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投稿ログ85 (No.1359 - No.1367)

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board2 - No.1359

Re:ロイエンタールのオーベルシュタインとラングへの認識

投稿者:平松重之
2000年09月06日(水) 05時12分

不沈戦艦さん

> 「ただ単にロイエンタールが自らの個人的感情だけで周囲の状況を顧みず暴発したという理由だけでは「阿呆」と決めつけられてもやむをえないところです。」
>
>  これは冒険風ライダーさんの言う通りです。平松さんの言いようでは、まるでロイエンタールは今どきの「キレル」中学生みたいじゃないですか。突然ナイフを振り回したりするような。「ストレスが溜まってそうなったのだから、理解してあげようよ」と言われても、「しつけと教育がなっていなかったからでしょ。それではタダの阿呆。それこそ戸塚ヨットスクールにでも放り込んで一から叩き直すべき」という以外、正直いって返す言葉がないです。

うーむ、では個人的感情以外の要素について考えてみましょうか。ここでロイエンタールのオーベルシュタインとラングへの認識について少し考えてみましょう。

 ロイエンタールはオーベルシュタインの謀略の能力や行動限界を過大評価していた節があります。
 例えば第八巻(徳間ノベルズ)のP24にフェザーンでの爆弾テロでオーベルシュタインが死ななかった事をミッターマイヤーが皮肉った際に、ロイエンタールはこう答えています。
「単に可能性としての問題として言うのだが、歩く毒薬のオーベルシュタインめが、何らかの魂胆で一件をしくんだのだとしても、おれはおどろかぬ。だとするときっと二幕めがあるぞ」
 また、P168にはヤンが暗殺された事について、
「かの辣腕なる軍務尚書閣下が、遠くフェザーンから目に見えぬ腕を伸ばしてヤン・ウェンリーの心臓にナイフを突き刺したのだとしても、おれは意外には思わぬ。(後略)」
 とも述べています。これは多分に偏見と先入観に満ちた評価でしょうが、ヴェスターラントの虐殺黙認・ラインハルトとキルヒアイスの強固な信頼関係の切り崩し・リヒテンラーデ公の粛清などのオーベルシュタインの冷徹な謀略手腕を知っているロイエンタールが、オーベルシュタインの能力や行動限界を過大に評価したのも無理はなかったかも知れません。この過大評価から、「オーベルシュタインは何をやらかすか分からない」という不信感をロイエンタールは抱いてしまい、「ウルヴァシー事件」の後に皇帝の下に出頭すればオーベルシュタインによって下手をすれば粛清されてしまうかも知れないと必要以上の被害妄想にとらわれてしまったのかも知れません。
 また、一方のラングはロイエンタールを陥れる意思をはっきりと持っていましたし、ロイエンタールもそれを承知していました。オーベルシュタインにはかつてロイエンタールを私怨から陥れようとしているラングの活動を黙認していたと言う前科があります。

 第七巻P210

 ロイエンタールの「叛意」を単なる噂から皇帝自身の審問を生むまでに育てあげたのはハイドリッヒ・ラングである。彼がゆがんだ喜びをもって、無責任な噂に多量の水と肥料をあたえるありさまを、オーベルシュタインは無言のうちに見まもっていた。奨励もしなかったが制止もせず、不肖の弟子の演技をながめているようであった。(後略)

 ロイエンタールはこの時ラングの活動をオーベルシュタインが協力とまでいかなくとも黙認はしていた事を察知していたのではないでしょうか?第九巻のP99には「ミッターマイヤーはラングの実行力や組織力を低く評価していた」とありますので、おそらくはロイエンタールもミッターマイヤーと同じ評価をラングに対して抱いていたでしょうから、「ラングの自分を陥れようとする策略をオーベルシュタインは少なくとも黙認している」という結論をロイエンタールは導き出せたのでは?「ウルヴァシー事件」に端を発する一連の事件の背後にもラングがいる事をロイエンタールは確信していましたし、となればそれはオーベルシュタインが黙認しているという事になり、仮にロイエンタールがラインハルトのもとに出頭すればラングはオーベルシュタインの掣肘を受ける事なく謀略を行使する事が出来るのではないか、とロイエンタールは考えるのでは?そう考えれば最悪の場合(可能性は低いですが)ラインハルトの命令で「よりによって」ラングの手で処刑される可能性すらあり、そうはならなくともボルテックのように獄中で「変死」してしまう可能性は大きいと考えるでしょう。その様な最後を遂げるのはロイエンタールにとって耐えられるものではなく、それこそ「まだ戦って死ぬ方がマシとロイエンタールは考えたのだ」という論理が成り立つのではないでしょうか。

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いまさらながら

投稿者:Merkatz
2000年09月06日(水) 11時20分

「田中芳樹」のブランド力には舌を巻きました。
少し前、私の街の紀伊国屋書店・週間ベストセラーズで創竜伝12巻は第1位でした。
普通、これだけ間が空けば、飽きられたりして売れなくなるのが筋というものでしょう。
しかし田中芳樹はたまに書いてあっさりナンバーワンの売り上げを叩き出すんですね。
だから反省とは無縁でいられるのでしょうか。
ついでに海何とかってやつもランクインしていました。

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board2 - No.1361

忙しいのでちょっとだけですが

投稿者:本ページ管理人
2000年09月06日(水) 15時58分

「小川の水が流れる音は、さらさらと表現せねぱならない。それ以外の表現は絶対に詐さない。この詩をのせるなら、この教科書は検定で不合格にする」
これは文部省の公式見解そのものではないですよ。
田中芳樹の思想フィルターを通して悪意に翻訳された表現で、早い話が曲解です。
>しかし全国の教育者の範となるべき文部省は、『それは嘘だ、そう聞こえるはずがない』と言ったのです

とりあえず他の反論や矛盾の指摘はおいておきますが、ここについてどう思われますか?

それから現在少々忙しいもので、本格的なレスや応答が遅れることと思います。
申し訳ありませんがご了承下さい。

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board2 - No.1362

Re: 面白そうなのでちょっと書き込み

投稿者:モトラ
2000年09月07日(木) 05時54分

ここへの、私の初カキコとダブりますが。
私が小学校3、4年くらいの頃に使用していた教科書(「小学新国語」/光村図書)には「ケルルン・クック」なる妙な言葉を使用した詩が掲載されていました。

(題は記憶になし)
ほっ うれしいな
ほっ まぶしいな
ケルルン・クック
…(以下記憶になし)

それが何を意味するのか、どうにも理解できませんでしたが、実はカエルの鳴き声を表現したもので「詩とは、自分の感性で自由に表現していいのだ」という趣旨のことを授業で教わりました。他ならぬ文部省の検定をパスした教科書から。

というわけで、田中芳樹の「ぴるる」話は、私には信用できません。

ついでに、「自由な表現」は、凡人には無用のものだと思っております。才能ある方々が、我々凡人を楽しませるために必要なものであり、私が実践してみたところで「うわ、寒ぅ」な反応がオチでしょう。教育の場で、「自由な表現」の可能性を教えるのは有意義ですが、そこから先は、クリエイターたらんとする各個人が己の感性を磨いて、より多くの人々を納得させるだけの力量を身につけることが必要です。たいがいの場合は、「ケルルン・クック」の後、しばらくの間面白がってあれこれ騒いだ挙句、親に「いいかげんにしなさい!」と叱られて終わりですけどね。きちんとした才能はどんなに押さえつけてもとめどなく噴出するものですから、周囲がその芽を伸ばすべく、手を差し伸べる必要なんかないでしょう。

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board2 - No.1363

Re: いまさらながら

投稿者:モトラ
2000年09月07日(木) 11時54分

さっき本屋に行ったら、「銀河英雄伝説」の新装版文庫が出ていました。しかも、第1巻「黎明篇」を上下2冊に分けて発行するという…
ふざけるな。帯に「ビジュアル世代に向けて云々」とありましたが、案の定、口絵イラストを大量に挿入して、ページ数を水増しした格好。
ファンタジアやスニーカーの手法ですな。

「創竜伝」12巻に合わせて、新たに若い読者を獲得を狙った…というところでしょうか。これもすぐに、ベストセラーでしょう。

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board2 - No.1364

トーハン調べ

投稿者:ビュコック
2000年09月07日(木) 14時46分

Merkatzさんは書きました
> 「田中芳樹」のブランド力には舌を巻きました。
> 少し前、私の街の紀伊国屋書店・週間ベストセラーズで創竜伝12巻は第1位でした。

トーハン調べでも総合(小説ではない)で1位でした。
これでまた田中芳樹の勘違いが悪化してゆく・・・・・・

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board2 - No.1365

Re1358:白旗(T_T)/~~

投稿者:冒険風ライダー
2000年09月07日(木) 15時31分

 う~ん、難しい(T_T)。さすがにこれ以上の擁護は私では無理ですね。ヤンやラインハルトと違ってロイエンタールの叛乱に関してはそれほどの矛盾は感じていなかったので「充分に擁護論が展開できる」と考えていたのですけど、ちょっと甘かったようです。ロイエンタールの叛乱擁護に関してはほぼお手上げ状態です(T_T)。
 まあ本題とはあまり関係ないのですが、私から発信した責任上、影武者と宇宙の地形に関してだけは一応述べておきましょうか。

<それと、「オーベルシュタインが皇帝の偽物を使うかも知れないと、ロイエンタールが邪推した」ってのも、根拠は全くない、冒険風ライダーさんの想像だけの話ですよね。オーベルシュタインがその手の謀略を行ったって実例が、銀英伝の中にありましたっけ?記憶にないんですが。「ロイエンタールの叛乱を肯定的に説明する為、無理な話を創作している」ようにしか思えないんですが、どう思います?>

 正確に言えば、銀英伝で影武者に言及されていた個所はあったので(銀英伝6巻 P42)、ラインハルトの単独行をおそらく苦々しく思っていたであろうオーベルシュタインならば、あるいは「味方を騙すための一度きりの切り札」として使うかもしれないとロイエンタールが考えられるかな、と思った次第です。
 まあ、かなりの無理があった事は残念ながら否定しようがないのですが。

<マル・アデッタの件は、出してくるだろうと思ってましたよ。それに対しては「特殊例を一般化してはイケマセン」がお返事ですね。戦略的にも意味がない星系である、ってのは本編でも書かれていたと思いましたが、そうですよね。あの戦いは、ビュコックの命を掛けた挑戦に、ラインハルトが応じただけなんですから。「武人の意地」以外、特に戦う理由はなかったのですし。それに、そんなに「地形」を利用できる星系って、ありましたっけ?他に。ブラックホールをヤンが利用した戦いはあったとは思いましたけど、それ以外はちょっとねぇ・・・・・
 また、「待ち伏せ」に関しては、前方に警戒用の艦艇を配置していない艦隊があると思います?敵の領内で。通信途絶になっただけでも、本隊に警報を発する事ができる訳です。先ず「待ち伏せ」は難しいのではないかと思いますけどね。艦隊を隠す場所でもない限り。宇宙の話ですよ、これは。草むらは建物の中に潜んでいる訳ではなく。>

 銀英伝世界だと、意外に「宇宙の地形」というのは変化に富んでいるのではないでしょうか。「宇宙の地形」を形作るものとしては

1. サルガッソ・スペース
2. 宇宙気流
3. 隕石・小惑星群
4. ガス状の惑星
5. ブラックホール

 こういったものが挙げられます。「1」は言うまでもなくイゼルローン・フェザーン回廊の事で、「2」はランテマリオ星系にあり、「3」はカストロプ動乱で使われています(キルヒアイスが艦隊を隠して敵をやりすごし、背後から攻撃を仕掛けた)。「4」は銀英伝外伝1巻の惑星レグニツァで、「5」は銀英伝5巻でヤンが利用したアレです。そしてこれらによって構成されている星系の中でも特に「地形の起伏」が激しいのがマル・アデッタであり、またかつて同盟軍が帝国軍に圧勝したダゴン星系などであるわけです。
 それに銀英伝世界では「レーダー」というものがあまり役に立ちませんからね。あえて妨害電波などを発したりしなければ、意外と「待ち伏せ」は容易なように思えるのですが。上で挙げたカストロプ動乱の例もありますしね。
 まあこちらも情報・通信システムに問題がある以上、単発的なゲリラ戦に使えるぐらいの意味しかないのですけど。

PS.
 それにしても銀英伝の作品設定の擁護はホントに難しいものです。自分も批判していてアレですけどね(^^;;)。

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board2 - No.1366

Re:同一視はできません

投稿者:不沈戦艦
2000年09月07日(木) 16時05分

平松重之さんは書きました
>
> うーむ、では個人的感情以外の要素について考えてみましょうか。ここでロイエンタールのオーベルシュタインとラングへの認識について少し考えてみましょう。
>
>  ロイエンタールはオーベルシュタインの謀略の能力や行動限界を過大評価していた節があります。
>  例えば第八巻(徳間ノベルズ)のP24にフェザーンでの爆弾テロでオーベルシュタインが死ななかった事をミッターマイヤーが皮肉った際に、ロイエンタールはこう答えています。
> 「単に可能性としての問題として言うのだが、歩く毒薬のオーベルシュタインめが、何らかの魂胆で一件をしくんだのだとしても、おれはおどろかぬ。だとするときっと二幕めがあるぞ」
>  また、P168にはヤンが暗殺された事について、
> 「かの辣腕なる軍務尚書閣下が、遠くフェザーンから目に見えぬ腕を伸ばしてヤン・ウェンリーの心臓にナイフを突き刺したのだとしても、おれは意外には思わぬ。(後略)」
>  とも述べています。これは多分に偏見と先入観に満ちた評価でしょうが、ヴェスターラントの虐殺黙認・ラインハルトとキルヒアイスの強固な信頼関係の切り崩し・リヒテンラーデ公の粛清などのオーベルシュタインの冷徹な謀略手腕を知っているロイエンタールが、オーベルシュタインの能力や行動限界を過大に評価したのも無理はなかったかも知れません。この過大評価から、「オーベルシュタインは何をやらかすか分からない」という不信感をロイエンタールは抱いてしまい、「ウルヴァシー事件」の後に皇帝の下に出頭すればオーベルシュタインによって下手をすれば粛清されてしまうかも知れないと必要以上の被害妄想にとらわれてしまったのかも知れません。
>  また、一方のラングはロイエンタールを陥れる意思をはっきりと持っていましたし、ロイエンタールもそれを承知していました。オーベルシュタインにはかつてロイエンタールを私怨から陥れようとしているラングの活動を黙認していたと言う前科があります。
>
>  第七巻P210
>
>  ロイエンタールの「叛意」を単なる噂から皇帝自身の審問を生むまでに育てあげたのはハイドリッヒ・ラングである。彼がゆがんだ喜びをもって、無責任な噂に多量の水と肥料をあたえるありさまを、オーベルシュタインは無言のうちに見まもっていた。奨励もしなかったが制止もせず、不肖の弟子の演技をながめているようであった。(後略)
>
>  ロイエンタールはこの時ラングの活動をオーベルシュタインが協力とまでいかなくとも黙認はしていた事を察知していたのではないでしょうか?第九巻のP99には「ミッターマイヤーはラングの実行力や組織力を低く評価していた」とありますので、おそらくはロイエンタールもミッターマイヤーと同じ評価をラングに対して抱いていたでしょうから、「ラングの自分を陥れようとする策略をオーベルシュタインは少なくとも黙認している」という結論をロイエンタールは導き出せたのでは?「ウルヴァシー事件」に端を発する一連の事件の背後にもラングがいる事をロイエンタールは確信していましたし、となればそれはオーベルシュタインが黙認しているという事になり、仮にロイエンタールがラインハルトのもとに出頭すればラングはオーベルシュタインの掣肘を受ける事なく謀略を行使する事が出来るのではないか、とロイエンタールは考えるのでは?そう考えれば最悪の場合(可能性は低いですが)ラインハルトの命令で「よりによって」ラングの手で処刑される可能性すらあり、そうはならなくともボルテックのように獄中で「変死」してしまう可能性は大きいと考えるでしょう。その様な最後を遂げるのはロイエンタールにとって耐えられるものではなく、それこそ「まだ戦って死ぬ方がマシとロイエンタールは考えたのだ」という論理が成り立つのではないでしょうか。

 フェザーンの爆弾テロやヤンの暗殺事件と、ウルヴァシー事件との間にある決定的な違いを理解されていますか?「ラインハルトが命の危険に晒されたか否か」ということです。

 皆さんご承知の通り、オーベルシュタインという人格は、「自分が理想とするローエングラム王朝の存続の為なら、誰でも犠牲にする」というものです。それこそ、オーベルシュタイン本人や、代替が利くのなら皇帝本人でも。しかし、ウルヴァシー事件の時に、仮にラインハルトが命を落としたらどうなるのです?世継ぎの皇太子はおらず、ローエングラム王朝はその時点で瓦解。次なる覇者を巡って、人類社会は果てしのない混乱に包まれるでしょう。それこそ、ロイエンタールが大喜びしそうな条件になってしまいますが。皇帝がいなくなって王朝が潰れた後なら、自分が覇者になるのに全く躊躇する必要はありません。そんな時代が到来してしまうのは、それこそオーベルシュタインにとっては悪夢ではありませんかね。

「いや、加減をコントロールすれば大丈夫だ。現に話の中では、ルッツのみが死んで皇帝は助かる、という地球教(ルビンスキー)とラングがひっついた謀略は成功したではないか」と反論しようとする方がいるかも知れませんけど、それ、オーベルシュタインの立場で実施でできますかね。というのは、地球教(ルビンスキー)としては、ウルヴァシー事件でラインハルトが死んでしまって(偶発的な事態としても)も、別に構わない訳です。もちろん、この謀略は「宿将の叛乱によって、ラインハルトを疑心暗鬼にさせる」という目的があるのですから、ラインハルトを殺そうと思った訳ではないのでしょうけど、それにしちゃ手抜かりですよね。実際、話の中でも、一人の兵士が「皇帝の権威」に怯んで心変わりしなかったら(ナポレオンを彷彿とさせるようなエピソードですけどね)、ラインハルトは命を落としていたかも知れません。でも、もしラインハルトが死んだとしても、地球教やルビンスキーには「ローエングラム体制を守る義務」はないので別に痛痒には感じないでしょう。そこまでの危険性がある謀略(一歩間違えれば皇帝が死んでしまう)を、何故オーベルシュタインが実施せねばならないのでしょうか?ウルヴァシー事件の後に「皇帝一行が襲われた。ルッツ上級大将は命を落とした」と、判明したこの事実だけでも、「ウルヴァシー事件はオーベルシュタイン製の謀略ではない」ということを、雄弁に語っていますよ。理性的に考えれば。それを、オーベルシュタイン(とラング)憎しだけで、「オーベルシュタインの謀略かもしれない」と思いこんで、理性的に判断できなかったというのでは、やはりロイエンタールは阿呆でしょう。「オーベルシュタインにはローエングラム体制を守る義務がある。その為には、後継者のいない現在、皇帝の命はもっとも重要だ」この思考が全くインプットされていないロイエンタールは、「オーベルシュタイン憎し」のあまり頭がおかしくなっていた、というより他にありません。ラングの関与があったとしても、オーベルシュタインの知らぬ話であることは間違いないので、ロイエンタールがフェザーンに出頭したところで、何も起こりはしないでしょう。むしろ、ラングが処断されるだけの話でしょうね。また、ラングは単に「ロイエンタール憎し」でおかしな行動を行っているだけですから、「もし皇帝が死んでしまったらどうなるか」まで考慮してルビンスキーの謀略に乗ったとは思えません(というか、ルビンスキーの手の平の上で踊っているだけ)。まあ、ラングは明らかに「小人」ですから、彼がどう考えたか、まで出す必要もないでしょうけど。と、いうことで「ラングの策動をオーベルシュタインが黙認していた」ということにはなりません。むしろオーベルシュタインがそれを知っていたら、皇帝の命が危険に晒されるのを阻止すべく、ラングを処断することを考えたでしょう。

「いや、ラングのつまらぬ策動だとしても、これ幸いとオーベルシュタインが乗って、ロイエンタールを処断しようとするかもしれないではないか」と、これまたオーベルシュタインの「機会主義者」の面を持ち出そう(リヒテンラーデ公の処断を例に出して)とするかもしれませんが、これも駄目です。と、いうのは、前にも言った通り「新領土への皇帝巡幸」が、「ラインハルトの意志」で行われていることが明白だからです。皇帝の意志を抜きにして、オーベルシュタインの好き放題にはなりません。それと、皆さんどう思っていらっしゃるか知りませんけど、オーベルシュタインとロイエンタールは、単にロイエンタールがオーベルシュタインを一方的に嫌って敵視しているだけの関係(と言ったって、オーベルシュタインを好いている者はいませんけどね)で、互いに血で血を洗う抗争を行っている訳ではないでしょう。オーベルシュタインに、「何が何でもロイエンタールを追い落とさなければならない」という必要性はないのですよ、最初から。「ローエングラム王朝の存続の為、論理的に考えて必要を思われる措置(王朝の為にならない敵の抹殺)を実行する」のがオーベルシュタインですから。ヤンの件とは違います。ヤンは敵対者であって、生かしておくと民主主義という『毒』によって、ローエングラム体制を崩壊に導く駒になりかねませんからね。「平和な時代が到来すれば、功臣は粛清されるものだ(むしろ、これはロイエンタールというより中国病患者の田中芳樹らしい思想ですが。必ずそうとは限らないのが実状でしょう?)」「だからオーベルシュタインが自分を粛清する為に、日夜謀略を駆使している」というのは、「オーベルシュタイン」という像を異常に肥大化させてしまったロイエンタールの妄想です。つまり、「感情的になって、理性的な判断ができなくなっていた」ということですから、やはり結論は「ロイエンタールは阿呆ではないか?」ということになりますね。それに実際、ベルゲングリューンやミッターマイヤーはフェザーンに出頭することを奨めていた(ミッターマイヤーは、今からロイエンタールと戦う、という時になってまでも)ではないですか。この二人の方が、よほど論理的な態度だと思いますよ。

親記事No.1245スレッドの返信投稿
board2 - No.1367

Re:ロイエンタールの一人相撲への過程

投稿者:平松重之
2000年09月08日(金) 04時13分

 不沈戦艦さん

< フェザーンの爆弾テロやヤンの暗殺事件と、ウルヴァシー事件との間にある決定的な違いを理解されていますか?「ラインハルトが命の危険に晒されたか否か」ということです。

 皆さんご承知の通り、オーベルシュタインという人格は、「自分が理想とするローエングラム王朝の存続の為なら、誰でも犠牲にする」というものです。それこそ、オーベルシュタイン本人や、代替が利くのなら皇帝本人でも。しかし、ウルヴァシー事件の時に、仮にラインハルトが命を落としたらどうなるのです?世継ぎの皇太子はおらず、ローエングラム王朝はその時点で瓦解。次なる覇者を巡って、人類社会は果てしのない混乱に包まれるでしょう。それこそ、ロイエンタールが大喜びしそうな条件になってしまいますが。皇帝がいなくなって王朝が潰れた後なら、自分が覇者になるのに全く躊躇する必要はありません。そんな時代が到来してしまうのは、それこそオーベルシュタインにとっては悪夢ではありませんかね。

「いや、加減をコントロールすれば大丈夫だ。現に話の中では、ルッツのみが死んで皇帝は助かる、という地球教(ルビンスキー)とラングがひっついた謀略は成功したではないか」と反論しようとする方がいるかも知れませんけど、それ、オーベルシュタインの立場で実施でできますかね。というのは、地球教(ルビンスキー)としては、ウルヴァシー事件でラインハルトが死んでしまって(偶発的な事態としても)も、別に構わない訳です。もちろん、この謀略は「宿将の叛乱によって、ラインハルトを疑心暗鬼にさせる」という目的があるのですから、ラインハルトを殺そうと思った訳ではないのでしょうけど、それにしちゃ手抜かりですよね。実際、話の中でも、一人の兵士が「皇帝の権威」に怯んで心変わりしなかったら(ナポレオンを彷彿とさせるようなエピソードですけどね)、ラインハルトは命を落としていたかも知れません。でも、もしラインハルトが死んだとしても、地球教やルビンスキーには「ローエングラム体制を守る義務」はないので別に痛痒には感じないでしょう。そこまでの危険性がある謀略(一歩間違えれば皇帝が死んでしまう)を、何故オーベルシュタインが実施せねばならないのでしょうか?ウルヴァシー事件の後に「皇帝一行が襲われた。ルッツ上級大将は命を落とした」と、判明したこの事実だけでも、「ウルヴァシー事件はオーベルシュタイン製の謀略ではない」ということを、雄弁に語っていますよ。理性的に考えれば。それを、オーベルシュタイン(とラング)憎しだけで、「オーベルシュタインの謀略かもしれない」と思いこんで、理性的に判断できなかったというのでは、やはりロイエンタールは阿呆でしょう。「オーベルシュタインにはローエングラム体制を守る義務がある。その為には、後継者のいない現在、皇帝の命はもっとも重要だ」この思考が全くインプットされていないロイエンタールは、「オーベルシュタイン憎し」のあまり頭がおかしくなっていた、というより他にありません。>

 いや、地球教やルビンスキーが「ラインハルトが死んでも痛痒を感じない」と言うのは違います。というのも、彼らは謀略をもってローエングラム王朝を簒奪ないし裏面から支配する事を企図していましたので、(第三巻P76~78・第九巻P83)この時点ではまだラインハルトの死を望んでいなかったはずです。不沈戦艦さんのおっしゃる通り、もしここでラインハルトが死ねば人類社会は分裂してしまいますので、その様な状況を地球教やルビンスキーは望まないでしょう。まあ、それにしては確かに「ウルヴァシー事件」での襲撃がかなり粗雑であったのは妙で、ラインハルトの生命も脅かされましたが、そこまでの細かい事情はロイエンタールは知りえなかったでしょうから、「皇帝襲撃は全て計算ずくのオーベルシュタインないしラングの謀略」との疑惑が生じる余地は充分にあったのでは?

<ラングの関与があったとしても、オーベルシュタインの知らぬ話であることは間違いないので、ロイエンタールがフェザーンに出頭したところで、何も起こりはしないでしょう。むしろ、ラングが処断されるだけの話でしょうね。また、ラングは単に「ロイエンタール憎し」でおかしな行動を行っているだけですから、「もし皇帝が死んでしまったらどうなるか」まで考慮してルビンスキーの謀略に乗ったとは思えません(というか、ルビンスキーの手の平の上で踊っているだけ)。まあ、ラングは明らかに「小人」ですから、彼がどう考えたか、まで出す必要もないでしょうけど。と、いうことで「ラングの策動をオーベルシュタインが黙認していた」ということにはなりません。むしろオーベルシュタインがそれを知っていたら、皇帝の命が危険に晒されるのを阻止すべく、ラングを処断することを考えたでしょう。>

 自分は「ウルヴァシー事件」においてのラングの策謀をオーベルシュタインが黙認していた、とは言っていません。自分が言いたかったのは『第七巻でラングによって陥れられたロイエンタールは、その時のラングの策謀をオーベルシュタインが少なくとも黙認していたのを察知していたのではないか。そしてその忌まわしい前例を元として「ウルヴァシー事件」においてその背後にラングがいる事を直感し、さらにその策謀をオーベルシュタインは少なくとも黙認していたのではないか、といういらぬ疑惑をロイエンタールは抱いてしまったのではないか』と言う事です。ですから、ロイエンタールが「ウルヴァシー事件」に端を発する一連の件は計算ずくの策謀であり、身一つでフェザーンに出頭すれば処刑ないし謀殺されてしまうと考えたのはそれほど無理はないのでは?
 ちなみにラングは「もし皇帝が死んでしまったらどうなるか」という事態についてはちゃんと考慮していました。自分勝手なものではありましたが(第九巻P89下段~P90上段)。

<「いや、ラングのつまらぬ策動だとしても、これ幸いとオーベルシュタインが乗って、ロイエンタールを処断しようとするかもしれないではないか」と、これまたオーベルシュタインの「機会主義者」の面を持ち出そう(リヒテンラーデ公の処断を例に出して)とするかもしれませんが、これも駄目です。と、いうのは、前にも言った通り「新領土への皇帝巡幸」が、「ラインハルトの意志」で行われていることが明白だからです。皇帝の意志を抜きにして、オーベルシュタインの好き放題にはなりません。それと、皆さんどう思っていらっしゃるか知りませんけど、オーベルシュタインとロイエンタールは、単にロイエンタールがオーベルシュタインを一方的に嫌って敵視しているだけの関係(と言ったって、オーベルシュタインを好いている者はいませんけどね)で、互いに血で血を洗う抗争を行っている訳ではないでしょう。オーベルシュタインに、「何が何でもロイエンタールを追い落とさなければならない」という必要性はないのですよ、最初から。「ローエングラム王朝の存続の為、論理的に考えて必要を思われる措置(王朝の為にならない敵の抹殺)を実行する」のがオーベルシュタインですから。ヤンの件とは違います。ヤンは敵対者であって、生かしておくと民主主義という『毒』によって、ローエングラム体制を崩壊に導く駒になりかねませんからね。「平和な時代が到来すれば、功臣は粛清されるものだ(むしろ、これはロイエンタールというより中国病患者の田中芳樹らしい思想ですが。必ずそうとは限らないのが実状でしょう?)」「だからオーベルシュタインが自分を粛清する為に、日夜謀略を駆使している」というのは、「オーベルシュタイン」という像を異常に肥大化させてしまったロイエンタールの妄想です。つまり、「感情的になって、理性的な判断ができなくなっていた」ということですから、やはり結論は「ロイエンタールは阿呆ではないか?」ということになりますね。それに実際、ベルゲングリューンやミッターマイヤーはフェザーンに出頭することを奨めていた(ミッターマイヤーは、今からロイエンタールと戦う、という時になってまでも)ではないですか。この二人の方が、よほど論理的な態度だと思いますよ。>

「ロイエンタールがオーベルシュタインを過剰に意識し過ぎて判断を誤った」と言うのは確かにその通りで、阿呆と言われても仕方がないかも知れません。ですが、これまで名将の名をほしいままにし、叛乱後も自分の愚かしさを充分に承知していたロイエンタールを「ウルヴァシー事件」での判断を誤ったからといって「単なる阿呆」と斬って捨てるのもどうかと思いますね。むしろ「名将と呼ばれた人物が何故あの様な愚挙を敢えて行ったのか」というテーマを浮き彫りにするのが田中芳樹の意図した所なのではないでしょうか(不沈戦艦さんが指摘したような矛盾点も多々あるにせよ)。

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