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投稿ログ15 (No.292 - No.316)

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board2 - No.292

Re:289/291 田中芳樹の中国小説の性格

投稿者:冒険風ライダー
1999年11月20日(土) 05時19分

<ここは、あくまでも張弘範の考えであって、田中芳樹の思想とリンクさせるのはあまりに無茶でしょう。田中芳樹の小説の中の社会評論部分は評論として批判されてしかるべきですが、だからこそ小説部分は小説として読まなければならないと思います。>

 別に私は「張弘範の考え」と「田中芳樹の思想」が同じであると言っているわけではないんですけどね。今までの作品であれだけ「愛国心」というものを否定しておきながら、なぜ中国物に関してはここまで肯定的かつ礼賛的な記述をするのか、と書いたつもりだったのですが。小説上必要だ、という事は分かるのですが、他の作品でああまで「愛国心否定論」を展開している以上、もうすこし今までのファンを配慮した記述をしても良いのではないでしょうか。
 あの描写は、今までのファンを「俺の中国物が分からない奴はどうでもいい」と言って切り捨てているようにしか見えません。それでは今までのファンはついてこれないでしょう。作風を変えるなら変えるで、今までのファンに対してそれなりの説明をすべきであると思うのですがね。

<このあたりも同上の理由で、許容されるべきだと思います。「漢字の表現力におどろかされる」は、私も小説の表現として拙劣だと思いますが、しかし、それはその程度のことでしかないでしょう。>

 私は評論として論外なだけでなく、小説の表現としても拙劣だからこそ、余計に問題であると思うのですけどね。田中芳樹の中国物を読んでみると、どうも小説中のキャラクター以上にナレーションの方が異常に興奮しているようにしか見えないのですが。
 この手の小説を書くとき、話の進行役であるナレーションこそが一番冷静でなければならないのではないでしょうか。たとえばヤン・ウェンリーが死んだ時、キャラクターや読者は大いに悲しんだ事でしょうが、ナレーションは冷静にヤンの死を描写し、さらにはヤンを「後世の歴史家」というものを用いて冷静に評価していました。だからこそ、却ってヤンの死がうまく悲劇的に描かれているのではないでしょうか。
 はっきり言って、「漢字の表現力におどろかされる」のように、読者が反応するより先にナレーションがああまで感情的になってしまっているのでは、却って読者が冷静になってしまい、小説の悲劇性が削がれてしまうように思うのですが。新規のファンを獲得するにしても、これではダメですね。

<誤解を招かないように言っておきますが、私は小説の思想性を読みとって、それを田中芳樹が散々評論部分で開陳している思想性との齟齬を叩く、という手法自体は良いと思うのです。しかし、その場合は小説は小説として思想性を読みとられるべきであり、評論に対する態度で小説を判断しては、単なるイチャモンにしかならないのではないでしょうか。
 言うなれば、小説の中に評論を入れる田中芳樹が外れているのと同様に、小説を評論として批判するのは外れていると思います。>

 私は、歴史小説は現実世界にあった歴史上の出来事を描いたものであり、しかも田中芳樹の中国物の場合「キャラクターではなくナレーションが明らかに『後世の歴史家』という視点から現実の歴史を評論している」というところがある以上、「フィクションだから」という言い訳は通用しないだろうと考えた上で「田中芳樹のダブルスタンダードの象徴として」中国小説を見ているのですけどね。特に秦檜評価論など、どう考えてもキャラクターではなく田中芳樹自身が秦檜を評価しているとしか思えないところがありましたし↓

紅塵 P199~P200
<平和ほど庶民にとってありがたいものはない。だが庶民にとっても、岳飛の死は傷ましかった。岳飛は不敗の名将であり、軍律は厳しく、たとえば張俊や劉光世の軍のように自国民から掠奪することを厳禁した。それだけでも岳飛は賞賛されるべきであった。庶民は声をひそめて、岳飛の武勲をほめたたえ、一方で権勢をほしいままにする秦檜をののしった。
「両国の和解は私が成立させた。この平和と繁栄は私の功績だ」
 秦檜はそう自負していたが、彼に対して感謝する庶民は、おそらくひとりもいなかったであろう。庶民が感謝した相手は岳飛だった。岳飛が侵略者に対して善戦し、ついには無実の罪を負って死んだからこそ、和平がなったのだ。
(中略)
 一方で、秦檜を弁護して、つぎのような主張をすることも可能である。
「秦檜の政策によって、南宋は平和と繁栄を手にいれることができた。その功績に比べれば、無実の人間に汚名を着せて殺すぐらい、ささいなことではないか。無知な民衆に憎まれる秦檜こそ被害者というべきだ」
 ただし、この論法は、秦檜自身でさえ公言したことがない。詭弁にも限界があるということであろう。>

 特に最後の部分はどう考えても小説ではなく評論ですし、自分の一方的な価値観の押しつけであるとしか思えないのですが。キャラクターが悪役を悪し様に言っている「だけ」であるならば、私も小説として割り切れるのですがね~(--;;)。
 それにこれらの中国に対する態度が、創竜伝の社会評論に大きな影響を与えている事は創竜伝6・7の社会評論を見ても明白でしょう。中国に対する田中芳樹のダブルスタンダードぶりが中国物の小説からよく分かる、というのが私の一番言いたかった事なのですが。

<「牛種」の世界制覇はとっくに完成している(笑)
 いや笑い事じゃなくて、残虐な侵略行為は西洋人の専売特許じゃないってことですね。日本人も中国人も例外じゃなく。>

 創竜伝でも、相変わらず中国だけは「欧米列強の侵略に勇敢に抵抗した」といった記述があちこちにあるんですよね。中国共産党の大虐殺や侵略戦争・民族弾圧をどう説明するのでしょうか。
 しかし同じ東洋人でも、なぜか日本人だけは残虐なんですね(笑)。日本はいつから牛種に支配されていたのでしょうか。確か日露戦争で牛種の支配する西欧勢力(ロシア)を撃退したはずなんですけど(笑)。

<この部分は「叩く」と言うよりは、大好きな中国ものなら「民族の誇りのために、負けるとわかっていても戦って死ぬ」という物語を書いてしまうのに、政治社会を語る場面では、反射的に否定してしまうという田中氏のありようについて興味を抱くところです。>
<田中氏に限って、お気楽に分析するならば、政治社会ではホンカツでも、中国ものならこれまた好きなアニメの化学作用ってことでしょうか。いやアニメってアンチ戦後民主・平和主義なとこがあるので。>

 田中芳樹の中国物を読んでいて思うのですが、あれらは舞台設定自体が暗すぎるんですよ。
「風よ、万里を翔けよ」―→隋の滅亡期を隋側の視点から見たもの
「紅塵」――――――――→南宋の和平を岳飛寄りの視点から見たもの
「海嘯」――――――――→南宋滅亡を南宋側の視点から見たもの
というように、「常に悲劇の側から礼賛的・同情的に見たもの」が中心であって、アルスラーン戦記や創竜伝のように「敵を次々となぎ倒す」という「痛快さ」が全くないのです。最初から「負ける」と分かっている側を描いても、田中芳樹作品の中心的な読者層である中高生にとってはあまり楽しくありませんわな(^^;;)。ましてやナレーション自身がああまで自己陶酔的な感情移入をしているというのではね~。
 田中芳樹の中国物が一般受けしない理由って、こういう所にもあるのではないでしょうか。

board2 - No.293

ふと思いました。

投稿者:匿名希望
1999年11月20日(土) 05時28分

このページは田中芳樹批判のぺーじですよね?
 しかし、掲示板で論争を始めて引用を多用
するためには氏の著作を買わねばなりません。
それに対する論を展開する人もまた同じです。
となると、結局は氏の懐を肥やすことになり
ませんか?
 むしろ、思いっきり倒錯的で自己陶酔の入
った一般人が引くようなファンサイトを
作ったり、紹介したりした方が
「田中芳樹を撃つ」
という目的に貢献しそうな気がするんですけど、どうでしょう。

 あ、それとブックオフで買っても、図書館で
借りても、本屋から万引きしても同じですよ。
流通を知らない方は少ないでしょうけど
念のため。

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board2 - No.294

Re: ふと思いました。

投稿者:つーか
1999年11月20日(土) 08時01分

おまえは、バカか。
ここのサイトは
田中芳樹の小説をもとに、議論を展開
してることに意味があるんだよ。
おまえはまるで、子供の目に入れたくない
ものを有害物指定しようと叫ぶ
PTAのバカ中年女みたいだぞ。
ネットクレーマーなのか。
寂しいから、つるし上げる対象と
そのための仲間がほしいんだね。

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board2 - No.295

Re: ふと思いました。

投稿者:パツキンのお子様
1999年11月20日(土) 10時25分

「余は宇宙を盗みたいのではない、奪いたいのだ!」

board2 - No.296

はじめまして

投稿者:haindo
1999年11月20日(土) 16時57分

ども。俺も疑問点が一点あるんですが(前に
出てたらすんません)創竜伝って何巻かで
終わるっていってませんでした? たしかその巻を発売と同時に買ってよんで、あら?おわらんの?次巻は「立ち読み」しましたがもう読む気があまりありませんでした。そっから芳樹とは音信不通^^です。銀英以外売ました。その頃俺も管理人さんが言ってた疑問点もぼちぼち持ってましたので。
真相を知ってる方おしえて?

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board2 - No.297

Re: はじめまして

投稿者:heinkel
1999年11月20日(土) 17時41分

> 創竜伝って何巻かで終わるっていってませんでした?

 はじめまして。以下そのこと。

 創竜伝6<染血の夢> 第5回竜堂兄弟座談会

余 だいじなことを忘れてたよ。「創竜伝」は何巻で完結するの?
始 そうそう、だいじなことだな。いちおう10巻完結だそうだ。
終 発禁にならなければ、だろ。
続 発禁になればそれまで。ならなければ、しかたがないから10巻まで本篇を書いて、そのあと2巻ぐらい番外篇を書く。それでほんとにおしまいだそうです。

 発禁・・・えーと、管理人さんの批判対象その1です(笑)

board2 - No.298

どうにか読了

投稿者:m since k
1999年11月21日(日) 04時01分

 掲示板過去ログ読み終えました。
 いやはや、憑きもの落としてもらった気分です(別のものが憑いたような気も……)。
 んで、感想と言うより読みながら思ったことをば。
 「撃つ」ことにより「心理に楔を打ち込む」と解釈したのですが、敢えて主目的を限定するならどちらなのでしょう?それによって、このサイトの在り方や方向性がよりはっきりするのでは、と思いましたもので。「心理に楔を打ち込んで需要側の意識改革を促し、もって氏の創作姿勢をただしてゆく」でもいいんですが……。壮大な包囲殲滅作戦には違いない(笑)、時間かかりすぎるけど。
 以上、タワゴトでした。管理人さん、お忙しいとは存じますが、タワゴトに付き合っていただければ幸いです。
 ……ひとりだけ主旨取り違えてる可能性大?

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board2 - No.299

小ネタなど

投稿者:m since k
1999年11月21日(日) 10時20分

 「幻影城」1978年3月号の126ページに「新しい影たちの声」なる、第3回幻影城新人賞の入選者8名へのアンケートが収録されております。
 「田中芳樹批判」よりさらに踏み込んだ「田中芳樹論(?)」展開に資料は多いほうがよかろうか、と。
 資料といってもマッチ箱ふたつ分ぐらいのスペースに収まる分量なのですが、これは恐らく氏の最も初期の肉声(に近いもの)だと思うので、最近の氏の言動と併せて読めば、なんらかの変化を読み取れるかもしれません(笑)。
 差し支えなければ掲示板に転載しようかと思うのですが。ちなみに、版元の株式会社幻影城は潰れたはずなので、著作権の問題には抵触しないと思うんですが……(そのへん詳しくないので)。

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board2 - No.300

Re 関係あるかな?

投稿者:90210
1999年11月21日(日) 11時41分

>この手の小説を書くとき、話の進行役であるナレーションこそが一番冷静でなければならないのではないでしょうか。たとえばヤン・ウェンリーが死んだ時、キャラクターや読者は大いに悲しんだ事でしょうが、ナレーションは冷静にヤンの死を描写し、さらにはヤンを「後世の歴史家」というものを用いて冷静に評価していました。だからこそ、却ってヤンの死がうまく悲劇的に描かれているのではないでしょうか。

どうも、私のパソコンは過去ログを開けないようなので、過去ログ全部は読んでないので、過去にこの記事に触れられていたら余計な事ですが、ちょっと思い出したので。
「アサヒ芸能」の1988年2月4日号の
「著者インタビュー 田中芳樹」から抜粋です。

ラストシーンの構想が出来あがらないと筆をスタートできない性格もあり、書き始めの時点ですでに10巻分の構成が決定していたという。
「ですから、何を書くかというより、何を書かないかのほうが苦労しましたね。登場人物が死ぬシーンでも、ついつい感情移入がすぎて何枚も書いてしまったり。ヤン・ウェンリー(同盟軍元帥)の場合は特にそうで、撃たれてから死ぬまでを3枚に短縮して、それを6回書きなおしました」

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board2 - No.301

これは比較に出す意味はないでしょう

投稿者:不沈戦艦
1999年11月21日(日) 12時07分

> > 「文丞相、お言葉を返すようですが、戦いは勝つためにおこなうものではございませんか。勝つのが目的でなければ、何のために戦うのです。私にはわかりませぬ。」
> 一気に言いおえて張珪は口をつぐみ、相手の返答を待った。
> 「さよう・・・何のために戦うのでしょうな」
> 文天祥はつぶやく。彼は張世傑や陸秀夫と最後まで連帯できなかった。だが彼らの心情の、すべてとはいわぬまでも一部を共有することはできたように思う。
> > 民族の誇りをかけた抵抗も、ついに力尽きるときが来た。
>
>  この辺を読んで、こんな言葉を思い出しました(^^;
>
> 「学鷲は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどと思っていません。」
> 「しかし、負けたとしても、そのあとはどうなるのです…」
> 「おわかりでしょう。われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ」
> 「そう、民族の誇りに…」
>
>  なにから引用したかは、あえて書きません(笑)

 ここに書くのは久しぶりですね。

 まあ、「学鷲云々」が小林よしのりの「戦争論」から引用したことは一目瞭然ですが、この比較に何の意味があるんでしょか。田中芳樹についてあれこれ言われているのは、「国の為に死ぬのは馬鹿馬鹿しい」と創竜伝で主張しているのに、中国歴史モノだと「国のために死ぬのは美しい」になってしまう「ダブルスタンダード」がおかしいのでは?という点でしょう。小林よしのりは「国のために死ぬのは馬鹿馬鹿しい」とは主張していないんですから、ダブスタでも何でもありません。「国のために死ぬのは美しい」、「国のために死ぬのは馬鹿馬鹿しい」。どっちの思想を支持しようとそれは個人の好き勝手ですけど、田中芳樹のダブスタを論じている時に、小林よしのりを引き合いに出す必要はないと思いますけど。

board2 - No.302

著作権・・・あわわ。

投稿者:90210
1999年11月21日(日) 12時20分

あの~。管理人さんに聞く前に、(300で)アサヒ芸能から掲示板にちょこっとだけ転載してるんですが、まずかったでしょうか?

ところで、私のパソコン、過去ログが開けないので、読んでないのです。過去どんな話題が出たのか確認できないのですが、田中芳樹論資料として、田中氏のインタビュー・エッセイなどで転載してもいいもんがあったらやりますので
持ってる分を書き出しておきます。

著者インタビュー
  アサヒ芸能 1988.2.4号
「紅茶の話、べつの話」
  (どこかの同人誌、としか分かりません)
「書生論 三国志雑感」
  歴史読本 S64 9月号
「日々快感 花とチョコレートの日々
 ヤン・ウェンリー氏の命日
  SFアドベンチャー 9月号
「あな、おそろし」
  小説NON 1988 2月
「今週の一冊 創竜伝」
 週間現代 1987 9月26日
「田中芳樹の世界」
 月刊OUT

・・・コピーしか取ってないので、正確に何年の何月号とわからないものがあるなあ。

こんなこと(記事の転載)でしか役に立ちそうにもないので、とりあえず。ではでは。

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board2 - No.303

Re: はじめまして

投稿者:90210
1999年11月21日(日) 12時30分

創竜伝は、
当初の予定から見て、だいぶ違ってきましたけど、できれば10巻で終わらせたい。伸びても15巻。
・・・らしいですよ。そういってたのもだいぶ昔なので、変わってるかもしれないですが。

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board2 - No.304

それは誤解です

投稿者:heinkel
1999年11月21日(日) 14時35分

> まあ、「学鷲云々」が小林よしのりの「戦争論」から引用したことは一目瞭然ですが、この比較に何の意味があるんでしょか。田中芳樹についてあれこれ言われているのは、「国の為に死ぬのは馬鹿馬鹿しい」と創竜伝で主張しているのに、中国歴史モノだと「国のために死ぬのは美しい」になってしまう「ダブルスタンダード」がおかしいのでは?という点でしょう。小林よしのりは「国のために死ぬのは馬鹿馬鹿しい」とは主張していないんですから、ダブスタでも何でもありません。「国のために死ぬのは美しい」、「国のために死ぬのは馬鹿馬鹿しい」。どっちの思想を支持しようとそれは個人の好き勝手ですけど、田中芳樹のダブスタを論じている時に、小林よしのりを引き合いに出す必要はないと思いますけど。

 なんだか誤解されてしまったようですが(^^;

 ここで「戦争論」を持ちだしたのは、もちろん田中芳樹のダブルスタンダードを強調したかったのですよ。このサイトでもたびたび比較された小林よしのりと、真っ向から対立する「創竜伝」の作者が、なぜだか中国ものにかぎってはおんなじ「物語」を肯定しているということに。
 ですから、ここで比較に出すことは大いに意味がありますよね。

 ところで最近、小林氏は自分の作品を「フィクション」と言われて怒ってますね。一方で「これはフィクションです」といって評論かます田中氏と、どっちを支持するかは言わずもがな、です。

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board2 - No.305

Re: 著作権・・・あわわ。

投稿者:heinkel
1999年11月21日(日) 15時59分

> ところで、私のパソコン、過去ログが開けないので、読んでないのです。

 過去ログが開けないっていうのは、どんな症状ですか?
 ダウンロードできない?LHA圧縮されたファイルを解凍できない?
 次のどこで留まっているのでしょう。

 *Windowsの場合

1.目的の過去ログファイルをクリックし、「このファイルをディスクに保存する」で、適当な場所(My Documentsなど)にダウンロードします。

2.過去ログファイルは圧縮されているので解凍ツールが必要です。

 解凍ツールは例えば、ttp://www.digitalpad.co.jp/~takechin/ の「Lhasa」などをダウンロードして使用してください。
 (ツールは自己解凍形式で圧縮されていますので、ツールのファイルをクリックしディスクに保存したあと、ファイルをダブルクリックすれば自己解凍され使用可能になります)

3.解凍ツールの説明に従い、過去ログファイルを解凍してください。
 (ファイルをアイコンへドラッグする、あるいはファイルをダブルクリックする等)

4.解凍された過去ログファイルはHTML形式のファイルですので、ダブルクリックすればブラウザで開けるはずです。

 ・・・そーゆーことじゃなかったら、すいません。

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board2 - No.306

それでも小説である

投稿者:本ページ管理人
1999年11月21日(日) 21時08分

>別に私は「張弘範の考え」と「田中芳樹の思想」が同じであると言っているわけではないんですけどね。
であるならば、
<必死の捜索にもかかわらず、帝ヘイおよび陸秀夫の遺体は発見されない。張世傑に至っては、阻止しようとする張弘世をかるくあしらって戦場を離脱したことが確認されている。張弘範は厳命を下した。
「あの男は生きていれば、かならず再起する。どこまでも逃げるだろう。どこまでも追え。死が確認されるまで怠るな。」
すこし考えてから、命令を追加した。
「投降してきたタク国秀と劉俊にそれをやらせよ」
このあたりは張弘範も冷徹であった。最後の局面に至って投降してきたような者には、それにふさわしい任務を与える。必死になって、つい先刻までの味方を狩り立て、元軍の信用を得ようとするであろう。せいぜい努力するがよい、と、張弘範は思った。命を受けた降将二名は元軍の旗幟のもと、ただちに追跡を開始した。>

 から、
<「最後の局面に至って投降してきた」という事がそんなに悪い事なのですか? 大義思想に従って宋王朝と運命を共にしろとでも?>
 という批判を導き出すのは筋違いでしょう。
>今までの作品であれだけ「愛国心」というものを否定しておきながら、なぜ中国物に関してはここまで肯定的かつ礼賛的な記述をするのか、
 という意図は分かります。私も、前に述べた通り、大枠で小説の思想性を問うことには賛成なのです。しかし、このような個々の方法が強引すぎて、目的を果たしていないと思います。

>この手の小説を書くとき、話の進行役であるナレーションこそが一番冷静でなければならないのではないでしょうか

 はじめに言っておくと、論じる価値あると思います。しかしながら、このような技術論は、あくまで小説論の枠内に収まる程度のものであり、小説の枠を超えてしまっている現代物の批評と区別するべきだと私は思います。
 拙劣と反則は分けて論じられなければならないでしょう。

>私は、歴史小説は現実世界にあった歴史上の出来事を描いたものであり、しかも田中芳樹の中国物の場合「キャラクターではなくナレーションが明らかに『後世の歴史家』という視点から現実の歴史を評論している」というところがある以上、「フィクションだから」という言い訳は通用しないだろうと考えた上

 これは歴史小説というジャンル全体の解釈の問題になってしまうのですが、私は許容される範囲であると思います。私が現代小説との違いとするのは一点、「フィクションかフィクションでないか」に尽きます。つまり、歴史小説はフィクションとして無責任の逃げを打つことが出来ない。田中作品に限らず司馬作品であろうが吉川作品であろうが、すべての歴史小説は、ドキュメンタリーではなく「小説」であるという属性の必然からある程度フィクションの要素を帯びます。しかし、それでも世界観の解釈や人物の評価には文責が付いて回るのです。
 たとえば、創竜伝のヴラド計画は、明白な日本人論(しかも歪みまくっている)であるにも関わらず、「アレは物語中の悪の組織の論理だから」と逃げを打てます。一方、紅塵の秦檜論にはそのような無責任は不可能です。また、創竜伝の評論のように全く物語に関係なく挿入されているのではなく、物語の補強に使われてもいます。
 責任の所在があり、物語の必然とリンクしている以上、私は問うに値しないと思います(繰り返しますが、小説の評価とは別です。念為)。

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board2 - No.308

目的

投稿者:本ページ管理人
1999年11月21日(日) 21時42分

>(別のものが憑いたような気も……)

これで結構です。田中芳樹への反動で無条件に信じていただくよりは、考えるきっかけにしていただく方が管理人の冥利に尽きます。

>「撃つ」ことにより「心理に楔を打ち込む」と解釈したのですが、敢えて主目的を限定するならどちらなのでしょう?

 このような問いにお答えするならば、後者が主目的と言えます。m since kさんが『「撃つ」ことにより』と書かれているとおり、前者は後者のための手段です。むろん、『「撃つ」ために「心理に楔を打ち込む」』ことも表裏一体で同時に目的なのですけれども、これを主にしては本末転倒だと思います。
 単に打つだけならば、No.293で匿名希望さんが述べられているとおり、バカなファンを演じてほめ殺しをした方が戦術的には有効かも知れないと思います(判る人だけが判るマニアックな話題で恐縮ですが、セガBBSにおけるセガ狂信者たちを想起されたい)。
 しかし、m since k さんが指摘するように、「心理に楔を打ち込んで需要側の意識改革を促し、もって氏の創作姿勢をただしてゆく」という戦略目標を考えた場合、先の方法は戦術的に有効であっても戦略的には必ず行き詰まります。
 一見遠回りですが、最終的には近道なのではないかと思っています。

P.S.
 実は「偽装信者のほめ殺し」や「セミドキュメントファン論」的な本論も書いたり構想したのですが、あまりにイヤミ度皮肉度が高かったり、挑発的なので封印しています。幻の本論は、一応あるのです。

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board2 - No.309

Re: ふと思いました。

投稿者:本ページ管理人
1999年11月21日(日) 21時47分

 No.308にお答えの一部になることを書いておきましたので、ご覧ください。

>  あ、それとブックオフで買っても、図書館で
> 借りても、本屋から万引きしても同じですよ。
> 流通を知らない方は少ないでしょうけど
> 念のため。

 確か、印税は部数で入るんですよね。現制度では、図書館やブックオフは確実に印税を圧迫します。その方法が絶対に正しいとは言い切れないところなんですけどね。新刊を買ってケナシ代を払うという考え方もありますし。

親記事No.302スレッドの返信投稿
board2 - No.311

大丈夫だと思いますよ

投稿者:本ページ管理人
1999年11月21日(日) 21時58分

 出典を明らかにしておけば、よほどの事がない限り引用として許容されると思います。
 出典が判らないものも、丸写しでないなら大丈夫ではないでしょうか。
 ひとまず、最終的な責任は管理人の私が負いますので、引用をお願いできますでしょうか?

 もし、法律関係に詳しい方がおられましたらアドバイスをお願いします。

親記事No.302スレッドの返信投稿
board2 - No.313

Re: 著作権・・・あわわ。

投稿者:本ページ管理人
1999年11月21日(日) 22時01分

heinkelさん解説ありがとうございました。
 LHA圧縮は、どのWindows以外のOS(MAC、Linux)でも解凍できますが、ドリームキャストなどのパソコン外の端末を利用されている場合は閲覧することが無理だと思われます。
 このようなユーザーの方にはお詫び申し上げます。

親記事No.293スレッドの返信投稿
board2 - No.314

Re: ふと思いました。へのレス

投稿者:匿名希望
1999年11月22日(月) 12時30分

> おまえは、バカか。
> ここのサイトは
> 田中芳樹の小説をもとに、議論を展開
> してることに意味があるんだよ。
> おまえはまるで、子供の目に入れたくない
> ものを有害物指定しようと叫ぶ
> PTAのバカ中年女みたいだぞ。
> ネットクレーマーなのか。
> 寂しいから、つるし上げる対象と
> そのための仲間がほしいんだね。

  うーん、見事ですね。
私が書いた引いちゃうファンのお手本のよう
です。
 こう書いとけばこのページの方々は
田中氏の著作を元に「議論のための議論」を
しているだけで、異質な意見はネットクレー
マーにに仕立て上げて排除している様にすら
見えます。
  熱烈な田中氏のファンの方ですか?
本当にふと思っただけだったんですけど、
私もなかなかいいとこ突いたのかな。

>「余は宇宙を盗みたいのではない、奪いたいのだ!」

奪おうとしているのは佐藤大輔氏を挙げます。
ここで田中氏の売り上げを増やしているので
は盗むどころか尽くしているだけでは?

 管理人さんへ

 まず、私はこのHPの趣旨には大賛成です。

プロフィールを読ませていただくとかなり重
なる点も多く、とても他人事とは思えない部
分もありました。
 過去ログもなかなか楽しく読んでいました。
そして途中まで来て、ふと思ったんです。
「この人達、買いなおしたのか?」
でまぁ、あの書き込みとなりました。
はっきり言って他意はありません。

> 確か、印税は部数で入るんですよね。現制度では、
>図書館やブックオフは確実に印税を圧迫します。

 印税は出版総数×1冊あたりの印税+α
です。
 理想を言えば、ブックオフでもはけず、図
書館も利用率が低くリクエストも入らずかと。
 はけてしまえば出版社は次回も同じ部数を
制作し、印税は変わらず、結果氏がますます
潤うということになるのではないかと思い
ます。

 このままの路線で行けば、世間に詳しくな
い方は純粋に喜んで買い、ちょっと知ってい
る方は批判のために買いでは、田中氏の書体
が変わるはずもなく。

 本ページの趣旨とは若干ずれますが
 もし、「田中氏」の意識に楔を打ち込むと
すればそれは大幅な売り上げ減による年収の
減少だけだと思っています。

親記事No.241スレッドの返信投稿
board2 - No.315

「滅びの美学」と田中芳樹の主張

投稿者:小村損三郎
1999年11月22日(月) 13時47分

heinkelさんは書きました

> > 「舟覆世傑逐溺宋滅(舟覆えり、世傑遂に溺る。宋滅びたり)」
>
>  なんというか、「連合艦隊」ですか。感じますよ「無限の悲愁」を(^^;;
>  これは…大好きな中国ものなら「男の子の感覚」で書けると言うことでしょうか(笑)
>

えー、個人的には『連合艦隊』とか、TV版『新選組血風録』とか、デラーズフリートとか(笑)、この種の「滅びの美学」モノってやつは結構好きなので、張世傑の奮戦・文天祥の節義、いずれも手放しで礼賛したいんですが(^^;)。
事実、昔は日本でも彼等は岳飛と並んで賞賛の対象だった訳ですしね。
あ、私もあの八文字には“無限の悲愁”を感じますよ。

ただ、田中氏は銀英伝その他の著作に於いては明らかにこの種の価値観を否定・嘲笑していたはずであり、彼自身の過去の主張に即するならばこんな風にならないとおかしいハズ。

“朝廷だの国家だの民族の誇りだのという空疎な概念に無限の価値を置き、歴史の歯車を逆戻りさせようとした彼らの自己満足の為にどれだけの血が流されたことか。
彼ら自身が自分達の美学と陶酔の為に死んでいくのは勝手だが、そんな大人の意地と都合の為に、八歳の少年を既に滅びた国の皇帝などという無意味な地位に祭り上げ、挙げ句の果てに海に沈める権利が誰にあるというのだろうか。
始(ヤンでも可)は疑問を感じざるを得ない。”
・・・。
チャンチャン。

既に1276年に時の皇帝恭宗が杭州臨安府を降伏開城し、公式にはこの時点で南宋は滅亡しました。
しかし、張世傑・陸秀夫らはそれを潔しとせず、南方に奔って恭宗の異母兄の少年を皇帝に擁立して抵抗を続けたのです。
要するにこの「海上朝廷」は「大宋帝国正統政府」な訳なんですね(爆)。
慣れない船上生活と南方の気候の為少年皇帝の端宗は間もなく病死し、その後擁立されたのが弟の衛王で、崖山の敗戦に際し、陸秀夫に背負われて入水しました。
日本でいえば安徳天皇みたいな人ですね。

なお、再来年の大河ドラマ『北条時宗』では海外ロケも行うそうなので、この崖山の戦いが映像化される可能性も・・・無いか、やっぱり(^^;)。

親記事No.298スレッドの返信投稿
board2 - No.316

Re: 感謝です

投稿者:m since k
1999年11月22日(月) 13時54分

  不躾な質問に対して丁寧にお答えいただき感謝します。調子にのって、もうひとつ質問をば。
  運動それじたいを目的にしたくない、と仰られる識見には敬服いたしました。しかし、なにを以て氏が正道に立ち返ったと判断なされるのでしょう?解消されるべきは「指摘した点のすべて」なのでしょうか、「指摘した点のいくつか」なのでしょうか。ファンの側からも判断できる明確な基準がないように思えました。
  ものすごく極端な喩えですが、さすがは田中芳樹だ、という充実した内容でアルスラーンとタイタニアと七都市物語を完結させ、真摯に原典や資料にあたっておもしろい中国物を書く、一方で創竜伝は今のまま(まあ、120パーセントありえないけど)。なんて状況になったとき、ファンは「正道に立ち返った」と言うでしょう、「立ち返ったのにこのHPは中傷を続けている」と。
  つまるところぼくが言いたいのは、泥棒を見てから縄をなうのでは説得力が希薄になるので、避けた方がいいのではないかということです。
  もうひとつ言うと、具体的な基準を用意しておけば管理人さんもある意味、気を楽にもつことができ、さらに広い視野からの「田中芳樹批判」が可能になるのでは、とこちらが勝手に期待しているわけです。
  う~ん、なんか偉そうなこと言ってる(苦笑)。

> (判る人だけが判るマニアックな話題で恐縮ですが、セガBBSにおけるセガ狂信者たちを想起されたい)。

  想起できませんでした(笑)

> P.S.
>  実は「偽装信者のほめ殺し」や「セミドキュメントファン論」的な本論も書いたり構想したのですが、あまりにイヤミ度皮肉度が高かったり、挑発的なので封印しています。幻の本論は、一応あるのです。

  タイトルだけで読む意欲が湧いてきますね(笑)。ほんとにコンテンツに加えてもらえないかな~。

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