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私の創竜伝考察33
創竜伝最大の破綻・中編


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No. 1314
私の創竜伝考察33 創竜伝最大の破綻・中編
冒険風ライダー 2000/8/26 13:37:00
 特集「創竜伝最大の破綻」2回目は「四人姉妹および牛種的思想の実態と破綻」です。
 創竜伝のストーリーにおいて、ありとあらゆる「絶対悪的な価値観」を背負わされている四人姉妹と牛種ですが、その一方で、竜堂兄弟が崇拝している民主主義思想を作り、現代における世界秩序の維持にもっとも貢献しているのもまた四人姉妹と牛種であるという事実があるのですから、四人姉妹や牛種は本来ならば単純に「絶対悪」などと規定できるようなシロモノなどではないはずです。むしろ竜堂兄弟や彼らの味方についているはずの華僑や仙界・天界などの陣営の方が、四人姉妹や牛種などよりもよほど非民主的であるようにすら見えるくらいで、創竜伝におけるキャラクターや敵味方の陣営における自己主張と実際の行動との間には非常に大きな落差が存在するのです。
 しかし前回の創竜伝考察で指摘したような、創竜伝10巻における竜堂兄弟と牛種の愚劣極まる問答を見ていると、どうも創竜伝のストーリーにはこのあたりの概念が根本から欠落しているように思えてなりません。そんな状態で社会評論やストーリーを語るから様々な矛盾や破綻が発生してしまうと言いたいところなのですが。
 このような基本概念の欠落が、創竜伝のストーリー設定にどのような悪影響を与えているのか、今回はそれを検証してみる事にしましょう。



1. 四人姉妹を支えるアメリカ基盤産業の実態

 創竜伝のストーリー設定において「世界支配をもくろむ影の財閥」として規定され、竜堂兄弟に敵対する絶対悪的な存在とされているアメリカの四大財閥こと四人姉妹。彼らは卓越した経済力によってアメリカ経済、ひいては世界をも実質的に支配していると規定されている以上、当然のことながら世界を支配するに足るだけの相当な経済基盤を所持していなければなりません。
 では四人姉妹とは一体どれくらいの経済基盤を持っているのでしょうか?

創竜伝2巻 P146上段〜下段
<藤木がもらした言葉の中で、「四人姉妹」という単語が始の記憶にひっかかっている。それはアメリカの政界・財界・軍部を支配する大財閥の名だ、という。アメリカを支配するということは、つまるところ、世界を支配するということだ。
(中略)
 ロックフォード。マリガン。ミューロン。デュパン。四家の頭文字をとって、RMMD連合とも呼ばれる。その支配する分野は、銀行・石油・原子力・軍需産業・食糧・コンピューター・自動車・電話・各分野の九〇パーセントにおよび、さらに鉄道・新聞・不動産・鉱山・TV・映画・医薬品・衣服・土木建築など産業のすべての範囲におよんでいる。その富はアメリカ全体の過半数を制する。>

 どうやら四人姉妹はアメリカを支える産業のほぼ全てを掌握しているという設定になっているようですね。しかし非常に残念な話なのですけど、このような設定では四人姉妹が世界を支配していくだけの経済力を持つ事など不可能です。
 まず、四人姉妹がいくらアメリカ産業の全てを掌握していると言っても、その肝心要のアメリカ産業自体が深刻な空洞化現象を起こしているという問題があります。特に製造業分野における空洞化は最悪で、アメリカ国産製品の品質は非常に劣悪な水準ですし、かつてアメリカ製造業の象徴でさえあった工作機械分野でさえ完全に壊滅状態になってしまい、精度の高い製品を造るためには日本製の工作機械を使わなければならないというのが実状なのです。
 この傾向は四人姉妹にとって最重要な産業たる軍需産業ですら例外ではありません。かつて湾岸戦争が「ニンテンドー・ウォーズ」と呼ばれ、アメリカ製の兵器に多数の日本製部品が使用されていた例があるように、アメリカは日本の製造業に頼らなければまともに兵器を生産することすらできないようになってしまっているのです。
 これは別にアメリカに限った事ではなく、今では世界中の兵器生産国が圧倒的な品質と高性能を誇る日本製部品や工作機械を元にして、兵器を生産したり製品を作ったりしているのです。日本製部品の中には、日本だけが生産を独占していたり大半のシェアを占めていたりするものが多くあります。これから考えると、こと製造業に関する限り、四人姉妹は日本の足元にも及ばない貧弱な経済基盤しか持っていない事になるのです。

 アメリカ製造業といえばかつてはアメリカの象徴であり、かつ世界経済を支えていた重要なものであったにもかかわらず、なぜこれほどまでに没落するに至ったのか? その原因は「M&A(企業の合併・買収)」と呼ばれるアメリカ式経営手法とメーカー訴訟の乱発にあります。
 アメリカでは日本と違って資本と経営とが分断されており、企業経営よりもマネーゲームの方が優先される傾向があります。そのためアメリカ企業のオーナーや株主たちは、企業の生産効率を上げる事ではなく、企業売却による利益の方を優先して考えるようになっています。その結果、短期間に利益を上げる経営手法ばかりが横行して長期的視野に立った企業経営が全くできず、また経営者の顔ぶれや経営方針自体もコロコロ変わるために現場の信頼と士気を根こそぎ奪ってしまうということが続出したため、アメリカの製造業は良質な製品を造る事ができなくなってしまったのです。
 またアメリカは世界的にも有名な訴訟乱発国家で、ことにメーカーの製造物責任(PL)訴訟と医療過誤による損害賠償請求の額と数は半端なものではなく、しかも裁判における挙証責任、すなわち犯罪を立証すべき責任が全て被告たるメーカー側にあり、訴えられたメーカー側が原告の訴えを全て否定しなければならない(簡単に言うと「訴えられた製品に『全く欠陥がない』事を『メーカー側が』立証しなければならない」)ために、かなりの確率で訴えた原告側の方が勝利してしまう弊害があり、その結果、メーカーが新製品開発にすっかり及び腰になってしまっているという問題もあります。なまじ新製品を販売して損害賠償請求でも起こされたらたまったものではありませんからね。そのためアメリカでは絶対的に安全が保障されている製品以外、まともに製品を生産・販売する事すらできないという弊害まで発生しています。こんな惨状ではアメリカの製造業が衰退していくのも当然です。
 そんなわけでアメリカは自動車やTV、パソコンなどといった製品や製造部品などのほとんど全てを日本やアジアから輸入しており、その結果、アメリカの対外貿易赤字と対外債務は世界一高い最悪のレベルにまで達しているのが実状なのです。アメリカ国民にほとんど顧みられることなく惨憺たる状態にあるアメリカ国内製造業の90パーセントのシェアを独占したところで、そんなものが四人姉妹に一体どれだけの利益を与えてくれるというのでしょうか。
 四人姉妹は誇大妄想的な世界支配などに乗り出す前に、まずは自らの経済基盤たるアメリカ製造業を建て直すことから始めるべきでしょう。自らの経済基盤が深刻な危機に直面しているというのに、竜堂兄弟だの「染血の夢」だのに関わっている時間があるとは、彼らもホントに暇な事ですね(笑)。


2. 「大が小を兼ねる経済支配」という非常識な世界設定

 さらに四人姉妹による世界支配の手口を検証してみると、下のような記述を見つけ出す事ができます。

創竜伝2巻 P146下段〜P147下段
<アメリカの財界にはこの四大財閥の他に、四つの巨大なグループがある。だがこれは、四大財閥にくらべれば小さなものだ。
 ニューヨーク・グループ、中西部グループ、カリフォルニア・グループ、テキサス・グループがそれである。これらのグループには、一〇億ドル級の大富豪や一〇〇億ドル級の大企業がいくらでも存在するが、四大財閥に比べれば、その勢力は第二義的なものであり、いわば地方王国であるにすぎない。四大財閥に許可をもらって、それぞれの地方や分野で半独立状態をたもっているにすぎないのだ。
(中略)
 四大財閥=四人姉妹=RMMD連合の手は、むろんアメリカ合衆国の外にも伸びている。英国およびフランスにまたがるユダヤ系財閥ロスシールド、ドイツの軍需財閥クナップなどは、四大財閥を宗主とあおぐパートナーだ。
 南アフリカのリッペンハイマー財閥は、全世界のダイヤモンドの七〇パーセント、黄金の三五パーセント、ウランおよびコバルトの二五パーセントを産出する。この大財閥も、四人姉妹の弟分でしかない。
 日本が経済大国とか技術大国とか自称していばりかえっても、その繁栄を支えるためには、石油と希少金属とが絶対に必要である。そして、石油を産出するアラブ湾岸諸国と、希少金属の宝庫である南アフリカとは、ともに「四人姉妹」の支配下にあるのだ。
 戦前の冒険小説風にいえば、「おそるべし! 四人姉妹!」なのである。>

 それだけ「おそるべし! 四人姉妹!」な連中が、何故たかだか属国でしかない日本の経済界を支配する程度の事さえもできないのでしょうかね(笑)。これだけアメリカ国外における財閥に対してまで絶大な影響力を行使する事ができるにもかかわらず、四人姉妹は日本国内における企業をただの1社たりとも支配しておりません。政治の壁を乗り越えて他国の財閥支配ができる程の力があるのであれば、属国たる日本の財界を支配することなど簡単にできるはずなのですけど。
 それにEU諸国って、昔からアメリカの覇権に何とか対抗しようとして様々な経済的統合の試みを行い、ついには「ユーロ」による経済通貨統合まで達成し、アメリカ経済圏に対抗できるだけの経済圏を作り上げたのですけど、そんな政治情勢の中で一体どうやってアメリカ財閥にすぎない四人姉妹が、しかも四人姉妹よりも長い歴史を持つヨーロッパの財閥に、自分達を「宗主とあお」がせる事ができたというのでしょうか? 第一、そんなことが簡単にできるくらいならば、いっそのことヨーロッパの財閥を直接自分の傘下にまるごと加えてしまった方が、今よりもはるかに強大な影響力を行使する事ができるでしょうに。
 そもそも政治の世界において「自国の経済の自主性と独立性」というのは非常に重要なものです。政治の観点から言えば、自国の経済が他国の影響を受ける事は何としてでも避けなければなりませんし、そのためには当然ながら自国の企業や産業を保護しなければなりません。経済的独立を失ったら、政治的独立もまた失われる事になるのですから。たとえどれほどまでにアメリカと親密な外交関係を確立していたとしても、「自国の経済の自主性と独立性」が失われないような政治的配慮が取られなければならないのです。
 これから考えると、四人姉妹による対外的な影響力の実態が一体どの程度のものであったのか、はなはだ疑問に思えてくるところですね。

 ところでこの描写から、田中芳樹が経済や財閥・企業の力関係についてどのように考えているかが理解できます。一言で言えば「大は小を兼ねる」というもので、経済力の大きいものが小さいものを支配するという何とも単純明快な図式なのですが、もちろん現実における経済の世界は、そんな単純な図式に基づいて動いているわけではありません。経済の世界において最も重要なのは「資本力」や「生産力」ではなく「流通」にあるのです。
 たとえばある企業が利益を上げるために冷蔵庫を1万個製造したとします。この1万個の冷蔵庫はただ製造しただけでは何の意味もありません。在庫管理には莫大な費用がかかりますし、需要がなかったり不当に製品の値段が高かったりすれば買い手も現れず、企業は良くて大損、最悪の場合には倒産の憂き目に遭ってしまいます。そこで企業は、需要があるところに必要なだけ生産・輸送し、かつ一般人が購入できるだけの「適正価格」で販売しなければならないのです。この「適正価格」は「需要と供給のバランスシート」「個人の経済事情」「輸送などにかかる手数料」などの要因によって様々に変化します。
 つまり「経済」というものは「需要のあるところに購買力のある顧客がいる」という事こそ重要なのであって、「顧客」のニーズに応えられない企業は、たとえどれほど大きな資本や生産能力を持つ大企業であろうと倒産するしかないのです。特に世界的な自由貿易体制が確立してからは、自国産業の保護を目的とした保護貿易も難しくなりましたから、ますます「顧客」の意向が無視できないものとなっています。
 資源の売買もまた同様で、ただ単に石油や希少金属が大量に産出するというだけでは何の意味もなく、それを購入してくれる「顧客」がいることこそが重要なのです。そして日本が経済発展や高水準の生活を維持していくために石油や希少金属を必要不可欠としているように、それらを産出するアラブ諸国や南アフリカもまた、それらを積極的に日本に売って外貨を稼がなければ自国の経済が成り立たないのです。そういった事情を全く無視して四人姉妹が産出国の石油や希少金属を勝手に差し押さえる事などできるわけがないでしょう。そんな事をしたら自分で自分の支配基盤を破壊するようなものです。
 経済というものは一種の生き物であり、「資本」「製品」「資源」といった血液が「流通」という血管の流れに従って様々な器官を循環することによってはじめて成り立つものなのであり、四人姉妹の都合で簡単に制御できるような生易しいものなどではないのです。この事から言っても「四人姉妹の経済的世界支配」などという設定が非常に妄想的な理論の上に成り立っている事は一目瞭然ですね。

 さらにこの流通の事情に加えてさらに重要な事は、世界中の国々において生産される製品は、日本製の工作機械や部品を必要不可欠とするものが非常に多いという実状があることです。製品を造るのに絶対必要な工作機械は日本が圧倒的なシェアを占めていますし、パソコン用モニターとして使用されている液晶などのフラット・ディスプレイや、炭素繊維やアラミド繊維といった兵器生産に必要不可欠な部品は、日本が大半のシェアを独占しており、しかも品質と性能もダントツに優れているのです。さて、仮にこれらの輸出が完全に止まってしまったら一体どうなるでしょうか?
 阪神大震災の際、世界中のタイヤメーカーが泡を食って慌てた事がありました。というのも、タイヤ製造に必要不可欠なスチールワイヤという部品が、ほとんど100%「神戸製鋼」という会社が神戸でのみ生産していたからです。阪神大震災では他にも似たような事例が多く存在し、日本の製造業がいかに世界経済にとって必要不可欠であるかを立証したのです。
 製造業の「急所」を日本に握られ、しかも自らの経済基盤たるアメリカ国内製造業が見る影もなく衰退してしまい、自らの経済基盤がいつも不安定にぐらついている状態では、四人姉妹が世界を「経済的に」支配しているとはとても言えたものではないでしょう。こんな杜撰な世界設定を作るくらいならば、いっそ素直に「アメリカ政府と大統領を直接牛種が支配している」という事にして「政治力と軍事力でもって世界を支配している」とでもしてしまった方が、まだそれなりの整合性があったのではないかと思うのですけどね〜。


3. 四人姉妹に象徴される「財閥」や「大企業」の社会的意義

 創竜伝に限らず、田中芳樹の現代物全てにおいて、四人姉妹のような財閥だの大企業だのといったものは一方的に目の敵にされており、たまにまともな人間が出てきても「これはあくまでも例外」ということを繰り返し強調した挙句、それを相対化させる形で「本来の薄汚れた企業家ないし資産家」なるものを登場させる始末です。しかし財閥や大企業といったものの社会的意義は、ちょっと経済史を検証してみればすぐに分かる事であって、それをさも「絶対悪」であるかのごとく規定するというのは、はっきり言って異常であるというしかないのですけどね。
 そもそも財閥というものを語りたいのであれば、まずは資本とは何か、カネとは何かということから入っていかなければ話になりません。カネというものは分散していては何ら効果をもたらす事はなく、集中してこそ意味のあるものなのです。たとえば1億円のカネを1億人に平等に分配したところで全く意味がありませんが、1億円をひとりで集中して使えば色々な事ができるのです。これと同じように、資本をひとつに集中してそれを効率良く運用し、より大きな企業利益を獲得するために財閥は生まれてきたという歴史があります。そのため財閥は、経済発展の過渡期に必ずと言って良いほど生まれてくるものなのであって、国家経済を飛躍的に発展させていくために必要不可欠なものなのです。
 世界的に見ても、飛躍的な経済発展を遂げてきた国家には多かれ少なかれ財閥が生まれていますし、財閥によって国民の生活水準やGNPが向上していったという経緯もあります。日本だって戦前には三井・三菱・住友などといった財閥が存在し、それらの財閥が日本経済を主導してきたからこそ、日本は当時の欧米列強になんとか対抗できるだけの政治的・経済的実力を備える事ができ、非白人国家の中で唯一植民地化を免れる事ができたのです。また韓国も朴正煕時代に明治期の日本の財閥育成政策を真似た「維新革命」という政策が進められ、それが今の韓国経済の基礎となっています。それまでの韓国のGNPは極貧国レベルでしかなかったのですから「維新革命」が韓国経済に相当寄与していた事は間違いないでしょう。
 さらに言えば、創竜伝の定義とは異なり、実はもともと財閥や企業ほど戦争を嫌う存在もないのです。何しろ戦争が起こって貿易が止まってしまったら、真っ先に困るのは貿易に依存している財閥ですから、財閥は何としてでも戦争を回避する方向に政治を動かすように政治家に対して働きかけるのです。
 戦前の日本においても、財閥と深い関係にあった政治家たちはむしろ外交において国際協調路線を展開していました。最も典型的なのが、三菱財閥の岩崎弥太郎の娘と縁戚関係を結んでいた幣原喜重郎で、大正から昭和初期にかけて日本は彼の外交政策によって平和路線を歩んでいたのです。
 それを破綻に追いやったのが、財閥と政治家を「癒着して腐敗している」と、竜堂兄弟と全く同じような考え方で徹底的に敵視した陸軍、そしてそのような陸軍を圧倒的に支持した世論と新聞です。その結果、財閥と政治家は軍部によって徹底的に攻撃され、挙句の果てには翼賛選挙の実施によって軍部の顔色ばかりうかがう政治家を大量に排出するに至りました。平和路線を志向する財閥を徹底的に否定した結果、軍部独裁を招いてしまったわけです。
 これから考えてみても、「財閥が積極的に戦争を志向する」などという考え方がいかに現実離れしたものであるかがお分かりいただけるのではないでしょうか。

 それに田中芳樹や竜堂兄弟は日本の企業や四人姉妹を非難する際に「企業は利益を社会に還元せずに暴利をむさぼっている」だの「企業は公共性が全くない」などといった事をのたまっていますが、こんな非難は見当ハズレもいいところです。もともと企業というものは「利益を上げる事」を第一に考えなければならないのですし、経済の世界は道徳理論とは全く無関係に動いているものなのであって、むしろ経済の世界に道徳理論を持ち出すと大抵ロクな事にならないのです。
 旧ソ連や中国といった共産圏の国営企業などはその典型例でしょう。公共性をひたすら重視し、企業利益を全ての国民に平等に配分する方針で運営された結果、国営企業の決算は毎年大赤字を記録し、企業運営にムダやロスが多く、結局国民の生活水準も全然向上しないといった惨状を呈しているありさまです。
 日本でも鉄道や電気通信分野のサービスが向上し、使用料金が安くなっていったのは、国鉄や電電公社が民営化され、企業利益重視の方針で動くようになってからです。またこれはとは逆に、日本の学校や農家は国の補助金づけによってすっかり弱体化してしまっています。これらは経済の世界に下手に公共精神などを持ちこむと却ってロクでもない結果を導く好例ではありませんか。
 これは非常に逆説的で面白いことなのですが、こと経済の世界においては「個人の悪徳は公共の福祉」なのであり、企業や個人がひたすら利益のみを求め続ける経済活動によって「国民の生活水準の向上」「企業経営の効率化」「公共的サービスの充実」がもたらされ、その結果として経済が発展するという法則に基づいて動いているのです。したがって、創竜伝において田中芳樹に非難されている日本企業や四人姉妹は、その非難されている「暴利をむさぼる体質」によってむしろ国民に大きな利益を与えているのであり、それを非難している田中芳樹や竜堂兄弟の方が実は大きな間違いを侵しているという事になります。
 まあ、あそこまで被害妄想的かつステレオタイプな「財閥・大企業=悪」みたいな考えに固執しているようでは、こんな考え方を理解する事は永遠に不可能でしょうけど(笑)。


4. 創竜伝における日本批判社会評論の元凶・四人姉妹の日本占領政策

 今更改めて言う事でもないのですが、創竜伝では日本の政治システムやマスメディアの体質などといった「日本の政治体制」に対する支離滅裂な非難・弾劾的な社会評論が、ストーリーと全く無関係に展開されています。しかし日本近現代史を検証してみて疑問に思ったのですが、創竜伝で散々非難の対象となっている様々な政治システムやマスメディアの体質というのは、創竜伝の設定に従うと「実はアレはそもそも四人姉妹が作ったものなのではないか?」という疑問が出てきます。
 たとえば田中芳樹や竜堂兄弟が「日本の軍国主義」なるシロモノを非難する際によく引き合いに出すのが「日本国憲法第9条」ですが、そもそも日本国憲法というものは第2次世界大戦後に日本の占領したGHQの指令によって1週間前後で作成され、しかも「これを採用しないと昭和天皇を戦犯訴追する」という脅迫によって無理矢理日本に押しつけたものです。そして当時のGHQの最高司令官はアメリカのダグラス・マッカーサー元帥であり、創竜伝的な解釈をすれば、彼は「四人姉妹の下僕」であり「四人姉妹の意向に忠実な人間」ということになります。つまり創竜伝的に見ると、日本国憲法というシロモノは実は四人姉妹の意向によって作られたものであるという事になるのです。
 しかも他国を占領している占領軍が非占領国の法律や憲法を改定する事は国際法(ハーグ陸戦法規)によって禁止された行為であり、日本国憲法はその制定手続きにすら問題のある憲法なのです。法律の世界は「手続き」こそが一番重要なのであって「手続き」が欠けている法律など「法律」としての意味を全くなさないのです。これは法治主義の常識でしょう。
 またマッカーサーは日本を裁くために「極東国際軍事裁判(東京裁判)」を行い、「日本の戦争犯罪」なるものを裁きまくっていましたが、この裁判にしてもアメリカの原爆投下や絨毯爆撃による民間人虐殺を相殺し、戦争の全責任を日本に押しつけるために始めたようなものですし、裁判開廷の法的根拠にしたところで、1946年1月19日にマッカーサーが発布した「極東国際軍事裁判所條例」であり、いわば事後法によって罪を裁くという、とても裁判の名に値しないシロモノでしかないのです。もちろん、この裁判もまた国際法に完全に違反しております。
 さらにGHQは日本のマスメディア全てに対して30項目にわたる言論統制指令を出し、その中で、憲法を押しつけた事を発表してはならない、連合国を一切批判してはならない、日本の文化伝統を誇ってはならないなどと強要しています。GHQの言論統制はナチスのゲッペルスも顔色を失うほどに徹底したもので、刀での斬り合いが「好戦的である」としてチャンバラまで禁止され、素手で殴り合うマヌケな「忠臣蔵」の映画が撮られていたという話まであるくらいです。
 アメリカによる日本占領中にこういったことが長期にわたって行われた結果、日本は政治的・軍事的に自立する事ができなくなり、アメリカの意向に多かれ少なかれ従わなければならないようになってしまったのです。これこそが創竜伝における破綻だらけの日本批判社会評論の元凶でしょう。
 これから考えると、創竜伝において四人姉妹を批判したいのであれば、この四人姉妹の日本占領政策に言及し、日本を創竜伝の社会評論に書かれているような劣悪な社会(苦笑)に仕立て上げた元凶として批判しなければならないはずです。ところが創竜伝の社会評論はアレほどまでに四人姉妹を非難し、かつ日本がアメリカの属国であることにケチをつけているにもかかわらず、なぜか四人姉妹の日本に対する占領政策や内政干渉などについては一言半句も言及しておりません。それどころか逆に、四人姉妹が残していった日本国憲法や東京裁判の価値観を絶対視した社会評論を語っているようにすら見えます。
 そして田中芳樹は、かつて湾岸戦争などに見られる四人姉妹の態度を次のような社会評論で弾劾した事があります。

P188上段〜下段
<四人姉妹は中東での石油の権益を独占し、産油国の政治にも干渉する。独裁者に兵器を売り、その兵器を自分たちの兵器で破壊する。油田の一部が炎上すれば石油代金を値上げする。一セントの損もしない。それどころか、独裁者をやっつけた自分たちが正義の味方だということを宣伝できる。彼らの代理人であるアメリカ大統領は、戦争をやることによって支持率を四〇パーセントから九〇パーセントにまではねあげる。見えすいた計算。そして計算どおりに世界は動き、人々は「正義の味方」に感謝する。忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する。
 一時ミャンマーと改称していたビルマでは、軍事独裁政権が狂気のような弾圧と虐殺をおこなった。世界は独裁者たちを非難したが、口先だけで、軍隊を送りこんで彼らを打倒しようとはしなかった。
 ビルマは石油資源もなく、四人姉妹の権益もない。だから自由と正義の守護神であるはずのアメリカ軍は、そんなところへ出かけていって悪人たちと戦おうとはしなかった。むろんアメリカの兵士たちに「ビルマでもチモール島でも、世界じゅうどこへでも出かけていって正義のために血を流せ」と強要することはできない。アメリカ軍がアメリカの国益のために戦うのは当然のことである。ただ、アメリカの利益でしかないものを、あたかも絶対の正義であるかのように宣伝するのが、傍から見るとうさんくさいわけである。むろん、すこしもうさんくさいと思わず、正義の味方のかっこいい姿に感激する幸福な人々も多く存在する。こういった人たちをひとりでも増やすことが、四人姉妹の世界支配を永続させるための重要な手段であろう。かくして情報は操作され、油で汚れた水鳥の映像が世界に流れる。>

 この田中芳樹の四人姉妹批判の論法を使うと、四人姉妹が残していった日本国憲法や東京裁判の価値観を「すこしもうさんくさいと思わず」、「アメリカの利益でしかないものを、あたかも絶対の正義であるかのように宣伝する」創竜伝における日本批判の社会評論は「傍から見るとうさんくさい」し、このような社会評論を堂々と展開している田中芳樹や竜堂兄弟の御歴々は「正義の味方のかっこいい姿に感激する幸福な人々」であり「四人姉妹の世界支配を永続させる」事に貢献している「四人姉妹の飼犬」であると規定する事ができるのではないでしょうか(笑)。四人姉妹の忠実なる下僕たるアメリカが、第二次世界大戦時にどれだけ「アメリカの利益でしかないものを、あたかも絶対の正義であるかのように宣伝」していたか、まさか知らないわけではないでしょうに、何で「アメリカ占領政策の遺産」についてはこの理論を適用しようとしないのでしょうか? 湾岸戦争はダメで日本の占領政策はOKだというのであればダブルスタンダードもいいところなのですけどね〜。
 創竜伝で田中芳樹や竜堂兄弟が得意気になって語っていた日本批判の社会評論は、実はその全てが、かつて四人姉妹が自らの戦争責任を自己正当化するために日本に押しつけていった価値観をベースにして作られたものでしかなかったわけです。四人姉妹の世界支配を否定しつつ、日本批判のためならば四人姉妹が自らの自己正当化のために作り上げて日本に押しつけていった価値観を全面的に肯定・絶賛するというのですから、連中の言動が支離滅裂になるのも当然といえば当然ですね。


5. 四人姉妹・牛種の支離滅裂な政治的行動原理

 「全体主義・宗教的狂信性を信奉しているはずの四人姉妹と牛種が、現実には『民主主義およびヒューマニズム思想の創設者兼擁護者』として世界に君臨している」
 創竜伝における最大の矛盾のひとつとも言えるこのパラドックス(逆説)を、創竜伝では8巻におけるランバート・クラークと牛種との会話で説明しようとしています。

創竜伝8巻 P17上段〜P18上段
<「ヒューマニズムだのデモクラシーだのという偽善をいつまでものさばらせておくほど、地球の許容量は大きくないのだ。すでにそれは限界に達しておる。低能どもはあえて事実から目をそらそうとしておるが……」
「ええ、わかっています。いえ、わかっているつもりです」
 慎重に、ランバードは言葉を選んだ。
(中略)
 ランバートは声を高めた。
「でも、それですと、いささか疑問に思う点があります。あなたはなぜアドルフ・ヒットラーを破滅させたのですか。彼に全世界を支配させてやれば、ずいぶんと後の仕事が楽になったはずですよ」
「あやつは自滅したのだ」
 熱のない返答であった。祖父の姿をした何者かは、わずかに姿勢を変えたようであった。
「冷たいことをおっしゃるのですね。ヒットラーはあなたがたの忠実な使徒ではなかったのですか」
 ランバートの問いかけは、毒々しい冷笑となって返ってきた。
「やつを選んだのは私ではない。お前より三世代ほど前の一族どもだ。使徒とは無私の信仰者でなければならぬが、ヒットラーは欲の深い小悪党だった」
「そうでしょうか。ヒットラーは何かと悪くいわれますが、金銭欲や物欲はとぼしかったのではありませんか」
「いまだにヒットラーを神格化する低能どもは、そういう類の迷信を信じこんでいるらしいな。だが、奴がドイツの総統になった直後、どういう法令をさだめたか知らんのか。総統は税金を納める義務がない、という法令だぞ。そうやって奴はせっせと私腹を肥やし、個人資産を殖やしたのだ」
「ですが……」
「あんなチョビ髯の小男のことなどどうでもよい」
 車椅子にすわった老人の映像は、冷然としてランバートの舌を封じた。>

 返答が難しくなる事を事前に察して一方的に論争を打ち切ったありさまがミエミエな問答ですが、そもそもこのランバート・クラークの対談相手たる牛種は、他でもない自分達が「ヒューマニズムだのデモクラシーだのという偽善」というものを広め、擁護してきた責任というものを一体どれくらい自覚して「ヒューマニズム・デモクラシー否定論」を展開しているというのでしょうかね。全体主義や宗教的狂信性をそこまで信奉するのであれば、なぜ必要もないどころか邪魔にすらなるであろう「ヒューマニズムだのデモクラシーだのという偽善」をわざわざ自分から積極的に広めてまわったのか、是非とも納得のいく理由を説明してもらいたいところなのですけど、もちろんそんな理由など創竜伝のどこにも全く記述されてはおりません。
 それに牛種は「使徒」だの「無私の信仰者」だのと何だか訳の分からない事を喚いた挙句、「ヒトラーは私腹を肥やしていたから自滅したのだ」などという奇妙な結論を導き出しているようなのですけど、もしそのような個人的資質の欠如がヒトラーにあるがために自分達の世界戦略が達成できないと本気で考えていたのであれば、ただヒトラーの欠陥をあげつらって見下した評価を下すのではなく、そのヒトラーの欠陥を是正して彼を世界支配に当たらせる事こそが、当時の世界情勢から考えても、また牛種の世界支配戦略から言っても最善の策だったはずではありませんか。牛種とヒトラーとの間に思想的相違が全くなく、かつヒトラーが牛種の下僕にすぎなかったというストーリー設定がある以上、牛種がそのような選択肢を選ぶ事は不可能どころが非常に容易な事であったはずです。
 そもそも牛種の世界戦略を実現するのに「無私の信仰者」という資質が本当に必要なのでしょうか? 十字軍をはじめ、おそらく牛種が主導していったであろう「西洋による世界侵略の歴史」において、宗教の名に基づいた大量略奪が行われた例は枚挙に暇がありませんし、その過程において、牛種の言う「忠実な使徒」が私腹を肥やした例だって数えきれないほどあるでしょう。第一、創竜伝において「西洋による世界侵略」の象徴として規定されているコロンブスのアメリカ発見やピサロのインカ侵略にしてからが、その動機は「ジパングやインカの黄金目当て」という、とんでもなく私利私欲に訴えたものだったではないですか(笑)。この桁外れの貪欲さに比べれば、たかだかヒトラーひとりが私腹を肥やした程度の話など別にどうという事はないものでしょう。
 にもかかわらず、第二次世界大戦当時の四人姉妹と牛種は、自分達にとって非常に都合の良い全体主義や宗教的狂信性といった思想を広めさせる事ができたはずのヒトラーを、ただ単に「個人的資質が気にいらない」などという非常に些細な理由で、しかも欠陥を是正できる可能性を全く顧みることなしに自滅に追いやった挙句、第二次世界大戦を「全体主義思想に対する民主主義の勝利である」などと規定し、自分から積極的に「ヒューマニズムだのデモクラシーだのという偽善」を、自分の支配領域たる人界に「いつまでものさばらせて」いたのです。いくら何でもこんな愚劣で自家撞着的な話はないでしょう。
 創竜伝における四人姉妹と牛種は、彼らの最終目的である「全体主義思想の流布者」と、世界支配のためのスローガンである「民主主義やヒューマニズムの擁護者」という、本来ならば全く相容れないはずの2つの側面を同時に持ち合わせている上、その矛盾を辻褄合わせる明確な説明が全くなされないままに、全く整合性のない社会評論がその場その場の気分で展開されるため、その実態が全くつかめない、何とも支離滅裂なものになってしまっているのです。実態のよく分からない敵陣営を、竜堂兄弟一派は一体どうやって「絶対悪」などと規定していたというのでしょうか?


6. 牛種の政治構想「大西洋帝国」と四人姉妹の「影の世界支配」とのズレ

 「アメリカ政府の影の支配者・四人姉妹」と「四人姉妹の影の支配者・牛種」
 創竜伝のストーリー破綻は牛種の登場以降から特にひどくなってきているように見えるのですが、その大きな原因のひとつにこの「影の支配の二重構造」という問題があるのではないでしょうか。この二重構造によって、前述の「5.四人姉妹・牛種の支離滅裂な政治的行動原理」のような問題点も発生してしまうわけです。
 さて、この二重構造による設定矛盾を一番大きく露呈させているのが、創竜伝8巻以降に出てくる、牛種による「大西洋帝国」建国構想です。

創竜伝8巻 P90上段
<「極秘情報がはいったよ。四人姉妹の中枢部が、北アメリカと西ヨーロッパを統合し、大西洋帝国をつくりあげるという」
「大西洋帝国!?」
「そう、そしてその皇帝となるのはランバート・クラーク・ミューロンだ」
「ランバート……あのランバート!?」>

 このランバート・クラーク(の体を乗っ取った牛種)による「大西洋帝国」建国構想は創竜伝8巻および9巻に出てきたものですが、人類50億人抹殺計画「染血の夢」を実行している最中である重要な時期に、しかも特に破綻が生じているわけでもない四人姉妹の統治機構をわざわざ自分から破壊してまで「大西洋帝国」なるシロモノをでっち上げようとするその意図は一体何なのでしょうか? 自分達の自己基盤を固めなければならない時期に、わざわざ無為無用な政治的混乱を自分から招き寄せているようにしか見えません。
 政治的統合がいかに難しいものであるかということについては、EUの経済通貨統合が国家間の利害対立や国内世論の分裂などによって非常に難航した事を見ても一目瞭然でしょう。経済通貨統合は政治的統合の前段階として必要不可欠なものですが、歴史的価値観を共有するEU諸国間における経済通貨統合でさえ、様々な諸問題をかろうじてクリアしてようやく成立したものであるというのに、牛種がそれ以上に難しい北アメリカと西ヨーロッパの政治的統合を何が何でも実現しようとするのであれば、まず「ドル」と「ユーロ」の経済通貨統合を行った上、各国の政府を全て解散もしくは統合して全く新しい新政府を樹立しなければなりません。そんなことが四人姉妹の経済力のみでできるわけがないでしょう。
 第一、あくまでも影から経済的な支配を行っているに過ぎない四人姉妹の統治機構には表立った政治的な力などほとんどありません。四人姉妹は表面的にはあくまでも「一営利団体」であるにすぎませんし、非公然な政治力を表立って行使すれば、四人姉妹が持つ「影の支配」という特性を自ら殺してしまう事になります。牛種が構想する「大西洋帝国」建国構想は、四人姉妹という「影の支配機構」にとって明らかに自殺行為であると言わざるをえないのです。
 その上さらに理解に苦しむのが、創竜伝9巻において、ランバート・クラークの急激な台頭に不満を抱く四人姉妹内の不平分子に対する、四人姉妹一族の最有力者のひとり・老ダニエルのランバートについての説明です。

創竜伝9巻 P172上段〜下段
<「かさねて申しあげるが、煙を見ただけで火事だと騒ぎたてるような愚は犯さないがよろしかろう。ランバートさまは今世紀のうちに大西洋帝国の皇帝となられる。ご一同はみだりに不敬の大罪を求めなさるか」
「皇帝……」
 一同はあえいだ。嘲笑しようとしてできなかったのは、老ダニエルの眼光に射すくめられたからである。老ダニエルはすくなくとも本気だった。色あせた薄い唇が動いて、一同を呪縛する言葉を紡ぎ出した。
「ランバートさまの身体には、デュパン家を通じていくつかの王家の血が流れておる。ミューロン家ももともと、フランス、スペイン、オーストリアにまたがる貴族の末裔。神聖ローマ帝国騎士の称号も代々、所有しておる。一九世紀に成りあがったどこぞの王家などより血は古いのだ」>

 で、このあとヨーロッパ諸王室における混血の実態と、四人姉妹もまたそれにある程度関わっている事などが説明されるわけなのですが、そんな前近代的な血縁関係を結んでいる事がランバート・クラークの皇帝即位に一体何の役に立つというのでしょうかね。老ダニエルはその一番重要な事については一言半句たりとも述べていません。
 だいたい今時「昔のヨーロッパ王家や貴族の血を受け継いでいる」という事実が、骨董品や名誉称号としてならともかく、大帝国の皇帝として即位できるだけの政治的価値など持つはずがないでしょう。いまだヨーロッパに存在している王家も、イギリス的な「君臨すれども統治せず」の考え方によってあまり政治の場に出てくる事はありませんし、フランス・ドイツ・オーストリア、そしてアメリカなどはそもそも王家自体が全く存在しません。「神聖ローマ帝国騎士の称号」に至ってはもはや笑うしかないですね。そんな19世紀初頭にナポレオンによって名実ともに滅ぼされた国の称号など持っていても政治的には全く意味がないでしょうに。滅び去りし貴族階級のステータスシンボルとして価値ならばあるかもしれませんけど(笑)。
 まあこのあたりは田中芳樹がヨーロッパ諸国における王家の血縁関係を創竜伝で自慢したかったがために強引に引っ張ってきただけの設定でしかなかったのでしょうけど、そんな下らない事にムリヤリ付き合わされた挙句、全く説得力のない文章を意味もなく朗読しなければならないハメになってしまうとは、敵味方を問わず、創竜伝のキャラクターたちもホントに気の毒な事ですね(T_T)。

 そしてこのことからひとつ疑問に思うことなのですが、実は四人姉妹の世界支配にとって、牛種という要素は「邪魔」以外の何物でもないのではないでしょうか。すくなくとも表面的には「民主主義擁護者」として世界支配を展開している四人姉妹と、名実共に宗教的狂信者である牛種とでは最終的に価値観が共有できるはずがないですし、「大西洋帝国」の事例に見られるように、牛種の命令が四人姉妹の利益を損なってしまうという事さえ起こっています。
 「影の支配の二重構造」などというシロモノを、ロクに考えもせず御都合主義で安易に設定したりするから色々な破綻が生じるのではないかと思うのですけどね〜。



 しかし「悪」の陣営たる四人姉妹や牛種の思想や行動原理がどれほどまでに破綻していても、せめて「主人公」として描かれている陣営に「確固たるアイデンティティ」「一貫した理論武装で統一された思想性」とか言ったものがあれば、創竜伝ももう少しマシな小説になったのではないかとも思うのですが、現実には連中の思想や行動原理こそが一番破綻しているときているのですからね。これこそが私が創竜伝を全面否定的にしか評価しない最大の理由なのですが。
 さて、いよいよ特集「創竜伝最大の破綻」最後を飾る後編は、創竜伝においてその「主人公」としての陣営側にある、竜堂兄弟と天界について述べてみたいと思います。


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