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投稿ログ16 (No.318 - No.338)

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board2 - No.318

Re306:過去の小説との比較

投稿者:冒険風ライダー
1999年11月22日(月) 18時47分

<>別に私は「張弘範の考え」と「田中芳樹の思想」が同じであると言っているわけではないんですけどね。
であるならば、
≪必死の捜索にもかかわらず、帝ヘイおよび陸秀夫の遺体は発見されない。張世傑に至っては、阻止しようとする張弘世をかるくあしらって戦場を離脱したことが確認されている。張弘範は厳命を下した。
「あの男は生きていれば、かならず再起する。どこまでも逃げるだろう。どこまでも追え。死が確認されるまで怠るな。」
すこし考えてから、命令を追加した。
「投降してきたタク国秀と劉俊にそれをやらせよ」
このあたりは張弘範も冷徹であった。最後の局面に至って投降してきたような者には、それにふさわしい任務を与える。必死になって、つい先刻までの味方を狩り立て、元軍の信用を得ようとするであろう。せいぜい努力するがよい、と、張弘範は思った。命を受けた降将二名は元軍の旗幟のもと、ただちに追跡を開始した。≫
 から、
≪「最後の局面に至って投降してきた」という事がそんなに悪い事なのですか? 大義思想に従って宋王朝と運命を共にしろとでも?≫
 という批判を導き出すのは筋違いでしょう。>

 これもどちらかと言えば「小説の表現力」の問題なのですけどね。田中芳樹の過去の執筆方法からすれば、もうすこし過去の自分の言動と整合性のとれる描写ができるはずなのに、それを全くしないというのは明らかにおかしいのではないでしょうか。例えば紅塵にはこんな記述があります↓

紅塵 P121~122
<靖康元年(西暦一一二六年)の三月、金軍の元帥宋翰は人質となっていた徽宗上皇と欽宗皇帝を呼び出し、袞龍の袍をぬぐよう命じた。袞龍の袍とは天子の服である。もはや宋王朝はここに滅んだ、汝らの帝位も奪われることとなった、別の服に着がえよ、というのである。上皇と皇帝は蒼白になって立ちすくんだ。
 このとき工部侍郎の官にあった李若水が上皇たちに随従していたが、欽宗にとりすがって声をはげました。
「なりませぬ、陛下、金賊の無道に屈してはなりませぬぞ」
 李若水は金兵たちをにらんで叫んだ。
「醜虜、何ぞ天理を恐れざるや!」
 中華帝国の天子は至尊の御身である。お前たちのような野蛮人が手にかけてよいものか。拝跪して罪を謝せ、天罰がこわくないのか。
「殺せ!」
 宋翰の怒号とともに、金兵数十人が利若水にむけて殺到した。前後左右から乱刃をあび、鮮血にまみれて倒れながら、なお李若水は金兵たちの無道をののしり、徽宗と欽宗の名を呼びながら息たえた。
 自分が殺害を命じたのだが、利若水の忠烈は宋翰を感動させた。
「北朝が滅びたとき、国難に殉じた忠臣は何百人もおった。だが南朝のときには、李侍郎ただひとりか!」
 この場合、北朝とは遼、南朝とは宋のことである。後世から見れば利若水の行為は無益なものにしか見えないであろうが、中華帝国において官僚は同時に儒教の徒なのであり、李若水は「臣下は主君の名誉を守る」という儒教的正義のために命を捨てたのである。>

 これの場合、「後世から見れば利若水の行為は無益なものにしか見えないであろうが」ときちんとフォローが入っていますし、さらに「中華帝国において官僚は同時に儒教の徒なのであり、李若水は「臣下は主君の名誉を守る」という儒教的正義のために命を捨てたのである」と、儒教思想における考え方が説明されています。このような描写なら無制限の礼賛でないと納得しますが、立ち読みで調べてみた限り「海嘯」にこんな記述は全くありません。これでは「キャラクターの悪意に満ちた行為を無制限に肯定している」と解釈されても仕方がないのではないでしょうか。

<これは歴史小説というジャンル全体の解釈の問題になってしまうのですが、私は許容される範囲であると思います。私が現代小説との違いとするのは一点、「フィクションかフィクションでないか」に尽きます。つまり、歴史小説はフィクションとして無責任の逃げを打つことが出来ない。田中作品に限らず司馬作品であろうが吉川作品であろうが、すべての歴史小説は、ドキュメンタリーではなく「小説」であるという属性の必然からある程度フィクションの要素を帯びます。しかし、それでも世界観の解釈や人物の評価には文責が付いて回るのです。
 たとえば、創竜伝のヴラド計画は、明白な日本人論(しかも歪みまくっている)であるにも関わらず、「アレは物語中の悪の組織の論理だから」と逃げを打てます。一方、紅塵の秦檜論にはそのような無責任は不可能です。また、創竜伝の評論のように全く物語に関係なく挿入されているのではなく、物語の補強に使われてもいます。
 責任の所在があり、物語の必然とリンクしている以上、私は問うに値しないと思います(繰り返しますが、小説の評価とは別です。念為)。>

 私の場合、「フィクションだから」と言って逃げをうつ田中芳樹の姿勢もさることながら、評論を論じる際の「検証を怠る姿勢」「自分の一方的価値観を絶対のものであるとひけらかす姿勢」もまた、同程度に非難に値すると思うのですけどね。だからこそ、「フィクションだから」と逃げをうてない「歴史小説の評論部分」を「評論として」論じる事にはそれなりの意味があると考えています。特に秦檜評価論と創竜伝の社会評論には「一方的価値観の押しつけ」という共通点もありますのでね。
 それに私が引用した紅塵の秦檜評価論のどこが「歴史小説の枠内における評論」なのですか? あの最後の部分はどう考えても「現実世界の秦檜擁護派」に対する罵倒ですし、明らかに「歴史小説としての評論」の枠を超えていると思うのですが。他人の歴史評価を「詭弁」とまで決めつけるのならば相当な根拠を提示すべきでしょうし、だからこそ私は「田中芳樹の秦檜評価論は不当評価である」ということを「田中芳樹が故意に隠蔽しているであろう当事の実状」を挙げて証明してみせたのですけどね。
 秦檜評価論と同じようなものに、「風よ、万里を翔けよ」における煬帝に関する評価があります。秦檜評価論と比較してみましょうか。

風よ、万里を翔けよ P237上段~P238上段
<煬帝は浪費の生涯を終えた。彼は亡父である文帝の遺産を浪費した。国庫に蓄えられた巨億の富を浪費したにとどまらず、政治的遺産である隋の国家それ自体をも浪費してしまい、さらにあいつぐ巨大な土木事業によって人民の労力を浪費した。かさなる外征によって将兵の生命を浪費した。凡人より遥かに巨大であったはずの才能を浪費し、ついには彼自身の生命をも浪費するに至った。彼は高貴なる玉座に巨体を据えたまま天下を覆えした。彼は怒りと憎悪にまかせて裁判なしで数万人を刑殺し、悲哀と感傷にまかせて宇文述の息子たちを刑から救った。感情までも浪費して律令を破ったのである。
(中略)
 煬帝の父である文帝の治世に、中華帝国の人口は四千六百万人であった。唐が天下を再統一し、太宗李世民が即位したときに、それは千五百万人となっていた。戸籍調査が不完全であったという事情もあろうが、短期間に人口が激減したことは確かだ。隋末当初の大乱がいかに中華帝国の安定を害したかよくわかる。
「すべてが煬帝ひとりの責任か」
 という論法で煬帝を弁護することも可能であろうが、この時代に生きた人で煬帝が最大の責任者であることは疑いない。>

 まあ上記のような「評論」であるならば、まだ「歴史小説における評論」として割り切ることができますよ。すくなくとも反論相手の主張を「詭弁である」と決めつけてはいませんし、主張自体にもそれなりの説得力がありますから。これと秦檜評価論とでは「歴史を語る姿勢」と「内容の説得力」に雲泥の差があります。
 「歴史小説で歴史を語る」というのならば、もうすこし「謙虚な姿勢」と「万人を納得させる説得力」が必要なのではないでしょうか。田中芳樹が本当に中国の文物を広めようと思うのならば、これは絶対条件だと思うのですけどね~。

board2 - No.319

竜狼伝

投稿者:NNG
1999年11月22日(月) 19時01分

はじめまして。
ここに来るまでは、執筆の遅さと中国もの以外は好きだった者です。創竜伝が好きなのも単に超人願望が強いからです。ただ、あの批評?の多さには参っていましたが。

俺は今大学4年なのですが、この年になって、しかもここを見つけるとほぼ同時に平井和正氏のウルフガイシリーズを読み始めました。
まだ3冊ほどしか読んでいないのですが、あとがきに「ウルフの子ら」と言う言葉が書いてありました。ウルフガイに影響された不死身のヒーローの作品という意味だそうです。
創竜伝もまごうことなき「ウルフの子ら」ですよね?過去ログの中にもウルフガイと同じシーンがあったというものがありました。
この「ウルフの子ら」と言う観点で創竜伝を批判することはできないでしょうか?

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board2 - No.320

小ネタなど 続ける

投稿者:m since k
1999年11月23日(火) 02時32分

  「幻影城」は探偵小説専門誌と銘打ってあるので、そのへん理解のうえで読んでください。

  ①おめでとうございます。受賞の報をうけたときあなたは?②一番尊敬する(A)日本、(B)外国の探偵作家。③あなたのベスト3(国内)。④一番影響をうけた人物は?⑤もし変身できるとしたら。⑥いま殺したい人はいますか。いたら殺し方も。⑦平均睡眠時間と、作品を書く場所など。⑧ご趣味は。⑨自作が活字になった感想はいかが。⑩これからどんなものを書いていきたいですか。

  李家豊(小説部門・入選「緑の草原に……」)①あッ、やばいなと……実はちょうどそのとき人の告別式に出てまして……。②A、ぼくにはとうてい書けないから泡坂妻夫さん。B、ウイリアム・アイリッシュ、シューヴァル&ヴァールー。③「冷えきった街」仁木悦子。星新一の全作品。光瀬龍「たそがれに還る」。④現実にはいません。エドモンド・ハミルトン、「スター・キング」の悪役のショル・カンとか、デスラー総統とか。⑤犬神明、フィリップ・マーロウ。⑥いません。ぼくを殺したい人はいっぱいいるでしょうけど。⑦書いてないときは十二時から十二時まで寝ております。書いているときは午前四時-七時。昼は書けないので夜こっそりと……。⑧ひたすら阪急ブレーブス一筋。⑨さしえがついてるのに感激しました。⑩ポルノ以外何でも書きたいです。

board2 - No.321

所沢と申します。

投稿者:所沢
1999年11月23日(火) 07時19分

はじめまして。まだ全部見せていただいてないのですが、とても楽しい
です。私が田中芳樹の作品を初めて読んだのは
中学校のときですが、
まだ評価なり批判なりを行う視点が固まってないので、一つ一つの発言に
感心しながら読むばかりです(恥)。いずれ、自分なりの意見をもちたい
と思ってます。

ええと、それで「ザ・ベスト」の「銀英伝アニメ論」に付け加えて、
ちょっと一言を。
私がアニメ化で一番評価している点は、あの、イゼルローン要塞の設定
です(表面が流体金属(だったっけ)で覆われている、というあれ)。
必見は「要塞対要塞」。イゼルローンとガイエスブルクの流体金属が
ちょうど合わせ鏡のようになって、「要塞のにらめっこ状態」を面白く
演出しています。他の巻はともかく、これだけは見る価値十分です。

すみません、はじめてなのに長くなってしまいまして。失礼します。

board2 - No.322

始めまして

投稿者:ABA2
1999年11月23日(火) 22時23分

どうも、はじめてカキコします、ABA2と言います。今後よろしくお願いします、皆さん。

 自分は、中学の時に図書館で何気に見つけた銀英伝で田中芳樹にどっぷりつかり、アルスラーン戦記、創竜伝、その他、色々と読んできました。最近は、読んでませんね、中国ものは全然読んでないです。
やっぱり、自分が好きなのは、銀英伝ですね。
あと、マバール年代記ですかね。(「ウ」に
「`」の出し方わかんねーよ(笑))
あと、白い顔、緑の草原など、短編がすきですね。

 創竜伝に対する指摘は、だいたい納得いきますね。小説の上で設定された時間及びその流れが実際の時間の流れの影響を受けて、滅茶苦茶になっているとは思います。自分で自分の首をしめてますね。早く書かないから、どんどん書きにくくなると。

 自分のスタンスをいいます。自分は三国志や幕末などの歴史の話が好きです。特に三国志のスケールのでかさが、なんとも言えず好きで
 しかし、三国志なんかは、日本では三国志演義が主流になってます。中国においても似たようなものらしく、特に曹操なんかはあれだけの
才能を持っていながら嫌われ者らしい。日本でたとえると、忠臣蔵の吉良らしい。あくまでも三国志演技は、史実を元にした小説であり史実ではありません。自分は、単純に嘘がきらいです。というか、歴史などなら、真実が知りたくてしょうがありません。
 何が言いたいかというと、上で書いているように歴史を持ち出すと全て伝聞になってしまいます。だから、格言などの本当は誰が言ったとかは確認しようが無い事だと考えます。
 2000年近く前のことの確認なんて無理でしょう。ただ、みんな読んだ本が違ってその本
には、そう書いてあったのかもしれないし、単純に間違ったのかもしれないから。
 誰が言ったかよりもその格言の自分なりの捉え方の方が全然大事だと考えます。

 あと、危険な考えかもしれないが、騙される人と騙す人、確かに騙す人がこの世にいなければ、それはそれで幸せな世界でしょう。しかし
現実には、そうはいかないし、実際に騙す人が
いる事が真実なのでしょう。だから、騙される人は、騙されることによって一つ成長できるチャンスを持っているとも考えれる。まず、騙されることによって騙された時の色々な感情を手に入れるだろう。それによって、やさしくなるかもしれないし、逆に、騙す側になるかもしれない、何も変わらないかもしれない。どうなるか、わからない。
 つまり、悪影響だからといって排除するよりも悪影響だけど残すと考えていった方がいいと自分は、考えます。
 また、他人が、どうこう言うことではないはず。本人に任せればいい。

 このようなスタンスは、田中芳樹氏の本の影響を多大に受けての事です。
氏の国の考え方については自分もそう思いますし。民主主義の意義についても勉強になったと思います。あと、さらに民主主義を超える考えの必要性についても教えられたと思います。それ以上に何よりも本、小説の面白さを実感させられました。あの時の衝撃は、今もまだ残っていますから。

いろんな人のいろんな意見や考え方が、聞けるのでパソコンっていいですね。自分は、パソコン初心者なので不手際や注意した方がいいこと
などどんどん指摘してください。
いきなり長文ですみませんでした。
では。

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board2 - No.323

Re: ふと思いました。へのレス

投稿者:本ページ管理人
1999年11月24日(水) 16時35分

>  このままの路線で行けば、世間に詳しくな
> い方は純粋に喜んで買い、ちょっと知ってい
> る方は批判のために買いでは、田中氏の書体
> が変わるはずもなく。

このあたりは批判のパラドックスとも言えますね。商業出版では「買ってはいけないは買ってはいけない」が顕著に体現していますが。
 まあ、図書館の場合、リクエストが絶対ではないですから(公的書庫ですからね。住民サービスの一環として人気作を増やすのは良いのですが)、立ち読みが書店への負担になる以上は、図書館がベストなのでしょうかねぇ…

>  本ページの趣旨とは若干ずれますが
>  もし、「田中氏」の意識に楔を打ち込むと
> すればそれは大幅な売り上げ減による年収の
> 減少だけだと思っています。

 サルでもエサを減らされれば判りますから、「意識」に楔を打ち込む以上、人間であるなら 出来るだけ「理」で認識してもらいたいのですが。

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board2 - No.324

あえて一言でいうならば

投稿者:本ページ管理人
1999年11月24日(水) 16時54分

 田中氏が自分の発言に作家として責任をとったときです。

 責任については緒言をはじめ本論などをご覧ください。

 「責任をとった」はどういう行動か、というのは、特定できません。どのような言葉、行動であっても、誠意を感じられれば責任をとったといえることがあるからです。
 曖昧なようですが、この見極めを私が誤った場合、私が嘲笑の対象になり、撃たれる側に回るでしょうね。

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board2 - No.325

歴史小説と創作小説との比較

投稿者:本ページ管理人
1999年11月24日(水) 19時58分

>それに私が引用した紅塵の秦檜評価論のどこが「歴史小説の枠内における評論」なのですか? あの最後の部分はどう考えても「現実世界の秦檜擁護派」に対する罵倒です

 『「フィクションだから」という言い訳は通用しない』と冒険風ライダーさんが書いているのに、私が「フィクションかフィクションでないか」と話を振ってしまったために、論点が浮いてしまったようです。この点については申し訳なく思います。
 しかし、歴史小説なのですから、この場合の「現実世界の秦檜擁護派」は、同時に「(世評という見えない)作品世界の秦檜擁護派」でもあるでしょう。私が指摘したかった部分はここで、歴史小説への評論の導入を、創竜伝のそれと同一に測るべきではない、というのが私の本旨です(それが拙劣と反則の違いです)。そのうえで、
>評論を論じる際の「検証を怠る姿勢」「自分の一方的価値観を絶対のものであるとひけらかす姿勢」もまた、同程度に非難に値すると思うのですけどね。
には異論ありません。ただ、No.289に対する反論として秦檜擁護論の件の部分を持ってくるのは議論が浮いた原因の一つであるような気もするのですが(^^;)。

>「歴史小説で歴史を語る」というのならば、もうすこし「謙虚な姿勢」と「万人を納得させる説得力」が必要なのではないでしょうか。田中芳樹が本当に中国の文物を広めようと思うのならば、これは絶対条件だと思うのですけどね~。

 はその通りだと思います。あまりに拙劣に過ぎますね。

親記事No.322スレッドの返信投稿
board2 - No.326

こんにちは

投稿者:本ページ管理人
1999年11月24日(水) 20時27分

> どうも、はじめてカキコします、ABA2と言います。今後よろしくお願いします、皆さん。

 どうもこちらこそよろしくお願いします。

> 才能を持っていながら嫌われ者らしい。日本でたとえると、忠臣蔵の吉良らしい。あくまでも三国志演技は、史実を元にした小説であり史実ではありません。自分は、単純に嘘がきらいです。というか、歴史などなら、真実が知りたくてしょうがありません。
>  何が言いたいかというと、上で書いているように歴史を持ち出すと全て伝聞になってしまいます。だから、格言などの本当は誰が言ったとかは確認しようが無い事だと考えます。
>  2000年近く前のことの確認なんて無理でしょう。ただ、みんな読んだ本が違ってその本
> には、そう書いてあったのかもしれないし、単純に間違ったのかもしれないから。
>  誰が言ったかよりもその格言の自分なりの捉え方の方が全然大事だと考えます。

 歴史は古代では諸学の王といわれていたそうです。なぜならば、歴史とは世界をどう認識するかという、思想の最も重要な柱であったからです。それが中世には神学に取って代わられ、近代以降は諸科学が発達して世界認識が分化されたため、歴史は諸学の王の勢いはありませんが、それでも教科書の記述で争いがあるように(極端な話、唯物史観を信じるか皇国史観をを信じるかどうかで、世界の見え方はガラリと違うでしょう?)、きわめて重要な学問の一つです。
 事実だけに基づく歴史認識は、人間には不可能です。銀英伝でたびたび語られるように、「事実と真実は違う」からです。歴史の確認というのは、実は事実の確認よりも、真実の確認の側面の方が大きいのではないかと私は思っています。

 ちなみに、唯物史観の害毒はともかく、思想を語るのに歴史を用意したマルクスはまぎれもなく一種の天才ですね。それに数等劣りますが、教科書に目を付けたその末裔達も戦略的には極めて正しいでと言えるでしょう。個人的には非常に腹立たしいことなんですけど(苦笑)

> いろんな人のいろんな意見や考え方が、聞けるのでパソコンっていいですね。自分は、パソコン初心者なので不手際や注意した方がいいこと
> などどんどん指摘してください。

 まずは、マヴァールは「まう゛ぁーる」と打って変換すると出てくると思いますよ(変換ソフトの関係で出来ない場合は申し訳ないです)

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board2 - No.327

Re: 小ネタなど 続ける

投稿者:本ページ管理人
1999年11月24日(水) 20時35分

どうも転載ありがとうございました。

 No.319のNNGさんの「ウルフの子ら」という話がありましたが、
⑤犬神明…
などを見ると、後に創竜伝に続く片鱗は見えますね。

 ところで、阪急がオリックスになって人気球団になった今でもファンなんでしょうかね? 率直な疑問なんですけど

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board2 - No.329

なんて良い人なんだ

投稿者:90210
1999年11月26日(金) 13時27分

heinkelさん、ありがとうございます。
パソコン初心者なんで、解凍ツールってナニ?
状態だったアホウな私。
この週末にがんばってみます。ううう。

board2 - No.330

アサヒ芸能1988.2.4

投稿者:90210
1999年11月26日(金) 13時51分

著者インタビュー
総原稿枚数5300枚、外伝が1000枚と言う超大作スペースオペラが、10年の歳月を費やして昨年11月、第10巻刊行でついに完結した。同名タイトルのアニメーション(監督石黒昇、徳間書店、徳間ジャパン、キティフィルム提携作品)も完成。2月6日の全国公開を前に、話題の人気作家にお話を伺った。

一口に10年といっても、同じテーマをコンスタントに継続させるのは並大抵なエネルギーではない。「これまでに、気の早い読者から 『あなたは10巻で完結させると言っているが、噂ではまだ続けるらしい。そんなみっともないまねはやめてください』ちうような手紙をもらったり、刊行が遅れがちになることもあったりで、ぼくはホントに信用がないんですよ」
と、ニッコリ。しかし、ラストシーンの構想が出来あがらないと筆をスタートできない性格もあり、書き始めの時点ですでに10巻分の構想が決定していたという。
「ですから、何を書くかというより、何を書かないかのほうが苦労しましたね。登場人物が死ぬシーンでも、ついつい感情移入がすぎて何枚も書いてしまったり。ヤン・ウェンリー(同盟軍元帥)の場合は特にそうで、撃たれてから死ぬまでを3枚に短縮して、それを6回書きなおしました」

アニメ化は冗談と思っていた。

大学時代からアニメに興味をもっていて「ガンダム」の大ファン。アニメを身近に感じながら育った世代でもある。
「この作品のアニメ化が決まったとき、ほとんど冗談だと思ってました。ホントに実現するとは考えてもいなかった。それだけに楽しみにしてるんです。なんだか、わが子を養子に出した感じで、心配でもありました」
それも、完成された試写を見て、いっぺんに解消された。
「スタッフの方もこの世界の一流のアーチストばかり。ここまですばらしく作っていただけるとは思っていなかった。皆さんにはとても感謝しています」

いずれは歴史小説を…。
「この小説は。未来の歴史をそのまた未来から振り返るという形。逆にいえばSFの舞台装置をかりて過去の歴史を書いているという感じはありますね」
おっしゃるように、この作品は大河SF歴史小説である。当然、そこには歴史のヒーローが生まれ、時代の運命とともに消えていく。
「主人公であるラインハルトのキャラクターは、意図的に完璧なものにしました。
絶対的な専制君主で、能力的にすぐれ、顔もいい。民主主義の欠陥を映し出す鏡にしたかった。それと、登場人物の悪口や決めつけは書かないようにしました。それは読者が決めるものですから」
仕事は来年以降でなければ受けられないほど、スケジュールがいっぱい。いずれは本物の歴史小説を書きたいと意欲的だ。
「人間がもう少し出来ないと。歴史を書いても、その背景なりの歴史的知識をひけらかす結果になりかねません。時期を置いて、じっくり取り組んでみたいんです」
10年の大きな区切りをつけたが、とりあえずは、これまでどおりスケジュールをこなしていく毎日になりそう。
「ぼく、ベッド・シーンが書けないんです。で、新しい注文が来ると、それでもいいかと必ず聞くんです」
と、いたずらっぽく笑った。

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board2 - No.331

竜狼伝2

投稿者:NNG
1999年11月26日(金) 15時37分

ウルフガイシリーズ「ブーステッドマン」
194ページより
彼女は狼に恋をしたのである。
そうだ。エリノア・ハンターは恋をした。
それは全身全霊をあげた激しい恋だった。

って創竜伝のレディLはこれをパクったのか?
ランズディルなんていうあまり日本人に馴染みの無い名前もウルフからとったのかな?
染血の夢もP計画のパクり?
ウルフガイを読み進めて行くともっと見つかるかもしれません。

board2 - No.332

はじめまして

投稿者:未来
1999年11月26日(金) 17時14分

こんばんわ、はじめまして。まだほんの1部程度でしょうが楽しく拝読させていただきました。
こういった所への書き込みは、田中氏も繰り返し書かれている通り、後ろ暗い所がないのならきちんと自分の身元を明記するべきだと思うのですが、アドレスを所持していないので(今使わせてもらっているPCも友人のなんですよ)申し訳有りません。(平謝)

銀英伝は小学校の頃兄の影響で読破しました。
その後アルスラーンはほかの本に比べて1冊が安かったので子供の小遣いでも手に入れ易くこれも読破しましたが、創竜伝に手を付けたのは高校で友人に進められてからでした。
・・・何だかサディスティックな話ですよね?読者のサド的超人願望を満たす話で、それが気持ち良いのも確かなんですけど、それに気が付いた時暗澹たる気分になりました。どなたかがおっしゃっていた読者の質の低下っていうのはこういう面も有るんでしょうか。(斜め読みだったので発言がダブっていたら申し訳有りません)
結局9巻で読むのを辞めてますが、続けて読むべきでしょうか?
ここの批評を読ませていただいて、その他創竜伝の読後の気持ち悪さの正体もなんとなくですが解ったような気もします。自分で考えたんじゃないのが情けないですけどね。(自分の頭の悪さとか子供さが露呈したみたいでカッコ悪いです・・・)←いや実際子供なんですけど

で、この程度の読者が(銀英は好きなんですよ。最近読み返してやっぱり面白いと思いました。というか小学生の頃読んだだけ有ってさっぱり内容理解してなかったのね、と)何故かというと、今日電車の車内広告で・・・・・・アルスラーン戦記10巻発売の広告が・・・・・・
いきなり4月1日が来た気分だったんですが、さてどのような内容になっているか。ふむ。

はじめての書き込みで長々とすいません。また学校のPCあたりで残りの話を読みにと思います。でわ

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board2 - No.333

Re: はじめまして

投稿者:未来
1999年11月26日(金) 17時24分

> で、この程度の読者が(銀英は好きなんですよ。最近読み返してやっぱり面白いと思いました。というか小学生の頃読んだだけ有ってさっぱり内容理解してなかったのね、と)何故かというと(以下略)

・・・この程度の読者が(略)何故田中氏関係のサイトを探してここと巡り合ったかというと

の間違いです。訳の分からん文章になってしまいました。すいません

親記事No.330スレッドの返信投稿
board2 - No.334

コンテンツに利用させていただきました

投稿者:本ページ管理人
1999年11月26日(金) 22時14分

 重要な資料だと思いましたので、コンテンツの方に転載させていただきました。
 改めて、お礼申し上げます。

親記事No.330スレッドの返信投稿
board2 - No.335

ちょっとでも

投稿者:90210
1999年11月27日(土) 14時30分

役に立てて良かったです。
順次、他の資料も書きこみします。

「ホントに読者には信用がないんですよ」と言われると、「疑っちゃ悪いな。銀英伝も10巻で完結してるんだし、だまって(新刊がでるのを)待とう」と思ったし。

銀英伝を読んだときの感激とか、バレンタインにチョコレートをおくったら、ホワイトデーにメッセージと焼き菓子が届いたこととか(ファンレターや贈り物の類に返事がなくてもあたりまえと思ってた)

そゆことを考えると、今でも田中氏をぶっとばすことは出来ません。でも片手で殴るぐらいはできる。だって昔と今じゃいってる(やってる)ことがなんかチガウ~。

board2 - No.336

はじめまして

投稿者:スコット
1999年11月29日(月) 09時13分

はじめまして
過去ログを読み終わりました。
大変読み応えのある内容で面白かったです。
所で、今日(11月29日)の朝日新聞朝刊二面にアルスラーン戦記の広告が出ていました。
12月上旬発売だそうです。
朝日新聞だけに誤報じゃなければいいですね

board2 - No.337

初めて書き込みます

投稿者:メリージェーン
1999年11月29日(月) 12時29分

初めまして。書き込みその物の初心者なので、おかしな処とかが沢山あるかも知れないですけどご容赦下さい。
僕は今日初めてここを見付けました。すごく面白い処ですね。ここへ来て田中芳樹について漠然と抱いていたあやふやな何かがとてもすっきりしました。そうか、実は自分は田中芳樹が嫌いだったんだと、何処かで目を逸らしていた物を初めて正視しました。作品よりも本人が嫌いだったみたいですね。
いきなり噺が逸れるかも知れませんが、僕は先日「ミステリーを書く!」と言う本に載っていた京極夏彦のインタビューを立ち読みしていたんです。そこで京極夏彦は、小説家が小説を語ったり、小説の中で自分の主張を述べたりするのは最低の事だ、小説は作者のためにあるのじゃなくって読者の娯楽としてあるんだ、あとがきも対談も出来ればしないほうがいいと言うような事を言っていました。
この京極夏彦の作家論、読んだ時は別に取り立てて感想は無かったんですが、過去のログを読んでいるうちに思い出しました。京極夏彦本人は別に特定の人を想定してこの批判をしたわけではないと思いますけれど、これはその物ズバリ田中芳樹に当てはまりますよね。
田中芳樹は、芸能人でもないのに出てきすぎなんじゃないかなあと思います。あとがきとか、対談とか、インタビューとか、あげく、小説の中までだとか。それで田中芳樹が魅力ある人物なら良いんですけれど、僕みたいな年齢だと、只の頭の固いおっさんにしか見えないです。ああ言う、作品や作者の近況を語った寒いあとがきなんか無い方が作品は格好良く見えると思うんですけど(後は顔写真を公開していなかったら完璧ですね)。こう、作品の語りと、本人の語りが全く同じなのも変ですね。同じネタばっかり何回も喋っているし。
他にも、小説家としてのこの人のやり方にもちょっと考えている事があります。この人は原稿用紙を穴あきで書き進めていくらしいんですね。何となくここは五行だな、とか言う具合に改行していく。そのネタを前提にして作品を読んでいくと、成る程、と思うことが沢山あります。流れが変な処とかでは「ああ、順番でたらめに書いてるからなんだなあ」と納得します。ワープロならともかく、原稿用紙でこう言うやり方をすると、感情描写や物語の流れの整合性が破綻しやすくなるんじゃないかな、とかも思います。
まあ、これはこのやり方の欠点であって、善し悪しは別に無いと思いますけど。例えば、この手法によると思われる、文章の段落ごとの異常な凝り方は結構好きですね。こんなに丁寧に日本語を捻りだしている作家は他に類を見ないと思います。文献の取捨選択も良いと思います。読んでいてとても面白い。けれどバランスが悪いです。歴史物なら作品の世界観を広げる効果がありますが、現代物をこの手法で書くのは無理があります。蘊蓄が多すぎて物語が語られない状態に陥っています。京極夏彦(小説はあんまり幅広く読んでいないから、この人ばかり出してしまうけれど)みたく、物語に必然性のある蘊蓄なら良いんですけれどね。
後、これはどうなんだろうと思ったのですが、田中芳樹はテレビを付けっぱなしにしながら仕事をしているらしいんですね。そんな状態で、少なくとも僕は集中することなんか不可能だと思うんです。勉強の能率とか、二分の一くらいに低下します。田中芳樹は遅筆です。たしかにそれに見合った密度の文章(凝っているだけかも)の小説を書いていますけれど、遅筆にはもう一つ、この仕事の態度にも原因があるんじゃないでしょうか。まあ、食べて行けてるんだからそれでも良いのかも知れないけれど。
あと、最後にもう一つ田中芳樹の考察。こうやって文章を書いていて思うのですが、文章を書くと言うのはとても不思議な感覚になるものだと思います。喋るのとは全く違うし、何だか理路整然とした事を書いているような気がする物です(今の僕もそうですが)。恣意的な情報操作もしたくなります。そうして、もっともらしい批判を書いていると、何だか自己陶酔してきます(これで僕は何回か失敗し、後悔するのが厭で書き込みに疎遠になっててしまったんですけど)。田中芳樹も僕と同じような人種なのじゃないでしょうか。討論の経験の乏しい人間の批評文。だからこそのあの思想、あの文章なんじゃないでしょうか。

 だらだらと、一貫したテーマも無しに書いてしまいました。ここら辺で終わります。

親記事No.302スレッドの返信投稿
board2 - No.338

Re: 著作権・・・あわわ。

投稿者:Merkatz
1999年11月29日(月) 12時37分

私が持っている「銀河英雄伝説読本」のなかにも、過去の田中氏のインタビューが収録されています。

「35歳誕生日のインタビュー」
月刊OUT 1988年 2月号

「月に一度のイブニングコール」
月刊コミックボックス 1990年 12月号
「食後に一杯のお茶」
アニメージュコミックス 1986年 9月号
(この2つは道原かつみさんによる漫画化に関するコメントです)

「小説とアニメのパラレル世界を楽しむ」
月刊アニメV 1989年 9月号
「アニメ原作者になってしまうの弁」
銀英伝倶楽部 1987年 8月
「百万人を沸かせたOVAの人気」
第4期メイキングビデオより
(この3つはアニメ化に関するコメントです)

「花とチョコレートの日々」
SFアドベンチャー 1987年 8月号
「6回書き直したヤン・ウェンリーの死」
アサヒ芸能 1988年 2月4日
(これは90210さんと同じものでしょう)

「田中芳樹 対談 道原かつみ」
少年キャプテン 1989年 8月増刊
「田中芳樹 対談 藤田和日郎」
銀河英雄伝説 劇場版「新たなる戦いへの序曲」パンフレット 1993年12月

あんまり役に立ちそうにはありませんが。(^^;;

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