私の創竜伝考察20

創竜伝7 黄土のドラゴン

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board1 - No.1625

私の創竜伝考察20

投稿者:冒険風ライダー
1999年08月09日(月) 15時20分

 「私の創竜伝考察シリーズ」も、ついに20回目を数える事になりました。10回目は半月くらいで達成できたのに、20回目は四ヶ月以上もかかってしまった……(-_-;;)。創竜伝7で二ヶ月くらい足止めされていたし……(^^;;)。
 そんなわけで、さっさと創竜伝7の批評を終わらせましょう。

P156下段〜P157上段
<一九九一年に九州で火山の大噴火があり、多くの犠牲者が出たとき、暴力団が義捐金を出した。それを受けとるかどうかで問題になったが、もっと問題になるべきことがある。暴力団でさえ寄付をしたというのに、「財界四団体」などと呼ばれる大企業集団は、三団体までが一円の寄付も出さなかったのである。しかもそのうち二団体は、出版社の取材に対して、「そんな寄付はこれまでもしていないし、今後もいっさいする気はない」と答えたのであった。ニューヨークの高層ビルやハワイのゴルフ場を買い占める金銭はあっても、被災者に寄付する金銭など一円もないというわけだ。この冷血さが、日本経済を世界一にのしあげたのだとすれば、アメリカ中央情報部が「日本が経済的に世界を支配するようになったら世界は破滅だ」というのは偏見でも何でもない。正しい予測だといわねばならない。>

 「この冷血さが、日本経済を世界一にのしあげたのだとすれば」などというアホな仮定をもとにして「アメリカ中央情報局(CIA)」の「偏見まじり」のヨタ話を「正しい予測」とまで言える神経は大したものですね。「のしあげたのだとすれば」と仮定の話にする事によって「アレはあくまで仮定の話ですから」と言い訳できるようにしているのでしょうけど。いつの間にこんな「処世術」を身につけたのやら(笑)。
 ところで上記の社会評論は1991年の雲仙普賢岳の噴火の事を言っているのでしょうけど(あの当時に話題になった九州の噴火といえばここしかないし)、「暴力団が義捐金を出した」ことと「財界三団体が一円の寄付もしなかった」こと、この両者に一体何の関係があるというのでしょうか。「暴力団」と「財界」が全く同じ論理で動いているわけがないではありませんか。「暴力団が義捐金を出した」ら財界も寄付しなければならないという論理はどうやって組み立てられたのでしょうか。それに当時はバブルが崩壊した真っ只中でしたから、それに対処するだけで「財界」も手一杯だったでしょうに。
 そもそも「義捐金」というものは強制されて出すものではないし、出さなかったからといって「冷血」と決めつけられるものではないでしょう。義捐金を出す出さないだけで人間や組織の評価が決まるわけではありますまい。災害に巻き込まれた人に同情しない、金を出さないというのは「冷血」と簡単に片付けられる問題ではなく、人間がもつ否定しがたい一側面として論じるべき事でしょう。「自分の関知しないところで災害があっても所詮他人事」という考え方だってあるのですから。それとも思想や考え方を問わず、義捐金は絶対に出すべきであるとでもいうのでしょうか。それこそ思想の押しつけだと思いますけどね。
 そもそも他でもない田中芳樹自身が「人間には自分に災厄が回ってこないと想像力がなかなか働かないという一面がある」と、確か「タイタニア」か「灼熱の竜騎兵」あたりで主張していたはずなんですけど、金を持った組織や個人に対しては例外なのでしょうか。

P180下段〜P181下段
<一九八九年に北京で天安門事件がおこり、多くの学生や労働者が殺害されたときにも、中国内陸部の人々は、長いこと事実を知らなかった。
「このごろ日本人の観光客が減ったなあ。何があったんだろうか」
 そう不思議がっていたのだ。TVを見た世界各国の人々が知っていることを、彼らは知ることができなかったのである。
 中国にかぎらず、悪しき権力者や軍隊は、報道を統制したがるものである。自由の国アメリカでさえそうである。
 あるTV局のキャスターが一九八〇年代にイラクを取材し、独裁者サダム・フセインの恐怖政治を厳しく批判した。するとアメリカのSという上院議員がキャスターを呼びつけ、「アメリカのたいせつな友人であるフセインの悪口をいうとはけしからん」と非難した。この当時イラクはイランと戦争中であり、アメリカはイラクを応援して武器を供給していたのだ。一九九一年に第一次湾岸戦争がおこると、そのキャスターは決死の取材で、アメリカ軍の爆撃により多くのイラクの民間人が死んだことを報道した。すると同じS上院議員、「アメリカと全人類の敵であるフセインに有利な報道をするとはけしからん」と非難した。卑小な権力者にとって、報道とは、自分につごうのよい宣伝でしかないのだ。>

「卑小な権力者にとって、報道とは、自分につごうのよい宣伝でしかないのだ」
 確かにその通り。田中芳樹自らが創竜伝の社会評論で実践してくれていますからな〜(^_^)。論理破綻している社会評論を展開する時にいつも「つごうのよい報道」を勝手な解釈で引用し、自分の主義主張にすっかり合わない報道は「こんな異常な意見が日本のマスコミでは報道されるのだ」と言わんばかりですからね。
 だいたい田中芳樹は「マスコミが展開する政治批判は全て正しい」という幻想でも持っているのではないでしょうか。もちろん「政府の政策や政治が全て正しい」ということはないでしょうし、批判する事それ自体が間違っているというつもりもありませんが、どうも創竜伝の社会評論を見ていると、マスコミの政治批判を無邪気に礼賛しているようにしか見えません。マスコミの報道だって偏向や偏見が混じっていたり、全くの誤報から批判を展開するという事もあるのですから、政治批判が完全に正しいという保障はないでしょうに。田中芳樹は「反権力もまた権力である」という認識を持ってもらいたいものですな。朝日新聞や日教組なんてその好例ですし。
 ところで上記の社会評論で少し疑問に思ったのですが、「政治家がキャスターを非難」しただけで、田中芳樹の言う「報道の統制」になるのでしょうか。「S上院議員」なる政治家がこのキャスターに圧力をかけて左遷したり、記事を発禁(!)にしたりしたというのならば、「報道を統制した」という解釈も成立するでしょうけど、上記の社会評論を見た限り、かのキャスターは湾岸戦争時も同じ場所で取材していますし、報道もされているようですから、この解釈は当てはまらない気がするのですけど。この問題について詳しく知っている方はいらっしゃるでしょうか?

P186上段〜下段
<「自省、自律、自制。人間にとってもっとも困難なものだ。自律というのはたしか共和学院の標語にあったと聞いとるが」
「ええ、ありました。でも現在は変わってます。勤勉、努力、至誠に」
 苦々しげに続が答えた。
「勤勉に努力? そりゃまたずいぶんと楽な目標に変わったもんだて」
 黄老は笑いとばした。努力などというものは、本人が必要を感じれば、誰からいわれなくてもするようになるものだ。だが自律というものは、必要だとわかっていても、なかなかできるものではない。自律のほうが勤勉なんぞよりよほど厳しい目標だ……。それが黄老の意見だった。おそらく正しいのだろう、と、始は思う。>

 いや〜、「勤勉に努力」というものを必要としない人に「そりゃまたずいぶん楽な目標」などと言われても全く説得力がありませんな。だいたいこれが正しいというのならば、せめて田中芳樹自身が率先して実行すべきではないですか。あの遅筆ぶりからして、田中芳樹が「そりゃまたずいぶん楽な目標」というものを実行しているようには見えないのですけどね〜。
 最近の田中芳樹を見ていると、「勤勉のほうが自律なんぞよりよほど厳しい目標だ……」と思ってしまう今日この頃。

P187下段〜P188上段
<「湾岸戦争といえば……日本は中東から無料で石油をもらっておるのかな」
「いえ、きちんと代金を支払っています」
「誰に支払っとる?」
「国際石油企業です」
「四人姉妹の所有する会社じゃな」
 黄老のいうとおりであった。四人姉妹は中東での石油の権益を独占し、産油国の政治にも干渉する。独裁者に兵器を売り、その兵器を自分たちの兵器で破壊する。油田の一部が炎上すれば石油代金を値上げする。一セントの損もしない。それどころか、独裁者をやっつけた自分たちが正義の味方だということを宣伝できる。彼らの代理人であるアメリカ大統領は、戦争をやることによって支持率を四〇パーセントから九〇パーセントにまではねあげる。見えすいた計算。そして計算どおりに世界は動き、人々は「正義の味方」に感謝する。忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する。>

 確かにあまりにも見えすいていて興をそぎますな。アメリカの宣伝や正義がではなく、ウソをついてまで日本とアメリカを貶める田中芳樹の社会評論の姿勢が、ですけど。しかもこれを聞いていると中東諸国に自主性が全くないみたいではないですか。いくら何でもイラクや中東諸国に失礼な話ではないでしょうかね。
 「独裁者に兵器を売り、その兵器を自分たちの兵器で破壊する」これがすでに違うんですよね〜。自国で兵器を生産していない国が他国からの輸入に頼っているのは間違いありませんが、その場合の鉄則として、兵器を二カ国以上の国から輸入するというものがあります。理由は簡単で、一カ国からだけの輸入だと、その国との関係が悪化した時に兵器を輸入してもらえなくなるからで、その時の保険としてもう一カ国輸入対象を設定するわけです。だからイラクだけでなく中東諸国のほとんどはソ連(創竜伝7当時、今はロシア)からも兵器を輸入しています。それにもともとソ連(ロシア)製の兵器は安価で信頼性があると評判ですから。
 現に湾岸戦争で使用されたイラクの兵器を見てみると、大半がソ連製である事が分かります。例えば湾岸戦争で話題になったスカッドミサイルとその発射台(SS−1C スカッドB)はソ連製の兵器ですし、湾岸戦争で使用されたイラクの戦車もT72主力戦車で、これもソ連製です。四人姉妹の設定に、旧ソ連を支配していたという設定はなかったはずなんですけどね〜。兵器という物をリベートと金もうけの手段としか見ていないからアメリカとソ連の兵器の違いが分からないのでしょう。兵器というものひとつをとってもこれだけの政治性が見えてくるのに。まあ創竜伝の兵器描写は間違いだらけですから、そこからはじき出される認識がトンデモなものになるのも当然といえば当然ですが(^_^)。
 「忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する」
どうやら田中芳樹の頭の中では、消費税が湾岸戦争の資金提供のために創設されたものであるようです。消費税が1989年4月1日に施行されたのに対し、湾岸戦争開始が1991年1月17日(←偶然にも竜堂兄弟の誕生日です(^_^))ですから、田中芳樹の言う通りならば、未来を見据えた日本政府の何と慧眼であることか(笑)。まさか田中芳樹から日本絶賛の社会評論が聞けるとは思わなかった(笑)。
 田中芳樹よ、評論をやる時はきちんと整合性を考えてやらなければダメです。上記のようなトンデモ解釈ができてしまいますから。

P188上段〜下段
<一時ミャンマーと改称していたビルマでは、軍事独裁政権が狂気のような弾圧と虐殺をおこなった。世界は独裁者たちを非難したが、口先だけで、軍隊を送りこんで彼らを打倒しようとはしなかった。
 ビルマは石油資源もなく、四人姉妹の権益もない。だから自由と正義の守護神であるはずのアメリカ軍は、そんなところへ出かけていって悪人たちと戦おうとはしなかった。むろんアメリカの兵士たちに「ビルマでもチモール島でも、世界じゅうどこへでも出かけていって正義のために血を流せ」と強要することはできない。アメリカ軍がアメリカの国益のために戦うのは当然のことである。ただ、アメリカの利益でしかないものを、あたかも絶対の正義であるかのように宣伝するのが、傍から見るとうさんくさいわけである。むろん、すこしもうさんくさいと思わず、正義の味方のかっこいい姿に感激する幸福な人々も多く存在する。こういった人たちをひとりでも増やすことが、四人姉妹の世界支配を永続させるための重要な手段であろう。かくして情報は操作され、油で汚れた水鳥の映像が世界に流れる。>

 アメリカ軍がアメリカの国益のために戦う? 違うでしょ。アメリカ軍は四人姉妹の利益のために戦っているのであって、「アメリカの国益」などという四人姉妹にとってどうでもいいようなシロモノのためになんか戦っていませんよ。だいたい「アメリカ軍がアメリカの国益のために戦うのは当然のことである」なんて、戦前の国粋主義者のような言動ではないですか。前回の「P127上段〜下段」のところで、「この世界を支配している政治と経済のシステムには、どこかとほうもなくグロテスクなところがある」と「アメリカ軍がアメリカの国益のために戦う」ことを批判(?)していたではありませんか。同じ本の60ページほどで何で勝手に見解を変えるんですか。
 このような評論は、現実と小説設定が食い違って整合性がとれなくなっている好例でしょう。小説設定に忠実ならば上記のような矛盾が発生せざるを得ないのですから。さらには別の所で主張している社会評論とも食い違っていますし、田中芳樹の主義主張にも反しています。「アメリカ軍がアメリカの国益のために戦うのは当然のことである」というような論理を、なぜ日本には適用しないのか説明していただきたいものですね。
 そしてアメリカ軍の行動を「うさんくさい」と考えるのは田中芳樹の勝手ですけど、他人が別の事を考えているからといって「すこしもうさんくさいと思わず、正義の味方のかっこいい姿に感激する幸福な人々」と「幸福な人々」などと蔑むように貶める主張にはいつもながら感心させられますな。ではアメリカが一切「正義の味方のかっこいい」行動をせず、イラクのクウェート占領を指をくわえて黙って見ていたらどうなるのか、その事を少しは考えた事があるのでしょうかね。私に言わせれば田中芳樹は
 『イラクのクウェート侵攻の政治的・経済的影響について全く考えず、アメリカ軍の「正義の味方のかっこいい姿」とやらをのんきに非難する幸福な人』
にしか見えないのですけど。
 ついでに余計な感想を言わせてもらえば、「一時ミャンマーと改称していたビルマ」(「一時」ってずいぶん長いものですな(笑))の「狂気のような弾圧と虐殺」を批判するならば、何で毛沢東の文化大革命を批判しないのでしょうな。ミャンマーのレベルではないと思うのですけどね。やっぱり「一時ミャンマーと改称していたビルマ」には田中芳樹が小説にできるネタもなく、田中芳樹のシンパシイもないからなのでしょうか(笑)。

P190上段〜P191上段
<一九四一年、リトアニアに駐在していた日本人外交官が、亡命を希望するユダヤ人に、国外脱出に必要な査証を発行した。六〇〇〇人の生命が、ナチス・ドイツによる虐殺から救われた。これはナチスや日本政府からの圧力をはねのけてのことであった。むろん誰にでもできることではないが、狂気と悪意の時代にあっても、個々の人間は自分と他者との尊厳を守ることができる。そしてこういう人たちこそが、歴史において日本の名誉を守るのだ――「日本人は優秀だ、日本は世界一だ」とそっくりかえるような人たちではなく。
 アジア人留学生のために私財を投じて援助をつづける八百屋さん。南アメリカの奥地で稲づくりを指導する農業技術者。ネパールの山奥の学校の電気を引くために苦闘をかさねる技師。そういった人々が日本にはいる。政治業者や財界が無法のかぎりをつくし、日本の評判を堕とす一方で、そういった人々が黙々と日本の名誉を守っている。そして日本国の勲一等の勲章は、こういう人々ではなく、政治業界と財界にばらまかれる。
 竜堂兄弟の年代では想像するのもむずかしいが、日本にも貧しい時代があったのだ。外国からの援助を必要とした時代。国内によい職場がなく、人々が外国へ出稼ぎに行った時代。二〇世紀末の日本人に、「南アメリカのペルーとはどんな国か」と問えば、「左翼ゲリラが跳梁し、日本人技術者を殺す、おそろしくて貧しい国」という答えが返るだろう。だが第二次大戦の直後には、そのペルーが日本に食糧援助をしてくれて、おかげで何万人もの人たちが餓死から救われたのだ。今度は日本が多くの国に力を貸し、自立を助ける立場になった。けっこうなことだ。できるだけのことをさせていただこうではないか。そう祖父の司は始に語ったことがある。
 アメリカにつぎのような小咄があることも、祖父は始に教えてくれた。日本経済の脅威について、ふたりの人物が語りあっている。
「日本人は世界を征服しようとしている!」
「いや、日本人はだいそれた野望をもっているが、それは世界征服ではない」
「では日本人のだいそれた野望とは何だ?」
「せめて六畳間をもうひとつ……」
 この小咄に日本人は苦笑するが、日本人の実像とはそのていどのささやかなものだ。その実像を世界に伝え、なるべく親しまれるようにしたほうがよい、とも。>

 そう思うのならきちんと有言実行しなさいって(-_-;;)。「日本人の実像」とやらをウソまで交えて徹底的に歪めた社会評論を展開しているのはどこのどなたでしたっけ? まさか「日本人はイベント大好き民族」だの「嫌われ者の成金民族」などという評価が「日本人の実像」と思っているわけではないでしょうね。
 それに「いかにも素朴に見えるボランティアの人々」を礼賛するのは大いに結構な事ですが、勲章をあれほど罵っている人が「日本国の勲一等の勲章は、こういう人々ではなく、政治業界と財界にばらまかれる」と言っているのは笑止な限りですし、
「今度は日本が多くの国に力を貸し、自立を助ける立場になった。けっこうなことだ。できるだけのことをさせていただこうではないか」
と、三十年ぐらい前の認識を披露しているのには笑わされますね。こんな事を言っている間に、日本のODA拠出額はとっくに世界一の水準になっていますし、世界各国のODA拠出額がむしろ減少傾向にあるなかで、日本のODA拠出額はいまだに増加傾向にあることも知らないのでしょうな。「政治家や財界はひたすら民衆の事を考えない愚劣な政治を行っている」という妄想的な考え方からいいかげんに離脱してほしいものです。

 やっと創竜伝7の批評終わり〜。あー長かった(T_T)。
 次は少し「薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズ」の特集をやってみましょう。

収録投稿2件目
board1 - No.1627

レス:

投稿者:近藤崇仁
1999年08月09日(月) 18時20分

>忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する。

 手元に資料がないので確認できないのを先に断っておきます。
湾岸戦争当時、日本は石油製品を対象とした間接税を一時的に設けて拠出金を賄った記憶があります。
 余裕が有れば追加調査を行って書き込みますが。

収録投稿3件目
board1 - No.1629

指摘

投稿者:新Q太郎
1999年08月09日(月) 22時21分

>「忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する」
>どうやら田中芳樹の頭の中では、消費税が湾岸戦争の資金提供のために創設されたものであるようです。消費税が1989年4月1日に施行されたのに対し、湾岸戦争開始が1991年1月17日(←偶然にも竜堂兄弟の誕生日です(^_^))ですから、田中芳樹の言う通りならば、未来を見据えた日本政府の何と慧眼であることか(笑)。
----------------------------
とりあえずここだけ。
湾岸戦争当時負担した90億ドルは、確かガソリン税か何かを増税する形で行われました。
だから田中氏の、その評価はともかく、事実としては間違いではないっす。

収録投稿4件目
board1 - No.1630

お詫び<m(__)m>

投稿者:冒険風ライダー
1999年08月09日(月) 23時43分

<湾岸戦争当時、日本は石油製品を対象とした間接税を一時的に設けて拠出金を賄った記憶があります。>
<湾岸戦争当時負担した90億ドルは、確かガソリン税か何かを増税する形で行われました。
だから田中氏の、その評価はともかく、事実としては間違いではないっす。>

 どうやら久々に大チョンボをやってしまったようで(T_T)。
 「忠実な属国は、あたらしい税までつくって、正義の味方に戦争資金を提供する」の「あたらしい税」というのがこれ以外に思いうかばなかった事と、田中芳樹の執拗な消費税に対するこだわりから、この社会評論を始めて見た頃からずっと「消費税の事をいっているのだろうな」と思ってましたが、どうやら違ったようですね。田中芳樹にも失礼な事をしてしまった。

近藤崇仁さん、新Q太郎さん、ご指摘ありがとうございます。
そして間違った批評を展開いたしましたことを心よりお詫び申しあげます<m(__)m>

収録投稿5件目
board1 - No.1640

ヨシ・タナーニヒトの演説。>.1625

投稿者:新Q太郎
1999年08月13日(金) 03時57分

「お集まりの市民諸君、ボランティア諸君!今日、我々がこの場にはせ参じた目的は何か。ペルーにおいて散華した農業指導の人々の英霊を慰めるためである。彼らは貴い命を発展途上国の福利向上を進めんがためにささげたのだ。

貴い生命と、いま私は言った。まことに生命は貴ぶべきものである。しかし、諸君、彼らが散華したのは個人の生命よりもさらに貴重なものが存在するということを、後に残された吾々に教えるためなのだ。それは何か。すなわち国際人道援助である!

彼らの死は美しい。小我を殺して大義に殉じたからこそだ。彼らは良き夫であった。良き父親であり、良き息子であり、良き恋人であった。しかし彼らはその権利を捨てて治安の悪い途上国に赴き、そして死んだのだ!市民諸君、私は敢えて問う。
ペルーのボランティアは何故死んだのか?」

「ペルーのテロリストが凶悪だったからさ」
独白にしては声が大きかった。

・・・・(中略)

「私は、途上国でテロリストに殺された○○の婚約者です。いいえ、婚約者でした」
「私はただ、先生にひとつ質問を聞いていただきたくて参ったのです」

--------この後は、書く必要もないでしょう。実際に亡くなった方の関係者からみればこれも不愉快かとは思うがご寛恕願いたい。

この議論はもう骨子をすでに書いているので再論ですが、「考察」で引用を読むと腹が立つのでまた書きました。

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