初代管理人の本論6

田中芳樹の認識

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加

田中芳樹を撃つ!初代管理人 石井由助氏によるサイト掲載文

 創竜伝の主人公竜堂始(つまり、田中芳樹)は、共産主義が嫌いなのだそうである。それは別に構わない。私だって、共産主義なんてたまらない。
 では、どのように嫌いなのか?
 主人公は、次のように嫌いな点を挙げる。

・共産主義は一党独裁だから嫌だ。俺は万年野党が好きだ。
・共産主義は歴史を破壊するから嫌だ。歴史ある地名をスターリン広場などと改名したりする。その点、中国は文化大革命中だって北京市を毛沢東市にしようなんてしなかった。さすが中国だなあ。

 この二つである。第二の「さすが中国」は相変わらずと笑い飛ばすとしても、この無知ぶりは相当である。
 一党独裁だって、歴史の破壊だって、何も共産主義だけの問題ではないし、共産主義の核心とは何の関係もない。
 複数政党制で歴史を破壊しない共産主義ならいいのか? ハジメ君。
 そのうえ、それ以外の勘違いまであるとすれば(ザ・ベスト「反創竜伝・評論批判編2−A」新Q太郎さんの投稿参照)、いやはや、なんと言おうか…
 ここで政治論を一発ぶつ気はないので簡単に言うが、共産主義の本質は、一言で言ってしまえば平等の追求である。結局はその本質から構造に無理があったので共産主義は崩壊してしまったわけだが、それでも共産主義が出現し、世界の半分を席巻した以上は、簡単に片づけることは出来ないし、片づけてはいけない。その歴史的役割を検証し、論じなければならない。唯物史観的に言えば、弁証法的に止揚されねばならない。
 田中作品には、「歴史に学ぶことが大切」というお題目がたびたび登場する。正論である。そのとおりだ。歴史から学ぶことは多い。
 だが、はっきり言ってここでの田中芳樹は「歴史に学ぶ」などという姿勢から一番遠いところにいる。田中芳樹のように、「共産主義→一党独裁→政治腐敗→いけない」などと、正も反も一緒くたに葬ってしまうことこそが、歴史の破壊なのである。

> 「この非国民が!」という罵倒を受けて、次男の続が次のように言う。
> 「非国民ですか。いい言葉ですね。あなたたちに愛国者と呼ばれるほど、悪いことをしたおぼえはありませんよ」
> 「第二次大戦のとき、日本の愛国者とやらがどんなことをしたか、アジア諸国の人たちに尋いてみるんですね。やったほうはつごうよく忘れても、やられた人たちは忘れていませんから」
(創竜伝4巻 P54〜P55)

 では、その侵略に対し、果敢に立ち向かったのは誰だったのか。言うまでもなく、中国の「愛国者」だったのである。その侵略に対し、迎合したのは誰だったか。果敢に立ち向かった「愛国者」に言わせると、それは汪兆銘政府という「奸賊」「非国民」だったのだ。もちろん、迎合した汪兆銘達は自分達こそが「愛国者」だと思っている。
 このように、現実とは、田中芳樹の卑小な図式になど当てはまらない、ずっと複雑怪奇な代物なのである。

・余談
> 『…歴史上いちばん醜悪な日本語を使ったにちがいない。「非国民!」という、「万葉集」の時代にも「平家物語」の時代にも存在しなかった言葉を。…』
(創竜伝4巻 P57)

 ってね、おいおい田中芳樹! あんた本当に歴史好きなの? 「万葉集」や「平家物語」の時代に「非国民」という言葉がなかったのは、別に昔の日本人が正しくて今の日本人が間違っているからじゃなくて、そもそも国というものに対する概念が違うからだろ。近代国家という概念がない人々に国民という概念があるはずがないし、国民という概念がないところに非国民などという言葉があるはずがない。これは、現在でも近代国家という概念がないアマゾンの奥地で原始的な生活を守っている人たちに「非国民」に相当する言葉がないのと同じだ。今の日本人と昔の日本人はおかれている状況が違い、考え方が違うはずなのだから、文化人類学的な「文化間の価値の相違」というものを歴史にも当てはめなければ、昔の人間が何を考えていたかなど判るはずがないではないか。

> 『始はもともと、警察が中立だなどと信じてはいない。警察が中立であるなら、なぜ、右翼団体にかぎって、スピーカで怒号するのを放置しておくのか』
(創竜伝1巻 P128〜P129)

 なるほど、私も警察が中立であるとは思わない。どちらかと言えば、右寄りであるのも事実だろう。
 しかし、『なぜ、右翼団体にかぎって、スピーカで怒号するのを放置しておくのか』とはよく言ったものである。これと同じ論理を現代書館のforBeginersシリーズの左翼思想バリバリの本(確か「天皇制」だったと思うが、確証はない)でも読んだことがあったが、よくもまあ、こうも自虐的になれるものである。
 確かに右翼の街宣車は放置されているが、左翼団体だって駅前でビラ配りしているし、自治会の強い大学などでは堂々と「帝国主義粉砕・三里塚を支援せよ」という類のアジ看板が外に向けて掲げられている。右翼団体だって警察に相当弾圧されていたことは、「SPA!」の「夕刻のコペルニクス」を流し読みしている程度で判るぐらいの常識である。
 私は右翼ではないし、右翼思想を肯わないが、日本愛国党の総裁だった赤尾敏氏には敬意を払っている。
 この人が、戦前、東条内閣に一人で楯突き、日米開戦に反対したことを田中芳樹は知っているだろうか?
 世の中が、田中芳樹の図式ほど単純ではない、いい実例である。

田中芳樹を撃つ!初代管理人 石井由助

初代管理人の本論6の関連リンク一覧

初代管理人の本論 本文全一覧

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加