銀英伝考察2−A

ヤンが殉じたシビリアン・コントロールの実態

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コンテンツの総収録投稿数94件の内、2〜26件目の投稿を掲載

収録投稿2件目
board2 - No.912

Re: 銀英伝考察2 〜ヤンが殉じたシビリアン・コントロールの実態〜

投稿者:優馬
2000年05月22日(月) 15時17分

優馬です。
>
> 銀英伝7巻 P194下段〜P195上段
> <「ユリアン、吾々は軍人だ。そして民主共和政体とは、しばしば銃口から生まれる。軍事力は民主政治を産み落としながら、その功績を誇ることは許されない。なぜなら民主主義とは力を持った者の自制にこそ真髄があるからだ。強者の自制を法律と機構によって制度化したのが民主主義なのだ。そして軍隊が自制しなければ、誰にも自制の必要などない」
>  ヤンの黒い瞳が次第に熱を発した。ユリアンにだけは理解してほしかったのだ。
> 「自分たち自身を基本的には否定する政治体制のために戦う。その矛盾した構造を、民主主義の軍隊は受容しなくてはならない。軍隊が政府に要求してよいのは、せいぜい年金と有給休暇をよこせ、というくらいさ。つまり労働者としての権利。それ以上はけっして許されない」>

 昔、これを読んだときは「なるほど、ふむふむ」と思ってしまいました。ああ恥ずかしい。
 私も、昔は青かった(笑)。
 こういう、いじけた、ひねこびた軍隊観というのは、日本独特のものでしょうねえ。一歩日本の外に出ると、軍人という職業は、尊敬されていますもの。
 ところで、いつぞや日本海海戦の話題がありましたが、米国アナポリスの海軍士官学校には、東郷平八郎の等身大の肖像画が飾ってあるとか。世界中の海軍士官は、「海戦の完勝例」として日本海海戦を習っています。またその歴史的価値については、いうまでもなし。

収録投稿3件目
board2 - No.914

Re912:日本における軍隊蔑視思想その他

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月23日(火) 01時30分

<昔、これを読んだときは「なるほど、ふむふむ」と思ってしまいました。ああ恥ずかしい。
 私も、昔は青かった(笑)。
 こういう、いじけた、ひねこびた軍隊観というのは、日本独特のものでしょうねえ。一歩日本の外に出ると、軍人という職業は、尊敬されていますもの。>

 日本における軍隊蔑視思想というのは昔からあるもののようで、その起源ははるか平安時代にまでさかのぼる事ができます。平安時代の政府は直属の軍隊を廃止してしまいましたし、鎌倉幕府が元寇を2度にわたって退けた時も「我々がひたすら天に祈ったおかげで神風が吹いて元寇が防げたのだから、武士に恩賞をくれてやる必要はない」などと主張していた公卿(北畠親房でしたっけ?)がいましたし。
 現代日本の政治家や官僚の中にも「自衛隊はすぐに鉄砲を撃ちたがるから危ない」などと公言したり、自衛隊の司令官に面と向かって「政治家はお前達よりよっぽど偉いんだ」などと堂々と主張したりする人物がいるようですけど、こんなことをしていたら自衛隊員の士気を削ぎ、自衛隊の運営に支障をきたすだけで百害あって一理なしです。
 このような自衛隊に対する偏見まじりな被害妄想もいいかげんにしてほしいものなのですが。

<ところで、いつぞや日本海海戦の話題がありましたが、米国アナポリスの海軍士官学校には、東郷平八郎の等身大の肖像画が飾ってあるとか。世界中の海軍士官は、「海戦の完勝例」として日本海海戦を習っています。またその歴史的価値については、いうまでもなし。>

 まあ田中芳樹にしてみれば、日露戦争において日本が勝利した事自体が気にいらないのでしょうから(何しろ「日露戦争でロシア帝国に『勝利してしまった』」などと言っているのですから)、日本海海戦の歴史的価値などどうでも良いのでしょう(笑)。
 秦檜評価論の時も、直接金との和平を結び、南宋に平和と経済的繁栄をもたらした秦檜に対してひたすら罵倒と誹謗中傷を浴びせ、それこそ単なる「一局地戦の指揮官」でしかなかった岳飛をやたらと礼賛していましたからね〜。ひょっとすると田中芳樹は、地道に戦略的・政治的勝利をおさめる人の活躍などよりも、派手でマニアックな戦術的勝利しか勝ち取れない人の方に魅力を感じるのかもしれません(笑)。政治は結果が全てなのですけどね〜。
 そう言えば確かヤンも最後まで「一局地戦の指揮官」であり続け、何らの戦略的・政治的勝利をおさめることができなかった人でしたね。そのヤンが銀英伝における主役的存在なのですから、ひょっとすると口で何やかやと言っておきながら、銀英伝の頃からすでにこの方針は一貫されていたのかもしれません。

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board2 - No.918

Re914:中国における軍隊蔑視思想

投稿者:優馬
2000年05月23日(火) 09時46分

冒険風ライダーさんは書きました

>  日本における軍隊蔑視思想というのは昔からあるもののようで、その起源ははるか平安時代にまでさかのぼる事ができます。平安時代の政府は直属の軍隊を廃止してしまいましたし、鎌倉幕府が元寇を2度にわたって退けた時も「我々がひたすら天に祈ったおかげで神風が吹いて元寇が防げたのだから、武士に恩賞をくれてやる必要はない」などと主張していた公卿(北畠親房でしたっけ?)がいましたし。

おっしゃるとおりですね。
でも、考えてみると、中国こそ「武官蔑視思想」の本場なのでは?「良い鉄は釘にならない。良い人間は兵隊にならない」という諺があるぐらいです。日本の「軍隊嫌い」は日本独特の宗教感覚によるものと思いますが、中国の「武官蔑視」は政治的なものです。
歴史的には、宋代に科挙制度と皇帝専制が確立してからこっち、「文官優位」の原則が確立します。それはいいのですが、「武官蔑視」もまた確立して、以来中華「正統」王朝は、異民族に戦争で負けっ放し。王朝の創業者とその孫くらいまでの世代は何とか頑張りますが、その後はからっきし。戦争に負け、亡国を何度繰り返しても「武官蔑視」を修正できない中国人。どうしてなんでしょうね。

そう考えると、ヤンの徹底的に間違った「シビリアン・コントロール」の概念って「伝統的中国の発想」に近いのかもしれませんね。そう言えば、あの国には「政府の暴走」をチェックするシステムは、歴史的に存在していないなぁ・・・。
「銀英伝」の「帝国」と「同盟」というのは、実はどちらも中国伝統政治システムに酷似していて、単に「勃興期の王朝」と「衰退期の王朝」の差でしかないのでは?!
ヤンのいじけた政治的怠慢は、「武官蔑視」に対する意趣返しなのかも。
ひょっとして、田中氏の中では、ヤン=岳飛なのでしょうか??

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board2 - No.920

Re918:軍隊蔑視思想の起源

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月24日(水) 00時39分

<考えてみると、中国こそ「武官蔑視思想」の本場なのでは?「良い鉄は釘にならない。良い人間は兵隊にならない」という諺があるぐらいです。日本の「軍隊嫌い」は日本独特の宗教感覚によるものと思いますが、中国の「武官蔑視」は政治的なものです。
歴史的には、宋代に科挙制度と皇帝専制が確立してからこっち、「文官優位」の原則が確立します。それはいいのですが、「武官蔑視」もまた確立して、以来中華「正統」王朝は、異民族に戦争で負けっ放し。王朝の創業者とその孫くらいまでの世代は何とか頑張りますが、その後はからっきし。戦争に負け、亡国を何度繰り返しても「武官蔑視」を修正できない中国人。どうしてなんでしょうね。>

 それはおそらく中国における軍隊の質そのものに原因があるのでしょう。
 日本の場合は殺生行為や動物の皮を剥ぐ仕事などを異端視し、排除しようとする「穢れ」という考え方が軍隊蔑視思想の元になっていて、これは神道に基づいてできたものです。この伝統的な考え方に基づく偏見によって日本では軍隊が蔑視されているので、その軍隊の実態が公明正大であろうが何だろうが関係ないわけです。自衛隊に対する非難なども、その大半は偏見と誤解に基づくものです。
 それに対して中国の場合は伝統的に軍隊の質そのものが非常に劣悪で、昔から中央政府の軍隊以外にも宗教的秘密結社や地方軍閥による大小無数の武装集団が存在し、それらが村落レベルに至るまで慢性的な闘争をやっている上、それらの雑軍的な武装集団の統制をとるために司令官自らが兵士の略奪や婦女暴行を奨励している事が、軍隊に対するイメージを大きく悪化させているという事情があります。何しろ中国では軍隊が略奪行為を行うのは当然であると考えられていて、それがない軍隊は特筆大書されるというありさまですからね。これでは軍隊が民衆や政府から好意的に見られるわけがありません。
 いずれにせよ、このような軍隊蔑視思想や政治的思惑に基づく無理矢理な軍隊統制の行きつく先は「政府の暴走」か「軍部の反動」かのいずれかであって、どちらにしてもロクでもない結末をむかえる事は歴史が証明しています。ヤンはこの辺りを考えた事はなかったのですかね〜。

<ヤンの徹底的に間違った「シビリアン・コントロール」の概念って「伝統的中国の発想」に近いのかもしれませんね。そう言えば、あの国には「政府の暴走」をチェックするシステムは、歴史的に存在していないなぁ・・・。
「銀英伝」の「帝国」と「同盟」というのは、実はどちらも中国伝統政治システムに酷似していて、単に「勃興期の王朝」と「衰退期の王朝」の差でしかないのでは?!>

 同盟の政治システムは表面だけを見ればアメリカの大統領制そのものなのですけどね。ただひとつ違う所は議会の存在が希薄であるというところで、このためにシビリアン・コントロールが「伝統的中国の発想」に近くなってしまっていると考えるべきでしょう。
 それにしても、民主主義国家だというのであれば議会の存在は必要不可欠であるはずなのに、なぜ銀英伝世界の民主主義国家には議会が存在しないのでしょうかね? どうも銀英伝世界の民主主義とは、立法府の力が全く無力で行政権力が強大な力を持つ「独裁制民主主義」とでもいうべきシロモノであるようにすら思えるのですが、ヤンはこんなものを守るために戦っていたのでしょうか?

<ヤンのいじけた政治的怠慢は、「武官蔑視」に対する意趣返しなのかも。
ひょっとして、田中氏の中では、ヤン=岳飛なのでしょうか??>

 だとすると、トリューニヒト=秦檜ということになりますね(笑)。
 実際、トリューニヒトは「ハイネセンの10億の市民を救う」という名目で帝国に降伏していますし、バーラトの和約を結んでとにもかくにも同盟の存続を帝国に認めさせています。それに帝国の政官界に人脈と金脈を広げて、帝国に立憲体制を確立しようとしていました。途中で暗殺されてしまいましたけど。
 何とも皮肉な話ですね。エゴイストで「民主主義の裏切り者」であるはずのトリューニヒトの方が民主主義の存続に貢献していて、「民主主義をなんとか存続させよう」としていたはずのヤンとレベロの方が支離滅裂な行動で同盟を破滅に追いやり、戦争を長引かせていたわけなのですから。
 歴史は案外、トリューニヒトの方をこそ「民主主義の擁護者」と評価するのかもしれません。

収録投稿6件目
board2 - No.921

Re: Re918:軍隊蔑視思想の起源

投稿者:宣和堂
2000年05月24日(水) 07時34分

優馬様曰く

> 歴史的には、宋代に科挙制度と皇帝専制が確立してからこっち、「文官優位」の原則が確立します。それはいいのですが、「武官蔑視」もまた確立して、以来中華「正統」王朝は、異民族に戦争で負けっ放し。王朝の創業者とその孫くらいまでの世代は何とか頑張りますが、その後はからっきし。戦争に負け、亡国を何度繰り返しても「武官蔑視」を修正できない中国人。どうしてなんでしょうね。
 清以降、民国、共和国では決して軍人は蔑視の対象にはならなかったと思います。

> ヤンの徹底的に間違った「シビリアン・コントロール」の概念って「伝統的中国の発想」に近いのかもしれませんね。そう言えば、あの国には「政府の暴走」をチェックするシステムは、歴史的に存在していないなぁ・・・。

 諫官と言う制度は唐代からありますから(太宗と魏徴はその理想として書かれる)、日本に比べれば政治の暴走をチェックする機関は発達しています。
 でもソレで却って政治的停滞を巻き起こす結果にはなると思います(皇后の冊立問題や叔父→甥の相続の時によく起こる祭礼、名称問題など)。

> 「銀英伝」の「帝国」と「同盟」というのは、実はどちらも中国伝統政治システムに酷似していて、単に「勃興期の王朝」と「衰退期の王朝」の差でしかないのでは?!
>
再び優馬様曰く

> ヤンのいじけた政治的怠慢は、「武官蔑視」に対する意趣返しなのかも。
> ひょっとして、田中氏の中では、ヤン=岳飛なのでしょうか??

 ソレはないでしょう。ヤンの性格はそれほど悪くないです。岳飛は有能ですが、同僚としたら非常にイヤな存在ですし、何よりもうるさい…。その点は『紅塵』を読めば分かりますよね。どちらかと言えば韓世忠の方が近いです。モデルはもっと他にいますが…。

冒険風ライダー様曰く

>  だとすると、トリューニヒト=秦檜ということになりますね(笑)。
 コレはおそらくモデルの一人だとは思います。両方ともとらえどころが無くて、いつの間にか権力の中枢にいて失脚しない…。おっかないです。

収録投稿7件目
board2 - No.924

三権分立

投稿者:平松重之
2000年05月25日(木) 13時14分

Re918で冒険風ライダーさんの意見に、

> それにしても、民主主義国家だというのであれば議会の存在は必要不可欠であるはずなのに、なぜ銀英伝世界の民主主義国家には議会が存在しないのでしょうかね? どうも銀英伝世界の民主主義とは、立法府の力が全く無力で行政権力が強大な力を持つ「独裁制民主主義」とでもいうべきシロモノであるようにすら思えるのですが、ヤンはこんなものを守るために戦っていたのでしょうか?

 とありました。実は自分も銀英伝の記述を鵜呑みにしていた口なので、(^_^;)あまり偉そうな事は言えないのですが、立法・行政といえば司法についても言及しなければならないでしょう。銀英伝の第6巻では、銀河帝国の高等弁務官であったレンネンカンプのヤン逮捕の勧告に屈したレベロが、ヤンを逮捕するように処置を下していますけど、レベロはあくまで行政府の長であって、司法に対しての権限は持っていないはずなのではないでしょうか? これは行政の司法への不当な介入といえるのでは? そして司法側も行政側の命令にあっさり従ってヤンを逮捕しています。これはすなわち司法が行政側に主導権を握られていると解釈出来ます。
 司法・立法・行政の三権が鼎立していない自由惑星同盟とは、果たしてまともな近代(近未来?)国家なんでしょうか?

>冒険風ライダーさん

 投稿方法に関してのご指摘ありがとうございます。ネットにはまだ慣れていないのでこの様な無知な事をしでかし、ご迷惑をおかけしました。以後注意いたします。m(__)m

収録投稿8件目
board2 - No.926

Re921/924:ヤンと岳飛の共通項と三権分立について

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月25日(木) 18時28分

>宣和堂さん
<ソレはないでしょう。ヤンの性格はそれほど悪くないです。岳飛は有能ですが、同僚としたら非常にイヤな存在ですし、何よりもうるさい…。その点は『紅塵』を読めば分かりますよね。どちらかと言えば韓世忠の方が近いです。モデルはもっと他にいますが…。>

 これはどうでしょうか。ヤンと岳飛とでは、性格においても政治的立場においても結構共通項があるように思えるのですが。
 岳飛もヤンも、その現実無視かつ支離滅裂な政治的スローガンはともかく、自分が仕えていた政治体制の維持にすくなからぬ貢献をしていたにもかかわらず、政府に疎んじられた挙句、時の政府から不当な冤罪にかけられたという点では共通項がありますし、それにヤンも岳飛と同じように、自分が気に入らない相手に対しては相当に不遜な態度を取っています(特に政治家に対して)。さらに自軍の中や民衆における名声が高かったことや、政治家に憎しみの目を向けられていたこともまた共通しています。
 したがって、ヤン=岳飛という解釈は立派に成立するのではないでしょうか。

<コレはおそらくモデルの一人だとは思います。両方ともとらえどころが無くて、いつの間にか権力の中枢にいて失脚しない…。おっかないです。>

 しかし結果的にどちらがより現実的な政策が行えたか、といえば間違いなく秦檜タイプの人間でしょう。すくなくともヤンや岳飛はまともな政治的構想や運用方法が全くできていません。理想ばかりを追うあまり、現実が全く見えていなかったのですから。
 「政治は結果が全てである」という観点から見れば、どちらがよりまともであるかは一目瞭然なのではないでしょうか。

>平松重之さん
 いえいえ、こちらこそお手数をおかけして申し訳ありません。m(__)m
 それでは改めて、はじめまして。

<立法・行政といえば司法についても言及しなければならないでしょう。銀英伝の第6巻では、銀河帝国の高等弁務官であったレンネンカンプのヤン逮捕の勧告に屈したレベロが、ヤンを逮捕するように処置を下していますけど、レベロはあくまで行政府の長であって、司法に対しての権限は持っていないはずなのではないでしょうか? これは行政の司法への不当な介入といえるのでは? そして司法側も行政側の命令にあっさり従ってヤンを逮捕しています。これはすなわち司法が行政側に主導権を握られていると解釈出来ます。>

 これは違います。レベロが警察あたりに権力を行使して容疑者を逮捕させる処置を下すこと自体は正当な行政権力の行使にあたります。
 法律に従って判決を下したり、刑を執行したりするのは司法の役目ですが、容疑者を逮捕し、証拠を集め、法廷で被告の有罪を主張する検察は、実は司法ではなく行政権力として位置づけられています。そして司法はこの強大な行政権力から被告の権利を守るために存在しているものであって、だからこそ検察は被告の犯罪行為を完璧に立証しなければならないわけです。
 実は「三権分立」の意義とは、強大な権限を行使する行政権力を立法と司法が監視するというところにあるのであって、それほどまでに行政権力とは暴走すると恐ろしいものであるということです。しかし行政権力が強大な権限を持つこと自体は政治運営において非常に重要なことですから、行政権力を効率良く運用し、その暴走を防ぐためのチェック機能を確立するひとつの方法論として「三権分立」の思想は生まれたわけです。

 話を戻しますと、あの逮捕命令でレベロが責められるべき点は、逮捕を命じたことそれ自体ではなく、その逮捕命令を何の物的証拠もなしに行ったことです。これは行政権力の濫用にあたり、法治主義の観点から言っても弁護の余地はありません。
 まあもともとレベロはヤンを裁判にかけて有罪判決にもっていこうと考えていたわけではなく、最初から謀略によってヤンを犠牲にすることが目的だったのですから、最初から司法の事など眼中にはなかったのでしょう。こういうことを防ぐためにも、行政権力に対するチェック機能は必要不可欠なはずなのですが。
 それにしても、レベロがヤンを逮捕させようとするのであれば、別に「事後法」などを使わずとも合法的にできる方法なんていくらでもあったのに、何でそれを行わなかったのか、私はそちらの方が不思議でなりませんね。

収録投稿9件目
board2 - No.927

Re: Re921/924:ヤンと岳飛の共通項と三権分立について

投稿者:平松重之
2000年05月25日(木) 19時16分

>冒険風ライダーさんへ

 こちらこそ改めてはじめまして。
なるほど。自分は三権分立に対して誤解していましたね。またもや無知をさらけ出してしまいました(^^;)。

 一方ヤンと岳飛の共通項に付いてですが、敵対勢力への対応についての主張はまったくの正反対であると思います。ヤンが同盟の国力低下を危惧し、民力休養の為に銀河帝国との和平と共存を考えていたのに対し、岳飛はあくまで金との和平に反対し、主戦派としての態度を一貫して保っていました。同盟滅亡後もヤンは銀河帝国との共存を前提とした政戦両略しか立てていません。
 また、ヤンが批判しつつも自分の上位にいる同盟政府に従ったのに対して、岳飛は上位にいる秦檜の主張する和平に真っ向から異論を唱えています。いわばヤンに比較して、岳飛の方が強硬である様に思え、理念や気質的にはヤンの面影は感じられないと思うのですが…

収録投稿10件目
board2 - No.928

はじめまして と Re:ヤンと岳飛の共通項

投稿者:しんご
2000年05月25日(木) 20時32分

 みなさん
 どうも初めまして。

 特に! 冒険風ライダーさん。楽しく「考察シリーズ」読ませていただいてます。
 最近ネットを初め、検索するものも思いつかず、ふと「田中芳樹」と打ったのが、幸か不幸かわかりませんが、このページにたどり着きました(笑)。
 もちろん「幸」というのは、久しぶりに田中作品を思い出せたことと、みなさんの詳細な検証、鋭い論旨等の批判に出会えたことであります。そして「不幸」というのは、膨大な過去ログを読むために睡眠時間を削り、寝不足であるということです。(不幸とは言わんか・・・)
 もうすぐ三十路となります。「ああ、銀英伝を読み始め、田中作品と出会ってから10年近くも経つのか」と、彼と出会ったのが遅めの私は昔を思います。
 「創竜伝」のせいで冷めてしまった田中氏への思いを皆さんのようにうまく処理(失礼。誤解のないように。)できなかったもので、なんだか羨ましく思います。もう一度彼の作品を読み、機会があれば書き込みますね。

それと「ヤンと岳飛の共通項」ですが、私は岳飛をあんまり知らないのでなんとも言えませんが、

ヤン=岳飛 ではなく ヤン⊃岳飛

すなわち、モデルの一人でしょうから、このまま、イコールかノットイコールかの流れではしんどいのではないかと思います。

どのあたりが似ていて、どのあたりが決定的に違うのか、をまとめて教えていただければ分かり良いのですが・・・(贅沢な奴や)
なにしろ、田中芳樹 中国もの 読んでません・・・。

では、長文失礼。尚、議論に邪魔であれば、レスは無理しないで下さい。

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board2 - No.930

Re: はじめまして と Re:ヤンと岳飛の共通項

投稿者:平松重之
2000年05月26日(金) 11時34分

しんごさんは書きました
>  みなさん
>  どうも初めまして。

初めまして。

> それと「ヤンと岳飛の共通項」ですが、私は岳飛をあんまり知らないのでなんとも言えませんが、
>
> ヤン=岳飛 ではなく ヤン⊃岳飛
>
> すなわち、モデルの一人でしょうから、このまま、イコールかノットイコールかの流れではしんどいのではないかと思います。

 確かにそうですね。ですが、自分としては別に○×形式で答えを出しているつもりはありません。ただ気質や理念的にはヤンと岳飛は重ならないと思えると主張しているだけで、冒険風ライダーさんのヤンと岳飛の政治的立場などの共通項の主張にも、なるほどと思う所があります。ですが、モデルの一人ではあるでしょうが、あまり大きい比重を占めていないだろうというのが自分の考えです。

収録投稿12件目
board2 - No.931

Re927/928:ヤンと岳飛の相違点と共通点

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月26日(金) 15時37分

>平松さん
<ヤンと岳飛の共通項に付いてですが、敵対勢力への対応についての主張はまったくの正反対であると思います。ヤンが同盟の国力低下を危惧し、民力休養の為に銀河帝国との和平と共存を考えていたのに対し、岳飛はあくまで金との和平に反対し、主戦派としての態度を一貫して保っていました。同盟滅亡後もヤンは銀河帝国との共存を前提とした政戦両略しか立てていません。
 また、ヤンが批判しつつも自分の上位にいる同盟政府に従ったのに対して、岳飛は上位にいる秦檜の主張する和平に真っ向から異論を唱えています。いわばヤンに比較して、岳飛の方が強硬である様に思え、理念や気質的にはヤンの面影は感じられないと思うのですが…>

 これは「攻める」と「守る」の差から出てきた相違点でしょう。
 岳飛の理想は「宋の国土回復」「金の討伐」であり、金に攻めこまなければ理想が実現できなかったのに対して、ヤンの理想は「民主主義の擁護」で、これは別にどこかに攻めこまなければならないものではなく、守れれば良いものなのです。つまり岳飛の理想は攻撃的であり、ヤンの理想は防御的なのです。岳飛は常に対外強硬路線を主張し、ヤンは平和共存路線を選ぶという行動路線の違いはこの違いから生まれたものでしょう。
 また、ヤンも岳飛も共に「利権あさりの政治家」を蔑視していましたが、岳飛の「宋の国土回復」は単純明快にそれのみに熱中する事ができ、それを妨害している(と岳飛の目に映っている)秦檜やその他の文官たちを、別に制度のしがらみなどを特に考える必要もなしに罵る事ができたのに対して、ヤンの「民主主義の擁護」の場合はシビリアン・コントロールのヤン的解釈である「軍人は政治に口を出さない」という理念まで守らなければならず、ヤンは自らの「信念」である「民主主義の擁護」からいっても、政治の場では常に政治家を立てなければならなかったのです。だからこそヤンは、岳飛と違って内心で政治家をどれほどまでに蔑視し、愚劣な思考法に閉口していても、あくまで政治家に従おうとしていたわけです。それが実は本来の「民主主義の理念」や「シビリアン・コントロール」から言っても間違った考え方であるとも知らずに。
 岳飛が追い求めたものは「宋の国土完全回復」という「政治的結果」であり、ヤンが守ろうとしたのは「民主主義の理念」や「シビリアン・コントロール」などといった「制度の理念」です。この違いからある程度ヤンと岳飛の行動の乖離が出てくるわけです。
 このあたりは両者の思想の根本自体が全く違う事から起こる相違点ですから、むしろ違って当たり前でしょう。しかしそれらが影響しない性格や行動原理においては、前回述べたように両者には結構共通項があるというわけです。

 それともうひとつ言っておくと、ヤンは確かに岳飛に比べれば敵対勢力との共存を考えた上で戦略を立てていますが、帝国との共存を考えているからといってヤンの戦略が現実的であるという証明にはなりません。
 これは以前の「銀英伝考察 ヤン・ウェンリーの思想的矛盾」でも言った事なのですが、ヤンが本当に民主主義を守ろうとするのであれば、それを実現するための有効な政治的方法論は他にいくらでもあったにもかかわらず、ヤンはまるでそれが唯一絶対の方法であると言わんばかりにラインハルトの感情に訴えるような戦略(「戦略」と言えるのかどうかすら疑わしいですが)ばかり考えています。特に銀英伝7巻以降はそれが顕著で、戦いを通じて民主主義の価値をラインハルトに分からせるなどという非常に愚劣な戦略に固執しているのです。
 この方法ではバーミリオン会戦のような「ラインハルトを殺す事によって活路を見出す」という戦法が使えませんし、しかも「どこまで戦ったらラインハルトが民主主義の価値を理解し、和平に応じてくれるか」という明確な基準があるわけではないのですから、戦いを通じてラインハルトが本当に民主主義の価値を理解してくれるかどうかも怪しいものです。
 しかも仮に万が一その戦略でラインハルトが民主主義の価値を理解してくれたとしても、それによってラインハルトが和平を結んでくれると考えるのは、ヤンが全否定しているはずの一種の希望的観測ないしは精神論とでも言うべきものでしょう。ラインハルトにしてみれば、和平を結ばずにイゼルローンを陥落させればラインハルトの悲願である銀河統一が達成されるのであり、たかが「民主主義の価値を理解した」などという理由程度でその利益を放棄してヤンと和平を結ぶとはとても考えられません。私がラインハルトの立場にいたら絶対に和平には応じませんね。第一、そのような「皇帝の慈悲」などにすがって存続しなければならないような弱小な政治体制では、いつ皇帝の気まぐれで滅ぼされるやら分かったものではありません。自分たちの命運が敵の胸先三寸にあるなど、愚劣極まる話ではないですか。
 ラインハルトが和平に応じざるをえないような政治的状況を自ら積極的につくり、ラインハルトが実力行使を断念せざるをえないほどの実力を備え、それらを最大限に政治の場に生かす事によって、はじめてヤンの最終目的たる「民主主義の擁護」は実現するのです。それがどうもヤンは分かっていなかったとしか思えませんね。まああの間違ったシビリアン・コントロールの考え方もヤンを束縛してはいたのでしょうけど。
 岳飛も宋と金の絶望的な軍事力格差を全く直視することなく強硬論を唱えていましたが、このあたりの政治に関する現実感覚の欠如もまた、ヤンと岳飛には共通項があると言えるでしょう。

>しんごさん
 どうも、はじめまして。

<「ヤンと岳飛の共通項」ですが、私は岳飛をあんまり知らないのでなんとも言えませんが、
ヤン=岳飛 ではなく ヤン⊃岳飛
すなわち、モデルの一人でしょうから、このまま、イコールかノットイコールかの流れではしんどいのではないかと思います。>

 もちろん私も、ヤンと岳飛の何から何までが全て同一であると考えているわけではありません。しかしながら両者の行動原理などには結構共通項が多く、それを分かりやすく説明するためにあえて「=」を使っていたわけです。ま、厳密なものではないという事ですよ。

<どのあたりが似ていて、どのあたりが決定的に違うのか、をまとめて教えていただければ分かり良いのですが・・・(贅沢な奴や)
なにしろ、田中芳樹 中国もの 読んでません・・・。>

 まあこれについては自分で調べてくださいと言うしかありませんね。議論をするにしても、ある程度の知識は必要不可欠ですから。
 岳飛について調べたいのであれば、ネット検索を使ってみたらどうでしょうか? まあ当たり外れの格差は非常に大きいですけど(^_^;)。

収録投稿13件目
board2 - No.932

Re:930/931:ヤンと岳飛の相違点と共通点

投稿者:しんご
2000年05月26日(金) 16時11分

冒険風ライダーさんは書きました

>  まあこれについては自分で調べてくださいと言うしかありませんね。議論をするにしても、ある程度の知識は必要不可欠ですから。
>  岳飛について調べたいのであれば、ネット検索を使ってみたらどうでしょうか? まあ当たり外れの格差は非常に大きいですけど(^_^;)。

どうもすんません。それはそうですね。がんばります。
でも、今回のは共通項について納得しました。ありがとうございます。

平松重之さん

> ですが、モデルの一人ではあるでしょうが、あまり大きい比重を占>ていないだろうというのが自分の考えです。

理解しました。しかし、銀英伝の主人公の一人「ヤン」は、矛盾は抱えているものの深みのある人物ですね(矛盾があるから深いのか?)。それに比べて最近の現代物の涼子さんや竜堂兄弟、その敵キャラなど、薄ぺらく感じますね。そのあたりが、最近の田中芳樹作品に私が思い入れがない原因かも・・・。

また、ROMにもどりますが、頑張ってください。機会があれば、また出てくるかも(笑)

収録投稿14件目
board2 - No.934

Re921:軍隊蔑視思想と民主的統制

投稿者:優馬
2000年05月27日(土) 14時48分

宣和堂さん、コメントありがとうございます。

>  清以降、民国、共和国では決して軍人は蔑視の対象にはならなかったと思います。

 そうですね、ただ改革解放後の「商売をする人民解放軍」という実態を見るにつけ、共和国に至っても中国に「近代兵制」が成立しているのかどうか、大いに疑問なのですが(笑)。
ここで言う「近代兵制」とは、高度な訓練を受けた専門家集団としての「軍」という意味であり、軍務に専念するかわりに政府から身分と生活の保障を受けるという近代官僚制の中での軍隊のことです。大中華三千年の歴史の中で、近代官僚制はついに成立しなかった。

>  諫官と言う制度は唐代からありますから(太宗と魏徴はその理想として書かれる)、日本に比べれば政治の暴走をチェックする機関は発達しています。
 ホント、偉大なるかな、隋唐の黄金時代! 中国を「中華」と呼んで何人も依存のない黄金時代・・・。実際、諫官といい、科挙の制といい、中国史はその時代においては隔絶して進んだ制度を生み出しています。でも、それを千年後もそのまんま使っているってのはどんなもんかと・・・。偉大な先祖の遺産を食いつぶすドラ息子?
 諫官と言う制度も、皇帝の官吏の一部でしかないのですから、民主的統制の手段としては非常に限界があります。新潟県警に対する管区警察局長の監察が「雪見酒」になってしまっていたように。
 三権分立のように、権力を担う部門を分け、かつ相互に監視・牽制しあうという「チェック・アンド・バランス」のシステムは、権力の暴走を防ぎ民主主義を制度的に担保する、すぐれた知恵です。
 日本は、明治維新のときに近代兵制を含む近代官僚制を導入しましたが、権力の分立によるチェック・アンド・バランスはついに導入しませんでした。後発途上国の余裕の乏しさで、「分立と均衡」という、一見ムダっぽく見えるシステムを持つという選択ができませんでした。そのため、献身的で能率的なすぐれた官僚制度(軍を含む)を持つことができたものの、その暴走を止めることができず、破局にまで突っ走ってしまいました。

 銀英伝の「同盟」の政治状況って、実は一番戦前の日本に似ています。近代的な軍隊があっても立法府の影が薄く、感情的な政治論理が横行するという点で・・・。作者もかなり意識して書いていると思う。
 とすれば、ヤンのイルゼローン攻略は満州事変ですな。僥倖により思わぬ大魚を得て、のちの冒険主義的作戦から亡国につながっていくという点で。そうすると、ヤン・ウエンリーは、同盟の石原莞爾?
 それともイルゼローン攻略=真珠湾攻撃で、ヤン=山本五十六でしょうか?

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board2 - No.937

些末なことですが

投稿者:本ページ管理人
2000年05月28日(日) 04時17分

> 日本の場合は殺生行為や動物の皮を剥ぐ仕事などを異端視し、排除しようとする「穢れ」という考え方が軍隊蔑視思想の元になっていて、これは神道に基づいてできたものです。この伝統的な考え方に基づく偏見によって日本では軍隊が蔑視されているので、その軍隊の実態が公明正大であろうが何だろうが関係ないわけです。自衛隊に対する非難なども、その大半は偏見と誤解に基づくものです。
>

 これはちょっと違うのではないでしょうか。
 もしこの通りだったら、超時代的に日本では軍隊蔑視が無ければありませんが、本格的に軍隊蔑視なのはせいぜい平安時代と現代くらいなものでしょう。
 元寇の北畠親房の件は、例えるなら貧乏なドイツ人が金持ちのユダヤ人に「ちくしょー寄生虫のクセに〜」と言っているようなものではないでしょうか。

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board2 - No.938

ヤンの人物像への岳飛の影響度は?

投稿者:平松重之
2000年05月28日(日) 04時28分

冒険風ライダーさんへ

>  これは「攻める」と「守る」の差から出てきた相違点でしょう。
>  岳飛の理想は「宋の国土回復」「金の討伐」であり、金に攻めこまなければ理想が実現できなかったのに対して、ヤンの理想は「民主主義の擁護」で、これは別にどこかに攻めこまなければならないものではなく、守れれば良いものなのです。つまり岳飛の理想は攻撃的であり、ヤンの理想は防御的なのです。岳飛は常に対外強硬路線を主張し、ヤンは平和共存路線を選ぶという行動路線の違いはこの違いから生まれたものでしょう。
> また、ヤンも岳飛も共に「利権あさりの政治家」を蔑視していましたが、岳飛の「宋の国土回復」は単純明快にそれのみに熱中する事ができ、それを妨害している(と岳飛の目に映っている)秦檜やその他の文官たちを、別に制度のしがらみなどを特に考える必要もなしに罵る事ができたのに対して、ヤンの「民主主義の擁護」の場合はシビリアン・コントロールのヤン的解釈である「軍人は政治に口を出さない」という理念まで守らなければならず、ヤンは自らの「信念」である「民主主義の擁護」からいっても、政治の場では常に政治家を立てなければならなかったのです。だからこそヤンは、岳飛と違って内心で政治家をどれほどまでに蔑視し、愚劣な思考法に閉口していても、あくまで政治家に従おうとしていたわけです。それが実は本来の「民主主義の理念」や「シビリアン・コントロール」から言っても間違った考え方であるとも知らずに。
>  岳飛が追い求めたものは「宋の国土完全回復」という「政治的結果」であり、ヤンが守ろうとしたのは「民主主義の理念」や「シビリアン・コントロール」などといった「制度の理念」です。この違いからある程度ヤンと岳飛の行動の乖離が出てくるわけです。
>  このあたりは両者の思想の根本自体が全く違う事から起こる相違点ですから、むしろ違って当たり前でしょう。しかしそれらが影響しない性格や行動原理においては、前回述べたように両者には結構共通項があるというわけです。

 しんごさんにもお答えした通り、自分も岳飛がヤンのモデルの一人であるという考えは否定していません。ただモデルだとしても大きな比重は占めていないだろうと考えています。冒険風ライダーさんはヤンと岳飛の両者の政治的、歴史的立場を抜きにして性格や行動原理の共通項について言及されていますが、自分も両者の政治的・歴史的立場を考慮に入れずに二人の人物像について単純に比較を行い、「主戦派の岳飛」「和平派のヤン」という二人のイメージが重ならなかったので、前の通りに書いたのですけど、岳飛の人物像がヤンのキャラクターにどれほどの影響を与えているかと言うのは意見の分かれるところでしょうね。また、両者の政治家や官僚に対しての態度ですが、ヤンにとって自らのシビリアン・コントロールに対しての認識が足かせになっていたのは確かですね。この点については、ヤンと岳飛の立場の違いを考えなければならなかったでしょう。迂闊でした。

>  それともうひとつ言っておくと、ヤンは確かに岳飛に比べれば敵対勢力との共存を考えた上で戦略を立てていますが、帝国との共存を考えているからといってヤンの戦略が現実的であるという証明にはなりません。

 自分もヤンの帝国との共存を前提とした戦略が必ずしも現実的であるとは思っていません。冒険風ライダーさんのおっしゃる通り、ラインハルトの好悪の念に訴えて民主主義を存続させようという考えには、危なっかしいものを感じますが、ただ岳飛に比べてヤンは(良きにしろ悪しきにしろ)妥協する事が出来るという点において大きな違いがあると思います。

 それにしてもヤンのシビリアン・コントロールの認識についての議論だったはずが、いつの間にかヤンと岳飛の共通項についての議論になってしまっていますね。(原因は自分にもありますが(^^;))そろそろまとめに入った方がいいかも…。

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board2 - No.941

ケガレ思想

投稿者:小村損三郎
2000年05月28日(日) 11時01分

本ページ管理人さんは書きました
> > 日本の場合は殺生行為や動物の皮を剥ぐ仕事などを異端視し、排除しようとする「穢れ」という考え方が軍隊蔑視思想の元になっていて、これは神道に基づいてできたものです。この伝統的な考え方に基づく偏見によって日本では軍隊が蔑視されているので、その軍隊の実態が公明正大であろうが何だろうが関係ないわけです。自衛隊に対する非難なども、その大半は偏見と誤解に基づくものです。
> >
>
>  これはちょっと違うのではないでしょうか。

冒険風ライダーさんが紹介した思想は井沢元彦氏が日本人の思考・行動を規定する
「ケガレ思想」
の典型例として主張しているものですが、確かにやや強引な理屈でおいそれとは賛同できません。
“「軍人蔑視」は部落差別と同根のもの”
というのが井沢氏の主張の大元なんですが、やはり少々飛躍し過ぎという気がします。

>  もしこの通りだったら、超時代的に日本では軍隊蔑視が無ければありませんが、本格的に軍隊蔑視なのはせいぜい平安時代と現代くらいなものでしょう。

そもそも
「超時代的に日本では軍隊蔑視があった」
のなら、昭和の初めには何故あんなに軍人が威張っていたのだろう、という素朴な疑問があるのですが、これについては井沢氏は『逆説の日本史』の昭和編で書くそうですので、楽しみにしたいと思います。
(何時になるか分からないけど(^^;))。
現代の極端な「軍隊蔑視思想」の理由も単純に
「戦前・戦中の軍部の横暴の記憶に対する過剰なアレルギー反応」
で十分説明できると思うんですがね。

>  元寇の北畠親房の件は、例えるなら貧乏なドイツ人が金持ちのユダヤ人に「ちくしょー寄生虫のクセに〜」と言っているようなものではないでしょうか。

北畠親房は後醍醐天皇の腹心で、南北朝時代の人です。(「大日本は神国なり」の『神皇正統記』の著者)
貴族の間に武士(軍人)蔑視が厳然と存在することは間違いないでしょうが、元々武士は貴族の「番犬」だった訳だから、この時代の公家の差別感覚は
「元は使用人のくせに大きな顔をしやがって」
という歴史的な経緯に基づく理由の方が大きいのではないでしょうか。
勿論「武士(サムライ=侍う)」の誕生自体にケガレ思想の影響が無いとは言えないでしょうが、他国の宗教的タブーのように行動の一切を縛り付ける程の物とも思えません。
現に北畠親房は息子の顕家に甲冑を着せ、馬に乗せて戦争をさせています。

>「我々がひたすら天に祈ったおかげで神風が吹いて元寇が防げたのだから、武士に恩賞をくれてやる必要はない」などと主張していた公卿

については寡聞にして知らないのですが、この時期(承久の乱・得宗専制体制確立以後)の朝廷と鎌倉幕府の関係はつかず離れずの並立状態のようなもので、一方が一方に恩賞を与える、という種類のものではなかったでしょう。(直接戦った御家人達への恩賞については言うまでもない。むしろ朝廷の手で勝手に武士達への恩賞など与えられては幕府の方が困ってしまう。幕府のアイデンティティそのものの否定ですから。
源頼朝が義経を断固排除したのを見れば分かる)

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board2 - No.942

Re937/938/941:岳飛の影響とケガレ思想

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月28日(日) 17時22分

>平松さん
<自分もヤンの帝国との共存を前提とした戦略が必ずしも現実的であるとは思っていません。冒険風ライダーさんのおっしゃる通り、ラインハルトの好悪の念に訴えて民主主義を存続させようという考えには、危なっかしいものを感じますが、ただ岳飛に比べてヤンは(良きにしろ悪しきにしろ)妥協する事が出来るという点において大きな違いがあると思います。>

 ヤンの思想のひとつに「信念否定論」「価値相対主義」というのがあります。だから岳飛のように「敵を全否定して殲滅する」という考え方を嫌悪していた形跡があります。それにヤンはラインハルトを「理想的君主」として尊敬していましたし、その政治の成果を高く評価していました。だからこそヤンは帝国との共存を望んだのでしょう。これがルドルフだったらどうなっていた事か……。
 一方の岳飛は自分の「信念」である「宋の国土回復」が絶対に正しいと確信していた上、金王朝を「討伐すべき夷狄蛮戎」としか見ていなかったのですから、敵と妥協をする気など全くなかったわけです。だからこそ金との和平を望んだ秦檜と徹底的に対立した挙句、罪をでっち上げられて殺されてしまうのですが。
 「モデル」だの「パクリ」だのといっても、別に全てを模倣する必要もないわけで(「モデル」がたったひとりだった場合でも)、共通点もあれば相違点もあるのは当然なのではないでしょうか。私もそれに基づいて「ヤンと岳飛には共通項が多い」と主張しているのですが。

<それにしてもヤンのシビリアン・コントロールの認識についての議論だったはずが、いつの間にかヤンと岳飛の共通項についての議論になってしまっていますね。(原因は自分にもありますが(^^;))そろそろまとめに入った方がいいかも…。>

 というよりも、ヤンのシビリアン・コントロールについての認識が間違っていて、ヤンは民主主義下における軍人の義務を全く果たしていないという私の主張に対して誰一人として反対意見を出してこないので、現状では「ヤンのシビリアン・コントロールの認識」についての議論は成立しようもないのです(T_T)。
 私としては反対意見を楽しみにしているのですが、誰かヤン擁護の立場に立って反論してくれないものやら。

>ケガレ思想

 これは井沢元彦氏も主張している事ですが、「穢れ」というものには殺生行為などだけではなく「汚い(と見られる)手段での金儲けや政治手法」などもその範疇に入ります。典型的なものが「政治家の汚職行為」や「政治的マキャベリズム」に対する蔑視感と嫌悪感ですね。
 昭和における日本で軍人が威張るようになった理由は、もちろん大日本帝国憲法における構造的欠陥である「統帥権の独立」が字面通りに解釈され、抑えが効かなくなってしまった事が第一の理由ですが、それ以外にも当時の軍人が政治家に比べて「清潔」であると見られていたからであるという事情があります。
 大正時代に日本が次第に議会制民主主義に近づいていき、普通選挙権が成人男子全てに与えられるようになると、それにともなって多額の選挙資金が必要となり、財閥などから資金提供を受ける政治家が多く出てきたのですが、それを「汚職」「政治家の腐敗」などと見なして「清潔な政治を実現しよう」という考え方が民衆や軍人の間で支持されるようになったのです。そして当時の軍隊は「清廉潔白」だの「品行方正」だのと見られていましたから、それに伴って軍人の方が政治家よりも国民から支持されるに至ったわけです。
 そもそも「汚職」という言葉自体が「ケガレ思想」の表れでしょう。何しろ「汚い職権行為」と書くくらいなのですから。しかし政治の世界において「清廉潔白」がどれほどまでに危険なシロモノであるのかは、戦前の日本や、銀英伝における同盟の救国軍事会議クーデターなどの事例を見れば一目瞭然です。「ケガレ思想」はこれが全く見えなくなるから困ったものなのですが。
 ちなみに明治・大正においても、やはり軍隊はどちらかと言えば蔑視されていました。何しろ当時の大日本帝国議会における民党(自由民権運動の政党)は、当時の国際情勢を全く顧みる事なしに常に軍縮を唱えていましたし、大正デモクラシーも自分達が主張していた軍縮を実現させるために行ったものです。しかし普通選挙制を実現した結果、まさか彼ら自身が「穢れ」と見なされる事になってしまうとは思わなかった事でしょう(笑)。これは「歴史のパラドックス」とでもいうべき話ですね。

>小村さん
<北畠親房は後醍醐天皇の腹心で、南北朝時代の人です。(「大日本は神国なり」の『神皇正統記』の著者)
貴族の間に武士(軍人)蔑視が厳然と存在することは間違いないでしょうが、元々武士は貴族の「番犬」だった訳だから、この時代の公家の差別感覚は
「元は使用人のくせに大きな顔をしやがって」
という歴史的な経緯に基づく理由の方が大きいのではないでしょうか。
勿論「武士(サムライ=侍う)」の誕生自体にケガレ思想の影響が無いとは言えないでしょうが、他国の宗教的タブーのように行動の一切を縛り付ける程の物とも思えません。
現に北畠親房は息子の顕家に甲冑を着せ、馬に乗せて戦争をさせています。>

 正確には「貴族は軍隊蔑視と現実との必要性との二律背反に常に悩まされていた」というものでしょうか。
 軍隊蔑視思想は常に現実との妥協を迫られるものです。いくら理念や思想に基づいて軍隊を蔑視・否定したところで、現実問題として軍隊は必要不可欠です。だから「しかたないからしぶしぶ軍隊の存在は認めてやるが、最終的には否定する」という考えだったのではないでしょうか。
 これはヤンにも全く同じものが見られまして、いくら「民主主義の理念」にヤンが忠実であったとしても、現実問題として「民主共和政体」が滅んでは困るから、しぶしぶながら「民主共和政体の存続」のために戦う、といったものと構造的に同じものなのではないでしょうか。

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board2 - No.945

Re937ケガレ思想と日本人の軍隊観

投稿者:優馬
2000年05月29日(月) 14時47分

冒険風ライダーさま。

>  昭和における日本で軍人が威張るようになった理由は、もちろん大日本帝国憲法における構造的欠陥である「統帥権の独立」が字面通りに解釈され、抑えが効かなくなってしまった事が第一の理由ですが、それ以外にも当時の軍人が政治家に比べて「清潔」であると見られていたからであるという事情があります。

>  軍隊蔑視思想は常に現実との妥協を迫られるものです。いくら理念や思想に基づいて軍隊を蔑視・否定したところで、現実問題として軍隊は必要不可欠です。だから「しかたないからしぶしぶ軍隊の存在は認めてやるが、最終的には否定する」という考えだったのではないでしょうか。
>  これはヤンにも全く同じものが見られまして、いくら「民主主義の理念」にヤンが忠実であったとしても、現実問題として「民主共和政体」が滅んでは困るから、しぶしぶながら「民主共和政体の存続」のために戦う、といったものと構造的に同じものなのではないでしょうか。

そうするとやはり「同盟」は戦前の日本なのかもしれないですね。
ヤン・イレギュラーズなどという非民主的政権に希望をつなぐという倒錯は、二・二六事件の青年将校に対して国民世論の澎湃たる支持があった一件を想起させます。実際、反乱を起こして一国の政府高官を暗殺した連中を、あろうことか陸軍首脳は無罪放免にしようとして昭和天皇を激怒させてしまったくらいです。
軍は政治家より清潔、軍の中でも「純粋な」青年将校はもっと清潔、という、「ケガレ思想」に強固に支えられた発想がなければ、このような狂気の沙汰の振る舞いはありえないわけで、戦前の政治史の骨格には、間違いなく私たちの「隠された宗教意識」=「ケガレ思想」が存在すると思います。
ヤンの振る舞いは、「日本的軍隊忌避思想」と考えるとよく理解できます。「なんの因果で軍人なんてものになっちまったんだろう」というヤンのボヤキは、一見ユーモラスでありますが、一国の興亡を双肩に担った重大人物の発言としては、これほど心寒いものはありません。謹んで「亡国提督・ヤン」と呼んでさしあげましょう。

 ところで「同盟」が亡国の戦争を止められないメカニズムには、もう一つの「日本教」である「御霊信仰」が関連していると思いますが、いかがでしょうか?

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board2 - No.946

Re942/945:ヤンの性格と思想

投稿者:平松重之
2000年05月30日(火) 12時06分

冒険風ライダーさん

>「モデル」だの「パクリ」だのといっても、別に全てを模倣する必要もないわけで(「モデル」がたったひとりだった場合でも)、共通点もあれば相違点もあるのは当然なのではないでしょうか。私もそれに基づいて「ヤンと岳飛には共通項が多い」と主張しているのですが。

 自分にとってヤンの「いやいや軍人なのに不敗の名将」というキャラクターの特異性は結構印象深いものがあったのですから、どうもそのあたりの印象が岳飛と重ならなかったので前回の通り主張していたのですが、冒険風ライダーさんのご主張は理解しました。

 優馬さん

>ヤンの振る舞いは、「日本的軍隊忌避思想」と考えるとよく理解できます。「なんの因果で軍人なんてものになっちまったんだろう」というヤンのボヤキは、一見ユーモラスでありますが、一国の興亡を双肩に担った重大人物の発言としては、これほど心寒いものはありません。謹んで「亡国提督・ヤン」と呼んでさしあげましょう。

 横レスですいません。ですが、誰でも重い責任を背負い込むはめになれば、この様な愚痴をこぼしたくなるのかもしれません。ヤンの場合はなりたくないのに軍人になって重責を背負ってしまったのですが、自ら志願して軍人や政治家になった人も、私的な場で愚痴をこぼしたりする事があるのではないでしょうか。ヤンもその様なボヤキは、聞かせる対象は身内(ヤン・ファミリー含む)に留めていますし、公的な場では一応の責務を果たしています。ヤンにとっては公私をわきまえての結果としてのボヤキだと思うのですが…。

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board2 - No.947

Re945/946:ケガレ思想と言霊思想

投稿者:冒険風ライダー
2000年05月30日(火) 18時06分

<そうするとやはり「同盟」は戦前の日本なのかもしれないですね。
ヤン・イレギュラーズなどという非民主的政権に希望をつなぐという倒錯は、二・二六事件の青年将校に対して国民世論の澎湃たる支持があった一件を想起させます。実際、反乱を起こして一国の政府高官を暗殺した連中を、あろうことか陸軍首脳は無罪放免にしようとして昭和天皇を激怒させてしまったくらいです。>

 2・26事件では、昭和天皇が青年将校を「反乱軍」とみなして鎮圧命令を出した事もあって、クーデターの首謀者である青年将校7名が軍法会議で死刑宣告を受け、処刑されています。
 クーデターが国民の圧倒的支持を受けていたのは5・15事件の方ですね。こちらは本来ならば2・26事件のように死刑になるはずだった青年将校に対して国民から無数の助命嘆願状が軍部に殺到し、その圧力に負けた形で青年将校に対して非常に軽い刑が下されてしまったのです(しかも後でさらに減刑された)。このことで味をしめた青年将校がさらに2・26事件を引き起こしたため、2・26事件では断固とした処置が下されたわけです。当時の軍部の暴走をくい止めるにはすでに手遅れでしたけど。
 当時の国民感情からすると、愛国心に燃える(と見られた)「清潔な青年将校達」が、汚職行為にふけっている(ように見えた)「汚い政治家」を殺戮したという気分だったのでしょう。だからこそ軍法に背いた判決を軍部に対して嘆願するという、法治主義に明らかに反した愚劣な行為が行われたわけです。これが後の日本にどういう結果を招いたのかは今更言うまでもないでしょう。
 法というものはたとえその時の国民感情に反していでも絶対に守られなければならない、という教訓を、この事例は教えてくれますね。

 しかしヤンの場合はどうでしょうか。
 ヤンは銀英伝2巻で、5・15事件や2・26事件における青年将校と全く同じような動機で起こった救国軍事会議クーデターを鎮圧していますし、また銀英伝5巻では、ラインハルトを射程内に収めたバーミリオン会戦時の同盟政府の無条件停戦命令に「表面的には」完全に従っています(実はこっそり裏切っているのですが)。また同盟の政治腐敗も民主主義を揺るがしかねないほどの深刻なレベルに達していました。
 つまり銀英伝では、日本の「ケガレ思想」の事例と違って「ヤンの実績」と「同盟の腐敗」がちゃんとした実体を伴っているわけです。すくなくとも表面的に見れば、同盟政府が全くアテにならず、ヤンこそが「民主主義の擁護者」であるように見えるでしょう。その「実績」に加えて、同盟の場合は政府が実際に売国行為を行ったり、民主主義を冒涜するような行動ばかり行ったりしている事がすごく印象に残っているため、「実はヤン・イレギュラーズが民意に全く基づかない、とてつもなく非民主的なシロモノであった」という事実がすっかり見えなくなってしまっていたのではないでしょうか。
 ヤンとヤン・ファミリーの行動原理のひとつに「ケガレ思想」的な発想があったのは否定しませんが、ヤンが民衆に「民主主義の擁護者」として支持されたのは、「ケガレ思想」よりもむしろ「民主主義擁護の実績」が際立っていた事の方が大きいのではないかと思います。

<ところで「同盟」が亡国の戦争を止められないメカニズムには、もう一つの「日本教」である「御霊信仰」が関連していると思いますが、いかがでしょうか?>

 これは井沢元彦氏が主張していた「言霊思想」の事でしょうか?
 確かに同盟にはかなりの「原理主義」が横行していて、帝国との戦争を「専制君主制から民主主義を守るための戦い」などと定義していましたから、ある程度はあると言っても良いでしょうね。実際、銀英伝1巻でレベロが和平を口にした時に、国家の経済事情も全く考えずに「この戦争は大儀に基づくものだから止めてよいものだろうか」などと主張していた政治家もいましたし。
 しかし一方で、帝国と同盟との戦争を終わらせるための和平活動が全くなかったわけではないし、何よりも帝国と同盟の戦争状態を望むフェザーンの策動が戦争を長引かせていたという裏の事情もありますから、これが全てであるとは言えないのでは? 現にマンフレート二世が皇帝に即位した時には和平が成功しかけていたのですし。

<ヤンの振る舞いは、「日本的軍隊忌避思想」と考えるとよく理解できます。「なんの因果で軍人なんてものになっちまったんだろう」というヤンのボヤキは、一見ユーモラスでありますが、一国の興亡を双肩に担った重大人物の発言としては、これほど心寒いものはありません。謹んで「亡国提督・ヤン」と呼んでさしあげましょう。>
<ですが、誰でも重い責任を背負い込むはめになれば、この様な愚痴をこぼしたくなるのかもしれません。ヤンの場合はなりたくないのに軍人になって重責を背負ってしまったのですが、自ら志願して軍人や政治家になった人も、私的な場で愚痴をこぼしたりする事があるのではないでしょうか。ヤンもその様なボヤキは、聞かせる対象は身内(ヤン・ファミリー含む)に留めていますし、公的な場では一応の責務を果たしています。ヤンにとっては公私をわきまえての結果としてのボヤキだと思うのですが…。>

 これについては、ただ単にヤンがあの「日本的軍隊忌避思想」を「私的なボヤキ」として主張するだけで「公的な領域」にその考えを持ちこまないのならば、「あくまでも私的な発言」で終わる事だと思うのですが、ヤンの場合は明らかに「公的な領域」にまでこの思想が影響していますからね。この思想がヤンと政治家との相互不信を高めた原因のひとつにもなっていたのですし、シビリアン・コントロールの間違った定義についてもこの思想が少なからず影響を与えているのは疑いの余地がないでしょう。
 すくなくとも公的の場では「軍人という職業とその意義を尊重するフリをする」ぐらいの態度がヤンには必要だったのではないか、そう私は考えるのですが。

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board2 - No.948

亡国提督、もとい、モラトリアム提督

投稿者:優馬
2000年05月31日(水) 14時56分

冒険風ライダーさま

>  これは井沢元彦氏が主張していた「言霊思想」の事でしょうか?

いえ、「怨霊信仰」の方です。
 確か戯画的にですが、憂国騎士団とかが「英霊に申し訳ないと思わんか!」みたいなことを煎っていたような記憶があるもので。(手元にテキストがなくてすみません。)カリカチュアライズされていても、そういう発言が「正論」として「同盟」の社会ではまかり通っていたようですし。

 私ももちろん、ヤン・ウエンリーのファンだったんですが、四十にもなってくると、彼のキャラクターのモラトリアム性が鼻についてくるのです。「望んで軍人になったわけではない」ヤンが、「才能があるばっかりに」大軍を指揮して大宇宙を駆けめぐるという設定は、確かに快いものでした。心理的に深刻な責任感を免除されて、戦争ゲーム的爽快感を存分に味わうことができました。モラトリアム青年にとって、「ヤン的状況」は大変居心地がよいものです。ちなみに作者は典型的なモラトリアム青年だったんでしょう。すっかり「モラトリアムおぢさん」になつてしまって、創竜伝で醜態をさらしています。
 もし現実であれば、どこかでヤンのモラトリアム性はガツンと一発やられているはず。例えば、下記のようなやり取りがきっとあったと思いますよ。

「やれやれ、なんの因果で軍人なんぞになっちまったんだろう。」
ヤンのいつものボヤキに、紅茶を運んできたユリアンが微笑した。
「でも、提督のおかげで、何万人もの同盟軍兵士が死なずにすむのですから・・・」
「そのかわり、帝国軍の兵隊がそれ以上に死ぬんだぞ。」
ヤンの言葉にユリアンの頬に血が上った。
「それは、違います、提督! 提督が指揮していてくれれば、ぼくの父は死ななくて済んだかもしれない。お母さんだって・・・」
ユリアンが見せた激しい感情にヤンは息を呑んだ。
「す、すまない・・ユリアン」
「いえ、僕の方こそ、どうかしていました・・。」

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board2 - No.949

武力・権力の持つ魔力に対する恐怖

投稿者:平松重之
2000年06月01日(木) 12時54分

 銀河英雄伝説第一巻(トクマノベルズ)P186上段10〜14行

「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。いや、じつは怖いのです。権力や武力を手に入れたとき、ほとんどの人間が醜く変わるという例を、私はいくつも知っています。そして自分は替わらないという自信を持てないのです」

 これは帝国侵攻作戦の作戦会議の後、ヤンにゆくゆくは軍の最高地位(統合作戦本部長)に就任して欲しいという希望を話したシトレ元帥に対しヤンが言った言葉ですが、ヤンは権力や武力を軽蔑していたというより、それらを手に入れた人物が独善的または驕慢な心理に陥っていくという過程とそれによってもたらされる結果を恐れていたのだという事が分かります。ケガレ思想というよりも、こういった恐怖から生まれた自制心が、ヤンが個人的に政治に対して距離を置く要因の一つとなっていたのでしょう。ジョアン・レベロもヤンが権力・武力を手に入れて変貌を遂げ、第二のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムになるのではないか、というヤンと同じ懸念を持っていましたが、片や自制心、片や猜疑心と、まったくかみ合ってませんね。ヤンと政府との相互不信については、もしバーラトの和約後の最高評議会議長に愚直なレベロではなく、図太さを持ったホワン・ルイが就任していたら大部分は解決していたかも知れません(これは反銀英伝のネタになりそうですね)。

収録投稿24件目
board2 - No.950

Re: 武力・権力の持つ魔力に対する恐怖

投稿者:優馬
2000年06月01日(木) 16時21分

平松重之さんは書きました
>
>  銀河英雄伝説第一巻(トクマノベルズ)P186上段10〜14行
>
> 「私は権力や武力を軽蔑しているわけではないのです。いや、じつは怖いのです。権力や武力を手に入れたとき、ほとんどの人間が醜く変わるという例を、私はいくつも知っています。そして自分は替わらないという自信を持てないのです」
>
>  これは帝国侵攻作戦の作戦会議の後、ヤンにゆくゆくは軍の最高地位(統合作戦本部長)に就任して欲しいという希望を話したシトレ元帥に対しヤンが言った言葉ですが、ヤンは権力や武力を軽蔑していたというより、それらを手に入れた人物が独善的または驕慢な心理に陥っていくという過程とそれによってもたらされる結果を恐れていたのだという事が分かります。ケガレ思想というよりも、こういった恐怖から生まれた自制心が、ヤンが個人的に政治に対して距離を置く要因の一つとなっていたのでしょう。

うーん、私に言わせればヤンのこのセリフは彼の「モラトリアム性」の証拠そのものですね。だって数十万の軍隊を既に指揮している人間が、「権力や武力を手にしたとき」などと言うのは論理的にオカシイです。軍の指揮官ってのは、そのへんの大臣よりもよっぽど剥き出しの「権力者」ではないのでしょうか。「権力を手に入れて自分が変わる」ということを恐れるのは、モラトリアム青年特有の心性だと思います。

収録投稿25件目
board2 - No.995

Re985:同盟の行政権と帝国の共和主義勢力とヤンと政治家の関係について

投稿者:平松重之
2000年06月08日(木) 17時15分

冒険風ライダーさん

> <「ルドルフの出現防止の方法」については、一応のシステムを確立してはいたみたいです。まあ、ネグロポンティやアイランズみたいな露骨なトリューニヒトの子分が国防委員長という重要なポストを得ていたのでは、独裁者は出現しなくとも、健全な政治が行えたはずもないでしょうが。いずれにせよ、銀河連邦成立以前のシリウスと地球の紛争や、ルドルフによる思想弾圧などで民主主義のノウハウが部分的に失われ、それを補完していく段階である程度の民主主義のシステムや制度の変質があったという仮説は成り立つのではないでしょうか。>
>
>  考えられない事はありませんが、しかしそれでも「チェックシステム」や「3権分立による相互牽制作用」といったものまで変わってしまったら、民主主義それ自体がまともに機能しなくなってしまうのではないかと思うのですけどね。民主主義の自浄作用が全く働かなくなってしまいますし。
>  変質があるのならば、それに代わるシステムが現実においてどのように機能するかについて考えなければ話にならないのではないでしょうか。同盟のような政治システムでは、独裁者の誕生を未然に防ぎ、政府による国民の権利の侵害を防止するには不充分過ぎます。
>  別に民主主義国家に限らず、権力というものは何重にもわたる「チェックシステム」と「相互牽制作用」がなければ暴走するものなのであって(ルドルフがその好例)、それがまともに機能していなかったからこそ同盟は破局に至ったのです。「権力とは常に暴走しやすいものであり、権力から国民を守るためのシステムを確立しなければならない」という認識を、同盟の建国者たちは持つ事ができなかったのでしょうか。

 まあ、これはかつて地球軍の暴虐を許してしまった事への反動なのかも知れません。軍部への警戒ばかりに心を砕き、牽制の為に行政の影響力を強めてしまった結果として、軍部と結託しないように、立法府の影響力を弱めてしまったとは考えられないでしょうか。チェックシステムや相互牽制作用については、戦時中ですから行政府の権力を少し強めたくらいがちょうど良いとでも考えたのでは?行政側が暴走すれば帝国につけ込まれるだけですから、行政もある程度の自制心を持たざるを得ないだろうと考えた結果、行政府の権限を強化したシステムが採用された、とは考えられないでしょうか。まさかトリューニヒトの様な無責任男が政権を取るとは先人たちも思わなかったのでしょう(;_;)。

> <あるいは、帝国内の優れた共和主義勢力の指導者達は、孫文やド・ゴールの様に自由惑星同盟やフェザーンに亡命し、そこで彼らは資金調達やコネクションを確立するなどの活動を行っていて、帝国内にはカリスマ性を持った人材が残っていなかったのかも知れません。>
>
>  これについてはMerkatzさんの返答とダブりますのでそちらを見てもらいたいのですが、ひとつだけ聞きたい事があります。
>  上記の解釈の場合、同盟やフェザーンが建国される前の帝国で、なぜ共和主義勢力が台頭しなかったのでしょうか?

ゴールデンバウム朝銀河帝国が成立したのが宇宙暦310年で、帝国と同盟が初めて軍事衝突したのが宇宙暦640年ですから、この間330年の時間がありますね。ルドルフの腹心で共和主義者の弾圧に辣腕を振るったエルンスト・ファルストロング内務尚書兼社会秩序維持局長が共和派の中性子爆弾(!)によるテロで殺害されていますし、実の所、帝国内の共和主義勢力は初期の頃が最も勢いがあったのかもしれません。で、ルドルフの死後に共和主義勢力が各地で一斉蜂起し、それらは第二代皇帝ジギスムント一世の父親であり後見であったノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムによって全て鎮圧され、5億人が処刑され、100億人が農奴に落とされています。こういった大弾圧によって帝国内の共和主義勢力の勢力が大部分失われたのと、ヨアヒムの死後親政を行ったジギスムントが「忠実な臣民」への比較的寛容な政策を行い、それを基本的に継承していった帝国の組織が確立していった事が、帝国の初期から中期にかけて共和主義勢力が台頭出来なかった理由なのではないでしょうか。自分が不思議なのは、あらゆる面でたがが揺るんで来ていたはずの帝国後期に、共和主義勢力が台頭しなかったという事ですね。まあ、台頭する前にラインハルトに先を越されてしまったといえばそれまでですけど(^^;)。

> <七巻には、ヒルダ以外の帝国大本営の幕僚達も、ヒルダに及ばないにしてもヤンの行動限界をある程度把握していたとありますから、レベロも能力・識見的にはヤンの政治的な行動限界を把握する事は可能だったと思います。そう考えれば、やはり猜疑心がレベロにヤンの予想を上回る行動を取らせたのが要因と考えるのが妥当だと思うのですが。>
>
>  う〜ん、ちょっと論点がズレてきていますね。
>  私が言いたい事は「レベロがヤンを完全に理解していなかったから、ヤンを誤解していたのではないか」という事ですから、私はその「無理解の理由」というものを色々と挙げていたわけで、レベロの暴走がヤンに対する誤解と猜疑心に基づいていたという点に関しては異論はないのです。
>  それに私が「レベロがヤンを理解していない」と言うその「理解」とは「政治的な行動限界」の事ではなく、「ヤンの思想や考え方」についてなんです。たとえばレベロは「ヤンが軍隊という職業を否定し、隠居生活にあこがれていた」という考え方を「理解」していたのでしょうか? またヤンがシビリアン・コントロールを頑迷なまでに守っていたその思想の原点を「理解」していたのでしょうか? ヤンのこういった思想や考え方をレベロがきちんと理解していたならば、ヤンに対する誤解と猜疑心はすくなくとも破局レベルに至るまで深刻なものにはならなかったでしょうし、それどころか、むしろヤンが描くような理想的な政治運営すらできたかもしれないのです。
>  だからこそヤンは、レベロの自分に対する誤解を是正し、自分の思想や考え方を、すくなくともヤン・ファミリーの理解度の半分程度のレベルくらいは理解させる必要性が絶対にあったと考えるわけです。

 別に論点をずらすつもりはありません。自分としては、レベロはヤンの志向や人柄をある程度把握した上で、にも関わらず猜疑心を抑えきれなかったのではないか、と言いたかったのです。中国の歴史で言えば、漢の高祖や明の洪武帝などは、それまで信頼していたはずの武将達を次々とろくな根拠もなく処刑・自殺といった形で殺害しています。国家の命運にこだわった為に有力な将帥へのある程度の信頼関係も吹っ飛ばし、猜疑心の方を優先させてしまったという例でしょう。

> <仮にヤンが誤解を解こうとしたとして、果たしてレベロはそれによって誤解を解いたでしょうか。正直な所、「巨大な才能と功績と人望を兼ね備えた軍人」への猜疑心は、大部分の政治家にとって普遍的なものであり、それを消し去るのは不可能に近いのでは?まあ、ヤンに「自分がレベロにそこまで強い疑惑を抱かれるとは思っていなかった」という甘さがあったのは確かでしょうけど。>
>
>  もちろんすぐには無理でしょう。しかしもともと信頼関係というシロモノは一朝一夕に築けるものではありません。ましてや考え方や立場が違う人間であればなおの事です。
>  だからこそヤンは、常日頃から政治家と信頼関係を築くための活動をしていなければならなかったわけです。どうしてもレベロがヤンを理解しないというのであれば、別に本心からの信頼関係でなくとも、「あいつを失うと自分が損をする」という利害によって結ばれた打算的な関係でも良かったわけですよ。それでもヤンのように不信の目を向けられているよりはるかにマシですから。
>  そこまでやって、それでもレベロがヤンを理解せず、猜疑の目を向けるというのであれば、それはレベロがその程度の器量しか持っていなかったというだけの事です。色々と手を使って政治の座から追ってしまったほうが同盟のためでもあるでしょう。そしてホワン辺りを最高評議会議長に据えてしまえば良いのです。
>  本気で「民主主義を擁護する」というのであればここまでやらなければ話になりません。ヤンにはそれを行うだけの覚悟もなければ努力も全くやっていないのですから、ヤンの政治的怠慢ぶりは批判されて然るべきなのではないでしょうか。

 逆にいえば、ヤンの方からコネクションを築こうと試みたら、レベロは却ってヤンへの評価を下げてしまったかもしれません。レベロはかたくなな性格の持ち主でしたから、軍人との間にそういったコネクションを作る事を好まなかったのではないでしょうか。現にレベロはアムリッツァ会戦後、出兵反対派であったにも関わらず、軍需産業との間にコネクションを持っていたトリューニヒトに最高評議会議長の座を譲ってしまい、そのまま下野しています。レベロはそういった点で考えれば、能力的にはともかく、度量的には元首の器ではなかったのかも知れません。ホワンも軍需産業や軍人との間にコネクションを築いていた形跡はないので、彼も案外ヤンとの間には友人付き合い以上の関係は築けなかったのではないでしょうか。

収録投稿26件目
board2 - No.998

Re995:民主主義国家における行政府の位置づけと政治家の資質

投稿者:冒険風ライダー
2000年06月09日(金) 01時23分

<まあ、これはかつて地球軍の暴虐を許してしまった事への反動なのかも知れません。軍部への警戒ばかりに心を砕き、牽制の為に行政の影響力を強めてしまった結果として、軍部と結託しないように、立法府の影響力を弱めてしまったとは考えられないでしょうか。チェックシステムや相互牽制作用については、戦時中ですから行政府の権力を少し強めたくらいがちょうど良いとでも考えたのでは?行政側が暴走すれば帝国につけ込まれるだけですから、行政もある程度の自制心を持たざるを得ないだろうと考えた結果、行政府の権限を強化したシステムが採用された、とは考えられないでしょうか。まさかトリューニヒトの様な無責任男が政権を取るとは先人たちも思わなかったのでしょう(;_;)。>

 「地球軍の暴虐」って、地球軍の独走的な行動によるものでしたっけ? 軍による植民地星系に対する弾圧は地球政府の命令によるものでしたし、その背景には「地球資本の権益を擁護する」という目的がありましたから、むしろ地球政府自身が植民地星系の弾圧に熱心だったみたいなのですけど。実際、地球政府の行政官自身が植民地星に対する蔑視発言をしたりしています(銀英伝6巻 P17)。
 それに銀英伝世界においても、地球軍の異常な肥大化に対する批判を主張していたのも統一議会の軍縮・軍備管理部会でしたし、時代が下って、ルドルフの劣悪遺伝子排除法に対して民意を代表した非難を浴びせたのもまた議会の一部勢力です。こんな歴史があるにもかかわらず、同盟では立法府の権限を弱めてしまったのですか? だとすると、同盟の建国者やその子孫達は歴史から一体何を学んでいたというのでしょうか?
 それに行政府の権限を強化するというのであれば、なおのこと「行政に対するチェックシステム」の役目を担う立法府の権限を強化する必要性があるではないですか。「人間の自制心」なんてそんなにアテになるシロモノではありません。それは銀河連邦の将来を憂い、より良い政治をめざしていたはずのルドルフが銀河帝国皇帝になった途端、自己神格化の権化になってしまった事でも証明されているでしょう。もともとが暴走しやすい行政府の権限を強化するのであれば、それとともにそれを掣肘できる立場にある立法府の権限もまた強化しなければならないはずです。
 アメリカがその良い例でしょう。アメリカは行政府の権限も強いのですけど、それ以上に大統領を掣肘する立場にある議会もまたかなりの権限をもっています。大統領が決定した政策を議会が否決したなんて例はたくさんあります。日本の総理大臣と比べて強大な権限が行使できると言われているアメリカ大統領ですら議会の意思には背けないのです。そしてこれが本当の民主主義というものでしょう。
 だから民主主義国家において、まともな「チェックシステム」がないというのは論外なのです。

 それから「行政府の権限の強化」自体は、実は民主主義を維持していくためにも必要不可欠なものなのであって、別に「戦時」だけでなく「平時」においても、行政府の権限は強い方が望ましいのです。むしろ行政府の権限が弱いと、それが却って独裁者を出現させる土壌になってしまうことすらあるのです。
 なぜナポレオンやヒトラーのような独裁者が民主主義国家から現れたかという命題があるのですが、その理由のひとつに、
「行政府の権限が著しく弱かったために対外有事や大不況に中央政府がまともに対処する事ができず、それに嫌気がさした民衆が、問題を速く解決できるだけの強大な権限を持つ独裁者の出現を望んだ」
というものがあります。政府が右往左往するだけで何もできない状況下で「民主主義の意義」を唱えたところで何の意味もありません。よほどの教条主義者でもない限り「民主主義」よりも「自分の生活」の方が大事に決まっています。だから民主主義を実行するためにも、まずは国民の生活を守る事から始めなければならず、そのためには行政府に強大な権限を持ってもらい、その権限を使って迅速に有事に対処してもらった方が民主主義存続のためにも良いわけです。
 そして行政府が強大な権限を持つ事が求められるからこそ、その強大な権限によって行政府が暴走する事を防ぎ、行政府に効率の良い政治を運営させるために、立法府や裁判所による「チェックシステム」や「3権分立による相互牽制作用」が必要不可欠になるわけです。
 これから考えれば、同盟政府のチェックシステムなき強大な権力がいかに民主主義にとって有害なものであるかがお分かりいただけるでしょう。だからこそ同盟はまともな民主主義国家であるとは到底言えないわけです。ましてやエル・ファシル独立政府やイゼルローン共和政府に至ってはゴールデンバウム王朝銀河帝国以下の独裁体制であるとすら言っても過言ではないでしょう。
 こんなシロモノを守るためにヤンとヤン・ファミリー一党はラインハルトと戦っていたわけです。無意味な戦いなど止めてさっさとラインハルトに降伏してくれれば、平和と繁栄が招来したというのに。彼らは自分たちの自己満足のために戦っていたとでもいうのでしょうかね。

<ゴールデンバウム朝銀河帝国が成立したのが宇宙暦310年で、帝国と同盟が初めて軍事衝突したのが宇宙暦640年ですから、この間330年の時間がありますね。ルドルフの腹心で共和主義者の弾圧に辣腕を振るったエルンスト・ファルストロング内務尚書兼社会秩序維持局長が共和派の中性子爆弾(!)によるテロで殺害されていますし、実の所、帝国内の共和主義勢力は初期の頃が最も勢いがあったのかもしれません。で、ルドルフの死後に共和主義勢力が各地で一斉蜂起し、それらは第二代皇帝ジギスムント一世の父親であり後見であったノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムによって全て鎮圧され、5億人が処刑され、100億人が農奴に落とされています。こういった大弾圧によって帝国内の共和主義勢力の勢力が大部分失われたのと、ヨアヒムの死後親政を行ったジギスムントが「忠実な臣民」への比較的寛容な政策を行い、それを基本的に継承していった帝国の組織が確立していった事が、帝国の初期から中期にかけて共和主義勢力が台頭出来なかった理由なのではないでしょうか。>

 それではジギスムント痴愚帝やアウグスト流血帝の時代になぜ共和主義者が台頭しなかったかという理由は説明できますか? 彼らの時代は民衆から相当な不信を抱かれていましたし、彼らの時代にも同盟は存在しなかったのですけど。
 彼らの時代には共和主義者台頭の余地が十二分にあったのではないでしょうか?

<自分が不思議なのは、あらゆる面でたがが揺るんで来ていたはずの帝国後期に、共和主義勢力が台頭しなかったという事ですね。まあ、台頭する前にラインハルトに先を越されてしまったといえばそれまでですけど(^^;)。>

 同盟という「逃げ場」ができた共和主義者たちは、帝国政府から目をつけられるとすぐに同盟に亡命するようになってしまい、危険な帝国で民主運動をする意義がなくなってしまった、という理由で説明できるのでは? 同盟に行けば(実物とはかけ離れたシロモノであるとはいえ)民主主義が「一応」存在するのですから、危険を侵してまで民主運動などする理由がありませんわな。
 そして同盟政府もまた、帝国国内にいる共和主義勢力を利用しようともしなかったのでしょう。彼らと連携を組んだという形跡もありませんし。そのため彼らの運動はますますもって孤立無援なものとならざるをえなくなるわけです。同盟政府もつくづく無能な連中ばかりだと言いたくなりますが。

<別に論点をずらすつもりはありません。自分としては、レベロはヤンの志向や人柄をある程度把握した上で、にも関わらず猜疑心を抑えきれなかったのではないか、と言いたかったのです。中国の歴史で言えば、漢の高祖や明の洪武帝などは、それまで信頼していたはずの武将達を次々とろくな根拠もなく処刑・自殺といった形で殺害しています。国家の命運にこだわった為に有力な将帥へのある程度の信頼関係も吹っ飛ばし、猜疑心の方を優先させてしまったという例でしょう。>
<逆にいえば、ヤンの方からコネクションを築こうと試みたら、レベロは却ってヤンへの評価を下げてしまったかもしれません。レベロはかたくなな性格の持ち主でしたから、軍人との間にそういったコネクションを作る事を好まなかったのではないでしょうか。現にレベロはアムリッツァ会戦後、出兵反対派であったにも関わらず、軍需産業との間にコネクションを持っていたトリューニヒトに最高評議会議長の座を譲ってしまい、そのまま下野しています。レベロはそういった点で考えれば、能力的にはともかく、度量的には元首の器ではなかったのかも知れません。ホワンも軍需産業や軍人との間にコネクションを築いていた形跡はないので、彼も案外ヤンとの間には友人付き合い以上の関係は築けなかったのではないでしょうか。>

 レベロの事例と漢の高祖や明の洪武帝の事例というのは、猜疑心の背景が全く違うのではないでしょうか。
 漢の高祖や明の洪武帝の場合は、敵も一応片づけて国家体制がそれなりに安定したため、もはや「必要がなくなった」武将達に「こいつは叛逆を企んでいるのではないか」という猜疑の目を向けて処分していったのに対し、レベロの場合は、国家体制が傾く寸前にあり、それを維持していくだけですでに精一杯だったのです。だから同盟の場合はむしろヤンの力が「必要とされていた」はずなのです。
 だからレベロは「国家体制を存続させる」という目的から言っても、ヤンを「処分」ではなく「懐柔」する必要があったのではないかとすら思うのですが、それにもかかわらず無用な猜疑心を向けているんですね。これはやはりレベロがヤンに対して「ヤンは何かをしかねない」という誤解を抱いていて、その誤解の大元に「レベロがヤンの表層的な行動しか見ておらず、その思想や考え方を全く理解していない」という原因があるからだと考えたからこそ、「ヤンはレベロの誤解を修正し、自分を理解させる必要性が絶対にあった」と主張していたわけです。
 そもそもレベロとヤンには共に「民主主義を存続させる」という共通目的があったのですから、個人的な仲がどうであろうと、その共通目的のために互いに手を取り合って政治を運営する事はそれほど困難な事ではなかったと思うのですけど、両者とも互いに歩み寄った形跡すらありません。同盟が崩壊寸前であるというのに、体面だの感情だのに拘ってどうするというのでしょうか。そんなことに拘っている場合ではなかったでしょうに。
 ヤンが民主主義国家における軍人として失格であると同時に、レベロもまた民主主義国家における政治家として失格であるというわけですか。どうりで同盟が滅亡するわけですね。政治的連携よりも個人の体面や感情が優先されるというのでは。
 まあ同じような事情は帝国の方でも見られ、ラインハルトの個人的感情に基づいて無為無用な戦争が幾度も起こっていますから、「感情に基づいて行動していた」という点においては帝国側もあまり誉められたものではないのですけどね。何で銀英伝にはこうも感情に基づいて行動するキャラクターばかりいるのか、私は理解に苦しむのですけど。

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