創竜伝のエンターテイメント性
4−E

創竜伝の勧善懲悪性(5)

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コンテンツの総収録投稿数59件の内、44〜59件目の投稿を掲載

収録投稿44件目
board4 - No.253

レスまとめ…モラル・責任・ルールの出典などなど☆

投稿者:
2001年06月16日(土) 19時49分

恵です☆
まだまだ頑張って議論をしていきたい…とは思いますけど、言いたいことがなかなか相手にうまく伝わらないので、しみじみと自分の言語能力の限界を痛感しています(^_^;;)。だらだらと議論を続けるのもあまり本意ではないので、なるべく要点を絞って発言していきたいと思いますね。(と、言いつつ、今回も長かったりするんですよねぇf(^_^;;)。

> > > 私は勧善懲悪物として見ているので、
> > >
> > > >「小説の一部」ということで創竜伝の中では何を言っても、どんな描写をしてもOKになってしまうじゃありませんか。
> > >
> > > なんですよ。それが小説(特に勧善懲悪物)ではないのですか?それとも、小説という書式では書いてはいけないことが明確に規定されているのでしょうか?
> >
> > これについては、管理人さんが答えると思っていましたので、今まで故意に言及しませんでした。ですが、避けて通れない話題なのでわたしなりの意見を言いますね。
> > 「小説という書式では書いてはいけないことが明確に規定されている」
> > ということは、基本的にはないと思います。ただ、だからといって何を書いてもいいとは思いません。
> > まず、「表現上、不適切な言葉(描写)」というものがあります。これは人権や倫理を侵すような表現のことで(差別や性描写など)、「絶対に書いてはいけない」ということではありませんけど、作家のモラルが問われる部分です。人権擁護団体の抗議や差別対象を自分の言葉によって傷つけ、そこからくる良心の呵責さえも「どうでもいい、気にならない」と思っているなら、発禁覚悟で堂々と表現できるでしょうね。
> > そして、みんなが指摘していることですけど、創竜伝は社会評論があることで面白いわけではありません。むしろ、多くの人が読み飛ばしている「不要」な部分ですから、ない方がいいと言ってるんです。どうしても評論を書きたいなら、田中氏は小説ではなく評論本を執筆すればいいのですから。(ちなみに、創竜伝の魅力については、ベスト収録の「わたしの創竜伝の魅力考察」をご覧になってみてください。創竜伝のどこが面白いのか、なぜ売れるのか?を皆さんとなかなかうまく議論できたと思っています)
>
> お答えありがとうございます。恵さんはルールと呼べるほどの規定はご存じないようですね。
> すると、規定がないと言うことは、基本的には作家には小説の中身の取捨選択の自由があり、それを必要、不要と読者が判断するのは我が儘な行為と言うことでしょうか?

規定があるかないかは、わたしには断言できませんけど…ただ、人(作家)はそこまで傲慢になれるのでしょうか?人を差別的に貶める文章を書いておいて、「あれは勧善懲悪物(フィクション)だから」・「書いてはいけない明確なルールはない」で素知らぬ顔ができるという神経は、ちょっとわたしには信じられないです。個人的な意見(想像)ですけど、いくらなんでも、まさか田中氏本人がそこまで自己正当化しているとは思えません。(裏切られた云々の話は後述させていただきます)作中人物の台詞ですけど、「明確に禁止されていないことは何をやってもいい、という最近の風潮は嘆かわしいわ(大意)」と薬師寺涼子が言っていたと思います。もちろん、相馬邦夫のときと同じく単純に「=作者の台詞」とは思っていませんけど、田中氏個人の考えがまったく反映されていない、とも思えません。内容自体はどちらも立派な正論だと思いますから。
ランゼルさん、当たり前のことですけど、人間は一人一人が人権や守られるべき尊厳というものを持っています。「表現上、不適切な言葉」…つまり、人を根拠なく貶め、他者の尊厳を侵す文章を書いた本人が「明確なルールはないから問題ない」と言うのでは、作家である前に一人の「人間」としてあまりにもモラルが欠如していると言わねばなりません。あなたの意見を聞いていると、「法に触れなければ何をやっても構わない」という、まるで法の網を潜る犯罪者のような、なんだか得体の知れない非情さを感じてしまいます。(モラルの話も、後述させていただきますね)

> 例えば創竜伝は田中芳樹氏のモラルではフィクション小説です。そしてその見解と合わないからと言って、社会評論だと非難するのは筋違いって事ですか?

ルールについては、あなたのおっしゃる通り、わたしは「はっきりとはわからない」という立場です。従って、今の段階ではこのたとえ方で質問されても、わたしには明快な答えを提示できないです(このご質問は「ルールがない」という前提でされているようなので)。この件だけに関しては、管理人さんに振られた方がよろしいのでは?
※ランゼルさんが一番最初に管理人さんに対して質問された出典の件なんですけど、わたしなりに文献をあたってみました。レスの最後に抜粋して引用しますので、よかったら参考にしてみてください。

> 小説としてのポイントは、作家が守るべきモラル(慣習とか?)と、管理人さんの挙げられていた明確なルールの存在。恵さんの指摘した表現上の注意。出版者の意向、後は他にルールがあるかですね。
> 焦点はやはり、ルールの存在ですね。
> 他のポイントは主観的にクリアできてしまう物なので。

前半部のランゼルさんの認識には、ほぼ同感です。ただ、わたしは「主観的にクリアできるから問題ない」とは思っていません。田中氏の場合、作家として、または人間としてのモラル(良識・倫理観)や責任をもっと論じてもよいのでは?と思います。(モラル・責任部分は、後述の意見にレスしていただけると幸いです)

> > あと、素朴な疑問ですけど、あの社会評論をランゼルさんは面白いと思ってらっしゃるのでしょうか?作品全体を面白くするための手法としてなら、私も肯くことができるのですけど、あの評論が作品世界の設定を滅茶苦茶にし、しかも評論内容の根拠はない・偏向している、とくればどう考えても不要な存在にしか見えません。わたしには、ランゼルさんは「勧善懲悪物(小説・フィクション)」という万能の免罪符を振りかざして、事実から目を反らしてらっしゃるように見えるんですけど。
>
> まず、人物の発言や述解に関しては、そう言うキャラクターなんだで終わりです。
> それ以外の部分の評論っぽい部分は(キャラクターの述解も含めて)面白いかを考えるなら、私は面白いとは思っていません。ただし、小説、創竜伝には必要な部分なので、そのように読んでいます。
> あれは故意に、架空の世界の日本等の主人公の敵を貶めることによって、相対的に主人公の正当性を読者に認知させるという手法だと思っています。

評論で批判している「日本(社会)等」が敵、ですか?竜堂兄弟が直接的に対立したのは船津老人や四姉妹という権力組織であって、いくらなんでも日本社会そのものではないと思われます(国民の大多数が船津老人を支持している、という状況ならともかく)。純粋に架空の権力者(船津老人や四姉妹)の批判をしているなら、わたしも作品世界だけの評論として納得できます。でも、日本社会全体が具体的にどういう風に主人公と敵対したのでしょうか?(そういえば、マレーシア首相も竜堂兄弟と直接敵対していないのに批判の対象なんですね)ランゼルさんがそう読みとれた部分を、具体的にご指摘いただけませんか?

> 私にとって見れば、物語冒頭に「核戦争を〜国が起こした」とか、中盤の大魔王登場シーンで「大魔王は腕が六本で〜」という記述と同じです。
> 悪いことをしたから悪者ではなく、悪者だから悪いことをする、そして、悪い奴なんだと言うことを読者に繰り返し説明して、主人公の正当性に力を貸す。
> そう言う主人公の敵に満ちた世界が私の読んだ創竜伝の世界です。
> そして、そう言う形で創竜伝が世に送り出された以上、それは作者の田中芳樹氏が全て必要だと判断したからです。従って評論っぽい部分を削っては、それは既に創竜伝ではありません。別の小説です。
>
> >わたしには、ランゼルさんは「勧善懲悪物(小説・フィクション)」という万能の免罪符を振りかざして、事実から目を反らしてらっしゃるように見えるんですけど。
>
> と言われても。免罪符でなくて、私は最初からそう言う小説だとしてみているのです。私にとってはそれが事実なので、事実から目を逸らしていると言われても困ります。
> それは私が「恵さんが創竜伝はそう言う小説であるという事実から目を逸らして、社会評論が不必要だと唱えている」と言っても困るのと同じ事だと思います。
> どちらかというと、ここは事実ではなく真実という言葉を使った方が良いかも知れませんが。

なるほど、では「真実」という言葉に訂正させていただきます。
でも、わたしはお互い「あなたこそ、その〜という意見は〜でしょう?」という言葉をキャッチボールのように投げ返すような議論は望んでいません。社会評論が不必要であるというわたしの主張の根拠もすでにご説明しました。後はどちらが正しいか・間違っているかではなく、お互いの読みとり方・受けとり方の違いだと思います。

> > > 冒険風ライダーさんの意図って、そうなんですか?
> > > この考察シリーズって、本当に小説を現実社会に対する評論と捉えて、全文批判していたのですか。
> > >
> > > > この部分は、ランゼルさんが冒険風ライダーさんの言葉を、ご自分に都合良く解釈されているように思います。
> > >
> > > と言われても、私が読んだ文章の解釈の自由は、私に有るのでは?
> > > 少なくとも私にとって、貴重な時間を割いて、評価していない小説全文を対象に批判文を書くなど、
> > > まさにエンターテイナーのなせる技だと思いました。
> > > そこで、前文にも
> > >
> > > > 現実に立脚したバカ正直な批判ですので(相手はフィクション小説なのにね)
> > >
> > > と、そのように解釈できる文章があったので、エンターテインメントとして書かれていると思い、そのままフィクションに現実で突っ込む方式のエンターテインメントとして読みました。
> >
> > 言葉が少し足りませんでした。確かに、解釈は個人の自由です。でも、その解釈に基づく自分にとって都合のいい引用は避けるべきでしょう。わたしの想像の世界ですけど、冒険風ライダーさんの意図をあなたとは違うものだと感じましたし、もしそうなら引用先の相手にとって迷惑になるからです。この問題は、冒険風ライダーさんご自身に答えていただいてから結論を出しませんか?(と、いうわけで、お手数で申し訳ありませんけど、冒険風ライダーさん、解説をよろしくお願いしま〜す(^o^)-☆)
>
> 都合の良い引用に感じられましたか?

結果的に、あなたの解釈は冒険風ライダーさん本人の意図とは違っていたでしょう?その違った解釈に基づいて引用を行えば、引用された相手(冒険風ライダーさん)にとっては、自分の言葉(文章)が自分の管理を離れて一人歩きしてしまう恐れがあるからです。特に、冒険風ライダーさんは雲上の作家さんたちとは違って、ここの掲示板を通じてコンタクトのとれる方なのですから、厳密には先に本人の意図を確認してから引用されても遅くはないでしょう。ランゼルさんご自身も、ご自分の発言を「ランゼルさんがこう言ってるから」とご自分の真意と違う形で勝手に引用されれば、納得いかない気持ちになるでしょう?それと同じことを言いたかったんです。

> >これなどはほんの一例で、ベスト収録の冒険風ライダーさんの「私の創竜伝考察シリーズ」を読んでいただければ、他にもとんでもない社会評論が宝の山のように眠っています(笑)
>
> と出されたので、私はそれを、
>
> >私は現実世界と創竜伝世界の区別をした上で、
> >敢えて(エンターテインメントとして)書かれていると思っています。
>
> と既に読んだことと、私はそう解釈したと言う個人的見解を返したに過ぎませんが。
> 別に「考察シリーズはエンターテインメントだから、恵さんの主張は間違っている」などとは書いていないと思いますが。

あなたの個人的見解自体に問題はないと思います。言いたかったのは、

> それとも、その後の水戸黄門の例を挙げた時の補強に使ったように読まれましたか?
> だとしたら、私の記述順序ミスです。あの部分を別の所に入れるべきでした(本筋と関係ないので)
>
> 従って言えても「都合の良い解釈」にして置いて下さいね。

と、上記のランゼルさん自身が認めておられることと、「都合の良い解釈」に基づいた引用は引用先に対する非礼にあたるのでは?ということです。

> > > 後、
> > >
> > > > 何度も言いますが、どうして「現実の」マハティール大統領の批判等が「創竜伝世界」の社会評論に必要なんですか。
>
> (中略)
>
> > > 従って、読者が取る行動予測(関係者がフィクションに抗議)と私の取る行動(賛同しない)が同じである以上、同列ではないでしょうか?それとも別次元ですか?
> >
> > これも同上で、「フィクションか評論か?」の議論が決着しないと答えは出ません。結局、お互いの主張の根っこはここにあるわけですから。
>
> 了解です。

ご了承、ありがとうございました。

> > > > 簡単です。それは、彼の評論が偏向した内容で対象を「斬りまくって」いるからです。(対象は「日本」そのものが多いです)
> > >
> > > > 〜創竜伝2巻より引用〜
> > > > 「破局は栄華のきわみに、突然おそいかかる。日本もそうならないといえるだろうか。世界中から富をかき集め、それを国際社会に還元しようとしない。有色人種の国でありながら、人種差別を制度化したファシズム国家南アフリカと深い関係をむすび、名誉白人といわれて喜んでいる。戦争放棄をうたった憲法を持ちながら、軍事予算は、アメリカとソビエトにつぐ世界第3位である。どういうわけか、「人種差別撤廃条約」にも「大量虐殺禁止条約」にも「生物化学兵器禁止条約」にも知らぬ顔である。バランス感覚を失して、大金をかかえたまま一輪車にまたがり、他の人々を突きたおして走りまわっている。いずれ必ず転倒するだろうし、そうなったとき、誰も助けてくれないだろう」
> > >
> > > > たとえば、この評論を読んで、内容が正しいかどうかはともかく、書いたご本人が「自分は正論を書いている」という意義を持ち、快感を覚えているのは想像に難くありません。
> > > > わたしはこの評論の内容には疑問を感じますが、「ここまで一方的に(社会を)斬ってれば気持ちいいだろうなぁ〜」とは思います。
> > >
> > > え〜と、お答えありがとうございます。ただ、これは例が悪いです。これって私にとっては竜堂始の述解部分なので、始の認識としては正しいことです。
> > > 確か私だけでなく恵さんも、作中人物なら良いのではありませんでした?
> >
> > ごめんなさい、ここはランゼルさんの方が正しいです。評論部分と思っていましたので、例にあげたのですけど、そうでないならあなたのおっしゃる通りです。ただ、これはわたしの例の挙げ方まずかっただけで、主張そのものを変えるつもりはありません。
>
> そんなあっさりと肯定しないで下さい。ここは評論部分とも解釈できますので、恵さんに原書に当たってもらいたいです。こういう記述を述解と取るか、唐突な評論と取るか。それによって、創竜伝中の評論と見なせる量が大きく変わります。
> 例えば、マレーシア首相の部分も、竜堂続の主張に、蜃海三郎が答えているだけと見なせるのでは?

ここは、わたしの個人的事情が関係していました。実は創竜伝、12巻しかわたしの手元にないのです(^_^;)。だから、あなたに前後の文脈と評論か述懐か?をご指摘いただいたとき、確認のしようがなかったので結論を急いでしまったのです。原書が手元にある、という状況でないとお答えできない問題ですので、確認できるまでお時間をいただけると幸いです(すぐには、ちょっと難しいですけど。最初からこう言えばよかったですね、ごめんなさい)。

> > > > また、
> > > > 「他人の批判(悪口)を言うと、すっとする」
> > > > というのは、程度の差はあっても、誰でも持っている感情だと思います。
> > > > もちろん、わたしも社会評論を書いたことがありませんが、突き詰めていくと田中氏の偏向した上に一方的な(つまり根拠が少ない)社会評論は「他人の批判(悪口)を言うと、すっとする」というレベルでしかないと思うんです。
> > >
> > > この辺りは、確かめる手段が私にはないので一点だけ。田中芳樹氏がそう言うレベルだったとして、他の人にも当てはまる心理なのでしょうか?例えば、恵さんはどうですか?実際に恵さんも一方的に田中芳樹氏を斬っていますが、気持ちいいとか、すっとするとかあるでしょうか?
> > >
> > > 批判者の心理は似ているのか、それとも、恵さんが田中芳樹氏をそのようなレベルだと評しているだけなのかが知りたいです。
> >
> > う〜ん、そんなに大げさに考えることでしょうか?巷の居酒屋に行けば、サラリーマンの皆様が上司・同僚・会社の批判(悪口)を言っている姿は全国津々浦々、どこでも見かける光景ですよね(笑)?彼らは、お酒の席で嫌々そんな話題で盛り上がっているのでしょうか?気の置ける仲間たちと積極的に他人の悪口を言い合うことによって、自分の気持ちがすっとする(ストレス発散)できるからでしょう?(もちろん、わたし自身にもそういう気分のときはあります)このメンタリティは田中氏の評論に通じるものがあるのでは?というのがわたしの意見です。
> > また、「実際に恵さんも一方的に田中芳樹氏を斬っていますが、気持ちいいとか、すっとするとかあるでしょうか?」とのご質問ですけど、わたしは同じ斬るでも「田中氏の〜という作品の〜という文章・考えを〜という理由で〜と思う」という、それなりの根拠と言い方に気をつけて「批判」しているつもりです。どこがどう「一方的」なのですか? 田中氏が評論のときに守っていない批判時のモラルを守って発言しているつもりなので、同じだと言われるとあまりいい気持ちにはなれません。そして、わたしのスタンスとしては「少しでも田中作品の〜という悪い部分が改善されたら」というファンの苦言として批判しているのです。「悪口を言ってすっとする」ときの心境とは違います。ほとんど根拠のない田中氏の言いたい放題の評論がそうなのでは?と言いたいんです。ここは誤解なさらないようにお願いしますね。
>
> お答えありがとうございます。
> なぜすっとするか知りたかったのかというと、恵さんが例に出した始の述解のように、恵さんが評論だとみなすのか、キャラクターの述解部分と見なすのかグレーゾーンが創竜伝には多数有るわけです。そして、キャラクターの述解部分であるなら、当然それは創作部分であるので、
>
> > サラリーマンの皆様が上司・同僚・会社の批判(悪口)を言っている姿は全国津々浦々、どこでも見かける光景ですよね(笑)?彼らは、お酒の席で嫌々そんな話題で盛り上がっているのでしょうか?気の置ける仲間たちと積極的に他人の悪口を言い合うことによって、自分の気持ちがすっとする(ストレス発散)できるからでしょう?
>
> と言う姿勢ではとても作れないと思うのです。それをこの姿勢で作れるとしたので、一方的だと思いました。

「と言う姿勢ではとても作れないと思うのです」
↑この発言の根拠は何でしょうか?
評論か創作かの問題を脇に置いておくにしても、あの根拠の少ない表面的・一面的な文章は下手をすると、たとえるなら取材さえろくに行っていない、タチの悪い写真週刊誌の中傷記事と大差がないようにわたしは感じます。あの文章が、どれほど文筆家として真摯な姿勢で検証・執筆されているのか、その根拠となるものは何ですか?ランゼルさんの主観以外の根拠を教えてください。

> > > > p.s.
> > > > 反論されるのを覚悟で、(アンチの)タナウツ掲示板(笑)に書き込まれたランゼルさんの勇気には敬意を表します(^_^)
> > >
> > > え〜と、HPの感想を書くのに勇気が要るのでは、閉鎖的ですよ。
> >
> > 「ただの感想」ならそうでしょう。でも、あなたの場合、このサイトの根源を揺るがす発言を確信犯的行っているのですから、わたしたちに反論されるのはご承知だったはずです。おそらく、それを受け止める覚悟と勇気を持っておられたのでしょうから、その気概に敬意を表したつもりなんですけど。別に感想を書き込まれた行為自体を称賛したわけではありません。う〜ん、わたしの方が誤解させる言い方だったかなぁ?f(^_^;)
>
> え〜とですね、感想に「ただの」も「特別の」もあるのですか?私にはこのHPを読んでそう感じられただけで。オープンサイトである以上、誰でも書き込みはOKでしょう?
> もし、趣旨に添わない書き込みを即「反タナウツ」とするのなら、それは閉鎖的ではないでしょうか?
> 「正タナウツ」「反タナウツ」の他に、「非タナウツ」の存在を認めてくれると、一見さんも書き込みしやすくなるような。

そこまでは言っていません。そして、非タナウツの存在の許容は、管理人さんご自身がはっきりと認めておられます。荒らし以外の書き込みは、基本的にどんな内容でも削除しないと明言されておられますしね。ですから、あなたのおっしゃる通り、「オープンサイトである以上、誰でも書き込みはOK」です。わたしの正直な気持ちなんですけど、意見そのものが合わないとしても、わたし自身は自分と異なる意見のランゼルさんとの議論に意義や充実を感じているんですよf(^_^)。
ただ、今思うと、ランゼルさんのお立場をわたしが勝手に想像していた節がありますので、それはわたしの理解力不足と勇み足だったいうことで、この点はお詫びいたします(申し訳ありませんでした)。

> > > それと、フィクション、ノンフィクションに関わらず、田中芳樹氏が小説のルール違反をしているのなら、それは小説家として問題だと思います。
> >
> > 「ルール違反」ではないかもしれませんけど(ルールの定義については、わたしも断言はできませんので管理人さんの意見を待ちます)、「モラル違反」ではある思います。評論部分の職業差別発言などは、特にそう思います。田中氏は、「夢幻都市」で相馬邦夫に「自分の職業を侮辱されて黙っている奴はバカだ」と言わせたのは一体何のためだったのでしょう?あの言葉を言わせた作者と創竜伝の評論を書いた作者が同一の人物とは、ちょっとわたしには思えません。どうせ、「あれは相馬邦夫というキャラクターの発言だから問題ない」とあなたは言うのでしょうけど、わたしはそのように自分の作品表現に一貫性のない田中氏の小説家としての姿勢に疑問を抱かずにはいられません。「それでもフィクションだから」とおっしゃるなら、残念ながらわたしとあなたの意見はずっと平行線のまま、「見解の相違」の域を出ないと思います。
>
> モラルの問題は定義が難しそうです。フィクション小説って、結構色々なことが書いてあるので。

曖昧な部分もあって、確かに完全な定義は難しいかもしれませんけど、わたしたちは「倫理」という題目で差別問題などの基本的な「モラル」学習を受けたはずです。職業差別などは明確に「モラル違反」と定義できると、わたしは判断します。

> それと、見解の相違というより、田中芳樹氏に期待しすぎでは?小説と小説家は別物で、幾ら小説で格好良い事を言っても、本人がそうだとは限りません。恵さんも相馬邦夫=田中芳樹氏と思ってはいないと思います。
> 当然、発言内容も発言動機も、田中芳樹氏個人とは関係ないとは思いませんか?

そうでしょうか?
かなり極端なたとえ方ですけど、往年の「大五郎」(字、合ってるかな?)役をつとめた元子役の俳優さんが殺人事件の容疑者となったとき、マスコミは大々的に報道し、人々の多くは「まさかあの人が…」と感じたと思います。俳優業という華やかな職業についていた人に対して、「理想(もしくは幻想)を裏切られた」と感じた人も多かったはずです。著名人に対する一般的な人々(もちろん、わたしも含みます)の反応とは大衆であるが故に常にそういう傾向を持っており、著名人にとっては、「有名税」の一端ともとれなくはないでしょう。わたしは、田中氏に竜堂始や相馬邦夫になれと言っているのではありません。自分の書いた文章に少しでも「プロ作家」として責任を持っておられるなら、あまりにも一貫性のない(しかも差別)表現は慎むべきでは?と言いたいのです。

さらに言うと、

「発言内容も発言動機も、田中芳樹氏個人とは関係ない」

と、おっしゃるということは、「文責」という概念をあなたは最初から否定もしくは無視しているということですね?「ルール」の概念の他に、「責任」という概念もあるということをお忘れなく。そして、それすらまともに果たそうしない人を「無責任」と呼ぶのです。

> 夢幻都市と創竜伝では、作風が違いますが、そこに一貫性を求めていて裏切られたと感じるのか、こういう小説も書くのかと受容するかは、人それぞれだと思います。

ですから、前回わたしは「見解の相違(=受けとり方の違い)」だと申し上げたはずですけど?
最初に「見解の相違というより、」とわたしの意見を否定されたのはランゼルさんでしょう?それなのに、どうして結果的にわたしと同じことを言ってしめくくるのですか?この部分は蛇足だと思いますけど。

※p.s.
前述の、小説のルールを少し調べてみました。

平凡社「世界大百科事典」より抜粋

〜「日本における小説の成立」〜
(前略)
(抜粋者、恵からの注:坪内逍遥の小説観の提示した、)「ノベル」としての小説は、「人情」と「世態風俗」(社会)を模写する文学ジャンルであり、作者は「傍観者」の立場を持して、みだりに作品に介入してはならないというのである。こうした小説観がイギリスのビクトリア時代の小説を基準にしていることはいうまでもないが、逍遥は戯作を改良して「文壇上の最大美術」である小説=ノベルとして自立させるために、中国的な「小説」概念を支えていた倫理的効用性や、明治10年代の政治小説が鼓吹した政治的啓蒙性を切りすてる方向をえらんだ。
(後略)

↑けっこう長く解説してあったのを省略させていただきましたので、興味を持たれたなら原書をあたってみてください☆(^o^)

収録投稿45件目
board4 - No.255

Re242:いろいろレス

投稿者:冒険風ライダー
2001年06月17日(日) 00時45分

<まずは、冒険風ライダーさんの考察シリーズで楽しませていただいた一読者として、お礼を言います。ありがとうございました。>

 いえいえ。こちらこそ、考察シリーズを閲読していただき、感謝しておりますよ。
 自分が書いた文章を他者に読んでいただき、楽しんでいただけるのは、作者として光栄なことですから。
 しかし、

<冒険風ライダーさんがそう言うお考えで書いたのは解りました。でも、私が冒険風ライダーさんの考察の前文を読んだ地点でそう解釈しなかったからと言って、別に問題ないですよね?>

 ↑これに関しては、はっきり言わせていただければ「大いに問題有り」ですね。私が書いた文章の一部だけを取り上げて捻じ曲がった解釈をされては困るのですよ。
 発言者の真意とは全く違った解釈をされることがどれほどまでに恐ろしいことであるかについては、森前総理の「神の国」発言や石原都知事の「三国人」発言をマスコミがどのように解釈し、報道したかを挙げれば分かるでしょう。彼らは彼らなりに問題意識を抱き、それを国民に問いかけたかったにもかかわらず、あの当時のマスコミ(特に朝日系列)は、彼らの発言の一部を自分達の都合が良いように意図的に抜き取り、あたかも彼らの発言が「差別主義者的」「右翼的」であるかのようなレッテル貼りの報道を行いました。おかげで彼らは自らの真意とは全く関係のないところでいちいち釈明を行わなければならなくなってしまい、肝心の問題提起をマトモに行うことすらできなくなったのです。
 彼らのケースではマスコミの意図的かつ確信犯的な報道が原因でしたが、そこまで悪意に満ちたものでなくても、ちょっとした解釈の違いや言葉のすれ違いが相手の誤解を招き、発言者が思いもよらない事態を招くことはよくあることです。だからこそ、何かの文章を論評する際には、引用は慎重に行い、相手の発言の意図をきちんと汲み取らなければならないのです。
 今回の件だって、ランゼルさんが最初の前文だけを取り上げて考察シリーズに対する妙な解釈など披露しなければ、わざわざ私が出向いて投稿する必要もなかったのですけどね。

<あの〜、私の最初の感想を読んでいただけましたか?私は創竜伝を勧善懲悪物として楽しんでいると。
私がそう楽しんだからそう言う前提で話を進めているのが、問題でしょうか?>

 ↑これに関しても問題大有りです。
 ランゼルさんが個人的に「創竜伝=勧善懲悪物」「社会評論=フィクション」と考えるのは自由ですが、ランゼルさんはその「感想」を元にしてこのタナウツページや掲示板の方針に「娯楽小説と言う視点が抜け落ちているのでは?と思いました」などと異議を唱えたのでしょう? ならばその「感想」とは全く意見を異にするタナウツ掲示板常連と議論になるのは当然ですし、その際にはその自分が主張する「感想」なるものがいかに普遍的な正当性を持つものであるかを、論争相手や掲示板をROMしている人達に訴えていかなければならないはずです。
 ましてや、この掲示板においては「創竜伝=勧善懲悪物」という評価自体が成立しておりませんし、社会評論に対しても「フィクションではなく現実世界に対する評論で、しかもストーリーの流れとは全く関係なしに挿入されており、さらにそれによってストーリーが矛盾・破綻をきたしている」という考え方が主流なのです。そこにわざわざやってきて異論を唱えておきながら、いざ反論されたら「あれは私個人の感想でして」ではあまりにも御都合主義なのではありませんか? しかもランゼルさんに反論する人達は皆その「感想」自体に対して疑問を持っているのですから、その「感想」の正当性を主張することなしに「私がそう楽しんだからそう言う前提で話を進めて」はイケマセン。
 実際、一連の議論を拝読していると、ほとんどの議論相手がランゼルさんの「感想」に同意しないがために、互いの意見が平行線になっているパターンばかりが目立っているではありませんか。この事態を何とか前進させたいがために、今回あえて「創竜伝=勧善懲悪物」という主張の根拠をお聞きしたわけですよ。
 それで説明していただいた内容なのですが、

<それに、作中正義という物について私とは認識に差があるようですね。私にとっては別に主人公が正義を名乗る必要など有りません。と言うか、例えば、水戸黄門が正義を自称したことがありますか?無いと思います。
要は読者が、主人公の正当性を信じれば良いだけのことです。倒す相手よりも。>

<個人的感情を否定し、明確な主義主張がなければ物語の主人公は悪を倒してはいけない、と主張されているようにも思える冒険風ライダーさんには、相容れない見解であるとは思います。>

 確かにこの辺りは双方に認識の差があって、私は「勧善懲悪物は、作品のストーリーやキャラクターの自己主張がきちんと構築されていなければならない」と考えているんですよね。作品を客観的に論評する時に、主観的な見解である「読者の解釈」がどれほどの役に立つと言うのでしょうか?
 読者の解釈と言っても、その解釈基準は人によって千差万別なのですから、それをもって作品を「勧善懲悪である」と評価してしまうと、この世のあらゆる作品が「勧善懲悪物」になってしまうのではありませんか? ランゼルさんの仰る判定法では、極端な話、快楽的に幼児を何人も殺害している人物を主人公にした小説を読んだ人が「主人公の正当性を信じ」「殺される相手が悪である」と見たら「それは勧善懲悪小説である」ということになってしまうのですから(笑)。
 読者の解釈に絶対的なものなんてありませんよ。ランゼルさんと、私を含むタナウツ掲示板常連とが議論していること自体がそのことを証明しているのはないのですか? したがって、そのような千差万別の解釈法をもって、客観的に「創竜伝=勧善懲悪物」と評価するのは無理があります。だからこそ私は、誰でも理解できるように客観的かつ理論的に説明できる創竜伝のストーリーやキャラクター設定を検証することで「創竜伝は勧善懲悪物などではない」と主張するわけです。
 もちろん、個人的・主観的に見るだけであれば、個人個人それぞれの解釈で何の問題もないでしょうが、それで自分とは全く違った認識を持つ他人を説得できるかどうかはまた別の問題でしょう。

> 私の創竜伝考察33
> 創竜伝最大の破綻・中編
> 1. 四人姉妹を支えるアメリカ基盤産業の実態
<に対して、創竜伝世界では四人姉妹はアメリカを支える産業のほぼ全てを掌握しているという設定です。
現実のアメリカの経済は全く関係有りません。
以上です。
従って、架空世界の前提設定に、現実の世界の状況を持ち込む冒険風ライダーさんの考察は、私にとって賛同する物ではありません。>

 創竜伝がアルスラーン戦記やマヴァール年代記などのように「現代をモデルにした空想上の架空世界」を舞台にしているとでもというのならばそりゃ確かにそうでしょうが、創竜伝世界は「実在する現代世界」をほとんどそのまま持ってきた上で色々な手を加えているのですから、論評する際に現実の世界の状況を持ち込んだところで別に問題はないでしょう。そしてストーリー設定が現実世界と齟齬をきたしているのであれば、容赦なくツッコミを入れられて然るべきです。
 あれらがあくまで「空想上の世界」であるというのであれば、例えば現代世界からそのまま持ってきた九〇式戦車などは、創竜伝世界では140mmの主砲を持っていることになるわけですか(笑)。まあこんなのは些細なミスではありますけど(もっとも日本の軍事問題について作中で偉そうに語っている人間がこんな凡ミスをするのは「恥」だとしか言いようがないですが)、創竜伝のストーリーを支えている四人姉妹の設定でこんなミスをやってしまったら、ストーリー設定的に大問題になってしまうではありませんか。「創竜伝であれほど大仰に書かれている四人姉妹の経済基盤は実は全く大したことのないものでしかない」なんてミソがついてしまうのですから。
 まあこの辺りは、創竜伝を「完全なフィクション小説」として見ているランゼルさんとは意見が分かれるところではあるでしょうが。

 それと私が他に指摘したストーリー設定破綻についての話を意図的に取り上げていないようですけど、竜堂兄弟の桁外れに独善的な性格設定や、四人姉妹や牛種と対立する理由の欠如、それに「ストーリー設定における」法律違反の話などは「勧善懲悪」や「フィクション」として見るとどう評価されるのですか? アレは「勧善懲悪」や「フィクション」として見ても弁護のしようがないと私は考えるのですけど。
 例の「前文解釈」の件でもそうでしたけど、もう少し一部だけでなく全体を見て私の言わんとするところを理解していただきたいものですね。

収録投稿46件目
board4 - No.256

Re:フェアじゃない?

投稿者:古代蓮
2001年06月17日(日) 05時10分

> 私が問題としているのは、小説はそれを学問的な議論の対象とすることができないということです。極端な話、小説に対してまじめに反対意見を述べても、あれはフィクションですといわれればそれで終わりです。つまり、自分の思想を述べることに対して、それに対する反論を受けるだけの覚悟が無い、言い換えればはじめから反論を受けたときの逃げ道を作っている、その態度が問題なんです。反論の余地が無い方法で思想を広めるのは、俗な言い方をすれば「フェアじゃない」ですね。以前の投稿で何度も言っているような気がしますが・・・。

これは、田中芳樹氏が思想家か、それに近い者としての意見だな。

その「フェア」じゃない根拠をきかせてもらいたい。
逃げ道とか云々ではなく、「反論の余地がない方法で思想を広める」ことのどこがアンフェアかを。

思想を広めるさいのルールなどあったか?
自分たちの内で勝手にルールをつくりだしてないか?

もしも、仮に、田中芳樹氏が自分の思想を広めるために小説を書いてるとしたら、その頭の良さに感心どころか寒心するぞ。
若者に広く浸透し、それでいて反論の余地がないのだからな。

> 後ひとつ付け加えるなら、小説にとって、ストーリーと筆者の思想、どちらが大事ですか。両者がうまくかみ合えばいいですがそうでない時、果たしてそれは小説と呼ぶに値するでしょうか(貴方は田中芳樹作品においてかみ合っているとお思いなのでしょうが、そうでない人もいるということも理解してくださいね)。

ここからは、田中芳樹氏を小説家とした場合の意見だな。

あの批評の部分は、竜堂兄弟の基本的な思考の仕方をあらわしていると受け取れないだろうか?
つまり、竜堂兄弟の価値観をあらわすものだと。

大国のおごり→アメリカがどうたらこうたら
民族主義国の云々→日本はなんたらかんたら

と、難しい思想をわかりやすく例をだして説明している。
それに日本やアメリカが多いのは、たんに知名度が高いからだろう。

まあ、実際のところはどうだか知らないが。
こういう受け取り方もある、と。

それと、創竜伝はキャラの掛け合いを読んでいて、全体としてのストーリーの流れは気にして読んでいない。
こういう読み方だと、ストーリーが破綻しているらしいが、気にもとまらないし、批評の部分が邪魔だと感じることもない。むしろ批評の部分も含めて、キャラの掛け合いは成立しているように感じる。

つまりは読み方からして違うので、批評が邪魔かどうかは意見がかみ合うことはないだろう。

> 最も、田中芳樹が彼の思想を哲学書で書いたとして、それが純粋に研究の対象とするだけの価値があるかどうかは疑問ですし、従って売れるかどうかも疑問です。その意味で、売れることをもってよしとするなら、それはそれで小説として出すというのは一理ありますね。それは認めます。(逆に面白いもの見たさで売れるかもね。)

ここも田中芳樹氏を思想家か、それに近い者として書いているな。

田中芳樹氏は別段新しいことを言ってるわけではないので、あんまり売れないと予想したいところだが、知名度が高いので結構売れるのではないだろうか。
まあ、小説を出した方がもっと売れるだろうが。

田中芳樹氏を思想家として見たならたいしたことはない。
だが、思想を宣伝する者として見たら一流だ。

> もし、田中芳樹が彼自身の思想云々はおいといて、「右翼いじめしとけば売れる」というだけで、貴方やランゼルさんが言うようにそういう思想を道具として(装って)小説を書いているとすれば、そのノンポリぶりは逆に売れることに徹したプロ魂として賞賛してもいいですね、今までの批判は置いといて(笑)。いやマジな話。まあ、彼自身にしかわかりませんが。

ここからがまた小説家としての田中芳樹だな。

「そういうこともありえる」と考えているだけで「必ずその通りだ」とは考えていないことを断っておきたい。

収録投稿47件目
board4 - No.257

Re:勧善懲悪の理由と解釈について

投稿者:古代蓮
2001年06月17日(日) 05時49分

>  発言者の真意とは全く違った解釈をされることがどれほどまでに恐ろしいことであるかについては、森前総理の「神の国」発言や石原都知事の「三国人」発言をマスコミがどのように解釈し、報道したかを挙げれば分かるでしょう。彼らは彼らなりに問題意識を抱き、それを国民に問いかけたかったにもかかわらず、あの当時のマスコミ(特に朝日系列)は、彼らの発言の一部を自分達の都合が良いように意図的に抜き取り、あたかも彼らの発言が「差別主義者的」「右翼的」であるかのようなレッテル貼りの報道を行いました。おかげで彼らは自らの真意とは全く関係のないところでいちいち釈明を行わなければならなくなってしまい、肝心の問題提起をマトモに行うことすらできなくなったのです。
>  彼らのケースではマスコミの意図的かつ確信犯的な報道が原因でしたが、そこまで悪意に満ちたものでなくても、ちょっとした解釈の違いや言葉のすれ違いが相手の誤解を招き、発言者が思いもよらない事態を招くことはよくあることです。だからこそ、何かの文章を論評する際には、引用は慎重に行い、相手の発言の意図をきちんと汲み取らなければならないのです。

 それを言ったら、「田中芳樹氏がなぜ批評を小説に書いているか」がわかっていないのに、かってに決めつけて話を進めている「ここ」もおかしいことになるな。

 他人の真意などわかるはずもないのだから、受け手が勝手に解釈してしまうのはしょうがないだろう。それが嫌な人たちは、ねじ曲がった解釈をされないための術を学べばいいのだ。森前総理や石原都知事などは、学ばなければいけないことを学んでいなかったのだから、真意と違う解釈をされても当然のことだ。

>  ランゼルさんが個人的に「創竜伝=勧善懲悪物」「社会評論=フィクション」と考えるのは自由ですが、ランゼルさんはその「感想」を元にしてこのタナウツページや掲示板の方針に「娯楽小説と言う視点が抜け落ちているのでは?と思いました」などと異議を唱えたのでしょう? ならばその「感想」とは全く意見を異にするタナウツ掲示板常連と議論になるのは当然ですし、その際にはその自分が主張する「感想」なるものがいかに普遍的な正当性を持つものであるかを、論争相手や掲示板をROMしている人達に訴えていかなければならないはずです。
>  ましてや、この掲示板においては「創竜伝=勧善懲悪物」という評価自体が成立しておりませんし、社会評論に対しても「フィクションではなく現実世界に対する評論で、しかもストーリーの流れとは全く関係なしに挿入されており、さらにそれによってストーリーが矛盾・破綻をきたしている」という考え方が主流なのです。そこにわざわざやってきて異論を唱えておきながら、いざ反論されたら「あれは私個人の感想でして」ではあまりにも御都合主義なのではありませんか? しかもランゼルさんに反論する人達は皆その「感想」自体に対して疑問を持っているのですから、その「感想」の正当性を主張することなしに「私がそう楽しんだからそう言う前提で話を進めて」はイケマセン。

 勧善懲悪は、善事をすすめ悪事をこらしめることだ。そこで、竜堂兄弟と牛種の物語中の位置づけを考えてもらいたい。
 これは自分の勝手な解釈(なるべく作者の真意は汲んだつも)だが、竜堂兄弟はヒーロー(正義)で、牛種は敵(悪)として書かれている。そして、竜堂兄弟が悪をこらしめている。さらに悪をこらしめるのは善事。善事もすすめている。勧善懲悪の物語だ。
 現実的な話はどうでもいい。竜堂兄弟が自分たちを正義だと称してなくても、法律違反でも、人殺しでも。四姉妹が経済的に世界にどう影響しようとも、だ。大切なのは物語中でどう描かれているかに限る。時代劇だって、敵役には敵役の正義があり、賄賂にだってそれなりの正しさはある。だが、それが物語中で善事としては描かれていない。むしろ悪事として描かれている。こう見れば、創竜伝は勧善懲悪の物語なのだ。

>  確かにこの辺りは双方に認識の差があって、私は「勧善懲悪物は、作品のストーリーやキャラクターの自己主張がきちんと構築されていなければならない」と考えているんですよね。作品を客観的に論評する時に、主観的な見解である「読者の解釈」がどれほどの役に立つと言うのでしょうか?
>  読者の解釈と言っても、その解釈基準は人によって千差万別なのですから、それをもって作品を「勧善懲悪である」と評価してしまうと、この世のあらゆる作品が「勧善懲悪物」になってしまうのではありませんか? ランゼルさんの仰る判定法では、極端な話、快楽的に幼児を何人も殺害している人物を主人公にした小説を読んだ人が「主人公の正当性を信じ」「殺される相手が悪である」と見たら「それは勧善懲悪小説である」ということになってしまうのですから(笑)。
>  読者の解釈に絶対的なものなんてありませんよ。ランゼルさんと、私を含むタナウツ掲示板常連とが議論していること自体がそのことを証明しているのはないのですか? したがって、そのような千差万別の解釈法をもって、客観的に「創竜伝=勧善懲悪物」と評価するのは無理があります。だからこそ私は、誰でも理解できるように客観的かつ理論的に説明できる創竜伝のストーリーやキャラクター設定を検証することで「創竜伝は勧善懲悪物などではない」と主張するわけです。
>  もちろん、個人的・主観的に見るだけであれば、個人個人それぞれの解釈で何の問題もないでしょうが、それで自分とは全く違った認識を持つ他人を説得できるかどうかはまた別の問題でしょう。

 物事を解釈しないで何か語れるのか?
 検証したと言っているが、それは自分なりの解釈した上での検証だ。なぜなら「正義ではない」と語る時点で、自分の「正義というものは何か」の視点がそこに入ってしまっているのだから。
 「勧善懲悪ではない」と真に客観的に述べることは不可能。
 だから、正義の価値観が違う相手からすれば、まったく通じない理屈になってしまうわけだ。

 自分は、物語中での位置づけを検証し、牛種を悪、竜堂兄弟が悪事をこらしめている物語として勧善懲悪だと主張している。

収録投稿48件目
board4 - No.263

Re:フェアじゃない?

投稿者:オズマ
2001年06月18日(月) 00時56分

こんにちはオズマです。
いくつか返答すると共に反論したいと思います。

> その「フェア」じゃない根拠をきかせてもらいたい。
> 逃げ道とか云々ではなく、「反論の余地がない方法で思想を広める」ことのどこがアンフェアかを。

「反論の余地がない」、すなわち自分の言ったことに責任を取らないでいいこと、それ自体が既にアンフェアです。犯罪者が罰を受けなくていいというのはアンフェアじゃありませんか(少々極端な例ですが)。

> 思想を広めるさいのルールなどあったか?
> 自分たちの内で勝手にルールをつくりだしてないか?
>
> もしも、仮に、田中芳樹氏が自分の思想を広めるために小説を書いてるとしたら、その頭の良さに感心どころか寒心するぞ。
> 若者に広く浸透し、それでいて反論の余地がないのだからな。

思想家としてはその態度が問題なのはわかっているようで。それならこれ以上は言いません。
すべて小説の為だけに作られたものという極小の可能性を除けば(その可能性も否定しませんが)、普通にみればあれは思想ですから(それ以外の見方が無いでしょう)。その危険性がわかるというものです。

> あの批評の部分は、竜堂兄弟の基本的な思考の仕方をあらわしていると受け取れないだろうか?
> つまり、竜堂兄弟の価値観をあらわすものだと。
>
> 大国のおごり→アメリカがどうたらこうたら
> 民族主義国の云々→日本はなんたらかんたら
>
> と、難しい思想をわかりやすく例をだして説明している。
> それに日本やアメリカが多いのは、たんに知名度が高いからだろう。
>
> まあ、実際のところはどうだか知らないが。
> こういう受け取り方もある、と。
>
> それと、創竜伝はキャラの掛け合いを読んでいて、全体としてのストーリーの流れは気にして読んでいない。
> こういう読み方だと、ストーリーが破綻しているらしいが、気にもとまらないし、批評の部分が邪魔だと感じることもない。むしろ批評の部分も含めて、キャラの掛け合いは成立しているように感じる。
>
> つまりは読み方からして違うので、批評が邪魔かどうかは意見がかみ合うことはないだろう。

あのねえ、ストーリーが破綻している時点で売れる売れない以前に、小説家としての最低限の能力すら危ういということになりませんか(ちなみに私は揚げ足取りはしたくないのでそのことについて追求はしていませんが)。
まあそれはおいといて、ストーリーと思想どちらが大事かと聞かれて「そういう読み方をしていないから気にとめない」というのは何も解決になっていないんではないでしょうか。
それと貴方は批評は小説の為に作ったものと前提においているようですが、その根拠が何も無い以上、その批評をメインに読んでいる時点で、創竜伝を思想書として読んでいることになりませんか。確か貴方自身以前

> 田中芳樹氏も自分の思想を小説という媒体をとおして、より広くに伝えたいのだろう。(220より)

と述べていたではありませんか。それを今になってあれは小説の為に竜堂兄弟の思考法や価値観として作った思想だといわれても説得力がありませんよ。

> もしも、仮に、田中芳樹氏が自分の思想を広めるために小説を書いてるとしたら、その頭の良さに感心どころか寒心するぞ。

「もしも、仮に」ですか。220で言ったことと矛盾してますね。
そうすれば、貴方自身がそれを思想と認めているということになり、しかも貴方がその思想の方をメインにしているなら、田中芳樹が「売れる小説家」としてはともかく、それ以前に「思想家として」問題ありということを自ら認めていることになりますね。

> 田中芳樹氏を思想家として見たならたいしたことはない。
> だが、思想を宣伝する者として見たら一流だ。

これもおかしいですね。あれを作ったものとするなら、自分自身の思想でもない思想を宣伝する意味がわかりません。やはりあれは田中芳樹自身の思想なんですね。

> > もし、田中芳樹が彼自身の思想云々はおいといて、「右翼いじめしとけば売れる」というだけで、貴方やランゼルさんが言うようにそういう思想を道具として(装って)小説を書いているとすれば、そのノンポリぶりは逆に売れることに徹したプロ魂として賞賛してもいいですね、今までの批判は置いといて(笑)。いやマジな話。まあ、彼自身にしかわかりませんが。
>
> ここからがまた小説家としての田中芳樹だな。
>
> 「そういうこともありえる」と考えているだけで「必ずその通りだ」とは考えていないことを断っておきたい。

そう断られても、貴方が自分で「そういうことはありえない」と考えていることを示してくれましたしね。ですからあれを田中芳樹の思想だとして話すのですが、貴方が田中芳樹の、思想を若者に広く浸透させ、それでいて反論の余地がないやり方に寒心(肝をひやすこと。心に恐れを抱いて、ぞっとすること。『広辞苑』より)するなら、貴方自身が田中芳樹のやり方を危うく思っているということになります。

もう幾ら話し合ってもいいかげんらちがあかないし、これ以上続けても同じ主張のくり返しになるんじゃないですか。前も言いましたが、私の意見は一通り述べさせてもらいましたし、貴方の意見もわかりました。その確認ができたことをもって一定の進展としてこのへんで私は抜けさせてもらいます。真に勝手なのですが、私のほうは少し私事で忙しくなってきたのでしばらく時間が取れなさそうなので。反論や質問などして頂いてもよろしいですが、返答はかなり遅れるかもしれません。もっともそのころになるとこの話題も風化してしまうかもしれませんが(笑)。

ではこのへんで。

収録投稿49件目
board4 - No.266

田中芳樹についての質問

投稿者:見学者
2001年06月18日(月) 20時23分

 見ていて思いましたが。

 なんか盛り上がってますが、田中芳樹の創竜伝における社会評論への態度で、田中芳樹本人が、「これは小説であって社会評論ではないという」たぐいの発言をしたことがあるのか私は実は知りません。
 あるなら確かに、田中芳樹は批判されても文句言えませんが、言ってないなら逃げているという類の批判は出来ないように思えるのですが。

収録投稿50件目
board4 - No.274

小説「掲示板伝」

投稿者:新Q太郎
2001年06月19日(火) 05時19分

なぜ、「創竜伝」のような記述が問題であるのか、について、やや違った形からやってみたいと思います。多少問題ある表記もあると思いますが、あらかじめご寛恕を求めたい。

「掲示板伝」

突如、ある掲示板に不思議な人間が訪れた。
「ランデル」というHNを持つものである。ネットの特性上、対話しているものはそのものの姿形を知るよしもなかったが、もし見たらそのでっぷり太った体形と、脂ぎっててかてか顔を光らせた醜い姿に吐き気を催したに違いない。
「おおおおお、おでの中先生をぶ、ぶ、侮辱するやつは許さねえどおおおお、ココ、殺してやる殺してやる…」そうつぶやき、よだれをたらしながら、彼は一心不乱にキーボードを叩き続けた。
その「反論」「疑問」と称する書きこみの低劣さに、掲示板の常連達はあきれ果てた。だれもまともに議論しようとも思わなかったが、親切な数人が、「少し疲れ気味では?」と返事を送った。その反応が嬉しく、ランデルはさらに支離滅裂な投稿を続けた。

「ふふふ、ガンバッているようだね。これ、さし入れだよ」
ランデルのアパートを、訪れたものがいる。中先生の個人事務所「へびいすのっぶ」の事務員であった。
「ううううう、フライドチキンだいしゅき…」
差し入れのパックをひったくるようにして、ランデルはチキンをむさぼる。
「もっと、根性入れて書きこめよ。あのHPを潰すんだ」

「へびいすのっぶ」の事務員は、中先生がとうに才能が枯渇している
ことを知っていた。しかし、その売り上げによって生活する自分を守るため、中先生に批判的な声を消す必要があった。
そのために、このランデルに金と食い物を与え、書きこみをさせていたのだ……
そのとき、面倒くさくなったので隣の八百屋の兄ちゃんが突然ドラゴンに変身した。ドラゴンはヌンチャクを振り回して「ランデル」を倒し、地球に平和が戻った。

(続く)

いやー、出来が悪い上に二番せんじ、まるで「魔○楼」だ(笑)。

あ、そうそう忘れてた、もちろん「これは評論ではなく小説である。よって、この物語はあくまでフィクションであり、現実の事件・団体・個人などとは無関係であることを、とくにお断りしておく」のである(笑)。

さて、これはフィクションだからまったく問題ないだろうか?
それとも、(実際の)特定人物や、その行動について悪いイメージを与える姑息な手段だろうか?それともただの勧善懲悪ものだろうか?そのへんのことがヒントになると思う。

http://club.pep.ne.jp/~yusuke.i/4.htm

も参照のこと。

最後にあらためて、もしこれで特定の人が気分を害したら
痛惜の念を禁じえない。

収録投稿51件目
board4 - No.280

Re:小説「掲示板伝」

投稿者:古代蓮
2001年06月19日(火) 06時21分

> 最後にあらためて、もしこれで特定の人が気分を害したら
> 痛惜の念を禁じえない。

 そうなのだ。これで痛惜の念を受けただけで終わってはいけないのだ。それでは批判の意味がない。

 例えば、チキンを貪る姿というのは世間では醜く見えている、と知ったら、それを正すことができるわけだ。
 それは、「もし見たらそのでっぷり太った体形と、脂ぎっててかてか顔を光らせた醜い姿に吐き気を催したに違いない」も同じこと。あとは本人がダイエットできるかどうかだ。

>その「反論」「疑問」と称する書きこみの低劣さに、掲示板の常連達はあきれ果てた。だれもまともに議論しようとも思わなかったが、親切な数人が、「少し疲れ気味では?」と返事を送った。その反応が嬉しく、ランデルはさらに支離滅裂な投稿を続けた。

 これもそうだ。
 これと同じ事を実際にしている人がいたとしたら、これを読んで、なおすことができるのだ。もし、このように批判がなければ、一生気づかないかも知れない(自分も丁寧な口調で書くように、と言われるまで気づいてなかったし)。

 だから、田中芳樹氏の小説を読んでいて、「これにあてはまるかも」と思い、さらに「これって確かに嫌な行動だよね」と気づいたら、なおせばいいのだ。

 批評っていうのは、そもそもがそういうものではないだろうか?

収録投稿52件目
board4 - No.285

Re:小説「掲示板伝」

投稿者:新Q太郎
2001年06月20日(水) 02時13分

>  例えば、チキンを貪る姿というのは世間では醜く見えている、と知ったら、それを正すことができるわけだ。
>  それは、「もし見たらそのでっぷり太った体形と、脂ぎっててかてか顔を光らせた醜い姿に吐き気を催したに違いない」も同じこと。あとは本人がダイエットできるかどうかだ。

ふむ、そこだ。つまりこれはフィクションではあるが、現実にチキンをむさぼり食う、でっぷり太って脂ぎった(実際の)人への批判という形にもなっているということですね。
もしくは某作家を批判する掲示板に、反論をかく人の レベルについての批判にもなっている。

> >その「反論」「疑問」と称する書きこみの低劣さに、掲示板の常連達はあきれ果てた。だれもまともに議論しようとも思わなかったが、親切な数人が、「少し疲れ気味では?」と返事を送った。その反応が嬉しく、ランデルはさらに支離滅裂な投稿を続けた。
>
>  これもそうだ。
>  これと同じ事を実際にしている人がいたとしたら、これを読んで、なおすことができるのだ。

と同時に、『私は論理的に書いてるつもりですよ』『私は太ってはいないのだが』『カネを「らいとすたっふ」から貰って書きこんでいるんじゃない!』という反論、をすることも出来るだろう。

とくに偶然?HNが似てる人にとっては特に(笑)。
「批評っていうのは、そもそもがそういうものではないだろうか?」ってことです。

そして
「これにあてはまるかも」と思い、それを直そうとするか
「それは違うだろ」と反論するかは、それは単に評価の問題。

ゆえに、田中芳樹氏の小説がフィクションだとしても、そこで現実世界とシンクロさせるようにして描写したり(地の文で)社会批評をしている部分は、本来なら「現実への言及」として評価されるはずのものだが、そこを曖昧にしているってことです。

収録投稿53件目
board4 - No.286

Re:小説「掲示板伝」

投稿者:モトラ
2001年06月20日(水) 02時32分

このサイトに限らず、ある特定の事象について評価が定まっている場の参加者に異を唱えようとする者すべて、「ランデル」という固有名詞を自分に置き換えて、それが自分に当てはまることはないか、そこに鏡に移った自分の姿を見るのか…一度、立ち止まって考えてみるのに適したミニSSですね。

収録投稿54件目
board4 - No.288

Re:小説「掲示板伝」の感想とか

投稿者:ランゼル
2001年06月20日(水) 03時28分

こんばんわ、ランゼルです。 新Q太郎さん、初めまして。

う〜ん、このような書き方をするなら、このHPの姿勢なら、記述内容を評論と捉えることを前提に、

掲示板評論として現実のタナウツ掲示板について語りたいなら、その事について語ればいいだろうに、小説という形にするのは卑怯だ。

とか、

> 「ううううう、フライドチキンだいしゅき…」

に対して、

今時このような物言いをする人物が居るのだろうか?

とか、

> 面倒くさくなったので隣の八百屋の兄ちゃんが突然ドラゴンに返信した。

人を倒す理由が「面倒くさくなった」とは何を考えているのか?この新Q太郎氏は偏っている。

と言った批判が出そうな気もしますが、
それが出てこないと言うことは、それがこの掲示板の姿勢なんですね。

ようやく解りました。ここが本当の意味での「タナウツ」だと言うことが。

創竜伝と同じような形式で書いている、新Q太郎氏に対しては常連さんの批判が出ない(なぜか無条件に作者が説明する「フィクションです」を容認している?)以上、

ここの常連さんは田中芳樹氏の執筆姿勢ではなく、田中芳樹氏だから批判しているわけですね。

極端な話、創竜伝を新Q太郎氏が全く同じに書いたとしても、
ここの常連さんはフィクションと捉える(か無視する?)と言えるわけです。

そしてタナウツが、小説を田中芳樹氏が作者かどうかで批判するか決定している以上、
フィクションであろうが、小説のルールがどうであろうが、重要な問題ではないと言うことにもなります。

キーワードは小説、創竜伝ではなく、小説家、田中芳樹氏だったのですね、ものすごく納得できてしまいました。

さらにオープンサイトとは言え、私のような「感想」を書くべき場所ではありませんでした。

> 中傷に陥らず理論的な批判・討論を目指し、日夜、作品論、ファン論、作家のプロ意識などを論じています。田中芳樹氏の姿勢に疑問を持つ方はもちろん、ファンの方も是非一度ご覧ください。

と言う言葉を真に受けて、ついHPの「感想」を書き込んでしまった私のミスですね。

と言うわけで、場違いである上に、感想から来た疑問の大半は解決したので、私は議論から退くことにします。

お話の途中だった、S.Kさん、オズマさん、恵さん、冒険風ライダーさん。
忙しさから解放されて戻ってきたら、ようやく場違いに気付きました、結果的にお話を一方的に打ち切る形になって申し訳有りません。
その他、感想にレス付けて下さった方、読んで下さった方、ありがとうございました。

ちなみに、小説そのものの感想としては、

勧善懲悪物にしては、誰が主人公か解りにくいですね。
やはり主人公が悪を倒す正当性が「面倒くさくなった」ってのが原因かも。
主人公(多分八百屋の兄ちゃん)が唐突に出てきた以上、人助けとか、解りやすい正当性が欲しいですね。

それに、「ランデル」が悪の下っ端なのか、雑魚なのかも解り辛いですね。
何故「ランデル」を倒して地球に平和が戻ったのでしょうか?これだけでは理由が解りません。
例えば、「ある掲示板」が、人々に正義と真実を説く素晴らしい掲示板であり、
それを「ランデル」がつぶすことが、悪であることをもっと描くとか。
フィクションとして描いた以上、撃つべき悪の描写を手抜きしては、
面白い勧善懲悪小説にはならない例だと思います。

その点、

> http://club.pep.ne.jp/~yusuke.i/4.htm

の方が、良くできていました。

もっとも、小説の執筆意図は別にあったのかも知れませんが、
どのように捉えるかは私の自由ですので。
ついでに、似てるHNの悪役が出てくる小説だったので、もっとキャラクターを最後まで目立たせて欲しかったですね(笑)
これも「感想」なので、場違いでしょうけど、ご寛恕下され。

収録投稿55件目
board4 - No.289

あいや待たれよ、お帰りになる前に

投稿者:新Q太郎
2001年06月20日(水) 04時04分

> こんばんわ、ランゼルです。 新Q太郎さん、初めまして。
>
> う〜ん、このような書き方をするなら、このHPの姿勢なら、記述内容を評論と捉えることを前提に、
>
> 掲示板評論として
「現実のタナウツ掲示板について語りたいなら、その事について語ればいいだろう」
「小説という形にするのは卑怯」だ。
「今時このような物言いをする人物が居るのだろうか」

私は全面的に同意します。
ただ

「それが出てこない」
理由については少々異なりますね。
それはこの小説が「ダメ」であることを皆言うまでもなく
「前提」にしているから、だと思うんですが(笑)。

もう少し説明しましょう。
この掲示板で田中氏の「創竜伝」を批判している人は私ふくめ

A)この小説も、創竜伝もダメ。こういう形式はただのエンターテインメント、勧善懲悪とはいえない

と見なしています、大雑把に言って。

しかし(現実の)ランゼルさんは創竜伝をただのエンターテインメント、勧善懲悪と見なしていたはずです。

なら
B)この小説も、創竜伝もOK。これはただのエンターテインメント、勧善懲悪である

というスタンスが出てくる可能性があると思うのですが。
もしランゼルさんが、悪のランデル(ああややこしい)が跳梁跋扈する「掲示板伝」を、Bのようには見なせないというのなら、それは何ゆえか?というところから、『作品論、ファン論、作家のプロ意識などを論じ』ることが出来ると思うのですよ。

どうでしょう。
刳り返しますが、私は新Q太郎作の「掲示板伝」を

「現実のタナウツ掲示板について語りたいなら、
 その事について語ればいいだろう」
「小説という形にするのは卑怯」だ。
「今時このような物言いをする人物が居るのだろうか」

だと思います、完璧に(笑)。しかし最後に「創竜伝と同様に」と付け加えたいのです。そのへんは如何??

> さらにオープンサイトとは言え、私のような「感想」を書くべき場所ではありませんでした。
>
いや、そういう場所ですよ、遠慮なさらずどんどんどうぞ。
>

さてそれから、エンターテインメントのストーリー・テリングに
関するご高評は、是非とも参考にさせていただきます。

それではお待ちしております。

収録投稿56件目
board4 - No.290

Re:小説「掲示板伝」の感想とか

投稿者:モトラ
2001年06月20日(水) 04時14分

田中芳樹の小説における悪役のような描き方をされたあなた自身が、その記述に立腹されたという事実が、創竜伝の問題点を物語っていますね。他人のときには痛痒を感じることなく、いざ自分のこととなると反発する、あなたの心の狭さです。もっとも、すべてを自己に都合が良いようにしか解釈できないあなたには、理解不能かもしれませんが。人生&社会勉強をして、出直してきなさい。

収録投稿57件目
board4 - No.292

ランゼルさんへ。最後にこれを読んでいただければ幸いです☆

投稿者:
2001年06月20日(水) 14時44分

恵です☆
ランゼルさん、議論打ち切りの件、了解しました。
結論の出ない中途半端な形になってしまって残念ですけど、あなたなりに納得されたなら、それはそれで結構なことだと思いますので、無理に続きを書いて下さいとは言いません。ただ、あなたの最後の書き込みが気になったので、ちょっとだけ最後の意見を言いますね。

新Q太郎さん作の小説「掲示板」を読まれて、

「なんだ、結局ここの人間も、自分たちの批判してる田中芳樹氏と同じことをしてるじゃん。それを誰も批判しないし、ここは「田中芳樹氏限定」批判っていう、底の浅いサイトか。正体わかったから、もうや〜めたっと」

という趣旨の結論を出され、ランゼルさんは身を退く覚悟をなさったようですね。(わたしの勝手な解釈です。違ってたら遠慮なく言ってください)

確かに、はじめて小説「掲示板」を読んだとき、わたしも最初は「ちょっとやりすぎじゃないかなぁ?」と思いました。でも、私事で忙しいという理由もありましたけど、あえてわたしはそれを指摘しませんでした。
なぜなら、やりすぎの観があるとはいえ、あの創作はあなたの主張の本質をついた上での、(田中氏のやり方をあえて模倣した)確信犯としての強烈なカウンターパンチが目的だったからです。そして、もっと思ったのは、

「なぜ、新Q太郎さんはあのようなグロテスクな創作を書かねばならなかったのか?」

の意味を考えれば、あれはランゼルさんへの

「あなたが主張していること(勧善懲悪物、フィクションだから・小説には書いてはいけないというルールがなければ問題ない)は、こういうことなんですよ」

という、極端ではありながらも、一番効果的な手法による教示に他ならないことです。たぶん、「もし〜みたいに書かれたら嫌でしょう?」とifの話を数行で書かれても、ランゼルさんもピンとこなかったのではないでしょうか?そして、ものすごく言い難いことで申し訳ないんですけれども(でも、これを一番言いたいんです)、

わたしは新Q太郎さんにあそこまでさせたあなたの主張そのものに、ものすごい「業の深さ」を感じてしまいます。
(注:この言い方、過去ログで誰かが田中氏に対して使っておられましたね。とても気に入っている表現なので、ここで活用させていただきますf(^_^)
ですから、あの創作に対して観懲懲悪物としてのストーリーの正当性が云々という問題は枝葉の問題で、もっと新Q太郎さんの真意を汲んで、ご自分の主張の問題点と本質を理解していただきたかったと思います。

それが、

「自分たちの批判してる田中芳樹氏と同じことをして」、
「それを誰も批判しなかった」

理由なんです。
ランゼルさんがこの考えを相容れないものだと思われたのなら、「今までの議論、お疲れ様でした。もう、わたしからは何も言うことはありません」という言葉でしめくくらせていただきます。よろしくご了解お願いしますね。

ではでは☆

収録投稿58件目
board4 - No.301

感想の自己解説+個別レス

投稿者:ランゼル
2001年06月21日(木) 13時12分

こんにちわ、ランゼルです。
え〜と、なんだか私の感想が変な風に解釈されてるみたいですね。解説した方が良さそうなので、その点だけ。

最初に書いておきますが、別に私、立腹なんてしてませんよ(笑)

以下、解説しておきますと

> 掲示板評論として現実のタナウツ掲示板について語りたいなら、その事について語ればいいだろうに、小説という形にするのは卑怯だ。

は、オズマさん他風

> 今時このような物言いをする人物が居るのだろうか?

は、管理人さん風

> 人を倒す理由が「面倒くさくなった」とは何を考えているのか?この新Q太郎氏は偏っている。

は、冒険風ライダーさん風の想像批判だったのですが、新Q太郎さんが同意されたことから、私のイメージしたこのHPの特徴は、そう間違っていなかったと言うことでしょう。

で、これがこのHPの特徴なら少なくとも掲示板に書き込まれた小説なら、(誰でも読めるのだから)批判の対象になるのが普通でしょうに、それをしないのは、田中芳樹氏以外の作者には批判の意欲が、或いは批判が書き込まれた時に同意の感情が湧かないからだと思ったわけです。

従って、私自身の小説に対する感想とは別物ですよ。

私が上記の事を考えながら小説を読む、つまり、フィクション小説を現実に対する批判と考えて読む人間なら、そもそも「ランデル」が悪役の小説の感想なんて書けないですよ。
どうやら、読みとってもらえなかったようですが(笑)

ランゼルをキャラクター名に使うのなら人物同定の問題が出てきますが、ランデルなら悪くはないのでは?

ちなみに、私があの小説をフィクションだから問題なしと明記しなかった理由は二つ。

一つは、田中芳樹氏風小説としては問題なくても、一掲示板の参加者が、一掲示板の参加者を元ネタに小説を作る。良くあることですが、小説風という方法自体は、個人攻撃の正当化に繋がりかねないので、一参加者が一参加者に対してやる場合は、十分な注意と掲示板参加者の了解(特に元ネタにされる相手の信頼)が必要だと思ったからです。今まで議論に参加すらしていなかった人が唐突にやるのは、かなり問題でしょう。

もう一つは、私が管理人さんの小説と違い、小説として楽しめませんでしたので。やはり、楽しめないのは問題でしょう。それが私だけの意見でないのは、皆さんの書き込みを見ている限り、あの小説を楽しんだと書かれている人が居ないのが証拠になるかと。

解説すれば、以上のようになります。

そんな感じなので、やはり私は場違いですね。

個別レス。

新Q太郎さん

私は最初からB)ですよ。もちろんそれだけではない人もいるでしょうが、世の中にはエンターテインメントと割り切って読んでる人間もいると言う事で、納得していただけると、嬉しいですね。

恵さん

「業の深さ」を感じてしまわれましたか、それは申し訳有りませんでした。ですが、自分の主張の問題点と本質を理解するのは無理のようです。私にとってはフィクションと見れば基本的に問題なしですので。議論、お疲れさまでした。

モトラさん

初めまして。立腹しているという前提が違うのだから、発言撤回よろしくお願いしますね。特に私と違って「人生&社会勉強をした」お人なのでしょうから。

それでは皆さん、短い間ながらもお付き合いいただき、ありがとうございました。

収録投稿59件目
board4 - No.304

Re:感想の自己解説+個別レス

投稿者:モトラ
2001年06月21日(木) 20時00分

…読解力、想像力ともに不足いや欠落した自己正当化の権化である、あなたに語りかける言葉は、既に尽き果てました。お元気で。なお、立腹していようといまいと、私の発言の趣旨がずれるとは思えませんので、撤回はしません。

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