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投稿ログ20 (No.453 - No.471)

board1 - No.453

RE.450

投稿者:石井由助
1998年12月21日(月) 04時49分

 結局、交通事故の加害者責任の割合というヤツと同じでしょう。田中芳樹とかは(革新・左派)要は、「当時の日本は車(植民地主義)に乗っていたし、平気で100キロオーバー(侵略)していたから加害責任100%」と主張していたのに対し、小林よしのりなど(自由主義史観?等)は「いーや、轢かれたヤツが飛び出してきたのが悪いのだし、他の車も平気で100キロオーバーしている。そういう道路だったんだ。だから、日本の加害責任は20%」というハナシでしょう?

>しかし「寛容」は無関心の裏返しであったり、「安定」が恐怖支配の結果であったりすることも多い。そしてそれが、次代にはいい結果となることもある。それが歴史の逆説でしょう

と前に新Q太郎さんが述べていたけど、まったくそのとおりで、明らかに悪の事であっても、それが後に善のきっかけになるというか、そういう「責任の割合」という見方だけではないダイナミズムこそが、本当の意味での「自由」主義史観だと思うのだけど。

board1 - No.454

田中氏は何故政治家が嫌いなんだろう?

投稿者:T.M
1998年12月21日(月) 15時20分

初めまして、T.Mと申す者です。

長年田中芳樹ファンをやっておりますが、「これは…?」と思う描写があります。仕事の都合上細かくは書けないのですが、思うところを書いていく次第です。

実は私、政治関係の仕事に携わっておりまして(議員ではないです。も少し下っ端です)表裏取り合わせて様々な事柄を見る訳なんです。

政治家が全て悪いというのは、全体の構造を見ようとせず一部をあげつらう典型的な悪しき日本人だと理解せざるを得ません。

確かに、汚職など誉められた事柄が挙がらないのは不徳の成すところとは認識しております。ですが、政治にはとんでもない金がかかります。年間で大体一億は使うのが常識なのです。裏金とか言う代物とは次元の違うものなのを、田中氏は果たして理解しているのでしょうか?例えば、事務所設立などで年間2~300万円の維持費が必要ですし、私設秘書は法案を作ろうと思えば、自然に5人10人と人手が必要になってきます。一人300万円としても年間3000万円です。
これは国会議員の試算ですので、私の先生には当てはまりませんが、それでも爪に火を点すような生活をしているのが現状です。
うちの先生は4期ほど再選してますが、次第に資産が目減りしている状況です。
年間2400万円余りの歳費(お給料)を頂くうちの先生は、選挙活動でほとんどを費やしています。止めれば選挙に受からない。ろくな話ではありません。
でも、私も先生も政治をやりたいんです。
「みんなのために、頑張りたいんだよ」と、もう還暦を越えた先生は、恥ずかしそうに笑って言ってくれました。原点はこれだけなのです。
何も汚職した政治業者を擁護するつもりは毛頭ないのですが、理想をもって地道に活動をする多くの政治家を卑下するような言動は慎んでいただきたいものです。

最後に、「みんな頑張ってるんだよ…」と声を大にして言えない政治家の皆さんの事を、少しだけでも良いですから暖かい目で見てやって下さいね。

乱文失礼致しました。

board1 - No.455

やぶにらみさんへ質問

投稿者:vladimir
1998年12月21日(月) 16時46分

完全に正しい戦争などないとの事。では、不完全ながらでは正しい戦争はあり得るのでしょうか?
戦争行為を肯定するか否定するかと同じ質問だと思われると困るのですが。(正しい戦争をまったく否定しながらしかし戦争行為を
肯定する人もいるので。)
ぜひお聞きしたい。
他の人の考えもお聞きしたい。
私はたとえどんな理由で始まった戦争であれ、そこに正しさなど一切存在しないって思ってます、ですんで当然ながらこの掲示板の
書きこみ内容については、読んでて否定的あるいは懐疑的な感想を持つ事が多い。
田中芳樹については、確かにおかしいところが多いのですが、それにつけこむように反論という形でおかしなものが書きこまれているとさえ感じるときがあります。
特に左翼系の平和思想を持つ人に対して稚拙なステロタイプを持ち出して論を進める人がよく見受けられる。まるで無責任な夢想
家のように言ったりしてね。実際はそんな単純なものじゃない。

私?私はノンポリです。
人という生き物について究極的なところでは信じてないんで。

反論お待ちしてます。

board1 - No.456

ご意見ありがとうございます。

投稿者:本ページ管理人
1998年12月21日(月) 19時46分

>初めまして、T.Mと申す者です。

こんにちは。T.Mさんのような立場の方からのご意見は参考になります。

>政治家が全て悪いというのは、全体の構造を見ようとせず一部をあげつらう典型的な悪しき日本人だと理解せざるを得ません。

 田中氏は、どうやら政治家や官僚や警察
、自衛隊という職業に偏見…というより、はっきりと差別意識を持っているように思います。

 創竜伝でも、病院の患者などを人質に取られると、「これが政治家の集まりとか資本を投下して作られたような施設だったら躊躇無く無視するのだが(現在手元に無いため大意)」みたいなことを言ったりしています。
 しかし、病人や生活保護家庭の人間だって、悪いヤツはいっぱいいるし、政治家や資産家だっていい人はいっぱいいます。
 田中氏の視点は、差別意識で歪んでいるように思えます。

board1 - No.457

ちょっと前ふり(笑)

投稿者:伏待 充
1998年12月21日(月) 22時44分

ここに来る方々の中で、
小説を書く方は、どのぐらいおりますでしょうか?(ジャンル問わず)

board1 - No.458

レス

投稿者:やぶにらみ
1998年12月22日(火) 01時07分

>石井さん
 たとえば、南京大虐殺(南京事件)にしても、結局、責任の大小を論じているだけで、それがどうも退屈なのです。もちろん事件の全容が確定されるに越したことはないのですが、それよりも、南京の前も後でも現在も、この手の悲劇が世界で後を絶たない事について思索する方が大切かと。仮に日本側に罪が無かった(私はそうは思えないのですが)としても、それで戦争への不信感が消えるわけじゃなし。ボスニアとか酷いよなあ。

>T.Mさん
 田中氏は、汚職政治家が幅を利かせるような政治のシステムそのものを攻撃すべきなのでしょう。実際『銀英伝』では、帝国と同盟の腐敗ぶりをうまく描いていたと思うのですが。
 前にも書いたのですが、政治家の戯画化という手法そのものは、あまり批判したくないのです。ただ『創竜伝』の場合、作者の正義感が生に出過ぎていて、「社会風刺」の範疇を越えているのが居心地悪くてしょうがない。ユーモアが欲しい。
 それにしても、尊敬できる「上司」をお持ちなのは羨ましいですね。

>伏待充さん
僕は小説書いたことないです。周りには多いですけど。

board1 - No.459

戦争について、とりとめもなく

投稿者:やぶにらみ
1998年12月22日(火) 01時56分

>vladmirさん

 個人的には、戦争反対です。間違っても最前線など行くまい、戦場に送られそうになったら、とにかく逃げよう。軟弱と笑わば笑え、他人様の主義主張で命は落とさないぞ。というのが私の立場です。
 私は日本人ですけど、だからと言って日本という国の立場を守る必要は感じません。幸い、日本は(比較的)平和ですしね。これが内乱の絶えないような地域であれば、武器を取って闘う自分を想像できなくもないけれど(で、あっさり殺されるのさ)。そうした戦闘行為は、否定するしない以前に、確固として存在する事実なので、受け入れるより他はないですね。
 ただ、それが「戦争」という高度に組織化されたものであれば、その是非を問うことはできると思います。
 このあいだのイラク空爆とか、まあ意味はないです。実際アメリカは、あちこちの政府から批判されているわけですが(日本は早々と賛意を示して、アメリカ属国ぶりを晒してしまいましたが)、それは単に妥当性が無かったという理由なんですね。つまり、正当な理由があれば戦争も良い、という価値観を大抵の政府(国民もか?)は持っていると思う。

 たとえば、従軍慰安婦問題にしても、問われているのは、まず個々人のモラルであり、結果的にはその個人を管理する組織(この場合は軍部)の責任であって、戦争そのものが批判されているわけではない。東京裁判も(建て前としては)個人を裁いたのです。

 とりあえず、戦争は個々人の犯罪性を誘発させるから駄目、とは言えるかな。でも、政界が腐敗しているからといって、政治家連中を軒並み悪人視するのが乱暴なように、戦争に加わった人間とその行為を全否定はできないんです。

「反戦」は概念としては理解できる。ただ具体的な戦争批判は、かえって戦争そのものの批判とはズレが生じていくような気がしてならない。

 それと、人間がろくでもない存在だという、あなたの諦念は、私もけっこう共感するところがあります。ただ、これにしても、戦争という営みを否定する理由としては弱いと思います。

 管理人様、今度からは、ちゃんと田中芳樹について書きます。

board1 - No.460

戦争について

投稿者:ドロ改
1998年12月22日(火) 03時03分

>vladmirさんへ
私の考えを書いてみます。
正義の戦争は防衛戦争だという論が良くあります。
では、防衛戦争を闘う時、人は何を守っているのでしょうか?
間違いなく、自分の大切な物をです。
でも、戦争を闘うことは、本当に自分の大切な物を守ることになるのでしょうか?
それが何かにもよると思いますが、私にはそうは思えません。
戦争の目的も、実行内容も、戦時となれば一部の人間のてで決定されます。
そうしなければ、戦争に勝つ事などできないからです。
当然、自分の大切な物なんぞに構ってはくれないわけですから、
戦争に参加するのは愚かだと思います。
国家の守ろうとする物と、自分の大切な物が一致していれば別ですが、
それは、誰か別のにんげんに、命をかけた協力を強いることと同義です。
「非民主的」の一言でまとめても良いでしょう。
要するに私が言いたいのは、死にたくもない人間が、
自分の物でもない正義のために死ぬことを強要される戦争は、
本質的に「不当」である、ということです。
今私は戦闘に参加する兵士のしてんで言及しましたが、
巻き込まれる民間の視点で見れば、もっとはっきりすると思います。
戦争は活字や画面の中だけで十分です。
まとまりに欠ける乱文どうか御容赦下さい。

board1 - No.461

またまた反銀英伝

投稿者:不沈戦艦
1998年12月22日(火) 03時59分

 先ずは止まっている「アンネローゼの懐妊」から行きましょうか。小村さんが「簒奪はしやすくなるのでは?」と最初に言って論を進めていたのに、最後は「まどろっこしくてセコイ」という結論になってしまっていましたね。あれ読んで笑ってしまいました。そう、「簒奪がしにくくなる」ってのは、小村さんが思考実験したようになってしまう、ってのも含んでいるつもりだったんです。帝位にいるのが赤の他人なら、実際の銀英伝の話のように強制的にでも退位させて、自分が帝位につけばいいのですから簡単でしょう。アンネローゼの息子が帝位にいた場合は、「幼帝誘拐」事件も起こりませんし、簒奪も面倒になります。「をを、これは面白そうだ」と小村さんが言った流れになってしまうと、ラインハルトVsアンネローゼ+幼帝(+生きている場合のキルヒアイス)の骨肉の争いになって(本当に面白そう)しまうでしょう。史実の銀英伝みたいに、赤ん坊皇帝の父親をアメとムチで手懐けて、というように簡単には行きません。そのケースでは簡単にラインハルトの思うようには行かないので、「簒奪はしにくくなる」ということです。

 横山信義「日本国際旅団」についてですけど、2巻もしょうもないと思いますよ。テロリストが日本の病院船を乗っ取る、ってのが非現実的ですから。そりゃ、日本だけが対応するのなら、オロオロしている間にテロリストが目的を達成できそうですが、リビアに向かっていったのはバレバレでしょ。アメリカがどんな対応をするか、なんて一目瞭然じゃないですか。日本政府の意志を無視してでも、テロリストの目的を阻止する、って方向にしか行きませんよ。最悪、「きさらぎ」の乗員と収容された腸チフス患者を全員犠牲にしてもそうすることでしょう。また、それが解らないほどテロリストが頭が悪い筈もありませんし。事件発生の前提が無茶苦茶なんですよ。まあ、本来平和的任務の筈のPKOを題材にしているのが間違いってことでしょう。何か事件をおこさなきゃ小説にならないんだから。「日本国際旅団」はやめておいた方が良かったかも知れません。

 えー、反銀英伝「同盟軍フェザーン侵攻編」についてですが、筋としてはもう付け加えることはありません。あんなもんでしょう。後は、これを実施できるようにする為に、同盟をどうするか?ですね。誰かが言っていたように、ヤンの陣営に「政治」にも干渉する能力を持たせなければならないと思います。いくらヤンが嫌っても、です。それと、そのヤン陣営の「政治性」を生かして使える政治家の存在が必要ですね。レベロやホアンでは駄目です。不平不満ばっかりで、実行力に欠けていますから。ウイストン・チャーチルクラスの政治家が必要ですが、そんなの銀英伝の登場人物にはいませんよね。トリューニヒトが遙かに賢かったら、可能かな。あのキャラクターが目先の利益を追ってばかりですよね。そんなみみっちい人物じゃなくて、本当に「銀河に民主主義を回復させた偉大なる政治家」になりたいという願望の通りのキャラクターにでもしなければしょうがないでしょう。議会の多数派を押さえる能力、マスコミ操作、軍内部に自分の勢力を伸張させる能力、以上3つに長けているのですから、これに「先を見渡すことが出来る」という能力を付加すれば、反銀英伝は大成功となるでしょう。あ、そうだ、「先を見渡す」に関してはヤンがいましたね。おお、「トリューニヒト・ヤン同盟(利害関係だけでなく、ちゃんと信頼し合って)」がなれば簡単だ!・・・・・・しかし、なんちゅう結論じゃ。ホントかよ?

board1 - No.462

銀英伝関係レス

投稿者:本ページ管理人
1998年12月22日(火) 07時25分

> 田中氏は、汚職政治家が幅を利かせるような政治のシステムそのものを攻撃すべきなのでしょう。実際『銀英伝』では、帝国と同盟の腐敗ぶりをうまく描いていたと思うのですが。

銀英伝で、ヤンが「政治家個人の汚職は個人の腐敗でしかないが、それを容認し批判できない場合は政治の腐敗だ」という趣旨のことを言ってましたね。

>「トリューニヒト・ヤン同盟(利害関係だけでなく、ちゃんと信頼し合って)」がなれば簡単だ!

 同盟の情勢は複雑怪奇(笑)。しかし、もっとも歴史を変えうる最強のタッグでしょう。ドラゴンボールでピッコロと悟空が手を組んだときぐらい興奮するカモ^_^;  しかも、感情論以外に拒絶する理由が無いと思うのだけどなぁ。せめて、共通の敵(帝国)がいるうちくらいは手を結べばいいのに。

board1 - No.463

>No. 455 思考中

投稿者:石井由助
1998年12月22日(火) 07時47分

 戦争の正義について、若干のたたき台。

 ドロ改さんも触れていましたが、防衛戦争や独立戦争についてはどうかということが一つ。たとえば、民族独立を目指してイラクに抵抗の戦いをしているクルド人に「お前らに正義はない」と言えるかどうか、ということ。

 第二に、我々の享受している民主主義の権益は、フランス革命(「内戦」である)の殺し合い(この時の死者は、第一次二次大戦のフランス人の死者の合計よりも多い)の結果によって生まれたと言うこと。

 正義というものは、難しいですね。
 ただ、私個人の結論を言うと、正義というものはあると思っています。「反正義」という「正義」に捕らわれて思考の袋小路に陥らないために、どこかに正義は必要だと思う。ただ、それが何になるかというと、難しい。とりあえず、中途半端ないい加減なことを書くくらいなら、現段階では置いておきたいと思います。

board1 - No.464

はじめまして

投稿者:甘藍
1998年12月22日(火) 09時11分

こんにちは、楽しく拝見しました。
過去ログを読んでいて、何度も皆さんの論理的思考と想像力に感嘆させられました。

あ、陣営を申告しておきます。
「銀英伝」のファンです。
「創竜伝」は私も嫌いです。漠然と思ってた事を書いておられるので、何だかすっきりしました。
本当は女性の書き方とかで「銀英伝」にも不満はあるんですが(過去ログでもちょっと書いておられる方がいらっしゃいましたね)・・・。
まあ、他の部分を読んで気を紛らわせることもできないほどではないので。

戦争は・・・誰にも不当な事をしない戦争があるものならば、それは正しいと言っても良いのではと。やられたぶんだけ、敵にやりかえすとか、奪われたものを取り戻すとか。
でも喧嘩程度ならばともかく、戦争なんて規模の大きいものになるとまず無理でしょうね。

board1 - No.465

「正しい戦争?」につき補足

投稿者:vladimir
1998年12月22日(火) 10時59分

どうも、vladimirです。
先日書いた「正しい戦争?」につき、実は削除をお願いしにきたんです。
どうも、ここに書きこんでいる人たちを勝手にひとつの型に押し込めて、愚かな書きこみをしたように思えて。偏見という奴ですね。
で、レス読ませていただき、大変興味深い意見ばかりなので思いとどまりました。最初の問いかけはひどいものですが、それに対する
反応はそれを補って余りあるくらい価値があると感じましたので。
話の流れがわかるよう、削除はお願いしません。

「正しい戦争?」について少々補足を。
実は前のやつ、たとえば独裁政治にたいして民衆が反抗しはじまった戦争は正義といえるのでは、といった意見をあらかじめ予想
しつつ書いたものです。
「それは正義ではないとおまえは言えるのか。」
と言われたら私は及び腰になりながらもなんとかこう答えるでしょう。
「気持ちはわかる、しかし戦争をはじめた時点でそれは正義ではない。」と。
別に非暴力不服従をうたうつもりはありません。そして人に正しくあれとも言いません。
ですが、「正しいのか?」を問うとき、ときには正しさにはそういった非人間的なといってもいいくらいの厳密さが求められてしかるべきなのでは?って思います。そうではないと、様々な行為を肯定するためのたんなる言い訳、温床になってしまう。
そしてそういったことがくり返されてきた、これからも繰り返されていくのだろうと思います。
もしかしたら「正しさ」など本当はないのかもしれない、人間がそれを口にする際には。どんな戦争のどちらの陣営にも必ず暗部が見つかるように思います。(というかそればかり。)
それとも「正しさ」は、様々な状況で使用可能な便利なツールとして認識するべきなのでしょうか。
ある日「正しい」宇宙人が地球にやってきてあきれたりしてね。

私はもし戦争になり、身近な人が殺されたしたら、あるいは銃をつきつけられ命令されたなら、戦地に赴くのかもしれません。そこに
正しさなど一片もないと思いつつも。
いや違うかな、ほんとは、逃げ回って同国人に殺されるのが妥当なところなんでしょう。

書いててどんどん殺伐としてきたのでもうやめます、普段はこんな奴じゃないんですよ。日常では人を信じて生きてます。

この掲示板の趣旨からはずれたことばかり書いていますね、一応私も田中芳樹に対するスタンスを表明しておきます。
「銀英伝」「アルスラーン戦記」はおもしろいから肯定。
「創竜伝」は中盤以降嫌い。なぜなら娯楽小説として、バランスがとれていなくてつまらないから。
それだけです。以上お粗末さまでした。

board1 - No.466

あとちょっと

投稿者:vladimir
1998年12月22日(火) 11時27分

あとちょっと。
私がききたかったのは「正しい戦争ってあり?」ということです。
戦争行為を肯定するか否定するのかではありません。
正しいのあるでも否定、正しいのないでも肯定といった考え方もあるのでは?
私自身は戦争行為につき、肯定否定というよりも「きっと人はいつまでもこの行為を断続的に続けていってしまうのだろうし、私もそ
ういった生き物の一員なんだよなあ」って思うだけ。
今までの教育のおかげかこういったことを書くのにかなり抵抗を感じるのですが。

board1 - No.467

遅れ馳せながら

投稿者:小村損三郎
1998年12月22日(火) 12時08分

10,000HITおめでとうございます(いつの話だ、をい(^^;)。)
管理人さんのご努力には全く頭が下がります。
今後もますます頑張ってください。

ここ数日で色々と面白い話題が出ていますが、まず鄭和の話題から考えたこと。(古いか?)
「戦争や政治に於いて、どちらの陣営にも正義があり、絶対的な正義と悪など存在しない」のと同様に、「1人の人間の中にも評価されるべき面と否定されるべき面が必ず存在する」のではないでしょうか。
 豊臣秀吉や毛沢東なんかはその最たるもので、庶民の英雄、建国の英雄であると同時に恐ろしい独裁者でもあるという2面性をコインの表裏のように持った人物でしょう。(田中氏は豊臣政権を「日本史上最悪の政権」と言ってますが。)
ヒトラーやスターリンについても否定されるべき部分の方が圧倒的に多かった、ということで、評価されるべき部分が皆無だったという訳ではないかもしれません。実は毛沢東もそうか(笑)。
(これはvladimirさんのおっしゃったこととも関係するのですが、「戦争」についてもそうで、やっぱり「正しい(と言って悪ければやむを得ない)部分」と「否定されるべき部分」はどんな戦争にも存在する。あくまで「部分」ですが。これが「どちらにも正義はある」ということの真意だと思います。ご質問の答えになってるかどうか分りませんが)
でも麻原彰晃については・・・「評価されるべき部分」なんて見出したくないな(^^;;)。

勿論小説やドラマのキャラクターについてはこの限りではありません。善玉・悪玉がはっきりしていた方が書き易いし読み易い、感情移入もし易いに決まっています。
が、小説と評論をごっちゃにしている創竜伝等に於いて、小説の中の人物たちの描写と同じ手法・判断基準で歴史上の人物である鄭和やヴラドを切ってしまっている所が、読者を鼻白ませる原因になっているのでは?

田中氏は昔、富野由悠季監督との対談で山岡荘八の「徳川家康」や新田次郎の「武田信玄」を「「家康教」「信玄教」の布教本」と呼び、又、何とかいう女性が書いた武則天に関する本を「力作ではあるが、イデオロギーに染まっていて、武則天のやったことは何でも正しい、と言ってしまっている」と評してますが、こと(お気に入りの)中国の人物に関してはご当人自身がすっかりその弊に陥ってしまっていることに気づいてない様ですな。(何かこのパターンばっかり。他者に対して批判してる部分をご自分が完全に実践できているのかどうか一度総括してみてほしいものです。岳飛に関しては冗談半分に「布教して回ってる」と言ってますがね。)

結局田中氏の歴史評論や中国史小説の人物描写が他の作家に比べて薄っぺらいのもこの辺に原因がありそうです。一般には知られてない人を取り上げることが多いから目新しさはあるものの、思い入れのあまり贔屓の引き倒しが過ぎて、読者が引いてしまうんですな。
やっぱり小説なら作者の言葉ではなくキャラクターの言葉と行動を通して読者に自然な共感を覚えさせてこそ、でしょう。この点司馬遼太郎っていう人はやっぱりすごい。
田中氏も銀英伝はじめオリジナル作品では成功してるんですがねー。
実は今の本人の志向とは全然違っていて、やっぱり架空世界を舞台にした小説の方が向いてる人、なんでしょうね(爆)。

T.Mさん、本当にお疲れ様&日本の為に日夜努力していただき、ありがとうございます。
未曾有の国難というべき時代ですが、それだけに国家国民の為に心底から奮闘して下さる方には敬服いたします。
しかし、某N代議士のように父祖の名を汚し、国民の血税で海外旅行に出かけるような恥知らずの不届き者が現れる度に田中氏や久米宏に罵倒の口実を与え、貴方や貴方の先生のような方が甚大な迷惑を被っていると思うと誠に残念&お気の毒です。
田中氏じゃありませんが、善行より愚行の方が強い印象を与えるものなのかもしれません。
「みんな頑張っているんだよ。」と声を大にして言えるようにする為にも、やはり国家国民に対し、弁護の余地の無い裏切りを働いた輩(勿論政治家に限りません)には、皆が納得する責任をとらせるべきではないでしょうか。
勿論やぶにらみさんのおっしゃるように日本政界の構造的な問題もあります。犯罪に手を染めるようなことまでしないと政治活動資金が調達できない(その位べらぼうに金がかかる)、その結果として政策や人格・能力よりも、利権を抱えて金集めの得意な者がボスになるというのもやっぱりどこか狂ってるような気がします(おっ、田中芳樹的)。
田中角栄も功罪相半ばする人だと思いますが、この点については日本の政治を壊死させかねない事態を招いた大きな罪だと思います。

>ここに来る方々の中で、
>小説を書く方は、どのぐらいおりますでしょうか?(ジャンル問わず)

中学生の頃はちょっと書いたことがあります。
クラスの友人達を戦国武将に見立てた「信長の野望」ごっこみたいなシロモノ(笑)

board1 - No.468

中高生の来場者は少ないんでしょうか?<ここ

投稿者:カミオカノゾム
1998年12月22日(火) 13時16分

初めまして。
ざっと管理人氏の文章を読み、全ての過去ログを二時間ぶっ通しで読んでみての感想がタイトルです。
ここに来場されて書き込まれている方の年齢層は二十代~三十代(推測)の方々が主なのでしょうか。
過去ログの所所に「中高生はどう思うだろう」的発言を見かけたので実際、高校生である私が書き込んでみるのも一興かなぁと…。
(ログの内容は、銀英伝読んだことがない私には、所々判らなかった部分もありましたけれど…・汗)
私は田中氏の著作は創竜伝とアルスラーン、あと最近の女刑事モノ(題名忘れた)しか読んだことがありません。
創竜伝を読んだ感想が「文章詰め込み過ぎて読み辛い」で内容以前の問題でした(爆)。
(アルスラーンはそれほどじゃなかったと思ったのですが…)
あと、「始みたいな先生を野放しにするような、生徒の『自由』を標榜するような学校は荒れる」と思いました。
…まるっきり着眼点が小市民(爆)。
過去ログ読んだ限り、こんな情けない指摘をするのは私が初めてですね(汗)。
私の通ってる学校(私立)がちょっと共和学園に似たようなこと言ってるんです…。「生徒一人一人が自立していけばそれでいい」的なことを。
校則もほとんどなく、生徒各自の自覚に任された結果は、生徒が何をしても注意出来ずに、生徒に対して弱腰にならざるを得ない教師陣。
(教師がなんでもかんでも厳しく生徒指導すりゃいいってもんじゃないですけど、限度問題が…)
始がやっている(落第するような生徒に作文を書かせて結局全員救い上げてしまった)ようなことをやれば、きっと単位を取らずにサボる生徒が続出するはずです。
で、それを防ぐ為には、どうするかっていうと、『学校に入る敷居を高くして、なるべく落ちこぼれない優秀な生徒だけを入れるようにする』しかないんです。
(うちの学校もそうしています…・汗)
けれど、これはつまり「偏差値を上げる=詰め込み教育の賜物の受験戦争を勝ち抜いた人間だけを受け入れる」ことになってしまい、なんだか田中氏の主張と入れ違ってしまうような…?
本編に深く関わっていない共和学園の存在ですが、創竜伝の思想の根本の一つはココにあるはずです。
それが、学校の現状を知らないような書き方では…。
いや、そっち方面の専門家じゃないから仕方ないかも知れないけど、社会的批判を盛り込んで、一応ウリ(にしてるんですよね…?友人の見方はそうです)ならもうちょっとしっかりしててもいいかなと思いました。
案外、鳥羽靖一郎の叔父さんが学園長になってからの方が、マシな学校になってたりして(大笑)。
今の掲示板の話題から思いっきり外れてますね。あまり難しいことにガキは口挟めそうにないので…。
政治的な批評や描写は、『タチの悪いギャグ』
以上に考えたことはありません。
いくら何でもそこまで皆バカじゃないでしょう…。でもああいう書き方は『判り易い』からか、結構染まっている人もいますけど。
(小林よしのりも同じかな…)

あと、かなり前の過去ログ(汗)で、女性人気の話があったので一言。
女性創竜伝ファン(少なくとも私の周りにいる限り)のほぼ100%は文庫本からの読者で、読む動機の半数は挿し絵を書いている漫画家に魅かれて、とのことでした。
現にファン層はぴったり重なりますし。
やおい人気も、内容以前に、ただ単に文庫本の彼らのルックスがカッコよくて、頭が良さそう(良いとは私は思わないので敢えて)だから、という設定だけでウケているみたいです。
あくまで私の周りだけで、全体的な傾向は分かりませんが、現場に直面したことはあるので…。
昔の話を突然出してすみませんでした。
私的な話も入れてしまったし。ある意味田中氏と同じようなことやってたりして…<高校批判
それでは。

board1 - No.470

司馬遼太郎について

投稿者:小村損三郎
1998年12月22日(火) 14時57分

やぶにらみさんが名前を出されてますが、田中氏はどうも司馬遼太郎が嫌いらしいですね。
「項羽と劉邦」についても「司馬さんは劉邦が好きらしいけど、これを読んだだけではこの時代のことは分らない。」というようなことを言ってるし、「中国武将列伝」では「日本史には騎兵戦術の天才は存在しない。源義経の用いた戦術は大陸的な意味での騎兵戦術とは別物」などと、どう見ても司馬さんの義経評へのあてこすりとしか思えないようなことを言っています。(司馬さんが言ってるのは「騎兵の特質を全面的に活用することで戦局に徹底した影響を与える」という意味ですよね)

「日本人は自分の手で体制をひっくり返したことがない唯一の先進国民だ。」(創竜伝)
「革命も独立も日本の歴史には無いもの」(灼熱の竜騎兵)
といった部分も、司馬さんが明治維新についてやたらと「革命」という言葉を使うことに対するあてつけとしか思えませんね。
邪推すると、「壮大で崇高な他国の歴史に比べて日本の歴史はつまらなくて程度の低いもの」と暗に言ってるような感じがして何かイヤ。

田中氏は元々インタビューなんかではいつも同じ事しか言わない人なんですけど(笑)、最近よく言うのが、
「私は歴史をエンターテイメントとして書きたい。処世術や経営術の教科書として歴史小説を書くようなことは無粋でくだらない。(大意)」
ビジネス雑誌の歴史小説特集等に非常な嫌悪と反感を抱いているようで(実は私もそうですが)、そこに必ず出て来る司馬遼太郎が嫌いになっちゃったんでしょうかね。
だとしたら本多勝一や佐高信と同レベルだな。これは読む側の問題で作者になんら責任のあることではないのに。
ヤンのキャラクター造形の中核が「花神」からきてることは明らかだと思うんだけど・・・。

一方、妙に海音寺潮五郎が好きらしく、しょっちゅう「これは海音寺さんがおっしゃていたことですけど・・・」と言って発言を引用してます。
何故なのかはさっぱり分りません。「天と地と」「平将門」位しか読んでないもので。

山田風太郎については、田中氏も解説を書いてる忍法帖シリーズしか読んでいません。(どれも面白いが、私的にピックアップすると「甲賀忍法帖」「外道忍法帖」「魔界転生」あたりかな。でもやっぱりこの人は天才。くだらなさもここまで来れば芸術だ(笑)。)
明治物は司馬作品に対するアンチテーゼとして評価が高いようですね。

>事件発生の前提が無茶苦茶なんですよ。

「東京地獄変」でもミサイル発射に至るまでの展開は超テキトーでしたよね。
まあ、あれは「落ちたらどうなるか」というシミュレーションのほうが眼目なので「発射されるまで」はテキトーでいいんでしょうが。

>本当は女性の書き方とかで「銀英伝」にも不満はあるんですが(過去ログでもちょっと書いておられる方がいらっしゃいましたね)・・・。

女性の方からはこういう意見が多いですね。(いや、私もそう思う時はありますが・・・)
でも、これについては田中氏も私も男ですから自ずと限界があるんだと思いますよ(^^;;)。

>私自身は戦争行為につき、肯定否定というよりも「きっと人はいつまでもこの行為を断続的に続けていってしまうのだろうし、私もそ
ういった生き物の一員なんだよなあ」って思うだけ。

おっ、これは「富野由悠季」的(^^)。

>ここに来場されて書き込まれている方の年齢層は二十代~三十代(推測)の方々が主なのでしょうか。

ひょっとしたらそうかも・・・。

>(ログの内容は、銀英伝読んだことがない私には、所々判らなかった部分もありましたけれど…・汗)
>私は田中氏の著作は創竜伝とアルスラーン、あと最近の女刑事モノ(題名忘れた)しか読んだことがありません。

偉そうな言い方かも知れませんが、やっぱり田中氏を語る上では銀英伝は基本でしょう。
ヒトラーを語る上での「わが闘争」みたいなもの(←をい)。
そう言えば私が銀英伝を初めて読んで涙したのも高校生の時でしたよ(遠い目・・・)。
今の高校生位の人達っていうのは言ってみれば「田中芳樹第2世代」あたりなのかな?

board1 - No.471

ありがとうございました

投稿者:T.M
1998年12月22日(火) 15時19分

先日書き込みましたT.Mです。

色々なご意見を拝謁しまして感謝に堪えません。守秘義務もあり中途半端な書き方しかできないことを先にお詫び申し上げます。

「銀英伝」の中では政治の腐敗というある意味判りやすいシステムの矛盾を巧妙に書いた作品だとは、私自身思います。ですが個人の腐敗と構造の矛盾は別物…です。(実はこのような言い方をはしたくないのです。それしか道がない現状を否定するのは身が切られる想いがします)政治には様々なしがらみがあるのは皆様はご存じの通りです。ですがそのしがらみにも卑俗的なものが多いのも、また事実なのです。
身内の恥をさらすようですが
「あいつは応援する。儂の孫を学校にいれてくれたからのう」
と言ったある政治家がいます。このようなことは日常茶飯事にあることです。

田中氏が「小説」という虚構の中で政治を戯画化するのは是とするべきでしょう。ですが受け取る側が「小説だから、絵空事だから」と流せるような描写をしていないことが問題だと私は考えております。
影響力を考えて頂きたいと言うことです。
少なくとも、政治家の論文よりは多くの人数に読まれるでしょうから。
…でも、田中氏のように書くと面白いんですよね。「そんな感じ」と言いながら。

「投票というシステムを変えない限り、何も変わらないよ。真剣に考えても、気分で決めても同じなんだから」と老政治家が引退した後に言いました。
暴言だと思いますが、正論です。どう変えるかなど誰にも理解できないことだと関係者全員が判っているからです。
でも理想は追い続けるしかないですね。

最後に、私の心の内を書いて終わりたいと思います。
「バレたらまずいんだろうなぁ…」

乱文失礼しました。

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