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投稿ログ12 (No.292 - No.308)

board1 - No.292

レスです

投稿者:やぶにらみ
1998年12月01日(火) 00時42分

>7.トンデモ本の世界
私が田中芳樹を見限った(嫌な表現ですが)のが、まさにこの個所だったもので、よくぞ書いてくれた、と思います。こういうの編集者レベルで何とかならなかったのだろうか。トンデモ本の総本山の徳間書店ならともかく。
陰謀史観というのは苦手ですね。フリーメーソンとかユダヤとか、共産党でも反日勢力でも、何でもいいですが、悪役をでっち上げるやり方は、仮に主張に一理あるとしても、単純化のしすぎではないかと。
もっとも、こうした解り易さが、往々にして魅力の源泉だったりして。田中芳樹に限った話ではないです。

>「お前が戦場に行け」論
政治家や将校クラスの人間は、世襲やそれに準ずる登用がなされていることが多く、そうした既得権益にあぐらをかいているものです。その辺を突っつくには一番効果的でしょう。
「戦争は外交の一手段である」というのは一面の真理ですが、人間を消耗品扱いするという事実に現実味を持てない人間の発想じゃないかと。

board1 - No.293

ジェシカの反戦運動

投稿者:不沈戦艦
1998年12月01日(火) 03時58分

 先ずは管理人氏へ。確かに、韓国人に読ませた方が面白いかも知れません。それと台湾人ですね。どこかの国(たって北朝鮮に中国なのは解りきった話ですが)から、領土的な野心を日常的に持たれている国はそのくらいでしょうから。

 それとですね、反戦運動=軍縮か、についてですが、まあここは正直言って端折って書きました。正確に書くと、「銀河帝国と和平交渉を行って戦争を終結させ、平和を到来させる」ってところでしょう。これでも、銀英伝世界では、あまりに甘い認識です。ジェシカたち反戦運動家は、同盟政府を和平の方向に持っていけば、銀河帝国と一定の条件で停戦する事が可能、とでも考えているんでしょうけど、大甘ですな。相手が受けなかったらどうなるのか、客観的に見て、相手が和平交渉を受ける条件が整っているのか、という観点が見事に欠落しています。ジェシカが反戦運動に身を投じたのは、婚約者のラップ少佐がアスターテ会戦で戦死したことから始まっています。その時点でなら、両国の軍事バランスは拮抗している訳ですから、帝国に「皇帝に逆らう愚かな叛乱軍を懲らしめる」という意図を捨てさせれば可能だったかも知れません。ところがその後、事態が徹底的に変わります。アムリッツア会戦の同盟軍の惨敗で、軍事バランスは完全に崩れました。イゼルローン要塞無しには同盟の防衛がおぼつかない状況にまでなってしまっているではありませんか。特にアムリッツア後は、帝国が和平の提案を受ける訳はありません。軍事的バランスが崩れて、チャンスが訪れたのですから。しかも、帝国にはラインハルトといいう「全宇宙をこの手に」などと考える野心家もいることですし。そのような状況下において、反戦運動が継続しているという事は驚異的でしょう。まさか反戦運動家たちは、ヤンのように「国など滅びても構わない」と考えている訳じゃないでしょう?帝国に征服されて自由も民主主義も失ってしまうことは悪夢の筈です。それなのに、反戦運動が終わった訳ではない。実際クーデター時に「平和的な市民集会」を開くだけの力があるのですから。どうもジェシカ以下の反戦運動家この辺の行動は、実際に他国の軍事的脅威を受けている国の国民の行動と言うよりは、日本にかつて跳梁跋扈していた空想的平和主義者を彷彿させるものがあると思います。曰く「憲法第九条を守ろう」「自衛隊はなくすべきだ」「日米安保反対、米軍基地は撤去せよ」などなど。軍事バランスに関する論理的把握など気にもせず、現在の平和がどうやって保たれているかを考えもせず、ただただ「戦争と軍隊は嫌」という気分だけで平和を叫んでいた連中そっくりではありませんか。田中芳樹も、こういった連中にまだ共感しているのかも知れません。カエルサル氏の意見では「田中芳樹の頭の中はまだ70年代」という事ですから。これなら、ベトナム反戦運動の方が遙かにましでしょう。彼らは、自らの安全を考慮しないでやっていた訳じゃないんですから。前にも言った通り、アメリカ合衆国自体が北ベトナムの軍事的脅威に曝されていた訳ではありませんので。「何でアメリカ人の血を流してまで、ベトナムを助けねばならないのか」というだけの話でしたから。

board1 - No.294

ゼッフル粒子とミノフスキー粒子

投稿者:百式
1998年12月01日(火) 05時01分

田中芳樹には軍事的知識が少ないとの指摘が多いですが。
このゼッフル粒子においても、そう考えられます。というのは、
この粒子を散布するとその中で火器を使用すると引火して自分の身も危ないので、火器を抑制するようですが。しかし、よく考えてみるともし旧日本軍のように「もう、このまま戦っても負けは確実だから、どうせ負けるのなら相手も道ずれだ。」という風にみずから粒子に引火させて自爆行為をすることが可能で、あまり効果的なものではないような気がします。また、ガンダムに出てくるものですがミノフスキー粒子はゼッフル粒子より有効で用途も多く<Iフィールドバリア、ミノフスキークラフトなど>レーダー撹乱のみならず使われます。火器を抑制するのなら<この粒子は粒子砲を対してだが>この方が有効的です。つまりこの粒子のほうがゼッフル粒子より実戦的
で優れています。しかし友達に両粒子の優越を問うとゼッフル粒子に軍配を上げる人が多いのです。管理人さんはどう思いますか?
他の方もどう思いますか?
また、ガンダムの作者富野氏も田中氏と同様作品中で官僚等を
批判したりしますが、田中氏ほど全然くどくなく、そして、あくまでも作品に作者の意見のようにいれたりはしません。つまり田中氏より
ずっとソフトな書き方です。正直言って田中氏より富野氏のほうが
私は作家として優れていると思うし、好きですね。
皆さんはこれらをどう思いますか?
またこのことも

board1 - No.295

星条旗の一件

投稿者:小村損三郎
1998年12月01日(火) 14時31分

>私が田中芳樹を見限った(嫌な表現ですが)のが、まさにこの個所だったもので、よくぞ書いてくれた、と思います。こういうの編集者レベルで何とかならなかったのだろうか。

「月面の星条旗」については学研まんが「宇宙のひみつ」にも載っていた(笑)比較的有名な話ですので、このくだりは多くの読者から失笑を買ったことでしょう。
後で訂正したのも恐らく読者からの指摘を受けた為と思われます。
もちろん管理人さんがおっしゃるように誤りを訂正すること自体は少しも悪いことでも恥ずかしいことでもありません。しかし、なまじ最初にトンデモなNASA批判と結び付けてしまったが為に、全面的に自らの非を認めるとあまりにもマヌケな結果になってしまうと思い、更にムリヤリで強引なNASA批判をこじつけることで自分の誤りを糊塗しようとした観があります。が、結局はより多くの失笑を買う結果を招いたことは間違いないと思います。「あれは旗に細工がしてあったんだそうだ」でサックリ片づけてばっくれていればまだしも傷は軽かったはず。
この件は正しく田中氏の姿勢と手法が完全に裏目に出て墓穴を掘ったと言えるでしょう。
天に唾するとはこのことですな。

>「戦争は外交の一手段である」というのは一面の真理ですが、人間を消耗品扱いするという事実に現実味を持てない人間の発想じゃないかと。

成る程、たしかにその視点は忘れてはいけませんね。

board1 - No.296

Re>ゼッフル粒子とミノフスキー粒子

投稿者:小村損三郎
1998年12月01日(火) 15時48分

>このゼッフル粒子においても、そう考えられます。というのは、
この粒子を散布するとその中で火器を使用すると引火して自分の身も危ないので、火器を抑制するようですが。しかし、よく考えてみるともし旧日本軍のように「もう、このまま戦っても負けは確実だから、どうせ負けるのなら相手も道ずれだ。」という風にみずから粒子に引火させて自爆行為をすることが可能で、あまり効果的なものではないような気がします。また、ガンダムに出てくるものですがミノフスキー粒子はゼッフル粒子より有効で用途も多く<Iフィールドバリア、ミノフスキークラフトなど>レーダー撹乱のみならず使われます。火器を抑制するのなら<この粒子は粒子砲を対してだが>この方が有効的です。つまりこの粒子のほうがゼッフル粒子より実戦的
で優れています。しかし友達に両粒子の優越を問うとゼッフル粒子に軍配を上げる人が多いのです。管理人さんはどう思いますか?
他の方もどう思いますか?

う~ん、これについてはどうにも答えようがないんじゃないかな(^^;)
どちらも、描きたいシチュエーションを拵える為の小道具、という以上の存在ではないわけだし、ツッコんでいくときりがなくなるし、粒子自体の性質も異なるし、ただでさえ銀英伝のSF設定はそれ自体を捉えてあーだこーだ議論すること自体無意味なシロモノだし・・・。
と、いう訳でこの比較自体にあまり意味が無いんじゃないか、というのが私の意見(笑)。あ、「何故ゼッフル粒子を玉砕戦法に使わないんだ」という件については、「ガイエスブルグ要塞のワープ」同様ツッコまないのがお約束です(笑)。
架空戦記で、描きたい場面をデッチ上げる為に日本の国力にゲタをはかせたり、大艦巨砲主義を継続させたりするのと同じ性質のものでしょう。あくまで小道具。

>また、ガンダムの作者富野氏も田中氏と同様作品中で官僚等を
批判したりしますが、田中氏ほど全然くどくなく、そして、あくまでも作品に作者の意見のようにいれたりはしません。つまり田中氏より
ずっとソフトな書き方です。

う~ん、富野監督の事ををソフト、とおっしゃる方は初めてです(^^;)
あの人は実はとっても過激な一面のある人です。
イヤ、もちろん田中氏とは違った意味で。
少なくとも戦後民主主義を全く信用してないような所が作品の端々に感じられる。
一部官僚主義批判みたいなセリフもそこから来てるんですよ。
タイプで言うと呉智英あたりに近いのかな?全然違う?
「逆襲のシャア」でのシャアの人類への絶望は、そのまま富野氏自身の苛立ちと絶望感に重なっていると思います。しかし、同時に過去の作品であれだけ「人間」をリアルに描きぬいてきた人だけに人間そのものを全否定することもできない。そんな二律背反した部分を体現したのがあの映画におけるアムロ。でも所詮はアンチテーゼとしての存在でしかない。主役はあくまでシャアなんですな。

>正直言って田中氏より富野氏のほうが
私は作家として優れていると思うし、好きですね。
皆さんはこれらをどう思いますか?

う~ん、作者の意見を入れることが良い悪い、というのと作家として優れているかどうか、というのとは又別次元の話という気もします。(創竜伝での田中氏の手法は論外だと思うけど。)
私は自他共に認める富野ビリーバーですが(笑)、少なくとも最新作「ブレンパワード」を見た限りでは
「創作能力の枯渇」
「ストーリー構成力の著しい衰弱」
「現実感の喪失」
といった病状が想像以上に深刻である、と感じました。

う~ん、「田中芳樹を撃つ!」の趣旨からひどく外れてしまった。ごめんなさい。

board1 - No.297

えっ!田中読者を撃つんじゃないの?

投稿者:謎の転校生
1998年12月01日(火) 21時24分

No.282をみて少し疑問があります。管理人さんは確かあちこちで宣戦布告をされたらしいのですが
田中芳樹作品のファンサイトに書きこんだということは少なくとも田中ファンの価値観を変化させる
意味で撃つまではいかなくても揺さぶってはいるでしょう。議論の場と言っても論敵ですから
田中ファンを論理的に打ちのめすのがディベートってやつでしょう?
それならばはっきり言えばいいじゃないですか
「最近の田中芳樹の書くものは疑うことを知らない若者達に悪影響を与える危険性があるから
このホームページを見て田中芳樹を疑うことを知りなさい」
すいません言い過ぎました。でもこういう気持ちが心のどこかにあるでしょう?
僕にはあります、そしてこちらの(いいのか?)価値観に染めることがそれほど悪いとは思いません。
僕は今の自分の価値観より正しいと思う価値観を教えてもらえば喜んで受け入れます。
教えてくれた相手に洗脳されるのだというツッコミが浜ちゃんなみに早く飛んできそうですが
洗脳てそんなにだめなのか?自分は誰からも洗脳されてないって断言できる?よい洗脳って存在しないの?
と一応防御壁を作っておこう。
話がそれましたが管理人さんの行動と書き込みが若干違うように思われるので
(具体的には書き込みのほうがソフトというかはっきり物事を言うのを避けるとか、)
もっとじゃんじゃん言ったほうが伝えるベき人に伝わるよと思うのです。
皆それほどバカじゃないとは思うのですが僕が田中芳樹の考えを鵜呑みにしていた一人なので。
理想は田中芳樹と管理人さんの討論をどっちが正しいかファンに判断させるのが一番いいとは思いますが
現実には無理なので地道にこのHPで揺さぶっていくしかないでしょう。
最後に老婆心から(まだ21)若い田中芳樹ファンへ
『知ったかぶりの反権力、反体制の発言をすると恥をかく恐れがあるのでほどほどに』

board1 - No.298

娯楽小説という枠組み

投稿者:やぶにらみ
1998年12月02日(水) 03時16分

 小村さん、百式さん、不沈戦艦さんの書込みを読んで考えたこと。架空の世界を創るという点について。

 不沈戦艦さんの批判を読んで思ったのは、「二人の英雄の闘争」を描く作品で反戦を謳うのは原理的に無理があるのではないか、ということです。『ガンダム』に対して、メカ戦を面白おかしく描いておいて、反戦風メッセージを入れるのは矛盾だ、といった批判があったのを思い出しました。
 もちろん、さんざ好戦的にやっておいて、最後に、それは全部無駄だった、とやる手はあります。確か『ヤマト』は「僕たちはもっと愛し合うべきだった」とか演説するんでした。

 ただ『銀河英雄伝説』通読したときは「人の営みって空しいなあ」なんて感慨にふけったりもしました。諸行無常があの作品のテーマだ、と言ったら、田中芳樹は心外に思うのかな。褒めているつもりなんだが。

board1 - No.299

レス

投稿者:百式
1998年12月02日(水) 03時48分

小村さん、確かに突っ込んで指摘していたら、きりがありませんね。
架空の小説ではむしろそれが醍醐味として受けている人もいるでしょう。<しかし、私は違うので書き込んだのです。戦争ものはどうしても、現実的になってみてしまうもので。>
>ソフトとおっしゃる方は初めてです。
これは、私がソフトといった概念が少し違ってとらえていますね。
私が、そういったのは、露骨に作品に自分の意見を入れてくる
事に対してです。私は基本的に露骨に作品に自分の思想等を
いれてくるのは嫌いです。たしかに富野氏は作品は過激ですが。
田中氏のように露骨に絶対的独善的な意見を作品には入れて
きません、アムロを作者を反映したものだととらえると<シャアも
ある意味はいるかも知れません。>
葛藤しているところがところどころ見受けられます。とくに逆襲のシャアでは<ちなみに私はガンダムではこの作品が一番好きです。>見受けますね。富野氏の方が
田中氏より独善的な傾向がだいぶ少ない気がします。
あと、やぶにらみさん、別にガンダムで富野氏は原作ではメカ戦を
面白く描いてはいません。あくまでも面白くしているのは、テレビや
劇場版でです。それは、逆襲のシャアのあとがき<だったかな?>
でも、映像にする製作者に対する配慮<製作者が映像にするときにメカ戦を面白くしたりするのはかれらが生計を立てていく上で
仕方のないことだとわりきっていることが書かれています。
つまり、面白くしているのは富野氏ではなくサンライズ等の製作者
側なのです。富野氏にはその意志がありません。まあ、原作を
見てもらえばわかります。
だいぶ本線からずれてしまっているのですみません。
あっそれから、最後に申しておきます。私のHNはクワトロ大尉の百式からきているのではありません。<わざわざこうかくのは、
以前某所で勝手に解釈されたことがあるので。>

ちなみに、私は連邦よりジオン派です。あしからず。

board1 - No.300

ちょっと脱線、宇宙戦艦ヤマトについて

投稿者:不沈戦艦
1998年12月02日(水) 04時03分

 やぶにらみ氏が「宇宙戦艦ヤマト」の話を出していたので、ちょっと脱線しますけど勘弁してくださいね。

 あれは昔よく見ましたが、銀英伝どころではない支離滅裂な内容ですよ。一作目にヤマト一隻でガミラスを滅ぼしておいて「愛し合う事だったんだ」はないでしょう。仮に生きているガミラス人がいて、古代進の言葉を聞いたら、古代を絞め殺したくなるんじゃないでしょうか。また、地球かガミラスのいずれかが滅びなくてはならない、という条件を選択し、地球に滅亡を強制しようとしたのはガミラスのデスラー総統です。地球がそうした訳ではありません。侵略をはねのけただけですから、別に悲しむこともないでしょうに。どうもこの辺、八方美人で誰とも仲良く暮らしたい、という戦後民主主義的価値観が噴出しているように思えます。牙を剥いて襲ってきて、自分たちの命を奪おうとする者に対してそんな価値観を適用しようとは呆れ返りますな。
 更に、テレビ版のヤマトⅢはもっとひどいですよ。平和と愛の星シャルバート星は、過去に銀河に大帝国を建設して統治していたのに、ある時「武器を使って戦争をすることでは、平和や幸せはこない」と気付いて、統治の責任を放り出したあげく、自分たちの星だけ異次元空間に隠し、他の星から来ることが出来ないようにして、シャルバート星だけの平和を享受するようになり、現在はガルマン帝国とボラー連邦という星間国家の戦争によって、銀河は塗炭の苦しみにあり、シャルバート星に救いを求める「シャルバート教」信者が大勢いる、という設定ですから。こんな無茶苦茶かつ無責任な連中が理想として描かれているってのは一体なんなのでしょう。しかも最終話で「平和は、絶対に戦わない事を決意し、例え殺されても、その決意を守り通すことからしか来ません」などというタワ言をシャルバートの女王に言わせています。西崎義展ってのは一体何を考えていたのでしょうか?少し前についに会社が倒産した上、麻薬で逮捕されたのには笑いましたが。「ヤマトⅢ」が放映された当時は中学生だったので、特に疑問も持たずに見ていましたが、今振り返ってみると銀英伝どころではないシッチャカメッチャカだったと思いますよ。

 まあ、あまり掲示板の主旨とは関係ない話ですが、富野某の話も出ていたので、こっちも出してみました。「ヤマト」と「ガンダム」は基本でしょうから。田中芳樹も影響を全く受けていないとも思えませんし。

board1 - No.301

遅くなりました(って、最近言い訳ばっかだな)

投稿者:本ページ管理人
1998年12月02日(水) 07時02分

 まず、掲示板サーバ移転に関して、混乱を招いたことをお詫びします。

>私が田中芳樹を見限った(嫌な表現ですが)のが、まさにこの個所だったもので、よくぞ書いてくれた、と思います。

 ありがとうございます。創竜伝のムー信者批判などは、反田中派の私でも膝を打つものですが、その田中芳樹にして反権力思考が陰謀史観となってしまうのが興味深いですね。田中氏が悪の権化として使っているヒトラーも、かつては反権力反権威の青年で、それがユダヤ人に対する陰謀史観に結びついたのですが。

>「何故ゼッフル粒子を玉砕戦法に使わないんだ」という件については、「ガイエスブルグ要塞のワープ」同様ツッコまないのがお約束です(笑)。
>架空戦記で、描きたい場面をデッチ上げる為に日本の国力にゲタをはかせたり、大艦巨砲主義を継続させたりするのと同じ性質のものでしょう。あくまで小道具。

 この分野からつっこむと、簡単に田中芳樹のSF小説は崩壊してしまいますね(本当にこれらだけではないので)。むしろ、「SFの形を借りているけど実はSFでない仮想歴史小説」と捉えた方がいいのかも。

>謎の転校生さん

 こんにちは。おひさしぶりです。

>田中芳樹作品のファンサイトに書きこんだということは少なくとも田中ファンの価値観を変化させる
>意味で撃つまではいかなくても揺さぶってはいるでしょう。

 確かにその通りです。このサイトの意図は、「緒言」に記したように、「田中芳樹を少しでも信じている人の意識のどこかに、楔を打ち込めれば幸いである。」ということです。
 私は、あくまでも楔を打ち込むだけです。その楔がどのように作用するかまでは、私が手を出すことは出来ないと思います(現実上ならともかくwebの上のことだし)。

>議論の場と言っても論敵ですから
>田中ファンを論理的に打ちのめすのがディベートってやつでしょう?

 ごもっともですが、私はディベートというのは、例えるなら、いかに相手を打ちのめすかを競う竹刀剣道の試合みたいなものだと思っています。ただ、竹刀ではいくら打ちのめしたところで相手は死なないんですよ。朝生なんかみていても、論破したから相手の考えが変わった事はまったくない。むしろ、その議論を見ている第三者に、どう思わせるか、のほうが重要だったりします。

 そういえば、ガンダムについては、田中氏が、いつか(といっても随分前)アニメ誌のインタビューで、注目していたアニメの一つに挙げていましたね(もう一つはナウシカ)。ヤマトは、どうなんだろう?

board1 - No.302

ゴジラとヤマトと…

投稿者:tomb
1998年12月02日(水) 10時34分

ちゃちゃちゃから遊びに来たtombと申します。田中芳樹は読まない
ので普段はROMなのですが、ヤマトとか出てきたのでちょっと書込みます。

『ゴジラとヤマトと僕らの民主主義』って本知っていますか?
そういった作品の裏に隠されている思想をビシっと批判した本です。
既にご存知でしたら失礼しました。では。

board1 - No.303

銀英伝のアニメは?

投稿者:小村損三郎
1998年12月02日(水) 13時57分

アニメの話が出たので、田中氏が直接製作にタッチしている訳じゃないけど当の銀英伝のアニメについて一言。

どうもアニメ評のHP等を見ると甘い評価が多い様なんですが、みんな原作の人気と思い入れに幻惑されてるんじゃないかなー、なんて。
私のあのアニメ版に対する評価は「限りなく低い」です。(最低でもないけど)
以下にその理由を列記しましょう。

①何と言っても一番酷いのは脚本です。
セリフは原作の完全な丸写し。ひどい時には延々と数十秒に渡って続くナレーション(これまた原作の丸写し)。
誰も指摘しないのでこの際はっきり言ってしまいますが、田中氏独特の歯の浮くような言い回しや唐突に挿入される独語等は、活字でこそ味がありますが、セリフで聞くと完全なギャグになってしまうんです(特にポプランとか)。声優さんも恥かしかったんじゃないかなー(笑)。
そして、丸写しの結果として橋田寿賀子もビックリの異様な長ゼリフ。これも活字での効果と映像表現の違いを全く無視した(単に気づいていないだけか?)挙句に陥った事態ですね。加えて登場人物が揃いも揃って饒舌なので聞いていてうんざりしてしまいます。
ロマンアルバムか何かのインタビューでフレデリカ役の榊原良子さんが
「口パクの時間に対して詰め込まなければならないセリフの量が多過ぎる。」
とぼやいてましたが、あれだけ芸達者なベテランを集めてるにも関わらず、皆すごく喋り難そうにしてる理由がわかりました。
ほぼ全話の脚本を執筆している河中氏なる人物は他のアニメで名前を見たことが無いのですが、聞く所によると他に本業を持っていらっしゃる方だそうです。
「原作に忠実に」というコンセプトを墨守しようとするあまりか、プロとしての経験の無さ故か、単に時間が無かったのか、余りに練り込みの足りないシナリオと言う他はありません。

②そして同様に全く芸の無い演出。
例えば原作では2巻にあたる辺りだったと思いますが、ヤンがユリアンに戦術の講義をするシーン(「A・B同時に蜂起した敵を時間差をつけて撃つ」とか言うくだり)なんかはひたすらセリフのみでの説明で、画面上のキャラは口をパクパクさせてるだけ。それが延々続くんです。
艦隊戦のシーンではスクリーン上で部隊の動きを説明したりしてますが、例えば上のようなシーンでも画面上にそういうイメージ表示をして視聴者に解り易くする、といった手法を取っても良かったのでは?
カット割りやカメラワークにも何ら工夫が見られず、メカや小物の描写も古臭い上にぞんざい。
一言で言えば「作り手の気合の感じられないフィルム」です。
あえてアニメ的表現を廃し、実写風の画作りをしたかったのは分かりますが、ならばなおのこと又違った工夫が必要だったのではないでしょうか。

③作画と背景美術も平板で薄っぺらく、画面に奥行きが感じられませんね。
上記①、②の弱点が有ってもこの2つがしっかりしていればまだ見られるものになったはずですが、そこがまたダメ。
パイロット版として最初に製作された「わが征くは星の大海」と同レベルの作画が、ついに本編では1度も見られなかったのは寂しい話です。

逆に積極的に評価できる点は、「各種衣装のデザイン」、「ルイ王朝及び第一帝制の雰囲気を取り入れた宮廷の描写」、「空前にして絶後であろう超豪華声優陣&富山敬最後の熱演(涙)」、「小椋佳の歌」、この4点位でしょうか。
あ、でもNHK教育の歴史講座番組をパロッた銀河系史の回は面白かったけど。

以上、色々と不満を述べましたが皆さんはどうお考えでしょうか。
「結局アニメに向いてない作品だったんだ。」
と言ってしまえばそれまでかもしれませんが。

(ヤンの最期は「あしたのジョー」だなー。)

>宇宙戦艦ヤマト
>一作目にヤマト一隻でガミラスを滅ぼしておいて「愛し合う事だったんだ」はないでしょう。仮に生きているガミラス人がいて、古代進の言葉を聞いたら、古代を絞め殺したくなるんじゃないでしょうか。

ハハハ、たしかにそうですね(^^)
子供の頃は何となく納得してたけど考えてみればこりゃひどい話です。

あ、「ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義」は知ってますよ。昔立ち読みした記憶があります。そこそこ面白かったけど、あの著者の田中芳樹的に尊大な姿勢が嫌いだったので買いませんでした。
今は何やってんだろう・・・。

board1 - No.304

アニメで「完全平和主義」を掲げるとろくな事にならない

投稿者:北村 賢志
1998年12月02日(水) 15時07分

>しかも最終話で「平和は、絶対に戦わない事を
>決意し、例え殺されても、その決意を守り通す
>ことからしか来ません」などというタワ言を
>シャルバートの女王に言わせています。

私も見てましたけど、「ヤマト2」のラストにてメインキャラを殺しまくりながらも最後まで徹底抗戦した姿を思い出したので、随分違和感を感じたものでした。
 最近の作品で「完全平和主義」を打ち出したのが「ガンダムW」でした。
 はじめの10話までは素晴らしい出来だったと思いますが、途中で完全平和主義を打ち出したところ、無茶苦茶な内容になってしまってます。
 特に完全平和主義国家「サンクキングダム」が、その平和主義故に、15年の間に二度も国が崩壊したのに、それについての反省は一切無し。
 とどめに全編のヒロインにして、サンクキングダムの王女は最終回にて、自分のせいで崩壊した国家を捨てて平然と外交官をやっているのですから、もう呆れ返るしかなかったです。
 付き合わされた国民こそいい面の皮ですが、そちらの方は全く描かれないというご都合主義の固まりの展開でした。
 「戦争モノ」に偽善者ぶって「平和主義」なんぞ入れるとろくな結果になりゃしないと言うことでしょうね。

board1 - No.305

うむむ 銀英伝のアニメはテレビでしか見たことがない…

投稿者:本ページ管理人
1998年12月02日(水) 17時01分

>小村損三郎さん

 凄く骨太の評論ですね。自分では評論できるほどアニメは見ていないのですが、頷くことしきりです。
 ただ、銀英伝関係の同人誌などを見ると、このアニメが与えた作品世界のイメージというのは強烈だなと思います(最近はコミックにそれが移っているけど、コミックもアニメの影響が強いですからね。メックリンガーとか、特に。ラインハルトは逆に髪が伸びましたが…)
 横文字のOPテーマとか、そのスジの人を捉える演出はなかなかだったと思います。

 アニメといえば、創竜伝のアニメは感動的でしたね。鎌倉の御前をほとんど化け物にデザインしたデザイナーは正直な人だったのでしょうか?(笑)

>アニメで「完全平和主義」を掲げるとろくな事にならない

アニメでなくても、ろくな事にならないかも(笑)

> 「戦争モノ」に偽善者ぶって「平和主義」なんぞ入れるとろくな結果になりゃしないと言うことでしょうね。

 結局、活劇という属性を変えないでテーマを選ぶなら、単純なだけ戦争物の方が楽に決まっています。平和主義なんて、大変ですよ。アニメではないけど、その点プライベート・ライアンは巧かったですね。

board1 - No.306

田中芳樹氏と『ヤマト』

投稿者:やぶにらみ
1998年12月03日(木) 02時52分

突然ですが、なんだか、呼び捨てにするのも失礼かなと思い、敬称をつけることにしました。

田中氏は、確か昔の「アニメージュ」誌(10年くらい前か?)で、「さよなら、ヤマト」というエッセイを寄稿していたように記憶しています。

 そこでは、自分が『ヤマト』のファンだった。今でも愛着はあるが評価できない、といったことを、劇場版『さらば…』への批判を通して書いていたはずです。

 不沈戦艦さんの『ヤマト』批判、面白かったです。ひょっとすると、田中氏は、ガミラス側の視点も必要だ、という考えから『銀英伝』の構成を思いついたのかもしれません。

board1 - No.307

ある意味一国平和主義

投稿者:やぶにらみ
1998年12月03日(木) 03時00分

>アニメで平和主義を掲げるとろくなことにならない。

田中氏の作品では、アニメ化もされた『アップフェルラント物語』が好きでした。今読むとどうか判りませんが。
 大国に対して、平和主義を掲げ、自主独立も守り抜くって話、好きだったなあ。今の日本では逆立ちしてもできない芸当ですけれど。

理想論は、お伽話として描くのが、一番効果的なのかもしれませんね。

board1 - No.308

やっぱり「ヤマト」は常識だったかな

投稿者:不沈戦艦
1998年12月03日(木) 03時52分

 うーん、脱線のつもりだったんですが、結構反応ありましたな。やっぱりみんなが見ている「常識」だったんですね。ちゃちゃちゃの論客北村さんまでいらっしゃるとは。北村さん以外にも、tomb氏、小村氏、管理人氏、やぶにらみ氏と色々な方にレスしていただきありがとうございました。

 さて、「ヤマト」の話でもう少し付け加えるべき事もあります。それは主人公古代進(って言ってもいいですよね)のハチャメチャな青年将校ぶり。特に2作目の最初はひどいものです。「お尋ねします!地球は、宇宙の平和を守るリーダーではなかったのですか!もし地球が、真に宇宙の平和を望むなら・・・・」と本来発言権のない防衛会議でアジを始める熱血ぶり。これはどっちかってーと青臭い学生運動家ってとこですか。当時は「さすが古代」などと思わされていましたが、今ビデオなどで見ると笑えますよ。地球防衛軍の指令を無視して勝手にヤマトを発進させるところなんか旧満州の関東軍みたいです。劇場版の方は特攻で終わりますが、テレビ版はもっと凄い。彗星帝国への降伏を決断した地球政府の意志を無視して、独断で都市帝国への攻撃をかけるわがままぶり(負けたら地球滅亡ですぞ)。ヤマトⅢにおいては彼は艦長になりましたが、よくこんな独断専行ばかりの危険な軍人を艦長に任命しましたな。おかげで地球はとんだトラブルを抱えさせらることになっていますぞ。バース星をいうボラー連邦の流刑地で反乱を起こし、ヤマトを一時占拠した囚人たちに同情して、鎮圧後に囚人と約束した「寛大な処分」を得る為(囚人が処刑されているところを目撃してからは完全に激発モード)に、視察に来たボラー連邦のベムラーゼ首相が「頼みを断ると言ったら、どうする?」と言った事に対して「囚人たちを解放します」と言い切っているし。いくら相手が独裁国家だからって内政干渉もいいところだし、実質的な宣戦布告ですぞ。「言うことを聞いてくれないのなら、武力に訴えても囚人を助ける」と言っているのですから。「古代、無茶を言ってはいかん」と言った佐渡先生の方がまともな外交感覚ではありませんか。結局その後は戦闘になって、バース駐留のボラー軍を撃破。怒ったベムラーゼが惑星破壊ミサイルでバース星を吹っ飛ばし、結局囚人たちは誰一人助からなかった、という結末です。その場はベムラーゼの艦隊は退いたのでバース消滅でおさまりましたが、地球は完全にボラー連邦の敵と認識されました。何と、ソ連モデルの独裁星間帝国に戦争を吹っかけたのは、ヤマト艦長に過ぎない古代進でした。お陰でその後、ヤマト以外に第2の地球を探索すべく地球を出発した探査船が片っ端からボラー連邦に撃滅されるという事態を招いています。独善に陥り過ぎだし、喧嘩っ早いばかりではまるっきり「青年将校」だと思いませんか。そのくせ、自分勝手極まるシャルバート星にはしきりに共感しているし。私はあのシャルバートの姿は、醜悪極まりない日本の空想的平和主義者そのものだと思いましたよ。余所でどれくらい多くの人が苦しんでいても、自分たちは安楽な平和を享受する。精神的エールを送るだけで、実質的には助けようとしない。シャルバートの信者が求めているのは「物理的に今の戦乱を鎮めてくれ」なのに。シャルバートは異次元空間を、日本は安保と米軍、自衛隊を盾にして、外の戦乱は知らない、と言う訳です。こんな卑怯者どもに共感する神経を、何で「青年将校」が持っているのか不思議ですが、あれが20年くらい前の日本人の気分だったんでしょうかね。

 北村さんがガンダムWの話を出しておられますが、結局富野も西崎と同じですか。あんなに仲が悪かったのに。何でそうなるんだろ。

 「ゴジラとヤマトと僕らの民主主義」は確か「諸君!」に連載したものでしたよね。一応目を通したと思いますが、詳しくは忘れちゃいました。

 やぶにらみ氏が書いていますが、やっぱり田中芳樹もヤマトにある程度は影響されていた(人のこと言えないかな)んですね。小村さんも「ひどい話」と言っておられるが、あのトンデモない偽善ぶりは、田中芳樹にも通ずるところがあると思いませんか?

 最後に、もし完全平和主義の物語がいい、ってんだったら、結局主人公も、舞台となる国土も国民も全て滅びなければ本来はおかしいですな。そういう意味で北村さんが言われる通り、ガンダムW(見ていませんが)はあんまりでしょう。その王女はあまりにも無責任ですよ。「腹を切って滅びた国と国民に詫びよ!」と言いたいところですね。また、そんな輩を外交官に使う国も使う国ですが。

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