私の創竜伝考察1

創竜伝1 超能力四兄弟

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収録投稿1件目
board1 - No.892

私の創竜伝考察

投稿者:冒険風ライダー
1999年03月16日(火) 17時32分

 今回から「私の創竜伝考察シリーズ」と題しまして、私が創竜伝を読んで感じた田中芳樹の独善的・左翼偏向的な社会評論やストーリー上の矛盾点などを1巻から順に全て取り上げ、それらを徹底的に叩くという、田中芳樹ファンにとっては激怒ものの批評を展開していきたいと思います。現実に立脚したバカ正直な批判ですので(相手はフィクション小説なのにね)、「なんだこれは!?」と思う方はたわごとと聞き流してくれても結構です。
 なお、こればかりではつまらないので、このシリーズは別の話題と並行しながら、ゆっくりと進んでいくと思います。批判ばかりじゃ不公平ですし、異常に長いですからね。
 それでは始めましょう。

創竜伝1 「超能力四兄弟」
1987年8月5日 初版発行

P22下段
<古田重平というその男は、保守党に所属する代議士で、右翼団体や暴力団との関係が深く、極端に国家主義的な主張と暴力的な言動は、党内からさえうとんじられていた。第2次世界大戦の終結によって死滅したはずの、粗大で独善的で反理性的な価値観を体内にかかえこみ、暴力によって外交問題を解決できない日本の現状を悔しがっている。背はそれほど高くないが、全身の肉づきが厚く、巨大な顔は脂ぎって肉食獣めいていた。>

 いきなりこの記述です。「古田重平というその男」は思いっきり悪党として書かれていますし、現にそうふるまっていますが、「保守党に所属」とかいて自民党にこのような政治家がいると間接的に攻撃しています。「第2次世界大戦の終結によって死滅したはずの、粗大で独善的で反理性的な価値観」というのは、いくらなんでも戦前の時代を侮辱しすぎていませんか? この言葉はそっくりそのまま田中芳樹に当てはまりますね。それから「暴力によって外交問題を解決できない日本の現状を悔しがっている」などと考える思考能力が超低レベルな政治家など当時も今も日本にはいませんよ。そもそも「暴力」ってなんです? 最初から悪い事として扱い、読者に悪いイメージを植え付けようとしているのが見え見えです。容姿まで非常に悪く書いているし。

P44下段
<始は、世界史の教師としては――あるいは、しても――型破りだった。試験前にどういう問題が出るか、生徒に教えるのである。全部、記述式の問題で、自筆のノートを持参してもいいのだ。>

 竜堂始氏は高校の先生でしょ? 大学じゃあるまいし、こんな教え方をしてどうするのでしょうか。一番下の生徒の水準に合わせて授業をしていますね。これでは生徒の学習能力は育ちませんし、テストの結果がみんな同じようになってしまうではありませんか。私だったらこんな教師に得意な歴史を教わりたくありませんね。

P53上段
<「私利私欲のために悪事をはたらく人間なんていないさ。ヒットラーがユダヤ人やスラブ人を4000万人も殺したのは、ゲルマン民族の千年王国を地上に建設するためだ。世の中に悪人なんてひとりもいない。正義の味方で満ちあふれているから、こういう素晴らしい世界ができあがったのさ。余を誘拐しようとしていた連中も、多分、正義感に燃えているんだろうぜ」
 始は目に見えない敵にむかって毒づいてみせた。>

 正論ですね。そして自分達に対してもあてはまる事に気づいていませんね、この主張は。後、ヒットラーがユダヤ人を600万人ほど虐殺した事は知っていますが、スラブ人を(4000万−600万=)3400万人も殺害したとは聞いた事がありませんね。それってソ連の犯行なのでは? 誰かこの辺の事実について知っている人はいませんか?

P93上段〜P94下段
<日本の政治ジャーナリズムは、収賄の事実を知っていても書かないことを自慢しているほど腐敗しているが、例外だってあるし、(中略)>

 戦後一貫したマスコミの過剰な政治批判や政治家への責任追及から見ると、これはウソ八百もいいところですね。いつも朝日新聞が「批判材料」をいろいろ見つけてきては政府を叩き、政治家の汚職を見つけては激しく罵倒していたという「功績」を彼は知らないのではないでしょうか。ところでこの創竜伝を見ていて気づいたのですが、この創竜伝世界には朝日新聞という存在がありません。ある意味では幸せな世界ですね。

P151下段
<「わし同様、きみも日本に生まれ育ったはずだ。厳しさを加える世界情勢のなかで、日本が滅びないよう最大限の努力をするのは当然だと思うのだが」
「人類が滅びるのは一大事だが、日本が滅びるのは世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」
辛辣きわまる始のことばだった。>

 始は何を世迷言を言っているのでしょうか。「人類が滅びるのは一大事だが、日本が滅びるのは世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」という論法を使うなら、中国やアメリカが、いや全ての国が滅んでも、人類が残っていたら「世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」と主張できるではありませんか。だいたいなんで「世界の損失」などという非常に抽象的なもので国家を論じるのです? 世界的な環境問題を論じるというのならまだ分かりますが。これは、世界がひとつであるという空想的な統一世界政府的発想が根にあるとしか思えません。この問答では船津忠厳の方が正論を主張しているのではないでしょうか。

P154下段
<「そりゃ日本は世界に冠たる先進民主国家ですからね。身寄りのない老人の年金から税金をとりたてて、一度のパーティーで何十億も集める政治家の政治資金は一円も課税しない、公平な社会を実現してる。あなたが半世紀にわたって努力なさった結果だ」
 老人は動じなかった。
「若さゆえに、そうも皮肉を言いたくもなるのだろうが、これほど富みかつ栄えた国が歴史上にまれであることは疑えんことだ」
 始はゆっくりと首をふってみせた。>

 始さん、論争で負けたからといって逃げてはいけませんよ(笑)。竜堂始氏は日本より貧しく、しかもより腐敗に満ちた国がこの当時存在していたという事実を知らないのでしょうか。それに比べれば日本はまだましではありませんか。船津忠厳の言っている「これほど富みかつ栄えた国が歴史上にまれであること」はまず間違いありませんから、少しはプラス面も評価したらどうですか?

 あ〜、長い! 疲れた〜。朝日社説批判と違ってコピー&貼り付けで引用できないんだもんな〜。今日はこの辺で終わりにしますね。次は創竜伝の大悪党、船津忠厳について論じてみようと思います。

収録投稿2件目
board1 - No.899

冒険風ライダーさんへの感想

投稿者:石井由助
1999年03月17日(水) 17時56分

>P22下段

まあ、この程度なら「小説だったら許される」とは思います。『「暴力によって外交問題を解決できない日本の現状を悔しがっている」などと考える思考能力が超低レベルな政治家など当時も今も日本には』いないからこそ架空のキャラクターとして許されるのですし(逆にモデルがいるキャラクターのほうがたちが悪い)。

>P44下段

 この問題はザ・ベストにも収録してありますね。好き嫌いが分かれる方法であるとは思います。

>P53上段

 これは指摘されるまで気付きませんでした。また、お得意の正義説教かましてるなくらいにしか思ってなかったので。
 確かに、その通りですね。たしかに、ナチスのスラブ系捕虜に対する仕打ちは酷いものだったようですが、この数字は確かに疑問を感じますね。

>P93上段〜P94下段

 朝日新聞だけじゃないですよ。保守の産経だって、「国民新聞」(苦笑)の読売だって、政治批判は毎日(掛詞)のように行われていますからね。
 いや、それどころか「こんな首相の言説を批判もしないで垂れ流す大マスコミ・TVの無責任ぶり」の定型句といえば「ゲンダイ」と連想ゲームで使えるほど、エロ記事満載のスポーツ競馬新聞だって政治批判をしている国ですからね。
 まあ、こんなふうに現実が歪んで見えているということには、オウムもビックリです。余談ですが、サリン事件の時の「これは警察の陰謀でマスコミは警察の情報を垂れ流しているのです」というオウムの論理が田中芳樹の論理とオーバーラップしたのは私だけでしょうか。

>P151下段

どこまで始の真意があるのかという問題はありますが、確かにこういう言葉を「辛辣きわまる」と規定できる思想神のあり方はスバラシイです。この論理で行けば、南京虐殺の30万人の犠牲者たちも世界にとってたいした損失でもないでしょうね。

>P154下段

>身寄りのない老人の年金から税金をとりたてて、一度のパーティーで何十億も集める政治家の政治資金は一円も課税しない

 つねづね思うのですが、これ、どこまで本当なんでしょうね。

「そりゃ日本は世界に冠たる先進民主国家ですからね。真面目に書いている新進作家の売れ行きなどは雀の涙なのに、一度のノベルズで何十億も集める作家の小説は手抜きのクソ小説だという、公平な社会を実現してる。あなたが半世紀にわたって努力なさった結果だ」
 某作家は動じなかった。
「若さゆえに、そうも皮肉を言いたくもなるのだろうが、これほど富みかつ売れた作家が出版界にまれであることは疑えんことだ」

 

収録投稿3件目
board4 - No.259

私の創竜伝考察を読んで

投稿者:古代蓮
2001年06月17日(日) 07時27分

P22下段
<古田重平というその男は、保守党に所属する代議士で、右翼団体や暴力団との関係が深く、極端に国家主義的な主張と暴力的な言動は、党内からさえうとんじられていた。第2次世界大戦の終結によって死滅したはずの、粗大で独善的で反理性的な価値観を体内にかかえこみ、暴力によって外交問題を解決できない日本の現状を悔しがっている。背はそれほど高くないが、全身の肉づきが厚く、巨大な顔は脂ぎって肉食獣めいていた。>

>いきなりこの記述です。「古田重平というその男」は思いっきり悪党として書かれていますし、現にそうふるまっていますが、「保守党に所属」とかいて自民党にこのような政治家がいると間接的に攻撃しています。「第2次世界大戦の終結によって死滅したはずの、粗大で独善的で反理性的な価値観」というのは、いくらなんでも戦前の時代を侮辱しすぎていませんか? この言葉はそっくりそのまま田中芳樹に当てはまりますね。それから「暴力によって外交問題を解決できない日本の現状を悔しがっている」などと考える思考能力が超低レベルな政治家など当時も今も日本にはいませんよ。そもそも「暴力」ってなんです? 最初から悪い事として扱い、読者に悪いイメージを植え付けようとしているのが見え見えです。容姿まで非常に悪く書いているし。

 冒険風ライダーさんは、古田重平が「悪党として書かれている」という解釈をしていますね。その通りだと思います。
 まずはじめに断っておきたいのが、自分も自分なりの解釈で話をすすめるということ。それだと価値観が違う、という意見がでてくるが、それについては仕方のないことだと思ってあきらめてくれ。

 暴力とは「乱暴な力」であり「無法な力」のこと。どの国も他国が戦争を仕掛けてくるのをよしとしてない以上は、戦争は暴力だ。
 さて、外交問題ではないが、経済問題を暴力(戦争)で解決しようとした政治家はいた。征韓論なんてその典型だ。だとすると、外交問題を暴力で解決しようと考えていた政治家がいたとしてもおかしくない。実際のところはわからんが。

 あと、悪役はたいてい醜くかかれるものだ。これは創竜伝や田中芳樹に限ったことではない。悪を最初は正義のように書いたり、悪役の方が主人公より魅力的では、小説として問題があるからだ。「悪としてみせたいこと」は最初から悪いこととして書く必要がある。

P44下段
<始は、世界史の教師としては――あるいは、しても――型破りだった。試験前にどういう問題が出るか、生徒に教えるのである。全部、記述式の問題で、自筆のノートを持参してもいいのだ。>

>竜堂始氏は高校の先生でしょ? 大学じゃあるまいし、こんな教え方をしてどうするのでしょうか。一番下の生徒の水準に合わせて授業をしていますね。これでは生徒の学習能力は育ちませんし、テストの結果がみんな同じようになってしまうではありませんか。私だったらこんな教師に得意な歴史を教わりたくありませんね。

 一番下にあわせていない。これは既存の暗記式より、そうとう難しい問題だ。
 例えば、「なぜ江戸幕府は倒れたか?」という問題に、満点の答えがだせるか。少なくとも教科書を読んだだけではだせまい。教科書をよく読んだ上で、起きた事象を自分なりに解釈し、検証しなくては答えは出ない。

P53上段
<「私利私欲のために悪事をはたらく人間なんていないさ。ヒットラーがユダヤ人やスラブ人を4000万人も殺したのは、ゲルマン民族の千年王国を地上に建設するためだ。世の中に悪人なんてひとりもいない。正義の味方で満ちあふれているから、こういう素晴らしい世界ができあがったのさ。余を誘拐しようとしていた連中も、多分、正義感に燃えているんだろうぜ」
 始は目に見えない敵にむかって毒づいてみせた。>

>正論ですね。そして自分達に対してもあてはまる事に気づいていませんね、この主張は。後、ヒットラーがユダヤ人を600万人ほど虐殺した事は知っていますが、スラブ人を(4000万−600万=)3400万人も殺害したとは聞いた事がありませんね。それってソ連の犯行なのでは? 誰かこの辺の事実について知っている人はいませんか?

 ということは、竜堂兄弟は正義感に燃えていると。もしくは正義の味方だと自分たちを思っているということになる。その解釈の根拠となる部分は? 彼らは自分たちを「正義の味方」だとは思っていないのではなかったのか。

P93上段〜P94下段
<日本の政治ジャーナリズムは、収賄の事実を知っていても書かないことを自慢しているほど腐敗しているが、例外だってあるし、(中略)>

 戦後一貫したマスコミの過剰な政治批判や政治家への責任追及から見ると、これはウソ八百もいいところですね。いつも朝日新聞が「批判材料」をいろいろ見つけてきては政府を叩き、政治家の汚職を見つけては激しく罵倒していたという「功績」を彼は知らないのではないでしょうか。ところでこの創竜伝を見ていて気づいたのですが、この創竜伝世界には朝日新聞という存在がありません。ある意味では幸せな世界ですね。

 本多勝一の著書によれば、マスコミは腐っているらしい。としか言いようがない。どの政治家が贈賄し、その情報を新聞社が握り潰しているかはわからないからだ。
 これはないだろうという例えだが、マスコミは上納金をおさめない政治家を叩いているだけかもしれない。この業界に詳しい人でないと真相はわからない。わからないのに嘘八百ときめつけているのは問題だろう。

P151下段
<「わし同様、きみも日本に生まれ育ったはずだ。厳しさを加える世界情勢のなかで、日本が滅びないよう最大限の努力をするのは当然だと思うのだが」
「人類が滅びるのは一大事だが、日本が滅びるのは世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」
辛辣きわまる始のことばだった。>

>始は何を世迷言を言っているのでしょうか。「人類が滅びるのは一大事だが、日本が滅びるのは世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」という論法を使うなら、中国やアメリカが、いや全ての国が滅んでも、人類が残っていたら「世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」と主張できるではありませんか。だいたいなんで「世界の損失」などという非常に抽象的なもので国家を論じるのです? 世界的な環境問題を論じるというのならまだ分かりますが。これは、世界がひとつであるという空想的な統一世界政府的発想が根にあるとしか思えません。この問答では船津忠厳の方が正論を主張しているのではないでしょうか。

 これについては解釈の仕方の違いだろう。
 始は「日本がアメリカになってもいいし、中国になってしまってもいい」という意味で言ったと考えられないだろうか。つまり「日本という国にはとらわれない」という宣言ではないだろうか。

P154下段
<「そりゃ日本は世界に冠たる先進民主国家ですからね。身寄りのない老人の年金から税金をとりたてて、一度のパーティーで何十億も集める政治家の政治資金は一円も課税しない、公平な社会を実現してる。あなたが半世紀にわたって努力なさった結果だ」
 老人は動じなかった。
「若さゆえに、そうも皮肉を言いたくもなるのだろうが、これほど富みかつ栄えた国が歴史上にまれであることは疑えんことだ」
 始はゆっくりと首をふってみせた。>

>始さん、論争で負けたからといって逃げてはいけませんよ(笑)。竜堂始氏は日本より貧しく、しかもより腐敗に満ちた国がこの当時存在していたという事実を知らないのでしょうか。それに比べれば日本はまだましではありませんか。船津忠厳の言っている「これほど富みかつ栄えた国が歴史上にまれであること」はまず間違いありませんから、少しはプラス面も評価したらどうですか?

 日本より腐敗に満ちた国があるからといって、始の台詞の持つ意味はかわらない。日本も腐っていることにはかわらないのだから。
 そして、この国がどんなに富んで栄えても、やはり始の台詞の持つ意味はかわらない。身よりのない老人は、決して富んでいないのだから。

 始が言いたいことは「貧乏人からも税金を巻き上げるのに、金持ちの政治家には課税しない。これのどこが〈公平な社会〉だ」であるから、「〈日本は富み栄えた国〉だ。これも我々の努力のおかげだ」というような意味の船津忠厳の言葉は見当違いもいところだ。

それと、石井由助さんのレスが、その下についているのでこれも。

>>P154下段

>>身寄りのない老人の年金から税金をとりたてて、一度のパーティーで何十億も集める政治家の政治資金は一円も課税しない

>つねづね思うのですが、これ、どこまで本当なんでしょうね。

政治資金に税金がかからないことは事実だ。
だが、何十億も集めているパーティーがあるかどうかは疑問だ。これは田中芳樹氏が誇張したものではないかと思っている。

>「そりゃ日本は世界に冠たる先進民主国家ですからね。真面目に書いている新進作家の売れ行きなどは雀の涙なのに、一度のノベルズで何十億も集める作家の小説は手抜きのクソ小説だという、公平な社会を実現してる。あなたが半世紀にわたって努力なさった結果だ」
>某作家は動じなかった。
>「若さゆえに、そうも皮肉を言いたくもなるのだろうが、これほど富みかつ売れた作家が出版界にまれであることは疑えんことだ」

 これは、見当違いの批判だ。
 政治資金に税金がかかっていないのは事実だが、某小説家が手抜きかどうかは事実ではないし、クソ小説かどうかは個人の価値観によるからだ。

 疲れるから考察1だけ。

収録投稿4件目
board4 - No.260

Re:私の創竜伝考察を読んで

投稿者:S.K
2001年06月17日(日) 13時19分

>  まずはじめに断っておきたいのが、自分も自分なりの解釈で話をすすめるということ。それだと価値観が違う、という意見がでてくるが、それについては仕方のないことだと思ってあきらめてくれ。
>
古代さん、失礼します。
 いずれ冒険風ライダーさんからのレスがあるでしょうが、それまで
の間少々ご意見への「価値観の相違」では納得いかない疑問点にお付き
合い下されば幸いです。

>
>  さて、外交問題ではないが、経済問題を暴力(戦争)で解決しようとした政治家はいた。征韓論なんてその典型だ。
>

 史実の理解としてこれは如何なものでしょう。
「征韓論」問題は明治政府設立後の、「士族的価値観感から脱却出来なかった元勲」と「先を見据え近代国家設立を目指す政治家」との通過
儀礼的抗争の一面があります。
 この折の「士族的価値観から脱却できなかった元勲」の主張、言動
で「政治家」を語るのは間違いでしょう。
 彼らはついに「政治家」になれず政府を辞去、後に政府に反旗を翻し
「士族」として果てるのですから。

> 悪を最初は正義のように書いたり、悪役の方が主人公より魅力的では、小説として問題があるからだ。
>

 この文の前段のご主張はともかく、この部分は明確に間違いです。
 素晴らしい理想を持ちたゆまぬ努力を続けながら、あるいは現実の
汚さに負け、あるいは己の狂気や激情に負けて暗黒面に屈服する元正義
の悪などいくらでもいます。
 例えばとおっしゃるなら「スターウォーズ・サーガ」全9本を1編の
作品として見た時のアナキン・スカイウォーカー君や「ベルゼルグ」の
グリフィスなどですか。
「それは小説ではあるまい」と反論されるなら、ちと屁理屈がすぎない
かと思いつつ次回にご紹介しますよ。
 今少々度忘れしてるだけで実在に事欠かいておりませんから。
 さらに、「主人公より魅力的な悪役」に何の問題があるものですか。
 そういう敵に一敗地にまみれ、それでも挫ける事無く努力し前進し
2度3度と負けを重ねつつ遂に勝つ。
 これぞ「王道」という物でしょう、何を持って「王道」に問題ありと
おっしゃるのですか。

>
>  本多勝一の著書によれば、マスコミは腐っているらしい。としか言いようがない。どの政治家が贈賄し、その情報を新聞社が握り潰しているかはわからないからだ。
>  これはないだろうという例えだが、マスコミは上納金をおさめない政治家を叩いているだけかもしれない。この業界に詳しい人でないと真相はわからない。わからないのに嘘八百ときめつけているのは問題だろう。
>
 これについては事によると「価値観の相違」で済ませざるを得ないのですが、「マスコミは腐っているらしい」の判断元とお見受けする本の著者本多勝一氏について、いくつかの著書で虐殺・粛清(文化大革命、クメール・ルージュの暴虐)に目をつぶった中華人民共和国礼賛やポル・ポト礼賛を行い、後日これらの事実が明らかになっても自著の問題部分を増刷分より一言の訂正もなく削除、頬かむりしてやり過ごしたとの話も存在します。
 これを事実とした場合、嘘ではないにせよかなり御自分(本多氏)に
都合のいい話として改変されている危険性はありませんか。

>  これは、見当違いの批判だ。
>  政治資金に税金がかかっていないのは事実だが、某小説家が手抜きかどうかは事実ではないし、クソ小説かどうかは個人の価値観によるからだ。
>
「価値観の相違」とのお言葉により後段は一つのご意見としてうかがい
ますが、逆に前段「これは、見当違いの批判だ」はご自身でおっしゃられた「価値観の相違」を裏切っておられませんか?
 最悪の解釈をすると「自分の意見は“人それぞれ”なんだから言わせといてもらおう。だが、お前の意見は明確な間違いだ」などと言う他人
を誹謗しておいて自分だけは安全圏に逃れて反論さえ許さないという、
最低の議論姿勢に見えてしまいます。
 言葉一つの事ですので問題の前段部分だけ「自分の見解は違う」などに訂正される事をお勧めします。
 誤解されるのはつまらない事ですよ。
 では、失礼します。

収録投稿5件目
board4 - No.261

Re:私の創竜伝考察を読んで

投稿者:古代蓮
2001年06月17日(日) 18時24分

> 古代さん、失礼します。
>  いずれ冒険風ライダーさんからのレスがあるでしょうが、それまで
> の間少々ご意見への「価値観の相違」では納得いかない疑問点にお付き
> 合い下されば幸いです。
>
>  史実の理解としてこれは如何なものでしょう。
> 「征韓論」問題は明治政府設立後の、「士族的価値観感から脱却出来なかった元勲」と「先を見据え近代国家設立を目指す政治家」との通過
> 儀礼的抗争の一面があります。
>  この折の「士族的価値観から脱却できなかった元勲」の主張、言動
> で「政治家」を語るのは間違いでしょう。
>  彼らはついに「政治家」になれず政府を辞去、後に政府に反旗を翻し
> 「士族」として果てるのですから。

 ここで語っているのは、あくまでも「問題を暴力で解決しようとした政治家」という部分だけです。彼らが征韓論を語ったときは政治家だったのに違いはない。

>  この文の前段のご主張はともかく、この部分は明確に間違いです。
>  素晴らしい理想を持ちたゆまぬ努力を続けながら、あるいは現実の
> 汚さに負け、あるいは己の狂気や激情に負けて暗黒面に屈服する元正義
> の悪などいくらでもいます。
>  例えばとおっしゃるなら「スターウォーズ・サーガ」全9本を1編の
> 作品として見た時のアナキン・スカイウォーカー君や「ベルゼルグ」の
> グリフィスなどですか。
> 「それは小説ではあるまい」と反論されるなら、ちと屁理屈がすぎない
> かと思いつつ次回にご紹介しますよ。
>  今少々度忘れしてるだけで実在に事欠かいておりませんから。
>  さらに、「主人公より魅力的な悪役」に何の問題があるものですか。
>  そういう敵に一敗地にまみれ、それでも挫ける事無く努力し前進し
> 2度3度と負けを重ねつつ遂に勝つ。
>  これぞ「王道」という物でしょう、何を持って「王道」に問題ありと
> おっしゃるのですか。
>

 ああ、そう意味ではない。言葉足らずですまなかった。
 ここで言いたかったことは。最初のうち万引きを悪ではないといいながら、途中から盗みはいけないよ、なんて語る小説はおかしくないか?ということです。
 最初に正義として定義しておきながら、後でそれは悪だと定義しては、読者も混乱するでしょ? キャラクターではなく、その世界での善悪の価値基準のことです。

 悪役が魅力的ではいけない。これは悪のボスではなく、小悪党(ストーリーを通しての敵ではなく、その場限りの敵)のことです。
 こちらも小説ではない例えだが、仮面ライダーブラックのシャドームーンは魅力的だった。だが、ただの怪人たちは仮面ライダーブラックよりも魅力的ではいけない。そう思いませんか?

>  これについては事によると「価値観の相違」で済ませざるを得ないのですが、「マスコミは腐っているらしい」の判断元とお見受けする本の著者本多勝一氏について、いくつかの著書で虐殺・粛清(文化大革命、クメール・ルージュの暴虐)に目をつぶった中華人民共和国礼賛やポル・ポト礼賛を行い、後日これらの事実が明らかになっても自著の問題部分を増刷分より一言の訂正もなく削除、頬かむりしてやり過ごしたとの話も存在します。
>  これを事実とした場合、嘘ではないにせよかなり御自分(本多氏)に
> 都合のいい話として改変されている危険性はありませんか。

 まあ、当時ポル・ポトを支持していたのは日本のマスコミも同様ですからね。信用できないと言えば、どこもあまり大差ない気がしますが。
 どこを信じて良いのかわからない。

> 「価値観の相違」とのお言葉により後段は一つのご意見としてうかがい
> ますが、逆に前段「これは、見当違いの批判だ」はご自身でおっしゃられた「価値観の相違」を裏切っておられませんか?
>  最悪の解釈をすると「自分の意見は“人それぞれ”なんだから言わせといてもらおう。だが、お前の意見は明確な間違いだ」などと言う他人
> を誹謗しておいて自分だけは安全圏に逃れて反論さえ許さないという、
> 最低の議論姿勢に見えてしまいます。
>  言葉一つの事ですので問題の前段部分だけ「自分の見解は違う」などに訂正される事をお勧めします。
>  誤解されるのはつまらない事ですよ。
>  では、失礼します。

 あ、違うんだ。これまた拙い書き方で失礼した。
 田中芳樹氏のやりかたをまねて、批判している文にたいして、そのやりかたはおかしい、と言っているのだ。

 田中芳樹氏は、事実に基づいて書いたのだ。
 それに対して、石井由助さんの批判は事実に基づいていない。感情にまかせて書いている(「手抜き」とか「クソ小説」というのは個人の感情によるものでしかない)。
 その「感情にまかせて書いている」批判の仕方が、見当違いということであって、「某作家が手抜きではない」とか「クソ小説じゃない」という意味での見当違いではない。

収録投稿6件目
board4 - No.267

Re259:返答

投稿者:冒険風ライダー
2001年06月18日(月) 20時59分

<暴力とは「乱暴な力」であり「無法な力」のこと。どの国も他国が戦争を仕掛けてくるのをよしとしてない以上は、戦争は暴力だ。
 さて、外交問題ではないが、経済問題を暴力(戦争)で解決しようとした政治家はいた。征韓論なんてその典型だ。だとすると、外交問題を暴力で解決しようと考えていた政治家がいたとしてもおかしくない。実際のところはわからんが。>

 戦前ならばともかく、戦後日本ではそんな政治家は存在しえないでしょう。ちょっとでもそのようなことを匂わせる、もしくは解釈できるような言動を行っただけでも、マスコミからの集中砲火を浴び、政治生命を断たれてしまうような日本では、そのような政治家の存在を世論やマスコミが許容しませんので。
 国会で下品な暴言を吐いたり、舌禍事件を起こすような「素行不良な政治家」ならば過去にもいたでしょうし、現在もいますけどね。

P44下段
<始は、世界史の教師としては――あるいは、しても――型破りだった。試験前にどういう問題が出るか、生徒に教えるのである。全部、記述式の問題で、自筆のノートを持参してもいいのだ。>
<一番下にあわせていない。これは既存の暗記式より、そうとう難しい問題だ。
 例えば、「なぜ江戸幕府は倒れたか?」という問題に、満点の答えがだせるか。少なくとも教科書を読んだだけではだせまい。教科書をよく読んだ上で、起きた事象を自分なりに解釈し、検証しなくては答えは出ない。>

 始の教育法をもっとしっかり読んでみてくれません? 始は「試験前にどういう問題が出るか、生徒に教える」上に「自筆のノートを持参してもいい」と言っているんですよね? 私にはこの教育法が「カンニング容認論」にしか見えないのですが(笑)。
 もし私が竜堂始が受け持つクラスの生徒であったら、竜堂始から「試験前にどういう問題が出るか」を教えてもらった後、誰か歴史が得意な人間を尋ね、試験に出題される辺りが詳細に書かれているノートを「自筆」でそっくりそのままコピーし、試験の際にその「自筆のノート」にコピーした内容をそのまま答案用紙に書き写しますね。これで「歴史が苦手」という人間でも、100点満点中最低でも80点以上は容易に取ることが可能です。試験後に回収した答案用紙には、全く同じ記述解答が判で押したかのようにずらっと並んでいる光景が出現したことでしょう。
 こんな生徒にとって楽でかつバカな教育法では、最初から歴史が好きな一部の生徒を除いて、歴史に興味を持つ人間などいるわけがないでしょう。自分から自発的に努力することなく、その場凌ぎで外面だけ写してきたものが自分の身につくわけがありません。だからこそ私はこんなバカ教師からは歴史を習いたくなどないと言ったのですよ。
 カンニングなどで教育が身につくのであれば苦労しないのですけどね〜。

P53上段
<「私利私欲のために悪事をはたらく人間なんていないさ。ヒットラーがユダヤ人やスラブ人を4000万人も殺したのは、ゲルマン民族の千年王国を地上に建設するためだ。世の中に悪人なんてひとりもいない。正義の味方で満ちあふれているから、こういう素晴らしい世界ができあがったのさ。余を誘拐しようとしていた連中も、多分、正義感に燃えているんだろうぜ」
 始は目に見えない敵にむかって毒づいてみせた。>

<ということは、竜堂兄弟は正義感に燃えていると。もしくは正義の味方だと自分たちを思っているということになる。その解釈の根拠となる部分は? 彼らは自分たちを「正義の味方」だとは思っていないのではなかったのか。>

 思ってなどいませんよ。上記の引用でも明言している通り、連中は「正義」を完全否定しているくらいですし。
 考察シリーズで何度も私は言及していますけど、連中は「その場その場で衝動的に蠢く自己感情」だけを行動原理としています。連中がその「感情」に基づいて「自分達に襲い掛かってきた者」もしくは「自分が不快と判断した者」を一方的にいたぶる時に「自分達の感情が果たして正当なものであるのか」「自分達が行っていることがどれほどまでに相手を傷つけるものであるか」を少しも顧みようとしないその態度が、連中が蔑視しているであろう「正義感に燃えているヒットラー」と全く同じだと私は言っているんですよ。連中は正義感に燃えてなどいませんが、自らの感情を抑止するということを知らない一種の狂人でしてね(笑)。
 「竜堂兄弟が正義感に燃えている」なんて私は一言半句も述べていませんけど?

<本多勝一の著書によれば、マスコミは腐っているらしい。としか言いようがない。どの政治家が贈賄し、その情報を新聞社が握り潰しているかはわからないからだ。
 これはないだろうという例えだが、マスコミは上納金をおさめない政治家を叩いているだけかもしれない。この業界に詳しい人でないと真相はわからない。わからないのに嘘八百ときめつけているのは問題だろう。>

 そこまで深く掘り下げたマスコミ業界の裏事情など知る必要はありません。マスコミが政治・政治家批判(それも政権与党の批判ばかり)を行っている風景は、新聞の政治欄やテレビのニュース番組を見ていれば必ず遭遇するものですから(笑)。
 そもそも創竜伝の社会評論によると、マスコミは政権与党にべったりの体質を持ち、決して政治批判を自ら進んで行うことはなく、芸能人のワイドショーネタばかりを追いかけている存在なのだそうです。これがいかに間違っているかは今更言うまでもないでしょう。

P151下段
<「わし同様、きみも日本に生まれ育ったはずだ。厳しさを加える世界情勢のなかで、日本が滅びないよう最大限の努力をするのは当然だと思うのだが」
「人類が滅びるのは一大事だが、日本が滅びるのは世界にとってたいした損失でもないでしょうよ」
辛辣きわまる始のことばだった。>

<これについては解釈の仕方の違いだろう。
 始は「日本がアメリカになってもいいし、中国になってしまってもいい」という意味で言ったと考えられないだろうか。つまり「日本という国にはとらわれない」という宣言ではないだろうか。>

 もしここで竜堂始が、
「だからと言って、自分達に危害を加えようとしたアンタ(船津忠義)に協力する義理はない」
ぐらいのセリフで船津忠義に返すのであれば、ストーリー的に妥当なやり取りとして充分に成立するんですけどね〜。なぜここで竜堂兄弟に危害を加えたわけでもない「日本という国」が滅びてもかまわないとまで言われなければならないのか、私には理解できないのですけど。

P154下段
<「そりゃ日本は世界に冠たる先進民主国家ですからね。身寄りのない老人の年金から税金をとりたてて、一度のパーティーで何十億も集める政治家の政治資金は一円も課税しない、公平な社会を実現してる。あなたが半世紀にわたって努力なさった結果だ」
 老人は動じなかった。
「若さゆえに、そうも皮肉を言いたくもなるのだろうが、これほど富みかつ栄えた国が歴史上にまれであることは疑えんことだ」
 始はゆっくりと首をふってみせた。>

<日本より腐敗に満ちた国があるからといって、始の台詞の持つ意味はかわらない。日本も腐っていることにはかわらないのだから。
 そして、この国がどんなに富んで栄えても、やはり始の台詞の持つ意味はかわらない。身よりのない老人は、決して富んでいないのだから。
 始が言いたいことは「貧乏人からも税金を巻き上げるのに、金持ちの政治家には課税しない。これのどこが〈公平な社会〉だ」であるから、「〈日本は富み栄えた国〉だ。これも我々の努力のおかげだ」というような意味の船津忠厳の言葉は見当違いもいところだ。>

 実は日本の老人って、下手な資産家よりも結構カネを持っているものでしてね。日本の貯蓄の3分の2を60歳以上の老人が保有しているとか、日本の老人が死期を迎える頃には平均2500万ほどの貯蓄を持っているとかいった統計が実際に出ています。
 それに日本の税制では、日本の高齢者もしくは高齢者を扶養している親族に対する様々な税額控除の制度が存在しますから、実際には高齢者に対する課税はそれほど苛烈であるわけではないのです。課税の不公平を嘆くのであれば、むしろサラリーマンの源泉徴収や、所得税・相続税の累進課税制度の方がよほど問題でしょう。
 さらに日本の政治献金に関しては、不正な政治献金を防止するための「政治資金規正法」という法律が存在しますし、政治家で裕福な暮らしをしている人など日本では数えるほどしか存在しません。ためしに日本とアメリカの政治家の邸宅でも比べてみたらいかがです? 敷地面積も邸宅も比べものになりませんから。
 かくのごとく一般市民と政治家との資産格差が小さいのは、世界広しといえども日本ぐらいしかないでしょう。日本は非常に「公平で豊かな社会」であると思いませんか?

収録投稿7件目
board4 - No.268

Re:私の創竜伝考察を読んで

投稿者:
2001年06月18日(月) 23時34分

どうも初めまして槍と言うモノです。
>
>  悪役が魅力的ではいけない。これは悪のボスではなく、小悪党(ストーリーを通しての敵ではなく、その場限りの敵)のことです。
>  こちらも小説ではない例えだが、仮面ライダーブラックのシャドームーンは魅力的だった。だが、ただの怪人たちは仮面ライダーブラックよりも魅力的ではいけない。そう思いませんか?

とりあえずコレについてにのみ一言言わせていただきます。

私は魅力的な小悪党が居ても良いと思います。
その典型例が秘密戦隊ゴレンジャーです。
コレに出てくる怪人たちなんていい味だしてましたよ。
ただのヤラレ役ではなくちゃんとしたキャラだし、時には主人公のゴレンジャーをキャラ的にを喰ってしまった怪人も居ました。
だからと言って違和感なんてなかったですし。
再放送を見ていた時なんて次はどんな怪人が出るのか楽しみにしていました。

ウルトラシリーズの宇宙人や怪獣たちだってその場限り敵でも魅力的な敵がたくさんいました。
むしろそっちの方が面白かった。
(ただウルトラシリーズは単純に勧善懲悪モノとは言えませんが)
別に魅力的なその場限りの敵を出したってそれを倒すヒーローの凄さの証明となる訳だからそれはそれでで良いと思うのですが。

収録投稿8件目
board4 - No.270

Re:267

投稿者:机
2001年06月19日(火) 04時52分

はじめまして。横から失礼します。枝葉の事で恐縮なのですが、267での冒険風ライダー氏の御発言に関して意見を述べさせていただきたいと思います。

P44下段
<始は、世界史の教師としては――あるいは、しても――型破りだった。試験前にどういう問題が出るか、生徒に教えるのである。全部、記述式の問題で、自筆のノートを持参してもいいのだ。>
<一番下にあわせていない。これは既存の暗記式より、そうとう難しい問題だ。
 例えば、「なぜ江戸幕府は倒れたか?」という問題に、満点の答えがだせるか。少なくとも教科書を読んだだけではだせまい。教科書をよく読んだ上で、起きた事象を自分なりに解釈し、検証しなくては答えは出ない。>

> 始の教育法をもっとしっかり読んでみてくれません? 始は「試験前にどういう問題が出るか、生徒に教える」上に「自筆のノートを持参してもいい」と言っているんですよね? 私にはこの教育法が「カンニング容認論」にしか見えないのですが(笑)。

当然賛否あるでしょうけど、これもひとつの見識ではありませんか? 過去ログでも似たようなことを言われた方がおられたような気もしますけど、始がこの時教鞭を振るっていた共和学園(でしたっけ?)は私学だったはずですから、このような形式での授業というのもあってよいのではないでしょうか。

> もし私が竜堂始が受け持つクラスの生徒であったら、竜堂始から「試験前にどういう問題が出るか」を教えてもらった後、誰か歴史が得意な人間を尋ね、試験に出題される辺りが詳細に書かれているノートを「自筆」でそっくりそのままコピーし、試験の際にその「自筆のノート」にコピーした内容をそのまま答案用紙に書き写しますね。これで「歴史が苦手」という人間でも、100点満点中最低でも80点以上は容易に取ることが可能です。試験後に回収した答案用紙には、全く同じ記述解答が判で押したかのようにずらっと並んでいる光景が出現したことでしょう。
 こんな生徒にとって楽でかつバカな教育法では、最初から歴史が好きな一部の生徒を除いて、歴史に興味を持つ人間などいるわけがないでしょう。自分から自発的に努力することなく、その場凌ぎで外面だけ写してきたものが自分の身につくわけがありません。だからこそ私はこんなバカ教師からは歴史を習いたくなどないと言ったのですよ。
 カンニングなどで教育が身につくのであれば苦労しないのですけどね〜。

 やるでしょうね。いみじくも古代蓮氏がおっしゃったように、記述式の問題はただの暗記方式よりも高度な問題です。ならばこそ歴史に興味などない人間にしてみれば、「そっくりそのままコピー」に走る事は当然あり得るでしょう。しかし、それをもってこの教育方針が「バカな教育方針」と断じるのはいかがなものでしょうか。
 「カンニングなどで教育が身につく」わけがないとは私も思いますが、それは結局個人の責任です。この場合は厳密にはカンニングというわけではありませんが、カンニングをしてしまったのはカンニングが許される環境だったからだと教師をなじるのは筋違いですし、ましてやそれで実力が身につかなかったと歎くとしたら私には言うべき言葉がありません。「その場凌ぎで外面だけ写してきたものが自分の身につくわけが」なくても、それは自分で選んだ事なのですから誰を責める事もできないでしょう。
 このような試験に臨んで人の文章を丸写しするような人は(別にそれが悪いと言っているわけではありませんが)、おそらく一般的な形式のテストでそれに応じた勉強をしても特には歴史に興味を持たないように思われますし、教師も(この場合は始ですが)それならそれで良いと思っているのではないでしょうか。教育というのは、基本的に受けるものであっても、与えるものではないでしょうから。
 もちろん私はここで始が行なったような形式が理想のものであると言っているわけではありません。このような方法だと、やる気のある人間とない人間がかなりはっきりと分かれるでしょう。ですが、生徒にとって楽であるかどうかは、授業に臨む態度によって異なるでしょうし、またそれはどのような場合でも多かれ少なかれ言える事ではないでしょうか。「歴史が苦手」とか「興味がない」と言うのであれば、丸写しでも何でもして試験をパスすればよろしいでしょう。高校生にもなっていれば、学校で何を学ぶか、あるいは学ばないかを選ぶ事ができるようになっていてもいいはずです。
 ところで、始の授業は選択科目だったのではありませんでしたっけ? 今手元に「創竜伝」が見当たらないんで確認しておりませんが、終が「みんな自分が兄の授業を取るものだと思っている」と言う趣旨のぼやきをもらしていた場所があったような気がします。だとすると、その他の科目と比較して世界史の方が好きだ、得意だ、と言う人が授業を取るのではないでしょうか? まあ、あの教師の授業は試験を通りやすい、という理由で選択する生徒が出る可能性もあるでしょうけど。
 ちなみに、付記しておくなら、私は他の場面での始の発言との整合性も視野にいれて発言しているわけではありません。あくまで、このような授業のやり方もひとつの見識ではないか、ということを言いたいだけですのであしからず。
 長々と失礼いたしました。

収録投稿9件目
board4 - No.281

Re270:教育者としての責任意識

投稿者:冒険風ライダー
2001年06月19日(火) 21時34分

<「カンニングなどで教育が身につく」わけがないとは私も思いますが、それは結局個人の責任です。この場合は厳密にはカンニングというわけではありませんが、カンニングをしてしまったのはカンニングが許される環境だったからだと教師をなじるのは筋違いですし、ましてやそれで実力が身につかなかったと歎くとしたら私には言うべき言葉がありません。「その場凌ぎで外面だけ写してきたものが自分の身につくわけが」なくても、それは自分で選んだ事なのですから誰を責める事もできないでしょう。
 このような試験に臨んで人の文章を丸写しするような人は(別にそれが悪いと言っているわけではありませんが)、おそらく一般的な形式のテストでそれに応じた勉強をしても特には歴史に興味を持たないように思われますし、教師も(この場合は始ですが)それならそれで良いと思っているのではないでしょうか。教育というのは、基本的に受けるものであっても、与えるものではないでしょうから。>

 あのですね、「カンニングの横行」という問題が「生徒個人の責任」だけで簡単に片づけられてしまう問題なのですか? 試験の際にカンニングが横行するようなクラスの存在は学校として問題があると言わざるをえませんし、ましてやそれを容認するかのような教育方針を取る教師は懲戒免職にされても文句は言えません。
 しかもそのような不正なカンニング手段が容認され、それによって好成績が取れてしまう環境下では、いくら真面目に歴史勉強をやっても意味がなくなるため、竜堂始が理想としているであろう「歴史に関心のある若者を増やす」にすら反して、却って本当に歴史知識の高い生徒や歴史に関心を持つ生徒のやる気を削いでしまう危険性もあるのです(非常に笑ってしまうことに、竜堂始が共和学院の講師を辞めさせられるきっかけとなったのが、この教育方針に対する成績優秀者の抗議です)。さらにこの状況が長く続き、カンニング容認の環境が常態化すると、生徒間による競争原理や向上意識が全く働かなくなってきますから、クラス全体の学力も確実に低下します。私立学校(特に進学校)で「カンニングの横行」と「学力の低下」などという評判が立ったらマズイでしょう。
 カンニングの問題は、生徒個人の責任だけでなく、学校の社会責任や教師の教育責任も問われるものなのです。自分が行っている教育方針の致命的欠陥に気づかず、カンニングが行われやすい試験環境を容認している竜堂始は、自らの教師としての社会的責任と教育責任を全く自覚していないと言わざるをえません。

<ところで、始の授業は選択科目だったのではありませんでしたっけ? 今手元に「創竜伝」が見当たらないんで確認しておりませんが、終が「みんな自分が兄の授業を取るものだと思っている」と言う趣旨のぼやきをもらしていた場所があったような気がします。だとすると、その他の科目と比較して世界史の方が好きだ、得意だ、と言う人が授業を取るのではないでしょうか? まあ、あの教師の授業は試験を通りやすい、という理由で選択する生徒が出る可能性もあるでしょうけど。>

 竜堂始が共和学院の講師をしていた頃の担当科目は世界史です。また選択科目というのもその通りです。
 選択科目を選ぶ際の生徒の動機は様々なものがあるでしょう。もちろん、世界史が好きないしは得意という人間もいるでしょうが、「なんとなく選択した」というのもあれば「他の科目が苦手」という消極的な理由もあるでしょうし、ひょっとすると「○○先生の授業が聞ける」とか「好きな子と一緒にいられる」とかいった、勉強とは何ら関係のない理由だってあるかもしれません。
 しかし、動機は何にせよ、結果として自分のところに集まってきた生徒達に対して向学心を持たせ、学力を上げていくことこそが、教育者としての義務であり、また権利でもあるわけでしょう。それをカンニングが横行するような教育方針を取って反対の結果を招来させてしまうのでは教師失格です。

収録投稿10件目
board4 - No.287

Re:Re270:教育者としての責任意識

投稿者:机
2001年06月20日(水) 03時21分

> あのですね、「カンニングの横行」という問題が「生徒個人の責任」だけで簡単に片づけられてしまう問題なのですか? 試験の際にカンニングが横行するようなクラスの存在は学校として問題があると言わざるをえませんし、ましてやそれを容認するかのような教育方針を取る教師は懲戒免職にされても文句は言えません。

 なるほど、私は「戸締りをしていなかったから泥棒に入ったのだと居直る泥棒」的な捉え方をしてしまい、そのことに反論したのですが、たしかにカンニングが横行するような環境を作り上げてしまうという管理者側の責任問題に言及するなら、それは大きな問題ですね。ただ、「カンニングの横行」とおっしゃいますが、事前の問題の提示とノートの持込可というのが前提条件となっている以上、それはカンニングにはあたらないと思います。試験前のノート丸写しなどは、賞揚される行為ではありえませんが、不正行為とも言えないと思いますが。

> しかもそのような不正なカンニング手段が容認され、それによって好成績が取れてしまう環境下では、いくら真面目に歴史勉強をやっても意味がなくなるため、竜堂始が理想としているであろう「歴史に関心のある若者を増やす」にすら反して、却って本当に歴史知識の高い生徒や歴史に関心を持つ生徒のやる気を削いでしまう危険性もあるのです(非常に笑ってしまうことに、竜堂始が共和学院の講師を辞めさせられるきっかけとなったのが、この教育方針に対する成績優秀者の抗議です)。

 これは納得しました。最初の冒険風ライダー氏の発言からこの部分が汲み取れなかったのですが、このように説明されると確かにその通りだと思います。自力でコツコツと努力してきた人間よりも、ただ単に要領が良かった者の方が成績が良いと言う事態が起これば(現実にもままある事だと思いますが)、それは面白くないでしょう。個人的には真面目に歴史勉強にいそしめば、それなりの意味はあるのではないかとも考えますし、そもそも高成績をあげる事を勉強の目的とする人間ばかりとも限らないとは思いますが、問題点は理解しました。しかしそれだと、うっかりレポートの提出もさせられませんね。
 ところで、成績優秀者の抗議が始の辞職の原因の一つだったとは、すっかり忘れてました。

1巻・P100・下段
「竜堂講師、君の授業のやりかたに対して、このごろ不満が表面化している。年代もおぼえないし、他大学を受験する成績優秀な生徒から抗議がきておるんだよ」

 というところですね。成績優秀な生徒さんは大学の受験勉強を自力でやるくらいの考え方をしてもいいような気もしますが、受験指導も学校の責任の一環という事でしょうか。

> しかし、動機は何にせよ、結果として自分のところに集まってきた生徒達に対して向学心を持たせ、学力を上げていくことこそが、教育者としての義務であり、また権利でもあるわけでしょう。それをカンニングが横行するような教育方針を取って反対の結果を招来させてしまうのでは教師失格です。

 始の試験方法について不備があるという指摘は否めないということは納得しました。この方法だと、生徒側のある一定以上の倫理的規範が前提になければ成り立たないかもしれません。入学時の選抜を厳しくする事によって、ある程度はカバーできると思いますが根本的な解決ではありませんね。ただし、この件を持って直ちに「バカな教育方」とはやはり断じられないと思います。その実行において不備があっても方針それ自体が全否定されるたぐいのものではないように思えます。
 教育者としての義務・権利、という事に関しては、知識とその使い方の伝達、質問への適切な返答が行なわれれば基本的にはそれでいいと思いますが。
 「反対の結果」云々のあたりに関しては、始がどのような形式で授業を行なっているのか、また全体的な生徒達の反応はどうなのかなどの描写がないので(あったらごめんなさい)、実のところどうなのかは何とも言えませんが。
 あと、私はここまでの発言で、現実的な問題としてはどうなのか、という事と、創竜伝という作品の中での問題としてはどうなのか、という事を、どうもごっちゃにしてしまっているきらいがある事に気付きまして、どうもあまりいい質問ではなかったなと反省しております。にもかかわらず丁寧な返答をくれた冒険風ライダー氏のに感謝します。

収録投稿11件目
board4 - No.293

Re287:「機会の不平等」の問題

投稿者:冒険風ライダー
2001年06月20日(水) 21時30分

<ただ、「カンニングの横行」とおっしゃいますが、事前の問題の提示とノートの持込可というのが前提条件となっている以上、それはカンニングにはあたらないと思います。試験前のノート丸写しなどは、賞揚される行為ではありえませんが、不正行為とも言えないと思いますが。>

 あの〜、竜堂始が取っている教育方針は、その「事前の問題の提示とノートの持込可という前提条件」が、いかに「試験前のノート丸写し」のような不正行為を構造的に容易なものにしてしまうかが問題なのではないのですか? しかもそのような不正行為が「教育方針」の名の元にカンニングとして認定されないとしたら、法的な制約がなくなって不正行為がやりたい放題になるわけですから、竜堂始の教育方針はそれこそ「カンニング容認論」以外の何物でもないということになってしまうではありませんか。
 それに竜堂始が選択科目のひとつとして担当している世界史だけでこのような不正行為が横行するというのは、他の選択科目のバランスという観点から見ても問題なのではありませんか?
 大学入試センター試験などでも毎年問題になるのが、社会科の選択科目間の総合平均点数格差です。センター試験などでは日本史も世界史も地理も同じ「社会科」として扱われ、異なる選択科目で同じ点数争いが行われるのですが、選択科目によって難易度に差があったり、4択問題のような選択問題の数が選択科目によって異なったりすると、例えば日本史と世界史との間で20点近くも点数格差が開いたりする事があるのです。つまり、試験に不利な選択科目を選んだ人は、その科目を選択する時点で大きなハンディキャップを背負わなければならないという「機会の不平等」が存在するわけです。
 竜堂始の教育方針はこの選択科目間のバランスを大きく突き崩す要素を多分に孕んでいます。あのカンニング行為が横行することになれば、世界史だけが異常なまでに総合平均点が上昇し、他の選択科目との間に大きな平均点数格差(最低20〜30点以上)が生じる事はまず間違いありません。しかもこれが実力の結果ならばまだしも、世界史選択者の大半が、他の選択科目を選んだ生徒達には決して許されることのないカンニング行為によってバブル的にのし上がるだけでしかないのですから、世界史以外を選択した生徒達にとってこれほどまでに不当極まりない話もないでしょう。
 これでは世界史以外の選択科目を選んだ生徒達の不満を蓄積させ、彼らの勉強意欲をも削いでしまう結果を生じさせてしまうのではありませんか?

<始の試験方法について不備があるという指摘は否めないということは納得しました。この方法だと、生徒側のある一定以上の倫理的規範が前提になければ成り立たないかもしれません。入学時の選抜を厳しくする事によって、ある程度はカバーできると思いますが根本的な解決ではありませんね。ただし、この件を持って直ちに「バカな教育方」とはやはり断じられないと思います。その実行において不備があっても方針それ自体が全否定されるたぐいのものではないように思えます。>

 まああの御仁が主張している「歴史が好きになる生徒をひとりでも多く作る」という主張に関しては私も賛同する点もあるのですが、いかんせんその手法があのような穴だらけの試験方式というのではねえ……。まあ竜堂始の教育方針から「事前の問題の提示とノートの持込可」を抜いてしまったら、今度は成績優秀者以外誰もついてこれないような高難易度の試験方式になってしまうのでしょうが。
 本当に「歴史が好きになる生徒をひとりでも多く作」りたいのであれば、試験方法ではなく教え方をこそ工夫すべきだと思うのですけどね。例えば授業時間の一部を割いて、歴史授業とは関係のない歴史的人物の話や歴史上における有名なエピソード話を披露してみるとか。
 まあ東郷平八郎を指して「一局地戦の指揮官」などと平気でほざくような奴に、そのような芸当を期待するのは無理というものですが(笑)。

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