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銀英伝考察3
銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威
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No. 6241
Re:作品解釈論:ワープエンジンの場合
lulu 2005/02/14 01:35
>  できなかったと言う為には作中「どうにもならなかった」描写が必要です。

私には無茶だとしか思えません。
小説の中にあれもだめこれもだめと登場人物の思考過程を詳細に
微に細にわたってだらだらと描写しなければならないと?
ある意味ヤンがやらなかったということ自体が不可能であるという
証拠だと考えます。


> 「絶対できた」とは(移動要塞論を肯定する立場の)誰も言ってませんが。
> 「ガイエスブルグの事例と関係者の発言から察するに極めて再現率の高い事例ではなかったのか?何故俎上にも上らなかったのだろう」と言っているだけで。

上ったんじゃないですか?
何らかの理由で却下されただけで。
私はこのような場合、なぜ却下されたのだろうか?と考えるべきで
考えなかったヤンは馬鹿だ、といった方向に考えるのためらいがあります。


>  たかが敗国の残存艦隊で帝国全軍に「目に物みせろ」という段階で後もへったくれもありません。
>  あとは掛け金に見合った成果の出る賭け先なら何だっていいんじゃないですか?

ジリ貧を恐れてドカ貧になった国が60年ほど前にあったと思いますが。
本人はいいかもしれませんが、そんな判断をする人間が日本以外で
指揮官クラスになれるとは思えないです。


>  以前も言いましたが「それでラインハルト貴下の元帥・上級大将及び揮下艦隊は半減確実」という根拠さえあればあるいはスパルタニアン神風特攻隊だってありえない話じゃなかったんじゃないですか。

そんな簡単なことなら、なぜ今まで誰もやらなかったんでしょうね。
一応私は不可解な事例があれば、作品世界内になんらかに理由があって
そうなるのだろうと考えますので。


>  不真面目に読み捨てて良しとするなら議論系サイトに書き込みなんかなさらないと宜しいのにと思いますよ。

ただ批判するのはマナー不足ではないかなと思ったんですよ。
ありとあらゆる場合について書き連ねるのは不可能なのに
粗をつついて批判されたらたまったもんじゃないなと思ったので。
しかしS.Kさんの言われることももっともです。
まじめにやっている方を茶化してはならないですね。すみませんでした。


No. 6242
Re:ははは、確かに
lulu 2005/02/14 01:46
> 要塞級質量体のワープに際して、
> 帝国と同程度の困難しか、同盟の側にもないということです。

どうしてそのように判断されるのですか?
ワープエンジンの発展に関して同盟は遅れてるかもしれませんよ。
同盟と帝国とあらゆる技術レベルがまったく等しいなどという記述は
作品中にはなかったかと思うのですが。


> そうそう、まさにこの点です。
> 帝国軍は、戦艦級の質量を100万トンと見積もる試算では、
> 4000万倍の質量増大におけるワープを易々と実現してしまったのです。
> はっきり言って、何でもありですよ。
>
> こういう背景がある以上、
> 同盟の側では、イゼルローン要塞のワープができないと考える方がおかしいです。

確かに同盟は科学力で遅れているという記述はありませんが
というか、そういった方面での記述はありましたっけ?
ないものは作品世界を肯定する方向で考えるべきではないかと。
この問題は創竜伝の破綻とはわけが違うと思うのですが。


No. 6243
Re:Re6234:作品と作者と私の論の前提条件
lulu 2005/02/14 02:17
>  この議論で何度も述べてきたことですけど、シャフトが考案した移動要塞というシロモノは、立案(宇宙暦798年1月下旬頃)から実用化(同年3月17日)まで最大でもせいぜい1ヶ月半〜2ヶ月以下の時間を必要としただけで、さらにその後すぐさまイゼルローン回廊で実戦投入されています(同年4月10日)。また、移動要塞と関連付けて論じられた「長征一万光年」のイオン・ファゼカス号も、たかだかひとりのアーレ・ハイネセンの「思いつき」から実行まで、わずか3ヶ月を要しただけです。

なぜシャフトが立案時から一から作り上げたとされるのです?
エンジン部分だけ先に完成していたのを取り付けただけかもしれませんよ。
冒険風ライダーさんの言われるスケジュールだと完全オーダーメイドの
巨大エンジンをわずか1ヵ月で完成させることができることになります。
はっきり言って不可能です。
たとえばイゼルローンなんていうある意味たんなるドンガラつくるのに
どれだけの期間かかっているのやら。
設計チームの編成だけで終わるんじゃないかな。
それを作品の破綻だ、ではなく実験用エンジンを持ってきて取り付けたんじゃないか
と考えるほうがよいと私は考えました。
そんな私の勝手な設定なんて認めないとされるかもしれませんが、
素直に読む限り何らかの理由で実行されなかったのは作中の事実で、
その理由がなんだろうと各個人で好きなように想像して下さいと、
小説とはそういうものなんじゃないかと思ってます。
作者の舞台裏の話を持ってくるのは筋違いではと思うのですが。

冒険風ライダーさんは作品を破綻させるためにこの案を考えたということなので
かみ合わないのも当たり前かもしれません。あと、


> それから、「経験のないような技術」って、ガイエスブルク移動要塞とイオン・ファゼカス号の2例だけでも、すでに充分すぎるほどの「経験」にはなりませんかね?

経験の意味を取り違えているのではないですか。
両者ともヤンの手元にいる技術者が動かしたわけではないでしょう。
なんというか、現場の経験や技術の専門性を軽視しすぎてませんか。
それにヤンの手元に帝国が動員できたような専門家がいるとでも?


No. 6244
Re:Re6234:作品と作者と私の論の前提条件
lulu 2005/02/14 02:20
> 「シャフトが10年間、秘密裏に、実験を繰り返してきた結果」
> とかいった記述でもあれば、
> 同盟も追いつくのに10年間くらい掛かりそうですけどねえ〜。
>
> ほんと、
> ダブルスタンダード使いばかりで、
> 困りますね、まったく。

私にすれば作品中の記述がすべてです。
多分直接書かれていないけれど、
「シャフトが10年間、秘密裏に、実験を繰り返してきた結果」
は正しいんじゃないですか?
少なくとも小説である以上だらだらと設定書きなぐるのは
忌むべきことでしょう。読み手が補完すべきだと思います。


No. 327
自分は
平松重之 2005/02/14 02:36:53
 ヤン一党による移動要塞戦略に関しては否定派というより懐疑派のつもりです。

<結局この「移動要塞論」に対する「マトモ」な反論って「ヤンの性格なら、あまりに多数の非戦闘員の死者を発生させることが必至である移動要塞による帝国領内でのゲリラ戦ではなく、第二の『長征一万光年』を始めるのではないか?」くらいでしたね。>

 うーむ、当時自分は原作の記述を重視した上で、技術問題のみならず、政治情勢・経済状態・人的資源など、様々な角度から冒険風ライダーさんのご主張に疑問をぶつけてみたのですが、駄目でしたか?(T_T)


No. 6246
Re:あなたには功夫(クンフー)が足りないわ
S.K 2005/02/14 05:28
> > できなかったと言う為には作中「どうにもならなかった」描写が必要です。
>
> 私には無茶だとしか思えません。

 あなたに思えないとヤンにどう関係するんですか?


> 小説の中にあれもだめこれもだめと登場人物の思考過程を詳細に
> 微に細にわたってだらだらと描写しなければならないと?

「人民の海」計画は「金がないから無理」の一言で完全に説明できてますが?


> > 「絶対できた」とは(移動要塞論を肯定する立場の)誰も言ってませんが。
> > 「ガイエスブルグの事例と関係者の発言から察するに極めて再現率の高い事例ではなかったのか?何故俎上にも上らなかったのだろう」と言っているだけで。
>
> 上ったんじゃないですか?
> 何らかの理由で却下されただけで。
> 私はこのような場合、なぜ却下されたのだろうか?と考えるべきで
> 考えなかったヤンは馬鹿だ、といった方向に考えるのためらいがあります。

「じゃないですか?」止まりですね。
「〜でできない」と一行書けば作中事実になるのに。


> ジリ貧を恐れてドカ貧になった国が60年ほど前にあったと思いますが。

 戦力差で10対1以上、そもそももう「国」ですらない。
 ジリもドカもなくとっくに「貧」なんですよ。
 ひょっとしてあなた銀河英雄伝説という小説を読んだ事がないんじゃないですか。


> >  以前も言いましたが「それでラインハルト貴下の元帥・上級大将及び揮下艦隊は半減確実」という根拠さえあればあるいはスパルタニアン神風特攻隊だってありえない話じゃなかったんじゃないですか。
>
> そんな簡単なことなら、なぜ今まで誰もやらなかったんでしょうね。
> 一応私は不可解な事例があれば、作品世界内になんらかに理由があって
> そうなるのだろうと考えますので。

 設定ミスという概念をご存知ない方が無理な理屈をつける位作品を貶める行為もないもんで。


> >  不真面目に読み捨てて良しとするなら議論系サイトに書き込みなんかなさらないと宜しいのにと思いますよ。
>
> ただ批判するのはマナー不足ではないかなと思ったんですよ。
> ありとあらゆる場合について書き連ねるのは不可能なのに
> 粗をつついて批判されたらたまったもんじゃないなと思ったので。

「前例のある事は可能前提だろう。不可能なら一行描写しておけばいい」
 ああluluさんには大変難易度の高い要求なんですね。
 田中氏はもとより余人には1分考えて30秒あれば出来る行為なんですが。
 確かにありとあらゆる場合の想定は不可能の様ですね、底辺というものには限度がないらしいので。


> しかしS.Kさんの言われることももっともです。
> まじめにやっている方を茶化してはならないですね。すみませんでした。

 茶化しといっておけば後から「本気じゃなかった」言い訳になりますからね。
 上記真顔で言っていると思うと他人事ながらさぞ恥ずかしいだろうなあと同情いたしますのでそういう事でいいですよ。


No. 6247
Re:あなたには功夫(クンフー)が足りないわ
lulu 2005/02/14 08:42
ちょっと腹が立ってきました。
自分の意見と違う意見を持つ人間には、いつもそのような態度で
臨まれるのですか。相手を馬鹿にするような言葉遣いは控えてほしいものです。


>  あなたに思えないとヤンにどう関係するんですか?

ヤンを実在の人物だと思ってらっしょるようですね。
ヤンというキャラクターは小説の紙面に縛られた人格に過ぎないのではないですか。
文字に現れない部分は常識に基づいて補完するものだと思っていましたが。


> 「人民の海」計画は「金がないから無理」の一言で完全に説明できてますが?

ほかの計画は?たとえば帝国手の届かないところへ脱出し、
第2の自由世界同盟を作るという案に関して何も書かれていませんね。
前例もあり、検討すべき案ではないでしょうか。
これが書かれていないからといってヤンの手落ちではないでしょう。
考え付く限りありとあらゆる案の是非を数十ページにわたり
書き連ねる必要はないということです。
一つ例を挙げていろいろ考えた挙句の結論だということを匂わせて終わりで悪いですか?


>  ひょっとしてあなた銀河英雄伝説という小説を読んだ事がないんじゃないですか。

あなたはあの世界について何でもご存知のようですね。
登場人物や作者より詳しいんじゃありませんか。
さもなければこのように断定することはできないでしょう。


>  設定ミスという概念をご存知ない方が無理な理屈をつける位作品を貶める行為もないもんで。

設定ミスなら、例えば自由貿易商人が往来するような自由惑星同盟で
何故か航路図が機密扱いになっている、などという例ならともかく
読者の脳内設定で、設定ミスといわれるのは違うのではないですか。


> 「前例のある事は可能前提だろう。不可能なら一行描写しておけばいい」
>  ああluluさんには大変難易度の高い要求なんですね。
>  田中氏はもとより余人には1分考えて30秒あれば出来る行為なんですが。
>  確かにありとあらゆる場合の想定は不可能の様ですね、底辺というものには限度がないらしいので。

世の中にはページの都合というものがあるんですよ。


>  茶化しといっておけば後から「本気じゃなかった」言い訳になりますからね。
>  上記真顔で言っていると思うと他人事ながらさぞ恥ずかしいだろうなあと同情いたしますのでそういう事でいいですよ。

そこまで馬鹿にされなければならないようなものですか?
不愉快です。


No. 6248
Re:Re6234:作品と作者と私の論の前提条件
無能練金 2005/02/14 14:46
> 私にすれば作品中の記述がすべてです。

ときて、すぐ下の文章が

> 多分直接書かれていないけれど、

ここは突っ込み所ですか? 笑うところですか?


No. 328
始めまして
横槍 2005/02/14 15:24:54
移動要塞に関して盛り上がっていらっしゃる様子ですが、作品を其処まで読んでいないながら疑問に思ったのですが

 銀英伝の面白みは、ヤンとラインハルトの頭脳戦と艦隊戦もしくは艦隊による要塞攻略戦だと思うのです。

 なので二つの要塞がワープし合う展開は銀英伝のお話の面白みとは違う方向に行ってしまう気がします。

 実際の戦争の流れよりも、銀英伝そのものの面白さを追求するとしたら、イゼルローンがワープしないのは普通の出来事で、議論する必要が在るのかと思いました。

乱筆失礼いたします。


No. 6249
Re:Re6234:作品と作者と私の論の前提条件
lulu 2005/02/14 16:12
揚げ足取らないでください。
要旨はストーリーの展開、個人の行動それには合理的な理由があり、
それは必ずしも文章内に記載されているわけではないということです。


No. 330
だからここがマズイんですって
不沈戦艦 2005/02/14 20:15:40
> イゼルローンがワープしないのは普通の出来事で、議論する必要が在るのかと思いました。

「イゼルローンはワープしないのが普通の出来事」だと思うのなら、何で「ガイエスブルグもワープしないのが普通の出来事」だと考えないんですか?それならまだ分かります、というか私もその方が「銀英伝の作品としての一貫性」が保てますので、良かったんじゃないかと思っていますがね。「要塞対要塞」のネタは仮になかったところで、銀英伝がつまらなくなる訳じゃないですから。「小惑星クラス以上の一定レベルの大質量体については、何をどうやろうとワープなど不可能」という設定にしておいた方がよろしかったでしょうよ。イオン・ファゼカス号の大きさも、もうちょっと手頃にしておいた上で。

「自分で主張していることに全く一貫性がない」ということを自覚していますか?


No. 6250
ちゃんと銀英伝本編を読むべきでは?
不沈戦艦 2005/02/14 20:20
> > 要塞級質量体のワープに際して、
> > 帝国と同程度の困難しか、同盟の側にもないということです。
>
> どうしてそのように判断されるのですか?
> ワープエンジンの発展に関して同盟は遅れてるかもしれませんよ。
> 同盟と帝国とあらゆる技術レベルがまったく等しいなどという記述は
> 作品中にはなかったかと思うのですが。
>
> > そうそう、まさにこの点です。
> > 帝国軍は、戦艦級の質量を100万トンと見積もる試算では、
> > 4000万倍の質量増大におけるワープを易々と実現してしまったのです。
> > はっきり言って、何でもありですよ。
> >
> > こういう背景がある以上、
> > 同盟の側では、イゼルローン要塞のワープができないと考える方がおかしいです。
>
> 確かに同盟は科学力で遅れているという記述はありませんが
> というか、そういった方面での記述はありましたっけ?
> ないものは作品世界を肯定する方向で考えるべきではないかと。
> この問題は創竜伝の破綻とはわけが違うと思うのですが。


「場外乱闘掲示板」の方で冒険風ライダー氏が銀英伝本編からコピペしている内容です。

銀英伝1巻 P182上段〜P183上段
<想像を絶する新兵器、などというものはまず実在しない。互いに敵対する両陣営の一方で発明され実用化された兵器は、いま一方の陣営においてもすくなくとも理論的に実現している場合がほとんどである。戦車、潜水艦、核分裂兵器、ビーム兵器などいずれもそうであるが、遅れをとった陣営の敗北感は「まさか」よりも「やはり」という形で表現されるのだ。人間の想像力は個体間では大きな格差があるが、集団としてトータルで見たとき、その差はいちじるしく縮小する。ことに新兵器の出現は技術力と経済力の集積の上に成立するもので、石器時代に飛行機が登場することはない。
 歴史的に見ても、新兵器によって勝敗が決したのは、スペイン人によるインカ侵略ていどのもので、それもインカ古来の伝説に便乗した詐術的な色彩が濃い。古代ギリシアの都市国家シラクサの住人アルキメデスは、さまざまな科学兵器を考案したものの、ローマ帝国の侵攻を防ぐことはできなかった。
 想像を絶する、という表現はむしろ用兵思想の転換に際して使われることが多い。そのなかで新兵器の発明または移入によってそれが触発される場合もたしかにある。火器の大量使用、航空戦力による海上支配、戦車と航空機のコンビネーションによる高速機動戦術など、いずれもそうだが、ハンニバルの包囲殲滅戦法、ナポレオンの各個撃破、毛沢東のゲリラ戦略、ジンギスカンの騎兵集団戦法、孫子の心理情報戦略、エパミノンダスの重装歩兵斜線陣などは、新兵器とは無縁に案出・想像されたものだ。
 帝国軍の新兵器などというものをヤンは恐れない。恐れるのはローエングラム伯ラインハルトの軍事的天才と、同盟軍自身の錯誤――帝国の人民が現実の平和と生活安定より空想上の自由と平等を求めている、という考え――であった。それは期待であって予測ではない。そのような要素を計算に入れて作戦計画を立案してよいわけがなかった。>


 田中芳樹本人が銀英伝本編で、こう書いているんですがねぇ。これを読んでも、「ワープエンジンの発展について同盟は遅れているかも知れない」と、本気で思いますか?どう解釈したところで、「この作品においては、技術的格差で戦争の勝敗が決するような内容にするつもりは一切ない」と宣言しているとしか言えないのでは?

 まあ、私も冒険風ライダー氏がコピペするまで、この部分を一語一句諳んじていた訳じゃないですけど、これを読んだ記憶はありましたので「帝国と同盟の間に技術的格差があると作者は設定していない」と、この「移動要塞論争」云々以前から判断していましたがね。


No. 331
そうなんですか
横槍 2005/02/14 23:05:11
>不沈戦艦さん
 ご指摘ありがとうございます。

 ガイエスブルグの方もワープしなければ確かにこうした議論も起こらないのでしょうね。

 イゼルローンがワープしないのが普通だと私が考えたのは、其処まで読み進めていないという無知を承知で書かせていただきますが

 イゼルローンは元々回廊の端を防衛し、同盟に侵攻させないことを目的として建造されたものと記憶しています。

 その後同盟に奪われてからは、イゼルローンを通過しないルートが発見され、イゼルローンはその意義を失いかけていたと記憶します。

 私はまだ此処までしか読んでいないため、この後どう動いたのかわかりませんが、イゼルローンの仕事はその回廊からの侵攻を妨げることであり、あまりひょいひょいワープしてしまってはその仕事を果たせないと考えたため、指摘のあった意見を書くに至りました。


No. 6251
残念
パンツァー 2005/02/14 23:33
> 私にすれば作品中の記述がすべてです。
> 多分直接書かれていないけれど、
> 「シャフトが10年間、秘密裏に、実験を繰り返してきた結果」
> は正しいんじゃないですか?
> 少なくとも小説である以上だらだらと設定書きなぐるのは
> 忌むべきことでしょう。読み手が補完すべきだと思います。

銀英伝「雌伏篇」4章Uの末尾部分
ラインハルトの台詞の一部として、
「(中略)シャフトは自信満々だが、この計画の困難は発案より実行にあるのだ。奴が今の段階でいばりかえる必要はない」
と、あります。

シャフトは単なる発案者であって、
秘密裏の実験など、ぜんぜんやってないようですね。

作品中の記載を曲げてまで、
「読み手が補完すべき」
なんて、バカなことは言わないでしょうね、さすがに。


No. 6252
またまた、自縄自縛ですよ、それは
パンツァー 2005/02/14 23:44
> 揚げ足取らないでください。
> 要旨はストーリーの展開、個人の行動それには合理的な理由があり、
> それは必ずしも文章内に記載されているわけではないということです。

そんなこと言うとですね、
すべてのキャラクターが皆、
「必ずしも文章内に記載されているわけではない」「合理的な理由」によって、
行動している、ということになりますよ。

例えば、
銀英伝冒頭のアスターテ会戦における
同盟軍の将軍らや、ラインハルトに扱き下ろされる帝国の将軍らも、
「必ずしも文章内に記載されているわけではない」「合理的な理由」によって、行動していたって、ことになりますよ。
この同盟軍の将軍らや、帝国軍の将軍らは、この場面では、一応愚か者ということになっているわけですが、
「必ずしも文章内に記載されているわけではない合理的な理由」
などを、考える必要を認めたら、
愚かなどと断定することすら不可能ですね。

ヤンやラインハルトが天才であると言うのは、
普通、
数多くの選択肢の中から、最良、もしくは最良ではないにしても良策、と言える選択肢を常に選び取っている、と解釈するものでしょう。

ところが、
「ストーリーの展開、個人の行動」にすべて、
「必ずしも文章内に記載されているわけではない合理的な理由」があったとするなら、
要は、決まりきった道を、すべてのキャラクターが選んでいるって、
ことですよね。


実は、彼らは必然に則って動いただけで、たまたまそういう
「数多くの選択肢の中から、最良策や良策を選び取る」って
いう行動自体が否定されてしまいませんか。

つまり、
ヤンやラインハルトも操り人形の類であって、
その行動の軌跡から天才性が浮かび上がってくるのではなくて、
(数多くの選択肢の中から、最良策や良策を選び取る行動)
単に、作者が本文中で、
天才、天才って連呼しているから、天才である、
と結論しているに過ぎないことになりますよ。

あたかも、全能の神によって、
「ラインハルト、君は、何もしなくても、
アスターテ会戦において勝利を収めることができる、期待していたまえ。」
「同盟の将軍たちよ、君たちは不運だが、最善を尽くしながら壊走の憂き目に遭うことになる、覚悟したまえ。」
このように宣告されているように見えますね。

作品を擁護しようとして、作品の世界観をぶっ潰してしまったら、
何の意味もないんですけどね。


No. 6253
普通に考えれば
パンツァー 2005/02/15 00:06
> >  あなたに思えないとヤンにどう関係するんですか?
>
> ヤンを実在の人物だと思ってらっしょるようですね。
> ヤンというキャラクターは小説の紙面に縛られた人格に過ぎないのではないですか。
> 文字に現れない部分は常識に基づいて補完するものだと思っていましたが。

上の部分は、下の部分が元ですね。
No6241
<私には無茶だとしか思えません。
小説の中にあれもだめこれもだめと登場人物の思考過程を詳細に
微に細にわたってだらだらと描写しなければならないと?
ある意味ヤンがやらなかったということ自体が不可能であるという
証拠だと考えます。>

別に、作中でヤンが取っている行動よりも愚かな策に関しては、
それらを無視する理由を、一々列挙する必要は無いでしょう。
しかし、作中で実際に取っている行動よりも優れた選択肢があったのなら、それを実際に取らなかった理由については、説明しておく必要があるでしょう。
それを説明しないというのは、説明できないからに過ぎず、
つまり、登場人物が思いつかなかったと言うことを、
如実に物語っているのですよ。

繰り返しますが、すべての選択肢を列挙する必要はありません。
説明する必要があるのは、
作中の行動より優れた行動があるのに、
それを選択しない場合、だけです。

「ヤンがやらなかったということ自体が」
ヤンの思考力の範囲では、
「不可能であるという証拠だと考えます」ね、
私は。

> > 「人民の海」計画は「金がないから無理」の一言で完全に説明できてますが?
>
> ほかの計画は?たとえば帝国手の届かないところへ脱出し、
> 第2の自由世界同盟を作るという案に関して何も書かれていませんね。
> 前例もあり、検討すべき案ではないでしょうか。
> これが書かれていないからといってヤンの手落ちではないでしょう。
> 考え付く限りありとあらゆる案の是非を数十ページにわたり
> 書き連ねる必要はないということです。
> 一つ例を挙げていろいろ考えた挙句の結論だということを匂わせて終わりで悪いですか?

だから、これについても、作中に記載がないことから、
ヤンが思いつかなかっただけ、ではありませんか。
思いつかなかったことが、当然記載されていないだけのことです。
普通に(作品に記載のないことは登場人物の想像力の範囲外であると)考えてみたら、如何でしょうか。


No. 332
「そうなんですか」のレス
パンツァー 2005/02/15 00:15:37
<私はまだ此処までしか読んでいないため、この後どう動いたのかわかりませんが、イゼルローンの仕事はその回廊からの侵攻を妨げることであり、あまりひょいひょいワープしてしまってはその仕事を果たせないと考えたため、指摘のあった意見を書くに至りました。>

頼みますから、全巻読んでからにしてください。
銀英伝「風雲篇」第二章T
あたりを読めば、
ヤンが、定点防御しかできないイゼルローン要塞を放棄する話も出てきます。


No. 6254
Re6243:「前提条件」を無視しないで下さい
冒険風ライダー 2005/02/15 00:38
<そんな私の勝手な設定なんて認めないとされるかもしれませんが、
素直に読む限り何らかの理由で実行されなかったのは作中の事実で、
その理由がなんだろうと各個人で好きなように想像して下さいと、
小説とはそういうものなんじゃないかと思ってます。>

 そんなことを言っていたら、そもそもこういう議論の場で作品を論じ合うこと自体、全くもって無意味なものになるのでは? 「お前が何を言おうが俺はこの考えで行く、他人の考えや論の妥当性がどうだろうが知ったことではない」というのが「その理由がなんだろうと各個人で好きなように想像して下さい」の実態なのですから。
 それに、この理屈ならば、銀英伝どころか、たとえ創竜伝のような作品破綻であっても、「素直に読む限り何らかの理由で実行されなかったのは作中の事実」ということになり、さらに「その理由がなんだろうと各個人で好きなように想像して下さい」と結論付けられることで全てが正当化されてしまうわけですから、ある意味「フィクションだから許される」などよりもはるかに最低最悪な「作品および作者に対する免罪符」に化けてしまう危険性が非常に高いと言わざるをえないのですが、それでもかまわないと言うのですか?


<作者の舞台裏の話を持ってくるのは筋違いではと思うのですが。>

 「作者がどのような意図でもって作品を書いたのか?」を論じる際は作者本人の評論やインタビュー記事を当たるのが一番確実であることくらい、誰だって簡単に理解できるはずでしょう。しかも、私は前の投稿でも述べたように、作品と作者の前提条件にあえて乗った上で移動要塞論を構築しているわけですから、その際に作品と作者の意図を正確に検証および尊重した上で論を進めていくのは至極当然のことです。これのどこが「筋違い」だというのですか?
 むしろ、あなたのように「作品と作者と私の論の前提条件」をこれだけ明確に提示されながら、それでもなおかつ「【現実世界における】科学技術や物理法則の常識」を銀英伝に当てはめようとする行為こそが、本当の意味での「筋違い」なシロモノでしかないのですよ。作品と作者の前提条件と完全に相反する「異質」な概念を当てはめて、それで本当に作品が破綻しないとでも思っているのですかね?


<経験の意味を取り違えているのではないですか。
両者ともヤンの手元にいる技術者が動かしたわけではないでしょう。
なんというか、現場の経験や技術の専門性を軽視しすぎてませんか。
それにヤンの手元に帝国が動員できたような専門家がいるとでも?>

 ガイエスブルク移動要塞の場合、シャフトは移動要塞の提唱こそ行っていたものの、実際の計画は本来全く技術畑ではないはずのケンプとミュラーの指揮によって、しかもあの短期間によって完成したわけですし、イオン・ファゼカス号に至っては、アーレ・ハイネセンという「ひとりの若造の思いつき」と奴隷階級の集団によって(こちらも3ヶ月足らずで)完成したものなのですけどね。これの一体どこにあなたの言う「【現実世界における】科学技術や物理法則の常識」に基づいた「現場の経験や技術の専門性」なるものが存在しているのですか? そして、上記2例が「作中では実現可能だ」と言うのであれば、ヤンが移動要塞を構築することもまた「作中では実現可能」と結論づけて一向に差し支えないのではありませんかね?
 何度も言っていますけど、銀英伝はそういう「【現実世界的発想から考えれば】ある意味トンデモな概念」を前提に成立している「【現実世界的発想から考えれば】トンデモな世界」を舞台にした作品なのでしてね。そして、いくら不満だろうが、移動要塞論はこれを前提に話を進めなければ、必然的に「銀英伝という作品の全面否定」に至ってしまうということを、これまた何度も言っていますが、いいかげん理解するべきです。


No. 6255
Re:あなたには功夫(クンフー)が足りないわ
不沈戦艦 2005/02/15 02:29
> ちょっと腹が立ってきました。
> 自分の意見と違う意見を持つ人間には、いつもそのような態度で
> 臨まれるのですか。相手を馬鹿にするような言葉遣いは控えてほしいものです。
>
>
> >  あなたに思えないとヤンにどう関係するんですか?
>
> ヤンを実在の人物だと思ってらっしょるようですね。
> ヤンというキャラクターは小説の紙面に縛られた人格に過ぎないのではないですか。
> 文字に現れない部分は常識に基づいて補完するものだと思っていましたが。

 何で莫迦にされているかは、ご自分でやっていることを考え直してみた方がよろしいと思います。


> > 「人民の海」計画は「金がないから無理」の一言で完全に説明できてますが?
>
> ほかの計画は?たとえば帝国手の届かないところへ脱出し、
> 第2の自由世界同盟を作るという案に関して何も書かれていませんね。
> 前例もあり、検討すべき案ではないでしょうか。
> これが書かれていないからといってヤンの手落ちではないでしょう。
> 考え付く限りありとあらゆる案の是非を数十ページにわたり
> 書き連ねる必要はないということです。
> 一つ例を挙げていろいろ考えた挙句の結論だということを匂わせて終わりで悪いですか?

 これはまさにその通りで、「前例もあり、検討すべき案」なんですよ。ところが、それについての記述は銀英伝本編にはありません。すなわち「ヤンの手落ち」です。言っておきますが、この「アーレ・ハイネセンと同じように逃げる」ことについては、「数十ページにわたり書き連ねる」ような「考えつく限りありとあらゆる案」の範疇ではないんですよ?何しろ、「同盟建国の祖」であるハイネセンが「作中事実」として実行していて、同盟市民には広く知られた話なんですから。それを書いていないということは明らかなる「穴」でしかないです。


> >  ひょっとしてあなた銀河英雄伝説という小説を読んだ事がないんじゃないですか。
>
> あなたはあの世界について何でもご存知のようですね。
> 登場人物や作者より詳しいんじゃありませんか。
> さもなければこのように断定することはできないでしょう。

 というか、あなたの受け答えを読んでいる限りでは、銀英伝本編の内容を知らないか、読んでいても忘れているかのどちらかとしか思えないからですよ。本編中に明快に作者が書いてあることより、「脳内設定」を優先させて否定したりするから、莫迦にされるということをいい加減自覚して下さい。


No. 333
またですが「長征一万光年」
不沈戦艦 2005/02/15 03:10:25
> 不沈戦艦さんが仰っている記述は、多分これのことでしょうね↓

 やっぱりそういう記述ありましたよね。「帝国と同盟にさしたる科学技術の格差はなし」と憶えていましたが、作者が本編中ではっきり書いているんですから、それに反するような「科学的常識」を持ち込んでどうするんでしょうか。第二次大戦中の日本とドイツの差を持ち出して「同じものを作ることができるとは限らない」って、莫迦なことを主張するもんです。冗談抜きで「銀英伝をロクに読んでいないし、内容も憶えていない」のかも知れませんね。あのザマでは。

 それと、再度の「長征一万光年」についてですけど、「実行するだけのリソース(長距離航行用の宇宙船に必要なエネルギー資源、人員の確保や輸送、食料に空気や水の調達など)を揃えることができない」って言い訳になりますか?少なくとも「アルタイルの奴隷」やってた人たちが、ドライアイスから切り出した巨大宇宙船の船体に航行用エンジンや居住区を据え付け、必要物資と人員を確保した後に帝国軍の監視の目を盗んで逃げだし、一旦姿をくらましてどこかの惑星で長距離移動用の宇宙船を建造し、「長征一万光年」を行ったことに比べれば、ヤン一党の方が遙かに条件がいいとしか思えないんですけど。宇宙船はゼロから作らなくても量産されたものを流用できるし、戦闘艦艇まで「ヤン不正規部隊」は確保しています。物資の調達だって、厳しい環境で豊かな生活を送っていたとは思えないような「奴隷たち」が行うより、社会的インフラが整った同盟国内なら、遙かに容易に行えるでしょう。放棄された補給基地なども確保してましたしね。「ヤン提督の指示を受けて行動している。そのうち、行動を起こすから協力してくれ」と説得すれば、ヤン一党に加担する者は同盟軍部内(軍部に限らず、民間でも)にいくらでもいるでしょうし。「ガイエスブルグを移動要塞にできたんだからイゼルローンだってできるはず」よりは「アルタイルの奴隷に長征一万光年ができたんだから、ヤン一党ならもっと容易に同じことが達成できるはず」の方が、よっぽどハードルが低いんじゃないでしょうか。

 まあ、こんなことになってしまう理由は「宇宙船さえ作ることができれば帝国から脱出可能」と軽く考えて「長征一万光年」を設定してしまった田中芳樹に最大の原因があるんでしょうけどね。それと「なぜヤンは再度の長征一万光年を実行しようとしなかったのか?」は「作者の都合。ヤンとラインハルトが最後の対決をしないとストーリーとして面白くないから」という身も蓋もない結論になってしまいますけど、「民主主義を担ってきた同盟が専制主義の帝国に併呑されそうな状況で、何とかして民主主義の灯火を後世に残す」ことを最優先にするのなら、「アーレ・ハイネセンの真似して逃げる」ことを第一に考えるべきでしたよ。移動要塞の有無に関係なく。「回廊の戦い」の直前のあたりでも、もう「絶望的戦力差」と言っていい(ヤン側の勝算皆無)でしょうし。

 この「穴」について合理的説明をしようとすれば、やはり「ヤンの天才性」に疑問符を付けざるを得なくなりますね。すなわち、「ヤン・ウェンリーは広い戦略眼を持ち戦術にも優れた軍人であったが、それでも近視眼的軍人としての属性を完全に払拭することはできなかった。すなわち、『目の前の敵と戦い、勝利するところを見せつけたい』という願望から、自由になることはできなかったのである。故に、彼は同時代最大最強の軍事的ライバルであるラインハルト・フォン・ローエングラムと直接対決し、それに打ち勝つという極めて困難な命題に、真正面から突き進んでしまったのだ。彼に与えられた戦略的状況の困難さを熟考すれば、『逃げる』という選択肢もあり得たにもかかわらず。それなのに『正面から戦う』という選択をしてしまったことは、彼もまた『軍人』という枠から逃れることはできなかったのだと結論付けられよう。いかに、彼本人が『大量殺人者としての高級軍人』である自分の姿を嫌っていたにせよ」とでも、「後世の歴史家」に論評させるようになるでしょうな。



> イゼルローンは元々回廊の端を防衛し、同盟に侵攻させないことを目的として建造されたものと記憶しています。

 別にイゼルローンに限った話ではないのでは?ガイエスブルグだって、もともと「移動要塞」として運用することなんざ、全く考えずに建設されてますよ。「ガイエスブルグ移動要塞」以前に、銀英伝世界にそんなものはどこにもありませんからね。


No. 334
SF設定の難しさ
冒険風ライダー 2005/02/15 23:23:05
<それと、再度の「長征一万光年」についてですけど、「実行するだけのリソース(長距離航行用の宇宙船に必要なエネルギー資源、人員の確保や輸送、食料に空気や水の調達など)を揃えることができない」って言い訳になりますか?少なくとも「アルタイルの奴隷」やってた人たちが、ドライアイスから切り出した巨大宇宙船の船体に航行用エンジンや居住区を据え付け、必要物資と人員を確保した後に帝国軍の監視の目を盗んで逃げだし、一旦姿をくらましてどこかの惑星で長距離移動用の宇宙船を建造し、「長征一万光年」を行ったことに比べれば、ヤン一党の方が遙かに条件がいいとしか思えないんですけど。>

 全くもって、この「長征1万光年」のエピソードは、本来、銀英伝の主要テーマでもある「補給の概念」とは完全に相反する「作品のアキレス腱」でしかないんですよね(>_<)。「これが成功するのだから、補給の問題なんて大したことないじゃないか」「アーレ・ハイネセンにできることが、何故ヤンにはできないんだ?」と言われても「作中世界では」返す言葉がないのですし。
 これを完全に無視したまま、私の移動要塞論「だけ」を目の仇にして「筋違いの前提条件」を叩きつけて否定しようとする人達が、私には笑止に思えてなりませんね。そのような態度がいかに「作品世界を崩壊に追いやりかねない御都合主義的なダブルスタンダード」に陥っているシロモノなのか、少しは自覚してくれても良さそうなものなのですが(>_<)。


<まあ、こんなことになってしまう理由は「宇宙船さえ作ることができれば帝国から脱出可能」と軽く考えて「長征一万光年」を設定してしまった田中芳樹に最大の原因があるんでしょうけどね。>

 これは移動要塞や「長征一万光年」の件のみならず、おそらくは銀英伝における全てのSF設定に対して言えることなのでしょうけど、田中芳樹はどうも「ハード的な必然性」というものが作品に与える影響というものを軽く考えすぎていたのではないかという気がしますね。だからこそ、移動要塞や「長征一万光年」のような「トンデモ設定から導き出されるトンデモ理論」が次々と出現して収拾がつかなくなるわけで。
 このあたり、本人も自覚してはいるでしょうし、今更な話でもあるのでしょうけど、田中芳樹の作風や発想法は、やはり「純然たるSF作品をきちんとした整合性をもって描く」という方向には向いていないのでしょうね。


No. 6258
「田中芳樹を撃つ」と「読者(心酔者)を撃つ」の違い
パンツァー 2005/02/15 23:55
銀英伝考察3の反響の大きさ(否定的意見による蒸し返しの頻発)に対して、その原因が何か、ということを一つ考えてみました。それは、どうも次のような理由によるのではないでしょうか。
ここで、田中芳樹氏の著作物の読者のうち、そのキャラクターに相当な思い入れの感情を抱いている人々を、「心酔者」と規定します。以下、この心酔者の心理分析を行ってみましょう。

1.「創竜伝において心酔者が価値を抱く対象」

この掲示板上で、ある方(確か女性)が、創竜伝というお話を次のように捉えている、と述べておられました。
「かっこいい始君たちが、悪者をやっつけるお話」
記憶を頼りに書いているので、表現の異なる部分があるかもしれませんが、大体上の一行のような趣旨でした。

上の内容は次の二つの要素を含んでいます。
A:主人公が(女性読者を引きつけるに十分な)性的魅力を有していること
B:主人公に正義があること

冒険風ライダーさんが展開された創竜伝考察シリーズは、Aの要素に関しては別段述べるところはなく、Bの要素に対しては、痛烈な批判を加えるものでしょう。私は、創竜伝自体を読んでおらず、創竜伝考察シリーズも所々しか読んでおりませんので、誤読・誤解が激しい部分がありましたら、それはどうかご容赦ください。

創竜伝考察シリーズの批判の中には、創竜伝の主人公(始君たち)の掲げる正義が、独り善がりのものであって、この主人公の敵対者(牛種などでしたっけ)と比較して、正義と言いえるかどうかも怪しい、というものがあったかと思います。
さらに、冒険風ライダーさんは、作者たる田中芳樹氏が、創竜伝のキャラクターに仮託して、自ら自身の考える社会批判を展開している、ということも指摘しておられました。

そうすると、創竜伝考察シリーズは、どのような影響力を及ぼすことになるのでしょうか。
主人公(始君たち)の掲げる正義は、客観的に見て正義ではない。

主人公の掲げる正義と、作者たる田中芳樹氏の掲げる正義は同一である。

田中芳樹氏の掲げる正義は、客観的に見て正義ではない。

創竜伝の「主人公に正義があること」を否定することによって、田中芳樹氏の掲げる正義を否定すること、つまり、「田中芳樹を撃つ」という目的が達せられているわけです。

では、創竜伝考察シリーズは、「読者(心酔者)を撃つ」という点においては、どの程度の効果を発揮するのでしょうか。
上にも述べたように、心酔者は、B「主人公に正義があること」にも価値を置いていますが、A「主人公が性的魅力を有していること」に、より一層の価値を置いているものでしょう。

創竜伝考察シリーズ等によって、「主人公に正義があること」がある程度損なわれることになったとしても、「主人公が絶対悪である」などといった結論でも下されない限りは、心酔者は、さほどの痛みを感じないのでしょう。主人公に一体化している作者にとっては、このような他人ごとでは済みませんが、心酔者は、主人公の価値観自体には、必ずしも一体化しているわけではないからです。

しかし、もし、A「主人公が性的魅力を有していること」が損なわれることがあったらどうでしょうか。
例えば、
「四兄弟(始君たち)は、夜な夜な互いに男色を貪り合っていた。」
などという結論が下されたとしたら、どうでしょうか。
これは、恐らく、心酔者にとっては、断じて、許しがたいことでしょう。
始君たちの性的嗜好が、女性に向けられるものではなく、男性に向けられるものであるとしたら、このような始君たちを、始君たちの外見的魅力等に引き付けられている(女性)読者は、許せないのではないでしょうか。

そして、A「主人公が性的魅力を有していること」が損なわれる、ということは、心酔者が、そのお話(創竜伝)に最も価値を抱き、もっとも魅力を感じている部分が、損なわれてしまう、ということを意味するのです。このような結論が、本掲示板上にでも掲載されたなら、轟々たる非難が、集中するのではないでしょうか。

逆に、主人公の価値観とは一体化しているが、主人公が性的魅力などにはさほどの価値をおいていない作者(田中芳樹氏)にとっては、B「主人公に正義があること」が否定されるほどの打撃は受けないのではないでしょうか。

「田中芳樹を撃つ」ということと、「読者(心酔者)を撃つ」ということは、
必ずしも一致しないように思うのです。

2.「銀英伝において心酔者が価値を抱く対象」

次に、上と同様の考察を、銀英伝に対して行ってみましょう。

銀英伝の主人公は、もちろん、ヤンとラインハルトが筆頭です。
銀英伝における心酔者は、ヤンとラインハルトのどういう点に魅力を感じるのでしょうか。

ヤンもラインハルトも、正面の直接的な軍事力による脅威と、後背の政治的な脅威とに、脅かされている存在です。ラインハルトの場合は、門閥貴族の打倒が完了した時点で後背の脅威は消え去り、ヤンの場合は、イゼルローン要塞に立て篭もりヤン・不正規軍を編成する時点で後背の脅威が消え去る、ことになりますが、おかれている状況は似たようなものです。
この二人は状況的に似通っているだけに、読者は、背後の政治体制の違いなどを超えて、この二人に感情移入することができるのしょう。

この状況的に似通ってる二人は、一体、如何なる能力を発揮することで、正面と背後の脅威に屈服されること無く、戦いつづけることができたのでしょうか。
それは、
「天才的な軍事的才能」
これに尽きます。
ラインハルトの場合は、「政治的才覚」も若干働いてはいますが、運命を切り開く最大の力は、やはり「天才的な軍事的才能」でしょう。

つまり、銀英伝において、心酔者が価値を抱く対象は、
ヤンやラインハルトであることは当然ですが、
特に、ヤンやラインハルトの「天才的な軍事的才能」である、
ということでしょう。

この故に、ヤンの価値観に対する痛烈な批判を含む、銀英伝考察1・2などに対しても、心酔者は、さしたるダメージを受けることが無いのでしょう。
ヤンやラインハルトの価値観が少々貶められることがあっても、彼らの価値観が絶対悪であると結論でもされない限り、心酔者にとってはたいした問題ではないのでしょう。
しかし、「天才的な軍事的才能」、これが損なわれてしまうことは、心酔者にとっては、断じて、許しがたいことでしょう。
「主人公の天才的な軍事的才能」これが損なわれるということは、心酔者が、銀英伝に最も価値を抱き、もっとも魅力を感じている部分が、損なわれてしまう、ということを意味するからです。
それゆえに、「ヤンやラインハルトの軍事的才能が、天才であるなどとはとても言い得ない。」と結論する銀英伝考察3に、これまでに見られるような轟々たる非難が、寄せられるのでしょう。これこそが、心酔者が銀英伝に抱く価値の根幹を、徹底的に破壊するものなのでしょうから。

銀英伝考察3は、「田中芳樹を撃つ」という目的で執筆されたものでしょうが、結果としては、「読者(心酔者)を撃つ」という結果を十二分に達成してしまったということでしょうね。


No. 335
第二次「長征一万光年」について
パンツァー 2005/02/16 01:11:57
ヤンの立場で、長征一万光年をもう一度やるって言うのは、私には考えにくいんですよね。
というのも、アーレ・ハイネセンたちの場合は、流刑地に流された共和主義者が、そのままでは野垂れ死にだから、最後の希望をかけて、生死の困難を厭わず、無謀とも思える脱出行を行ったわけです。

これに対して、ラインハルトに追い詰められた状況のヤンは、自分の保身というのを別にすれば、あえて、新天地を求めるほどのモチベーションがないように思うのです。
例えば、帝国による支配があまりにも過酷であって、そのままでは一般民衆の生存が脅かされる、とかいう状況でしたら、第二次長征一万光年をやる動機付けになるでしょうが、ヤンたちは、そういう極限状況には無いと思うのです。だいたい、ヤン自身、名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われるのではないか、と考えているくらいですし。
(農奴状態の帝国臣民にはラインハルトの支配はありがたいでしょうが、議会制民主主義とマスコミの恩恵をうける同盟民衆が、例えラインハルトであったにせよ、現状よりましな状況になるとは、とても思えないんですけどね。)


No. 336
そうでしょうか?
不沈戦艦 2005/02/16 01:31:48
> 例えば、帝国による支配があまりにも過酷であって、そのままでは一般民衆の生存が脅かされる、とかいう状況でしたら、第二次長征一万光年をやる動機付けになるでしょうが、ヤンたちは、そういう極限状況には無いと思うのです。だいたい、ヤン自身、名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われるのではないか、と考えているくらいですし。

 そうだとすると「回廊の戦い」も全く意味がないってことになりませんかね?「名君が出現する限りにおいては、帝政の方がよい政治が行われる」という状態は、すでにラインハルトの統治によって成立している(色々論考してみた結果疑問はありますけど、一応作中ではそういうことになっているので)訳ですから。

 ヤン抹殺を図った同盟政府といざこざ起こして逃げ出したのは仕方ないにしても、ラインハルトはその後その事実を公表した上で「同盟政府の責任は問うが、ヤンの責任は問わない」と宣言しているんですから、同盟政府消滅後に大人しく出頭して帰順すりゃ良さそうなもんでしょうに。

 という状況ですから「極限状況ではない」というのは当たらないと思います。「何が何でも民主政治を残したいのに、ラインハルトという名君によって民主主義が死滅に瀕してしまっている」というのは、ヤンにとっては十分「極限状況」でしょうよ。そうでなくて、「自分と仲間たちの小市民的幸せが確保できればいいや。幸いにしてラインハルトは名君だし」くらいにしか考えていないんだったら、イゼルローンを奪取して帝国軍と戦うなんて選択をせんでもよろしいでしょうに。モチベーションとしては「回廊の戦い(ご承知の通り、勝算ゼロですからね)」をやるにも「第二次長征一万光年」やるにも、大差はないと思いますがどうでしょう?


No. 337
ヤン以外の人間が抱く「極限状況」
冒険風ライダー 2005/02/16 02:30:27
<「何が何でも民主政治を残したいのに、ラインハルトという名君によって民主主義が死滅に瀕してしまっている」というのは、ヤンにとっては十分「極限状況」でしょうよ。そうでなくて、「自分と仲間たちの小市民的幸せが確保できればいいや。幸いにしてラインハルトは名君だし」くらいにしか考えていないんだったら、イゼルローンを奪取して帝国軍と戦うなんて選択をせんでもよろしいでしょうに。>

 これはヤン以外の人間にとっても同じことが言えるでしょうね。
 エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達は、ラインハルトの「専制政治」よりも「ヤンと共に戦う」「民主主義を守るために戦う」ことを、自発的にせよ強制されたものであるにせよ、結果的には選択していることになるわけです。自分が併合した旧同盟市民に対しても寛大な措置を取る旨を、征服者たるラインハルトが公に宣言しているにもかかわらず。如何なる動機があるにせよ、彼らにとって、ラインハルトの治世は、それがどんなに寛大かつ安定した生活が約束されたものであったにしても受け容れたくないものであるわけで、充分に「極限状況」に追い込まれていると考えるべきでしょう。
 また、ヤンのような「ある意味非常にもの分かりが良い」人間以外の中には、「もし自分達が負けてしまったら、見せしめにどんな過酷な処置が下るか分からない」と(客観的に分析することなく主観的に)思い込む人もいるでしょう。作中でも、たとえば「薔薇の騎士」連隊などは、バーラトの和約後、自分達が帝国側の報復的処罰の対象にされるかもしれないという不安感を抱いていました(銀英伝6巻 P184)。ヤン以外の人間で同じことを考える人は他にもたくさんいるでしょうね(というか、逆にこういうことを全く考えないのはヤンくらいなのではないかとさえ思うのですが(苦笑))。
 「ラインハルトに帰順する」という「(個々人の主観はどうあれ、客観的には)これ以上ないほど楽かつ安全確実な選択肢」を捨て、わざわざヤンと戦うなどという「絶望的なまでに苦難な道」を選択している時点で、ヤンだけでなく彼らも一種の「極限状況」となっているのであり、そしてヤンには自分の意思とは関係なく、それに応えなければならない義務も存在するわけです。これから考えても「第二次長征一万光年」を躊躇しなければならない要素はどこにも存在しないように思われるのですが、どうでしょうか。


No. 6262
Re:神楽さんの論点の私なりの解釈
N 2005/02/16 23:03
S.Kさん、レスありがとうございます。いつもこちらの返事が遅れてしまい、申し訳ないです。
よく練られたご意見ですので、私も深く考えさせられます。

人命を第一に、と考えるならば、S.Kさんの仰る通りです。ヤンはそもそも戦うべきではありませんでした。民主主義を諦め、帝国に恭順するのが最善の手段だったと思います。(帝国の体制を立憲君主制とするだけの政治手腕をヤンに期待するのも酷だと思います。ボリス・コーネフなら、或いはやってくれるかもしれません)

しかし、それがヤンだ、とは私には思えないのです。

戦いで兵士が命を落すことについては、用兵家の宿命として、ある程度受け入れていたのではないでしょうか。共和主義者は、その主義にどの程度の価値を与えているのか、というラインハルトの試みは、彼にとっても一定の価値を持つものであったのではないかと思います。ヤンだけが、民主主義を望んでいたわけでもありませんし、彼の部下だけが、戦いで命を落す可能性があったわけでもない、と思います。


No. 338
優先順位としては
パンツァー 2005/02/17 01:01:36
ヤンを含めて同盟の立場としては、政治的目標の優先順位は次のようなものとなるのではないでしょうか。

(1)全宇宙の共和制による支配
(2)旧同盟領全域の共和制による支配
(3)旧同盟領全域の一部領域における共和制による支配
(4)別の宇宙への逃避
(全宇宙とは、銀英伝で主な背景となる旧帝国領および旧同盟領をあわせた領域を指す)

同盟は、アムリッツアの敗戦までは、一応は(1)を目指しているわけです。
アムリッツアの敗戦以降は、(2)を維持することが主目的となるわけで、ビュコック率いる同盟軍やこれに協調するヤン艦隊が、この目標にしたがって、敢闘するわけです。
その後、同盟の降伏により帝国による一応の全宇宙の支配が確立しますが、ヤンは、自らの意図せぬ状況の変化により、イゼルローン要塞に立て篭もるわけですよね。

このときヤン自身、どうしたかったのか、イマイチよく分からないのですが、普通に考えると、なんとか、(2)を達成できるように戦い抜こう、というところなのではないでしょうか。ヤンが選択肢の一つとしていた、ゲリラ戦法(「人民の海」計画?)による帝国に対する抵抗運動というものも、基本的には、(2)を達成する、という方針でしょう。
また、ヤンに追従した人々というのは、基本的に、帝国の支配を潔しとせず、帝国と戦うために、ヤンに追従したのではないでしょうか。もちろん、ヤンの軍事的才能に依存するところ大であって、ヤン亡き後、イゼルローンを去る人々も多数いるわけですが、帝国と戦うという目的自体には変わりないでしょう。帝国と戦う目的は何かと言えば、(2)を達成することのはずです。

ヤンの死亡後は、ヤンと言う軍事的才能の喪失に加えて、兵力の減少(イゼルローンを去る人々)も大きく、まかり間違っても、(2)を達成することすら難しい、とユリアン等ヤンファミリーは考えるわけです。そこで、例の「ラインハルトに認めてもらうことで、共和制の存在を一部に許容してもらう」といった目標が、出てくるわけでした。バーラト自治州とやらが、この(3)に該当しますね。もし、バーラト自治州を目指さないとしても、可能である限り難攻不落の要塞であるイゼルローンに立て篭もりつづける、という選択肢もあるでしょう。イゼルローンを墨守する、というのも、(3)になるでしょう。

ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。

氷の惑星に流刑された共和主義者たちは、彼らが共和政体の理想を棄てなかったから流刑されたのであって、彼らのみが箱舟に乗って脱出するからと言って、他の民衆を見捨てた、とかいうことにはならないはずです。他の流刑されていない人々は、帝政を受け入れた改宗者たちなのでしょうから。彼らは文字通り、死に瀕していたわけですから、仮に新天地を発見できる望みがほとんど無かったとしても、それに飛びついたのは間違いがありません。だから、この流刑者たちが、(4)を選択するのは、状況的に自然です。

これに対して、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、(2)や(3)が目的で結集しているのであって、(4)が目的で結集しているわけではありません。
この結集後に、ヤンが目的を(2)や(3)ではなく(4)に変更する、となったら、ヤンに従う人々っていうのは、大きく変化することになるでしょう。結集時の目的とは異なる目的に従わされることになるわけですから。
宇宙は広いので、どこかには新天地があるんでしょうけど、かならず、新天地を発見できると言うものでもないでしょう。そういうアヤフヤな目的のために、果たして、どれほどの賛同が得られるのか。もちろん、イゼルローン要塞をワープ移動化したら、補給源には困らないので、アーレ・ハイネセンの逃避行とは比べ物にならないほど、安全にはなるんでしょうけど。加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。

だから、ヤン自身の考えの曖昧さもさることながら、(4)を目的として、同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか、つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、という点が大きな疑問として残るのです。

やはり、(2)も駄目、(3)も駄目となったら、次は、
(3・5)とでも言うべき、地下抵抗活動があって、
これらが尽く失敗して、専制に改宗せぬ筋金入りの共和主義者たちが流刑地にでも集められた後、この流刑者たちが死を覚悟して脱出行を図る、くらいの段階を踏む必要があるのではないか、という気がします。

不沈戦艦さんもどこかで述べておられたと思いますが、戦わずして降伏するっていうのは、上で言えば、(2)や(3)をやり抜かずに、さっさと(4)を選択するっていうのは、実際にできかねるのではないか、と思うのですよ。

もちろん、絶対(4)を、同盟降伏後の第一政治目標に設定するって言うのが、ありえないことである、とまでは主張いたしませんが。


No. 6265
Re:精進せえよ
S.K 2005/02/17 02:30
> >  あなたに思えないとヤンにどう関係するんですか?
>
> ヤンを実在の人物だと思ってらっしょるようですね。

 非常に高度な疑問文を構築してしまったようで申し訳ありません。
「何が悲しくて執筆当時の田中氏がヤン・ウェンリーの知性の限界をあなたの乏しい理解力の範疇に収める謂れがあったのか?何か、道端で買った怪しいクスリをキメた時に毒電波で田中氏と交信した実感でもあったのか?言っておくけど、それ幻覚だから」と言っていたんですよ。


> ヤンというキャラクターは小説の紙面に縛られた人格に過ぎないのではないですか。
> 文字に現れない部分は常識に基づいて補完するものだと思っていましたが。

 あなたの「思う」限界は何となくわかりました。
 前頭葉が存在する事にあまり意味のない方ですね。


> 考え付く限りありとあらゆる案の是非を数十ページにわたり
> 書き連ねる必要はないということです。
> 一つ例を挙げていろいろ考えた挙句の結論だということを匂わせて終わりで悪いですか?

 あの時点て採択しうる有効なプランと、まあ一応俎上に乗るのも仕方ない愚案とは現実性を踏まえて10程も存在しますまい。
 2ページあればどれだけ真剣に対帝国に臨んだのかのいい描写ができたでしょう。

 それでチラシの裏くらいしか発表場所もないであろうluluさんの無駄プラン質疑では大体何億何万何番目くらいに「修行したシェーンコップがブリュンヒルトに元気玉をぶつける」がくるんですか?
 可哀想な人サービス月間特典として質問してあげます、回答の際は全裸で五点倒立して私に感謝と崇拝を捧げながらレスして下さい。


> >  ひょっとしてあなた銀河英雄伝説という小説を読んだ事がないんじゃないですか。
>
> あなたはあの世界について何でもご存知のようですね。
> 登場人物や作者より詳しいんじゃありませんか。
> さもなければこのように断定することはできないでしょう。

 発表済みの作品なれば「作者より詳しい読者」が存在するからこそ「批評」という文芸ジャンルは存在する訳です。
 ついでに田中氏に妥当性を認められつつかつ銀河英雄伝説内の記述を最大限に尊重しつつもエンサイクロペティアやメカニックデータは田中氏以外の人間が構築した「公式銀英伝設定」です。

 そんなことよりいつになったら「つるのおんがえし」を習った小学生の「夕鶴」に対する理解レベルに銀英伝について到達するのですかあなたは。


> >  設定ミスという概念をご存知ない方が無理な理屈をつける位作品を貶める行為もないもんで。
>
> 設定ミスなら、例えば自由貿易商人が往来するような自由惑星同盟で
> 何故か航路図が機密扱いになっている、などという例ならともかく

 上記は「常識的に当然」でしょうね。
 帝国も同盟も「安全航路とフェザーンの艦隊通行権は抱き合わせで売る気だろう。支払いは商売当事国でない側の核とビームになる事とフェザーンが軍事力を保有していない事実は認識しているな?」と様々に表現、表明してきたに決まっていますので。


> 読者の脳内設定で、設定ミスといわれるのは違うのではないですか。

 鏡に言って下さい、他人の知る所ではありません。


> 世の中にはページの都合というものがあるんですよ。

 宇宙には推敲という行為が存在します、プロのたしなみと言うのも恥ずかしい初歩的概念として。


> ちょっと腹が立ってきました。
> 自分の意見と違う意見を持つ人間には、いつもそのような態度で
> 臨まれるのですか。相手を馬鹿にするような言葉遣いは控えてほしいものです。

> そこまで馬鹿にされなければならないようなものですか?

 「馬鹿」に「される」必要もなく事実としてあなたは「馬鹿」です。
 他人様の形容に責任転嫁なさらないで下さい。
 いえ無駄な物言いなのは存じてますけどね、馬鹿に物申している訳ですから


No. 341
ですから・・・・
不沈戦艦 2005/02/17 02:54:10
> (1)全宇宙の共和制による支配
> (2)旧同盟領全域の共和制による支配
> (3)旧同盟領全域の一部領域における共和制による支配
> (4)別の宇宙への逃避


 ヤン抹殺を図ったレベロの陰謀に端を発した争乱によって帝国軍の侵攻が発生し、しかも背後の事情をラインハルトが全て暴露してしまった情勢に至っては、「(2)」どころか「(3)」の維持すらもはや不可能ではないですか?それに、それが理解できないキャラとして「ヤン・ウェンリー」が設定されていると思いますか?

・「国家」としての同盟は事実上「終わって」しまっている。帝国軍による再度の征服(勝てる可能性はない。事実マル・アデッタで同盟軍は全滅している)後、存続を認められる可能性は絶無。(2)は到底達成できない。
・「エル・ファシル独立政府」に現実的な力はないばかりか、逆にヤンの名声を頼っている有様。ヤンにとってのメリットは「文民政府を守る軍人」としての立場を手に入れることができるという、大義名分だけ。
・帝国軍との客観的戦力差。S.Kさんにも「戦力差で10対1以上、そもそももう『国』ですらない。ジリもドカもなくとっくに『貧』なんですよ。」なんて言われてしまっているくらいなんですが、これで一体どうやって「(3)」の維持が可能なのだと?ヤンという軍人は「イゼルローン要塞というハードウェアに頼れば、永久に帝国軍の攻勢を支えることが可能」という判断をするような設定にはされていませんよね?「自分の小手先の詐術で陥落せしめることができたくらいだし、無限の回復力を持った相手に損害構わず攻撃して来られても維持は不可能だろう」というように考える人物じゃなかったでしたっけ。作中の「回廊の戦い」の流れでも、ヤンがラインハルトとの交渉可能になった理由って、「ラインハルトが熱を出して倒れ、夢枕でキルヒアイスがラインハルトを諫めたから」という「偶然」によるものでしかありません。しかも、フィッシャー提督を失った後でです。ラインハルトが病臥しなかったら、帝国軍の物量によって順当に圧殺されただけじゃないですか。「歴史」に詳しい「ヤン・ウェンリー」という設定になっているのに、それが「ヤンには想像できなかった」というのは、あまりに変でしょう。「正面から戦って敗れた(どうやろうと必敗なのは、パンツァーさんも異論はないですよね?)後、ラインハルトがヤンの主張を認めてエル・ファシルなりハイネセンなり、一部同盟領に民主制を維持することを認めてくれる可能性」なんて「絶無」以外に評価のしようがありますか?というか逆に、いくらラインハルトがヤンを認めていたとしても、「属していた国が滅んだ後、勝算絶無の戦いを仕掛けてきて、味方に無意味な犠牲者多数を出してくれた有能なる敵将」に対して、ラインハルト以外の普通の帝国軍人(軍人に限った話じゃないですけど)が好意的だなんてことがあり得ると思います?「ヤン・ウェンリー一党を戦争犯罪人として縛り首にしろ!」が普通の感情なんじゃないですかね。いくら皇帝本人がヤンに好意的だとしても、「ヤンを死刑に!」と叫ぶ帝国軍人たちの感情を無視して、敗戦後のヤンを免罪するのは難しいのではないでしょうか。「歴史に詳しいヤン」という設定からしても、そういう状況が「予想できなかった」というのも、これも考えにくいと思います。

 そもそも、冒険風ライダー氏の「移動要塞論」ってのは、銀英伝本編の「回廊の戦い」ではもはや「(3)」ですら不可能(絶対に負けるから)と判断した上で考案されたものではないですか。「無限の自給自足能力を持つ移動要塞となれば、永久にでも抗戦可能」という結論を導き出しているのですから。私は以前に「10巻で成立したバーラト星系自治政府は成立すること自体がおかしいし、仮にできたとしても存続不能だ。初代皇帝個人の好意しか担保がなく、彼の死後一体誰がその存続を保証するというのだ?『ローエングラム朝銀河帝国建国の功労者』たちが寿命で死に絶えた後、二世皇帝やら三世皇帝やらが『予は民主主義の自治領などが帝国領内にあることは不愉快だ。そんなものは、予の帝国には必要ではない』と宣言した時点で『おしまい』という以外にないじゃないか」と主張しています。つまり、もともと本編で「初代皇帝個人の好意」で成立している「(3)」なんざあり得ない話なんですよね。これには、冒険風ライダー氏も異論はないと思いますが。その発想があった上での「移動要塞論」です。最低限のものとして「(3)」を成立させる為には、「移動要塞なら無制限に帝国領内を破壊して回ることができるから、その軍事力の行使をしないことを条件に帝国との取引可能」という理屈なんですから。もちろん、この場合「移動要塞の軍事力を背景にした、帝国との和平」を成立させた後、「抑止力」としてヤン側は移動要塞を維持する必要がありますが。

「(2)」が成立しなくなって、無限に抗戦可能な「移動要塞」も実行しようとしないのなら、「(3)」の達成はもはや不可能。「(4)」を考えなければおかしい段階ということです。



> 加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。

「全同盟市民を帝国の魔の手から救い出し、民主主義体制のもとにつなぎ止める」なんてことは、「(2)」が達成困難になった時点で、物理的に不可能としか言えませんよ。敵に比べ圧倒的に僅少な戦力で、150億人をどうやって守れと言うのです?それに、脱出した後のローエングラム王朝銀河帝国支配下での評判なんざ、どうでもいいじゃないですか。そこには二度と戻らないんですから。「ヤン提督が第二のアーレ・ハイネセンを目指して帝国の支配から脱出したのであれば、俺たちもヤン提督に続こう!」と考える人たちが続出する可能性だってありますし。やらない人間は「帝国の支配下でも仕方ないか」と「運命を受け入れる」という人たちですから、放っておいてもいいでしょう。

> つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、

 それなりの数居れば十分でしょう。無闇に多い方が連れていくのが大変です。「イゼルローンに籠もったところで、帝国軍全軍を打ち負かすことは絶対にできない」とヤンが認識している(認識できていないという方が変ですよね)のなら、「第二の長征一万光年をやる」と方針を決めて、その理由を麾下の人々に説明して説得すべきですね。「同盟軍最強のヤン提督」が「今の状況では、何をどうやろうと帝国軍には勝てない」とはっきり宣言しているのに「敗北主義だ!」なんて喚いたところで意味がないでしょう?それに、そのような「現実と無関係な精神主義」はヤンの最も嫌う要素の筈ですけど。


No. 6266
Re:神楽さんの論点の私なりの解釈
S.K 2005/02/17 03:45
> S.Kさん、レスありがとうございます。いつもこちらの返事が遅れてしまい、申し訳ないです。

Nさんお気になさらず、暇つぶしに珍獣クンがブザマ踊りで笑いを提供してくれておりましたので。


> しかし、それがヤンだ、とは私には思えないのです。
>
> 戦いで兵士が命を落すことについては、用兵家の宿命として、ある程度受け入れていたのではないでしょうか。共和主義者は、その主義にどの程度の価値を与えているのか、というラインハルトの試みは、彼にとっても一定の価値を持つものであったのではないかと思います。ヤンだけが、民主主義を望んでいたわけでもありませんし、彼の部下だけが、戦いで命を落す可能性があったわけでもない、と思います。

 そうですね、「神楽さんの論点」というあたりに立ち返って一言。

「ヤン・ウェンリーというキャラクターは『主義主張(打倒帝政・民主主義のための戦いは聖戦等)で卑俗な実害(軍国主義下での生活、回避できる戦いでの戦死)を容認しない』人間である。でなくては何故救国軍事会議と戦い、かつバーミリオン会戦で停戦を受諾したのか。『民主主義のため回廊の戦いを行う』というのは、勝てたはずのバーミリオンの戦いの戦死者たちに対する二重の侮辱行為(彼らの死で掴めた筈の勝利を『民主主義尊重』の為に放棄しあまつさえその民主主義の為にその時捨てた勝利をさらなる犠牲を払って掴みなおそうとしている。彼らの死の意味をヤンは何だと思っているのか?)に他ならず、それ以前のヤン・ウェンリーのキャラクター描写を著しく損ねるものである」

 以上ふまえた上で神楽さんの御主張を是となさるのであれば最早道理をもってこれ以上を語る必要を感じません。
 Nさんとしてすでに結論がでているのであればこの上いかな論理的整合性も今更確認し参照していただく意味はおそらくありません、貴方の納得にとっても私の手間隙の意義としても。


No. 342
「正規軍によるゲリラ戦」の超拡大発展バージョン
パンツァー 2005/02/17 08:34:13
私が前提条件としているのは、イゼルローン要塞のワープ移動化ですね。

銀英伝考察3 〜銀英伝の戦争概念を覆す「要塞」の脅威〜
3.「移動要塞」の大いなる可能性
<もしもヤンがこの「移動要塞」の技術を駆使して件の「共和革命戦略」を発動したならば、さしものラインハルトも顔面蒼白にならざるをえなかったでしょう。何しろこの戦法は、バーミリオン会戦の前哨戦で帝国軍が散々苦しめられた「正規軍によるゲリラ戦」の超拡大発展バージョンであり、しかも「無限の自給自足能力」を持つ補給基地自体が巨大な火力と装甲つきでヤンに付随しているわけですから、このヤンの軍団を帝国軍が純軍事的に捕捉・殲滅することはほぼ不可能です。>

冒険風ライダーさんの上の指摘にあるように、(2)「旧同盟領全域の共和制による支配」を目指せる以上、(4)「別の宇宙への逃避」をする必要性を感じないのですよ。

「オーベルシュタインの草刈り」というう人質作戦がありましたから、アキレス腱となる同盟のVIPには、イゼルローン要塞に移住頂いて、少しでもこの脅威を軽減する必要はあるでしょうが。

イゼルローン要塞のワープ移動化ができないとしたら、また話が変わってきますけどね。


No. 343
なんだ
不沈戦艦 2005/02/17 23:20:58
> イゼルローン要塞のワープ移動化

 前提条件が全然違うじゃないですか。私が言っているのは「イゼルローンの移動要塞化」とは関係なく「第二次長征一万光年を考えるべきだった」ということですから。ここでの私の主張の流れって、確かに移動要塞論議に端を発していますけど、それを絶対条件として「ヤンは長征一万光年の再現を考えるべきだった」と言っている訳じゃないですから。というか逆に、「長征再現論」には、「移動要塞論」は入れてません。本編の流れで「どうして再度の長征を行うという話が一切出ないのだろう?」という疑問からですからね。

「移動要塞論」アリの話なら、「ヤンの性格では帝国領内での非戦闘員を含む無差別攻撃なんてことは激しく嫌うだろうから、移動要塞で長征一万光年やるという方向に行くだろう」とは思いますがね。「帝国領内で無差別攻撃することの有効性」を否定するつもりはないですよ。但し、ヤン・ウェンリーというキャラの設定では、おそらくそれは無理でしょうねぇ。「民主主義の理想を達成する為だったら、自分とは無関係な人たちを何億人殺しても知ったことではない」という心理には、絶対になれないキャラですからね。


No. 345
ヤンの構想の非現実性と「第二次長征一万光年」の現実性
冒険風ライダー 2005/02/18 02:07:01
<ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。>

 いえ、同盟と袂を分かち、エル・ファシル独立政府に合流して以降のヤンは、己が考える「第一優先の」構想を以下のような形で明確に語っております↓

銀英伝7巻 P190上段
<「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認める。そのもとで一恒星系の内政自治権を確保し、民主共和政体を存続させ、将来の復活を準備する」
 その基本的な構想を説明したとき、エル・ファシル独立政府の首班ロムスキー医師は瞳をかがやかせたりはしなかった。
「皇帝の専制権力と妥協するのですか。民主主義の闘将たるヤン元帥のおことばとも思えませんな」
「多様な政治的価値観の共存こそが、民主主義の精髄ですよ。そうではありませんか?」>

銀英伝8巻 P36下段
<ヤンの構想は、およそ大それたものである。戦術レベルの勝利によってラインハルトを講和に引きずりこみ、内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせようというのだ。それはエル・ファシルでもよい、もっと辺境の未開の惑星でもよい。その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配するとき、ひ弱な民主政の芽を育てる小さな温室が必要なのだ。芽が成長し、試練にたえる力がたくわえられるまで。>

 つまり、あの勝算絶無の「回廊の戦い」などという自殺行為にふけりこんでまでヤンがラインハルトとの絶望的な戦いを渇望したのは、あくまでも「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」という意図に拠るもので、パンツァーさんの定義だと、ヤンは最初から(3)を目指していたことになるわけです。このヤンの構想が、どれほどまでに非現実的かつ穴だらけのシロモノであったかは別にして。
 そして私も、ヤンのこの(3)の構想を前提に、あの「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」を企画したわけで、実のところパンツァーさん定義の(2)レベルの戦略目的はこの構想の中でさえ全く考えてはいないんですよね。移動要塞は「戦略爆撃」や「ゲリラ戦」のような「攻撃」に関しては単体だけでも最強無比の力を発揮しますが、一拠点だけならばともかく、広大な宇宙の「防衛」については、すくなくとも単体では難しいところがあります(複数あればそれでも大丈夫でしょうけど)。不沈戦艦さんも仰るように、圧倒的な戦力を持つ帝国側が、こちらの拠点を複数箇所、それも戦力を分散して同時に攻撃を仕掛けてきた場合、単体だけで全ての攻撃箇所に対処するのは、いくら最大最強の移動要塞といえども物理的に不可能ですから。
 そのため、私が考える「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」を使った構想では、「ラインハルトの戦争狂的願望を叶えるための戦闘」などという愚劣なシロモノの代わりに「移動要塞の潜在的脅威」を講和に持ち込むための道具とした上で、あとはヤンが考える(3)的構想を実現するなり、「第二の長征一万光年」を遂行したりすることで民主主義の存続を図る、というのが「最終目標」となるわけです。
 したがって、パンツァーさんが考える「ヤンは(2)を目指して戦っていた」に関しては、作中事実から鑑みても前提そのものが間違っているように思われます。


<宇宙は広いので、どこかには新天地があるんでしょうけど、かならず、新天地を発見できると言うものでもないでしょう。そういうアヤフヤな目的のために、果たして、どれほどの賛同が得られるのか。もちろん、イゼルローン要塞をワープ移動化したら、補給源には困らないので、アーレ・ハイネセンの逃避行とは比べ物にならないほど、安全にはなるんでしょうけど。加えて、(4)を選ぶと言うのは、同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避するっていうイメージもありますね。>
<だから、ヤン自身の考えの曖昧さもさることながら、(4)を目的として、同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか、つまりはヤンもしくは他の指導者にしたがって、別の宇宙を目指すと言う冒険に出かける人々が果たして十分な数いたのか、という点が大きな疑問として残るのです。>

 上記でも引用しているように、ヤンは最初から(3)を「第一の目的」に掲げているわけですが、上記のような観点から考えるのであれば、そもそも作中で掲げられているようなヤンの構想でさえ、「同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか」はなはだ疑問と言わざるをえなくなるのではないでしょうか?
 何しろ、ヤンの構想は「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」というものですからね。当然「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」以外の惑星およびそこに住む住民達は、全て「【帝国の支配地】として認めた上で見捨てる」ということにならざるをえないわけです。
 これがいかに「不当な」ものであるかを説明すると、たとえば自由惑星同盟の総人口が130億人であるのに対して、独立を宣言した惑星エル・ファシルの総人口はわずか300万人でしかありません。仮にエル・ファシルが「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」として認められたとすると、旧同盟領の残り129億9700万人は「帝国の支配地」として見捨てられることになるわけです。旧同盟領の中ではトップクラスの人口を誇るであろう惑星ハイネセンを対象に考えても、その数はせいぜい10億人、残り120億人はやはり「帝国の支配地」として見捨てられることになります。このような構想では、どこを「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」として認めてもらうにせよ、旧同盟領と一惑星の人口比率から見ても「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という感が否めません。
 しかも、その「内政自治権を有する民主共和政の一惑星」にしたところで、何度も言われているように「皇帝の温情」にすがることでかろうじて成立するような情けない惨状を呈することになるのですから、ヤンが考える(3)の構想は「同盟の一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という点では(4)と比べても五十歩百歩程度の違いしかなく、将来的な危険度に至っては(4)よりもはるかに深刻という愚劣極まりないシロモノでしかないわけです。
 以上のようなことを鑑みれば、「同盟民衆の支持が果たしてどの程度選られるのか」という点においては(3)も(4)も大きな違いはないのではないかと私は考えるのですが、いかがでしょうか。


No. 347
移動要塞ゲリラ戦略に対する報復案
不沈戦艦 2005/02/19 02:54:47
> 150億

 勘違いしてましたね。同盟は130億でしたから。


> そのため、私が考える「『正規軍によるゲリラ戦』の超拡大発展バージョン」

 ちょっとこちらには、問題があるような気がしてきました。というのは、「移動要塞によるゲリラ戦を帝国領で実施した場合、帝国軍による移動要塞の捕捉撃滅は極めて困難」というのは全くその通りなんですが、「同等の報復」をされた場合、一体どうしたもんだろうかということです。つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?例えばですがオーディンの住民が移動要塞の攻撃で皆殺しになったら、ハイネセンの住民が帝国軍の熱核攻撃による皆殺しで報復されるということです。「ラインハルトの性格ならそれはない」は、この場合はなしでしょう。そもそもの「帝国領内での有人惑星への攻撃、非戦闘員の大量虐殺」は「ヤンの性格ならそれはない」というシロモノでしかないですから。というか、かくの如き事態が発生した場合、真っ先にオーベルシュタインが「同盟領の有人惑星の住民を殺戮する」という報復案を呈示するのではないでしょうか。それどころか更にエスカレートして、「同盟領の全有人惑星に艦隊戦力を貼り付けて、命令次第熱核攻撃により同盟市民130億全員を抹殺できるようにしておき、それによってヤンを脅迫、屈服させよ」と提案するんじゃないかと。

 この「チキン・ラン」が実行された場合、言うまでもなく帝国軍の方が有利でしょうね。移動要塞一つと駐留艦隊一個しか戦力がないヤン不正規部隊に対し、帝国軍は10倍以上の艦船を保有している訳ですから。「正規軍によるゲリラ戦の超拡大バージョン」とは言っても所詮は「ゲリラ戦」ですから、戦力的には乏しい訳です。なりふり構わない報復作戦に出られた場合、移動要塞という強力な戦力があっても「(3)」ですら難しくなりそうですね。移動要塞があったとしても「(4)」を選択して、さっさと逃げ出した方が良さそうです。全てを捨てて逃げ出した相手に対しては、「残った同盟市民を抹殺する」なんて脅迫は無意味ですし。


No. 348
続き「第二次長征一万光年」について
パンツァー 2005/02/13 18:52
今回は、何が何でも「第二次長征一万光年」を否定しようと言うような趣旨ではないので、お手やわらに、願いたいと思いますね(笑)。

<A>(1)から(4)の段階変化について

さて、前々回に述べた(1)から(4)の分類は、対立する複数(二つ)の政治的勢力が存在する場合に、どのような段階を踏むことになるか、ということを示したものです。

どちらの勢力にしても、大目標としては全部(1)を望み、それが叶わなければ半分(2)、それも無理なら一部(3)、それさえも無理なら新天地(4)、という順番で目標を設定しそれを志向するものではないでしょうか。また、実際の段階としても、例えば群雄割拠の戦国自体が統一される段取りを考えてみても、まず一部(3)の達成があり、次いで半分(2)、その後に全部(1)の支配が達成されるものでしょう。

アーレハイネセン率いる流刑者たちは、逃避(4)の段階から始めたわけですが、その後継者たちは、勢力を拡張するに伴って、人類の支配地域の全体から見れば、(3)の段階を経て(2)の段階に到達したわけです。が、(1)を狙う過程で、失敗してしまったわけです。

基本的には、
(1)⇔(2)⇔(3)⇔(4)
の四段階において、
状況を許す限り、左を志向し、現状が維持できなければ一段階右へ落ちる、という変化が繰り返されるものではないでしょうか。

ヤン自身の考え方を追跡してみます。

同盟が(2)の段階にあるとき(イゼルローン要塞の攻略以前:1巻:黎明篇)は、シェーンコップとの会話にも描かれているように、イゼルローン要塞の攻略成功が、(2)の維持において大きく寄与するであろう、とヤンは考えています。つまり、(2)の段階で、戦力で圧倒しているわけでもないのに(1)を望むのは危険であって望ましくないが、(2)を維持することには意義がある、と考えているわけです。

同盟が(2)の段階からすべり落ちようとするとき(帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時:4巻策謀篇等)は、イゼルローン要塞の放棄からバーミリオン会戦にいたるまでの間は、(2)の段階を維持すべく、ラインハルトの殺害を意図する戦闘を行うわけです。
同盟の全土が一旦帝国に支配されてしまって、(2)はおろか(3)の段階からも滑り落ちてしまったとき(自由惑星同盟の講和受諾:5巻風雲篇:急転)以降は、当面の目標としては、現実的には、(3)にならざるを得ないでしょう。ここで、エル・ファシルの独立の時点で、一応は(3)の状態が現出した、と考えます。
冒険風ライダーさんがわざわざ引用してくださった、「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」の記載は、一応(3)を志向するものです。(2)からすべり落ちて(3)の段階からも滑り落ちようとする段階の勢力にとっては、(3)の維持を図ろうとするのは、当然の現実的戦略であると思われます。
もちろん、ヤンの意図する(3)、つまり「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」のような「バーラト自治区」なるものは、形式的には(3)の達成であっても、実質的には(3)が達成されているとは言い得ない点で、確かに愚かであろうかと思います。この点に関しては、過去の議論等に関して異論はありません。

つまり、ヤンの考え方自体も、(2)の段階や(2)からすべり落ちようとする状況では(2)の維持を目指し、(3)の段階や(3)からすべり落ちようとする状況では(3)の維持を目指す、というものです。


> <ヤンの生存中は、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」は、ヤンの軍事的才能を利用して、(2)を実現することを目的としていたに違いありません。それが望み得ないとしたら、エル・ファシルとイゼルローン要塞とを墨守すると言う(3)の実現を、第二の望みとするものでしょう。>
>
>  いえ、同盟と袂を分かち、エル・ファシル独立政府に合流して以降のヤンは、己が考える「第一優先の」構想を以下のような形で明確に語っております↓
> <「銀英伝7巻 P190上段」、「銀英伝8巻 P36下段」の引用>

まあ、一応、私が考えの対象としておりましたのは、「エル・ファシル独立政府およびその惑星住民、そしてヤン麾下で戦うことを選択した人達」であって、ヤン自身ではないので、上の説明に矛盾はないかと思います。
また、上で説明しましたように、ヤン自身の考え方も、状況に応じて、(1)⇔(2)⇔(3)⇔(4)の四段階を、その段階を墨守するか、どちらかに一段階ずつスライドさせる(決して2段階飛び越したりせずに)、というものでしょう。

<B>私(パンツァー)の考えの根幹

「長征一万光年」っていうのは、銀英伝世界においても一種の異常事態であって、通常の選択肢として取りうるものではないように思うところです。
これは、国共内戦に敗れた国民党が台湾に逃れるとか、イギリスの清教徒がアメリカに新天地を求めるとかいうのとは、訳が違います。毛沢東の長征にしたところで、未知の土地を逃亡するわけではなく、農民勢力の存在する土地を辿って、共産党が逃亡するに過ぎません。
銀英伝の「長征一万光年」っていうのは、ベトナム戦争後のボートピープル(ベトナム難民)や、もっとさかのぼれば、大陸から船で日本列島に逃れてきた人々、みたいな感じに見えます。座していれば明らかな死が待つばかりだから、生きられるかどうかまったく不明な博打を打つだけの話のように思えるのです。

第二次長征一万光年を目指す艦隊が、帝国領と同盟領とを分かつ防壁(恒星群の宙域)のような領域に至ってしまえば、やはり、アーレ・ハイネセンらの流刑者が辿ったのと同じような損害を受けることになるでしょう。

そう簡単に、取りうる選択肢であるようには、思えないですね。

軍事的にまったく叶わない状況に陥っても、思想弾圧がきびしくて、共和主義者もしくはそう思われる者が、すべて流刑地にでも送られるような状況にならないと、やろうと言う気にならないとしても、不思議はないような気がします。

<B>イゼルローン要塞の移動化が実現する場合(銀英伝考察3を前提)

<つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?>

不沈戦艦さんによる上の指摘がありますが、イゼルローン要塞の移動化の意義は、冒険風ライダーさんが指摘されている通り、要塞主砲の移動化よりもむしろ、補給源の移動化にある、と考えます。
要するに、同盟の降伏後も、64箇所の補給基地に相当する(それ以上の)補給効果を、ヤン艦隊が得られることを意味します。
そうすると、状況的には、上で私が述べた、
「同盟が(2)の段階からすべり落ちようとするとき(帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時:4巻策謀篇等)」の状況に近いものとなるのです。そうすれば、「ヤンが(2)の段階を維持すべく、ラインハルトの殺害を意図する戦闘を行う」行動に出たとしても、不思議は無いはずです。この場合ももちろん、具体的には、帝国艦隊の各個撃破を目指すものであり、帝国が無視を決め込めない状況に追い込んでいくことになります。ラインハルトが自らに不利な状況で決戦に応じればよいし、決戦に応じてこないのであれば、帝国の威信を低下させることができるでしょう。

帝国としては、ヤンの一個艦隊に、少なくとも二個、望ましくは三個艦隊以上で立ち向かう必要があるでしょう。そうすると、二から三個艦隊が一組となるユニットを組まないと、艦隊を運用できないことになります。帝国が保有する艦隊数は、リップシュタット戦役後、15艦隊程度ではなかったでしょうか。帝国が攻勢作戦を取らない場合、このユニットごとに一星系を守備させるとしたら、イゼルローン回廊の蓋にも一ユニット必要なのでそれを除くと、4から6星系程度しか、守備できないことになるのではないでしょうか。
そうすると、帝国軍の実質的に支配する実質支配宙域(二から三個帝国艦隊の直接守備領域)と、帝国軍の支配力が部分的にしか及ばない緩衝宙域、その緩衝宙域の彼方にある同盟根拠地宙域、なる三宙域に、旧同盟領が分断されるものと思います。
もちろん、帝国は、10個艦隊程度を集中するなどして、同盟根拠地宙域に対する攻勢作戦を行うでしょうが、そのようなことをすると、後方の連絡線、補給線を急襲されて、作戦そのものを頓挫させられてしまうこともあるでしょう。また、実質支配宙域の支配が覆されてしまうかも知れません。
もともと旧同盟領は、帝国に対する忠誠の高い地域ではないのですから、同盟に寝返りやすく、一旦寝返ったなら帝国側は再び実質的な軍事的圧力(艦隊の派遣)等を加えないかぎり、再び占領下に置くことは困難でしょう。

こういう苦しい状況でゲリラ戦を戦い抜くことで、帝国軍が疲弊して、イゼルローン・フェザーン回廊の周辺部にまで撤退する日の到来を、待ち望むわけです。
ゲリラ戦で国土を守り抜く、というのは、現代社会の例であれば、ベトナム戦争だとか、アフガン戦争など、との対比ができるかもしれません。

<そもそもの「帝国領内での有人惑星への攻撃、非戦闘員の大量虐殺」は「ヤンの性格ならそれはない」というシロモノでしかないですから。>
<この「チキン・ラン」が実行された場合、言うまでもなく帝国軍の方が有利でしょうね。>

ヤンの性格うんぬんの話もあるでしょうが、帝国軍の方が結果として有利と分かっていれば、ヤンもこの種の虐殺戦術を採用しないでしょうね。
また、帝国の方が一方的にこの種の虐殺戦術を採用した場合は、帝国自体の内部分裂を誘うことができるかもしれません。そこまで一枚岩ではないでしょう、帝国は。

<C>イゼルローン要塞の移動化を無視する場合(銀英伝考察3を前提としない)

こういう話であれば、別に、ヤンと関わり無く、帝国による「神々の黄昏」作戦の発動時(フェザーン陥落)以降に、同盟の方で船団を編成して、新天地を目指して出発させても良いわけですね。
ヤンはヤンで、その軍事的才能を活かして、同盟領からの帝国軍の撃退を目指してもらう、ということにして。


No. 349
「ヤンの戦略方針」にも合致する「移動要塞ゲリラ戦略」の脅威
冒険風ライダー 2005/02/20 01:41:53
<ちょっとこちらには、問題があるような気がしてきました。というのは、「移動要塞によるゲリラ戦を帝国領で実施した場合、帝国軍による移動要塞の捕捉撃滅は極めて困難」というのは全くその通りなんですが、「同等の報復」をされた場合、一体どうしたもんだろうかということです。つまり、移動要塞がどこかの惑星を襲撃して帝国に大被害を与えた場合、帝国軍が同盟領の惑星に対して「ヴェスターラント式」の報復攻撃を行った場合、どうすりゃいいんですかね?>

 これに関しては、私が以前にタナウツで議論した際の投稿が回答となるでしょう↓

銀英伝考察3 過去ログE 投稿No. 1840
<この辺りに関してはそれこそ「徹底的に無視する」というのが一番懸命な判断ですね。極端なことを言えば、移動要塞内で民主主義を実現させてしまえば、ヤンが理想としているであろう民主主義の理念は維持できるわけですから、外の世界がどうなろうと知ったことではないのですし。
 外の世界にとっては非常に迷惑な話でしかないでしょうが、そうでもしなければヤンは勝てませんし、ましてや民主主義を死守することなどできないのです。はっきり言って、勝利のためには少々の犠牲(!?)はやむをえない、と開き直るしかないのですよ。
 まああの面々がそんなことに耐えられる強靭な神経を持っているとは確かに思えないのですけどね。自分でもシミュレートしてみてあまりにも非現実的な想定だとは思いましたよ。しかしこんな想定でも「イゼルローン回廊内に閉じこもって回避不能の敗北を喫する」よりははるかにマシだとは思いますけど。>

銀英伝考察3 過去ログO 投稿No. 3683
<すっかり忘れ去られているようですが、同盟崩壊後は旧同盟領といえども法的にも道義的にも立派な「帝国領」であり、旧同盟市民にもまた「帝国民」としての権利と義務が認められます。そして帝国政府には、旧同盟領と旧同盟市民を統治する権利と共に、領土と国民を守る義務もまた新たに課せられるのです。そんなところでわざわざ「自国民」を人質策の同等報復として虐殺するなどという選択は、今後の旧同盟領統治や旧同盟市民の人心掌握の観点から見て明らかに自殺行為でしょう。追い詰められた旧同盟市民側が各地で叛乱と武力闘争を頻発させることによって、今後の統治に重大な支障をきたすことにもなりかねません。帝国が旧同盟領を統治するのではなく、何もかも全て破壊するつもりなのであれば話は別でしょうが。
 それに、実は移動要塞側にとっては、帝国領はもとより旧同盟領でさえも、最悪の場合は切り捨てても一向にかまわない対象でしかありえないのですよ。「民主主義を擁護する」という観点から言えば、極端なところ移動要塞内に居住する人間を除く全ての人類を滅ぼし、誰もいなくなった荒野に改めて民主主義を再建しても、それで充分に目的は達成されるのですから。旧同盟領に対してはひたすら帝国に対する憎悪を煽る宣伝を行い続け、帝国と旧同盟市民を対立させ続ければ、帝国側もそうそう簡単に同等報復に出ることはできないでしょうし、やれば自殺行為となります。仮に帝国側が移動要塞を滅ぼしたところで、前述のように旧同盟領の今後の統治に重大な支障が生じるのは確実ですからね。
 また、仮に万が一そのような事情を黙殺してまで帝国側が「自国民」に対して同等報復を仕掛けてくるというのであれば、予め「旧同盟領の惑星に対して同等報復が行われたことが認められた場合、交渉を行う意志はないものと見なし、我々はすぐさま惑星攻撃を遂行するものとする」といった類の条件を、脅迫する際に一緒に提示しておけば済むことです。そうすれば、移動要塞側が惑星攻撃を行うことになる責任の全てを帝国側に押しつけることも可能となりますし、場合によっては帝国政府内や帝国の国民などから和平を求める声が出てくる可能性すらも出てきます。
 最終的には移動要塞のみを国家として機能させていけば良いだけの「身軽な」移動要塞側と、旧同盟領をも含めた広大な領域を全て「統治」していかなければならない帝国との差がここで出てくるわけです。この差は、彼我の戦力差や戦略的格差などを全て覆すだけの巨大かつ圧倒的な政治的格差たりえるのではないでしょうか。>

 さらに付け加えれば、そもそも他ならぬヤン自身がわざわざ「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」などという「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」戦略方針を策定しているのであり、しかもその戦略の中では、将来的には「その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配する」ことが前提どころか当然視されてすらいるわけです。そうであれば、その「他ならぬ自分自身が見捨てた」はずの人間がどうなろうが知ったことではない、と考えることこそが「ヤンの戦略方針の一貫性」から見ても至極当然のことであるはずでしょう。
 しかも政治的に見ると、その手の帝国による報復戦略が発動された場合、「宇宙的規模の大量虐殺」の発生によって、結果的にはヤンが欲するであろう「その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配する」状況が出現することにも繋がるわけで、むしろヤンにとっては「己の戦略方針および政治予測にも合致する」願ったり叶ったりな話でさえあるはずでしょう。もちろん、帝国側は「ヤン側の戦略爆撃に対する報復措置であり、全ての責任はヤン側にある」と主張はするでしょうが、この場合、事実や真相はさほど問題ではなく、「帝国が俺達を虐殺しようとしている」という認識と解釈こそが最も重要となるのですし、すくなくとも同盟側に直接手を下すのは事実からしても「帝国」となるわけですから、「虐殺」される旧同盟領の人間の大半が憎悪の目を向けるのは、征服者に対する反発も手伝って、ほぼ確実に帝国とならざるをえないでしょうね。
 かくのごとく自分が望む方向に事態が進展していくのに、そして何よりもヤンは自分から率先して「同盟の(それも大部分の)一般市民を見捨てて、自分たちだけ逃避する」という戦略方針を打ち立てているというのに、何故そこで躊躇しなければならないのでしょうか? もしヤンがその性格故に、他ならぬ自分が見捨てた旧同盟市民に振り下ろされる「圧制と虐殺」に耐えることができずに帝国に屈するというのであれば、それはヤンを信じ、ヤンに付き従ってきた人達、そして何よりもヤン自身とヤンが考案した戦略方針そのものに対する重大な裏切り行為であり、「民主主義を擁護する」以前の問題です。
 本当にヤンが「民主主義の芽を後世に残す」と考えるのであれば、(ヤンの性格とは全く合致しないものであっても)これくらいのことは当然考慮し、また覚悟しておくべきなのですよ。そもそも「オーベルシュタインの草刈り」や、バーミリオン会戦時における「ミッターマイヤー・ロイエンタールによるハイネセン無差別爆撃降伏勧告」の事例を見れば分かるように、その手の「脅迫」の類は別に「移動要塞ゲリラ戦略」の有無に関わりなく出てくる可能性が高いものなのですし。そういうことに耐えられないというのであれば、最初から「民主主義を擁護する」などという「(ヤン自身の言によれば)願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない」信念など投げ捨て、とっととラインハルトに降伏なり帰順なりするべきだったのです。それこそが、あの時点では「ヤンの【性格】にも【人命尊重という信念】にも完全に合致する【最も賢明かつ戦争・流血が回避できる方策】」であったことは間違いなかったのですから。
 ヤンは自分が立てた戦略方針がどういうことを意味していたのか、自分で全く分かっていなかったとしか思えないのですがね、私は。


No. 6276
正統性は血を欲す
新Q太郎 2005/02/27 20:39
私はちょっと間をおいてまとめ読みをしているので、古い話題で恐縮。久々に老兵登場です。


「Re:神楽さんの・・・」シリーズに関し、片方の側の主張を勝手にまとめるとこうだよね?


「トリューニヒトは(自分のエゴながら)『帝国に臣従しつつ、内部から立憲体制を漸進的に薦める』という作戦を、相当順調に進めていた。」

「それが可能なら、(脱出以降の)ヤンの徹底抗戦路線は、死者が多数出るという一点だけでも愚策、下策である」


ということですが、これは非常に合理的な議論だ、
ただ、ここで小生、今は亡き高阪正尭氏の言葉を思い出したのですね。

かつて高阪氏は田原総一朗氏の「サンデープロジェクト」でコメンテーターをやっていたのですが、この番組に「現役自衛官が生出演!!」という回がありました。

さて賛否両論ある、田原氏の突っ込みですが、この日は自衛官らに「結局、あなたは日本の『何』を守りたいの?」と尋ねた。

出演自衛官は、この番組に出るぐらいだから相当優秀な人たちなのだろうが、このある種素朴かつ乱暴な「田原流」の質問にやや動揺、自由な体制、とか国土、とか、やや暴走?して「皇室」という人まで(笑)。

そのとき、故高阪氏は「きみたち、『主権』を守るんだと言えばいいやん。なんでそう言わないの?」と穏やかに、しかしキッパリと助け舟を出したのでした。

しかし、じゃあ「主権」って何なの?と。

(続く・・・かなあ。みな慧眼だし、これで言いたいこと判るだろうし)


No. 6277
我が命、フィクションの為に
新Q太郎 2005/02/27 21:16
呉智英氏の処女作「封建主義者かく語りき」でも触れられているんだけど、「基本的人権」とか「平和主義」以上に、「国民主権」ちゅーのは判りにくい。要は「持ち主」が誰かということを決めるものだけど、呉智英氏は「貸し家と持ち家」に例えた。
住み心地のいい借家もあれば、すみにくい持ち家もあるように、主権というのは一種気の持ちようでしかない面もある。

しかし、その「主権」のために、命を賭けて闘う場合もある。
一応、ヤン一派はかろうじて同盟が存続していたころに不正規隊を結成し、その後は帝国と戦ったのだから「皇帝陛下の臣民」であった時代はないんだよね。(和平後はどうかな?)

つまり、いかに血を流そうが戦火に人々を叩き込もうが、結局彼らは「主権」というか「自分は皇帝陛下の臣民ではない、一共和国国民である」という。目に見えない、そして実益も実害も無いことのために命を賭けたのではないか? とアタシは考えているんですね。

そして、それは必ずしも無駄ではない。「実害」に関係なく、「我らの国土は独立国である」「我らは自由な●●国の市民、国民である」「XX国の国民にはあらず」という部分で妥協することが大いなる災いをもたらすというのは、例えば台湾の現状を想起してもらえばわかるのではないか。

高阪氏が、自衛官が自他の命を犠牲にしても守るべきものは「主権」だといった意味も、ここにあると思う。


ただ、こう異論を述べる人もいるかもしれない。
「ヤンはバーラト和約で年金生活中、プランの中で『独立は気にしない、結果的に民主体制が残ればいい』と言って『国の独立』を主張する人を否定してなかった?」

うん、実は、ヤンは結局その後の行動によって、あのプランが新婚生活でホヤヤけて書きなぐった(笑)空論プランであったことを認めた、とアタシは考えているのです。

結局、命をかけて、部下に犠牲を強いても、彼は「対等の存在として」帝国に対峙しなければならなかった。干戈を交えるとき、勢力が1対1000でも、ボロ負けしたとしても彼らは”対等”であり”独立”している。そんなフィクションを、彼らは部下の命と引き換える価値があると実は見做している。

そして、それは間違いではない。ヤンが軽蔑していた「国の永遠」をうたい上げる”愛国者”と、フィクションに依拠する点では同類項であるけれども。

これはヤンを貶めるのではなく、この作品で悪役を熱演した”いわゆる愛国者”が、実際のところはもう少し存在価値のあるものだということです。


No. 6286
Re6277:ヤンの本音とは
冒険風ライダー 2005/03/01 03:17
<つまり、いかに血を流そうが戦火に人々を叩き込もうが、結局彼らは「主権」というか「自分は皇帝陛下の臣民ではない、一共和国国民である」という。目に見えない、そして実益も実害も無いことのために命を賭けたのではないか? とアタシは考えているんですね。>
<ただ、こう異論を述べる人もいるかもしれない。
「ヤンはバーラト和約で年金生活中、プランの中で『独立は気にしない、結果的に民主体制が残ればいい』と言って『国の独立』を主張する人を否定してなかった?」
うん、実は、ヤンは結局その後の行動によって、あのプランが新婚生活でホヤヤけて書きなぐった(笑)空論プランであったことを認めた、とアタシは考えているのです。>

 新Q太郎さんはおそらく全て承知の上で、意図的かつ確信犯的に自説をヤンの行動に当てはめて述べていらっしゃるのだと思いますけど、残念ながら、その推論が銀英伝に適用されることは、作中事実から鑑みて絶望的なまでにありえない話でしょうね。
 何しろヤンは、銀英伝8巻のあの愚かしい「回廊の戦い」時においてさえ、以下のような理由で自らの戦争行為の正当化を行っていたわけですから↓

銀英伝8巻 P33下段〜P35上段
<近づく決戦を前に、ヤンは自分の立場を再確認していた。自分はなぜ戦うのか。どうして皇帝ラインハルトから、自治領の成立という約束をもぎとらねばならないのか。
 それは、民主主義の基本理念と、制度と、それを運用する方法とに関して、知識を後世に伝えなくてはならないからだ。たとえどれほどささやかであっても、そのための拠点が必要なのだ。
 専制政治が一時の勝利を占めたとしても、時が経過し世代が交代すれば、まず支配者層の自律性がくずれる。誰からも批判されず、誰からも処罰されず、自省の知的根拠を与えられない者は、自我を加速させ、暴走させるようになる。専制支配者を処罰する者はいない――誰からも処罰されることのない人物こそが、専制支配者なのだから。そして、ルドルフ大帝のような、ジギスムント痴愚帝のような、アウグスト流血帝のような人物が、絶対権力というローラーで人民をひきつぶし、歴史の舗道を赤黒く染色する。
 そのような社会に疑問をいだく人間が、いずれ出現する。そのとき、専制政治と異なる社会体制のモデルが現存していれば、彼らの苦悩や試行錯誤の期間をみじかくしてやれるのではないか。
 それはささやかな希望の種子でしかない。かつて自由惑星同盟が呼号したような「専制主義に死を、民主主義よ、永遠なれ」というような壮大な叫びではない。ヤンは政治体制の永遠を信じてはいなかった。
 人間の心に二面性が存在する以上、民主政治と専制・独裁政治も時空軸上に並立する。どれほど民主主義が隆盛を誇っているかのような時代でも、専制政治を望む人々はいた。他者を支配する欲望によるだけではなく、他者から支配され服従することを望む人がいたのだ。そのほうが楽なのだ。してもよいことと、やってはいけないことを教えてもらい、指導と命令に服従していれば、手のとどく範囲で安定と幸福を与えてもらえる。それで満足する生きかたもあるだろう。だが、柵の内部だけで自由と生存を認められた家畜は、いつの日か、殺されて飼育者の食卓に上らされるのである。
 専制政治による権力悪が、民主政治におけるそれより兇暴である理由は、それを批判する権利と矯正する資格とが、法と制度によって確立されていないからである。ヤン・ウェンリーは国家元首であるヨブ・トリューニヒトとその一党をしばしば辛辣に批判したが、それを理由として法的に処罰されたことはない。いやがらせを受けたことは一再ではないが、そのたびに何か別の理由を見つける必要が、権力者にはあった。それはひとえに、民主共和政治の建前――言論の自由のおかげである。制度上の建前というものは尊重されるべきであろう。それは権力者の暴走を阻止する最大の武器であり、弱者の甲冑であるのだから。その建前の存在を後世に伝えるために、ヤンはあえて個人的な敬愛の念をすてて専制主義と戦わねばならないのだ。>

 これのどこに、新Q太郎さんの仰る「目に見えない、そして実益も実害も無いことのために命を賭けた」という要素が存在するのでしょうか? 「回廊の戦い」でヤンが自らに課した使命とは、上で述べられているように「民主主義の基本理念と、制度と、それを運用する方法とに関して、知識を後世に伝えなくてはならない」というものであり、そのためにヤンは「全宇宙に皇帝ラインハルトとローエングラム王朝の宗主権を認め」た上で「内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせよう」という戦略構想(と呼べるかどうかも怪しいシロモノ)を作り上げたわけです。
 そして、もしヤンが本当に「【主権】を守るために戦う」などと本気で考えていたのであれば、こんな述懐を「回廊の戦い」時に紡ぎ出すものですかね↓

銀英伝8巻 P36下段〜P37上段
<ヤンの構想は、およそ大それたものである。戦術レベルの勝利によってラインハルトを講和に引きずりこみ、内政自治権を有する民主共和政の一惑星の存在を認めさせようというのだ。それはエル・ファシルでもよい、もっと辺境の未開の惑星でもよい。その惑星を除いた全宇宙を専制の冬が支配するとき、ひ弱な民主政の芽を育てる小さな温室が必要なのだ。芽が成長し、試練にたえる力がたくわえられるまで。
 それにはラインハルトに勝たなければならないとヤンは思うのだが、あるいは負けたほうがむしろよいのだろうか。ヤンが敗北した後には、ラインハルトはヤンにしたがった将兵たちを厚く遇するだろう。最高の礼をもって彼らを送りだし、彼ら個々人の将来に関するかぎり放任してくれるだろう。
 あるいは、ほんとうにそのほうがよいのかもしれない。ヤンにできることには限界があり、ヤンの存在がないほうが、彼の部下たちにとって未来は豊かさをますのではないか。>

 自分が敗北し、歴史上から姿を消すことでラインハルトに部下達の命運を委ね、その庇護の下で「未来の豊かさ」を保障する――こんな考え方は、新Q太郎さんが主張する、

<結局、命をかけて、部下に犠牲を強いても、彼は「対等の存在として」帝国に対峙しなければならなかった。干戈を交えるとき、勢力が1対1000でも、ボロ負けしたとしても彼らは"対等"であり"独立"している。そんなフィクションを、彼らは部下の命と引き換える価値があると実は見做している。>

 という概念とは当然全く相容れないものです。ヤンが「回廊の戦い」に関して「部下の命と引き換える価値があると実は見做している」などという推論は、これらの「ヤンが作中で開陳している思想信条」から見ても到底考えられるものではないでしょう。
 また、新Q太郎さん自身も認めていらっしゃるようですけど、この「【彼らは"対等"であり"独立"している】というフィクション」などという発想は、ヤンが全否定的な評価を下している「愛国主義者」が抱くものと全く同一線上に存在するものですし、そもそもヤンはそういう考え方を「(願望の強力なものにすぎず、なんら客観的な根拠を持つものではない)信念」として徹底的に毛嫌いするような性格および思想信条を有しているはずなのですがね。そのヤンが突然、何の説明もなしに「転向」したというのであれば、言っては悪いですけどそれは「創竜伝における竜堂兄弟のバカさ加減およびダブルスタンダード」と同レベル以下のシロモノでしかありえないでしょう。
 それに「目に見えない、そして実益も実害も無いことのために命を賭け」ることの意義は認めるにせよ、それもある程度は「勝算」というものが成り立って初めて生きてくるものでしょう。何度も言われているように「回廊の戦い」でヤンがラインハルトに対して「自力で」戦略目標を達成できる可能性は、彼我の絶望的戦力・戦略的格差から言っても、ヤンの誇大妄想的な見通しの甘さから考えてもゼロとしか評価のしようがありません。はっきり言いますが、あの状況でヤン側が「目に見えない、そして実益も実害も無いことのために命を賭け」て「回廊の戦い」に身を投じるなど「自殺行為」かつ「無駄死に」以外の何物でもないのです。


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