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投稿ログ65 (No.1083 - No.1089)

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board2 - No.1083

Re: Re1073/1075:シビリアン・コントロールと亡命問題

投稿者:智司
2000年06月24日(土) 21時01分

>冒険風ライダーさん

>立法府や行政府の中において軍人が軍事専門家としての意見を述べ、立法と行政府もまたその意見を元に政策を決定したり修正したりしています。そしてそれこそが本当に健全な国防運営というものでしょう。
>政治運営というものは「ただ抑圧すればよい」というものではないのです。その辺りがお分かりになりませんか?

司法に関しては、三権分立で行政の暴走を食い止められる。したがって行政の指揮下にある軍部もコントロールできると考えて述べたのですが。
また軍部の助言(軍の特殊性)を否定しているわけではありません。軍部は行政の一組織だから政府(内閣)に意見陳述してもかまわないと思うからです。しかし軍部は、少なくとも公式的には、議会に対しては議会からの要請を受けて意見を述べるのが筋だと考えているだけです。議会に対してまで能動的に働きかける事ができるとすると、軍部が行政のコントロールから外れるという事になりませんか? アメリカやEUは、スペシャリストの判断を尊重するのが決まりごとのようになっていて、議会が国防問題に関しては、軍部に意見陳述を求めるのではないですか? もし軍部が能動的に働きかける事が認められて、軍部と議会が癒着したらどうなるのでしょうか。確か原作ではフォークがやりましたよね。

>時の政府の権限が弱かったがためにロクに対応する事ができず、それにウンザリした国民が「自分の生活のために」強大な権限を持って事態に対処してくれる独裁者を求めたことにあるのです。私はそういう意味で「民主主義国家における行政府の権限が弱いのは却って逆効果」と主張していたのですけど

権限の強弱に捕われすぎて上手く纏まらなかったので、自分の考えを中心に言い直します。まず「議会の腐敗」とは、議会内における権力闘争などにより、国民と議会(議員)が、代表されるものと代表するものの関係が崩れている状態を指します。つまり議会が国民の代表とは思えなくなっている状態です。各政党には各支持層がありますが、その支持層に入らない者は、代表するものを持たないといえます。そうしたグループが自らを代表するものとしてルイ・ボナパルトやヒトラーを求めたのです。
だから、間接的には「行政府の権限が弱い」ことが原因といえるかもしれませんが、直接の原因は、時の議会(内閣)が国民を代表していなかったことにあると言いたかったのです。
つまり行政府の権限が弱いので国内外の政情不安に対応できなかった。そのため政府は国民の信頼・支持を失った。支持する対象を失った国民は、自らを代表すると思われる人物を担ぎ上げる、という事です。だから、「行政府の権限が弱い」ことは、代表されるものと代表するものの関係が崩れる一因にすぎないのです。
なお議院内閣制だから、上記の文脈では内閣と議会は、ほぼ同義と考えています。
また大統領制も権限の強さではなく、上記の文脈で説明できます。直接投票によって選ばれた国民の代表であり、そこには確固とした代表されるものと代表するものの関係が存在するからです。だからこそファシズムは台頭しないのでしょう。
蛇足ですが、ナポレオンではなくルイを例にしたはずですし、ナポレオンの台頭とヒトラーのそれとは異なると思います。ところでナポレオンは独裁者なのでしょうか? またルイは、ナポレオンという衣装を纏っていたがゆえに、支持率90%以上で大統領・皇帝になったのです。

>それとひとつ問いたいのですが、あなたはシビリアン・コントロール下において行政府自体が暴走してしまう可能性というものについて考えてみた事がありますか?

「シビリアン・コントロール下において行政府自体が暴走」は、よく分からないのですが。シビリアン・コントロール下の軍部、あるいは三権分立での行政なら分かるのですが。軍部を掌握した独裁政権(いわゆるファシズム)の台頭と解釈してよろしいのでしょうか? 以下、これで述べます。
民主制には、大別すると大統領制と議院内閣制の二つが有りますが、大統領制からファシズムはありえないので、というよりファシズムは議院内閣制からしか発生していないので後者で考えます。行政府の暴走は、軍部によるクーデターとは異なりますし。
で、まあ上記の代表されるものと代表するものの関係でいえてしまうのですね。
ルイ・ボナパルトでいえば、上記のような状況で、国民を代表する者がいない。そこに全国民を代表するようにみえる人物が現れる。ルイは、偉大なるナポレオンの幻影を着ていたのでそのように見えた。ナポレオンは、フランス国民の英雄ですから。それでルイを選挙で、大統領に皇帝に選ぶのですよ。
要するに、代表されるものと代表するものの関係が喪失しているところに、全国民を代表するかのようなカリスマ性を備えた人物が現れたときに、行政府自体が暴走してしまう可能性があるのだと考えます。

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board2 - No.1084

Re: Re1021/1024:民主主義国家における軍人の責務と亡命問題

投稿者:優馬
2000年06月24日(土) 21時58分

智司さんへ

 元気の良い「お若い衆」の参戦ですな。歓迎します。
 でも言っておられること、少し違ってますよ。
 冒険風ライダーさんに補足する形で私からもコメントします。

>立法府・行政府・軍部の3つによる「相互牽制(3すくみ)」

という冒険風ライダーさんのご指摘は誠に正鵠を得ていると思います。特に「銀英伝」世界における「立法府の弱さ」についてのご指摘は、「目から鱗」でした。「同盟」は一見米国型民主主義の形をまといつつ、戦前日本の翼賛体制か、せいぜい社会主義国ていどの民主主義しか持っていなかったために、あのような無謀な軍事冒険主義に走り、つまるところ崩壊したのであると。「同盟の崩壊」は「ソビエト連邦の崩壊」を予見したものであったかもしれませんね。(作者にはそういうつもりは毛頭なかったでしょうけど。)

 ただ、シビリアン・コントロールを語る場合、「立法府」の話を入れてしまうと少し話しが混乱すると思うのです。米国型民主主義では、確かに「三権分立の制度を通じて」議会が軍部統制に大きな力を持っています。むしろ、大統領府よりも議会の方が専門的で軍部寄り、タカ派になっているのが現在の米国での政治状況でありますが。大統領予備選で話題になったマッケイン上院議員なんて、もと軍人(ベトナム戦争の英雄)でもあり、安全保障政策の論客で鳴らした人です。
 閑話休題。
 シビリアン・コントロールの原義は、政府(すなわち行政府)がいかに高度な専門家集団である軍部をコントロールするかという話であったと思います。行政府内部でのチェック・アンド・バランス。軍事作戦という高度に専門的な事柄に、素人の政治家が不用意に介入すると、ふつうロクなことにならない。しかし、戦争という重大きわまる「政治」を軍人にまるまんま「お任せ」というわけにはいかない。そこで「戦略」と「戦術」に分担を分けて解決するというのが古典的なシビリアン・コントロールであったと思います。
 よく例に引かれるのが普墺戦争におけるプロシアの宰相ビスマルクとモルトケ参謀総長の関係。普墺戦争に完勝したプロシア軍は破竹の勢いで進軍し、首都ウイーンの陥落も目前でした。ウイーンを落とせば完全勝利、プロシア陸軍の士気は天を衝かんばかりでした。しかしここで宰相ビスマルクは、断固進軍の停止を命じます。首都を陥落させ「城下の誓い」を強要した場合、オーストリア国民の深甚なる恨みを買い、こののちフランスとの一戦(普仏戦争)を控えているプロシアにとって利益にならない。こういう、高度に戦略的な政治判断により、ビスマルクは進軍停止を命令し、モルトケ以下の軍部もこれに従います。これが、古典的なシビリアン・コントロールです。
 ごく簡略化して言えば、戦争の「相手」と「時期」、またシミュレーション・ゲームでいうところの「勝利条件」を定めるのが「政治」の仕事であり、その戦略目標を達成するために「いかに」戦術を展開するかが「戦争のプロ」たる軍部の仕事であると言えます。もちろん、現実には選択可能な戦術は複数あり、戦略目的の達成度も異なってくるでしょう。「勝利確実であるが政治的にはあまり意味が大きくない戦闘」と「勝利はかなり困難であるが、政治的意味がたいへん大きい戦闘」をどう選択するか、ということになれぱ、「政治のプロ」と「軍事のプロ」の真剣で火花を散らす議論が行われなければなりません。ここで、「軍事のプロ」が「もう決まったことだから」とか言って議論を放棄したのでは、国を滅ぼします。それは、プロとしての基本的職業倫理に、はっきり悖る所業です。フォーク准将の阿呆な作戦を止められなかったという天で、異様に「政治」が優越している「同盟」の意志決定プロセスは、やっぱり社会主義国のソレを連想させます。

最後に。

>現実の日本の政治において、エキスパートたる官僚を素人である政治家が押>えられたでしょうか?

 おっしゃるとおり。それが日本の「現実」です。でも、それは「あるべき姿」ではなくて「病理」ですよ。「エキスパートたる官僚を素人である政治家」がコントロールすることができないでいるために、日本官僚制はすっかり無能化し腐敗しています。「官僚制の民主的統制」というのは、日本というシステムにとって喫緊の課題。今やっている総選挙の争点でも、実は、あります。民主党が「公共事業減らす」と言っているのは、「公共事業に偏重した日本の官僚システムの見直し」ということに他なりません。
 このへんの話になると、田中芳樹とほとんど関係ないので、このへんにしておきますが。

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board2 - No.1085

Re: 反銀英伝 「大逆転! リップシュタット戦役」(続々々)

投稿者:不沈戦艦
2000年06月25日(日) 14時02分

 もうちょっと続きを。

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 連絡艇が「ダンツィヒ」に到着し、タンネンベルク伯が姿を現すと、シュタイナー少将は敬礼して出迎えた。

「早速だが、卿には敵艦隊の足止めを頼みたい。戦力は9000隻。高速艦を中心に編成する。実際のところ、高速戦艦よりも巡航艦・駆逐艦が主力になってしまうが、それは構わぬな?」

 シュタイナー少将は、たちどころにタンネンベルク伯の作戦を理解した。

「つまり、小官が敵を足止めしている間に、伯爵閣下が帝都オーディンを陥とす訳ですな?高速艦中心に編成した、ということは、小官は機動力を生かした遊撃戦にて、キルヒアイス上級大将相手に戦術の妙を尽くし、時間稼ぎを行う、という事で」

「その通りだ。私が1000隻の戦力を率いて、可及的速やかにオーディンに向かい、皇帝陛下とグリューネワルト伯爵夫人の身柄を確保する。リヒテンラーデ公爵には、気の毒だが自裁をお勧めすることになるだろうな。その後、現皇帝陛下にはご退位いただき、リッテンハイム侯爵令嬢、サビーネどのを即位させる。侯には帝国宰相の地位に就いていただく。私はその下で、帝国の軍権を握ることになる。とはいえ、ローエングラム侯は阿呆ではないから、すぐに気付いてオーディンへ戦力を戻すことになるだろう。おそらく彼の陣営の『疾風ウォルフ』こと、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将とのスピード比べになるだろうな。この私と、ミッターマイヤー中将とどちらが速いか、なかなか面白い見物となりそうだ」

 タンネンベルク伯の構想を聞いて、シュタイナー少将は頷く。自らが行うオーディンへの先着競争を、「なかなか面白い見物」などと、第三者として楽しむかのように平然と評してみせる。エーリッヒ・フォン・タンネンベルクとは、そのような人物だった。

「しかし、リッテンハイム侯程度の人物に権力を壟断させるが如き方策は、正直愉快とは言えませんな。小官としては、閣下の為に働くことはいざ知らず、それが同時にリッテンハイム侯の為にもなってしまうのでは、多少なりとも勤労意欲も減退しようというものです」

 シュタイナー少将は、割と好き嫌いのはっきりとした人物である。さすがに、このような事を公言したりはしないが、伯の前ではつい本音が出てしまったようだ。

「はははははははは、まあ、そう言うな。今後、どうなるにせよ、いずれかの勢力には属さねばならぬのだ。何しろ、我らが単独で、影響力の持てる皇帝を推戴できる訳ではないからな。ローエングラム侯やその幕僚たちに興味はあるし、なかなか粒ぞろいで活きがいいのは認めるが、彼は現在の帝国社会を叩き壊す事を目的としているとしか思えぬ。最終的には、ローエングラム侯は帝位を簒奪し、自ら皇帝に戴冠するつもりだろうな。おそらくは貴族階級を廃止して。それでは、基本的に安定を望む我らが容れるものではないし、そのやりようでは悪戯に流血を煽るだけだ。更に、移り気な平民階級の支持を基盤とした皇帝制など、あまりに無理があると私は思う。そのようなことをするくらいなら、反乱軍=自由惑星同盟を僭称する連中のように、民主制とやらを採用した方が良かろう。一方、ブラウンシュヴァイク公らは、貴族を国家の基盤とする者としては同志にはなるが、我欲が強すぎるし、フレーゲル男爵のように、感情優先で現実性に欠ける人物が身内にいる。それでは、理をもって説得し、こちらの思う通りに操るのが難しかろう。リッテンハイム侯は平凡で欲望も人並み以上あり、特に称えるべき点はないが、「どうすれば自らが利を得られるか?」くらい指し示せば理解する程度の判断力は持っている。それで十分だ。我らの方が、侯より遙かに若いのだ。取り敢えず侯に実権を預けておくことで、今直ちにはそれ以上の無理はせずとも、そのうち時間が経てば、いずれ時代は我らのものとなろう。更に、軍権は我らが手にする訳であるから、実質的な『軍事的暴力』はこちらのものだ。これが物を言わぬことはあるまい」

 タンネンベルク伯の結論に、シュタイナー少将ももとより異議がある訳ではない。自分たちだけでは、帝国を根本から動かすだけの力が、未だ無いことを嘆いているのである。もちろん、シュタイナー少将としては、帝国軍最高司令官のみならず、帝国宰相の地位も最終的にはタンネベルク伯に担ってもらいたいと考えている。
----------------------------------------------------------

<以下続く?>

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board2 - No.1086

Re1083:立法府と行政府の違いと政治の本質

投稿者:冒険風ライダー
2000年06月25日(日) 16時50分

<軍部の助言(軍の特殊性)を否定しているわけではありません。軍部は行政の一組織だから政府(内閣)に意見陳述してもかまわないと思うからです。しかし軍部は、少なくとも公式的には、議会に対しては議会からの要請を受けて意見を述べるのが筋だと考えているだけです。議会に対してまで能動的に働きかける事ができるとすると、軍部が行政のコントロールから外れるという事になりませんか? アメリカやEUは、スペシャリストの判断を尊重するのが決まりごとのようになっていて、議会が国防問題に関しては、軍部に意見陳述を求めるのではないですか? もし軍部が能動的に働きかける事が認められて、軍部と議会が癒着したらどうなるのでしょうか。確か原作ではフォークがやりましたよね。>

 前にも言いましたけど、軍部が議会に対して能動的に意見を述べようが受動的に対応しようが、その意見を採用するか否かについては立法府の判断に委ねられているのです。したがって、軍部の意見供述が「受動的か能動的か」などという事はシビリアン・コントロールを論じるのに何ら問題ではありません。第一、軍部が必要としている時に議会が全く意見を求めてこなかったらどうするのですか?
 そもそも一口に「立法府」と言ってもその中は政権党と野党とに分かれていますし、同じ政党の中でも様々な主張を持つグループがあるものです。仮にその中のひとつが軍部と蜜月状態になり、軍部の操り人形のごとき存在となったところで、他のグループや敵対政党、さらには立法府に対するチェックシステムたる役目を担う国民やマスメディアが黙ってはいないでしょう。何のために立法府の中において国民各層から多様な意見が汲み取られ、政策についての論議が戦われると思っているのです?
 行政府がどれほどまでに不当な政治決定を軍部に押しつけても、シビリアン・コントロール上、軍部だけでは行政府の不当な政治決定に逆らう事が不可能に近いからこそ、まともな国防運営には、行政府・軍部の関係に立法府を介した「相互牽制(3すくみ)」が必要とされるのです。これは決して「立法と行政との癒着」でも「立法府と軍部との癒着」でもありません。
 それからフォークの事例はちょっと違うでしょう。アレは「議会」ではなく「政府」に対するものですし、しかも最高評議会議長「個人」への「私的ルート」を通じて行なわれたものです。これはむしろ「『政府』と軍部とが癒着したらどうなるか」という実例ではないですか。様々な意見が交換される「議会」と同列に扱えるものではありません。
 フォークの阿呆な作戦が低次元な政治的動機に基づいて実行されるような事を防ぐためにも、立法府の行政府に対するチェックシステムは確立されるべきですし、立法府に対して軍人が自分の意見をきちんと述べることができる環境が整えられるべきなのです。第一、国防問題を論じる際に「スペシャリストの判断を尊重する」というのは当たり前の事なのですから。

<「議会の腐敗」とは、議会内における権力闘争などにより、国民と議会(議員)が、代表されるものと代表するものの関係が崩れている状態を指します。つまり議会が国民の代表とは思えなくなっている状態です。各政党には各支持層がありますが、その支持層に入らない者は、代表するものを持たないといえます。そうしたグループが自らを代表するものとしてルイ・ボナパルトやヒトラーを求めたのです。
だから、間接的には「行政府の権限が弱い」ことが原因といえるかもしれませんが、直接の原因は、時の議会(内閣)が国民を代表していなかったことにあると言いたかったのです。
つまり行政府の権限が弱いので国内外の政情不安に対応できなかった。そのため政府は国民の信頼・支持を失った。支持する対象を失った国民は、自らを代表すると思われる人物を担ぎ上げる、という事です。だから、「行政府の権限が弱い」ことは、代表されるものと代表するものの関係が崩れる一因にすぎないのです。>

 私に言わせればその「一因」こそが重要なのですけどね。その「一因」がなかったら「議会の腐敗」なるものが出現する事自体なくなってしまうわけですし。だからこそ私はこのスレッドで一貫して「行政府の権限は強くなければならない」と主張しているのです。
 第一、智司さんが言うところの「議会の腐敗」が独裁者誕生の主原因であるのならば、支持政党のない無党派層が広がっている現代日本で独裁者が出現しても全然おかしくないと思うのですが、これについてはどう考えているのでしょうか。

<大統領制も権限の強さではなく、上記の文脈で説明できます。直接投票によって選ばれた国民の代表であり、そこには確固とした代表されるものと代表するものの関係が存在するからです。だからこそファシズムは台頭しないのでしょう。>

 はじめて大統領制を導入したアメリカの建国者達はそうは考えなかったようで、彼らはとにかく「いかにしてシーザー(独裁者)の出現を食い止めるか」という事について徹底的に考えています。
 有名なのが「大統領の任期」に関するもので、初代大統領ジョージ・ワシントンが2期大統領を務め、3期目も大統領をやってほしいと請われた時、それを断ってアダムスに大統領の地位を譲っていますし、フランクリン・ルーズベルトが異例の4期大統領を務めた後には、合衆国憲法の中に「大統領の3選禁止」が入れられました。
 また、レーガン元大統領がスターウォーズ構想(戦略防衛構想=SDI)を実行しようとした時、この構想に反対する人々に対して、
「核戦争が起き、人類が絶滅するかもしれないような危機的状態になれば、民主主義に拘っているような余裕などなくなり、国民の間に広範な独裁者待望思想が生まれる事になる。そんな事があってはならないから、スターウォーズ構想を実行して民主主義を守るのだ」
と説明しています。
 民主主義なんてそんなに強固なものではありませんし、国民は「自分の生活」を犠牲にまでして「民主主義の理想」など求めてはいませんよ。国民を代表していようがしていまいが、失政をすればそっぽを向かれ、別の政治家が求められる。それが政治というものなのです。
 政治の世界において「民主主義的理想論」など通用しません。しょせん理想はそれ単体では生きられないものなのですから。

>シビリアン・コントロール下において行政府自体が暴走

 ↑これって別に独裁制のことに限定したものなかったですけどね。ここで挙げている行政府というのは「民主主義国家における行政府全般」のことです。例を挙げるのならば、末期同盟における帝国領侵攻作戦を「選挙目的」などという理由で強行した同盟政府やトリューニヒト一派の軍部支配、銀英伝6巻におけるレベロの暴走、現実世界ならばアメリカ・ベトナム戦争における大統領府の軍部に対する過剰な政治的干渉や、日本における政治家・官僚の自衛隊支配などについてのものです。彼らは別に「独裁制」とは何ら関係のないものでしょう。
 これらは全て、本来軍隊をコントロールすべき行政府自体が政治的に暴走し、国家における国防運営を著しく阻害している実例です。これらについてどのように考えているのか、そしてこれらの惨状を防ぐためにはどのようにすれば良いかについて伺いたかったのですが。

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board2 - No.1087

Re: Re1083:立法府と行政府の違いと政治の本質

投稿者:智司
2000年06月25日(日) 20時01分

>仮にその中のひとつが軍部と蜜月状態になり、軍部の操り人形のごとき存在となったところで、他のグループや敵対政党、さらには立法府に対するチェックシステムたる役目を担う国民やマスメディアが黙ってはいないでしょう。

何故、議院内閣制(代議制)からファシズムは発生したのでしょうか。ファシズムは、手続き上民主的に政権を手にしたのですよ。これは立法府が機能しなかったからであり、マスメディアも国民もそれを支持していたからですよ。つまり誰もが支持していた(黙っていた)のです。何度もいってますが、ルイもヒトラーも、まさに国民を代表するかのように見えたのですから。
そのような時に、チェックシステムは働きません。歴史が証明しています。議会が必ず国民の利益をもたらすということは言えないのです。

>フォークの阿呆な作戦が低次元な政治的動機に基づいて実行されるような事を防ぐためにも、立法府の行政府に対するチェックシステムは確立されるべきですし

まずフォークの件は、勘違いだったと申し上げておきます。しかし「立法府の行政府に対するチェックシステムは確立されるべき」という事を否定していませんし、私は肯定していますよね。違う点は、「軍部が立法府に提案する際に、能動的なのか受動的なのか」だけだと思います。冒険ライダーさんは、行政府の軍事的暴走を食い止めるために、軍部が立法府に提案するのを良しとしているのですよね。
さて議院内閣制の場合は、内閣は議会の信任を受けているし、大統領はもちろん国民が選んでいるのだから、行政府は権力の正当性を有します。立法府も同様です。しかし軍部は有しません。すなわち行政府と立法府が互いを牽制する事は、正当性があるのですが、軍部が行政府を牽制することに正当性はないのではないでしょうか。だから、立法府が行政府のやり方に疑問を持てば、軍部を呼んで説明を求めればいいのです。行政府が暴走しようが、また立法府が軍部を呼ばなくて食い止められなくても国民の意思によるものだから、軍部が立法府に訴えるのは余計なお節介だし越権行為でしょう。軍部は国民から正当性を付与されているわけではないのですから。軍部に、受動能動という選択肢があるならば、それは恣意にすぎないでしょう。
たぶんアメリカなんかだと、受動能動という観点ではなく、制度(システム? ルール?)として、確立していたような気がします。つまり軍部には立法府に説明するしないという選択肢はなく、説明しなければならないとなっていたのではないですか。

>私に言わせればその「一因」こそが重要なのですけどね。その「一因」がなかったら「議会の腐敗」なるものが出現する事自体なくなってしまうわけですし。

「行政府の権限の強弱」が間接的なもので、直接の原因は「代表されるものと代表するものの関係の喪失」にあるということに関しては、意見の一致をみたという事でよろしいですよね。
さて大統領制は、果たしてそんなに良いものでしょうか? アメリカは上手くいっていますが、イラクのフセインはどうでしょうか? 大統領制だからといって上手くいくとは限りません。一方、代議制はというと、政権政党の数、総政党の数等でいくつものパターンに分けられます。その中には、長期間に渡って安定政権を築くものもあるし、身近なものに55年体制の自民党があります。つまり歴史的に見れば、代議制からファシズムが発生したわけだから印象に残るのですが、大統領制も危険といえば危険なんですよ。大統領から独裁者に変質した例も数多いのだから。

>支持政党のない無党派層が広がっている現代日本で独裁者が出現しても全然おかしくないと思うのですが、これについてはどう考えているのでしょうか。

これ、説明しませんでしたか。ルイ・ボナパルトがナポレオンという衣装を纏って登場したがゆえに、フランス国民は選挙で大統領・皇帝に選出したと。つまりルイは、ナポレオンの再来というイメージがあったのです。要するにカリスマ性ですね。ヒトラーもしかりです。ルイもヒトラーもそれぞれの国民全ての層を代表するかのようなカリスマ性を有していたから、全国民が支持したわけです。
だから、もし現代日本で、そうしたカリスマ性を持った人物が現れたなら可能性があると考えています。もちろん日本固有の文化・伝統があるので一概には言えないのですが、この辺の事は、戦前の右翼を取り扱わなければならないので、とりあえず、そうしたハードルを乗り越えたらという条件付きです。

>合衆国憲法の中に「大統領の3選禁止」が入れられました。

これは、制度ですよね。まさかアメリカの大統領制以外、大統領制とは認めないなどと言いませんよね。「大統領の3選禁止」は、あくまでも制度にすぎず、「行政府の権限の強弱」とは関係ありませんよ。これがなくても大統領制というでしょう。
ここで補足しますと、大統領制は権限が強いがゆえに、その暴走を許し独裁者を生み出しかねないのです。だからアメリカは「大統領の3選禁止」を制度として取り入れたのです。冒険ライダーさんもいっているように「いかにしてシーザー(独裁者)の出現を食い止めるか」ということは、権限を強力なものにすることの危険性を示しているのではありませんか?

>「核戦争が起き、人類が絶滅するかもしれないような危機的状態になれば、民主主義に拘っているような余裕などなくなり、国民の間に広範な独裁者待望思想が生まれる事になる。そんな事があってはならないから、スターウォーズ構想を実行して民主主義を守るのだ」

何が言いたいのでしょうか? スターウォーズ構想の説得と「権力の強弱は」無関係でしょう。

>民主主義なんてそんなに強固なものではありませんし、国民は「自分の生活」を犠牲にまでして「民主主義の理想」など求めてはいませんよ。国民を代表していようがしていまいが、失政をすればそっぽを向かれ、別の政治家が求められる。それが政治というものなのです。

これは冒険ライダーさんの誤読です。ファシズムの台頭と大統領制の関係をいっている部分なのに、「民主主義の理想」を言い出すなんて訳が分かりません。原文は「直接投票によって選ばれた国民の代表であり、そこには確固とした代表されるものと代表するものの関係が存在するからです。だからこそファシズムは台頭しない」ですよ。手続き的正義上、大統領は国民を代表するのであり、国民もそれを自覚する。であるがゆえに代表の形式が同じファシズムは台頭しないという事ですよ。ところで「国民を代表していようがしていまいが」というのは、民主主義のタテマエを否定するのですか?

>本来軍隊をコントロールすべき行政府自体が政治的に暴走し、国家における国防運営を著しく阻害している実例です。これらについてどのように考えているのか、そしてこれらの惨状を防ぐためにはどのようにすれば良いか

民主制という事なので、行政・司法・立法は国民が選出した、すなわち国民の信任を受けていたが、行政が暴走したという設定で良いですか?
ま、どうしようもないですね。状況が多岐に渡るので一言で言えませんが、物理的強制力たる軍隊を有している行政の暴走は、暴走してしまったらそれまでです。そうした行政を選んだ国民が悪いというだけです。
そもそも行政が暴走する前に司法・立法が牽制して食い止めなければならないわけで、その為の方法は制度によって異なるでしょう。行政の暴走を食い止めるというだけであれば、簡単なのは行政の権限をできる限り弱くする事ですね。もっとも立法あるいは司法の権限がそれだけ強くなるわけだから、こちらが暴走する危険性があるけど。
だから三権のバランスを保ち、そして手続きを踏むことをきちんと守らせることですね。
抽象的だけど全般というのであれば、これくらいしか言えないですよ。

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board2 - No.1088

Re: Re1021/1024:民主主義国家における軍人の責務と亡命問題

投稿者:智司
2000年06月25日(日) 21時15分

優馬さんへ

気づいたら、冒険ライダーさん以外の方のレスがあり
歓迎していただいて恐縮です

>立法府・行政府・軍部の3つによる「相互牽制(3すくみ)」という冒険風ライダーさんのご指摘誠に正鵠を得ていると思います。

これは、誤解があったようですね。冒険ライダーさんにも述べた事ですが「軍部が立法府に提案する際に、能動的なのか受動的なのか」という違いだと思っています。冒険ライダーさんは軍部が能動的に議会に意見陳述できると考えていますが、私は議会の要請あるいは制度化しているのどちらかを満たさない限り、軍部の恣意的行動にすぎないと考えます。ちなみに行政へは二人とも可としています。理由は、三権は国民の信任を受け、それぞれ権力の正当性はありますが、軍部にはないからです。だからこそ軍部はスペシャリストととしての意見を求められるだけの存在でなければならないと考えるのです。それで三権の牽制となるわけです。

>ごく簡略化して言えば、戦争の「相手」と「時期」、またシミュレーション・ゲームでいうところの「勝利条件」を定めるのが「政治」の仕事であり、その戦略目標を達成するために「いかに」戦術を展開するかが「戦争のプロ」たる軍部の仕事であると言えます。
これも当然でしょう。ですが曖昧なままに議論していたので御指摘は嬉しいです。さてこれは「軍部が立法府に提案する際に、能動的なのか受動的なのか」という問題とも絡んできます。戦争の「相手」と「時期」、「勝利条件」を定めるのだから、これを受けて「戦術を展開」するのが軍部です。ところが軍部が「能動的」に議会に意見陳述するというのであれば、「戦略→戦術」のプロセスが「戦術→戦略」になりおかしいですし、行政が戦略をたて、軍部がそれをおかしいと感じて議会に戦略を変更するように訴えるのは軍部の越権行為になります、戦術であれば、軍部の問題なのだから自己完結しなければなりません。というわけで上記になるのです。

>「銀英伝」世界における「立法府の弱さ」

これは、よく分かりません。同盟の政治体制において、三権の権限がどうなっているのでしょうか? ただ冒険ライダーさんは大統領制を良しとしているので「権限の強弱」に関していえば、立法府が弱く行政府が強い事は是とするはずなので、書き違えたのでしょうか?
蛇足ですが戦前の日本の翼賛体制は、民主主義の問題ではないでしょう。5・15事件の青年将校たちを英雄扱いした結果、天皇のためならいいんだというわけで2・26事件が起こる。同じように関東軍も天皇のためという事で前半の暴走が是認されていたがゆえにそのままいってしまったのです。つまり制度上、軍は天皇直属なのだから、「立法府の弱さ」は関係あるかもしれませんが、果たして民主制と関係あるのでしょうか? 王政下の議会といった方が近いものがあると思います。

最後に、現代日本の官僚制は「あるべき姿」とは考えていません。しかし政治システムの分化によるものであり、「必然」ではあると考えてえいます。この辺は、ルーマンだとか社会システム理論だとかという話になるので止めておきます。ちなみにルーマンのシステム理論は、他の社会学者のシステム理論と違うので、面白い人には面白いですが、分けがわからない人には全く分かりません。

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board2 - No.1089

Re: Re1021/1024:民主主義国家における軍人の責務と亡命問題

投稿者:優馬
2000年06月26日(月) 03時42分

お若い衆(智司さん)へ

文面から考えて当方(40歳)より若い方のようであるから、こう呼ばせていただく。
貴君が議論している相手のハンドルネームは「冒険風ライダー」氏です。反論文中で繰り返し「冒険ライダーさん」と呼ばんでおられるのは、非礼です。お気をつけください。

また

>ちなみにルーマンのシステム理論は、他の社会学者のシステム理論と
>違うので、面白い人には面白いですが、分けがわからない人には全く
>分かりません。

このような書き方も「君はルーマンを知っているかい?ぼくは知っているよん。」という、結構スノビッシュな響きを伴うので、私は良い感じを持ちませんでした。
貴君が意図して「嫌味」な書き方をしているのではないと思いますので、老婆心で申し上げておきます。

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