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投稿ログ453 (No.8498 - No.8509)

board4 - No.8498

あの人は今? 田中芳樹のゴシップ話

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2010年08月08日(日) 05時02分

本日は少しミステリーでホラーちっく(?)なゴシップ系のネタ話を。

田中芳樹のプロフィールについて調べてみると、田中芳樹は1986年に結婚していることが分かります。

田中芳樹読本 P29
<――しばらくは、長篇は「銀英伝」だけですか。
田中 そのはずです。この時期がいちばんよかったかもしれない。年に二冊長篇を書いて、合間に短編を書いていたら、欲しい本も買えるようになったという(笑)。八六年になるとずいぶん忙しくなった感じがしますからね。『七都市物語』『アルスラーン戦記』『創竜伝』と徳間書店さん以外で仕事が始まった頃からかな……。八六年には、「銀英伝」も終わりが見えてきましたので、そろそろ他の仕事もしたいなという浮気の虫が騒ぎだしたんですよ。『アルスラーン戦記』が始まり、『創竜伝』もこの年に話だけはありましたし、そう考えるとこの八六年という年は転換期でしたね。間違って結婚もしてしまった(笑)。>

そして、この田中芳樹の結婚相手というのは、田中芳樹の中国編訳作品のひとつである「隋唐演義」の翻訳にも関わっていたのだそうで、いわば、田中芳樹の仕事仲間的な一面も持っている(た?)わけです。
また、80年代の田中芳樹インタビュー記事やコラムでは文脈の中でしばしば友情出演もしており、その存在は大きくアピールされていました。

……ところが。
21世紀に入ってからというもの、田中芳樹の奥さんは田中芳樹周辺では話題に上がることすら全くなくなってしまっています。
私がこのことに気づいたのは、「らいとすたっふ」社長氏のブログ記事リンク集一覧ページを作成していた時。
あのブログ内にある記事を最初から最後まで全部閲覧し終わり、リンク集をカテゴリ別にまとめていた際、田中芳樹の奥さんについて一言でも言及している記事がひとつとして存在しなかったことが分かり、そのことに違和感を持ったことがきっかけでした。

たとえば、田中芳樹が夏の間に軽井沢の別荘で執筆活動を行っている、という記事が「らいとすたっふ」社長氏のブログでしばしば掲載されています。
奥さんは田中芳樹の過去の仕事に関わっていた経歴もあるわけですし、そうでなくても夫婦関係にあるのですから、田中芳樹の軽井沢転居に同伴しても別に何ら不思議なことではないはずです。
ところが、それらの記事を全て調べても、田中芳樹の奥さんに関する記述がどこにも存在しないのです。
特に軽井沢関連で大きな違和感を覚えたブログ記事がこれ↓

ttp://a-hiro.cocolog-nifty.com/diary/2004/10/post_14.html
<田中さんの山荘に着いてみれば、なんと田中さんが事前に荷造りまで済ませていた。うーん、こんなことってあるんだろうか。例年、埃にまみれて荷造りをするのだが。段ボールのなかに隙間がありすぎて、持つと驚くほど軽い。きっと、私が荷造りすれば半分の個数で済むんだろうなあ。などと思うが、そんなことを言ったらバチがあたる。
 笑顔で車に荷物を積み込む。
 途中、助っ人に参上した赤城さんにもお手伝いいただき、あっという間に準備は完了。来年もこうだといいなあ!>

……田中芳樹の奥さんは荷造りの手伝いを全くやっていなかったのでしょうか?
というかそれ以前に、全く奥さんについて言及すらされていませんし。

これに象徴されるように、あのブログの記事は田中芳樹の奥さんについて完全無視なスタンスを貫き通しています。
しかしだからといって、あの社長氏がその手の個人情報管理を徹底しているのかと言えばそういうわけでもなく、社長氏自身の趣味や息子さんについては素直に言及している記事もありますし、また田中芳樹がよく行くお店の名前や取材打ち合わせ等で使用したホテル名などを伏せ字なしで書いている記事も存在します。
そんなある意味とても「素直」な社長氏に、田中芳樹の奥さんに関する個人情報の、意図的かつ徹底した隠蔽工作が出来るようには、とてもじゃないですけど思えないんですよね(苦笑)。

「らいとすたっふ」ブログに見られるがごとき「21世紀以降における田中芳樹の奥さんに関する完全無言及」なスタンスは、著書の中でも確認することができます。
たとえば、アップフェルラント物語のあとがきで、田中芳樹は1990年元旦頃に当時の旧東ドイツおよび旧チェコスロバキア領ボヘミア地方へ旅行に行っていたことを告白しているのですが、そこではきちんと「妻とともにツアーへの参加を申し込んだ」と明言しています。
ところが、薬師寺シリーズのハンドブック「女王陛下のえんま帳」で言及されている、2001年頃に行ったと推察されるバンクーバー取材旅行では、田中芳樹の奥さんに関する言及は全くなし。
この取材旅行は、田中芳樹・秘書A・編集者Kを含めた6名で行われたとのことなのですが、「私たちスタッフ」という表現があることから、残りの同伴者達も「らいとすたっふ」のスタッフで構成されている可能性が極めて高いんですよね。
つまり、この取材旅行で田中芳樹の奥さんは同伴していなかったのではないかと考えられるわけです。

さらに、私が2009年末のコミックマーケット77で購入した社長氏の同人冊子「とある作家秘書の日常 2009年冬号」によれば、夏の仕事場として田中芳樹が普段愛用していた軽井沢の別荘が工事か何かで使えなくなったことから、田中芳樹・赤城毅・社長氏の【3人】で「らいとすたっふ」所有の「夏事務所」で共同生活を行っていたとのこと。
しかもそこにはこんな記述も↓

とある作家秘書の日常 2009年冬号 P4
<田中さんも赤城さんも、お一人で生活しているときにはそれなりに掃除や選択もしているハズなのですが、私という「おさんどん」がいるとなると、ほぼ、まったくなにもしなくなります(笑)。というか、お二人が選択するやり方を見ていると、そのいい加減さにこちらが耐えられなくなります。料理に関しても同じ。物語のなかでは素晴らしい世界を築き上げる才能を持っていても、実生活では落第点だと思いますわ。>

……ここでもやはり田中芳樹の奥さんについての言及がないですね。
というより、どうも今現在の田中芳樹は一人暮らしをしていると言わんばかりなのですが。

では田中芳樹の奥さんは今現在どうしているのか?
その手の情報については、別居・離婚・死別といった事象も含め一切公表されていません。
しかし、1999年や2009年に田中芳樹が体調不良になった、という一種の「個人のプライバシー」に属するかもしれないであろう話は、社長氏のブログや同人冊子ではっきりと言及されていたりします。
ましてや、田中芳樹の奥さんは一種の「仕事仲間」でもあるわけですし、あえて鬼畜な発想で言わせてもらえば、奥さん絡みの問題を理由に己の遅筆の言い訳と正当化を主張する、という手法だって田中芳樹的には取れないこともないのですから、本来ならば大々的に公表されても不思議ではないことなのではないでしょうか。

果たして田中芳樹の奥さんは今現在、生きているのか死んでいるのか?
また生きているとしたら、その所在は何処にあるのか?
そして生死を問わず、その安否は何故全く公表されないのか?
実在しているはずの人間が、周囲によって存在自体すらも「なかったもの」として扱われる。これはちょっとした寒気を感じる怪談系ミステリーなお話であると言えるのではないでしょうか。
まあこういうネタって、もし今後真相が公開されたら「何だ、そんなことか」の一言で終わってしまうシロモノでしかないのですけどね(苦笑)。

board4 - No.8499

ラインハルト暗殺6

投稿者:しせい
2010年08月12日(木) 10時58分

キュンメル事件で、ラインハルトが暗殺されていたら、オーベルシュタインたちはどう動いたでしょうか?
(第2巻での暗殺の話題ははたくさん投稿されてますが、第6巻での暗殺の話題は投稿されていないようなので投稿してみました)

親記事No.8499スレッドの返信投稿
board4 - No.8500

Re8499:キュンメル事件のIF

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2010年08月12日(木) 13時36分

>キュンメル事件でラインハルト暗殺
 これって、キュンメル男爵がああも長々と御高説をラインハルト達相手に語ることなくさっさとゼッフル粒子の起爆スイッチを押してしまうか、あるいはキュンメル男爵だけでなく、地球教の関係者達もスペアの起爆スイッチを持っていたら、いとも簡単に実現していた話なんですよね。
 過去にこれと同種の話は確かに出ていませんし、これのIFについて考えてみるのは面白いのではないかと思います。

 あそこでラインハルトが死んでしまった場合、今更ゴールデンバウム王朝に戻すことは不可能なわけですし、さし当たっての対策としては、隠遁しているアンネローゼにご登場頂き、形式的にでも女帝として即位してもらう、ということになるでしょうか。帝国の体制を維持しなければならない、とは誰もが考えるでしょうし、実際問題、それ以外に「ローエングラム王朝を存続させる」方法はないでしょう。
 あとは「バーミリオン会戦でラインハルトがヤンに抹殺されるIF」と同じく、マリーンドルフ伯が形式的な首席閣僚として音頭を取りつつ、実質的にはミッターマイヤーと手を組んだロイエンタールが主導権を握る、といった辺りになるでしょうか。オーベルシュタインがどうなるのかは正直微妙ですが、彼の場合、ゴールデンバウム王朝復興という方向性に行くのでなければ帝国を維持する方向で活動するでしょう。
 ただ、アンネローゼに子供を産む意思または能力がなく、ローエングラム王朝の維持に問題があることが判明した場合、ロイエンタールとオーベルシュタインが手を組んで簒奪を行う、というシナリオがありえるかもしれません。

 大きく変わりそうなのは同盟側ですね。
 ラインハルトが死んでしまった帝国では、内部の混乱の収拾に忙殺されて同盟に再度攻め込むどころではなくなりますし、オーベルシュタインがレンネンカンプを煽ってレベロにヤン捕縛を強要させることもまずなくなるでしょうから、ヤン達が対帝国向けの反抗計画を準備するための時間が5~10年単位で充分に与えられるわけです。
 表面的には帝国に従属するフリをしつつ、ひそかに戦力を再建し反抗の時を待つ。
 これが可能になります。

 IFの叩き台としてはこんなところでしょうか。

親記事No.8499スレッドの返信投稿
board4 - No.8501

Re:Re8499:キュンメル事件のIF

投稿者:Giant Sloth
2010年08月13日(金) 01時54分

ちょこっとだけ参加させてい下さい。

>マリーンドルフ伯が形式的な首席閣僚として音頭を取りつつ

 実行犯がマリーンドルフ家と近い血族のキュンメル男爵であること。そのキュンメル男爵家に行幸をお願いしたことで、下手をすれば死罪となりうるのではないでしょうか。もしくは、ラインハルト暗殺の責任と同時にヒルダを失った失意から、自害を選ぶ可能性もありますよね。
 なんにせよ、暗殺が未遂でラインハルトが無事だったからこそ、ヒルダもマリーンドルフ伯も謹慎で済みましたが、いくら事件の黒幕は地球教だとはいえ、そのまま閣僚で有り続けることは無いように思います。

 ラインハルト亡き後、ロイエンタールとミッターマイヤーが協力しあいながら主導し、人材豊富な帝国閣僚達が補佐していけば、数年のうちに安定した平和な国をつくりあげるでしょう。
 それはオーベルシュタインが理想とする国家とは違うかも知れませんが、少なくともゴールデンバウム王朝の様に民衆が虐げられる国家とはならないはずで、ラインハルトという強力なエンジンを失ったオーベルシュタインが、自らの理想に固執してロイエンタールらと対立して混乱を招く道を選ぶとも思えません。
 そこでロイエンタールとの不仲という世評を利用し、ロイエンタールらが実権を握ることに不満を持つ連中を集め、一堂に会したところで自分もろとも処分し、内乱の芽を摘み役割を終えるというストーリーはどうでしょう。

board4 - No.8502

しみじみ

投稿者:イマラロウト 
2010年08月13日(金) 10時26分

 結果がどのようであれ、言わないこと、書かないことから、いろいろ想像して、対処するのが、大人と思います。
 いずれ、ゴシップが冒険風ライダーさんが好きなことがわかりました。興味深い話をありがとうございました。

親記事No.8499スレッドの返信投稿
board4 - No.8503

Re8501:IFのレス

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2010年08月13日(金) 13時13分

<実行犯がマリーンドルフ家と近い血族のキュンメル男爵であること。そのキュンメル男爵家に行幸をお願いしたことで、下手をすれば死罪となりうるのではないでしょうか。もしくは、ラインハルト暗殺の責任と同時にヒルダを失った失意から、自害を選ぶ可能性もありますよね。
 なんにせよ、暗殺が未遂でラインハルトが無事だったからこそ、ヒルダもマリーンドルフ伯も謹慎で済みましたが、いくら事件の黒幕は地球教だとはいえ、そのまま閣僚で有り続けることは無いように思います。>

 これは確かにそうですね。
 ただそうなると、誰が政治のまとめ役になるのか、という問題がありますね。国務尚書も空席になってしまうわけですし。
 シルヴァーベルヒ辺りが台頭することになるでしょうか?

<ラインハルト亡き後、ロイエンタールとミッターマイヤーが協力しあいながら主導し、人材豊富な帝国閣僚達が補佐していけば、数年のうちに安定した平和な国をつくりあげるでしょう。
 それはオーベルシュタインが理想とする国家とは違うかも知れませんが、少なくともゴールデンバウム王朝の様に民衆が虐げられる国家とはならないはずで、ラインハルトという強力なエンジンを失ったオーベルシュタインが、自らの理想に固執してロイエンタールらと対立して混乱を招く道を選ぶとも思えません。>

 オーベルシュタインがどう動くかは、ラインハルト亡き後の帝国の体制がどうなるかで変わるでしょうね。
 アンネローゼを形式的にでも女帝にしてとにもかくにもローエングラム王朝を持続させるのであればオーベルシュタインも協力的になるでしょうが、もしゴールデンバウム王朝復興という方向性にでもなれば、彼は同盟に亡命してでも帝国を倒そうとするでしょう。
 オーベルシュタインの目的はゴールデンバウム王朝の打倒なのですから、一度打倒されたはずの王朝が復興するなど、到底許せることではないでしょう。

 また、アンネローゼが女帝になった場合、彼女はいずれ政治的に結婚を迫られることになるでしょうし、結婚相手を誰にするかという問題も出てきます。史実の銀英伝もそうでしたが、皇帝が結婚&出産しなければローエングラム王朝は断絶の危機に晒されるのですから。
 ロイエンタールがアンネローゼと政略結婚する、というシナリオも十二分に発生しそうですね。

 あと、一番変化しそうなのは対同盟関係ですね。
 ラインハルトが死んだことによって、帝国内は当面混乱状態になるわけですし、フェザーン遷都計画も実現されるかどうか危ぶまれます(計画自体はすでに秘密裏に命じられていたシルヴァーベルヒが知っているでしょうけど)。
 そうなれば同盟は、すくなくとも銀英伝本編よりは長い期間延命されるでしょうし、ヤンの対帝国反抗計画も相当程度実現できるようになります。
 レンネンカンプの暴走も、元々はオーベルシュタインの扇動が原因のひとつでもあったのですし、それがなくなればこちらも結構イイ線いくかもしれません。

親記事No.8499スレッドの返信投稿
board4 - No.8504

Re:Re8501:IFのレス

投稿者:Giant Sloth
2010年08月13日(金) 16時47分

>オーベルシュタインの目的はゴールデンバウム王朝の打倒なのですから、一度打倒されたはずの王朝が復興するなど、到底許せることではないでしょう。

 私もラインハルトが暗殺された後、密かにヤンと連絡を取り、メルカッツと合流するという流れを考えてみたのですが、どうもしっくりきません。というのも、ロイエンタールとミッターマイヤーが主導する限り、ゴールデンバウム王朝復興はないと思われるからです。なんの能力もない連中が門閥貴族というだけで民衆を虐げるゴールデンバウム王朝時代に嫌気がさしているのは共通認識でしょうから。

>また、アンネローゼが女帝になった場合、彼女はいずれ政治的に結婚を迫られることになるでしょうし

 アンネローゼにはエミールとか戦争孤児を養子にとるというシナリオもあるのではないでしょうか。専制政治の元で生まれ育ったとはいえ、同盟のあり方を目にしているのですから、ラインハルトという万人が従うのに納得するカリスマがいなくなった以上、ロイエンタールとミッターマイヤーが一気に立憲君主制を目指すというのも、無理のないシナリオのように思います。

>レンネンカンプの暴走

 これも、カイザーが健在だったからこそ、オーベルシュタインの暗黙の一押しが必要だったわけで、ラインハルト亡き後一気に旧同盟領を手中に収め、ロイエンタール・ミッターマイヤー体制に対抗する野心を抱かないとも限りませんし、その際は、カイザーに旧同盟領でゴタゴタが起きていることを知られたくないという制約もありませんから、ヤン本人に対して形式すら無視した抹殺というシナリオも有り得ますよね。

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board4 - No.8505

Re8504:アンネローゼの動向とレンネンカンプの立場

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2010年08月14日(土) 12時15分

<私もラインハルトが暗殺された後、密かにヤンと連絡を取り、メルカッツと合流するという流れを考えてみたのですが、どうもしっくりきません。というのも、ロイエンタールとミッターマイヤーが主導する限り、ゴールデンバウム王朝復興はないと思われるからです。なんの能力もない連中が門閥貴族というだけで民衆を虐げるゴールデンバウム王朝時代に嫌気がさしているのは共通認識でしょうから。>

 というより、オーベルシュタインもその他廷臣達もほとんど全会一致で「アンネローゼの女帝即位」をまずは採用&実行せざるをえないでしょう。それ以外に「現状維持」の方法はないわけですし。
 ただこれには問題がふたつあって、ひとつ目は当のアンネローゼがあくまでも隠遁し続ける道を選び、女帝即位を拒否する可能性がある、という点ですね。そうなると「体制をどうやって維持していくか?」で帝国政府内が紛糾するのは確実ですし、それこそ「とにもかくにも跡継ぎが存在するゴールデンバウム王朝の人間にまた皇帝をやってもらおう」という勢力が台頭することも充分にありえるわけです。
 そして、もしアンネローゼが女帝即位を承諾したとしても、今度は第二の問題である「アンネローゼの結婚相手&後継者問題」が浮上することになります。女帝となったアンネローゼと結婚すれば、最高権力に近づけることは確実なわけですし、それを利用しようとする野心家達も出てくる懸念もあります。
 後継者問題は原作でもありましたが、アンネローゼが後継者を生まないとローエングラム王朝断絶が確実なのですから、アンネローゼには出産が強要されることになるでしょう。
 アンネローゼの対応次第で、この辺りはかなり結果が変化すると言えそうですね。

<アンネローゼにはエミールとか戦争孤児を養子にとるというシナリオもあるのではないでしょうか。専制政治の元で生まれ育ったとはいえ、同盟のあり方を目にしているのですから、ラインハルトという万人が従うのに納得するカリスマがいなくなった以上、ロイエンタールとミッターマイヤーが一気に立憲君主制を目指すというのも、無理のないシナリオのように思います。>

 下手に「養子」という選択肢を採用してしまうと、結婚問題と同様の弊害(「俺を養子にしてくれ」的な要望の乱発およびそれに伴う権力闘争)が発生しかねませんから、あまり懸命な話とは言えませんね。「養子」といってもこの場合、アンネローゼより年長であっても普通に採用される可能性すらありますし。
 また、同盟に無条件停戦命令を出させたミッターマイヤーとロイエンタールは、同盟のあまりの脆さと脆弱さを目の当たりにしていますし、特に銀英伝8巻~9巻で新領土総督だったロイエンタールは、同盟の汚職政治家を民主的な手続きなしで逮捕投獄することによって、旧同盟の迂遠な民主主義体制を嘲笑すると共に同盟市民の支持を集めていましたよね。その彼らが、同盟の政治体制を一部でも真似ようなどとするのでしょうか?
 集団指導体制など、それこそ「迂遠」以外の何物でもありませんし、彼らはやはり「お飾りな皇帝の下での独裁」か「自分が皇帝になる」的な道を模索するのではないでしょうか。

<これも、カイザーが健在だったからこそ、オーベルシュタインの暗黙の一押しが必要だったわけで、ラインハルト亡き後一気に旧同盟領を手中に収め、ロイエンタール・ミッターマイヤー体制に対抗する野心を抱かないとも限りませんし、その際は、カイザーに旧同盟領でゴタゴタが起きていることを知られたくないという制約もありませんから、ヤン本人に対して形式すら無視した抹殺というシナリオも有り得ますよね。>

 レンネンカンプがそれをやるには手元の戦力があまりにも足りません。かつて保持していた艦隊も手元にない状態で一体何ができるのでしょうか?
 それに「俺を殺せるものなら殺してみろ、俺が死んだら同盟も一緒に破滅だぞ」的な本人の発言にも現れているように、レンネンカンプの権力どころか生命さえも担保しているのはあくまでも「バーラトの和約」と帝国政府であり、帝国政府から弁務官の職と軍の階級を剥奪されてしまったら、自前の戦力に乏しい彼はその時点で破滅確定です。シュタインメッツ艦隊辺りに総攻撃をかけられるか、同盟政府に八つ裂きにされるか、どちらか好きな方を選んで下さい状態ですね。
 それ以前に、これはレンネンカンプのみならず帝国の高官全てに言えることですが、ラインハルトが暗殺され、帝国に政変が起こった時点で、最優先の関心事項は帝国中央の動向にならざるをえません。下手すればそれが自分の今後にも大きく関わってくる可能性だってありえるのですから当然のことです。そんな状態の中で、原作のような「平地に乱を起こす」ような行動に出たら、すぐさまそれを口実に処断されてしまう、ということくらい、よほどのバカでもない限りは誰もが痛感せざるをえないところでしょう。
 すくなくとも自分の職と軍の階級が保証される、と確信できるまでは、レンネンカンプも「事なかれ主義」に徹するしかありませんし、それが達成された後も、自前の戦力が乏しいことも相まって、レンネンカンプの立場は原作のそれと全く変わらないと思われるのですが、どうでしょうか。

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board4 - No.8506

Re:Re8504:アンネローゼの動向とレンネンカンプの立場

投稿者:Giant Sloth
2010年08月14日(土) 16時46分

>オーベルシュタインもその他廷臣達もほとんど全会一致で「アンネローゼの女帝即位」をまずは採用&実行せざるをえないでしょう。

 ですね。ラインハルト崩御を知った民衆が一番恐れるのは、ゴールデンバウム王朝時代へ逆戻りすることでしょうから、ラインハルト崩御の発表と、アンネローゼが即位しラインハルトの施政を継承することの発表はセットで行われる必要がありますね。というか、これが出来なければ帝国内は内乱の時代となるしかないのでしょう。

>女帝即位を拒否する可能性がある

 「ラインハルトやキルヒアイスが命を掛けてやってきたことを無に帰するつもりか!」とせまればなんとかなりそうな気はするのですが、どうも思っていることがうまく言葉になりませんので、アンネローゼの後継問題とあわせてもう少し頭を整理してから書き込みますね。

>同盟のあまりの脆さと脆弱さを目の当たりにしていますし

 確かに仰るとおりですね。立憲君主制へすすむという主張は撤回させてください。

>レンネンカンプがそれをやるには手元の戦力があまりにも足りません

 これも私の勘違いでした。ロイエンタールが反乱を起こした時のイメージがあったので、Mr.レンネンにも手持ちの艦隊がいるように思ってしまったのですが、この時点ではまだ同盟政府は存続してますもんね。レンネンカンプが野心にかられて行動を起こすのは不可能ですね。

親記事No.8499スレッドの返信投稿
board4 - No.8507

ラインハルト暗殺後予測

投稿者:S.K
2010年08月15日(日) 05時58分

> >オーベルシュタインもその他廷臣達もほとんど全会一致で「アンネローゼの女帝即位」をまずは採用&実行せざるをえないでしょう。
>
> >女帝即位を拒否する可能性がある
>
>  「ラインハルトやキルヒアイスが命を掛けてやってきたことを無に帰するつもりか!」とせまればなんとかなりそうな気はするのですが、どうも思っていることがうまく言葉になりませんので、アンネローゼの後継問題とあわせてもう少し頭を整理してから書き込みますね。
>

 ラインハルトがそうしたように、一時女帝となった
アンネローゼからロイエンタールなり有力者が周囲の
了承を取り付けて禅譲願うという手もあります。

> >同盟のあまりの脆さと脆弱さを目の当たりにしていますし
>
>  確かに仰るとおりですね。立憲君主制へすすむという主張は撤回させてください。

 そのあたりとは別に、オーベルシュタインは「『完全なる公』
たる絶対権力者による公正無私の統治」を希求している感も
ありますので、たとえばロイエンタールの様な私の滅却が
出来ない人物の翼賛に努めるよりは、「戦術的勝利を目前に
『公の決定』に従ったヤン=ウェンリー」あたりに価値を
見出し亡命するかもしれません。
>
> >レンネンカンプがそれをやるには手元の戦力があまりにも足りません
>
>  これも私の勘違いでした。ロイエンタールが反乱を起こした時のイメージがあったので、Mr.レンネンにも手持ちの艦隊がいるように思ってしまったのですが、この時点ではまだ同盟政府は存続してますもんね。レンネンカンプが野心にかられて行動を起こすのは不可能ですね。

 これもレンネンカンプがヤンを嫌っているのとヤンに
実際「反攻十年計画」「動くシャーウッドの森艦隊」など
後ろ暗い所があるのは事実なので、嫌がらせにしても
勘繰りを積み重ねていけば、「名将ヤンによる帝国への叛乱」
という思わぬヒットを掴む可能性はありますし、そうなれば
帝国としてもレンネンカンプに相応の戦力を与えて
シュタインメッツと事態の鎮圧にあたらせる等手をうたない
訳にはいかなくなるでしょう。

board4 - No.8508

第4回タナウツオフ会 2010夏コミ&唐沢俊一検証イベント参加レポート

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2010年08月21日(土) 13時49分

 2010年8月13日~15日に東京ビッグサイトにて開催されたコミックマーケット78、およびその末日のコミケ終了後に敢行された唐沢俊一検証イベント。この2大イベントへの参加を第一目的として、第4回タナウツオフ会は実施されました。
 実は今回のオフ会では、「大晦日の冬コミではタナウツ関係の参加者がまるで集まらなかったので、お盆の夏コミならば果たしてどうか?」という一種の実験&前回オフ会のリベンジ的な要素も盛り込んであったのですが、そちらの結果はまるで振るわず(T_T)。タナウツとコミケはどうにも相性が悪いようで、夏冬問わずコミケは集客に使えないという厳然たる事実を突きつけられた格好となってしまいました(>_<)。
 しかも、前回と同様に楽しみにしていた「唐沢俊一検証blog」のkensyouhan氏による唐沢俊一および「と学会」関係者への検証本贈呈は、唐沢俊一の拒否返答およびkensyouhan氏に対する脅迫メールによって全て中止されてしまうことに(T_T)。検証本贈呈は今回のオフ会でもメインイベントのひとつとして数えていただけに、それを中止に追いやった唐沢俊一の「コレハコレハ」な敵前逃亡、および脅迫者の愚劣な言動には、嘲笑と共に怒りも覚えずにはいられませんでしたね。
 まあ、コミケで購入予定だったブツは一通り入手することができましたし、唐沢俊一検証イベントでは色々と面白い話が聞けましたので、結果としてはそれなりの成果を挙げることができたのですが、今回のオフ会は、その進行について色々な問題点が浮き彫りになった企画だったと言えます。
 今回の投稿は、3泊4日で行われた第4回タナウツオフ会における私の行動を、私自身の視点から記録したレポートとなります。
 それでは、始めたいと思います。

2010年8月13日(金)

 9:45 阿蘇くまもと空港より東京へ出発

11:30~12:00 羽田空港到着・ホテルチェックイン

12:00~14:30 秋葉原

15:30~17:00 東京ビッグサイト周辺探索

17:30 ホテル戻り

 この日はまず、過去のゲーム購入の際に特典としてついてくるおまけグッズの数々を秋葉原のゲームショップへ売りに行ったのですが、お盆休みということもあってか、自分の出番が回ってくるまでに2時間以上もかかるという盛況ぶり。
 ゲーム特典のおまけグッズの類は、熊本で売っても二束三文にもならないのですが、秋葉原で売るとそこそこの金額になるので重宝しているんですよね。だから去年・一昨年も同じことをやっているのですが、今回は売り終わるまでに一番時間がかかりました。
 そのため、2時頃には行ける予定だった東京ビッグサイトへの到着は遅れに遅れ、ゆりかもめの国際展示場正門駅を降りた頃はすでに終了30分前という時間に(T_T)。

 終了30分前の東京ビッグサイトは、人自体はまだかなりの数がいたものの、会場内のサークルはすでに半分以上が撤収済の状態でしたね。
 それでも残存のサークルを適当に冷やかしつつ、1日目終了のアナウンスを聞き届けた後、ゆりかもめの国際展示場正門駅が混雑していたこともあって一度りんかい線に乗ってみようと考え、国際展示場駅へ。
 ところが、りんかい線の国際展示場駅は、ゆりかもめの国際展示場正門駅以上にコミケ帰りの人達でごった返しており、とてもゆったりと乗れる状態にはなかったんですよね。その人ゴミを見て私はりんかい線に乗る気が失せてしまい、「さてどうしようか」と辺りを見回して見ると、そこにあったのはゆりかもめの有明駅。
 大混雑状態の国際展示場駅のすぐ目の前にあるにもかかわらず、何故かそちらに足を向ける人が少なかったこともあり、予定を変更して有明駅の方へ行ってみると、新橋方面行きの列車はゆったり着席できるほどのガラガラ状態。「何でこっちを誰も利用しないのだろう?」「ゆりかもめよりもりんかい線の方が使えないのでは?」と改めて疑問に駆られつつ、そのままホテルまで帰りの途に。
 ちなみに、今回泊まったホテルは、去年・一昨年に泊まったのと同じホテルだったりします。ネット環境が充実しているのと、新橋駅の直近にあって交通アクセスが便利な場所にあることから、3年連続で同じホテルを取っているわけですね。

2010年8月14日(土)

10:30 ホテル出発

11:30~12:30 新幹線で軽井沢へ

12:30~16:30 軽井沢探索

16:30~17:30 新幹線で東京に帰還

17:45 ホテル戻り

 2日目はあえて東京を離れ、軽井沢の探索へ。
 何故軽井沢かと言うと、まず私個人の事情があって、前回と前々回のオフ会旅行で、東京中心部の主要な観光名所はあらかた回ってしまった感があったからなんですよね。そうなると、東京内の同じところを回っても仕方がないわけで、もっと遠方に足を伸ばしてみようと考えたのがまずひとつ。
 それで最初は、南の神奈川か東の千葉の名所でも回ってみようかと検討していました。しかし、せっかく「タナウツオフ会」と銘打っているのですし、何か田中芳樹絡みの探索でもできないかと考えてみたところ、この時期の田中芳樹がちょうど軽井沢に避暑に行っていることを思い出し、「ならば軽井沢に行ってみるか」と決断するに至ったわけです。

 当日は新橋駅から東京駅へ向かい、そこで長野新幹線あさま519号に乗り込み、一路軽井沢へ。
 1時間かけて軽井沢駅に到着後、駅の目の前にあった地産サイクルというレンタル自転車ショップで自転車を借り、それを足にまずは旧軽井沢方面へ。
 何でも「らいとすたっふ」社長氏のブログ記事によれば、田中芳樹および「らいとすたっふ」の面々は旧軽井沢を拠点にしているのだとか↓

ttp://a-hiro.cocolog-nifty.com/diary/2004/09/post_22.html
<やはり旧軽井沢に拠点がある身としては、線路をまたいで反対側までは、なかなか行かないものだ。>

 そうなると、やはり私としては旧軽井沢をメインターゲットにするしかないわけで(苦笑)。そんなわけで、最初の目的地を旧軽井沢の軽井沢商店街に設定。
 お盆休み&土曜日ということもあってか、私のように他所から来た観光客らしき人が多かったのですが、その観光客達のメインターゲットも私と同じ場所にあったようで、目的地となった旧軽井沢の軽井沢商店街は道が人で溢れ返っている状態。ここではさすがに自転車にサイクリングを楽しむどころではなく、自転車を押して歩くことに。
 観光客を見ていて気づいたのは、犬、特に小型犬同伴の家族連れをよく見かけたこと。何でも軽井沢という町は「ペット同伴ができるリゾート地」として売り出しているのだそうで、レストランでもペット同伴の店があるのだとか。私もそうなのですが、ペット好きにはこれ以上ない理想的な観光地と言えそうですね。
 軽井沢を自転車で走っていて印象に残ったのは、やはり何といっても深い森の中に建っている別荘に少なからず遭遇したことでしょうか。特に県道133号線を外れて脇道に入ると、昼でもあまり光が届かない森林の中に複数の別荘が距離を置いて佇んでいる光景を何回も見ることになりました。中にはどう見ても朽ち果てていて「廃屋じゃないのか、これ?」「肝試しには最適なスポットなのでは?」的な雰囲気が漂う建物もありましたが(苦笑)。
 駅周辺には別荘関係の不動産屋をいくつも見かけましたし、またキリスト教系の教会や異国情緒溢れる建物もあり、外国人の避暑地として成り立ってきた軽井沢の歴史が偲ばれましたね。

 当日の軽井沢の天気が曇りだったというのもあったのでしょうが、確かに避暑地の名の通り、東京ほどには蒸し暑さを感じませんでしたね。田中芳樹が夏の間軽井沢に執着し、東京に戻るのを嫌がるというのもなるほどという感じです。
 現地に行ってみなければ分からない、というのはやはりあるものですね。

 帰りは長野新幹線あさま536号に乗り東京へ。
 東京に戻った後は、東京湾で花火大会が行われるとの情報を聞いていたので見に行こうかと漠然とながら考えていたのですが、ゆりかもめ新宿駅が桁外れなまでに大混雑な惨状を呈していたため断念。そのままホテルに戻りました。
 ホテルの中まで響いてくる花火の音を聞きながら、結局その日はそれ以降どこにも行くことなく、実質的な最終日となる翌日のために英気を養うこととなりました。

2010年8月15日(日)

 7:30 ホテル出発

 8:00~10:30 現地で入場待ち

10:30~13:00 同人誌購入・コミケ内探索

13:30~16:30 一旦ホテルに戻って小休止後、新宿駅スタジオアルタ前へ

17:00~19:00 喫茶ルノアール・マイスペース 新宿区役所横店で唐沢俊一検証イベント

19:00~21:00 アボッチ・チョイス新宿店で二次会

21:00~22:30 喫茶ルノアールで三次会

22:45~23:30 yonoco氏と「Answer×Answer Live!」で対戦

 0:30 ホテル戻り

 1日目と2日目の東京の天気は曇天だったので、3日目も曇りなのではないかと考えていたら、コミケに本格参加する3日目に限って何故か快晴。冬ならともかく、この猛暑の中で快晴というのは、コミケの待ち時間を灼熱地獄の中で過ごさなければならないことを意味していたので、雨は論外にしてもできれば曇り空の方が良かったのですけどね(T_T)。
 朝起床してホテルの窓から外を眺めながらそんなことを考えていた私は、熱中症対策として飲料水と氷を購入した後、ゆりかもめ新橋駅より東京ビッグサイトへ向かいました。
 案の定、30度をはるかに超している暑さの中で待つこと2時間半、10時半頃に東京ビッグサイト内へ入ることに。
 まず最初に向かったサークルは、東5ホール「へ」15aに位置する「安達屋」。
 ただ、わざわざ自分からタナウツのことを持ち出して自己紹介した前回と異なり、今回は特に何も話すことなく淡々と「とある作家秘書の日常 2010年夏号」を2冊買っただけなんですよね。これといった問いかけの内容が特に浮かばなかったというのもありますし、今回は私の方も面が割れているわけですから、さすがに向こうも警戒して「何でもかんでも官僚答弁」的な対応に終始するだろうと予測してもいましたので。結局、無難な対応で終わったといったところですね。
 この対応が正しかったのか間違っているのか、今振り返っても判断に迷うところではあるのですが。
 同人冊子の内容は、1999年の体調不良以降、田中芳樹が医者からアルコールを止められていることと、それまで「絶対に駄目」一辺倒だった電子書籍に消極的ながら賛同し始めたということ以外は特に目新しい情報はありませんでしたね。あとは「髑髏城の花嫁」が晩秋に執筆完了予定とのことでしたが、結局「タイタニア」を含めた他作品は来年繰り越しになっている上、それさえも「あの」田中芳樹のことですから「予定通り遅れています」的なタワゴトを吹聴しないとは限らないのですからねぇ(爆)。

 次に向かったのは、東2ホール「O」39aのサークル「西理研」。
 「西理研」に向かう途中、東2ホール「O」46aのサークル「NO&TENKI商会」の前を通りかかったのですが、いましたねぇ、写真でしか見たことがなかった唐沢帽をかぶった唐沢俊一本人が。
 「心臓が常人の7分の1しか動いていないのに、この猛暑の中のコミケで売り子をやっているなんてずいぶん健康そうじゃないか」「何故検証本贈呈を拒否しやがったんだ、このチキン野郎が!」などと内心でツッコんだり罵ったりしながら表面的には何食わぬ顔でサークルの前を通り過ぎ、ついでに真向かいにあった唐沢なをきのサークルを確認して「西理研」に向かうと、そこには同じ唐沢帽をかぶり、黒いスーツのコスプレ姿で固めているkensyouhan氏の姿が。
 今回の「西理研」では、やはり脅迫メールを警戒していたためか、それとも他の用事で都合がつかなかったのか、前々回のコミケでは「クローソー&ラキシス&アトロポス」、前回は「マチュア&バイス」と呼ばれていた美人三姉妹の姿はなく、代わりにいたのが、八百屋の叩き売りのような威勢の良い声を張り上げて売り子をやっていた猫遊軒猫八氏。
 「お久しぶりです」とkensyouhan氏に挨拶しながら検証本の新刊を購入。

 新刊購入後、一旦その場を離れて今度は東2ホール「N」17aのサークル「革萌同現地闘争本部」を訪問。
 去年の冬コミと同じように主催の八木あつし氏に挨拶し、「安達屋」の同人冊子と「革萌同現地闘争本部」の同人本を物々交換。
 5分ほど会話を交わして「革萌同現地闘争本部」から離れた後は、山本弘および「と学会」のサークルを偵察したり、東ホール内の他のサークルを色々と見て回ったりしたのですが、「と学会」の連中に挨拶する予定など最初からありませんでしたし、他のサークルの同人本やグッズにも今ひとつ食指が伸びなかったというのが正直なところ。
 あまりコミケが楽しめない状況にあった私は、「唐沢俊一検証blog」でkensyouhan氏がどうやって唐沢俊一の新刊を買うべきか悩んでいたことを思い出し、「ならば私が代わりに買いに行きましょうか?」と「西理研」に直談判してみることに。
 再び「西理研」を訪ねてみると、相変わらず八百屋の掛け声で売り子をやっていた猫遊軒猫八氏の隣に青い服を着た男性がひとり増えていました。後で行われた唐沢俊一検証イベントで知ったのですけど、この人は「唐沢俊一さん盗作問題ウォッチャー」の管理人である古賀氏で、「西理研」の売り子の手伝いに来ていたとのこと。私も売り子の手伝いを予めメールで申し出ておけば良かったかな~、と今となっては思わずにいられませんね。
 ちなみに直談判の内容については、kensyouhan氏の方ですでに手を打ってあるとのことで丁重に謝絶されました(T_T)。まあ、私が考える程度のことをkensyouhan氏が考えないわけもなかったのですが。
 その後もしばらく東ホール内をウロウロしていたのですが、やっぱり今ひとつ楽しめなかった上に暑さにも辟易していた私は、予定よりも早くコミケ会場から離脱することに。
 コミケ自体ももう少し楽しみたくはあったのですけどね(T_T)。

 一旦ホテルに戻って小休止後、新橋駅から山手線に乗り、唐沢俊一検証イベントの待ち合わせ場所である新宿駅のスタジオアルタ前へ。
 待ち合わせ場所および集合の目印は一応聞いてはいたのですけど、スタジオアルタ前というのは意外と範囲が広い上に人がごった返していたため、「どこら辺にいるのだろうか?」と目印を探し当てるのに少々手間取ることに。
 ようやく目印を発見すると、そこにはコミケで売られていた青い検証本「唐沢俊一検証本VOL.3」を手に持った猫遊軒猫八氏の姿が。早速HNを名乗って挨拶し、他の方が集まるのを待って、検証イベントの会場である「喫茶ルノアール・マイスペース 新宿区役所横店」の貸会議室へ。
 唐沢俊一検証イベントの参加人数は、会場で合流したkensyouhan氏、猫遊軒猫八氏、古賀氏、私を含めて総勢11名。私が九州・熊本から、参加者のひとりで私とmixiマイミク&Twitter相互フォロー提携の関係を結んでいるyonoco氏が北海道からそれぞれ上京していたため、文字通り「北は北海道、南は九州から」参加者が集まっていたことになります。
 唐沢俊一検証イベントでは、検証イベントへの出演依頼を巡る猫遊軒猫八氏と唐沢俊一との間で行われたメールのやり取りの紹介からはじまり、参加者各自が唐沢俊一絡みの持ちネタを披露するという形式で進行していきました。
 ちなみに私が検証イベントで披露したネタはこれを元にしたもの↓

ttp://www.tanautsu.net/blog/archives/weblog-entry-3.html

 私自身は唐沢俊一本人にも検証にも特にこれといった関わりがあったわけではなかったので、どのようなネタを持ってくれば良いかと正直かなり苦慮したのですが、まあとりあえずは無難にこなすことができたようで何よりでした。
 他にも、2009年中の唐沢俊一関連ニュースを振り返ったり、表に出てこない業界内における唐沢俊一ネタが披露されたりするなどして大いに盛り上がり、あっという間に予定時間を超過し検証イベントは無事終了。来年の夏コミに第二回を開催することが決まってその場はお開きとなりました。
 事前に唐沢俊一検証イベント終了後は速やかに撤収すると宣言していたkensyouhan氏ともう一人の方はその場で撤収したのですが、残り9名は「唐沢俊一がしばしば訪れる店」と言われているアボッチ・チョイス新宿店で二次会をやることに。ここでもやはり、唐沢俊一関連の話で盛り上がりを見せました。
 二次会終了の後もさらに三次会が行われ、今度は6名で検証イベントが行われた喫茶ルノアールでさらに会話が弾むことに。
 そして、二次会と三次会の会話で、猫遊軒猫八氏が田中芳樹のファンであったことが判明。詳細は以下のURL先の記事でも公開されているのですが↓

ttp://www.led-zeppelin.jp/neko8/Belgrade-broadcast/entries/2010/8/17_entry_1.html

 確かに以前、mixiやTwitterで唐沢俊一検証関係の人達にマイミク申請やフォロー申請を行った際、猫遊軒猫八氏だけ反応がなかったので不思議に思ったことがあったのですけど、私ってそんな怖いイメージで見られていたのかと少々驚いた次第です。
 思想や考え方といったものと異なり、本当の性格や人柄というのは、文章ではなかなか忖度できないものなんですよね。小説中で愚かな社会評論を書き殴っている田中芳樹も、3年前のサイン会で実際に会ってみたら人の良さそうな外見と雰囲気を纏っていましたし。
 ちなみに検証イベント終了後、猫遊軒猫八氏とはmixiマイミク&Twitter相互フォロー提携を結んでおります。

 三次会も終わると、すでに時間が遅かったこともあって名残惜しみつつも解散。
 解散後、唐沢俊一検証イベントに参加していたyonoco氏がゲーセンで遊んでいくというので、せっかくだからと私も一緒に付き合うことに。
 実は私とyonoco氏は、セガが発売元であるネットワーク対戦クイズゲーム「Answer×Answer」シリーズのプレイヤーという共通の趣味があって、Twitter上でも少しばかりの意見交換を行っている間柄。その縁から、今回の同行と相成ったわけです。
 ここ最近プレイしていない間にいつのまにかバージョンアップしていた「Answer×Answer Live!」で、私にとっては初めてとなる店内対戦も行われ、接戦を繰り広げつつ、結果は1勝2敗で私の負け。
 店内対戦後はいよいよ終電が気になったこともあり、2人で新橋駅まで乗り合わせ、そこで別れてホテルへの帰途に着きました。

 以上が、今回の第4回タナウツオフ会のレポートとなります。
 今回もタナウツ関係で人が集まらなかったり、検証本贈呈が中止となってしまったりと色々なアクシデントがありましたが、まあ結果良ければ全て良し、といったところですかね。何か回を重ねるにしたがって「田中芳樹に纏わる聖地巡礼旅行」的な側面が強くなっているような気もしますが(^^;;)。
 今回のオフ会旅行でお会いした方々全てに、この場を借りて感謝と御礼を申し上げますと共に、唐沢俊一検証の更なるネタの発掘を祈念して、今回のレポートを終了したいと思います。

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board4 - No.8509

Re:あの人は今? 田中芳樹のゴシップ話

投稿者:神崎 智徳
2010年08月22日(日) 13時01分

惡趣味と言ふか、下劣な書込ですね。
「田中芳樹を撃つ! | タナウツネット」は田中芳樹の作品について批評してゐるウェブサイトと思ひつゝ讀進んでゐたので、斯樣な書込を管理人がされてゐるとは意外でした。

田中芳樹の作品と田中芳樹の奥さんの存在とに直接的な因果關係はありますまい。成程、奥さんがゐなくなることで作家の精神に影響を及ぼして、作品の質が低下することも考へられます。ですがこれは證明することができません。また、假に「妻がゐなくなつたことで、駄作しかできなかつた。」と田中芳樹が言つたとしても、駄作が駄作であることは表現されたものでしか判斷できないのです。

田中芳樹が作家と云ふ「公人」である以上、私生活が取沙汰されることはやむを得ないことなのでせう。けれども過去の發言・記事等から憶測により田中芳樹の個人的なことを書立てるのは、やはりあまりいゝ趣味とは言へますまい。尤もだからこそ「ゴシップ」なのでせうが。

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