4代目掲示板過去ログ

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加

投稿ログ60 (No.1138 - No.1150)

親記事No.1121スレッドの返信投稿
board4 - No.1138

Re:毎度のゴミ

投稿者:クロイツェル
2001年11月17日(土) 01時41分

> > クローンだの記憶も含めた肉体再生技術が存在した日には、「銀河英雄伝説」ワールドにおける「死」の重みがゼロになってしまいますなぁ。個人的には却下。
>
> 死体が新鮮な内に回収されなければ記憶は戻らないということでどうでしょうか。戦死したら普通回収はできませんね。記憶のバックアップは不可ということで…

 それ以前に、クローンだって育つのに普通の人間と同じ時間がかかる、という事実があるのですが…。記憶移植についても、脳内シナプスを自由に構成するのはほとんど不可能ですから、できるとすれば記憶を電子情報化して、それを対象に移植した脳内メモリにインストールする方法しか無いでしょう。しかも、この方法で人格まで移植できるかどうかは、かなり怪しいです。

 と、いう訳で、「クローン人間に記憶移植で不死」というのはむちゃくちゃに技術が進まないと出来そうもありません。背景情報を見る限り、銀英伝世界程度では不可能でしょう。それこそ、FFS世界並まで行かないと、無理でしょうね。

 結論。技術力不足により、銀英伝世界の死の重みは覆されません(笑)。

board4 - No.1139

教えていただきたいのですが

投稿者:駆け出し
2001年11月17日(土) 06時04分

駆け出しでございます。

銀英伝のなかにワープが何度も出てまいります。ワープにおいては、相対性理論によるいわゆる「ウラシマ効果」は発生しないものなのでしょうか?
発生しないとしたら、それは何故ですか?

もし発生するとしたら、そもそも銀英伝の物語が成立しないと思うのですが。ラインハルトがオーディンを発って、ハイネセンを占領し、帝都に帰ってきたら、ヒルデガルドがおばあさんになっていたでは・・・。

不勉強をさらしますが、どなたか科学にくわしいかたがいらっしゃったら、中学生を相手にすると思って教えていただけませんか?

親記事No.1139スレッドの返信投稿
board4 - No.1140

Re:教えていただきたいのですが

投稿者:S.K
2001年11月17日(土) 12時29分

> 銀英伝のなかにワープが何度も出てまいります。ワープにおいては、相対性理論によるいわゆる「ウラシマ効果」は発生しないものなのでしょうか?
 駈け出しさん、失礼します。
 まあ軽いSF、スペオペ読者の聞きかじりで宜しければワープで「ウラシマ効果」は発生しない事になります。
> 発生しないとしたら、それは何故ですか?
 一応一般的なワープ航法は亜空間や異次元などを強引に通過する事による瞬間移動であるため「宇宙外の事」として相対性理論が適用されない事になります。
 惑星からワープ可能地点までは通常の精々亜高速が出れば御の字な速度で航行している(注:あらかたのワープが出てくるSFやスペオペの一般論で実際「銀英伝」での通常空間の宇宙船の巡航速度は申し訳ありませんが確たる所は確認しておりません)ので感覚的には現代の外洋廻りの船舶が出港して帰港するまで位の感覚になっている筈です。
>
> ラインハルトがオーディンを発って、ハイネセンを占領し、帝都に帰ってきたら、ヒルデガルドがおばあさんになっていたでは・・・。
>
 そんな事で「やあフロイライン半年ぶりだな」程度で済むのではないでしょうか。
 ただ我らが皇帝陛下の事ですから80歳のヒルダをみても「やあフロイライン相変わらず元気そうで何よりだ」で済ませそうな気も一寸しますが。
 あとこれは関係ないと言えば関係ない話なのですが、「銀英伝」において一部例外を除く主要有人惑星の殆どの公転周期と季節が一律なのは作品演出上の「仕込み」であるとは田中氏自らが何かで述懐していた憶えがあります。

 荒い解説で恐縮ですが一先ず私からはこんな所で。

親記事No.1116スレッドの返信投稿
board4 - No.1141

Re:では反論しますか。

投稿者:ヨウ
2001年11月17日(土) 15時37分

今言えるところだけ言っておきます。

>  すいませんが、ヨウさんは田中芳樹のあの放言「現代日本の富は文化を育まなかった」の意味を意図的に歪曲して解釈しているのではありませんか? 田中芳樹は現代日本が文化を育まなかったと言っているのではなく現代日本の「富」が文化を育まなかったと言っているわけです。

 田中芳樹は現代日本が文化を育まなかったと言っているのではなく現代日本の「富」が文化を育まなかったと言っているわけです。

>田中芳樹は「日本のパトロンは文化を育まなかった」でも「日本政府は文化を積極的に育成しなかった」でもなく、日本のアニメ製作会社やマンガ製作者、それにそれらを楽しんでいるはずの一般消費者が持つ「現代日本の富」の全てが「文化を育まなかった」と言っているのです。つまり、田中芳樹が罵倒しているその対象は、日本の資産家でも日本政府でもなく、「現代日本の富」を所有している全ての日本人なのであって、実はあなたも私も「文化を育んでいない」などと田中芳樹から罵倒されているわけですよ。

 言っていません。どこに明記されていますか?根拠を述べてください。この場合の「富」が芸術作品を買いあさっていた・・・等の人々に向けられている事は明白です。わざわざ富裕階級を例を出していると言う事は、そう読むのが普通でしょう。まぁ、冒険風ライダーさんにはそう読めるのでしょうから仕方が無いですが。少なくとも自分は一読してそうは読めませんでしたがね。

 あと、「故意に歪曲」とか、使わない方が良いですよ。田中芳樹なみに品性下劣と思われますから。本当にそう読めたのですから。こっちにしてみればそちらが「故意に歪曲」したようにみえて仕方が有りません。普通は「読み間違い」とか使いますがね。

>  それに日本のアニメやマンガは、世界から「日本発祥の文化」として高く評価されていますし、そもそも「オタク」という言葉自体が日本から生まれてきたものなのです。そして件の対談や創竜伝・薬師寺シリーズの評論記述を読む限り、田中芳樹は間違いなくその事実を知っています。だから田中芳樹が「日本のアニメを文化とはみなしていない」などということはまずありえないですし、仮に全てを知っていながら「日本のアニメは文化ではない」などと評価しているとしたら、田中芳樹は自説に都合の悪い部分を隠蔽するとんでもない大ウソつきではありませんか。「醜悪」と呼ぶには充分過ぎる理由であると思いますけど。
>  そもそも単純に考えても、自分の小説作品をアニメ・マンガとメディアミックス化してもらっている田中芳樹が「日本のアニメを文化とはみなしていない」などと考えているとしたら、それは全く別の意味で「醜悪」なのではないかと思うのですけど。
>

 ま、これはそんな事は無いでしょうな。一つの可能性として言ってみただけです。ただ、世の中にはマンガを文化と認める人と「マンガなんか」と認めない人がいるわけで、認めない人を「醜悪」とののしるほど自分は傲慢じゃないですから。ビートルズの時も然り、そういう人間は単に保守的なだけですからね。
>
>
> <再度言いますが、「自国への忠誠と敬愛」を植え付けることは現在の世界の歴史教育の流れですが、これが絶対に正しいということは絶対にありえませんし、田中芳樹はその流れを批判したに過ぎません。別に歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだということがわかっていないわけでもないでしょう。もともとそうだったがこれからはこうあってもいいんじゃないか、ということだと思います。「それが当然なんだからそれに反論するやつはおかしい」という考えはおかしいです。>
>
>  せっかくの反論ですが、そもそも反論の前提条件である「田中芳樹は別に歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだということがわかっていないわけでもないでしょう」という文章自体が致命的なまでに大間違いです。田中芳樹は創竜伝の社会評論の中で、歴史教育が愛国心を育成することを徹底的に異常扱いし、かつ全面的に否定しています。
>  これらがその証拠です↓
>
> 創竜伝4巻 P168上段~P169上段
> <「あんたたちは、この前の戦争でアメリカと戦ったことを、悪かったなんて思ってないんだろ。いつか復讐してやるぞ、と決心してんだろ。だからこそ文部省は、教科書から『日本が戦争をおこして悪かった』というような記述を消すよう強制してるんじゃないのかい」
>  日本国の文部省の初等中等教育局といえば、右翼思想派の巣窟といってよい。特定企業から賄賂を受けとり、責任を妻や秘書に押しつけるような手合が、「日の丸と君が代を神聖なものとしてあつかえ。でないと処罰するぞ」と、学校を脅迫するのである。歴史の教科書に東郷平八郎という海軍軍人を登場させるよう義務づけたのも彼らだ。当時の文部大臣でさえ、その時代錯誤にあきれ、「ひとつの局地戦の司令官で戦争全体は語れない。戦争を開始し、終結したときの日本政府の対応と、その後の社会を教えることで、正しい歴史観が身につく」といって反対した。だが、大臣の反対意見さえ無視して、文部官僚は、復古教育を強引に推進しつつある。「ただ一度戦争に負けたからといって、民族の誇りを失うな。われわれは世界一優秀な民族だ。その自覚をもって祖国に献身せよ」これはアドルフ・ヒットラーという男がもっとも好んだ台詞だった。>

>
> 創竜伝9巻 P134下段~P135上段
> <……九世紀、唐代の中国に仇士良という人物がいた。悪名高い宦官で、皇帝をあやつって権力をほしいままにし、自分に反対する重臣たちに無実の罪を着せて殺し、賄賂をむさぼって巨富をたくわえた。晩年に至ってついに失脚し、財産を没収されたのだが、この宦官が引退するとき、後輩の宦官たちにつぎのような「教訓」を残している。
> 「吾々宦官の権力は、皇帝をあやつることによって得られる。そのためには皇帝を愚かで無知な状態にしておかなければならん。皇帝を愚かにしておくには、本を読ませてはいけない。とくに、けっして歴史を教えてはいかんぞ。過去の歴史を知り、現状に疑問をいだくようになったとき、皇帝は宦官のいうなりにならなくなるのだ」
>  人間を愚かな状態においておくためには、歴史を教えてはいけない。一〇〇〇年以上も往古の宦官の教訓は、現在も生きている。第2次大戦の前後に日本軍が犯した様々な蛮行――南京大虐殺、シンガポールの華僑虐殺、重慶への無差別爆撃、従軍慰安婦強制連行、中国人労働者の強制重労働、沖縄住民のマラリア汚染地連行――などの事実を、文部省が歴史の教科書から抹殺しようとしたのは、仇士良の教訓を実行しようとしたのである。こうして、若い人々に歴史を教えず、無知な状態に置きつづけた結果、サイパン島やシンガポールでどんなことがあったか知らない若い観光客が現地の人々の反感を買うことになる。虐殺を記念する碑の前でVサインをつくって笑いながら記念写真を撮ったりするわけだ。>

>
> 創竜伝9巻 P210下段~P211下段
> <「崑崙にいたとき辰コウで見たけど、そのころはアジアの軍隊は強かったんだね。その後は日露戦争で日本がロシアに勝つまでアジアの軍隊はヨーロッパに勝てなかったんでしょ。本に書いてあった」
> 「とんでもない、その本はまちがいだね」
>  手きびしく始は断定した。
>  一九世紀後半、フランスはベトナムを侵略し、植民地にしようとしていた。ところがこのときベトナムには「黒旗軍」という中国人の傭兵部隊がおり、それがおどろくほど強かった。司令官は劉永福といい、この人物が指揮して、二度にわたってフランス軍を撃滅している。二度ともフランス軍の総司令官が戦死し、部隊は死体の山を遺して敗走した。これが一八七三年から一八八三年にかけてのことで、「近代になって、アジアの軍隊がヨーロッパの軍隊にはじめて勝った」と大評判になった。日本でも明治一六年七月四日の東京日日新聞が、「劉永福とは諸葛孔明と楠木正成をあわせたような戦術の天才だ」という記事を載せて絶賛している。それまで日本は幕末に鹿児島や下関でヨーロッパの軍隊と戦い、一度も勝ったことがなかったので、すなおに劉永福を賞めたたえたのだ。その後フランスはベトナムにさまざまな圧力をかけ、劉永福を追い出させることに成功する。劉永福は不敗のままベトナムを去らねばならなかったが、彼の名声は衰えなかった。
>  ところが一九〇五年に日本は日露戦争でロシア帝国に勝利してしまった。たちまち日本人はのぼせあがり、歴史事実を無視して神話をでっちあげる。
> 「ヨーロッパの軍隊にはじめて勝ったアジアの軍隊は日本軍だ!」
>  小さな日本が大きなロシアに勝っただけでもたいしたことなのだから、事実を事実として誇ればそれでよいのに、それだけでは気がすまないのだ。これから日本の病気がはじまり、「日本はアジアで一番すぐれている。日本以外のアジアはだめだ。アジアは日本のものだ」という妄想がふくらんでいく。日露戦争の開戦の理由として「ロシアに圧迫されている韓国の独立を守る」と世界中に宣言したのに、その六年後には韓国の独立を奪って日本の植民地にしてしまうのだ。
>  そしてそれは長い目で見れば、おとなりの国々を暴力で支配しようという狂気と妄想が、自国の破滅を招く、その第一歩であった。一九二八年にはパリ不戦条約が結ばれ、武力による侵略が国際法において禁じられたのに、南米以外では、ドイツ、イタリア、ソ連、日本の四ヶ国だけがその条約に違反するのだ。したがって、「日本は侵略戦争をやっていない」という主張は、明らかにまちがいである。そもそも自国の領土でもない場所に軍隊を送って占領する事を侵略というのである。>

>
>  これらの記述のどこをどう読めば「田中芳樹は別に歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだということがわかっていないわけでもないでしょう」などという事実が存在するように読めるのでしょうか?

 読めるじゃないですか。そういうもともとのあり方を批判してる文章でしょう?「田中芳樹は、歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだと言う事がわかっていて、そういうあり方を忌み嫌っていた。」て事ですよね。そういう批判自体は悪いものではないはずですが。

>むしろ、これらの評論の論調に従うのであれば、田中芳樹はイギリスのご都合主義的な歴史教育を徹底的に批判しなければならないはずです。

 そこで、アヘン戦争の教科書の段に行くわけですよね。徹底的とは行かないまでも批判してるじゃないですか。

>  もしここで田中芳樹がイギリスの歴史教育に対しても同じような批判を書いていたとでも言うのであれば、内容の無知ぶりはともかく、すくなくともその言動は一貫していたと評することもできるのでしょうが、現実はあの惨状です。

 おや、そういえばあの段で田中芳樹はほとんどしゃべってませんね。あの文章は土屋氏に対する批判ですか?だとすると話は違ってきてますが。一応、アヘン戦争に対するイギリス教科書批判に田中芳樹も賛同したものとして話を進めると今のところ首尾一貫してますが。

それどころか、創竜伝における田中芳樹のイギリス礼賛に至っては、さらに進んで、
> 「大英博物館に諸外国からの掠奪品を大切に保存・展示して一般に無料公開すれば、全ての侵略・掠奪の罪は免罪される」
> だの
> 「新聞が堂々と王室の悪口を書きたてている国は、世界を支配するのが当然である」
> などという主旨の妄言まで吐き散らす始末です。これらの主張は創竜伝における田中芳樹の歴史教育論とは明らかに相反するものではないのですか?

 ・・・これこそ「歪曲」に見えるのですが。ここだけ正確に出典を書いてくれないのも何故なのでしょう。「大英博物館に諸外国からの掠奪品を大切に保存・展示して一般に無料公開することは、他の植民地保有国に比べるとまだましである」「他の帝国主義国家と違い新聞が堂々と王室の悪口を書きたてているような国であるから、世界を支配出来たのであろう」と言う趣旨だったと記憶してるのですが。全然意味が違うかと。

 記憶違いだったら謝ります。

> ≪そんな千差万別の生徒の価値観を全く無視して「全ての生徒は歴史に関心を持つだろうし、持つべきである」などと主張するのは一種の独善であり、個人的嗜好の一方的な押しつけでしかありません。≫
> <そのとおりです。そして、田中芳樹はどこでそんなことを言っていますか?自分にはわからないので教えてください。>
>
>  あの論評の一番最初に言っているではないですか。「『歴史を教科書からだけ学ぼうというのがそもそもとんでもなくずうずうしい』という発想自体が『そもそもとんでもなくずうずうしい』」って。「歴史を教科書からだけ学ぼうというのがそもそもとんでもなくずうずうしい」という主張は、「歴史を学ぶ人達全員が歴史に興味と関心を持ち、歴史教科書以外の本を積極的に読みこんでいく」などという虚構の前提を元にしなければ決して出てこない発言です。
>  しかし現実には、教科書を使った授業だけで歴史教育が終わる人はたくさんいますし、「教科書から学べばもう十分」と考える人も多いのです。そういった人達に対して「歴史を教科書からだけ学ぼうというのがそもそもとんでもなくずうずうしい」などと放言することが適切であると思いますか? むしろ、歴史に関心を持とうとする人達を却って遠ざけてしまうだけの、鼻持ちならないスノッブ的な腐臭すら感じるのですけど。
>

 字面を追えばまぁ、そう読めなくも無いですが。この後の文章に、面白さ云々の段がありましたよね。「歴史の面白さを伝えようとするのに教科書を面白くすればそれでよし」という安易な考えに対しての批判と読んでも読みすぎではないはず。普通に読めば、歴史が好きな生徒には教科書以外のものも読ませるよう指導した方がいい、教科書で終わらせるな、でしょうか。読めないならばまぁ、それも人それぞれ。

>
> <表面的にかどうかは知りませんが、彼らは、「今までの教科書に比べて物語性があって面白い」ということを盛んに主張していますよ。普通に彼らの発言を読めばわかることだと思うのですが。そういえば、「国民の歴史」のキャッチコピーは「歴史とはこんなにも面白いものだったのか」でしたっけ。あれは出版社が考えたんでしょうけど。>
>
>  「つくる会」の教科書が「今までの教科書に比べて物語性があって面白い」というのは、あくまでも「結果論」であって「つくる会の目的」ではありません。というか、これに関しては私は最初の評論でも同じ事を述べていたと思いますけど。
>  「つくる会」が新しい教科書を作る目的は、あくまでも私が引用した「新しい歴史教科書をつくる会・平成9年1月30日設立総会<趣意書>」に書かれている通りのものですよ。何度も言いますが、「つくる会の教科書が面白い」のは結果であって目的ではないのです。結果と目的を混同してはイケマセン。

 だから、そんな事<趣意書>には載せないと思いますが。あんなタテマエまともに信じていたらきりが無いですよ。<趣意書>とやらに「憎き韓国、中国更には国内の半日主義者のバカどもの口を塞がせる為に我らが日本は・・・」なんて書くわけ無いじゃないですか。それに、子供達に分かりやすいように今までとは違う物語性の強い教科書を作った。って本人達が言ってますよ。「結果として面白くなってしまった」?元々単なるドイツ文学者である西尾氏率いる一派がそんな事本気で言っているとは思えませんね。教科書採択のための武器の一つでしょう。それはそれで良いと思うんですけど。

 なんで田中芳樹にはあれほど批判的に見れるのに、「つくる会」にはそんなに寛容なんですかね。不思議です。そんなに非の打ち所の無い団体だとは思えませんが。

> <それと自虐教科書が少年犯罪につながる、との信念をお持ちのようですが何か根拠でもあるのですか?右翼の家には少年犯罪がなく、左翼には多い、とか。正直言って意味がわかりません。この論は一部の論者の間で盛んに言われてますが、根拠はないんですよね。はっきり言って。少年犯罪凶悪化についてはいろいろな原因があるでしょうが、一番説得力をもった意見は「共働きの増加」によるところが一番ではないかと思います。それでも本当のところはわかりませんし、少年による殺人事件の件数自体はむしろ減少傾向にあります。>
>
>  それは「犯罪検挙率」と「殺人以外の犯罪発生率」というものを全く無視した数字上のトリックですよ。同じ種類のトリックには、人件費と物価高が反映されている日本の軍事費を指して「日本は世界第2位の軍事大国だ」などという論法で構成されたタワゴトが存在しますが。
>  実は日本の警察の犯罪検挙率は、平成に入ってから、それまで60%を維持していたものが30%台にまで急落してしまったのです。これだと、実際の犯罪発生率が3~4割増になっても、検挙率も同じくらい下がってしまうわけですから、表面的には検挙数があまり変わっていないというトリックが生まれるわけです。実際の犯罪発生率を調べるためには、平成に入る前までの検挙率が維持された場合を想定したグラフを作成する必要があるのですが、その計算でいくと、10万人当たり3475人もの少年が刑法を犯しているという結果が出てきます。
>  また、1998年に警察が検挙した刑法犯検挙人員は、成人が10万人当たり167.5人なのに対し、少年のそれは何とその10倍の1691.9人にもなるのです。
>  さらに、少年による殺人以外の犯罪、強盗・暴行・傷害・恐喝・脅迫などといった凶悪犯罪の伸び率も深刻で、ここ10年で障害罪を犯した少年の検挙人員率は1.5倍、恐喝罪のそれは2倍以上にまで増加しており、全体の少年検挙人員率は約3倍もの増加となってしまっているのです。
>  これでも、日本の少年犯罪は減少傾向にあると言えるのですか?

 これは書いた直後に気付きました。申し訳ないです。確かにその通りですね。
>
>  それと「自虐教科書が少年犯罪につながる」に関しては、警察の事情聴取に対して「日本は昔、世界に戦争を仕掛けて悪いことをしてきたじゃないか。それに比べれば俺の犯罪なんて小さなものだ」などと居直った少年の話を数多く聞いたことがあるのですよ。他にも色々と根拠はあるのですが、さし当たって一番分かりやすい話はこれですね。

 ただ、問題はこっちですね。数多くって5件ですか?10件ですか?随分分かりにくい例です。

 これも普通に読めば日本の歴史教育のせいではなくってこの少年が小利口だっただけです。「自虐的」歴史教育を受けていなかったらこの少年が犯罪に走らなかったと本気で思ってるのですか?「日本は昔から立派な国だったから俺は真面目に生きよう」と思うとでも?

 さらにアメリカの少年犯罪激化についても触れていませんね。どうお考えですか?

>  あの2人の対談が問題なのは、イギリスの政治・文化事情を元にして日本を批判し、かつ何らかの提言を行うなどというスタンスを取りながら、ただ「おもしろおかしくこき下ろしている『だけ』」で、ロクな事実検証やマトモな提言ひとつ全く行っていないという点にあるのです。本当に日本を批判し、より良い方向を目指したいと思うのであれば、それなりの説得力を持つ事実・比較検証や提言のひとつぐらい用意するのが筋であって、ただ「おもしろおかしくこき下ろしている『だけ』」では全く話になりません。

 お気に召すかどうかは分かりませんが色々言ってますよ。少なくとも「つくる会」はよくないと。溜め込んだ金の使い方は大英博物館の様にするべきだと。それに説得力を感じるかどうかは人それぞれですが。

>  それともまさか「小説だから許される」ならぬ「対談だから許される」と本気で考えてでもいるのでしょうか? それは小説をナメている以上に評論をバカにしているとしか解釈のしようがないのですけど。

 自分の勝手な仮定に基づいて他人を馬鹿にすることを中傷と呼びます。~でしょうか?」までは仮定ですが「それは~、からは中傷ですよね?わかってますか?

>
> <ここで問題なのは、社会党に代わり第二党に成り得る野党が生まれなかったことでしょう。「健全な野党」が存在し得なかったことそのものが重要なのですし、批判の種になるのです。別に社会党に政権をとらせればよかった、なんて趣旨の対談ではないと思います。自民党は派閥争いをしてるのに党を割らなかった、安保で国論がゆれてるときもそういう民意を反映する党が出来なかった。(社会党や共産党はほかの面で反映してませんよね)日本は民度が低い、といわれるのはそれほど的外れでしょうか。個人的にはそう短絡的に考えるべきではないと考えますが反対の意見も愚論だとは思いません。>
>
>  あのですね、旧社会党や共産党というのは今でこそゴミのような弱小勢力にまで落ちぶれて果てていますが、55年体制ができた頃はかなりの勢力を保有していましたし、当時は旧社会党のあまりの強大ぶりに「まもなく自民党と社会党の政権交代が起こるだろう」などという悲観的な予測を立てていた人もいたのですよ。そんな状態で自民党が分裂したら、それこそ旧社会党や共産党の思うがままになっていたのではありませんか? 強大な敵を目の前にして分裂するなど、民意を問う以前の問題です。
>  すくなくとも旧社会党や共産党を背後から動かしていた旧ソ連が滅ぶまでは、旧社会党や共産党などに政権を譲るわけにはいかなかったし、また自民党が内部分裂を起こすわけにもいかなかったのです。また、自民党政権の下で高度経済成長が行われてきたことも、自民党政権が長期化した理由のひとつでもあるでしょう。自分達の生活水準を飛躍的に向上させてくれる政権を国民が支持するのは極めて当然のことです。
>  国民は国内・国外の政治情勢をきちんと考慮した上で「ベストよりベターな選択」を選んで自民党を支持してきたのですよ。それがお分かりになりませんか?

 単なる自分の考えを歴史的事実にしないで下さい。戦前からつながる上層階級に民衆が「お上の考えだから」と無思考無批判に受け入れていた、自民党が農村部に多大な利益誘導をしたため広範な支持を獲得した為、などさまざまな考え方があります。冒険風ライダーさんの仰りようはきわめて楽観的な見方にもとづく一つの考え方に過ぎないのであってそう考えない人を間違っていると断言する事は出来ません。

 本気で国民が理性的な判断をしたため、なんて思いますか?そう思うから言ってるんでしょうが。本当に日本国民の意思が自民党と同じにところにあるのならとっくに自衛隊は無くなってますね。

board4 - No.1142

創竜伝への疑問

投稿者:駆け出し
2001年11月17日(土) 16時32分

駆け出しでございます。

最近、タナウツをの掲示板を拝読していますと、いろいろな疑問がわいてきます。

田中氏は日本が行ったアジア諸国への侵略について、「創竜伝」のなかにおいて舌鋒するどく糾弾していますが、なぜ、沖縄の問題や北海道の先住民族、または国内の同和問題については書かないんでしょうかね?

日本を「ダメ国家」と言うのならば、とくに同和問題を取り上げたほうが効果的かと思うのですが。でも、創竜伝のなかでは、一度も言及されたことがなかったような気がします。

被差別部落出身のキャラクターが出てきて、竜堂兄弟とともに、現代の日本をこきおろしたら、リアリティがあるし、かなり濃いと考えるのは、私だけでしょうか。

外伝でもいいですから、竜堂兄弟が同和地区に住み込み、そこの人々を救うなんて物語も読んでみたいです。

在日韓国・朝鮮人や身体障害者などについても同様ですけど、田中氏の目は国内の弱者には向いていないのでしょうか。

board4 - No.1143

創竜伝への疑問

投稿者:駆け出し
2001年11月17日(土) 16時41分

駆け出しでございます。

最近、タナウツをの掲示板を拝読していますと、いろいろな疑問がわいてきます。

田中氏は日本が行ったアジア諸国への侵略について、「創竜伝」のなかにおいて舌鋒するどく糾弾していますが、なぜ、沖縄の問題や北海道の先住民族、または国内の同和問題については書かないんでしょうかね?

日本を「ダメ国家」と言うのならば、とくに同和問題を取り上げたほうが効果的かと思うのですが。でも、創竜伝のなかでは、一度も言及されたことがなかったような気がします。

被差別部落出身のキャラクターが出てきて、竜堂兄弟とともに、現代の日本をこきおろしたら、リアリティがあるし、かなり濃いと考えるのは、私だけでしょうか。

外伝でもいいですから、竜堂兄弟が同和地区に住み込み、そこの人々を救うなんて物語も読んでみたいです。

在日韓国・朝鮮人や身体障害者などについても同様ですけど、田中氏の目は国内71

親記事No.1116スレッドの返信投稿
board4 - No.1145

Re:では反論しますか。

投稿者:モトラ
2001年11月17日(土) 17時09分

>  単なる自分の考えを歴史的事実にしないで下さい。戦前からつながる上層階級に民衆が「お上の考えだから」と無思考無批判に受け入れていた、自民党が農村部に多大な利益誘導をしたため広範な支持を獲得した為、などさまざまな考え方があります。冒険風ライダーさんの仰りようはきわめて楽観的な見方にもとづく一つの考え方に過ぎないのであってそう考えない人を間違っていると断言する事は出来ません。

>  本気で国民が理性的な判断をしたため、なんて思いますか?そう思うから言ってるんでしょうが。本当に日本国民の意思が自民党と同じにところにあるのならとっくに自衛隊は無くなってますね。

地方の保守支持の有権者をその程度のレベルだと認識されていらっしゃるのだとしたら、えらく馬鹿にされたものですね。正直腹立たしさを覚えます。地方では逆に、上っ面の耳障りの良い言辞に踊らされる、中央の進歩的な有権者を苦々しく思っている人が多いですよ。

親記事No.1121スレッドの返信投稿
board4 - No.1147

Re:クローン人間を登場させなかった理由

投稿者:平松重之
2001年11月17日(土) 17時55分

 あれれ、レスにしたはずなのに別のツリーに…。という訳で投稿し直します。

<1987年8月劇場版「わが征くは星の大海」製作発表資料より>

(前略)この作品を書くにあたって、私は、いくつかのチェックポイントをつくりました。
 一、未来の人類どうしの抗争を、さらに未来から、歴史として振りかえる形式で書くこと。
 二、異星人、キャラクターとしてのロボット、超能力者、サイボー グ、クローン人間などは、いっさい登場させないこと。
 三、絶対善と絶対悪との対立、という形にしないこと。人類の抗争 は、つねに主観的な善どうしの戦いだったから。
 四、ハードウェアよりソフトウェアを重視すること。機械や兵器の性能より、それを動かす人間の個性や能力を描写すること。
 そういったものでした。実際に成功したかどうかはともかく、そう基本的なスタンスをさだめたのです。
(後略)

と言うのが作者としての事情の様です。「異星人、キャラクターとしてのロボット、超能力者、サイボーグ、クローン人間などは、いっさい登場させない」理由については書かれていませんが、クローン人間については、やはりモトラさんのおっしゃった「死の重みがゼロになってしまう」と言うのが物語の展開上の大きな理由なのだと思います。

親記事No.1116スレッドの返信投稿
board4 - No.1148

Re1141:いろいろレス

投稿者:冒険風ライダー
2001年11月18日(日) 06時22分

<言っていません。どこに明記されていますか?根拠を述べてください。この場合の「富」が芸術作品を買いあさっていた・・・等の人々に向けられている事は明白です。わざわざ富裕階級を例を出していると言う事は、そう読むのが普通でしょう。まぁ、冒険風ライダーさんにはそう読めるのでしょうから仕方が無いですが。少なくとも自分は一読してそうは読めませんでしたがね。>

 ああ、なるほど。「現代日本の富」というのを「日本の資産家・企業家の富」と読んだわけですか。ではひとつ問いたいのですが、一般の日本人が日々働いて稼いでいるカネや預貯金などは「現代日本の富」でないとしたら一体何だと言うのですか?
 彼らだって、ヨウさんが解釈している「日本の資産家・企業家」によって経営されている会社なり法人なりで働いて相応の給料を貰っているわけでしょう。「日本の資産家・企業家」とやらが運営している会社なり法人なりがなければ、その下で働いている人達はカネを稼ぐことができなくなり、彼らがアニメ・マンガなどといった大衆文化を支えることもまた不可能となるのです。彼らの生活も「日本の資産家・企業家」が経営している会社なり法人なりによって保護されているのであり、彼らのなけなしの財産もまた「現代日本の富」なのです。
 そもそも歴史的に見ても、文化というものは強固な経済力の裏付けがなければ決して発展はしないものです。日本の資産家や企業家は戦後日本を飛躍的に経済発展させた最大の功労者です。彼らが一般的な日本人の生活水準を向上させ、経済を発展させなければ、田中芳樹が大好きなアニメ「文化」も、世界に知られるほどに発展することなど決してなかったでしょう。
 それを考えれば、大衆文化を支えている日本の一般消費者の生活を高水準で保証している「日本の資産家・企業家」もまた、日本の文化をすくなくとも間接的には育んでいることになりますし、「現代日本の富は文化を育んでいた」と言えるのではありませんか? 何も高級な芸術作品を育成することだけが「文化」ではないのですよ。

<ま、これはそんな事は無いでしょうな。一つの可能性として言ってみただけです。ただ、世の中にはマンガを文化と認める人と「マンガなんか」と認めない人がいるわけで、認めない人を「醜悪」とののしるほど自分は傲慢じゃないですから。ビートルズの時も然り、そういう人間は単に保守的なだけですからね。>

 この際問題なのは「現代日本の富は文化を育んでいない」などとのたまっていながら「日本のアニメを日本の文化として絶賛している」田中芳樹の節操のない態度と無責任について「だけ」であるということがまるで分かっていませんね。いつ私が「『一貫して』日本のアニメを文化と認めていない人」を「醜悪」だと罵ったというのですか? 「醜悪」という言葉がどこにかかっていたのか、最初の評論を普通に読めば理解してもらえたはずだと思うのですけど。

≪これらの記述のどこをどう読めば「田中芳樹は別に歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだということがわかっていないわけでもないでしょう」などという事実が存在するように読めるのでしょうか?≫
<読めるじゃないですか。そういうもともとのあり方を批判してる文章でしょう?「田中芳樹は、歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだと言う事がわかっていて、そういうあり方を忌み嫌っていた。」て事ですよね。そういう批判自体は悪いものではないはずですが。>
<そこで、アヘン戦争の教科書の段に行くわけですよね。徹底的とは行かないまでも批判してるじゃないですか。>
<おや、そういえばあの段で田中芳樹はほとんどしゃべってませんね。あの文章は土屋氏に対する批判ですか?だとすると話は違ってきてますが。一応、アヘン戦争に対するイギリス教科書批判に田中芳樹も賛同したものとして話を進めると今のところ首尾一貫してますが。>

 何ひとつ事実に基づいていない批判なのですけどね(笑)。
 まあそれはさておき、あれだけわざわざ派手に問題文章を引用してあげたのに、全く主張が動かなかったというのは正直言って愕然としました。そういうもともとのあり方を批判してる文章? 歴史教育はもともと愛国心を植え付けるものだと言う事がわかっていて、そういうあり方を忌み嫌っていた? そんなわけないでしょう。もしそうならば、あの対談で土屋守がイギリスの教育制度だの歴史教育だのについて言及した時、なぜ田中芳樹は「無言の沈黙」などを守っていたのですか? 土屋守はイギリスにおける歴史教育の意義を根本的に誤解していたのですから、友人である田中芳樹はそれを是正してあげても良かったのではないのですか? それをしなかったということは、田中芳樹自身もまた土屋守と全く同じ考え方を持っていたと解釈するしかありますまい。
 それから日本とは比べ物にならないほどの愛国心教育を行っている諸外国の歴史教育を、田中芳樹が全く批判しようとしないというのも変です。しかもあれほどまでにありもしない「日本の右傾化歴史教育」とやらを異常扱いしていたことも合わせると、田中芳樹は諸外国における歴史教育の実態を全く知らないのか、さもなければ日本と外国との評価基準で明らかなダブルスタンダードが存在するかの2つぐらいしか原因が考えられないのですよ。ちなみに私は両方だと思いますけどね。
 本当に田中芳樹が「歴史教育の意義」それ自体について批判するのであれば、諸外国の事例を積極的に引用した上で「こういった教育方針は大きな弊害をもたらす。だから日本だけでなく、世界的にもこの教育方針は変革されなければならない」とでも主張しなければ筋が通らないでしょう。なぜありもしない「日本の右傾化歴史教育」だけが「特殊事例」として扱われ、あれほどまでに罵倒されなければならないのですか?

<だから、そんな事<趣意書>には載せないと思いますが。あんなタテマエまともに信じていたらきりが無いですよ。<趣意書>とやらに「憎き韓国、中国更には国内の半日主義者のバカどもの口を塞がせる為に我らが日本は・・・」なんて書くわけ無いじゃないですか。それに、子供達に分かりやすいように今までとは違う物語性の強い教科書を作った。って本人達が言ってますよ。「結果として面白くなってしまった」?元々単なるドイツ文学者である西尾氏率いる一派がそんな事本気で言っているとは思えませんね。教科書採択のための武器の一つでしょう。それはそれで良いと思うんですけど。>

 ならばあなたは「田中芳樹を撃つ!」トップページの緒言およびFAQに書かれている「田中芳樹批判の目的(「ファンの意識に楔を打ち込む」や「存続理由の消滅による自己否定」など)」が所詮は建前に過ぎず、そんなものは全く信用するに値しないと考えてでもいるわけですか? 私を含めた「田中芳樹を撃つ!」の常連や管理人さんも「『田中芳樹を撃つ!』は面白い」と明言することはよくありますし、たまに訪れる新規参入者の方々からも「このサイトは面白い」とお褒めの言葉を述べていただいていることがあります。では「田中芳樹を撃つ!」HPの真の目的は「内容を面白くすること」であり、緒言およびFAQに書かれている「建前」などは、トップページを飾り立てるための「単なる道具」に過ぎず、何ら信頼に値するものなどではないということにでもなるのですか?
 違うでしょう。逆に「内容を面白くすること」の方が「田中芳樹批判の目的」を遂行するための道具であるに過ぎないのです。だから目的のために「結果として」内容が面白くなることはあっても、面白くすること自体は目的ではないし、もし「内容を面白くすること」によって「田中芳樹批判の目的」が却って妨げられるようなことがあるのであれば、目的遂行のための副産物に過ぎない「面白さ」などは捨てられて然るべきなのです。だからこそ管理人さんは「田中芳樹批判の目的が達成されたらHPは閉鎖する」と公言しているわけでしょう。
 「つくる会」の目的もこれと同じでして、「内容を面白くすること」があくまでも「結果」であって「目的」ではないというのはそういうことなのです。政治運動は本来「運動の消滅」を最終目的に据えるものなのであって、それ以外の運動内容など最終目的を遂行するための「単なる道具」であるに過ぎないのです。これだけ言ってもまだお分かりいただけませんか?

<・・・これこそ「歪曲」に見えるのですが。ここだけ正確に出典を書いてくれないのも何故なのでしょう。「大英博物館に諸外国からの掠奪品を大切に保存・展示して一般に無料公開することは、他の植民地保有国に比べるとまだましである」「他の帝国主義国家と違い新聞が堂々と王室の悪口を書きたてているような国であるから、世界を支配出来たのであろう」と言う趣旨だったと記憶してるのですが。全然意味が違うかと。>

 言っておきますけど、私はあなたが調べる手間を省くための「創竜伝関連記述専門の人間辞書」などではありません。タナウツページの中に関連議論があるのですから、自分で調べてみたらいかがですか? 過去に私が創竜伝のイギリス礼賛論を批判した個所といえば、最初の評論でも明言していたように「私の創竜伝考察32」しかないはずなのですけど。
 どうやら、私がせっかく作成した考察シリーズの評論群は何ひとつ読んでいただけなかったようですね(T_T)。イギリス礼賛論批判って一コンテンツとして成立しているから、引用の必要はないと考えてあえて省略したのですけど。

<ただ、問題はこっちですね。数多くって5件ですか?10件ですか?随分分かりにくい例です。
 これも普通に読めば日本の歴史教育のせいではなくってこの少年が小利口だっただけです。「自虐的」歴史教育を受けていなかったらこの少年が犯罪に走らなかったと本気で思ってるのですか?「日本は昔から立派な国だったから俺は真面目に生きよう」と思うとでも?>

 すくなくとも、警察の事情聴取の場であんなふざけた詭弁で居直るということはなかったでしょうね。まあ私が言いたかったことはそんな小さなことではなく、警察の事情聴取という場で、あんな詭弁を使った少年が居直れることがどんなことを意味するのかについてなんですよね。
 あんな詭弁を、罪を犯して捕まった少年が警察の事情聴取という場で使って居直れるという環境は、それ自体が日本の「自虐的」歴史教育がもたらした弊害であり、またこの種の詭弁法が日本の「自虐的」歴史教育を学ぶ多くの少年達に、多かれ少なかれ受け入れられているということを意味するのです。そしてこの考え方によって、歴史教育を受けた子供が「自分達の祖先は人殺しだったのだ」と考え、そんな「恥ずかしい祖先」を持つ自分を恥じ入った挙句、開き直って犯罪に走ったり、そこまでいかなくても自分を取り巻く社会や環境を憎悪し、著しく反社会的・反抗的になる事例も決して少なくはないのです。それが今の学校現場を荒廃させ、少年犯罪を激増させている何よりの原因でしょう。
 私が取り上げた事例は「自虐的歴史教育の弊害」がもたらした一現象であり、象徴でもあるのです。だからこそ私はあの事例を取り上げたのですけど、これでお分かりいただけましたか?

<さらにアメリカの少年犯罪激化についても触れていませんね。どうお考えですか?>

 何であなたが勝手に出してきた話題に私が絶対に応じなければならないと考えられるのでしょうかね? 私が提言した話題とはあまり関係のない枝的に発生した話題にまで、私がいちいち応じなければならない義理も義務もないのですが。
 まあそれだけで終わるのも何ですから一度だけ言及しておきますと、アメリカの少年犯罪は激化どころかむしろ減少傾向にありますよ。1975年頃のアメリカにおける少年犯罪検挙人員数は約80万人前後なのに対して、1996年は60万人前後にまで下がっています。右肩上がりの日本とは大違いですね。
 アメリカの少年犯罪が減少したのは、少年厳罰化がかなりの効果を発揮しているようですが。

≪それともまさか「小説だから許される」ならぬ「対談だから許される」と本気で考えてでもいるのでしょうか? それは小説をナメている以上に評論をバカにしているとしか解釈のしようがないのですけど。≫
<自分の勝手な仮定に基づいて他人を馬鹿にすることを中傷と呼びます。~でしょうか?」までは仮定ですが「それは~、からは中傷ですよね?わかってますか?>

 ↓これ、おたくが書いたのではありませんでしたっけ?

<おもしろおかしくこき下ろしてます。それでいいのでは?議論ではなく、対談ですし。>

 こんなことを言われたものですから、「『小説だから許される』ならぬ『対談だから許される』と本気で考えてでもいるのでしょうか?」と質問した上で、「『対談だから許される』という考え方」が「小説をナメている以上に評論をバカにしているとしか解釈のしようがない『姿勢』」であると私は述べていたのですけど、それで激怒したということは、「対談だから許される」こそがあなたの考え方であると解釈してよろしいのですね?
 ちなみに「対談だから許される」が「小説だから許される」と並べられている意味を、まさか理解できないわけではありますまい。ヨウさんがタナウツの過去ログを一通り閲読しているのであればの話ですが。

<単なる自分の考えを歴史的事実にしないで下さい。戦前からつながる上層階級に民衆が「お上の考えだから」と無思考無批判に受け入れていた、自民党が農村部に多大な利益誘導をしたため広範な支持を獲得した為、などさまざまな考え方があります。冒険風ライダーさんの仰りようはきわめて楽観的な見方にもとづく一つの考え方に過ぎないのであってそう考えない人を間違っていると断言する事は出来ません。
 本気で国民が理性的な判断をしたため、なんて思いますか?そう思うから言ってるんでしょうが。本当に日本国民の意思が自民党と同じにところにあるのならとっくに自衛隊は無くなってますね。>

 はっきり言ってあげましょうか? 国民が賢明で理性的な判断をしたからこそ、自民党の長期政権とその下における奇跡的な高度経済成長は成し遂げられたと私は本気で考えています。政治的結果自体がそれを証明しているでしょう? 何度も言っていますけど、政治責任は結果が全てなのですよ。
 それと「民度」の高低を測る基準としてもうひとつ重要なものがあります。それは「救世主待望思想が国民の間でどれほどまでに信奉されているか」です。救世主待望思想が跳梁跋扈している国民からは、政治に関する批判の声など全く聞こえてきませんし、国民が政治に対して何らかの要求を行うなどということも起こりえません。何しろ、全ての政治責任を救世主に投げ売ってしまっているわけですから、そんなことが起こりえるはずがないのです。
 しかし戦後の日本はどうか? おそらく人類史上かつてなかったほどに「民度」の水準は高いのではありませんか? 誰も救世主の出現を待望してなどいないし、(的外れなものも多いにせよ)政治批判は毎日のように行われ、国民からの政治要望は数え切れないほどに存在します。そして国民から行われる政治批判および政治要望に、とにもかくにも答えることができるのが、現実問題として自民党しかなかったからこそ、国民は自主的な判断と利益に基づいて常に自民党を選択してきたのです。
 国民というものは極めて現実的かつ功利的にものを考える存在です。そんな国民が、現実問題を処理できず、自分達に利益をもたらさない政党など支持するわけがないでしょう。そして私は、そのように考える国民こそが賢明かつ理性的に判断できる国民であると考えています。
 ただ単に「政権交代が行われれば良い」という理想論を唱えるだけで、現実的な観点が全く存在しないあの2人の愚かしい考え方を、すくなくとも私は全く支持する気にはなれませんし、日本の国民の政治参加意識を「日本では政治批判が全く行われていない」などという虚構の前提を元にして誹謗中傷しているという点で「致命的に間違っている」と思いますけどね。

親記事No.1120スレッドの返信投稿
board4 - No.1150

レスです

投稿者:Mills
2001年11月18日(日) 17時20分

駆け出しさんへ
レスありがとうございます。

>私は以前より、ともに衒学的であり、漫画・アニメ好きであり、ヒット作が講談社より発行されているという理由で、田中氏と京極夏彦氏を比較すると面白いのでは、と思っていました。

京極夏彦氏の作品は第一作しか(「うぶめ」って漢字が出ない…。)読んでいないです。田中氏と比較をするために、というわけではなく、もう少し色々読んでみようと思います。一作しか読んでいないけれど、確かに衒学的だとは思いました。

>あと、ほぽ同世代で、中国指向ということで宮城谷正光氏との比較も興味深いです。

うっ、名前も初耳です(T_T)。ここの皆さんのログを読むと、私の小説の嗜好って狭すぎるよな、としみじみ痛感します。もっと本を読もう!私!

>もうひとつ、作品の世界観や執筆態度が、田中氏とは対極にあるという理由で宮部みゆきさんとの比較はいかがですか。

執筆態度が対極にあるというのは、わかる気がします。宮部みゆきさんはコンスタントに大作を送り出していますよね。 でも、世界観というのは? 彼女の作品を読んでいたのは結構昔で、しかもミステリーとして楽しんでいたのでよくわからないです。一方、田中氏の世界観というのは「創竜伝」に集約されるアレなのでしょうか。

あけみさんへ
レスありがとうございます。

>ただ、島田荘司氏の著作は「御手洗潔(ご存じない方のための注「みたらいきよし」と読みます)シリーズ」以外は二、三作品しか私は読んでいませんので、それを先にお断りしておきますね。
>確かに、御手洗潔のメンタリティーは竜堂兄弟の、特に年長組に似ているとは感じました。
>他人を小馬鹿にした言動、特に社会的地位が高い人や有名人に対してする事が多いとか、妙に反骨精神が旺盛なところとか。
>でも私の場合、御手洗潔はまだ許容範囲内に収まってます。
>「占星術殺人事件」や「異邦の騎士」「数字錠」などでの彼は好きですから。

私も島田作品を網羅しているというわけではないです。ノンフィクションや社会評論(そういえば島田氏は都市や車についての社会評論を出版している)、あと光文社文庫で出ている作品は結構見落としている気がします。

御手洗潔については私も文句ないです。御手洗潔の口を借りて天下国家をこき下ろすようなことは、島田氏はしていません。「田中氏との比較」という観点で御手洗シリーズを読み返していたのですが、なんというか、違うのです(我ながら語彙に乏しい…)。島田氏の作品は、「社会評論」の具体例をつまみ出すことが出来ない。社会評論が作品の核になっていて、小説の中にしっかり根を張っている感じ。「僕がこう言いたいから書いちゃうよ」という印象の(要するに行き当たりばったりな)田中氏のそれとはぜんぜん違う。

例えば島田氏の「ら抜き言葉殺人事件」という作品がありますが、この内容はタイトルそのままです。ら抜き言葉についてちまたで賛否両論溢れていた頃に書かれたもので、「ら抜き言葉は是か非か」という問題に対する(おそらくは)作者の見解が作品中に含まれています。さらに、「ら抜き言葉」というキーワードから発展し、何をもって善悪を判断するのかが曖昧な日本人社会を描き出しています。いわゆる「社会派」と呼ばれる作品ですが、この作品から仮に「ら抜き言葉という社会評論キーワード」を取ると、小説としてはまったく成り立たなくなります。(色々引用した方が説明しやすいのですが、推理小説なのでうかつに引用してはマズイのかな…)
島田氏にしても田中氏にしても、その作品を面白いと思うかどうかは(過去ログで色んな方が言われているように)人それぞれだと思います。けれど、例えば島田氏の前述の作品を「小説なのに、無意味な社会評論読まされてうんざりだよ」と言う人はいないでしょう。田中氏が作中に盛り込む社会評論は、「的外れ」以前に「作中で有機的に機能していない」ことによる空々しさが問題だと思います。創竜伝が手元にないのでびしっと指摘は出来ませんが、あの作品中の社会評論はたいてい「脈絡もなく」「登場人物の理屈っぽい思考回路の中で」「大なり小なり独善的に」展開されていませんか?

うーん、自分の思うことを他者にきちんと説明するのって難しいです。知恵熱出ます。
今度からはもっと上手に論じられるように勉強します。

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加