反銀英伝・設定検証編
2−F

銀英伝世界における各国の国力分析(6)

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コンテンツの総収録投稿数152件の内、105〜121件目の投稿を掲載

収録投稿105件目
board4 - No.2996

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:SAI
2002年10月07日(月) 23時34分

> ・・・SAIさま、
>
> ぜひお伺いしたいのですが、SAIさんは、差別をはじめ世の不合理と戦うための武器として、アメリカ型民主主義以上の社会形態があると考えておられるのでしょうか?

結論から言えば、重要なのは政府の形態ではなく、権力を持つ者がその力を自分や取り巻きのために使うのではなく、公益の実現のために使うことだと思います。

アメリカ型民主主義がだめなことはわかっております。なぜならばとてつもない経済的不平等を生み出してしまったからです。アメリカの資産配分は最上位1%の人間が40.1%、次の4%の人間で21.9%、で残りの95%で38%という状況になっております。
また平均的労働者とCEOの賃金格差はなんと300倍以上と文字通り天と地ほども違います。
前述しましたがこの状況は、経済学的にも社会学的にも有害です。
政治的にも有害なんです。この状況では、有り余る資金に物を言わせて政治家や官僚を買収し、メディアを自分の都合の良いように操ることができます。そんなことないといわれるかも知れませんが、アメリカの政策は金持ち優遇、もっとはっきり言えば最上位1%のために行われています。たとえば、減税もその30%から40%は彼らのために行われて
います。
ほかにも、大学への政府援助を打ち切らました。米国のいわゆる有名大学はますます富裕層の寄付に頼るようになり、富裕層の利益になる教義を説いてます。
サプライサイドやマネタリズムは今の状況では社会全体にとっては有害極まりない教義です。だが、富裕層にとっては利益になります。

ほかにも証拠はあまたあります。文字通り書ききれないくらいです。

>移民の受け入れ数とか、
移民の受け入れは実はアメリカというか、先進国がやってきた害悪です。先進国にとっても発展途上国にとっても損害をあたえますので。
1)アメリカの外にいる何億という貧しい人間のうち、全部引き受けることは不可能である。選ばれたほうは良いが選ばれなかった人間は故国で餓死寸前の状況のままです。 「移民受け入れ」というのは、アメリカに来た少数の外国人に多額の金をプレゼントすることです。それよりは、現地に留まっている人々全員に、少しずつの金をプレゼントすればよいと思います。その方が公平でしょう。また、誰だって、生まれた国で家族と生活する方が幸福だと思います。だが、移民を受け入れているから後者の方法、経済援助はしなくて良いという免罪符に使われております。

2)新参の移民はいつでもすさまじい差別にさらされます。一番最近では2002年四月に改正された移民法は移民を食い止めることはできませんでした。
 歴史的に見れば、米国の移民法は移民の供給を規制することによって、結果的には外国人労働者の値段を決める ― そういう目的で利用されてきた。この目的が達成できてきたのは、合法的に働くことも、社会給付を受けることもできず、基本的な労働者に対する保護も拒否された労働者の範疇を移民法が作り出してきたからである。

こんな事例があります
使用者は移民担当官の不意打ち検査があると言って、労働者をおどし、組合のオルグ活動に直面すると、使用者制裁規定によって合法化された大量解雇という手に出ることが日常茶飯事である。
IRCAと他の移民関連法は、実質的には、オルグ活動をすることが困難な二級の労働者層を生み出した。軍隊による国境の警備、使用者からの国外退去のおどし、社会福祉サービスの受給を制限する法規などによって、証明書を持たない労働者はまわりから悪魔のようなイメージで見られてしまい、それによって反移民感情が高まることになる。不当な待遇や国外退去に対する法的保護に頼ることができないために、外国人労働者はどうしても身を隠し、組合に未加入のままでいることになる。
移民に対して暴力を振るうという現象が広く起こっているために、恐怖心が助長される。1989年に、センチュリー市で静かにデモをしていた数千名のビル管理人組合員が警官に襲われた。彼らは移民労働者で、SEIUの組合員ひとりが殺され、何百人もが負傷した。

Kenさん、准提督さん、こんな状況が現実にあるんですよ。あなたの好きな法的理論でどうしてこんな事例を引き起こす、移民を不法と決めつけ、権利を制限する移民法が違憲とされないのか説明してほしいですね。

社会的流動性についてはむしろ悪化しています。もっともこの傾向は全世界的なものですが。

人種的多様性については、アメリカ建国以来300年、ついに人種同士は交わらず、人種のるつぼというより、人種のサラダというような状況で、無用の摩擦を引き起こす以上、人種的多様性を目指すのは失敗だったのではないでしょうか。
人間、ある範囲までの価値観の違いは許容するが、ある閾値を超えれば排除の論理が働く生き物でもありますし。
なお、人種のサラダという状況が一番良くわかるのがアメリカの刑務所です。同じ人種同士でグループをつくりますので。

> ちなみに、私が勤務したのは、100名程度の小さな事業場でしたが、私の短い滞在中にも、陪審員を勤めるために裁判所から召集を受け、一週間ほど会社に出なかった社員が2名いました。二人とも白人でしたが、少なくともはたから見る限りでは、いやがりもせず、市民の義務を果たしに行きましたが。

これに関してはKenさんの言葉を信じます。なぜなら私がその場にいたわけではないので、反論はできません。

> 陪審員が白人にせよ、黒人にせよ、裁判で決まったことは強制力をもちます。「百万ドルの賠償をせよ」と命令が出たら、百万ドルを支払わねばなりません。その場合、差別をする社会の差別をする側は、そのような重大な影響力を及ぼすポジションに、差別をされる側を着けないように、注意を払います。Civil Right以前のアメリカとくに南部が、まさにそうで、黒人の陪審員などありえませんでした。いま、陪審員が黒人ばかりで、そのために黒人に有利な判決が出るなどということが本当にあるなら、多くのアメリカ人は、それこそアメリカ社会が差別の克服へ向かって進んできたことの結果だというでしょう。

そうでしょうか?むしろ陰湿化したのではないでしょうか?そもそもそのKenさんのいた会社ではその黒人の女性ははじめから働いてもらう員数にはいってなかったのではないかという印象をうけます。
また、今回のような事件で百万ドルの賠償をせよというような場合、払うのはまずもって白人、受け取るのは黒人というケースしか日本にいるためか私は知りません。その逆はありました?もしないなら、見えないところでなにかの差別があるんだと思います。

> また、SAIさんは、准提督さんへの回答の中で、アメリカの黒人議員はショウウィンドウで、実権がないと、書かれましたが、「実権がない」とは、具体的にどういう事態を指すのでしょうか?黒人議員の投票は、カウントしないのですか?黒人議員の賛成で可決した法律は、施行しないのですか?黒人議員には、質問やスピーチをする時間を割り当てないのですか?
そういうことではありません。上院議員には黒人は一人もいない、(上院と下院どっちが優先権があるかわかりますよね)共和党全国委員会の役員には黒人はバージンアイランド代表3人しかいない。その3人もバージンアイランドには黒人しかいないから。事実上共和党全国委員会の役員にはなれないんです。なれないということは共和党の最高決定には参加することができないということです。つまるところ現場がどうなっていようとも最高司令部は白人が握るというのがアメリカの民主主義の原則でもあります。

民主党はどうなのかというと、黒人を大統領候補や副大統領候補にすれば白人票を失って確実に落選してしまう以上決してそんなことはやりません。

収録投稿106件目
board4 - No.2998

Re:続・続・経済学的に正しい銀英伝

投稿者:本ページ管理人
2002年10月08日(火) 00時53分

>これは人権の前国家的権利性(人権は国家や法律によって与えられるのではなく、生まれながらにして持っているのであり、法律はそれを確認しているに過ぎない)

言うまでもなく、この説はフィクションです(なぜなら論証不可能ですから)。そのフィクションを大多数が信仰している状況でしか効果が発揮できません。
准提督さんの前提条件が前提として成り立たない以上、「フィクションを大多数が信仰している状況(しかも殉死者レベルでの信仰)」を証明しないと、論としてはちょっと厳しいです。

今回のテーマは、「民主主義を厳密に守ると民主主義が破綻する」という、原理主義的ジレンマを含んでいるだけに、かなり難しいですねぇ。
(ちなみに現代においても、人権を恣意的に運用する人は多いですが)

収録投稿107件目
board4 - No.2999

レスなど

投稿者:本ページ管理人
2002年10月08日(火) 01時10分

> 過渡期としての「啓蒙専制君主」は必要なのでしょう。ラインハルトは、それを目指しているのだし、リヒターやブラッケは、疑問を持ちながらも、結局は協力するでしょう。

うーむ、ラインハルトが『過渡期としての「啓蒙専制君主」』を目指しているとは思えません。ラインハルトは自分の「自由、自主、自立、自尊」は信じていても、凡人、もっと言えば劣等人の「自由、自主、自立、自尊」なんて微塵にも信じていないでしょう?

> 民主主義の完成度が非常に高くなれば、政治家は、「指導者」というよりも、「税金」という名の代金をもらって、「行政能力を売る」ビジネスマンと見なされるようになるのでしょう。

どんなに民主主義の完成度が高くなっても、「指導する者」と「指導される者」の間には「自由、自主、自立、自尊」の格差が発生します。
Kenさんがおっしゃられている例は理想的な資本主義ではありますが、民主主義であることを必ずしも保証しません。

ちなみに、共産主義は、指導者と言う名の『過渡期としての「啓蒙専制君主」』が、その強権で「真の平等」を作ろうとしました。一応、「真の平等」が訪れさえすれば独裁は終るはずなんですが、当然「真の平等」が実現するはずもなく、皮肉にもあれだけ「反平等」な制度になってしまったわけですね。そういう意味では、敬さんが2991で言っている、どこかの「民主主義人民共和国」は、永遠に「民主主義を目指す国」なわけです。

収録投稿108件目
board4 - No.3000

まずは

投稿者:本ページ管理人
2002年10月08日(火) 01時24分

> > ぜひお伺いしたいのですが、SAIさんは、差別をはじめ世の不合理と戦うための武器として、アメリカ型民主主義以上の社会形態があると考えておられるのでしょうか?
>
> 結論から言えば、重要なのは政府の形態ではなく、権力を持つ者がその力を自分や取り巻きのために使うのではなく、公益の実現のために使うことだと思います。
>
> アメリカ型民主主義がだめなことはわかっております。

ひとまずSAIさんが「現状でもっとも理想的だと思う具体例」を挙げられてはいかがでしょう?それで、准提督さんやKenさんがずいぶん議論しやすくなると思います。

収録投稿109件目
board4 - No.3004

Re:続・続・経済学的に正しい銀英伝

投稿者:倉本
2002年10月08日(火) 10時31分

> 自由惑星同盟がどのような法律を持っているかに依りますが、常識的には市民でなければ徴兵対象にならないのではないでしょうか?永住者でも、外国籍では、せいぜい義勇兵に志願してもらうくらいでしょう。したがって、自由惑星同盟の置かれた状況を考えると、同盟政府は亡命者の帰化、つまり国籍取得を推進すると思います。

私はそうは思いませんが。
銀英伝の戦力とは宇宙軍艦です。
これは作るのに金も時間もかかりそうですぐに数を増やすというわけにはいかない代物だと思います。
そうするといくら兵士の数が増えても乗せる艦がないから戦力としては意味が無いということになりますよ。
さらにいえば亡命者の中にスパイが混ざってる可能性もあるわけで。
それを考えるとやはり無条件で国籍を与えるというわけにはいかないと思いますよ。

> なお、国籍がなければ、「何の問題もなく亡命者を差別できます」というご意見には、私は賛同しかねます。

正確には差別ではなく区別というべきなんですけどね。
きちんと国籍を持った同盟国民と国籍を持たない亡命者とでは同じ権利を与えるわけにはいかないのはわかりますね。
まったくの別物である両者をきちんと区別する必要があります。
同じように日本国内で働いて税金を納めていても日本人と在日韓国人が同じ権利を持っていないのと同じように。
それにどうしても同盟国民と同じ権利が欲しいのなら国籍を取得すればいいだけのことですし。
その際に政府による民主主義をきちんと理解してるのかどうかというような審査が行われれば同盟が帝国にのっとられるということもないかと思います。

収録投稿110件目
board4 - No.3006-3007

Re:続・続・経済学的に正しい銀英伝

投稿者:准提督
2002年10月08日(火) 17時56分

>不勉強です。
すいません勉強してきます。

>私は何度同じ事を言えばいいんでしょうね。
これは失礼。

>何度も同じ事を言わせないでください。
申し訳ありません。

>そういう常識以前のことを言わないでください。
常識を疑うって大切ですよ。

>感情と理性が戦えば感情が勝つんです。
なるほどご自身のことはよく解ってらっしゃる。

私は議論しているつもりであって、喧嘩をしているつもりはありません。

ではご質問にお答えいたしましょう。
今回私は一部スタンスを変更いたしますが、基本的な見解に変更はありません。

1.帝国国内治安維持情勢
>誰が教えるんです?640年の時点で帝国のどこに共和主義者がいるんですか?
いたじゃないですか、出立前のアーレ・ハイネセンが(^^)つい150年前に。
ええ、こほん、さてご質問の640年の時点の帝国治安情勢についてですが、私は何も正規の学校機関で共和思想が教えられていると言ったわけではありませんよ。もちろん、帝国においては共和思想など非合法です。
しかし、一般的に見て、左翼思想(帝国においては共和思想がこれに該当)に染まりやすいのは一定の教育水準を有する連中です。例えばロシア帝国のナロードニキがこの場合最も近いでしょう。ロシア帝国の治安機関オフラーナ(銀河帝国の社会秩序維持局に相当するでしょう)がいくら血眼になって追いまわしてもこの連中を抑え切れず、ナロードニキ思想はロシアの知識階級を席巻した。同じ現象が銀河帝国でも発生していると考えられます。そのことは1巻17ページ下段、
「ルドルフ大帝の死後3世紀を経て、さしも強固だった体制のたがもゆるみ」
という記述からも裏付けられます。
要するに、なるほど帝国全体からみれば共和思想を知っている連中は少数派だがその割合は富裕階級になればなるほど上昇していく、という状況でしょう。んで、同盟に亡命してくるのはこの共和主義に被れている者の多い階層の人間です。亡命者の中に共和主義者は少なくなかった、と考えるべきでしょう。

さらにいうなら、私はこの帝国内における共和主義者の問題を680年ごろ以降の「後期亡命者」に関する考察において述べたのですが、なぜかSAIさまは話を640年にまで戻して展開していらっしゃいます。私の書き方が悪かったのかな?

680年頃には既に同盟が認知されて一世代。帝国においては帝政に不満を持っていた連中が勢いづき、共和主義思想が息を吹き返したはずです。ちょうどロシア革命を受けて日本や欧州で社会主義が弾圧にもかかわらず盛んになり、インドや韓国でも独立運動が当局の苛烈な攻撃にもかかわらず活性化したように。また同盟側からの宣伝工作もあるでしょう。フェザーンの正式建国は683年ですが、これ以前からフェザーンは両陣営の経由点となっていたはずですし(正式建国はむしろ事後承認でしょう。ある日突然フェザーンが成立したわけではないでしょうから)、亡命者を促すため(人的資源調達のため)多数の工作員がフェザーン・イゼルローン両回廊から帝国に潜入し、共和思想を広めたと考えられます。
従って、「後期亡命者」は、640年の時点にも増して多数の共和主義者を含んでいたはずです。

2.亡命者差別法問題
では三たび亡命者差別法の成立過程について論じて行きたいと思います。
さて、その前に一つ。私はここでSAIさまの議論を受けまして、これまでの謬見を謹んで訂正させて頂きます。即ち、これまで私は法的理論を重視しすぎていたと認めざるをえません。従って、スタンスを若干変更することを議論の前に明示しておきます。
ただ、SAIさまの
>法的理論など感情を正当化するためのものに過ぎず、何とでも付けられる(当方にて要約)
という見解に全面的に賛同するものではありません。なるほど私は法的理論を重視しすぎておりましたが、逆に現在のSAIさまのスタンスは法的理論を軽視しすぎております。その点も含めて、以下に論述します。

まずは管理人さま、
>人権の前国家的権利性はフィクションに過ぎない
誠にごもっともです。人権などフィクションに過ぎない。全くその通りであります。
しかしながら、同盟が
>フィクションを大多数が信仰している状況
であることは間違いないと考えられます、少なくとも640年までは。同盟の建国の経緯、帝国との戦争を前提とした国家体制ゆえ、「元々の同盟市民」はこのフィクションを盲信するべく洗脳に近い教育をされているでしょう。
問題はこの信仰が「640年組」の流入によって直ちに変わるか、です。私は「ノー」であると愚考します。理由はいみじくもSAIさまがおっしゃられているように
>教育されている理想と現実が乖離していればいるほど、教育を信じなくなる
からです。それまで耳にタコが出来るくらい「人間は生まれながらにして平等である。人間は生まれながらに権利を有している。人間は自由な存在だ。従ってそれを力によって抑えつけている帝国は悪そのものである。我々の敬愛すべき先祖はその悪の手を見事潜り抜けこの自由の国を築いたのだ。我々は何時か帝国を打倒して虐げられし帝国国民を解放しなければならない」と教育されていた人々に、某月某日を期していきなり「すまんあれうそ帝国国民人間じゃない人権ない差別していい」とは言えませんよ。
それに、この時期は無制限に亡命者の人権を制限する必要がありません。何しろ、SAIさまもお認めの通り、この時期は同盟の拡張期です。帝国に対抗するための国力を構築するには労働力が圧倒的に不足しております。同盟全体が亡命者歓迎ムードになるでしょう。数少ない労働者を、意欲に満ちて働かせるためには、経済的自由に制約を課すなどもってのほか。「元々の同盟市民」も別に職を奪われる心配はこの時期ありませんから(拡張期です)、文句はないでしょう。生活を脅かされる心配をこの時期の「元々の同盟市民」はしません。社会権にしても、経済が拡張し財政的にも余裕があり、しかも職にあぶれる連中は少ないでしょうから、保障しても問題ありません。教育を受ける権利などは「権利付与」の名目でむしろ押しつけられるでしょう、民主主義を国家サイドが教え込むために。
現に、アメリカにおいては1776年の独立宣言から1870年代までは移民に対する法的制約はありませんでした。拡張期でしたから。
アメリカと同盟の相違点はただ一つ、帝国という専制国家と戦争状態にあることです。
参政権の制限はこの点から正当化されます。「民主主義を知らない人々に民主主義を運営させてはならない」という議論は一定の説得力は有します。同様に表現の自由の一部や、高級公務員への就任権は付与されないでしょう。人身の自由も、「亡命者の中に帝国の工作員が含まれている蓋然性は高くそれを探知するためには一定の範囲で令状主義の適用を排除すべきである」という論が出てくれば、制約を受けるでしょう。
ただ、あくまでこの範囲に限定されます。理由は前述の通り、これまでのタテマエを完全に踏みにじることはできませんし(国民が教育、ひいては国家を信用しなくなる)、生活を脅かす存在ではない。それに何より「元々の同盟市民」が自分たちの人権を脅かすような立法の暴走を許容しない。
この「立法の暴走」につきSAIさまは
>暴対法は?組対法は?盗聴法は?
とおっしゃられ反論されていますが、この3法はこちら側の補強証拠にこそなりはすれ、とうてい立法の暴走を看過した例とは言えません。何故ならいずれの法も「立法の暴走を看過するな」という野党・マスコミによって散々骨抜きにされた挙句、特に組対法と通信傍受法などはものの役に立たないザル法にされてしまったからです。人権制約どころか、普通に(本来の立法目的通り)捜査活動のため運用するのもままならないほどに。
まず暴対法は、実際に六法を見て頂ければ解りますが、2条で相当厳密な定義の絞りをかけており、2章9条以下の規制規定も見ていて嫌になるくらい詰めています。おかげで暴力団側も法の穴を見つける事ができ、今や完全なイタチごっこ(法規制をかける―穴を潜り抜けられる―新しく法改正する―また抜けられる)です。無制限に「暴力団員に人権などあるか」でやれるならこんなザマにはなりませんし、運用サイドも随分楽でしょうね。国民の人権は侵害される危険がありますが。
組対法・通信傍受法は、まぁ、無茶苦茶です。いずれも2、3年前の成立ですが、これで国民の人権が云々なら破防法の成立した時に国民全員収用所送りだよ、ってくらいに。組対法の方は組織的な重大犯罪についての法定刑の加重(6・7条)と組織的な犯罪収益(マネロン)の規制くらいのものです。通信傍受法については国会で大幅に削られた挙句、対象が薬物事犯・銃器事犯・密航事犯・組織的な殺人の4つに限定されてしまいました(通信傍受法3条1項別表)。しかも通信傍受を実施するに当たっての要件は通常の逮捕・捜索令状の請求よりも遥かに厳格で(3条1項本文)、おまけに傍受実施の状況を国会に報告することが義務付けられています(29条)。そして実際成立後しばらく立った今も、ほとんど運用されておりません(傍受を実施したこと自体が話題になるくらいに)。これほどまでに立法の段階で人権制限を制約されていながら、俗には「盗聴法」と呼ばれ、人権制限の代名詞のように言われている。過大評価ですよ。
アメリカの移民法・「治安維持法」については実際に生の条文を読んだことがないですし、立法過程も詳しくは存じませんのでコメントを差し控えます。しかしSAIさまのおっしゃる通りならゆゆしき事態ですな。ただ、これらの立法は同時多発テロ直後の集団ヒステリーという特殊事情が強く作用していることは見逃せないと思います。このヒステリーが正常な立法審査をマヒさせている。少なくとも、表面上は亡命者を歓迎している(裏面で「社会的差別」が進行している事は否定しません)同盟とは状況が異なります。そしてこれらの立法ですら外国人の人権を包括的に制限してるわけではないでしょう?(知らないのですいません。よろしければ、どのような人権が、どの程度、どのような「こじつけ」によって制約されているのか知りたいので、本・雑誌・サイトなどを紹介していただけませんか?)
つまり、「立法の暴走」に対する制約は一概には言えない。私が従来言っていたほど立法は厳格に審査されるわけではないが、SAIさまがおっしゃるほど立法は好き放題できるわけでもない。どちらのスタンスも極端だったわけです。
従ってその時時の社会情勢に応じて「立法の暴走」への制約は変化する。しかしまだ同盟拡張期においては「元々の同盟市民」による亡命者への「社会的差別」はそれほど激しくないから(で、いいんですよねSAIさま)、「立法の暴走」に対する国民・議会・マスコミの制約は比較的正常に機能する。よって亡命者人権制限法は無制限な人権制限法にはならない。
こんなところでよろしいですかな。

3.亡命者人権制限法のその後
さて、SAIさまは「拡張期」がいつ頃に「衰退期」に転ずるか具体的におっしゃっていませんが、2982番の書きこみで
>>わざわざ帝国でのそれよりも低い扱いを受けるために地位をなげうち密航のリスクを犯してまで亡命しようとするでしょうか?そんなわけありませんね。
という、680年頃についての私の分析に対し
>やってきます。この時期においては同盟は拡大期にあたり
とレスしていらっしゃるので、この時期まだ同盟での好況は続いているという見解でよろしいですね。
この点私も同感です。アメリカの西部開拓の例と照合すると好景気は相当長く続いたのではないでしょうか。あ、もちろん地球上の例を恒星間国家に適用する無理は承知しておりますが。
いずれにせよ、680年前後にはまだ「拡張期」が続いていたと判断します。人口が圧倒的に増え、これまで手付かずだった惑星のかなりが大規模開発の対象となったでしょうから、経済規模の爆発はまだ余波が残っているのではないでしょうか。
さて、この時期は、「640年組」の子女の時代です。彼らが徹底した民主主義教育を受けて育った事は、SAIさまも2982番の中段でそれを前提とした書き込みをされていますから、同意してくださったのでしょう。
んで、
>教育されている理想と現実が乖離していればいるほど亡命者の反発は強まり、教育を信じなくなります。
とおっしゃっていますが、私もこう申し上げているわけで、何もキレる必要はありませんよ。落ち着いてください。
そう、教育されている現実とかけ離れていて反発するからこそ、彼らはこの差別立法の撤廃に立ちあがるでしょう。
んで、同盟政府の立法、司法当局はこれを拒否できない。その理由は2978番で主張した通りです。「640年組」にそっぽ向かれたら同盟は滅びます。
ここでSAIさまは
>そう言う状況を同盟が帝国にのっとられたといい、同盟が帝国化してしまします。私は何度同じ事を言えばいいんでしょうね。
とおっしゃられています。こりゃお互い様ですよ。こっちだって何回も同じ事説明しているんだから。
この堂堂巡りの原因は、
「同盟においては『640年組』の子孫が主流化するのは避けられない。いくら『元々の同盟市民』がふんばってもこの流れは阻止できない」
という私の主張に対し
「それを同盟が帝国化した状況という。『元々の同盟市民』はそんなことを許さず、阻止しようとするだろう」
とSAIさまが反論され、それに対し私がまた
「いや、だから『元々の同盟市民』がいくらきばってももそれは阻止できないだろう」
というとSAIさまが
「そのような阻止できなかった状況を『同盟が帝国化』した状態という。『元々の同盟市民』はそれを許さず、阻止しようとするだろう。何度言えばわかるんだ」
と反論される。この無限ループです。
私の表現能力に問題があったことは否定しません。また気付くまで時間が掛かったのは私の読解力の不足ゆえです。以後気をつけます。

で、ここでもう一つ論点。
「640年組の子女が同盟において一定の地位を確保する事と、『同盟が帝国化することはイコールか?」
です。SAIさまはこの点イコールとしていますが、私にはそうは思えません。理由は上で述べたように、640年組の子女が同盟の民主主義礼賛の教育を受けて育つからです。彼らは同盟の価値観(つまり、『元々の同盟市民』の作り上げた価値観)に少なからず染まっているでしょう。我々日本国民がアメリカ的民主主義礼賛教育を受けて少なからずアメリカ的価値観に染まっているように。しかし、親の影響も無視できないわけで、親のもたらす帝国的な一面も彼らは当然持っている。よって、この680年以降の同盟においては、それまでの同盟とも、また帝国とも違う、新たな文化が生じたのではないでしょうか。
1巻17頁下段
「彼らを受け容れ、量的に膨張する過程で、自由惑星同盟が次第に変質していくのは必然的な成り行きであったろう。」
という記述からも、それは裏付けられると考えます。

4.「一旗組の争奪戦」
>フェザーンでは駄目です。そもそも物理的に亡命者を受け容れるスペースが同盟より遥かに小さいんですから。そういう常識以前のことを言わないで下さい。
いやー、常識を疑ってみるのもいいですよ(^^)きっと発見があります。私もついさっきSAIさまに常識を修正されて視野が広がりました。
さて、フェザーンにはスペースがない。うん、なるほど。それはそうですね。
ところで、フェザーンの人口は20億人(795年ごろ)。これ、どっから沸いてきたんでしょうね。
683年にフェザーンは正式建国していますが、少なくとも640年以前にはここには何も無かった(あっても帝国の超辺境ゆえちびっと農民がいるくらい)はずです。同盟の発見と共にフェザーンの興隆が始まります。
で、人口です。帝国領であるフェザーンに同盟から出て行く馬鹿はいませんから(いたとしても憲章擁護庁が阻止する)、帝国から流入した人口ですね。んで、683年までは密貿易で収益を得ていた程度ですが、この建国以降は大手を振って両陣営貿易をするようになります。ここからフェザーンは爆発的に繁栄したことでしょう。つまり、フェザーンの本格的発展は683年以降。あの惑星一つに20億とかいう激しい数字の大部分はこの時点以降の流入であると言えます(自然増加、即ち出産を取りあえず無視すれば、ですが)。
つまり、683年以降795年までの約100年間に億単位で帝国からフェザーンに流入しているのですよ。
さらにいえば、億単位で一旗組をフェザーンに取られたのですよ、同盟は。この時期に。
同盟当局は「法的・政治的差別」をなくし、「社会的差別」をなくす努力をする(努力をする、です。完全になくす、とは言ってませんよ)。さもないと亡命者をフェザーンに取られるどころか、同盟からもフェザーンに流出してしまいます。
もちろん、フェザーンのスペースの許す範囲で、ですが。

5.「元々の同盟市民」に対する差別は発生するか?
>そしてそうなれば今度は大多数の亡命者達が少数の同盟市民を差別する事になります。
ちょっとちょっと、これって大幅な自説の変更ではないですか、SAIさま。
ま、いっか。
これはないでしょう。680年ごろの法改正で640年組の子女は法的地位においては完全に「元々の同盟市民」に並びます。ですが、それまでの「社会的差別」が完全に消え去ったわけではありません。この時点では政治家・官僚・高級将校といった高級公務員は「元々の同盟市民」が独占していたわけですから。彼らが自分の地位をみすみす手放すはずはありません。これはSAIさまのおっしゃるとおりの利己的な人間の性質ゆえです。
地位は手放したくない。しかし今後彼ら(640年組)の支持なくては地位は保てない。
こうなった時彼らが取りうる選択肢はただ一つ、640年組の子女たちに、その今彼らがいる地位を活用して便宜を図る事です。
つまり、今後同盟においては、「元々の同盟市民」である政治家たちが、640年組の子女たちの歓心を買い彼らの票を確保すべく、「反差別法」を制定する。と同時に自分たちと自分たちの子孫が640年組の子孫とうまくやっていけるような配慮も忘れない。完全無欠見事な連携プレー。
>反差別法が制定され、公的に差別を禁じても差別はなくならないと言ったはずですが。
ええ、そうですよ。だから私はこれまで「努力する」という表現を使ってきたでしょ?「これによって差別は完全になくなる」とは一言もいってませんよ。
「元々の同盟市民」出身の政治家によって推進される、亡命者差別撤廃政策。帝国と言う「敵」の存在もありますし、両者は敵対しないでしょう。アメリカとは状況が異なります。人種に差異なし、言語も一緒(教育の賜物)、宗教も差異無し(無宗教時代ですから)、習慣に若干の違いは生ずるでしょうが、職の差は時間が経てば経つほど消えて行く、元々の同盟市民が制定し亡命者に支持された政策によって。同和問題やカーストのような悪しき伝統を形成するには差別が生じている時間が短すぎる。
ちょっと楽観的に過ぎますかな。まぁ、反論が出ればその都度修正して行きましょう。

6.資本主義経済v.s.封建的経済
>資本主義経済も封建的経済に似てくる
ああ・・・。そうですか。ちょっと新鮮です。私の中の常識が覆るかもしれません。この理論を唱えている代表的な学者って誰です?よろしければ私に教えていただけませんか。

さて、最後に一つ、SAIさまにお願いがあります。もし今後も議論を続けるおつもりなら、このあたりでSAIさまの説を、これまでの議論を踏まえた上で提示していただけませんか。私の読解能力はきわめて怪しいものですし、そうしていただければきっとこの板をご覧の皆様にもわかりやすくなるでしょう。議論をより建設的な方向に進めるためにもぜひ、よろしくお願い申し上げます。

収録投稿111件目
board4 - No.3010

Re:続・続・経済学的に正しい銀英伝

投稿者:SAI
2002年10月08日(火) 21時54分

説をまとめるにはちと時間がかかるため、今回は補足だけです。

テロ対策法の内容
http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20011029201.html

テロ対策法原文
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=107_cong_public_laws&docid=f:publ056.107

一年後の現状および基本的法的権利の変化
http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20020912203.html

移民法のコラム
http://www.abctny.com/frame_immigration_news.htm

移民法関連(原文)たくさんあるので注意
http://thomas.loc.gov/home/thomas.htmlのページで
immigration actで検索

1997年の改正点(2002年は移民法のコラムに載ってます)
http://www.mnllp.com/jpnunlawfulpresence.html

不法移民の生活
映画ブレッド&ローズ

アメリカの話じゃないし、古いけど全世界で今も不法移民はこんな生活しています。
最底辺 : トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ/ギュンタ−・ヴァルラフ, マサコ・シェ−ンエック 岩波書店 1987

米国の人種主義・不寛容・外国人-移民排斥などをめぐるニュース
http://www.imadr.org/japan/interview/usa1.html

Kenさんへ
ひとつ訂正。実質的な力は上院が上ですが、制度上の原則としては上院と下院は平等になっております。

それから私もずいぶん感情的になってましたね。すみません。
それでは次回に

収録投稿112件目
board4 - No.3011

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:Ken
2002年10月08日(火) 22時42分

SAIさま、

長文の回答をいただき、まことにありがとうございます。

実を申せば、今回のご発言は、これまでにいただいたレスの中で、最もよかったと思います。なぜなら、SAIさんのお考えがどういうものであるか、ようやく見えてきた気がするからです。始めに私の想像を申しますと、もしやSAIさんは、ラルフ・ネーダーが主導する運動に参加する人たちと、かなり共通する思想と感覚をもっている方ではありませんか?(私の誤解であれば、謝ります。)私は、サミットやIMFの会場を取り囲んで、放火や投石をしている連中は支持できませんが、(SAIさんが暴徒の同類だと言っているのではありませんよ、念のため、)あの人たちの主張には、頷く点もあるのです。例えば、最貧国の債務を帳消しにせよ、という主張には、問題はあるが、現在のところこれに勝る代替案はないのでは、と考えています。地球環境問題に関しても、少なくとも彼らが、大半の既成政党よりも真剣に考えていることも理解しているつもりです。

そこで、せっかくSAIさんのお考えが分かってきた(つもりでいます)ので、より理解を深めるために、今回は私の意見は述べず、質問だけをさせていただきたいのですが。よろしいでしょうか?

>重要なのは政府の形態ではなく、権力を持つ者がその力を自分や取り巻きのために使うのではなく、公益の実現のために使うことだと思います。

>アメリカ型民主主義がだめなことはわかっております。

最初にこの2つの発言を読んだ時、私は矛盾ではないかと思いました。前者は、政治体制は関係ないといいながら、後者は政治体制の評価をしているように思えるからです。その後に思いついたのですが、SAIさんは、つまり、「権力を公益のために用いる権力者を生み出す上で、アメリカ型民主主義は、不適当である」と言っておられるのではありませんか?そうだとすれば、やはり特定の政治体制を評価されているのだし、政治体制は重要な問題であると言われているのだと思います。

そうであるなら、ぜひお聞きしたいと思います。アメリカ型民主主義に勝る政治形態として、SAIさんはどのようなものを考えておられるのでしょうか?私は、チャーチルという政治家が好きになれませんが、「我々がデモクラシーを支持するのは、それが完全なシステムだからではなく、今のところ代替案がないからである」という彼の発言は、さすがに一方の英傑だけのことはある、と感銘を受けたことがあります。この線に沿って推論を進めると、SAIさんはチャーチルが「ない」と言った代替案が「ある」と言われているのではないでしょうか?それはどういうものでしょうか?

>なぜならばとてつもない経済的不平等を生み出してしまったからです。

MITやスタンフォードの大学院を出て、20代で7万ドル(850万円!)の年収を稼ぐ人間がいる一方で、いわゆる「単純労働」をする人の中には、時給8ドル(途切れずに仕事があったとして、年収200万円)で働く人がいます。(ただし、SAIさんの見解と少し異なるのは、前者の中に非白人の移民もいるし、後者の中に先祖代々アメリカ人の白人もいますが。)

このような富の不均衡を生むシステムを容認する意見の代表は、(とっくにご存知でしょうが)以下のようなものです。曰く、自由競争の経済システムは少数のミリオネアを作るが、同時に経済全体の底上げもし、相対的に貧しい人でも、自由競争を抑制する社会に住む人よりは豊かなのだと。たしかに、時給8ドルの(あるいはそれ以下の)仕事をするために、故郷を捨て、危険を賭して、やってくる不法移民のことを思うと、その見解にも一理があるし、私の考えもそれに近いものです。そこで聞きたいのは、SAIさんはどう思われるか、ということです。非常に単純化した言い方をすれば、「年収200万の人々の中に、少数の年収1億の人がいる社会と、全員が年収50万の社会とどちらがよいか?」というこです。(誤解を避けるために、この場合の「***万」は購買力平価だと考えてください。200万は50万の4倍豊かな買い物ができるのだと。)また、「いや実は、全員が年収600万になれる社会があるのだ」というお考えでしたら、それがどのような社会なのか、ぜひ教えていただけますでしょうか?

>使用者は移民担当官の不意打ち検査があると言って、労働者をおどし、
(中略)
>准提督さんこんな状況が現実にあるんですよ。あなたの好きな法的理論でどうしてこんな事例を引き起こす、移民を不法と決めつけ、権利を制限する移民法が違憲とされないのか

この部分を読んで、「あ、そうだったか!」と思いました。なぜ、これまでSAIさんと准提督さんの議論が噛み合わないのかと思っていたのですが、SAIさんが、「移民への迫害」を言われる時には、いわゆる「不法移民」(正式な労働ビザを持っていれば、移民局を恐れる必要がない)が含まれるわけですね。

不法移民の人権は難しい問題です。もちろん不法移民でも、犯罪の被害者になって殺されたら警察は犯人を追うし、子供が誘拐されたら警察は救出に全力を挙げる、という点では、市民権を持つ人と変わらない人権があります。ただ、彼らがアメリカに滞在すること自体が、厳密にいうとアメリカの国家主権を侵害していますので、見つかればその状態に変更を生じずにはすみません。もしもSAIさんが大統領だったら、300万とも500万ともいわれる不法移民をどのように扱われますか?

>アメリカ建国以来300年、ついに人種同士は交わらず

ここでいう「交わる」という言葉の意味をもう少し詳しく説明していただけませんか?道で会えば挨拶を交わす、という程度の意味でしょうか?同じ職場で働き、上司・部下の関係になる、ということでしょうか?家族ぐるみのつきあいをする、という意味でしょうか?それとも婚姻関係を結ぶということでしょうか?

>今回のような事件で百万ドルの賠償をせよというような場合、払うのはまずもって白人、受け取るのは黒人というケースしか日本にいるためか私は知りません。

この部分は、SAIさんの言わんとされることが、今もって私には分かりません。白人から黒人へ富が移動「しない」ように計らうのが、差別ではありませんか?

>上院議員には黒人は一人もいない、(上院と下院どっちが優先権があるかわかりますよね)

なるほど・・・。(ハワイには日系のイノウエ議員がいますが・・・)上院は人口とは無関係に、一州につき2人ずつしか選ばれませんから、マイノリティが選出されるのは難しいかもしれませんね。この状況を変更するとしたら、どういう方法がよいとSAIさんは思われますか?黒人にあらかじめ議席を割り当てることでしょうか?

収録投稿113件目
board4 - No.3024

Re:続・続・経済学的に正しい銀英伝

投稿者:准提督
2002年10月10日(木) 16時46分

補足です。

まずはSAIさま、参考資料の提供まことに有難うございます。いい勉強になります。今早速見ているところですが、ちょっと時間が掛かりそうです。

1.「元々の同盟市民」は社会保障に寄生できるか
>彼(鉄骨運びをしていたにーちゃん)は亡命者のやる仕事には決してつきません。本当になければ社会保障で遊んで生きる事になります。
というSAIさまの見解ですが、これはないでしょう。なにしろ拡張期ですから、この640年周辺は。遊んで暮らしている労働人口なんぞ絶対許しませんよ、産業資本家が。一人でも多く労働者が欲しい。工期に間に合わせるためなら「元々の同盟市民」だろうと猫だろうと使える者は何でも使え、です。そして立法府もこの資本家の声は無視しないでしょう。この点はSAIさまもおっしゃるとおり既存の権力体制は産業資本家と必然的に癒着しておりますから。
従って640年の時点で「元々の同盟市民」を遊ばせる立法は成立しないと考えます。

2.司法府の審査能力
1951年、マッカーシズムの華やかなりし頃、合衆国連邦最高裁判所は政府転覆を企てた共産党員11人に対し有罪判決をくだした。ただし、この時「あくまで不法行為のあったときにのみ刑罰は下されるのであって、共産党員であるがために罰せられる事はない」と判示。連邦政府、議会、そして世論の共産党狩りを封じた。
1954年、合衆国連邦最高裁判所は「公立学校は黒人・白人共学を受け容れなければならない」と判示。公民権運動のはしりとなった。
2002年の諸問題については目下勉強中ですので明確な形での論述は出来ませんが、これについてはまだ司法が最終的な判決を出していません。従って、立法における審査が機能していないことの証明にはなるかもしれませんが、少なくとも今はまだ司法が機能していないと決め付ける材料にはならないのではないかと思います。

関係ないのですが、どうもこれは台湾(同盟)、香港(フェザーン)、中国(帝国)に似ているかもしれませんね。台湾では少数の外省人(元々の同盟市民)が多数の本省人(亡命者)を差別していましたが、結局外省人独裁を維持し切れなかった。

収録投稿114件目
board4 - No.3025

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:SAI
2002年10月10日(木) 17時45分

なんとも難しい問題ばかりですね。

>SAIさんはチャーチルが「ない」と言った代替案が「ある」と言われているのではないでしょうか?それはどういうものでしょうか?

いまだ来らぬ時代を事前に予測するのは非常に難しいです。正直いってだめなことは解り、違うものを発見せねばならないことまではわかりますが、Kenさんが欲しい答えは解らないとしか答えられません。もう一度神様が地上に降りたって政治をやってくれればいいかもしれませんね。
まあ、そういう危険な冗談はさておき、その力を自分や取り巻きのために使うのではなく、公益の実現のために使う人間は極少数だという現実がある以上、その少数の人間に王をやってもらうしかないのでは。
つまり政治的には王制、ただし経済的には極端な格差が生じないようにする、これが現時点での私の答えですね。間違っているといわれてもこれは反論しません。こればかりは次の時代にならねばわかりませんので。

>「年収200万の人々の中に、少数の年収1億の人がいる社会と、全員が年収50万の社会とどちらがよいか?」

両方最悪だと答えます。間違ってるものを二つ比べても仕方がないです。間違っている点が違いますが。前者だと、極少数は王侯貴族のような生活をして、大多数はそれを見ているだけ、犯罪は横行し、その中には社会を破壊してやろうと考えるテロリストだって存在する。失業率は慢性的に高く、いつ失業するかわからないし税金も年々高くなる。生活は今日よりも明日、明日よりもあさってと着実に苦しくなって行く。
それでも後者よりは当分は良い生活を送れる。
後者は当然の事ながら貧しくまた働いても見返りがないため、労働意欲がわかず、低能率な仕事ぶりでしかない。よって経済は発展しない。
科学技術も進まず、それこそ産業革命以前とさして変わらぬ生活であるだが犯罪や失業は存在せず安定しているため未来を心配する必要はない。
でKenさんはどちらの間違いの世界に住みたいですか?
なお正しいのは一番下が400万ぐらいで、一番上が1600万、で大多くが800万から1000万ぐらいもらっている社会です。
繁栄していた50、60年代のアメリカ、70年代80年代のドイツ
日本はそういう社会でした。
なお、皆さんが嫌いな北朝鮮は後者の構造ではありません。前者と同じ構造です。前者の考え方は北朝鮮に近づく愚行です。ではなぜアメリカと北朝鮮の経済規模が違うかといえば過去の蓄積が違うからです。

>もしもSAIさんが大統領だったら、300万とも500万ともいわれる不法移民をどのように扱われますか?

一番難しい問題ですね。もし現実に大統領だったなら、8年ぐらいなら大丈夫、次のやつがなんとかするさと考えて、やる気があるようなポーズだけ見せて実はなにもやらないで任期満了したいですね。
なにせ不法移民の問題はいままでアメリカがやってきたことすべての罪の現れであり、これを解決するには外交から内政まですべてを変える必要があるからです。この問題を解決しようとすれば、今アメリカを支配している連中を敵に回しケネディのように殺されるでしょうから。
アメリカ国民上から下まですべてがこのままではだめだ、なんとかせねばならないと思うか、でなければ戦争か何かで反対派を一掃した状況でなければ不可能なぐらいラディカルな政策をやらねば解決はできません。だから現実になったら上記のような態度をとると思います。つまりなにもやらず見てみぬふりをする。

>「交わる」という言葉の意味

婚姻関係を結んだり、同じ地区に住んだりすることです。例外がいるのが知っておりますが、この場合は大多数がなにをやるかです。
今でも黒人が引っ越してくれば回りの白人は次々と引っ越していなくなり、地価は下がり、貧しい黒人たちしかすまなくなる、このような現象が起こっている以上人種同士は交わらなかったといえるのでは?

>今回のような事件で百万ドルの賠償をせよというような場合、払うのはまずもって白人、受け取るのは黒人というケースしか日本にいるためか私は知りません。

豊かな白人は常に与える側、貧しい黒人は常に与えられる側にいる。
黒人を絶対に与える側には入れないようにしているのは差別では?
なお、白人社会と黒人社会との間にある、絶望的なまでの富の格差は
それこそ数百万ドルぽっちではありませんよ。しかもその格差は年々開いています。高額の賠償金は黒人の不満を黙らせるための麻薬みたいなものです。

>どういう方法がよいとSAIさんは思われますか?黒人にあらかじめ議席を割り当てることでしょうか

どうすればよいでしょうね?あらかじめ議席を割り当てるわけにはいかないでしょう。ヒスパニックはどうするんだとか、それこそ収拾がつかなくなると思います。それでも割り当てたとしても、部下も回りもすべて白人という構造が変わらねば黒人上院議員もお飾りと代わらないでしょう。かといって、その構造を変えれば今度は白人がだまっていない。
本当にどうすればいいんでしょうね?解りません。

准提督さんのほうはまた今度。

収録投稿115件目
board4 - No.3033

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:Ken
2002年10月11日(金) 00時32分

SAIさま、

レスありがとうございます。議論が、人口論議の時のように、冷静なものになってきて喜んでおります。(と、いうか、私一人が感情的になっていたのかも・・・)

今回は、SAIさんのご意見を踏まえた上で、あらためて愚見も述べてみたいと思います。

>その少数の人間に王をやってもらうしかないのでは。
>つまり政治的には王制、ただし経済的には極端な格差が生じないようにする

これは面白い意見ですね。なんだか「堯舜の世」とか「周公の治世」を連想させます。ひょっとしてSAIさんは孔子ファン?(皮肉を言っているのではありません。中国ほどの偉大な文明が、二千年も奉じてきた思想に、真理を突いた部分がないはずはない、と思います。)

ただ、問題は、その王をどうやって選ぶか、という点にあります。民衆が寄り合って決める。意見が合わない場合は、多数決で・・・ということでは、結局アメリカ式のデモクラシーになります。

>次の時代にならねばわかりません

といってことを済ませ、代案がないままにデモクラシーを否定し、結果的に封建制や絶対王政やファシズムやコミュニズムの復活に道を開くわけにもゆかないでしょう。

>50、60年代のアメリカ、70年代80年代のドイツ・日本

これも私には、面白い意見です。50年代、60年代のアメリカといえば、私の印象は、黒人解放前(SAIさんに言わせれば、「あんなのは解放ではない」のかもしれませんが、要するに選挙で投票でき、ともかく初等教育を受け、白人と同じ学校へ行き、なによりもキング牧師のような、多くの白人にさえ支持・尊敬される人物が登場する時代の前)、女性解放前、有色人種の移民解禁前の「暗い時代」というものです。それこそ、SAIさんの言われる

>一番下が400万ぐらいで、一番上が1600万、で大多くが800万から1000万ぐらい

が事実だったとしても、それは白人男性に限った話で、黒人やアジア系の状況は今よりずっと悪かったのではありませんか?

私はドイツの状況は分かりません。日本については、70年代までは、徳川時代以来の伝統がまだ非常に強く、自由競争が起きないように「身分秩序」を大切にした時代だと思っています。もちろん封建的身分秩序はなくなっていましたが、「18歳でどの大学に入ったか」「22歳でどこに就職したか」で、社会の強者になるか弱者になるかが決まり、一度決まると固定して動かない、という点では「身分」でしょう。(もちろん例外があったことは認めます。要するに、現在と比べて、そういう傾向が非常に強かった、という意味です。)

結局、50年代のアメリカにも、70年代までの日本にも共通しているのは、今よりずっと個人レベルの競争が少なかったということではありませんか?それ自体は悪いことではないかもしれませんが、そのような体制を維持するために、一旦決まった「身分」を死ぬまで固定し、一方では高級官僚や大企業の社員に根拠のないプライドをもたせ、一方では中小零細企業に「下請け」としての地位を強制し、息が詰まるような社会にしてしまった、と思っています。(なんだか益々孔子に似てきましたね。孔子は君臣の別や長幼の序を訴え続けましたが、私は、彼がただ権力におもねっただけの人間とは思いません。おそらく彼の目標は、「人間を野蛮人に変える自由競争を排除する」ということにあり、そのためには、凡庸な君主に統治される程度のことは、我慢しよう、と言ったのでしょう。)そんな身分秩序を破壊したのは、中国や日本の戦国時代もそうだったように、自由競争だと思います。

私は、SAIさんの言われるような、富の偏在が少ない社会が、身分秩序の固定なしに実現できるなら、それに越したことはないと思います。しかし、人間の能力と運に差がある以上、大勝者も惨敗者も出さないためには、自由競争を抑制するよりなく、競争を抑制しようとすれば、各人に「分をわきまえさせる」、孔子・徳川幕府式しかないではないか、と考えます。そのような社会には、賛成できませんので、いまの私たちに思いつく中で最善の体制は、アメリカ式の競争社会ではないか、と思います。

>黒人が引っ越してくれば回りの白人は次々と引っ越していなくなり、地価は下がり、貧しい黒人たちしかすまなくなる
>豊かな白人は常に与える側、貧しい黒人は常に与えられる側

なるほど、ようやくSAIさんの考えが分かりました。分かりましたが、ここで言われているのが「差別」だとすれば、なんだか随分穏やかというか、甘ったるい差別ですね。人類史上に数限りなく発生した正真正銘の差別とは、強者が弱者を追い出して土地を奪い、強者があらゆる機会を設けて弱者の富を奪うことだったはずです。私はなにもアメリカが理想の社会と言っているのではありませんが、ただ60年代以降、少しでも差別を減らす方向へ向かって努力してきたことを認めようではないか、と言っているのです。白人が黒人に町を明け渡して去ったり、法外な賠償金を渡してもめごとを済まそうとするのは、かつての(まさしく50、60年代までの)状況に比べれば進歩だと思っています。

いろいろ批判をしましたが、SAIさんが理想とされるような社会に、私は諸手を上げて賛成はできないまでも、そういう社会は存在するべきではない、というほど強い敵対心も抱いてはいません。そのような社会は息苦しいし、実力による競争がない以上、賄賂や汚職が横行すると思いますが、

>安定しているため未来を心配する必要はない

のは確かだと思います。

収録投稿116件目
board4 - No.3035

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:古典SFファン
2002年10月11日(金) 10時46分

横レス:
(・・申し訳有りません、見ていてどうしても書きたくなってしまって・・)

> >その少数の人間に王をやってもらうしかないのでは。
> >つまり政治的には王制、ただし経済的には極端な格差が生じないようにする
>
> これは面白い意見ですね。なんだか「堯舜の世」とか「周公の治世」を連想させます。ひょっとしてSAIさんは孔子ファン?(皮肉を言っているのではありません。中国ほどの偉大な文明が、二千年も奉じてきた思想に、真理を突いた部分がないはずはない、と思います。)
>
> ただ、問題は、その王をどうやって選ぶか、という点にあります。民衆が寄り合って決める。意見が合わない場合は、多数決で・・・ということでは、結局アメリカ式のデモクラシーになります。

Kenさん:
一旦その種の体制が成立したら、王制である以上、移行期を除いて
民衆によって王が選ばれる事はないでしょう。
ローマ皇帝たちがこの課程を模式的になぞっています。
執政官から終身執政官へ、そして事実上の皇帝へ。
皇帝が次の皇帝を選ぶか、貴族院のような「帝室の藩屏」の賛成を
取り付けるかする仕組みを使用している限り、権力の交替に民衆が
第一人者として関わる事(選挙)はなくなるか、あっても重要では
なくなります。

SAIさん:
この種の仕組みが廃れたのは、「愚かな皇帝」「腐敗した貴族」「既得権益に群がる特権階級」を必ず発生させる事と、
市民が経済力をつけると、必ず自らの利益代表を政治の場に送る事を
望むからです。
・・ごく単純に、それにより利益を得るか拡大するためであるにせよ。

権力を市民が選ぶ人間にではなく「公益に奉仕する有能な個人」に委ねるシステムは、
衆愚政治に絶望した人間がローマ時代から夢想してきたシステムです。
それは、知られる限りでは何千年も書物に現れつづけ・・・
そして実現に失敗しつづけています。
直接民主制や代議制民主制の方は、同じくその時代から原型があり、
その長所も欠点もかなり良く知られています。

どんな体制を取ろうと、所詮人間が為政者である限り、「失政は政治の本質」です。
現在の所、失政における害を相対的に少なくする事が出来るのは、
王制や専制よりも民主制であるという事は、広く認知された事実であると思います。

どのような賢者も人であり、絶対に判断のミスから逃れる事は出来ません。
むしろ公益に奉仕する意思そのものが、かれを盲目とし、自らの能力の
限界に対する判断を誤らせる根源となりえる。
そう、かのジョアン・レベロのように。

私が知る限り(そして確信する限り)王制の悪は失政のみにあるのではない。
一個の人間を当人の意思によらず、玉座に縛り付けられた奴隷とする制度でもあることです。
公益に奉仕する心など、自分が奴隷であり、民衆を食わせ快適に生活させるために召し使われる存在でしかなく、
彼らの機嫌を損ねた途端抹殺され、交換されてしまいかねない存在で
しかない事に気付いた途端、消し飛んでしまうでしょう。
(ローマ時代から、何人の賢帝が暴君となって来たことか)
・・これまた皮肉な事ですが、「第一市民」ラウドルップを射殺した
途端、さっさとその代わりとなる事を期待された青年の事を、田中芳樹は文字通りに描いていましたが。

結局のところ、大統領にせよ王にせよ、一個の人間に権力を集約する
手法であると云う事には違いがない。
民主制の方がよりましであるのは、権力の分立と交替システムがあり、
無能な為政者を交換し、失政を衆知を政治に反映して是正する事が
制度的に可能であるからです。

「アメリカ的」民主制が終着点であるわけではない。
あの国は新しく大きく、人工的な国家である分、建国者たちによる
実験の余地があったという事だと、私は考えています。
民主制にはまだ手法的改良の余地が数多くある。
(議会の構成、権力の分立手法、大統領のような最高決定機関のあり方など)
王制のような劇薬に頼るよりも、民主制に於いてより多くの実験を
施す方が、短期的にはともかく長期的にリスクが少なく、最大多数の
幸福を達成しえる可能性が高いと、私は考えているのですが。
(例によってアメリカは日本よりずっと体制内改革が容易な体質を
持っている。悪い方に振れた時にはあっという間に戦時体制になって
しまったりしますが、権力機構の改革をするような潮流が生じたとき、
彼らの対応は意外なほど速いのではないでしょうか?)

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board4 - No.3038

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:IK
2002年10月11日(金) 14時38分

私だけかも知れませんが、KenさんとSAIさんの論争は様々な問題に飛び火しながら錯綜し、理解しにくくなっていると思います。
人口問題、経済体制の問題、差別の問題、民主主義の問題。このあたりで論点を整理されてはいかがでしょうか。

私個人の印象を言わせて貰えば、民主主義と共和主義をおふたりとも混同されているように感じます。
私はファシズムと共産主義は民主主義の対立概念ではなく、むしろその究極の姿であると考えていますので、どうにも分かりにくいなと感じています。

ローマ史で言えば、民衆の困窮を救うため護民官の権限を拡大しようとしたグラックス兄弟が、元老院守旧派から共和主義を破壊する者と見られて虐殺された例、その元老院守旧派が共和主義の名のもとに既得階級化し、それを打破するためグラックス兄弟以来の民衆派の流れを汲むカエサルが結局、帝政への扉を開いた例などが民主主義と共和主義の対立として見出せるかと思います。

収録投稿118件目
board4 - No.3040

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:Ken
2002年10月11日(金) 21時32分

初めに倉本様、

失礼しました!!火曜日にレスをいただいていたのを見落としてしまって!!

同盟軍がそんなに大量の人員を必要とするはずがない、というご意見ですね。たしかに、シトレやビュコックなどが「兵員が足りない」と言っている場面は、私も覚えていません。ただ、アムリッツァ前の最高評議会で、トリューニヒトとホワン・ルイが人的資源の「取り合い」演じ、「軍が人を取りすぎるため民間部門に重大な影響が出ている」という主旨のことをホワンが言っていますので、よほど大量の人間が軍に入っているに違いないと思った次第です。もっともトリューニヒトのことですから、自己の勢力拡大のために、必要以上の人数を徴兵していた可能性はありますね。でも、動機がなんであれ、徴兵して軍籍に入れる以上、市民権を与えるしかないのでは?

市民とそうでない者が同じ権利を持てないのは分かります。私も滞米中は、税金を払っているのに、選挙権はないという、彼の国の建国理念と矛盾する状態に置かれていました。倉本さんが指摘された発言をした時は、SAIさんと准提督さんの議論の中で、「古くからの同盟市民達が安楽で見返りの多いいわば日のあたる仕事を独占します」とか「アルジェリア人をフランス人が殺しても無罪になる」とかいう、すごい話が出てましたので、そんな差別が許されるわけがない、という意味の発言をしたつもりでした。どうやら、倉本さんが考えておられた内容とは違ったようですね。

古典SFファン様、

ご無沙汰しております!最近、お名前を見かけず、同じ趣味の友人を無くした寂しさを味わっておりました。

>一旦その種の体制が成立したら、王制である以上、移行期を除いて
>民衆によって王が選ばれる事はないでしょう。
>ローマ皇帝たちがこの課程を模式的になぞっています。

私は、SAIさんの意見を読んで、真っ先に中国の伝説にいう「堯舜の世」を連想しました。思うに、この種の伝説は、全くの絵空事というよりも、太古、農耕が始まる前の、人間の作る集団がまだ十人か二十人程度だった頃の様子を伝えているのではないでしょうか?そんな状況下なら、「民主的な王制」が可能かもしれないし、経済的な貧しさを気にしなければ、全人類がそのような極少集団に分かれ、太古の時代に戻るのも選択肢の一つかもしれません。もちろんローマクラスの大集団ではだめです。ローマ帝国どころか、ローマ市でもだめでしょう。また、本当に堯舜の時代に戻ろうとすると、そのような小集団同士が、互いに干渉せずに棲息できる空間的な広がりが必要で、この点を考えれば、夢物語です。ただ、大胆な発想をするなら、情報技術がますます発達し、やがて人間が、実空間よりもサイバー空間で過ごすことが多くなると、逆に可能になるかもしれません。

IK様、

>ファシズムと共産主義は民主主義の対立概念ではなく、むしろその究極の姿

「民主主義」の明確な定義が必要だと思います。リンカーンは「人民自身の手による、人民の幸福を目的とした、人民統治」と言いました。(思い切り意訳しています。だって「人民の、人民による、人民のための・・・」では、何のことか分からないじゃないですか。)もっと分かりやすく訳せば、「住民が幸せになるための、住民自治」ということでしょう。

ここで問題です。リンカンは、「住民の幸せ」と「住民自治」を不可分のものと考えたわけですが、自由惑星同盟の「衆愚政治」のように、住民自治が住民の不幸に通じたらどうするか、という問いかけをしているのが銀英伝です。これに対して、「その時は、たとえ住民が不幸になっても、住民自治が優先する」という結論を、苦しみながらも出しているのがヤン・ウェンリーです。

「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです」(風雲篇第十章−2)

という、あまりにも有名な言葉です。私は「民主主義」という日本語の正確な意味はこうだと、自信をもって言うことができませんが、「Democracy」の定義なら、かなりの自信をもって、「それは住民自治のことだ」と言えるつもりです。そして「民主主義」が「Democracy」の訳語として使われる限りにおいては、やはり「住民自治」のことだと言うべきではないでしょうか?

>民衆の困窮を救うため護民官の権限を拡大しようとしたグラックス兄弟

は、「住民自治」ではなく「住民の幸せ」を考えたのでしょうね。でも、これは「Democracy」ではないと思います。だから最後はシーザーにつながったのでしょう。

収録投稿119件目
board4 - No.3042

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:SAI
2002年10月11日(金) 22時12分

> 意見が合わない場合は、多数決で・
多数決ではだめでしょう。もともと多数決には、数の暴力がまかり通る、票が金で買える、そもそも多数の意見が正しいわけではないと欠点があるので。じゃあどうすればいいのかといえばわかりません。答えてあげたいんですがね。

>といってことを済ませ、代案がないままにデモクラシーを否定し、結果的に封建制や絶対王政やファシズムやコミュニズムの復活に道を開くわけにもゆかないでしょう。

それはもう手遅れです。とっくの昔に封建制は復活し、ファシズムも現れました。そもそもKenさんは実は民主主義が嫌いで、封建制を支持してるのではなかったのですか?極一部の人間にのみ富が集中し、政治はその極一部の人間のためにのみ行われる。この状況のどこが封建制と違うんですか?すくなくとも経済学的にはまったく同じですが。多国籍企業と労働者の戦いは、封建領主と農夫の戦いと何が違うんです?
そもそも民主主義の理想は極一部の大金持ちと大多数の貧民を作りだすことだったんでしょうか?
さらにいえばファシズムはどのような状況で生まれるかは知っているはずです。ファシズムの到来を待っているのではなかったのではないですか?
アメリカのユニテラリズムとは昔ファシズムと呼んだものと同じでは?

>それは白人男性に限った話で、黒人やアジア系の状況は今よりずっと悪かったのではありませんか?

いいえ。今の方がはるかに悪くなっています。あの時代は確かに差別は公然とありました。だが、生活水準や社会的地位は今の方がはるかに悪くなっています。あの時代、黒人は白人よりも一段劣る人種だ、と思われていても、犯罪者だとか、黒人の住んでいる町=スラムというイメージはなかったんです。黒人と白人の生活格差は確かにあったがそれは減少していたんです。また、社会的に一段下の存在だと決められていたから白人は安心して黒人を寛大にあつかってました。差別に従う限りですがね。だが、公民権法ができたころから、アメリカ人の実質賃金が低下していきます。それに従い黒人の生活水準や社会的地位は下がってゆきます。今では黒人=犯罪者、黒人街=スラムという偏見ができてしまいました。さらにいえば今でも黒人が入れない場所というのはあるんです。法的にはありませんが、現実としてある。Kenさん、空港や飛行機の中、スキー場、ゴルフ場、プール、会社の重役室、弁護士事務所には黒人はほとんどいなかった思い出はありませんか?

>結局、50年代のアメリカにも、70年代までの日本にも共通しているのは、今よりずっと個人レベルの競争が少なかったということではありませんか

いえ、違います。個人レベルの競争はむしろ今よりも激しかったです。
差をつけないと努力する気がうせますが、つけすぎてもまた失せるんです。競争を激しくしたいなら、差はつけるべきだ、ただし挽回不可能なほどの大差はつけるな、というのが正しいんです。

>そんな身分秩序を破壊したのは、中国や日本の戦国時代もそうだったように、自由競争だと思います。

その時代は破壊と殺戮が横行しましたが、それがいいことですか?
無論前の時代の矛盾がどうしようもならなくなったからではありますが
だからといってそんなものすべて壊してしまえ、どれほど犠牲がでようともかまわないというのはいきすぎでは?さらにいえば、まずいつでも原因は同じで、貧富の格差がひろがり、金持ちは好き勝手やり、貧乏人はその影で苦しみ、治安は悪化、政治はその苦しみを省みない、そんな
社会の崩壊という状況の後に戦国時代は始まったんです。
一度あるものをすべて叩き壊してまた作り直すというなら莫大な無駄が生じるんですが、それでもかまいませんか?
Kenさんは過激な革命思想を信奉しているんですか?

>アメリカ式の競争社会ではないか、と思います
Kenさんは経済発展は嫌いですか?経済発展にもっとも最適な格差は4倍です。それ以上でもそれ以下でも効率は下がります。アメリカの格差では発展どころか崩壊の一途です。なお、この場合の経済は実体経済の話ですよ。
今の経済は間違っている、崩壊すべきだという過激な経済論を信奉しているのでしょうか?

>50、60年代までの)状況に比べれば進歩だと思っています。
そうでしょうか?むしろ退化しているのでは。その根拠は前述しました。

>そのような社会は息苦しいし、実力による競争がない以上、賄賂や汚職が横行すると思いますが、

私は別に競争は否定しておりません。間違いです。自由100で統制0も統制100で自由0も等しく間違っているといいました。
実力による競争はあるべきだ、ただし、結果の格差はある範囲内以下にすべきだというものです。

賄賂や汚職は自由100で統制0も統制100で自由0の場合も横行します(アメリカでいかに多くの賄賂と汚職がはびこっているか知らないとは言わせませんよ)どっちの極でも弊害がでる、だから状況に合わせて、その中間の最適値をとるべきだというのが私の主張です。

>古典SFファンさん

>「愚かな皇帝」「腐敗した貴族」「既得権益に群がる特権階級」
「愚かな大統領」「腐敗した多国籍企業」「既得権益に群がる特権階級」
とやれば今の状況です。民主制でもでてくるんですよ、同じ物は。

>民主制の方がよりましであるのは、権力の分立と交替システムがあり、無能な為政者を交換し、失政を衆知を政治に反映して是正する事が
制度的に可能であるからです

制度的に可能と、現実に可能は違うんです。もちろんある程度ならできますが、ある閾値を超えてしまえば不可能になる。それがいつでも本当ならば、棄権率があれほど高くはなりませんよ。そんなことは不可能だと今全世界でおもわれているからこそそういう現象がおきるんです。

民主主義ができてからの歴史を紐解けば大きな社会の変革を必要とする場合、それはそうできたらいいなあという理想論で現実は違う方法でおこなわれてきたというのが歴史の真実です。

准提督さん、当分答えられないです。すいません。

収録投稿120件目
board4 - No.3045

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:古典SFファン
2002年10月12日(土) 09時49分

SAIさん:
> >「愚かな皇帝」「腐敗した貴族」「既得権益に群がる特権階級」
> 「愚かな大統領」「腐敗した多国籍企業」「既得権益に群がる特権階級」
> とやれば今の状況です。民主制でもでてくるんですよ、同じ物は。
>
> >民主制の方がよりましであるのは、権力の分立と交替システムがあり、無能な為政者を交換し、失政を衆知を政治に反映して是正する事が
> 制度的に可能であるからです
>
> 制度的に可能と、現実に可能は違うんです。もちろんある程度ならできますが、ある閾値を超えてしまえば不可能になる。それがいつでも本当ならば、棄権率があれほど高くはなりませんよ。そんなことは不可能だと今全世界でおもわれているからこそそういう現象がおきるんです。
>
> 民主主義ができてからの歴史を紐解けば大きな社会の変革を必要とする場合、それはそうできたらいいなあという理想論で現実は違う方法でおこなわれてきたというのが歴史の真実です。

民主制であろうと他の制度であろうと、有能なものが権力を握るとは
限らず、既得権を握った者がそこに居座って腐るのは何の変わりもない。
「民主制なら腐らない」とは、私も云っておりません。
腐った時直せるように作られている、と云うだけです。

腐りすぎれば直せず、矛盾が限度を越えたら崩壊する、と言うパターンを、
歴史の実例、いわんや銀英伝の読者が言われるまでもないでしょう。

つまり、事がパターンを外れなければ、貴方の仰る発言はいかにも
全体が真実で、一々補強証拠を必要とはしない。
今回もパターン通りに時代がゆっくりと「大衆の生活水準と地位の長期低落」から、
クラッシュに向かうまでの何十年か何世代かを、多少の抵抗はあれど
大半の人間が手をつかねて傍観し、そして事が「歴史の教訓」通りに
なる事を看取る。
既にそのパターンがもう起きかけている、いや、もう起きていると貴方は云う。
(正確には、文脈でそう云っているように、私には見える)
故に今ある権力体制の悪から目をそらしてその長所と見える部分を
礼賛していてもだめだと。

だからと云って・・・
貴方も、私も、結局は権力の委譲とエラー補正の方法論として、
民主制以上の制度についてその構想すら知らない事には何の
変わりもない。

王制や「賢人政府」のようなものは、同じく歴史が教える通りなら、
その長所が生きる時代はもうとっくの昔に終わった無想でしかない。
為政者が選挙される事に「数の暴力」が働くなら、選挙されない為政者
には、「たまたま選挙された傲慢で貪欲な人」にある悪を全て兼ね備
えた上での、「選挙されないが故にその地位を離れない」始末の悪さが
加わるだけです。
・・・もちろんそう云う欠陥は承知しておられるから、「どうしたらいいのかわからない」と仰るのでしょうが。

私は、危険すぎる王制や、「公益に奉仕する個人」を不明の基準で
選び出さなければ機能しないようなシステムを期待するより、
手近で、幾らか欠陥が少ない民主制をいじった方がまだ、ましだと
思っているだけです。

デモクラシーの根幹は選挙の「数の論理」にあるのではない。
議会で討論が行われる際の過程そのものにある。
議会が飾り物で、密室で行われる意思決定により権力機構が動くと
云うのは、また別の幻想に過ぎない。
代議制で送り出された国民の代表が、議会で討論した事が一定の
力を持ち、どれほど密室の意見調整が行われようと、議会で行われる
討論が影響力を失わない事が、デモクラシーの根幹を支えている。
デモクラシーは、云ってみれば公開された建前の議論を、その裏をも
含めて、代議員を選んだ市民が把握し認識しリアクションする事に
よってしか成り立たない。

それがわが国やアメリカで既に失われているとしたら、そして、
今後も手遅れになるまで戻らぬとしたら、歴史は教訓通りに動く。

過激な革命を、平時に肯定する者など誰も居ないでしょう。
しかし、そうして平時に失われたものが、手遅れになるまで自重を
増して積み重なっていき、遂に爆発するのを止める事はほとんど
不可能であると云う事もまた、歴史の教訓です。
今回がパターンから外れるかどうか、私は自分の手が届く範囲を
触りながら、長い時間を掛けて付き合うハメになると思っているんですが。

収録投稿121件目
board4 - No.3046

Re:人口論議よりはるかに重大

投稿者:古典SFファン
2002年10月12日(土) 10時06分

Kenさん:
>
> ご無沙汰しております!最近、お名前を見かけず、同じ趣味の友人を無くした寂しさを味わっておりました。

ああ、申し訳ありません・・
こう、テンションが上がった時に集中して投稿するたちなもので。
ずっとスレッドの方は拝見させて頂いておりました。

> 私は、SAIさんの意見を読んで、真っ先に中国の伝説にいう「堯舜の世」を連想しました。思うに、この種の伝説は、全くの絵空事というよりも、太古、農耕が始まる前の、人間の作る集団がまだ十人か二十人程度だった頃の様子を伝えているのではないでしょうか?そんな状況下なら、「民主的な王制」が可能かもしれないし、経済的な貧しさを気にしなければ、全人類がそのような極少集団に分かれ、太古の時代に戻るのも選択肢の一つかもしれません。もちろんローマクラスの大集団ではだめです。ローマ帝国どころか、ローマ市でもだめでしょう。また、本当に堯舜の時代に戻ろうとすると、そのような小集団同士が、互いに干渉せずに棲息できる空間的な広がりが必要で、この点を考えれば、夢物語です。ただ、大胆な発想をするなら、情報技術がますます発達し、やがて人間が、実空間よりもサイバー空間で過ごすことが多くなると、逆に可能になるかもしれません。

・・・お二人の議論を拝見していて思ったのですが・・。
過去:歴史的な社会体制・国家の崩壊パターンに関する認識
現在:現状が理想的状況に近いか遠いか
未来:現状の維持と改良で済むか、現状はダメだから別の制度を見つけないとパターン通りにクラッシュするまで進むだけか
に対する観点と判断が全て異なります。

王制や賢人政府のようなものに期待できないのは、仰るとおり、
「人類の頭数はそういうものに頼ると何十億のエゴが爆発してしまう
ほど増えた」
と云う事にもあると思います。
制度的にも、今のところ「選挙なし」や「衆愚政治や利益誘導による
数の暴力を恐れるあまり、選挙制度そのものに批判的」というだけ
では、
他のシステムを採用しようとしてもどうしようもない。
「権力の委譲に適切なシステムの構想無しでは、選挙のある仕組み
よりもっとダメ」と云う事です。
公益に奉仕する有能な人に権力機構を一時お任せし、任期が来たら同様な人に委譲するような、
ほとんど「神の目」を以ってしなければ成り立たないようなシステムを
作らないと、そう云うシステムは民主制より遥かにダメになるのが速く、
ダメになった時の害もひどい(制度として権力を委譲する仕組みが機能しなくなっていたら、体制改革の手段は革命しか残らない。運がよければ無血で済むが)。

当座使える民主制をどうにかする以外に、予測し得る未来に使える
政治的道具はないと云うのが、私の現在の観測です・・。

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