反創竜伝・評論批判編
2−A

共産中国と毛沢東評価論(1)

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コンテンツの総収録投稿数8件の内、1〜8件目の投稿を掲載

収録投稿1件目
board1 - No.122

何がなんでも中国は正義

投稿者:小村損三郎
1998年11月13日(金) 00時04分

ずっとROMさせていただいてましたが、初めて書き込みさせていただきます。よろしくお願いします。
以前、どなたかが「被侵略国に肩入れするのは田中芳樹の姿勢云々」とおっしゃっていました。たしかにアル戦等を素直に読むとそう言ってるようにも見えるんですが、田中芳樹氏は中国に対してだけはこれを当てはめないようです。
現代の感覚からすれば漢代のベトナム出兵や隋唐の高句麗征討等も「侵略」に違いないと思いますが(衛青・霍去病の匈奴討伐はお互い様だろうけど)、田中氏は中国の方から攻めていく場合には必ず「遠征」という言葉をつかうんですよねー(笑)。騎馬民族や日本が中国を攻める場合はモチロン「侵略」です。
まあ、昔のことなら「そういう時代だから」ですますこともできますが、中国の侵略を受けてインドに亡命したチベットのダライ・ラマを揶揄するようなセリフを書いてるのはちょっと・・・ねえ。

あと、「中国は文化大革命の最中でも天安門広場を毛沢東広場と改名するようなことはしなかった。さすが文字の国だ。」などと能天気なことを書いてたのには目が点になりました。
田中氏が最も嫌うはずの「虐殺・迫害・人権侵害」が数千万(ひょっとしたら数億?)単位の人に対して行われたのに、「広場を改名しなかったから文明国だ。」とは一体どういう了見なんでしょう。
さらにその主体だった毛沢東のことを、よりにもよってあの竜堂続に「毛主席」と敬称付きで呼ばせ、「思想的には世界の半分を釣り上げた。」とヨイショするようなことまで言わせてます。
その一方で「日本は過去のことをいつまでも謝罪し続ける必要はない。」と発言したマレーシアのマハティール首相を「平和的なデモを権力で弾圧する非民主的な人物」と罵倒してるんですから全く開いた口がふさがりません。

収録投稿2件目
board1 - No.166

小ネタ・田中芳樹の毛沢東評価

投稿者:新Q太郎
1998年11月20日(金) 02時50分

ところで古い書き込みにも幾つか見られたけど、田中氏は毛沢東に対して見方が甘いんじゃないか?という点について一言。

まず、1巻か?「中国は文革時代でも、個人名を都市につけなかった。さすが文字の国」と竜堂始に言わせてましたな。文革中、そこら中で仏像を壊しまくったり「偉大な太陽、偉大な舵取り・・・」などの敬称をつけて毛を呼んだりしたことは知っている筈なのにねえ。
第一、確かにヨーロッパなどでは王や為政者の名を都市や建物に付けることが多く、中国その他は少ない。
が、それは文化の違いというものだろう。中国では古来、皇帝の名前に用いられている字を畏れ多いということで公文書から削ったし、日本でも神聖な「名」(いみな)を避ける慣習はずっと続いたため、為政者の名前をそのまま(神号、謚などは除く)付けた土地はほぼないはずだ。
だからと言って、別に日本が文字の国であったというわけではない。「名前」というものに対する態度や感じ方が国や民族によって異なっているのは当然で、それを一律に引き比べるのがお門違いというものじゃい。(それに文中では、個人名を都市に付けるのを社会主義の特徴のように言っていたが、それは幾らなんでも社会主義がかわいそうなんじゃないか?)
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余談に入り過ぎた。もうちょっと重要な話。
何巻だったか、中国人政治犯が「毛沢東の評価は、今後50年くらいしないと解らない」といった科白を述べていた。・・・個人的には異論があるが、まあ完全に的外れであるとは言い切れないかもしれない。
ところが。
他の個所で湾岸戦争のアメリカ将軍とおぼしき人物を、「何万人もの人を殺した男」といった感じで描写しているのである。・・・毛沢東は50年かけて評価し、シュワルツコフは2ー3年で評価しちゃうのかい、おい。

おまけに「ウエディング・ドレスに赤いバラ」という吸血鬼ものでは、いわゆるドラキュラのモデルとなったルーマニア貴族に対し一部の歴史家が「国の防衛には功績があった」という評価をしているのを皮肉り、「そういう目的のためなら人を殺してもいいと思ってる人たちだけが、そういう評価をできるのだろう(大意)」と書いている。
確かに、ある意味立派な意見ではある。・・・ただ、そんな見方を毛沢東にしたらどうなるのかなあ、と思った次第。

*正確な引用を期すためには読み返すのが筋だが、手元にないので記憶だけで書いた。大筋では間違っていないはずだが、間違いや「正確にはこうだ」という個所はご指摘賜りたい。

ちょっと小手調べというか、枝葉の部分にだけこだわってしまったが、後でもう少し大きな問題点を書いてみたいと思います。
というわけで以後も場所をお借りしますのでよろしく。

収録投稿3件目
board1 - No.168

とりあえず、すみません

投稿者:本ページ管理人
1998年11月20日(金) 03時27分

>第一、確かにヨーロッパなどでは王や為政者の
>名を都市や建物に付けることが多く、中国その他は少ない。
>が、それは文化の違いというものだろう。中国では古来、皇帝の名前に用いられている字を畏れ多いということで公文書から削ったし、日本でも神聖な「名」(いみな)を避ける慣習はずっと続いたため、為政者の名前をそのまま(神号、謚などは除く)付けた土地はほぼないはずだ。
>だからと言って、別に日本が文字の国であったというわけではない。「名前」というものに対する態度や感じ方が国や民族によって異なっているのは当然で、それを一律に引き比べるのがお門違いというものじゃい。

 鋭いですね。これは思想が右翼だ左翼だという以前の問題ですからね。

>それに文中では、個人名を都市に付けるのを社会主義の特徴のように言っていたが、それは幾らなんでも社会主義がかわいそうなんじゃないか?

というか、創竜伝では根本的に社会主義というものが判っていないんじゃないか? と思える記述をしているので、次の本文でそのへんのあたりを書いてみたいと思います。

>「ウエディング・ドレスに赤いバラ」という吸血鬼ものでは、いわゆるドラキュラのモデルとなったルーマニア貴族に対し一部の歴史家が「国の防衛には功績があった」という評価をしているのを皮肉り、「そういう目的のためなら人を殺してもいいと思ってる人たちだけが、そういう評価をできるのだろう(大意)」と書いている。

 ヴラド公のことですね。この人は、創竜伝でもヒトラーの先駆者だとかまるで悪の代名詞扱い。日本人はヴラドの子孫だそうで。

収録投稿4件目
board1 - No.445

田中氏のモンゴル記述は大甘?

投稿者:新Q太郎
1998年12月20日(日) 06時09分

具体的にどのへんにあったかは記憶が曖昧なので指摘しない(できない)のだが、田中芳樹氏の歴史評価における「ダブルスタンダード」といえばモンゴルの残虐行為についてが一番感じる。
はっきり言って、キリストの十字軍以上ですぞ彼らは(まあイデオロギーに基づく殺戮を、別種のものと見なしているのかもしれないが)。

モンゴル支配といえば一般的に(?)宗教寛容政策や、東西交流なんかが高く評価されるが、
しかし「寛容」は無関心の裏返しであったり、「安定」が恐怖支配の結果であったりすることも多い。そしてそれが、次代にはいい結果となることもある。それが歴史の逆説でしょう、ねえ陳先生。

* * * *
ただ基本的に、近代国家としての連続性が無い時代の「残虐行為」や「侵略」を今の価値観で計って論難するのもどうかな、とは思うのだが。

収録投稿5件目
board1 - No.450

極論として

投稿者:やぶにらみ
1998年12月21日(月) 09時59分

 どんな国家であろうとも、無謬であるはずはない。個人もまた同じ。モンゴルでも明国でも、全面肯定しようとすれば、いくらでもボロはでてくるわけです。日本やアメリカにしても同様。

 小林よしのり氏の『戦争論』も、公と個の問題など、なかなか興味深い議論を展開しているのですが、日本の過去の戦争を、それこそ一点の曇りも無い正義の戦争として前提しているのが、弱い。

 二人の断定的な物言いというのは、エンターテインメントとして、その思想に共鳴する人間にとっては、非常に気持ちの良いものなのでしょうが、読む方でいろいろ補完しないと、足元をすくわれそうだ。

 完全に正しい戦争は無いし、完全な国家も無い。

収録投稿6件目
board1 - No.453

RE.450

投稿者:石井由助
1998年12月21日(月) 13時49分

 結局、交通事故の加害者責任の割合というヤツと同じでしょう。田中芳樹とかは(革新・左派)要は、「当時の日本は車(植民地主義)に乗っていたし、平気で100キロオーバー(侵略)していたから加害責任100%」と主張していたのに対し、小林よしのりなど(自由主義史観?等)は「いーや、轢かれたヤツが飛び出してきたのが悪いのだし、他の車も平気で100キロオーバーしている。そういう道路だったんだ。だから、日本の加害責任は20%」というハナシでしょう?

>しかし「寛容」は無関心の裏返しであったり、「安定」が恐怖支配の結果であったりすることも多い。そしてそれが、次代にはいい結果となることもある。それが歴史の逆説でしょう

と前に新Q太郎さんが述べていたけど、まったくそのとおりで、明らかに悪の事であっても、それが後に善のきっかけになるというか、そういう「責任の割合」という見方だけではないダイナミズムこそが、本当の意味での「自由」主義史観だと思うのだけど。

収録投稿7件目
board1 - No.476

モンゴルと朝鮮半島

投稿者:小村損三郎
1998年12月23日(水) 23時52分

田中氏はモンゴルの残虐行為に対して甘いのでは、という指摘がありましたが、情緒や「イデオロギーに基づく殺戮」云々もさることながら、恐らく「モンゴルについてはどうでもいい」からじゃないでしょうか。
というのは、氏は中国を侵略したことについてはあれだけ昔の日本を罵倒してるにも関わらず、植民地支配や従軍慰安婦問題等朝鮮半島との関係については殆ど言及したことがないからです。
普段の氏の主張からすれば、これらの問題についてもガンガン批判と罵倒をかましまくってもおかしくないはずなのに。私の知る限り創竜伝でも1ヵ所か2ヵ所至極おざなりにふれているだけです。

田中氏は「三国志演義」を評して「蜀は善。魏は悪。呉は蜀に味方する時は善で魏に味方する時は悪」と言ってますが、これを田中氏自身の認識にあてはめると
「中国は善。日米欧は悪。その他の国・民族は“どうでもいい”(^^;;)。
あるいは“中国に従う(又は一体化してる(笑))時は善で、中国に敵対する(又は抵抗する)時は悪orヤラレ役”」
とでもいう所でしょうか。

前に田中氏が「(日本政府が)中国の国連加盟を妨害した」と書いたことに対して疑問を呈しましたが、これは中共の代表権を長らく認めなかったことを指してるのかもしれません。
氏の基準では「中国を積極的に支持しないこと」イコール「妨害」ということになるんでしょうね。

「中共のチベット侵略に反対!」とかいう声を上げたら「中国の自治権拡大を妨害した」とでも言うかな?(笑)

収録投稿8件目
board4 - No.769

小さな話題3題

投稿者:新Q太郎
2001年09月11日(火) 03時06分

毛沢東の評価は今後50年決まらないとか決まるとかの話が「創竜伝」にあったすね。
あと、ヒトラーは政治的な評価はともかく、金銭的には潔癖ではないか、いや違う
という会話もどっかにあったと記憶するが、この前立花隆の「ぼくが読んだ面白い本
ダメな本、そして脅威の速読術」ってな本を読んでいたら(孫引きですまんが)
だれかのレポートに『毛沢東は莫大な個人口座を持ち、そこでの金銭の出し入れを
愛人が担当していた』そうである。

政治家と金銭の話、というのもあまり一刀両断にはしにくいとこがあって・・・
なぜなら、カンペキな独裁者というのは自我が極端に肥大し、国家全てを
自分と同一化するものだし、また完璧な支配体制を築けば実際国家のサービスは
すべて自分の意のままに享受できるのだから、個人資産など意味がなくなる。

また、「秘密資金」を、後世の眼からみれば良かった目的を達するため、(後から
みれば不合理だった)反対派への工作や、情報収集に使うこともあるだろう。

それはそうなんだが、毛沢東というのも政治的な善悪は別として、個人としては清廉だったという見方はかなり広まっている。立花が紹介した本の信憑性は確認できないが、もしそうなら毛沢東の創竜伝評価はやっぱり甘い?

余談ですが、塩野説によるとムソリーニは非常に清廉だったとか。
あと、この前「フジモリ人権侵害で訴追」の記事読んでたら、あちらの外相だか法相だかが「調べたが、フジモリの個人不正口座は結局発見できなかった」と議会に報告したとあってびっくり。政敵が権力をにぎって1年近く、それで調べて見つからんってのは、強権云々とは別にかなりフジモリは真面目だったようです。

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