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投稿ログ75 (No.1348 - No.1362)

board1 - No.1348

お笑い作家

投稿者:石井由助:
1999年06月10日(木) 19時04分

>お笑い作家としての田中芳樹

 お笑いは大きく分けて「ユーモア」(ほのぼのとした笑い)と「ギャグ」(突発的な笑い)の二つに分類できると思うのですが、どちらかといえば田中芳樹は「ユーモア」系の笑いであり、ギャグとは違うと思います。

 限りなく主観的な事になりますけど、私は田中芳樹のお笑いに関しては、ほとんどゼロに近い評価です。犬に「松永良彦」なんて名前を付けても、少しも面白くありませんし、むしろ創竜伝を読んでいるとつまらないダジャレを言われたときのようなイライラさえ感じます。銀英伝のころも笑えるとは思いませんでしたが、あれのほうはその笑えなさが物語の演劇的な世界観によくあっていると思いました。

 摩天楼に関してはまだ読んでいないので何ともいえないのですが、「極楽大作戦」のあのノリを田中芳樹の文体でやるとすると、かなりツラいんじゃないかなぁ…と思います。
 スラングを使う時さえ、「アホちゃうか」「アホじゃねぇのか」と書けずに「アホと違うか」と礼儀正しく書いてしまうよしきん節で、椎名高志的な小気味のいいボケツッコミをやったら、若者言葉を無理して使うオジサン的痛さがありそうな気がしますが……

 あと、よしりんのギャグの才能が枯渇している、というのは、過去はともかく現在は同感です。

>ついでにお聞きしたいのですが、「好きなギャグマンガ」教えていただきたいのです。

 個人的には「ファミ通のアレ(仮題)」(竹熊健太郎・羽生生純)がいまだに一番好きかなぁ。
 椎名高志のノリなんか好きですけど、だからこそ、「あれは田中芳樹とは水と油だろ」と思わずにはいられないのですが…

board1 - No.1349

なるほどお笑いねぇ

投稿者:Merkatz
1999年06月10日(木) 21時47分

確かに「創竜伝」はお笑いかもね。小早川奈津子なんて完全にお笑いだし。でもこれはユーモアやギャグというより笑劇(ファルス)だよな。それもかなり醜悪な。
竜堂兄弟の掛け合い漫才も面白いけど、これもほほえましいっていう感じのものだし。
いわゆるギャグは書けないのかも。親父ギャグで寒くなって終わりとか。ギャグ作家田中芳樹・・・想像もつかんわ。

board1 - No.1350

ギャグ作家よしきん(と若干のギャグ(暴)論)

投稿者:本ページ管理人
1999年06月11日(金) 04時16分

>小早川奈津子なんて完全にお笑いだし。でもこれはユーモアやギャグというより笑劇(ファルス)だよな。それもかなり醜悪な。

あ、これはそうですね。

>竜堂兄弟の掛け合い漫才も面白いけど、これもほほえましいっていう感じのものだし。

 竜堂兄弟の漫才って、要はサザエさんの磯野家じゃないですか。終がカツオで(^_^;)。
 パクってけしからん、とかそういうことを言いたいわけではないですよ。要するに、きわめて正統的なユーモアの系譜の上にあるってことを言いたいだけです。

 私も田中芳樹にギャグは書けないと思います。田中芳樹の毒はギャグの毒とは明確に違うと思うので。
 「私とハルマゲドン」(竹熊健太郎)で、ユーモアは常識内の笑い、ギャグは非常識・反常識の笑いと竹熊は定義していますが、それでいくと「政府の批判」というきわめて「常識」的なことをあたかも発禁になるほどの「非常識」と思っている人にギャグは無理でしょう(あれをギャグだととらえられる人は同じような認識を持っているのでしょうか?)。
 よくギャグ芸人のことを「コワレ芸人」と言いますが、これはギャグの一面をついていると思います。そして、田中芳樹はその面では「コワレ」の対極にあるきわめて健全な常識人です。

 まあ、小早川奈津子自体は「反常識的」であり、田中作品では珍しくギャグとして成立していると思います。ただ、その反常識を補強させるために口走らせる言葉が「自由主義史観」とか「進め一億火の玉」っていうのはねぇ(^_^;) いや、これが笑えるというのなら、革新の人の常識ってそういうものかな、と思いますけど(皮肉ではなく)。

 ビートたけしは精神病院を舞台にした笑いの映画を作りたいといっていたようですし、山上たつひこも究極のギャグがあるけど、それは出せない。(反常識すぎて)社会から総スカンを食らってしまうから、と語っています。どちらも、本当にやってしまったら(創竜伝の笑えない発禁ギャグどころではなく)マジで発禁されかねないものです。
 常識とは何かということを見据える冷徹な眼と、この認識があるからこそ、両者ともギャグの世界で第一人者なんだと、私は思います。

board1 - No.1351

RE1345・46

投稿者:冒険風ライダー
1999年06月11日(金) 12時27分

<"一方の観点だけから論じるのは不公平でしょう。"
 がちょっと引っかかりました。>

 これはあなたが言った意味で言っていたのではありません。私は創竜伝の社会評論の中に、文部省側の視点が全くないと言いたかったのです。秦檜論争の時も私はこれが言いたかったのですけどね、田中芳樹の側だけでなく文部省の実情も調べてから評論をするのが必要最低限のルールでしょう。
 批判が多かれ少なかれ偏るのは当然です。誰だって多少は思考が偏ってもいるでしょうし、そもそも私は「公正中立」を自負した覚えは全くありませんが。あなたは私に「神の視点から批判をしろ」とでもいうのですか? 別に私はあなたを満足させるために批判を展開しているわけではないし、「全ての人に分かってもらえる」などという幻想など抱いてはいませんよ。できるだけ多くの人に支持されたいというのはありますけどね。

 それから渡部昇一氏は、あなたのいう「ガチガチの右」ではありません。彼は戦前の青年将校たちを「右翼の社会主義者」と批判していますし、右翼と左翼の共通点を調べ上げた上で
「右翼は国家社会主義、左翼は国際社会主義であり、どちらも社会主義という点では共通している。考え方も行動も似たり寄ったりであり、だからこそ、両者は近親憎悪的な対立をするのである」
と主張しています。これのどこが「ガチガチの右」なのですか?
 まあ本人も「普通一般から言えばちょっと右かな」とは言っていますけどね。彼は朝日新聞に逆らった経歴をもっているから「ガチガチの右」呼ばわりされているのでしょう。朝日のレッテル貼りはあまり信用できませんよ。

 それとどうも以前から気になっていたのですが、あなたの言う「右の立場から左(芳樹)を断罪する」の「右」「左」とは一体何なのでしょうか? 右だの左だのといった定義は人それぞれであり、「ここからが右」「ここからが左」などという明確な基準はありません。
 あなたの論理を聞いていると『俺の基準で「左批判」と判定した批判はするな』とでも言っているようにしか聞こえません。それに「左批判はするな」と自分で言っておきながら、渡部昇一氏や私を「ガチガチの右」呼ばわりするのは矛盾していませんか? 結局あなたも「右だからイケナイ」という批判をしている事に気づかないのですか?

 それに田中芳樹の「左」の論調に対してアンチテーゼを突きつけることが悪いとは思えません。田中芳樹的な決めつけはダメでしょうけど、論理的にいけばそれほどひどくはないと思いますが。それに田中芳樹が隠蔽している事実を暴こうとすれば、ある程度「左批判」になってしまうのはやむを得ません。自分の意見と異なるからといって「左批判はいかん」と勝手に決めつけるあなたこそ、田中芳樹と同類でしょう。
 かの「日の丸・君が代」のあの取り上げ方にしても、田中芳樹が隠蔽していた事実がそれであっただけの話であって、別に「日の丸・君が代」について特に何かを主張したわけではないのですけどね。

 「批判の内容が間違っている」というのならば私はいくらでも受け付けますけど、正直な所「左への批判だから」などという理由にいつまでも付き合ってはいられません。この理由では内容を問わずにいつでもいちゃもんがつけられるではありませんか。
 この問題では双方ともに理解が得られそうにもないのでいくら論争をしても無駄だと思います。この間の論争で散々それを思い知らされたし。「左への批判だから」という漠然たる理由ではなく、もう少し具体的にどう違うのかを主張してくれませんか? もちろんレッテル貼りはなしで。

 後もうひとつ、
<断っておきますが、冒険風ライダーさんだからツッコミを入れるわけではありません念のため。>
 余計なことは書かないで下さい。

>お笑い作家としての田中芳樹

 なかなかユニークな考え方ですね。あなたが指摘するまで、私は田中作品が「お笑い」という要素があるのかどうか考えた事さえないのですけど、私も管理人さんと同意見ですね。創竜伝のギャグは全く笑えませんし、そもそも田中芳樹にギャグ小説は書けないでしょう。あかほりさとるに政治評論をやらせるようなものです。銀英伝の場合も「ユーモア」的な笑いならあったでしょうけどギャグとなると……。
 そもそも創竜伝は肝心のストーリーが訳分からないようになっているのに、そのうえ小早川奈津子を強引に登場させてさらにストーリーを引っ掻き回すのはどうもねえ……。本道であるストーリーを破壊してまで下手なギャグを展開する必要はないでしょう。最初からギャグ小説としてスタートしたのならばそれもいいでしょうが、「創竜伝」も「薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ」も「ギャグが本道」ではないでしょうし。私が創竜伝に愛想をつかしたのも、社会評論よりも先にストーリーがくだらなくなったからなのですから。
 しかし田中芳樹がお笑い作家でないのは恥ではありませんよ。ジャンルが違うというだけの話です。

>ついでにお聞きしたいのですが、「好きなギャグマンガ」教えていただきたいのです。

 ギャグマンガといっても、最近は「純粋なギャグマンガ」というものがなくなってきてますからね。「ついでにとんちんかん」(←古いか)を超えるギャグマンガがいまだにでてこないし。ラブコメでいいのならば
週刊少年サンデー「極楽大作戦」
月刊少年ガンガン「守って守護月天」
週刊少年マガジン「ラブひな」
くらいでしょうか。最近ギャグマンガも減ってきているしな~(-_-)。

board1 - No.1352

芝浦鉄筋家族が好きだな

投稿者:仕立て屋
1999年06月11日(金) 14時45分

ところで「次元航海記」ってどんな漫画なんやろ。

board1 - No.1353

脱線多し覚悟されよ

投稿者:俺様ランチ
1999年06月11日(金) 16時28分

 まず、うまい表現が見つからなくてつい「ギャグ」って使ってしまったのですが、本当はこの単語は既にダサダサだと思っています。実生活で「あんたのギャグは・・・」なんて言われると「ネタと言えネタと!」と訂正させている感じでして。ってまあ確かに田中節は「ユーモア」に近いというのは何となく同感です。

 むー。創竜伝を「全く笑えない」と言われるとやっぱツライです。俺的には「犬の名前に松永良彦」ってのはナイスガッツ!って感じだったのですよ(以前、他の作家が似たようなネタを先にやってた、という書き込みを踏まえても)。終がボケで続がツッコミというのが完全固定化しているというのも確かに物足りないのは事実ですが。どこだったかな、「茉理と始が別々の部屋で寝て、他の連中は皆同室にすればいいのに、と思った」とかのクダリはヒットでしたよ。創竜伝は各巻1回ずつしか読んでないので実は弱いのですが、水池・蜃海・虹川のやりとりなんかは結構笑えた記憶があるのやらないのやら。奈津子ネタはもともと狙いが見えすぎてて、ツライ時もありますが、それでもまあいい味出してると思いますよ。
 銀英伝の場合には、ヤン艦隊の会話は基本的に全てネタとして考えていいでしょう。「どうせダメなら酒飲んで寝るか」とか、ヤンのプロポーズの台詞とか、外伝の2巻はハッキリ言って芳樹がヤン艦隊のコメディやりたくて書いたとしか思えないですし。アルスラーンも同様ですし。
 皆さん薬師寺シリーズを妖怪退治のお粗末さでけなしてますが、あれはどう考えても「薬師寺に振り回される周囲、というドタバタ」こそが「作者の書きたかったもの」でしょう。夏の魔術シリーズは確かにホラーとジャンルづけできますが、薬師寺に妖怪退治物なんてジャンル付けできませんて絶対。あんなんストーリー手ぇ抜いてドタバタをメインにした小遣い稼ぎ作品なんですから、作家としての姿勢を非難するのは大いに賛成ですが、作品としての評価はお笑いネタの出来不出来のみで評価すべきだと思いますよ。俺的には「わがままな美人」なんて素材がベタすぎて中の下ってとこです。部下の泉田の造型は田中節が感じられていいセンいってます、読書人だし。ただ作品全体見て、あれならダリューンとナルサスの掛け合いの方が面白い。
 ついでですが、まさか芳樹をパクった訳でもないでしょうが、藤原紀香使って威張った女版GTOの「ナオミ」なんてウンコドラマが売れてるんだから、世の中の視聴者なんて芳樹が手を抜いたくらいの脚本でちょうどいいくらいなのかもしれんですよ。

 むー、芳樹のネタは「理詰めでわかると笑える」って感じですか。ヤンのお説教以外の台詞は基本的に全て「読者かユリアンにつっこませるための」前フリですし。

 ああ、お笑いマンガ道場にはこれでも結構自信があるのですよ。これはこのサイトの人に限らず全ての人にいつも言っているんですが、うすた京介(すごいよマサルさん・武士沢レシーブ)のネタで笑えない20代前半は、それまでの人生でのマンガの読み込み量が足りなすぎます。90年代最強のお笑いマンガセンスの持ち主でしょう。芸能人でいえば松本人志です。

 これから挙げる人物は全て押さえて欲しいくらいなのですが、基本的にマンガ内ではツッコミを入れずに読者に「それ、ちーーがーーーうーーーー!!」とつっこませるジャンルが多いです。
 「脳みそプルン」は全日本ランキング現在2位でしょう。
 最近ちょっとマンネリ化しつつあるとはいえど、登場以前と登場以後で日本の「最先端のギャグ」というものの常識を塗り替えた、という歴史でいうなら明治維新?くらいすごかった吉田戦車だけはぜひとも押さえていただきたい!
吉田戦車を読んでいれば和田ラジヲは読まなくていい!
 あと、江戸時代好きなら絶対笑えて、「今時の若者とか流行というものが大嫌いで大嫌いでしょうがない」という主張がわかり過ぎる点も笑えるほりのぶゆき(江戸むらさき特急、てれびさん他)は個人的には大好きなのです。
 立沢直也の「禁ドン」のブラックさは、ネットでシコシコ暗い論争してる我々のような人種にはピッタリだと思いますよ。
 島本和彦をギャグと言ってしまうと抵抗があるかも知れませんが、これもかなり熱くて熱くてその空回り具合が笑える、と思うと無理矢理田中芳樹との共通点が見えなくもないかも。
 あとは「玄人のひとりごと」や「まあじゃんほうろうき」とか。

 なんか語り出すとHP作れるくらい長くなってしまうのでやめますが、2位集団としては全盛期のスピリッツ系4コマの類が好きらしいです。少年サンデーは手を出したことが一度も無いので知識が弱いのは否定できませんが。

 ちなみに、小学校の卒業文集の自画像は「抜作先生」だったほど、とんちんかんには傾倒してましたよ。アレはマサルさん以前のジャンプギャグマンガの王者でしょ。
 ついでに言えば、俺らが小学生の頃、ジャンプでとんちんかんで笑うのは非常にナウかったですが、コロコロ読んで「つるぴかハゲ丸」とか「おぼっちゃまくん」で笑う層は非常にダサがられてた記憶があります。学校で茶魔語使う奴は撲殺してまわったくらいです。そんな思い出があるものですから、小林が「おぼっちゃまくんを読んだ層がゴー宣読んで・・・」とか言ってるのを聞くと「センスのねえ奴ばっかしファンについてるんだな」とか思ってしまうのです。

 ただ、わかる人にはわかって欲しい。日本で最強のお笑いブックは、マンガでは無かったですがパソコン雑誌ログイン(ただし3年前くらいまで)だったという事を。80年代後半から90年代前半まで、日本で最強のお笑いクリエイター集団はなぜかアスキーにいたのです。

 いやいや、脱線しまくりしまくり。冒険風ライダーさんの事あんまり偉そうに言えないすな。ただですね、銀英伝内のネタで全部笑え、とは言いませんが、全部笑えないと言われると、そりゃ田中芳樹向けの体じゃないんですよ残念ながら。・・・とすると、何人の方が読まれたかわかりませんが、「奔流」の陳慶之の描写でも笑えなかったりするでしょ? それじゃ田中芳樹もさすがに浮かばれませんよ(まだ死んでない)。

 俺は、司馬遼太郎(最近「燃えよ剣」を読んで、なんで今まで読まなかったのかと激しく後悔中)も陳舜臣も宮城谷昌光も笑いは書けない、でも同じく歴史なんてお堅いジャンルを書く傍ら、田中芳樹はお笑いも作中に混ぜられる、という点で「特別ボーナス点」をあげて評価してあげてはどうか、と言いたいのです。
 何はともあれ、今までこの掲示板には無かった素材を提供できたことだけは、クラスのみんなに自慢してやろうと思います。
 じゃあヨロシクドーモ!!

board1 - No.1354

結局

投稿者:不沈戦艦
1999年06月11日(金) 16時29分

 管理人さんは何が主張したいのですかね?「+α氏の戦争論批判に付ける下らないレスに腹が立つ」のなら、自分でちゃちゃちゃに乗り込んで行って「こんな下らないレスは付けるな。+α氏の言っている事を、もっと真摯に受け止めよ!」とでも書き込めばいいでしょう。小林よしのりに対する考えを、「田中芳樹を撃つ!」に遭えて書く理由はいかに?ここは「小林よしのりを撃つ!」にでも変わったんですかね?どうも意図がよく解りません。具体的に管理人さんはどうしたいんですか?愚痴をここの常連に聞いて欲しいだけですか?それとも、「怒りの掲示板(潰れたそうですが)」のリンクに、「小林よしのり信者のキチガイです」と書かれてここのリンクを貼られた事を、まだ気にしているのですか?あんなアングラ掲示板なんぞ、どうでもいいと思いますがね。まあ、これは邪推に過ぎませんが。

 それと、+α氏は、最初に「戦争論は間違いだらけ」とぶちあげた時、では具体的にどこが間違いなのか、「戦争」に関する部分では何一つ例証していませんでした。少年犯罪の件数などについて書いただけで。多くの人が「根拠なしのイチャモン付け」と受け取ってまともに読もうとしなくなったのはしゃあないでしょう。普通の掲示板と違って、スレッド方式はその投降を読もうと思わなければ見ませんからね。それでいくつか少年犯罪についてのレスがあって、誰もが忘れた頃の今週になって、突然スレッドを掘り起こして例証を始めた訳です。何でもすぐ噛みつきに行く人が群がっていって、熟考してレスを付ける人があまりいなかったのは、この背景からはしょうがないでしょう?

 私は+α氏の言っていることは一々そうかもな、とは思いますが、それが訂正されたからと言って「戦争論」の作品世界が破壊されるような話だとは思いませんでした。東京大空襲で出た死者が10万人ではなく、8万人だったとして「戦争論は全部間違いです」になりますかね?意味不明の政治評論で「創竜伝」の作品世界を破壊してしまっている田中芳樹と同列には論じられないんじゃないですか?悪いですが+α氏のやりようは、「重箱の隅つつき」ではないかな、と思いましたがね。もちろん、それが無意味だとは思いませんが。だから、「小林よしのりに対して間違いを指摘したら、訂正するんじゃないかな」と言った訳です。「戦争論」は「小説で社会批評を実質的にやっている」んじゃないですから。

 一応誤解のないように言っておきますが、私は「小室直樹ファン」ではありますが、「小林よしのりファン」ではないです。「戦争論」を全面的に肯定している訳でもありませんしね。

board1 - No.1355

田中と島本(捨てネタ)

投稿者:新Q太郎
1999年06月11日(金) 20時36分

>島本和彦を(略)無理矢理田中芳樹との共通点が
>見えなくもないかも。

*田中芳樹との共通点

(1)「もう・・・どうしても物語が続けられない・・・!
ここらへんで適当にテーマらしいことをにおわせて・・・中断するしかない」

(2)「しかも主人公は貴族的な金髪美形の若者と、ユーモアと教養のある黒髪の中年の2本立て!読者は必ずどっちかにつきます!」
「うぬうう、や、やるな」「だったら次作は4人だ!」

・・・以上「燃えよペン」(竹書房)より。

board1 - No.1356

ユーモアセンスとギャグセンスについてひとくさり

投稿者:仕立て屋
1999年06月12日(土) 02時46分

 「イギリス人にはユーモアがある」,「アメリカ人にはユーモアがある」これらはわたし自身なんとも言えないがよくいわれるフレーズである。しかし,イギリス人にはギャグセンスがあるとかアメリカ人にはギャグセンスがあるなどとはあまり聞かない。ユーモアセンスとギャグセンスの違いはどこにあるのだろう。
 わたしは,伝播,模倣,再生産に耐えられ世代を越えて継承可能なものがユーモアセンスであり,その場その場の鮮度が重要であり,模倣,再生産の効かないものがギャグセンスであると規定したい。言いかえれば,特定の文化風土によって育まれるものがユーモアであり,主に個人の才覚に依存するものがギャグセンスである。

 関西お笑いの技法にボケ,ツッコミやノリツッコミといわれるものがあるが,大抵の関西人はこれらを習熟していることでしょう。その他の地方の人間から関西人がオモロイといわれる所以はこのあたりにあるように思われる。これらの技法と関西弁が合わさった時,小気味よい調子とテンポが生まれる。しかしながら,これをもってギャグセンスがあるかというとそうではないと言いたい。これらは継承可能で模倣の効く,いわば技術であって,他地方出身の人間でも長年関西地方に住んでおれば,まがりなりにも身につくものである。これらは,定形化された技術,様式美であり,一種,継承可能な文化風土とも言ってよかろう。お笑い文化ともいえるこうした関西の風土に身をおく限り,ある程度ユーモアセンスは磨かれ,極論,そこに個人のオリジナリティーがなくともそれなりにニヤっとできるものが仕上がる。
 翻ってギャグセンスはどうだろうか。きのう人に受けたからといって今日も受けるとは限らない,つまり鮮度の概念が存在する。また,ダウンタウンの松本の真似をそっくりそのまま真似したからといって私がテレビで爆笑を取れるというものでもない,さむいだけである,つまり,伝播継承,再生産への耐性がないといえる。これらはもっと差し迫った緊迫感を伴うものであり,かれの弟子になれたところで身につくものでもない。継承可能なものがあるとするならば彼の取組み姿勢や定形化されたパターンといったものしかないだろう(これらがお笑い文化,風土になっていくともいえる)。結局のところギャグセンスとはオリジナリティーが要求される個人個人の才覚に依存せざるを得なく,これで生計を立てられるのはごく一部のタレントに恵まれた者だけである。

 以上,わたしなりのユーモアとギャグに対する認識を述べましたが,これを踏まえて田中氏の作品について少しふかしてみたいと思います。

 結論から申し上げると氏の作品にはユーモアセンスは感じられるがギャグセンスは感じられない。作品におけるユーモア部分はニヤっとできるものでしかなく,オリジナリティーは余り感じられない。別にそれが悪いと言ってるわけではないけれど。ユーモアは一度,身に付けばそれほど苦労することなく,その作品において,模倣,転用,再生産ができるもので,それが”主たる”売りだとすれば,大量な作品生産も可能となる(世界構築に時間をかけた作品は遅筆となり,ユーモアが売り?の作品はえらい続刊が出るのが早いというのは穿った見方だろうか?)。いわば,お気楽な行為であり,お金儲けにもっとも適しているとも言えよう。そういった傾向は近年における田中氏の作品を見ているとよくわかる。ちょっと話がずれるが,よくプチ田中などとこのサイトにおいていわれることだけど,ひょっとすると,ユーモアの模倣,調子の模倣というのがあるのかもしれない。わたしは森岡浩之だっけ?かの征界の紋章シリーズは結構好きであるがジントとラフィールのやりとりなんかは田中氏の影響を伺える。でも嫌みが無いぶんこっちのほうがわたしの好みに合うが。他人に模倣されるくらいだから,田中氏がユーモアセンスをもっているのかいないのかと問われれば,私は持っていると答えておこう。

 そう言えば,浦安鉄筋家族だったっけ?

board1 - No.1357

補足

投稿者:仕立て屋
1999年06月12日(土) 04時14分

 ユーモア文化のある土壌で質のよいギャグセンスが磨かれるということは言えるかもしれない。

board1 - No.1358

RE:1354

投稿者:仕立て屋
1999年06月12日(土) 05時05分

> 管理人さんは何が主張したいのですかね?「+α氏の戦争論批判に付ける下らないレスに腹
が立つ」のなら、自分でちゃちゃちゃに乗り込んで行って「こんな下らないレスは付けるな。
+α氏の言っている事を、もっと真摯に受け止めよ!」とでも書き込めばいいでしょう。小林
よしのりに対する考えを、「田中芳樹を撃つ!」に遭えて書く理由はいかに?ここは「小林よ
しのりを撃つ!」にでも変わったんですかね?どうも意図がよく解りません。具体的に管理人
さんはどうしたいんですか?愚痴をここの常連に聞いて欲しいだけですか?それとも、「怒り
の掲示板(潰れたそうですが)」のリンクに、「小林よしのり信者のキチガイです」と書かれ
てここのリンクを貼られた事を、まだ気にしているのですか?あんなアングラ掲示板なんぞ、
どうでもいいと思いますがね。まあ、これは邪推に過ぎませんが。
---------------------------------------------

 邪推でしょ?

創竜伝を擁護する創竜伝ファンがよく使う論法で「創竜伝は小説だから」というのがありますよね。それをこのサイトにて批判した際に,一連のよしりん漫画評論と対比させて,田中芳樹の創竜伝における姿勢が不誠実であると言う論法を使った訳。なのに,管理人さんが対比のダシに使ったよしりん漫画を擁護する方(不沈戦艦さんが仰るように一部の方)がNC4にて創竜伝を擁護する創竜伝ファンと同じ論法を使われたことに対してその延長的な話題としてこの掲示板で持ち出されたのだと思うのだけど。それ以外の他意は読み取れないけどな。ただ,わたしも管理人さんと論争していて感じたことだけど,反論に対する反論において脱線しがちで深く入り過ぎるきらい(ストレートに反論すれば済む話なのに)があるのでそのように感じられるだけだと思うけどね。俯瞰的にみようぜ~。

board1 - No.1359

とりあえず

投稿者:本ページ管理人
1999年06月12日(土) 05時55分

 大体は仕立て屋さんが述べてくれたので重複する説明は避けますが、「+α氏の戦争論批判に付ける下らないレスに腹
が立つ」からグチグチ言っているわけではない、ということだけは私の方から明言しておきます。

board1 - No.1360

あえて言えば

投稿者:Merkatz
1999年06月12日(土) 22時21分

「ちゃちゃちゃ」における小林よしのり擁護が「創竜伝」擁護と同じだとのことですが、まあそのような要素も否定はしきれません。
ですが+αさんが最強の論客というのはちょっと賛成できません。
まず彼の最大の欠点はあれらの詳細な指摘が「戦争論」のテーマを何ら突き崩してはいないことです。
どうやら+αさんは間違いがあるから「戦争論」は価値が無いと言いたいようですが、間違いがあるだけでその作品が否定できますか?
ここでもよく話題になるではありませんか。「銀英伝」「アルスラーン」などは間違いもあるけれどそれが作品の面白さを壊すものではないと。
結局、小林よしのりを擁護していた人はそういう事を言いたかったんじゃないかなと思います。
+αさんは「戦争論」を歴史書と捉えているようですが、その間違った認識に「あれは漫画」と反論したかっただけなのではないでしょうか。
小林よしのり自身も「エンターテイメントでやってる」と常々公言していますから。
だからといって間違いが許されるわけではありませんが、間違いがある=無価値な本というのは短絡にすぎると思います。
小林よしのりと田中芳樹の差は「誠実さ」なわけですから、あれらの指摘された間違いを送りつけて彼が何ら対応しなかった時はじめて、小林よしのりの戦争論は無価値といえるんじゃないでしょうか。

+αさんは資料研究に優れているようですが、それだけでは「論客」とはいえません。ましてや「最強」でもない。自らの資料研究を論理に結び付けてはじめて「論客」足りうるのです。彼の資料研究は戦争論のテーマ破壊にぜんぜん結びついていないのですから、彼は「論客」の名に値しないことは明白でしょう。

board1 - No.1361

出すぎたマネですが

投稿者:仕立て屋
1999年06月13日(日) 04時23分

>+αさんは資料研究に優れているようですが、それだけでは「論客」とはいえません。ましてや「最強」でもない。自らの資料研究を論理に結び付けてはじめて「論客」足りうるのです。彼の資料研究は戦争論のテーマ破壊にぜんぜん結びついていないのですから、彼は「論客」の名に値しないことは明白でしょう。
-------------------------------------------------------------------------------

 うん、うん、「最強」ってのは確かに誉めすぎかもね。歴史資料については正直、わた
しは知識を持ち合わせていませんし、また、あまり興味もないので何のことを+αさんが
主張されてるのか理解できませんでしたから、そのあたりの評価は保留しときます(ちな
みに私、戦争論は購入してます)。ただ、彼の「少年犯罪や少女売春は減少している」と
の主張の根拠に犯罪白書の統計をそのまま鵜呑みにして分析もされていないのには正直、
お粗末な感はぬぐえませんでした(また、漫画の解釈は文字だけ出なく、吹き出しのある
絵柄の方も解釈に入れるべき)。統計というものの性質に少しでも留意しておれば、統計
が「事実」をあらわしているのではなく、ある「側面の一現象」を示しているに過ぎない
ことが理解できるでしょうに(暗数概念やデータの採取法、警察統計なのか裁判統計なの
か、社会情勢の変化など、つまり、主張する前にその根拠となる統計を綿密に分析する必
要がある)。であるならば、あんな結論が導き出せないことは自明のはずなんだけどな
(informationをintelligentしてはじめて意味を成す)。ま、どうでもよいことだけど。
あとそれから、Merkatzさんのコナンドイルの話は納得です(主張する前に、全体におけ
る己の主張の位置付けを吟味すべきでしたね、彼は。まあ、それを理解した上で、あえて
末枝を折るってのならある意味、それも良しですが)。

board1 - No.1362

RE1360.1361

投稿者:本ページ管理人
1999年06月13日(日) 06時11分

それなりに言いたいことはありますが、それをここで言ってしまうとそれこそ不沈戦艦さんの言うようになぜここでそんな話をするってな事になってしまいますので、ここはとりあえずこちらから矛をおさめておきます。
 とりあえずNo. 1359で必要なことは言ったと思うので、ご了承ください。

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