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薬師寺シリーズ考察4
薬師寺涼子の怪奇事件簿4巻 「クレオパトラの葬送」


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No. 8095-8096
薬師寺シリーズ考察4
冒険風ライダー 2008/09/11 00:05
 2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件の直後に刊行された、薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」。
 この当時の田中芳樹がどれほどまでの発狂状態に陥っていたかについては、2001年10月15日刊行の対談本「イギリス病のすすめ」文庫版あとがきを見れば一目瞭然なのですが、それからさほど時を置かずに刊行された4巻「クレオパトラの葬送」にも、その影響は色濃く反映されております。例によって作中にアメリカを揶揄する社会評論や主人公陣営の主張をぶち込むだけでなく、作中の悪役に「テロリストハミナゴロシダ!」というセリフを何度も叫ばせたり、テロ撲滅の自画自賛を行わせたりしています。
 作中にはアメリカおよびアメリカに関係する人物は全く出てこないのに、何故ストーリーとは何ら繋がりのないアメリカ叩きにそこまで血道を上げなければならないのか、いつものことながら理解に苦しむところなのですけどね。こういうことをするから、創竜伝や薬師寺シリーズは「作家個人のストレス解消小説」などと評されることになるのですが。
 その「作家個人のストレス解消」が、どのような形で薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」に浮き出ているのかについて、今回は検証していくことに致しましょう。


薬師寺涼子の怪奇事件簿4巻「クレオパトラの葬送」
2001年12月21日 初版発行



薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P11上段〜12下段
<「ホセ・モリタを知っとるね?」
 それが刑事部長の第一声だった。
「あのホセ・モリタですか」
「そう、あのホセ・モリタだ」
「日本史上最大の詐欺師の?」
 涼子の声に侮蔑のひびきがこもる。刑事部長は辛抱づよく訂正した。
「ラ・パルマ共和国の大統領をつとめていたホセ・モリタだ」
 ラ・パルマ共和国は南アメリカにある。国土面積・人口・経済力・軍事力いずれも中規模以下の国で、スペイン語圏に属し、明治時代以来、日本人の移民が多い。
 ホセ・モリタは今年六〇歳だというが、五歳のとき両親につれられてラ・パルマ共和国に移住した。苦学して医師となり、一代で同国でも屈指の大病院を経営するようになったというから、りっぱなものだ。だが医業より政治に興味を持ちはじめ、国会議員に選ばれ、内務大臣を経て五〇歳でついにラ・パルマの大統領に就任した。ますますりっぱなものだ。
 日本からの移民が大統領になったというので、日本政府は気前よくラ・パルマに援助金を出し、モリタ大統領はそれを支持者にばらまいて権力基盤をかためた。ラ・パルマでは大統領の任期は一期四年で、再選は認められていない。だがモリタは強引に憲法を変え、軍隊や警察を動員して反対派をおさえつけ、力づくで再選をはたした。
 このあたりから、すこしもりっぱでなくなったモリタは、日本からの援助を着服して私腹を肥やし、反対派の大物を反逆罪で逮捕して獄中で暗殺し、批判する新聞を発禁にして記者たちを投獄した。あげくにさらに憲法を変えて三選をはたしたため、ついにラ・パルマ国民の不満が爆発し、暴動が起こった。軍隊がデモに対して発砲し、武器を持たない市民二〇名を殺害したので、国際世論が激しくモリタを指弾した。
 もともとモリタが大統領選挙に出馬したとき、「彼は日本国籍を持っているのに、それを隠してラ・パルマの大統領になろうとしているのではないか」という疑惑の声があった。モリタはそれを否定して、自分は日系ラ・パルマ人だ。日本国籍など持っていない」と主張し、ラ・パルマ国民もそれを信じて彼を大統領に選出したのだ。
 ところが、豪華な専用機でメキシコを経由して日本へ入国したモリタは突然、「自分は日本国籍を保持している。生まれたときから現在までずっと日本人だ」と主張し、そのまま日本にいすわってしまった。日本国籍があるのを隠し、ラ・パルマ国民をだまして大統領になったのだから、明々白々な詐欺行為である。ラ・パルマの新政府はモリタの大統領当選を無効にし、反対派に対する虐殺と公金横領の罪で引き渡すよう、日本政府に要求した。日本政府はその要求を拒絶し、モリタの滞在を公認している。>

 これを初めて読んだ時、正直私は、南アメリカの政治情勢についての無知を晒け出しながら、わけの分からないタワゴトばかり吹聴する作者および作中キャラクターの愚かしさと、相変わらず「自分達の境遇や過去の『業績』を振り返る」ということができない無自覚と無反省ぶりに、いつものことながら嘆息せざるをえませんでしたね。やはり「狂人」や「キチガイ」の考えることは、たかだか凡人レベルの知識と知性と想像力などでは到底予測できるようなシロモノではないようで(笑)。
 さて、薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」を語る際に外すことのできない人物が、上記引用文で紹介されているホセ・モリタです。経歴、特に日本国籍云々の話を見れば一目瞭然なのですが、この人物のモデルが南米ペルー共和国の元大統領アルベルト・ケンヤ・フジモリ氏であることは明白でしょう。「日本史上最大の詐欺師」などという表現が作中で何度も登場しているところから考えても、4巻「クレオパトラの葬送」は、フジモリ氏に対する誹謗中傷を目的に作られたシロモノであると言っても過言ではないのです。
 そもそも、南米ペルーよろしく「ラ・パルマ共和国は南アメリカにある」と設定し、「南アメリカの国の元大統領」というキャラクターを出しておきながら、その「南アメリカの政治情勢」に対して全く考慮することなく、欧米型の民主主義的価値観を「政治は過程こそが全て」的な論法でメチャクチャに振り回して一方的に断罪して悦に入るその思考発想法は全くもって理解に苦しみます。作中に登場するラ・パルマ共和国のモデルとなったペルーをはじめとする南アメリカ諸国全般の政治情勢がいかにひどいものであるのか、まさか知らないわけでもないでしょうに。
 ペルーを含めた南アメリカ諸国は、たびたび軍部によるクーデターが発生したり、麻薬栽培が半ば公然と行われていたり、左翼ゲリラやテロリズムが跳梁跋扈したり、しばしば年間数千パーセントもの物価上昇という恐るべき猛威を振るうハイパーインフレに見られるような経済危機に見舞われたりするなど、政治的にも経済的にも非常に不安定な国が多く、また、主にスペイン系を中心とする白人支配階級と、彼らに迫害され続けてきた歴史を持つインディオや、「メスチソ」と呼ばれるインディオと白人の混血、それに各国から移民してきた人々が複雑に入り混じって生活しているため、人種間の対立が深刻な問題となっている地域でもあります。
 当然ペルーもその例外ではなく、1990年にフジモリ氏がペルー大統領に就任した時、ペルー国内では「センデロ・ルミノソ」「MRTA」などといった左翼ゲリラが暗躍しており、また、年間で7000%にも達するハイパーインフレにより国民生活が窮乏し、それがさらに犯罪とテロを誘発するという、政治的にも経済的にも最悪の状況下にありました。また、ペルー議会には麻薬栽培やテロリズムによって不正な利益を享受する政治家も多数存在し、彼らは左翼ゲリラやテロリストに対する取り締まりを妨害する役割すら果たしていたのです。
 このような絶望的な政治的・経済的混乱の真っ只中にあったペルーを再生させるのに、いちいち民主主義的手続きや人権尊重などにこだわっていては、事態は一向に改善しないばかりか、下手をすれば敵側の人間に暗殺されたり、無実の罪でもでっち上げられて失脚させられたりしてしまう可能性が極めて高いと言わざるをえません。一国の大統領としてペルー再生を志していたであろうフジモリ氏が「独裁」の道を選んだというよりも「選ばざるをえなかった」のは、ペルーの政治情勢を考えればむしろ当然のことであったとすら言えるのです。
 そして、初当選以来10年4ヶ月にわたってペルー大統領として在任していたフジモリ氏は、軍部や国家情報局(SIN)を背景に力によるゲリラ掃討作戦を展開して治安を回復し、経済面ではハイパーインフレを終息させて経済安定を図っただけでなく、国営企業の民営化政策と市場開放政策による新自由経済政策(ネオリベラリズム政策)を掲げて高度経済成長をも達成し、結果としてペルーおよび国民にそれなりの経済的繁栄と政治的安定をもたらすことに成功したのです。「政治は結果が全て」という鉄則から言えば、これらの業績はやはり高く評価されて然るべきでしょう。
 実際、このようなフジモリ大統領の「独裁政治」を、すくなくともフジモリ氏が大統領に就任してから最初の5〜6年ほどはペルー国民もまた熱狂的に支持し、歓迎すらしていたのです。フジモリ氏も、国内改革推進のために議会の解散や新憲法の制定などを行ったりしているわけですが、それをペルー国民の7割が支持したという調査結果もあるくらいです。そりゃ「民主主義」などという何ら腹の足しにもならない空虚な理想論を唱えるだけしか能のない無能な政治家などよりは、とにもかくにも自分達の生活を安定させてくれる「独裁者」の方を、大多数の国民は支持するに決まっています。そして、ペルー大統領としての地位を罷免されてしまった今でも、その功績は決して否定されてなどいないのです。
 日本とは比べ物にならないほどの惨状を呈していたペルーの政治情勢を、しかもこれまた日本とは比べ物にならないほどの汚職や政変が公然と行われていたルール無きペルー政界を戦い抜きながら安定させたフジモリ氏の功績を何ら考慮することなく、「平和的かつ民主主義的な価値観」をベースに高みから一方的に断罪するのは間違っているでしょう。その欧米型民主主義を絶対視するわけの分からない宗教的教義を絶叫する癖もいいかげんに止めて頂きたいものなのですが。

 では、日本国籍を有しながら他国の大統領に就任した、という件についてはどうか? これは日本と他国の2つの国籍を同時に保有する「二重国籍」の問題なのです。
 出生による国籍の取得には、親の血統と同じ国籍を子供に与える血統主義と、生まれた国の国籍を与える生地主義の2種類があります。どちらを採用しているかについては国によって異なりますが、日本は前者、ペルーは後者を採用しています。すると、日本人がペルーで子供を生んだ場合、一方では血統主義により日本国籍が与えられ、他方では生地主義によってペルー国籍が付加される、という現象が発生するのです。ホセ・モリタのモデルにされたフジモリ氏の場合は、現在の熊本市河内町出身の日本人移民の両親が1938年にペルーのリマで出生し、かつ両親がリマの日本大使館に出生届けを提出したため、日本国籍とペルー国籍を保持する二重国籍者となったわけです。
 現在の日本の国籍法では、出生時または帰化によって複数の国籍を取得した場合は、22歳までにどちらかの国籍を選択しなければならないとされています。しかし、この法律が適用されるのは、1985年1月1日以降に生まれた日本国籍保有者、および日本国籍選択宣言の届出を行った者に対してのみです。つまり、1984年12月31日以前に生まれた二重国籍取得者が日本国籍選択宣言の届出を行わない場合は「日本国籍を選択したと【みなす】」とされ(これを「みなし宣言者」といいます)、法理論上、二重国籍が認められているのです。
 そして、ペルーは元々移民を多く受け入れてきた歴史的背景、国民の国外流出を防ぐ目的から二重国籍を認めている国であり、当然のことながら二重国籍保持者も数多く、何より1990年のペルー大統領選の際にフジモリ氏の有力な対立候補となったバルガス・リョサも、実はスペインとペルーの二重国籍者なのです。ペルーのお国事情がそういうものであるわけですから、「日本国籍を保有するペルー国籍保持者」がペルーの政治的要職についてはいけない、ということにはならないでしょう。
 また、そのフジモリ氏が日本国籍保持を主張して日本人としての権利を日本政府に求めるのも、日本政府が自国民保護の観点からこれに応じるのも、法理論上は何ら問題がないばかりか、むしろそうしなければならなかったわけです。さもなければ「自国の都合で自国の国民を見捨てても良い」という前例が作られることにもなりかねず、たとえば北朝鮮の拉致事件でも「拉致被害者は見捨てても良い」などという論理が大手を振ってまかり通ったかもしれないのです。自国の国民一人を救うために全力を挙げる、というのは国に課せられた義務ですらあるでしょう。
 さらに言えば、ペルー政府が日本政府に対してフジモリ氏の政治犯罪を口実とした身柄引渡を要求しても、日本には「逃亡犯罪人引渡法」という法律があり、その第二条で「引渡犯罪が政治犯罪であるとき」「逃亡犯罪人が日本国民であるとき」は相手国の引渡要求に応じてはならないと規定されている上、「引渡条約に別段の定があるときは、この限りでない」として例外が認められる「犯罪人引渡し条約」も、2008年9月現在、アメリカと韓国との2国としか日本は締結していないため、「犯罪人引渡し条約」を締結していない他の国からは、法的な観点から見ても「自国民の」身柄引渡に応じることなどできないのです。
 上記に私が書いた事情は、現実世界のフジモリ氏に対してはもちろんのこと、薬師寺シリーズ世界のホセ・モリタについても全て当てはまります。これらの事情を無視して、ホセ・モリタを「日本史上最大の詐欺師」などと評するに至っては、笑いを通り越して、もはや憐憫すら覚えるものでしかありませんね。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P12下段〜P13上段
<モリタが大統領を僭称していた九年の間に、日本政府は合計八〇億ドルという巨額の援助金をラ・パルマ政府に供与した。そのうち六五億ドルはいちおうきちんとダムや道路や学校や病院の建設に費われたらしい。だが残りの一五億ドルのうち、四億二〇〇〇万ドルはラ・パルマ国内のモリタの味方や子分どもが分配した。三億三〇〇〇万ドルは日本の政治家や官僚にばらまかれた。最後の七億五〇〇〇万ドルは、モリタ自身の懐におさまったのだ。平均して一年に八〇〇〇万ドル以上だから、うらやましい高収入である。
 こうして巨大な資産をかかえたモリタは、日本政府の暗黙の保護のもと、超高級ホテルのスイートルームで安楽な生活を送っている。彼のもとには政治家、財界人、暴力団や宗教団体の幹部などが、さかんに出入りしているらしい。
「もし自分をラ・パルマの新政府に引き渡したりしたら、法廷で洗いざらいしゃべってやる。日本国民の血税の産物である三億三〇〇〇万ドルを山分けした二〇〇人の政治家、官僚、財界人、文化人のリストを全世界に公開してやるぞ。それがイヤなら、自分に手を出すな」
 モリタはそう日本政府を脅し、一部の支持者と、いまだにラ・パルマの独裁者に返り咲くべく画策しているということだった。>

 薬師寺シリーズを読んでいるとつくづく思わざるをえないのですが、薬師寺シリーズでおどろおどろしく強調されている悪役の設定が、主人公陣営に比べてあまりにも卑小すぎるんですよね。ここで言う「卑小」というのは、創竜伝などでよく言われる「性格が卑しい」とか「人格が貶められている」とかいったものではなく、純粋な政治的影響力および経済規模のことを指します。
 ホセ・モリタは、日本政府から合計80億ドルの援助金を受け取って、そのうち7億5000万ドルを私物化している「日本史上最大の詐欺師」である、と薬師寺シリーズの地の文は強調しているわけですが、実のところ、この7億5000万ドル、1ドル=125円換算で937億5000万円という金額は、すくなくとも薬師寺涼子および薬師寺涼子がこれまで関わってきた悪役達と比較しても、大物とは到底言い難いシロモノでしかないのです。
 たとえば薬師寺シリーズ2巻「東京ナイトメア」では、日本の後進性とやらの象徴として、石油開発公団から4000億円の融資を受け、そのうち半分の2000億円を私用で使っている会社がさかんに強調され、それを牛耳る悪役がラスボスとして登場していますが、ホセ・モリタが私物化している金額はこれの半分にも届いていません。すくなくとも作中で説明されているレベルの「カネを他者から騙し取っている」という規模で見れば、2巻の敵の方がよほどに「日本史上最大の詐欺師」と言えるシロモノであるわけで、この時点で作中設定にすら明確に反しています。
 額面だけでなく「カネを私物化した割合」でさえホセ・モリタは2巻の悪役の後塵を拝しています。日本政府からの援助金80億ドルのうち、ホセ・モリタが私物化しているのは1割にも満たず、他の政治家にバラ撒いた金額を総計してさえ2割に届きません。そして残り8割以上もの金額については「いちおうきちんとダムや道路や学校や病院の建設に費われたらしい」と薬師寺シリーズの作中記述でさえ認めているのですし、ラ・パルマ国民の税金はどうやら私物化していなかったようですから、政治家としてはむしろ優秀な部類に入るのではありませんかね(笑)。
 また、薬師寺涼子自身、JACESのオーナー社長の娘というだけで年間3億円の株式配当を受けられる身分(薬師寺シリーズ2巻「東京ナイトメア」P11)ですし、3巻「巴里・妖都変」P16では、父親からプレゼントされたインターネット検索サービス会社アルゴの株で60億円の利益を得たという描写があります。ホセ・モリタの援助金私物化では「平均して一年に八〇〇〇万ドル(1ドル=125円換算で100億円)以上だから、うらやましい高収入である」とありますが、その6割に相当する金額を、薬師寺涼子は自分の努力によらず手中に収めているわけです。
 そして、薬師寺涼子の後ろ盾にして力の源であるJACESは、これまでの描写だけでも「年商5000億円以上」の巨大企業であることが確定している上、4巻「クレオパトラの葬送」では、それに加えてこんな設定まで追加されているのです↓

薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P106上段〜P107上段
<これまでも私は薬師寺涼子がオカネモチであると認識していたが、どうもその表現では不足なようで、トテツモナイ・オカネモチ、というべきらしいのだ。
 涼子の父親がオーナー社長をつとめているJACESはアジア最大の警備保障会社だが、国内でも海外でもさかんに投資をおこなっている。油田や天然ガス田の権利まで持っているとか。
 加うるに、このご時世だ。あいつぐ人災と天災のおかげで、防犯・防災・警備・護身の用品が売れること売れること。防毒マスクに防煙マスク、防犯カメラ、消火器、非常用発電機、防弾ベスト、それに核シェルターまで。JACES本社の年商は五〇〇〇億円をこすぐらいだが、九〇あまりの関連企業の年商をあわせると二兆円をはるかに上まわるという。『テロから自分と家族を守る九九の方法』という題の本が、先日ミリオンセラーになったが、これもJACES傘下の出版社が出したものだ。
 真偽のほどは不明だが、ロシアでは旧KGBやら特殊部隊(スペツナズ)の隊員をやとい、旧国営兵器工場を買収し、あの広い国の警備保障業界を支配しつつあるという。そのうち、完全武装のロシア人傭兵部隊が、涼子の命令ひとつで首相官邸を乗っとるような日が来るかもしれない。>

 このJACESの強大な政治的影響力および経済規模に比べれば、たかだかラ・パルマ共和国の元大統領ごときは、巨像の前のアリレベルなシロモノでしかないでしょう。そして、薬師寺涼子およびJACESは、カネと暴力にものを言わせて犯罪の隠蔽工作だの、政官界向けの諜報活動や天下り先を餌にした懐柔策だのといった所業を展開しているのですから、どの面下げてホセ・モリタの所業を高みから批判できるというのでしょうか。どちらも同じことをやっているどころか、規模の大きさという点では薬師寺涼子およびJACESの方がはるかに巨大な権力者だというのに。
 ことこの問題に関しては、創竜伝の基本設定の方が薬師寺シリーズよりもはるかに出来が良い、とすら言えてしまうくらい最悪なのですけどね。創竜伝の竜堂兄弟一派は、すくなくとも政治的影響力や経済力という点では全く無為無力の存在で、圧倒的な権力の横暴の前に本来為す術のない一般庶民が絶対的な暴力でもって対抗する、という図式が(その内実がどうであれ、すくなくとも表面的には)とにもかくにも成立してはいたのですから。力の相似性と相対的な力関係から言ってもその図式が表面的にすら成り立たない薬師寺シリーズは、結局のところ「絶対的な力を持つ悪が、自分より圧倒的に弱い悪を残虐にいたぶり尽くす」という「どっちもどっち」な構図しか読者には提示されないわけです。
 自分が絶対的な権力者であり、自分もまたホセ・モリタおよび自分がこれまで関わってきた悪役達と同様の目で他者から見られているかもしれない、という自己客観視の視点が少しでもあれば、自分のことを棚に上げて「日本史上最大の詐欺師」などという検討ハズレなタワゴトを吹聴する愚行も、避けることができたかもしれないのですけどね〜(>_<)。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P24下段〜P25上段
<モリタは日本人でありながら外国の大統領となり、九年間にわたって権力を独占し、七億五〇〇〇万ドルの不正な富を手に入れたのだ。日本史上最大、世界史上でも屈指の詐欺師といってよいだろう。
「いっそあっぱれといってやりたいくらいだけど、裁判から逃げまわりながら『サムライ』と自称するのは、お笑い草よね。サムライってのは、不名誉な疑惑をかけられただけで切腹する種族じゃなかったかしら」
「すくなくとも逃げ隠れせず堂々と裁判に出てほしいものですね」>

 だからそれをお前らが言うなって(笑)。1巻〜3巻までの間だけでも、薬師寺涼子と泉田準一郎が、JACESの力を背景にどれほどまでの違法捜査と犯罪隠蔽工作をやりくりしてきたか、やった方は都合良く忘れていても、そんな愚行を読まされた読者の方は忘れたくても忘れようがないのですけどね〜(苦笑)。自分達がこれまで行ってきたことに少しでも後ろ暗いところがないというのであれば、すくなくとも逃げ隠れせず堂々と裁判に出て欲しいものなのですが(爆)。
 そもそもこの連中は、政治的要素が絡んだ裁判が法に基づいたマトモな形で進行できると本気で信じているのですかね? 元々ペルーを含めた南アメリカ諸国には、前政権が行ったことを新政権が洗い直して国民の人気取りの材料にするという伝統があります。フジモリ氏自身、ペルー大統領就任早々、自分の前任者だったアラン・ガルシアに対して数々の汚職疑惑を元に訴追を行っていますし、ガルシアはそれによって国外逃亡、フジモリ氏の大統領罷免後に罪を許されて帰国という経緯を辿っているわけです。こういう場合、裁判の目的自体が一種の政治ショーでしかないのですから、被告が何を言おうが、裁判の結果は時の政権の都合に基づいて予め決まっている場合がほとんどです。
 日本でも、戦争の勝者が敗者を裁いた東京裁判や、刑事訴訟法を徹底的に蹂躙してまで被告を有罪にしたロッキード裁判という2つの暗黒裁判が存在しますが、これらの裁判もまた、時の政権の政治的意図から「被告全員有罪」という結論が最初から決められていたシロモノでしかなかったのです。政治的要素が大きなウェイトを占める裁判では、法と真理に基づいた公正な裁判など、そもそも期待する方がどうかしているのです。
 そして何よりも、薬師寺涼子が毎回毎回悪役を私刑同然に断罪しまくっている一種の人民裁判には、「司法の公正性」だの「裁判官は被告の味方」だの「法の適法手続き」だのといったシロモノが一切存在しないではありませんか(笑)。何しろ、薬師寺涼子の人民裁判は、薬師寺涼子の感情的発作だけが唯一の基準ときているのですから、たとえ自分に何ら後ろ暗いところがない人間であっても、よほどにマゾヒスティックな人間でもない限り、そんなシロモノからは逃げたくなるでしょうよ。
 そういう事情も知りも自覚もせずに「裁判から逃げまわりながら『サムライ』と自称するのは、お笑い草よね」「すくなくとも逃げ隠れせず堂々と裁判に出てほしいものですね」などと主張するのは、それこそ「お笑い草」でしかないのですけどね、御二方。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P36上段
<西暦二〇〇一年に国際連合が小型武器(拳銃や自動小銃)の大幅削減をめざす会議を開いた。一般市民が武器を持つことを禁止し、武器の輸出入をきびしく制限しようとしたのだが、ある一国の露骨な反対と妨害によって挫折してしまった。ある一国というのは、ディズニーランドの母国であるアメリカ合衆国のことで、どんな兇悪なテロにみまわれようと、国の内外に武器をはびこらせる政策を変えようとしないのはフシギである。>

 アメリカには、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と規定しているアメリカ合衆国憲法修正第二条があり、またイギリスから戦争によって独立を勝ち取った歴史的背景や西部開拓時代から続く慣習・伝統などから、個人に武装する権利があるとする説が多くの国民の間で支持されているという事情があるので、小型武器の所持そのものまで否定する提言に反対の声を上げること自体は別にフシギでも何でもないのですけどね(苦笑)。アメリカの政策に反対するならするで、もう少しアメリカの事情を理解した上で正確な批判を行うよう努めたらいかがです?
 そもそも、「どんな兇悪なテロにみまわれようと」などと泉田準一郎は主張しているわけですが、実のところアメリカでは「兇悪なテロに見舞われている【からこそ】、自分および家族の身の安全を守るためにも武器の個人所持は必要である」という考え方が主流なのです。この傾向はアメリカ同時多発テロ勃発でむしろ強まっていますし、アメリカでしばしば発生する凄惨な銃乱射事件の直後にあってさえ、「こういう事件を未然に防ぐためにも、アメリカ国民全てに銃を保持する権利が認められるべきだ」などと公然と主張されることがあるくらいです。
 こういう「お国柄」のため、アメリカでは銃規制に反対する声も根強く、銃規制反対のロビー活動を積極的に行っている全米ライフル協会(National Rifle Association)のような圧力団体すら存在します。アメリカも民主主義国家である以上、銃規制反対および銃保持の権利を主張する大多数の国民の声を完全に無視することはできないわけで、これがアメリカ国内における銃規制がなかなか進まず、また世界的な銃規制の流れに抵抗する最大の原因となっているのです。
 アメリカが「国の内外に武器をはびこらせる政策を変えようとしない」のは、銃の脅威に晒されているアメリカ国民の総意に基づくものなのであって、アメリカの銃問題を語る際には、批判にせよ擁護にせよ、何も調べずにただ不思議がっているのではなく、「何故そうなっているのか?」という部分も含めた事情をきちんと理解したところから始めるべきだと思うのですけどね〜。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P58下段〜P59上段
<「メアリー・セレスト号の謎」というのは、たいていの怪奇事件録に載っている有名な話だ。高校の英語の教科書で読んだ人もいるはずである。
 西暦一八七二年一二月五日のこと。ポルトガルの海岸から西へ七〇〇キロ離れた大西洋のまっただなかで、アメリカの帆船メアリー・セレスト号がただよっているのを発見された。
 メアリー・セレスト号は一〇名の乗員と二七〇トンの原料用アルコールを載せ、一一月七日にニューヨークを出発してイタリアへ向かっていたのだ。発見した船の乗員が乗りうつって船内を捜索してみると、積荷や食料や飲料水はそのまま残されていたのに、乗員の姿は全くなかった。ダイニングルームには一〇人分の食事が並べられたままで、コーヒーはまだ温かく、ストーブでは火がついていた。
 乗員たちはまったく突然に船から姿を消し、そのまま永遠に行方不明になってしまったのだ。
 ……という話で、たいていの人が「世にも恐ろしい奇怪な実話」として知っている。私自身、小学生のころTV番組で見てゾクゾクしたものだ。乗員たちは宇宙人に誘拐されたのか、それとも海中からあらわれた怪物におそわれたのだろうか。
 で、真相はというと。
 メアリー・セレスト号の救命ボートが消えていた。つまり乗客全員は何か緊急事態が発生したためにボートに乗りうつったのだが、今度は船にもどれなくなり、不運にもボートごと大西洋に沈んでしまったのだ。不明なのはボートに乗りうつった原因だけで、それ以外は謎でも何でもない。「まだ温かいコーヒー」などというのは、当時のマスコミが話をおもしろおかしくするためにでっちあげた話にすぎなかったのである。>

 あの〜、「メアリー・セレスト号の救命ボートが消えていた」という事実から、何故「不運にもボートごと大西洋に沈んでしまったのだ」という話が勝手にでっち上げられてしまうのですか? 現在に至るも、メアリー・セレスト号の乗組員は未だ死体すら発見されておらず、その行方は不明のままなのですが(苦笑)。
 メアリー・セレスト号の事件がこれだけ有名になったのは、まず、この船の発見を巡って裁判沙汰にまで発展したことが挙げられます。1872年12月5日にメアリー・セレスト号を発見したのはディ・グラチア号という船なのですが、その際の船の状況は、「積荷や食料や飲料水はそのまま残されていたのに、乗員の姿は全くなかった」「救命ボートが消えていた」に加えて、

「嵐で甲板の下に海水が侵入していたが、船の状態そのものは良好」
「積荷の原料アルコールを入れていた樽の一部が壊れて中身が流出していた」
「羅針盤は破壊されており、六分儀とクロノメーターが失われていた」
「船長室の航海日誌が11月24日の記述を最後に途絶えていた」

 というものでした。
 メアリー・セレスト号の発見者たるディ・グラチア号の船長は、自船の乗組員に命じてメアリー・セレスト号をジブラルタルに入港させましたが、当地の官憲から「海難救助料目当てで、メアリー・セレスト号と共謀して事件をでっち上げているのではないか」という疑惑がもちあがり、ディ・グラチア号の乗組員達は裁判にかけられます。最終的にはディ・グラチア号の無実が証明され、海難救助料は手渡されたのですが、ディ・グラチア号の乗組員達にしてみれば、船を救ったばかりにとんでもない迷惑を被った格好となったわけです。
 そして1884年、シャーロック・ホームズの生みの親であるアーサー・コナン・ドイルが、この事件を題材にした「J・ハバクック・ジェフソンの証言」という小説を発表します。この小説は元の事件を大幅に引用してはいるものの、同時にかなりの創作を含み、しかも船の名前を「メアリー・セレスト(Mary Celeste)」ではなく「マリー・セレスト(Marie Celeste)」と表記していたため、その虚構と不正確な名前が「事実」として大々的に広がり、世にも奇妙な怪奇事件として知られるようになったというわけです。
 しかし、アーサー・コナン・ドイルの小説の影響を排除しても、それでもなおかつ「何故メアリー・セレスト号の乗組員は、船の状態が良好だったにもかかわらず失踪してしまったのか?」という謎は謎として残ったままです。そして船の乗組員達は死体も発見されておらず行方不明のままである以上、たとえ99%以上疑わしいものであっても「不運にもボートごと大西洋に沈んでしまったのだ」という説も「100%の確定事実」にはなりえないのですし、一方では「宇宙人に誘拐された」だの「海中からあらわれた怪物におそわれた」だのといった荒唐無稽な仮説がつけこむ余地があるわけです。そういう点では、メアリー・セレスト号の謎というのは、泉田準一郎の主張とは逆に「世にも恐ろしい奇怪な実話」という要素を立派に含んだ事件と言って良いものなのです。

 さて、薬師寺シリーズにおけるメアリー・セレスト号事件の話は、上記事情以外にも深刻な問題が存在します。それは「何故この事件の怪奇要素を否定する話を、薬師寺シリーズの作中で行わなければならないのか?」という、いつもの疑問です。
 今更言うまでもないことですが、薬師寺シリーズは、現代科学では全く説明がつかない超常的な能力を駆使する妖怪だの怪物だのといったオカルト的要素が実在するという世界観で構成されています。そして、これまた今までの薬師寺シリーズ考察で何度も強調していることですが、薬師寺シリーズではそういう小説世界が構成されているにもかかわらず、同じ作中で怪奇事件のオカルト要素を全否定するような話が無意味に挿入されるわけです。しかも今回の話の場合は、わざわざ無意味にオカルト要素を全否定しようとして、それにすら失敗するという二重の錯誤を犯す醜態を演じているのです(爆)。何しろ、上記引用の作中記述の中でさえ「ボートに乗りうつった原因」については何ひとつ合理的な説明ができなかったわけですからね(笑)。
 さらに私が大爆笑してしまうのは、このメアリー・セレスト号の話の元ネタが、こともあろうに「と学会」の著書であるという事実です。4巻「クレオパトラの葬送」の参考文献には、「新・トンデモ超常現象56の真相」(太田出版)という本の名前が挙がっており、この中に泉田準一郎が主張していた内容と全く同じメアリー・セレスト号事件についての評論がそっくりそのまま存在します。「と学会」と田中芳樹のコラボレーションという、私個人としては最低最悪の笑いのネタがここに誕生しているわけです。
 まあ「【あの】と学会」が会長を筆頭にキチガイな団体であるという事実はこの際無視するとして、オカルト要素で成り立っている薬師寺シリーズで、何故「オカルト・超常現象否定集団」などと一般的に評価されている「と学会」の著書などが、薬師寺シリーズの参考文献として挙げられなければならないのでしょうか? 「と学会」の活動内容と薬師寺シリーズの世界観はどう見ても「水と油」な関係以外の何物でもないのですし、「と学会」の一般的な評価や著書の内容も、創竜伝8巻文庫版で山本弘と対談したことすらある田中芳樹は当然熟知しているはずでしょうに。
 「オカルト・超常現象否定集団」の著書の内容を、オカルトを扱った作品の中で肯定的に引用する、ということが作品に対してどれほどまでに悪影響を与えるのか、という、下手すれば小学生にすら理解できそうなことを、何故田中芳樹はいつまでたっても認識しえないのでしょうか? 薬師寺シリーズ全体を蝕む「オカルトに依存しながらオカルトを否定する」という悪しき害毒を、田中芳樹はいいかげんに理解すべきなのですが。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P72上段〜下段
<「あのホセ・モリタのやつ、どんなに気にくわなくても殺しちゃだめよ」
 私は涼子の横顔を見やった。なめらかな頬が上気し、瞳に炎が燃えあがっている。
「あなたがぶっ殺すからですか」
 涼子が返答するより早く、由紀子が正論をとなえた。
「ホセ・モリタ氏の人格はともかく、今回の事件の関係者という証拠は何もないのよ」
「あたしとアメリカ軍のやることに、証拠なんていらないわ」
 私は上司の発言に暴走の予兆を感じとった。
「ご存知とは思いますが、ホセ・モリタはただの詐欺師じゃありませんよ。大統領だったころ、治安維持のためと称して、先住民を虐殺したり、ゲリラの故郷の村を住民ごと焼きはらったり、およそ手段を選ばない人物だということです」>

 アメリカ軍も、美神令子の超劣化クローン人形に過ぎない薬師寺涼子の低能女などとは一緒にされたくないでしょうねぇ〜。アメリカ軍はすくなくともアメリカおよびアメリカ国民のために働いている上、アメリカ国法の制約下にあるのに対して、薬師寺涼子はただ自分自身の本能的欲求を満たすためだけに、それも警察官が一番死守しなければならないはずの法律を得手勝手に蹂躙しながら行動しているわけですし(苦笑)。
 それと、泉田準一郎はゲリラに対するホセ・モリタのやり方を否定していますが、南アメリカにおけるゲリラ組織がどれほどまでに非道な存在であるのか、少しでも調べてみたことがあるのですかね? 南アメリカにおけるゲリラ組織は、麻薬密売およびその用心棒代を資金源とし、毛沢東思想を信奉し、町や村への無差別攻撃や都市部への無差別テロ、富裕層や外国人の身代金誘拐など、それこそ「手段を選ばない」武装犯罪集団そのものです。特にペルーのゲリラ組織「センデロ・ルミノソ」は、一時期ペルー国土の3分の1を武力制圧し、その虐殺行為の苛烈さなどから「南アメリカのポル・ポト」と呼ばれるほどに恐れられていました。
 ペルーでは「センデロ・ルミノソ」の無差別攻撃の結果、攻撃を受けた農村地帯は軒並み荒廃し、そこから逃げ出した国内難民が都市部、特に首都リマに押し寄せ、人口構造がわずか数年で激変した上、就業人口の7〜8割が失業状態にあるという深刻な経済危機が発生する惨状に陥っています。ペルーのゲリラ組織は、国内で内戦が起こせるほどの規模と力を公然と擁していたのであり、一国の指導者と言えど、それに対抗するのは決して容易なことではなかったのです。
 そのセンデロ・ルミノソを撲滅するためにフジモリ氏が行ったのは、農民に武器を供与して自警団を組織させ、自己防衛能力を身につけさせることでした。フジモリ氏の援助で組織された526の自警団は軍隊以上の威力を発揮し、センデロ・ルミノソはいたるところで敗北、多くの町や村から追放されました。そして1992年には、センデロ・ルミノソのアジトを襲撃し、指導部の99%以上を逮捕して壊滅的打撃を与えることに成功しました。この功績から、フジモリ氏は多くの国民からの支持を受けるようになったのです。
 そのゲリラ殲滅の際に、一般人が巻き込まれた可能性は確かに否定できません。しかし、ゲリラというのはそもそもが一般人を巻き込み、盾にすることで敵からの攻撃をかわそうというものなのであり、一般人が巻き込まれることを問題にするのであれば、まずはゲリラ組織のやり方についてこそ問われなければならないでしょう。先に「手段を選ばない」戦法を展開し、一般人を害しているのはゲリラ組織の方なのですから。
 薬師寺涼子と泉田準一郎のホセ・モリタ評を見ていると、あの2人は南アメリカ諸国が日本と同等かそれ以上の自由と平和を謳歌していて、それを無用に引っかき回した政治家がいる、などというありえない前提をベースに南アメリカの政治を語っているように思えてならないのですけどね。


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P114下段〜P115上段
<水間の手には四五口径とおぼしき拳銃があった。豚の鼻に似た不恰好な消音装置がついている。全世界がテロにおびえる今日のご時世で、普通の拳銃など船内に持ちこめるはずがない。消音装置もふくめ、金属探知機にひっかからないセラミック製であろう。
 だいたい世界のテロリストや犯罪組織が所有している武器の半分以上はアメリカ製なのだ。水間が手にしたセラミック製の四五口径拳銃も、アメリカ軍の特殊部隊が使用しているといわれる。そのことを売りものにして、アメリカの兵器会社が他国へ輸出しているのだ。>

 薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」では、ストーリーの流れでアメリカが絡む箇所はどこにも存在しないというのに、どうしてこうまでアメリカが何度も繰り返し引き合いに出されなければならないのでしょうかね。まあその原因が、アメリカ同時多発テロ事件で発狂状態にあった田中芳樹の意向によるものである、という程度の裏事情は私も簡単に理解できるのですが(笑)。
 さて、「世界のテロリストや犯罪組織が所有している武器の半分以上はアメリカ製」というのは、小型武器に限定して言えば明らかに大嘘ですね。テロリストや傭兵が使用している武器の大部分は、旧ソ連が開発し、現在も世界14ヶ国で製造されているAK−47シリーズで、通称「カラシニコフ突撃銃」と呼ばれているものです。AK−47シリーズの利点は、安価(アフリカでは一丁30ドル以下で購入可能)で信頼性が高い(酷寒地帯や砂漠でも安定動作しかつ故障しにくい)上、銃を扱うのが初めての人間でも比較的扱いやすいことにあります。
 AK−47シリーズは、冷戦時代には旧ソ連から旧東欧諸国および紛争地帯へ大量に輸出され、一部の国にはライセンス生産も認められたことから、推定8000万〜1億丁以上が世界に出回っているとされています。それらの銃はテロリストや発展途上国の紛争などで積極的に使用されたため、AK−47シリーズは「人類史上最も人を殺した兵器」「小さな大量破壊兵器」とすら言われているほどです。武器輸出による人的被害を問題にするのであれば、まず真っ先に取り上げられなければならないのはこれでしょう。
 そして、確かにアメリカの武器輸出総額は、冷戦崩壊後、世界全体の40〜50%前後を占めていて世界一の数値を誇っているのですが、これには数値のトリックがあって、アメリカ製の武器単価が旧ソ連製のそれと比較して高いことがあるんですよね。たとえばAK−47シリーズと対抗するアメリカ製のM16シリーズ1丁当たりの単価は約300〜600ドル前後ですが、AK−47シリーズは前述のように場所によっては30ドル以下、一般的な購入価格でも50〜100ドル程度で購入可能です。つまり、金額だけで見ると、1丁のM16シリーズと3〜20丁のAK−47シリーズが同じ数量であるかのように見られてしまうわけで、これでアメリカの武器輸出「のみ」が世界的な脅威であるかのごとく語られるのは不公平もいいところでしょう。そしてこれは小型武器のみならず、全ての兵器について言えることです。
 まあアメリカ同時多発テロ事件ですっかり血迷ってしまった田中芳樹および薬師寺シリーズ作中のキャラクター達に、このような数値のトリックを理解しろという方が無理な注文なのでしょうけど、スレイヤーズや極楽大作戦のコピーを執筆&演じるのであれば、せめてもう少しオリジナルに恥じないような言動を心がけては頂けないものなのですかね〜(>_<)。



 さて、4巻「クレオパトラの葬送」の物語終盤、薬師寺涼子が豪華客船クレオパトラ八世号の外部からマスコミを呼んで、ホセ・モリタの悪行を大々的に宣伝する描写が存在します。
 しかし、これほどまでにその行動全体がツッコミどころ満載であるというのは、薬師寺シリーズの中でも1、2を争うレベルなのではないですかね↓


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P190上段〜P191上段
<私の当惑をよそに、美貌の上司は悠然とマドロス帽をかぶりなおしている。マーガレット・チャンが歩み寄ってマイクを突きつけた。
「あなたのお名前と職業を」
「ヤクシジ・リョーコ。職業は日本の警察官」
「いったいこの豪華客船で何がおこったのですか」
「まだ過去形ではお話できません。二〇人ほどが怪物に殺され、事件は現在進行中です」
 きびきびと、しかもあでやかに涼子は答える。彼女の正体を知らない者全員を魅了してやまない笑顔だ。私はだまされない。だまされないが、それでもつい見とれてしまう。
「すると私たちは、現在進行中の大事件をこの目で見て、全世界に報道できるのですね」
「ええ、WMCの報道に期待しております。あたしはここで日本警察を代表し、かつてラ・パルマ大統領を僭称したホセ・モリタ氏を重罪犯として世界に告発します!」
「これは大ニュースです。ホセ・モリタ氏の具体的な罪名は?」
「武器の不法所持、ハイジャック防止法違反、公務執行妨害、殺人、殺人未遂、器物破損、脅迫、監禁、もう数えきれませんわ」
「ハイジャック」には船舶の不法占拠もふくまれるから、涼子はそういったわけである。一言ごとにうなずくマーガレット・チャンに、涼子はさらなる情報を提供した。
「それと、ホセ・モリタ氏は、夫人を事故に見せかけて殺害したことも告白しました。彼は政治的犯罪者という以前に、殺人犯としてラ・パルマ政府に引き渡されることになるでしょう」
「何と! 視聴者の皆さん、これはおどろくべき事実です。日本政府は殺人犯ホセ・モリタ氏をラ・パルマに引き渡すでしょうか。それとも社会正義と国際世論に背を向けて……あ、いや、その前に、ホセ・モリタ氏ご本人の言分をたしかめてみましょう」
 デッキの向こうにホセ・モリタがすさまじい形相で立ちつくしているのが見えた。これほどばかばかしい笑劇で自分の野望の幕がおろされようとは、想像もしなかったにちがいない。>

 ある意味これは歴史に残るインタビューでしょうねぇ〜。何しろ、「視聴者二〇億人」を豪語している世界的なメディア媒体で、怪物の存在をカミングアウトしてしまったのですから。
 何度も繰り返し主張していることですが、薬師寺シリーズはオカルトや妖怪・怪物が実在しているにもかかわらず、一般社会ではそれが常識とされていない世界です。そういう世界で突然怪物の存在が公表され、全世界にその映像が放送される……などという事態が発生するのであれば、それは世界を揺るがす一大スクープです。はっきり言って、ホセ・モリタの犯罪行為など、この大スクープの前には巨像の前のアリにも等しいインパクトしかありません。
 そして、ここが一番重要なことなのですが、かつて薬師寺涼子は、1巻「魔天楼」において「怪物の存在は絶対に認められない」「警察と科学者がオカルトを認めちゃいけない」などと主張した挙句、高市理事長に無実の罪を着せて真相を隠蔽していた前科があります。ところが今回のインタビューで薬師寺涼子は、自分から積極的に、それも日本警察の名前を出して怪物の存在を世界的なメディア媒体で公然とアピールするという、1巻「魔天楼」における己の主張を全て180度引っくり返す愚挙に出たわけです。そうなると、1巻で無実の罪を着せられた高市理事長は、一体何のために冤罪を着せられなければならなかったのでしょうか?
 しかも、ここで怪物の存在が公になると、当然過去の未解決事件や不可解な事件などが「実はこれらもオカルティックな怪物が絡んでいるのではないか?」ということで全て洗い直される可能性がありますし、そこから高市理事長の冤罪事件も蒸し返されることになるかもしれないのです。自分で自分の首を絞めるような真似を薬師寺涼子は結果としてやらかしてしまっているわけで、いよいよもってわけが分からなくなってきます。
 ところが、それほどまでの大事件を自分の手で引き起こしたにもかかわらず、薬師寺涼子は事の重大性を自分では全く理解しておりません↓


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P192下段〜P193下段
<「おお、怪物の最期です!」
 マーガレット・チャンのナレーションは思いいれたっぷりだった。怪物は白煙をあげつつプールの縁にたどりつき、たいして水音もたてず水中に転落したのだ。
「南米の奥地から出現し、豪華客船クレオパトラ八世号を恐怖のドンゾコに突き落とした銀色の怪物は、いま海水を満たしたプールの中で最期を迎えようとしております。カメラはプールサイドの三ヵ所から、その光景を多角的にお見せいたします」
 三人のカメラマンがそれぞれのカメラをかまえてプールサイドを走りまわる。いささか憮然として、私は視線を動かした。室町由紀子は両手をにぎりしめて、どこまでもマジメに怪物の最期を見つめている。岸本は、左右から金髪美女に抱きつかれ、
「ダイジョーブ、ダイジョーブ、ボクがついてるからね」
 と無責任なことをほざいていた。私は肩の上に乗ったままの涼子に問いかけた。
「いいんですか、これで」
「こんなものでしょ。あとはあたしの知ったことじゃないわ。プールの水をこのままにして後日に分析するなり、海に流してしまうなり、オエラガタに押しつけ、じゃない、まかせればいい。漢方薬の材料で売り出してもいいし」>

 全世界に存在が公表された怪物の処遇についてのこの冷淡ぶり、なかなかに笑えるものがあるのですけどね。怪物の存在はホセ・モリタの犯罪を立証するのに必要不可欠な物的証拠である、という認識および危機感が、何故薬師寺涼子には一欠片たりとも存在しないのでしょうか。
 薬師寺涼子は件のインタビューで、ホセ・モリタの罪状を並べ立てているわけですが、その罪状、特に「殺人、殺人未遂、器物破損」についてはホセ・モリタ本人ではなく怪物が手を下したものであるわけで、その犯罪を立証するためには、法廷の場で怪物の実体を提出し、怪物の存在・怪物の特殊能力・怪物の操り方・怪物を使った犯罪の実行方法などといったものを全て証明する必要があるのです。ならば怪物の保存は本来薬師寺涼子が誰よりも率先してやらなければならない必要最低限の必須事項であり、「あとはあたしの知ったことじゃないわ」で責任回避している場合ではないはずでしょう。
 薬師寺涼子はオカルトな怪物に何度も遭遇していたり、法律を何度も蹂躙していたりしていますのですっかり感覚が麻痺しているのかもしれませんが、一般社会ではオカルトの存在は十二分に未知の存在なわけですし、法的手続きをきちんと踏まえた上で裁判も行わなければならないのです。それを無視して全てを警察・検察および裁判所に無責任な丸投げをしてしまうと、最悪、ホセ・モリタは証拠不十分ないしは法的手続きの不備で無罪どころか不起訴になる可能性すらありうるわけですが、それで良いとはまさか断言しますまい?
 この無責任ぶりは、創竜伝の竜堂兄弟とも通じるものがありますね。自分から騒動を引き起こし、敵対相手を罵り、その行動の邪魔をしておきながら、その後の後始末は全て他人に押しつけた挙句、それが当然であるかのような態度を取る。そんな「反対のための反対」しか能のない連中は救いようのない低能集団であり、政治を批判する資格などない、というのが「私の創竜伝考察シリーズ」を中心とする考察シリーズ最大のテーマのひとつであるわけですし、今回の薬師寺涼子の行動もまた、それに該当するということになるのですけどね〜。
 その薬師寺涼子が、調子こいた挙句にこんな妄言を吐き捨てるに至っては、もはや笑止な限りでしかないのですが↓


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P193下段〜P194上段
<プールの向こうで、ホセ・モリタがすわりこんでいるのが見える。座禅でも組んでいるようなポーズだが、青白い照明を受けた顔はうつろで生気を欠いていた。
「私はてっきり、あなたがホセ・モリタを銀色の怪物に食べさせてしまうもの、と思ってました」
「そのほうがよかった?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あんなやつに悲劇的な最期をとげさせてやるほど、あたしは親切じゃないわよ。ホセ・モリタのやつは世界に生き恥をさらすのがお似あいなの。あの詐欺師をサムライなんてほめそやした愚昧な支持者ともどもね」
 辛辣きわまる口調だが、めずらしく本気の欠片がこぼれ出しているようにも聞こえた。
「この国の政官界に自浄作用なんかはたらかない。思いっきり恥をかかせてやれば、すこしの間だけは首をすくめておとなしくしてるでしょ。あたしが天下をとる前にできるのは、せいぜいそれくらいよ」>

 「この国の政官界に自浄作用なんかはたらかない」って、アンタも警察組織の一官僚という「自浄作用なんかはたらかない」政官界の立派な一員でしょうに(爆)。いやそれどころか、薬師寺シリーズを読む限りでは、マスメディアから全く批判を浴びず、一番好き勝手に振舞っている人間こそが、他ならぬ薬師寺涼子自身なのですし、「日本のJ・E・フーヴァー」と呼ばれて「日本警察を乗っとりつつある」ことを自慢していた描写すら存在するのですから、見方によっては「この国の政官界に自浄作用なんかはたらかない」のは薬師寺涼子のせいである、という評価すら叩きつけることができたりするのですが(笑)。
 しかも、今回の件に関してさえ、最後の最後で以下のような犯罪行為の自白を公然と行ったりしているわけですし↓


薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P195下段〜P197下段
<私の視線を受けて、涼子はイタズラっ子の表情をつくった。
「つまりね、この船にはざっと五〇〇名の乗客が乗っているわけなんだけど」
「それは知っていましたが」
「そのうち四五〇名はJACESの社員なのよ」
 私は四秒ほど黙っていた。それからいった。
「え!?」
「だから、いまこの船に乗っている客は、九割がたJACESの社員だっていってるの」
「すると一般の乗客は……」
「そんなの、ひとりもいないわよ。警察官が六名、ホセ・モリタの関係者がざっと五〇名、それ以外は全部JACESの社員。女性社員もいるわ」
 私の脳裏でいくつかの情景があわただしく交替した。女性客がすくない、老人がすくない、あやしい男たちの集団、さまざまの奇妙な行動……。
「つまり、この船は事実上あなたが借りきっていたんですか!?」
「そういうこと」
 涼子はうなずいてみせた。私はなお混乱しつつ、ビンボー人らしい質問をした。
「いったい全部で費用はいくらかかったんです?」
「あ、たいしたことないのよ。ざっと一〇〇〇名分、横浜から香港まで四泊五日、インサイド・ステートルームなんてあんがい安いものだし……」
「いくらです!?」
「怒らなくてもいいでしょ。総額で二億円ていどのものよ。それも公費ではなくて、あたしのオコヅカイなんだから」
 私はかるいメマイにおそわれた。一時的に地球の重力が狂ったような気分だ。
「それじゃ衛星通信の回線が使用不可能だというのも、陸との連絡がとれないというのも……」
「ごめん、全部ウソ」
 クレオパトラ八世号を孤立させていた真犯人は、ホセ・モリタでも怪物でもなく、涼子だったのである。私はどうにかデッキに足を踏みしめ、呼吸と口調をととのえた。
「まったく何ということをしてくれたんです。もし陸との連絡がちゃんとついていたら……」
「だから、ちゃんとついてたわよ」
 涼子はかるく肩をすくめてみせた。
「船上は異状なし、という定時報告をちゃんとしてたし、あたしとマリアンヌやリュシエンヌ、それにJACES本社との連絡もちゃんとついてたの。ホセ・モリタが国民新聞社に送ろうとしたファクシミリは、なぜかとどかなかったけど」
(中略)
 あらためて私は涼子に確認した。
「つまりこの船をハイジャックしてたのは、ホセ・モリタではなくあなただったんですね。もしそんなことが公に知られたら……」>

薬師寺シリーズ4巻「クレオパトラの葬送」 講談社ノベルズ版P199下段〜P200下段
<それより重要なのは、この事件とJACESとの関係がどうなっているのか、という点である。涼子の説明を聞かねばならない。
「つまりさ、ラ・パルマの新政府はずっと日本政府にホセ・モリタの送還を要求していたわけ。でも日本政府はまったく応じようとしなかった」
「援助金の不正に関しては、もろに共犯ですからね」
「それでラ・パルマ政府は日本政府は見限って、JACESに依頼してきたわけなのよ」
「ホセ・モリタを拉致して、ラ・パルマに送りこめというんですか」
「ホセ・モリタ本人はもうどうでもいいのよ。逮捕だの送還だの裁判だの、メンドウなだけだから。ラ・パルマ政府にとっては、七億五〇〇〇万ドルのおカネのほうが、ずっと重大なの。それさえ獲りもどせば、一文なしになったホセ・モリタに用はない」
「なるほどね。七億五〇〇〇万ドルの奪還を依頼してきた、と」
「そう」
「タダなわけがありませんよね。手数料はどれくらいなんです」
「たった八パーセント」
「それでも、ええと、六〇〇〇万ドルになるじゃないですか!」
 豪華客船一隻をまるごと借り切るのに二億円かかったとしても、廉いものだ。企業としては大幅な黒字、しかもラ・パルマの新政府に貸しもつくることができる。旨味たっぷりのビジネスだが、公務員である涼子が一私企業の便宜をはかってもよいのか。
 私の疑問を、涼子は一笑に付した。
「いっとくけどさ、あたしをこの船に乗せたのは警視庁の上層部よ。たまたまJACESのビジネスとかちあっただけじゃないの」
「たまたまね……」
 火を消そうとして、水のつもりでガソリンをかけてしまう人々。それがわが警視庁の上層部なのであった。アヤマチの結果は、彼ら自身でシマツをつけるしかなさそうである。>

 ……薬師寺シリーズを読んでいるとつくづく考えてしまうことなのですけど、JACESという組織は日本における犯罪シンジケート的位置付けにでもあるのではないですかね? 薬師寺涼子がしでかしている様々な違法行為をバックアップするだけでなく、政官界の天下り先確保と引き換えに影響力を保持したり、自分に都合の悪い犯罪の隠蔽を行ったり、ハイジャックや金品略取の依頼を引き受けたりするなど、やっていることは北朝鮮と何も変わりません。さっさと破防法でも適用して組織を解体した上で、その悪行を白日の下に晒すのが、日本のためのみならず、政官界の自浄作用にも寄与することになるのではないかと思うのですが(爆)。
 それに、薬師寺涼子が推進し、泉田準一郎が絶賛している「JACESのビジネス」とやらは、JACESにとってもラ・パルマにとってもそんなに旨味のあるシロモノなのですかね? 「コストパフォーマンスの悪さ」「リスクの大きさ」という点ではむしろ「やらない方が良かった」としか評しようがないのですが。
 そもそも、ラ・パルマがJACESに依頼していることは、れっきとした日本国への主権侵害行為です。ラ・パルマの行為は、たとえその実態がどうであれ、政治的に見れば「日本国内で生活している、日本政府が認知している日本人の財産を、外国の国家が違法な行為でもって盗むことを直接指示している」ということに他ならないのですから。こういう行為は普通「国家ぐるみのテロ」と呼ばれても不思議ではありませんし、この事実が露見しようものならば、日本とラ・パルマの国際問題にまで確実に発展します。そんなリスクを犯してまで、ホセ・モリタ所有の7億5000万ドルは何が何でも獲得しなければならないものなのでしょうか?
 「ホセ・モリタの身柄などどうでも良い、問題なのはカネだ」と考えるラ・パルマの立場に立って考えてみれば、ホセ・モリタを利用してもっと容易かつ確実にカネを獲得できる方法がひとつあります。「ホセ・モリタの身柄については諦めますので、今後も引き続き我が国に(ホセ・モリタ時代と同水準以上の)厚い経済支援をお願いします」という形で日本政府と取引をすれば良いのです。日本政府にしてみれば、ラ・パルマからの厄介事にとりあえずは終止符を打つことができますし、ラ・パルマは労せずして7億5000万ドルよりもはるかに多くの経済援助金を得ることができます。薬師寺シリーズの作中に登場するような日本の政治家であれば、かつてのホセ・モリタがやったような新たな利権が確保できると喜んで賛同する者も多いことでしょう(苦笑)。
 第一、ホセ・モリタは独力で日本から経済援助金80億ドルを引き出すことに成功しているというのに、その残りカスに執着した挙句、無為無用な国際問題を引き起こしかねない愚行を演じている現ラ・パルマ政府というのはどれほどまでに無能な存在なのでしょうか。この程度の連中がラ・パルマで政権を握ることができるというのであれば、ホセ・モリタがラ・パルマで9年もの間政権を維持できた理由も分かろうというものです(笑)。

 まあ現ラ・パルマ政府が無能な存在であるならば、そんな奴のリスクだらけな依頼などを軽々しく引き受けるJACESもまた、相当なまでにお人好しかつ低能な存在でしかないのですけどね。無為無能な現ラ・パルマ政府などのために、ハイジャックや窃盗罪をはじめとする諸々の犯罪行為に手を染め、さらにそこまでして手に入れたカネをバカ正直に現ラ・パルマ政府に献上してしまうというのですから。
 先にも述べたように、現ラ・パルマ政府がやらかしているのは日本国の主権侵害行為であり、その片棒をかつぐJACESが行っていることは日本の法律に抵触する犯罪行為です。事件の全貌が露見すればただではすまないこと、JACESも現ラ・パルマ政府と何ら変わりありません。
 しかも今回の場合、JACESには自分達の足を引っ張りかねない致命的なアキレス腱が存在します。それはJACESに愚かな依頼をしてきた現ラ・パルマ政府です。現ラ・パルマ政府は、すくなくともJACESが自分達の依頼を引き受け、非合法な手段でカネを奪い取ったという事実を当然知っているわけですから、それをネタに今後、JACESに脅しをかけてくる可能性が存在するのです。もちろん、同じことは現ラ・パルマ政府についても言えることですが、ホセ・モリタが過去の経済援助金キックバックをネタに日本の政治家を脅していたやり口を、今度は現ラ・パルマ政府からJACESが受けるようになってしまうわけです。
 さらに言えば、今回の件でJACESおよび薬師寺涼子は、7億5000万ドルのホセ・モリタのカネをせしめる報酬として6000万ドルを受け取る契約で依頼を受けていたわけですが、最初から依頼など受けることなくホセ・モリタを攻撃してカネを奪えば、そのカネを全て自分の物にすることができたはずではありませんか(爆)。今回の件で現ラ・パルマ政府が何か支援をしたという形跡も全くないのですし、JACESおよび薬師寺涼子は、ほとんど独力でホセ・モリタから隠し財産を毟り取っていたわけですから、そうした方がはるかに効率的かつ安全確実だったのではないかと思うのですが(笑)。
 無為無用な日本国の主権侵害行為をやらかした挙句、JACESに犯罪行為を伴う依頼を行った「だけ」の現ラ・パルマ政府などのために、何故自分達が独力で獲得したはずのカネの大部分をくれてやらなければならないのでしょうか? JACESの「旨味たっぷりのビジネス」とやらは、6000万ドルの利益を得たのではなく、本来自分の手に入るべき6億9000万ドルの損失を被ったと見るのが妥当なところではありませんか。そこまでして現ラ・パルマ政府に入れ込むことに、一体何の意味があるというのでしょうか。
 「トテツモナイ・オカネモチ」たる薬師寺涼子に、ビジネスの才能は絶無ですね。まああれほどまでに刹那的かつ感情的に行動するしか能のないパッパラパー女に、そんなシロモノがある方が逆に驚きなのですが(笑)。



 4巻「クレオパトラの葬送」の論評、いかがでしたでしょうか?
 次回の考察は、薬師寺シリーズ5巻「黒蜘蛛島」と、その5巻の外伝的位置付けとなっている薬師寺シリーズハンドブック「女王陛下のえんま帳」の2つをまとめて論じてみようと思います。


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