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投稿ログ47 (No.837 - No.854)

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board2 - No.837

東郷平八郎と劉永福

投稿者:小村損三郎
2000年04月20日(木) 13時29分

> P210下段~P211上段
> <「崑崙にいたとき辰コウで見たけど、そのころはアジアの軍隊は強かったんだね。その後は日露戦争で日本がロシアに勝つまでアジアの軍隊はヨーロッパに勝てなかったんでしょ。本に書いてあった」
> 「とんでもない、その本はまちがいだね」
>  手きびしく始は断定した。
>  一九世紀後半、フランスはベトナムを侵略し、植民地にしようとしていた。ところがこのときベトナムには「黒旗軍」という中国人の傭兵部隊がおり、それがおどろくほど強かった。司令官は劉永福といい、この人物が指揮して、二度にわたってフランス軍を撃滅している。二度ともフランス軍の総司令官が戦死し、部隊は死体の山を遺して敗走した。これが一八七三年から一八八三年にかけてのことで、「近代になって、アジアの軍隊がヨーロッパの軍隊にはじめて勝った」と大評判になった。日本でも明治一六年七月四日の東京日日新聞が、「劉永福とは諸葛孔明と楠木正成をあわせたような戦術の天才だ」という記事を載せて絶賛している。それまで日本は幕末に鹿児島や下関でヨーロッパの軍隊と戦い、一度も勝ったことがなかったので、すなおに劉永福を賞めたたえたのだ。その後フランスはベトナムにさまざまな圧力をかけ、劉永福を追い出させることに成功する。劉永福は不敗のままベトナムを去らねばならなかったが、彼の名声は衰えなかった。
>  ところが一九〇五年に日本は日露戦争でロシア帝国に勝利してしまった。たちまち日本人はのぼせあがり、歴史事実を無視して神話をでっちあげる。
> 「ヨーロッパの軍隊にはじめて勝ったアジアの軍隊は日本軍だ!」>

この部分は全編中でも特にデタラメな部分ですね。最初に読んだときは本当に開いた口がふさがりませんでした。
大体、以前東郷平八郎を「単なる局地戦の指揮官」「教科書に載せるのは時代錯誤」とかのたまってたのと同じ人の言葉とは思えませんね(^^;)。
いくらなんでもここまで露骨なダブスタにはさすがにファンの人も鼻白んでしまってるんじゃないでしょうかねえ。

>  いやはや驚きました。創竜伝や中国小説において中国の歴史を語る時にアレほどまでに「歴史事実を無視して神話をでっちあげる」人間が、日露戦争の歴史的評価についてあれこれ言う事ができるとは(笑)。それに田中芳樹よ、アンタかつて自分で書いた作品の中で「戦略と戦術とは全く別物である」とヤン・ウェンリーあたりに言わせていませんでしたっけ? それとも単なる戦術レベルでの勝利がそれほどまでに誇るべき事だとでも言いたいのですか? もしそうであると言うのであれば、ヤン・ウェンリーもさぞかし泣いている事でしょうね(笑)。
>  そもそも劉永福とやらがどれほどまでに奮闘してフランス軍を全滅させ、勝利の快哉を叫んだところで、それは単なる局地的な戦術的勝利であるにすぎず、政治的・戦略的に何らかの利益をベトナムに対してもたらしたものではありません。彼の評価については、田中芳樹の社会評論としては珍しいほど妙に具体的な資料である「明治一六年七月四日の東京日日新聞」が主張しているようにあくまでも「戦術の天才」であって、政治的・戦略的に彼の活躍度は全くのゼロであったと言っても過言ではないでしょう。それはフランスが結局ベトナムを植民地にしてしまった事によって証明されています。そのような「歴史事実を無視して」戦術的勝利をことさら礼賛するという「神話をでっちあげ」て恥ずかしくないのですかね? 確か田中芳樹は「紅塵」の秦檜評価論の時にも全く同じことをやっていたような気がしますが(笑)。
>  そしてなぜ日本がヨーロッパに勝ったアジアで最初の国であると言われるかと言えば、当然の事ながらロシアの侵攻に対して日本が「戦略的・政治的勝利」をおさめ、当時の有色人種としては初めて国家・民族の独立を保つ事に成功したからです。日露戦争における日本の勝利は、劉永福の単なる個人プレイなどとは訳が違うのです。どちらがより多く歴史に影響を与え、高く評価されるべきであるか、答えは一目瞭然ではありませんか。

これも全く同感。
投手がいくつ三振取ったってチームが試合に負けたら当然勝ち星はつきません。
まあ、一応数年間もちこたえさせた、という程度には貢献してるようですが・・・。

結局、余クンの読んだ本どころか始クンの講義の方が「とんでもない間違い」で「でっちあげた神話」だったんですね(笑)。

ついでながら、「単なる局地戦の指揮官」であるこの劉永福も中国の歴史の教科書にはちゃんと載ってるそうですよ田中センセー(笑)。

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board2 - No.838

「ヘブロンの虐殺」を知る在野の賢人を求ム

投稿者:本ページ管理人
2000年04月20日(木) 14時13分

P201上段~下段
<バルーフ・ゴールドシュタインというユダヤ人がいた………(後略)

 この「ヘブロンの虐殺」ですが、気になってサーチエンジン(Yahoo!、Lycos、infoseek、InfoNavigator)にかけてみたところ、かろうじてinfoseek2件、InfoNavigator1件が引っかかっただけでした。
 うち、1件が同じサイトなので、事実上2件のみのようです(ちなみに「バルーフ・ゴールドシュタイン」だとゼロ)。
 その数少ない情報から判ったことと言えば、

 ・1993年の暫定自治協定の半年後に起こった
 ・ユダヤ教過激派による
 ・60人以上のイスラム教徒が殺された(犯人も死亡)。
 ・この事件で和平交渉は中断された経緯がある。

 ということらしいですね。
 まだ、比較的新しい時期の出来事のようなので、この事件について知っている方もおられるのではないかと思います。
 もし、居られましたら、この事件について教えていただけないでしょうか。

 それにしても、ユダヤとイスラムの関係以前に、そもそも『過激派』と『「何でも生命がけでやればえらい」という通俗道徳』がどうやったら結びつくのか理解出来ん(笑)
 相変わらず、恣意的解釈と無茶だらけの恥ずかしい評論のようですね。

board2 - No.839

初めまして

投稿者:那智
2000年04月20日(木) 15時58分

初めまして、那智と申します。
田中芳樹。読めば確かに面白いけど、なんかひっかかるところがありまして。
1 そつが無さすぎ
2 パクリが多い
3 作者の分身?歴史好きの学者と、行動が美学の軍人が、権力者をコケにして、行動派少女をパートナーにする定型が
4 ディテールの粗さについては、私は余り気にしないのですが。
* まとめると、戦争ごっこの延長として歴史を語る、俗な人気作家としてはともかく、それ以上にはなって欲しくないと言うか。
  これに思い入れたっぷりに「感動した」と言われると、少し引いてしまうような。

こんな事を人に言うのもなんだし、で、なんか不安な心境だったのですが「自分だけではなかったか」と。
自分淡白で深く追及する人でも無くて、ここにはマメには来ないと思いますが、共感の足跡を残しときます。

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board2 - No.840

補足(独立を守った日本)

投稿者:小村損三郎
2000年04月21日(金) 10時39分

>それまで日本は幕末に鹿児島や下関でヨーロッパの軍隊と戦い、一度も勝ったことがなかったので、すなおに劉永福を賞めたたえたのだ。その後フランスはベトナムにさまざまな圧力をかけ、劉永福を追い出させることに成功する。劉永福は不敗のままベトナムを去らねばならなかったが、彼の名声は衰えなかった。

田中氏が「一度も勝てなかった」というこれらの戦いなんですが、実は彼が挙げたベトナムの例とは丁度対称的な感じなんですよね。

薩英戦争では軍船を拿捕されたり、市街を炎上させられたりと被害を受けましたが、実は薩摩側も奮戦し、戦死者数では英軍の方が上回った位です。(一方的な敗北のようなイメージでとらえられているのは明らかに誤りでしょう。)
英側は薩摩武士の気骨に驚嘆し、これを機に問題の先送りばかりでまともな交渉相手たりえない幕府を見離して薩摩を重視するようになりました。
一方薩摩側も攘夷の不可能を悟り、以後両者は逆に急接近していく訳で。
雨降って地固まるとはこのことか・・・(^^)。

長州藩も4カ国連合艦隊に馬関で敗れましたが、和平交渉にあたった高杉晋作は
「彦島を租借させろ。」
という要求を断固つっぱねて、寸毫も植民地化の隙を与えませんでした。(この時晋作25歳!)

いずれも軍事的には「敗北」でしょうが、戦略・外交的には「負けではない」とさえ言える結果だと思います。

「戦術的な勝利」と「戦略レベルで独立を守る」こととどちらをより高く評価すべきかは、銀英伝を書かれた田中センセーなら自ずとわかってらっしゃるでしょう。

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board2 - No.841

Re: ながら作業

投稿者:NNG
2000年04月21日(金) 14時27分

冒険風ライダーさんは書きました

>田中芳樹はフィクションの作品中で自分の「本音」を吐いちゃうんで
>すよねぇ…
>
>  また、薬師寺涼子の性格と完全に乖離している「弱者擁護的な言
>動」にも何とかしてもらいたいものですね。
>  薬師寺涼子は、そのパクリの元ネタであるリナ・インバースや美神令子がそうであるように「自己中心的」で「独善的」で「他人の迷惑を顧みない」といった性格をしています。ところが、本来ならば薬師寺涼子の個性であり魅力にもなりえるであろうその性格が、次のような主張と相互矛盾を引き起こしているのです。
>
> 摩天楼 P194
> <あるとき、涼子は何とかという文芸評論家と対談した。どんな凶悪な事件でもかならず加害者を正当化して、一部のマスコミから進歩派だの人権派だのと持ちあげられている男だ。この男は、上機嫌でこんなことをいった。
> 「ボクはたとえ、自分の妻や子がサリンで殺されても、犯人の人権は守りますよ、生命がけでね。それが知識人としてのつとめですから」
>  すると涼子は、あくびをひとつしてから応じた。
> 「つまりあなたは、自分の奥さんや子供さんには、サリンをまかれたりせず平和に生きる権利などない、とおっしゃるんですね。父親に見殺しにされる子供さんのご意見を、ぜひうかがいたいわ」>

>
> 東京ナイトメア P134下段~135上段
> <「や、やめんか、やめろ!」
>  白髪の老人が悲鳴をあげた。
> 「それがどれほどの価値のあるものか、わかっておるのか!?お前なんぞの想像もつかないくらい貴重なものなんじゃぞ」
>  涼子は平然として老人を見返し、よどみない口調で答えた。
> 「元の青花釉裏紅大壷。一四世紀前半のものらしいわね。こんなたいそうなもの、財務省の役人なんかに独占させておくべきじゃないわ。博物館で国民みんなに公開すべきものでしょ」>

>
> 「父親に見殺しにされる子供さんのご意見を、ぜひうかがいたいわ」
> 「博物館で国民みんなに公開すべきものでしょ」
> この2つのセリフ、上記の薬師寺涼子の性格と明らかに矛盾しているのですけど、上記の問題と同じくこの矛盾にもやはり「無自覚」です。普通、上記に挙げたような性格で、他人を思いやるような言動を「堂々と」展開しますかね?
>  このような描写があるために、薬師寺涼子の性格が中途半端にしか表現できていないと思うのですが。
>

これは涼子の傍若無人ぷり?を表現する際に、田中芳樹の感じた
不満を材料にしているからではないでしょうか?
田中芳樹はテレビを見ながら作品を書いているようなので、
その時その時で放送されたものを材料にしているのだと思います。
そして自分の「本音」を涼子に吐かせるため、涼子自身の性格と
矛盾が生じているのではないでしょうか?

読者を待たせておきながら、自分はテレビを見ながらのんびりと
書いているんでしょうねぇ。
ん?アルスラーンなどを書く時もテレビをつけているんだろうか?
田中芳樹もさすがにアルスラーンなどのときはテレビを消すけど、
やはりテレビは見たいからアルスラーンなどは後回しにしている
のだろうか?

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board2 - No.842

借景小説

投稿者:本ページ管理人
2000年04月21日(金) 17時59分

新Q太郎さんは書きました
>ちなみにこの作品、呉智英氏いうところのいわゆる「借景マンガ」ですね。つまり「登場人物のセンス、思考様式、行動がすべて現代と同じで、舞台が昔なだけ」なのです。

 ところで、田中芳樹の小説というものは、ほとんどが「借景小説」なんですよね。
 原義の意味そのままで取れば、彼の歴史小説はモロに借景小説だし、原義の応用で解釈すれば、伝奇モノも一種の借景小説でしょう。

 これはどういうことかというと、作品世界は妖怪や霊が実在する世界なのに、それが実在しない現実世界の常識を当てはめているわけです。つまり、「登場人物のセンス、思考様式、行動がすべて現実と同じで、舞台がパラレル世界なだけ」。

 歴史小説が借景小説であることに関しては、まあ、その作品の内容次第(あの司馬遼太郎もほとんどそうですし)とも言えますね。但し、私的には、流れだけ史実・原典にヘンに忠実で大胆な解釈があるわけでもなく、かといって当時の思考や社会を鮮やかに書き出して知的好奇心をそそるわけでもなく、退屈ですけど。

 伝奇が借景であることに関しては、何を考慮しても分裂症としか言いようがないです。こりゃ。

「『三国志演義』を読んだことがあるだろう。竜穴だけでなく竜脈というものが地中にはある。それを探り当て、わがものとすることによって、帝王は一国を打ち立てることができるのだ」
「いっておくが、『三国志演義』は小説だ。小説に書いてあることを本気にするのは、せいぜい小学生までにしておくんだな」
(創竜伝5 P200)

 「売り言葉に買い言葉」の場面であることを考慮しても、これはねぇ…
 もし、『三国志演義』で「竜穴」や「竜脈」を扱う理由が、『「フィクション」の意での「小説」を、面白くするため』だとするのならば、始君=田中芳樹の「中国観」の底が知れると私は思います。

P.S.
>しかし、椎名氏のファンサイトで、この「涼子シリーズ」って話題にならないのかね。もともと少ないけどさ。

 くだらんことですが、薬師寺読んだ後に「極楽」28巻の「紙の砦」(悪魔に魂売った文豪とライトノベルズ作家がせめぎ合う話)を読むと、ちょっとだけ笑えました。

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board2 - No.843

Re: いやいや

投稿者:Merkatz
2000年04月23日(日) 14時44分

冒険風ライダーさんは書きました
>第一、他の作家の作品の内容を批判するのであればせめて名前と書籍名と引用ページ
>ぐらいはきちんと付記して下さいよ。この社会評論だけでは、誰の、何の作品を
>批判しているのかがさっぱり分からないではありませんか。

実名を記して批判できる度胸があるくらいなら、最初からフィクションに名を借りて社会評論をやるようなセコい真似はしないでしょう。
リスクを負わずに批判したいという低劣な精神が、フィクションの中で、匿名でそれとなく示唆しながら批判するというくだらん事をさせているんでしょう。

いっぺん、ノンフィクション(評論本)でも出してやればいいのにねえ。

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board2 - No.844

「ヘブロンの虐殺」事件とその背景

投稿者:heinkel
2000年04月23日(日) 17時47分

 「ヘブロンの虐殺」

 1994年2月25日、イスラエル占領地ヘブロンの中心部にあるイブラヒム・モスクで、男が、モスク内で礼拝をしていたパレスチナ人に向けて自動小銃を乱射、パレスチナ人30人が死亡した。男は生き残ったパレスチナ人によってその場で殴り殺された。さらにヘブロン各地でイスラエル軍とパレスチナ人が衝突、約10人が死亡した。男は、ヘブロンに隣接する入植地キルヤト・アルバに住む米国生まれのユダヤ人、バルーフ・ゴールドシュタイン。1983年にイスラエルに移民。内科医で、過激な入植活動組織「カハ」のメンバー。
 この事件の5ヶ月前にイスラエル政府とPLOとの間に暫定自治合意が成立しており、和平交渉の進展に反発しての犯行と思われる。

 「カハ」

 米国生まれのラビ、メイール・カハネによって創設。カハネはパレスチナ人の国外退去を主張。過激な入植活動を行い、パレスチナ人に対する何件かのテロに関係していたと見られる。カハネは1990年ニューヨークで銃撃され死亡するが、その後も支持者らは活動を続けている。その思想はシオニズムとメシア思想と一体化させた物で、占領地における入植活動を、神の意志の体現と考えた。

 「ヘブロン」

 ヘブロンの「マクペラの洞窟」と呼ばれる墓所にはユダヤ人の祖とされているアブラハム、その子イサク、その孫ヤコブとそれぞれの妻が埋葬されていると信じられており、ユダヤ人にとっての重要な聖地である。またアブラヒム(イブラヒム)はイスラム教にとっても預言者の一人であり、638年のアラビア人の征服後には墓所の上にイブラヒム・モスクがつくられて、この地はイスラム教徒の聖地ともなった。以来この地に、ユダヤ人とイスラム教徒が併存することとなる。
 1500年代には、ヨーロッパで異端審問所から逃れたユダヤ人が、ヘブロンでユダヤ人街を設立した。また、同じ理由のためスペインから逃れたイスラム教徒は、この周辺に落ち着くこととなった。
 20世紀初頭までは両者の関係は友好的であったと思われるが、しかし、1929年両者の間で大規模な衝突が発生。多くのユダヤ人が殺され、ユダヤ人のコミュニティは消滅する。
 その後、第3次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西岸を占領した翌年の1968年、少数のユダヤ人グループがヘブロン市内のホテルに立てこもり1929に消滅したユダヤ人居住区を再建すると宣言。イスラエル政府はホテルから退去させる代償として隣接地に入植地キルヤト・アルバを建設。現在6000人のユダヤ人が在住。カハその他の過激な入植活動組織の拠点となっている。

 …こんな感じです。

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board2 - No.845

Re: 福田和也、芳樹に意外な高評価

投稿者:heinkel
2000年04月23日(日) 17時54分

新Q太郎さんは書きました
> 今評判の福田和也「作家の値打ち」を立ち読み。主な作品を百点満点で点数付けするという、渡部直己?のチャート式に対抗したかのような本である。
> さて、ここには入っちゃいねえだろう、と思いつつ田中芳樹を探すとちゃんと存在し、しかもすべての作品(中国もの)が60点代をたたき出していた隋唐演義まで褒めてる。
> ちなみにざっと見た中で、一番評価が低かったのは船戸与一。

 私も立ち読みで失礼。
 東野圭吾より低めでほっとしたけど、大沢在昌より高めな評価にはむむむ。でもこれって、よく見ると「日本人も知識として知っておくべきだ」とか、歴史紹介という意味での評価が多分にプラスされている感じですね。もっともですけど、小説としては『新宿鮫』のほうが楽しめます。
 それにしても、船戸与一ってどんなに酷いのか読んでみたくなった(<悪い癖)。

board2 - No.846

ひさびさにきてみたけど

投稿者:ふしまち
2000年04月23日(日) 19時27分

ドラ又だか、スマタ(をげひん)だか知らないわけのわからん話の新書が
出たとか出ないとか(笑)(T~T)

最近は塩野七生な伏待で、民主主義万歳、中国大人スキスキな矛盾テンコモリのタ
ナカヨシキがうざくなってきた伏待でした(笑)

追伸、レットホットドラグーンの続きが出れば買うかも(笑)
アルスラーンは短編集のあつまりというカンジで苦しい~(笑)
魔法とか魔王とかそういう菊池センセの守備範囲が書けないのに無理して書いている
からなー>角川が悪い

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board2 - No.847

Re: 「ヘブロンの虐殺」事件とその背景

投稿者:本ページ管理人
2000年04月24日(月) 15時46分

heinkelさんは書きました
>  「ヘブロンの虐殺」
>  …こんな感じです。

 ありがとうございました。
 やはりどこからどうしても狂信的過激派だったんですね。
 「通俗道徳」というものは、ダブルスタンダードや論理矛盾の宝庫という側面が確かにあります(もっとも、反面、常識とはそういう側面を持つからこそ成立するという部分があることも事実ですが)。
 その部分を批判・指摘すること自体には、私は何かを言うつもりはありません。あえて、静かな水面に波紋を投げかけることも評論の役割だからです(損な役回りやね)。
 ですが、あえて静かなところに波紋を投げかける以上は、その質が鋭く問われるはず。

>これは「何でも生命がけでやればえらい」という通俗道徳を信じる人々にとっては、なかなか厳しい返答であろう。

 社会が社会である以上、通俗道徳には「人を殺してはダメ」というものは必ずあって(戦争地帯のような例外状況では限りなくその割合が低くなるが、それでもゼロになることはあり得ない)、まさに田中芳樹の挙げる通俗道徳と矛盾します。
 例えば日本のように「生命は地球よりも重い」国では、その矛盾は、突き方によっては「なかなか厳しい」問いになるでしょうが…
 ついでに、「213年前(だったかな)に、フランスで、民主派が、ゴールドシュタインよろしく『生命がけで』憑かれたように人を殺しまくった(ちなみに大虐殺ですよ、フランス革命は。この騒動で死んだ人は、第一次・二次両大戦合計のフランス総戦死者よりも多い)」おかげで現在の民主社会があるという点も、通俗道徳で隠されてますね。田中センセはどう思うのかな。

>やることの意味を考えずに生命を軽んじるような者は、異なる価値観を持つ者に利用されるのが落ちである。

 どうして1+1=○×▽☆…みたいな事になってしまうのか私にはよくわかりませんが、もしかしたら、これって「特攻隊」に対する当てつけのつもりなんでしょうか?(某所(日本茶掲示板)の特攻隊の議論をみていてふと考えついたのですが、何か腑に落ちたので)。

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board2 - No.848

私個人は船戸与一は高評価

投稿者:本ページ管理人
2000年04月24日(月) 15時52分

>  私も立ち読みで失礼。
>  東野圭吾より低めでほっとしたけど、大沢在昌より高めな評価にはむむむ。でもこれって、よく見ると「日本人も知識として知っておくべきだ」とか、歴史紹介という意味での評価が多分にプラスされている感じですね。もっともですけど、小説としては『新宿鮫』のほうが楽しめます。
>  それにしても、船戸与一ってどんなに酷いのか読んでみたくなった(<悪い癖)。

 私は最近田舎に引っ越したモンで、その本は読んでいないのですが…

 船戸与一は、いわゆる「暗黒小説」(と言っていいかどうか判らないですが(^^;))の日本の大御所ではないでしょうか。
 私は面白いと思うんですけどねぇ。
 新宿鮫を面白いと思われるなら、まずそんなに低い評価にはならないと思います。

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board2 - No.850

ようやく立ち読みしました

投稿者:モトラ
2000年04月24日(月) 16時23分

読んでみましたが…

なんか本当にただの「カタログ」的な内容で、著者が面白いとした作品も、つまらないと切って捨てた作品も、簡単な内容紹介レベルで退屈でした。

「トンデモ本の世界」みたいに、紹介されている本を読んでもいないのに読んだ気にさせられる、もしくは一度は目を通したくなるまでには至りませんね…

著者の毎度おなじみ「刺激的なポーズきめて世間に注目されたい」パターン以上のものとは思えませんでした。

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board2 - No.851

Re837/840/843/847:ちょっと遅めのレス

投稿者:冒険風ライダー
2000年04月26日(水) 18時22分

>小村さん
<ついでながら、「単なる局地戦の指揮官」であるこの劉永福も中国の歴史の教科書にはちゃんと載ってるそうですよ田中センセー(笑)。>

 それは知りませんでしたね。中国も何と時代錯誤な(笑)。
 しかし中国ものに関する田中芳樹のダブルスタンダードは今に始まった事ではありませんからね~。この事を知ったら、過去の主張も綺麗さっぱり忘れて「さすが中国!」と誉めてしまいそうな気がするのですけど。

<「戦術的な勝利」と「戦略レベルで独立を守る」こととどちらをより高く評価すべきかは、銀英伝を書かれた田中センセーなら自ずとわかってらっしゃるでしょう。>

 そう言えば、創竜伝に限らず田中芳樹の中国ものの小説の傾向として、どうも全体的に「戦術的な勝利」ばかりが異常礼賛されていて、肝心の「政治的・戦略的評価」がすっかりおざなりにされてしまっているというのがありますね。その結果、名将や英雄の強さが散々強調されるにもかかわらず、ストーリー全体の流れは敗北と滅亡に向かっているという、何とも支離滅裂な描写になってしまっています。
 これがどうも田中芳樹の中国ものが面白くない原因のひとつになっているように思えるのですけどね(-_-;;)。

>管理人さん
>やることの意味を考えずに生命を軽んじるような者は、異なる価値観を持つ者に利用されるのが落ちである。
<どうして1+1=○×▽☆…みたいな事になってしまうのか私にはよくわかりませんが、もしかしたら、これって「特攻隊」に対する当てつけのつもりなんでしょうか?(某所(日本茶掲示板)の特攻隊の議論をみていてふと考えついたのですが、何か腑に落ちたので)。>

 やはりそうでしょうね。私もこの評論を初めて見た時、真っ先に思い浮かんだのが「特攻隊」と「ヤン・ウェンリーの信念否定論」でしたし。
 しかし田中芳樹は信念や理念などといった価値観を全否定するくせに、日本の政治家を非難する時は「確固たる理念も政策もない」などと言うんですよね。ヤンの信念否定論の時もそうでしたけど、正直、この支離滅裂ぶりは何とかならんのかと言いたくなるのですが。
 ところでイスラエル建国の歴史的背景とパレスチナ問題を詳細にまとめたページを見つけたので、ここに紹介しておきます。
ttp://www.senshu-u.ac.jp/~j090982/seminar/ronbun.html

>Merkatzさん
<いっぺん、ノンフィクション(評論本)でも出してやればいいのにねえ。>

 出てきたらホントに面白いんですけどね。笑いのネタとしては(笑)。
 まあ創竜伝の社会評論のような内容では、仮に出版してもマトモな評論本として評価されるかどうかも怪しいものですけど。

親記事No.717スレッドの返信投稿
board2 - No.852

Re: Re815:チェック機能のない税収システム

投稿者:みかさ
2000年04月26日(水) 20時25分

スレッドが消えないうちに書き込みしましょう。(^_^;)

>それではその帳簿に記載されている「売上高」や「仕入値」が完全に正しいという証明は
>一体どうやって行うのですか?
 通常の取引であれば、商品を納入すれば納品書を発行し、代金を請求する際は請求書を
発行し、代金を領収すれば領収証を発行する。これは当たり前のことだと思います。
 そして、こういった証憑書類を保存することが税額控除を受けるための条件となっている
わけで、これが全く証明にならないとは思えませんが。

>「インボイス方式」のような外部からのチェック機能が全くなく、
 では、インボイスによって何がチェック出来るのでしょう?
万が一、税務署が事業者の取引内容を1から100まで把握するとしたら、日本中でやり取りされる
インボイスをすべて回収して、それをひとつずつ付け合わせていかなくちゃならないと思いますが
現在の経済規模からいって、それが可能かどうかは疑問です。
 結局のところ、申告制を基とするかぎり、インボイス方式によって劇的な効果が現れるとは考え
にくいですが。

>ちなみに「インボイス方式」による事業者の商取引内容や所得水準の把握は、
>消費税だけでなく所得税の徴収にも影響してくる非常に重要なものです。
 消費税と所得税は全く別のものですから、インボイスですべてが解決すると考えるのは安直
過ぎはしませんかねぇ。
 例えば、専ら自家用に使っている車を事業用の資産として、その減価償却費を計上するとか、
日用品を買ったにもかかわらず、消耗品費などに計上してしまったり、ということは、インボイス
方式だからといって、どうにもなるものではないでしょう。

>現行の所得税はクロヨン(所得に対する捕捉率が職種によって違うために、
>捕捉されない所得にかかる税が脱税できる現象)と呼ばれる脱税が横行していて、
 まぁ、これも別に誰かが測定したわけではないでしょう。
給与所得者はそのかわり、領収証をかき集めなくても給与所得控除が受けられるし、
確定申告する手間も要らないわけです。

親記事No.717スレッドの返信投稿
board2 - No.853

Re:821:確かにそうですよね。

投稿者:みかさ
2000年04月26日(水) 21時33分

>あまり赤字になりすぎると今度資金を調達する時にやりにくくなるし、
>かといって大幅な黒字にすると払う税金の金額が大きくなるし・・・。
>決算を誤魔化せるんですから、かなりいい加減です。
>確かに帳簿はつけてますが、表と裏があるのが現状。
 これは、消費税の構造的欠陥とはあまり関係がないように思いますけど。(^_^;)
確定"申告"というとおり、自己申告制である以上まるっきりでたらめな数字で
あっても受理はされます。ただし、税務署も黙って受け付けるわけではありません
から、前年の数字や同業他社の申告内容と比べて、変なところがあれば、調査に
やってきます。そこで不正が発覚すれば、ペナルティが課せられることになります。

>それに、確か年商3000万円未満の個人事業主は、消費税をお客さんから
>取っていても納税しなくてもいいことになってたんじゃなかったかな?
 消費税の納税義務の判定はちょっと特殊です。
簡単に説明すると、平成12年1年分の申告をする場合、その2年前、平成10年の
課税売上高を見ます。これが3000万円以下だった場合、平成12年の売上がいくら
あろうと免税となります。
 これでいくと、新規に事業を始めた場合どうなるか。当然2年前の売上はあり
ませんから、納税の必要は無い事になります。なんだか変ですねぇ。

>よく「益税」って言われてますよね。(この辺あやふや(笑))こういうのは、
>どこでもやっていることでしょう。
 ちなみに、"益税"は"脱税"ではありませんから。(^_^;)

>例えば、近所の八百屋さんが消費税取っていたとしても、果たしてそれが
>ちゃんと国に納められているのかは、単なるお客にはわからないですよね?
 仮にその八百屋さんが免税事業者だったとしても、野菜を仕入れたり、店の
電気代を払ったりしたときは、消費税を払っているはずです。そして、そういった
消費税は消費者に転嫁されることになりますから、八百屋さんが徴収した消費税は
八百屋さんが直接納めなくても、問屋や東京電力などが代わりに納めていると考え
られるわけですね。最も5%すべてとはならないでしょうけど。
 まぁ、「消費税」によって必要以上に収益を得た場合、それには所得税なり法人税が
課せられるわけで、まるっきり払い損でもないとでも考えるしかないでしょうねぇ。

親記事No.717スレッドの返信投稿
board2 - No.854

Re852/853:消費税と所得税の問題

投稿者:冒険風ライダー
2000年04月27日(木) 18時30分

<通常の取引であれば、商品を納入すれば納品書を発行し、代金を請求する際は請求書を
発行し、代金を領収すれば領収証を発行する。これは当たり前のことだと思います。
 そして、こういった証憑書類を保存することが税額控除を受けるための条件となっている
わけで、これが全く証明にならないとは思えませんが。>

 全く効果がないとは言いませんけど、それでも「完全な証明」としては不充分です。
 「帳簿方式」では、以前にも言ったように「消費税を納税する事業者自身によって計算された税額が書かれる帳簿」に基づいて税金の額が決定され、しかも外部からのチェック機能がないため、帳簿内容に事業者の恣意が入りこみやすいというところに問題があるのです。この欠陥が放置されている限り、いくら請求書や納品書などが保存されていても、構造的に脱税がやりやすいという状況が変わる事はありません。
 それに、請求書や納品書などには消費税額が書かれていませんから、帳簿上で税額を計算する過程で数字を操作する事は容易な事です。これまた以前にも言ったように「帳簿方式」では「販売品の値上げ」と「転嫁された消費税額」の区別が不明確ですから、請求書や納品書などを保存しているだけでは、帳簿上に書かれている消費税額の数字が完全に正しいと証明することはかなり難しいと言わなければなりません。
 それとも帳簿を書いている納税者の良心ってそんなに信用のおけるものなのですか? 外部からのチェック機能がなく、自分のやりたい放題にできるところに不正が起こるという例はいくらでもありますけど。

<では、インボイスによって何がチェック出来るのでしょう?
万が一、税務署が事業者の取引内容を1から100まで把握するとしたら、日本中でやり取りされる
インボイスをすべて回収して、それをひとつずつ付け合わせていかなくちゃならないと思いますが
現在の経済規模からいって、それが可能かどうかは疑問です。
 結局のところ、申告制を基とするかぎり、インボイス方式によって劇的な効果が現れるとは考え
にくいですが。>

 それを言うなら、現行の「帳簿方式」において請求書などを大量に保存する行為こそが膨大な労力を費やすと思いますけど。
 何しろ請求書などに書かれている内容を全部帳簿に転記しなければならないのですから、その作業における納税事業者の負担は相当なものがあります。下手をすると「インボイス方式」による大量のペーパーワークよりも、こちらの方が負担が大きいかもしれません。しかも、それでいて脱税ができる余地が大いにあるというのですから、結局のところ現行の「帳簿方式」には実は何ら利点がないとすら言えるのです。
 それに「インボイス方式」には前にも言ったように「取引当事者間の相互牽制作用」(外部による税収チェック機能)がありますから、これによって脱税の大部分を事前に防止することができます。これから言っても「インボイス方式」の方が消費税の税収システムとしては最適であると思うのですけどね~。

<消費税と所得税は全く別のものですから、インボイスですべてが解決すると考えるのは安直
過ぎはしませんかねぇ。
 例えば、専ら自家用に使っている車を事業用の資産として、その減価償却費を計上するとか、
日用品を買ったにもかかわらず、消耗品費などに計上してしまったり、ということは、インボイス
方式だからといって、どうにもなるものではないでしょう。>

 すいませんが、私の投稿をきちんと読んでいただけたのでしょうか?
 私は「インボイス方式を採用すれば、所得税の脱税は『全て』解決する」などとは一言も言っていませんよ。「クロヨンによる脱税を『ある程度』防止する事ができる」とは言いましたけど。これから一体どうやってそこまで論理が飛躍するのです?
 所得税は消費税以上に深刻な構造的欠陥(超累進課税率とクロヨン・源泉徴収の問題など)をかかえていますから、こちらはもっと抜本的な改革が必要です。ただここでは、所得税のクロヨン防止には「インボイス方式」が一定の効果をもたらすという意味で所得税について触れただけなのですけどね。

<まぁ、これも別に誰かが測定したわけではないでしょう。
給与所得者はそのかわり、領収証をかき集めなくても給与所得控除が受けられるし、
確定申告する手間も要らないわけです>

 実はこれこそが所得税の構造的欠陥なんですね。
 給与所得者は源泉徴収によって税金が自動的に支払われてしまうために節税の機会すら全く与えられないのに対して、事業者はクロヨンによって大量の脱税が可能なのです。これが所得税制に対する不公平感を高めています。
 しかも日本の所得税は世界一高いとさえ言われている超高率な累進課税をかけているために金持ちが育ちにくく、しかもそれが所得税の税収システムを複雑なものにしているため、税収を一層困難なものにしているのです。事業者が所得税を納めるために大量の領収書を必要とするのも、全てこの超高率累進課税システムの弊害でしょう。
 アメリカやイギリスでは、所得税の累進課税が2段階に簡素化され(日本は5段階)、税率も著しく下げられたため、それが両国の経済に好景気をもたらしたのです。この事例を日本も見習うべきだと思うのですけどね。

<ちなみに、"益税"は"脱税"ではありませんから。(^_^;)>

 「益税」というのは一種の「合法的脱税」とでも言うべきものでして、これは「帳簿方式」と同じくらいの消費税制の構造的欠陥でしょう。確かに非合法ではありませんが、工夫次第で無税にできてしまうという点では立派な「脱税」です。
 ちなみに「帳簿方式」もまた、この「益税」の増大に荷担しています。

<仮にその八百屋さんが免税事業者だったとしても、野菜を仕入れたり、店の
電気代を払ったりしたときは、消費税を払っているはずです。そして、そういった
消費税は消費者に転嫁されることになりますから、八百屋さんが徴収した消費税は
八百屋さんが直接納めなくても、問屋や東京電力などが代わりに納めていると考え
られるわけですね。最も5%すべてとはならないでしょうけど。
 まぁ、「消費税」によって必要以上に収益を得た場合、それには所得税なり法人税が
課せられるわけで、まるっきり払い損でもないとでも考えるしかないでしょうねぇ。>

 ↑この主張、少しおかしくありませんか?
 別の所で消費税を支払ったからと言って、自分が侵した脱税が免罪されるわけがないでしょう。どこにカネを使おうが、消費者から不必要にカネをとったという事実に変わりはないのですから。
 そもそも消費税を支払う事は全ての消費者が行っている事です。つまり「払って当たり前」なのであって、それと消費税の不正徴収とを足し合わせて「プラスマイナスゼロ」になるという論理は理解に苦しみます。
 ちなみに所得税にもクロヨンという問題点があることをお忘れなく。

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