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日韓首脳会談における韓国大統領の脅迫言動

2011年12月18日に日韓首脳会談が開催されたのですが、その際、日韓両首脳は従軍慰安婦問題についてこんなことを語っていたのだとか↓

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&rel=j7&k=2011121800074
> 【従軍慰安婦】
>  李明博韓国大統領 両国関係の障害になっている慰安婦問題を優先的に解決する真摯(しんし)な勇気を持たなければならない。
>  野田佳彦首相 わが国の法的立場は決まっている。決着済みだ。人道的な見地から、これまでもわれわれもさまざまな努力をしてきた。これからも人道的な見地から知恵を絞っていこう。(市民団体が日本大使館前に設置した少女像について)誠に残念。早期に撤去してほしい。
>  大統領 
日本政府がもう少し関心を示してくれれば、起きなかった。誠意ある措置がなければ、第2、第3の像が建つ。

この間起こった在韓日本大使館前の慰安婦像設置問題について、日本政府高官は当初「韓国政府に直接抗議はしない」との見解を示していました。
それが一転して抗議したことについては一定の評価も可能でしょう。
何しろ、これまでの民主党の傾向から考えたら、慰安婦増設置問題について何も言及しないばかりか、相手方の言うがままにカネの支払いを約束するなどということすら充分に起こりえたことなのですから。
震災の後遺症に苦しむ東北の復興をロクに進めないばかりか増税すら画策する民主党&野田政権が、韓国に対しては5兆円もの通貨スワップを気前良く約束した事例も過去にはあったりしますし↓

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201110/2011101900346
>  日韓両国は19日の首脳会談で、韓国銀行(中央銀行)と政府・日銀が結んでいる外貨融通協定(スワップ協定)の限度額を現在の5倍強の700億ドル(約5兆4000億円)まで拡大することで合意した。韓国では欧州債務危機に端を発した世界的な金融市場の混乱で通貨ウォンが急落し、ドルなどの外貨不足が懸念されている。日韓両国は今後の緊急時の備えとして融通枠を拡充し、東アジアの金融為替市場の安定強化を目指す。

しかし、日本側の抗議に対する韓国側の回答がこれまた振るっていますね。
「日本政府がもう少し関心を示してくれれば、起きなかった。誠意ある措置がなければ、第2、第3の像が建つ」
って、一種の脅迫か何かですか?
アレって当の韓国国内の行政区にすら無許可に建造されているというのに、一国の大統領ともあろうものが、日本攻撃のために自国民の違反行為を積極推奨しているとしか思えない発言なのですが。
経済的に援助し、韓国向けの談話などを発表して日本側がどれだけ譲歩しても、当の韓国には日本に感謝するつもりなど毛頭ないばかりか、「まだ足りない」と更なる譲歩を迫り続けるだけでしかありません。
世界最大の反日国家としても有名な韓国と外交関係を続けていても無益どころか有害ですらあるのですし、いっそのこと国交を断絶しても良いのではないかという意見が出てくるのも当然ですね。
そうなって困るのは日本以上に韓国側でしょうし。

韓国の日本大使館前に設置された「慰安婦記念碑」問題

韓国ソウルの日本大使館前に、韓国の反日団体が日本にも行政管轄区にも無断で「慰安婦記念碑」という名のブロンズ像を設置したことが問題となっています。

http://megalodon.jp/2011-1217-2203-33/sankei.jp.msn.com/world/news/111214/kor11121415100003-n1.htm
>  【ソウル=加藤達也】日本による朝鮮半島統治時代の元慰安婦を支援する「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」は14日、ソウル市鍾路(チョンノ)区にある在韓日本大使館前の路上に元慰安婦を象徴する碑を建立、除幕式を行った。
>
>  大使館の目の前に反日的な構造物が設置されたことに日本側は反発しており、
武藤正敏駐韓大使は韓国外交通商省を訪れ「外交公館の尊厳にかかわる」と抗議し、碑の撤去を求めた。
>
>  碑は下地のコンクリートパネルと少女のブロンズ像からなり、像の隣には空席の椅子が並べられている。まだ暗い午前7時前に現場に運ばれ、業者がコンクリートカッターでブロックの歩道を約150~180センチ四方に切断。土を掘り整地した後、コンクリートパネルを敷き詰めた。
>
>  当初、碑の設置を許可していた鍾路区は、その後「無断設置は違法」と態度を見直しており、
路面舗装を崩す行為は罪に問われる可能性もある。業者は取材に対し「依頼されてやっているだけでよく分からない」と話した。
>
>  パネルには韓国語と英語、日本語で「(運動の)崇高な精神と歴史を引き継ぐため」と建立目的が刻まれており、日本政府への謝罪と補償を要求する団体の運動を美化している。
>
>  正午前からは、仮設舞台が設けられた大使館前の路上で、日本からの参加者数十人も含む約1000人(警察当局による)が参加した除幕式が開かれた。
>
>  与野党議員らのほか、鐘や鼓を打ち鳴らす伝統舞踊家や歌手、女子高校生らが次々と登壇。大型スピーカーを通して日本政府を糾弾し、感極まって言葉に詰まる者もいた。公式謝罪などを要求するシュプレヒコールが上がり、式は2時間あまりで終わったが、その後も椅子に座って記念撮影をする人の列が続いた。

「従軍慰安婦強制連行」などという、当時全く存在しなかった上に、それを広めた当人ですら虚構であると暴露しているようなシロモノを、韓国との政治的取引から河野談話などで安易に肯定してしまったツケが未だに尾を引いていることを、まざまざと見せつける事件ですね。
今時一般庶民の交通事故ですら、安易に「自分が悪い」と謝ってはいけないなどと言われているくらいなのに、駆け引きと騙し合いが常識である政治の世界で、日本政府はやってもいないことを「自分が悪い」と謝ってしまうのですから、どこまでお人好しなのかと。
「従軍慰安婦強制連行」の虚構を積極的に広めまくった朝日新聞などは、自らがやらかした虚報について知らぬ顔を決め込み、全く責任を取ろうとすらしていないというのに。
しかも、ここまで一方的にやられていながら、日本政府はただ「誠に残念だ」などと述べるに留まり、韓国政府への直接抗議はしないとの方針を固めたのだそうで↓

http://megalodon.jp/2011-1217-2227-53/sankei.jp.msn.com/world/news/111215/kor11121509400001-n1.htm
>  韓国の元慰安婦支援団体が在韓日本大使館前に「慰安婦の碑」を建立したことに対し日本政府は14日、韓国政府に撤去を求めた。ただ、繰り返し建設を認めないよう韓国側に要求してきたにもかかわらず「無視」された経緯を考えると、撤去要求にも効果は見込めない。しかも、政府高官らは17、18両日の李明博大統領の京都訪問では直接この問題を提起しないとするなど大統領に配慮を示した。
>
>  「建設が強行されたのは誠に残念だ」
>
>  藤村修官房長官は14日の記者会見でこう指摘した。それならば当然、大統領訪日の際に抗議するかというと、そうはならない。
>
>  藤村氏は首脳会談について「大きな(テーマの)話をする。『双方に難しい問題がある』という表現にはなると思う」と述べた。
首相が碑建設問題に関して直接抗議することはないとの見通しを示したものだ。
>
>  玄葉光一郎外相も14日の記者会見で「誠に残念だ」との表現にとどめた。こうした対韓過剰配慮が、日韓間の歴史問題を長期化・複雑化させてきたのが実態だ。10月に訪韓した首相は、大統領に韓国側の非礼を説く絶好の機会だったにもかかわらず、慰安婦の碑建設について触れようとせず、それを「大人の外交」(同行筋)と自賛した。
>
>  自民党の外交部会、領土に関する特命委員会は14日の合同会議で、韓国に抗議し、碑の撤去を要求するよう求める決議を行った。会合で外務省は「外交機密」を理由にこれまでの対応について明らかにしなかったため、批判が続出した。
>
>  民主党政権の慰安婦問題へのあいまいな姿勢が国民のフラストレーションを増し、むしろ日韓関係の正常化を阻害している。(阿比留瑠比、坂井広志)

日本政府の事なかれ主義もここに極まれりな話としか言いようがないのですが。
そして、ここまで韓国に対して過剰な配慮を示しても、当の韓国側は譲歩どころかますます居丈高な態度を取る始末↓

http://megalodon.jp/2011-1217-2233-10/sankei.jp.msn.com/world/news/111217/kor11121721500006-n1.htm
>  日本を訪問した韓国の李明博大統領は17日、元従軍慰安婦の問題について「日本(政府)が政治的決断や誠意を見せれば解決できる」とし、問題解決が未来志向の日韓関係を進める上で「大きく寄与する」と表明した。
>
>  大阪市内で開かれた在日韓国人との懇談会で語った。
>
>  李大統領は、日韓関係の重要性を繰り返し強調。その上で、元慰安婦の女性らが高齢で次々に死去する中、「この問題を解決しなければ、日本は永遠に負担を負うことになる」と指摘した。(共同)

自分達の足元で起こっている国際問題がありながらコレなのですから、その面の皮の厚さ「だけ」は見上げたものですね。
まあ、こと政治の世界においては韓国のような態度がむしろ一般的なのであって、他国の事情に過剰に配慮し本来やるべき抗議すらも引っ込めてしまう日本のような国こそが異常なのですが。
「政治・外交の常識」というものを、もっと日本は身につけるべきなのですけどね。

中国の環境汚染を象徴する「真っ赤な水が流れる川」

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世界第2位の経済大国と史上最悪の環境汚染国を一身に兼ねる中華人民共和国こと中国。
その中国の河南省洛陽市で、市内を流れる川の水が真っ赤に染まるという問題が発生しました。

http://megalodon.jp/2011-1216-2210-05/news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1215&f=national_1215_060.shtml
>  中国河南省洛陽市で13日、市内を流れる川の水が赤く染まっているのが発見され、環境保護当局が汚染源の調査に乗り出した。中国新聞社が報じた。
>
>  現地時間13日午前11時ごろ、同市の市街地を流れる川で「まるで血に染められたような」赤い水が流れているとの通報があった。
赤い水は川の北側にある暗渠(あんきょ)から流れてきたもので、150メートルほどの階段状の水路を経て川に合流していた。付近の住民によると、前日までは特に異変が見られなかったという。
>
>  所轄の環境保護当局担当者らは真っ赤に染まった川の写真を見て驚いたという。同日午後に現場を訪れた同市環境保護局の黄保軍副局長は、赤い水が流れた暗渠は雨水管であることを指摘したうえで
「上流にある企業の汚水と雨水が混ざって起きた可能性が高い」と推測した。
>
>  中国メディア各社は、衝撃的な「赤い川」の写真を報じた。写真は中国新聞社のウェブサイト、中国新聞網の掲載記事。
>
>  当局は原因や発生源について調査を進めているが、詳細は明らかになっていない。(編集担当:柳川俊之)

画像も掲載されていましたが、普通ではありえないくらいに真っ赤な水ですね。
一体どうやったらこんな色の水ができるのか、むしろそちらの方が知りたいくらいです(苦笑)。

以前から中国では水も大気も土壌も汚染が深刻を極めていると囁かれてきました。
経済成長を重視し、ひたすら効率を重視するあまり、中国の企業や工場が汚染物質を浄化する費用と手間を惜しんで何もせず垂れ流しにしていたのは有名な話です。
そして、その汚染された水と土壌をベースに中国国内で生産される農作物などは、都市部の人間ですら「毒菜」と評するほどに汚染されまくっている曰くつきのシロモノだったりします。
しかも、環境汚染の実態が広く知られるようになってさえ、当の中国の環境保護に対する意識は救いようがないほどに低く、いくら法で規制を行っても、法の目を掻い潜り手段を問わず環境汚染に邁進する企業や団体が少なくないのです。
環境保護をしようとすれば、浄化のためのカネと手間がかかり、目先の利益が減るからやりたくない、というのが本音なわけです。
そればかりか、その手の取り締まりをする側の中国政府でさえ、環境汚染をネタにして特に日本から経済的・技術的支援をタカるようなことすら平然と行ったりする始末です。
あの国でマトモな環境保護ができるとしたら、それによって【短期的】かつ【何よりも莫大な利益と利権】が獲得できると【誰もが確信できる】という前提条件が絶対に必要でしょうね。
もっとも、そんな夢物語的な技術ないし儲け話が簡単に実現しえるのであれば、誰も苦労などしないのですが。

こんな国が日本の隣にあるということ自体、日本にとっては傍迷惑以外の何物でもありませんね。
中国の環境汚染は日本のそれにも大きな影響を与えているのですし。

ブーメランと公約破りの常習犯である民主党と愉快な仲間達

健忘症患者の現役政治家としてのその名を轟かせている民主党の仙谷由人政調会長代行が、度重なる野党からの問責決議可決についてこんな発言を繰り出したのだとか↓

http://megalodon.jp/2011-1215-2139-29/sankei.jp.msn.com/politics/news/111214/stt11121413200000-n1.htm
>  民主党の仙谷由人政調会長代行は14日、都内で行われたシンポジウムで、野党が参院で一川保夫防衛相ら2閣僚の問責決議を可決したことについて「毎年その戦術を行使するのは統帥権干犯と同じで、政党政治に大きな禍根を残す」と述べた。
>
>  昭和5年のロンドン海軍軍縮条約に関し、当時の野党が「天皇の統帥権干犯」を理由に政府を批判した歴史になぞらえて自民党などの対応を批判した格好だ。仙谷氏は官房長官だった
昨年11月、沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件への対応をめぐり問責決議が可決され、1月の内閣改造で退任。その恨み節が炸裂(さくれつ)したようだ。
>
>  また「解散がない参院が内閣に重いパンチを打ち込んでいく制度ははなはだ奇妙で、野党が(問責閣僚が出席する)国会審議に出ないと公言することが常態化すると政治は止まる」と述べ、二院制のあり方や参院改革の必要性を訴えた。

そもそも、問責決議案を提出して与党を攻撃し政局を優位に進める、という戦法を最初に乱発しまくっていたのは、野党時代の民主党でしょうに
民主党は2008年と2009年に、それぞれ当時の福田・麻生両首相をターゲットに問責決議を提出・可決していましたが、仙谷由人の言によればこれも充分に「統帥権干犯と同じで、政党政治に大きな禍根を残す」に該当するのでは?
まさか、全く同じことを自分が他人にやるのは良いがその逆はケシカラン、という話ではあるまいし(爆)。
相も変わらず、相手への非難が自分に帰ってくるブーメランを投げるのが得意な連中、としか言いようがありませんね(苦笑)。

また民主党は、震災の影響や野党との協議などで一度は廃止を決めたはずの「子ども手当」を「子どものための手当」という名前に変更した上で、引き続き存続させる方針を決定したのだそうで↓

http://megalodon.jp/2011-1215-2226-10/sankei.jp.msn.com/politics/news/111215/stt11121500170000-n1.htm
>  民主党は14日、国会内で厚生労働部門会議を開き、平成24年度から変わる子ども手当について、新名称を「子どものための手当」にし、所得制限の対象である年収960万円を超える世帯に子供1人当たり5千円支給する案を了承した。民主党は自民、公明両党との協議を経た上で24年度予算案に必要経費を盛り込みたい考えだが、児童手当の拡充を主張する両党の同意を得るのは困難で、3党協議が開催される見通しも立っていない。
>
>  民主党案が実現すれば手当の支給は、制限所得以下の世帯に対する1万~1万5千円との2本立てになる。名称は、21年の衆院選マニフェスト(政権公約)の目玉政策が継続していることを印象づけるため、省略すれば「子ども手当」となるよう“微修正”にとどめた。

震災復興すらロクに進めていない上、マニフェストに反した増税論ばかり主張しまくる民主党が、未だに「子ども手当」とやらにこだわるのも笑止な限りでしかないのですが。
マニフェストに反した政策を推進しようとする時点で、本来ならば解散総選挙を行い再度民意を問わなければ筋が通らないでしょうに。
政権維持のための政策、などという本末転倒なシロモノを、しかも増税してまで維持されましてもねぇ……。

「政権交代こそが最大の景気対策!」などとかつての民主党がほざいていたお題目は、今こそ誰もが信じられるであろう真実になっているのではないかと思えてならないのですけどね。

12月14日は元禄赤穂事件の日

旧暦の元禄15年12月14日は、浅野内匠頭長矩を中心とする播州赤穂藩の関係者47名が、吉良上野介義央の屋敷に討ち入り、主君の仇討ちを完遂した元禄赤穂事件の日。
元禄赤穂事件の日は、西暦に直すと1703年1月30日に当たるのですが、現代でも12月14日が元禄赤穂事件の日として扱われています。

「忠臣蔵」の名で知られる元禄赤穂事件は、「忠臣としての模範となる義挙」から「単なる要人テロ」まで、今でも毀誉褒貶の様々な評価が行われる事件です。
もっとも、基本的には赤穂浪士四十七士が正義とされ、襲撃される側である吉良上野介義央は悪人呼ばわりされるのが一般的な評価ではありますが。
「忠臣蔵」のような話は、一般大衆的には「美談」として受け入れられやすい反面、権力者にとっては、秩序を乱し、最悪は自身の身すらも危うくなるシロモノにもなりかねないので、その処理をめぐっては何とも頭の痛い悩みにもなるでしょうね。
現に、当時の徳川5代将軍綱吉も、江戸幕府の家臣一同も、赤穂浪士四十七士を処罰するか助命するか、また処罰するにしても斬首・遠島などの重罰にするか切腹にするかなどで議論が紛糾したそうですし、最終的に赤穂浪士四十七士に切腹を命じることになった綱吉は、それが統治者としての評価をも落とす原因のひとつにもなってしまいました。
当時の法に照らし合わせれば、当時の綱吉および江戸幕府の評定は妥当なものだったはずですし、ここで「義挙だから」と特別な措置を取ったりすれば模倣者が頻出する可能性も考えられたのですから、この事件で綱吉を非難するのは筋が通らないとは思うのですけどね。
戦前の「5・15事件」などは、まさに国民の助命嘆願運動に迎合して首謀者達を軽い量刑で裁いたがために「2・26事件」をさらに誘発することにもなったわけですから。
綱吉にしてみれば、本来当事者ではなかったにもかかわらずとんだとばっちりを食らう羽目になった、とでも愚痴を言いたくなったことでしょうね(苦笑)。

この日、かつての播州赤穂藩だった兵庫県赤穂市では休日とされ、また「忠臣蔵」として広く知られる赤穂浪士四十七士を祝う「赤穂義士祭」が開催されています。
赤穂市近隣在住でお祭り好きの方は観に行かれると良いかもしれませんね。

九州新幹線全線開業の経済効果と熊本駅の動向

九州新幹線全線開業の経済効果が、鹿児島県だけで365億1千万円に達したのだそうです。

http://megalodon.jp/2011-1213-2210-15/sankei.jp.msn.com/economy/news/111213/biz11121320260029-n1.htm
>  鹿児島銀行系のシンクタンク、鹿児島地域経済研究所(鹿児島市)は13日、九州新幹線の3月12日全線開通に伴い人の動きが活発化した5~12月は、県内の経済効果が前年同期比で365億1千万円となったとする集計結果を発表した。
>
>  同研究所によると、1月の霧島連山・新燃岳噴火と、開通前日に発生した東日本大震災の影響により、1~4月の県外からの宿泊者数は16%減少。しかし、5~12月には24.5%増に転じ、年間を通じた推計値は10.6%増の771万5千人となった。
>
>  一方で、新幹線効果が薄れる来年5月以降は、県外からの宿泊者数が減少するとの見通しを示した。阪口健治主席研究員は「首都圏や中京圏からの観光客を掘り起こすため、官民一体で体験型旅行など新たな価値を生み出すことが必要だ」と述べた。

福岡と熊本でもそこそこの経済効果は上がっていると思うのですが、こちらはどうなっているのか気になるところです。
熊本の場合、2010年5月に発表された予測では220億円の経済効果が出るとのことでしたが↓

http://www.dik.or.jp/pdf/press_1005_shinkansen.pdf

九州新幹線全線開業に伴い、九州第3の都市とは思えぬほどに利便性が悪く利用者も少なかった熊本駅がどのように変わったのかも気になるところです。
JR九州限定の1日当たりの乗車人数で見ると、2010年度も九州7県のターミナル駅の中で未だに下から2番目な位置付けですし(T_T)↓

http://www.jrkyushu.co.jp/profile/outline/data.jsp#2
1位:博多駅>3位:鹿児島中央駅>4位:大分駅>8位:佐賀駅>9位:長崎駅>12位:熊本駅>30位以下:宮崎駅

これが2011年度になるとどのように変わるのかが注目ですが、さてどうなっていることやら。
熊本県民としては、さすがに「万年ブービー賞」の地位からは脱出して欲しいものなのですけどねぇ。

全線開業の前日に東日本大震災が発生したために話題性を全部そっちに持っていかれた挙句、「自粛ムード」によるダメージまで蒙るという不幸なスタートを切る羽目になった九州新幹線。
しかし、5月以降は観光客も増え、まずまずの経済効果を上げることが出来たようでまずは何よりです。
新幹線ブームが収束すると予想されている来年以降にはまた別の問題も浮上するでしょうが、九州新幹線には今後も九州経済の発展に寄与して欲しいものですね。

警視庁が「自転車の歩道走行を認める」方向へ

警視庁は「自転車は車道走行が原則」とする取り締まり方針を事実上撤回したようですね。
警視庁がまとめた自転車総合対策推進計画によれば、大型車の多い道路などでは歩道の幅を過度に問わず、これまで通り自転車の歩道走行を認めるとのこと↓

http://megalodon.jp/2011-1212-2112-31/sankei.jp.msn.com/affairs/news/111212/dst11121216050007-n1.htm
>  自転車の交通マナーの向上をはかるため、警視庁は12日、自転車総合対策をまとめた。歩道での走行は歩行者の安全確保を前提にしたうえで柔軟に認めることや、違法な運転に対する取り締まり強化の方針などを盛り込んだ。来年1月1日から東京都内を対象に実施する。
>
>  警察庁で10月、これまで「原則幅2メートル以上の歩道」で認めてきた自転車の走行を「原則幅3メートル以上の歩道」に見直すことを柱にした規制強化を打ち出したことを受けてとりまとめた。
>
>  警視庁によると、
総合対策では、大型車の多い道路などでは歩道の幅に過度にとらわれることなしに、これまで通り自転車の歩道走行を認める。
>
>  法令では、「自転車は車道走行が原則」とされているが、利用者から「車道での走行は怖い」などの声があるほか、現状でも都内の歩道の約6割では自転車走行が認められていることなどから、道幅が一定程度確保されていれば、車道通行を強制しないことにした。
>
>  一方、歩道でスピードを出して徐行しなかったり、ジグザグ走行したりする危険な運転の交通指導を強化し、従わない場合は摘発する。
>
>  車道でも携帯電話の通話やヘッドホンを聞きながらの走行は同様に指導を強化する。競技用自転車などで、ブレーキを付けずに公道を走った場合は、すぐに交通切符を切るなど、自転車の取り締まりを積極的に行う。
>
>  自転車が車道を安全に走れるように専用通路「青色レーン」整備や駐車違反取り締まりも進める。
>
>  警視庁は今後、各警察署で重点地区を設置。集中的に街頭指導を行い、交通ルールの周知徹底を図る。

全国一律で「自転車は車道走行が原則」の適用と取り締まり強化が実施され、クルマとの接触事故の恐怖に常に晒されるという最悪の事態が回避されて、自転車利用者にとってはとりあえず一安心といったところでしょうか。
特に地方では「歩行者がひとりも歩いていない歩道」から自転車を車道に叩き出すための取り締まりが実施される、などという意味不明なことが行われかねなかったわけですし。
自転車利用者のマナーが叫ばれていますが、クルマ利用者のそれだって充分過ぎるほどに問題を抱えていますし、被害の規模や死傷率などから言っても間違いなくそちらの方こそが本来優先されるべき話でしょう。
ここ数年で自動車事故および死傷者が激減したと言っても、その総数は自転車事故のそれを未だ大きく上回っているのですから。

また、日本の道路事情を鑑みれば、自転車のための専用路線を新たに作るというのは、莫大な手間と費用がかかるというだけでなく、結果としてクルマと歩行者の双方にしわ寄せがいくことにもなりかねません。
よほどに余裕のある広さを持つ道路でもない限り、自転車専用路線を作るために歩道と車道が削られる道路が頻出するのは確実です。
地方の道路ではそんなことをする意味がありませんし、都会では道路幅縮小と工事の頻発で交通渋滞の原因にもなりかねません。
個人的には、これまでないがしろにされてきた自転車教育を充実させるのが「急がば回れ」のことわざのごとく一番なのではないかと思うのですが、これにしても一朝一夕に出来るようなことではありませんし。

自転車問題は、ただ取り締まりを強化すれば解決するようなものではなく、すくなくとも最低10年単位の時間を費やしてゆっくり解消していかなければならない案件と言えるでしょうね。

映画「源氏物語 千年の謎」感想

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映画「源氏物語 千年の謎」観に行ってきました。
日本最古の長篇小説である「源氏物語」の誕生と、その作者・紫式部の謎に迫る歴史スペクタクル作品。
原作である「源氏物語」からして「光源氏が複数の女性と情を交わす」というイメージがあるためか、作中にはいわゆる「濡れ場」のシーンがかなり盛り込まれていますが、直裁的な性行為等の描写はないため、今作はR指定等の年齢制限なしに観賞できます。

物語冒頭はいきなりショッキングな描写から始まります。
何と、時の権力者である藤原道長が、夜中に逃げる紫式部を追跡し捕まえた挙句、その場で無理矢理手篭めにしてしまうのです。
その際の「私は何をしても許される身なのだ」的な道長の言い草がいかにも横暴な権力者のそれで、たったこれだけで良くも悪くも強烈なインパクトが残りましたね。

紫式部を手篭めにした藤原道長は、彼女を宮廷に招き入れると共にひとつの物語を書くよう命じます。
藤原道長の意図としては、時の最高権力者である一条天皇に紫式部の小説を紹介・提示することで一条天皇の歓心を買い、それによって彼に嫁いだ自分の娘である彰子(しょうし)に目を向けさせ、彼女に男児を産ませることで藤原一族の権力基盤を強化することが狙いでした。
当時は貴重品だったであろう紙も用意され、かくして紫式部は源氏物語を書き始めることとなるのです。
ここからしばらくは源氏物語の主人公である光源氏が生まれる前から元服する辺りまでの物語が展開されます。
低い身分の出自ながら帝の寵愛を一身に受け、光源氏を妊娠・出産するも、第一妃である弘黴殿女御(こきでんのにょうご)をはじめとする周囲の女性からの嫉視反感を受けて早逝してしまう桐壺更衣(きりつぼのこうい)。
その後、新たに帝が迎え入れた、桐壺更衣そっくりの女性・藤壺(ふじつぼ)。
生みの母親そっくりで義理の母親でもある藤壺に禁断の恋をしてしまい、その想いに苛やまされながらも、周囲の女性と関係を結んでいく光源氏。
そして、光源氏と関わっていくことになる女性達。
これらの登場人物で出揃った辺りまでの話を読んだ藤原道長は「我が意を得たり」とほくそ笑み、実際、紫式部から源氏物語の内容を拝聴していた一条天皇から「続きが気になる」という好意的な反応を得ることに成功します。
そして藤原道長の期待通りに彰子は妊娠し、見事男児(史実では敦成(あつひら)親王、後の後一条天皇)を出産するのでした。
これで紫式部の役目は終わったはずなのですが、紫式部は何故かその後も「源氏物語」を書き続けます。
そして、それを止めようとせず、むしろ純粋に続きを楽しみにしているかのような態度を示す藤原道長。
しかし、藤原道長の友人である陰陽師・安倍晴明は、そんな紫式部の様子に不穏な気配を感じ取るのでした……。

映画「源氏物語 千年の謎」の公式サイトによると、「源氏物語」は藤原道長の命令もさることながら、「天才女流作家・紫式部の叶わぬ愛が、その物語を綴らせた」と記載されています。

http://www.genji-nazo.jp/aboutthemovie/index.html

しかし、いくら作中の描写や演出・ストーリー展開などを総括してみても、紫式部が藤原道長に恋愛感情を抱いているような様子が全く垣間見られないんですよね。
そもそも、物語冒頭の手篭めシーンからして、紫式部が藤原道長に対して抱いているのは愛情ではなく憎悪の類だろう、と推察する材料として充分過ぎるシロモノでしたし。
また、物語前半における紫式部の藤原道長に対する態度も、嫌々な態度が前面に出ている極めてそっけないもので、ここからどうやって愛情が導き出せるのか理解に苦しむものがあります。
加えて、物語中盤になると、紫式部の様子に不穏な気配を感じ取り、かつ「源氏物語」の世界に入り込んで作中の生霊と戦いを演じた安倍晴明が、藤原道長に対して「このまま紫式部が『源氏物語』を執筆すると道長様に不幸が訪れる」と進言しており「それを回避したくば、式部の筆を止めるのです」とまで忠告しているのです。
それに対する藤原道長の返答もこれまた振るっていて、彼は「源氏物語を書くよう紫式部に命じたのは私だから、私にはそれを最後まで見届ける義務がある。だからそれ(式部の筆を止めるよう命じること)はできない」と述べているんですよね。
これって「自分は紫式部から憎悪されて、何らかの報復を受けてもおかしくない立場にある」と藤原道長が自覚しているとも取れる発言ですよね。
そして何より、今作における「源氏物語」の光源氏は、冒頭の手篭めシーンで藤原道長が口走った「私は何をしても許される身なのだ」という台詞をしゃべっていることからも分かる通り、藤原道長をモデルに作られた存在であるとされており、彼は作中で愛する女性達に先立たれたり出家されたりする不幸に何度も遭遇することになるのです。
光源氏の愛人のひとりで後に生霊となり、他の女性を呪い殺したり、安倍晴明とオカルト合戦を繰り広げたりする六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)などは、現実世界の紫式部と半ばシンクロしていたりします。
これらのことから総合すると、紫式部は藤原道長を憎悪しており、藤原道長を自分が描く物語の主人公に見立てた上で彼に次々と不幸な事件を叩きつけまくることで、最終的には現実世界の藤原道長を「呪殺」することを目的に「源氏物語」を執筆していたのではないか、と映画観賞が終わるまで私はずっと考えていたくらいだったんですよね。
日本には昔から「言葉には霊的な力が宿る」という言霊信仰がありますし、作中の紫式部も「物語で人を魅了する天才」的な評価を受けていましたから、一種の「言霊使い」として紫式部は自らの復讐を画策していた、というわけです。
これだと安倍晴明が藤原道長に対して述べていた「『源氏物語』が完成すると道長様に不幸が訪れる」とも合致するわけで、私も自分の解釈にそれなりの根拠と自信を持ってはいたのですけどねぇ(-_-;;)。
物語終盤に紫式部が「源氏物語」を宮中で完結させることなく田舎に帰ったのも、自分がシンクロしていた「源氏物語」作中における六条御息所が自らの業の深さに宮廷を離れたのと同じ理由だったのではないか、と考えていましたし。
手篭めにされて自由を奪われたことへの恨みと復讐から、藤原道長を殺すことを目的に作られた「源氏物語」、というのは確かに公にもできない壮大な真相ないしは斬新な解釈だよなぁ、などとひとり納得してもいたのですが……。

こういう映画制作側の意図から大きく外れた解釈が生まれてしまう最大の理由は、やはり何と言っても冒頭の手篭めシーンのインパクトと、その後の藤原道長と紫式部の関係があまりにもビジネスライク過ぎるところにあるんですよね。
あの2人の関係のどこに、僅かでも恋愛要素を匂わせるものがあったというのでしょうか?
双方共に、相手の文才や権勢などを褒めることはあっても、相手への想いを語る描写なんてどこにもありませんでしたし。
紫式部は「源氏物語」に藤原道長への愛情を込めた、というのが映画制作側の主張なのでしょうが、そもそも「源氏物語」の作者である紫式部の謎に満ちた心情部分を、既に周知であるはずの「源氏物語」だけで説明するのは無理があり過ぎます。
しかも、今作作中の藤原道長は、愛人どころか紫式部以外の女性と関係している描写すらも全く描かれていませんし、そんな状態では、光源氏と関わる女性達を呪殺していた六条御息所と紫式部が「恋愛絡みで」シンクロしなければならない理由も全く見出しようがありません。
せめて藤原道長も光源氏と同じように大量の女性を侍らせていた、みたいな描写でもあったならば、それと「源氏物語」をシンクロさせることで「紫式部の無言の主張」を展開させることも可能だったかもしれないのですが……。
紫式部の恋愛感情が作品の主要なテーマだったというのであれば、その意図は完全に失敗していると言わざるをえないのではないかと。

あと物語後半で、光源氏の正妻である葵の上を、生霊となった六条御息所が呪殺しようとして安倍晴明に阻止されるシーンが2回発生するのですが、2回目の安倍晴明は、六条御息所の主張を聞くと、今にも殺されようとしている葵の上を顧みることなく現実世界に帰ってしまうんですよね。
何故あそこで安倍晴明は六条御息所の生霊を滅殺してしまわなかったのか、そこは疑問でなりませんでした。
あの生霊に紫式部の想いだか怨念だかがシンクロしていることを安倍晴明は充分に理解していたようでしたし、あそこで生霊を完全に滅殺していれば、物語世界の葵の上を助けられたのみならず、自分の友人でもある現実世界の藤原道長の安全を確保することだってできたでしょうに。
アレが「源氏物語」から出てきたら自分の手には負えないとも安倍晴明は明言していましたし、それならなおさら事前に滅殺すべきだったのでは、と思わずにはいられなかったのですが。
実力的にも、終始生霊を圧倒していた安倍晴明であれば滅殺も不可能ではなかったでしょうに。

「源氏物語」の完結が自分に災いをもたらすと聞いてなお紫式部の筆を止めさせない藤原道長の政治哲学や、光源氏絡みの女性関係および出演者達の熱演など、見所自体は結構多い作品ではあります。
一番肝心要の「映画制作側の意図」が失敗しているのは正直残念なところではあるのですが。
「映画制作側の意図」なんて公開しない方が却って作品を色々な形で解釈できるようになって良かったのではないか、というのが私の偽らざる感想ですね。

映画「リアル・スティール」感想

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映画「リアル・スティール」観に行ってきました。
人間に変わり、ロボットがボクシングの試合を担うようになった近未来を舞台に、1体のロボットとの出会いから変わっていく父と子の絆を描く作品。
なお、今作で今年度における私の映画観賞本数はちょうど60本目となります。

物語の舞台は2020年。
かつてはボクシングのプロボクサーとしてそれなりの実力と名声を誇っていた主人公チャーリー・ケントンは、しかし2020年の世界では各地のイベント興行をドサ回りして小金を稼ぐ日々を送っていました。
ロボット技術の発達と実用化により、2020年におけるボクシングは人間ではなくロボットが担うようになり、プロボクサーだったチャーリーは夢を奪われ天職を失ってしまったのです。
チャーリーは過去の経験を生かして格闘用ロボットを遠隔操作するプロモーターになることで何とか生計を立ててはいるものの、資金不足から性能が劣る中古ロボットしか購入できない上、対戦相手にも運にも恵まれず片っ端からスクラップにされていくありさま。
その日も、とある遊園地のイベント興行で暴れ牛と戦う役を依頼されたのですが、チャーリーが操作していた「アンブッシュ」という名の中古ロボットは、先制攻撃でダメージを与えたものの、油断していたところで痛撃を食らいあえなくスクラップに(T_T)。
「アンブッシュ」が勝つか否かで興行主?と2万ドルの賭けをしていてチャーリーは、しかし金を払うことなくその場からの逃走を図ります。
そんな中、2人の男がチャーリーに近づき、彼の元妻が亡くなり、ひとり息子であるマックスの親権を巡る調停を裁判所で行うから来て欲しいとの要請を行ってきます。
しぶしぶ裁判所へと向かうチャーリーですが、赤子の頃以来会っていない息子の面倒を見る気などチャーリーには全くなく、それどころか、マックスの親権を引き取りたがっている母方の義妹夫妻から、自ら親権を手放すことをネタにカネをふんたくろうなどと画策する始末です。
義妹夫妻が外国旅行へ行って帰ってくるまでの間だけ息子を引き取ることと引き換えに、前金5万ドル・後金5万ドルを受け取る秘密交渉を夫との間で成立させるチャーリー。
しかし、当のマックスはチャーリーの金策を見透かしており、父親に対し深刻な不信感を抱いてしまうのでした。

義妹の夫から受け取った5万ドルを資金源に、チャーリーは新たな格闘用ロボット「ノイジー・ボーイ」を購入します。
この「ノイジー・ボーイ」というロボット、ボディに「超悪男子」という日本の漢字が書かれ、音声認識機能の命令言語も最初は日本語で登録されているという、日本人であれば思わずニヤリとしてしまうシロモノだったりします。
最初は「ポンコツをつかまされた」と落胆するチャーリーですが、息子であるマックスが問題を解消、「ノイジー・ボーイ」は何とか動くようになります。
その「ノイジー・ボーイ」と半ば強引についてきたマックスを伴い、チャーリーは闇のギャンブル格闘場へと赴き、一攫千金を狙っていきなりメインの格闘試合へと挑みます。
まずは前座で戦うべきだと息子からも興行主からも忠告されていたにもかかわらず。
かくして、物語最初のロボット同士の対戦となる格闘試合が行われることになるのですが、如何せん「ノイジー・ボーイ」は確かに高性能だったものの、操縦主のチャーリーが「ノイジー・ボーイ」のことをロクに知らないまま試合に臨んだこともあり、チャーリーの操作ミスとパニックで「ノイジー・ボーイ」は「アンブッシュ」に続きスクラップの末路を辿る羽目となってしまうのでした。
あまりにもあっさりと頼みのロボットが敗北してしまったこと、それ以上にロボットがスクラップにされたことに意気消沈してしまうチャーリー。
それでも何とか新しいロボットを調達するため、チャーリーは自分の手で新しいロボットを作るため、まだ使える部品を探し出すべくロボット廃処理場へとクルマを走らせます。
雨が降る夜中のロボット廃処理場へ不法侵入し、廃棄ロボットがいるという奥へと進むチャーリーとマックス。
しかし、興味津々のマックスが廃処理場にある大穴の縁に立った時、雨で地盤が緩んでいたことから地滑りが発生し、マックスは大穴へと滑り落ちてしまいます。
その時、地中から突き出ていたアームにたまたま引っかかったことでマックスは大穴の底に叩きつけられる惨事を免れることができたのですが、このアームの元を辿っていくと、そこにあったのは廃棄されたまるまる1体のロボット。
「そいつは旧式のスパーリング用ロボットだから使えない」と否定的なチャーリーを尻目に、マックスは「生命の恩人」であるそのロボット「アトム」をひとりで掘り出し、ロボット格闘試合に出そうとするのですが……。

映画「リアル・スティール」に登場する父子2人は、まさに「親は子に似る」という格言を体現した、似た者同士な性格と言えますね。
どちらも「より安全確実な選択肢を跳ね除け、一攫千金の賭けに強気で挑む」というスタンスを披露していますし。
最初のロボット格闘対戦では、父親であるチャーリーが息子マックスの制止を振り切って試合に臨んだ挙句、案の定な惨敗を喫していましたが、「アトム」を見つけ出して以降は逆にマックスがチャーリーの慎重論を無視し、興行主に啖呵を切ったり試合継続を宣言したりとひたすら強気一辺倒で相手を攻めまくっています。
物語後半でマックスは「僕のために戦って欲しかった」と父親のチャーリーに告白したりしていますし、意図的に父親の真似をしていたのかもしれないのですけどね。

作中では様々な格闘用ロボットが登場するのですが、前述の「ノイジー・ボーイ」のデザインに象徴されるがごとく、妙に日本のそれを意識している様子が伺えますね。
「アトム」という名前自体も、往年の日本アニメ「鉄腕アトム」からそのまま取ってきたとしか思えない設定ですし。
今作の製作総指揮には「あの」スティーブン・スピルバーグも参加しているのですが、彼は以前にも「母親と子供の愛情」をテーマに描いた映画「A.I.」を製作していますし、そこでも「鉄腕アトム」絡みのネタがありましたから、今作もやっぱり意識はされていたのだろうなぁと。

「アトム」を手に入れて以降、それまでの惨敗がウソであるかのように連戦連勝していくチャーリー&マックスの前に最後に立ちはだかるのは、プロのロボット格闘試合「リアル・スティール」でチャンピオンの座を維持している格闘用ロボット「ゼウス」。
ロボット開発では名を轟かせているらしいタク・マシドが開発し、大富豪のファラ・レンコヴァが所有する「ゼウス」は、ほとんどのロボット格闘対戦で1ラウンドKOを飾ってきた実績を持つ名実共に最強のロボット。
ファラ・レンコヴァは物語中盤でチャーリー&マックスに対し「アトム」を「ゼウス」のスパーリング用ロボットとして20万ドルで買い取りたいと打診しており、それに対して露骨な反発を見せていたマックスが、公衆の面前で「ゼウス」に宣戦布告するというマイクパフォーマンスを演じた経緯もあったりします。
そしてその後紆余曲折を経て始まる「ゼウス」との最終決戦ですが、ただその戦いを見ても、「ゼウス」のどこら辺が「強さ」の源泉となっているのかが今ひとつ分かり難かったですね。
一応、パワーと巨体では「アトム」を圧倒している「ゼウス」ですが、それは「アトム」の対戦相手のほぼ全てに当てはまるものでしかありませんし。
その前に「リアル・スティール」の前座として行われた、2つの頭を持つ格闘用ロボット「ツインシティーズ」との戦いでも、やはりパワーと巨体で圧倒する戦い方でしたから、両者との比較で見てもその戦い方には特に大差があるようには見えないというか……。
作中で強調されていた「ゼウスの強さ」としては、1ラウンド開始早々に「アトム」を一撃でダウンさせたところと、「ツインシティーズ」にはあった構造的な欠陥が「ゼウス」にはない点でしょうか。
ただ、「ゼウス」を開発したタク・マシドは、物語序盤に披露されていたインタビューで「ゼウスの強さは状況に応じてプログラムを自ら書き換え、戦いの中で進化するところにある」みたいなことを述べていたにもかかわらず、作中の戦いではそんな描写は全く垣間見られなかったので「?」と考えてしまったものでして。
むしろ、それを実際にやってラウンドが進む度に強くなっていたのは「アトム」の方ですし。
それまでのロボット格闘とは一線を画する、「ゼウス」がチャンピオンの地位を維持している源泉としての「オリジナルないしは特殊な強さ」というものが何かあっても良かったのではないか、というのが、あの最終決戦に対する私の率直な感想ですね。

派手なアクションを売りにするハリウッド映画としても、親子の絆をテーマにした物語としてもまずまずの出来で、観に行って損はしない作品ではありますね。

Twitterがサイトのデザインを刷新

Twitterがアメリカ時間の12月8日付で、サイトのデザインを刷新したと発表しました。
PC向けWebサイトおよびアメリカAppleのiPhone、アメリカGoogleのAndroid端末向けモバイルアプリでメニューバーを統一し、これから数週間かけて全ユーザーのサイトレイアウトを刷新していくのだとか↓

http://megalodon.jp/2011-1209-1833-54/www.itmedia.co.jp/news/articles/1112/09/news018.html
>  米Twitterは12月8日(現地時間)、PC向けWebサイトおよび米AppleのiPhone、米GoogleのAndroid端末向けモバイルアプリのデザインを刷新したと発表した。Webサイトのデザイン変更が全ユーザーに反映されるには数週間かかるが、モバイル版アプリは既にダウンロードできる。
>
>  Twitterのページトップのメニューバーに並ぶ項目が、従来の「ホーム」「プロフィール」「メッセージ」「おすすめユーザー」「ツイート(アイコン)」「アカウント名」から、「ホーム」「つながり」「見つける」「アカウント」「ツイート」の5つのボタンに変わる。これらのボタンはWeb版、モバイル版で共通だ。5つのボタンで目的別にページを切り替えるようになっている。
>
>  ページのレイアウトも大きく変わり、右側にあった広告やトレンドを表示するコーナーとタブがなくなった。各ページでは、左側に「おすすめユーザー」や「トレンド」などが、右にツイートが表示される。

ページレイアウトの変更自体は結構なことなのですが、それでページが重くなるなどの副作用は勘弁願いたいところではありますね。
Twitterは過去にもページレイアウトの変更および機能追加を行っているのですが、旧ページよりも表示速度が遅くなったり、画面が閲覧しづらくなったり操作しにくくなったりして却って難儀な目にあった記憶があります。
日進月歩で発展していくネットの世界では、ページもまた定期的に刷新していかないと時代に取り残されることにもなりかねませんが、ユーザーの視点から見れば「それまでの画面の長所は維持して欲しい」という要求も当然あるわけです。
せっかく新しい機能が追加されても今までより使い勝手が悪くなったら、それが原因でユーザーが離れていくことだってありえるのですから。

私のTwitterアカウントのレイアウトはまだ変わってはいませんが、これまでの長所を損なわない形で良い方向へ変わってくれることを祈りたいところです。

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