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投稿ログ70 (No.1271 - No.1287)

board1 - No.1271

陳舜臣への推薦文

投稿者:水野忠右衛門
1999年05月21日(金) 15時19分

No.1268 冒険風ライダーさん、こんにちは。

>><歴史や人物をダシにして現代人にビジネス上の教訓をお説教するような「中国もの」から、私は何ひとつ学んだことも感じることもない。文
 <以下略>

 私もこの推薦文を読みました。感想です。

「歴史や人物をダシにして現代人にビジネス上の教訓をお説教」する傾向は、どの国でも昔から行われている事だと思うのですが……。特に中国の古典は、昔から日本では「教科書」として利用されていましたし。
 だいいち、古典や小説をどう読むかというのは、読者の権利であり、他人がとやかく言うものではないのでは? 「ビジネス教訓書」として読もうが「血沸き肉踊る冒険小説」として読もうが読者の勝手でしょう。他人の読書感想文を批判することが推薦文としてふさわしいんだろうかという気がします。
 陳舜臣を誉めるのに、他者をおとしめて相対的に陳舜臣の地位を向上させようとしているのでしょうか。かえって陳舜臣が安っぽくなるだけだと思うのですが……。推薦文なら、陳舜臣のどこばすばらしいのかを説いたほうがいいんじゃないの?
 だいたい「文化や芸術に無関心な財界人」などと人を小馬鹿にしたような表現は、反感を買うだけでしょうに。推薦文を書くときも創竜伝のノリなんですかね。

 ところで冒険風ライダーさん、

>>自分でできないのであれば、自分の代わりにやってくれる有望な若手作家でも発掘したら良いでしょう。

 これはやってるんじゃないですか? 中国物を書く若手作家の本にはよく推薦文が載ってますし、井上裕美子なんかは田中芳樹の関係者(?)でしょう。七都市物語の地図作りに関わっているそうですし。(七都市物語のあとがきにあります)

>>もっとも私としては、「そんな事よりも既存のシリーズもの(創竜伝・クランは除く)を早く終わらせろ」と言いたいところなのですけど。

 これには完全に同意します。

board1 - No.1272

レス遅延のお詫び

投稿者:本ページ管理人
1999年05月21日(金) 19時56分

 現在多忙中のため、仕立て屋さんをはじめとする方々へのレスが遅れています。
 掲示板やメールでの質問へのお答えやページの更新は近々行えると思いますが、少々お待ちください。
 申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

board1 - No.1273

はじめまして

投稿者:鳳杏樹
1999年05月21日(金) 19時57分

はじめまして。やっと過去ログを読み終えまし
た。田中芳樹の作品、特に創竜伝に対しての皆さんの厳しいご意見に新鮮な気持ちでいます。

私は小6の時に銀英伝を読み始め、以来、
アルスラーン戦記、創竜伝、
マヴァール年代記、「夏の魔術」シリーズ、
タイタニアなどなど、「田中芳樹作品」を
見つける毎に読んできました。「隋唐演義」
も読破しました。いまだに筋金入りの田中芳樹
ファンです。

銀英伝と比較すると、確かに創竜伝の
政治批評めいた描写の多さ、ストーリーの展開
など、「なんだかなあ」と言いたくなることは
多いです。新刊を今か今かと待ちわびる身とし
ても、それは感じます。

しかし私にとって創竜伝は文句抜きに面白く
読める作品でもあります。こういう読み方が
良くないのかもしれませんが、それこそ深く考えずに、ひたすらストーリーを追って楽しんでいるわけです。
いつも「考える読書」を要求される身には、(文学部の学生でして)あれくらい荒唐無稽
な話はいい息抜きになるわけです。あの政治
批評めいた部分も「よた話」だと思えば
気になりません。

しかし、以前の書き込みに「元気でかっこいい
男の子を4人以上だせば読者には受けますよ」
というのがありましたよね。さらに「辛辣な
セリフを吐く美青年」とか「危険な香りのする
美青年」のこととか。
これにはまったく反論できません。(^^;)
みごとに田中氏の策に引っかかってるようです
が、私が楽しみで小説を読む時には、会話の
テンポとキャラクターを重視して読むものを
選んでますので。そもそも創竜伝を読み始めたきっかけが「毒舌家の美青年」が出てくる
ことを知ったからですし。

だから、私が田中氏に大声で言いたいことは
ただ一つ、「シリーズの続きを書いて下さい」
ということだけです。あの遅筆だけはどうにかして頂きたいと思います。

board1 - No.1274

あ~やめやめ~~正直言うと

投稿者:仕立て屋
1999年05月21日(金) 20時05分

 管理人さん、このあたりで矛先をおさめます、スマン。
 ちょっと言葉遊びが過ぎたようです。戦術にこだわりすぎて、論点が当初の戦略目的からかなりずれてしまいました。ぶっちゃけた話、コンテンツ8において最後の小林よしのりとの対比部分がそれに占める分構成上の効果と重要度と比べて、管理人さんのsatokoさんに対するレス1214での発言がかなり不用意な気がしたもので、野良犬のごとく噛み付いた次第です(これが、概ね筋を通されているが、ある意味、姿勢として矛盾を感じました所以です)。管理人さんの管理人として公正な立場を考えての発言だと存じておりますが、正直なところなんだか”ちょっと、カッコつけてんちゃうの?はっきり言やいいのにぃ”ってな感じを受けましたもので、、、、自分から議論吹っかけといて申し訳ありませんが、このへんで引っ込めます。
 ただ、最後に言わせていただくと、管理人さんのレス1240は、ちょっと、私の主張を捻じ曲げ過ぎでは?

board1 - No.1275

ちょっとだけ。

投稿者:satoko
1999年05月23日(日) 16時48分

仕立て屋さんへ
いいだしっぺについての隠された意味に思わず吹き出したんですが、こたえる必要がないとわかってますが、とりあえず一言だけ。

管理人さんがあのレスで「取りたてて意味がない」とおっしゃったのは当然だと思うんですよ。なぜなら、私自身あそこを使う時に「そんなに8の本旨と関係ないから揚げ足取り易い。」(管理人さんごめんなさい)と感じた部分でしたから。補足説明というものは確かに理解させるのに役立ちますが、その他の部分を読めば完全に主張されたいことが理解できますし、あの部分がなくても成り立つという意味で特に取りたてて意味ないという事なのでは?

後、あんまり関係ないですけど「はっきりいってやればいいのに。」みたいな事を感じたと管理人さんに意見してるようですが、そんなに田中ファンを叩き潰したいのでしょうか?管理人さんやその他の方が理性的にレスや意見してくれてるので田中ファンはあきれたり、関わらないようにしようとせずにいるのを知っていただきたいです。もちろんここが、田中氏の悪口言うだけの所と認識なさってるのでしたら別ですが、とりあえず、偏りを無くすため管理人さんはファンのがわの意見も聞きたいとおっしゃってるようですので、あまりそのようには言わない方がいいのでは。下世話な事ですいません。すくなくとも私は負けず嫌いで、あなたにこう書いてますが、本音はもう関わりたくないといったものになってます。

雑文で失礼しました。

board1 - No.1276

続けてお返事遅延のお知らせ

投稿者:本ページ管理人
1999年05月24日(月) 04時37分

 現在私事ながら多忙で、まだしばらくお返事できないと思います。
 仕立て屋さんなど私に質問をされている方にはお返事をしたいと思いますので、今しばらくお待ちください。
 申し訳ありません。

board1 - No.1277

アルスラーン戦記って今どうなってます?

投稿者:アイオロス
1999年05月24日(月) 17時17分

はじめまして。
銀河英雄伝説で田中芳樹さんの作品に出会って8年になります。
アルスラーン戦記の新作を最後に見たのは92年夏頃なんですが、それ以後の情報を教えていただければ幸いです。
ここ3年ほど田中芳樹ワールドと疎遠になっていましたが、読み返したくなってきました。
では。

board1 - No.1278

いろいろな続き物

投稿者:水野忠右衛門
1999年05月25日(火) 14時48分

No.1277 アイオロスさん、こんにちは。

アルスラーン戦記「旌旗流転」の続刊は、まだ出ていません。

タイタニア3旋風篇は1991年5月に出ましたが、これもまだ続刊が出ていません。
灼熱の竜騎兵はpart3の「太陽系の風」が1993年10月に出ましたが、これもまだ続刊が出ていません。
自転地球儀シリーズの第2巻にあたる「カラトヴァ風雲録」は、1995年6月に出ましたが、これもまだ続刊が出ていません。
その他、銀英伝外伝はもう忘れ去られたようですし、七都市物語も半端なところで中断したまま。

しかし、創竜伝は、1年半に1冊、薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズは2年に1冊のペースで新刊が出ています。なぜか講談社のシリーズだけが順調に出ているのはどういう事なんでしょうね。不思議だ。

board1 - No.1279

続き物もうすぐみたいですよ。

投稿者:satoko
1999年05月25日(火) 15時15分

アルスラーン戦記は現在執筆中で、そろそろ出るそうです。

ちなみに銀河英雄伝説の外伝は「銀河英雄伝説読本」の中にある短編4編と「黄金の翼」で2冊分のため、田中氏が公言なさってた6巻分既に出てるので、これ以上でないに過ぎません。

田中氏大好きな中国小説は(結構売れてるはずですが)ほとんど、講談社ではないんですね~。不思議な解釈ですね~。

board1 - No.1280

最近の田中芳樹に思うこと

投稿者:俺様ランチ
1999年05月25日(火) 16時00分

 アルスラーンが出るらしいとは聞いていますが、実際に書店で目にするまでは正直信用できないですよね。出す出す言ってたタイタニアの続きが出なかった過去もありますし。約10年のブランクが入った事で、全巻通し読みした時に9巻と10巻の繋がりや文体に違和感が出るのが怖いです。

 講談社べったりと言われている田中芳樹ですが、satokoさんのおっしゃる通り、確かに講談社からは歴史物は出てないですね。まだそこまで講談社は臣従してないって事なんでしょうか。

 結局、創竜伝とか薬師寺とかの現代物ばっか出るってのは、田中芳樹がフツーのグチっぽい親父化したって事でしょうか?
 銀英伝の時にはかなり冷めた目でものを見ていた気がするのに、40過ぎると社会にいろいろ文句を言いたくなってくる上に、彼には文句を発表する手段が有るんですから。そりゃ使いたくなるわな。一般人じゃ自分の言いたい事なんてHP作ってタダでやるのがせいぜいなのに、彼はそれで金稼げるんだから。

 中国史の発掘については、遅筆の彼にとっては推薦文を書いたりするのが精一杯の方法なんでしょう。ただ私は「田中芳樹推薦」の小説読んだ事無いんですけどね。
 まあ彼の史観が間違ってれば、その内それを糺す内容の小説を誰かが書くでしょうし、それまでは彼の天下でも仕方無いでしょうな。
 ただ実際には、宮城谷昌光は史記ものしか書かないし、陳舜臣は田中芳樹の師匠格ですし、井上裕美子や狩野あざみはいわゆる「田中人脈」ですから、彼の史観を真っ向から否定するような小説を書く日本人はしばらく出ないんじゃないですか。
 「三国志オンリー批判」や「ビジネス書史観ナンセンス」については確かに「大きなお世話だ」とか色々文句をつけられています。が、それにしても他の作家が情けない、ってのも確かにあるんじゃないか、と。
 彼の三国志流行りへの批判って、好意的に解釈すれば「敵がいなくてつまんない」って事じゃないですかね。自分の中国小説に穴や取材不足がある事を自覚していながらも、他の作家にそれを指摘するだけの知識がないので無敵状態。そういうのは田中芳樹にとっても本意ではないのではないか、と。

 最近歴史系のサイトを検索してみたら、和訳の出ていない正史を翻訳していたりするところがあるわ、どこで調べたのかすげーマイナーな人物知ってるわ、別に田中芳樹だけがマイナー時代を好きなわけじゃないなんて当たり前の事を確認したりしました。

 田中芳樹流に「歴史小説の使命は人物について斬新な虚像を作ること」と言うなら、やっぱり他のプロの作家にもいろんな時代を開拓してほしいです。

 三国志はちくまの正史と岩波の演義完訳と吉川英治と横山光輝のマンガがあれば十分だし。
 史記も和訳出てるから、宮城谷昌光に布教してもらわなくても結構平気だし。

 やっぱり宮城谷昌光と田中芳樹が同じ時代を書いてカチ合ったら面白いと思うんだけどなあ。

board1 - No.1281

よしりん・よしきん問題のこちらからの総括

投稿者:本ページ管理人
1999年05月25日(火) 18時14分

 まず、最初に個人的な都合からお返事が遅れてしまったことをお詫びします。
 また、すでに仕立て屋さんが矛先をおさめていることを宣告しているのに、結果として後出しジャンケンのような形になってしまったこともお詫びしたいと思います。

>田中氏の作品に対する取り組み姿勢とそれが軽んじられた場合にその作品がどのような果実として結実してしまうのか、そしてそれを良しとするファンに楔を僅かでも打ち込められたら、ということではなかったでしょうか?そしてここは掲示板におけるさまざまな方々の意見の積み重ねによって成り立っているのではないでしょうか。そんな集まりに依っているこの場において、ましてや、田中氏の姿勢を比較するのに引き合いに出された小林氏のくだんの話題を”余禄”と捉えてらっしゃるのを拝見いたしますと、それではいったいその本旨というのは一体何であり何によって成り立っているのかと疑問を感じざるを得ません。 わたしが野犬のごとく噛み付いたのもここだけは譲れないと思ったためです。要素をないがしろにした本質ってのに如何ほどの価値があるのでしょうか?
>つまり、自らの主張の補強的検証がsatokoさんの発言において'無意味”と言われているのに(論理構造上、コンテンツ8の主旨も危うくなる)、その検証自体は取り分けて意味がなくしいて言えば云々、とおっしゃられていることに”エラありやんけ、自分で使っといてそれがたいした意味はないってのはこりゃ、いかに?”と感じた次第です。
>わたしがいつ、この”意義ある”検証を本旨だといいましたか?このサイトにおける緒言と緒言を具体化したコンテンツ8の主旨を補強する要素(検証材料<----確かに、'よく小林よしのりのことを聞かれるけれど'と最後におまけ的に述べられていますが、この小林よしのりの話は明らかに主旨の補強として用いられています、でなければ、持ち出す必要がありません)であるとは主張しておりますが。で、管理人さんが頻繁にお使いになるサイトの本旨のことなのですが、私はそれを先ほど申し上げたように緒言のことだと理解しておりましたが違いましたでしょうか?だとすれば、その緒言の具体化のひとつであるコンテンツ8においてその補強的検証の部分が否定された場合、当然、コンテンツ8の主旨も論理的関係上、否定されかねないのはおわかりになりますね。

 では、もしコンテンツ8に小林氏との対比がなかったら、このコンテンツやこのサイトの説得力はなくなりますか?
 極論ですけど小林氏がこの世に存在しなかったとしたら田中芳樹の評論とフィクションの混同という卑怯な方法を批判できませんか? そうではありませんよね。小林よしのりが居てもいなくても田中芳樹のやり口はルール違反の卑怯なやり方であり、批判されてしかるべきなのです。小林よしのりを引き合いに出したのはそれをわかりやすく提示できる具体的な例であるからにすぎません。
>要素をないがしろにした本質ってのに如何ほどの価値があるのでしょうか?
 とのことですが、この程度の要素をないがしろにした程度で価値が失われる本質というものは、しょせんその程度の価値しかないと私は思います。その意味でこの比較(という要素)には「とりたてて意味があるとは思いません。ただ、まったく無意味とは思いません」。
 ということですので、
「だとすれば、その緒言の具体化のひとつであるコンテンツ8においてその補強的検証の部分が否定された場合、当然、コンテンツ8の主旨も論理的関係上、否定されかねないのはおわかりになりますね。」について私は「全くわかりません」と答えます。

>あのね~、いつ私がジャンルを超えた比較を一般化しましたか?こういうレスのつけ方は自覚しておられるのならある意味納得できますが(私を馬鹿にしてるのかい?とは思います)、
>ただ、最後に言わせていただくと、管理人さんのレス1240は、ちょっと、私の主張を捻じ曲げ過ぎでは?

 まあ、確かにレスとしては的外れな上に舌足らずであると思います。自分でもそうとう論点・趣旨がゆるかったと反省しているのでお気を悪くされたら謝ります。ですが(自覚というほどではないが)、あえていちいちこのようなことを書きたくなる下地はありまして、(ただしヒネくれてますので直接の答えとしては支離滅裂だと思います)

「 何も小林氏が最初から思想家であり学者であり、評論家であったのなら参考文献を出すのは当然でありましょうし、田中氏が創竜伝においてそうしないのを批判するのはジャンルを超えたタブーを犯していることになりましょう」

 という部分が引っかかったんですよ。極論、もしも小林氏が学者だったとしたら田中芳樹のイレギュラーフィクション評論を批判できないように書いておられますけど、私には仕立て屋さんのそういうこだわり方が理解できなかったので。
 別に私は比較対象がよしりんでなく西部邁でも網野善彦でもドストエフスキーでも、「学者・小林よしのり」だとしてもいいんですよ。それでも田中芳樹のイレギュラーフィクション評論に対する姿勢は批判できますから(田中芳樹がフィクションという自分のフィールドを踏み出した以上は当然のこと)。
 確かに小林よしのりとの比較はともにエンターテイナーとしての側面を持っているからわかりやすいし、この比較でなければできない指摘もできます(おぼっちゃまくんとゴー宣に対するよしりんのスタンスが違うけど創竜伝はそうではないとか)。ですが、小林よしのりを引き合いに出さなければ批判できない部分というのは、引き合いが評論家や学者であったとしても批判できる部分を差し引いた部分であり、だからこそ余技であると思うわけです。

>これがもし、”田中氏のスタンスを批判するためにあえて小林よしのりを持ち出す必要はない”とおっしゃられたのでしたら、まだ、わたしも納得できたのですが(ですが、管理人さん自ら持ち出してらっしゃるのですから、おかしな話です)

 ずっとこういってきたつもりなのですが、伝わってなかったようですね。言葉足らずですみません。でも例に挙げたから「そんなこというのはおかしな話」というのがよくわからんのですよ。「必要じゃないけどあったほうがいいもの」だってあると思いますので。

>また、管理人さんのおっしゃるサイトの本旨なるものが主に緒言における内容であるのなら、コンテンツ8の主旨はかなりの部分その本旨に重なる

 私がゴー宣を「横紙破り」だけど創竜伝はそうではないと評していることですか?
 えーと、喩え話ですけど、エンターテイメントを空手、評論をボクシングに例えるとします。
 空手家よしりんは、ボクシングのルールを守ってはいますが、空手のスタイルで戦い、それなりの効果をあげています。私はそれを見てこう思います「ボクシングの戦い方としては横紙破りだけど、ルールに違反してないし、すごいな。」
 空手家むらかみは、ボクシングのリングにあがるのに、空手を捨て、あえてボクシングスタイルで戦うことを決意しました。私はそれを見てこう思います「潔い態度だな。空手にもボクシングにも愛着と責任がなければできないことだ」
 空手家よしきんは、ボクシングのリングでローキックを連発していきがっています。私はそれを見てこう思うでしょう。「卑怯だ。コイツなにか勘違いしている。ボクシングやるつもりならさっさとボクサーに転向しろよ」
 ちなみにさっきの話だと西部邁や網野善彦は生粋のボクサーですから、空手家よしりんを比較に出さなくても同じようによしきんのインチキボクシングの批判は可能です。
 余談でした。

board1 - No.1282

補記

投稿者:本ページ管理人
1999年05月25日(火) 18時31分

>コンテンツ8の補強的検証で管理人さんが採用された小林よしのりと田中氏のスタンス比較がもし、否定されるとしたら、
> 比較=間違いもしくは無意味--->フィクションにノンフィクションを織り交ぜた評論まがいの小説が肯定されかねない--->田中芳樹が創竜伝において評論まがいをかましてもそれはそれでありってなことになるのはわざわざ指摘しなくともおわかりでしょう

 私は「小林よしのりと田中氏のスタンス比較」の意義は大したものではない、と繰り返し言っていますけど、意義がゼロだとかマイナスであるだとかは一度も言っていません。つまり、一回も「否定」はしていません。
 「否定」という取り方はえらく極端だと思いますが。

board1 - No.1283

まとめレス

投稿者:本ページ管理人
1999年05月25日(火) 19時04分

><歴史や人物をダシにして現代人にビジネス上の教訓をお説教するような「中国もの」から、私は何ひとつ学んだことも感じることもない。文化や芸術に無関心な財界人が「曹操タイプ」と自称するような風潮にもうんざりだ。私だけがそうではないということは、陳先生の作品群が多くの読者によって熱く支持されていることで明らかだろう。近視眼的な実利など求めない読者、過去からの語りかけを実感し、歴史の悠久に思いをはせる読者がこんなにもいるというのは、うれしいことだ。>

 実は私の場合は前半部分に関しては全く同感なので、冒険風ライダーさんや水野さんの反発はちょっとあんまりかな、と個人的には思います。
 ですが、後半部分はいただけないですねぇ。「私だけがそうではない」とか、反発を呼びそうな語句が並んでるし(笑)。
 ところで、田中芳樹って本当に「そうではない」んですかねぇ。自分のイデオロギーで歴史を寸詰まりに解釈しているところなんて、ビジネス三国志と大して違わないと思うのだけど。
 だいたい、「近視眼的な実利など求めない」なんて言っているけど、「歴史に学ぶ」とか、よく田中作品に出てきません?
 「ヤンは戦略を過去の歴史に学んでいるのに、どうして田中先生は経営戦略を歴史に学ぶことを嫌うのだろう?」というのは、私がファンであったときですら消えなかった疑問でした。

>どうやら、中国政府のご機嫌を損ねるようなテーマは扱わない
>ようなのですが、

 本来事実の積み重ねである歴史学ですら、その事実を自分の信じたい真実に解釈してしまう傾向があるほどですから、ましてや真実を描く小説では偏りはいたしかたない部分があると思います。
 問題はその自覚があるかどうかですが…

>しかし私にとって創竜伝は文句抜きに面白く
>読める作品でもあります。こういう読み方が
>良くないのかもしれませんが、それこそ深く考えずに、ひたすらストーリーを追って楽しんでいるわけです。
>いつも「考える読書」を要求される身には、(文学部の学生でして)あれくらい荒唐無稽
>な話はいい息抜きになるわけです。あの政治
>批評めいた部分も「よた話」だと思えば
>気になりません。

 「よた話」だとでも思わないと気になってしまうかも(^_^;)
 まあ、ノベルスというのは消費物ですから、これはこれで然るべき読まれ方だと思います(でもノベルスを差別するのはイカン、とかセンセが言い出すのは、ちょっと、ねぇ。だったら差別されないような内容で書けよ、とか思います。銀英伝のように)

>、実際に書店で目にするまでは正直信用できないですよね。

 至言!

board1 - No.1284

騎兵問題の謎が解けた?

投稿者:新Q太郎
1999年05月26日(水) 14時18分

少し前にあった、「アルスラーン戦記で、数万の騎兵が戦闘するのは戦場の広さからいっておかしいのではないか?」という意見ですが・・・
上級ファンである私は自分なりに、この矛盾を解消する裏設定を考えています。

(答)「アルスラーンの登場人物は皆30cmくらい、馬は50cmくらいなのだ」

・・・いかがであろうか。
(「ラヂオの時間」なみに強引なつじつま合わせだな)

board1 - No.1285

陳舜臣のこと他

投稿者:小村損三郎
1999年05月26日(水) 14時29分

>水野忠右衛門さん
> だいいち、古典や小説をどう読むかというのは、読者の権利であり、他人がとやかく言うものではないのでは?
>「ビジネス教訓書」として読もうが「血沸き肉踊る冒険小説」として読もうが読者の勝手でしょう。他人の読書感想文を批判することが推薦文としてふさわしいんだろうかという気がします。
> 陳舜臣を誉めるのに、他者をおとしめて相対的に陳舜臣の地位を向上させようとしているのでしょうか。かえって陳舜臣が安っぽくなるだけだと思うのですが……。推薦文なら、陳舜臣のどこばすばらしいのかを説いたほうがいいんじゃないの?

>実は私の場合は前半部分に関しては全く同感なので、冒険風ライダーさんや水野さんの反発はちょっとあんまりかな、と個人的には思います。

私もこれについては田中芳樹氏に同感なんですが・・・

>特に中国の古典は、昔から日本では「教科書」として利用されていましたし。

アッハハハハ。こりゃたしかにその通りですね(^^)

それにしても同意できる意見でも田中芳樹が言うとなんとなくヤな感じがするのは何故?
これも条件反射なのか!?

>Yasushi-Ta さん
>たとえば陳舜臣氏のシルクロードについてのエッセイを読んでみると、ウイグル族が
「開放」前はいかに
悲惨な暮らしを送っていたか、「開放」されていかに感謝しているか、というような
ことが書いてあります。

陳作品については『中国の歴史』他数本しか読んでないのですが、非常に面白い本を書く
人には違いないと思います。
このエッセイも読んでませんが、いつ頃の発言でしょうか。

>しかし、近年のウイグル族の反体制運動は、もはや隠しようもないくらいになってき
ています。

中共のウイグル政策についても詳しくは知らないので何とも言えないのですが・・・。
近年になってウイグル人の民族意識が高まってきたことも要因かもしれません。

>どうやら、中国政府のご機嫌を損ねるようなテーマは扱わない
ようなのですが、

大人の事情ってやつですな(^^;;)。

>俺様ランチさん
>実際に書店で目にするまでは正直信用できないですよね。出す出す言ってたタイタニアの続きが出なかった過去もありますし。

たしかに書き始めてはいたが、どうにもノれないまま筆が鈍りだし、そのまま投げちゃう
ということはありそうですね。
『タイタニア』の4巻にしろ、別人ですが、RSBCの8巻にしろ・・・。

>satokoさん
>ちなみに銀河英雄伝説の外伝は「銀河英雄伝説読本」の中にある短編4編と「黄金の翼」で2冊分のため、田中氏が公言なさってた6巻分既に出てるので、これ以上でないに過ぎません。

あ、あれで2冊分だったのか・・・(汗)。

>田中氏大好きな中国小説は(結構売れてるはずですが)ほとんど、講談社ではないんですね~。不思議な解釈ですね~。

原作は幸田露伴ですが、一番最近出た『運命』は講談社です。
しかし、宣和堂さんのHPでもふれられてますが、ハッキリ言ってラインナップの中ではひどく浮いています。

board1 - No.1286

小村さんへ

投稿者:俺様ランチ
1999年05月26日(水) 15時10分

>それにしても同意できる意見でも田中芳樹が言うとなんとなくヤな感じがするのは何故?
 これも条件反射なのか!?

 田中芳樹文体ってもともとイヤミ度高いです、批判なんかだと特に。創竜伝が必要以上に嫌われるのはその辺が神経逆撫でし過ぎるのも原因だと思います。が、銀英伝やアルスラーンだってもともと登場人物の台詞からナレーションまでイヤミな台詞多いですし。「七都市物語」なんてその極みですし。ただ、そういう文体も読者に好意的に取られると「辛辣」って事になるんでしょうね。

 ですから件の陳舜臣推薦文も、田中文体的表現としては今に始まった事ではないと思います。まあ読んでイヤな気がするというのは、この文章が一般読者に向けられてるからじゃないですか。
 だいたい歴史小説の潜在的読者に対してこういう事言うから「田中芳樹歴史小説の将来の読者になるかも知れないプレジデント読んでるサラリーマン」を不快にさせてしまい本を買ってもらえないし、いつまで経っても「お子様相手のSF・ファンタジー小説作家」から「本格的中国歴史小説作家」へと評価が変わってくれない。
 結果として歴史小説はいつまで経っても売れず、一方で小遣い稼ぎで若造相手に手抜きで売れてる創竜伝ばかり売れて、書きたいものと売れるもののギャップにストレスが溜まってきて、その発散の為の創竜伝の社会批評はますます多くなる。

 ・・・やっぱり歴史小説もちゃんと読んでやらないかんですよ。

 ところで、田中芳樹ってやっぱり「陳舜臣の後継者」を目指してるのは明白だと思うんですが。対抗馬って誰がいるんでしょ?田中芳樹が宮城谷をライバル視してるのはなんとなくわかるんですけど、他に中国史メインの歴史物作家って、宮城谷昌光と安能務の他には誰なんでしょ。「墨攻」の酒見賢一なんかもそうなのかな。
 中国史好き予備軍として必修科目を知っておきたい、ってのもあるんですが、得意な方お願いします。

 それにしても、「運命」書店で一度も見かけたこと無いんですけど、大きさとか表紙の色とかヒントいただけますか?

board1 - No.1287

『運命 二人の皇帝』

投稿者:宣和堂
1999年05月26日(水) 16時06分

 えー『運命 二人の皇帝』の表紙は自分の頁に写真がアップしてありますので御覧になってください。

→ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~xuan-he/

 子供向けに書かれたにしては大層むかつく出来で、腹が立ちます。是非ご一読を!
 ↓俺さまライダーさまのご意見に賛同したモノでつい…。
 前に秦檜と岳飛の件でかなり書き込みがありましたが、調べれば調べるほどワカラン人ですねー秦檜…。岳飛は比較的単純でわかりやすいのですが、秦檜は全く内面が見えてこない。田中芳樹の“妖怪”と言う表現が一番適切かも知れませんね。宋金講和の立て役者で和平家という見方もできますが、岳飛を謀殺したり、自分の権門だけで国勢牛耳ったり、批判記事を禁じるために私家版の歴史書の制作を禁じたり、胡散臭いんですよねー。
 田中芳樹も陳先生に「批判を気にしない愛国者」と言う書き方もできないかと思って失敗した、と言ってるのも最もです。イデオロギー云々より、事跡が持ち上げるには胡散臭すぎる!
 ちなみに、杭州の岳廟では本当に秦檜夫婦の跪いた銅像はつば吐き掛けられたり、石投げかけられたりしてました。実物は文物として貴重なので何処かの博物館においてあるそうです。

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