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銀英伝のSF兵器理論
10−B

銀英伝世界の人工知能レベル(2)


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No. 3230
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/05 00:47
SAIさん:
> 確かに本編に記述はありませんね。じゃあ文明の崩壊が起きているとするならば、確実に銀英伝世界の文明を支える核融合を行うための資源が枯渇しているのでしょう。崩壊はもう誰にも止められない。たとえ理想の民主国家ができたとしても。ローエングラム王朝は一時の夢と消えるでしょうね。

それは、いささか飛躍した結論に思われます。
核融合を支える資源は、現状で分かっている限りでは、重水素・三重水素・リチウム・ヘリウム3などです。
あと、電磁材料用の希土類も必要ですが、重水素と三重水素は、核分裂・核融合のテクノロジーを持っているなら、工業的に製造可能です。
持って居なくても、平均的な恒星の放射を受ける地球型惑星の大気圏では、
太陽風や宇宙線により生成されるか、放射性物質の崩壊の生成物として
蓄積されるか、元々水素に含まれています。

これらがなくなるというのは、銀河系の恒星の平均的な元素構成比率
から云って、ローカルな一恒星系であればともかく、恒星系の連合体である
帝国にせよ同盟にせよありえないと云ってもいいものです。
希土類元素などにしても、核融合は内燃機関と違って、融合過程で出る
中性子による放射化で材料が汚染する以外の事態では、燃料である水素・ヘリウム・リチウム以外のものが事実上消耗しません。
(化学反応とはその辺が赴きの違うところです)
そもそも、材料の放射化を処置できる技術がなければ、大規模な核融合は
実用にならないので、当然、銀英伝ではそのようなテクノロジーも存在すると考えられます。

つまり、文明の崩壊が起こっているにせよ、それが核融合テクノロジー関連であるとする根拠が存在するとは、私には思えないと云うことです。

ちなみに・・・
私のレスに、引用を除いて「文明の崩壊」と云う単語はありません。
「設定の崩壊」です。
不自然に人口が増減したりする件に関しては、私はとりたてて文明論や
歴史的意見を持たず「単なる設定の崩壊では?」と思っていたと言う
事です。



> 文明の崩壊も科学技術の後退も自由民主教の教義と違い、体制とは関係ない、別のものです。そもそも中世的停滞などというものは人類史において存在したことがないのですから。体制と科学技術の発展の関係は恋愛がうまくゆけば科学が発展すると同程度には関係があるでしょう。

二つだけ意見があります。
但し、それは、納得していただくために述べるのではなく、そう云う
意見が存在していると言う事だけを指摘させて頂くにとどめます。
私には、貴方の個人的意見に干渉するつもりはないからです。
また、私の意見を、単なる指摘のみで塗り替えたり、砕いたり出来る
ほど、貴方の言葉には力はありません。

民主主義がかつて宗教的理念から発した事も、また、理念なるものが
全てそう云う面を含むことも、私にとり自明です。
しかし、それは宗教ではありません。
それを宗教と同列に扱うレトリックは、パラダイムの概念が整理されるとともに滅びたと云っていい類のものです。

自然科学のような学問体系も、宗教のような概念体系も、民主主義のようなイデオロギーの体系も、その根底に、証明不能の公理を持つ。

この証明不能の公理は、それ自身を評価する体系を作り出す事によって、
再帰的に自分自身を支えるという性質を持っています。

例えば微積分学は、大雑把に言えば
「数は無限に細分(微分)でき、細分した数を積み重ねる(積分)する事によって元の数と等しいものとなる」
(ニュアンスによりちょっと違う意味に取れてしまうのですが・・)
と言う公理で、数を操作します。
この公理が使える領域と、使えない領域がある事も知られていますが、
使えない領域が存在するからと云って、微積分が意味を失う訳では
ありません。
・・・微積分なしに近代物理学はありえないからです。

貴方は、体制と科学技術の発達に大した関連はないと云う。
しかし、科学史家のトーマス・クーンの仕事は、
「ローカルな歴史状況と、科学におけるパラダイムの変遷には深い因果関係がある」
ということを示しています。

テクノロジーの進歩のうち、
「パラダイムに基づいてスキルを積み上げる」部分は、確かに、
人的・経済的資源の投下(必要性)に基づいて、いわば自動的に進歩
していきます。
そう云った部分というのは、体制というより経済的状況に基づいて動き、
必要な資源がある限りさして退歩したりするものではない。

しかし、そう云う直線的な進歩とは全く別の、いわば非線形な飛躍を
必要とする部分が、テクノロジーの発達の節目には紛れもなく存在する
のです。

そういった飛躍は、いつかは誰かが成し遂げるものである(ニュートンとライプニッツがほぼ同時に微積分学を発達させたように)が、
「いつ、誰がその飛躍を成し遂げるか」
において、その時代・その地域のローカルな文化や思想、政治的状況が
いかに深く影を落とすかは、クーン以前にはあまり注目されていませんでした。

単純に申します。
未来の観察者であるわれわれが過去を見る視点は、大概の場合曇っています。
資料がないと云う以上に、時代や地域毎に、人が刷り込まれるパラダイムは変遷するからです。

パラダイムは自分自身で、その成果を評価する仕組みを作りあげる。
われわれはある時代と文化に属した時点で純粋客観を失い、それなりに
歪んだ眼鏡を通してしか、事実を眺められないようになっています。

民主制の功罪について、民主制に良い点をつけるからとて「民主教」と
云うほどのものではない。
それは人間が作ったものであり、全く人工的なものである以上、
砂上の楼閣であり、時期と要因が揃った時だけ使い物になるような
代物であっても何の不思議もない。
使えなくなる時代と状況があると言うのも、ローマ時代から分かっていた話です。
改良しないとだめ、時期によっては強権や独裁、超法規的な手段を
施さないと国が成り立たない事だってあるというのも、歴史上何度か
例のある話。

だが・・・
しかし、私は、人間の知性や理性の限界については、慎重であってしかるべきだと思う。
賢人政府のようなものに対する期待も分からなくはない。
が、そう云う、限定しづらい権力を個人の資質に依存したシステムに
委ねる手法は、しくじった時の被害が大きすぎる。
そう云うものを上手く御せる個人は(カエサルなどのような稀有な例外を除き)事実上出てこないと云ってもいい。

巧妙に権力を分散させたり、交代させたりする仕組みがない限り、
今の世界で、時限なしで民主制を代替できるような政体はない。
(一時的処置で、それに近い、為政者の非常大権や諮問機関による
政治的大改革を行うような手段を講じる必要はあるかも知れないが)
今の世界に万能薬や特効薬はない。
と同様に、世紀末的破滅幻想を幾ら振りまかれても、今の世界が
そのヴィジョン通りに動いていくとは、私の目には見えない。
このスレを通して、今私はそんな感想を抱いているんですが。


No. 3231
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
SAI 2002/11/05 21:33
古典SFファンさん。異論反論は大歓迎です。

> それは、いささか飛躍した結論に思われます。
> 核融合を支える資源は、現状で分かっている限りでは、重水素・三重水素・リチウム・ヘリウム3などです。
> あと、電磁材料用の希土類も必要ですが、重水素と三重水素は、核分裂・核融合のテクノロジーを持っているなら、工業的に製造可能です。

3重水素はリチウムからつくります。リチウムは希少金属です。


> 持って居なくても、平均的な恒星の放射を受ける地球型惑星の大気圏では、
> 太陽風や宇宙線により生成されるか、放射性物質の崩壊の生成物として
> 蓄積されるか、元々水素に含まれています。
>
> これらがなくなるというのは、銀河系の恒星の平均的な元素構成比率
> から云って、ローカルな一恒星系であればともかく、恒星系の連合体である
> 帝国にせよ同盟にせよありえないと云ってもいいものです。

それに関しては木材のときも、石炭の時も石油のときも同じ事を言いました。さらにいえば、あるとしても現実的なコストで持ってこれるかどうかがあります。基本的に近いところ、採りやすいところからとるので
後になるほど、遠いところ、取りにくいところからとることになり、必然的に採取コストが上昇して行きます。


> 希土類元素などにしても、核融合は内燃機関と違って、融合過程で出る
> 中性子による放射化で材料が汚染する以外の事態では、燃料である水素・ヘリウム・リチウム以外のものが事実上消耗しません。

重水素、3重水素反応で1億度、重水素重水素反応で6億度、水素ホウ素反応で30億度と、こんな高温に長期間耐えられる金属はないです。
まあ、科学の進歩でできたとしましょう。その製造には莫大なエネルギーが必要になるでしょう。さらにそれは再生不可能ですから、確実に減って行く。採掘、輸送、製造に必要なエネルギーが、融合炉から得られるエネルギーを上回ってしまえば製造不可能になると思います。
> つまり、文明の崩壊が起こっているにせよ、それが核融合テクノロジー関連であるとする根拠が存在するとは、私には思えないと云うことです。

文明の崩壊が起きたのは今のところエネルギー基盤が駄目になったときだけなので、私はそうおもいました。ただこれから先無いとは言いきれませんから根拠としては弱いですが。


> ちなみに・・・
> 私のレスに、引用を除いて「文明の崩壊」と云う単語はありません。
> 「設定の崩壊」です。

すいません。私の勘違いでしたね。


> 賢人政府のようなものに対する期待も分からなくはない。
> が、そう云う、限定しづらい権力を個人の資質に依存したシステムに
> 委ねる手法は、しくじった時の被害が大きすぎる。
> そう云うものを上手く御せる個人は(カエサルなどのような稀有な例外を除き)事実上出てこないと云ってもいい。
>
> 巧妙に権力を分散させたり、交代させたりする仕組みがない限り、
> 今の世界で、時限なしで民主制を代替できるような政体はない。
> (一時的処置で、それに近い、為政者の非常大権や諮問機関による
> 政治的大改革を行うような手段を講じる必要はあるかも知れないが)
> 今の世界に万能薬や特効薬はない。
> と同様に、世紀末的破滅幻想を幾ら振りまかれても、今の世界が
> そのヴィジョン通りに動いていくとは、私の目には見えない。
> このスレを通して、今私はそんな感想を抱いているんですが。

もちろん万能薬はありません。特効薬はあるにはあるんですが副作用があまりにもひどすぎる。私は意外でしょうが、民主主義が死んで欲しいわけではないし、破滅が来て欲しいわけでもない。そんな状況が起きたら私も大変な目にあうんですから。文字通り死ぬかもしれない。だが、このままほうっておけば確実に民主主義は嫌われ、死ぬことになる。
このままいけば確実にみなさん自問することになります
「これが民主主義だというならば、○○○の政治がこれより悪いことがあるだろうか?」こんな質問を発するような状況は来て欲しくないです。
いまならまだ民主的手段で間に合うと思いますが、間に合わなくなるタイムリミットは近いです。

なお、世紀末的破滅幻想と言われましたが、どうしてそうなるのか具体例をあげて説明してもいいですけど、長くなるしそもそも田中芳樹と関係無くなるからやっていいものかどうか。

解りやすく簡単に言えば、
1バブルをやれば必ず大恐慌で清算することになる。
2大恐慌の規模は前回より必ず拡大する。前回よりも経済規模がおおきくなっているし、また歴史的にもそうなっている。
3なお、大恐慌は起きないだろうという理由は前回も、そのまた前もさらにその前も同じ事を言いました。
4大恐慌前夜まで、世界は比較的平穏であり、そのような事が起きるとは殆どの人間は思わない。なお、このような状況でおきるとは言えるがいつ、何が原因で起きるかは事前には予測できない。
5大恐慌により経済が破綻すると過激派が跋扈し危険なものが出てくる。軍国主義や独裁、極右、宗教原理国家といったものが。私はどれもこれも嫌いです。

この先もまだありますけど、まあこの辺でやめて起きます。


No. 3234
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/06 02:45
SAIさん:
>
> 3重水素はリチウムからつくります。リチウムは希少金属です。
>
実用的な核融合テクノロジーを持っている場合、三重水素は生成可能です。
(中性子密度だけの問題ですから。)
リチウムを使ったほうがエネルギーコストは下がるはずですし、
現在のテクノロジーからすればリチウムを使う局面もあるはずですが、
純粋に物理学的な面から言って、リチウムはあれば有利な資源では
あっても、それでコストが商業ラインを超えるほどとは思われません。

というのは、銀英伝の世界ではバサード・ラム・ジェットが実用化
していますが、これはイオン化した水素か、中性水素を使う核融合機関です。
(ヤンがアルテミスの首飾りを破壊するのに使用)
推進原理からして、これは起動にリチウムや重水素を使うことはあり得ますが、主燃料は惑星間空間では太陽風(水素かヘリウム)で、
恒星間空間では中性水素です。

木星型の惑星にこのタイプの融合機関を積んだプラントを設置すれば、
重水素も三重水素もほぼ無尽蔵に採れます。
何しろ、地球よりはるかに質量が大きい惑星の大半を燃料にできるの
ですし、膨大なエネルギーの無駄をしても、大した問題にはならない
でしょう。
木星型の惑星は、どの恒星系にもあるといわれてますし。

>
> それに関しては木材のときも、石炭の時も石油のときも同じ事を言いました。さらにいえば、あるとしても現実的なコストで持ってこれるかどうかがあります。基本的に近いところ、採りやすいところからとるので
> 後になるほど、遠いところ、取りにくいところからとることになり、必然的に採取コストが上昇して行きます。
>
そもそも恒星間輸送までペイするだけのテクノロジーがあるというのが
前提になっていますし、どの恒星系にもある木星型惑星から採れる
資源で間に合う程度のコストなら、許容範囲でしょう。

ちなみに、この種の設定や考察が得意なラリー・ニーヴンは、木星でなく天王星に巨大な浮遊プラントを建造し、燃料供給と同時に惑星そのものを地球から適当な距離まで移動するアイディアを出しています。
(木星を動かすよりは楽と考えたようですね)
燃料供給源とするとともに、天王星の重力を兵器として利用するという
途方もないアイディアです。
(ニーヴンは数字的に、それを可能とする辻褄あわせも行っています)

この「コスト次第」に対する判断の相違というのは、基礎となる
テクノロジーに対する見込みの相違から来るものですね。
興味深いが、未来のテクノロジーに決着をお任せしますか。

>
> 重水素、3重水素反応で1億度、重水素重水素反応で6億度、水素ホウ素反応で30億度と、こんな高温に長期間耐えられる金属はないです。

「長期間」どころか、どんな物質であれ、数億度のプラズマと接触したら一瞬たりとも持ちこたえません。
ゆえにプラズマ封印は電磁場によって行い、炉壁とプラズマは接触しないはずです。
その場合、「炉壁がどんな物質で作られるにせよ、問題となるのはプラズマの温度自体よりも、放射熱ですね。
まあプラズマがリークすることによる侵食も起こるでしょうが。

放射熱は炉壁を適切に冷却して処置する方式だったと思います。


> まあ、科学の進歩でできたとしましょう。その製造には莫大なエネルギーが必要になるでしょう。さらにそれは再生不可能ですから、確実に減って行く。採掘、輸送、製造に必要なエネルギーが、融合炉から得られるエネルギーを上回ってしまえば製造不可能になると思います。

炉壁の物質的素材は、まあある程度のコストはつくでしょうが、
それでプラズマを支えるのはどうせ無理なんで、そこに、エネルギー
的にも金額的にも、コストを集約する事はないでしょう。
融合炉のエネルギーコストを悪くしてしまうのは、むしろ運転中に
プラズマを封じる電磁場のエネルギーと、MHDなどの発電方式の
効率そのものです。
製造に必要なエネルギーをコストが上回れば作れない、と言われて
しまうと「いかにも」という事になりますが、そもそも核融合は
実用化段階でその種のハードルを一旦乗り越えている事が要件です。
それを圧してしまうほど、宇宙空間で資源が枯渇すると言うのは、
文字通り天文学的なレベルでの蕩尽(可住惑星を含む恒星系を多数、
大規模に破壊するような規模の掃討戦)をやらかした場合くらいだと、
私は考えていたんですが。
>
> もちろん万能薬はありません。特効薬はあるにはあるんですが副作用があまりにもひどすぎる。私は意外でしょうが、民主主義が死んで欲しいわけではないし、破滅が来て欲しいわけでもない。そんな状況が起きたら私も大変な目にあうんですから。文字通り死ぬかもしれない。だが、このままほうっておけば確実に民主主義は嫌われ、死ぬことになる。
> このままいけば確実にみなさん自問することになります
> 「これが民主主義だというならば、○○○の政治がこれより悪いことがあるだろうか?」こんな質問を発するような状況は来て欲しくないです。
> いまならまだ民主的手段で間に合うと思いますが、間に合わなくなるタイムリミットは近いです。
>
ナチスがどうやって台頭したかという事は知っています。
タイムリミットというならね・・・
バブル崩壊のはるか前からとうに手遅れですよ。

私の自問は、ある意味すでに済んでいます。

一度、何らかの形で体制換えをしないと世界は保たない。
膨らむ資本と歯止めのかからない浪費は資本主義の業病です。
100年も前、クラレンス・ダロウが別の形で言ってるように・・

問題は、そのあとも、死ぬまで生活は続くという事です。
あるいは、事故や暴力にやられてしまうまで。
・・以前、何十年もかかる過程とレスしたのはそういう事です。
一瞬のクラッシュで楽になるような社会的変動などない。
われわれは否応なく、全ての暴力と貧困に付き合う羽目になる。
しかし、「今までが楽だっただけ」とも言えるでしょう・・日本人については。
われわれに民主制を護持し、扱う資格があるかどうかは、その後にわかるでしょう。

・・・これは確かにタナウツにかかわりない話題になってしまったかも知れません。
見ておられる皆さんには申し訳なかったかも知れませんね・・。


No. 3235
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
IK 2002/11/06 03:01
>古典SFファンさん

質問です。よろしければ、

>一度、何らかの形で体制換えをしないと世界は保たない。
>膨らむ資本と歯止めのかからない浪費は資本主義の業病です。
>100年も前、クラレンス・ダロウが別の形で言ってるように・・

のクラレンス・ダロウの言葉を紹介していただけませんでしょうか。ダロウについてはハワイでの人種差別事件の裁判に関わっていたというおぼろげな記憶しかなかったのですが、今回、ネットで検索したところ進化論にも関わっていたとのこと。おそらくその関係のことでしょうが、お手数ですが解説をいただければ幸いに存じます。


No. 3249
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/08 05:22
IKさん:
>ダロウについてはハワイでの人種差別事件の裁判に関わっていたというおぼろげな記憶しかなかったのですが、今回、ネットで検索したところ進化論にも関わっていたとのこと。おそらくその関係のことでしょうが、お手数ですが解説をいただければ幸いに存じます。

ちょっとこの辺は面倒なんですが・・・
ダロウのこの「言葉」は、単一の発言を指しての事ではありません。
彼の活動期間の前期に当たる、労働組合運動の弁護を行っていた時期に
出た著書や、裁判中の断片的な発言の集積を俯瞰しての感想です。

ダロウは50年程も法廷活動をしていて、最初は出身地のアシュタブラ、
続いて大都会シカゴで鉄道関連の大企業に雇われ、次に敵に回って(笑)
労働組合運動に関わり、そして組合と袂を別った後、特に傾向なく
色々な弁護を行ったようです。

仰る「ハワイでの人種差別裁判」は「マッシー事件」です。
が、「ダロウ最後の事件」とも呼ばれるこの事件では(彼はもう相当な高齢でした)、
法廷外の和解に近い形で事件が処理され、彼は弁護士というより調停者として働いた
ようです。

彼が関わった事件で現在有名なのは、(これをネットで発見されたようですが)
デイトンにおける「スコープス事件」(進化論裁判)です。

ダロウは(自称)不可知論者で、進化論・唯物論にも通じていたようです。
彼や、いわゆる進歩的な市民層に支えられた弁護団は被告スコープスに付き、
そしてウィリアム・ジェニングス・ブライアン率いるファンダメンタリストたちが
彼らの敵に回りました。
(ブライアンは「聴衆を催眠術にかける」と言われた演説の名手で、大統領選で
活躍し、国務長官まで勤めた、かなりの大物です)

ちなみにデイトンにおける両者の対決は、何かというと聖句を引用するブライアンと、
皮肉で塗り固められたような弁論を駆使するダロウの舌戦で、なかなかの大論争だった
のですが、意外にも裁判自体はスコープス有罪と言う事になりました。
進化論そのものの正否はともかく、それを学校で教える事を禁じた州法に違反した
事はどうにもならなかったという事で・・・。
・・・が、論戦の旗色が悪すぎたせいではないと思いますが、ブライアンは裁判後に
急死。
裁判はともかく論争には進化論派が勝ったとして記憶されているようです。

これらの事件はダロウの活動の比較的後期に起きた事です。
ダロウは元々大企業の弁護士でしたが、当時あまりにも露骨に組合を弾圧した
経営側のやり口に嫌気がさし、30代の頃に労働組合側につきました。

以下はその時の、上司であったマーヴィン・ヒューイットとダロウの会話です。

ヒューイット:
 「暑そうだな、クラレンス。明日は独立記念日(7月4日)だ。仕事を休んで涼めるぞ」
ダロウ:
 「明日、シカゴで休んでいようなどと云う人間は一人もいません」
ダロウ:
 「今朝、連邦巡回裁判所がストライキ参加者に発令した禁止命令の記事を
  読みました。ストライキに参加する事が刑法に触れると云うだけでなく、
  他人に参加をほのめかすだけで拘留される、とまで命じているのです」
 ヒューイット:
 「その命令は、流血騒ぎと破壊略奪行為を防ぐ事になるだろう」
ダロウ:
 「少なくともここは、自由の国だと思っていたのですが。人は、労働条件
  が満足できないと判れば、働く事を中止する権利があるのではないかと。
  彼ら自身が選んだ政府がストライキは不法だと宣言し、雇用者が妥当と
  認めるいかなる条件下においても従業員が就労せねばならないとしたら、
  彼らは奴隷以下と云う事ではありませんか。
  われわれがもしほんとうに民主主義の社会に住んでいるのだとしたら、
  あの禁止命令こそ違法だと云うべきです」

当時はそう云う時代でした。
離職者や組合員はブラックリストに載せられ、スト破りのために軍隊が動員され、
大統領さえも資本家の意向により沈黙する時代です。

彼は(この時期より前になりますが)共産主義者と疑われて、でっちあげに近い
形で告発された何人かの労働者の弁護に関わっています(ヘイマーケット事件)。
その時に彼が云ったのが、
「私は、共産主義が正しいとは思わない。しかし、資本主義ではわれわれは
決して本当に幸福にはなれない」
という言葉です。
それは、分かち合うべきものを、お互いに奪い合わねばならぬようにする
狂った上掛けに覆われている、と。
しかしヘイマーケット事件では彼は敗れました。

彼はその後、アメリカン鉄道組合のユージーン・デブスを弁護しますが、
その事件でも敗れ、デブスと組合幹部は監獄行きとなります。

彼が地道に小さな勝利を積み上げ、遂に、述べ10万名が関わったといわれる
無煙炭鉱の労働争議で勇名を轟かせるに至るのは、1902〜1903年の
事です。
ダロウと彼の同僚たちは、ルーズヴェルト大統領が招集した委員会の席上で、
経営者と、彼らの弁護団を打ち破り、労働時間の短縮と賃金の改善を勝ち取り
ました。
以後、彼は労働者の権利拡大のため、著名な組合弁護士として奔走します。

が、何度も大きな事件を勝ち抜いた後、彼は「マクナマラ兄弟事件」で、
「弁護しようもないほど有罪のテロリスト」(ビル爆破等で相当なムチャ
クチャをやったようです)を弁護する羽目になり、検察側と極秘裏に
取引して、有罪を認めて兄弟の死刑のみは避ける戦術を採用しました。

これが「事件は経営者側のでっちあげ」と謳っていた組合側との決裂を招き、
ダロウは政治的にも個人的にも多くのものを失って労働運動と距離を置く
ようになります。

スコープス事件はその後起きた事です。
マッシー事件はほぼ、彼の晩年に近い時期となります。


大資本や経営者にまつわる彼の見解は、その経歴に相応しく批判的で、
かなり皮肉です。
労働市場の性質を考察して、彼は「オープン・ショップ」と云う随筆調の
文章を残しています。
その中で彼が主張するのは、要するに組合か、それに等しい機能を持つ組織
が労働市場を寡占しない限り(クローズド・ショップを形成しない限り)、
労働協約の破壊(賃金切り下げ)を最終的に阻止する手段はないと云う事です。

経営者が、同じ質なら最もコストの低い者を雇おうとするのは当然ですが、
それを際限なく許すと、賃金は最低水準まで落ちてしまう。
・・結果的にデフレスパイラルが内需を圧縮してしまい、経営者たち自身の
首も締めるのですが、その性質はダロウの時代となんら変わっていない。


ダロウの生涯は毀誉褒貶が激しく、その政治的・個人的主張と同様、左右に
激しく揺れ動きます。
彼は皮肉屋ですが熱血漢で、裁判の最終弁論となると、芸術的とも云える
美しい言葉を駆使して陪審員の心を動かします。
・・ですが、その美しい言葉を以って「正義が勝つ」かと云うと、・・・
彼は重大な節目で何度も敗北し、そこからまた這い上がる羽目になり、
彼の依頼人は監獄行きになったり、はなはだしい場合は死刑に処せられたり
する。

私が、彼の人間的魅力と共に記憶しているのは、金持ちと戦う羽目になる
のが、今も昔も馬鹿馬鹿しく不条理で、不公平な勝負を強いられる事だと
云う事です。
この100年、基本的な所は何も変わっていない。

・・そして、結局のところ、「何も変わっていない」のは、人間の知性や
能力の限界が、まだそんなものでしかないと云うことではないのか。
・・ダロウは彼らしく皮肉に塗り固めた表現で、
「人間はサルである。今もサルだし、昔もサルだった。そして今後も、
おそらくサルでしかない」
とのたまっていますが・・・
彼は、そのサルを見下すような男ではありませんでした。
同時代の弁護士で、彼がしたように黒人を弁護した者は少数です。
彼は娼婦であろうと泥棒であろうと弁護したと、彼の伝記作者は語っています。

人間は今も昔も愚かで、臆病で、保守的で、貪欲で、仲間を平然と殺し、むしりとる。
・・・しかし・・・
どう取り繕おうと、結局われわれはその同類なのです。
少なくとも、私はそう思います。
・・・その中で、むしりとられまいとすると同時に、無用にむしりとるまいとすれば・・
ダロウのように、矛盾を抱えながらあがきつづけるしかないのではないか。
私は、折に触れてそう思う事があります。


追伸:
私はダロウに関する知識の大半を、サイマル出版会の「アメリカは有罪だ」から得ました。
・・この本は1970年代に出版された本なので、とうに市場からは消えているかも知れませんが・・・
写真資料を含め、100年前のアメリカの事情の一端を伝えてくれる、なかなかの本でした。


No. 3253
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
IK 2002/11/09 11:00
古典SFファンさん。
丁寧な解説ありがとうございました。
確かに毀誉褒貶の多い人物だったようですね。その矛盾した生き方そのものが人生というものの厚みなのでしょうか。
私は人種差別というものが大嫌いですので、残念ながら差別する側に立って法廷に関わったダロウにいい印象を抱いておりませんでした。
しかしひとつの事件、ひとつの物差しだけで人間を見てはいけないという典型例のようですね。


> ・・そして、結局のところ、「何も変わっていない」のは、人間の知性や
> 能力の限界が、まだそんなものでしかないと云うことではないのか。
> ・・ダロウは彼らしく皮肉に塗り固めた表現で、
> 「人間はサルである。今もサルだし、昔もサルだった。そして今後も、
> おそらくサルでしかない」
> とのたまっていますが・・・
> 彼は、そのサルを見下すような男ではありませんでした。
> 同時代の弁護士で、彼がしたように黒人を弁護した者は少数です。
> 彼は娼婦であろうと泥棒であろうと弁護したと、彼の伝記作者は語っています。
>
> 人間は今も昔も愚かで、臆病で、保守的で、貪欲で、仲間を平然と殺し、むしりとる。
> ・・・しかし・・・
> どう取り繕おうと、結局われわれはその同類なのです。
> 少なくとも、私はそう思います。
> ・・・その中で、むしりとられまいとすると同時に、無用にむしりとるまいとすれば・・
> ダロウのように、矛盾を抱えながらあがきつづけるしかないのではないか。
> 私は、折に触れてそう思う事があります。

非常に重い言葉だと思います。そしてとても貴重な言葉だとも。

ところでこれは要望なのですが、幾人かの方々の書き込みが時に専門的過ぎて、やや解説が欲しいと思うことがあります。無論、すべての事柄にそうするのは不可能ではあるにせよ、まあ可能な範囲内でそうしていただけると、誰にとっても実りのあるものになるだろうとは感じます。
私なども時に傾斜生産方式のようにいきなり用語を出すことがあるんですが、これもひょっとしたら不親切だったかも知れません。どの辺くらいまでが常識かを判定するのは難しいんですが…。
まあ、出来る範囲、うるさくならない程度の中でご考慮いただければ、嬉しいかな、と。
勝手な言い分で、申し訳ありません。


No. 3254
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/09 12:11
IKさん:
> 確かに毀誉褒貶の多い人物だったようですね。その矛盾した生き方そのものが人生というものの厚みなのでしょうか。

彼は、付く勢力を変える都度、前に弁護していた人々から非難される事しきりでした。
敗北も少なくありませんが、総合的な勝率の高さ、人望、政治的勢力とも関係もあって、彼の力は当時伝説的なものであったようです。
(当時そう云う弁護士は何人かいたようです。ダロウの伝記には、アール・ロジャースや、レ・コート・デイヴィスなど、当時並び称されていた弁護士の名が現れます)
そのために、彼の動向は常に、かなりの人々の注目を集めていたと。
良くも悪しくも、今のわれわれには想像しづらいような、アメリカの司法と政治の混交する領域を泳いでいた人物と云うのが、私の評価の一部です。


> 私は人種差別というものが大嫌いですので、残念ながら差別する側に立って法廷に関わったダロウにいい印象を抱いておりませんでした。
> しかしひとつの事件、ひとつの物差しだけで人間を見てはいけないという典型例のようですね。

これだけは彼のために(笑)弁護させていただきます。
ダロウは、初期の黒人の権利拡大運動にも関わっています。
(その種の全国組織にも加わっていた模様です)
彼が、黒人の医師が白人の住宅地から追い出されかけた事件を弁護したケースが、伝記にも掲載されています。
また、彼に関して、以下のようなエピソードも掲載されています。

『「ダロウさん、あなたのような地位にあるかたが、なぜ人種平等論を擁護するのか、私には理解できないのですが?」
弁護士の一人が彼に訊ねた。
「なぜかって? そんなことをなぜあなたが気になさるのですか? その ほうが私にはわかりませんよ。知的な黒人たちと一緒に過ごすのは楽しいものですからね」
「しかし、アングロ・サクソン民族の純血はどうなるんですか?」
「アングロ・サクソン民族の純血だって!」
ダロウは鼻の先で笑って、
「彼らこそ、この地上にはびこる最も下司っぽい偉大な民族じゃないですか。 そんな呼称の民族がいるかどうかは知りませんが、私もその民族の一人です。私の先祖は、この土地に三百年近く前に住みついたのですが、そんなこと はとても自慢できることじゃありませんよ。むしろ私は、そのことを詫びたいくらいです」
と言い放った。』

『・・・意見を異にする相手との平和的な共同生活を人々に説得しようとする仕事は、誰にも感謝されない、終わりのない仕事であった。
自由思想家の口に枷をはめようとする宗教家と闘う彼は、無神論者と呼
ばれた。教会制度をくつがえそうとする自由思想論者に反論を加えると、中世尊重主義者とけなされた。清教徒たちが異教徒を圧迫しようとすると、彼は異教徒のために闘った。異教徒がキリスト教を笑いものにしようとすると、彼は清教徒のために闘った。
・・黒人を敵視し、雑巾と箒の生活に彼らを鎖で縛りつけ、無知と貧困の中に放置しておこうとする白人たちを相手にダロウは闘った。
彼は、従業員を機械と、飢えさえもしのげない低賃金に縛りつけておこ
 うとする偏狭な雇用者とも闘った。社会が、病めるもの、精神的な不具者や精神の均衡を失ったもの、放浪者、異端者、社会的落伍者につらくあたると、ダロウは社会全体を相手取って闘った。
・・無情と不正の二つこそ、彼には耐えしのぶことのできない最も破壊的な敵だったのだ』
(『』内伝記より、抜粋)

伝記「アメリカは有罪だ」を見る限り、彼の伝記作者、
アーヴィング・ストーンはかなり突き放した書き方をする人ですが、
それでも行間に、当時の人に取ってダロウがどういう
イメージで見られていたのかを示す記述がこぼれています。
かと言って、彼が一点の曇りもない人格者だったのかと言うと、
そうでもありません。
彼には離婚歴があり、一人目の奥さんの旦那が後に判事となったため、
後に法廷で色々な事件を争う事になったりもしています。
また、浮気については・・・
『ロサンジェルスで起訴された時、ダロウは地方検事が、夜明けにパサデナに住む美しい未亡人の家を去る彼の姿を撮したと称する写真を証拠品として提出しようとしていると聞いて、手ひどい精神的打撃を受けた。
その時、彼の友人の一人は、次のように云って彼を慰めたと云う事である・・
「そんなにしおれるな、クラレンス。きみの敵は、たとえ証拠写真がなくても、きみの最も悪い面を想像するに決まっているし、きみの友人はあれがつくりものだと云う事をみんな知っている。
もしきみが美しい未亡人の家で一夜を明かしたとしたら、明け方に彼女
の家にいとまを告げるはずがない事くらい、誰でも知っているさ。
きみなら、間違いなく彼女の家で朝食をご馳走になっていたはずだ」』
・・・・・こんなんです(笑)。

ちなみにダロウは何度も起訴されています。
ほとんど信じられないような話ですが、当時法廷戦術として敵側の証人を偽証罪で起訴しまくったり(ビビって証言を翻す者もあったらしい)、さらには不当逮捕などが相当行われてもいたようです。

そう云う時代を、ダロウは図太く生き抜いてきた人です。
ちなみに、いかにも今風の弁護士のパリっとしたスタイルではなく、極端な着流し(よく、よれよれの背広を着ていたり、カッター一丁だったりしたらしい)で法廷を出入りし、
それでいて格調高い弁論を駆使して人を動かす彼は、当時おおっぴらに
異端者呼ばわりされていたとの事です。
(作家志望で、オマール・カイヤームの詩が大好きだったそうです。後に、詩人志望の弁護士と事務所を組んだりしていた時期もあります)

私がダロウの人間像に触れたのは中学生時代の事ですが、・・・人間の世界と言うのは、信じられないほど幅があるものだと思いました。
今の私の目から見ると、その粉飾や伝説の形成され方も含めて、ダロウと言う人は実に面白い人物であったのだと実感されます。
ちなみに、私にとってダロウと並び称するか、
さらに特異な人物を挙げるなら、・・こちらの方が有名でしょうが、
のちのオスカー・シンドラーがそれに当たるのではないかと思います(笑)。
「シンドラーのリスト」の文庫版を読むと、オスカーのトリックスターぶりは、単純な善悪で計れない人間の面白さを伝えてくれます。
・・・彼は、明らかにナチスに密かなケンカを売るのを心から楽しんでいます。
彼の正義感は、読んでいてひしひしと感じられるのですが、そのために
採った手段は、ナチス幹部に取り入り、酒と現金とダイヤモンドで篭絡し、
卓越した交渉手腕で説得する事でした。
(ナチス内部にも、党の方針に嫌気が差したシンパが何人も居た事も記述されています)
彼が単純な善人であったり、ナチス幹部をたぶらかす事を躊躇ったりしていたら、助かった人数はずっと少なかったはずです。
・・オスカーは戦時には活躍したのですが、戦後商売をしくじって運に見放されてしまうのですが・・・

彼らような人々(言わば、「非常の人」)のバイタリティーと、その「時と場所を得た時鬼神のごとく活躍する」様子、そして色々な綾のある人間性は、それに触れた者を時代を超えて魅了するものがあると思います。


No. 3256
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
Ken 2002/11/09 23:24
古典SFファンさま、

クラレンス・ダロウについての、力の入った書き込みを読ませていただきました。(もはや、銀英伝世界の人工知能でもなんでもありませんね。でも、大変によい方向へ、議論が枝分かれしたと思います。)

とくに、

>『・・・意見を異にする相手との平和的な共同生活を人々に説得しようとする仕事は、誰にも感謝されない、終わりのない仕事であった。自由思想家の口に枷をはめようとする宗教家と闘う彼は、無神論者と呼ばれた。教会制度をくつがえそうとする自由思想論者に反論を加えると、中世尊重主義者とけなされた。清教徒たちが異教徒を圧迫しようとすると、彼は異教徒のために闘った。異教徒がキリスト教を笑いものにしようとすると、彼は清教徒のために闘った。

の箇所は、とくによかったです。ダロウがこのとおりの人物だったとしたら、精神にある種の「筋金」が入っていたのでしょうね。

私は、ダロウの名前も知りませんでしたので、古典SFファンさんの投稿を読んだ後、ネットで検索すると、多くの記事が見つかり、その中に「スコープス事件(モンキー裁判)」もありました。

ただ、スコープス裁判の記事を読んだ限りでは、ブライアンに対するダロウの発言、とくにブライアンを証言席に立たせて、現代科学と適合しない、バイブルの神話的な部分を取り上げては、相手を追い詰めてゆくやり方は、裁判を有利に運ぶ上でやむをえないとはいえ、あまり気持ちのよいものではありませんでした。なんだか、オーベルシュタインとビッテンフェルトの応酬をみているようで、ダロウがつねにこの種の言い方をする人物だったら、オーベルシュタインに敵が多いのと同じ理由で、彼もいろいろな敵を作ったのではないか、と思います。(もしも、ニュートンやアインシュタインがスコープス裁判のダロウ対ブライアンを見たら、何を思い、どちらに同情的な態度をとっただろう、という思いが浮かびました。)

以下は、ダロウや(ましてや古典SFファンさんに)反論しようというものなどではなく、ただ、せっかく盛り上がった話に、さらに実りを加えるべく、私なりに提供できるものを提供しよう、と考えての書き込みです。

「進化論」、特に20世紀初頭の進化論に関して、今や忘れられてしまったことがあります。(いや、この掲示板で積極的に発言をしている人たちなら、ご存知かもしれませんが。)

それは、この理論が帝国主義者にさかんに利用されたことです。なにしろ、「適者生存」を説いていますので、当時の強者(つまりヨーロッパ列強)が、弱者(アフリカ、中東、アジア、アメリカ原住民等)を征服し、生活圏を奪うのは、あたかも哺乳類が爬虫類から、生態系の王座を奪ったのと同様に、「自然の理にかなったこと」とされたのです。

ちなみに、ダーウィン自身も、このような発想から、完全に自由であったわけではありません。彼は、南米のティエラ・デル・フエゴ島で石器時代の暮らしをしている原住民を見て、彼らを人間より進化の程度の低い生物と考え、皮肉なことに、これこそが進化論を人間にまで適用する理論の基礎となりました。つまり、「後進地域」の住民は、サルが人間に進化してゆく途上の状態にあるのだ、というわけです。

スコープス裁判のブライアンに関して、最も好意的な評価として(繰り返しますが、「最も好意的な」です)は、彼が進化論を敵視したのは、まさにこのような、進化論の人種論的側面を危惧したのだ、というものがあるようです。そして、私のしる限りで、これは近代のキリスト教が(少なくともカソリック教会が)、とった立場と一致します。

なお、このような進化論的人種論を極限まで進めたのが、いわずとしれたナチスです。そして、ドイツの諸宗派がナチスの権力に屈して協力的になっても、最後まで反対したのがカソリック教会であった、という記述が、ワシントンの「ホロコースト博物館」にあります。

私たちは21世紀に生活しており、「進化論者」イコールリベラルな進歩派、「天地創造論者」イコール頑迷な守旧派という印象を無批判に受け入れがちですが、両者の対立にはこのような側面が過去にあったし、ひょっとして今もあるかもしれない、というのが私の感想です。

それにしても、ダロウのことはもっと知りたいですね。キング牧師などが彼をどのように評していたのか、ネットで調べてみたいと思います。


No. 3257
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/10 02:55
Kenさん:

>とくにブライアンを証言席に立たせて、現代科学と適合しない、バイブルの神話的な部分を取り上げては、相手を追い詰めてゆくやり方は、裁判を有利に運ぶ上でやむをえないとはいえ、あまり気持ちのよいものではありませんでした。なんだか、オーベルシュタインとビッテンフェルトの応酬をみているようで、ダロウがつねにこの種の言い方をする人物だったら、オーベルシュタインに敵が多いのと同じ理由で、彼もいろいろな敵を作ったのではないか、と思います。

まさにその通りでした。
彼は味方と同様に敵も多数作りました。
大衆的な人気も、彼の動向と一緒に右往左往していたようです。

ダロウとブライアンの対決についても、・・・ある意味、この二人は異なる二つの宗教を代表していたようなものです。
ダロウは「知識は人間を解放する」と信じていました。
彼が最も憎んだものは、人々を知識から遠ざけてしまう類の偏見です。
ブライアンは文字通り聖書を一字一句信ずるというファンダメンタリストで、信徒でなく本物の宗教家です。
ブライアンは、清貧とまでは行きませんでしたが、金で買われる事がなく、貧しい者のために骨身を惜しまない男であったとも、伝記は伝えています。

そして進化論裁判は、象徴的には進化論の正否を問うものでしたが、
法的には、「科学的に真実とされているある事を、子供たちに教えてはならない」とする法律の是非を問うものでもありました。

この件では、ブライアンの立場はオブザーバーに近い。
(何しろ裁判の本筋には、彼の弁論は何ら関係ありませんし)
しかし、伝記の記述を信ずる限り、「ダロウは絶対にブライアンを許すつもりがなかった」ようです。
ブライアン自身をではなく、彼が(おそらくは無自覚に)支持していた立場を。
ダロウの生涯の信念と絶対に相容れなかったが故に。


>(もしも、ニュートンやアインシュタインがスコープス裁判のダロウ対ブライアンを見たら、何を思い、どちらに同情的な態度をとっただろう、という思いが浮かびました。)

実際、ブライアンに同情したとしても不思議はありません。
この件では、ダロウは非常に攻撃的でした。
政治的信条で動いていた時よりも遥かに。
もっと穏便に、例えば単にブライアンの弁論と裁判の正否を切り離してしまうだけでも良かったはずです。
裁かれているのは進化論や聖書ではなく「学校である事を教えるな」と云う法律に違反したかどうかで、実際「違反した」と云う判決が出てるわけですし。
やりすぎと映っても不思議のないところで、実際、伝記に拠れば傍聴していた裁判地(デイトン)の住民の間では評価が割れたようです。


> なお、このような進化論的人種論を極限まで進めたのが、いわずとしれたナチスです。そして、ドイツの諸宗派がナチスの権力に屈して協力的になっても、最後まで反対したのがカソリック教会であった、という記述が、ワシントンの「ホロコースト博物館」にあります。
>
> 私たちは21世紀に生活しており、「進化論者」イコールリベラルな進歩派、「天地創造論者」イコール頑迷な守旧派という印象を無批判に受け入れがちですが、両者の対立にはこのような側面が過去にあったし、ひょっとして今もあるかもしれない、というのが私の感想です。

社会ダーウィニズムと、その後のダーウィニズムについては、私も
学習しました。
あの時代以来、進化=進歩ではないと云う警句は何度となく繰り返されつづけています。
しかし、・・いつかそこからルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが
出現する素地はあるのかも知れません。
・・人間は、優劣をつける思想が好きなのです。
それがどのようなものであれ・・・。


追伸になりますが・・・

>(もはや、銀英伝世界の人工知能でもなんでもありませんね。でも、大変によい方向へ、議論が枝分かれしたと思います。)

・・確かに掲示板の趣旨からすると外れすぎているかも知れませんね・・。


No. 3260
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
SAI 2002/11/10 10:34
>古典SFファンさん

ダロウについては全然知らなかったので、詳しい解説ありがとうございます。
> 社会ダーウィニズムと、その後のダーウィニズムについては、私も
> 学習しました。
> あの時代以来、進化=進歩ではないと云う警句は何度となく繰り返されつづけています。

まあ、その手の狂気に取り付かれるのは今に始まったことではないですからね。進歩とか進化とか言う人間が実は何も進歩も進化もしていないというパラドックスがありますから。

なお、適者生存もダーウィン選択(%1)も実はうそであり、進化論自体、生物が進化するかどうかも含めていまだもってすべて仮説です。
だが、そのような事は言わず、狂気的な説を正当化する人間は今も昔もいるんですね。


> しかし、・・いつかそこからルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが
> 出現する素地はあるのかも知れません。
> ・・人間は、優劣をつける思想が好きなのです。
> それがどのようなものであれ・・・。

まあ、ルドルフのような男は軍人であり、良くも悪くも行動の人間で、
あのような不合理な思想を造ったわけではなく、それまでの社会でさんざん言われてきた思想を極限まで推し進めただけだとは思います。

そこからルドルフのような人間が出てくるというのはその通りだと思います。

%1
生存力や子供を多く育てられる突然変異が、ほかの同種内の個体より多くの子を残すことで、同種内の他の個体を駆逐して広がるダーウィンの進化論に現れる選択


No. 3267
Re:銀英伝世界で人工知能はどれ位発達しているか?
古典SFファン 2002/11/11 18:24
SAIさん:


> まあ、その手の狂気に取り付かれるのは今に始まったことではないですからね。進歩とか進化とか言う人間が実は何も進歩も進化もしていないというパラドックスがありますから。

それはちょっとしたレトリックと言う奴でしょう。
進化論に対する討論でよく持ち出される話で、
「君は自分の祖先がモンキー(サル)だと主張するのかい?」
というのがあります。
・・・デイトンにおけるスコープス事件(進化論裁判)の渾名が「モンキー裁判」ってのも、その伝です。
これに対する応答もパターン化していまして、
「サルは人間の祖先ではないが、近縁の兄弟だよ」
と云うのが、当時も今も進化論側の答えの最大手となっています。
どの程度近縁かと云うのは、最新の成果だと
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Bio/200209/25-1.html
DNAレベルでは「意外なほど近い」とも「意外に遠い」とも云える。
文化的には当然かなり遠く、言語的には共通項をまださほど見つけていない。
(記号の操作能力がはっきり認められている個体も居ます。何年か前、パックマン(ナムコのゲーム)で見事に遊んでいる奴を見た時には驚いた)

人間が持ち出す議論の筋に「進化」「進歩」が入ってきた時は用心すべきだと言うのは確かですが、
あくまで「その議論の文脈に於いて」「進化」「進歩」が正しく用いられている場合は、認めるに吝かではありません(^^)。
というのも、指標を何処に取るかで、
「人間はアフリカで分化して以来微塵も進歩も進化もしていない」と云う事も、
「この100年間に達成された成果はそれ以前の数万年以上に匹敵する」
と云う事も可能だからです。

技術者として思うに、人間はテクノロジーにおいてある程度の成果を達成しています。
が、それは、人間自身の生存に必要な要素(環境や資源そのもの)を蕩尽する(不可逆的な方法で消費する)事により成り立つ事大であり、
地球環境が本来そうであったような、太陽により与えられるエネルギーで
数十億年に渡って再生可能な方法でリサイクルを行うまでにはいまだ、至っていない。
「進歩はしたが、未だ遥かに力不足」と云ったところでしょうか。


> なお、適者生存もダーウィン選択(%1)も実はうそであり、進化論自体、生物が進化するかどうかも含めていまだもってすべて仮説です。
> だが、そのような事は言わず、狂気的な説を正当化する人間は今も昔もいるんですね。

ダーウィンの進化論は、今そのままの形では用いられていないと思います。
ラマルキズムとのある程度の融合や、ネオ・ダーウィニズムなどに派生して、また、違った様相を取っているはずです。
SAIさんの仰るような「うそ」の表現がないわけではありませんが、
私は、進化論を「確からしい作業仮説」として受け入れています。
パラダイムが異なる系において、ある「事実」の確からしさが場合により異なるのは珍しくありませんので。


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