薬師寺シリーズ考察7

薬師寺シリーズ7巻 霧の訪問者

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board4 - No.8206-8207

薬師寺シリーズ考察7

投稿者:冒険風ライダー(管理人)
2009年07月01日(水) 08時31分

 薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」は、「キリスト教狂信者のアメリカ人富豪家」がラスボスとして設定されていることもあってか、これまでで一番アメリカ批判が頻出しまくる巻となっています。
 薬師寺シリーズ考察4でも言及しましたが、田中芳樹は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、極端かつ過激な反米主義満載の社会評論を吹聴するようになり、イギリス病のすすめ文庫版あとがき、薬師寺シリーズ4巻、創竜伝13巻、田中小説版キング・コングと、新作が刊行される毎に貴重なページを大量に割いてアメリカ批判を展開しています。そして、今回論評する薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」もまた、田中芳樹が騒音交じりに熱唱しまくる反米交響曲シリーズの系譜に組み込まれることになったわけです。
 田中芳樹の反米思想自体は昔から連綿と続いているもので、創竜伝のストーリー設定にある「四人姉妹」関連の記述や、創竜伝7巻におけるアメリカの湾岸戦争批判などでも垣間見ることができるのですが、それらはあくまでも反日日本批判のサブ的な位置付けだったのに対して、アメリカ同時多発テロ事件以降の反米思想は、下手すれば従来の反日日本批判をも押しのける質量と勢いで展開されています。アメリカ同時多発テロ事件の一体何が田中芳樹の脳髄に麻薬的な刺激と快楽を与えたのか、そしてあの反米交響曲シリーズのどこに田中芳樹個人のストレス解消に繋がる要素があるのか、余人には全く想像のしようがないのですが。
 まあ内容が反米だろうが反日だろうが中国礼賛だろうが、本編のストーリーとは何ら関係がない上、事実誤認と偏向歪曲のオンパレードな社会評論が小説中に大量挿入されることによって、作品の品質が著しく劣化しているという事実と結末は全く変わることがないのですけどね。田中芳樹は一体いつまで同じ愚行を何度も何度も延々と繰り返せば気が済むというのでしょうか(>_<)。
 それでは、薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」の論評を進めていくことに致しましょう。

薬師寺涼子の怪奇事件簿7巻「霧の訪問者」
2006年8月24日 初版発行

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P8上段〜下段
<やたらと大きな文字が視界をかすめた。「東京で二回目のオリンピックを!」という政府と東京都の広報広告だ。
 それにしても、お役所の考えていることは、よくわからない。「東京はまもなく大地震にみまわれる。都民は災害にそなえろ」と騒ぎたてながら、一方でオリンピックを誘致しようというのだから。いつ大地震が来るかわからない危険な都市で、オリンピックを開く気なのだろうか。
 とまあ、ケチをつけたくなるには理由がある。つい先週、大地震対策と称して、警視庁あげての訓練がおこなわれ、私は練馬区の官舎から警視庁まで徒歩で通勤させられたのだ。大地震であらゆる交通機関がストップし、自動車も使えなくなった事態を想定してのことだが、地下鉄を使えば直行で二〇分のところ、三時間かかった。たしかにいい運動にはなったが、警視庁の全員がクタクタになったところで大地震が発生していたら、どうなっていたことやら。>

 相変わらず「(薬師寺シリーズ世界における)現在の東京都知事」こと石原慎太郎氏を(泉田準一郎も田中芳樹も)徹底的に毛嫌いしていることがよく分かる記述ですね。「東京で二回目のオリンピックを!」と主張しているのも、警視庁どころか自衛隊まで交えた大地震対策ことビッグレスキューを実施しているのも、2009年7月時点までの東京都知事では石原慎太郎氏しかいないのですし。
 それにしても、「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」でオリンピックなど開くべきではない、という主張を大真面目に繰り出してくるとは、泉田準一郎および田中芳樹の発想はいつものことながらギャグセンスに富んでいて笑いを誘いますね。そんなことを言い出したら、そもそも「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」で何らかの社会生活や経済活動を営んでいること自体が問題とならざるをえませんし、それ以前の問題として、「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」は東京どころか日本に限定されるものですらないので、世界中どこでもオリンピックは開催できない、という極論まで導けてしまうではありませんか。
 第一、田中芳樹はかつて阪神大震災で多大な被害を出した神戸市を含む近畿地方についてこんな記述を行い、阪神大震災勃発後に刊行された創竜伝7巻文庫版座談会で慌てふためいたことがあったはずなのですが↓

創竜伝7巻 P87下段〜P88上段
<近畿地方から瀬戸内海沿岸にかけては火山が存在せず、地震もすくない。関東大震災の直後、兵庫県加古川一帯への遷都が真剣に検討されたことがある。この地域が、日本でもっとも地質が安定し、大地震の恐怖がなかったからである。この事実は歴史的にも興味を持たれるところで、
「中国大陸にも朝鮮半島にも、有史以来、火山活動はない。そこから古代日本に渡来した人々は、見慣れぬ火山を恐れた。だから火山のない大和・難波の一帯に王朝の中心を置いたのだ」
 という説がある。>

 そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のことわざを地で行ったのか、それとも完全に開き直ったのか、その後の創竜伝では逆に阪神大震災をネタにこんな日本罵倒論が披露されていますし↓

創竜伝10巻 P211上段〜下段
<静かにふけゆく京都の夜に全身でひたっていると、平穏そのものに思われた。だが、日本国内にかぎっても、京都に近い神戸で大地震がおこり、東海大地震に富士山大噴火と、暴走する地殻エネルギーの前に数万人の市民が生命を失っているはずだ。そもそも政府というものは、個人の力で対処しようのない巨大な大災害から市民を守るために存在するのだが、
「どうせ現場の努力を無にするようなことばかりしているでしょうよ」
 と、続が無情に評価を下した。蜃海は苦笑する。大災害時における日本政府の無策ぶりは世界各国の失笑を買っているのだった。>

創竜伝13巻 P84下段
<一九九五年、阪神・淡路大震災の直後、アメリカ軍は病院船マーシーを派遣したいと日本政府に申しこんだ。マーシーは最新式の手術室一二とベッド一〇〇〇以上をそなえていたが、日本政府はなぜかせっかくの厚意を拒絶した。そのため、多くの被災者が緊急治療を受けることができず、死に至った。>

 かくのごとく、過去の己の言動に対する反省も総括も全く垣間見られない愚劣で醜悪で滑稽な上に卑劣以外の何物でもない変節漢を演じた挙句に、「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」などと東京を罵ることについて、田中芳樹は何ら良心の呵責を感じなかったのでしょうかね〜(>_<)。「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」は何も東京に限った話ではなく、どこの都市にも当てはまるものである、という事例を他ならぬ自分自身で明示してしまっているというのに。
 さらに例を挙げれば、近畿地方と並んで地震の記録が少なく、かつ東京と同じように「オリンピックの開催都市候補」として名乗りを上げていた福岡県福岡市もまた、2005年3月20日に震度5強〜6弱の福岡県西方沖地震に見舞われ、最も強い揺れを観測した玄海島を中心に大きな被害を出していますし、その1ヶ月後の4月20日にも震度5強の地震が観測されています。福岡県西方沖地震は「過去に地震の記録が少ない都市でも例外なく、地震はいつ起こるか分からない」という命題を、阪神大震災の事例に続き、またもや実地で証明するものとなってしまったわけです。
 日本国外に目を向けても、1932年と1984年にオリンピックが開催されたアメリカのロサンゼルス市では、1994年1月17日にノースリッジ地震が発生して大きな被害を受けていますし、2008年のオリンピック開催都市となった中国の北京市でも、1976年7月28日に約150q離れた唐山市で発生した地震の余波を被っています。しかし、この唐山地震を盾に北京市を「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」と規定して「オリンピックは開催すべきではない」などと評価する主張があったとしたら、偉大なる中国サマに心服していらっしゃる田中芳樹御大は発狂したのではありませんかね(笑)。
 また、近代オリンピックの第一回開催国となったギリシアは、ヨーロッパで一番地震が多い国として知られていますし、その初代開催都市となったアテネ市も、1999年9月7日に発生して大きな被害を出したアテネ地震を筆頭にしばしば地震が発生する都市です。しかもアテネ市は1999年の地震発生後の2004年にもオリンピック開催都市になっている上、何とオリンピック【開催期間中】の8月24日にもオリンピック会場から48qの近郊を震源とするマグニチュード4.6の地震が発生しています。これらの事例を見ても「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」という口実は、オリンピック開催を辞退しなければならない理由になどならないのです。
 むしろ「いつ大地震が来るかわからない危険な都市」でオリンピックを開催しようと考える【からこそ】、常日頃の耐震対策および訓練を万全なものにし、いつ地震に見舞われても大丈夫なようにすることが何より重要となるのです。前述の2004年のアテネオリンピックも、オリンピック開催期間中に地震に見舞われながら、オリンピック会場の耐震対策を万全なものとしていたことで、各種競技を滞りなく進行させ、成功裏に閉幕までもっていくことができたわけです。この事例から考えれば、地震の備えを呼びかけつつオリンピックの誘致を考える東京都および日本政府の方針は、「よくわからない」どころか、一目瞭然かつ当然のことをやっているだけでしかないのです。
 こういう都市地震およびオリンピックの歴史、さらには己の過去の経験および教訓について何ら検証も考慮もすることなく、しかも己の仕事に対する不平不満からここまで飛躍的に妄想を膨らませる形で、「お役所の考えていることは、よくわからない」などと平気でほざき倒すことができる泉田準一郎(=田中芳樹)の無知蒙昧かつ厚顔無恥な頭の構造は、余人には到底理解不能なシロモノである、と私は断言せざるをえないのですけどね(笑)。

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P26下段〜P27上段
<「GATの宗旨って、どういうのですか」
「あんまりよく知らないけど、極端なキリスト教の原理主義よ。もうすぐ世界の終わりが来て、その際、イエス・キリストが生身でよみがえり、異教徒を皆殺しにするっていうんだから」
 私は耳をうたがった。
「イエス・キリストが生身の姿で生き返るっていうんですか!?」
「そうよ」
「いや、しかし、それは、あまりに……」
 あまりに非科学的ではないか。
「そう、あんまりよね。でも、じつは、GATだけじゃないのよ。イエス・キリストが生身でよみがえるって信じてるのは。ま、信教の自由っていうやつだけどね」
 もし仮にイエス・キリストが生き返ったとして、そう名乗る人物が本物だと、どうやって証明するのだろう。イエス・キリストの写真など存在しないし、指紋も歯型もDNAも残されていない。>

 また「非科学的」ですか。1巻「魔天楼」の頃からそれこそ「非科学的」な怪物や妖怪、さらにはそれらを生成する魔術や妖術の類が頻出している上、4巻「クレオパトラの送葬」でその存在が全世界に公開されるにまで至っている薬師寺シリーズの世界で、ある事象を「非科学的」と全否定して切り捨てる行為が如何なる意味を持っているのか、既存の世界観を根底から覆した張本人である薬師寺涼子と泉田準一郎には是非とも一から説明して頂きたいところなのですが。
 そもそも、薬師寺シリーズのような「非科学的」な事象が実在し、しかもそれが人類共通の認識となりえる世界では、科学が現実世界ほどの影響力を行使できない一方で、オカルトや宗教が現実世界以上の力を保持しえる可能性が充分に存在します。科学が説明できない事象を、オカルトや宗教が万人を納得させる形で説明しえることが現実世界以上に多数発生しうるのですから、これは当然のことです。
 その可能性について考えれば、「現実世界では」狂信的かつ迷妄に満ちた団体の主張していることが「薬師寺シリーズの世界では」ある程度筋の通った説明になっていたり、その団体が「現実世界では非科学的とされている力」を行使し、影響力を振るっていたりする事例も「薬師寺シリーズの世界では」ありえるかもしれない、ということを、作中で一番その手の「非科学的」な事象と多大に付き合ってきた連中が全く気づかないなどというのは、それこそ「薬師寺シリーズの世界では」極めて【非科学的】な話以外の何物でもないでしょう。薬師寺シリーズも7巻まで話が進んでいながら、未だにこんな簡単な話さえも理解できないとは、何度も述べてきたことですが、連中の現実認識能力および知能の徹底した欠陥ぶりはその手の専門医に診せなくて本当に大丈夫なのでしょうか?
 この「オカルトに依存しながらオカルトを全否定する」という薬師寺シリーズ全体を蝕む悲惨な現状を解消する方法があるとすれば、作中に登場する全ての「非科学的」な事象全てを科学的検証の名の下に洗い直し、明確な科学的解答を与えた上で、「現実世界レベルの」オカルトに対する科学の圧倒的な地位を回復させるか、オカルトの存在を全面的に受け入れた上で、科学とは全く別の新たなオカルト体系理論を構築するくらいしかないはずなのですが、薬師寺シリーズは前者も後者も全く行う気配がありません。オカルトの跳梁跋扈という「薬師寺シリーズ世界の作中事実」に目を背けながら「現実世界の常識」をいくら振り回したところで、そんなものには何の説得力もありはしないのですけどね。
 オカルト問題に限ったことではありませんが、田中芳樹は現実とフィクションの区別をきちんとつけた上で、自分が構築したフィクション世界に、それとは全く相容れることのない現実世界の常識を持ち込まないように努めるべきでしょう。それは現実世界にフィクション世界でしか通用しない理論や概念を持ち込むのと同じくらいにトンデモなシロモノでしかないのですから。

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P27上段〜下段
<原理主義というと、すぐイスラム教の過激派を想いおこすが、キリスト教にだって排他的な原理主義者はいる。じつはアメリカという国は、その種の連中の巣窟だし、意外なところでそういったものに出くわすこともあるのだ。
『ナルニア国物語』というイギリスの有名なファンタジー小説があって、映画にもなった。この作品はかなり保守的なキリスト教的世界観にもとづいて書かれたもので、あきらかにイスラム教を敵視したり女性に対して偏見を持った記述がある。その点に対する批判が欧米社会にはあるのだが、日本ではまったく問題にされなかった。日本は宗教に対して、よくいえば鷹揚だし、悪くいえば鈍感なので、『ナルニア国物語』も単なる異世界ファンタジーとして受容されたのだ。『指輪物語』の作者トールキンが『ナルニア国物語』をきらっていたとか、アメリカのキリスト教右派がこの本を政治的に利用したとかいう事実は、日本人には関係ないことだった。まあ実際、物語としてはおもしろいから、単にそれだけですませておくほうがオトナな態度かもしれない。>

 ……あの〜、これって「アメリカという国」に「キリスト教の排他的な原理主義者」が多数存在し、「意外なところでそういったものに出くわす」ことを提示するための文章のはずですよね? それで出した事例が何故「【イギリスの】有名なファンタジー小説」になるのでしょうか?
 「ナルニア国物語」は、イギリスの作家C・S・ルイスが1950年〜1957年にかけて刊行したシリーズ作品であり、映画はともかく、原作の製作過程にアメリカ人が関わっているわけではありませんし、作品中の舞台もイギリス+異世界ナルニア国がメインで、これまたアメリカの登場する余地は全くありません。そしてこの社会評論は「ナルニア国物語」の作者および作品の思想批判がメインで展開されており、かろうじてアメリカが関わっていると見做せる記述は「アメリカのキリスト教右派がこの本を政治的に利用した」という、作者の思想および作品の内容とはおよそ何の関係もない記述だけです。
 作家がどのような思想を持ち、作品がどのような内容であるかということと、そのような作家および作品にどのようなファンがついているかは全く関係のない事象ではありませんか。「アメリカのキリスト教右派」とやらがC・S・ルイスに積極的な協力を行い「ナルニア国物語」を出版させた、という前提でもない限り、C・S・ルイスの思想および「ナルニア国物語」の内容に対する評価に「アメリカのキリスト教右派」の存在は関連のつけようがないでしょうに。
 第一、こんな評価ができるのであれば、田中芳樹の銀英伝や創竜伝なども、かつてオウム真理教の陰謀論的な教義のために利用された黒歴史があるのですから、田中芳樹およびそれらの作品についても「オウム真理教の排他的な原理主義者」だの「陰謀論的世界観で描かれている」だの「日本は宗教に対して、よくいえば鷹揚だし、悪くいえば鈍感なので、銀英伝や創竜伝も単なるSF&ファンタジー小説として受容されたのだ」だのといったことが言えてしまうわけなのですが、自分が直接関わったわけでもないことを元に、自分および自分の作品にそのような評価が下されて、田中芳樹は平然としていられるのですかね? ここで田中芳樹が「ナルニア国物語」について言っていることはまさにそういうことなのですが。
 それと、「女性に対して偏見を持った記述がある」って、それを田中芳樹が他人に対して言える立場にあるのですかね? 「ナルニア国物語」は1950年代に書かれた作品ですから、当時のスタンダードな価値観を忠実になぞった結果として【現代的価値観から見れば】女性差別的に見える、という時代的な制約も当然あるでしょうし、何よりもそれによって作品を致命的な破綻に追いやるようなことはなかったわけですが、田中芳樹の、特に薬師寺シリーズ以降の女性描写は、金と権力に固執して他者を罵りまくるバカで電波な自己中心的権力亡者ばかり描きまくった挙句、作品構成の質もキャラクターの魅力も著しく減殺するようなシロモノにしかなっていないではありませんか。原作版キング・コングのアン・ダロウを「前近代的だ」という口実でもって、見るも無残な薬師寺涼子的電波怪人に性格設定を改竄してしまった己の所業を、まさか忘れてしまったわけではありますまい?
 他人の作家および作品について見当外れなタワゴトをほざく前に、田中芳樹も作家なのですから、少しは「物語としてはおもしろい」作品を「自分が」執筆するように努めては頂けないものなのですかね。創竜伝や薬師寺シリーズは、「ナルニア国物語」などよりもはるかに「指輪物語」の作者トールキンからボロクソに罵られかねない超駄作なシロモノでしかないのですから(苦笑)。

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P56下段〜P58下段
<拍手がおこった、ずいぶん古美術品としての価値がありそうな金屏風の前にタキシード姿の中年男が立ってしゃべりはじめたのだ。TVの午後のワイドショーの司会者として有名な人物だった。
 もう何年も前のことだが、この司会者は自分の番組でこんなことをいった。
「イラクが大量破壊兵器を保有しているということは、これはもうまちがいないようですね。アメリカとしては、これ以上、手をこまねいては世界の平和がそこなわれる。やむをえず、平和を守るために最小限の力を行使するしかないんだ、というわけで、私たちは、平和と民主主義に対するアメリカの強い決意をさまたげてはいけないと思うのですが、いかがでしょう」
 すると、ゲストの大学教授が、きまじめな表情で応じた。
「いや、イラクに大量破壊兵器は存在しないと思いますよ。確たる証拠がまったくありません」
 みるみる司会者の表情がこわばり、ゲストをにらみつけると、話題をそらしてしまった。以後、このゲストは二度と番組に登場することはない。イラクが大量破壊兵器を匿している、というのは、誤報どころか、戦争をしかけるためのデッチアゲだった、という事実がその後、判明した。だがその司会者は、過去の発言を訂正も謝罪もせず、あいかわらず番組の中で自分の考えを他人に押しつけている。
 もっとも、この司会者だけのことではない。戦争や対外強硬論をあおりたてたメディアが、その後、誤りを認めて謝罪した、なんて話は聞いたことがない。私が所属している警察にしたって、ずいぶん誤報の種をまきちらしている。私の上司みたいに、情報や報道をせっせと悪用している問題児までいるしな。>

 そういう泉田準一郎にもまた、薬師寺涼子の犯罪および犯罪隠蔽行為に積極加担したり、「不法入国者と聞いただけで犯罪者と同一視してヒステリーをおこす連中もいるが」などという法律に関する無知丸出しのタワゴトをほざいたりした前科があるにもかかわらず、「過去の発言を訂正も謝罪もせず、あいかわらず作品の中で自分の考えを他人に押しつけている」事実が立派に存在するのですが、それについてはどうお考えなので? 泉田準一郎の立場でこういう発言をするなど、ギロチンブーメランによる自殺行為以外の何物でもないのですけどねぇ〜(苦笑)。
 それにしても、本当に田中芳樹は好きなんですね〜、イラクの大量破壊兵器ネタ。創竜伝13巻の頃から書き殴られている駄文を何度も延々と読まされている私としてはいいかげんに飽きてきた感も否めないのですけど、まあアメリカ同時多発テロ事件で頭をヤラれた田中芳樹にしてみれば、アメリカ叩きのネタには何であろうがなりふり構わずダボハゼのように食いつかざるをえないのでしょう。たとえその論法が、国際政治の常識から大いに外れるものであったとしても(笑)。
 だいたい、国家が掲げる「戦争の大義名分」なるものを、その国家が100パーセント本気で実行するつもりでいる、などと思い込む方が間違っているでしょう。私の創竜伝考察40でも述べたことの繰り返しになるのですけど、アメリカのみならず、世界中どこの国の外交政策でも、建前上は立派な理念や奇麗事を並べた大義名分を掲げつつ、本音である既得権益や勢力拡張を図っているものです。「戦争の大義名分」というのは所詮「自国の国益を確保するための口実」に過ぎないのですし、国際政治というものは大昔からそういう常識で成り立っている世界です。そういう世界で「戦争の大義名分」がデッチアゲだと分かったところで「ああそうですか」の一言で終わってしまう程度の話でしかない、ということを、アレだけ架空歴史小説で政治を語っている田中芳樹が知らないはずはないのですけどね。
 アメリカの歴史を紐解いても、たとえば日本の真珠湾攻撃などは、その攻撃自体を最初からアメリカが仕組んだのか否かについての議論はあるにせよ、すくなくともその「攻撃の結果」を、アメリカ政府が「リメンバー・パールハーバー」という大義名分の名の下に第二次世界大戦参戦の口実に使ったのは疑問の余地がありませんし、またアメリカのベトナム戦争参戦の際には、北ベトナムのトンキン湾でアメリカの駆逐艦が北ベトナムの哨戒艇に攻撃を受けたとするトンキン湾事件がアメリカの自作自演によってでっち上げられ、戦争介入の口実として利用されています。それらの事例を見ただけでも、イラクの大量破壊兵器ネタなど、ごくありふれた歴史の1ページに過ぎないことは一目瞭然ではありませんか。
 イラクの大量破壊兵器ネタなどというシロモノが効果的なアメリカ批判になりえるなどと、いつまでも考えることができるその貧相な知識と想像力が、私には哀れに思えてしかたがありませんね。そんなものにこだわるよりも、たとえばイラクやアフガニスタンに対するアメリカ軍の軍事介入が、現地のゲリラ組織の活動やテロ行為ために泥沼化していることを「多大な犠牲を出しただけ」「見通しが甘い」などとして指摘する方が、国際政治の常識やアメリカの国益事情などとも合致して、はるかに効果的なアメリカ批判となりえるでしょうに。

 ところで今回、薬師寺シリーズ検証のためにこの泉田準一郎のタワゴトを改めて読んでいた際に、私はふと懐かしい思いに駆られましてね。「そういえば、ここで言われている『ゲストの大学教授』とやらの立場に、私自身も立たされたことがあったな」と。
 アレは忘れもしない2007年5月、創竜伝13巻文庫版が刊行された際に「2006年中に出す」と公約していたにもかかわらず、突然何の脈絡もなく無期限延期された創竜伝14巻の刊行を巡り、私が直接「らいとすたっふ」に乗り込んで質問の投稿を行ったところ、「らいとすたっふ」の社長氏は質問内容に正面から答えることなく「仕事として詳しい事情などを公開できないことがあることもご理解ください」などという不誠実かつ典型的な官僚答弁的対応に終始していたということがまずありました。
 さらにその4ヶ月後の2007年9月には、創竜伝5巻でパチンコ批判を繰り出しておきながら、己の作品である銀英伝をパチンコに売り飛ばした「らいとすたっふ」および田中芳樹の惨状について問い合わせの投稿を行おうとしたところ、これまた何の事前告知もなしにブログがいつのまにか承認制に切り替わっていて投稿不能状態に。そして、そのブログの制限を一時的にでも良いから解除して下さいというお願いメールを「らいとすたっふ」宛に送信したら、「らいとすたっふ」の社長氏は突然ブログのトラックバックおよびコメント欄を一方的に閉鎖した挙句、私の投稿をスパム扱いするなどという強硬手段に出てきてくださいましてね〜(>_<)。
 で、自分達の行動に関する問い合わせ投稿に対してこういう対応に出てくる「らいとすたっふ」の社長氏およびそのスタンスを黙認する田中芳樹は、まさにここで挙げられている「ワイドショーの司会者」と同レベルの「過去の発言を訂正も謝罪もせず、あいかわらずブログや作品の中で自分の考えを他人に押しつけている」人間以外の何物でもないのではありませんかね? パチンコへの作品売り飛ばしもそうですが、自分で舌鋒鋭く批判していることを他ならぬ自分自身で実践してしまい、しかもそれに対する批判・反論を問答無用に封殺するというのは、己の言論に対する責任や会社&作家&作品としての信用という観点から見てもはなはだマズイのではないか、と言論封殺された当事者にして一方的な被害者たる私としては考えずにいられないのですけどね〜(T_T)。
 何度も何度も言われていることですが、薬師寺シリーズの社会評論って、作者にも作中キャラクターにもギロチンブーメランとして跳ね返ってしまう特性を過大なまでに保持しているんですよね。これもことある毎に現実無視の奇麗事かつ絵空事な社会評論をくっちゃべりたがる、田中芳樹の業というものなのでしょうか(笑)。

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P63上段
<何といってもアメリカは世界一の押し売り国家だ。牛肉からミサイルから民主主義まで、何でもかんでも、むりやり売りつける。「買ってください」とは絶対にいわない。「買うべきだ」とお説教し、「買わないのはまちがっている」と息まき、「買わないと両国の信頼関係がそこなわれるだろう」と脅す。誰でもいいから、彼らに、まっとうな商売のしかたを教えてやってほしいものだ。>

 泉田準一郎や田中芳樹が推奨する「まっとうな商売のしかた」とは、こういうやり口のことを指すのでしょうか↓

創竜伝10巻 P81上段〜下段
<大英博物館に対しては「世界最大の盗賊の宝物庫」という悪口がある。何しろ世界各地へ出かけては侵略と征服と掠奪とをくりかえした大英帝国の、いわば悪事の証拠品が集められているのだ。エジプト、インド、アフリカ諸国、中近東諸国、それに中国。王宮に火を放ち、王墓をあばいて奪った彫刻、絵画、陶磁器、宝石、金銀細工、織物、古文書の巨大な山。ギリシアやエジプトの政府が、「我々をだまし、あるいは力ずくで奪った財産を返せ」というのも、もっともなことである。
 そういった事情を承知の上で、始はやはり大英博物館の存在に感動する。知識に対する貪欲さ、美に対する執念、文化に対する敬意、それらの人類の精神的な活動が、地球上の一点に集まり、「大英博物館」の名に象徴されているからだ。英国人が奪いとっていくまで、各国の人々が自国の文化や歴史の貴重さに気づかず、砂に埋もれ、朽ちはてるままに放置しておいたのも、残念ながら事実である。もし王宮の奥に隠して誰にも見せないというのなら英国人を弁護する余地はないが、すべてがたいせつに保存され、修復され、展示されており、外国人である竜堂兄弟も無料で見学できるのだから、ある意味で、軍事力と資本力によって世界を制覇した大英帝国が、文化においては敗者におよばないことを自覚した証拠ともいえるのだ。>

創竜伝10巻 P113上段〜下段
<話題を変える必要を感じたようだ。ランバートは始の言葉をあえて無視し、自分かってに話を進めはじめた。
「我々は昔、戦いに敗れて東の地を去り、西の涯におもむいた。そして三〇〇〇年近くたってようやく復讐のひとつの機会を得た。一八四〇年の阿片戦争だ」
 阿片戦争。歴史上もっとも醜悪な開戦理由を持つこの戦争について、むろん始はよく知っている。中国との貿易を求める英国は、強引きわまるやりかたで事を押し進めた。
 英国人のあつかましさに、中国人は呆然としたであろう。呼びもしないのに押しかけてきて、「皇帝に会わせろ」と騒ぎたてるのだから。「しようがない、遠くから来たのだから会わせてやる。そのかわり礼儀は守れよ」というと、「そんな礼儀はわが国にはない」と答えて、中国人なら誰でも守る礼儀を守らない。あきれて、「もう来なくていいぞ」というと、「傲慢な中国人は、我々に異常な礼法を要求し、あげくに追いはらった。何という野蛮な奴らだ。こらしめてやる」と喚きたて、軍艦に武器を積んで押し寄せ、砲撃を加える。麻薬である阿片を密輸して巨額の利益をあげ、阿片の害を憂えた中国の役人が密輸品を没収して焼きすてると、「けしからん、この侮辱を赦すわけにはいかぬ」と全面戦争をしかけた。麻薬の密輸を禁じられて相手に戦争をしかけた国は、世界史上、英国だけである。>

創竜伝10巻 P148上段〜下段
<すでに夕方に近く、暗い空の下でロンドン塔は黒々とわだかまっている。宮殿と要塞と牢獄とを兼ねる石造りの城は、歴史と武器と財宝との一大博物館である。
 一方では侵略と掠奪によって多くの国々に危害を加えながら、もう一方では自由な議会と自由な大学と自由な新聞とをつくりあげ、多くの亡命者を保護し、人類の文化遺産を保護してきたのが英国の近代史だ。ロシアやドイツや日本で秘密警察が言論弾圧に狂奔していたころ、英国では新聞が堂々と王室の悪口を書きたてていた。これひとつとっても、ロシアやドイツや日本ではなく、英国が世界を支配したのは当然であったような気が、始はする。まったく、ソビエト連邦やナチス・ドイツや大日本帝国が世界を支配するようになっていたら、どのような世の中が出現していたことか。現在よりひどい時代になっていたことはまちがいない。
 始は苦笑した。「そんなひどい時代にならずにすんだのは、四人姉妹が世界を管理していたからだ」と、四人姉妹の味方ならばいうのだろう。単に富や権力を独占するだけでなく、よりよい世界をつくるための無数の人々の英知と努力までも、四人姉妹はひとりじめしようとするのだろう。>

 ここで田中芳樹が絶賛し、なおかつ「日本もこれを見習え」などとお説教しているイギリスを手本にするのであれば、アメリカのやり方は極めて妥当なものであると言えるのではありませんかね? 何しろ、「自由な議会と自由な大学と自由な新聞とをつくりあげ、多くの亡命者を保護し、人類の文化遺産を保護して」「外国人も無料で見学でき」「新聞が堂々と王室の悪口を書きたてて」いれば、「麻薬の密輸を禁じられて相手に戦争をしかけ」ても「世界を支配したのは当然であった」とされるのですから(笑)。
 アメリカには王室はありませんが、元首たる大統領に対する批判は当然自由なのですし、そのことは薬師寺シリーズの作中でも明言されています↓

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P83上段
<どんな状況にあっても真相を追究するジャーナリストや政治家が存在するというのは、アメリカ社会のあきらかな美点だ。ただ、彼らの努力や勇気がつねに報われるとはかぎらない。J・F・ケネディ大統領の暗殺事件ひとつとっても、あれほど疑惑を公言されながら、政府の態度は変わらないのだ。>

 そして、ここで挙げられているJ・F・ケネディ大統領の暗殺事件にしても、実際にはアメリカ政府は2039年に全ての情報を公開すると明言していますし、また湾岸戦争を推進したブッシュ(父)大統領およびイラク戦争を遂行したブッシュJr大統領も常に批判の嵐に晒されていたのですから、「新聞が堂々と【政府および大統領】の悪口を書きたてて」の要素は立派に備えていると言えるでしょう。
 さらに、アメリカ最大の博物館であるスミソニアン博物館も、一部の特別展示施設を除き、イギリスが誇る大英博物館と同じく入場料は基本的に無料です。あとはかつてのイギリスのように「世界各地へ出かけては侵略と征服と掠奪とをくりかえした」上で、掠奪品をひとつ残らずスミソニアン博物館に収めてしまえば、アメリカは晴れて「世界を支配したのは当然であった」とされる資格を獲得することができるわけです(爆)。
 しかもアメリカは、田中芳樹的には「右翼の軍国主義者」が蔓延っていた上に「言論弾圧に狂奔していた」戦前の日本に、田中芳樹が奉仕たてまつる日本国憲法と「戦後民主主義」を与え、当の日本からさえも感謝されているという、歴史上誰もなしえなかった「偉業」を達成してすらいるのです。田中芳樹的視点から見れば、ここでの薬師寺シリーズにおける主張とは裏腹に、アメリカには民主主義を「双方の円満合意に基づいて」売り込んでみせた実績もあるわけで、この点に関しては「世界を支配したのは当然であった」イギリスをすら越えていると評価されるべきでしょう(苦笑)。これから考えれば、アメリカが「世界一の押し売り国家」であることはむしろ推奨されるべき事実、ということになるのではありませんかね(笑)。
 いつも思うことなのですが、アメリカもイギリスもどちらも同じ民主主義兼覇権国家であるというのに、何故両者に対する田中芳樹のスタンスにはここまで明確な差が存在するのでしょうか? かつてのイギリスの帝国主義を正当化するならば現行のアメリカも擁護すべきですし、現行のアメリカを批判するのであれば過去のイギリスも同様に断罪することこそが、「ご都合主義的なダブルスタンダード」という非難をかわす唯一の方法だというのに。

薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」 講談社ノベルズ版P104上段
<「現実世界は、ハリウッド製アクション映画の世界と、すこしばかりちがうからです」
「どうちがうのさ」
「ハリウッド映画では正しい者が勝ちますが、現実世界では強い者が勝つんです」
 だからこそ、イラクやイランが国際ルールを破れば制裁されるが、アメリカを制裁できる者など存在しない。各国軍隊の戦争犯罪をさばくために国際刑事裁判所というものが存在するが、アメリカは参加していないのだ。わが祖国はといえば、もちろん親分にさからうはずもない。>

 これまた創竜伝13巻の頃から使い回しているネタの再登場ですね。「各国軍隊」ではなく「アメリカのみ」の戦争犯罪を裁くため、また、「アメリカと日本」に悪口を叩き込むための道具として国際刑事裁判所を持ち上げている舞台裏が誰の目にも分かりやすい形で露出していて、私としては大いに興醒めしてしまうのですが。
 創竜伝13巻の国際刑事裁判所ネタについては、こちらも私の創竜伝考察38で述べていてその繰り返しになってしまうのですけど、アメリカには元々、巨額の資金を提供しているにもかかわらず、自国に対する反対運動や不誠実かつ非効率で硬直しきった官僚機構的運営を行っている国連およびその関連機関に対する不信感が根強く存在するのですし、また軍に対する悪意に基づく提訴が行われたり、不公正な判決が下されたりする可能性があるために「自国の国益および自国民の安全確保の観点から」反対せざるをえない、という事情があるのであって、それを無視して国際刑事裁判所への不参加についてギャーギャー喚いたところで、何ら問題の解決には繋がらないのです。創竜伝13巻と薬師寺シリーズ7巻の間には3年以上の月日が流れているはずなのですが、田中芳樹の国際刑事裁判所に関する情報量と理解力は、創竜伝13巻当時から何ら変わってはいなかったようですね(>_<)。
 それと、日本が国際刑事裁判所に加入していなかった最大の理由は、アメリカに対する配慮などではなく、日本が抱えていた法的事情にあります。国際刑事裁判所設置条約(ローマ規定)を批准するためには、戦時における捕虜や民間人の扱いを規定しているジュネーブ4条約に対応する国内法、いわゆる「有事法制」の整備が必要不可欠だったのですが、国際刑事裁判所設置条約が採択された1998年当時、日本には有事法制がないも同然の状態にありました。
 有事法制が全く整備されていない状態で国際刑事裁判所設置条約を批准してしまうと、たとえば自衛隊が戦闘で捕虜を捕らえた際、その捕虜が非人道的な扱いを受けたと判断して国際刑事裁判所に提訴すると、日本の国内法で捕虜および自衛隊員を裁くことができないために、唯一存在する国際刑事裁判所の規定に従って、日本は自動的かつ強制的に国際刑事裁判所に捕虜および訴追された自衛隊員を引き渡さなければならなくなる、という事態が想定されるのです。これは簡単に言えば、北朝鮮の拉致事件に相当することが国際刑事裁判所の名によって公然と行われる、ということに他ならず、それは自国の主権維持の観点からも自国民の安全確保の点からも決してあってはならないことであるからこそ、日本は有事法制を整備してから国際刑事裁判所設置条約の批准を行うことになったわけです。
 その後日本は、2003年6月6日に最初の有事法制となる「武力攻撃事態対処関連3法」を成立させたのを皮切りに、有事関連7法、北朝鮮の経済制裁を目的とした「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」といった有事法制を次々と成立させていき、国際刑事裁判所による主権侵害の問題が解消されたところで、2007年10月1日に晴れて国際刑事裁判所設置条約の105ヶ国目の加盟国となっています。
 そして、何故日本で有事法制の導入がこれほどまでに遅れたかと言えば、日本国憲法9条を神聖不可侵にして金科玉条であるかのごとく崇め奉り、いもしない右翼の軍国主義者とやらをでっち上げて「軍靴の足音が聞こえる」だの「日本の軍事費は世界第3位(OR2位)」だのと日本と自衛隊を罵りまくってきた田中芳樹のような人間が跳梁跋扈していたことにそもそもの原因があるのですけどね。「もちろん親分にさからうはずもない」などという状況に日本を追い込んできた元凶の一端をささやかながら担っているばかりでなく、その有事法制の整備が進まないがために本来ならば救えるはずの生命と財産を多大に失うことになった阪神大震災に直面するや、己の過去の言動に対する反省も総括もなく阪神大震災をネタにやはり日本を罵り続ける田中芳樹およびその忠実なマリオネットごときが、本来ネタにして良いものではないのですけどね、国際刑事裁判所問題は。
 「ハリウッド映画では正しい者が勝ちますが、現実世界では強い者が勝つんです」などと作中キャラクターに吼えさせるのも結構なことですが、その前に「理由」や「背景事情」についての検証くらいキチンと行った上で反米・反日理論を語っては頂けないものですかね? 田中芳樹や泉田準一郎がアジり倒すレベルの愚劣で杜撰な社会評論では、現実世界におけるアメリカや日本の「強さ」どころか「正しさ」にすら全く太刀打ちできないのですから。

 薬師寺シリーズ7巻「霧の訪問者」は、薬師寺シリーズ考察初となる1巻2考察の構成で論を進めていきます。
 続きは次回の考察で。

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