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投稿ログ102 (No.1986 - No.2030)

board1 - No.1986

極論!

投稿者:石井由助
1999年09月13日(月) 07時04分

>「こういう蛇道なファンが増えると良い作品が減って、正当な小説のファンが困る」
>というのはちょっと批判する方向が間違っていると思います。前回も言いましたが、ファンはいい作品を作らせるための道具ではありません。どんな状況であろうと、いい作品が作られてファンがついていくものでしょう?

 これはちょっと違うんじゃないでしょうか。ファンは良い作品を作るための道具ではないけれど、作品は書き手と読み手がいて熟成されるものでしょう? このデンでいけば、作家は多数派ファンの欲望を満たすための道具ではない、とも言えます。

 なんというか、田中芳樹が日本人の民度や政治家を批判するときの論理がそのまま彼に返ってますね。「日本は社会主義国ではなく、いちおう民主主義国だ。選択肢はあるのに馬鹿な政治家を選ぶのは国民の責任だ」というヤツですが、政治家を作家に、国民をファンに入れ替えればドンピシャでしょう。ファンが馬鹿な作家を選ぶことに道義的責任がないのなら、国民が馬鹿な政治家を選ぶことに道義的責任はない…そうか、田中芳樹は身をもって民主主義の危うさを体現してくれているわけです!

 我々が今の田中芳樹に不快感を覚えるのは、ヤンがトリューニヒトに不快感を覚えるのと近い感情のような気がします。共にきわめて矛盾じみたところから発する不快感ですね。

board1 - No.1987

補論

投稿者:石井由助
1999年09月13日(月) 07時34分

>お客を楽しませるのがプロのエンターテイナー・・。
>いわゆる「いい作品」を作ろうとしても
>読者自身がそんなものを求めていない。
>初期の、若い頃の青臭いまでの作品に対する
>ひたむきな態度(ここの皆さんのような)が薄れ、
>「大人」になってしまったと。

 どうも初めまして。
 その通りですね。誤解を恐れずに言えば、大衆化社会の商業作家として必然と言えるかも知れません。
 他の作家なら、愉快ではないもののそれはそれで良いでしょう。しかし、大衆社会の衆愚化をテーマに小説を書き(銀英伝)、創竜伝に至っては評論でいまだに批判し続けている田中芳樹には、自らのソフィスト化、自分のファンの衆愚化に対する責任も派生するはずです。田中芳樹が他の作家よりも責められる要因はここにあると思います。
 一見する限り、むしろ、田中芳樹を批判している方が、ファンよりも田中芳樹の思想の良質の部分を受け継いでいるように思えますね。

 ファンの方は、もちろん田中芳樹の思想に盲従する必要はありませんし、田中芳樹の思想と作品は別として楽しむこともできるでしょう。しかし、田中芳樹の思想を本質から嘲笑するような態度を(無意識に、結果的に)とるのがファンなのか? もしファンだとしたら馬鹿なファンではないのか? というのがホリーさんの「馬鹿なファン」の意では無いでしょうか(違ったらごめんなさい)。

board1 - No.1988

嗚呼、自戒

投稿者:仕立て屋
1999年09月13日(月) 09時38分

 毎度、仕立て屋です。

>少なくとも「小説」というものに対し、「イラストが気に入ったから」という理由で楽しむというのは、正当でないと思います。小説とは文字を読むものなのですから。

 昔ほどではありませんが、表紙絵で本を選ぶ若干の傾向のあるわたしとしては、耳の痛いことです。かの創竜伝購読のきっかけも、”ハンニバル”シリーズからのファンである天野先生がカバーイラストを手がけていたからなんですよ。アルスラーンもしかり。こうした読書傾向は邪道であるかもしれませんが、ぶっちゃけた話、赤塚不二夫先生による表紙のファンタジー本やSF本を手にとる気が起こらないように(こればっかりは好みの問題ですが)、外面から作品に入るのも致し方ないように思われます。ま、部数のはける作家や作品に人気のイラスト作家がつくのは市場原理からして致し方ないことなのでしょう。が、読むきっかけが外面からであっても、読み込んでゆけば、化けの皮ってのは剥がれるものです。よい作品(これって読者の立場もあるだろうし、判断の難しい問題です)を育む土壌が、作家、出版社、読者の間で成熟され、それに基づいた市場原理によって、良い作品には人気のイラストレーターが付くというのであれば、わたしのような読書癖をもつ読者がいても問題ないように思います。しかし、現実は正常な市場原理が働いているようには思われません。作家が悪いのか、それを求める読者が悪いのか、はたまた作品を選別する媒介の出版社が悪いのか、判断の難しいところです。

>一新人漫画家さんへ

<「読者を無視してでも」自分の作品に対するひたむきさをいつまでも失ってはいけない、と思っています。>

 例えが妥当かわかりませんが、小林よしのりの「戦争論」が売れて、その手の学者の著作が何故売れないのか? たしかに購読対象年齢層の購買力の差にその原因をもとめることができるのかもしれませんが、小林氏も公言しているように"エンターテイメント”の追及は、やはり大切なことであるように思います。作家は読者に読ませなければなりません。でなければ好きな作品も書くことができなくなります。が、注意しなければならないのは、エンターテイメント性を追及するがあまり、作品性をそこね、主客が転倒してしまうことです(創竜伝がよい例)。エンターテイメント性も良質な作品性があってはじめて光り輝くように思われます。作品性とエンターテイメント性は決して矛盾するものではないと考えます。わたしの好きな漫画にベルセルクがありますが、これは、その重厚な世界観,構成力とエンターテイメント性が見事に両立している好例であると思います。実際、部数もはけていますし、作品性とエンターテイメント性の両立が部数に結び付くことは良いことだと思います。さしでがましいですが、頑張って下さい。

>「悪貨は良貨を駆逐する」

 貨幣の本質のひとつは流通であり、「駆逐」の言及対象は貯蓄ではなく流通上の現象をさしているのですから、Merkatzさんの用法は適当です。世間一般でもMerkatzさんの用法で、この言葉は使用されています。御存じでしょうけれど、念のため。

board1 - No.1989

田中信者の定義

投稿者:はむぞう
1999年09月13日(月) 10時04分

satokoさんへ

>前から気になっていたのですが、田中信者ってどういう定義なのでしょう?私の周りの田中信者って思われる人はいわゆる「作品の中の世界」を楽しんでる人ばかりで、田中思想に共感する部分はあるとは言え、全面的にその思想を受け継ぐみたいな人は見た事ないです。(いたとしてもそれはかなり少数だと思う)どちらかと言えば、みんなどれどれのファンでミーハーなノリの人が多いです。

私も以前「田中信者」という書き方をしたことがありましたので、私なりの定義を書いてみたいと思います。これは私個人の独断と偏見で定義していますので、他の方々の定義からみると違うと言われる部分もあるかもしれません。

私がこのように感じる人たちは、今から10年ほど前の高校などの学生時代に沢山いました。「とにかく田中氏の書く作品は最高である。だからその主張は全部正しい。この素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい。だからみんなに読ませなくてはならない。しかしもし批判変的なことを口にする人は正しい道に戻してあげなくては」というような発想をする人のことで、なかには田中氏の本は現代の聖典であるとまで言う人たちまでいます。つまり各自程度の差はあるでしょうが、田中氏を教祖もしくは神のように言う人たちですから、私は田中教の信者のようだと感じました。
ここでいう田中氏の主張とは、あとがきなどで書かれていることだけでなく、創竜伝などの作品中にでてくる社会批判も含まれています。日本の政治家も警察も自衛隊も大企業も全部間違っており、正しい社会を実現しているのは中国とソ連などと、授業中でも平気で発言していました。中国はともかく何故ソ連かというと日本と敵対している国だからという理由でした。
みんなに広めるという点では図書委員をしていた関係で、そのような人たちと知り合う機会が多く閉口させられました。彼らの主張は「田中芳樹関連の本をすべて入れろ」「図書委員会の発行する新聞には毎回、田中作品の特集記事を載せろ」「委員会主催の読書会や文化講話の課題図書やテーマを田中作品のなかから選べ」などです。できる範囲では応じましたが、購入冊数が少ないや特集のページが少なすぎるなどの批判を受けました。
批判は許せないという点では、話の矛盾や設定上の疑問を指摘すると、ものすごい形相で内容はともかく田中氏を批判しようという姿勢が気に入らないとなじられたことがあります。
また、田中氏に関連する本やカセットのたぐいは、ファンなのだから例え二重になっても興味のないジャンルであっても全部買わなければと主張し、それを他人にも強制しようとしていました。しかし必ずしも全部読んでいる訳でもないようで、創竜伝やアルスラーン戦記から入ったという人の中には、初期のSF作品は購入し本棚に並べた時点で満足して開いてないという人もいました。

長くなってしまいましたが、別に私は「田中芳樹ファン=田中信者」と言うわけではありません。そうでない人も大勢知っています。あえて田中信者と呼びたいのは、まず田中芳樹の名前を掲げてそうでない人たちに強制したり迷惑をかけたりする人たちのことです。単純に作品を楽しむだけの人や、思っても他人に強制しない人を指してはいません。もっとも、最近では新しい作品が出ない為か、単に自分の年に合わせて周囲の年齢層も高くなった為か、田中ファンはいても田中信者と呼びたくなる人は見かけなくなりましたが。
以上が、私が「田中信者」という言葉を使う上での定義です。

board1 - No.1990

確か・・・

投稿者:孔北融海
1999年09月13日(月) 10時56分

 呉智英氏がなにかの本で、「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉が誤用されている、と嘆いていました。
 因みに、広辞苑で調べてみると、

>1、「グレシャムの法則」参照。
>2、転じて、悪人のはびこる世の中では、善人>は不遇である。

 で、「グレシャムの法則」を調べてみると、

>実質価値を異にし、同一の名目価値を持つ貨幣>が一国内に共に流通する時は、良貨は姿を隠
>し、支払には悪貨だけが使われる傾向になる、>すなわち「悪貨は良貨を駆逐する」という法
>則。

 これがなんで「転じて、悪人のはびこる世の中では、善人は不遇である。」という意味になるのかわかりませんが、公認された誤用みたいですね。

 さて、ようやく過去ログ1157番まで読み終わりました。硬派な右翼系のサイトかと思っていたのですが、軟派な話も意外と多いですね。少し安心。

board1 - No.1991

どっちが正論?人のせいなの?

投稿者:satoko
1999年09月13日(月) 15時34分

ちょっと厳しい書き方ですいません。何か、話がとにかく何かの性にしようと言う風に流れているような気がして少しいらついています。すいません。

>一新人漫画家さん
エンターテイメントと言う意味でのお話は、私は仕立て屋さんと同意見なのでここでは省きます。(仕立て屋さん、ベルセルク私も好き^^)

「いい作品を作っても売れない、という作家の作品は絶対に使わない。そんなやつの書く物はたたが知れてる。面白くないから売れないんだ。自分で最高に面白いと思ってるだけなら同人誌と変わらないんだ。」

というのはある有名出版社の編集者の方が以前おっしゃっていました。そしてこうもおっしゃってました。

「どんなに名が知られていない作家でも、こいつは世の人に知ってもらわなければいけない、と思う人は出版社あげて応援するさ。何万という作品を読んでいる俺達をなお説得させるだけの何かがあればね。それをわからず、不平を言うだけの自信過剰なやつが多い。」

私は何度も言うように、堕落してるという確証があるなら田中氏を批判すればいいと言ってますし、作品の中の内容がおかしい部分は批判すればいいです。ですが、その批判をうれるならくだらない物を出版して、売れないからいい作品でも売らないなんて出版社に批判して欲しくないのです。

基本的なこというと、売れる物だけ売る売れない物は切り捨てる。資本主義の社会の中で当然な事ではないでしょうか?出版社だって商売、温情主義でやっていけるほど甘くはないでしょう。それでもなお、上記のようにいう編集者さんがたくさんいるんですよ。

田中作品がつまんない、くだらないと判断する人も多いでしょう。でも、これだけ売れてるのは何か引き付けられる物があるからなのでは?私はそれが個人個人違ってもいいじゃないかと言う事を言ってるんです。その個人個人のニーズにこたえるのも出版社の仕事だとも思いますし。
ここからは管理人さんもなんですが、私はここで田中作品の内容を検討している人も純粋にOVAなどのきゃらを好きで楽しんでいる人もレベルとして変わるなんてぜんぜん思いません。お互い楽しみ方は違えど田中作品をもとにして楽しんでるわけでしょ?
「本質を読み違えて・・・」と言うのがありましたが、どうしてそこまで田中氏側から見た言い方をするのでしょう?田中氏がいま現在拝金主義のふぬけじーさんになっていたとして、それを支える義務がファンにはあるんでしょうか?もちろん自主的に支えてあげたいと思うファンはそれをすればいいと思いますが、「自分なりに楽しんでるんだけどな・・・。」と言う人に「おまえは馬鹿だ!田中氏を支えないなんてファンとしてなってない!」と言うのでしょうか?そんなことを娯楽として楽しんでる人になぜ言う必要があるのでしょう?

管理人さんがおっしゃるように、田中氏自身が自分で言った事に当てはまるじゃないかとかそういう批判をするのはかまいません。(それが間違ってると思う時はそれはそれとして意見を言うと思いますが)ですが、別にその田中理論にファンを当てはめ、ファンを批判するのは成り立たないでしょう。田中思想なんて関係なくきゃらを楽しんでる人は、そんなことに共感してないかも知れないんですから。

ここでもう一度言います。田中氏自身が堕落したと言われるのはあくまで田中氏自身の責任です。ファンの責任ではありません。表現者が世に出したものを世の人がどう判断しようと、例え自分が意図していない方向だったとしても、そのことに甘え便乗する形でもたれきってしまうことは本人の責任以外の何者でもないです。自分の思わぬ方に進んだのなら軌道を修正する努力をすればいいんですから。ちょっと、冷静さを欠いてきたのでここでやめます。

>はむぞうさん
たしかに、そんな人がいたら嫌になりますよね^^;
その人たちは田中信者の称号がふさわしいと思います。反論の余地なしです(笑)

board1 - No.2015

>アニオタうぜえ

投稿者:孔北融海
1999年09月14日(火) 13時00分

本当に、いい歳して他にやることないのか、と思ってしまいますね。

board1 - No.2016

だからさぁ

投稿者:西遊記
1999年09月14日(火) 15時14分

昔、田中信者だった自分に腹を立てるあまり、田中芳樹に逆恨みしてるだけだろ?イシイ氏?

board1 - No.2017

過去ログ更新しました

投稿者:本ページ管理人
1999年09月14日(火) 21時18分

2ヶ月ぶりになってしまいましたが、過去ログ更新です。

board1 - No.2018

ファンに、自浄作用はないの?

投稿者:速水右近
1999年09月15日(水) 01時49分

どのような形で小説を読み始めたか、はそれぞれ自由だと思う。しかし読者、もしくはファンと名乗る以上、そこそこ“深く”読むのが当然だろう。
私が不思議に思うのは、小説のミスに真っ先に気が付くくらい読み込むのが、“正しい”読者=ファンの姿ではないか。ミスに気が付かなかったら読みが“浅い”証拠だし、また知っていながらミスを見逃していたら、作品に対して不誠実であろう。
しかし『創竜伝』に限らず、どうして昨今の読者=ファンは、読み込みが足らないとしか言いようがない。そのくせ「ファンだ」と言うのは、ある意味で作品=作家を侮辱しているのにお気づきか。
理想論なら、否定派よりも先に、熱狂的ファンサイドから作品の矛盾点の問題提起が起こり、「しっかりして、田中センセーッ」と叱咤激励すべきじゃない? そういう自浄作用を経て、いい作品って生まれるんじゃないの。
石井氏が田中芳樹を逆恨みしている部分は多少あるとしても、本来なら氏の“仕事”は、純粋なファンたちがすべきものなのだ。つまり石井氏に反発する人たちも、ちょっとは石井氏を「逆恨み」しているんだけどねぇ。
無論昨今の作家は、先に書いたような読者の「愛の鞭」を受け止められないほど器量が狭いってのも、十分承知してますけども。

さて質問。創竜伝の敵役って、はじめから「世界を征する悪の結社」だったでしょうか?
なぜこんなことを振るのかというと、『紺碧の艦隊』も何の前振りもなく急に、敵役が秘密結社になってるんですよ。また、両方とも作者が社会変革をアジりつつ、作品はズタズタって。でもベストセラーになって、延長されているという共通項もありまして。
もしも荒巻義雄と田中芳樹の対談なんかあった日にゃあ……、あーっ、読みたくないよみたくない。

board1 - No.2020

ちなみに

投稿者:石井由助
1999年09月15日(水) 06時34分

下の孔北融海さんの書き込みの意味はこれです。
ttp://club.pep.ne.jp/~yusuke.i/baka.gif
ttp://club.pep.ne.jp/~yusuke.i/aho.gif

board1 - No.2021

だ~か~ら~

投稿者:satoko
1999年09月15日(水) 16時43分

>速水さん
だから、何度も言うようですが「小説を深く読めるファン=良いファン」という風なことはぜんぜん考えてないのです。きつい言い方になりますが、そういうファンしか認められないというのは少し考え方が硬すぎるのでは?

読み込んでもなくファンと言うのは作家や作品を馬鹿にしていると言うのは、作家の側からの意見でしょう?自分が伝えたかった事を理解しないなんてこのえせファンどもめ~!って作者の方が言うのはわかるんです。(ただし、こんなこという作家がいたら、「あんたの文章に説得力がないからみんなの心に届かないんだろ、ば~か。」といって終わりくらいの程度ですが、)でも、なぜファンがそこまで作家の都合にあわせる必要があるのでしょう?自分なりに楽しめばいいではないですか。あとミスを見抜けるかどうかと言う話は、事実としての認識の誤りの事をおっしゃっているのか、思想その他についての認識の違いをおっしゃっているのか分からなかったのでここでは書かないでおきます。

長くなるのでここまで、では質問を残しておきます。OVAの銀英伝やアル戦、またはコミック化された田中作品にしか触れてない人は田中ファンと名乗ってはいけないのでしょうか?

余計な話
あくまで私のみの意見ですが、もし田中芳樹氏がここのHPをみた、またはファンの批判などをきいて作風をまたは持論を曲げるような事があれば(ただ、事実を勘違いしてるとこはいいけど)それこそ私は作家としての田中氏を軽蔑すると思う。それが、私は田中作品の内容についての意見を言わせてもらう事があっても田中氏個人をまたは田中ファンを批判しない最大の理由です。

board1 - No.2022

よほど

投稿者:不沈戦艦
1999年09月16日(木) 05時04分

ネカマ暴露がこたえたんですねえ(笑)

board1 - No.2023

うーん・・。

投稿者:TAK
1999年09月16日(木) 14時49分

以前「一新人漫画家」の名でカキコした者です。
改めてこんにちは。

satokoさん>
「だ~か~ら~」の、言いたい事は分かります。
以前も書いたように私もあなたの言う事は正論だと思います。
(個人的には嗜好は合いませんが。)

でも「みんなの心に届かないんだろ」と、
自分の仲間たちをさして「みんな」と言うところを見るに、
あなたも自分で思っているほど自分を相対化していませんね。

同じ言い方をさせてもらうなら、
「お前に読解力がないからわかんないんだろ、ばーか」
と言う言い方もできるはずです。
ちゃんと読み込めてる人もいるんですからね。

例えば小学生に太宰やゴッホが理解できなくても、
それは作家の能力が低いせいじゃないですから。
(ばーか・・、ね・・。嫌な言葉だ・・。)

仕立て屋さん>
あ、エンターテイメントについての考え方は
私も同じです。
私の言ったのは、「それくらいの覚悟が必要かも」というくらいの意味で(^^)。
「エンターテイメント性と作品性は両立できる」、
いい言葉ですね。
私も同感です。
ベルセルク、好きです(^^)。

ただしベルセルクなどの作者は、
信じられない不遇の時代を編集者と議論をして
闘いぬいて、ようやくブレイクした、
読者は「今」のその結果だけを見ているって事は
踏まえた方がいいかも(笑)。
だからこそ、過剰なまでの自信と信念がないと、
作家は安易な方に流されてしまうんです。

「編集者のイエスマン」じゃあれは作れませんよ。
たしか「銃夢」の作者も「ベルセルク」の作者も、
編集者とケンカしたり出版社変えたり雑誌が潰れたりなど、
いろいろあったと思います。

編集者も自分で思っているほど公平でもなく
自信過剰だったりもします。
結局、神ならぬ人間ですからね。

board1 - No.2024

こら!

投稿者:不沈戦艦
1999年09月16日(木) 15時56分

>よほど
>投稿者:不沈戦艦 1999/9/16 14:04:22
>ネカマ暴露がこたえたんですねえ(笑)

 騙り投稿して楽しいかい?ま、見りゃ解るとは思うけど。それともアンタがYahooで活躍したと言う「gohutinsenkan(またはfutinsenkan)」サンなのかい?

board1 - No.2025

はあ・・・

投稿者:satoko
1999年09月16日(木) 16時18分

>TAKさん
あの~、伝えたい事伝わってるでしょうか?

正論ってどこの事を言ってるのでしょう?私から見れば、「よく読みこんでいるファン=良いファン、その他のいろいろな部分を楽しんでいるファン=良くない」みたいな考え方の方が正論(常識論?)であると感じてます。

私自身はどちらかと言えば、小説はぼろぼろになるくらい読む方ですし、小説の中から読み取れる作者の心理やそこに含まれた意味、メッセージなどを読む事が好きです。基本的な事を言えば同人誌で好きな小説なんかをぱろってたりするのはあんまり興味ないし、田中読本のように(あんまり読んでないからなんとも言えないが)田中氏個人をどうのこうのと言うような本は買う気もしない。実在の田中氏がどんな人物であろうと、作品中の中で感じられる田中氏に私は共感できればいいから、本人がどうだってかまわない(本来この話をしてたはずなのに)でもね、自分がこういう風だから他人がほかの物に熱中してるのを馬鹿だとか、蛇道だとか言う権利があるんですか?私は田中小説の中に出てきた歴史上の人物を調べたり、行きすぎた時には小説中に出てきたマキャベリズムだのユートピアだの調べて偉くいろんな哲学書読みまくってた時期もあり、結構いろいろな知識がつきました。だけど、単にきゃらを楽しんでいるファンより深く理解しようしたから私が偉いの?ぜんぜんそうじゃない。結局の所、どんなことであろうが田中作品をもとに楽しんでるやり方に変わりがあっても、それを「楽しむ」ということにおいてファンには善し悪しなどないです。(スポーツの本来の定義ににてるな~)別に深く読む事を反対したりしてるわけではないのです。私もそう読む方が好きですから。ただ、強制するなと言っているのです。

つまり
「その言い方ができるのならば、読み込む力がないんだろば~か、と返せる。」
なんて、ぜんぜんおはなしになりません。そういう作者側の都合をまたは自分が知的なファンであると自負している人の考え方を強制するなという事をいってるんです。

前にも書いたのですが、創作者が世に送り出した物を、世の中がどう判断しようが文句言えないでしょう?結局責任の帰する所は創作者の能力なのです。

大学の教授でよく、学界では高名な人物が大学の中では生徒から馬鹿にされているという話は良くあります。それはなぜか?理解できるひとにしか理解できない話をするからで、その内容がどれほど優れていようとその教授は学者としては立派だが教師としてはぜんぜんだめだという事になります。つまりひとりよがり。どんなに知識があろうとすばらしい論理があろうと相手に伝わるように説明できないのなら、教師としてはぜんぜんだめなんです。(そういうやつはおおいが)

それは作家にも同様の事が言えるのでは?

ちょっとはなしがずれつつあり、おかしくなってきてるのでもう一度言います。

作家が落ちぶれたり、つまらない作品をだらだらとだしたりするのはあくまで、作者の責任でファンのせいにするなと言う事が言いたいのです。ファンがどのような点に興味を持つかは自由であり、自分の思ったようにファンが考えてくれなかろうが、それはファンを説得させられなかった自分の責任なんです。普通ならその状態に満足しないならば、「今度こそ、これらのファンをも納得させれるような作品を作ってみせる。」くらいの考え方をするのがプロなのでは?いろんなファンがいる事も取り方でしょう?「くそ、馬鹿なファンどもめ、おれの高尚な理論が理解できないとはおろかなやつばかりだ。」って一人よがりに走った集大成が現在の田中氏の「創竜伝」での偏りまくった不満たらたら社会評論になったのでは?(そんな作品だからこそ笑い話程度でしか私は受け取らない)

こうなったのはファンが理解する努力をしなかったからだと、これを返して言う事もできるかもしれません。つまり、あんまり理解してくれないもんだからひねくれたと。でも、それはファンのせい?これが作家じゃなく自分の周りにいる人だと考えたら?単なるわがままな人物ですよね。つまり責任がどちらにあるか、理解して頂けるでしょうか?

board1 - No.2026

付け加えると・・・

投稿者:satoko
1999年09月16日(木) 16時34分

>ゴッホや太宰を小学生が理解できないのは・・・

あの~、田中先生の話をしてるんですよね・・・。つまりファンは田中氏の言ってる事がとりあえず理解できる層の人が理解しようと努力しないとか、説得力が足りないとかの話をしてるんですよね・・・。一般論にしても、当然理解できる年齢層の人間が創作者の意図を汲む事のみがいい事かどうかと言う話をしてるんですが。

board1 - No.2028

とりいそぎ

投稿者:TAK
1999年09月16日(木) 19時11分

satokoさん>
すみません、
ちょっと誤解があったみたいですね。
私個人としては、

「いろいろなファンがいて、いろいろな楽しみ方がある。
それは貶められる事ではない。」

というsatokoさんの主張を、「確かに正論である」と感じています。

最初の私の書込みの趣旨は、
「こういう「現実」に対して田中氏はこういう選択をした。
これはエンターテイナーとしての選択なので
非難しようとは思わないが、
(私の好みだと、)それを非常に残念に思う。」
という事です。

「正論」と踏まえた上で、
「本当にそれでいいのだろうか」という
ここの書込みに共感したのです。

・・・という事なのですが、よろしいでしょうか。

石井さん>
出版などの事情と
ヤンの言う「民主主義」との比較には感心しました(^^)。
こういう言われ方は不本意かもしれませんけど、
やっぱり石井さんも精神的な「銀英伝の子供たち」の
一人なんじゃないでしょうか(^^)。

board1 - No.2029

通りすがりに一言

投稿者:通りすがりの半端者
1999年09月17日(金) 05時17分

こんにちは、初めて書き込みさせてもらいますが、ロムチェックはしていました。

ファンについての論争面白く読ませてもらっています。ただ、僕はもともと銀河英雄伝説を読み出したのは戦艦などに興味があったからで、いまでも作品内の思想その他より戦艦や戦闘方法などを楽しんでいる僕としては全面的にsatokoさん支持です。

管理人さんや速水さんをはじめとする皆さんの意見も分からなくもないのですが、現実として僕みたいなファンが多くいる事を頭ごなしに否定されるのはちょっと辛いですね。

まあ、それだけでsatokoさん支持と言っているわけではなく、先の書き込みの「小説家が落ちぶれるのはファンの責任じゃない、自信の責任なのだ。」と言う部分が気に入っているのですが、ここで正論(すいませんtakさん、僕から見ても正論ってかんりにんさんたちがおっしゃってることの方が正論なもので)を述べてる皆様にききたいのですが、皆さんが言うように「ファンが田中氏をダメにした。」ってかなり田中氏をバカにしてません?
思春期の中学生が不良になったわけではあるまいし、環境のせいにするなんて一人の大人である田中先生に失礼ですよ。そんなことを言う人の方がよっぽどファンとして成ってないのではないかなとここまでの書き込みを見て思いました。

>管理人殿へ
過去ログをいろいろ見ているときに、以前管理人殿が「キャラクターを楽しんでいるだけの人はいいのですが。。。」と言う言葉を見かけた気がするのですが、どうなんでしょう?僕はこれを読んだときなかなか心が広井じゃないかと思ったのですが・・・

>takさん
おそらく製作者のかたなのでしょうが無いのかも知れないですが、結構失礼だろうと思うのですよね。管理人殿に「子供達」(意味不明、管理人殿の田中氏に対する逆恨みのことか?)とよんだり、satokoさんに「相対的じゃない」と言ったり(そのすぐ後に、個人の嗜好とかかいてませんでしたっけ?と言うより、ここまでの話で相対的である必要がよく分からないが)

でも、僕が一番気になったのは仕立屋さんに「今しか見てないで・・・」と言う部分です。
中学生の部活じゃないんですよ。作品を仕上げるまでの(ヒットするまでの)過程何て関係ないじゃないですか。プロなんですよ。結果だけです。まして、ファンにそこを分かってあげてくれ等とはちょっとちがうでしょう。それを言うなら現在の田中先生だって努力や苦悩、葛藤などあると思いますよ。そういうなら現在のたなかせんせいもみとめてあげなければいけないのでは?

board1 - No.2030

えっ!?

投稿者:本ページ管理人
1999年09月17日(金) 07時46分

どうも、はじめまして。

>管理人さんや速水さんをはじめとする皆さんの意見も分からなくもないのですが、現実として僕みたいなファンが多くいる事を頭ごなしに否定されるのはちょっと辛いですね

どうもsatokoさんともども勘違いをされているようですが、私は別に銀英伝の思想部分を深く読むのが至高の読み方だ、とは言っていませんよ。要はエンターテイメント小説です。どう読もうと勝手ですし、むしろ「思想部分が至高でキャラ好き設定好き読みをするのは邪道」などという意見があったら私はそれに唾棄しますね。思想について考えたかったら小説でなく思想書でも読むべきですし、こういう考え方が小説に評論を入れて何か知的なことをしたつもりになって悦に入る創竜伝的思想の温床になっているからです。

>皆さんが言うように「ファンが田中氏をダメにした。」ってかなり田中氏をバカにしてません?
>思春期の中学生が不良になったわけではあるまいし、環境のせいにするなんて一人の大人である田中先生に失礼ですよ。そんなことを言う人の方がよっぽどファンとして成ってないのではないかなとここまでの書き込みを見て思いました。

 しかし、実際ダメになっているのは事実じゃないですか。最近の田中芳樹の言動を見る限り、とても「一人の大人」の態度とは思えません。馬鹿なことをしていたら、バカにされて当然です。

 あと、なんかファンの捉え方がそれぞれでまちまちなような気がして、それが意見が噛み合わない原因になっていると思うのですが…
ファン(英fan)〈フアン〉スポーツ、芸能などの熱心な愛好者。また、特定の人物を狂信的に支持する人。
国語大辞典(新装版)小学館 1988.
 ちなみに私の中では、田中ファンというとはむぞうさんの言われるところの田中信者に近いものがあります。さすがにあそこまで強烈ではなかったですが、あの方向を向いているファンはたくさん見てきました。ネットでアンチ田中芳樹論を見ると、必ずやり玉に挙げられているのがこの手のファン達です。
 ちなみに、私の今までのファンに関する言説は、こういうファン達に向けられたものですね。
 とりあえず、それぞれのファン像というものを表明するところから始めた方がいいのではないでしょうか?

>管理人殿に「子供達」(意味不明、管理人殿の田中氏に対する逆恨みのことか?)

 あの~(^^;)、これってよくサブカル表現で使われる「~チルドレン」という意ではないですか?
 ちなみに私も「銀英伝の子供たち」だと思いますよ。一時期とはいえ、あれだけ影響を受けたものがゼロになるわけがないですから。
 思想は丸飲みするものではなく、良質な部分をかみ砕き、駄目な部分は吐き出して反面教師にするものだと思います。そういう意味では、銀英伝は私の中に血肉としてまだあります。創竜伝はほとんど反面教師ですけど(笑)

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