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投稿ログ60 (No.1139 - No.1148)

board1 - No.1139

>私の創竜伝考察15

投稿者:石井由助
1999年04月24日(土) 18時15分

>P18下段~P19上段
><文部省が「教育正常化モデル県」と胸を張った四国のある県

ってホントですかね? 70年代頃にはあったと言われればあったような気もするし(よくわからんですが。ただ滝川先生とか金八先生とか、だいたいあのあたりですよね)、地方ごとの教育環境については判らないことも多いですけど、この創竜伝が書かれた時期に一般的ではないのは間違いなく断言できます。
 まあ、本当にこの記述通りの学校があったら相当酷いもので「ごく当たり前の教育をしている学校」とは思えませんが、あったとしてもごく少数の「問題校」でしょう。
 まあ、冒険風ライダーさんのいうように、中高生向けの小説にこんな事を書くのはまさに墓穴掘りだと思うので、むしろ歓迎すべき記述かもしれませんね。
 ところで、芥川の発言は真実でしょうか(「事実」とは違うby銀英伝)誰か詳しい人がおられたら情報求めます。

誰もが目を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐみ、記憶を冷凍させることになっていた。「殺人犯が少年」といういかがわしい一語で、民主主義の総本山でも言論を封じこめることができるというのは、奇怪な事実であろう。

 議論の是非は別にして、別に国家でなくとも言論の封じ込めはあるというハナシ。

>「スプーンが曲がったからといって、愛や夢を感じはしませんね」

 現実世界の疑似科学の連中に言っていれば結構気持ちのいい台詞ですけど、ここではホイスラーが哀れで可哀想に思えるだけなのが創竜伝の描写不足でしょうかね。

>そういえば、アメリカ航空宇宙局が宇宙探査に関して公表する情報は、全体の四パーセント以下にすぎないそうだな。残りの九六パーセント以上は秘密にされている。まったく、裏で何をやってるんだか、わかったものじゃないな

 なんだかやたらとこだわってますよね。この人。
 月に空気があると思っているだろう人が、NASAの情報の何を知りたいのでしょうか。

いやねえ、金銭にあかせて土地やビルを買いあさってる日本人が、こんなところまでやってきたわよ。ミシシッピの河岸まで買いしめる気かしら」
 そういうささやきが聞こえるような気がするが、これは茉理の意識過剰であるかもしれない。

 この人ははやく病院に行った方がいいと思います。今は良い薬もありますしね。
 日本人が金儲けに手を出すことに罪悪感を感じるのは結構ですが、その金儲け日本の世相をネタにしてミリオンヒット飛ばしている人が図々しくそういうことを言うのが凄いですね。同じ日本人として、それこそ羞恥心を感じます。

>「日本人の知りたいことといえば、芸能人のスキャンダル、犯罪の被害者のプライバシー、そういったことで、権力者にとっては痛くもかゆくもないからな」って、日本人がそこまでゴシップ記事ばかり追っているとでも思っているのでしょうか。「権力者」とやらがいつも汚職追及されている光景を見たことが無いんですかねえ。

 もしかしてホントに「あれは小物で権力者じゃないんだ。本当は黒幕が居るんだ」と信じているとか? そうすると現実と評論のギャップが腑に落ちるのですが。

>P99下段~P100上段
><かつて日本で遊園地を舞台に……

 ついにきましたね。創竜伝中もっとも醜悪な部分の一つ。
 冒険風ライダーさんがあらかた言っているので繰り返しになってしまいますが、大企業だって客に夢を与えることを真面目に考えている部分もあるだろうし、病院や老人ホームだってごうつくであこぎな輩だって居るだろうに、「大企業=強者=悪、老人ホーム・病院=弱者=善」というお得意の図式で片づけてしまうあたりはさすがです。
>竜堂兄弟の行動原理は感情の所産である
 チャンピオンに連載されている「グラップラー刃牙」に登場する範馬勇次郎という格闘家はその戦闘力が一国の軍隊に匹敵する無茶な設定ですが、竜堂兄弟は一人の戦闘力でそれ以上でしょう。
 早い話、一国の軍隊が竜堂兄弟のような論理で動いていると考えると、その危うさがよくわかります。ハッキリ言って、北朝鮮の軍隊だって最低限の規律はあるだろうから(無かったら軍隊という組織にならない)、この兄弟に比べたらまだマシです。

>田中芳樹には民意というものがよほど愚劣なものとでも思っているのでしょうか。こんな人が民主主義を崇拝していてもねえ……

 いっそのことラインハルト的言説だったらマジで敬意を払うのですけど。

>P132下段~P133上段
><「大統領が債務不履行宣言を出しました!」

 ここらあたりで物語の崩壊が決定的になりますよね。このあとは仙界やらなっちゃんやらにシフトしていきますから。
 それにしても説得力が1ミリグラムたりともない設定ですね。

 うーん、ちょっと毒が効きすぎたかな。

board1 - No.1140

はじめまして

投稿者:KIT
1999年04月24日(土) 20時21分

はじめて書き込みいたします。
私は1988年より田中芳樹作品にハマリまして、「銀英伝」は7回ほど読み返しました。サイン色紙も入手しました。しかし「創竜伝」の、特に5巻以降は首をひねります。作家の側にやる気が見えません。これは「銀英伝外伝」4巻以降もそうですが。

さて、こちらの掲示板の過去ログのすべてをまだ読んでおりませんので、重複があったら申し訳ないのですが・・・。
田中芳樹作品は、「銀英伝」のような世界観が描けるのに、何故「創竜伝」では朝日新聞的な矮小な正義感でしか描けないのか。
これ、はっきり言って「主体思想(チュチェササン)」じゃないんですか?
理由1:共和学園の理念は「自主・自由・自律」であり、主体思想は「自主・自由・自制」である。
理由2:竜堂家は儒教的価値観を重視する。主体思想は儒教思想を基にしている。
理由3:田中芳樹の本名は「美樹」である。
理由4:「創竜伝」のような反日小説は、「ムクゲの花が咲きました」をはじめ、韓国で数多く作られている。いわば「創竜伝」は反日小説の日本版である。
理由5:「創竜伝」だけでなく、「銀英伝」でも「半島」は注意深く除かれている。例えば「銀英伝」において「キム」「イ」「パク」「チェ」といった半島特有の音を持った人物はいない。(「リン」は半島と大陸で同じなので、除外)
理由6:世界観は中華を向いているが、トウ小平は悪人扱いである。現在の北朝鮮は、トウ小平による改革開放路線の中国を「資本主義」とみなしている。
理由7:田中芳樹デビュー時のペンネームは「李家豊(りのいえゆたか)」である。

おまけ:
自称「明治天皇の孫」である中丸薫というオバサンがいます。このオバサンは実に「創竜伝」向きなのですが、このオバサンは「主体思想研究会」の重要メンバーなので、絶対に出せません。

おまけその2:
こうして見ていくと、「規律の乱れた帝国と、理想を忘れた民主政府と、その間で漁夫の利を得ている商売国家」って、アレとアレとアレがモデルなのかなぁ・・・

それでも俺は、「銀英伝」は好きだなぁ。ラインハルトはロイエンタールには惚れたもんだ。今でも読み返しては、「戦略的視点」と「闘志」を忘れないようにしてます。

board1 - No.1141

田中氏の教育観

投稿者:北村 賢志
1999年04月24日(土) 23時11分

石井さんへ
>誰もが目を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐみ、記憶を冷凍させることになっていた。「殺人犯が少
>年」といういかがわしい一語で、民主主義の総本山でも言論を封じこめることができるというの
>は、奇怪な事実であろう。

 田中氏は銀英伝3,4巻にて
「政治家と子供に対しては忍耐は美徳ではない」
「英明の資質があったとしても甘やかされたらスポイルされてしまう」
「少年と言うだけで思考停止する大人の滑稽さ」
を描いていた筈なんですが、現実の教育論では何であんな極端なんでしょう。

 最貧国では生涯賃金に匹敵する金を「仲間のカンパで集め」てジュネーブに乗り込み、発展途上国だけで2憶5千万人いると言われている、義務教育を受けられない子供の為の対策を考える会議にて「制服廃止」を訴える日本の女子高生

の事をどう思ってるんでしょうか?ぜひ聞いてみたいですね。

 ついでに言うと田中氏がよく非難の時に引き合いに出すヒトラーは「子供の自主性」「子供の純粋な意志」を高く評価し、それが後々のヒトラーユーゲント結成につながりました。
 その他、少年十字軍、紅衛兵やイェニ=チェリ(オスマントルコ帝国がバルカン半島支配時に現地のキリスト教徒の子弟を強制的に徴収し造り上げた少年親衛隊)等々、子供の純粋性をもって大人以上に評価するのは大抵、経験が浅く特定のイデオロギーを無条件に信奉してしまいやすい子供を利用しているものです。
 ただ「摩天楼」では薬師寺涼子が「卒業式に参加できない」と訴えるコギャル(及びサヨクな連中)をこき下ろすシーンがあるので、ひょっとすると田中氏も少しは反省しているのかも知れません。

board1 - No.1142

誰よりも民衆を愛した君は、誰よりも民衆を軽蔑した君だ(芥川)。

投稿者:新Q太郎
1999年04月25日(日) 02時17分

芥川龍之介のそれは
「○○の言葉」(諸般の事情によりそのまま書けない(笑))に収録されています。
青空文庫にもあり。
ttp://www.voyager.co.jp/aozora/cards/akutagawa/syuju.html

大正デモクラシーとは親不孝と自由恋愛と反軍人だ、と言った人もいましたが、こういうことが平気で書けた時代だったわけですね。乃木をおちょくった「将軍」も書いているわけですし、戦前の一側面です。

それでふと思い出したのですが、O江さんという方がノーベル文学賞と文化勲章に同時に選ばれたのですが、文化勲章は辞退されたんです。
理由はやっぱり天皇制やら憲法うんぬんというものでした(だが、ノーベル賞の元締めもスウェーデン王室のような・・・)。

しかし、ある一市民が彼に手紙を出し、彼のその間違いを諭しました。
「ノーベル賞の賞金は9500万、文化勲章は年金350万。これから二十数年長生きすれば、後者のほうが儲けが大きいんですよ!」
・・・・まことに論座、いや正論ではないか(笑)。

------------------
教育論でひとつ。
あまりにひどかったんで、比喩でなく数ページで投げ出したため、題名すら覚えていないのだが(文庫で、かなり旧作に属する)・・・。

なんだっけか、高校生の男女が作文?の内容が偶然一致しており(前世の記憶のためだったか?)、どちらかがどちらかを盗作したという疑いで職員室に呼び出される。
そのときの女子生徒のほうのセリフがたしか「生徒を信じられない教師なんて、最低だわ」。
・・・(++;)。
おい、断言するけどそうやって生徒のセリフを検証もせず信じる奴は教師失格。そんな奴は「僕たちいじめなんてしてません」「いっしょにふざけてただけです」なんてのを「信じて」しまい、被害者が自殺するまで気付かないでしょう。

森田まさのり「ルーキーズ」の教師だけは例外扱いにしてもいいが(笑)。最近ジャンプは復活してきたなあ。なんの話だ。

board1 - No.1143

お返事&質問

投稿者:冒険風ライダー
1999年04月25日(日) 09時20分

 予定よりずいぶんと遅れてしまいましたが、パソコン再調整が終わり、メールが再び見れるようになりましたので、お知らせしておきます。

 M野さん、たいへんお待たせ致しました。今回からチェックをかなり厳しくして何回も書きなおしをしていたのと(今までもチェックはしていましたけど)、創竜伝6の批評を全部まとめて書いていましたから、すっかり遅くなってしまいました。現在、残りの批評の最終チェック中です。

 ところでコメントについてちょっと。

<「ある学者がこう言った」という言い回しを聞いたら、十中八九それは
その人が勝手に作った創作だ、という話を、田中作品で読んだ記憶が
あるのですが、その田中先生ご自身が「ある県」「ある学校」「ある教師」
では、もはや苦笑するしかありません。>

 その文章と創竜伝の社会評論をならべて「これが悪い見本だ」とでも書いたら傑作でしょうね(^_^)。田中芳樹も、自分で言った正論ぐらいちゃんと守ればいいのに。

<そうでもないです。中高生は、それが誇張または虚構であるとわかっていても、
何となく「教師」「学校」「権力」を非難する話には魅せられてしまうものです。
自分もかつてそうでした。
こんな「もず」か「百面相」レベルの文章でも、です。
管理人様が「はしかのようなもの」と表現されていますが、そのとおりだと思います。>

 そういえば私もそうだったような……(^^;)。しかし教科書の記述などのウソはすぐに分かりますからね。私もその部分の社会評論を読んだ後、すぐに自分の教科書を調べて「なんか違うな~」と考えていましたから。学校問題は自分で調べられますから、ウソと見抜く事は簡単ですよ。朝日の誤報はこうはいきませんけど。

<しかし、どうして日本の歴史になると、突然、歴史オンチになるのでしょうか。>

 あの人の場合、知識が人並み以上にあるというのは分かるのですけど、見方が「左」に偏っているのと、説明している学説が30年くらい前のものだというのが響いているのではないでしょうか。あと、日本=悪で凝り固まっているようですから、悪意に満ちた見方しかできないのかも(^^)。
 それと歴史オンチなのは中国史も同様のようですね。岳飛と秦檜についても明らかに偏った見方をしているし、中国の侵略行為を、全て「遠征」でくくっているし。

 新Q太郎さん、
<なんだっけか、高校生の男女が作文?の内容が偶然一致しており(前世の記憶のためだったか?)、どちらかがどちらかを盗作したという疑いで職員室に呼び出される。
そのときの女子生徒のほうのセリフがたしか「生徒を信じられない教師なんて、最低だわ」。
・・・(++;)。
おい、断言するけどそうやって生徒のセリフを検証もせず信じる奴は教師失格。そんな奴は「僕たちいじめなんてしてません」「いっしょにふざけてただけです」なんてのを「信じて」しまい、被害者が自殺するまで気付かないでしょう。

 それは「西風の戦記」です。1988年に初版が出ています。10年以上前の作品ですね。仮想世界と現実世界のギャップがすごすぎる作品ですよ。

 ところで、創竜伝で田中芳樹が散々主張している「蒙古連合自治政府」について、何か知っている人はいないでしょうか? 歴史認識問題や日本の植民地問題を調べていた時にも、これについてだけは何もわからなかったんです。朝日なんかも何も言わないし、だれも話題にしないので、どうもこれは田中芳樹の妄想なのではないか、と考えているのですけど。

board1 - No.1144

それは・・

投稿者:カエルサル
1999年04月25日(日) 12時25分

>四国のある県

これは・・・・
松山ではないでしょうか。
私はあそこに友達がいるので
その教育事情について
小耳に挟んでおります。

なんでも、イジメや嫌がらせは
皆無であり、排他性がなく、
人と違ったこと押しても白眼視されない
ようです。
そのかわり、勉強が厳しく
成績を競い合い、かなりストレスが
たまるそうで、社会的に公然と
やんきいとかちんぴらとか呼ばれる生徒を
屑呼ばわりして、さげずむそうです。
君が代日の丸は当たり前だそうです。
その友人は朝鮮人に対して多少
差別的な認識があります。

一方・・・
私が住んでるのは平和都市なんですが・・
イジメや嫌がらせは日常茶飯事、
排他性たっぷり、人と違うことをすると
つぶされる、勉強ができる者は淘汰され、
みんなやんきいにあこがれる、といったところです。
君が代日の丸は公立ではかなり抵抗があるみたいです。右翼的な理事がいる私立はやってるみたいですけど。

なんか、天皇崇拝やった方が社会が
良くなるのかもしんない。

board1 - No.1145

ゼピュロシア・サーガ

投稿者:ドロ改
1999年04月25日(日) 15時07分

なんか評判悪いですね。私は、ジュブナイルとしてはかなり良く出来ていると思うんですけど。現代批判をいれるのは、「物を考える」ことをはじめた読者を対象とするために、良く使われる手法ですし、あの手の「我是正」の体育教師って結構見かけました。'88と言えば、校内暴力等の「鎮圧」が破綻しつつあったころでしょうし、(そしてイジメの方はまだ顕在化していない)あの悪役教師はそれなりに説得力のあるキャラだったのではないでしょうか。私は取り敢えず面白かったです。
不満点はむしろ、あの尻切れなラスト(どうせなら二人が異世界に溶け込む過程【彼らは何も生産的な事を「継続的に」出来ないわけですし】や、あちらの世界の矛盾を見て何かを感じて行くところまで書けば満点だったのでしょうが。っと言うか、てっきり続編があるものだと思いこんで図書館で必死に検索した覚えがあります)や男主人公の悪役教師への反論「盗作したなら全く同じ内容になるはず」(←コンセプトの盗作【パクリ】ならそうは成らないでしょう)でした。
ま、要するにいくら欠点があっても基本的には面白く、「宇宙の戦士」よりは1000倍はまし、と言うのが正直な感想ですが。←これはフォローにならないって。

board1 - No.1146

三角食

投稿者:STF
1999年04月25日(日) 18時40分

初めての書き込み、失礼します。

 カエルサルさん御指摘の様に、愛媛県(松山は県名ではニャイ。)ではやっておりました。
 僕が小学一年生の頃だから、`80年代初頭辺りまででしたか。 他所の学校ではどう
だったかはわかりませんが。
 その他の事は、少なくとも僕の周りには、聞いた事無いです。
 三角食の詳細についても、細かく順番を指定された記憶もないし。
おかずばっかし食ってパンとか余す児童が多い(子供の食事ってそんなモンでしょ)
のでその様な指導してるって説明受けた様な気が。
別に食べ切れなかったからって怒られる事は無かった(これは教師各人の裁量ですかね)
し。 昼休みに寂しくモフモフとパン食った位です。ちなみにコッペパン。
ああ。 そう言えばフルーツカレーが出た時はみんな(先生も)昼休みに半泣きで食ってた。 関係無いか。

board1 - No.1147

私の創竜伝考察16

投稿者:冒険風ライダー
1999年04月26日(月) 09時06分

 創竜伝6巻以降、中国礼賛の文章が多くなります。中国に対する田中芳樹個人の思い入れが小説の中にかなり入り込んでいるために、中国好きと田中芳樹崇拝の両方の考えを持っていなければ、6巻以降のストーリーを面白く読むのは難しいでしょうね。私も苦痛を感じながら読んでいましたし(^^;)。
 では、6巻の残りの批評です。

P164上段~下段
<竜堂兄弟のたがいの結びつきは、本来、べつに誰に迷惑をかけるわけでもないだろう。人それぞれ、兄弟に対する思いはちがう。親の遺産をめぐって殺しあう兄弟もいる。兄弟の存在する数だけ、そのありようはちがう。終が兄弟によせる信頼と連帯感は無条件のものだ。
 これが始になると、理屈が多くなる分、終ほど明快で単純な割りきりかたはできにくくなるかもしれない。社会全体とか歴史とか、そういったものが視野にはいってきて、自分たちの境遇というものを相対的に観察しようとするからだ。ただし、それは理性の面であって、感情からいえば、始と終とで、異なる点はない。つまり、「兄弟の敵はおれの敵」である。これはひとつまちがうと、イタリアの犯罪組織コーザ・ノストラ(いわゆるマフィア)のような排他性をもつことになるかもしれない。
 実際、べつに正義のために戦っているわけではないのだ。始が考えているのは、まず自分の弟や従妹を守ることである。四人姉妹だろうがアメリカ合衆国政府だろうが日本の公安警察だろうが、竜堂兄弟にちょっかいさえだしてこなければ、やりたい放題にわが世の春を謳歌していたはずだ。それが、権力と栄華に驕り、図に乗って竜堂兄弟に手を出したばかりに、現在のありさまである。>

 今までの社会評論や創竜伝の中国崇拝至上主義を見る限りでは、竜堂始にヤン・ウェンリーのような「社会全体とか歴史とか、そういったものが視野にはいってきて、自分たちの境遇というものを相対的に観察」できるような視点なんてどう見てもないんですよね。それができるのならば、中国に対しても「相対的に観察」した評論をしなければおかしいじゃないですか。下で指摘しますけど、日本をあれほどひどい社会評論でずたずたに罵倒しながら、中国の「圧政と暴政」を全く直視せず、弁護どころか礼賛しているような記述を見たときは、「何で日本と中国でこんなに記述が違うんだ!」と思いましたからね。明らかに物事を「相対的に観察」なんかしていませんよ。
 それと「べつに正義のために戦っているわけではない」と言う記述と、「権力と栄華に驕り、図に乗って竜堂兄弟に手を出したばかりに、現在のありさまである」という記述は何か矛盾していませんか? 竜堂兄弟は「権力者」たちよりも偉いのですか? 「権力と栄華に驕り」という記述から、竜堂兄弟の一方的かつ独善的な価値観がうかがえますね。竜堂兄弟の行動原理は前の評論で言ったとおり感情であるうえ、安っぽいヒューマニズムと左翼思想が見え隠れしていますから、単純に「正義のために戦っている」よりも醜悪に見えますよ。そして自分たちの一方的な価値観で「悪」と決めつけたものに対する態度は、「イタリアの犯罪組織コーザ・ノストラ(いわゆるマフィア)のような排他性」そのものではありませんか。すでに「ひとつまちが」っていますね~(^^)。内部対立がない分、竜堂兄弟の方がより徹底しているのではないでしょうか。

P174下段~P175上段
<1989年末の歴史的な米ソ首脳会議で当時のアメリカ大統領がソビエト共産党書記長に対し、「私は日本の首相を全く信用しない。彼らは約束を守った事がない。日本人全体がそうなのか、政治家だけがそうなのか‥‥」と語ったのは有名な話である。
「おごれる者久しからず」
 そう平家物語に評された平清盛の栄華は、保元の乱の勝利から彼自身の死まで、二五年間である。豊臣秀吉の天下は、織田信長の死から秀吉自身の死まで、一六年間にすぎない。日本の繁栄は、一九六四年の東京オリンピック以来、三〇年をこす。その間、世界の富をかき集め、外国の土地や会社を買いあさり、東南アジアの熱帯雨林を丸坊主にし、鑑賞のためでなく投機のために美術品をかき集めた。
「日本の政治は四流だが経済と技術は世界一だ」という評判も得た。「日本人は繁栄のためなら不正や腐敗など平気な国民だ」と評したのはドイツの新聞であり、「日本人は犯罪者に統治される事をなんとも思わない」と評したのはアメリカの雑誌である。
 もう十分過ぎるほど、日本は繁栄をきわめたかに見える。>

 田中芳樹は、外国の政治家や新聞雑誌が日本のことを偏見や誤解に満ちた目で見ている、と考えた事はないのでしょうか。当時日本はバブル景気で沸いていましたから、嫉妬混じりの目で見ていたとも言えるでしょう。いずれにしても、外国の視点が絶対的に正しいと考えるのは間違いです。自国が利益になるならば、たとえそれがどれほど愚かな愚策でも、日本の政策を賞賛するでしょうし。
 それと「もう十分過ぎるほど、日本は繁栄をきわめたかに見える」という結論を導き出すために、平清盛や豊臣秀吉などといった「個人の栄華」と、日本という「国の繁栄」を比較してどうするのですか。比較すべき対象が全然違うでしょう。平清盛や豊臣秀吉の栄華が300年も続いたら、そっちの方が異常ではないですか。日本の繁栄を比較するのなら、江戸幕府やイギリスなどのような「国家」と比較しなければおかしいでしょう。第一、国家の繁栄というものは、30年も続いたら崩壊しなければならないのですか?
 この社会評論は、比較検証をして結論を出したのではなく、最初から決まっていた結論に強引に誘導するためにこんなめちゃくちゃな比較をしているのが見え見えです。とても田中芳樹が尊敬する「歴史家」の態度とは思えません。

P173下段
<「そう、すべて策略さ。アメリカの貿易収支が赤字なのは、四人姉妹の多国籍企業がアメリカ以外の国で生産している製品を本国に輸入しているからだよ。形としてはアメリカの赤字だが、四人姉妹は膨大な利益をあげている」>

 おいおい、いくらフィクション小説だからといっても、こんなタワゴトは誰も信じないでしょう。アメリカの貿易収支が赤字なのは、日本や韓国・東南アジア諸国のアメリカへの輸出が主な原因である事くらい誰でも知っていることですよ。アメリカの対日貿易赤字は今でも伸びていますし、日本の企業が東南アジアに進出して安い労働力で製品を造って輸出しているのも大きいでしょうね。田中芳樹はアメリカを過大評価しているのではないでしょうか?

P175上段~P176上段
<かつて日本は、近代において二度の大改革を経験した。一八六八年からの明治維新と、一九四五年からの第二次大戦後の改革である。
 その二度の大改革は、どちらも、多数派市民が自発的におこなったものではない。明治維新は、薩摩や長州出身の権力者たちの手によって一方的に断行された。第二次大戦後の改革は日本を占領したアメリカ軍の手で強引に実行された。どちらも、上から力ずくでおこなわれ、しかもそれを日本人はほとんど無抵抗で受けいれたのだ。
「もうチョンマゲの時代じゃない。ザンギリ頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」
「これからは民主主義の時代だ。軍国主義とはおさらばだ。過去のことは忘れて、新しい日本をつくろう!」
 日本人にとって、改革とは上から力ずくで押しつけられるものであり、それはたちまち「流行」になってしまう。改革に抵抗するのが悪なのではなく、流行に逆らうのが悪なのだ。それまで全速力で走っていたものが急停止し、まわれ右をして、今度は正反対の方向へと全力で走り出す。全力疾走こそが正義であり、ためらう者や疑問を感じるものは置き去りにされてしまう。
 その結果として、改革にともない無用の血が流されずにすんだことも事実である。明治維新のときにも血は流れたが、フランス革命やロシア革命にくらべれば、犠牲者はずっとすくなかった。それどころか、江戸幕府の最後の将軍徳川慶喜は、明治時代になってから公爵に列せられている。旧体制のボスが、革命後、新体制の貴族になっているのだ。>

 よく分かっているじゃありませんか。その通りですよ。「多数派市民が自発的におこなった」フランス革命やロシア革命は、数百万~数千万もの犠牲者を出したあげく、できたものは究極の独裁体制だったのですから。それに比べれば、明治維新は大成功を収めた改革でしょうね。大名の特権を奪う廃藩置県を全くの無血で成し遂げたのですから。
 それにしても田中芳樹は、「改革」が下から起こるべきものだとでも考えているのでしょうか。別に日本人だけに限らず「改革とは上から力ずくで押しつけられるもの」ですし、それが万人に受けいれられるまでには多大な努力と時間が必要なのですよ。アルスラーン戦記の奴隷解放や、銀英伝のラインハルトの改革だって「上から力ずくで押しつけられるもの」でしたし、「たちまち「流行」になってしま」ったわけでもありません。「改革」をやった人とそれに従った人の苦労が全くわかっていないからこんな気楽な事が言えるのでしょう。明治維新も戦後のGHQの改革も、ともに「いつ独立を失うかわからない」という外圧が存在し、「改革」に逆らって無駄なエネルギーを費やしていてはまずいという認識があったから、不満を押し殺して黙って従っていたのです。日本人がそれほど「流行」とやらに黙って従うというのならば、自分が「改革」をやってみたらどうなのですか? おそらく、よほど熱狂的な田中芳樹ファン以外は誰もついてこないでしょうけど。

P188下段~P189上段
<「中国の歴史は圧政と暴政の歴史だ、だから中国はきらいだ、という日本人もおるそうだが、君たちはどうだね」
「ばかばかしいですね、そんな考えは」
 あっさりと始はいってのけた。
「たしかに圧政と暴政の歴史という一面も中国の歴史にはあります。ですが、それは同時に、勇敢な叛逆と崇高な抵抗の歴史でもあるでしょう。天安門虐殺事件のとき、素手で戦車の前に立ちはだかってその前進をとめた若者がいました。中国の未来は、戦車の出動を命じた独裁者なんかの上にではなく、そういう若者たちの上にある、と、おれは信じてますから」>

 いや~、申し訳ありません始さん、白状いたしますと私はあなたが言う「ばかばかしい考え」の持ち主なんですよ(^^;)。昔から中国アレルギーがありましてね~。私に言わせれば、あなたの考えの方がよほどばかばかしいのですけど。
 あなたが中国の歴史を指して「勇敢な叛逆と崇高な抵抗の歴史」とたたえたのを始めて見た時は、当時田中芳樹を尊敬していた私でさえ唖然としましたよ。そもそも「圧政と暴政」がなければ、「勇敢な叛逆」も「崇高な抵抗」もする必要がないではありませんか。「易姓革命」が起こるたびに一体何百万~何千万の人が死んだと思っているのでしょうか。5巻で「地気が衰えることを心配するより、まともな政治をおこなって人望をえるようにすべきではないのか」なんて言っていたのはなんだったのですか? それともあなたは「圧政と暴政」を倒すための戦争ならば、どんなに犠牲がでても偉大だと考えているのですか? そして誰が今現在おこなわれている政治を「圧政と暴政」と決めるのですか?
 さらに「中国の未来は、戦車の出動を命じた独裁者なんかの上にではなく、そういう若者たちの上にある」などと、まるで中国の未来はバラ色であるかのごとく礼賛しているのも鼻白みますね。50年ほど前に「そういう若者たち」がつくった中華人民共和国という国がいかにひどい「圧政や暴政」を展開したのか、今現在もしているのか、知らないわけではないでしょうに。
 ここまで思い入れの激しい中国と比べて、何と日本は荒廃した国であることか。日本の若者は「ヴラドと同類」だの「ヒットラーの孫」だのと言われ、「21世紀が本当に楽しみだこと」なんてレディLに言われている始末だし(T_T)。この落差は何なのでしょうかね。

P189上段~下段
<「そういってもらうとありがたい。私は祖国を離れて長くなるが、祖国をすてることはできんでな」
 黄大人は目をとじ、記憶の糸をたぐるようすだった。
「一九四九年に中国革命が成功し、中華人民共和国が誕生したとき、わしらは心から拍手したものさ。阿片戦争以来一〇〇年以上たって、ようやく中国は外国勢力の圧迫から解放されたのだ。とね」
 黄大人は深い溜息ををもらした。
「周恩来、朱徳、陳毅、賀竜、劉伯承……みな歴史上の群雄にまさるとも劣らない人間的な魅力と迫力があった。彼らに会ったとき、私はまだ青二才だったが、感激で足がふるえたよ。中国は生まれかわったと思った」
 黄大人の声に、にがい失意のひびきが加わった。
「だが、いまや広大な中国大陸は、世界最大の強制収容所になってしもうた。外交的にも孤立して、味方は日本政府くらいのものだな」
 これはかなりの皮肉に、日本人一同には聴こえた。>

 いまどき朝日新聞でさえ、こんな中国礼賛報道は恥ずかしくてできないでしょう。
「一九四九年に中国革命が成功し、中華人民共和国が誕生したとき、わしらは心から拍手したものさ。阿片戦争以来一〇〇年以上たって、ようやく中国は外国勢力の圧迫から解放されたのだ。とね」
「周恩来、朱徳、陳毅、賀竜、劉伯承……みな歴史上の群雄にまさるとも劣らない人間的な魅力と迫力があった。彼らに会ったとき、私はまだ青二才だったが、感激で足がふるえたよ。中国は生まれかわったと思った」
って、あんたは「人民日報」の回し者ですか(-_-)。こんな中国礼賛をしている人物がなぜ「北京政府」と対立しているのかも理解に苦しみますね。「北京政府」にとって模範的な中国人ではありませんか。「北京政府」も泣いて喜んでいる事でしょう。「あなたは素晴らしい愛国者だ!」って(^_^)。
 ところで、黄大人とやらの感想には、なぜか国民党についての記述が抜けているのですが、彼らは「外国勢力」の手先として斬り捨てられているのでしょうか。彼らも「1911年に辛亥革命が成功し、中華民国が誕生したとき、わしらは心から拍手したものさ。阿片戦争以来70年以上たって、ようやく中国は外国勢力の圧迫から解放されたのだ、とね」なんて言っていたのでしょうに、かわいそうなものです(T_T)。歴史は繰り返されるのでしょうか(^^;)。

P189下段~P190下段
<「日本の政府には奇妙な癖があるようだ。こと対中外交に関してはな。いつでも、民心を失った過去の政府を応援して、現在と未来を見ようとしない」
 一九一一年、辛亥革命がおこり、翌年、二六八年にわたって中国大陸を支配した清王朝が倒れた。中華民国が成立した。すると日本は一九三一年にいわゆる満州事変をおこし、帝位を逐われた清朝最後の皇帝溥儀を強引に満州国皇帝として、中国民衆の怒りを買った。一九七一年に中国が国際連合に復帰するときには、すでに台湾に逐われていた国民政府の側に立ち、中国の復帰を妨害しようと必死に活動して、各国の失笑を買った。その後は態度を急変させて中国べったりになり、一九八九年に天安門虐殺事件がおきると、激しい非難をつづける他の先進諸国を横目に、経済援助をさっさと再開し、日本への亡命希望者を中国に送還した。「送還したら死刑になる。送還をやめるように」というアメリカ下院議員団や西欧諸国の駐日大使らの要請もまったく無視して。そしていった。「中国とつきあうにはイデオロギーより経済を優先するべきだ」と。市民を戦車でひき殺すのはイデオロギーではなく、犯罪であるのに。>

 「民心を失った過去の政府」という根拠が全くわかりませんね。一体誰が、どんな基準でそんな判定をしているのですか? それに日本は常に「中国民衆」の顔色をうかがって外交をしろとでも言うのでしょうか。
 1931年に満州事変をおこしたのは関東軍の石原莞爾の独走であって、日本政府はそれを追認しただけです。そもそも満州というところは本来、中国の領土ではありません。中国歴代王朝の中で満州を支配していたのは征服王朝である金と清であって、これは満州の女真族がつくった王朝です。漢民族がつくった王朝で満州を支配した王朝はひとつもありません。ここを勝手に清朝から継承した中華民国こそ「満州に対する侵略者」なのですよ。それに清朝最後の皇帝溥儀は、関東軍によって強引に「満州国皇帝」にされたのではなく、自分から望んで皇帝になったのです。当時の国際連盟も、日本の行為を「侵略」とみなしていませんし(反対はあったのですが、その名分は不戦条約違反)、国際法的にも満州は空地とみなされていました。当時これを「侵略」とみなしていたのは中国共産党だけですし、「中国民衆」の怒りなんて買ってませんよ。満州事変は、むしろ日本政府主導でやっていれば、満州の女真族の「民族自決」を訴える事もできたくらいです。
 それと亡命者の送還で、「アメリカ下院議員団や西欧諸国の駐日大使らの要請もまったく無視」した事がそんなにいけない事なのですか? 彼らの「要請」は内政干渉に当たりますし、彼らに日本の政治をうんぬんする資格はありません。それにここで亡命者を大量に受けいれたら、中国の火種を抱え込む事になってしまうでしょうし、今後日本が外国からの亡命者を大量に受けいれなければならない根拠にされてしまうではありませんか。第一、亡命者の面倒は誰が見ると思っているのですか?
 最後に「現在と未来を見ようとしない」のは、半世紀も昔の、それも解決済みの「戦争責任」とやらにいつまでもこだわる中国の方だ、と申し上げておきましょう。

P190下段~P191上段
<近代日本の経済は、「自由主義経済」ではなく「国家資本主義経済」だといわれる。権力者と資本家が結託して、協力に、また強引に、経済活動をひっぱっていく。たしかにそれは成功したことはしたのだが。
 東京都千代田区丸の内の広大なビジネス街は、日本どころか世界経済の中心地といわれるが、ここはもともと江戸幕府の「火除地」であった。つまり、木造の家々が密集した江戸の町にあっては、火事がおこった場合、類焼をふせぐために広大な空地が必要だったのである。当然そこは公有地であったのだが、明治維新政府ができると、岩崎弥太郎という人物が高官と結託して、その広大な土地を払い下げてもらう。もともと公共の財産であるのに、私有地にしてしまったのだ。この他にも、五代友厚という政商が、「北海道開拓使官有物払い下げ事件」というものをおこしている。新政府が、当時の価格で一四〇〇万円かけて建設した工場や値段を、「総額三八万円、無利息の三〇年ローン」で払い下げようとしたのだ。公然たる横領行為であり、激烈な反対がおこったのも当然だった。
「権力者と政商が結託して、公共の財産を横領する」という犯罪行為から出発したのが、近代日本の政治と経済であったといってもよいくらいである。出発点がこうだから、二〇世紀末において、日本の権力者たちに公僕意識が欠けているのは当然かもしれない。「はじめに汚職ありき」。公共の財産を、政治業者と政商とが汚れきった手で分けどりにし、それを恥じもしないのは、明治の偉大な先輩たちのまねをしているからだ。
 こうして、経済活動のためには喜んで独裁政権と手を結ぶ、という体質が形成されたというわけである。亡命希望者の生命など知ったことではない、というところであろう。>

 そりゃ上の例のように汚職をしていた「明治の偉大な先輩たち」もいたでしょうよ。全ての人間が清廉でいられるわけがないのですから。しかしそんな例だけをあげつらって、全ての「明治の偉大な先輩たち」がそうであったという悪しきイメージを読者に植えつけようとする行為はもっと醜悪ですよ、田中さん。
 あなたがそこまで侮蔑している「明治の偉大な先輩たち」のおかげで、今の日本経済があるということが理解できないのですか? しかも現代の政治家の汚職の原点を「明治の偉大な先輩たち」に求めるとは、彼らも哀れなものですね。なんで今の「権力者」の罪を彼らがひっかぶらなくてはならないのでしょうか。
『「権力者と政商が結託して、公共の財産を横領する」という犯罪行為』などというものを強調するよりも、近代日本の政治と経済が世界にどれほどの影響を与えたのか、また我々の生活をどんなに豊かにしたのかを説明する方が、自虐史観にふけるよりもよほど健全だと思いますけどね。少なくとも、創竜伝の対象年齢である中高生にとっては。

P192上段~下段
<植物とは穀物であり、野菜や果実であり、家畜の飼料となる。サハラの周辺地帯が乾燥化し、草が枯れ、餌をうしなった家畜が死んで、人は生きていけなくなった。そのような事実があるのに、木を伐り倒し、ゴルフ場の芝を守るために農薬をまきちらし、海に工場廃水をたれ流して海藻までも死なせてしまう。海藻が光合成をしなくなれば、人間が吸う酸素がなくなるというのに。>

 この社会評論は、「ゴルフ場の芝を守るために農薬をまきちらし、海に工場廃水をたれ流して」という記述から、どうも日本の公害問題を言っているようですけど、まるで日本が公害対策を一切やっていないかのような記述ですね。高度経済成長時代の感覚で今の日本の公害問題の批判を展開されては困りますね。日本は省エネ技術と公害対策では世界最高水準なのですよ。最近の日本の大気汚染の原因のひとつに、中国の石炭の煙があるという事実をご存知ないようですね。田中さん、あなたの批判はやるべき相手を間違っていますよ。ぜひとも中国に対して、公害問題の重要性を説いていただきたく思います。

P211下段~P212上段
<能天気で行動力のある人間は、どこの国にもいる。新聞社、TV局、フリーのジャーナリストからアマチュアまで、カメラ類をかかえこんだ男女が金門橋めがけて押しよせた。むろん警察は制止しようとしたが、絶対数で勝負にならない。夜空にむけて数発の銃声がひびいたが、そのていどの威嚇でひるむような群集ではなかった。
(中略)
 発進してまもなく、始は気づいた。夜の湾上に進みでたモーターボートは、彼らのものだけではなかったのだ。幾十もの灯火が、闇のなかを走りまわっている。金門橋の上でVTRカメラをまわしている連中と同類であろう。その好奇心の強さにはあきれてしまうが、アメリカ人の場合、「自分の意思でやって、その結果は自分の責任」という考えが徹底しているから、いさぎよいというべきだろう。>

 じゃあ日本人は「自分の意思でやって、その結果は自分の責任」という考えが徹底していないと言いたいのですね? 自分の責任をほっかむして逃げられるほど、日本という社会は甘くありませんし、日本人がそれほど意志薄弱な人間の集合体とはとても思えませんけどね。第一、「自分の意思でやって、その結果は自分の責任」という考えがあれば何をしても良いのですか? 竜堂始氏は、信念によって行動する事を否定しているんじゃありませんでしたっけ?

次は座談会批評です。

P224
<続  今回も、文部省発禁候補作「創竜伝」をお買いあげいただき、まことにありがとうございます。
終  発禁になったら読めなくなるよー。買って読むならいまのうちだよ。
始  お前たち、何をわざとらしく宣伝してるんだ?
終  いやー、そろそろ来るんじゃないかと思って。
余  作者のところに、ウソかホントかわからないけど文部省のお役人と名乗る人から手紙が来たしね。「もっと日本はすばらしい国で、政治家はりっぱな人たちだ、と書きなさい」って。
始  ああ、そうか。だけど、そんな連中には勝手にいわせておけばいい。就職情報会社からワイロをもらって、その罪を妻や部下になすりつける。深夜に泥酔して下着姿で道を歩きまわり、注意した警官をなぐりつける。そんなことをやっている連中が何をいってきたって、したがう義務はこちらにはないんだからな。
続  それはそうですね。まともに相手になるだけ、こちらの品性が落ちます。>

 それでは創竜伝の社会評論を片っ端から批評している私の品性はとっくに無くなってしまっていますね(T_T)。まあそんなものがあるとは思っちゃいませんが、どうやら「創竜伝が発禁にされる」などと主張しだしたのは、この6巻からのようです。
 それはともかく、この手紙に対する「反論」、かなりいかがわしいものがありますね。いくつか指摘してみましょう。
 まず、この手紙を「ウソかホントかわからない」などと前置きしておきながら、「文部省のお役人」から来たものと決めつめている事です。「反論」もそれが前提になっています。しかし竜堂余君が指摘しているように、「ウソかホントかわからない」のですから、「文部省のお役人と名乗る人から手紙が来た」という記述は不必要であるばかりでなく余計なものでしかありません。「こんな手紙が来ましたよ」だけで充分ではありませんか。
 しかもこれほど内容の薄い手紙にさえ、まともには反論していません。こんな薄っぺらな主張にすら直接反論せず、「文部省のお役人」を根拠のない誹謗中傷で斬り捨て、そのあげく「まともに相手になるだけ、こちらの品性が落ちます」などとほざく始末です。これが論争なら、竜堂兄弟の一方的敗北とみなされるでしょう。相手がどれほど低級な主張をしても、それに対してまともに反論しなければ、相手の主張に対して全面肯定をしたとみなされるのは論争をする時の常識ではありませんか。何応酬か論争を展開してすれ違いになったのならばともかく、田中芳樹に対して異議をとなえた読者を簡単に斬り捨ててはいけません。「バカな主張をしているな」と思うのならば、きちんと自分の言葉で反論しなさいよ。私にはどうも、文部省の悪口を言いたいがためだけにこの手紙を引用したのではないか、としか思えないのですけど。
 しかもそれで反論したつもりになって「発禁」うんぬんなどと主張し、さらにそれを自慢しているのですから、連中の知能指数を疑いますね。「文部省のお役人」とやらの独断で、創竜伝が発禁になるわけがないなんて誰でも分かりますよ。さらに笑止な事に、竜堂兄弟は次のような主張を展開しています。

P230
<始  それにしても、この本はいろいろとうるさいことが書いてあるな。お老人には感謝の心を忘れずに。礼儀を守ろう。家長のいうことはよくきこう。未成年者の飲酒はやめよう。いや、ほんとはこれ、ずいぶん教育的な小説じゃないか。発禁どころか、文部大臣賞をもらってもいいくらいだな。(笑)
続  それじゃ、いっそ発禁にしてもらうのをやめて、日本伝奇アクション史上最初の文部大臣賞受賞をめざしましょうか。(笑)>

 ……冗談にしてはたちが悪いし、本気だとしたら頭がおかしいのではないかと疑いたくなるような主張ですね。創竜伝が教育的な小説? バカも休み休み言いなさいよ。創竜伝の「教育的な」主張は、それを述べている竜堂兄弟が全く守っていませんから説得力がまるでありませんし(「権力者」の老人をいじめ、全く礼儀を守っていないし、相手を思いやる想像力もない)、社会評論では、間違った知識を読者に植えつけているではありませんか。創竜伝が文部大臣賞とやらをもらったら、日本の小説界は世界最低水準となってしまうでしょうね。
 創竜伝にふさわしい賞は、朝日新聞賞だと私は思いますけどね(^_^)。反日的なデマを流して読者をだますところなど、そっくりではありませんか。

 6巻の批評終わり~。次は少し岳飛と秦檜に対する田中芳樹の認識について述べてみましょう。

board1 - No.1148

殺しちまえ、って言いたいのかな?

投稿者:不沈戦艦
1999年04月26日(月) 13時34分

>それどころか、江戸幕府の最後の将軍徳川慶喜は、明治時代になってから公爵に列せられている。旧体制のボスが、革命後、新体制の貴族になっているのだ。>

 私などは結構な話に思えますけどね。それに、なるべく平和裡に「禅譲」が行われるのが田中芳樹の大好きな中国の、儒教思想では理想ではなかったんですかね?それくらい田中芳樹も知っているだろうに。それに、新体制の貴族になった、と言っていますけど、明治政府に徳川氏が関わったんでしたかね。せいぜい名誉職程度でしょう。明治維新の以後、日本史に徳川氏の影はありませんよ。以前の支配者を遇する方法として、名誉職に就けるというのは不適当とは思えません。むしろ、うまい方法でしょう。

 結局、血なまぐさい革命が起こらなかったことが不満なんですかね。ロシア革命みたいに前政権の支配者は皆殺しにせよと?おっとろしぃのぉ。

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