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投稿ログ106 (No.2088 - No.2103)

board1 - No.2088

リピーター

投稿者:ドロ改
1999年09月23日(木) 14時21分

>冒険風ライダーさん
基本的に、「買った動機」として出版社やゲームソフトメーカーが把握しているのはアンケートハガキやファンレターによるものです。そして、アンケートハガキやファンレターと言った物はそのほとんどが熱狂的なファンで占められますから、かなり偏った結果が出てきます。アレだけの内容だったエネミー・ゼロがアンケートの票だけ見ると圧倒的支持を得、飯野賢二を開きなおさせたのは良い例であると思います。ですから、それを基にした数字を当てにするのは非常に危険であると思います。
要するに、普通つまらなかったゲームや本のアンケート葉書など、その場で破ってゴミ箱行きではないか、と言いたいのです。そんな物の為に50円払おうとはしないでしょう。実際私も本当に面白いと感じたものが移植されれば(ベタ移植でなければ)買いますし、そうしたら絶対にアンケートも書きます。逆の場合は、自分で言った通りですが。

board1 - No.2089

え~っと(笑)

投稿者:satoko
1999年09月23日(木) 15時54分

>冒険風ライダーさん
リピーターに関するお話で、とにかく他の物から類推してこうであろうと言う記述がここでは多いですよね。誰かが書き込んでいらしたのですが「ファンサイトには気持ち悪くて行く気もしない」(ここまではいってなかったか^^;)と言う人がいてそのことに皆さんとくに反論なさってなかったのですが、はっきり言ってファンの現状を理解なさっている上での発言ではないのではないかなと思わされる事が多いのです。確かに冒険風ライダーさんがおっしゃるようにあくまで「私の周り」のことだけかもしれませんが、少なくともファンサイトなどの意見も読まずに類推で書かれている人よりは、実在するファンの声を多く聞いているとは思っているのですが・・・。

とりあえず、私は自身が数でこの程度のファンの意見を考慮に入れて発言していると言う物を示しておくと(論文書いている途中だから、どうしてもこういうことにうるさくなるのかも(笑))
私が良く行く(2,3個)田中ファンサイトの掲示板などの書き込みの方50~60人
田中関連のメル友15~20人(しかしこれは銀英伝のファンがほとんどなので年齢層が高い)
従妹とその辺(笑)2,3人
私の小説好きの友人5人(ただし、こやつらは文学好きだから、田中氏のみのファンではない)
で、まあ全部足しても100~150と言った所なので「私の周り」だけで判断してると言われればそうですが、とりあえずこれだけの実在しているファンの中の意見ではあるということは分かっておいてください。

「Satokoさんの周りの話をしているだけでは」と言う事をご注意して頂いた後に「たたが、創竜伝と言っておきながら創竜伝を援護するのはどうでしょう・・・・。」はないでしょう(笑)
私はここまで、ファン全体の意見および擁護はしてきましたけど、それとワタシ個人の創竜伝に対する評価は別物じゃないですか。^^;
ここまで、何度も書いてきましたが私は創竜伝や田中氏を擁護している訳ではないんです。私自身が創竜伝をどう思うかは別として、ほかの人がどのような楽しみ方で楽しもうがかまわないではないかと。消費者である以上その小説をどのように楽しもうが人に非難される物ではない。批判をするならそれに便乗してふらふらしている田中氏を批判しろ。という事を言っていて、そこからファンにも責任があるかどうかというはなしになっていたのだと考えていたのですが違うでしょうか?

ちなみにリピーターのはなしなのですが、その人たちをどう考えるかと言うのは具体的に問題にしなければならないという確たる証拠が示されるのを待ちたいと思います。
で、私自身が信じていると言うか、聞いた話というのを書いておきます。これはリピーターと言うのではなく、創竜伝の再版に関してなんで、あんな少女趣味な文庫バージョンになったのかと言う話を知人の出版社の方と話していた時の話で創竜伝が再版されたばかりの事なのでリピーターに関するリサーチがあってのことではないのは先に書いておきます。で、そのかたがおっしゃるには
「田中芳樹の固定ファンと言うのは大体が銀英伝から始まっているんだけど、創竜伝がでてからその世代のファンが田中ばなれを起こしているんだよ。で、出版社としては新しい世代のファン層を作らざるをえない。だから、若い子が新たに手に取りやすいようにああいう形での再版になったんだ。」との事でした。
出版社の狙いとしては、リピーターではなく新しくもう少し低年齢のファン獲得をめざしての物であった事はご理解いただけたるでしょうか。まあ、もちろん出版社の狙いをはずしてリピーターが買いあさっている場合も考えられますし、私は実家に銀英伝がありますが、読みたくてしょうがなくなってしまったので下宿のほうで買ってしまったこともあるので(全巻ではないです。読み終わったらそっこーで古本屋に売ってしまった)そういう人がほかにいないとは言えませんが、上記に書いた人たちの中ではあまり聞かなかったので、特にリピーターを問題にするほど多くはないと考えました。(まあ、学術論文ではアンケートは最低300人は集めろと言われるから、信憑性は低い部類に入るけど^^;)
それに、ドロ改さんが前に書かれていたようにあとがきや座談会に600円くらい払ってもかまわないという方のどこがいけないのか私には良く分かりません。何度も言うようですが、田中氏本人がそういう稼ぎ方が汚いと思っていないからこそ続けるんでしょうし、消費者は何を買おうとそれはその人の勝手ですから。

board1 - No.2090

責任は問えない

投稿者:本ページ管理人
1999年09月23日(木) 18時16分

>そして田中芳樹作品が駄作だらけになっている今もなお再販本の売上を支えつづけている彼らにファンとしての責任はないのか、と私は言っているのです。

 責任があるかないかはともかく、ファンに責任を求めることは出来ません。不可能です。責任の内容云々ではなく、「責任をとらせる手段が存在しない」という、きわめて現実的な問題があるからです。
 まず法的責任ですが、これは詳しく述べるまでもなく無理ですね。次に道義的責任ですが、これの前提として、責任を問う側と問われる側が共通した道義を持っていなくてはならないですよね。愛国心という道義を持たない人間に非国民であることを責めたり、社会主義を道義とする社会主義者に向かって「サヨク!」と罵倒するのは、ほぼ意味がないようなものです。なぜなら問うべき責任の背景が異なるからです。

 田中芳樹ファンに道義的責任を追及するには何を用いたらよいか。私が考えたのは田中芳樹の言葉・思想を道義とすることですね。これは田中芳樹にも通用する点でも有力だと思います。
 そう考えて私は過去田中芳樹の矛盾撞着を突いたんですけど、これが通用するのは、いわゆる「田中信者」型ファンに対してだけなんですよね。satokoさんが挙げるような、キャラは好きだけど田中芳樹の思想なぞ気にもとめないタイプのファンに関してはお手上げです(ただ、ファンって言うのかな、とは思いますけど)。

 消費者の武器とか権利、という考え方は私個人としては賛同するのですが、別に深く読むでもない大衆的ファンには通用しないでしょう(田中芳樹やノベルスの枠を超えて、小室サウンド隆盛とか、FF8が300万本突破とか、大衆社会そのものの問題になりそうですね)。

 結局のところ、我々に出来るのは田中芳樹の腐敗っぷりを提示することによって、特に深く考えずに買っているファンに対して楔を打ち込む事ぐらいなのではないでしょうか。

>それにしても最近管理人さんの投稿が極端に少ないな~。何かあったのだろうか?

 なかなか書き込む余裕が取れなかったんですね。ご心配おかけして申し訳ありません。

board1 - No.2091

そうそう、余談ながら

投稿者:本ページ管理人
1999年09月23日(木) 22時56分

>ちなみに「じるい」ってわかります?(仕立て屋さんならわかるかな~、鳥取の人はわかってくれたが倉敷の人はわからなかった)

確か「地面がゆるい」じゃなかったかな?

board1 - No.2092

え・・・・?

投稿者:satoko
1999年09月23日(木) 23時17分

>管理人さん
ファンに責任をとらせるつもりだったんですか・・・、まじ?(笑)恐ろしい人だ^^;

冗談はともかく、ファンサイト回っていただけたでしょうか?キャラ好きな人=特に何も考えていないとはちょっと違うと言うことが分かってもらえていないのがとても悲しいのですが・・・。

>じるい
あたりです^^管理人さんって物知りですよね

board1 - No.2093

大衆的

投稿者:heinkel
1999年09月24日(金) 14時53分

はじめまして。少し前にここを知り、過去ログも拝見させていただきました。
え~、いきなり脱線しますが、ちょっと気になったもので。

管理人さんのNo.2090より、
>消費者の武器とか権利、という考え方は私個人としては賛同するのですが、別に深く読むでもない大衆的ファンには通用しないでしょう(田中芳樹やノベルスの枠を超えて、小室サウンド隆盛とか、FF8が300万本突破とか、大衆社会そのものの問題になりそうですね)。

 なんか、田中氏の作品や小室氏の音楽やFF8のようなヒット商品には、考えなしに購入しているおバカな「大衆的」ファンがたくさんいる、と言ってるように聞こえます。
 でも、小室氏の音楽は一般受けしすぎてるせいか、音楽通には評価されませんが、私は結構クオリティ高いと思いますが。そして、田中氏の作品もFF8も、ものが売れるのにはそれなりに理由があって、買う人もそれぞれ魅力を感じて買うんであって・・・
 っていうか一番言いたいのは「大衆社会」って用語を安易に持ち出す前に、売れている理由をもっと検証した方がいいんじゃないかなーということです。創竜伝全部そろえてる人が特に深く考えず買っている人ってのも何ですし。
 あと、「大衆」「大衆社会」って社会学的用語多用すると批判文が定型化しちゃうかもしんない。「左翼」みたく。

board1 - No.2094

生産者と消費者

投稿者:Merkatz
1999年09月24日(金) 23時23分

ちょっと書き込まなかったら、えらく進んでしまいましたね。(^^;;

私としてはファンのあり方について、「こうでないとダメだ」なんて言う気はありませんし、satokoさんのおっしゃる「どのような楽しみ方をしようと勝手」というのも正しいと思います。
ただ、そこで終わらせたくないんですよね。そうすると物事の本質が見えなくなっちゃう。

①作品をどう楽しもうと「ファンの勝手」だから、作品がくだらない責任は作者のもの。ファンが負うべきものじゃない。

これってファン定義とは別次元の問題ですよね。
リピーターとか、狂信的とか、これらは「ファン」というものに対する議論ですが、①は物事の連環について述べたものです。つまり、作者とファンの間に何らかの繋がりがあるかどうかという話なんです。そこにおける「ファン」は別に定義付ける必要はない。一般的意味の「好きな人、消費者」程度と考えればよい。
で、①の理屈がおかしいのは、市場において生産者と消費者がまったく相互に影響しない独立した存在であると考えている点なんです。
常識的に考えて、両者は互いの影響から逃れられるはずがない。市場という枠組みにある限りは。だから商業小説という市場において、作者と読者という関係は相互に影響し合っている。つまり小説家という生産者の作り出す作品は、読者という消費者の影響なしに送り出されることは有り得ないのです。
これを一般に「責任がある」と形容しますね。管理人さんはわざわざ、法的・道義的なんて説明で責任は問えないとおっしゃってますが、そういう言い方はちょっと的外れです。これは一種の状態の形容で、取るべき責任として考えている訳ではないですから。

②良い商品は賢い消費者が生み出す

で、前に私は②のような意味のことを言ったんですが、これは市場における需要と供給の関係から言えば、平凡で当たり前過ぎるものですね。何でわざわざこんなこと言ったかというと、ファンの影響力というものは無視できないよと言いたかったからなんです。
賢い消費者が多くなればなるほど、良い商品が供給される確率は上がり、愚かな消費者が増えれば増えるほど、悪い商品が供給される確率が上がる。この法則にはsatokoさんも異論はないと思います。
ようするに、私は「邪道な楽しみ方はけしからん」と言いたいのでは無く、ごく当たり前の法則を述べたかったに過ぎないのです。客観的な現状分析として、田中芳樹の現状は「愚かな消費者が増えれば増えるほど、悪い商品が供給される」に陥っているのではないかと。
もちろん、その改善策として「賢い消費者を増やす」=「邪道なファンの排除」ということは言えるでしょうが、私はそこまで論じる気は無い。
しかし結局、良い作品の供給を望むなら「無制限な楽しみ方」の結果、愚かな消費者を増やすことはできない。自由に楽しめばいいけど、賢い消費者の妨げにはならない程度でと条件付になる。

そこで、リピーターとか、面白くないのに買っている人とか、そういう人は「賢い消費者」では無い。では実際は面白くないのに面白いと思って買う人は?
これには数種類あると思います。物の価値が見抜けない未熟な人。ほんとはそうじゃないのに面白いんだと思い込んでいる人。邪道な楽しみ方(イラスト、キャラファンなど)をしている人。いずれにしてもこれも「賢い消費者」とは言えませんね。
たとえ同一生産者の商品でも、味が落ちたと感じたら即座に買うのを止める人、それをはっきりと生産者に言える人。これが「賢い消費者」ですよね。
やはり、良質な商品を求めるなら、賢い消費者は多ければ多いほどよい。

繰り返しますが、私は「愚かな消費者」を排除せよと言っているわけではないですよ。ただ、ある種の法則性について言及しているだけです。

さあ、では田中芳樹という生産者の商品の市場を見てみると、賢い消費者が少ない。その必然的結果として商品の質の下落があるわけです。
もちろん生産者の責任もあります。しかし市場において消費者の影響は皆無ではないのですから、これを見過ごすわけにはいかないのです。

結論として、私は「田中芳樹作品の質の低下は、作者の力量の低下と共に、賢い消費者が減って、愚かな消費者が増えた影響もある」という状態の分析が言いたいわけで、愚かな消費者を断固排除せよってことではないです。

もっとも、ファンというやつは往々にして、賢い消費者ではなく愚かな消費者になりやすいものではあると思いますが。
しかしようはどのような食い方をしようと、美味い不味いの味の違いは分かってほしいという話です。

>「じるい」

ううっ、全然分からなかった。で、調べてみたら鳥取弁じゃないですか。そりゃ倉敷の人に通じないはずだよ。

>冒険風ライダーさん

>ところで北村さんの「虚構戦記研究読本」、この一月ほど本屋を何軒も回っているのですけど、どこを探しても全くありません(T_T)。
>田中芳樹の「架空戦記否定」の1兆倍は面白そうな本だから(比べるのが間違っているのでしょうけど(^-^))、結構真剣にさがしているのに。

紀伊国屋クラスの本屋ならあると思います。光人社の本なので、軍事関係のコーナーに置いてあると思います。

>北村賢志さん

私も買いましたよ。まだ読んでないんですけど、著者紹介を見てびっくり!近大出身なのですね。私も近大なんですよ。で、私は47年生まれの現役合格なので、北村さんと同じ時期に通っていたということになる(東大阪の本学の場合)。これからは北村先輩と呼ばせていただきます(笑)。

board1 - No.2095

ファンと架空戦記についてのまとめレス

投稿者:冒険風ライダー
1999年09月25日(土) 01時05分

>satokoさん
 ファンというものにもいろいろな人がいるものでして、確かにsatokoさんの周りのファンも「ファンとしての一側面」であるでしょうが、私が主張したリピーターや、管理人さんやはむぞうさんが主張したような「社会評論を信棒する田中信者」というのもまた「ファンとしての一側面」なんですね。管理人さんとのファンの論争を見ていたとき、satokoさんがこのあたりを無視して、ファンを何もかもひっくるめて免罪しているかのような論調を展開していたので、ちょっとそのあたりを聞こうかと思って、以前から疑問に思っていたリピーターを持ち出したと言うわけです。ファンの定義も全員まちまちでしたし、ちょっと限定した方がいいのではないかと思ったもので。
 「なぜリピーターがいけないのか」という答えは、以前論じられた再販問題も絡んでくるのですが、リピーターがコレクター根性を発揮して作品を買いあされば買いあさるほど、「自分の作品は売れているから面白いのだ」と田中芳樹を免罪させ、しかも「再販本で楽をして金を稼ぐ事ができる」ために田中芳樹の小説に対する創作意欲を失わせてしまうことになり、「結果として」本論4のように「ファンは自分で自分の首をしめて喜んでいる」ということになってしまうのではないか、そう思ったからです。
 もちろんリピーターというのもひとつの趣味ですし、リピーターが少数派であるならば問題はないのですが、それが圧倒的多数派になって再販本の売上を支えるとなると、以前Merkatzさんがおっしゃられたように「邪道な楽しみ方をするファンが多勢を占めて」「市場原理が崩壊し」、「内容がつまらないのに売れ」、「売れるから面白いという論理で作家は免罪される」ことになるのです。その場合に、「作品の内容を面白いと思って買っているわけではない」リピーターの「ファンとしての責任」はかなり重いのではないかと私なりに考えたのですが、納得していただけたでしょうか?

 それと「創竜伝ごとき」という件に関してですが、今までのsatokoさんの投稿から、私は「創竜伝と田中芳樹擁護派」と認識していたので(社会評論が田中芳樹の本音ではない、なんてファンと何の関係もない弁護もしていましたし)、「貶めながら擁護する」という姿勢に何となく矛盾を感じたんですよ。今までそういう擁護派の人を見たことがなかったものですから。
 ちなみに私も、ファンの話と関係ないのを承知で聞いたのですよ(^_^)。まあファンのために創竜伝を弁護するというのならば、本論と乖離した個人的感想で、擁護論と矛盾した事は言わない方がよいのではないでしょうか。私は「これは『擁護するフリをして創竜伝を貶める』ことを計算した上で意図的にやっているのではないか」などと勘ぐってしまったもので(笑)。
 ま、いきなりファンの話題と関係ない話を持ってきてしまったのはこちらの不注意でした。本当はもっと以前のレスで言おうと思っていたのですが言いそびれたので、この機会に言ってみたのです。お気を悪くされたらすいませんm(__)m。

 ところで管理人さんに「ファンサイトを覗いてくれ」と言っているようですが、管理人さんはファンサイトに「宣戦布告」したという経歴の持ち主ですから(過去ログを見た限りでは)、ファンサイトの事は詳しく知っているのではないでしょうか?

>北村さん
 お久しぶりです(^^)。話し合うのは五ヶ月ぶりぐらいになりますか。
そういえば荒巻義雄も社会評論を展開していましたね。やたらと戦前の日本の無為無策を攻撃していたのは覚えています。あれを読んでいた頃の私は「すくなくとも日本を無条件に悪と断定はしない(それまでの日本断罪論は「無為無策」という理由すらなかった)」という姿勢に何となく理論を感じていたものですが、今読んでみると確かにトンデモですな。荒巻義雄は「超兵器導入と軍事クーデターが可能だ」という架空の前提で社会評論を論じているのですから。
 田中芳樹と荒巻義雄は、左翼と右翼の関係のようなもので、思考パターンも行動原理も似たり寄ったりだからこそ近親憎悪的な対立をしているのだろうと私は読んでいますので、絶対仲良くなる事はできないでしょう。だからこそ私は、両者の対談が実現したら面白いと思うわけでして(笑)。
 それでも「どっちを応援するか」と言われたら、すくなくとも一方的価値観の押しつけをしない荒巻義雄の方を応援しますけどね、私は(^-^)。

>Merkatzさん
 紀伊国屋書店ですか。確かにうちの近辺はもうしらみつぶしに探したので、もうそこしかないでしょうね。街まで行かなきゃならなかったので、そこだけは探していなかったのですが、行くしかないか。そこでも見つからなかったら注文する事にします。
 それにしても先月あたりから「読本」と名のついたバッタもんがやたらと氾濫しているのに、肝心の本がどこにもないのですから困ったものです(--;;)。

board1 - No.2096

追加です

投稿者:heinkel
1999年09月25日(土) 17時18分

 ファン論争と無関係ですみませんが、管理人さんのコンテンツ見て、思ったこと書きます。
 コンテンツ自体に対する批判も思ったより少ないみたいですので。以下その内容です。

 これは、誰かのいってたことと重複しますが、やっぱ小説の中に評論入れることってそんなにだめですか?江戸時代ほどでないにしても、今の日本でもそれほど言論の自由があるとも思えないし、まして管理人さんが例に出してた小林よしのり氏なんか命がけでしょう。田中氏が自分の得意な小説の中に自分の評論ぶちまけても、そのこと自体は許容してやってもいんじゃないかって思いますね。手法は自由な方がいろんな言説が聞けていいんじゃないかと思いますし。
 むろんその評論内容がおかしいと思えば批判すればいいのですけど。

 そしてコンテンツの「4.小説だったら許される?」についてなんですけど、これはひどい。田中氏が社会批評をフィクションとして逃げをうっているのは事実にしても、ある特定の人物を、全くの創作によって貶めるようなことをしてましたっけ?「保守党」の議員の一人を悪辣な人間として描き出すのとは訳が違うと思いますけど。

 管理人さんも今忙しそうなので、お暇なときにでもお考えを聞かせていただければうれしいです。

board1 - No.2098

少々お待ちください

投稿者:本ページ管理人
1999年09月25日(土) 22時40分

heinkelさんへのレスを始め、返答が少々遅れておりますが、近日中に何とかしたいと思いますので、しばらくの間お待ち願います。

board1 - No.2099

はじめまして

投稿者:キャヴェンディッシュ
1999年09月26日(日) 00時56分

始めて書きこみさせていただきます。
キャヴェンディッシュと申します。
私は銀英伝から田中芳樹作品に入り、
創竜伝や氏のその他の作品も
それなりに楽しんでいる、そういう人間です。
ただ、氏の最高傑作は紛れも無く銀英伝だと
思っていますし、アルスラーン戦記ですら
作品としては銀英伝の足元にも及ばないもの
だとも思っています。

以前からこの掲示板を色々な意味で興味深く
拝見していたのですが、書きこむことには
踏み込めずにいました。
が、10月の1日から掲示板の活動を
一時停止されるとのことなので、
この機会にカキコを思い立ちました。
私のようにこの掲示板を見ているだけと
いう方は意外と多いのではないかと思います。

さて、このサイトの全体的な感想ですが、
中には氏に対する的を射た批判もあるものの、
一部の言われの無い批判、意見等のため、
全体の価値ばかりではなく、品位まで
自らの手で貶めているなといったところです。

『一部の言われの無い批判、意見』
の例を挙げます。
TOPの項目2、
『田中芳樹は本当に中国を知っているか?』の
中に、まるで氏が少女偏愛趣味の持ち主で
あるかのように思わせる文章があります。
『作者が色濃く投影された~こんな謎の答えは
誰にでも分かることだから』の部分ですが、
まず、このような書き方は卑怯以外の
なにものでも有りません。
なぜなら、『ロリコン』とか『少女偏愛』とか
いったような単語を敢えて出さず、あいまいな
書き方をなさることにより、私のように
この文章を責めるものが現れても、
『私は田中芳樹がロリコンだなんて
一言も言ってない。
ましてやその批判なんて一言も
口にしていない』という風に逃げることが
できるのですから。
(逃げることができる、と言っているので
あって、管理人さんが逃げ道を残すために
このような書き方をなさったのだろう、と
言っているのでは有りません)
次に、仮に一人の人間がロリコンであろうが
サディストであろうが、
そんなものは批判の対象になりははしない、
ということです。
人間、誰しも異常性愛の気は有ります。
無論、実際に未成年と性行為に及んだで
あるとか言うのなら、話は別ですが。
最後に、なぜ主人公に作者の人格が色濃く投影
されていると分かるのだろう、
ということです。
管理人さんはまるで氏の人格を
よくご存知であるかのように
書かれていますが、もしこれが氏の書かれる小説、インタビューなどのみから氏の
人格を判断されてのことでしたら、
管理人さんはそう言ったものから一人の人間の
人格を判断することができる、
とお思いなのでしょうか?
以上に挙げた理由から、私はこの文章を氏の
人格を言われなく攻撃する、下品で卑怯な
人格攻撃以外のなにものでもない、
と考えます。
管理人さん、お忙しいようですが、どのような
お考えでこの文を書かれたのか、
お聞かせ願えますでしょうか。

取り上げた文が項目2の文章の
本意でないことは承知の上ですが、以前から
気になっていた部分なので敢えて
取り上げました。
あまり掲示板に書きこむこともない
人間なので、不躾な部分、
文章のつたない部分等あったかもしれません。
あらかじめお詫びします。

board1 - No.2100

どれからこたえよう(笑)

投稿者:satoko
1999年09月27日(月) 08時34分

>冒険風ライダーさん
いっぱいあるのでどれからこたえようと考えているうちにごちゃごちゃになってしまってるかもしれません。わかりにくいと思うのですが許して下さい。

リピーターについて
今週号の「ゴー宣」読まれたでしょうか?私は今週のよしりんの主張で賛同できたのは2つだけでした。「この裁判は内容の優劣を判決にしたものではない。」ということと「多数の資料を示したにもかかわらず、少数のものを同列にみなされた。」という部分です。(今週のはちょっとつまんなかったです。じゃあ裁判するなよといいたくなるお粗末なものだったので、読んでなければ特におすすめはしないです^^;)前者は良いとして、後者は冒険風ライダーさんがおっしゃっていることと変わらないような気がします。
たしかにはむぞうさんの接してしまった人などが私のそばにいれば「おいおい・・・。」となるとは思いますしリピーターやコレクターの方もいるとは思います。ですが、その人達はごく少数であるにもかかわらず、通常のファンと「一側面」という言葉で同列に並べるのはどうかと思います。こういう書き方をすると「何だやっぱり正当なファンと邪道奈ファンにわけて邪道の奴だけ攻めろ。といいたいのだろう。」と誤解なさるといけないのでかいておきますと、別に私自身はファンがどんな風に自分のお金であれば楽しもうが勝手だが、一部のファンを全体のようにとらえて話を進めるのはどうか?と思うのです。
前回の冒険風ライダーさんの書き込みから考えてると、リピーターは問題にならない程度に少ないのであればかまわないということですよね。私の知る限りでは問題とされるほどはいません。ですので、この話をもっと進めたいとおっしゃられるのであったら、何らかの正確なデーターに基づいて(とりあえず、わたしのは前回示したものプラス出版社の知人の話です)問題を示していただけないでしょうか?

創竜伝批判について
う~んと冒険風ライダーさんって結構忠義が厚い方なんでしょうか?^^;とりあえず、田中擁護する人が田中氏の全てを理解しなきゃ如何ということはないと思うんですよね。

誤解なさってると思うのですが私は田中氏の言われもないような批判からは田中氏を擁護しますし、田中ファンの擁護の側にも居ますが「創竜伝擁護派」ではないです。たとえに出ていた「創竜伝の中に書かれている田中氏が本当の~」は別の部分を読んで下さると分かると思うのですが、あくまで創竜伝を擁護しているわけではなく「小説的技法(かどうかはまた意見のわかれるとこですが)の可能性のあることのみを根拠に「田中氏の本当の人格」をきめつけてしまうのは間違っているのではないか。」ということを書いていているんです。

ここまで何度も書きましたが、内容を批判するのはどんどんやってください。ただ、それのみを根拠に現実世界のものを批判するのはやめて下さいということをかいて来たつもりなのですが・・・。

>Markatzさん
「じるい」はまぎれもなく岡山弁です(涙)鳥取の人のは「じゆるい」がなまって「じゅるい」というのでわかったとか(笑)同県の南北方言戦争勃発か!?(^^)

board1 - No.2101

ファンサイト

投稿者:satoko
1999年09月27日(月) 09時18分

付け加えて言うと、管理人さんがファンサイトの事をわかってると言うことはないんじゃないかな・・・。前回も書いたんですが、ファンサイトの事わかっている人なら「きゃら好きな何も考えずに買っている人」とは言わないはずです。きゃら好きなひとと何も考えてない人は全然別です。きゃら好きなひとって田中思想云々を信奉しているのではなく、自分自身の考え方からこういう所が好きって感じの人たちなのではっきり言って小説以上に理論的にその人の事分析したりしてるし。
と言う事なので、みなさんもできたら見に行ってみてくださいね

board1 - No.2102

キャヴェンディッシュ氏への感想&疑問

投稿者:近藤崇仁
1999年09月27日(月) 09時45分

 タイトルに書いたとおりの内容なので、あいさつは省かせてもらいます。と、いうか、自分自身「ようこそ」とか言えるほどここに出入りしているわけではありませぬゆえ。

>中には氏に対する的を射た批判もあるものの、一部の言われの無い批判、意見等のため、全体の価値ばかりではなく、品位まで

 という文章からすると、「中には~あるものの」程度しか存在しない的を得た批評と、「一部の」意見を除いた部分が、管理人さんの批評部分の大部分ということになると思います。
 日本語的に見ると、その「大部分」は、「的を射ていない批判」と見ている、と解釈するのが自然と思われます。
 キャヴェンディッシュ氏が考える「批判文」の方向性とは、本来は「(対象の)的を射ていない」部分を指摘するもしくは改める、にあるように思えた(私自身、それが建設的だと思います)ので、本来はその部分の指摘を見てみたかったです。

>(逃げることができる、と言っているのであって、管理人さんが逃げ道を残すためにこのような書き方をなさったのだろう、と言っているのでは有りません)
>次に、仮に一人の人間がロリコンであろうがサディストであろうが、そんなものは批判の対象になりははしない、ということです。
 この部分が気になりました。日本語の意味あいを詰めていった場合にどういう意味になるか分析すると長くなりすぎるのでひとまず措きますが、キャヴェンディッシュ氏の文章解釈およびその方法論が私と違っているだけだ、とするには大きすぎる問題があるような気がします。管理人さんの文意を考える上で。
 まあ、管理人さんの返答が遅れることが予告されており、もうじき掲示板が使えなくなる状況ですから、すべてはそのあとまで先送りする、という方向性で問題ないかと思います。
 他にこの部分を問題だと思う人がいなければ、私の個人的な解釈がおかしい、ということで片づく問題ですし。

関係ないけどsatokoさんへの余談
「じるい」ですが、生まれながらの徳島県民である私および同級生および両親たちは、小学生時代に使っておりました。今でもたまに使います。
例:「雨降ってじるぅなっとうけん、気ぃ付けなぁ」
「け」とか「ぶち」ほど局地性の強い方言ではない、ということで手打ちにしてもらえないでしょうか。

board1 - No.2103

ファンの種類

投稿者:はむぞう
1999年09月27日(月) 12時04分

最近ファンについて盛り上がっていますが、これは各人によって「ファンの定義」がちがうようで、読んでいて話がうまく噛み合ってないように感じる部分も多いです。例えばリピーターがごく少数派であるか大半を占めるかなど、前提条件が違えば、議論が平行線でも当然かとも思いますが…。

 私としては、いろんなファンが存在し、かつ重複している部分も多いと思うのです。田中氏の書く話が好きな人、キャラクターが好きな人、特定の作品についてのみ好きな人、田中氏の作品を集めるのが好きな人など、いろんなパターンがあり、話が好きで且つキャラ好きでありコレクターであるなど何種類も重なり、また重なり方も多種多様だと思います。そしてそこに「他人に迷惑をかける」というフィルターをかけると、田中信者になると私は定義しております。

 リピーターについては、私自身の知人にも数人おりますし、書き込みから判断して(思い込みかもしれませんが)他の方々も知っている例があるようですので、日本の人口から比べればごく少数でしょうが、具体的な数字はわかりませんがファンの間で占める割合は少数派とは言えないと考えております。
 ただしだからといって、間違っていると全否定するつもりはありません。あとがきなり、わずかに付け加えられた書下ろしなりに、購入する価値を認めているのであれば、それは個人の価値観であるから別にかまわないと思います。またコレクターであっても、その本を手に入れることで満足するのであれば、その人なりの感性でそれでいいと思います。ただし私個人としてはリピーターになるつもりはありません。その存在が好きか嫌いかと尋ねられたら、答えは嫌いです。理由としてはMerkatzさんや冒険風ライダーさんの意見にあるような、売れているが面白い作品が生まれてこないという状況になる危険があるからです。というより現在がそうではないかと思っています。

 またキャラ好きな人についても、全員が何も考えてないと言い切れないでしょうが、全員が話を読みこんで理論的に分析している訳でもないと思うのです。10年以上前の例で恐縮ですが、例の信者方の中に特定のキャラ好きの人がいました。そのキャラについては実在の人物のように扱うくらいなのに、肝心のストーリーについては全く理解していないという有様でした。そのキャラのところしか読まなかったのか、全部読んでいるのに理解できていないのかは定かではありませんが、本を読むという行為でもいろんなケースがあるのだと知ったできごとでした。

 どんな読み方をし他人から見ると奇妙な楽しみ方でも、人に迷惑をかけなければ個人の自由だと思います。自分も含め、管理人さんやいろいろ田中氏批判の書き込みをする人でも、銀英伝であったりアルスラーン戦記であったり現在もなんらかの作品が好きであれば一種のファンであると思います。でもこれは純粋なファンからみたら邪道と言われるような気がするのですが。
 だから人に迷惑をかける「田中信者」は完全否定したいですが、それ以外で田中氏の作品を例えどんな形であれ楽しんでいる人は、それでもいいのではないかと思っています。ただしそれには「面白くない作品でも売れる」「新しく書かなくても売れる」だから「素晴らしいと思える作品が出てこない」と続く危険がひそんでいることを念頭に置いたうえでやって欲しいと思っています。

 以前書いた「田中信者」の補足です。私が見た「自分では読んでないけど買え」という人には2パターンありまして、「読んだけどもしくは途中まで読んだけど面白くなかったが、田中氏の作品だから」と、「全く興味がないし興味を持つつもりも無い分野だから、最初から開く気もないが、田中氏の作品はコレクションしなければ」というものです。あまり参考にならないかもしれませんが、一括りにしたくなる中にも多様なパターンがあるという例にまで。

 余談ですが、昔、創竜伝の2巻が発売された頃、同人誌の「夜嬢帝国」(知っている人いるかな?)でCLAMPが「始」「続」「終と終子の双子」「残」というある財閥の5人兄弟を主人公にした漫画を描いていて、しかも、続が一見クールな美青年だが実は情熱家。終はやんちゃ坊主。残はおっとりしたお坊ちゃまという設定でした。始と終子は名前がでただけと顔が出ただけだったはずです。思わず読んだ瞬間、「盗作だ!!」と叫んだ記憶があります。同人誌なのだから別に構わないと言えばそれまでなのでしょうが。それが今ではその創竜伝のイラストを描いているので、見るたびに複雑な心境になります。

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