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投稿ログ46 (No.960 - No.974)

board1 - No.960

色々書き込み

投稿者:りえ
1999年03月25日(木) 13時46分

>この本を読んでいたら、キリスト教のある一派に入信している人が、
こんな悪い本を読んではいかん、と言ってくずかごに放り込んだ

本を捨てるのは感心しませんが、捨てたくなるお気持ちはわかります。
田中芳樹の発言は宗教に対する配慮が欠けています。特定の宗教
(一番のやり玉はキリスト教ですか)をあげつらうあの態度は信仰の
ない身にも不愉快です。だってただの悪口にしか聞こえませんから。
(一体何を言いたいんでしょう。私にはあれはキリスト教はこんなに
悪いものなんだぞと宣伝してるようにしか見えませんでした)
仮にも憲法を遵守する気があるならあんな事は口が裂けても書けない
と思うんですが。信教の自由って、何を信仰してもいいということを
保証したものであると同時に、相手の自由をも認めたものだと思うん
だけどなあ。

>ほかにも完結していないシリーズものがあったら教えてください。

シリーズとしては完結していますが、出すぞと宣言したものに銀英伝の
外伝があります。全七巻の予定なんですよね、あれは。

そう言えば昔、田中芳樹が「全100巻出すなんて」と栗本薫氏を揶揄
していたという趣旨の投稿文があったそうなんですが(誰か詳しいこと
ご存じないでしょうか?)今となっては全百巻の方が信憑性があり
ますね(^^;

>また公安の陰謀が発動したみたいですねぇ(苦笑)

「ゴルゴムの仕業だ!」ってわけでもないでしょうにねぇ(苦笑)

>いくらでも強気になれる機動隊

火炎瓶相手に特殊警棒と盾とヘルメットで立ち向かうのは強気なんで
しょうかね、はたして。
えばっている警察官がいるのも確かに真実ですが、大半の方々は黙々
と3Kに従事している非常に頭の下がる方たちだと思うのですが。
(だって日本のお巡りさんは自分が殺されても犯人に発砲しちゃ
いけないのに……発砲なんかしたら、たとえそれが自衛のためでも
人殺しって言われちゃうのに……)

board1 - No.961

キリスト教

投稿者:ドロ改
1999年03月25日(木) 15時05分

なんだか、田中芳樹のキリスト教批判が槍玉に上がってますが、それは叩く相手が違うと思います。私は田中芳樹のキリスト教批判にかなりの部分賛成できますから。
当時のことを現在の価値観で計るのは歴史に対する冒涜。おっしゃる通りですが十字軍の所業が当時としてさえ「野蛮人の振る舞い」そのものであった事をご存知ですか?圧倒的な後進地域が先進地域に侵略を試みる、と言う意味では匈奴や鮮卑と同じですが、彼等の残した文章は異常の一言です。アラブ側も虐殺を行っていますが、これは「入植者」が十字軍の支配を永続化するための「資源」であった事を考えれば仕方の無い事ですし、数・規模・徹底の点から言ってキリスト教側と比べ物なりません。手元に正確な資料が無いので言明できませんが、例えば十字軍の立てた国が陥落していく中でサラディンの政策に批判が出ていますがそれは彼が「財産を持ったまま」入植者を返してしまっている事が主な理由です。「胸まで血に漬かって礼拝した」だの(聖書に習ってか)「女子供を含め誰も生き残らなかった」だのと公式文書に書き残しているキリスト教側と比べるのはあんまりでしょう。最も、十字軍の指揮官側は自分の財産を貯めこむのに必死で、「純粋な信者(入植者)」からとっととエルサレムに向かってくれ、と突き上げられたりしますからそう言う意味で「キリスト教が悪いんじゃないんだ」と言う論理ならアリかもしれませんが。
また、聖書は確かにあの時代としては妥当なものだったでしょうし、その後何度も改定されたり解釈改定を加えたりしてキリスト教の性格改定に対処したとはいえ、紛れも無くそのままでは現代には合わない物です。それを未だに一字一句を神聖化する輩(それこそキリスト教に対する侮辱ですが)が教会関係者にあってすら多いのは、どうなのでしょうか?

閑話休題、キリスト教が本質的な意味で日本に根付かなかったのは個人的には嬉しい限りです。そうでなければ私の大好きなヴァンパイアもの(ヴァンパイアハンターDやポーの一族)は、社会的な圧力から世に出ないまでもかなりの制約を負っていたでしょうから。

board1 - No.962

児童ポルノ規制法案と左翼の内ゲバの類似性

投稿者:コジラ
1999年03月25日(木) 16時48分

>創竜伝の評論部分の増加
 創竜伝が評論部分が目に付いたのは3巻からだったが、2巻まではまだ唐突な評論部分が少なかった。

>児童ポルノ規制法案

 <さて、私がわざわざロリータ新法などを取り上げたのは、人種差別撤廃条約との類似性からだけではありません。場合によっては、田中芳樹関連の作品からはじめての検閲描き直し作品が出る可能性があるからです。
 田中芳樹そのものの作品ではありませんが、銀英伝のコミック版で、反逆を起こしたマクシミリアンが年端もいかない裸の少女をなぶっているシーンがありますね。絵をポルノに含めることや所持の禁止が廃止されないまま法案が成立すると、銀英伝のコミックを持っている数十、数百万の読者がアウトです。
 田中芳樹本人や彼のファンが一斉に権力と弾圧に屈し、本を捨てる様は圧巻ですね。
 もちろん、「あのシーンはそのような残虐な行為を否定するために描かれているのだ」という反論もあり得ます(私も、あのシーンはマクシミリアンの常軌を逸した狂気や甘えを少ないコマで表現するうまい手法だと思う)。しかも、それは正論です。でも、そのような正論が無力であったことは、かつての差別狩り運動を見れば明らかなことです。
 それは行き過ぎだ、このような事態にならないように、所持の禁止や絵や表現をポルノに含めるのはやめよう、とすると、「どういうわけか近代民主国家の世界的潮流である『児童ポルノ処罰法案』にも知らぬ顔である」となるわけで、田中芳樹や銀英伝コミックは、反人権民主後進国ニッポンの象徴となってしまいます。>

 私が思うには反児童ポルノ派にとっては銀英伝漫画を弾圧することは「利敵行為」でありますが、類似の思想を持った者同志が内ゲバを起こす頻度の高さは左翼ほど高いものはないでしょう。
 大げさに言えば、スターリンによるトロッキー等の政敵の大虐殺、毛沢東による文化大革命、林彪の粛清。身近な出来事で言えば、アイリス・チャンが「レイプ・オブ・ナンキン」の説を補強する本の出版を妨害したことが上げられます。
 確かに児童ポルノ規制法案を提出したのは自民党・民主党・旧さきがけの極左でしたが、彼らと対立しているはずの宮台真司氏とは「援助交際の肯定」という一点では見事に一致しています。
 差別狩り運動にしても「焚書団体」の多くが共産党・旧社会党支持であるということも注目されます。

board1 - No.963

私の創竜伝考察7

投稿者:冒険風ライダー
1999年03月26日(金) 05時32分

 今日からまた、「私の創竜伝考察シリーズ」を再開します。今回の批評対象である創竜伝3は社会評論以上にストーリー展開に問題があります。創竜伝3は創竜伝シリーズ中、もっともストーリー破綻がひどく、しかもその破綻したフィクションをもとに現実の社会評論をしているという、フィクション小説としての最低限必要なボーダーラインにさえ達していないシロモノです。創竜伝3の批評は、これを中心に取り上げようと思います。
 それでは始めましょう。

創竜伝3「逆襲の4兄弟」
1988年11月5日 初版発行

P67上段~下段
<「きたない、外見が他のものとちがっている、というだけで、相手の生命を奪って平然としていられる、そういう人間、ヴラドの子孫のような人間が、日本人の若い世代には、どんどん増えているわ」
 声もなく、蜂谷は聞き入った。冷徹なはずの彼も、レディLの話に圧倒されていた。
「そして、彼らの特徴として、かならず複数でひとりを、多数で少数を襲うこと。一対一の闘いなど絶対にしない。相手を一方的に傷つけ、決して自分は傷つかず、自分ひとりで責任をとることはない。笑うべきことに、匿名でいやがらせの手紙を送るていどのことでさえ、自分ひとりだけではできず、仲間とつるむのよ」
「…………」
「若い世代が、これほど精神を荒廃させ、腐食させつつある国は、日本の他にないわ。二一世紀がほんとうに楽しみだこと」
「そ、それがヴラド計画だと……」
「最初はべつの名が考えられたそうだけど、芸がないということで、ヴラド計画と命名されたの」
 最初に考えられた名は、「ヒットラーの孫」という。>

 創竜伝3におけるストーリー破綻の2大要素のひとつ、「ヴラド計画」についての説明です。このヴラド計画の内容って、なんか朝日新聞や田中芳樹の特性を非常によく説明していると感じるのは私だけでしょうか。
 それとレディLさん、「若い世代が、これほど精神を荒廃させ、腐食させつつある国は、日本の他にない」ってウソを言ってはいけませんよ。アメリカの青少年の精神的荒廃や家庭崩壊は、日本など比べ物にならないほど物凄いレベルではないのですか? まったく21世紀が楽しみな事ですな。
 しかもさらに笑止なことに、なんとこのフィクションの設定をもとに、この先のページで現実世界の社会評論を展開しているではありませんか。

P68上段~下段
<いまや日本の青少年たちは、ヒットラーの孫たちが、おおぜいいるではないか。群をなして行動し、ひとりでの行動を排除する。政治にも社会にも関心がなく、権力者が不正をはたらいていても、したり顔で「誰もがやってることだ」という。自分たちとちがう意見を持つ者を排斥し、匿名でいやがらせの手紙やカミソリを送りつけ、脅迫電話をかけ、机にナイフで「死ね」と彫りつける。ヘアスタイルがちがうというだけで、同級生を階段から突き落とし、言葉になまりがあることを理由に、給食のミルクを頭からひっかけ、嘲笑し、はやしたてる。多数=権力=正義という図式を単純に信じこみ、少数=悪とみなして、どんなことをやっても個人の責任をとらずにすむと思っている。
「冗談のつもりだった。みんながやっていたから自分もやった。だから責任をとる必要はない――それが彼らの主張よ。ひたすら自分だけがかわいいのだわ」>

 まず、これらの主張は何ひとつ現実と合致していません。上に書いてある事件は確かに実際にあったのでしょうが、マスコミで報道されたごく少数例をあげつらって日本がファシズムへの道を歩んでいるというのは話が飛躍しすぎていますよ。
 「いまや日本の青少年たちは、ヒットラーの孫たちが、おおぜいいるではないか」……自分が作ったフィクションからこんな断定ができるとは、田中芳樹の感性は素晴らしいものがありますな。ひょっとして、田中芳樹は現実と虚構の区別がつかないのではありませんかね?
 「政治にも社会にも関心がなく、権力者が不正をはたらいていても、したり顔で「誰もがやってることだ」という」こんな人がいたら、ぜひお目にかかりたいものです。少なくとも私は知りませんが。現実には、政治批判や社会批判は日常茶飯事に行なわれていますし、政治や社会に関心を持つ人は結構多いものです。
 「多数=権力=正義という図式を単純に信じこみ、少数=悪とみなして、どんなことをやっても個人の責任をとらずにすむと思っている」これはそっくりそのまま田中芳樹に返してやりたいセリフですね。多数派の朝日新聞や左翼団体の論調のまねをし、そして自分の主張を支持する多くの読者がいるのに、少数派ヅラしてほしくありませんね。自分の主張が間違っていたと指摘された時に、間違っても「冗談のつもりだった。みんながやっていたから自分もやった。だから責任をとる必要はない」などと主張しないでくださいね。
 日本の青少年の精神的荒廃とやらが仮に事実であったとしても、それをもたらしたのは4人姉妹などではなく、竜堂始のような教師を率いる日教組と、それを支援する朝日新聞と田中芳樹のような左翼的論調がその元凶であると私は考えています。大嫌いであるはずの「陰謀史観」を持ち出してフィクションである4人姉妹に責任を押し付けないように。

P89下段
<人命再優先というのが、日本の警察の基本精神である。すくなくとも、建前はそうなっている。>

 建前だけでなく実態もそうです。これだけ見ていると日本の警察が建前だけを振りかざして派手に人殺しを展開しているみたいではないですか。まあいつもの読者に対する悪のイメージの植えつけでしょうけど。

P95下段~P96上段
<第2次世界大戦後、私立大学出身で首相となった人に、石橋湛山がいる。早稲田大学を卒業してジャーナリストとなり、剛直で識見に富んだ自由主義者として名声をえた。軍国主義の嵐が吹き荒れる時代に、「朝鮮や台湾のような植民地を放棄し、中国大陸から撤兵せよ」と主張した、知性と勇気の人だった。戦後、政界に転じ、大蔵大臣、通商産業大臣をへて、1956年末に首相となった。病気のため、わずか2ヶ月で辞任したが、やめぎわもじつにいさぎよく、人々に惜しまれた。もし石橋内閣が3年つづいていれば、戦後日本の政治は、貼るかに清潔で開明的なコースを歩んでいたであろうといわれている。>

 田中さん、肝心の記述が抜けていますよ。これだけではなぜ石橋湛山が「朝鮮や台湾のような植民地を放棄し、中国大陸から撤兵せよ」と主張したのかが分かりません。その部分を私が補足説明致しましょう。
 石橋湛山がこのように述べたのは、植民地支配が悪いと考えたからではありません。石橋湛山が経済的な計算をしたら、日本の植民地支配は大きな赤字経営になっていました。朝鮮半島や台湾のインフラ整備や教育政策などで多くの費用を費やし、軍隊も駐留させなければならず、しかもイギリスなどのような苛烈な搾取をしていなかったため、日本から資金が出ていくだけで、日本にとって何の利益もありませんでした。この考えからいくと、日本は植民地を放棄したほうが利益がある上に、植民地を持つ国に対して道徳的にも有利になるという観点からこのような主張をしたのです。これについては、自由主義史観研究会のHPに詳しく載っています。
 そのあたりの事情を何も説明せずにあのような主張を載せると、「植民地支配が悪い事だと思ったからあんな主張をしたのだな」と読者が誤解してしまいます。実際私もこの事実を知るまでそう誤解していましたし。田中芳樹のねらいはそれだったのでしょうが。

P96下段
<首相の金権ぶりは外国にまで知られている。イギリスの有力な週刊誌に名ざしで「日本における金権腐敗政治の最悪の申し子」と書かれたほどだ。
 そのように腐敗した政治家が、なぜ失脚もせず首相の座についていられるかというと、よくしたもので、腐敗した政治家には、ちゃんとそれにふさわしい支持者がついているものだ。
「政治家が賄賂をとって何が悪いの! いじめるなんてかわいそうじゃないのっ」
と叫ぶ、花井夫人のような人たちが。>

 日本を批判する時に外国の力を借りるという手段は左翼連中の常套手段ですし、創竜伝でもあちこちで使用していますね。いつもあれだけアメリカをののしっているくせに、日本を罵倒する時はちゃっかりその記事などを引用する。連中が信用ならない理由の一つです。
 それはさておき、「腐敗した政治家には、ちゃんとそれにふさわしい支持者がついているものだ」というのはこれまた有権者を侮辱した言葉ですね。首相を支持する有権者全てが「花井夫人のような人たち」だとでも思っているのでしょうか。野党を支持してもろくな政治をしないのですから消極的支持というのもありますし、日本をここまで牽引してきた自民党(創竜伝では保守党ですけど)の首相だから支持しているというのもあるでしょう。政治家の支持する人には様々な事情があるのに、それを全てひとつにくくって「花井夫人のような人」だと斬り捨てるような人間こそ「ヒットラーの孫」であると私は言いたいですね。

P97上段~下段
<アメリカ合衆国では、大統領が株の売買をおこなうことを、法によって禁止している。実質的に四人姉妹の政界代理人にすぎないとはいえ、公権力をつかさどるからには、私人としての利益を追求してはならない。法制度がそうなっている。それが近代民主国家というもので、権力者が公私混同をほしいままにして私腹を肥やすような国、たとえばソ連や日本などは、近代民主国家とは、とてもいえないであろう。一方は軍事力が、一方は経済力が、異常に肥大し、イギリスやフランスから、「この両国さえ消えれば世界は平和だ」と痛烈に皮肉られている現実である。日本人は、自分の国は平和な文化国家だと信じているだろうが。
 日本国政府の年間予算で、軍事予算は全体の六・五パーセントを占める。 一方、文化・芸術関係の予算は、○・○七パーセントでしかない。西ドイツの一・○四パーセント、フランスの○・四二パーセントにくらべ、目をおおわんばかりの惨状である。予算額から見れば、日本が文化大国であるか軍事大国であるか、答は歴然としている。保守派の論客でさえ、あまりのひどさにたまりかねて、「もっと文化・芸術関係の予算をふやせ」と意見したほどだ。だがその意見を首相が受けいれることはないだろう。古い寺院を修復したり、人形劇やオぺラを振興したって、一円の見返りがあるわけでもないのだから。>

 ここは管理人さんも指摘していましたが、この記述から、アメリカを近代民主国家とみなす事は不可能ですね。4人姉妹の設定と現実のアメリカの設定が矛盾しています。
 さて、「権力者が公私混同をほしいままにして私腹を肥やすような国、たとえばソ連や日本」って、日本で「公私混同をほしいままにして私腹を肥や」している人がいますかね? まあまるっきりいないわけではないでしょうけど、いくらなんでもソ連と並べられるほど多くないとは思いますよ。それに日本では、そういった人がいたら批判されますしね。ソ連とは大違いですよ。「一方は軍事力が、一方は経済力が、異常に肥大」しているというのならば、軍事力と経済力が共に「異常に」肥大しているアメリカの立場はどうなるのでしょうか。まさか「アメリカがいなくなれば世界は平和だ」とは言いませんよね。
 それと後半のパーセンテージはずいぶん都合のよいものばかり取り上げていますね。当時の西ドイツとフランスの軍事費の割合を教えてくださいよ。それと各国の実際の軍事費と文化・芸術関係の予算の金額も提示してほしいものです。そしてなぜそうなっているのかという理由も教えてほしいものですね。そこまでしないと、この文章は社会評論として成立しませんので。

 今回はここまでにしましょう。次は創竜伝3のもうひとつのストーリー破綻の要素について検証したいと思います。

board1 - No.964

お返事

投稿者:冒険風ライダー
1999年03月26日(金) 14時39分

 ドロ改さん、私も田中芳樹の宗教批判の部分は肯定しています。銀英伝やアルスラーン戦記の時には宗教というものがもつ排他的な一面をよく表現できていたと思いますし、それに対する批判もいちいちもっともな部分がありました。私がキリスト教が残虐な行為を行っていたということを知ったのはアルスラーン戦記からでしたから、実態を指摘して批判するのならば、私も賛成したでしょう。
 しかしこのドラゴンマガジンにおけるコメントは、批判ではなく罵倒でしかありません。十字軍を批判するのなら、昔のキリスト教徒の排他性を批判すれば良いのに、今のキリスト教信者の一般的とも思えない行動をあげつらって読者に今のキリスト教信者に対する変なイメージを植え付けようとしているし、いつもの事ですが、まるで自分が神であるかのような一方的な論じ方をしています。あの論評は、自分が正義だと確信している人間のものです。田中芳樹の言動が当時の時代背景や道徳観を一切考慮せず、今の価値観から一方的に断罪していると感じるのは、「黙っていればいいのに」というセリフです。あのセリフから歴史を真剣に考えている姿はとてもじゃありませんが想像できませんよ。

board1 - No.965

3500万人ねえ…

投稿者:M野
1999年03月26日(金) 15時18分

冒険風ライダー様、お返事ありがとうございます。

3巻の批評を拝見しましたが、いやはや、反日が暴走していますね。私にはとても読み返すことなどできません。胃薬が大量に必要です。

印象から言えば、朝日より、むしろゲンダイに近いと思います。政府のやることは全て悪と決めてかかる所、痰でも吐き捨てるかのような文体など、そっくりです。

ところで、スラブ人の人口って、どれくらいだったのでしょうか。
以前、始氏の発言で、ヒトラーがスラブ人を3500万人虐殺したというものがあったという書きこみを拝見したのですが。
3500万人というと、一国の総人口に匹敵します。ひょっとすると、南京大虐殺犠牲者30万人説のように、総人口より多くの人を虐殺したと言っているかもしれません。

board1 - No.966

歴史の出来事を現在の道徳で裁く愚

投稿者:M野
1999年03月26日(金) 15時28分

> <当時の記録というのは結構残っておりまして、兵士たちは別に悪いこととも思わずに、『今日は異教徒の子どもを三人殺した。これで天国に行けるだろう』とか書いてるんですねえ。黙っていればいいのに。>

> 田中芳樹は「当時の価値観や出来事を、今の道徳感情で裁く」というのが、いかに歴史を冒涜するものであるかという事が全く分かっていませんね。自虐史観な左翼の連中と考えが同じなわけです。

いやはや。なんともはや。
田中先生には是非とも、中国史の乱世の英雄達を、現在の道徳にあてはめて「大量虐殺者」と罵って欲しいものです。

board1 - No.967

お返事のお返事

投稿者:ドロ改
1999年03月26日(金) 16時56分

>読者の方のお手紙で、『この本を読んでいたら、キリスト教のある一派に入信している人が、こんな悪い本を読んではいかん、と言ってくずかごに放り込んだ』というのがありました。まあしかし、当時の記録というのは結構残っておりまして、兵士たちは別に悪いこととも思わずに、『今日は異教徒の子どもを三人殺した。これで天国に行けるだろう』とか書いてるんですねえ。黙っていればいいのに。

>昔のキリスト教徒の排他性を批判すれば良いのに、今のキリスト教信者の一般的とも思えない行動をあげつらって読者に今のキリスト教信者に対する変なイメージを植え付けようとしているし、いつもの事ですが、まるで自分が神であるかのような一方的な論じ方をしています。あの論評は、自分が正義だと確信している人間のものです。田中芳樹の言動が当時の時代背景や道徳観を一切考慮せず、今の価値観から一方的に断罪していると感じるのは、「黙っていればいいのに」というセリフです。あのセリフから歴史を真剣に考えている姿はとてもじゃありませんが想像できませんよ。

う~ん、この辺は感じ方の違いなんでしょうか?私は、多分田中芳樹は悪い本呼ばわりされてちょっとむっとしたんだろう、ぐらいに思いましたが。そこでちょっと言葉使いのよろしくない反論にでただけかな、と。読者がどう感じるか、という点を考慮していないのは確かでしょうが、別にキリスト教に関して偏見を植え付けようとしているのではないと思います。宗派を明記していないのも、「その宗派」に対する偏見を持たせてはまずいという考慮とも取れると思います。キリスト教徒なんて、一括りに出来ないほどたくさん居るわけですし。「ある宗派」と書くことで、紹介した意見の一般性が失われ、偏見の以って行き場が無くなっているようにも見えますが、どうでしょう?それとインタビュー(紙)の性質を考えると、あまり真剣に歴史を語ったりする場でもないようにも思えます。そこで歴史論なんか真面目にやっても読者はついて来ないでしょうし。

board1 - No.968

以前の話題にレス

投稿者:小村損三郎
1999年03月26日(金) 19時22分

年度末で忙しく、レスしようと思ってる内に投稿がたまってしまった・・・。

>日本が滅んだ方がいいだって?

以前に誰か「作品と作者の距離を計るべきだ」と言ってましたけど、さすがに私も田中芳樹が本気で“日本など滅びた方が世界の為だ”などと考えている、とは思いません。
“敵”や読者に対し、意図的に挑発じみたことを言ってみてるだけでしょう。
小林よしのりが「戦争論」でわざと挑発的な書き方をしたのと同じ事で。
(ただ、戦後的価値観の中では小林氏より田中氏の主張の方が、より“異論を許さぬ正義の仮面”と化しやすいことの方が問題でしょう。)

>あと、何巻か忘れましたが、海上自衛隊の護衛艦の名前が「つきなみ」「よこしま」
でした。無礼すぎて笑えない冗談です。

こんなささいな所にまで非常に低次元で偏執的な悪意が感じられ、私も凄くイヤな気分になりました。

>漁船ごときを偽装してどうすんでしょうね。
>いっそ護衛艦を偽装して、血だらけの自衛官が「北○○は、日本海を渡る全く新しい方法を考え出したらしいのだ。一刻も早く防衛庁長官に直接お会いし、状況を説明せねば・・・」といって防衛庁に入り、長官をすぐ人質にすればよかったのではなかろうか。「槿(ムクゲ)の騎士団」とかに命じてさ。

こ、これ本気でやってくれたらバカウケなんだがな~(^^)。サイコー。
「槿(ムクゲ)の騎士団」てのもいかにもありそうな名前・・・。

>(註)それにしても敵ながらあっぱれ。まさに「敵中横断300里」じゃのう。

正直私もそう思いましたよ(^^;;)。
絶対に直撃はないと分かってたからでしょうが、全く大した度胸と根性ですな。

>田中先生には是非とも、中国史の乱世の英雄達を、現在の道徳にあてはめて「大量虐殺者」と罵って欲しいものです。

始クンに、20万人を生き埋めにして虐殺した(これはもちろん誇張だろうけど)K羽氏のコスプレをさせて喜んでましたっけか。
司馬遼太郎がR邦を好きなのも気に食わないみたいだし。

>>また公安の陰謀が発動したみたいですねぇ(苦笑)

>「ゴルゴムの仕業だ!」ってわけでもないでしょうにねぇ(苦笑)

懐かしいですねぇ(^^)。
パッと見まるっきり関係なさそうな事象でも全部ゴルゴムのせいにしちゃうという・・・。

board1 - No.969

いち「銀英伝」ファンの感想

投稿者:Merkatz
1999年03月26日(金) 20時22分

私にとって「銀英伝」以外の田中芳樹作品を読むのは初のことです。
その感想ですが「おもしろい」。
竜堂兄弟の掛け合いとかアクションなど、さすがは「銀英伝」の田中芳樹と思わせます。
たくさんの方が指摘なされている社会評論も、1巻はまだ多くはなく、また小説部分がしっかりしているのでさほど気になりません。
確かにちょっと腹が立つ所もありますが、いやこれは日本といっても同名の異世界の話なのだと思えば(笑)、小説部分が面白いので目をつぶることが出来ます。
1巻を読んだ限りでは、エンターテイメントとして面白い。
今のところ私の感想は以上です。
さて2巻以降これがどのように変容していくのか、大変楽しみです。

board1 - No.972

国家が先か、国民が先か

投稿者:村の電器屋
1999年03月27日(土) 07時36分

皆さん、こんにちは。

昨夜、「朝まで生テレビ」を見ていました。相変わらずの形ではじまり、相変わらず自称司会者が勝手なことを吠え、相変わらずの形で尻切れていました。

さて、その議論の途中で「国家あってのの国民」か「国民あっての国家」かという論争がありました。全国3000万(?)の銀英伝ファンの皆様、もうお分かりですね。3巻でヤンが査問会で行ったやり取りと同じです。

初めて銀英伝を読んだ頃(まだ中学生でした、年をとったな)はヤンの言う「人間が集まって国家を形成する」に納得していました。今はといえば、やはりヤンの言い分は納得できる。しかしそれと同時に「国が存在する事で国民が存在する」ということも理解できるようになった。

一見、正反対のことを述べており両立できない見解だと考えられている。だからこそ、それぞれの見解を持つ者が討論すると昨日の「朝生」のように水掛け論となってしまう。しかしこの両意見は正反対のものでしょうか。いや、そうではないでしょう。

前者(ヤン)では「人間」と「国家」との関係を述べているのであり、後者では「国家」と「国民」の関係を述べているのです。ここで「人間=国民」とするから不毛な討論となるのであり「人間⊃国民」ということが認識できていれば両論を無理なく説明することができるのです。つまり、

「「人間」が社会生活を営むうえで共同体として「国家」を形成するのであり、その「国家」に所属する「人間」を「国民」と定義する」

のです。
これならば銀英伝の作品中で戦争という状況で人間の死の意味付け、および人的資源の消費が「人間」としてなのか、「国民」としてなのかで説明がつくと思います。

さて、実際に昨日の「朝生」や銀英伝中の「査問会」の例のように両者の議論は絶えません。それは議論している人間が上記のような事を考えていない(自分の主張する部分だけしか知らない、人間と国民の区別ができない)のか、知っていて相手を論破するためにあえて黙っているのか。我らがヤン・ウェンリー提督はどうなのでしょうか。(多分前者なのでしょうが)

board1 - No.973

私の創竜伝考察8

投稿者:冒険風ライダー
1999年03月27日(土) 16時20分

 創竜伝を読んでいると、田中芳樹の軍事音痴ぶりが露呈していますね。これがあの銀英伝やアルスラーン戦記の著者かと疑いたくなるほどです。自衛隊法も読まないで自衛隊を作品上で好き勝手に動かしているようですが、少なくとも今のところ、創竜伝のような軍事行動は絶対にできないんですね。今回はこのあたりを指摘しようかと思います。
 それでは、創竜伝3の検証を始めましょう。

P101下段~P102上段
<「戦車を乗っとっちゃおうよ」
 不意に余が提案した。竜堂家の末っ子は、半分とれたドアをいっしょうけんめい引っぱっていたのだが、ガラスが砕け散った窓ごしに、路傍で周囲を睥睨している戦車の姿に気づいたのだった。>

P109下段
<次のような内容の命令が、それにつづいていた。
「多数の戦車をもって、強奪された戦車を完全包囲し、追いつめ、行動を封じて捕獲せよ。マスコミに公表する必要はない。テロリストどもは市ヶ谷の本庁内に収監し、社会との接触をいっさい絶つ」>

 まず、こんな展開自体がありえない話です。今の道路交通法では、戦車が道路を走る事自体ができないようになっています。また、自衛隊の車両は緊急自動車に指定されていないために、信号で赤信号に遭遇したら停車しなければなりません。それから発砲許可も上からの指示(上がさらに上の許可を求めるために、最終的に首相の許可が必要)が必要です。その他、自衛隊の展開や軍事行動には道路交通法の他、建築基準法や病院法、自然公園法など自衛隊とは一見何の関係もない法律による様々な制約があり、これらを創竜伝の自衛隊に適用すると、創竜伝3はストーリー上の根幹から完全に崩壊します。
 まあこんな生真面目な批評は皆さんを唖然とさせると思いますので、この辺でやめておきますか。自衛隊についてもっと詳しい人がいたらさらに詳細に教えてくださいね。

P111下段
<秩序をたもつため、と称して、権力者はすぐに情報統制をやりたがるが、情報の不足は、かならず流言蜚語を生む。そんなことは、二〇〇〇年以上も昔に、古代中国の賢者が指摘しているのだが、権力者の心理構造は、いっこうに進歩しないものであるらしい。>

 自分のことを棚に上げて論評している田中芳樹のために、私が次のような主張を展開いたしましょう。
「読者を不安に陥れないため、と称して、遅筆の小説家はすぐに自分の本の発売日について情報統制をやりたがるが、情報の不足は、かならず流言蜚語を生む。そんなことは、二〇〇〇年以上も昔に、古代中国の賢者が指摘しているのだが、遅筆の小説家の心理構造は、半世紀生きていてもいっこうに進歩しないものであるらしい。それどころか、逆に退化しているようにすら見えるのは気のせいであろうか」

P128下段
<乗員の居住性をよくするため、戦車にエアコンをつける、そのために腹部の装甲を薄くする。兵器としては本末転倒だが、何となくおかしくて、本気で起こる気になれない。もう一歩、踏みこんで考えれば、こんな戦車を発注する自衛隊も、生産する兵器産業のほうも、真剣に戦争する気はなく、巨額の軍事予算を仲よく分配して共存共栄しているというわけではあるが。>

 居住性もまた兵器の必要条件であると、以前この掲示板で誰かが指摘していましたが、それはともかく、こんな「役立たずな戦車」をつくっている日本を、次のようにののしっています。

P140下段
<そして一方では、際限のない軍事大国化がある。一九八八年、アメリ力の下院において、国務省高官が「日本の軍事予算は、フランス、イギリス、西ドイツを一挙に抜き去って世界第三位となった」と証言した。同年七月のワシントン・ポスト紙は、「戦争放棄をうたった憲法を無視して、日本は世界最大級の軍事大国のひとつとなった」と論評した。インドネシアの大統領は、日本の防衛庁長官に、「軍事力で勝つような時代ではない」と忠告した。かつてアメリ力国務長官をつとめたキッシンジャーは「米ソ両国はおたがいだけを見ているが、日本というあらたな軍事大国が出現しつつあることを忘れぬほうがよい」と述べた。世界じゅうの国々が警戒を強めつつある。知らないのは当の日本人だけてある。>

 上のような戦車を造っている国を「際限のない軍事大国化」していると評論するとは大したものです。このあたり、フィクションと現実の設定の矛盾を感じますね。軍事費については、以前にも論評しましたのでここでは省略します。
 あ、それと「世界じゅうの国々が警戒を強めつつある」国は、田中芳樹が大好きな中国と北朝鮮であるという事を付け足しておきます。

P140下段~P141上段
<「冨によって精神的な豊かさを増す民族もいるが、残念ながら日本人はそうじゃないらしい。この成金民族が、どこまで増長し、どこへ流れていくのか、いっそ見ものだな」
 蜃海はそう思う。彼の述懐を聞いて、虹川が、にやりと笑った。
「あまり大きな声でそんなこというなよ。いまの社会を否定するけしからん奴だといわれるぞ」
「おれは否定しているんじゃない。批判しているんだ」
「ところが世のなかには、否定と批判の区別もつかない奴らがいるのさ。世界一すぐれた日本の社会を否定する者は日本から出ていけ、なんてことを平気で口にする奴らがな。そしてそういう奴らが、でかいつらでのさばってるのが現実だ」
「いやな時代だな」
「まったくだ、ろくでもない時代だぜ」
 そして、ろくでもない結論だった。>

 「さらに、ろくでもない社会評論であった」と補足しておきましょう。
 さて、日本人をつかまえて「成金民族」とはよく言いましたね。日本が独立を保ちつつ、ここまで成長するのにどれだけ大変だったか、このキャラクターたちには全く分かっていないようですね。私に言わせれば、最近日本からやたらとODAをふんたくり、高い高度成長率を達成している中国の方がよほど成金のように見えるのですが。
 「あまり大きな声でそんなこというなよ。いまの社会を否定するけしからん奴だといわれるぞ」虹川さん、蜃海さん、安心してください。そんな事を言う奴など日本にはほとんどいませんから。よほどのアホを除いて。
「ところが世のなかには、否定と批判の区別もつかない奴らがいるのさ。世界一すぐれた日本の社会を否定する者は日本から出ていけ、なんてことを平気で口にする奴らがな。そしてそういう奴らが、でかいつらでのさばってるのが現実だ」
これについては少し私の手で改編しましょう。
「ところが世のなかには、否定と批判の区別もつかない奴らがいるのさ。日本が世界中から嫌われ、軍国主義化しつつあるなどと現実感のない社会評論を展開している新聞や小説家を批判する者は右翼の軍国主義者であるから日本から出ていけ、なんてことを平気で口にする左翼連中がな。そしてそういう奴らが、でかいつらでのさばってるのが現実だ」

P142下段~P143下段
<「アッシリア滅び、バビロン滅び、ペルシア滅び、そして今カルタゴも滅びさりぬ。つぎに滅ぶるは、これローマか……」
「小スキピオですね」
 紀元前一四六年、三〇〇年にわたるローマ帝国とカルタゴの抗争についに決着がついた。劫火と流血のなかに炎上するカルタゴの市街を、馬上からながめやって、小スキピオの名で知られるローマ軍の司令官は涙を流した。敵国の滅亡を目前にして、いつかかならず自分の祖国もほろびるであろうことを予見したのである。小スキピオの死後、時代をへてローマは滅びた。その後、いくつの強国が滅び、あるいは没落したことだろう。人間がかならず死ぬように、国もかならず没落する。日本だけが例外であるとは、始には思えない。
「でも、大半の日本人は、日本の繁栄が永遠につづくと信じていますよ」
「信じるのは彼らの勝手さ」
「ええ、信じるのはね。問題は、他人にむりやりそれを信じさせようとする輩がいることです」
このふたりは、ほんとうに高踏的な話が好きなのね、と、茉理は苦笑する思いである。>

 このふたりは、ほんとうに日本をおとしめるための低レベルかつ非現実的な社会評論が好きなのね、と、私は冷笑する思いですね。
 ローマの例をもってきて国が滅びないということはない、というお説教はまあよいとして、なぜそこで日本が挙げられるのでしょうか? 強国が滅びる、という例ならば、この当時のソ連やアメリカを挙げる方が適任でしょう。この2人はよほど日本が滅亡してほしいのでしょうか。日本がいざ滅亡する時、この2人は喜びの涙を流すのではないでしょうかね。
 そして次の文は、始と続の会話を改編したものです。
「でも、大半の日本人は、近い将来に日本が絶対に滅びると信じていますよ」
「信じるのは彼らの勝手さ」
「ええ、信じるのはね。問題は、他人にむりやりそれを信じさせようとする遅筆の小説家がいることです。どうにかならないものなのでしょうか。あの性癖は」

P143下段~P144上段
<ある男が、辺境にあるひとつ目人の国に出かけていく。ひとつ目の人間をつかまえてつれ帰り、見世物にしてやろうと計画したのだ。ところが反対に、自分のほうが彼らにつかまってしまい、「珍しいふたつ目の人間だ」というので見世物になってしまう。長いこと見世物になっているうちに、男は、ふたつ目の自分こそ異常なのではないかと思いはじめ、自分の片目をつぶしてしまうのだ。多数が正常で少数が異常、という決めつけかたの愚かさを笑う話である。現代の日本だって、このひとつ目の国に似ているのではないか。>

 多くの人間があれほど様々な意見を主張し、様々な意見対立が存在する日本のどこを見て、「現代の日本だって、このひとつ目の国に似ているのではないか」などと主張しているのか、私にはさっぱり理解できません。田中芳樹の考えは「多数が異常で少数が正常」なのでしょうけど、これだって愚かな決めつけだと私は思うのですがね。

P162上段~P163上段
<たとえば、一九五○年代のアメリカ合衆国では、「アメリカの社会を害する本とその著者を、社会から追放しよう」という一大運動がまきおこった。
その結果、まず犠牲になったのが、「ロビン・フッドの冒険」である。義賊ロビン・フッドは金持ちから金を奪って貧しい民衆に分け与える。これは共産主義思想を宣伝する悪い本だ、というわけである。
つぎに「トム・ソーヤーの冒険」と「ハックルベリ・フィンの冒険」が槍玉にあげられた。トム・ソーヤーは学校や教会に行くのをさぼる。ハックルべリ・フィンは父親から逃げ出して各地を放浪する。だから、これは健全な家庭のありかたや学校教育制度を否定する、無政府主義の本だ、というわけだ。こんな本を読んではならない!
「ロビンソン・クルーソー」や「十五少年漂流記」も読んではならない。無人島に漂流して自分たちだけで勝手な生活を送るなど、国家制度を否定する思想である。このような悪書は焼きすてるべきである。
 ……信じられないほどばかばかしい話だが、「マッカーシズムの時代」として知られる歴史上の事実である。世の中には、狂犬のような人たちがいて、そういう人たちが権力をにぎると、自分が気に入らない本はすべて悪書と決めつけ、その著者を社会的に抹殺しようとするのだ。民主主義の総本山といわれるアメリ力でさえそうなのだ。もともと日本のように少数派を排除する傾向のつよい社会で、始たちが疎外されるようになるのは当然かもしれない。他人と同じことさえやっていればいい、他人とちがうことをすれば村八分されるような社会だから。「一億一心」・「挙国一致」がこの国の社会正義なのだから。>

 ちょっとちょっと、「「一億一心」・「挙国一致」がこの国の社会正義なのだから」って、いつの時代の社会評論を展開しているのです? 思考回路が50年ほど遅れてません?
 私がこの評論を現実に適応するように、結論部分を改編しましょう。
<世の中には、狂犬のような人たちがいて、そういう人たちが権力をにぎると、自分が気に入らない本はすべて悪書と決めつけ、その著者を社会的に抹殺しようとするのだ。その最も代表的な例は左翼メディアの牙城である朝日新聞である。もともと日本のように少数派を礼賛する傾向のつよい社会で、少数派の極左左翼に悪とみなされた体制派が疎外されるようになるのは当然かもしれない。左翼と同じことさえやっていればいい、左翼の主張とちがうことを言えば左翼によって社会的に抹殺されるような社会だから。「日本政府は過去の戦争責任の賠償を」「反体制万歳! くたばれ権力者!」がこの国の社会正義なのだから。>
う~ん、ちょっとできが悪いかな?

P184上段~下段
<アメリカ軍基地は、日本を守るためにあるのだという。ここに、いささか古いがひとつの資料がある。一九五二年から八四年までの間に、在日アメリカ軍がおこした事故および犯罪の数は一七万八四七三件、それによって死亡した日本人は一二一〇名。日本の法律によって処罰されたアメリカ軍人はゼロ。アメリカに帰って刑に服した者ゼロ。日本を守るとは、何者から何を守るということだろうか。始は疑問を持たざるをえない。それとも「ソ連が日本を侵略したら、もっとひどいことになるから、アメリカ軍の犯罪ぐらいがまんしろ」ということだろうか。そういう論理で、死者の遺族を納得させることができるかどうか、やってみるといいのだ。>

 P140下段の社会評論と照らし合わせると、田中芳樹は在日米軍をアメリカに撤収させた上、自衛隊を廃止して日本を無防備国家にすべきであると考えているようですね。そんな事をすればそれこそソ連(当時ですけど)や中国、北朝鮮などが舌なめずりをして侵略してくるでしょうに。
 それと機動隊の記述と同じように「絶対弱者」を前面にだして反論しにくくする手法は、はっきりいって卑怯な論法ではないでしょうか。ご丁寧に具体的な数字まで挙げていますね。私は1年間の交通事故件数や交通事故による死亡者数よりもずっと少ないと思いますが、普通はやはり躊躇してしまうでしょうね。
 アメリカ軍の駐留に問題がないとはいいませんが、それがダメだというのならば、それに変わる具体的で現実的な代案を提示してほしいものです。それがないと、一般国民は納得しませんよ。

P208下段~P209上段
<むろん反逆者のすべてが建設的な改革者になれるわけではない。だが、改革者はすべて反逆精神の所有者だった。現状を無批判に受けいれ、ぬくぬくとそこに安住し、つねに多数派に所属して少数派を疎外するような人たちが、あたらしい歴史をつくった例はない。>

 ならば田中芳樹にあたらしい歴史をつくれるはずがありませんね。左翼陣営という「多数派」に「安住」して、自分たちの批判をする「少数派」を「疎外」するような人なのですから。
 さらにここも、文章改編してみましょう。
「むろん権力者に対する反逆者のすべてが建設的な改革者になれるわけではない。というより、日本の左翼の大部分が非建設的な運動家だった。現状を素直に受けいれ、普通にそこで安住している人を、自分たちの利益と運動の継続だけのために無理やり運動に引きずり込もうとする連中が、あたらしい歴史をつくった例はない。」

 今回は文章改編が結構多かったですね。これだと結構文章作成が容易なんですよね~。今回の批評はどうだったでしょうか。
 明日は少しお休みして、次から4巻の批評に入ります。

board1 - No.974

強盗を目の前にして防犯は必要無いと力説する愚

投稿者:M野
1999年03月27日(土) 17時39分

>P128下段
<乗員の居住性をよくするため、戦車にエアコンをつける、そのために腹部の装甲を薄くする。兵器としては本末転倒だが、何となくおかしくて、本気で起こる気になれない。もう一歩、踏みこんで考えれば、こんな戦車を発注する自衛隊も、生産する兵器産業のほうも、真剣に戦争する気はなく、巨額の軍事予算を仲よく分配して共存共栄しているというわけではあるが。>

つまり田中先生は、サウナ風呂の中に何時間も詰められた状態で、判断力、計算能力、動体視力、反射神経が
まったく鈍らないというわけですか。
私は戦車のことはよく知りませんが、空調をしっかりしないと、酸欠と脱水症状で兵士の能力が低下すると
思いますが、どうなんでしょうか

>P140下段の社会評論と照らし合わせると、田中芳樹は在日米軍をアメリカに撤収させた上、自衛隊を廃止して日本を無防備国家にすべきであると考えているようですね。そんな事をすればそれこそソ連(当時ですけど)や中国、北朝鮮などが舌なめずりをして侵略してくるでしょうに。

北朝鮮の脅威が高まっている現在において、現実的な代案の無い反自衛隊・反米軍は指示を得にくいと思います。

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