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投稿ログ54 (No.947 - No.956)

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board2 - No.947

Re945/946:ケガレ思想と言霊思想

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月30日(火) 09時06分

<そうするとやはり「同盟」は戦前の日本なのかもしれないですね。
ヤン・イレギュラーズなどという非民主的政権に希望をつなぐという倒錯は、二・二六事件の青年将校に対して国民世論の澎湃たる支持があった一件を想起させます。実際、反乱を起こして一国の政府高官を暗殺した連中を、あろうことか陸軍首脳は無罪放免にしようとして昭和天皇を激怒させてしまったくらいです。>

 2・26事件では、昭和天皇が青年将校を「反乱軍」とみなして鎮圧命令を出した事もあって、クーデターの首謀者である青年将校7名が軍法会議で死刑宣告を受け、処刑されています。
 クーデターが国民の圧倒的支持を受けていたのは5・15事件の方ですね。こちらは本来ならば2・26事件のように死刑になるはずだった青年将校に対して国民から無数の助命嘆願状が軍部に殺到し、その圧力に負けた形で青年将校に対して非常に軽い刑が下されてしまったのです(しかも後でさらに減刑された)。このことで味をしめた青年将校がさらに2・26事件を引き起こしたため、2・26事件では断固とした処置が下されたわけです。当時の軍部の暴走をくい止めるにはすでに手遅れでしたけど。
 当時の国民感情からすると、愛国心に燃える(と見られた)「清潔な青年将校達」が、汚職行為にふけっている(ように見えた)「汚い政治家」を殺戮したという気分だったのでしょう。だからこそ軍法に背いた判決を軍部に対して嘆願するという、法治主義に明らかに反した愚劣な行為が行われたわけです。これが後の日本にどういう結果を招いたのかは今更言うまでもないでしょう。
 法というものはたとえその時の国民感情に反していでも絶対に守られなければならない、という教訓を、この事例は教えてくれますね。

 しかしヤンの場合はどうでしょうか。
 ヤンは銀英伝2巻で、5・15事件や2・26事件における青年将校と全く同じような動機で起こった救国軍事会議クーデターを鎮圧していますし、また銀英伝5巻では、ラインハルトを射程内に収めたバーミリオン会戦時の同盟政府の無条件停戦命令に「表面的には」完全に従っています(実はこっそり裏切っているのですが)。また同盟の政治腐敗も民主主義を揺るがしかねないほどの深刻なレベルに達していました。
 つまり銀英伝では、日本の「ケガレ思想」の事例と違って「ヤンの実績」と「同盟の腐敗」がちゃんとした実体を伴っているわけです。すくなくとも表面的に見れば、同盟政府が全くアテにならず、ヤンこそが「民主主義の擁護者」であるように見えるでしょう。その「実績」に加えて、同盟の場合は政府が実際に売国行為を行ったり、民主主義を冒涜するような行動ばかり行ったりしている事がすごく印象に残っているため、「実はヤン・イレギュラーズが民意に全く基づかない、とてつもなく非民主的なシロモノであった」という事実がすっかり見えなくなってしまっていたのではないでしょうか。
 ヤンとヤン・ファミリーの行動原理のひとつに「ケガレ思想」的な発想があったのは否定しませんが、ヤンが民衆に「民主主義の擁護者」として支持されたのは、「ケガレ思想」よりもむしろ「民主主義擁護の実績」が際立っていた事の方が大きいのではないかと思います。

<ところで「同盟」が亡国の戦争を止められないメカニズムには、もう一つの「日本教」である「御霊信仰」が関連していると思いますが、いかがでしょうか?>

 これは井沢元彦氏が主張していた「言霊思想」の事でしょうか?
 確かに同盟にはかなりの「原理主義」が横行していて、帝国との戦争を「専制君主制から民主主義を守るための戦い」などと定義していましたから、ある程度はあると言っても良いでしょうね。実際、銀英伝1巻でレベロが和平を口にした時に、国家の経済事情も全く考えずに「この戦争は大儀に基づくものだから止めてよいものだろうか」などと主張していた政治家もいましたし。
 しかし一方で、帝国と同盟との戦争を終わらせるための和平活動が全くなかったわけではないし、何よりも帝国と同盟の戦争状態を望むフェザーンの策動が戦争を長引かせていたという裏の事情もありますから、これが全てであるとは言えないのでは? 現にマンフレート二世が皇帝に即位した時には和平が成功しかけていたのですし。

<ヤンの振る舞いは、「日本的軍隊忌避思想」と考えるとよく理解できます。「なんの因果で軍人なんてものになっちまったんだろう」というヤンのボヤキは、一見ユーモラスでありますが、一国の興亡を双肩に担った重大人物の発言としては、これほど心寒いものはありません。謹んで「亡国提督・ヤン」と呼んでさしあげましょう。>
<ですが、誰でも重い責任を背負い込むはめになれば、この様な愚痴をこぼしたくなるのかもしれません。ヤンの場合はなりたくないのに軍人になって重責を背負ってしまったのですが、自ら志願して軍人や政治家になった人も、私的な場で愚痴をこぼしたりする事があるのではないでしょうか。ヤンもその様なボヤキは、聞かせる対象は身内(ヤン・ファミリー含む)に留めていますし、公的な場では一応の責務を果たしています。ヤンにとっては公私をわきまえての結果としてのボヤキだと思うのですが…。>

 これについては、ただ単にヤンがあの「日本的軍隊忌避思想」を「私的なボヤキ」として主張するだけで「公的な領域」にその考えを持ちこまないのならば、「あくまでも私的な発言」で終わる事だと思うのですが、ヤンの場合は明らかに「公的な領域」にまでこの思想が影響していますからね。この思想がヤンと政治家との相互不信を高めた原因のひとつにもなっていたのですし、シビリアン・コントロールの間違った定義についてもこの思想が少なからず影響を与えているのは疑いの余地がないでしょう。
 すくなくとも公的の場では「軍人という職業とその意義を尊重するフリをする」ぐらいの態度がヤンには必要だったのではないか、そう私は考えるのですが。

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board2 - No.948

亡国提督、もとい、モラトリアム提督

投稿者:優馬
2000年05月31日(水) 05時56分

冒険風ライダーさま

>  これは井沢元彦氏が主張していた「言霊思想」の事でしょうか?

いえ、「怨霊信仰」の方です。
 確か戯画的にですが、憂国騎士団とかが「英霊に申し訳ないと思わんか!」みたいなことを煎っていたような記憶があるもので。(手元にテキストがなくてすみません。)カリカチュアライズされていても、そういう発言が「正論」として「同盟」の社会ではまかり通っていたようですし。

 私ももちろん、ヤン・ウエンリーのファンだったんですが、四十にもなってくると、彼のキャラクターのモラトリアム性が鼻についてくるのです。「望んで軍人になったわけではない」ヤンが、「才能があるばっかりに」大軍を指揮して大宇宙を駆けめぐるという設定は、確かに快いものでした。心理的に深刻な責任感を免除されて、戦争ゲーム的爽快感を存分に味わうことができました。モラトリアム青年にとって、「ヤン的状況」は大変居心地がよいものです。ちなみに作者は典型的なモラトリアム青年だったんでしょう。すっかり「モラトリアムおぢさん」になつてしまって、創竜伝で醜態をさらしています。
 もし現実であれば、どこかでヤンのモラトリアム性はガツンと一発やられているはず。例えば、下記のようなやり取りがきっとあったと思いますよ。

「やれやれ、なんの因果で軍人なんぞになっちまったんだろう。」
ヤンのいつものボヤキに、紅茶を運んできたユリアンが微笑した。
「でも、提督のおかげで、何万人もの同盟軍兵士が死なずにすむのですから・・・」
「そのかわり、帝国軍の兵隊がそれ以上に死ぬんだぞ。」
ヤンの言葉にユリアンの頬に血が上った。
「それは、違います、提督! 提督が指揮していてくれれば、ぼくの父は死ななくて済んだかもしれない。お母さんだって・・・」
ユリアンが見せた激しい感情にヤンは息を呑んだ。
「す、すまない・・ユリアン」
「いえ、僕の方こそ、どうかしていました・・。」

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board2 - No.949

武力・権力の持つ魔力に対する恐怖

投稿者:平松重之
2000年06月01日(木) 03時54分

 銀河英雄伝説第一巻(トクマノベルズ)P186上段10~14行

「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。いや、じつは怖いのです。権力や武力を手に入れたとき、ほとんどの人間が醜く変わるという例を、私はいくつも知っています。そして自分は替わらないという自信を持てないのです」

 これは帝国侵攻作戦の作戦会議の後、ヤンにゆくゆくは軍の最高地位(統合作戦本部長)に就任して欲しいという希望を話したシトレ元帥に対しヤンが言った言葉ですが、ヤンは権力や武力を軽蔑していたというより、それらを手に入れた人物が独善的または驕慢な心理に陥っていくという過程とそれによってもたらされる結果を恐れていたのだという事が分かります。ケガレ思想というよりも、こういった恐怖から生まれた自制心が、ヤンが個人的に政治に対して距離を置く要因の一つとなっていたのでしょう。ジョアン・レベロもヤンが権力・武力を手に入れて変貌を遂げ、第二のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムになるのではないか、というヤンと同じ懸念を持っていましたが、片や自制心、片や猜疑心と、まったくかみ合ってませんね。ヤンと政府との相互不信については、もしバーラトの和約後の最高評議会議長に愚直なレベロではなく、図太さを持ったホワン・ルイが就任していたら大部分は解決していたかも知れません(これは反銀英伝のネタになりそうですね)。

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board2 - No.950

Re: 武力・権力の持つ魔力に対する恐怖

投稿者:優馬
2000年06月01日(木) 07時21分

平松重之さんは書きました
>
>  銀河英雄伝説第一巻(トクマノベルズ)P186上段10~14行
>
> 「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。いや、じつは怖いのです。権力や武力を手に入れたとき、ほとんどの人間が醜く変わるという例を、私はいくつも知っています。そして自分は替わらないという自信を持てないのです」
>
>  これは帝国侵攻作戦の作戦会議の後、ヤンにゆくゆくは軍の最高地位(統合作戦本部長)に就任して欲しいという希望を話したシトレ元帥に対しヤンが言った言葉ですが、ヤンは権力や武力を軽蔑していたというより、それらを手に入れた人物が独善的または驕慢な心理に陥っていくという過程とそれによってもたらされる結果を恐れていたのだという事が分かります。ケガレ思想というよりも、こういった恐怖から生まれた自制心が、ヤンが個人的に政治に対して距離を置く要因の一つとなっていたのでしょう。

うーん、私に言わせればヤンのこのセリフは彼の「モラトリアム性」の証拠そのものですね。だって数十万の軍隊を既に指揮している人間が、「権力や武力を手にしたとき」などと言うのは論理的にオカシイです。軍の指揮官ってのは、そのへんの大臣よりもよっぽど剥き出しの「権力者」ではないのでしょうか。「権力を手に入れて自分が変わる」ということを恐れるのは、モラトリアム青年特有の心性だと思います。

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board2 - No.951

Re948/949:怨霊信仰とヤンの軍人としての責任

投稿者:冒険風ライダー
2000年06月01日(木) 09時18分

>優馬さん
<いえ、「怨霊信仰」の方です。
 確か戯画的にですが、憂国騎士団とかが「英霊に申し訳ないと思わんか!」みたいなことを煎っていたような記憶があるもので。(手元にテキストがなくてすみません。)カリカチュアライズされていても、そういう発言が「正論」として「同盟」の社会ではまかり通っていたようですし。>

 憂国騎士団が自己主張している個所と言えば、銀英伝1巻における慰霊祭でのヤンの態度についてのやり取りぐらいしか思いつかないのですが、同盟におけるそういう類の言動は「怨霊信仰」から生まれたものではありません。
 「怨霊信仰」というのは「不慮の死を遂げた死者の祟り」を恐れる思想で、有名なものとしては、朝廷から追放(左遷?)された菅原道真の死後、彼の祟りを恐れた当時の朝廷が彼に高位の官位を与えたという事例があります。つまり「怨霊信仰」とは「死者それ自体」に対する恐れがあるからこそ成立しえるものであるわけです。
 しかし同盟の場合は「死者の祟り」などよりも、戦争犠牲者が出る事によって発生する現世における利害関係によるものが大きいでしょう。戦争で大量の犠牲者を出しておきながら「和平」を求めるとなると、当然の事ながら「遺族の感情」が満足しませんし、時の政府と軍部は「間違った戦争」を遂行して大量の犠牲者を出した責任を取らされる事になります。それを恐れるために、大量の犠牲者に見合うだけの「何らかの成果」を挙げなければ「和平」ができないという心理的圧迫があるわけです。
 これはギャンブルとよく似たところがあって、大損を取り戻すという「メンツ」と「損得感情」のために借金してさらに大損をするという悪循環と、構造的に同じものがあります。歴史的にもそういう発想で無用の戦争犠牲者が大量に発生した国は多いですね。戦前の日本とアメリカのベトナム戦争にその典型例が見られます。
 井沢元彦氏が唱えている思想を同盟の当てはめて考えるのであれば、「怨霊信仰」よりも「言霊思想」の方が余程当てはまるのではないかと思うのですけどね。

>平松さん
<ヤンは権力や武力を軽蔑していたというより、それらを手に入れた人物が独善的または驕慢な心理に陥っていくという過程とそれによってもたらされる結果を恐れていたのだという事が分かります。ケガレ思想というよりも、こういった恐怖から生まれた自制心が、ヤンが個人的に政治に対して距離を置く要因の一つとなっていたのでしょう。>

 しかしヤンは「自分が口を出さないと事態がさらに悪化する」という時ですら政治や軍事に口を出す事を拒否していましたよね? 末期の同盟は、政府と軍部の暴走のためにとても「民主主義」の名に値するような状況にはなかったのですから、むしろヤンが権力を握った方が却って「民主主義擁護」のためには良かったと思うのですけど。ヤンが暴走しなくとも、政府と軍部が暴走してしまったら結局は同じだったでしょうに。まさかヤンは自分さえ暴走しなければ民主主義が擁護できると本気で考えていたのでしょうか?
 それに普通の民主主義国家においては、そのような「政府や軍部の暴走」を防ぐためにこそ議会の存在があるのです。だから同盟の民主主義におけるチェックシステムがまともに機能していたのであれば、ヤンがそのような心配をする必要は全くなかったはずなのですが。
 本当に同盟ってまともな民主主義国家だったのでしょうか?

<ジョアン・レベロもヤンが権力・武力を手に入れて変貌を遂げ、第二のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムになるのではないか、というヤンと同じ懸念を持っていましたが、片や自制心、片や猜疑心と、まったくかみ合ってませんね。ヤンと政府との相互不信については、もしバーラトの和約後の最高評議会議長に愚直なレベロではなく、図太さを持ったホワン・ルイが就任していたら大部分は解決していたかも知れません(これは反銀英伝のネタになりそうですね)。>

 確かにホワン・ルイが最高評議会議長に就任していたら、すくなくともあそこまで同盟政府が暴走する事もなかったでしょうね。彼はヤンに対してある程度の理解を示していましたし。
 しかしレベロの猜疑心にしても、もしヤンがその手の内の全てとは言わずとも一部をレベロに明かし、「私を信用してくれ。これは同盟存続のために必要な策だ」とでも言ってレベロの信頼を取りつけておけば、事前に防止する事も充分に可能だったのではないかと思うのですけど。レベロの猜疑心は、ヤンの人柄と思想についてほとんど知らなかったのが最大の原因だったのですから、単に自分を理解させれば良いだけではないですか。利害関係や個人的感情などは何も絡んでいなかったのですから容易な事だったはずです。
 しかしヤンはその手の猜疑心を抑える努力を全く何もしていません。民主主義を本当に存続させるつもりであったのならば、そしてシビリアン・コントロールに本当に忠実であろうとするのであれば、政治家との相互信頼関係を築く事は必要不可欠であったはずなのですが。
 同盟の滅亡には、確実に「ヤンの政治不信」が原因のひとつに数えられるでしょう。しかしそのあたりの責任を、ヤンが全く自覚していないようにしか見えないのはどういうことなのでしょうか。

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board2 - No.952

Re: はじめまして

投稿者:デスクリムゾン
2000年06月01日(木) 18時43分

佐原十郎さんは書きました
>
> 10年前にくらべると格段に向上しているでしょうが
> 基本的にはホントです。
> 中国から日本に攻めてくる場合、兵員・装備をのっける
> 艦艇と補給物資を運ぶ船が必要で、補給物資は継続的に
> 送らねばならず(歩兵1個師団で一ヶ月4・5000t
> 必要との計算があります。10個師団で4~5万tですね)
> それだけで大量の船舶を必要としますし。
> 何といっても問題は、海軍力の貧弱さでしょう。兵員にしろ
> 物資にしろ海を渡るわけですから輸送船の護衛をしなければ
> なりませんが対潜能力・対空能力が貧弱で航洋性にとぼしい
> 中国海軍では輸送中にかなりの船が沈められる事でしょう。
> (相手がフィリピン海軍ではいざしらず。海上自衛隊はかなり
> の能力を持ってますし。)
> 制空権にしても一部のロシア製新鋭機を除けば、性能的に
> いまいちでなんといっても航続距離が短い(滞空時間が短い)
> と言う欠点があり制空権を握るのは難しいでしょう。
>
> 結果的にはたとえ上陸してきても補給物資が途絶えて立ち枯れ
> 。そして現地調達して恨みを買った上袋叩き(ん、どっかで
> 見たような?)と言うところでしょう。
>
> ご返答どうも有り難うございます。いやーやっぱりというか、何というか。何巻だか忘れましたが、田中芳樹大先生も創竜伝で人民軍の装備の劣弱さと人海戦術について述べて居られましたが。金ないんですかねー。そういえば今、中国は大干魃だそうで、友人が一人中国に留学しているのでちょっと心配です
>
>
>
>
>
>
>

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board2 - No.953

Re: Re950/951:ヤンの思想と行動

投稿者:平松重之
2000年06月02日(金) 04時27分

 冒険風ライダーさん

>  しかしヤンは「自分が口を出さないと事態がさらに悪化する」という時ですら政治や軍事に口を出す事を拒否していましたよね? 末期の同盟は、政府と軍部の暴走のためにとても「民主主義」の名に値するような状況にはなかったのですから、むしろヤンが権力を握った方が却って「民主主義擁護」のためには良かったと思うのですけど。ヤンが暴走しなくとも、政府と軍部が暴走してしまったら結局は同じだったでしょうに。まさかヤンは自分さえ暴走しなければ民主主義が擁護できると本気で考えていたのでしょうか?

 同盟の組織的な腐敗は、少なくともヤンの時代の半世紀前位にはすでに始まっていたと思います。外伝の四巻には、宇宙暦728年に帝国から亡命してきたジークマイスター提督は同盟政府の腐敗と矛盾に失望した、と書かれていましたし。また、第二次ティアマト会戦で戦死した英雄ブルース・アッシュビー提督の死にも、彼の退役後の政界転出を恐れた同盟政府の陰謀説があります。こういった点から、ヤンは歴史家としての視点から同盟の未来に見切りをつけていたのではないでしょうか。「政府の腐敗はもはや何十年も前から続いており、もはや手がつけられない。どうせ国家はいつか滅びる。大事なのは国家ではなく、思想を守る事だ」
 この諦観めいた認識と、ヤンの自制心・怠け根性が複雑にからまった結果として、ヤンは政治に口を出さなかったのでしょう。まあ、公人としては褒められた行動ではないでしょうが。

>  それに普通の民主主義国家においては、そのような「政府や軍部の暴走」を防ぐためにこそ議会の存在があるのです。だから同盟の民主主義におけるチェックシステムがまともに機能していたのであれば、ヤンがそのような心配をする必要は全くなかったはずなのですが。
>  本当に同盟ってまともな民主主義国家だったのでしょうか?

 これについては、同盟には立法府に相当する機関の記述がないのは確かですね。あるいは、ルドルフによる民主主義運動家の大量虐殺や焚書などで、議会制民主主義の定義が後世に精確に伝わらなかったのかもしれません。それによって、同盟は新しく民主主義の定義を定め直さなければならなかったのでは?いわば同盟の民主主義は「同盟型民主主義」とでも言える未知の民主主義思想なのかも…。(強引な論法ですみません(^_^;))

>  確かにホワン・ルイが最高評議会議長に就任していたら、すくなくともあそこまで同盟政府が暴走する事もなかったでしょうね。彼はヤンに対してある程度の理解を示していましたし。
>  しかしレベロの猜疑心にしても、もしヤンがその手の内の全てとは言わずとも一部をレベロに明かし、「私を信用してくれ。これは同盟存続のために必要な策だ」とでも言ってレベロの信頼を取りつけておけば、事前に防止する事も充分に可能だったのではないかと思うのですけど。レベロの猜疑心は、ヤンの人柄と思想についてほとんど知らなかったのが最大の原因だったのですから、単に自分を理解させれば良いだけではないですか。利害関係や個人的感情などは何も絡んでいなかったのですから容易な事だったはずです。
>  しかしヤンはその手の猜疑心を抑える努力を全く何もしていません。民主主義を本当に存続させるつもりであったのならば、そしてシビリアン・コントロールに本当に忠実であろうとするのであれば、政治家との相互信頼関係を築く事は必要不可欠であったはずなのですが。
>  同盟の滅亡には、確実に「ヤンの政治不信」が原因のひとつに数えられるでしょう。しかしそのあたりの責任を、ヤンが全く自覚していないようにしか見えないのはどういうことなのでしょうか。

 銀河英雄伝説第六巻(トクマノベルズ)P71下段19~P72上段19行

 ヤン・ウェンリーが武力によって権力を獲得しようとこころみるような人物でないであろうことは、レベロも承知している。この三年間に、それを実証する事例を何度も眼前に見てきた。だが、過去の実例が未来を全面的に保障するわけではない。(中略)人間とは変化するものだ。まだ三〇歳をこしたばかりの青年が、単調な引退生活に耐えられず、才能にふさわしい野心をよびさまされたとしたら……。
 こうして、ヤン・ウェンリーは、彼が年金を受けとっている当の自国政府からも監視されるようになったのである(後略)。

 この記述から見て、レベロがヤンの人柄についてある程度理解していた事が分かります。レベロの猜疑心は、ヤン個人の人柄を知らなかったからではなく、「巨大な才能と功績と人望を兼ね備えた軍人」に対して古今東西の政治家が抱く普遍的な心理から生まれたものではないでしょうか。それに加え、レベロはユーモア感覚に乏しいと友人のホワン・ルイに評されています。おそらくはこういった心理的な余裕の不足も、猜疑心の成長に一役買っていたのでしょう。

 優馬さん

>うーん、私に言わせればヤンのこのセリフは彼の「モラトリアム性」の証拠そのものですね。だって数十万の軍隊を既に指揮している人間が、「権力や武力を手にしたとき」などと言うのは論理的にオカシイです。軍の指揮官ってのは、そのへんの大臣よりもよっぽど剥き出しの「権力者」ではないのでしょうか。「権力を手に入れて自分が変わる」ということを恐れるのは、モラトリアム青年特有の心性だと思います。

 ヤンをモラトリアム青年と評価するのには異論はありません。ですが、だって数十万の軍隊を既に指揮している人間が、『「権力や武力を手にしたとき」などと言うのは論理的にオカシイです。』という点については、ヤンはイゼルローン後略の後、すでに一度辞表を提出しています。この辞表の提出の裏に権力・武力へ距離を置きたいと言う願望が働いているのは間違いないでしょう。ですが結局は辞表は却下されて、不本意ながらも中将に昇進して一個艦隊を預かる身となってしまったわけです。

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board2 - No.954

Re953:同盟におけるヤンの責任

投稿者:冒険風ライダー
2000年06月02日(金) 08時28分

<同盟の組織的な腐敗は、少なくともヤンの時代の半世紀前位にはすでに始まっていたと思います。外伝の四巻には、宇宙暦728年に帝国から亡命してきたジークマイスター提督は同盟政府の腐敗と矛盾に失望した、と書かれていましたし。また、第二次ティアマト会戦で戦死した英雄ブルース・アッシュビー提督の死にも、彼の退役後の政界転出を恐れた同盟政府の陰謀説があります。こういった点から、ヤンは歴史家としての視点から同盟の未来に見切りをつけていたのではないでしょうか。「政府の腐敗はもはや何十年も前から続いており、もはや手がつけられない。どうせ国家はいつか滅びる。大事なのは国家ではなく、思想を守る事だ」
 この諦観めいた認識と、ヤンの自制心・怠け根性が複雑にからまった結果として、ヤンは政治に口を出さなかったのでしょう。まあ、公人としては褒められた行動ではないでしょうが。>

 「同盟の組織的な腐敗」の内容がどういうものかという事が銀英伝にも全く書かれていないのですが、これが単に「汚職」だの「利権あさり」だのといったレベルでしかないのだとしたら、ヤンの観察眼は見当違いもいいところですね。そんなものは民主主義の総本山を自称するアメリカやEU諸国にだってすくなからずあるものです。しかしだからといって、ただそれだけの理由でアメリカやEU諸国の未来に見切りをつける人なんていないでしょう。
 また、政治面で愚劣な政策が横行していたというのであれば、それを批判・是正していく事こそが民主主義の本領発揮ではありませんか。民主主義国家で言論・思想の自由が認められ、三権分立が確立しているのはまさにそのためなのです。それを生かさずしてどうするというのでしょうか。
 それらのチェックシステムすらもまともに機能していないというのであれば、自分が率先して行動し、まともに機能するように働きかける事こそが民主主義国家における一国民としての義務でしょう。ましてやヤンは軍の要職についていた上、同盟市民の人望も厚かったのですから、その影響力は絶大なものがあります。ヤンがその地位にふさわしい行動を起こしていれば、同盟の滅亡どころか、民主主義の理念の崩壊ですらも防ぐ事ができたはずです。
 自分のなすべき事を何もせず、ただ同盟の滅亡と民主主義の理念の崩壊をただ傍観していただけのヤンに、民主主義を語る資格も擁護する資格もないですね。いっそラインハルトに内通でもしてさっさと降伏した方が、平和のためにも民主主義のためにも良かったのかもしれません。同盟の滅亡と民主主義の理念の崩壊を「ヤンの降伏」に全て責任転嫁ができるのですし。

<同盟には立法府に相当する機関の記述がないのは確かですね。あるいは、ルドルフによる民主主義運動家の大量虐殺や焚書などで、議会制民主主義の定義が後世に精確に伝わらなかったのかもしれません。それによって、同盟は新しく民主主義の定義を定め直さなければならなかったのでは?いわば同盟の民主主義は「同盟型民主主義」とでも言える未知の民主主義思想なのかも…。(強引な論法ですみません(^_^;))>

 だとすると、同盟の政治システムそれ自体が実は本来の民主主義から大きく逸脱している可能性が大きいですね。それを本来の姿に戻すためにもヤンは奔走すべきだったのでは?
 まあいくら何でも「議会制民主主義の定義が後世に精確に伝わらなかった」ということはないでしょう。ルドルフが死んだ後も共和主義者による運動はあったのですし、ルドルフの死後の反乱で農奴階級に落とされた共和主義者の間でも「誇りある抵抗の歴史」として民主主義が語り継がれていた事は間違いないでしょう。何しろアーレ・ハイネセンをはじめとする「長征一万光年」を実行した人々がそのような農奴階級出身によって構成されていたのですから。
 それに何よりも、銀英伝外伝4巻におけるジークマイスター提督の父親の家に民主主義に関する「禁書」が多く保管されていたというくらいですから、その手の本が完全に根絶されたということはありえませんね。

>銀河英雄伝説第六巻(トクマノベルズ)P71下段19?P72上段19行
<ヤン・ウェンリーが武力によって権力を獲得しようとこころみるような人物でないであろうことは、レベロも承知している。この三年間に、それを実証する事例を何度も眼前に見てきた。だが、過去の実例が未来を全面的に保障するわけではない。(中略)人間とは変化するものだ。まだ三〇歳をこしたばかりの青年が、単調な引退生活に耐えられず、才能にふさわしい野心をよびさまされたとしたら……。
 こうして、ヤン・ウェンリーは、彼が年金を受けとっている当の自国政府からも監視されるようになったのである(後略)。>

 これってレベロがヤンの事をきちんと理解して証拠になるのですか? むしろ後半の、
「人間とは変化するものだ。まだ三〇歳をこしたばかりの青年が、単調な引退生活に耐えられず、才能にふさわしい野心をよびさまされたとしたら……」
という考えは、レベロがヤンに対する理解を欠いているがために出てきたものであるとしか思えないのですが……。
 ヤンが軍人という職業を嫌って隠居生活をしたがっていたという考えは、ヤン・ファミリーならば誰でも知っていました。しかしレベロはそういったヤンの思想を理解していた形跡が全くありません。だからこそヤンに対して不信の目を向けていたのではないでしょうか。もしヤンが自分の思想や考え方をレベロに理解させていたならば、ヤンに対する暴走行為は起こる前に消えてしまっていた事でしょう。
 そもそも、銀英伝においてヤンとレベロが直接会って会話していた個所があるのは、銀英伝3巻と6巻の2つにしかありません。そして銀英伝6巻の方は、かの事後法を使ったヤン逮捕という愚劣な暴走行為を行ってヤンを逮捕した後の事ですから、その前にヤンとレベロとが話し合う機会があったのはたった一回のみです。たった一回、それもほんの少し話し合っただけでレベロがヤンの人柄や思想を正確に理解する事ができるのでしょうか? これはまず不可能でしょう。
 したがって、レベロのヤンに対する理解は中途半端なものでしかなかったというべきでしょう。その中途半端さがヤンに対する不信感となり、かの暴走行為につながったわけです。ヤンはこのレベロの中途半端な理解を是正する必要があったのではないかと思うのですが。

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board2 - No.955

同盟における「民主主義」って?

投稿者:優馬
2000年06月02日(金) 16時13分

平松さま、冒険風ライダーさま。
> 同盟の組織的な腐敗は、少なくともヤンの時代の半世紀前位にはすでに始まっていたと思います。外伝の四巻には、宇宙暦728年に帝国から亡命してきたジークマイスター提督は同盟政府の腐敗と矛盾に失望した、と書かれていましたし。また、第二次ティアマト会戦で戦死した英雄ブルース・アッシュビー提督の死にも、彼の退役後の政界転出を恐れた同盟政府の陰謀説があります。こういった点から、ヤンは歴史家としての視点から同盟の未来に見切りをつけていたのではないでしょうか。「政府の腐敗はもはや何十年も前から続いており、もはや手がつけられない。どうせ国家はいつか滅びる。大事なのは国家ではなく、思想を守る事だ」
>  この諦観めいた認識と、ヤンの自制心・怠け根性が複雑にからまった結果として、ヤンは政治に口を出さなかったのでしょう。まあ、公人としては褒められた行動ではないでしょうが。>
>
>  「同盟の組織的な腐敗」の内容がどういうものかという事が銀英伝にも全く書かれていないのですが、これが単に「汚職」だの「利権あさり」だのといったレベルでしかないのだとしたら、ヤンの観察眼は見当違いもいいところですね。そんなものは民主主義の総本山を自称するアメリカやEU諸国にだってすくなからずあるものです。しかしだからといって、ただそれだけの理由でアメリカやEU諸国の未来に見切りをつける人なんていないでしょう。
>  また、政治面で愚劣な政策が横行していたというのであれば、それを批判・是正していく事こそが民主主義の本領発揮ではありませんか。民主主義国家で言論・思想の自由が認められ、三権分立が確立しているのはまさにそのためなのです。それを生かさずしてどうするというのでしょうか。

冒険風ライダーさんのご指摘に、まったく同感です。
田中芳樹氏の「民主主義観」は、非常に脆弱です。戦前の日本の「腐敗した政党政治嫌い→清廉な軍人が好き!」というのとほとんど変わらない感じがします。実際、「銀英伝」を通して、ラインハルトのような「すぐれた独裁政治」に対峙するところの、「民主政治」の正統性や優位性は、ほとんど説得力を与えられていません。ヤンは、教科書的な民主主義イデオロギーに殉じて死んだ、というような描き方をされていて、素直に読めば、「民主主義は、すぐれた独裁政治には劣る」というメッセージが伝わってきます。実際、彼の中においては、「皇帝親政」の中華王朝が、一番正統性のある政治形態のようですし・・。

でもほんと、「同盟」の「民主主義」ってどんな形態になってたんでしょうね? 素直に考えると、戦時下の日本のように「非常事態」のもとに立法府の活動が制限されていたと考えるのが一番妥当ではありますが。「戒厳令」が常態化している政府というのは、ありえます。ひと昔前のの韓国や台湾のように。「同盟」って、建国以来「帝国」と戦争状態にあったんではなかったでしょうか? だとしたら正常な「民主主義」が機能している方がむしろ不思議ですよね。
でも確か「選挙目当て」で無謀な戦争を仕掛けるような人たちだものな~。行政府が直接選挙で選ばれるのでしょうか。「同盟の政治は複雑怪奇」ですね。

※言い訳※
実は、現在私はアメリカに在住しております。そのため、「創竜伝」はおろか「銀英伝」についてもテキストが身のまわりにありません。すべて、記憶に頼って書いておりますので、記憶違い、勘違い等を多々起こすと思います。そういう場合は、笑ってビシバシご指摘ください。

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board2 - No.956

Re: Re953:同盟におけるヤンの責任

投稿者:平松重之
2000年06月03日(土) 03時47分

 冒険風ライダーさん

>  「同盟の組織的な腐敗」の内容がどういうものかという事が銀英伝にも全く書かれていないのですが、これが単に「汚職」だの「利権あさり」だのといったレベルでしかないのだとしたら、ヤンの観察眼は見当違いもいいところですね。そんなものは民主主義の総本山を自称するアメリカやEU諸国にだってすくなからずあるものです。しかしだからといって、ただそれだけの理由でアメリカやEU諸国の未来に見切りをつける人なんていないでしょう。
>  また、政治面で愚劣な政策が横行していたというのであれば、それを批判・是正していく事こそが民主主義の本領発揮ではありませんか。民主主義国家で言論・思想の自由が認められ、三権分立が確立しているのはまさにそのためなのです。それを生かさずしてどうするというのでしょうか。
>  それらのチェックシステムすらもまともに機能していないというのであれば、自分が率先して行動し、まともに機能するように働きかける事こそが民主主義国家における一国民としての義務でしょう。ましてやヤンは軍の要職についていた上、同盟市民の人望も厚かったのですから、その影響力は絶大なものがあります。ヤンがその地位にふさわしい行動を起こしていれば、同盟の滅亡どころか、民主主義の理念の崩壊ですらも防ぐ事ができたはずです。
>  自分のなすべき事を何もせず、ただ同盟の滅亡と民主主義の理念の崩壊をただ傍観していただけのヤンに、民主主義を語る資格も擁護する資格もないですね。いっそラインハルトに内通でもしてさっさと降伏した方が、平和のためにも民主主義のためにも良かったのかもしれません。同盟の滅亡と民主主義の理念の崩壊を「ヤンの降伏」に全て責任転嫁ができるのですし。

 これについては、「軍人は政治に口を出さない」というヤンのシビリアン・コントロールの認識は、実は成立してから二世紀半程度の「同盟型民主主義」では正しい認識なのかもしれません(;_;)。だとしたら何とトリューニヒト一派に都合のいい民主主義でしょうか(^_^;)。

>  だとすると、同盟の政治システムそれ自体が実は本来の民主主義から大きく逸脱している可能性が大きいですね。それを本来の姿に戻すためにもヤンは奔走すべきだったのでは?
>  まあいくら何でも「議会制民主主義の定義が後世に精確に伝わらなかった」ということはないでしょう。ルドルフが死んだ後も共和主義者による運動はあったのですし、ルドルフの死後の反乱で農奴階級に落とされた共和主義者の間でも「誇りある抵抗の歴史」として民主主義が語り継がれていた事は間違いないでしょう。何しろアーレ・ハイネセンをはじめとする「長征一万光年」を実行した人々がそのような農奴階級出身によって構成されていたのですから。
>  それに何よりも、銀英伝外伝4巻におけるジークマイスター提督の父親の家に民主主義に関する「禁書」が多く保管されていたというくらいですから、その手の本が完全に根絶されたということはありえませんね。

 ルドルフの死後も共和主義者による運動があったのは確かですけど、ルドルフの死の直後に起こった大規模な共和主義者の反乱ががルドルフの娘婿であるノイエ=シュタウフェン公ヨアヒムよって弾圧されて以降、大規模な活動についての記述はありません。帝国内での共和主義者の勢力は地下運動にとどまる程度の規模でしかなかったのだと思います。また、農奴に落とされた共和主義者が民主主義に関する資料を持つ事を許されていたとは思えず、大部分は伝聞による所が大きかったでしょう。それで精確な民主主義の理念が伝えられるとは考えにくいと思うのですが。で、うろ覚えの民主主義の理念で同盟を建国してしまったのかも(^^;)。
 ジークマイスターの父親が多くの禁書を研究のために所持していたのは確かですが、それらは果たして良質なものであったのでしょうか?帝国の共和主義者たちの運動は上に書いた通り小規模なものでしかなかったと思われますが、その彼らが良質な資料を大量に有していたかという点には疑問が残ります。そもそもジークマイスターの父親は同僚からも「行き過ぎだ」と陰口を叩かれるほど熱心に共和主義者を弾圧し、研究のために禁書を調べていたといいますから、彼が禁書を大量に保有していたのは例外的なケースだったのではないでしょうか。

>  これってレベロがヤンの事をきちんと理解して証拠になるのですか? むしろ後半の、
> 「人間とは変化するものだ。まだ三〇歳をこしたばかりの青年が、単調な引退生活に耐えられず、才能にふさわしい野心をよびさまされたとしたら……」
> という考えは、レベロがヤンに対する理解を欠いているがために出てきたものであるとしか思えないのですが……。
>  ヤンが軍人という職業を嫌って隠居生活をしたがっていたという考えは、ヤン・ファミリーならば誰でも知っていました。しかしレベロはそういったヤンの思想を理解していた形跡が全くありません。だからこそヤンに対して不信の目を向けていたのではないでしょうか。もしヤンが自分の思想や考え方をレベロに理解させていたならば、ヤンに対する暴走行為は起こる前に消えてしまっていた事でしょう。
>  そもそも、銀英伝においてヤンとレベロが直接会って会話していた個所があるのは、銀英伝3巻と6巻の2つにしかありません。そして銀英伝6巻の方は、かの事後法を使ったヤン逮捕という愚劣な暴走行為を行ってヤンを逮捕した後の事ですから、その前にヤンとレベロとが話し合う機会があったのはたった一回のみです。たった一回、それもほんの少し話し合っただけでレベロがヤンの人柄や思想を正確に理解する事ができるのでしょうか? これはまず不可能でしょう。
>  したがって、レベロのヤンに対する理解は中途半端なものでしかなかったというべきでしょう。その中途半端さがヤンに対する不信感となり、かの暴走行為につながったわけです。ヤンはこのレベロの中途半端な理解を是正する必要があったのではないかと思うのですが。

 無論レベロがヤンを完全に理解していたとは自分も思っていません。ですが、レベロもヤンと話し合う機会は少なかったにしろ、ヤンの公的な場の行動などである程度のヤンへの理解は出来ていたと思います。
 その点についてはホワン・ルイも同様です。彼にいたってはヤンと一対一で話し合った事は一度もなく、トリューニヒトがヤンへの嫌がらせのために開いた査問会に査問官の一人として参加しただけです。にもかかわらずホワンはヤンのそれまでの行動から「ヤン・ウェンリーは独裁者になれない」とレベロに対して断言しています。この両者の認識の違いははレベロとホワンの心理的余裕の差でしょう。
 自分としては、ただでさえ心理的余裕の乏しいレベロが国家の命運という重責を背負い込んで「ヤン一個人」への信頼よりも「才能・実績・人望を兼ね備えた退役軍人」への猜疑心に重きをおいてしまったのだと考えています。その点でいえば、誤解を解く努力をヤンがしなかったと言うよりは、レベロの余裕のなさが必要以上の被害妄想を生んでしまったという印象があるのですが。

 それにしても議論が長くなってしまいましたね(冒険風ライダーさんや優馬さんの書き込みはともかく、自分の書き込みが議論と呼ぶに値するかどうかは自信がありませんが…)。そろそろ本当にまとめに入った方がいいのではないでしょうか。

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