初代管理人の本論1

田中芳樹の本が発禁になる?

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加

田中芳樹を撃つ!初代管理人 石井由助氏によるサイト掲載文

 今時、こんなことを言っている人は惰性で言っているのであって、本気で言っているのではないのだろう。こんなタワゴトがバカな事であるのを立証するのは実に簡単なことである。次の設問を考えてみて欲しい。いや、本当に簡単なことだから。

<設問>次のABCのうち、発禁になる可能性が多いものから順に並べよ。

A 少年法や加害者の人権なんか考えない雑誌。

B 黒人は下等だから未開な部族だとしているマンガ。

C 軍国主義反対。腐敗した権力者は批判され弱者の人権は守られるべき、という小説(創竜伝)。

 答えは、ABCかBACのいずれかになったはずである。ABに類する本が戦後数多く発禁にされてきたにも関わらず、Cの類は全く発禁などされていないのである。否、それどころか、「天皇の戦争責任」をどれだけ書き連ねようが、「日本を不況にしたバカ首相」と政府に悪罵の限りを尽くそうが、そんなものは発禁になりはしないのである。大体、創竜伝程度のことで発禁にされていたら、毎晩「正論」を吐いている久米宏や筑紫哲也は今頃牢屋の中にいなければならない。
 もう、お判りになられただろう。田中芳樹の本は、間違っても発禁になどなりはしないのだ。
 では、何故田中芳樹は発禁にならない自分の本を「発禁になる!」などと得意がっているのだろうか(そう、得意がっているのである!)。この醜悪な言動は、田中芳樹の言説が次の図式に依っていることに原因があると言っても構わないだろう。
 その図式を簡単に表すと…

<正しいもの>

進歩派(野党・左翼)、少数者、非国民、非権力者、自由、民主主義

<いけないもの>

保守派(与党・右翼)、多数者、愛国者、権力者、管理、全体主義

 だいたいこのようなものである。世の中をここまで単純に割り切ってしまえるのは感動的ですらある。ほんの少しの知性や羞恥心が残っていたら、こうはいかない。
 この図式を立証しよう。悪役である政治家の描写に、この図式が見事なまでに凝縮されている。創竜伝に出てくる政治家は必ず…『「保守」で「与党(権力者)」、汚職を正当化しようとするくせに、やたらと日本は素晴らしい国だと口走り「愛国」心を説く「全体主義者」で、国民を「管理」したがっている…』。
 笑いたくなってしまうが、まだ笑ってはいけない。この政治家たちが「反国家、反政府的な危険思想」(さきほど書いたとおり、久米宏レベル)を持つ主人公たちを罵るときのセリフがまたイカして(イカれて)いるからだ。

> 「…いかんなあ、日本は世界でもっとも繁栄しているすぐれた国だよ。それを批判したり否定したりするのは、共産主義者か非国民だけだよ。そういう人間は日本には必要ないね。くさったリンゴが一個あると、籠のなかのリンゴが全部くさってしまうものだ。排除せねばならんね」
(創竜伝3巻P160)

「き、君はどうやら単に共産主義者というだけでなく、愛国心ゼロの無政府主義者らしいな」
(創竜伝3巻P161)

 …こんなことを口走る人に、是非とも会ってみたいものだ。今時、右翼だってこんな事を喋るのには羞恥があるだろう。更に笑止なことに、このセリフを吐いた悪人に対し、主人公はこう思う。

> 「…こいつはほんもののアホだな、と、始(筆者注・主人公の名)は断定した。現在の政府を批判するから共産主義者だ、無政府主義者だなんて、ナチスの残党でも恥ずかしがるような低次元の決め付けではないか…」
(同上)

 人を批判するのに有頂天になって、自分の足下には気が付いていないらしい。自分がアホだと断定される可能性については考えていないらしい。「保守派で権力があるから全体主義者だ、軍国主義者だなんて、赤軍の残党でも恥ずかしがるような低次元の決め付けではないか…」なあ、田中芳樹。
 そもそも、この男には「自分がどう見られているか」という視点が欠如しているのではないか?緒言で、私は田中芳樹は影響力を持っており、影響力は権力の本質であることを説いた。権力は相手を支配する力であるのと同時に自分の思想に従わせる力でもあるからだ。影響力とは、自分の思想に従わせる力である。従わせている状態である。田中芳樹は権力者なのである。しかし、田中芳樹は自分の影響力を一度として正視しようとしていない。それは自分の権力の確認であり、権力者であることは彼の思想ではいけない事だからだ。「発禁」云々で得意がっているのは、そのうしろめたさの裏返しである。
 人がもっとも腐敗し残虐になるのは「正義」を語っている時だと田中芳樹は言う。正論だ。私も異論はない。だが、民主主義・人権の世である現代に於いて、ときおり正義となるのは、田中芳樹が敵役に使うような単なる権力ではない。それは、いつの間にか「権力」になった、そして自分が権力者であることに目をつぶった「弱者」である。
 レーニンが自分を「権力者」だと思って虐殺をしたか?否。自分たちは虐げられたプロレタリアであり、それゆえに搾取者であるブルジョワの存在を認めてはいけない…その「正義」の名で行われたのが、あの大粛正なのだ。
 ポルポトが自分を「強者」だとして虐殺をしたか?否。あの虐殺の被害者は都市生活者であり、知識層であった。農村で這いずり回っている弱者からすれば、都市で生活する知識人は、それだけで強者で搾取者だった。ポルポトやその支持者たちは、ちょうど創竜伝の主人公たちが何の良心の呵責もなく敵を痛めつけるのと同じように、都市生活者への反乱、虐殺を行っていった。
 これほどまでに大仰な例を挙げなくても、先ほど挙げた発禁本の例ABを発禁に追い込んだのは、思想的バックボーンがC的な人たちである。田中芳樹が好きな人権団体の人たちである。田中芳樹は、自分が発禁する立場にあるくせに、発禁される弱者であるつもりで喜んでいる。私はそれを醜悪だといっているのだ。
 人は、自らの襟をこそ、正さなければならない。

田中芳樹を撃つ!初代管理人 石井由助

初代管理人の本論1の関連リンク一覧

初代管理人の本論 本文全一覧

WEBRANKING テキストサイト部門 サイトランキング 文学・小説・童話部門 mixiチェック

このエントリーをはてなブックマークに追加