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第46回衆議院選挙が本日公示&選挙戦スタート

2012年の第46回衆議院選挙がついに公示され、本格的な選挙戦が始まりました。
日本憲政史上最悪のバカとキチガイの売国寄せ集め集団である民主党政権に終止符を打つ、日本国民にとって大変重要な選挙となります。

誰に、どの政党に投票するのかは地域によって、また人の数だけ異なるでしょう。
そんな有権者が最大公約数的にまずさし当たって始めるべきは、自分が属する選挙区の候補者の名と顔と所属を知るところからですね。
非常に簡単かつ当たり前のようでいて、実は意外にもこれが出来ていなかったりする人は多いのではないでしょうか。

かく言う私自身、選挙で候補者の名前と顔を知るのは投票直前の投票会場で、というケースが結構あったりします(T_T)。
私の場合、基本的には候補者ではなく政党で政治家を選ぶので、候補者について知る必要があまりなかったというのもあるのですが。
とにかく自民の候補者を選ぶとか、民主党と社民党と共産党は絶対に選ばないとか、個人的にはそれだけで充分だったりしましたからねぇ(^^;;)。
2009年8月の衆院選で小選挙区・比例代表共に自民党および自民党候補者に投票した際も、基本的にはそれで選んでいたりしていたのですし。
政党の候補者は、どんなに個人的な公約を掲げたところで所詮は政党の意向に拘束されざるをえないので、「それならば候補者ではなく政党をメインにして選んだ方が良いではないか」というのが私の考えでした。
それでも、時の「空気」に従うかのごとく民主党に投票して自身の選択を悔いる羽目になった他の有権者達に比べればこれでもはるかにマトモな判断になったというのは、何とも皮肉な話ではあるのですが。

ただまあ、候補者を全く見ることなく政党のみで選ぶというのも少々寂しいものはあったりするので、今回私の地元熊本の選挙区で出馬を表明している候補者達の名前を並べてみたいと思います。
熊本は県内に5つの選挙区があり、各選挙区の立候補者達はそれぞれ以下のようになっています↓

熊本1区
・山部洋史(46) 共産 新
・松野頼久(52) 維新 前
・池崎一郎(60) 民主 新
・木原 稔(43) 自民 元
・倉田千代喜(62)無所属 新

熊本2区
・福嶋健一郎(46)未来 前
・濱田大造(42) 民主 新
・本田顕子(41) みんな 新
・松山邦夫(59) 共産 新
・野田 毅(71) 自民 前

熊本3区
・本田浩一(45) 維新 新
・森本康仁(34) 民主 新
・坂本哲志(62) 自民 前
・東奈津子(43) 共産 新

熊本4区
・矢上雅義(52) 無所属 元
・蓑田庸子(61) 共産 新
・園田博之(70) 維新 前

熊本5区
・中島隆利(69) 社民 前
・橋田芳昭(57) 共産 新
・金子恭之(51) 自民 前

この中で一番注目されるべき戦いは、やはり何と言っても熊本1区でしょうね。
熊本1区は、松野頼久が過去の選挙で4回連続当選を果たしているのですが、当時の松野頼久が所属していた政党は一貫して民主党でした。
ところが今回、松野頼久は日本維新の会に鞍替えした上で選挙戦に臨んでおり、所属政党の変更が選挙にどのような影響を与えるのかが焦点となるでしょう。
個人的には、民主党はもちろん日本維新の会もまるで信用できませんし、ただ単に「選挙に勝つために党を鞍替えした」だけにしか見えない松野頼久自身にもどれほどの信頼性があるのか、はなはだ疑問ではあるのですが。
「ちょっと待て、その無所属(または他の政党名)は民主かも」の標語のごとく、所属政党が変わっただけで中身は全く変化していないでしょうからねぇ。
如何に4回連続当選の実績があるとはいえ、長年民主党を続けてきたという前歴も、松野頼久には大きなマイナスとならざるをえず、今回は苦戦が予想されるところでしょう。
一方、その松野頼久の最有力な対抗馬となるのは、安倍晋三自民党総裁自ら応援演説に駆けつけた、 自民党候補の木原稔。
民主党の逆風で自民党に追い風が吹いていることを鑑みても、今回の熊本1区は実質的に松野頼久と木原稔の一騎打ちになるのではないかと考えられます。

逆に笑うしかないのは熊本5区ですね。
これまた4選連続当選の実績を持つ金子恭之の対抗馬が、よりによって社民党と共産党の候補者しかいないって……。
無所属と日本維新の会の候補者による一騎打ちとなる熊本4区よりもはるかに一方的な勝負になるのが、最初から目に見えているではありませんか。
選挙前から既に勝敗は決しているとしか言いようのない選挙区ですね、熊本5区は(笑)。
こんな選挙区があるのを鑑みると、何かと弊害が指摘される比例代表の並立制度も、それなりに意義はあるのかなぁとついつい考えてしまいますね。

第46回衆議院選挙の投票日は2012年12月16日。
果たして、どのような国民の審判が、各政党および候補者達に下されることになるのでしょうか?


映画「ロボット」感想(DVD観賞)

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映画「ロボット」をレンタルDVDで観賞しました。
日本では2012年5月に公開されたインド・ボリウッド映画で、世界最高の頭脳と能力を持つ人造人間が暴れ回る、ラジニカーント主演のSFアクション作品です。
今作では劇場公開時に熊本では全く上映されておらず、今回そのリベンジを果たす形での観賞となりました。
ちなみに、私がインド・ボリウッド映画を観賞するのは、実は今回が初めてとなります。
インド・ボリウッド映画って、「あの」ハリウッドすらも超える数の映画を製作しているという割には、日本ではあまり劇場公開されておらず、どうにもマイナーなイメージが拭えないところなんですよね。
もう少し劇場公開されても良さそうな気はするのですが……。

今作の主人公であるバシーガランは、実に10年にもおよぶ歳月をかけて、1体のロボットを製作していました。
製作は順調に進み、製作の時点で既に自立歩行はもちろんのこと、格闘技まで問題なくこなし、さらには会話の方法を学んだり歌を歌ったりすることまでできるという高性能ぶりを披露しています。
恋人であるサナですら門前払いをして研究に没頭したために怒りを買って別れ話を切り出されるにまで至ってしまうという副作用はあったものの、ロボットはめでたく完成の日を迎えます。
スピード:1テラヘルツ・メモリー:1ゼタバイト(ゼタはテラの10億倍)という、スペックからして凄まじい能力を誇るそのロボットは、バシーガランの母親によって「チッティ」と名付けられることになります。
最初は、間からの指示を字面通りに解釈し融通の利かない様を見せたり、電話帳の中身を丸暗記して驚異の記憶力を見せつけたりと、いかにもロボットらしい言動を披露するチッティ。
そしてバシーガランは、ロボット工学の要人達?を集めた発表会で、チッティの存在を世に知らしめるのでした。
しかし、発表会の場でそれを面白くなさそうに眺めるひとりの男がいました。
AIRD(人工知能開発局)の局長であるボラ教授です。
彼もまた人工知能を持つロボットの製作を生業としていたのですが、バシーガランと異なり開発がまるで上手く行っておらず、自身が為し得ない成功を達成したバシーガランを妬んでいたのでした。
彼は、男の嫉妬丸出しで、バシーガランに一泡吹かせることを決意するのでした。

そんな中、チッティの桁外れな高性能ぶりに目をつけたサナは、大学?の試験対策のための家庭教師としてチッティを使うことを思いつき、バシーガランに頼み込んで2日ばかりチッティを借りることに成功します。
しかしサナは、大学で好き放題やりまくっているチンピラ学生達と対立し、チッティは彼女を守るべくチートな奮闘を展開しまくることに。
その後、チッティの調整を終えたバシーガランは、AIRDからチッティの承認をもらうべく、AIRDの審査会に臨むこととなるのですが……。

映画「ロボット」は、全体構成の3分の2近くを「チッティの能力披露と変遷の過程」に注ぎ込んでいますね。
序盤は基本的な性能の披露から始まり、中盤にかけてはチンピラとの格闘、火災現場における人助けと、ロボットの性能とそれ故のイザコザに関する描写に終始しています。
個人的に少々疑問を持ったのは、火災現場で風呂に入っていたセルビという女性をチッティが助けた際、衆人環視の前で裸を晒す羽目となった彼女が、報道陣から逃げ出した挙句にタンクローリーに轢かれて死亡した責任がチッティの責任にされてしまったことですね。
あれってどう見ても、チッティではなく裸の女性にカメラを突きつけたマスコミの方に問題があったのではないかと思えてならなかったのですが。
日本やアメリカであればまず真っ先に人権問題に発展しかねない報道だったのですが、ああいうパパラッチ以下レベルでしかない報道手法がインドでは許されるとでも言うのですかねぇ(苦笑)。
今作特有の描写で言えば、チッティがサナを誘拐して逃亡していた際に、サナという人質がいることが分かっていながら、そんなことお構いなしに銃を乱射しまくっていた警官達の描写もなかなかにクるものがありました。
クルマの真横という至近距離からマシンガンをぶっ放しまくるという描写までありましたし。
あれだけ銃を乱射しまくってサナが死亡どころか負傷すらもしなかったのは、単なる奇跡かご都合主義以外の何物でもなかったでしょう。
いくらあの時点ではチッティの驚異的な性能が周知だったとは言え、人質もろとも殺してしまえとあっさり突き抜けてしまえる作中におけるインドの警察機構は、日本やアメリカとはまた違った組織であることをまざまざと見せつけてくれます(爆)。
日本やアメリカの映画で同じような場面に遭遇した際には、必要以上に人質に対する配慮を示して行動を束縛されたり、そこを犯人側に付け込まれて好き勝手されたりする描写が展開されるのが常だったりするのですが。
特に日本なんて、硬直しきった警察機構や官僚組織のあり方が、しばしば映画のみならずエンタメ作品のテーマとして取り上げられたりするくらいなのですからねぇ。
そんな苦悩とは全く無縁な作中におけるインドの警察機構は、日本人から見たらある意味羨望に値するものですらあるのかもしれません。

あと、せっかくチッティをバシーガランから離反させて自分の意のままに操れるチャンスを得たにも関わらず、結果的にチッティに惨たらしく殺されてしまうボラ教授が、あまりにもマヌケに見えてならなかったですね。
彼は、チッティのプログラムを書き換えて好き勝手に暴れ回るよう仕向けた際に、自分にだけは絶対に逆らわない&逆らえないようにするためのセーフティプログラムを全く組み込んでいなかったんですよね。
プログラムの中に主人に対する絶対服従を仕込み、自分達に逆らおうとした際には強制的な措置でもってその行動を抑止するという手法は、映画だと「ロボコップ」辺りで既に描かれている、誰でも考えるべき手垢の付いたシロモノでしかないはずなのに。
チッティを助けたのだから自分は大丈夫だろうと、何の根拠もなく信じ込んでいたのですかねぇ、ボラ教授は。
そんなものは何の安全保障にもならないと、彼ならば他ならぬ自分自身の経験から理解できたはずでしょうに。
あれだけのことをやって黒幕的な雰囲気を醸し出しておきながら、その末路がセーフティネットの張りそこないによる自業自得な自滅というのは、いささか竜頭蛇尾もいいところだったのではないのかと。

しかし今作の真骨頂は、物語後半50分ほどで展開されるアクションシーンにあります。
逃走するチッティとそれを追う警察との戦いと、チッティによって製作された大量の「チッティ軍団」の暴走ぶりは、確かにハリウッド映画も顔負けな要素がふんだんに盛り込まれています。
確かにあんなアクションシーンは、日本映画どころかアクション映画の本場ハリウッドでさえもなかなか思いつけるものではないでしょう。
というか、一体どうやったらあんな超高度な組体操モドキなアクションシーンを考えつくものなのかと(苦笑)。
当然のごとく警察は全くの無力で、チッティ軍団に対抗しえるのは、バシーガランの知略とコンピュータワームを駆使したIT戦術のみというありさま。
圧倒的な力を誇るチッティ軍団と、それを相手に頭脳戦を挑むバシーガランの熾烈な頭脳戦は、製作費37億円もかけているというだけあってなかなかの出来ではあります。
これがしかし日本ではマイナーな映画でしかないという辺りに、インド・ボリウッド映画に対する日本での評価というのが垣間見えて、何とも泣けてくる話ではありますね(T_T)。
もう少し洗練されれば、インド・ボリウッド映画はすくなくとも韓流映画や中国映画などよりは日本のみならず世界にも通じるものになりそうな気がしてならないのですが。

インド・ボリウッド映画の魅力を知りたい方にはオススメの一品と言えるでしょうか。


コメント一覧

ふじき78 (12/04 00:47) 編集・削除

こんちは。
ボリウッド映画は数本観てますが、「ロボット」は明らかに他と比べておかしな映画です。変な完成度なんだけど、目が離せない。他のはもうちょっとお話も首尾一貫してます。インドの警察に関しても・・・主人公が蚊と話ができる世界観ですから、そんなにリアルでなくても問題ないでしょ。

冒険風ライダー(管理人) (12/04 01:26) 編集・削除

>ふじき78さん
ボリウッド映画というのは奇抜なアクション以外にも、劇中でやたらとミュージカルな歌と踊りがあるという定評があるようですね。
今作でも妙なミュージカル描写が2、3箇所ほどありましたし。

>蚊との会話
あのやり取りができるようなプログラムないしは教育が、一体どのような形で行われたのは多大なまでに興味をそそられますね(苦笑)。
いくらバシーガランと言えども、そんなもの記憶させる意義も理由もないようにしか思えないところですし。

http://www.tanautsu.net/

映画「007 スカイフォール」感想

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映画「007 スカイフォール」観に行ってきました。
「007」のコードネームを持つイギリスMI6の老練なスパイのジェームズ・ボンドの活躍を描いた、人気スパイアクションシリーズ第23作目。
映画「カウボーイ&エイリアン」「ドラゴン・タトゥーの女」等で主演を担っているダニエル・クレイグが、6代目ジェームズ・ボンドを演じています。

今作で登場する舞台は、トルコのイスタンブール・中国の上海・そしてイギリス(ロンドンとスコットランド)となります。
物語冒頭は、トルコのイスタンブールでMI6の工作員が何者かによって殺害され、テロ組織に潜伏している全NATO諸国に属する工作員達のリストが入っているハードディスクが奪われたところから始まります。
これまでのシリーズと同様に今作でも当然のごとく主人公であるジェームズ・ボンドは、今回の仕事でコンビを組んでいたイヴ・マネーペニーと共に犯人の追跡を開始。
かくして映画始まって早々に、イスタンブールの街中を舞台としたカーチェイス等の追跡劇が展開されます。
しかし、成り行きで乗った列車の屋根の上でジェームズ・ボンドが犯人と格闘している最中、MI6の責任者であるMの命令で狙撃してきたイヴの銃弾で、ジェームズ・ボンドは列車が渡っていた橋の上から断崖の下にあった川へと落下してしまいます。
しかも、犯人は当然のごとく逃がしてしまうという最悪の結果に。
その後、ジェームズ・ボンドの身柄は捜索にもかかわらず見つかることなく、MI6の公式記録上では「ジェームズ・ボンド殉死」と記されることになるのでした。

それからしばらく経ち、MI6はハードディスクが奪われた責任を追及されており、組織の改編とMの交代が議会で議論されていました。
そんな中、Mが議会からMI6の本部へ帰ろうとする途上で、MI6のサーバがハッキングを受けた上、MI6の本部も爆破されてしまうという事件が発生します。
犯行に及んだのは言うまでもなく、冒頭でハードディスクを奪った一味です。
MI6のサーバがハッキングされたことで、ハードディスクの中身も解読されてしまい、犯人グループは1週間毎にリストの中から5人を選んで名前をサイト上で公表すると宣言します。
一方、橋から落ちたもののやはり無事だったジェームズ・ボンドは、南国のリゾートっぽい場所でバカンスを楽しんでいました。
しかし、MI6の本部が爆破されたというニュースを聞きつけるにおよび、彼はMI6の復帰を決意。
Mの自宅で忽然と姿を現し、Mに対して自身の復帰を高らかに宣言するのでした。
Mは復帰するためには再テストを受ける必要があると言い、本部が爆破されたことで別の場所に移されたMI6の新たな本拠地へジェームズ・ボンドを案内することになります。
そこでジェームズ・ボンドは再テストを受け、自身に浴びせられた銃弾を元にハードディスク強奪犯を割り出し、その強奪犯が現れるとされる中国の上海へと赴くことになるのですが……。

映画「007」シリーズは、1962年に映画版第1作目が公開されて以降、「スカイフォール」で23作目を数えるという、相当なまでの長期にわたるシリーズとなっています。
しかし、いくらこれまで総計6人がジェームズ・ボンド役を代替わりしてこなしてきたとはいえ、他ならぬ作中のジェームズ・ボンド自身がかなりの高齢な設定となってしまっています。
作中でも、「あなた方のやり方は古い」的な批判をジェームズ・ボンドやMI6は散々受けてきたわけですし。
このままの設定で行くと、作中のジェームズ・ボンドはどんどん年を重ねていくことになりますし、それでもシリーズを継続させた場合、下手すると齢100歳を超えたジェームズ・ボンドが現役で活躍を続けるなどという滑稽な事態にもなりかねないでしょう。
そうなると、ジェームズ・ボンドの存在そのものが「不死」という秘密を抱えることになってしまいますから、それを狙って世界各国の諜報機関やマフィア系組織がジェームズ・ボンドの身柄を手に入れるべく蠢動を始める、などというオカルティックな展開にも発展しかねないのではないかと(苦笑)。
生年月日をずらせばこの問題は解消できるかもしれませんが、ただそれをやると、老齢のジェームズ・ボンドが今度は若返ったり、ハッカー的なジェームズ・ボンドが誕生したりと、これまでのストーリーとの整合性がない変な方向へ行ってしまう可能性もなきにしもあらず。
下手をすれば、それが「007」シリーズのイメージを破壊することにもなりかねないわけですし、シリーズ継続もだんだんと難しいものになっていっているのではないですかねぇ。

今作では、「007」シリーズの特色でもあった「秘密兵器」と「ボンドガール」の占める割合がかなり低いものとなっていますね。
作中に登場した「秘密兵器」と言えば、指紋認証でジェームズ・ボンド以外の人間には使用できず、かつ自身の居場所を伝える送信機能を持つ銃だけ。
それでも活躍していたと言えば言えるのですが、奇抜な「秘密兵器」が活躍していたこれまでのシリーズ作品と比較すると、いかにも「地味」なイメージが拭えないところです。
ベレニス・マーロウが扮した「ボンドガール」のセヴリンに至っては、物語中盤でようやく登場してジェームズ・ボンドとバスルームセックスにしけこんだかと思いきや、さしたる活躍もないままに敵方のラウル・シルヴァに撃ち殺されるという末路を辿るというだけの出番しかありませんでした。
今までの「ボンドガール」って、ジェームズ・ボンドと一緒に最後まで行動を共にし、場合によっては一緒にアクションを演じたりして活躍するパターンも少なくなかったと思うのですけどねぇ。
むしろ、ラウル・シルヴァやジェームズ・ボンドと深い関わりのあるMの方が作中での露出度ははるかに高く、「彼女こそが今作における真のボンドガールなのでは?」とすら考えたくらいでしたし。
作品全体の雰囲気やテーマでも「過去と向き合う」的な要素が強い作品ですし、その点では既存のシリーズ作品とはやや異なる赴きがあるかもしれません。

あと、今作のラスボスであるラウル・シルヴァは、やっていることが世界的なレベルで大掛かりな割には、その動機や目的があまりにも小さすぎるという感が否めないですね。
MI6本部を爆破したり、イギリス議会に殴り込みをかけるなどといった大胆な犯行を重ねていたその真の理由が「かつて自分を見捨てたMに対する復讐」でしかないって……。
最初にそれが明示された物語中盤頃は、「それは真の目的を隠すためのダミーなのではないか?」と考えていたのですが、結局彼は最後まで「Mへの復讐」に固執し続けていましたし。
ラストなんて、当の本人の精神面以外には何ら物理的な利益をもたらすことがなかったであろう「ジェームズ・ボンドの実家であるスカイフォールへの襲撃」まで実行するありさまでした。
ラウル・シルヴァが単に「Mの死」を望むのであれば、より少ない犠牲で確実に実現しえる手段など他にいくらでも存在しえたはずなのに、一番犠牲が大きく不確実な手段の選択肢をわざわざ選んでいるとしか思えなかったですからねぇ、アレは。
ラウル・シルヴァにしてみれば、そこまでの犠牲を払ってでもMを自分の手で直接殺害することを望んでいた、ということになるのでしょうけど。
しかも、結果的にスカイフォールの戦いでMが流れ弾?に当たって死んでしまったことを鑑みると、ラウル・シルヴァは(自分が一番望んだ形ではなかったにせよ)結果的に自らの復讐を見事に成就したことになってしまいます。
その点でジェームズ・ボンドは、ラウル・シルヴァを殺すことには成功したものの、Mを守り彼の復讐を妨げるという目的を達成できていないわけで、爽快感が売りのスパイアクション映画的には何ともすっきりしない結末と言わざるをえないところです。
「ダイ・ハード」や「ダイ・ハード3」のように「復讐や政治的テロに見せかけて実は……」的なワンクッションでもあった方が、ここでは却って良かったのではないかと思えてならないのですけどね。

作中で繰り広げられるアクションシーンについては、さすが「007」シリーズというだけのことはあり、それなりに見応えはあるものとなっています。
冒頭からいきなりカーチェイスが始まることもあって退屈はしないですし。
これまでのシリーズのファンがアクション映画が好みの方にはオススメの作品ですね。


テレビドラマ「大奥 ~誕生~ 有功・家光篇」 第8話感想

全10話放送予定のTBS系列の金曜ドラマ「大奥 ~誕生~ 有功・家光篇」。
いよいよ残り3回となり、ラストも見えてきた今回は2012年11月30日放映分の第8話感想です。
前回第7話の視聴率は、これまでの放映分では最低記録となる7.1%。
内容的には「動物の死」や陰惨なイジメなどは特に描かれていないのですし、必ずしも悪いものではなかったはずなのですが、一体何が災いしていたのでしょうか?
なお、過去の「大奥」に関する記事はこちらとなります↓

前作映画「大奥」について
映画「大奥」感想&疑問
実写映画版とコミック版1巻の「大奥」比較検証&感想

原作版「大奥」の問題点
コミック版「大奥」検証考察1 【史実に反する「赤面疱瘡」の人口激減】
コミック版「大奥」検証考察2 【徳川分家の存在を黙殺する春日局の専横】
コミック版「大奥」検証考察3 【国内情報が流出する「鎖国」体制の大穴】
コミック版「大奥」検証考察4 【支離滅裂な慣習が満載の男性版「大奥」】
コミック版「大奥」検証考察5 【歴史考証すら蹂躙する一夫多妻制否定論】
コミック版「大奥」検証考察6 【「生類憐みの令」をも凌駕する綱吉の暴政】
コミック版「大奥」検証考察7 【不当に抑圧されている男性の社会的地位】
コミック版「大奥」検証考察8 【国家的な破滅をもたらす婚姻制度の崩壊】
コミック版「大奥」検証考察9 【大奥システム的にありえない江島生島事件】
コミック版「大奥」検証考察10 【現代的価値観に呪縛された吉宗の思考回路】
コミック版「大奥」検証考察11 【排除の論理が蠢く職業的男性差別の非合理】

テレビドラマ「大奥 ~誕生~ 有功・家光篇」
第1話感想  第2話感想  第3話感想  第4話感想  第5話感想  第6話感想  第7話感想

第8話は、原作3巻P197から4巻P11までのストーリーとなります。
お楽の方が死亡後、春日局が危篤状態に陥り死ぬシーンから、公の場における女版家光のお披露目までが描かれています。
ただ一方で、これまでの話ではスルーされていたエピソードが順番を入れ替える形で出てきていたりもしますね。
今話のオリジナル要素は以下の通り↓

・春日局の看病について「何故!?」と問い質しにきた玉栄と、それに答える有功。
・有功に触れることを嫌がる矢島。
・有功に自分の過去を話す春日局(内容は原作3巻P44~P47のエピソード)。
・稲葉正則の死で、妹の「のの」が代わりに稲葉正則に成り替わる。
・「自分を恨んでいるであろう?」と有功に返答を求め、かつ「平和のために手段を問わなかった」と告白する春日局。
・その春日局に対し、自身の心境を語る有功。
・春日局の死の間際に回想シーン(内容は原作3巻P51~P52のエピソード)、および女版家光との会話。
・春日局の死で稲葉正勝が号泣するシーン。

いよいよ男女逆転が公然と歴史の表舞台に出てくることなった今回のストーリー展開で、しかし多大なまでの違和感を覚えざるをえないのは、男性が減って女性が圧倒的多数になって社会的な実権を掌握していく過程が原作と比較して圧倒的に少なく、登場人物の説明だけで強引に片づけているために、その必然性や切実感が今ひとつ弱い感が否めないことですね。
原作だとこれは、神原家のエピソードでそれなりなレベルで語られることではあるのですが、神原家はテレビドラマ版には全く出てきていないのですし。
代わりに出してきたのが稲葉正勝の一家ということになるのでしょうが、作中に出てくる赤面疱瘡の脅威と社会的な男女逆転の変遷を示す描写が少ない上に規模が小さすぎることもあって、見様によっては「単にお家存続の危機にある個々の武家が、お家取潰しの沙汰が下ることを避けるための自己保身的な手段として女性を男性に見せかけているだけ」でしかないようにも解釈できたりしてしまいます。
作中の赤面疱瘡は、全身が赤くなる不治の奇病としての部分ばかりが強調されていて、その驚異的な感染力や人口激減などについては全く何も描かれていません。
本当に赤面疱瘡の脅威を描くのであれば、映画の「アウトブレイク」や「感染列島」のごとく、人から人へ次々と集団感染していく様をきっちり描き、若い男性が次から次へと大量にバタバタ死んでいく描写でも織り交ぜないと説得力など出しようがないでしょうに。
まあその点については原作でも甘い描写に終始してはいるのですが、その原作と比較してさえも、登場人物の説明にその大部分を依存している赤面疱瘡の脅威の描かれ方は、個人的な嘆きとしてはともかく、社会的な切実感や緊迫感といったものがまるで伝わってこないシロモノにしかなっていないのですが。
作中の赤面疱瘡は、江戸時代の四大飢饉(寛永・享保・天明・天保)の犠牲者数の総計をさらに2~3倍しただけの数の人口を減らしているというのに。
「大奥」世界の世界観にも関わってくるであろうその辺りの事情を、登場人物の説明や解説だけで終わらせてしまうというのは正直どうなのかと。
身も蓋もないことを言えば、番組制作の予算がないからそんな描写に終始しているのでしょうけど、もう少し何とかならなかったのでしょうかねぇ。

今話は全体的に、原作ストーリーの引き伸ばしとオリジナル要素を織り交ぜて時間稼ぎでもしているかのような構成でしたね。
原作を知っているからというのもあるかもしれないのですが、どうにも退屈な展開が延々と続いているような印象が拭えなかったです。
個人的には今まで一番面白くなかったエピソード回でしたね、今話は。
残りはあと2話で、次回は有功が大奥総取締に就任するまでの話となるようなのですが、今回のような「引き伸ばし感」満載なストーリーは勘弁願いたいものです。


FC2ブログのgoogle検索非表示問題

FC2ブログで書き込まれた最新記事が、google検索に全く引っかからなくなったという事態が発生していたようです。
googleが定期的に実行している「パンダアップデート」による影響が大きいようなのですが↓

http://www.j-cast.com/2012/11/28155844.html?p=all
>  米国大手ブログサービス「FC2」で、利用者が記事を更新してもグーグルで検索できない事態が2012年11月18日ごろから一部で起きていることが分かった。スパム行為のサイトをグーグルが検索できなくさせる「グーグル八分」ではないか、といった説も出ている。
>
>  「最近書いた記事がインデックスされてないわ。なんかペナルティでもくらったのか」「新規記事へのアクセスは激減どころか、ゼロ」
>
> サーバ障害などではないかとの見方も
>
>  FC2ブログの利用者から、こんな悲鳴が2012年11月18日ごろから上がるようになった。ツイッターなどでも報告されるようになり、NAVERまとめでも28日に「今、FC2ブログがヤバイらしい・・・」との記事になって騒ぎが広がった。
>
>  その理由として、FC2ブログサービス自体がネット上の村八分に当たる「グーグル八分」にされたのではないかとの憶測が流れた。
>
>  
グーグルでは、検索上位に故意に誘導するスパム行為などを事実上検閲しており、2006年3月には、ある大手IT企業が「グーグル八分」にされたと話題になった。今回は、FC2のサービスが何らかの理由で対象になったのではないかというわけだ。
>
>  ただ、「俺のブログは普通に検索できるんですけどw」といった報告も多く、すべてのブログに障害が出ているのではないようだ。FC2が中国向けに個々のブログを重複作成しており、コピペブログに厳しいグーグルがこうしたブログに手を打ったのでは、という未確認情報も出ている。
>
>  こうした混乱に対し、検索エンジン最適化(SEO)の専門家として見解を述べるブロガーも出た。
>
>  SEO大手のアイレップ役員の渡辺隆広さんは、不特定多数が障害を報告しており、11月28日に問題は解消されたとみられるとして、「グーグル八分」などではないのではないかとブログで指摘した。そのうえで、「FC2側のネットワークまたはサーバ障害であると考えるのが妥当だろう」と言っている。
>
> 専門家「グーグル八分ありえる」
>
>  FC2サイトの障害情報では、23日からユーザーのブログ表示や操作などに障害が出たとしている。もしかすると実際の障害は18日ごろから出ており、正式に確認したのが23日なのかもしれないが、明らかではない。サイトでは、翌24日にメンテナンスが完了したとしている。
>
>  一方、別のSEO大手、アウンコンサルティングでは、
グーグルが検索品質を上げるためにアルゴリズムを変更する「パンダアップデート」を実施したと発表していたことから、その影響があったのではないかと担当者が取材に明かした。ブログタイトルの下にある広告が特に引っかかりやすくなっているといい、検索順位が変わったとの報告がFC2以外のブログ利用者らからも上げられているそうだ。
>
>  ただ、サーバ障害なども要因として考えられるほか、「グーグル八分」の可能性もあると指摘した。
>
> 「グーグルは、推奨しない形でSEOを用いれば、ブログサービスでマイナス評価もすると以前から明確にアナウンスしています。今回については、グーグルの意思については分かりませんが、ありえないことではないと思います」
>
>  実際はどうなのか、グーグル日本法人やFC2に取材したところ、回答は得られなかった。

タナウツでも「パンダアップデート」には大打撃を被った前歴があるだけに、私としては「またかよ」と言いたくもなってしまいますね。
一体何回この手の混乱を招けば気が済むのかと。
いくら「パンダアップデート」が不完全かつ不安定なアルゴリズムだからとはいえ、こうまで「本来検索避けの対象とはならないはずのサイト&ブログへのダメージ」が続くというのは少々問題なのではないかと。
現行のgoogleの「パンダアップデート」というのは実は相当なまでに精度が低いのではないか? とは以前から疑問に思わずにはいられないところなんですよね。
画像やバナーに他サイトへのリンクが貼ってあったらそれは広告、と機械的に一律判定しているような気配さえありますし。
いくらWeb上に膨大な数のサイト&ブログがあり、それに付随するこれまた半端な数ではないページがあるとはいえ、googleの検索アルゴリズムはつくづく混乱ばかりを招くシロモノとしか言いようがないですね。
「スパムだけを除く」という本来の主旨が完璧に実現できるよう、「パンダアップデート」を筆頭とする検索アルゴリズムを何とか上手く修正して欲しいものなのですが。


コメント一覧

Abu (12/01 02:06) 編集・削除

確かに今回のパンダアップデートは精度が低すぎますね・・・
意味がわからないです。

冒険風ライダー(管理人) (12/01 03:06) 編集・削除

>Abuさん
現行の「パンダアップデート」には、まだ技術的に難しい部分が少なくないのではないかと思うんですよね、私は。
「閲覧者のためになる有益なコンテンツ」というのは定義が曖昧過ぎますし、何をもってそう言えるのかについては個々人によっても差があるものでしょう。
にもかかわらず「パンダアップデート」は、「広告バナーの有無」とか「コンテンツの容量」などといった要素を元に機械的な判定を下しているだけでしかないような感がどうにも否めないところで。
スパムサイトを排除するならするで、もう少し精度の高い検索アルゴリズム変更を行って欲しいものです。

http://www.tanautsu.net/

放送法違反レベルの「安倍叩き」経済政策批判要請問題

テレビ局が番組の出演者に対して、安倍晋三自民党総裁の経済政策を批判するよう要請していたことが話題になっています。

http://matome.naver.jp/odai/2135401557625203401
> BSフジで毎週土曜に放送されている情報番組「BSフジLIVE ソーシャルTV ザ・コンパス」(http://www.bsfuji.tv/compass/)の連携ネット配信番組「ニコ生×BSフジ ニコニ(コ)ンパス」の2012/11/24の放送回の中で、駒澤大学准教授の飯田泰之氏が、テレビ出演の打ち合わせで「『なんとか、財政破綻とハイパーインフレでお願いします』」と、テレビ番組スタッフから依頼を受けたと告白した。飯田氏は、自民・安倍総裁の金融政策を支持しながらテレビに出続ける評論家の宮崎哲弥氏のことを「すげぇ」とも語っており、そのことから自民党の安倍総裁が打ち出した金融政策への反対意見を言うようにテレビ局側から要求されたのでは、と話題になっている。
>
> 現在ネット上に出回っている、発言の該当部分を切り取った動画では、自民党の政策を批判するように事前に要求したテレビ番組名は出てこないが、飯田泰之氏がテレビ朝日の情報番組『モーニングバード』の金曜日のレギュラーコメンテーターを務めていることから、動画投稿主は『モーニングバード』を名指しで批判している。
>
> しかし、飯田泰之氏はモーニングバード以外にフジテレビの情報番組「Mr.サンデー」にも11/25に、インフレターゲット政策の解説役として出演しており、この打ち合わせの件とも考えられる。

問題の動画

テレビ局はもう、公正中立を謳った放送法を守るつもりなど全くないようですね。
たとえどんな偏向報道をやらかしてでも、安倍&自民叩きをすること自体がすっかり至上命題と化しているようで。
マスコミの偏向報道自体は、安倍叩きを社是とする朝日のごとき新聞社まで存在するくらいなのですから今更驚くべきことでもないのでしょうが、放送法に真っ向から逆らうような言質を残して平然としていられるほどにまで堕ち果てているとはねぇ(-_-;;)。
民主主義国家において保障されている「言論・思想の自由」というのは、マスコミが偏向報道を行なったり「報道しない自由」を行使したり、挙句の果てには他者に自分達の意見を強要したりして良いものなどではありえないのですが。
日本のマスコミの病理は、もはや死ぬまで治ることはないのでしょうか?

マスコミがこんなことをすればするほどに、「(マスコミが)ここまでするからには自民&安倍総裁は逆に高く評価できる」と私などはますます確信を持って考えられてしまいますね(苦笑)。
民主党が論外なのはもちろんのこと、第三極の筆頭である日本維新の会をはじめとするその他の政党も、政策面および党の規模とまとまりなどの要素でイマイチ信用がおけないですし。
報道機関の名にも値しない日本の偏向マスコミ群に掣肘を加え、正しい報道のあり方を取り戻すためにも、安倍総裁率いる自民党には是非とも次回の衆院選で大量の議席を確保してもらいたいものです。


映画「カラスの親指」感想

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映画「カラスの親指」観に行ってきました。
道尾秀介の同名小説を実写化した、阿部寛と村上ショージが主演を担う人間ドラマ作品。

物語最初の舞台は競馬場。
競馬場の馬券売り場で、あからさまに初心者な風体の長身な男がひとり、何の馬券を買うべきか迷う様子を見せていました。
そんな男に近づき声をかける、こちらは小柄な男。
彼は自己紹介の後、「この馬券を買うといいよ」ととある馬券を勧め、その場を後にします。
そんな2人の様子を後ろから眺めていた、ユースケ・サンタマリアが扮する優男。
競馬場のレース結果はどうやら小柄な男の忠告通りの内容になったらしく、競馬場の客席で喜ぶ長身の男の前に、優男は注意を呼び掛けます。
実は先の小柄な男の言動は詐欺の一環であり、このまま換金所へ行けばさっきの男がやってきて分け前を求めてくることになると。
その優男によれば、小柄な男の詐欺の手法は、あらかじめ全ての馬券を複数の人間にひとつずつ教え、当たった人間をターゲットにしてカネをせびるというものなのだそうで。
そんなことになっては面倒だから、その当たり馬券は俺が買おうと優男は申し出てきます。
もちろん、そんな優男の親切ぶりには当然のごとく理由がありました。
優男は、長身の男が持っていた馬券が実は配当金400倍以上もの当たり馬券であることを知っており、長身の男の無知ぶりに乗じて、本来の配当金の10分の1以下の金額でその馬券を買おうとしていたわけです。
最初は渋っていた長身の男でしたが、何やら急いでいるらしい男は電話でせっつかれていたようで、優男の言うがままに馬券を売ってしまい、その場を後にします。
優男はしてやったりと言わんばかりにさっさと換金所へと向かい、馬券の両替を行なおうとします。
ところが換金所のATM?は、優男の馬券に対して「この馬券は換金できません」という応答を返すばかり。
不審に思った優男が馬券をよくよく調べてみると、何と馬券の表面はシールによる二重構造になっており、シールをめくったら全く違う馬券が出てきたのでした。
長身の男を騙したつもりで、本当に騙されたのは実は優男の方だったのです(苦笑)。
優男を騙した一連の詐欺は、長身の男と、長身の男に最初に話しかけてきた小柄な男が共謀したものだったというわけですね。

今作の主人公で阿部寛が演じる長身の男の名は武沢竹夫といい、小柄な男からは「タケ」と呼ばれていました。
一方、村上ショージが扮する小柄な男の方は入川鉄巳といい、タケからは「テツ」という愛称をつけられていました。
2人はコンビを組んでおり、冒頭の競馬場での一件のように詐欺行為に手を染めることで生計を立てていました。
基本的にはタケの方がベテランの本職詐欺師で、テツはオタオタしながらその手伝いをする素人な相棒といった感じです。
競馬場の詐欺で大金を手にし、近くのタンメン屋?でささやかな祝杯を上げていた2人は、しかしその最中で、自分達が借りているアパートの一室が火事になっているのを目撃します。
するとタケは顔を青ざめさせ、テツの手を引っ張ってその場を後にし、火事になったアパートへ戻ることなく公園の遊具の下で野宿をするのでした。
そしてタケは、自分が詐欺師になった経緯をテツに語り始めます。
元々は普通のサラリーマンだったタケは、しかし会社の同僚がこしらえた借金の連帯保証人になってしまい、闇金から借金の返済を迫られた過去がありました。
そして闇金を牛耳るヒグチという男の手下として借金の取り立て役を任され、借金の返済を迫った先の女性を自殺にまで追い込んでしまったのです。
その行為にウンザリしたタケは、ヒグチの事務所から金貸しのリストを密かにちょろまかし、それを警察に持って行ってヒグチもろとも闇金組織を壊滅させることに成功。
しかしその直後、タケの家が火事に見舞われ、その際に彼の唯一の肉親だった娘が他界することとなってしまいます。
そこにヒグチの影を見出さざるをえなかったタケはただひとり逃亡、その後はまともな職に就くこともなくいつの間にか詐欺師になったとのことでした。

その後、別の場所で新たな一軒家を拠点として確保し、心機一転と言わんばかりに詐欺稼業を再開したタケとテツの2人は、詐欺のターゲットを物色している最中、目星をつけていたターゲットにスリを働いた少女を目撃します。
とっさに2人は助けに入り、少女を逃がすことに成功。
ひとまず落ち着いたところで2人が事情を聞くと、今いるアパートの家賃が払えず、近いうちに追い出される公算が高いことから、一発逆転的にスリに走ったとのこと。
その少女に何か感じるものがあったのか、タケは少女に対し、アパートを追い出されたら新たに確保した自分の拠点に来るよう少女に促すのでした。
これが、タケにとっても少女にとっても大きな転換点となるのですが……。

映画「カラスの親指」は、ラスト30分の思わぬ展開と伏線の回収ぶりが光る作品ですね。
それまでの映画の世界観が根底から覆る衝撃の展開でしたし、そこに至るまでの伏線の積み重ねがまた丁寧かつ大量に行われています。
これほどまでの大逆転ぶりは、今年観賞した邦画作品の中でもダントツの凄さで、観客として見てさえ思わず「これは騙された!」と唸らざるをえないほどに秀逸な出来です。
洋画も含めた映画全体で見ても、今作に匹敵するだけの大逆転をこなしてみせた作品は「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」くらいなものでしたし。
映画の評価はラスト30分の展開でその大部分が決まる、というのが私の持論なのですが、今作はその定義に見事に当てはまった構成ですね。
人間ドラマ的な面白さ以上に、ミステリー的な要素も少なくない作品と言えるのではないかと。

逆に今作で一番悲惨な役どころを演じる羽目になったのは、物語中盤で主人公達の平和な生活を乱したと見做され、詐欺のターゲットとして狙われることになるヒグチ一派でしょうね。
物語ラストで披露される真相から見れば、彼らは一方的に冤罪をかぶせられ危険視された挙句に先制攻撃を受ける羽目になっていたわけなのですから。
もちろん、彼らもそれなりに非道なことをやらかしまくっていた前歴があるのですし、作中でも言われていたように本当にタケ達を襲撃する可能性も決してなくはなかったのですが。
ここでさらに笑えたのは、ヤクザの一員が主人公達の素性に探りを入れた際に■■を指さしてやり返した台詞「私は○○○○の△△△なんです」でしたね。
あれを言われた時、黒幕の人は内心大爆笑していたのではないですかねぇ。
良くも悪くも、確かに凄く良い思い出になったのではないかと思えてならないのですが(苦笑)。

今作では「阿部寛主演」というのが映画広報の際の売り文句のひとつとなっていましたが、作中ではどちらかと言えば村上ショージのキャラクターぶりの方が光っていた感じではありましたね。
何でも村上ショージは、今作が初めて本格的な俳優としてデビューした映画となるのだそうで。
あの最後まで飄々としていたキャラクターぶりは、私は嫌いではないですね。
今作の雰囲気にも良く合っていましたし。
両者のファンと人間ドラマ&ミステリー好きな方は、今作を見る価値があるのではないかと。


映画「人生の特等席」感想

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映画「人生の特等席」観に行ってきました。
アメリカ大リーグの卵となる選手をスカウトする仕事を長年にわたって続けてきたプロでありながら「失明の兆候」を発症するという致命的な問題を抱えている老齢の男と、彼の娘で弁護士としての出世を夢見るキャリアウーマンの家族としての軌跡を描いた、クリント・イーストウッド主演作品。

物語の冒頭では、クリント・イーストウッドが演じる今作の主人公であるガス・ロベルが、老齢のためもあってか視力が衰え、排尿すらも不自由な体を晒すシーンが展開されます。
彼はアメリカ大リーグで活躍する名だたるプロの選手を次々とスカウトしてきた「その筋のプロ」なのですが、近年は老齢のためか新規の選手をまるで発掘できずにいました。
彼が所属するアトランタ・ブレーブスでも、パソコンを駆使して選手の見極めを行っているフィリップ・サンダーソンを中心に、ガスの手腕を疑問視する声が上がっている始末。
さらに彼は、妻には先立たれ、唯一の肉親である娘のミッキー・ロベルとは不仲もいいところで、せっかく一緒に外食をした際にもたちまちのうちに喧嘩別れするような関係にありました。
そんな中、アトランタ・ブレーブスでは、ノースカロライナ州の高校の野球チームで主力を担っているボー・ジェントリーという選手に注目していました。
アトランタ・ブレーブスは、ボー・ジェントリーの実力を確認し、彼がスカウトに値する選手であるかを見極めるべく、ガスにノースカロライナ州へ向かうよう指示。
出発の直前、ガスは亡き妻の墓参りへと向かい、娘が弁護士の資格を持妻でに至ったことを誇らしげに報告すると共に、娘との関係が上手くいっていないことを自虐混じりにことぼくのでした。

一方、ガスの長年の友人で同じアトランタ・ブレーブスの同僚でもあるピート・クラインは、ガスの娘のミッキーに対し、最近のガスの様子がおかしいことを報告すると共に、ガスと一緒にノースカロライナの試合会場を回って欲しいと頼み込むのでした。
当初、弁護士であるミッキーは、ちょうど自身の出世がかかっている重要な仕事の真っただ中にあったこともあり、取りつく島もなくこれを断ります。
しかし、ガスのことを診療していた医者にガスの容態を聞き、視力に異常があり早急な検査と手術が必要な体であるという情報を強引に聞きつけ、さらには出世の競争相手であるトッドに家族のことで嫌味を言われたこともあって、彼女は強引に数日間の休みを取得して父親の後を追うことになります。
かくして、ノースカロライナ州で再会し、ボー・ジェントリーのチームの試合を観覧して回ることになるガスとミッキーの2人。
ノースカロライナ州での旅は、2人の関係にどんな影響を与えることになるのでしょうか?

映画「人生の特等席」は、前半と後半で流れが大きく変わるストーリー構成ですね。
物語前半では、クリント・イーストウッドが演じるガス・ロベルの老衰ぶりと頑固親父ぶりがとにかく前面に出ていて、あまり未来に希望を感じさせない暗い展開が続きます。
逆に物語後半、特にガスがボー・ジェントリーの実力を見極めた辺りからは、明らかにロベル親子の風向きが変わったかのような雰囲気すらありました。
アレがガスの実力の本領発揮であることと、娘のミッキーが父親を見直す端緒となったのですから当然のことではあるのですが。
ただ、前半の暗い展開と流が結構長い時間続くことから、人によっては前半で評価を落とすリスクも否めないところではありますね。
前半の主人公は、色々な悩みや葛藤なども描かれてはいるにせよ、まるで良いところがないですし。

個人的に少々驚いたのは、前半で明らかに父親に隔意を抱いている様子を隠そうともしていなかったミッキーが、実はかなりの野球通であったことですね。
彼女は、物語中盤頃に出会うこととなるジョニー・フラナガンと、大リーグ絡みのトリビア話で相当なまでに盛り上がっていたのですから。
元来父親が嫌いだったはずのミッキーが、ああまで野球のことに詳しく、かつ楽しげに語っていたりするというのは少々意外な話ではあったのですが。
彼女、弁護士ではなく父親と同じスカウトの道を歩いていた方が、自分の趣味を生かせる天職でもあったでしょうし本人のためにも良かったのではなかったのかと。
実際、物語終盤では、全く無名のリゴ・サンチェスを見出すという、父親以上とすら言えるレベルのスカウトまでやってのけていたりするのですし。
弁護士としてもそれなりに有能ではあったようですし、そちらはそちらで彼女にとってはやりがいのある仕事ではあったのでしょうけど。
一方のジョニー・フラナガンも、かつてはガスに見出されて野球選手として活躍していたという経緯もあってか、大リーグ野球に関するこだわりはこちらも相当なものが感じられましたね。
大リーグ野球についてロクに知識もない私としては、次々と繰り出されるトリビアネタに、ただただ「凄いなぁ」と見ているしかなかったのですが(苦笑)。
この一種の「野球オタク」ぶりは、ジャンルは違えど映画「僕達急行 A列車で行こう」に登場する「鉄ちゃん」達にも通じるものがありますね。
ああいう「趣味の一致」で意気投合し親しくなっていくのは自然な流れではありますし、あの2人は友人にせよ恋人にせよ、なかなかに良好な人間関係を構築できそうな感じでした。
ああいう出会いと人間関係って、傍から見ていても羨ましいと感じられるものがありますねぇ。

物語終盤でミッキーがスカウトとしてその素質を見出していたリゴ・サンチェスは、一見すると唐突に出てきたような印象があるのですが、実は彼はその前に伏線としてチラリと登場してはいたんですよね。
ミッキーかガスがノースカロライナのモーテルでチェックインして部屋の鍵を受け取っていた際に、リゴ・サンチェスとその弟?の2人が野球だかキャッチボールだかをしに出かけようとしている描写があったのですから。
最初にリゴ・サンチェスが出てきた際には、「何故何の脈絡もなくいきなり出てくるの?」と一瞬訝しんだものの、すぐにあんなチラッとした描写が伏線だったと気づいて愕然とせざるをえませんでしたよ、私は。
この伏線の張り方は結構上手いものがあるのではないかと思いました。

これまで数々のアクション映画や人間ドラマ作品を提供してきたクリント・イーストウッドなだけあって、その「老練」な役者ぶりは確かなものがありますね。
彼のファンか、あるいは家族の絆をテーマとする作品が好きなのであれば必見の映画と言えそうです。


映画「ぼくが処刑される未来」感想

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映画「ぼくが処刑される未来」観に行ってきました。
「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」シリーズで活躍してきた若手俳優達にスポットを当てる映画シリーズ「TOEI HERO NEXT」の第二弾。
この「TOEI HERO NEXT」シリーズというのは、まだ今年になって発足したばかりのシリーズということもあって、劇場での公開も全国でわずか20箇所程度の映画館でしか行っていないみたいですね。
熊本ではたまたま1箇所だけ該当の映画館があったので私は観賞することができたのですが、全国20箇所では全く上映されない都道府県の方がむしろ多いわけなのですからねぇ。
この映画の地域間格差、いい加減どうにかして欲しいものなのですが(T_T)。
なお今作で、私の2012年映画観賞総本数は90本の大台に到達しています。

今作の主人公である浅尾幸雄は、世の中のことも他人についても、それどころか自分自身のことについてさえも無関心な体を為している若者。
その日の夜も、飯屋?の親父の注文ミスについてちょっと凄まれただけで何も言い返すことも出来ず、路上で負傷して寝ている酔っ払いサラリーマンを見て見ぬふりをして通り過ぎようとしたりと、その無関心かつ事なかれ主義ぶりが露わになっていました。
しかし酔っ払いサラリーマンを避けて通ろうとしたその時、突如頭上から眩しい光が浅尾幸雄に降りかかり、次に気づいた時、彼は薄暗い取調室の椅子に座らされていたのでした。
突然のことに混乱する浅尾幸雄を尻目に、取調室にいた取調官は「お前は人を5人も殺したんだ!」などとをのたまい、強圧的に浅尾幸雄に罪を認めさせようとします。
もちろん、浅尾幸雄に5人もの人間を殺した経歴など全くなく、彼はますます混乱を余儀なくされていくことに。
結局、必死の弁明も空しく、彼は独房に収監される羽目に。
ただ、浅尾幸雄には一応弁護士が付けられるということで、彼はその弁護士の面談を通じて事情を聞こうとします。
しかし、女性弁護士である紗和子は、無常にも「あなたの有罪は既に決定している」と通告。
それと共に彼女の口から語られたのは、驚くべき事実でした。
何と、浅尾幸雄が今いるのは、彼が元いた現代日本から25年も経った世界であり、殺人事件を犯した(とされる)のは25年後の彼だったというのです。

25年後の日本では死刑が廃止されており、犯罪者本人を死刑に処すことができないこと。
そしてその代わりに、「未来犯罪者消去法」という法律が施行されており、過去の犯罪者をタイムワープさせてきて見せしめに公開処刑をするという行為が公然と行われること。
過去の犯罪者をタイムワープさせた時点で、現在の時間軸とは全く異なる並行世界が作られるので、今の歴史が変えられたりする等のタイムパラドックスの問題は全く発生しないこと。
そして、浅尾幸雄を25年後の日本にワープさせたのは、日本の空に浮遊している巨大な量子コンピュータ「アマテラス」であり、日本の裁判は「アマテラス」の演算処理に基づいて行われていること。
これらの事情を聞かされた上、後日行われる裁判の場で遺族に謝罪してくださいと、浅尾幸雄は紗和子から一方的に告げられることになるのでした。
彼女は浅尾幸雄の弁護をするつもりなど欠片もなかったのです。

そして後日、裁判が行われることになったのですが、裁判と言ってもその実態は「最初から決まりきった結論を宣告するためのデモンストレーション&パフォーマンス」的なものでしかなく、殺害された遺族と観客たる国民が被告を罵るために存在するようなものでしかありませんでした。
判決は当然のごとく有罪&死刑。
ところが裁判後、何故か浅尾幸雄に面談が許されたことから、さらに事態は大きく変転することになります。
浅尾幸雄はその面談で、5人の人間の殺人を犯したとされる25年後の自分と会うことになっていたのですが、そこで姿を現したのは、彼と同姓同名でありながら実は全く別の人間だったのです。
「キングアーサー」と名乗るその人物は、浅尾幸雄が幼少時の頃の虐めっ子で、当時の浅尾幸雄に「奴隷の証」として焼印を押し付けるような残虐な人格の持ち主でもありました。
そのことに気づき、自分の無罪を何とかして証明しようとした彼は、さらに独房の中で思いもよらぬ声をかけられることになります。
刑務所のシステムを一時的にハッキングして浅尾幸雄に声を届けたその人物は「ライズマン」と名乗り、刑務所のシステムを操作して浅尾幸雄を脱獄させるのでした。
公開処刑の執行まであと3日という時間を残した中で、浅尾幸雄は何とか自分の無罪を証明すべく奔走を始めることとなるのですが……。

映画「ぼくが処刑される未来」で主要な舞台となる25年後の日本は、実に歪な法体系が現出していると言えますね。
25年後の日本で死刑が廃止されたのは、無実の人間を殺人罪で死刑にしてしまった後に真犯人が見つかったという事件があったことが問題となり、その再発防止の観点から成立したというのが背景にありました。
そして「未来犯罪者消去法」が誕生したのは、犯罪者を死刑にできない遺族の心情に配慮し、その復讐心を満たして心の平穏を回復させることにその主眼が置かれていました。
そして、量子コンピュータ「アマテラス」が裁判を担うようになったのは、かつて紗和子が弁護を担当した殺人事件の被告が無罪を勝ち取った後、別の殺人事件を起こして逮捕されたことがマスコミなどで大々的に報じられた結果、人間による誤認を伴う裁判制度に多くの人が疑問を抱くようになったため。
前述のように、タイムワープしてきた人間を殺しても「その人間がいない並行世界」が出現するだけで歴史改変等の問題は全く発生することがなく、またタイムワープした人間は「この世界の人間ではなく、この世界における日本の法律適用対象外となる」ため、公開処刑も問題なく行える、ということになっているようです。
一見すると、なかなかによく練られた設定と論理であるかのように思われます。
ただ、よくよくその実態を眺めてみると、すぐさま色々なツッコミどころが見つかってしまったもするんですよね(苦笑)。
一番の問題は、「未来犯罪者消去法」で公開処刑をするための人間を選定するに際して、何故わざわざ25年も前の存在を引っ張ってこなければならないのか、という点です。
25年も前の人間を引っ張ってきて「現在の」罪を認めさせ土下座などを強要したところで、作中の浅尾幸雄がそうであるように普通はわけも分からず戸惑うだけでしかありません。
また、「自分がやってもいないことを無理矢理認めさせる」などという構図は、まず相手の人権および法の権利を無視しているという点で論外もいいところですし、そんな構図に必死になって抵抗しようとする人間も決して少なくはないでしょう。
全く身に覚えのないことで有罪を宣されることほど、人間にとって不当極まりない事象はないのですから。
作中の浅尾幸雄はまさに事実関係においてさえも冤罪を着せられていたわけですが、たとえそうでなかったとしても、あるかどうかも分からないし、まだ自分がやってもいない25年後の未来の行為について自己責任を感じ懺悔までする人間なんてそうそういるものではありません。
人間は過去と現在の行為にはともかく、未来の行為に対する責任なんて持ちようがないわけですし、仮にそんなことをする人間がいたとしたら、そいつはよほどの聖人か偽善者の類でしかないでしょう。
こんなことをやったところで、遺族の復讐心的な感情など満たしようがないばかりか、むしろ遺族を「不当な殺人者」と同等以下の存在にまで貶めてしまう危険性すら否めません。
そんなことをするよりは、殺人事件を犯す直前の犯罪者をタイムワープさせて前非を悔いさせでもした方が、まだ遺族の復讐心を満足させるという観点から言ってさえもはるかに有効なのではないのかと。
タイムワープさせてきた人間を殺しても、並行世界が生じるだけで時間軸に全く何の影響もないであればなおのことです。
何故「アマテラス」がわざわざ25年も前の犯罪者をタイムワープさせてくるようなシステムになってしまっているのか、理解に苦しむと言わざるをえないところなのですが。
しかも「アマテラス」は、同姓同名や双子などといったケースを全く区別することができず、犯罪者とは全く無関係な人間をタイムワープさせたりしているのですから、その滑稽かつ悲惨な惨状は目を覆わんばかりなものなのですし。
もう少し安全確実かつ実効性のあるシステム体系というものを、「アマテラス」にせよそれを作り出した人間にせよ構築することができなかったのですかねぇ。

また、いくら人間社会で誤審を伴う裁判制度に懐疑的な目が向けられていたとはいえ、量子コンピュータの判決についてあそこまで絶対的かつ宗教的なまでの信奉っぷりはさすがにありえないでしょう。
人間の恣意性が多大な影響を及ぼす裁判や法律という分野は、演算能力と「型にはめたプログラム運用」を売りとするコンピュータが最も苦手とするものなのですから。
裁判や法律の世界では、下手に型にはまった運用などしようものならば却って社会的な混乱を招きかねません。
著作権や表現規制の問題などは、まさに機械的に型にはめた運用を行って歪な形になってしまった典型例ですし。
現代でさえ、コンピュータはセキュリティや管理運用の面で毎日毎日色々な問題を引き起こし続けているのですし、作中の「アマテラス」も簡単にハッキングされたりしている辺り、セキュリティ面の問題は相当なものがあると言わざるをえないところです。
いくら「アマテラス」が高性能かつ多機能であるとは言え、よくまあこんな不安だらけなシステムに人の命運をも左右する裁判などを任せることができるなぁ、と逆の意味で感心するしかなかったですね。
というか、本当に裁判面で「アマテラス」を活用したかったのであれば、犯行が行われた現場と時間に監視カメラをタイムワープさせる等の「サポート役」として使用していた方が、裁判の誤審を防ぐという本来の主旨にもはるかに合致したのではないのかと。
この辺りの方向性は、その管理運用に全面的な信頼が置かれていたAIが暴走し、AIの主観的には人類社会のためを思って行動していることが逆に人類社会の脅威となっていく「アイ,ロボット」や「イーグルアイ」を髣髴とさせるものがあります。
まあ作中の「アマテラス」はそこまで自律的な行動をする存在ではなく、ただ判断能力などの性能面でバグを頻出させていた、ある種の「欠陥品」でしかなかったのですが。

かくのごとく、ストーリー面では色々とツッコミどころのある作品ですが、粗削りな中にも光るところはあり、将来的な期待は持てそうな感じの映画ではありますね。
着眼点や展開自体は決して悪いものではなかったですし。
「TOEI HERO NEXT」シリーズの3作目は2013年2月に公開されるとのことですが、この調子でどんどんシリーズを積み重ねていって欲しいものですね。


映画「ロックアウト」感想

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映画「ロックアウト」観に行ってきました。
映画「トランスポーター」シリーズや「アデル/ファラオと復活の秘薬」「コロンビアーナ」などの製作を手掛けたリュック・ベッソン監督による、近未来を舞台としたSF作品。
何でも、リュック・ベッソンが近未来を舞台としたSF映画を製作するのは、ブルース・ウィリス主演の1997年公開映画「フィフス・エレメント」以来15年ぶりのことなのだとか。

2079年の近未来アメリカ。
映画冒頭では、今作の主人公であるCIAエージェントのスノーが、殴られながらの尋問を受けている様子が映し出されています。
彼は、宇宙開発計画の重要機密を漏洩させた犯人を追っていた捜査官フランク・アームストロングを殺害した容疑で、NSA(国家安全保障局)の長官スコット・ラングラルからその罪と情報について厳しく尋問されていたのでした。
しかし、相手がNSA長官であるにもかかわらず、スノーは相手をバカにしきった不遜な態度で応対しており、尋問ははかばかしい成果が挙げられていませんでした。
このままでは埒が明かないと尋問役が交代し、スノーの諜報員仲間だったCIA調査官ハリー・ショウがスノーから情報を聞き出そうとします。
スノーは相変わらずな態度を披露して煙に巻いているかのように見せかけつつ、机の上で「MACE」という文字を描きます。
そのメースなる男は、一連の事件の真相が収められているアタッシュケースを持つ男であり、またそれは同時にスノーの無実を証明してくれる存在でもありました。
そのことを瞬時に察したハリーは、表面上は「これ以上話しても無駄だ」と席を立ちつつ、メースの行方を捜しに向かうのでした。

その頃、時のアメリカ大統領ワーノックの娘エミリーが、「MS-1」と呼ばれる刑務所を訪問していました。
「MS-1」は、地球外の宇宙空間上に存在する巨大な人工衛星で、「静止」と呼ばれるコールドスリープで囚人達を管理する上、ソーラーシステムで半永久的に稼働する設備と重火器を備えた、最新鋭の宇宙刑務所です。
その地理的条件と完璧な管理方法によって「脱獄成功率0%」を謳われる、完全無欠の刑務所であると言われていました。
現在は約500名(正確には497名)の囚人達がコールドスリープされており、将来的には50万人もの囚人達を収容する計画まであるのだとか。
しかし、「MS-1」で行われているコールドスリープが実は人体に少なからぬ悪影響を与えている可能性が人道活動団体によって指摘されており、エミリーはその真偽を確認すべく「MS-1」を訪れたのでした。
彼女は早速、囚人達に刑務所の実態を訪ねるべく、ハイデルという名の囚人とガラス越しでの面接を企図します。
ところが、エミリーの護衛のひとりが、本来武器の携帯を禁じられているはずの面会室に、ひそかに銃を隠し持って中に入っていたことが大きな仇となってしまいます。
ハイデルは護衛の一瞬の隙を突き、護衛の武器を奪取して発砲を開始。
そのまま刑務所の制御室へと向かい、その場にいた管理官を脅して全ての囚人達をコールドスリープから解き放たせてしまいます。
囚人達はその数と、何よりもハイデルの兄であるアレックスによって一部が統率されたことから、刑務所内を完全に制圧することに成功。
さらに刑務所内にいた職員やエミリーを人質として捕えてしまいます。
容易ならざる事態が発生し、しかも人質の中に大統領の娘がいることを知って驚愕・動揺せざるをえなかったアメリカ首脳部達。
しかしここで、先述のCIA捜査官ハリーが、元々「MS-1」へ囚人として送り込む予定だったスノーに、エミリー救出の任務を与えることを提案します。
上層部の面々はハリーの提案を即座に受け入れ、最初は拒絶していたスノーも「メースが捕えられてMS-1に送られた」とハリーに教えられたことから、しぶしぶながら依頼を承諾することに。
かくして、難攻不落の要塞と化した「MS-1」への潜入作戦が始められることになったのですが……。

映画「ロックアウト」は、「難攻不落」を謳われる要塞が実はいかに脆いシロモノでしかないのかを如実に示す作品であると言えますね。
「脱獄成功率0%」を謳われ、実際に限りなく不可能としか言いようのない設備と地理的条件を有していながら、しかし作中では一瞬の隙を突かれていともあっさりと囚人達に制圧されてしまっているのですから。
どんなに優れたシステムであっても、それを管理運用する人間に問題があれば簡単に潰されるばかりか逆に利用すらされてしまう、ということを極彩色に表現しています。
ちょっとしたアクシデントから崩れ去るのがあまりにも早かったですし。
もっとも、それは実のところ脱獄した囚人達にも言えることで、特にハイデルという「無能な働き者」が盛大に足を引っ張っていたが故に、彼らは半ば自滅したようなものだったのですが。
せっかくアレックスという、智謀も統率力にも優れた指揮官を見出すことができたというのに、ハイデルは彼が確保しようとしていたせっかくの優位を積極的に突き崩してばかりいる始末でしたからねぇ。
挙句の果てには、当のアレックス自身すらもハイデルに殺されてしまったのですし。
いくらハイデルがアレックスの実の弟だったからとはいえ、周囲の進言に従ってさっさと殺しておけば良かったのに、とは誰もが思わずにはいられなかったことでしょうね(T_T)。
駆け引きの要素もあったとはいえ、あれほどまでに思慮深く冷静さと残虐さを使い分けられるアレックスともあろう者が、たかだか「実の弟」というだけであそこまでハイデルにデカいツラをさせることを許すというのも、はなはだ理解に苦しむものがありましたねぇ。
まあ、あの弟も実は本来マトモな頭をしていたのが、コールドスリープの悪影響ですっかり狂ってしまっていたのかもしれないのですけど。

あと、主人公が救出するターゲットと目されていた大統領の娘エミリー・ワーノックも、最初は「大丈夫か?」と言いたくなるレベルで奇行が目立っていましたね。
1人乗りの脱出艇で悠々と刑務所を脱出することもできたはずなのに、「自分ひとりだけ助かることなんてできない、人質を全員助ける」などと笑えるレベルの綺麗事を主張して結局自ら残留していたり、にもかかわらず人質はハイデルによって皆殺しにされてしまっていたりと、序盤はとにかく「主人公の足を引っ張るための存在」でしかなかったのですから。
エミリーの真価は、脱獄犯達に囚われの身となり銃を突き付けられた状態から、大統領である自分の父親に向かって「刑務所を爆破して」と言い切ってみせた辺りから発揮され始めます。
ここからは逆に、今までのアマちゃんかつ足手纏いな部分がウソであるかのように主人公を助けるようになっていきます。
「MS-1」から脱出して以降なんて、逆に主人公は何もしていないに等しいのですし(苦笑)。
願わくば、その冷静な状況判断能力が序盤から発揮されていれば……とは考えずにいられませんでしたけど(^_^;;)。

全体的には、「MS-1」内におけるバトルよりも、主人公とCIAとNSAの間で繰り広げられる政治的駆け引きの方が見所はある作品ではありましたね。
アクション部分よりもミステリー的なストーリーにスポットを当てるべき映画と言えるのではないかと。


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