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投稿ログ93 (No.1434 - No.1450)

board2 - No.1434

前文、そして「ぴるる」表現について

投稿者:
2000年09月29日(金) 03時53分

本ページ管理人氏をはじめ、このHPをご覧になる多くの皆様、はじめまして。恵と申します、若輩者ですが今後よろしくお願い致します。
これまで、ずっと傍観者として様々な人々の発言を眺めていました。田中芳樹氏のことは感情的には別に好きでも嫌いでもなく、内容はともかく「文体が読みやすい」(個人的に。他の人はどうか知らないですケド)「中国物に興味がある」(これも内容はともかく、文章の流れが他の歴史作家よりとっつきやすく感じたから)という理由で彼の著作を購読しています。ファンのような熱意はなく、「暇つぶしに丁度いい」という程度です。まあ、だからといってアンチという立場でもなく、なるべくギアをニュートラル状態にした状態で彼の著作を読んでいるつもりです。(感じたりすることは自分の主観ですが)
本来、このサイトで自分が発言することはないと思っていました。管理人氏や常連の方々の田中芳樹氏批判の全てが正しいとは思いませんでしたが(そんなことは本人方も望んでおられないことは想像に難くありませんが)、9割がたくらいは筋が通っていると私は判断します。後、このサイトを大きく評価したいのは「オープンであること」ですね。やや感情的になる場面も見受けますが、なるべく論旨をはっきりさせようと発言されているところも好ましいですね。
ただ、一つだけ過去の批判で恵が感じたことがあるので、この場をお借りして発言したいと思います。(もやもやしたことは、はっきりさせるのが私の性分なのです)それが「ぴるる」表現についてです。
まず、先に述べておきたいのは田中芳樹氏はかなり誤解のある文章でこの表現についての言及をしたことは間違いないでしょう。この際、彼の批評がパクリかどうかという問題は置いておくとして、彼はかなり重要な情報を我々読者に伝えなかったことに恵は気づきました。

(前略)人間が多様であるように教育も多様であるはずだ。のびのび教育とかスパルタ教育とかいろいろなやりかたがある。花を育てるにしても、寒い地方で春に咲く花と、熱帯雨林に咲く花とを、同じ栽培法で育てるわけにはいかない。それをむりやり一律に統制し、力ずくで押しつけようとする文部省のやりかたを、司は心から嫌っていた。
 以前、国語の教科書に小学生の詩が掲載されようとしたことがある。これは小川の流れる水音を、「ぴるる」と表現したもので、その感性と表現性が高く評価されたのだが、文部省は掲載を許さなかった。
「小川の水が流れる音は、さらさらと表現せねぱならない。それ以外の表現は絶対に詐さない。この詩をのせるなら、この教科書は検定で不合格にする」
というのである。こうしてこの詩は、教科書からはずされてしまった。
 その事実を知ったとき、司は皮肉っぽく友人に語ったものだ。
「やれやれ、そのうち、すやすやと眠らない赤ん坊や、しくしくと泣かない女の子は、文部省にとりしまられることになりそうだな」
と。        (創竜伝6巻より抜粋)

この「ぴるる」問題は過去に「自己崩壊する田中芳樹の思想」で明確に批判されていましたが、恵は思います。この創竜伝6巻に掲載された「ぴるる」に関する田中芳樹氏の批評(としか恵には判断できませんのであえてそう呼びます)は、固有言語における定型という認識での批判の対象にする前に、情報の欠如があり、そもそも批判すらしかねると。
文中でも「以前、国語の教科書に小学生の詩が掲載されようとしたことがある」としながらも、田中芳樹氏はただ「国語の教科書」としか書かず、「小学生の教科書」とは言っていないことです。これはかなり重要なことで、「ぴるる」という表現が誰を対象にした教科書で採用されなかったのか、実は田中芳樹氏本人にしかわからないということです。また、氏は中国歴史小説ではなるべく披露した知識の原典がわかるように引用した書物を明記するよう努力している跡が感じられるのに対して、創竜伝にはまったくと言っていいほどその形跡がありません。必然性を認めていないからかもしれませんが、正直、この件に関しては恵にはかなり不誠実な態度に見えます。「創竜伝では勝手に言いたいことを言ってるだけだから、あんまり気にしなさんな」と思っているなら読者に明言するべきでしょう。ファンの人ならそれで納得するでしょうし、恵も「ふうん、そうなの」で読み流せるんですケド。そうでないと、どこまで本気で書いてるのか読み手はまったくわかりません。少なくとも、恵はネ。

話が逸れましたが、「誰を対象にした教科書」で「ぴるる」表現は却下されたのでしょうか?小学校低学年が対象であるなら、定型という概念から掲載されないのはむしろ自然なことですが、中学生または高校生を対象にしているのなら話はまったく違います。水の音が「さらさら」と表現されることは既成の概念として多くの生徒は理解しているでしょうから、「ぴるる」と表現された小学生の詩の存在を教科書で知れば「なるほど、同じ日本語でも人によってこういう表現もあるのか」と感じるだけで、まさか小学生作の詩を読んで「今後、水の音はぴるると表現しなければいけない!」とは思わないでしょう?まあ、「ぴるる」という表現自体には賛否両論でしょうが、感性は人それぞれなので、おのずと感じ方は違うでしょう。この場合、「日本語の基礎をある程度理解している、感受性が豊かな年代」の生徒に対して初歩的な定型しか教えないのはどうだろうか、という田中芳樹氏の批評も成立する余地が生まれるようにも感じます。
何度もいいますが、氏は「もっとも重要な情報を我々読者に伝えなかった」のですから、どちらにしても仮定でしかありませんが、管理人氏は元ネタを知っておられるような記述があったのでもしかすると、この仮定が前者であることを知っている上で、批判されたかもしれません。ただ恵の感想としては、「もっとも重要な情報を我々読者に伝えなかった」田中芳樹氏のミスが目について、とても批判する気になれませんでした。最低限、正確な情報を元にしてでないと、読者は共感も批判もできないのでは?と思っただけです。

P.S. 今後も管理人氏、その他常連やそうでない方々の様々な発言を楽しく読ませてもらいますネ。それでは失礼致します。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1435

Re: 前文、そして「ぴるる」表現について

投稿者:優馬
2000年09月29日(金) 08時15分

優馬です。恵さん、いらっしゃいませ。

さて「ぴるる」問題ですが、恵さんに指摘されてふと思いました。

>  その事実を知ったとき、司は皮肉っぽく友人に語ったものだ。
> 「やれやれ、そのうち、すやすやと眠らない赤ん坊や、しくしくと泣> かない女の子は、文部省にとりしまられることになりそうだなと。
 実は田中芳樹先生、この警句が書きたかっただけで、「文部省ウンヌン」は、はっきり言って後から適当に考えているんじゃないか?
「ぴるる」の話は、似たようなことが教科書検定で本当にあったことかもしれないです(なんか、類似の話を聞いたことがあるような気がするもので)。
 でも教科書検定官は「小川の水が流れる音は、さらさらと表現せねぱならない。それ以外の表現は絶対に詐さない。」なんて、頭の悪いことはそれこそ「絶対」言わないと思う。この部分は間違いなく作者の(適当な)創作ですよ。
 警句自体は、けっこう気が利いていると思うんですよね。それ自体、なかなか面白い。
 問題は、「警句が言いたい」→「都合の良いように経緯を創作する」という手法です。銀英伝やアルスラーンのような架空歴史話では何にも問題がないのですが、創竜伝は現代モノ、結果的に大嘘を書いていることになります。当人は、他の作品と同じ発想で同じ手法を使っているだけなんで、「罪悪感」は感じてないと思うけど。
 「聞いた風な口を叩く」のが田中キャラの魅力であり、警句を抜いてしまったら作品がスッカラカンになってしまいます。思えば、銀英伝なんかでも、警句を言わせたいがためのストーリー展開が、かなりあったような気がいたしますが、いかがでしょうか?
 そういうわけで、「正確な情報」を伝えるという気が、もともと作者にはなかったのではないか、というのが私の正直な意見です。この「悪辣きわまりない無邪気さ」というのが、創竜伝の特徴ですなぁ。
 恵さん、考える機会を与えてくださって、ありがとうございました。

P.S 管理人さま。2chの夏目房之介さんのスレッド見てきました。面白かった~。膨大なログを一気に読んで目が痛いです。
本当にありがとうございました。では。

board2 - No.1436

商品としての銀英伝

投稿者:させゆう
2000年09月29日(金) 14時27分

 はじめまして。
 このHP来て、はじめて銀英伝の批判を見ましたよ。
 ここは銀英伝ファンとして、何か書いておかねば成るまい。
 過去ログをざっと見ただけなのでよくわからないのですが、批判している人たちは、銀英伝の中身を現実として捉えた場合、おかしな点が多いと言っているのか、それともひとつの小説としてその内容を批判しているのかによって、わたしがこれから書き記すことの受け止め方に違いが出てくるでしょう。
 タイトルにもかきましたが、銀英伝は商品です。
 車やテレビやカップラーメンと同じです。
 当然売れなければなりません。
 売れないと作者失業、出版社倒産、印刷所閉鎖、町に失業者が溢れ、暴動が起きるかもしれません(起きませんが)
 よって、当時、無名に等しかった田中先生は、売れなければならないという前提を背負いながらも、自分の好きな物語を書かなければ成らなかったはずです。故に、商品に魅力を与えるためには、多少の嘘も必要だったのです。
 過去ログに登場人物が階級に比較して若いというネタがありましたが、理由は至極簡単。若い読者がほとんどの銀英伝なんだから、登場人物が若い方が感情移入しやすいし。まあ、ガンダムやヤマトだったら、主人公のその周辺はパイロットか、地位が高くてもせいぜい艦長だったから、若くても問題なかったけど、艦隊戦が魅力の銀英伝だと、やはり主要キャラが将官クラスになってしまうのが、設定として難しかったでしょうね。
 もうひとつ、なぜヤンは降伏しないのか。ラインハルトはバーミリオンのとき、わざわざ互角の兵力で戦わなくても他に方法はあったのではというネタ。
 そんな野暮なことは言わないで。見たいでしょ。ヤンとラインハルトが死力を尽くして戦うところを。できるならば、お互いの戦力が互角という状況で。降伏なんかしたらストーリーが盛り下がる。売れなくなる。倒産、失業、暴動・・・
 結局、わたしが銀英伝でもっとも評価している点は、多数が少数に勝つというつまらないが現実的な常識をみせつけながらも、なおかつ、少数が多数に勝ついう絵空事を描いて見せたことである。

 え? 創竜伝は少数が多数が勝ちまくり?
 まあ、人間なんてそんなもんでしょ。
 鳥羽茉理(字はこれでよかったかな)がかわいいので許す。

親記事No.1005スレッドの返信投稿
board2 - No.1437

Re: 反銀英伝 「大逆転! リップシュタット戦役」(38)

投稿者:不沈戦艦
2000年09月30日(土) 15時21分

更に続き。

------------------------------------------------------------------------------

 翌朝、全員でラインハルトに「グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦」の実行を提案することになる。

「何?卿らが姉上の奪回作戦を行うと?」

「さようでございます。参謀長の案のように、こちらもリッテンハイム侯爵令嬢を人質とし、グリューネワルト伯爵夫人と交換する、という方法もあるとは思いますが、失敗する可能性も無きにしもあらずと愚考いたします。その場合に備えて、帝都へ潜入しグリューネワルト伯爵夫人を奪還する策も準備しておく方が良いと思いますが、いかがでしょうか?」

 ロイエンタールの提案に、ラインハルトは考え込んでしまう。

「小官は反対です。オーディンへ潜入しての奪回行動は、タンネンベルク伯に察知され、一網打尽にされる危険性が極めて高いと思われます。失敗する可能性が高い作戦に、人的資源と戦力を投入するのは無駄でしかありませぬ。我が軍には、戦力が有り余っている訳ではないことをお忘れなきよう」

 すぐさまオーベルシュタインが反対の意思表示を行った。終始一貫してグリューネワルト伯爵夫人奪回作戦には反対するオーベルシュタインである。

「それで、卿は反対反対をと何度も言うが、リッテンハイム侯の娘を捕縛する策が失敗した場合は、どうする気だ?グリューネワルト伯爵夫人の命を犠牲にしろ、と言うのであろう?」

 オーベルシュタインに対し、悪意を投げつけるかのようなロイエンタールの言いように、ラインハルトは顔色を変えた。

「手詰まりになった場合は、それもあり得る。何度も言っているように、我が軍全体の命運を、グリューネワルト伯爵夫人一人の命を引き替えにはできぬのだ」

 オーベルシュタインの物言いに、ラインハルトは反射的に答えた。

「ロイエンタール、卿に姉上の救出策の指揮を命令する。直ちに帝都への潜入を始め、必要を思われる措置を取れ。但し、作戦自体はリッテンハイム侯爵令嬢捕獲作戦が失敗した後の行う事とせよ。先の作戦が成功した場合には、実行する必要はない」

「御意」

 深く一礼するロイエンタールに、オーベルシュタインは目を向け、義眼が光を放つ。ラインハルトが決断を下した以上、更なる反対意見を述べる事はさすがのオーベルシュタインも行わない。しかし、その策にオーベルシュタインが反対であることは間違いない。

----------------------------------------------------------

<以下続く?>

親記事No.1411スレッドの返信投稿
board2 - No.1438

更新しました

投稿者:本ページ管理人
2000年10月01日(日) 05時52分

ザ・ベストに「銀英伝の軍事理論」「ヤン・ウェンリーの希望的観測」を追加しました。
今回も冒険風ライダーさんに編集していただきました。また、考察シリーズや前回追加のベストにも、追加訂正が加えられています。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1439

「ぴるる」表現について。ゆんゆん♪

投稿者:本ページ管理人
2000年10月01日(日) 05時57分

>  その事実を知ったとき、司は皮肉っぽく友人に語ったものだ。
> 「やれやれ、そのうち、すやすやと眠らない赤ん坊や、しくしくと泣かない女の子は、文部省にとりしまられることになりそうだなと

ttp://www.seiryojoho-h.ed.jp/webt/syoukai/kouka/kouka.htm

こんな校歌はとりしまらないのでしょうか。しかも県立ですよ。県立。
文部省がファシズム発動して福島県がそれに対抗して第二次戊辰戦争が起きる事態になったらたまらないなぁ(笑) そうなったら、イエスに従ったパウロのように、私は田中芳樹の使徒になりましょう。やんやん♪

親記事No.1436スレッドの返信投稿
board2 - No.1440

Re: 商品としての銀英伝

投稿者:本ページ管理人
2000年10月01日(日) 06時29分

 はじめまして。こんにちは。

 銀英伝に関しては、ここの人は誰も批判はしてもバカにはしていませんよ。
 いわばホームズにおけるシャーロッキアンのようなものです。
 同じ田中作品でも、作品を認めた上で、その完成度の高い作品の設定で遊ぼうというのか(銀英伝)、そもそも作品自体が批判の対象であるのか(創竜伝)で、受け止め方に違いが出てくるでしょう。

>  タイトルにもかきましたが、銀英伝は商品です。
>  車やテレビやカップラーメンと同じです。
>  当然売れなければなりません。
>  売れないと作者失業、出版社倒産、印刷所閉鎖、町に失業者が溢れ、暴動が起きるかもしれません(起きませんが)
>  よって、当時、無名に等しかった田中先生は、売れなければならないという前提を背負いながらも、自分の好きな物語を書かなければ成らなかったはずです。故に、商品に魅力を与えるためには、多少の嘘も必要だったのです。
>  過去ログに登場人物が階級に比較して若いというネタがありましたが、理由は至極簡単。若い読者がほとんどの銀英伝なんだから、登場人物が若い方が感情移入しやすいし。まあ、ガンダムやヤマトだったら、主人公のその周辺はパイロットか、地位が高くてもせいぜい艦長だったから、若くても問題なかったけど、艦隊戦が魅力の銀英伝だと、やはり主要キャラが将官クラスになってしまうのが、設定として難しかったでしょうね。
>  もうひとつ、なぜヤンは降伏しないのか。ラインハルトはバーミリオンのとき、わざわざ互角の兵力で戦わなくても他に方法はあったのではというネタ。
>  そんな野暮なことは言わないで。見たいでしょ。ヤンとラインハルトが死力を尽くして戦うところを。できるならば、お互いの戦力が互角という状況で。降伏なんかしたらストーリーが盛り下がる。売れなくなる。倒産、失業、暴動・・・
>  結局、わたしが銀英伝でもっとも評価している点は、多数が少数に勝つというつまらないが現実的な常識をみせつけながらも、なおかつ、少数が多数に勝ついう絵空事を描いて見せたことである。

 失礼ですが、このような擁護が銀英伝に対する最も強力な批判になってしまうことを自覚されていますか?
 盲従するだけの擁護は、その最も有効な活用すら妨げます。

>
>  え? 創竜伝は少数が多数が勝ちまくり?
>  まあ、人間なんてそんなもんでしょ。
>  鳥羽茉理(字はこれでよかったかな)がかわいいので許す。

わたしは全然かわいいとは思えませんし、許せません。

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board2 - No.1441

Re: 「ぴるる」表現について。ゆんゆん♪

投稿者:優馬
2000年10月01日(日) 07時20分

優馬です。
いやぁ、管理人さん、スゴイモノを発掘していただいて(笑)
ここ↓に行って悶絶してしまいました。

> ttp://www.seiryojoho-h.ed.jp/webt/syoukai/kouka/kouka.htm

いやあ、すごい。
一番「発信 ゆんゆん」二番「受信 よんよん」三番「交信 やんやん」
んでもって、曲名が『宇宙の奥の宇宙まで』!!
脱帽です。

ちなみにこの学校は、わりと新しい情報系の高校で、学校のホームページにBBSがあります。そこにあったOBとおぼしきお方の書き込み。
「未だに校歌覚えてるわ・・・。あんなフレーズ忘れないぞきっと 爆爆」
そっかー、キミたちも苦労してるのね・・・(シミジミ)

> 文部省がファシズム発動して福島県がそれに対抗して第二次戊辰戦争>が起きる事態になったらたまらないなぁ(笑) そうなったら、イエス
>に従ったパウロのように、私は田中芳樹の使徒になりましょう。やん
>やん♪

そんときゃ私はペテロになりましょうかね。ゆんゆん♪

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board2 - No.1442

Re: 「ぴるる」表現について。ゆんゆん♪

投稿者:モトラ
2000年10月01日(日) 09時37分

地元の、結構レベルの高い高校なのですが、こんなものすげー校歌だとは知らなかった…新設校ってみんなこんな歌詞なのか?

校歌といえば。
私が卒業した県立高校(高山樗牛の母校)では、校歌は三番までありましたが、生徒手帳には幻の4番5番が掲載されており、4番の歌詞に

皇国の為に尽しなば などか偉業の成らざらむ

とありました。これを歌わせぬ「チカラ」はどこからかかっていたのやら。

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board2 - No.1443

Re: 商品としての銀英伝

投稿者:させゆう
2000年10月01日(日) 09時40分

本ページ管理人さんは書きました
>  はじめまして。こんにちは。
>
>  銀英伝に関しては、ここの人は誰も批判はしてもバカにはしていませんよ。
>  いわばホームズにおけるシャーロッキアンのようなものです。
>  同じ田中作品でも、作品を認めた上で、その完成度の高い作品の設定で遊ぼうというのか(銀英伝)、そもそも作品自体が批判の対象であるのか(創竜伝)で、受け止め方に違いが出てくるでしょう。
 レスありがとうございます。
 つまり、銀英伝に関して言えば、高度な作品(商品)と認めた上で、
ファンサイトではできないような遊びをやってしまおうというわけですね。                               それではわたしも遊ばせてもらいましょう。
                                 まずはヤンとラインハルトについて。
 前にある銀英伝のHPの人気投票を見たんですが、ヤンがトップなのは当然として、ラインハルトがぜんぜん人気なかったのが気になったので、いろいろと考えてみました。                  結果、今の時代の影響なんだなと、結論が出てきました。
 ヤンとラインハルトを友人としてみた場合、ヤンだったら、友人はたくさん欲しいけど、あまりべったりはしたくない。距離をおきたがる現代人に合いそうですね。逆にラインハルトだと四六時中一緒じゃだめみたいで、なんかうっとうしい。そもそも、趣味が到底合いそうにない。
 会社の上司として見た場合、ヤンはミスしてもあんまり怒らない。ラインハルトだったら、怒声、左遷されそう。付き合いにくい。
 ラインハルトが同僚だったらさらに最悪で、彼と比べられたら無能に見えますよ。大抵の人は。                     今の若い人で、猛烈社員なんてほとんどいないでしょ。だから、ヤンみたいな昼行灯(パトレイバーの後藤隊長)タイプで、いざというときだけ、口を出してくる上司の方がやりやすいんしょうね。       最後に恋人(結婚相手)として見た場合。
 あるテレビ番組で、職業で選ぶ結婚相手というのがあって、青年実業家が全然人気がなくて、バブルの頃は安月給の代名詞の地方公務員に女性が殺到していました。
 つまり、今の時代、ラインハルトのような億万長者か、破産者みたいな男よりも、ヤンみたいな出世しそうにないけど、平凡な家庭を築けそうな男の方が人気があるということです。
 正直言って、小説や本編アニメはとっくに終わってるのにいまだにヤンの人気があるのは、小説発表時よりも、今の時代のほうがヤンを受けいれやすいからではと思います。

 と、いっても、再びバブル景気がやってきたら、ぐいぐい引っ張ってくれるラインハルトの人気が高くなるんだろうな。          まあ、人間なんてそんなもんでしょ。               ジェシカ(アニメオリジナルの選挙出馬の話のとき)が実は意外とタイプなので許す。

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board2 - No.1444

竜堂合唱団に歌わせたい

投稿者:Total Moled
2000年10月01日(日) 15時09分

> ttp://www.seiryojoho-h.ed.jp/webt/syoukai/kouka/kouka.htm
>
> こんな校歌はとりしまらないのでしょうか。しかも県立ですよ。県立。
> 文部省がファシズム発動して福島県がそれに対抗して第二次戊辰戦争が起きる事態になったらたまらないなぁ(笑) そうなったら、イエスに従ったパウロのように、私は田中芳樹の使徒になりましょう。やんやん♪

歌詞見て頭痛くなりました。歌聴いてまた頭痛くなりました。
こういう校歌を採用されても始君はまだ教師続けるのでしょうか?

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board2 - No.1445

インターネット時代のファンと作家の距離について考えた

投稿者:本ページ管理人
2000年10月01日(日) 16時43分

>P.S 管理人さま。2chの夏目房之介さんのスレッド見てきました。面白かった~。膨大なログを一気に読んで目が痛いです。
>本当にありがとうございました。では。

 私はたまたま初期に、このスレッドを見つけてそれ以来ずっと観察しているのですが、いろいろ考えさせられましたね。
 たぶん、夏目氏がオフィシャルサイトを立ち上げていたら、ここまで有意義な対話や議論はなかったでしょう。いろいろ悪評高い匿名掲示板だからこそ、このような緊張感のある対話が出来たと思うのです。
 危うい面もある賭けでしたが、フィールドワークに2chを選んだ夏目氏はさすがの慧眼と言わざるを得ないですね。

 現に現在ある(作家に限らず)オフィシャルサイトの掲示板は、どれも同じような雰囲気です。良く言えば、ファンが集い交流する和やかな雰囲気、悪く言えばお互いを舐め合うような停滞した空間、といった感じでしょうか。とくに物語系のオフィシャルサイトは、よほど作家の方の人間が出来ていない限り、掲示板が信仰告白の場以外の何者でもなくなっていることがほとんどのように思えます。

 作家ではなく評論家である夏目氏のことですから、物語作家と一律に考えるのは危険なことは承知しています。
 が、匿名掲示板であり必要以上の馴れ合いが生まれない、そして、いつ荒らしが起こって「この場」が消えて無くなってしまうかわからない2chの緊張感が、今回大いにプラスに働いたことは注目に値するのではないでしょうか。普段忌まわしいイッチョカミも、今回は緊張感を高める効果があったと思います(別にイッチョカミ本人の手柄ではないが、こういうのが現れるたびに場が引き締まっていた)。

 今回の件は特殊なケースですし、夏目氏の立場やお人柄があっての結果なので、これを一般論とするわけにはいきませんが(明日にも消えて無くなっていてもおかしくないですから)、議論や対話をする上で重要な緊張感や距離感についてのひとつの重要なサンプルと言えるように感じました。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1446

Re: 「ぴるる」表現について。ゆんゆん♪

投稿者:優馬
2000年10月01日(日) 17時37分

モトラさま。

> 皇国の為に尽しなば などか偉業の成らざらむ
>
> とありました。これを歌わせぬ「チカラ」はどこからかかっていたのやら。

私の母校(九州)では戦後もずっと

 皇国の為に世の為に

という校歌を熱唱しておりました。
あの手の「チカラ」は東京の山の手圏を中心に分布しているようで、地の果て・九州まで来るとかなり減衰するようです。個人的には、幸いなことと思っています。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1447

Re: インターネット時代のファンと作家の距離について考えた

投稿者:優馬
2000年10月01日(日) 17時42分

本ページ管理人さま。

>  が、匿名掲示板であり必要以上の馴れ合いが生まれない、そして、いつ荒らしが起こって「この場」が消えて無くなってしまうかわからない2chの緊張感が、今回大いにプラスに働いたことは注目に値するのではないでしょうか。普段忌まわしいイッチョカミも、今回は緊張感を高める効果があったと思います(別にイッチョカミ本人の手柄ではないが、こういうのが現れるたびに場が引き締まっていた)。
>
>  今回の件は特殊なケースですし、夏目氏の立場やお人柄があっての結果なので、これを一般論とするわけにはいきませんが(明日にも消えて無くなっていてもおかしくないですから)、議論や対話をする上で重要な緊張感や距離感についてのひとつの重要なサンプルと言えるように感じました。

そのとおりですね。私も今後の展開に注目したい。
「誰かが責任者としてリードしているわけではないのに、非常に建設的な議論が行われている」という、なんというか奇跡のような現象です。その昔の古代ギリシャの「アゴラ」における討論、というのがひょっとしたらこれに一番近いのではないかという気がします。ネット社会が不思議な空間を産み出している。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1448

Re: 「ぴるる」表現について。ゆんゆん♪

投稿者:Merkatz
2000年10月01日(日) 19時44分

本ページ管理人さんは書きました
> >  その事実を知ったとき、司は皮肉っぽく友人に語ったものだ。
> > 「やれやれ、そのうち、すやすやと眠らない赤ん坊や、しくしくと泣かない女の子は、文部省にとりしまられることになりそうだなと
>
> ttp://www.seiryojoho-h.ed.jp/webt/syoukai/kouka/kouka.htm
>
> こんな校歌はとりしまらないのでしょうか。しかも県立ですよ。県立。
> 文部省がファシズム発動して福島県がそれに対抗して第二次戊辰戦争が起きる事態になったらたまらないなぁ(笑) そうなったら、イエスに従ったパウロのように、私は田中芳樹の使徒になりましょう。やんやん♪

うわあ、すげぇ(笑)。
作詞者の方は若いんでしょうか?なんか無理して若者の感性を表現したという感じが・・・。
『宇宙の奥の宇宙まで』って、アニメ銀英伝の歴代EDソングのタイトルみたいですね。
向こうは小椋桂が手がける非常な名曲なんですが。
『光の橋を越えて』がイチオシですね。
それだったら校歌にしてもいいと思う。

親記事No.1434スレッドの返信投稿
board2 - No.1449

遅くなりましたが。

投稿者:
2000年10月02日(月) 03時21分

優馬さん、そして管理人氏や皆さん、恵が書いた「ぴるる」を話のネタにしてもらえて、嬉しいです、どうもありがとうございます。特に最初に反応してくださった優馬さんには感謝♪で、あなた方のような学識のありそうな方々に考える機会なんてまったく大げさなものじゃないと思いますケド、無視されなくてよかったです。(無視されそうな所だったら、最初から書き込まなかったですケドね)
ただ、本当は管理人氏が「自己崩壊する田中芳樹の思想」の中で

>確かに、小川の流れの擬音を「さらさら」とだけに固定化するのはつまらないことだ。しかし、「さらさら」という擬音は、一種の定型である。つまり、日本語を判る人なら「さらさら」と聞けば「あ、水の流れる音だな」と理解できる言葉である(「ぴるる」ではこうはいかない)。このような定型を定型として教えることには、それなりの意味がある。
 例えば、我々非英語圏の人間が英語を習うとき、水のはねる音は「splash」であると教えられる。それが、英語の水の擬音の定型だからである。「いーや、水のはねる音は絶対splashなんて聞こえねぇ。俺にはPiruruって聞こえるからそう言い通すね」といったら、それは英語の教育にはならない。英語だけでなく、日本語(すなわち「国語」)でもそれは同じである。

と述べられていたので、この部分だけを恵はずっと「うーん」と思い、定型云々は「誰(どんな年代)を対象にしているか」によってはあまりこだわらなくてもいいのでは、と感じただけですネ。ですから、田中芳樹氏が「キャラクターに聞いた風な口をたたかせる」という意見は恵もまったくそう思います。すいません、思ったことを書いただけだったので、何に一番疑問を感じたのか、読んだ人はわかりずらかったと思います。なにぶん、こういう書き込みは前回が初めての体験でしたので、平にご容赦いただけると幸いです。

話は変わりますが、皆さんは田中芳樹氏を活字以外で(対談やインタビューなど)ご覧になったことがあるでしょうか?恵は田中芳樹氏のアニメビデオで唯一、創竜伝だけを1巻分だけ鑑賞したことがあるのですが、そこには田中芳樹氏のインタビューが収録されていると書いてありました。正直、恵は田中芳樹氏のあとがきは好きだったので、生身の彼はどんな考えを語り、どんな魅力的な人物なのだろうと、かなり期待してレンタルしたのですが、結果的にはかなり落胆したのをよく覚えています。
まず、何をしゃべっているのかわかりずらく、(ぼそぼそした話し方からだったのか、話がとりとめなかったのかはよく覚えていませんが)5分も経つ頃には見続けることに苦痛を感じ、途中で切ってしまいました。悪口や中傷で言うつもりはないのですが、恵にとっては生身の田中芳樹氏がまったく魅力的でない人物のように感じました。もちろん、田中芳樹氏はプロの作家ですから、作品とは関係ない本人の人物像にどうのこうのと言うのはよくないとわかっていますが、純粋に「ああ、マニアックそう(かなり悪く言うとおたくっぽい)で遊び方とか知らなさそうな人だあ」と思ってしまいました。ファンの方々には申し訳ありませんが、恵は天然にそう思いました。これって「禁句」なのでしょうか?でも、そう感じた後も田中芳樹氏の著作は変わらず購読していますし、ただの個人的な感想だと恵は信じますケド。

最後に常連の方々の田中作品のパロディ、楽しく読んでいます。冒険風ライダーさんや優馬さんも書かないのかな?もし書いていらっしゃるなら、教えてくださいネ。特に優馬さんバージョンはぜひ読んでみたいです。(書いてくれたら、ファンになりそう)

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board2 - No.1450

田中芳樹論-人柄と作品

投稿者:優馬
2000年10月02日(月) 06時19分

優馬です。恵さん、面白い問題提起をありがとう。

 私は田中芳樹の「元ファン」です。面白いものを書いてくだされば、再転向してパオロのような使徒になってもかまいません。ただ、現状は、元ファンとしては「一言いわずにはおれない」体たらく。「好きだ(った)から文句言わせてもらうよ」というスタンスです。

> 話は変わりますが、皆さんは田中芳樹氏を活字以外で(対談やインタビューなど)ご覧になったことがあるでしょうか?恵は田中芳樹氏のアニメビデオで唯一、創竜伝だけを1巻分だけ鑑賞したことがあるのですが、そこには田中芳樹氏のインタビューが収録されていると書いてありました。正直、恵は田中芳樹氏のあとがきは好きだったので、生身の彼はどんな考えを語り、どんな魅力的な人物なのだろうと、かなり期待してレンタルしたのですが、結果的にはかなり落胆したのをよく覚えています。
> まず、何をしゃべっているのかわかりずらく、(ぼそぼそした話し方からだったのか、話がとりとめなかったのかはよく覚えていませんが)5分も経つ頃には見続けることに苦痛を感じ、途中で切ってしまいました。悪口や中傷で言うつもりはないのですが、恵にとっては生身の田中芳樹氏がまったく魅力的でない人物のように感じました。もちろん、田中芳樹氏はプロの作家ですから、作品とは関係ない本人の人物像にどうのこうのと言うのはよくないとわかっていますが、純粋に「ああ、マニアックそう(かなり悪く言うとおたくっぽい)で遊び方とか知らなさそうな人だあ」と思ってしまいました。ファンの方々には申し訳ありませんが、恵は天然にそう思いました。これって「禁句」なのでしょうか?でも、そう感じた後も田中芳樹氏の著作は変わらず購読していますし、ただの個人的な感想だと恵は信じますケド。

 うーん、実に鋭いところを突かれますね。
 実は、田中作品を論じる上で、「作者の人柄」という部分は避けて通れないのではないかと思います。従って作者への「人格攻撃」ではないことを予めお断わり申し上げた上で、作品論として申し上げたい。
 私も、個人的にお付き合いしたことがあるわけではないのですが、知りうる情報を総合して判断するに、田中芳樹という人はとても「いい人」のようです。威張らないし、目下に対してもやさしくて腰も低い。「エゴの固まり」のような人物が多い作家の中では、かなり付き合いやすい人物のようです。
 ただ、問題なのはこの「いい人」という部分が、人柄が未熟であるがゆえの「自信のなさ」から来ている部分が多いということです。田中キャラの「モラトリアム性」は当サイトの議論で何度も指摘されているところですが、本人が一番モラトリアムなのです。「女性が描けない」「悪役に深みと凄みがない」というこれまた定番の指摘も、本人の人生経験の乏しさから来ている。
 実人生における葛藤から逃避して、一段高い位置から「社会」や「歴史」を俯瞰しようとするのが青年期モラトリアム心理の特徴です。実はこのようなスタンスは朝日新聞に代表される戦後進歩主義思想の中に強く内在化されている構造です。現実よりも一段高い位置に架空の理想像を設定して、その高みから現実を斬りまくるというのは、安全かつ痛快です。しかし、そのようなことをしていても現実の問題解決に何の役にも立たないということは、人生経験を積めばわかって来るので、人はどこかの段階で(恥ずかしくなって)「きいたふうな口をきく」のを止めるのが普通です。しかし人生経験が乏しければいつまでも脱却出来ないわけで、田中芳樹が朝日新聞的な戦後進歩主義思想に強く固着するのは、まさにこの点にあると思われます。
 今日、戦後進歩主義思想の欺瞞性はかなり顕わになっており、そういう思想に依拠する「創竜伝」のメチャクチャさ加減は、当サイトで何度も指摘されているとおりです。しかし、「架空の高みから醜い現実を斬りまくる」というモラトリアム性は、常に一定の若い読者を惹きつけるようです。これが、「田中芳樹はなぜ売れる」という問いに対する、一番根本的な答えだと思います。
 2ch的にまとめると「中年厨房が書いた厨房向け小説が、精神年齢が厨房な連中に買われている」ということでしょうか。うーん、なんか寂しいぞ。
 考えてみれば、若くして「銀英伝」でベストセラー作家になったということが田中芳樹にとって良かったのかどうか。人生万事塞翁が馬ではありますが。

P.S.「竜堂家の食卓」については、しばしご猶予を。作者の考え方をそのままトレースするのが苦痛なのもので、なかなか良いネタを構成できずにおります。でも「ザ・ベスト」にまとめていただいたことだし(ありがとうございました!)、また書きたいとは思っているのですが・・

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