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投稿ログ27 (No.513 - No.528)

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board2 - No.513

納得です

投稿者:あしだ
2000年01月19日(水) 04時13分

> この場合「ヤンがラインハルトにこだわる事によって、どのようにして自らの戦略目標を達成するか」という構想が必要になります。しかし銀英伝全編を通じて、ヤンにそのような具体的な構想がありましたっけ?
> 戦場でラインハルトを殺す事すら許されないのでしょう? ヤンの選択肢はさらに狭まってしまうのではないかと思うのですが。

これに関しては、ヤンの死後にイゼルローン勢力がとった行動規範 (まず皇帝を戦いに引き出し、その上で今度は交渉の席に引き出す) が当てはまるのではと思っておりました。しかしながら、冒険風ライダーさんがおっしゃる「そのような方法で認められた民主主義の存続が極めて脆弱なものである」という視点が不足していたようです。また、

>  そもそもヤンの民主主義思想から言っても「皇帝の慈悲なり寛容さによって民主主義を存続させる」などという考え方自体、否定されるべき考え方なのではないでしょうか?
というのもご尤も。そう考えれば、10巻終了以降の「バーラト自治州」っていう形態は、草葉の陰から見ているヤンにとって必ずしも望ましい結果ではなかったのでしょうか...不勉強につき、

> 以前に不沈戦艦さんが主張していた「バーラト自治州の脆さ」

は存じませんでした。ログをあたってみます。ところで、

> オーベルシュタインとロイエンタールとが手を組む、というのは、あの二人の対立ぶりを見ても絶対にありえないことだと思いますが(^_^;)、

はははっ、そうですね。でも、オーベルシュタインとソリが合う人って、(ラインハルトも含めて) そんなにいないと思いますし、あえて極端な組み合わせを持ち出してみました。実際、目的のためなら理想ばっかり求めていてもしょうがないと割り切って考えられそうなロイエンタールは、オーベルシュタインにとって仕えやすい上司なのでは。

> 1. 銀英伝7巻、イゼルローン奪取後の謀略

うーん、遠大な謀略、ホントに「反銀英伝」が書けてしまうのでは...。あ、でも、これだとヤンが厭うような「謀略」とは趣が違うのでは。むしろ、「地球教を操ってテロに走らせる」という辺りを実務レベルで推敲すれば、まんま (別世界の) ヤンが構想する「政略」になり得るような気がいたします。

> この謀略戦略で一番重要な事は、ヤンの名声を徹底的に利用した上で「ヤンと戦う事は帝国にとって不利益である」と帝国上層部に思いこませることです。

死後のヤンでさえ、あれだけの影響力があったことです。まして生きてるヤンならば...

> 2.「オーベルシュタインの草刈り」の対処法

なるほど、そうですね。ラインハルトにしても、こう訴えられたら理の上からも情の上からも人質の解放を命じざるを得ないですね。オーベルシュタインとしては、それを防ぐための徹底的なイゼルローン通信封鎖をするというところですか。あの世界では、そういう技術的なところってどうなっていましたっけ?

:
:
ご教授いただいて、(最初に戻って) 冒険風ライダーさんがご指摘なさた「ヤン・ウェンリーの矛盾」がわかってきました。ご指摘の点にも留意しつつ、久しぶりに再読したいと思います。

親記事No.507スレッドの返信投稿
board2 - No.514

Re: ちょっとした息抜き(特に小村損三郎さんへ)

投稿者:小村損三郎
2000年01月19日(水) 13時00分

本ページ管理人さんは書きました
> 銀英伝の実写化キャスト投票アンケートを見つけました。
>
> ttp://snog.squares.net/vote/vote.cgi?detail=%83%84%83%93%81i%93%e0%91%ba%8c%f5%97%c7%81j&room=11337

早速見てきました。

>ブラウンシュヴァイク=中尾彬

だひゃひゃひゃひゃひゃ。
バカウケ。
この人たしか『炎立つ』では後白河法皇を演っていました。あんな脂ぎった後白河は後に
も先にも無かった(笑)。

>ラインハルト=京本政樹
↑やはり同じことを考えた人がいたか。

>アッテンボロー=織田裕二

う~ん(^^;;)

関係ないけど『めぞん一刻』のファンページでも実写版のキャストの投票をやってます。

で、五代くん役の1位が巨人の上原なの(爆笑)。

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board2 - No.515

この思想的矛盾に関しては

投稿者:本ページ管理人
2000年01月19日(水) 16時48分

>  実は恥ずかしながら、新Q太郎さんと管理人さんのこの主張の部分が私にはよく分からないのですよ。私は基本的にストーリー矛盾については、
> 「作品中のストーリー矛盾というのは、それについて考えたり議論したりする事には意義があるが、矛盾それ自体はあくまでも矛盾でしかない」
>  という考え方を持っていますので。私が銀英伝を「名作」と考えるのも、ストーリーの面白さや問題提起もさることながら、こういった「思想的矛盾」について「いろいろと考える事」こそが面白いものであると思うからでして。
>  新Q太郎さんや管理人さんの主張を私なりに解釈してみると、
> 「あの矛盾は田中芳樹が銀英伝の重要な一テーマとして『故意に作り上げて放置しておいた』のであり、銀英伝のストーリーの根幹を支える要素の一つとなっている」
>  となったのですが、この解釈で正しいのでしょうか? この解釈なら納得できますが、それとも何か他に別の解釈なり理由なりがあるのでしょうか? 教えていただければ幸いです。

 すっかり忘れていたあのユリアンのセリフを見てしまうと、「書いた時点で田中氏は気づいていたのではないか」という私の主張は怪しくなってくるのですが(汗)、しかし、それにしても「意図せざる矛盾」として物語としての評価になると思うんですよ。
 この矛盾というのは、「ストーリー矛盾」と別のものである、もっと言えば、思想的矛盾のあることが意図によるものか否かに関わらずストーリーの完成度を高めている、というのが私の判断なのですが、如何?

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board2 - No.516

Re509/513:謀略論あれこれ

投稿者:冒険風ライダー
2000年01月19日(水) 16時48分

>ふみさとけいたさん
<「民意」というものを無視するのもどうかと考えましたが、やったのはオーベルシュタインであり、ラインハルトはむしろ反対していたことを考えると、オーベルシュタインに反発するあまり皇帝の評価が上がり、結果的に新帝国の体制は強固になるのでは、という結論にたどり着き、オーベルシュタインのすごさを再確認するだけに終わってしまいました。結局「民意」としてもそれを受容するだけの下地があるからこそ謀略が成功するのでは?と今は考えています。というかそう考えたいです。
そんなわけで民衆が納得してしまうのならば、この議論は最初から成り立たないという結論にたどり着きました。少し悔しい気もしますが…。>

 確かにオーベルシュタインは、ある程度ラインハルトの性格をも考慮し、ラインハルトが自らの謀略を撤回することも計算に入れた上で「オーベルシュタインの草刈り」を実行したのでしょう。しかし、もし仮に「オーベルシュタインの草刈り」がそのまま実行され、ユリアン達が処断されたとしても、オーベルシュタインは何ら痛痒を感じなかった事でしょうし、その場合、オーベルシュタインの権限行使の元である「ラインハルトの全権代理」という立場的な地位によって、最終的にはラインハルトの責任も問われることとなるでしょう。オーベルシュタインの独断専行ということが明らかにならない限り、ラインハルトはオーベルシュタインの行動を追認している事になるのです。これは「ヴェスターラントの虐殺」の被害者が、オーベルシュタインではなくラインハルトを暗殺しようとした事からも明らかでしょう。
 No.511における「オーベルシュタインの草刈りの対処法」の極意は、その弱点を専制攻撃で突き、オーベルシュタインの権限自体に疑問を生じさせることにあります。そうすれば、ユリアン達は、法的に「オーベルシュタインの独断専行」などに従う必要はなくなるのですし、謀略の効果も現れないうちに「オーベルシュタインの独断専行」に対する非難が殺到し、自動的に謀略は消滅せざるをえないのですから。
 ところで謀略というものは「民意」というものを必要とするのでしょうか? そもそも謀略というものが民衆の圧倒的多数によって支持されるということはまずありえないですし、結果を見れば非難が集中するに決まっています。秦檜の岳飛殺害、徳川幕府の豊臣家に対する策謀なども、はっきり言って一般ウケするものではありませんし、当時も散々非難を受けた事でしょう。
 しかしその結果、民衆はその謀略の結果である「平和と統一」を享受しましたし、謀略をめぐらした黒幕の行為を散々非難しても、その事に基づいた国家に対する反乱などはほとんど起こっておりません。このことは私が主張した「政治責任は結果が全てである」という事を証明していますし、謀略の過程に起こる「民衆の反感」なども、長期的に見れば何ら問題ではない事も証明しているのではないでしょうか。
 ただ、その謀略に最高権力者が関わっているとなると、ある程度政治的にマイナスになるという事も起こり得ます。「ヴェスターラントの虐殺」の被害者が「最終責任者」であるラインハルトの暗殺を企図したように。だからこそ、オーベルシュタインのような「汚れ役」が必要になるのです。
 オーベルシュタインについては、No.487で紹介したMerkatzさんのHPにも詳しい解説がありますので、そちらも参照する事をお勧めします。

<「正道」というのは一体なんなのでしょうか?僕は「市井の倫理」であると考えます。僕は、ヤンという人を「公人になりきれなかった人」であると考えています。なまじ自分なりの考えを持ってしまったために、軍という組織の中でもそれを捨てきることが出来ず、「市井の倫理」を捨てきることが出来なかったために謀略に関することをはじめとした多くの行動が矛盾してしまったのではないでしょうか。また、私人に徹し、物事を作り上げるには信念に対する嫌悪感が強すぎた(これに関しては冒険風ライダーさんのおっしゃる通りだと思います)。それゆえにヤンの後継者であるユリアンもそれを受け継いでしまったのではないでしょうか。>

 「正道」の解釈はまさにその通りだと思います。また、ヤンの「市井の倫理観」が様々な所で矛盾をきたし、ヤンの戦略目的を阻害していることも確かでしょう。
 しかし、ただ「市井の倫理観」を持っているだけでは、ヤンの行動があそこまで矛盾する事はないのです。ラインハルトがその良い例でしょう。ラインハルトも「市井の倫理観」を結構重要視していましたが、ヤンに比べれば謀略の必要性を理解していましたし、実際、嫌っているはずのオーベルシュタインの献策をかなり受けいれています。つまり、双方とも「市井の倫理観」という物を持ち合わせておきながら、ラインハルトは謀略を展開するために「市井の倫理観」をある程度無視する事ができたのに対し、ヤンにはそれができなかったという違いが発生しているのです。
 このヤンとラインハルトの違いは何か? それは「市井の倫理観」をどのくらい絶対視していたかです。その観点から見ると、ヤンはまさに「市井の倫理観」を絶対視しており、その結果として謀略を嫌っていると言えるでしょう。実はこのヤンの「市井の倫理観の絶対視」こそが、私が「信念」と呼んだ部分なのです。
 ヤンの「信念」の定義によれば、「信念とは願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない。それが強まれば強まるほど、視野はせまくなり、正確な判断や洞察が不可能になる」ものなのだそうですが、これに従えば、ヤンが「市井の倫理観」を絶対視し、謀略を否定する姿勢こそ、まさにヤンが定義する「信念」そのものなのではないでしょうか。政治に謀略が必要であるということや、謀略が味方の犠牲を少なくする事ができることを、ヤンが理解しているであろうにもかかわらず、「市井の倫理観」に基づいて謀略を否定するというのですから。
 ヤンが本当に戦争による犠牲者を減らしたいと思うのならば、感情や倫理観が大事であるなどという「信念」などさっさと捨ててしまうべきだったのです。ヤンの思想的にも感情的にも、ヤンの謀略否定の姿勢が全く理解できないというのは、そのためなのです。

>あしださん
<以前に不沈戦艦さんが主張していた「バーラト自治州の脆さ」>

 これは過去ログ・ザ・ベストの「反銀英伝・1」にあります。

<でも、オーベルシュタインとソリが合う人って、(ラインハルトも含めて) そんなにいないと思いますし、あえて極端な組み合わせを持ち出してみました。実際、目的のためなら理想ばっかり求めていてもしょうがないと割り切って考えられそうなロイエンタールは、オーベルシュタインにとって仕えやすい上司なのでは。>

 オーベルシュタインにとって理想の上司というのならば、私はオーベルシュタインが一番嫌っているであろうルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを挙げますね。あの御仁ならば、オーベルシュタインの献策に感情的な反発を示す事はまずないでしょうから。
 このあたり、オーベルシュタインにも矛盾を感じるのですけどね。

<うーん、遠大な謀略、ホントに「反銀英伝」が書けてしまうのでは...。あ、でも、これだとヤンが厭うような「謀略」とは趣が違うのでは。むしろ、「地球教を操ってテロに走らせる」という辺りを実務レベルで推敲すれば、まんま (別世界の) ヤンが構想する「政略」になり得るような気がいたします。>

 実際には、ヤンはエル・ファシル独立政府の宣伝工作すら嫌がったぐらいですからね(銀英伝7 P128)。あれでは謀略を振るうどころか、そもそもまともに政治を行うことすらできないでしょう。
 政略すら嫌うようでは、謀略などに手を出すことなどできようがないですね。ヤンは政治の場に感情を持ちこみすぎるのです。それが政治的にいかにまずい事であるか、まさか理解できなかったわけではなかったでしょうに。

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board2 - No.517

Re: 初めまして

投稿者:本ページ管理人
2000年01月19日(水) 16時52分

> 初めまして、この掲示板の皆様方。
> そして、石井由助さん、日本茶では
> お世話になりました。

どうも、こんにちは。
この掲示板でもなにか機会がありましたら発言していただければ幸いです。

もっとも、かくいう私がここのところ人の軒先に顔を出す割に自分の掲示板に書き込む余裕があまりないのですけど(大汗)
 反省せねば……

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board2 - No.518

Re: 超能力者と謀略

投稿者:NNG
2000年01月19日(水) 16時56分

冒険風ライダーさんは書きました
> <創竜伝の御一行に一人くらいこういう御仁がいても良いような気もしますがねぇ…そもそも、世界的な謀略組織に暴力だけで勝てるのかどうか疑問ですね。>
>
>  そもそも政治的・経済的な影響力という観点から見れば、竜堂兄弟も市井の庶民と全く異なる点はないのですからね。現に四人姉妹の政治的・経済的世界戦略に対して竜堂兄弟は全く無力です。
>  あそこまで絶望的な力の格差を超人的な暴力だけで埋めようなどという発想自体、トンデモであると言わざるをえないのですが…………まあ「感情によって行動する」などと自ら公言しているような連中に謀略の意義を分からせる事など、まず不可能でしょうけどね(笑)。

 竜堂兄弟に謀略は必要なのでしょうか?犬神明は超人的な力を持ちつつも権力者には敵いませんでした。このような作品に対し生み出されたのが竜堂兄弟だったと言うようなことをどこかで読んだ気がします。

 謀略の重要性は分かるのですが、竜堂兄弟には必要ないと思います。逆に超能力者が権謀術数を駆使するのは、超能力者として設定した意味がなくなってしまうと思います。

 こういう権力者に屈しない超能力者がいてもいいと思います。ただし何度も使える手ではありませんが。

 ところで創竜伝で賞賛される点ってどこなんでしょう?あるのならば教えてください。1巻の評価はまずまずのようですし。

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board2 - No.519

ただ強いだけでは権力に抗するのは難しい

投稿者:本ページ管理人
2000年01月19日(水) 17時14分

 それがたとえ竜堂兄弟のような白兵戦で核以上の戦闘能力を持つ超人であってもです。

 たとえば、銀行に人質を取って立てこもっている強盗3人と1000人の武装した警官隊、純粋な戦闘力だけ見れば警官隊が劣る理由が全くありません。正面からぶつかれば30秒以内にカタが着くでしょう。
 ですが、実際このような状況だと、強盗側は何時間、何日も粘ります。
 これは極端な例ですが、人質のような卑怯な手を使えば、圧倒的に自分より強大な相手であっても、ある程度制御することが不可能ではありません。

 こうしてみると、竜堂兄弟は超人かも知れませんが、スキだらけですよね。
 敵の悪党側がめちゃくちゃお人好しだとしか思えないんですが、これが卑怯な手を使い出したらとんでもないバイオレンス小説になってしまいますね、きっと(^^;。

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board2 - No.520

Re: Re503:田中芳樹の本音とは

投稿者:本ページ管理人
2000年01月19日(水) 17時27分

> <全くの私見ですが、ひょっとすると田中氏は現在の世界秩序や日本の実情を本音は支持しているのではないでしょうか。
>  創竜伝に出てくる「既存の秩序を代表する存在」が非常に矮小に描かれているのはいまさら繰り返すまでもありませんが、逆を言えば田中氏はそういう手法以外に、既存の秩序を「悪」とするに足る説得力ある描き方を見出せないようにも見えます。>

>
>  小説のストーリーのみに限定できるのならば、確かにそのような解釈も成立しえるかもしれません。しかし対談やあとがきでまで似たようなことを主張をするというのは一体どういう事なのでしょうか?

 第三者からなので適切かどうかわかりませんが、北村さんがおっしゃられているのは「日本を批判しているつもりの田中氏は逆説的に日本の懐の深さに甘えている」と言う皮肉なんじゃないでしょうか。
 ですから、アルスラーンあとがきの引用や「ストーリー構成上やむをえずやっている」云々は少々議論がはずれていると思います。

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board2 - No.522

バスに乗り遅れ~♪

投稿者:Merkatz
2000年01月20日(木) 02時28分

ああっ、なんてこった。
ここんとこ時間の余裕がなくて覗き忘れていたら、面白い議論をやっているではないですか。
遅ればせながら私も一言。

私もヤンの思想的矛盾についてはいくらか気になっていたのですが、
さすがは冒険風ライダーさん、よくまとめていますね。
たぶんヤンは小市民的でありすぎたんでしょうね。年金生活を夢見ているところなんか特に(笑)。
小市民に不釣り合いな巨大な才幹を持っていたことが、思想的矛盾になって表れたのではと思います。
諸葛孔明の何十分の一かでも「信念の人」であれば、自身の正しさを問う場面も、もっと凄味がでたのでは?小市民がそういうことをするのはちょっと滑稽ですよね。

謀略にしても戦争にしても、それは政治目的のための手段に過ぎない。であるならそれらは等価であるはずですが、なぜか≠になるところが変です。
個々の場面においてどちらがより有効な手段であるか、ヤンの立場で言うなら民主主義擁護という目的のために謀略と戦争どちらがより有効か、検討されねばおかしいのですが、端から謀略を除外しています。でも政略ならOKというのはどうにも理解に苦しみます。

オーベルシュタインについては私は本田正信と類似していると思います(というよりモデルとして正信が思い浮かぶ)。しかし決定的に違う部分もある。
オーベルシュタインは完璧ではありません。私に言わせれば「フィクションだからこその完璧キャラ」なんてとんでもない話で、これは作者の田中芳樹の謀略に対する認識にも関わってくるのでしょうが、私が謀略家に必須だと考えている要素がごっそり抜け落ちている不完全キャラです。
そのためにオーベルシュタインの謀略は中途半端なものになっていると思えるのです。
詳しいことは冒険風ライダーさんも紹介して下さっている私のHPでも見て下さい。(^-^)ゞ

ヤンがラインハルトの気質を熟知した上であえて戦ったということに関しては、私はそう思います。
注意すべきは5巻まで(バーミリオン会戦まで)と、それ以降では目的が変わることです。
つまりバーミリオンではラインハルト個人の首を取ることにより帝国新体制を瓦解させ、もって同盟の危機を救うというものでした。戦略の選択肢が極端に少ない状況下、ラインハルトの首を取るという戦術が、唯一戦略的勝利に直結していたわけです。
ですからこれはヤンの否定する「戦術的勝利でもって戦略的劣勢をあがなう」というものではなく、きちんとした裏付けのある戦略なのです。
そのためにラインハルトの勇に逸るという気質を利用する点は、さすがヤンと言えるでしょう。
同盟亡き後は民主主義擁護のためにラインハルトと戦うわけですが、ここが苦しいところですね。
バーミリオンと違ってラインハルトの首を取ることは御法度です。最終的にラインハルト個人の意思に委ねなければならないのですから。その理由として「カイザー、戦いを嗜む」とあります。つまり、ヤンはラインハルトの苛烈な信条(守る価値があることを見せてみろ、ということ)に答えて、自身が戦うことにより民主主義が価値のあるものだと分からせる必要があった。
その意味でラインハルトの気質を熟知した上で相手をしているとは言えるわけです(謀略で勝ち取ったものなどラインハルトは絶対に認めないでしょう。そんなものは武力で踏みつぶしに掛かる可能性大)。
ただ、結果の維持が甚だ心許ないという弱点があるというわけですね。身も蓋もない言い方をすれば作者もそこまで考えが及ばなかったのでしょう(笑)。

しかしロイエンタールとオーベルシュタインという取り合わせは、絶対ないとは言い切れないかも。
なぜならロイエンタールはオーベルシュタインの「下に」立たされるのを嫌っていたわけで、彼の「上に」立てるのなら、部下として迎えるのもあり得るかも。
正副帝ロイエンタール&ミッターマイヤー。下っ端オーベルシュタイン。(^◇^;)

いずれにしても、謀略に倫理観など持ち込むのは無意味です。
政治は結果がすべて。それはマキャベリスト(謀略家)の語源となったマキャベリ自身が明らかにしているところです。

(いかんなあ。(笑)やフェイスマークは冒険風ライダーさんの専売特許なのに結構使ってしまった。(^^; (^^; (^^; )

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board2 - No.523

Re515/518:短レス

投稿者:冒険風ライダー
2000年01月20日(木) 13時05分

>管理人さん
<この矛盾というのは、「ストーリー矛盾」と別のものである、もっと言えば、思想的矛盾のあることが意図によるものか否かに関わらずストーリーの完成度を高めている、というのが私の判断なのですが、如何?>

 なるほど、了解しました。
 確かにあの思想的矛盾は、創竜伝などのように一方的価値観をひたすら押し出すようなものではありませんし、たとえ結果的にとはいっても一種の問題提起にはなっているのですから、銀英伝におけるストーリー矛盾と考えることもないですね。
 ただ、やはり作家論として見ると納得できないものがあることも確かです。あのオーベルシュタインの謀略論を読んで、かつて私は「田中芳樹は政治の現実を直視できる面白い作家だ」と感心したものだったのですがね~(--;;)。

>NNGさん
<謀略の重要性は分かるのですが、竜堂兄弟には必要ないと思います。逆に超能力者が権謀術数を駆使するのは、超能力者として設定した意味がなくなってしまうと思います。
 こういう権力者に屈しない超能力者がいてもいいと思います。ただし何度も使える手ではありませんが。>

 「権力者に屈しない超能力者」という設定を貫くのならば、なおさら謀略が必要であると思いますけどね。たとえば創竜伝1巻で、竜堂兄弟は敵側から銀行預金封鎖という手段をやられた事があります。こういった事は竜堂兄弟の超人的パワーなどではどうにもなりません。
 何も正面から攻めこむだけが戦法ではありません。兵糧攻め・人質・法を使った合法的逮捕など、敵はその気になればあらゆる戦法を使う事ができるのですから、自己防衛のためにも謀略は必要なのです。
 創竜伝がそうなっていないのは、結局のところ悪役があまりにも低能かつお人好しであるからであって、別に竜堂兄弟が偉大なのではありません。

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board2 - No.524

Re523:来ましたか♪

投稿者:冒険風ライダー
2000年01月20日(木) 13時09分

 おお、Merkatzさん、ようやく来られましたか。お待ちしておりましたよ。
 今回は以前そちらのHPで展開されたオーベルシュタイン論争が結構参考になると思いましたので、積極的にCMしておきました(^^)。
 ところで、ひとつ反論なのですが、

<同盟亡き後は民主主義擁護のためにラインハルトと戦うわけですが、ここが苦しいところですね。
バーミリオンと違ってラインハルトの首を取ることは御法度です。最終的にラインハルト個人の意思に委ねなければならないのですから。その理由として「カイザー、戦いを嗜む」とあります。つまり、ヤンはラインハルトの苛烈な信条(守る価値があることを見せてみろ、ということ)に答えて、自身が戦うことにより民主主義が価値のあるものだと分からせる必要があった。
その意味でラインハルトの気質を熟知した上で相手をしているとは言えるわけです>

 この部分ですが、ヤンがラインハルトに民主主義の価値を分からせるのは良いとして、その場合、ヤンは一体いつまで戦えば良いのですか? 「ここまで戦ったのならば認める」という明確な基準がなければ、ヤンは死ぬまで戦いつづける事になってしまうではありませんか。
 また目的上、ヤンは戦略的格差をひっくり返せる唯一の活路ともいえる「ラインハルトを殺す」という選択肢がとれないのに対し、ラインハルトはヤンを殺す事もイゼルローン軍を壊滅させる事も可能です。この格差は、はっきり言って彼我の戦力差と戦略的格差以上に巨大かつ絶望的です。この状況ではヤンの側に一発逆転の可能性すらありません。これでヤンはラインハルトに勝てるつもりだったのでしょうか? 私にはヤンが勝てる可能性は全くないようにしか見えませんがね。
 かくのごとく絶望的な彼我の戦略的・状況的格差を承知していながら「ラインハルトの来襲を待っているだけ」というのでは、むざむざ叩き潰されるのを待っているようなものですし、現にそうなりかけました。この事がヤンに分かっていなかったとは思えないのですが。
 さらに言えば、民主主義をラインハルトに認めさせるために、わざわざラインハルトを満足させる必要はないのです。前述のように勝率は絶望的に低いですし、オーベルシュタインが主張するように「帝国は皇帝の私物ではなく、帝国軍は皇帝の私兵ではない」のですから、ラインハルトではなく帝国政府と帝国軍を対象にして外交交渉なり謀略なりを展開すれば良かったのです。帝国側にも「イゼルローンに遠征する必要があるのか」という意見を持つ穏健派がいたのですから、こちらの方がはるかに現実的だったと思うのですがね。

PS
<(いかんなあ。(笑)やフェイスマークは冒険風ライダーさんの専売特許なのに結構使ってしまった。(^^; (^^; (^^; )>

 別に専売特許にはしてませんって(笑)。
 それにしても、私も「田中芳樹を撃つ!」に初めて来た頃に比べると、ずいぶん性格が変わってしまったな~(^^;;)。

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board2 - No.525

Re: 納得です

投稿者:NNG
2000年01月20日(木) 14時40分

管理人さん、冒険風ライダーさん、ありがとうございます。
やはり超能力だけでは権力には勝てないのですね。
謀略を用いずに生き残る超能力者の話は無理な代物みたいですね。
竜堂兄弟に謀略を使わせないことが、創竜伝の悪役を低能にしている
みたいですね。

1度、パトカー強奪などの実際に犯した犯罪で逮捕される竜堂兄弟が見てみたいと思いました。その時彼らはどうするのでしょうかねえ?

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board2 - No.526

自分自身も欺いているのでしょう

投稿者:北村 賢志
2000年01月20日(木) 15時34分

冒険風ライダーさんは書きました
>田中芳樹は読者を欺いているのでしょうか?

恐らく「自分自身をも欺いている」のだと思います。
旧社会党の例を考えてください。何十年も「非武装中立」「日米安保絶対反対」を繰り返し、恐らく彼らは主観的には本心からそう思っていたつもりだったはずです。
しかし彼らが政権についた瞬間、それまで口にしていたことの多くは何の総括もなく、あっさり消え去りました。非現実的な空理空論しか頭に無かった彼らは、現実に対して何も出来なかったのです。
要するにその言葉とは裏腹に、旧社会党の主張は現実の肯定と何ら替わりは無かったわけです。
似たようなことは進歩的文化人や戦前戦中の軍部礼賛論者にも言えます。
結局の処、彼らは「そんなことが出来るはずがない」ことを知りながら、自分たちの言葉に酔っていたかっただけと言えるでしょう。
「騙されたい」人間というのは得てして「自分自身を最初に騙す」ものです。田中氏もその一例と言うことです。

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board2 - No.527

Re: Re509/513:謀略論あれこれ

投稿者:ふみさとけいた
2000年01月20日(木) 15時44分

冒険風ライダーさんは書きました
> >ふみさとけいたさん
>
>  確かにオーベルシュタインは、ある程度ラインハルトの性格をも考慮し、ラインハルトが自らの謀略を撤回することも計算に入れた上で「オーベルシュタインの草刈り」を実行したのでしょう。しかし、もし仮に「オーベルシュタインの草刈り」がそのまま実行され、ユリアン達が処断されたとしても、オーベルシュタインは何ら痛痒を感じなかった事でしょうし、その場合、オーベルシュタインの権限行使の元である「ラインハルトの全権代理」という立場的な地位によって、最終的にはラインハルトの責任も問われることとなるでしょう。オーベルシュタインの独断専行ということが明らかにならない限り、ラインハルトはオーベルシュタインの行動を追認している事になるのです。これは「ヴェスターラントの虐殺」の被害者が、オーベルシュタインではなくラインハラインハルトを暗殺しようとした事からも明らかでしょう。
確かにそれはそうでしょうね。

>  No.511における「オーベルシュタインの草刈りの対処法」の極意は、その弱点を専制攻撃で突き、オーベルシュタインの権限自体に疑問を生じさせることにあります。そうすれば、ユリアン達は、法的に「オーベルシュタインの独断専行」などに従う必要はなくなるのですし、謀略の効果も現れないうちに「オーベルシュタインの独断専行」に対する非難が殺到し、自動的に謀略は消滅せざるをえないのですから。
これについてなのですが、NO.511にある、
>「政治犯を収容して無血開城を迫る、という卑怯卑劣な行為は、皇帝ラインハルトの意思に基づいて行われたものなのでしょうか?」

という問いをユリアンが発信した場合、ラインハルトは果たして「No」と答えるでしょうか。というのは、確かにラインハルトはこの謀略を不快に思っていました。しかし、ラインハルトほどの男がそういった状況で素直に「NO」と答えるかは少し疑問です。ここでの返答で事態がどうなるか、ラインハルトには予測がつくのではないでしょうか。それがみえれば、「YES」と答えたときと、「NO」と答えたとき、どちらがより国家にとって不利益であり、また不名誉であるかは明白になり、ラインハルトとしては、「YES」と答えざるをえないのではないでしょうか。このようなことを言いだすと水掛け論になりそうですが。

>  ところで謀略というものは「民意」というものを必要とするのでしょうか? そもそも謀略というものが民衆の圧倒的多数によって支持されるということはまずありえないですし、結果を見れば非難が集中するに決まっています。秦檜の岳飛殺害、徳川幕府の豊臣家に対する策謀なども、はっきり言って一般ウケするものではありませんし、当時も散々非難を受けた事でしょう。
>  しかしその結果、民衆はその謀略の結果である「平和と統一」を享受しましたし、謀略をめぐらした黒幕の行為を散々非難しても、その事に基づいた国家に対する反乱などはほとんど起こっておりません。このことは私が主張した「政治責任は結果が全てである」という事を証明していますし、謀略の過程に起こる「民衆の反感」なども、長期的に見れば何ら問題ではない事も証明しているのではないでしょうか。
謀略が民衆の反乱によって敗れたという例は歴史上ないのでしょうか?
僕の拙い知識ではあるともないとも言えません。クーデターを起こしたけれど、民衆の反乱にあってあえなく・・・という話もありそうなのですが。
>  ただ、その謀略に最高権力者が関わっているとなると、ある程度政治的にマイナスになるという事も起こり得ます。「ヴェスターラントの虐殺」の被害者が「最終責任者」であるラインハルトの暗殺を企図したように。だからこそ、オーベルシュタインのような「汚れ役」が必要になるのです。
>  オーベルシュタインについては、No.487で紹介したMerkatzさんのHPにも詳しい解説がありますので、そちらも参照する事をお勧めします。
はい。その点は異論はありません。

>  「正道」の解釈はまさにその通りだと思います。また、ヤンの「市井の倫理観」が様々な所で矛盾をきたし、ヤンの戦略目的を阻害していることも確かでしょう。
>  しかし、ただ「市井の倫理観」を持っているだけでは、ヤンの行動があそこまで矛盾する事はないのです。ラインハルトがその良い例でしょう。ラインハルトも「市井の倫理観」を結構重要視していましたが、ヤンに比べれば謀略の必要性を理解していましたし、実際、嫌っているはずのオーベルシュタインの献策をかなり受けいれています。つまり、双方とも「市井の倫理観」という物を持ち合わせておきながら、ラインハルトは謀略を展開するために「市井の倫理観」をある程度無視する事ができたのに対し、ヤンにはそれができなかったという違いが発生しているのです。
>  このヤンとラインハルトの違いは何か? それは「市井の倫理観」をどのくらい絶対視していたかです。その観点から見ると、ヤンはまさに「市井の倫理観」を絶対視しており、その結果として謀略を嫌っていると言えるでしょう。実はこのヤンの「市井の倫理観の絶対視」こそが、私が「信念」と呼んだ部分なのです。
>  ヤンの「信念」の定義によれば、「信念とは願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない。それが強まれば強まるほど、視野はせまくなり、正確な判断や洞察が不可能になる」ものなのだそうですが、これに従えば、ヤンが「市井の倫理観」を絶対視し、謀略を否定する姿勢こそ、まさにヤンが定義する「信念」そのものなのではないでしょうか。政治に謀略が必要であるということや、謀略が味方の犠牲を少なくする事ができることを、ヤンが理解しているであろうにもかかわらず、「市井の倫理観」に基づいて謀略を否定するというのですから。
>  ヤンが本当に戦争による犠牲者を減らしたいと思うのならば、感情や倫理観が大事であるなどという「信念」などさっさと捨ててしまうべきだったのです。ヤンの思想的にも感情的にも、ヤンの謀略否定の姿勢が全く理解できないというのは、そのためなのです。

ラインハルトとヤンの違いは、信念というよりも、軍人や権力に対する価値観というか、見方の違いだと思います。
ラインハルトは常に権力への渇望があった。そして、それと平行として戦いに対する渇望もあった。
しかし、ヤンは一市民でありたかった。思想的にも態度的にも軍人になんかなりたくなかったのでしょうし、謀略などに手を染めて、自分が変わってしまうのも怖かったのではないでしょうか。
断固として気持ちで軍隊を辞め、一市民になりきることも出来なかったのは、信念のなさにその原因があるのではないでしょうか?
一市民でありたかったのに信念が足りなかったために、軍人を辞めることも出来ず、状況に流される結果になってしまった。
僕はそう考えます。

親記事No.482スレッドの返信投稿
board2 - No.528

Re: いや、要は往年の番長漫画のパターンかと(笑)

投稿者:Merkatz
2000年01月21日(金) 00時30分

>  この部分ですが、ヤンがラインハルトに民主主義の価値を分からせるのは良いとして、その場合、ヤンは一体いつまで戦えば良いのですか? 「ここまで戦ったのならば認める」という明確な基準がなければ、ヤンは死ぬまで戦いつづける事になってしまうではありませんか。

あっ、確かにそうですね。
戦うことによって分からせるといっても、明確にこれという基準があるわけではありませんから、ヤンの考えているレベルとラインハルトの考えているレベルが違う場合は解決しませんね。
しかも

>  また目的上、ヤンは戦略的格差をひっくり返せる唯一の活路ともいえる「ラインハルトを殺す」という選択肢がとれないのに対し、ラインハルトはヤンを殺す事もイゼルローン軍を壊滅させる事も可能です。

選択肢においても極端な限定がある。

>  かくのごとく絶望的な彼我の戦略的・状況的格差を承知していながら「ラインハルトの来襲を待っているだけ」というのでは、むざむざ叩き潰されるのを待っているようなものですし、現にそうなりかけました。この事がヤンに分かっていなかったとは思えないのですが。

しかし一方でむざむざ「ラインハルトの来襲を待っているだけ」だったかといえば、そうではないのでは?
イゼルローン回廊の地形と要塞をもって少しでも有利な条件で戦う、というのがヤンの構想であったはずです。つまり向こうからやって来て初めて戦いになるわけで、この場合、ラインハルトの来襲を待つ「しかない」のでは?

ヤンの構想からは最初から謀略が全く無視・否定されています。
そうである以上、その方針は「戦場で戦う」以外はあり得ません。戦うからには有利な条件下で勝利を得やすくする必要があります。そのためのイゼルローン要塞であり、「こちらの懐に誘い込んで戦う」が基本となるわけです。
ですがこれは相手がむざむざこちらに飛び込んでくれてこそ意味がある。下手にリアリストになられて回廊を封鎖されてしまっては、何の意味もなくなる。
だがその危険性は少ない。なぜならラインハルトは必ず自分との決着を付けに、罠があるのを承知で飛び込んで来るであろう、というのがヤンの読みでしょう。だから「その意味でラインハルトの気質を熟知した上で相手をしているとは言えるわけです」。

しかし、勝利条件がご指摘の通りきわめて曖昧ですね。果たしてヤンはそのことに気付いていたのか?
ラインハルトが将帥の一人や二人を失ったぐらいで白旗挙げるとは思えない。彼ならすべての将を失い戦場にただ一人になっても、なお戦おうとするでしょうね。
じゃあ結局、ラインハルトを殺すしかない。うーん、本当にラインハルトの性格を読み切っていたのなら、ここの矛盾(価値を認めさせるべき相手を殺さざるを得なくなる)に気が付くはずですが。
いったいヤンはどの程度まで読み切っていたのやら・・・。

>  さらに言えば、民主主義をラインハルトに認めさせるために、わざわざラインハルトを満足させる必要はないのです。前述のように勝率は絶望的に低いですし、オーベルシュタインが主張するように「帝国は皇帝の私物ではなく、帝国軍は皇帝の私兵ではない」のですから、ラインハルトではなく帝国政府と帝国軍を対象にして外交交渉なり謀略なりを展開すれば良かったのです。帝国側にも「イゼルローンに遠征する必要があるのか」という意見を持つ穏健派がいたのですから、こちらの方がはるかに現実的だったと思うのですがね。

ヤンの性格上、謀略はあり得ないとしても外交交渉ぐらいはあってもよさそうですね。というか、戦場で血を流すよりは遥かに成功確率が高い策で、しかも汚くないのですから、絶対に使うべきだと思うのですが。何で外交交渉をしなかったんでしょうね?ラインハルトに目が向きすぎて、周りの連中に目が向かなかったんでしょうか?
もっともヤンは「軍人は政治に口出ししてはならない」という固い信念を持っていましたから、責められるべきは、外交交渉という有効な政治手段を取らなかったエル・ファシル革命政府の方ですかね。(そういえば銀英伝の中で戦場での白熱した駆け引きはあっても外交での白熱した駆け引きはなかったような・・・ラインハルトの外交手腕に相手が手玉に取られるというパターンだけだったような気が・・・)

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