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山口県光市母子殺害事件の弁護団が再審請求

山口県光市母子殺害事件で死刑が確定した大月孝行死刑囚の弁護団が、2012年の秋に再審を請求する方針であることを明らかにしました。

http://megalodon.jp/2012-0527-1647-55/www.shimotsuke.co.jp/news/domestic/main/news/20120526/792339
>  少年時の山口県光市母子殺害事件で殺人や強姦致死罪などに問われ、3月に死刑が確定した大月孝行死刑囚(31)の弁護団は26日、確定した広島高裁の差し戻し審判決に重大な誤りがあるとして秋にも同高裁に再審請求することを明らかにした。
>
>  主任弁護人の安田好弘弁護士は「10月ごろには再審請求する方向だ」と述べた。
>
>  犯行当時18歳1カ月だった大月死刑囚は、一審山口地裁、二審広島高裁で無期懲役とされたが、最高裁は「年齢は死刑回避の決定的事情とまではいえない」と破棄した。差し戻し審判決で高裁は死刑を言い渡し、最高裁も上告を棄却した。

既に最高裁まで経ている裁判で、しかも法廷という場において「ドラえもんに助けてもらおうと思ったから」などというタワゴトを堂々とのたまった死刑囚に、これ以上審議すべき一体どんな新事実があるというのでしょうか?
無罪判決に持っていけるだけの新事実があるというのであれば、それは今までの裁判で主張すべきことだったはずなのですが。
ドラえもん云々や反省皆無の手紙などが実は検察による圧力やでっち上げの産物だった、というわけでもないでしょうし。
こんな状況下での再審請求というのは、単なる死刑回避のための時間稼ぎ戦法にしか見えないのですけどねぇ。
死刑囚のエゴなのか弁護団の法廷戦術なのかは分かりませんが、いずれにしても傍迷惑な話ではあります。


シー・シェパードの親玉ポール・ワトソンが逮捕

環境保護と称してテロ行為を働きまくるシー・シェパードの親玉ポール・ワトソンがドイツで逮捕されました。
容疑はコスタリカ船舶の航行妨害で、それ以外にも殺人未遂容疑でも逮捕状が執行される可能性があるのだそうで↓

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2877767/8941162
> 【5月14日 AFP】(一部更新)南極海での日本の調査捕鯨に対する過激な妨害活動で知られる反捕鯨団体「シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society、SSCS)」は14日、創設者のポール・ワトソン(Paul Watson)代表(61、カナダ国籍)が独フランクフルト(Frankfurt)で13日に逮捕されたと発表した。身柄はコスタリカに引き渡される見通し。
>
>  コスタリカからの報道として豪メディアが伝えたところによると、
ワトソン代表には同事件での殺人未遂容疑でも逮捕状が執行される可能性がある。
>
>  シー・シェパード側の説明によるとワトソン代表の逮捕容疑は、2002年に中米グアテマラ沖でフカヒレ目的の違法なサメ漁を暴くドキュメンタリー映画「シャークウォーター/神秘なる海の世界(Sharkwater)」の撮影中、コスタリカ船舶の航行を妨害したというもの。シー・シェパード側は、グアテマラ領海内で違法サメ漁を行うコスタリカ船を発見し、グアテマラ当局の要請に基づき同船に併航しながら漁を中止して帰港するよう指示していたところ、突然グアテマラの小型砲艦が介入してきたため、これを逃れようとコスタリカに向かったと主張している。
>
>  コスタリカ漁船側はシー・シェパード側が自分たちを殺そうとしたと訴えているという。(c)AFP

身の程知らずのテロ団体には強硬なスタンスが一番効果的ということでしょうね。
というか、むしろ弱腰な態度に終始するからこそ、こういうテロ団体は「ここでは何をやっても安全だ」と増長して更なる過激行為に及ぶという構図があるのですし。
その意味では、911テロ事件以降、「テロ組織との妥協はない」的な強硬姿勢を示すアメリカの基本スタンスにも一定の理があると言えます。
当のシー・シェパード自身、ロシアのような「発見次第殲滅」を基本方針としているような国には、たとえ捕鯨を行っていても手を出さないのですし。
世界の取り締まり方針が厳しいというよりも日本が温和すぎるのですが、いいかげん日本もシー・シェパードのようなテロ団体を問答無用で駆逐するような体制を構築しないと、いつまで経っても舐められ続けるのではないですかねぇ。


コメント一覧

yui (05/17 21:23) 編集・削除

やりやすい所”だけ”で好き放題やっている連中というのは実に下種で不快感を掻き立ててくれるなあ、と。
かと言ってこいつらが狂信的な反捕鯨原理主義でもそれはそれで大いに困り者な訳ですが。

冒険風ライダー(管理人) (05/17 22:29) 編集・削除

>yuiさん
ああいう連中は結局、自分が安全であることを見越した上でパフォーマンスをやっているだけでしかないんですよね。
日本以外にも捕鯨国はあるのに、シー・シェパードが日本ばかりターゲットにするのもそれが理由ですし。
自分の都合で相手を選ばず万人に対して同じように接していけば、狂信性は別にしてもすくなくとも一貫性「だけ」は評価してやっても良いのですが。
日本ももう少し強硬なスタンスを取った方が自他共に良いのになぁ、と、この手の問題を見る度に思わずにはいられませんね。

http://www.tanautsu.net/

党利スガリー (05/19 18:58) 編集・削除

しかし、なんでまた彼らは暴力という最も幼稚な手段に訴えるのでしょうかね。
そんなことをすれば、様々なリスクを抱えるというのに。

冒険風ライダー(管理人) (05/20 03:31) 編集・削除

>党利スガリーさん
やはりカネとパフォーマンスが全てなのでしょうね、あの連中の目的は。
ああいう派手なパフォーマンスを繰り広げることによって、自分達の正しさと大義名分をアピールすると共に寄付金を集めやすくすることが期待できるわけで。
あとシー・シェパードの場合、彼らのメインとなる顧客はあくまでも欧米の資産家だったりするので、日本人相手にいくら居丈高に振る舞い反感を買っても何の問題もないという事情もありそうです。
まあ、間違っても環境保護のためでないことだけは確かでしょうね。

http://www.tanautsu.net/

福井県おおい町議会が大飯原発再稼働への同意を決議

関西電力大飯原発の再稼働問題で、福井県おおい町議会が再稼働に同意する決議を下しました↓

http://www.asahi.com/national/update/0514/OSK201205140063.html
>  福井県おおい町議会は14日の全員協議会で、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働に同意することを議長と病欠者を除く11対1の賛成多数で決めた。午後に時岡忍町長に伝える。
>
>  町議会は、東京電力福島第一原発事故を受けた安全対策、町民説明会などで出た住民の意見などを検証していた。
>
>  時岡町長は町議会の意向や福井県原子力安全専門委員会の結論などを見極め、週末にも西川一誠知事に同意の意思を伝える。

これで、原発再稼働の大きなハードルと言われていた「地元の同意」が得られたことになります。
ヒステリックな反原発の「空気」で、夏や冬に向けて電力不足や電気料金値上げの不安が現実化する中、ここで再稼働に向けての一歩が進められたのは朗報と言えます。
代替えエネルギーの確立もなしに脱原発や節電を推進するなど、戦前の「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」の世界でしかないのですし。
あとは、去年の浜岡原発やストレステスト等で見られたような「第二のカンガンス」が出ないことを祈るのみですが、さてどうなりますかねぇ。
去年の九州電力における玄海原発再稼働問題の際も、せっかく再稼働に必要な地元の同意が一旦は得られたにもかかわらず、カンガンスの余計な人気取りパフォーマンスが原因で水泡に帰したのですし。
アレの二の舞は勘弁してもらいたいところではあるのですけど……。


日本国内の全原発が42年ぶりに全停止

日本で稼動していた最後の原発である北海道の泊原発3号機が定期検査に入り、実に42年ぶりとなる原発全停止が実現する運びとなりました。
ついに来るべきものが来てしまった、という感がありますね↓

http://megalodon.jp/2012-0506-1932-07/sankei.jp.msn.com/economy/news/120505/biz12050523280013-n1.htm
>  北海道電力は5日深夜、定期検査のため泊原発3号機(北海道泊村)の運転を停止した。国内の商業用原発50基でほかに稼働している原発はなく、昭和45年以来、42年ぶりに国内の稼働原発がゼロとなる異例の事態となった。原発稼働停止による電力不足を回避するめどはたっておらず、家庭や企業は一段の節電を求められる。
>
>  泊原発3号機の停止作業は午後5時から行われた。原子炉の出力は89万キロワットから、ほぼ1時間に30%の割合で低下。午後11時ごろには出力ゼロとなった。6日未明には原子炉が完全停止し、「冷温停止」状態に移行する。検査期間は71日間を予定しているが、再稼働にはストレステスト(耐性検査)や地元了解が必要なため、停止期間は「未定」としている。
>
>  政府の需給検証委員会によると、
原発を再稼働できないまま平成22年並みの猛暑となった場合、沖縄を除く日本全体で0・4%の電力不足になると試算。不足率は、北海道電管内で3・1%、原発依存度が高い関西電力管内では16・3%に達する見通しで、今夏の電力需給は極めて厳しい状況に陥る。
>
>  電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)は5日、原発すべてが停止したことを受け、「日本は化石燃料に過度に依存しないエネルギー構成が大切。立地地域をはじめ広く社会の信頼回復に努め、できる限り早く(原発が)再稼働できるよう最大限の努力を続ける」とコメントした。

原発が停まっても安全性は何ひとつ改善されず、またエネルギー供給の問題をどうするかなど問題が山積しているのですが、原発アレルギーな人達にとってそんな問題は他人事でしかないのでしょうね。
「やっと原発が停まった、良かった良かった」で思考停止しているでしょうし(苦笑)。
原発を停めずに稼動させ続ければ事故の危険性を言い立てまくり、停止して停電しなければ「原発は要らない」、停電すれば「電力会社は何をしているんだ」……。
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」ならぬ「反原発は気楽な運動ときたもんだ」と言いたくなるような状況ですね。
何をやっても自身の発言責任を顧みる必要がなく、自分こそが絶対正義という立場でもって、電力会社がどう動こうと電力会社を絶対悪のごとく好き勝手に攻め立てることができるのですから。
東日本大震災前まではほとんど「死に体」状態だったというのに今日の状況を迎えられて、反原発運動の面々は笑いが止まらないことでしょうね。
実際には、「安全性を確認した上で原発を再稼動して欲しい」という人は意外に多いのではないかと思えてならないのですけどねぇ(-_-;;)。


タイタニック2号?の建造計画発表

映画「タイタニック(3D版)」の上映にあやかってのものなのか、今年がタイタニック沈没からちょうど100年目の節目に当たるからなのかは知りませんが、何と「タイタニック2号」の建造計画が進められているみたいですね。
何かの冗談かとしか思えないところなのですが↓

http://www.afpbb.com/article/economy/2875417/8877814
> 【5月1日 AFP】オーストラリアの大富豪クライブ・パーマー(Clive Palmer)氏が4月30日、100年前に沈没した英豪華客船タイタニック(Titanic)号の21世紀版、「タイタニックⅡ(Titanic II)」を中国で建造する計画を発表した。初航海は初代の足跡をたどり、2016年末に英国からニューヨークへの航路を予定している。
>
>  鉱業で成功した実業家のパーマー氏は、すでに中国国営造船会社の長航重工金陵船廠(CSC Jinling Shipyard)に、初代タイタニック号とまったく同じ仕様でタイタニックⅡの建造を依頼したと語った。声明では「オリジナルのタイタニック号と隅々まで豪華さは同じで、しかし、もちろん21世紀の最先端のテクノロジーや最新のナビゲーション・システム、安全システムなどを搭載する」と述べている。また初航海の護衛役に中国海軍を招いたとも述べた。
>
>  豪華客船タイタニック号が北大西洋上で氷山に衝突し沈没したのは、100年前の1912年4月15日。当時、世界最大だった客船は、初航海で英サウサンプトン(Southampton)を出航し、米ニューヨークへ向かう途上だった。事故では1514人の命が失われた。
>
>  パーマー氏は今回、タイタニックⅡの建造にあたり自らの船会社を創設。タイタニック号を所有していた英海運企業ホワイトスターライン(White Star Line)にちなみ、「ブルースターライン(Blue Star Line)」と社名をつけた。
>
>  タイタニックⅡの仕様は、初代タイタニック号と同じく全長270メートル、高さ53メートル、重量4万トン。客室840室と9か所のデッキを備え、時代検証チームとの共同作業でデザインワークを進めている。図書館や高級レストランとともに、現代版ならではのスポーツジムやプールも設ける。また初代では石炭ボイラー室だった場所は、パーマー氏の地元、豪クイーンズランド(Queensland)州を紹介する展示室となる。
>
>  パーマー氏はオーストラリアで5番目の資産家とされ、その資産価値は50億豪ドル(約4120億円)以上と推計される。クイーンズランド州やウエスタンオーストラリア(Western Australia)州に広大な炭鉱や鉱山を所有しているほか、最近では観光業にも進出し、サンシャインコースト(Sunshine Coast)に高級リゾートを所有し、メディア産業への参入にも関心を示している。
>
>  金陵船廠はパーマー氏の他の客船も手がける予定。今回、パーマー氏がタイタニックⅡの建造を中国企業に依頼した背景には、自らが所有する鉱山から産出される石炭や鉄鉱石の主要な買い手である中国との関係を強化するとみられる。パーマー氏は
「中国は貨物船やコンテナ船の建造では定評があるが、豪華船では欧州が75%を占めているのに対し、中国は2~3%。中国の造船業はわれわれの支援を得て、客船の市場でも世界の上位に立つことを目指している」と語っている。(c)

空前の海難事故を引き起こした船の名前をそのまま採用することも驚きならば、処女航海で全く同じ航路を取る予定も、船の建造を中国で行うという発表も驚愕の一言に尽きます。
建造する前から沈没させる気満々なようにしか思えないのですが(苦笑)。
しかも、当の中国からすらこんな声が出てくる始末ですし↓

http://jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012050300765
>  【上海時事】オーストラリアの資産家クライブ・パーマー氏が先月30日、中国の造船会社に発注したと発表した豪華客船「タイタニック2号」に対し、中国国内で実現性を疑問視する見方が浮上している。世界一の造船大国になったとはいえ、中国の造船会社が豪華客船を建造した実績はなく、技術もないことを業界も認めているためだ。
>  3日付の中国紙・毎日経済新聞によると、造船業界団体、中国船舶工業協会の張広欽会長はこのほど、「豪華客船建造に求められる技術はとても高く、わが国にはまだ能力がない。大手企業でも技術を蓄積している段階だ」と明言した。(2012/05/03-18:24)

ただでさえ中国の製品には「安かろう悪かろう」のイメージが付き纏っているというのに、さらに肝心の造船実績と技術がこれではねぇ……。
中国では以前、進水式でいきなり沈没した船が笑いのネタになっていたこともありましたし↓

本当に「タイタニック2号」を造船する気なのか、完成したとして客はちゃんと乗るのか、そもそも安全性は大丈夫なのか、様々な理由で不安な部分が多々ある企画ではありますね。
何でもかんでも爆発する「チャイナボカンシリーズ」が勇名を轟かせている中国製だと、氷山が無くても洋上で突然爆発するとか、乗客満載の救命ボートが全て吹き飛ぶとか、身体を張ったお笑いネタが出てきそうなところが何とも言えないところで(笑)。


男性の育児休暇に見られる「男女平等」の歪み

男性が育児休暇を取得することについて消極的な企業が多いそうです。
以下の事例のように、「そんなことは断じて認められないし、それが嫌なら辞めて結構」とまで言い放つ企業経営者もいるのだとか↓

http://megalodon.jp/2012-0425-0800-23/www.j-cast.com/kaisha/2012/04/20129658.html?p=all
>  夫の稼ぎだけで専業主婦の妻と子どもを養っていたのは、昔の上流家庭か高度経済成長期の話。いまはフルタイムで働いても、生活が苦しいという独身者が少なくない。結婚すれば、共稼ぎは当然の選択肢となるだろう。
>
>  ある会社では、
産休中の妻に協力して家事や育児をしようとする男性社員に対し、オーナー社長が「仕事をおろそかにするな」と発言し、社員から猛反発を買っているという。
>
> 同情してくれる同僚もいる。何とか対抗したい
>
> ――従業員90人の中堅製造業の営業で働いています。入社5年目です。今月、待望の長男が産まれ、喜びつつ新しい生活に戸惑っております。妻が産休から早めに復職しないといけない事情もあり、家事や育児に積極的に参加するつもりです。
>
>  最初は育児休業の取得を考えましたが、職場はそんなことを許す雰囲気ではありません。しかし
これまでと同じ働き方では、家庭がおかしくなってしまいます。
>
>  そこで上司に、しばらく終業時刻の1時間前に退社させてほしいと相談しました。上司はしぶしぶ人事に相談したようですが、その途中でオーナー社長の耳に入ってしまいました。
>
>  翌週の朝礼で社長は、全社員を前にこう言い放ちました。
>
>
「最近、仕事をおろそかにして男も育児をしたいと言い出すやつがいるそうだが、うちの会社ではそういうことは絶対に認めない。男は仕事を通じて、家計に貢献するのが一番大事だ。それが嫌なら、辞めてもらって結構だ!」
>
>  実名をあげませんでしたが明らかに私のことと分かり、めまいがしました。何人かの同僚は「社長ってあんな考えだったんだ」「本当にひどいよな」と声をかけてくれました。
>
>  社長は言い出したら聞かない人ですが、こんな筋の通らないことを認めさせるわけにはいきません。いま独身の人を含め、よくない慣習に苦しめられるきっかけになるのも耐えられません。何とか対抗したいのですが、よい方法はないものでしょうか――

企業にしてみれば、せっかくカネを払って雇っている社員のマンパワーを、育児などという直接的利益に全く結びつかないシロモノなどに奪われてしまうのは、到底我慢のできないことなのでしょう。
元々、企業が男女平等を受け入れたのだって、表面的なお題目とは裏腹に、安価で大量供給される労働力を見込んでのことだったのですし。
また実際問題として、乳幼児期の育児に男性が参加しても、むしろ足手纏いになるパターンが多かったりするんですよね。
育児休暇を取って家にいても実際はやることもなくゴロゴロしているだけで、却って育児に追われる女性の負担になっているという事例が少なくなく、そればかりか「育児」を口実に全く関係のない休日を取得したりするケースも少なくないとか。
いくら男女平等が叫ばれる世の中であっても、「男は仕事、女は家庭」という人間の行動原理は、最低でも数千年、下手すれば数万年単位で刻まれていますので、そうそう簡単に変えられるものではありません。
女性の大部分が重労働に向かず、事務などの軽労働を望むのと同様に、男性の大部分は子育て、特に乳幼児の育児には全く向かないのです。
生まれたばかりの乳幼児にとって最も重要なのは「母親との結びつき」であって、父親の役割が生きてくるのはもう少し先のことなのですし。
母親が何らかの理由でいないケースでは男性の育児休暇も必要になってくるかもしれませんが、それ以外で役に立つ制度とは、正直言い難いものがあるのではないかと。
男性と女性の身体的・脳構造的な違いを無視して「男女平等」なるものを推進しようとした結果の、これは小さからざる歪みのひとつなのでしょうね。

そもそも、男性の育児休暇なるものが求められるようになった最大の理由は、まさに女性が家庭の外に出て働くようになったことと無関係ではありえません。
家庭内器具の技術の発達により、家事の負担は昔に比べると大幅に減った感がありますが、子育ての負担だけは昔と全く変わっていません。
乳幼児や幼児は特に「母親との結びつき」を必要不可欠としており、技術の発展ではそれをカバーすることができないためです。
それが男女平等のお題目のひとつである「女性の社会進出」にとって邪魔だったからこそ、その「邪魔な育児」を男性にも担ってもらおう、という動機から始まったのが「男性の育児休暇」だったわけです。
しかし、企業は働き手を失うことを嫌がるし、そもそも男性側も企業の期待に応えざるをえない上に育児に向かないことを承知せざるをえないしで、男性の育児休暇取得は実態に適ったものになっていないんですよね。
その点では、上記記事における「男は仕事を通じて、家計に貢献するのが一番大事」という社長の話にも実は一理あると言えます。
ただ一方では、そもそも男性に育児休暇を取らせざるをえない状況に追い込んだのもまた企業であったりするわけで、部下達にしてみれば「どのツラ下げて…」とは言いたくなる部分も当然あるでしょう。
男性または女性のいずれかが働くだけで家計を維持できる、そういう「昔の社会形態」が再び実現することこそが、この問題を解決する最良の方法ではあるのでしょうが……。

昨今の「男女平等」というスローガンは、かつての共産圏の「平等」と同じく、男女問わず全ての人間を不幸にしているだけでしかないように思えてなりませんね。
「機会の平等」ではなく「結果の平等」を求めてしまっているところも、共産圏の「平等」と全く同じですし。
昨今の歪んだ状況を改善するためには、「そもそも男女平等というのは本当に正しいのか?」と一度疑ってかかる必要があると言えるのではないでしょうか?


コメント一覧

葵猫 (05/02 19:38) 編集・削除

う〜ん、ちょっと賛成出来ないような…
別に世の全ての父親に取れと言ってるわけじゃありませんし、育児休暇。
歪んだ男女平等は言い過ぎでは?
それに女性は家庭に入れって、無理ですよ現実的に。
回りを見ても、キャリアがどうの、女性の権力がどうの、じゃなく、男性の稼ぎだけでは余裕ある暮らしができないから働いてますよ、みんな。
身近にご亭主が失業、奥様の扶養家族にになった方もいました。
幸いその後就職できたようではありますが、もとの稼ぎのままとはゆかないでしょうし。
民主党が政権握る前からの積み重ねの結果、です。
政権が変わったとしても、劇的に状況改善は当面ないと思います。

冒険風ライダー(管理人) (05/03 01:46) 編集・削除

>葵猫さん
元々「父親の育児休暇」自体が、女性が働きに出るために子育てで空いてしまう穴を男性に埋めさせよう、という意図の元に作られた制度です。
しかし記事にも書いたように、大部分の女性に重労働が合わないのと同じ理由で、大部分の男性に子育ては向きません。
それを知らず、もしくは知った上での確信犯で「父親の育児休暇」を男女平等の絶対正義であるかのごとく喧伝する行為そのものが「男女平等の歪み」である、と私は言っているわけです。
そもそも、「女性にも平等な権利を!」「男女平等の実現を!」などと叫びまくってきた結果が、今日の「男女共に不幸になった」惨状なわけですからね。
確かにこれも、ある意味では「男女平等」のあるべき姿ではあるのかもしれませんが(苦笑)、共産圏の「平等」と同じく私は論外なシロモノだと思うのですけどね。

今の「男女平等」は企業の利権も絡んでいますので、個人や企業単位で昔の形態に戻すのは確かに難しいでしょう。
となると、国単位で政策を変えるしかないわけですが、その国を動かすためには、国民ひとりひとりがただ現状を肯定するのではなく、今の男女平等のあり方について【これが本当に正しいのか?】という疑問を抱くことが何よりも求められるわけです。
「男女平等は何が何でも絶対に正しい」的なイデオロギーの類を信奉しているのでもなければ、現状に疑問を抱くことくらいは誰にでも出来ることなのではないと思うのですが、どうでしょうか。

http://www.tanautsu.net/

読者A (05/03 03:10) 編集・削除

ライダー氏は男女の権利論についてよく語っていらっしゃいますね。
「男女平等は必ずしも正しくない」というのは所論ある部分で、
身体的性質から女性は軍人・警官などの職には就き辛いという事実はありますから、
私もそれを否定するつもりはありません。

しかし、最近のライダー氏の文章を見ていますと、
どうも「脳の作りがそうなっているのだから、女は家庭に入っていればいいのだ」という意見が散見されます。
私の勘違いだといいのですが、もし本当にライダー氏がこのような意見を本気で口にされているのであれば、
私はそれを全面的に否定せざるを得ません。

私は男ですが、これは私の身の回りに男性以上に、
それも充実して働いている女性が多くいるために言う事です。
彼女らは優秀で、そこら辺の無能な男よりもよっぽどよく働き、金を稼ぎます。
そういった実例を少なからず目にしている身なので、
ライダー氏の言う「女は脳が仕事に向いていない」という論には全く同意できません。
「専業主婦の多くは働きたいと思っていない」という理屈でライダー氏は女性の労働を否定しますが、
怠惰な主婦が現状維持を望むからといって、
なぜ充実した労働を続けている女性までが「家庭に入れ」と言われねばならないのですか?

また、自分で金を稼ぐ術を持たない女性は離婚の選択肢を持てません。
「女は家庭に入れ」という意見は「女は横暴な夫にも黙って従え」という意見と全く同じなのですが、
この点をライダー氏はお考えでしょうか?

ライダー氏の聡明な文章にはしばしば感嘆させられますが、
この男女権利論についての文章にだけは毎回残念な思いをしています。

葵猫 (05/03 09:51) 編集・削除

申し訳ありませんが、やはり管理人様のご意見
に全面的には同意できません。
大部分の男性、という事は、子育て休暇を有効に使える男性も存在するという事はお認めになるんですよね?
大半に必要ないからと言って無理になくすことが社会の為、という論理には賛成できません。
それに昔の社会形態がそんなに良いものですか?
どちらかだけしか働いた経験がなければ、失業したり亡くなったりしたら、その時点で子供を抱えて路頭にまようわけです。
昔はそれで食べる為に不本意な再婚を多くの女性が強いられてきたわけですし、古き良き時代とばかりは思えません。
昔は昔で歪みや矛盾があったわけですし、多くの女性の諦めと忍耐の上に成り立っていた部分も多いと思いますよ。
昔の女性が何も言わなかったから皆幸福で満足していたのだと思ってらっしゃるのなら、あまりにも男性本位の考え方だと言わざる負えません。
母や祖母の時代の女性は、文句を言う事も許されなかっただけの事です。
保守的な男性にとっては最高の時代だったのかもしれませんが。
まあただ、前回の書き込みのように「専業主婦」という選択肢がほとんど不可能な現在の状況も良いとは言えないとは思ってます。
家庭で子育てに専念する、というのもあるべき選択肢だと思いますから、それが当たり前に選べるようになる社会になって、そのうえで働く働かないの選択が出来るのが理想的であるとは思っています。
私も、私の周りの女性もなんたらのひとつ覚えの様に男女同権なんてふりかざしてはいませんが、管理人様の考える女性の幸せと、私の周りの女性の求める幸せはかなり乖離していると思います。

冒険風ライダー(管理人) (05/03 13:33) 編集・削除

>読者Aさん
>葵猫さん
私が昨今の「男女平等」のあり方に否定的なのは、それが「子供を犠牲にして成り立っている」という要素が少なくないからです。
単に夫婦間のみの問題であれば、確かにお二方が仰る通りに夫婦間で話し合えば、それでも「2人の間では」問題を解消することもできるかもしれません。
しかし、夫婦の間には子供だって生まれるのですし、特に人間の場合、子供は他の生物以上に親の庇護を必要不可欠とします。
ましてや、これが乳幼児期の子供ともなれば、それは人格形成が行われる極めて大事な時期なのですから、なおのこと親、特に母親との繋がりを必要とするのです。
そんな大事な時期に、子供の面倒を見ずに働きに出るというのは、子供が何も言えないのを良いことに、子供に自分の都合を押しつけているだけでしかないのではないでしょうか?
また、金銭的な事情もさることながら「子育て絡みの面倒を抱え込みたくない」という理由から、子供を産まないという夫婦も増えており、それが少子化の原因のひとつにもなっていたりしますよね。
「男女平等」では夫も妻も不幸になるが、それ以上に子供が一番の犠牲になる、しかも子供には自分でその道を選ぶ権利すらない。
そこから、私の「男女平等」批判は出発しています。

>読者Aさん
> どうも「脳の作りがそうなっているのだから、女は家庭に入っていればいいのだ」という意見が散見されます。
> 私の勘違いだといいのですが、もし本当にライダー氏がこのような意見を本気で口にされているのであれば、
> 私はそれを全面的に否定せざるを得ません。

「男女平等」を論じるに際して脳構造の問題まで持ってきているのは、特定の職種や大学などで能力の有無に関わらず女性を優遇しようとするクォータ制やアハーマティブ・アクションという政策が横行しているためです。
人間の脳は胎児~乳幼児期におけるテストステロン・アンドロゲンなどといった男性ホルモンの分泌量によって構造が決まると言われており、男性ホルモンを多く浴びる男性の脳は空間能力に秀でたものに、そうでない女性の脳は言語能力に優れたものとなります。
男女による思考パターンや視野の違いなども、この時期に作られる脳構造の違いによって生まれるものです。
この男性ホルモンの分泌量が過剰だったり過小だったりすると、「女性的な脳を持つ男性」「男性的な脳を持つ女性」、さらには「性同一性障害」を患う男女なども生まれるわけです。
ところがクォータ制やアハーマティブ・アクションは、この男女の特性を無視して「とにかく女性が少ないから」という理由だけで女性を不必要に優遇しようとするのです。
それは「能力を問わない」という点で男性差別に繋がり、また本当に能力のある女性に対しても「アレは(クォータ制やアハーマティブ・アクションで)優遇されているから」と不当に差別される温床となりかねないのです。
女性の多くが事務職を選ぶというのも、それが身体的に楽であるのと同時に、言語能力に優れている女性の脳に向いているからという事情も大きいのです。
ただの数合わせゲーム的に「男女平等」を推進するのではなく、そういった男女の生得的な「差異」を理解した上で、その「差異」に合致したあり方を求めるべきなのではないかという理由から、脳構造の問題については言及しているというわけです。

> 怠惰な主婦が現状維持を望むからといって、
> なぜ充実した労働を続けている女性までが「家庭に入れ」と言われねばならないのですか?

家庭の維持や子育てに専念したいという女性は「怠惰な主婦」とは言えないのではありませんか?
外での仕事と同様に、それもまた大事なことなのですし。
また一方、「充実した労働を続けている女性」が実は子供を犠牲している可能性も否定できません。
映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」などでも、子供と家族を犠牲にして政治の世界に邁進するマーガレット・サッチャーの様相が描かれていましたし、「男女平等」の実態もアレに近いものがあるのではないかと思えてならないのですが。
自分さえ良ければそれで良い、とは必ずしもいかないのが、「男女平等」の難しいところでもあるのですが。

> また、自分で金を稼ぐ術を持たない女性は離婚の選択肢を持てません。
> 「女は家庭に入れ」という意見は「女は横暴な夫にも黙って従え」という意見と全く同じなのですが、
> この点をライダー氏はお考えでしょうか?

女性が家庭に入るからといって、「女は横暴な夫にも黙って従え」ということにはもちろんなりえませんよ。
よく古臭い価値観だと言われる「男は仕事、女は家庭」という概念も、これは本来男女の役割分担を指しているものなのであって、別に「仕事が家庭よりも上」と定義しているわけではないのです。
「あなたは外の仕事でカネを稼いでいてそれはそれで大事なことだが、私だって家庭を維持するというそれと同じくらいに大事な仕事を担っている」という自信と誇りがあれば、男性だってそうそう横暴にふるえないのではありませんか?
家庭の維持が外での仕事よりも格下、という誤った価値観こそがそういう横暴を許す元凶にもなっているのですから、その価値観「自体」をどうにかする方が先決ではないかと。
昨今の「男女平等」って、その価値観を絶対的に正しいと定義した上で、その掌の上で踊っているだけではありませんか。
それは結局、「外でカネを稼ぐ仕事こそが家庭の維持などという賎業よりも価値がある」という男性的価値観に染まっているだけでしかありませんし、男女がよりギスギスして争う要因にすらなってしまっているのではないかと。

>葵猫さん
> 大部分の男性、という事は、子育て休暇を有効に使える男性も存在するという事はお認めになるんですよね?
> 大半に必要ないからと言って無理になくすことが社会の為、という論理には賛成できません。

男性の育児休暇については、「(母親および育ての親がいない等の)特殊な事情がある場合についてのみ認める」という形態で問題はないと思います。
紹介記事にあるような社長の全否定発言はさすがに問題であるにしても、同時に女性の育児休暇と違って無条件かつ常態で認めるべきものでもない、というのが私の意見です。
育児に向いている男性の存在自体は否定しませんが、全体的な率としては圧倒的な少数派であることは間違いないのですし、その状況では効果自体を疑問視せざるをえないところですので。

> それに昔の社会形態がそんなに良いものですか?
> どちらかだけしか働いた経験がなければ、失業したり亡くなったりしたら、その時点で子供を抱えて路頭にまようわけです。
> 昔はそれで食べる為に不本意な再婚を多くの女性が強いられてきたわけですし、古き良き時代とばかりは思えません。
> 昔は昔で歪みや矛盾があったわけですし、多くの女性の諦めと忍耐の上に成り立っていた部分も多いと思いますよ。
> 昔の女性が何も言わなかったから皆幸福で満足していたのだと思ってらっしゃるのなら、あまりにも男性本位の考え方だと言わざる負えません。

もちろん、昔には昔なりの問題や弊害もあったでしょうし、それを無条件に受け入れろとは私も言うつもりはありません。
ただ、今の現状は男性も女性も共に経済的な困窮に陥っている上に子供は子育て環境面でそれ以上に悲惨な状態にあり、それが「あるべき姿」であるとは到底言えたものではないでしょう。
また、昨今の「男女平等」は夫婦間の対立ばかりに重点を置きすぎ、子供の視点や利益を故意に無視しているばかりか「害悪」とすら見做している面すらあります。
父親の育児休暇の問題にしても、「女性の社会進出にとって【邪魔な子育て】を男性にもやらせる」ことを目的に作られた制度なのですから。
上でも言いましたが、「自分個人が良ければそれで良い」という安直なやり方に、昨今の「男女平等」では傾斜し過ぎているきらいがあります。
それは結果的に誰も幸福にはしないのではないか、というのが私の主張です。

http://www.tanautsu.net/

葵猫 (05/03 14:12) 編集・削除

この問題に関しては、管理人様とは完全な一致をみることはないと思います。
各々譲れない部分はありますし。
ただ、読者Aさんへの反論に関してですが、怠惰な主婦というのは専業主婦全般をさしてるわけではないと思います。
管理人様は働く女性は皆子育てや家事を二の次にしてると思ってらっしゃるようですが、私の回りでは皆全力でやってる方ばかりです。
そして専業主婦でも子育て家事を手抜きしてる方も多いわけです。
そういう方は、それこそ自分の事しか考えてませんよ。
国や社会なんて視界の外、単に楽をしたいだけ。
読者Aさんがさすのはこういう方々の事だと思いますが。

それに主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれるというのは、夫が良い人間であるという前提でなければ成り立ちません。
ドメスティックバイオレンスや浮気に対抗出来ますか?
離婚やむ無しとなった場合、やはり子供を抱えて働くとなる道は多くの女性がえらばねばなりません。

読者A (05/03 15:23) 編集・削除

補足として書いておきますが、
私の身の回りの働く女性は、皆子育てや家事も全力で、それも上等にやっている方ばかりです。
逆に、専業主婦にも関わらず料理をせず、育児も手を抜く方を同じ数ほど知っていますが、
それでもライダー氏は「働く女性は家事を二の次にする」「専業主婦は家事に手を抜かない」
と化石のような論理を振りかざすおつもりでしょうか?

別に私は経験論から「専業主婦は皆駄目だ」などと言いたい訳ではありません。
ただ、私が言いたいのは、一つに「女性は皆が等しく専業主婦に向いている訳ではない」という事。
そして「女性が同じ生き方を強制される筋合いはない」という至極真っ当な主張だけです。

言わせて頂きますが、ライダー氏の主張はどれもこれも「決めつけ」から来ているようにしか思えません。
「働く女性は家事を二の次にする『はず』だ」
「専業主婦は家事に手を抜かない『はず』だ」
どちらも反例を散々目にしている私としては、鼻で笑うしかない主張としか言えませんね。

ちなみに、男性も同様ですが、女性の人間としての質というのは本当に人によって差があります。
私の経験から言わせて貰えば、
ある女性は高級取りでも料理の達人で、一家の家事をほぼ全て担当し、政治社会にも深く感心を持っていました。
しかし、ある女性は専業主婦にも関わらずロクに家事もせず旦那に押し付け、料理は全てスーパーの惣菜。
政治にも全く感心を持たず、ただ暇を持て余し、一日中TVを見てはモバゲーに金をつぎ込む有様でした。
このような実例を見ていれば、ライダー氏の専業主婦論に賛同できる訳はないのですよ。

「主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれる」?
こんなのは左翼言う所の「武力を放棄すればどの国も攻めてこない」と同レベルの妄言ですね。
そりゃあ夫がDMや浮気を一切しない、そもそも離婚する必要のない人であれば、
「仕事に誇りを持つ」程度の事で対等に見てくれるでしょう。
しかし世界に中国のような国があるのと同様で、社会にはそんな良心的な男性ばかりではありません。
そういう場合は離婚の必要が出てきますが、その時に自分で金を稼ぐ手段が無ければ、その選択肢は選べませんよね?
つまりそういう事です。
ライダー氏がこの程度の現実すら理解されていないとは、ほとほと驚きです。

普段は頭の悪い左翼の妄想論を痛烈に批判されていたライダー氏が、
何故こういった男女権利論になると空想としか言いようの無い化石論を平気で持ち出されるのか、
本当に疑問は尽きません。
未婚でも現代を生きる若い男性として、この程度の常識はあるものだと思うのですが……

読者A (05/03 15:25) 編集・削除

訂正:DM→DV

冒険風ライダー(管理人) (05/03 20:32) 編集・削除

> 私の身の回りの働く女性は、皆子育てや家事も全力で、それも上等にやっている方ばかりです。
> 逆に、専業主婦にも関わらず料理をせず、育児も手を抜く方を同じ数ほど知っていますが、
> それでもライダー氏は「働く女性は家事を二の次にする」「専業主婦は家事に手を抜かない」
> と化石のような論理を振りかざすおつもりでしょうか?

まず確認をしたいのですが、その「私の身の回りの働く女性」という方達は、本当に「ひとりで」子育てをやっているのでしょうか?
祖母などが自分の代わりに子育てをしていたり、あるいは保育園に長時間預けたりとかいったことをやっているのであれば、それは「母親ひとりで」子育てを上手にこなしているとは言い難いですよ。
保育園に1日8時間以上もの長時間レベルで子供を預ける行為も、子供に多大な悪影響を与えかねないものなのですし。
外に働きに出る女性達は、必然的に「自分の子育てを誰かに委ねる」という形にならざるをえず、それが子供に与える影響は決して少ないものではなく、また母親が子育てを敬遠・放棄しやすい構造にもなっているわけです。
確かに働く女性だって子供を大事にしている人は多いでしょうし、専業主婦にも子育てをないがしろにする人もいるでしょう。
しかしそれは、「外に働きに出る女性達が、自分の子育てを誰かに委ねる」「結果として、子育ての問題がないがしろに【されやすい傾向】を持つ」という構造的な問題の否定にはなりえないのです。

> 「主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれる」?
> こんなのは左翼言う所の「武力を放棄すればどの国も攻めてこない」と同レベルの妄言ですね。

これは個人だけでなく、社会的な規範や価値観の問題をも指しております。
確かに夫婦間だけの枠内だけで見れば、「主婦の誇り」云々に限らず、どんな正論を振りかざそうが相手の暴力によって一方的に踏み潰されるという事態は充分に想定されます。
しかし、「主婦の仕事は外での仕事と同じくらいに大切な物である」という価値観が【社会的な規範や暗黙のルール】として確立していれば、それが一定の抑止力となって「正論を踏み潰す暴力の行使」を事前に抑制しえます。
要は「世間体が気になって…」「法律を気にせざるをえないから…」という類の話ですね。
個人の横暴に個人の力【だけ】で対抗しなければならない理由などどこにもないのです。
今の「外に出て働くことこそがスバラシイ」的な価値観は、主婦イジメにも繋がっている上、男性ですら苦しんでいる苛酷な労働環境を女性にまで問答無用に押しつけている一面も多々あり、双方に余裕がなくなることで却って家族間がギスギスする要因になってすらいます。
家庭や家族というのは国家間関係のごとき「権力と暴力と騙し合いのシーソーゲーム」などであってはならないのですから、抑止力としてはむしろこれくらいが丁度良いのではありませんか?
現状でさえ、女性の身を守るための法律は過剰過ぎるほどに存在するのですし、むしろ逆に男性の方が虐げられ過ぎていてその権利を回復しなければならないほどにまでなっているはずなのですが。

> しかし世界に中国のような国があるのと同様で、社会にはそんな良心的な男性ばかりではありません。
> そういう場合は離婚の必要が出てきますが、その時に自分で金を稼ぐ手段が無ければ、その選択肢は選べませんよね?
> つまりそういう事です。
> ライダー氏がこの程度の現実すら理解されていないとは、ほとほと驚きです。

その時に就職する、もしくは再就職するという道が既に確立されているのでは?
「機会の平等」は既に達成されているのですから、「女性だから」という理由で就職自体ができない、ということはないでしょう。
もちろん、昨今の不況もありますし、ある程度の技能がないと就職は難しいものもあるでしょうが、それは別に女性に限った話ではないですし、事務職などだとむしろ男性よりも女性の方が優遇されていたりもします。
それに、夫の不貞などが原因で離婚するのであれば、(元)夫から慰謝料を徴収したり、子育ての生活費を一定額支給させたりするなどといった法律などもあるのですから、ただちに生活が困窮するといった事態はありえないのでは?
女性の方から不貞行為や犯罪などをやらかさない限り、離婚は基本的に女性の側に有利になっていますし、セーフティネットとしては充分なものが既にあると思うのですが。

> 普段は頭の悪い左翼の妄想論を痛烈に批判されていたライダー氏が、
> 何故こういった男女権利論になると空想としか言いようの無い化石論を平気で持ち出されるのか、
> 本当に疑問は尽きません。
> 未婚でも現代を生きる若い男性として、この程度の常識はあるものだと思うのですが……

「女性は外に出て働くべき」などという男女平等論を振り回して主婦を執念深く攻撃しているのは左派なのですが…。
「男女の間には生得的な違いなどない」などと主張する「ジェンダーフリー」なる愚論を教育現場で跳梁跋扈させているのも日教組ですし。
第一、男女平等の起源を辿っていくと、共産主義の開祖であるマルクス・エンゲルスとか社会主義者のフーリエだのといった名前に辿り着いてしまうのですが。

ちなみに、個人的に私が男女平等というあり方に疑問を抱くようになったのは、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」のグロテスクなシャワーシーンと、薬師寺シリーズなどで女性迎合以外の何物でもない「男女平等」という名の「女尊男卑」がこれ見よがしに披露されていたのが大きかったですね。
当ブログ内にある「コミック版「大奥」検証考察」なども同じ動機からやっていますし。

http://www.tanautsu.net/

冒険風ライダー(管理人) (05/03 20:33) 編集・削除

ちなみに、私が知っている主婦の中で最悪のレベルはこういうシロモノ↓

悪意の酢責め
http://sabacurry.blog104.fc2.com/blog-entry-586.html
伝説の92
http://moemoe.homeip.net/view.php/6008
伝説の922
http://www4.atwiki.jp/purin/pages/292.html

ここまで酷いと、さすがに「笑いのネタか?」と疑いたくなるレベルではありますが、極北としてこういうのも確かにいることはいるのでしょう。
ですので私も、「主婦の中にはダメな奴もいる」ということを否定するつもりは全くありません。
しかし、男女平等を論じる際には、夫婦間の問題だけでなく子供の問題もあり、むしろそちらをこそメインに取り上げていかないと、一番無力な子供に様々な皺寄せが行くことにもなりかねません。
夫婦別姓導入論なんてまさにその典型例ですし。
個人さえ良ければそれで良いとはいかない、というのはそういうことです。

http://www.tanautsu.net/

yamyam (10/05 20:22) 編集・削除

こんにちは。

だいぶ時間の経っている事に、むしかえす様に
突然の意見具申をお許しください。

私は「男女平等の歪」確かにあると思います。

そもそも平等という物の考え方が難しいと思います。
不均衡な物を均衡にしようとする場合の平等、
(2+8→10 6+4→10)
2の人には8の補助をして差し上げ、
6の人には4の補助をする事によって結果10を満足させる場合、

双方に同じ量の力を注いだりする場合の平等。
(2+5→7 6+5→11)
2の人にも8の人にも5回機会を与えたりする場合。

例えば、
双方平等に扱うなどと言う場合は前者で、
機会を平等に与えるなんて言う場合は後者なのでしょうか・・・。

既にこの解釈だけでも同意できない人が発生してしまいます。

それは、この簡単な例の中にも、
不平等が同時に成立してしまっているからだと思います。
物事を与えなければならない立場と、それを感受する立場、
双方で考え方や感じ方が必ずしも同じであるなどと思わない方が良いでしょう。

前者の場合、結果10の平等を満足しましたが、感受する立場である6の人は
2の人が8の補助を受けたのだから、自分も8の補助を受けなければ
平等ではない。と言うかもしれません。
後者の場合、2の人は、私は2なのだから5では足りない。と言うかもしれません。

平等にすると言っても、量や形で表現できる物事もあれば、
量や形では表すことのできない感覚的な物事もあります。

ここで大事なのは「何を?」だと思うのです。
何を平等にするのか、この出発点が一致していないとお互いに誤解する事となり
どちらも平等ではなくなってしまうのではないでしょうか。

ましてや「男女平等」などと言う聞き心地の良い言葉ゆえに
そういった誤解の根源になりやすい単語になってしまったとも思うのです。
少々乱暴な例えをすると、
上に上げた例ですが、「上下(の文)平等」と同義だと思うのです。
上の文と下の文の何を平等にすればいいのか、
意味の分からない単語となってしまいました。

聞き心地が良い分、本当は意味の不明な違和感が
無くなってしまっているのではないでしょうか。

「で?」と言われそうですが(笑

男女に平等はあり得るか?と言われましたら、直感では「NO」と答えさせて頂きます。
男女の何を平等にするのかがはっきりしないと安易に「YES」とは言えません。

管理人様のここでの議論を見るまで、
現社会における男女平等のなんとなくの違和感を語る事など
タブーなのではないかと自分の中で思ってしまっていました。
私は少なくとも管理人様の意見にある程度同意です。
そして、私たちは少数派なのではないでしょうか。

育児の件は、「昔の社会形態」とまでではありませんが、
私たちが育てられた様にしか、我が子を育てられないのではないでしょうか。
父は会社勤め、母は専業主婦、実に理想というか、当たり前だと思っています。

しかし、女性が全員専業主婦であれなどと思っているわけでもありませが、
私の妻には子供の教育上、専業主婦を強く推奨します、たとえ貧乏でもです。
私はそのように育てられましたから、これ以上の育て方を知りません。

もちろん、話し合ってそれでも社会に進出したいと言うなら仕方ありません。
女性が社会にでて活躍したいと思ったら
それを反対する理由は子供の教育上でしか見あたりませんから。

なので、出たい人は出ても良いとは思います。
子供に責任を持ってが前提ですが、
夫婦お互いに助け合うことが出来るのならそれに越した事はありません。
お互いにそうしたいと思うことを尊重し合えなければいけないと私は思います。

平等を目指す上でそうしなさいと言うのも言われるのも間違いや誤解のもとと考えます。
なので言ってはいけない事だとも思うのです。
ましては法律で規制できる範疇を実は遥かに越えている事なのではないでしょうか。
平等を主張しなければいけない状況ほど悲しい事はありません。
規制すべきは、
結果的に平等を生む道徳心をしっかり教育する事こそ大事だと思っています。

歪のもとを作ってしまう方々はそういった教育が不十分なまま
大人になってしまったのではないかと思う事もしばしばあります。

そうして、やさしさや思いやりが稀有になってしまって出来た社会システムを
なんとかしようとした思惑が「男女平等」をうたった法律なのではないでしょうか。

話は尽きませんね(笑
タブー視していた分反動が出てしまいました。
私は管理人様の様な方と、一度間違った平等を定義してみたいものです。

独り言)
コンビニの普及と女性の社会進出が離婚率の上昇と関係しているのでは?などと真面目に考えています。

冒険風ライダー(管理人) (10/06 23:43) 編集・削除

>yamyamさん
はじめまして。
よろしくお願い致します。

> 管理人様のここでの議論を見るまで、
> 現社会における男女平等のなんとなくの違和感を語る事など
> タブーなのではないかと自分の中で思ってしまっていました。
> 私は少なくとも管理人様の意見にある程度同意です。
> そして、私たちは少数派なのではないでしょうか。

「男女平等」というお題目は万人に響きが良く逆らい難いためか、この価値観それ自体に面と向かって反論するのは結構勇気がいることだったりするんですよね。
私の場合、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」や薬師寺シリーズの悪しき影響もあり、「男女平等」というあり方に疑問を抱きその実態について調べ始めたのは結構早かったのですが。
ただ、昨今のあまりにも行き過ぎた「男女平等」という名の女性至上主義については、ネット上で語られることも少なくなくなっていますね。
もちろん、主要マスメディアなどでそれが表に出てくることはまだまだ少ないのですが。

> 育児の件は、「昔の社会形態」とまでではありませんが、
> 私たちが育てられた様にしか、我が子を育てられないのではないでしょうか。
> 父は会社勤め、母は専業主婦、実に理想というか、当たり前だと思っています。
>
> しかし、女性が全員専業主婦であれなどと思っているわけでもありませが、
> 私の妻には子供の教育上、専業主婦を強く推奨します、たとえ貧乏でもです。
> 私はそのように育てられましたから、これ以上の育て方を知りません。

育児というか子育てというのは結構複雑なもので、子供の年齢によって親がやるべき手法も変わってくるものなんですよね。
私が問題にしている乳幼児期から小学校入学前後までの幼少時期は、母親が常に子供のそばにいて面倒を見れるような生活形態こそが理想です。
人間の性格というのはこの時期の親子関係や生活環境によって形成される要素が多々あります。
中でも、この時期に醸成される「母親との信頼関係」というのは極めて重要なものであり、これがあるかないかでその人の一生をも左右しかねないほどの影響を及ぼすとすら言っても過言ではありません。
これが「女性の社会進出」によってその形成が阻害されるとなると、その悪影響は計り知れないものとなります。
なまじ目に見えるものではないだけに、親子共にその自覚がないことも珍しくないのですが、幼少時の子供にとって「母親が自分のところにいない」というのは精神的にも肉体的にも大きなダメージとなりえます。
だからこの時期は、母親が常に子供と一緒にいて、常に母親の目が子供に行き届くような環境が理想なんですよね。

しかし子供が成長し、自我が目覚めるようになると、今度は逆に、親はある程度子供から離れた方が却って子供のためになったりするんですよね。
特に思春期になると、子供は親に反発を抱き、自立しようと考えるようになってきます。
この時期の子供のやることに親が過剰に干渉したり抑圧したりすると、親子関係は大抵の場合悪化しますし、子供が親を憎むにせよ従うにせよ、結局子供には悪影響にしかなりません。
ですのでこの時期だと、子供とある程度距離を置くという意味でも、逆に働きに出るのが理想になるかもしれません。
もちろんそれは、子供を放置して気にもかけない、ということを意味するわけではないのですが。

子育てにとって最も理想的な就労形態というのは、子供が幼少時の頃は子育てに専念し、子供がある程度成長したら働きに出るという「M字型就労形態」です。
しかしこの就労形態は、中途退職や育児休暇の長期化など、企業にとっては大きな負担となってしまうという問題があるため、世間一般ではあまり好意的には受け入れられていない傾向にあります。
子供と女性の双方に負担をかけることのない就労形態を作るためには、企業や社会の在り方そのものを変えていく必要があるのではないかと。

> 歪のもとを作ってしまう方々はそういった教育が不十分なまま
> 大人になってしまったのではないかと思う事もしばしばあります。
>
> そうして、やさしさや思いやりが稀有になってしまって出来た社会システムを
> なんとかしようとした思惑が「男女平等」をうたった法律なのではないでしょうか。

昨今の「男女平等」というのは、男性差別を伴った女性至上主義を美辞麗句的に言い換えただけか、そうでなければ単なる「男女の数合わせゲーム」と化しているだけのシロモノにしかなっていないのが実情ですからねぇ。
大学の理系学部や企業の管理職、さらには政治家などに一定数の女性を入れることを義務付ける「クォータ制」などの制度はまさにその典型例ですし。
そんなことをしたところで男女差別は解消されないどころか、むしろ新たなる男女差別が生まれるだけでしかないのですが。

> 独り言)
> コンビニの普及と女性の社会進出が離婚率の上昇と関係しているのでは?などと真面目に考えています。

どちらかと言えばそれは「離婚率」よりも「結婚しない人の増加」に寄与している要素なのではないかと。
「結婚しなくても普通に生活できる」「ひとりのほうが気楽だ」という発想の蔓延が、結婚率を引き下げ、少子化問題を深刻化させている一因でもあるのですし。

http://www.tanautsu.net/

まる (03/05 00:10) 編集・削除

いろいろ各人考え方に違いはあるでしょう
私は、どちらかというと全体的には管理人さんに賛同ですね。
歪んだ構造になっているというのも同意です。
人間も動物ですが、そのように考えたときに、そのような結論になると思います。ここから離れると歪みが生じてきますね。
ちなみに他の方の投稿にあった優秀、お金を稼ぐという概念は、非常に曖昧です。優秀さという概念、お金を稼ぐから優秀という概念じたい、そうではありませんから。

冒険風ライダー(管理人) (03/05 22:13) 編集・削除

>まるさん
「女性は外に出て働くべき」「専業主婦は賤業」といった考え方は、結局のところ仕事至上主義の男性的価値観に依存したものでしかないんですよね。
当の男性側でさえ、ブラック企業等の台頭で無条件に受け入れ難くなっているその古臭いシロモノを、あたかも進歩的・最先端を歩いているかのごとく錯覚しているのが、昨今の「働けイデオロギー」に汚染されまくった「男女平等」の正体でもあるわけで。
昨今の「男女平等」は、女性ではなく企業の利益を代弁しているに過ぎない、とすら私は考えているくらいですし。
「男女平等」を盲目的に信奉することなく、当たり前の疑問を当たり前に抱くだけでも、今まで見えてこなかった色々なものが見えてくるのではないかと思うのですけどね。

http://www.tanautsu.net/

人里に出現したヒグマの射殺に苦情殺到

北海道札幌市で北海道猟友会が射殺したヒグマがニュースで報じられた結果、札幌市役所に「何故ヒグマを殺した!」という苦情電話が相次いだのだそうです。
これを受けて札幌市では、これからはヒグマを殺さず、山に追い返す方法を模索するとのこと↓

http://megalodon.jp/2012-0424-2314-46/www.j-cast.com/2012/04/23130005.html?p=all
>  札幌市の民家近くに2、3歳と思われるオスのヒグマが一頭出現し、北海道猟友会のハンターが猟銃で駆除した。この様子がテレビのニュースで流れたことがきっかけで、札幌市役所には100件を超える電話が入り、その大半は「なぜ殺した!」という苦情だった。
>
>  札幌市役所では、本州に生息するツキノワグマに比べてヒグマは比較にならないほど巨大で凶暴なため駆除してきたが、これからは山に追い返すなど別の対策を検討しなくてはいけない、と頭を抱えている。
>
>  泣きながら訴える女性など100件以上の電話
>
>  駆除されたヒグマは体長が135センチ、体重が120キロほどだった。
2012年4月19日、里に降りてきたことが確認され、翌20日の午前6時ごろには民家から約20メートル離れた林の中にいた。人を怖がる様子はなく、このままでは住宅街に進入する心配があると判断し射殺した。この日、近隣の小学校では子供に親が付き添って登校させる姿が目立った。
>
>  ヒグマが射殺される様子を20日に複数のニュース番組が放送したところ、直後から札幌市役所の電話が鳴り続けた。環境局みどりの推進課だけでこの日60件近くあり、これまでに100件を超えているという。メディアからの問い合わせを除くと全てが苦情で、
>
> 「なんで殺したんだ!」「山に返せばいいだけなのに」
>
> といったものに加え、
>
> 「何も悪いことをしていない若いクマなのに・・・」
>
> と電話口で泣く女性もいたという。
全ての内容を細かく調べてはいないが、苦情は札幌市内からのものではなかったようだ、とみどりの推進課では話している。
>
> 北海道でヒグマを前年度785頭駆除
>
>  みどりの推進課によれば、ヒグマは大きいものになると体長が3メートル、500キロもあり非常に凶暴だ。小熊であったとしても人を恐れない場合はやがて大きな被害をもたらす可能性があるため射殺してきた、という。しかし、
今回のニュース映像がショッキングに受け止められ、苦情が多数寄せられた。これからはすぐに殺したりはせず、山に追い返すにはどうしたらいいのかなどの検討を始めているという。
>
>  北海道警察の調べによれば、2011年度の北海道でのヒグマの捕獲数は785頭で、調査を始めた55年度以降3番目に多い数字となった。目撃数は1240頭だった。
>
>  里に降りてきたクマの捕獲については、ニュースが流れるたびにネットで論争が起こる。以前は「可愛いから熊を殺さないでほしい」という意見も多かったが、今回の札幌に関しては「やむをえない」がネットでは主流になっている。

街中にヒグマが現れ、人に害を及ぼすかもしれないという状況では、ヒグマの射殺もやむをえない正当な行為としか評しようがないでしょう。
北海道は、ヒグマの獣害のために無人となった開拓民達の集落があるほどに、昔からヒグマの害が少なくない地域なのです。
行政側にしてみれば、市民の安全を守る義務があるのですし、ヒグマを放置して万が一にも人に害が及んだとなれば、謝罪だの賠償だのと責任を追及されるのは確実なのですから。
またヒグマは、そこに美味しい獲物や食料があると分かれば、何度追い払ってもまたすぐに同じ場所に繰り返しやってくるという習性を持っていますので、「山に追い返す」という対策は、その場その場の応急措置以上の効果を持ちえないのです。
さらに、何度も同じヒグマの対処を強いられるのでは、そのための手間と費用もかなりのものとならざるをえませんし、それは全て行政側が負担しなければならないのです。
獣害をまき散らす可能性の高いヒグマに対する対処法としては、やはり「その場で撃ち殺す」に勝る選択肢はないわけです。

にもかかわらず、そのヒグマの射殺を「可哀想」「殺すなんて」と非難する人達は、ペットと同じ感覚でヒグマを見ていたりするのでしょうかね?
犬や猫だって、人間側に経済的・社会的な余裕があるからこそ飼っていられるのであって、数が増えすぎたり凶暴化したりして人間に害を及ぼすとなれば、やはり「殺すのもやむなし」という結論に辿りつかざるをえないのですが。
動物愛護の精神も結構なことですが、それもまずは人間の安全と余裕があってこそのものです。
今回の問題は、動物愛護の精神が酷く歪んだ形で噴出したものであると言えるのではないでしょうか。
まあ、苦情を言っている人たちの中には、グリーンピースやシーシェパードのような、環境問題や動物保護問題を「パフォーマンス&金儲けのビジネス」程度にしか考えていない自称環境保護団体のテロ集団に属する輩もいたりはするのでしょうけどね。


コメント一覧

S.K (04/25 08:23) 編集・削除

概念として身近すぎて危機意識が足りないのは確かでしょうね。
より遭遇確率の高い山地や農地、そこで実際に遭遇した猟師や農業者、ドライバーには別の感想がありますよ。

冒険風ライダー(管理人) (04/25 22:50) 編集・削除

>S.Kさん
実際にヒグマの恐ろしさを目の当たりにしていなくても、「殺さずに追い返す」ことがいかに難しいのかについては、日本各地の自治体におけるサルやシカなどの被害状況や、その対策に苦慮している様などを見ても一目瞭然のはずなのですけどね。
都会であれば、都会の環境に適応して異常繁殖したカラスの問題が一時期話題になりましたし。
「別の何かに置き換えて考えてみる」ということをやっただけでも、ずいぶんと理解が早まるはずなのですが、ああいうクレームをつけてきた人達は、そういう思考が全くできないのでしょうかねぇ…。

http://www.tanautsu.net/

日本社会に蔓延る「空気」の問題と対処法

よく日本社会では、口頭や文書などで命令されたりしていないにもかかわらず、自分の意思に反して半ば雰囲気的に非合理的な愚行への従属を余儀なくされてしまう事例が多々あります。
日本でこれまで生活したことのある人であれば、誰もが一度は「和を乱すな」「空気を読め」と言ったOR言われたことがあるのではないでしょうか?
しかし、この「空気」という概念は、自由な議論を問答無用で封殺し、責任回避の温床にもなっているという点で、社会に害悪しかもたらさないシロモノにしかなっていないんですよね。

「空気」の問題は何も最近になって突然発生したものではなく、戦前の時代には既に存在が確認されていました。
戦前の日本は、朝日新聞をはじめとする大手マスコミが煽りたてた「鬼畜米英」「進め一億火の玉」的な「空気」が世論を支配していましたし、映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」でもその様相がはっきりと描かれています。
戦前の軍国主義についてよく言われる「軍部が暴走して戦争への道を突き進んだ」というのも、実は世論という名の「空気」がそれを支持していたからこそ実現しえたものだったわけです。
また「戦艦大和の沖縄特攻作戦」などは、実行すれば確実に失敗することがあらゆる資料やデータなどから明らかだったにもかかわらず、「当時の空気ではああするしかなかった」として実施せざるをえなかったと、当時の軍関係者が証言していたという話があったりします。
「空気」などに従っても何も良いことはない、それどころか身の破滅に陥る危険性すらあることは、戦前・戦時中における愚劣な政策・作戦の数々が「空気」の名の下に問答無用で実施され、無用な損害と犠牲を出してきたことを振り返っても一目瞭然でしょう。
「空気」の危険性は、既に戦前の昔から警告されていたわけです。

比較的最近における悪しき「空気」の実例としては、2009年8月の衆議院総選挙、およびその前の自民党バッシングが筆頭的なものとして挙げられるでしょう。
当時の日本では、たかだか政治家がカップラーメンの値段や漢字の読みを間違えた程度のことで、汚職事件にも匹敵する一大スキャンダルであるかのごとく騒ぎ立てられ、政治面での実績など何も顧みられることなく「自民はダメだ! 民主党に政権交代を!」などと呼号される始末でした。
挙句、民主党が政権を取ったらどうなるかについて、いくつもの実例を元に当時から警告も行われていたにもかかわらず、「民主党に投票するのは当然のこと」という「空気」がそれらを全て押し潰して政権交代を実現させてしまいました。
その結果が今日の惨状であることは今更言うまでもありますまい。

また、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、「震災自粛」と「反原発」という名の「空気」が醸成されました。
「被災者に配慮する」という大義名分の下、震災被害とは全く関係のない地域で異常なまでに蔓延した震災自粛という「空気」は、そのために倒産する企業まで出るほど猖獗を極め、悪戯に日本経済を痛めつけ却って震災復興を遅らせてしまうありさまでした。
今から考えると、あのバカ騒ぎは一体何だったのかとすら言いたくもなってしまいますね。
そして震災直後に発生した福島第一原発事故に端を発した「反原発」という「空気」は、原発再稼働問題をこれまた悪戯に拗らせ、今なお日本社会に電力供給面での不安と抱え込ませると共に経済への悪影響を与え続けるに至っています。

戦前の軍国主義・民主党による政権交代・震災自粛・反原発…。
その存在によってこれだけの愚行が何度も執拗に展開されるのに、未だに日本社会では肯定的に扱われている「空気」。
このような珍現象が発生するのは一体何故なのでしょうか?

「空気」の弊害は誰もが感じているところでしょうが、一方で、誰もが利益や恩恵を受けないような社会システムが存続などするわけがありません。
となると、実は「空気」にも万人に受け入れられるだけの利益や恩恵が存在する、ということになります。
それは普通であれば、金銭や社会的インフラ・領土・有形財産などの「誰もが目に見える形での分かりやすいものになるはずですが、「空気」の場合は全然違うんですよね。
「空気」があることで得られる利益を突き詰めていくと、その最たるものは「責任の所在が曖昧になる」「責任回避・免罪が受けられる」という点に行き着いてしまうんですよね。
記憶や記録として残る口頭や文書で他人に命令しているわけではないため、言質を取られる心配が一切ない。
あとで「何故あんな愚行をやらかしたんだ」と問われても「あの当時の空気ではああするしかなかった、俺が悪いんじゃない」と自己の責任を回避できる。
結果、誰ひとりとして責任を取ることなく全員が免責されるか、「みんなが平等に悪い」「みんなで責任を取ろう」などという結論に終始することになる。
これが「空気」によって得られる利益と恩恵なのです。
理論的に言えば、「空気」を煽りたてた人間と、それを無条件に信じ込んで迎合した人間は、当然のごとく相応の責任を問われる必要があるはずなのですが、日本ではそれすらもロクに行われることがありませんからねぇ。
つまり「空気」というのは、その扇動者と大衆迎合主義者にとって大変に都合の良い概念である、というわけです。
戦前の軍国主義的な「空気」を煽り、かつて自社がやらかしたサンゴ捏造報道事件のシンボルである「KY」という言葉に「空気を読め」などという新たな造語を付与してのけた朝日新聞社などは、まさにその典型例でしょう(笑)。
戦前の報道に関する朝日の弁明も、まんま「あの当時の空気では…」の論理を地で行くシロモノでしかないですし。
「空気」の存在を誰よりも欲しているのは、昔から「空気」の煽り手だった大手マスコミなのではないかと。
そんな連中のために存続されている「空気」という社会概念は、一刻も早くこの世から消し去った方が良いのではないかと思えてならないのですけどねぇ。

では、そんな「空気」を打破するには一体どのような方法を取れば良いのか?
最初に行うべきは、やはり何と言っても客観的かつ実証性に満ちたデータを元に、「空気」を論破できるだけの強力な理論を作り上げること。
これが最初にできないと、そもそも「空気」のどこが問題であるのかを明示することもできないのですから、ある意味当然の方策でしょう。
また、そういった理論を自前で用意すること自体が「自分で考えて行動する」ことの証明にもなります。
しかし、ただ理論を用意するだけでは「空気」の流れに抗うことはできません。
相手は数を頼みに問答無用で迫ってくるのが常なのですから、ただ正論を振りかざすだけでは、これまでの事例が明らかなように数で押し潰されるだけでしかありません。
そこで、その正論を公の場で大々的に宣伝する場と、理論の正しさを他者に評価してもらう場が必要となります。
前者は後者も兼ねている場合がありますが、後者は前者だけでなく「議論をする場」なども含みます。
ここで重要なのは、宣伝や議論の際には常に第三者の目を意識し、彼らに「『空気』よりもこちらの方に理がある」と評価してもらうことです。
特に議論の場合は、議論相手をいくら追いつめても論点そらしや開き直り、さらには諸々の圧力(暴力行為や脅迫、個人情報の流布など)などで逃げられる可能性が大ですから、むしろそのような無様な姿を第三者の目に晒させる方がはるかに効果的です。
尊敬・崇拝する相手がどんな愚行をやらかしても敬意の念を抱き続ける、などという「信者」的な人間なんてそうそういるものでもないですし、たまにいたとしても笑いのネタにしかならないのですから。

ただ実際には、そこまでやってもなお「空気」を覆せないことの方が圧倒的に多かったりします。
先に紹介した4つの事例でも、結局非合理的な「空気」が合理的な正論を押し潰している現実が存在するわけですから。
「空気」側もなかなかに狡猾なもので、自分にとって脅威となるであろう理論には「絶対悪」のレッテルを貼って人格的に貶めたり、全体から見ればどうでも良い部分をことさら論って挙げ足取りに走ったり、最初から「あんな奴は相手にしない」と上から目線で無視を決め込んだり、さらには有形無形の政治的・経済的圧力をかけて社会的どころか非合法的かつ物理的に相手を葬ってしまったりすることすらも珍しくなかったりします。
たとえ相手に理があると考えても、そこから「空気」に逆らうためには、自分の選択の正しさを信じ、かつ周囲の圧力に抗しえるだけの強い精神が必要となります。
それは大多数の一般人にはなかなか難しいことですし、ましてや、そのことで人的・物的な被害まで発生しかねないとなればなおのことでしょう。

ならば、そういった事情を勘案した上で、より安全確実に「空気」に逆らうにはどうすれば良いのか?
それは、「当時の『空気』の実態およびそれに基づく発言を全て記録し公開すること」これに尽きます。
当時の「空気」の中で、誰がどんな発言をし、どんな行動に出ていたのか、その事実を全て記録し尽くすのです。
そうすれば「空気」が変わり、そいつが変節をしようとした時、その記録を突きつけて責任を問うことが可能となります。
独自の正論も持たず、「空気」だけを担保に好き勝手やっているような人間は、「空気」が変わった途端にそれまでの主張を簡単に翻してしまいます。
しかし、過去の記録があればそういうことも簡単には行えなくなりますし、周囲も「お前はかつて正反対なことを述べていたじゃないか」と警戒するようになります。
もちろん、記録を突きつけられた人間も、その際にはまさに「あの当時の空気では…」などという言い訳をここぞとばかりに披露することになるでしょうが、それは「俺は空気に流されるだけの風見鶏な人間でしかない」と自ら告白するようなものですし、節操のない変節漢として信用も大きく失ってしまうことにならざるをえないでしょう。
しかも、記録する行為自体は何ら「空気」に逆らうものではありませんから、誰でも何らリスクを抱え込むことなく行うことができるわけです。
「空気」で動いている人間も、まさか「俺の言動を記録するな!」などと主張することはできないでしょうし、そんなことをしたら自分の言動に正当性がないことを自ら自白するようなものです。
また、その場の「空気」に基づいた言動が「記録」によって後から裁かれる、ということになれば、安易に「空気」によって動くことについても一定の抑止力として機能しえます。
一見迂遠な手法ではありますが、急がば回れの格言のごとく、「空気」に対抗する一番の道は結局これなのではないか、と考える次第です。

自分の意に沿わないばかりか、自身や社会にとっても害悪しかもたらさない「空気」に従わなければならない理由など、世界の果てまで探してもあろうはずがありません。
他者、特に大手マスコミが煽りたてる「空気」に対抗する術を、国民ひとりひとりが持つべき時にいいかげん来ているのではないでしょうか?


コメント一覧

古賀 (04/21 09:36) 編集・削除

>それは、「当時の『空気』の実態およびそれに基づく発言を全て記録し公開すること」これに尽きます。

今回の記事は特に興味深く読ませていただきましたが、「空気」に対抗する一手段として「記録」をあげているのは卓見ではないかと思います。私の「唐沢俊一盗作問題ウォッチャー」もそれを目的の1つとしているところがあります。

http://homepage3.nifty.com/DOCUMENT/pakuri001.html

冒険風ライダー(管理人) (04/21 11:59) 編集・削除

>古賀さん
私が運用しているタナウツ本家も奇説珍説博物館も、まさに「記録」を売りにしているようなサイトですからねぇ(苦笑)。
元々は「集積されると流れて消滅していく掲示板ログを保存&手軽に参照できるようにする」ことを目的に始めたものなのですが。
ただ以前、朝日新聞社が自社を批判する本を刊行した出版社に対して、著作権侵害を盾に「過去の記事を引用するな」などと抗議した事件や、山本弘が奇説珍説博物館を削除するよう圧力をかけていたと告白していたりする件があったことなどから、「記録というのはそれ自体が意外に強力な武器になるのではないか?」と考えたわけですね。
公開される側からすれば「自分の黒歴史を暴露される行為」に等しいわけですから。
即効性がないという点ではもどかしい部分もありますし、やる気も根気も持久力も必要とされる面倒な作業ではありますが、それに見合うだけの効果は確実に得られるのではないかと考えております。

ネットの台頭によって、「記録」の手間も管理も昔に比べればはるかに減っていますし、個人でも充分可能になっていますからね。
この武器を有効に活用することこそが、「空気」に対抗する最良の方法であろうと思います。

http://www.tanautsu.net/

尖閣諸島と同列に扱われる日本のAV女優

本来ならば国際問題ものの事件なのでしょうけど、何故か微妙に笑いを誘うネタ↓

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1708254.html
> サッカーAFCチャンピオンズリーグ2012のグループリーグ第4節の試合が行われ、広州恒大は柏レイソルと対戦し、3-1で勝利した。
>
> その際、地元広州サポーターは「钓鱼岛是我们的,苍井空是大家的」
(尖閣諸島は我々中国のもの、蒼井そらはみんなのもの)という横断幕を掲げた。

国家間で行われるオリンピック・ワールドカップや国際親善試合の類で、領土問題などの政治絡みのネタを披露したりすることは、国際的に禁止されている行為です。
そんなことをすれば、関係国のサポーター達の暴動を招くだけでなく、国家間の関係にまで悪影響を及ぼし、最悪戦争勃発にまで至りかねないからです。
過去の歴史を紐解いても、サッカーワールドカップの出場権獲得試合での遺恨が開戦の発端となり、南アメリカのエルサルバドルとホンジュラスによって争われたサッカー戦争(1969年)という事例もあるのですし。
日韓共催となった2002年のサッカーワールドカップでも、韓国サポーター達が相手国をバカにする横断幕を掲げたりして問題になっていますし、国際親善の場であるからこそ求められる節度というものがあるわけですね。

そのルールを破っている中国のサポーター達の行動は充分に問題となる話なのですが、笑えるのはその横断幕の主張の中身。
ここ数年何かと話題になっており、つい最近も石原慎太郎東京都知事が「都で購入する」と発言して物議を醸した尖閣諸島のことが出てくるのは、ルール違反は別にしても中国人の発想パターン的に理解はできるとして、何故そこで「蒼井そら」なる人物が出てこなければならないのでしょうか?
「蒼井そら」は、日本ではマニアの間くらいでしか知名度がないのに中国では爆発的な人気を誇っているとTVやネットでも時々話題になる、日本のAV女優のひとりでしかないのですけど。
いくら人気があるとは言え、中国では日本のAV女優ひとりが尖閣諸島と等価値であると見做されていたりするのでしょうかねぇ(苦笑)。
まあ尖閣諸島のみならず「蒼井そら」にしても、違法ダウンロード&海賊版横行が当たり前の中国で、日本のAVビデオの類が合法的に購入されていったなんて到底ありえない話ですし、そんなもので「みんなのもの」などとほざく中国の大衆も、なかなかに面の皮が厚いと評さざるをえないところではあるのですが。

それにしても、何故中国ってあんなにも日本のAV女優に入れ込みまくるのでしょうかね?
「蒼井そら」のみならず、日本のAV自体も中国自作のそれより評価が高いみたいですし。
中国では「夫にとって最大の敵は自分の妻」が当たり前の社会と言われていますし、その辺りの事情が何か影響でもしているのでしょうかねぇ……。


コメント一覧

藤岡真  (04/20 08:24) 編集・削除

蒼井そらのtwitterに中国人がRTしていて、それが「海賊版で不正に視聴していて申し訳なかった。正規料金を支払うので銀行の口座番号を教えてくれ」といった内容だったので、なんだか怖かった印象があります。蒼井そらをフォローしていると、結構目にしますよ。

http://www.fujiokashin.com/

冒険風ライダー(管理人) (04/20 20:32) 編集・削除

>藤岡さん
あのカネにがめついイメージがある中国人でさえそんな投稿をするとは、蒼井そらの中国での人気ぶりは絶大なものがありますね。
新興宗教みたいなノリなので、確かに恐ろしくはありますが(苦笑)。

http://www.tanautsu.net/

民主党がTwitterやブログ等の自粛を党員に要請

民主党が党に所属する国会議員に対し、ブログやTwitterなどを使い政策の審議経過や個人的な情報の発信をしないよう自粛を求める通知を出していたことが判明しました。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120419/stt12041901010001-n1.htm
>  民主党が党所属国会議員に、ツイッターやブログを使って政策の審議経過や個人的な情報の発信をしないよう“自粛”を求める通知を出していたことが18日、分かった。同党では選挙活動でブログを多用する傾向が強く、党内からはさっそく「言論統制にあたる」との反発が出ている。
>
> 通知は三井辨雄、桜井充両政調会長代理名で17日付で出され、
「個人的見解が内閣、与党の見解のように誤解され、野党の攻撃材料になる恐れもあることに十分に留意ください」と記している。
>
> 岐阜県下呂市長選で特定候補への支援を前田武志国土交通相に依頼した山田良司衆院議員が、ブログで前田氏と面会したことをあからさまに「告白」し、問責決議案の提出につながったことなどが念頭にあったとみられる。

今更の話ではあるのでしょうが、民主党ももう末期症状を呈しているとしか言いようがありませんね。
既に民主党のバカっぷりが津々浦々まで知れ渡っている中で、議員達の発言を封じることに一体何の意味があるのかと。
政権交代前に「開かれた政治」をスローガンに謳っていたのは一体何だったのかと、これまた今更問うても空しい限りなのでしょうけど。

今回のニュースは、
「自由民主党から『自由』を取ったのが民主党」
「民主党の『民主』とは民主主義ではなく、共産党の民主集中制のことを指す」
という揶揄をまさに地で行くものであると言えます。
現時点でも、民主党には個人単位でマスコミの報道に口出ししまくる連中が少なからずいるわけですし、そのうち「党ぐるみ」「行政府を挙げて」反民主党的な言動に対する徹底的な弾圧を、民主党は画策するようになるのではないでしょうかねぇ。

ところで、
「権力者の悪口が公然と言える国は世界を支配するのが当然である」
という持論をかつて創竜伝の作中で展開していた田中芳樹が、この民主党の対応についてどのように考えているのか、是非とも知りたいものですね。
田中芳樹も2009年8月の衆議院選挙では当然のごとく民主党に入れたのでしょうし、有権者のひとりとして責任は免れないのではないかと思うのですが(苦笑)。


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