要じゃないけどあったほうがいいもの」だってあると思いますので。

 そうですね、主旨と概念的にかすらないのであれば、そのとおりです。しかし、概念的に共有する文言を否定された場合に、頓着しないってのは、発言に無責任でありますし、'あったほうが良い具体例がなくたっていいじゃない'的な論法は論旨のすり替え以外のなにものでもありませんし、不誠実です。

>ちなみにさっきの話だと西部邁や網野善彦は生粋のボクサーですから、空手家よしりんを比較に出さなくても同じようによしきんのインチキボクシングの批判は可能です。
 余談でした。

 雑感、むちゃくちゃであります。コンテンツ8の主旨は、評論ぶっこいてるのに、原典も示さなければ、ノンフィクションの形式もとってないという'単なるルール違反'を批判しているものなのですか?それじゃ、とりわけてこのサイトが存在する意味はありませんし、そんなことは他でもやってることでしょう(っていうか当たり前過ぎて見つけ出すのに困難を極めることでしょう)。ちがうでしょう?田中作品の創竜伝以前のフィクションの名作群があり、比較して創竜伝においてはスタンスが半端で小説としても評論部分が癌となり、評論として見ても原典も明かさず、ノンフィクションの形式を取らず、表現者として不誠実だと主張されてるわけでしょう?つまり、小説家としての田中芳樹を前提にしているのではないのでしょうか?だからこそ、画期的なのではありませんか。この流れで管理人さんは西部邁や網野善彦らを採用せずに小林をあえて採用されたものだとずっと考えていましたし、コンテンツ8を見る限りそれが自然ではないでしょうか。実際、あそこに西部らと比較した文章を挿入してみてください。それでも不自然でないとおっしゃるようでしたら、これ以上言うに値せずとします。繰り返しますが、

>確かに小林よしのりとの比較はともにエンターテイナーとしての側面を持っているからわかりやすいし、この比較でなければできない指摘もできます(おぼっちゃまくんとゴー宣に対するよしりんのスタンスが違うけど創竜伝はそうではないとか)

 当然、この比較でしか論ぜられないからこそコンテンツ8において採用されていると読むのがごくごく自然だと存じます。

以上、後出しジャンケンさらに後出しさせてください。誤解されたままってのは本意でないので、一応の納得が得られれば、通常モードにもどります、お付き合いください。わたしもくだらないなぁとはおもってますけど。

board1 - No.1310

まずは「無意味」から

投稿者:本ページ管理人
1999年06月04日(金) 00時54分

> あの~~すみませんがよく言葉をみてくださいね。わたしはなにも管理人さんがご自分の論旨補強のための具体例を自ら'否定している'とは申し上げておりません。'否定されたている'のに(もう一度satokoさんのご発言1202を見てください、普通に読めば、この比較が無意味であると、つまり、否定されているのが読みとれますよね)、頓着しないのはおかしいと申し上げているのです。

 私はsatokoさんのNo.1202に対しては明確に無意味だとは思わないと述べています。で、その時に使った「とりたてて意味があるとは思わない」の趣旨については無意味とは全く異なる旨をすでに説明しています。
 satokoさんの言に対して「そうです。無意味でした」とは一言も言っていません。「頓着」するというのがどういう態度であるのかわかりませんが、その頓着が仕立て屋さんのような行動であるならば、私はそういう戦法を取りません。

>>「だとすれば、その緒言の具体化のひとつであるコンテンツ8においてその補強的検証の部分が否定された場合、当然、コンテンツ8の主旨も論理的関係上、否定されかねないのはおわかりになりますね。」について私は「全くわかりません」と答えます。
>
> とおっしゃるのには、あまりに言葉を大切にしていないというか発言者としてあまりに大雑把過ぎるように感じられます。

 繰り返しますが、私は小林よしのりと田中芳樹の比較が無意味であることを肯定したことは一度もありません。satokoさんのレスに関してはあえてソフトな語り口にしていますが、よく読んでいただければ「無意味」に関しては否定している文脈であることがわかると思います(って、はやく過去ログをアップデートしなきゃいけないですけど…)

 以下、いろいろありますが、話がこじれだしたキーの一つはこの「無意味」の取り方だと思いましたので、取り急ぎ。

board1 - No.1311

アル戦10巻一番の関心事

投稿者:冒険風ライダー
1999年06月04日(金) 03時56分

いや~、ついに出ますか、アルスラーン戦記10巻!
確か7年前なんですよね、9巻が出たのは。月日の流れの何と早いことか(^^;)。これ以上発売を延ばしてほしくはないものです。希望的観測でしょうけど、一応「7月25日に出る」というのを信用することに致しますか。

しかし今回のアルスラーン戦記一番の目玉は、何といっても「田中芳樹が、あとがきでどう言い訳するのか?」でしょうね(^^)。私も買ったら真っ先にあとがきの方を見るだろうな~(^_^)。これだけ読者を待たせたのだし、見苦しい言い訳をしてもらいたくはないのですが、言い訳に困ってあとがきを書かなかったりして(-_-;)。いっそ悪意に満ちた記述でもいいから、あとがきでこのサイトを紹介してくれないかな~(もちろんHPアドレスも書いて)。そしたら私は田中芳樹を絶賛するんですけどね。無視するよりもよほど誠実だし、反対意見のサイトを紹介するなんてのは結構勇気がいりますからね。

<ところで、余談ですけれど、最近このサイト、どこかに紹介されましたか?
アクセス数が急増しているんで、ちょっとびっくり>

しかしその割には投稿量が以前よりも少ないですね~。最近は1通も来ない日も多いし(T_T)。

board1 - No.1312

レス

投稿者:仕立て屋
1999年06月04日(金) 09時44分

 毎度,仕立て屋です。

>私はsatokoさんのNo.1202に対しては明確に無意味だとは思わないと述べています。で、その時に使った「とりたてて意味があるとは思わない」の趣旨については無意味とは全く異なる旨をすでに説明しています。satokoさんの言に対して「そうです。無意味でした」とは一言も言っていません。「頓着」するというのがどういう態度であるのかわかりませんが、その頓着が仕立て屋さんのような行動であるならば、私はそういう戦法を取りません。

> 繰り返しますが、私は小林よしのりと田中芳樹の比較が無意味であることを肯定したことは一度もありません。satokoさんのレスに関してはあえてソフトな語り口にしていますが、よく読んでいただければ「無意味」に関しては否定している文脈であることがわかると思います(って、はやく過去ログをアップデートしなきゃいけないですけど…)

 以下、いろいろありますが、話がこじれだしたキーの一つはこの「無意味」の取り方だと思いましたので、取り急ぎ。

 やっと私の論旨に沿った反論が得られましてうれしく思います。そうです,私の主張を崩すとしたらこの'無意味'の捕え方に尽きるものと考えていましたし,ここしか反論する余地はないように思います(偉そうかもしれませんが,そう思います,失礼)。で,私なりの無意味の捕え方について述べます。

>ゴー宣がらみの話になったので、ちょっと順番を変えてお答えします。
 まず、「参考文献を出してる分、小林氏の方が田中氏より真摯で…」とありますが、「『この作品はフィクションであり実在の人物団体うんぬんとは関係ありません』という評論としての責任逃れの一文を入れてない分、小林氏の方が田中氏より真摯で…」という趣旨のことならば私も述べたと思いますし、掲示板でも出てきたと思います。もちろん、創作小説である以上は、「この作品はフィクション…」という断りを入れること自体は、当然のことです。ですから、創竜伝でも首相や保守の政治家を愚劣に描くことは小説として許されると思います。ですが、創竜伝中にはリクルート事件や大韓航空爆破事件などの実在の事件やマハティール氏など実在の人物に対する明確な評論が存在します。たとえば、全くストーリーに関係のないところで明確にマハティール氏と判る記述に対して「独裁者で反民主的だから言うことを聞く必要はない」と評論しておいて、「これはフィクションだから」ということは卑怯であり、小説という表現技法を隠れ蓑にしていることで小説を貶めていると思うのです。もちろん、マハティール氏が独裁者で反民主的という主張を持つこと自体は結構なことです。その主張に自信があるのなら、「フィクション」である創作小説と一緒にせず「現実の」評論として語ればいいのですし、風刺というのなら「超能力兄弟が悪の財閥と戦う活劇」がテーマの小説の中にわざとらしく入れるのではなく、明確に風刺をテーマにした小説を書けばいいのです。
閑話休題。
 少々話題がずれましたが、私も田中氏と小林氏の比較にとりたてて意味があるとは思いません。ただ、まったく無意味とは思いませんし、比較するというのであれば、以上の理由から小林氏の方が自分の発言に責任を持っていると考えます。

 以上,ご発言1214から

 文脈を解釈しますと,まず,(1)創竜伝において田中氏がフィクションなのかノンフィクションなのか立場を明らかにせず,その結果,結実した物が中途半端な作品に仕上がってることを述べられています。次に(2),(1)を閑話休題として'話題がずれた'としておられます。最後に(3),(2)をうけて,"私も田中氏と小林氏の比較にとりたてて意味があるとは思いません。ただ、まったく無意味とは思いませんし、比較するというのであれば、以上の理由から小林氏の方が自分の発言に責任を持っていると考えます"と(1)を客観的にあたかも他者の発言かのように"比較するというのであれば"と評しておられます。これを踏まえてもう一度コンテンツ8を読み返して下さい。(1)を(2)において本旨ではないとして話がずれたとおっしゃられていますが,普通に読めば(1)の内容はそのままコンテンツ8の主旨と同じことを意味していると思われませんでしょうか?それなのに(2)でそれが本旨ではないように述べられ,また,コンテンツ8における'小林,田中比較'を無意味としたsatokoさんの主張に対する回答として(3)のように文脈上,概念的に主旨と共通する(これに対する管理人さんからの返事がまだありませんので保留としたほうがいいのかな)'小林,田中比較'の例をあたかも客観的に文脈から切り放して"比較するというのであれば"とし,コンテンツ8においては"私も田中氏と小林氏の比較にとりたてて意味があるとは思いません"と蛇足のような扱いです。で,"ただ、まったく無意味とは思いませんし、比較するというのであれば、以上の理由から小林氏の方が自分の発言に責任を持っていると考えます"とさらに文脈から切り放した形で評価されております。もし管理人さんが私の発言1309における'主旨とその具体例の概念上の相関関係'を否定されるのでしたら,私の'文脈から切り放した形で評価=あった方がより良いが,あってもなくてもよいと管理人さんが考えておられると私が感じる'に'否'とされて結構です。が,そうでないのならこのような反論は無しです。ですから,

>私は小林よしのりと田中芳樹の比較が無意味であることを肯定したことは一度もありません

は言葉上そのとおりでしょうが(同意します),

>satokoさんのレスに関してはあえてソフトな語り口にしていますが、よく読んでいただければ「無意味」に関しては否定している文脈であることがわかると思います

 とされるのは,(1)を(2)->(3)とされた瞬間から文脈上,論理的に無理があります。その証拠にsatokoさんのご発言1220をよくごらんになって下さい。彼女は管理人さんの"あえてソフトな語り口"を誤解?されて管理人さんがおっしゃる”「無意味」に関しては否定している文脈であること”とは受け止められていませんよね。私だってsatokoさんの解釈は間違っていないと思いますよ。それなのに管理人さんはそのことをその後の発言において言及されていませんから私は発言1309おいて"看過"としているわけです。このながれで私の発言1309をよく見返してください。管理人さんのご発言1310の管理人さんの'無意味'の捕え方は論理的にいって後付けの感をぬぐえません。また,ご発言1281における"小林よしのりが居てもいなくても"や"小林よしのりを引き合いに出さなければ批判できない部分というのは、引き合いが評論家や学者であったとしても批判できる部分を差し引いた部分であり、だからこそ余技であると思うわけです"そして"この程度の要素をないがしろにした程度で価値が失われる本質というものは、しょせんその程度の価値しかないと私は思います"はまったくの奇弁でありましょう。なぜなら,私の発言1309において申し上げたように主旨に対する十分条件である具体例(この場合の要素)を'削除'しても主旨がそこなわれますか?云々の論法が至極あたりまえのことを言ってるだけとしか私には評価できないからです。わたしは十分条件が'否定'された場合にその十分条件を'真'だと主張しなければおかしいのではないのかと申し上げているのです。それに対する管理人さんのレスがご発言1310となるわけですが,1310を見る限り正しい反論です。しかし,上記のように1214を解釈すると矛盾が生じるのです。
 最後に私の発言1309に対する最初のレスがご発言1310のようになることは予想しておりましたので,別の視点から(違う側面であって結局,言いたいことは同じかも)ひとつ申し上げときますが,1310の論調(satokoさんの無意味発言を結果的に否定している云々)と1281における'小林,田中の両比較'が無くとも主旨は成立するとする論調の'意図'は矛盾するものと存じます。しかし,これもまた私の発言1309における'主旨とその具体例の概念上の相関関係'に同意されないとするならば,その限りではありませんが。

以上,長文にて失礼します。あ~俺ってウザイ?

board1 - No.1313

アルスラーン10巻,わたしもたのしみです

投稿者:仕立て屋
1999年06月04日(金) 09時58分

 冒険風ライダーさんおひさしぶりです。
私も10巻のあとがきで氏がどのようなことをおっしゃるのかとっても気になります。まあ,後書きがないってことはさすがにないでしょうが。既刊については実家にありますので内容を思い出す為にも立ち読みにて発刊に備えたいとおもいます。今日は1巻を読み終えました。

board1 - No.1314

ありがちですか?

投稿者:水野忠右衛門
1999年06月04日(金) 11時17分

No. 1306ハルさん、こんにちは。

>>田中先生は外伝あと2冊分を読本の短編などでごまかしてチャラにするつもりはない

 それは朗報ですね。
 ところで、この情報のソースってどこなんでしょう。何かの雑誌とかでインタビューとかで言っていたのでしょうか。
 既刊外伝の愛蔵版が出てるところなんかを見ると、どうも信用しにくいんですが。

>>タイタニアも忘れられてるわけではなくて、これから書く順番の中には入っているそうです。

 そういえば、予告されていたタイタニアが別の作品にすり替わった事があったような気が……。

>>ひとつ分からなかったのは、水野さんの「そういう姿勢は批判されてもやむを得ない」というコメントが、田中先生個人に向けられたものなのか?ということです。

 一応、田中芳樹だけのつもりです。
 ハルさんのおっしゃることはごもっともだと思います。だけど、田中芳樹の場合は極端すぎるんですよ。2年や3年ならともかく、5年以上(タイタニアなんて8年)も書かないってのは、「作家業にはありがち」な事だとは思えませんけど。

board1 - No.1315

補足

投稿者:仕立て屋
1999年06月04日(金) 14時58分

satokoさんの'無意味'は命題への否定を意味し、管理人さんのそれを受けての'無意味'は文字通りの意味の在る無し、つまり、在っても無くても変化無しの意でありましょう。しかし、命題の否定に対する反論がその真偽を正さず、在るか無きかで答えるのは筋違いであります。またその際、”私も云々”と'も'と言うあたりが、否定をも内包していることがわかります。その後の”しいて言えば”の部分は文字通りの'無意味'の使い方に戻っていますが。

board1 - No.1316

あーもうやめやめ!!

投稿者:Merkatz
1999年06月04日(金) 20時08分

仕立て屋さんが管理人さんの発言にこだわっておりますが、あれは管理人さんが悪いですよ。
私もあのやり取りを読んでいたとき、「???」と思いましたよ。言っていることが矛盾していましたから。
「satokoさんの言う通り無意味です」と言ったかと思えばその直後に、「まったく無意味でもない」と言ってみたり、「私は意味が無いという趣旨で無意味と言ったのではない」と弁解したり。
あそこは管理人さんが八方美人にすぎたと思います。satokoさんは言葉どおりの意味で「無意味」とおっしゃったのですから(それ以外に解釈しようがない)、不用意に追従したことに仕立て屋さんが怒るのも無理ないですよ。
仕立て屋さんがおっしゃるように、自説の補強として田中芳樹とよしりんの比較をした訳ですから、その比較は論旨を具象化したものです。それ自体が無意味だと言われたんですから、それは論旨に対する否定とほぼ同じ行為です。それを簡単に、はいその通りです、なんてやってはそりゃ仕立て屋さんも管理人さんの本意を疑いますよ。
「無意味」の言葉の解釈なんてするだけ無駄です。「無意味」は「無意味」であって、そこに何らかの含みを持たせることなんてできません。
管理人さんは素直に自分の不注意を詫びるべきだと思います。私はずっとこのサイトの誠実さ・真摯さを評価してましたが、さすがにあの行為は不誠実を感じずにはおれませんでしたよ。あれでは常日頃批判している田中芳樹と同じです。
少々きついかもしれませんが、ここが批判サイトとして機能するためにも、間違いは素直に認めようではありませんか。

board1 - No.1317

レスありがとうございます

投稿者:ハル
1999年06月05日(土) 05時30分

№1314 水野さま
さっそくのレスありがとうございます。

>何かの雑誌とかでインタビューとかで言っていたのでしょうか。

信頼できる出版関係の方から聞いた話で、全く非公式なものであります。
じゃあ続きが出されるのか、というところまでは言及されていませんが、とりあえず現在まことしやかに囁かれる「読本の短編云々」は真実ではないということをお伝えしたかったんです。
愛蔵版は、完結したものの集大成を意味するものではないので、それが出たからもう先はないということにはならないと思っています。

>田中芳樹の場合は極端すぎるんですよ。

わかりました。私の読み取り方が甘かったようです。すいません。

board1 - No.1318

RE1313

投稿者:冒険風ライダー
1999年06月05日(土) 15時37分

 仕立て屋さん、こんにちは。
 そういえば最近の田中芳樹の作品って、あとがきを書く必要のない講談社系からしか小説を出していないんですよね(中国ものは知りませんが)。ここ数年、田中芳樹のあとがきを見た事がないし。創竜伝の座談会も好き勝手な事を言っている上に、あれもフィクション小説の延長線上でしかありませんから、あとがきとはいえないし。
 角川文庫やファンタジア文庫などは、あとがきを書くのが義務みたいになってますけど、講談社はそうじゃないし、徳間書店もあまりあとがきを強制しないし。まさか田中芳樹が講談社からばかり小説を出しているのは「あとがきを書きたくないから」なんでしょうか?(^_^;;)
 しかし今回のアルスラーン戦記って、あとがきを見るだけでも買う価値があるのでは!?

 冗談はさておき、私もアルスラーン戦記の復習をやっています。この間馬ネタや仕立て屋さんの「パルス軍の兵力分析(結構面白かったです)」などで盛り上がりましたから、また違った楽しみ方ができるでしょうね。
 しかし何やかや言っても、アルスラーン戦記は面白いものです。まったく創竜伝とは大違いだ。
 田中芳樹は、さっさと他のシリーズものも執筆してほしいものです。全てのシリーズものを完結させた後で中国ものに転向するのならば私も何もいわないのに。

board1 - No.1319

ちょっとお邪魔します

投稿者:スナドリネコ
1999年06月05日(土) 18時05分

管理人さん、みなさんはじめまして。スナドリネコといいます。
この掲示板は1週間ほど前に見つけて、まだ過去ログの全部に目を通してないので自分なりの意見はまたあとで書きこみしたいと思いますが、今朝、天安門事件10周年のニュースを見て一言言いたくなりました。わざと思いっきり皮肉を込めて言わせていただきます。

「天安門事件で死んだ人の名前を書いた傘をひろげていたただけで警察がその人を公園から追い出すなんて、とっても素敵な国ですね、田中先生」

またそのうちお邪魔しますので、よろしくお願いします。

board1 - No.1320

天安門事件10周年、陳舜臣

投稿者:新Q太郎
1999年06月05日(土) 19時05分

もう10周年なのだね・・・。

ところで、少し前に書かれていたことでそれはどうだろうかと思う事が有ったので、この10周年に絡めて。
「陳舜臣は、中華人民共和国政府の気に入らないことは書かない」といった感じの意見がありましたが、天安門事件直後の「文芸春秋」89年8月号に陳は寄稿している。
「『血で書かれた事実』は隠せない--歴史に照らして--」と題されたその文章では冒頭に『春秋左氏伝』の「太史の簡」のエピソード(歴史家の家族が、次々に殺されながらもひたすら事実を記録し続けるという噺iを引用し、また6・4の流血事件は五・四運動の続きに見える、と褒め称え、そして最後に方孝ジュがやはり「燕賊、位を簒う」と命を懸けて書いたという(例の「運命」)話を引用しているのだ。

もっとも名指しでトウ小平や李鵬を批判していないので、どれは手ぬるい、という意見もあるかもしれないがリアルタイムでそういう発言をしたことは確認しておきたい。

また第一、陳は司馬と必ずしも歴史観が対立していたわけではなく、「台湾、まだやな」と言って司馬に「台湾紀行」をやらせたのは陳だし、司馬逝去の折には「学業道を同じくす五十余年・・・」という感動的な漢詩を読んでいる。
ただ、司馬氏はなにしろ「国民作家」であるからして、歴史に一家言持つ人は田中氏、陳氏に限らず「司馬史観」に一言異議を申し立てたい、というのはあるのではないかな。
田中氏は「武将列伝」であり陳氏は「河は流れず」(日進戦争を清国から描いた話。坂の上の雲、と対比して読むことを進める)だったのかな、とも思う。うむ、まとまらん。

ところで千三百回突破記念?でフィクションをひとつ書いてみたいと思います。俺がやるな(笑)。ここの掲示板から勝手にヒントをもらいますが、ご了承されたい。

board1 - No.1321

わかりました。もう、やめます(マジ、ほんま)

投稿者:仕立て屋
1999年06月06日(日) 19時20分

 でも、ちょっと、グチを言って終わります。

最近、なんだか、以前発言されていた方もなかなか書き込みなされなくなってきており、あ~やっぱ、私の生産性のない(主に、けじめの為、書き込み続けてきましたが)論争が、この場をこうムサイ雰囲気にしちゃったのかなぁ、と少し心配しております。スマぬ。
 くりかえし手を替え品を替え主張してきたつもりですけど、そのたびに見当違いなレスが帰ってくる始末。下品な下ネタ罵倒がのど元まで出てきてるのを押さえつつ、忍耐きかしたんだけど。1275satokoさんのご発言ではえらい言われようで、「俺そんなに言われるほど悪いことしてるかなぁ、まるで、低脳バカみたいワシ」ともう反論する気力もなく、正直、最近、書き込みするのが精神的にツラくて、一人相撲しているような針のむしろ的心持でした。それにしても私って文章力ないんかなぁと落ちこんどりましたが、Merkatzさんのご発言により私の中で一応のけりがつきましたので、この件につきましては、以降、いかなるレスがつこうとも少なくとも反論はおこないません。みなさま、ご迷惑おかけしました。そして、今後とも宜しくお願いいたします。

 え~と今から通常モードに戻ります。
現在、アルスラ読み返しているところです。1巻、読み終えた時点でも、騎馬問題以外にいくつか指摘する点もみつかっておりますので、おいおい、カキコさせていただきます。
 では、これにて。

board1 - No.1322

NHK教育で陳舜臣特集

投稿者:新Q太郎
1999年06月07日(月) 13時10分

今(午後10時から)NHK教育で陳舜臣のインタビュー番組やってます。今日をふくめ3夜連続らしい。
首が少し細くなったように見えるが病気のあとも見えず、お元気そうでした。

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