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映画「96時間」感想(DVD観賞)

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映画「96時間」をレンタルDVDで観賞しました。
日本では2009年に公開されたフランス映画で、リュック・ベッソン製作のアクション・スリラー作品です。
2013年1月11日には続編「96時間/リベンジ」が日本で公開される予定となっており、本作がこれまで全くタッチしていなかったこともあって、事前の予習も兼ねて今回の観賞と相成りました。
当然、続編たる「96時間/リベンジ」も、日本で公開され次第劇場で観賞する予定です。

今作の主人公であるブライアン・ミルズは、元CIA工作員として凄腕を有する実力者でありながら、娘のキム・ミルズのためにアメリカ・カリフォルニア州で隠居生活を送っていました。
妻のレノーアとはとうの昔に離婚しており、娘のキムはレノーアが再婚した大富豪のスチュアートと一緒に生活していました。
それでもブライアンは、キムの誕生日の折には自らプレゼントを持参して駆けつけるなど、娘のことを他の何よりも考え、娘もまた、そんな父親のことを慕っているのでした。
その日の夜、ブライアンはかつてのCIAの元同僚達と共にささやかなバーベキューパーティを行います。
パーティの中でも、ブライアンの娘想い絡みのエピソードが酒の肴として語られていたりします。
パーティが終わり、元同僚達がブライアン宅から帰宅の途につこうとする中、元同僚達のひとりがブライアンに仕事を持ちかけてきます。
コンサート会場へ赴く歌手の護衛を兼ねた送り迎えを4時間遂行するだけで2500ドル、という仕事を持ちかけられたブライアンは、場所が地元でかつ死人が出ない仕事であることから2つ返事で引き受けます。
コンサート会場で楽屋の護衛を任されたブライアンは、娘が歌手志望だったことを思い出し、護衛対象である歌手のシーラに娘への助言を求めます。
それに対するシーラの返答は「他の仕事を探せ」というそっけないものでしたが。
コンサート終了後、シーラは運営側のミスで解放されてしまったゲートから押し寄せるファンから逃走する最中、ナイフを持った男に奇襲されます。
しかし、それをいとも簡単に払いのけて男を取り押さえるブライアン。
ブライアンは暗殺者の存在に動揺するシーラと共に車に乗り、コンサート会場を後にするのでした。
シーラはそのお礼として、ボイストレーナーの紹介とレッスン料の引き受けを申し出、娘のキムが歌手としてやっていけるよう便宜を図ってくれることを約束してくれたのでした。

翌日の昼食時。
コンサートの最中に娘のキムから電話をもらっていたブライアンは、娘の誘いに応じて2人きりのランチを楽しむべく、とあるレストランで娘が来るのを待っていました。
しかし、レストランに現れたキムは、母親のレノーアも一緒に連れてきていました。
娘との2人きりでのランチを楽しみにしていたブライアンはやや落胆した様子でしたが、気を取り直して彼はキムの要件について問い質します。
キムが言うには、親友のアマンダと一緒にフランスのパリへ行こうと誘われたが、キムは17歳の未成年者のために親の同意が必要とのことで、その許可が欲しいとブライアンに頼み込んできたのでした。
しかしブライアンは、「17歳でひとり旅は危険だ」という理由から許可証へのサインを拒み、結果、キムはヒステリックになってその場を立ち去ってしまいます。
そのことがショックだったのと、レノーアからボロクソに言われたことが効いたのか、結局ブライアンは条件付きながらもキムの海外旅行の許可証にサインしてキムに手渡すのでした。
そして、ブライアンに空港まで見送られつつ、キムはアマンダと共にフランスのパリへと向かうことになるのですが……。

映画「96時間」は、娘を人身売買組織に誘拐された父親の奮闘が描かれています。
父親のブライアンは、娘であるキムの安否を心配するあまり、過剰なまでにガチガチな規則でもって娘の行動を束縛・把握しようとします。
結果的に見れば、確かにそのおかげで娘の消息および誘拐犯達の手がかりをわずかながらに把握することができたのですから、一見するとその対応こそがベストだったように思われます。
しかしそれはあくまでも結果論であり、しかもブライアンが提示していた防衛策は、ブライアンでなければ事実上対処ができないというほどに微弱な足跡を残すに過ぎないシロモノでしかありませんでした。
また、キムとアマンダを誘拐した犯人にしても、別に「彼女らを何が何でも狙わなければならなかった」理由があったわけではなく、いつもの人身売買の仕事絡みで、半ば作業的に彼女らを攫ったに過ぎなかったわけです。
何か少しでもツキがあったり手順が違ったりしていたら、彼女らは全く誰にも狙われることなく、無事に旅行を終えていた公算が極めて高かったのです。
つまりキムとアマンダは、一言で言えば「運が非常に悪かった」とでもいうべき境遇にあったのであって、100%確実に生命を付け狙われているわけではなかったことになります。
第三世界とか格別に治安の悪い場所へ行くとかいうのであればまだしも、シャルル・ド・ゴール空港からパリにあるアマンダの従姉の家までであれば、そこまで警戒する場所ではないわけですし。
そんな状況下で、しかも観光旅行気分でパリの街にやってきた2人が周囲を相手に完全警戒態勢で臨むのは、未来を見通す予知能力でも駆使するか、ブライアン並に裏社会の実態を知り抜いているかしていなければ、さすがに難しいものがあったと言わざるをえないでしょう。
まあ、「パリならば安全だろう」という思い込みが逆に盲点ないし間隙となることは大いにあるわけで、誘拐犯達もその辺りの心理を利用することで人身売買業をこなしてきてはいたのでしょうけど。

しかし、桁外れの運の悪さで誘拐犯達に攫われたキムとアマンダも不運の極みではありましたが、今作の場合、それは同時に彼女らを誘拐した当の誘拐犯達にも言えることではありますね。
彼らにしてみれば、いつも通りの仕事をこなしていたはずなのに、元CIA工作員などという危険極まりない猛獣を呼び込んでしまい、わけも分からずに組織もろとも死んでいく羽目となったのですから。
誘拐犯達も、まさかあの時電話で話した父親が元CIA工作員で、アレだけの行動力でもって自分達を追い詰めていき、それによって自分達の生命が奪われることになるとは夢にも思わなかったことでしょうねぇ(^_^;;)。
そんな悲惨な末路な未来を事前に知っていたならば、彼らもあの2人を攫うなどという命知らずなことは、破滅願望でも抱いていない限りは何が何でも避けようとしたでしょうに(苦笑)。
理不尽な非常識に直面する羽目になったのは、もしかしなくても誘拐犯達の方だったでしょうね。
彼らは死の瞬間、あまりにも理不尽な現実と神の気まぐれに呪いの言葉でも吐きたい気分に駆られたかもしれません。

一方、今作で大活躍を演じることになるブライアンは、とにかく冷酷非情な殺人マシーンとしての側面を存分に見せつけてくれます。
彼は敵に対して情け容赦がありませんし、捕えた敵を拷問にかけて情報を引き出した挙句そのまま殺してしまったりもしています。
ブライアンに殺されていく悪党達自身、他者に対してはまさにブライアンと同じように情け容赦なく酷虐に扱ったり殺したりしていったのでしょうし、実際作中にもそういう描写があるわけですから、その点では同情する余地など最初からどこにもないわけではあるのですが。
躊躇なく敵を殺しまくるブライアンのアクションシーンは、個人的には結構爽快なものがあります。
何しろ最近は、映画のみならずエンタメ作品全般で「るろうに剣心」のごとき「不殺の精神」とやらが流行でもしているのか、敵に対して妙に寛大な態度を取ったり、殺すべき敵を殺さなかったりといった描写が幅を利かせすぎている感が多々ありますし。
変に偽善的・温情的な主張をすることなく、「自分達に降りかかる火の粉は払う」を徹底して実行していますからねぇ、ブライアンは。
その筋の通った行動と「強さ」こそが、今作が観客を魅了する最大の要素と言えるものなのかもしれません。

今作の続編たる「96時間/リベンジ」は、今作で壊滅した人身売買組織を統括していた息子を殺された親玉が、ブライアンに対する復讐(リベンジ)を画策することから始まるストーリーのようですね。
アクションシーンを見たいだけならば続編単独でも楽しめないことはないでしょうが、ストーリー的な繋がりを楽しみたいのであれば、やはり今作の事前復習は必須なのではないかと。


田中芳樹が「神様のカルテ」文庫版の解説を担当?

2013年最初の記事となります。
いささか遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

さて、年明け早々、田中芳樹が「神様のカルテ2」文庫版の解説を書いたという情報が飛び込んできました。

http://a-hiro.cocolog-nifty.com/diary/2013/01/post-54b6.html
>  新年最初のニュースは、田中さんが文庫の解説を書かせて頂いた、という話。
>
>  シリーズ累計258万部突破……って、ちょっと想像もつかないほどのヒット作、
夏川草介さんの『神様のカルテ』第2巻が小学館文庫に収められ、その解説を田中さんが書かせて頂きました。
>  信州の病院に勤務する内科医、栗原一止と、その周りの人間模様を描いた本シリーズは、前作と本作、二年連続で本屋大賞にノミネートされるヒット作となりました。
>  さらには、このたび櫻井翔さん、宮崎あおいさん、藤原竜也さんで映画化されることが決まったとのこと。

しかしまあ、田中芳樹と「神様のカルテ」って、これ以上ないほどに水と油な関係ですね(苦笑)。
「戦争か妖怪を出さなければ話が前に進まない」などと評されることすらあるほどに戦争物や非日常系な小説ばかり世に出している田中芳樹が、そのどちらも全く出てこない医療現場の日常風景や登場人物達の葛藤を描いた作品の解説をするというのですから。
田中芳樹が好きらしい推理物ミステリー系の話というわけでもないのですし。
田中芳樹と「神様のカルテ」で唯一関連がありそうな縁と言えば、銀英伝舞台版第二章の同盟編でシドニー・シトレ役を演じた西岡徳馬が、映画「神様のカルテ」でも主人公をスカウトしようとする信濃医大教授・高山秀一郎役として出演していたことくらいでしょうか。
一体どんなしがらみから田中芳樹が「神様のカルテ2」の解説などをすることになったのか、その経緯は大いに興味をそそられますね。
まあそれ以前の問題として、現在タイタニア4巻を執筆しているらしい田中芳樹が、余所様の小説の解説などを書いているヒマがあるのかと、いつものごとく嘆かざるをえないところではあるのですが(-_-;;)。

ちなみに「神様のカルテ」の続編映画については、現時点ではまだ製作が決定したばかりで公開予定までは明らかになっていないようですが、公開されたら私は確実に観に行くことになると思います。
シリーズの主人公夫婦役である櫻井翔&宮崎あおいに加えて、「デスノート」「カイジ」シリーズの藤原竜也が出演するとなれば、内容にも充分に期待できるものがあります。
ストーリー的にも、前作のラストで妊娠が発覚した主人公の奥さんや主人公自身の動向がどうなるのか、気になるところですし。
こちらは続報を期待して待つことになりそうですね。


2012年映画観賞総括 邦画作品編

2012年の新作映画観賞97本のうち41本を担う邦画作品。
邦画が冷遇された時代も今は昔で、現在ではすっかり洋画と並ぶ一大ジャンルと化した感がありますね(^^)。
今回はその中から、各種部門別に個人的な私的評価に基づいて選別した作品をピックアップしていきたいと思います。

■ 邦画年間ベスト作品&サスペンス映画部門

まずは邦画年間ベストも兼ねるサスペンス映画部門の作品から。
2位とは結構接戦だったのですが、見事ナンバー1の座を獲得したのはこの作品です↓

カラスの親指
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映画の宣伝や前評はかなり地味なものだったのですが、導入部・伏線の張り方・ほのぼのシーンや緊迫したシーンの使い分け・そしてラストの大どんでん返しと、全てにおいて良く出来ていた作品です。
特にラストの展開は、洋画の「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を髣髴とさせるものがありました。
俳優さんの配置自体も煙幕のひとつだったみたいですし、派手なアクションは皆無ながらも観客を唸らせるには充分の出来です。

■ 人間ドラマ映画部門

その1位作品と接戦を演じたのがこちら↓

北のカナリアたち
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物語の起点となった20年前の事件の真相が少しずつ明らかになっていく過程と、ラストの感動的な大円団がなかなかに光った作品ですね。
主人公が天然な善人のように見えて実は……という展開も意外なものでしたし。
新旧の大物俳優が出演し、それぞれ秀逸な役どころを演じるという構成も、万人受けしやすいものではあるでしょうね。

それ以外の人間ドラマ映画で秀逸な作品としては、転生をテーマに扱い、シリアスと笑いのバランスが絶妙だった「スープ ~生まれ変わりの物語~」や、全体的にほのぼのした展開が売りの「HOME 愛しの座敷わらし」、富山から長崎までのひとり旅を描いた「あなたへ」などが挙げられます。
前者は映画の宣伝すらほとんど見かけず、熊本でも1箇所のみの上映と前評はかなり悲惨なものがありましたが、それに反して出来は良く、「何故この映画は正当に評価されなかったんだ?」という疑問を抱きすらした作品でした。
後2者も大物俳優を揃えつつ、登場人物達それぞれの葛藤を良く描いた秀作です。
この人間ドラマ映画の層の厚さは、日本映画がハリウッド映画に勝る数少ない要素と言えますね。

■ アクション映画部門

邦画でアクション映画というのは、それ自体が希少な宝石類のごとく貴重な存在なのですが、今年も例外ではなかったですね(T_T)。
今回唯一評価しえる邦画のアクション映画はやはりこれでしょう↓

るろうに剣心
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マンガを原作としつつも、作中で繰り広げられるスピーディなアクション描写は、本場ハリウッドと比較しても遜色のない出来で、今後の邦画の可能性についても期待を抱かせるに充分なものがありました。
実写映画版もそれなりに人気はあったようですし、続編の製作が行われる可能性もかなり高いのではないかと。

■ コメディ映画部門

今年の邦画におけるコメディ映画の代表格と言えば、世間的にも大ヒットして海外進出まで果たしたこの作品でしょう↓

テルマエ・ロマエ
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阿部寛演じる大柄な体格の主人公が、現代日本の文明機器にいちいち大仰な表情とリアクションで驚きまくる光景は、当の本人的には全くその気などないのに、それ自体が立派なコメディを形成していました。
外見と内実のギャップを上手く利用したコメディでしたね。

■ アニメ映画部門

今年は例年になく複数のアニメ映画を観賞した年でもありました。
いつもならばアニメ映画は、年間で1本もあれば御の字というレベルでしか観賞することがなかったのですが、今年は洋画・邦画含めて総計6本。
テレビアニメからの延長ではなく映画単独で完結していて、かつ大人向けな内容の作品が多かったことが、作品の関心を惹く大きなプラス要因となりました。
その中で最優秀に輝いたのはこの作品↓

おおかみこどもの雨と雪
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今年のアニメ映画は「家族問題」を描いたものが多かったのですが、母親および子供の精神的な成長を描いた今作はその中でも抜きん出た存在だったと言えます。
子供の成長を見守るだけならまだしも、自分の元から離れていこうとする子供の意思を尊重する母親の「精神的な強さ」というのは、そうそう簡単に表現できるものではないのですから。
瀬戸内海の島々を舞台とする「ももへの手紙」や、オンラインゲームと福岡県を舞台に繰り広げられた「ドットハック セカイの向こうに」で描かれた家族問題は、いずれも「親と子供の間で起こる諍いと和解」がテーマでしたし。
洋画でも「メリダとおそろしの森」が似たようなテーマを扱っていましたが、あちらは全体的に低年齢層を対象にしているような感がありましたね。

■ 時代劇映画部門

今年観賞した日本映画で「時代劇」に分類される映画は3本。
その中で一番良作と個人的に評価したのはこの作品ですね↓

のぼうの城
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3作品の中で一番物語のスケールが大きく、かつ合戦の描写があることが決定打となりました。
やはりスケールが大きく派手な描写がある映画というのは高評価になりやすいですね。
だからこそ、映画業界ではその手のノウハウを熟知しているハリウッド映画が世界のトップを走ってもいるわけですし。
日本初の暦制定を描いた「天地明察」も、男女逆転の「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」も、人間ドラマとしてはそれなりのものがあっても、客の目を惹く派手な描写というものは全くなかったわけで。
もちろん、それだけで作品の質が落ちるということにはならないでしょうけど。

■ 邦画年間ワースト作品

邦画は洋画に比べてアクションシーン等の派手な演出が少なく、人間ドラマやストーリー重視にならざるをえない分、駄作が生まれるリスクも洋画より高いですね。
超能力をテーマにした「SPEC~天~」、宗教映画たる「ファイナル・ジャッジメント」という【底辺の強豪】を押しのけ、見事今年最下位の座を獲得した作品はこちらとなります↓

苦役列車
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この映画の駄作ぶりが如何なるものなのかについては、洋画で年間ワースト作品とされた「ラム・ダイアリー」の更なる劣化版、という評価に全てが凝縮されていると言って良いでしょう。
「苦役列車」は「ラム・ダイアリー」の問題点を全て踏襲しているのみならず、「全く感情移入できない主人公」という最悪の要素までもが付随しているのですから。
上映された映画館自体も少なく、興行収益的にも大コケだったようなのですが、それも当然というべき内容でしかなかったですからねぇ。
俳優さんの演技でもカバーできないほどにストーリーが最悪だったのですし。
こんなのに出演せざるをえなかった俳優さんも、実に災難な限りとしか言いようがなかったですね(T_T)。

洋画・邦画を問わず、数多くの作品に巡り合えた2012年の新作映画観賞。
来るべき2013年も、このペースが維持・発展していけることを願いたいものですね。


2012年映画観賞総括 洋画作品編

2012年の新作映画観賞97本中55本を占める洋画作品。
今回はその中から、各種部門別に個人的な私的評価に基づいて選別した作品をピックアップしていきたいと思います。

■ 洋画年間ベスト作品&アクション映画部門

まずは洋画年間ベストも兼ねるアクション映画部門の作品から。
並居る強豪がひしめく2012年の洋画作品の中で、見事ナンバー1の座を獲得したのはこの作品です↓

エクスペンダブルズ2
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この作品一番の魅力は、やはり何と言ってもシルヴェスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリスという、ハリウッドアクション映画を代表する3巨頭が一斉に横に並び銃を乱射して敵をなぎ倒していくというシーンですね。
昔からハリウッドアクション映画に慣れ親しんできた人間としては、観客受けを狙ったあざとい演出であることが分かりきっていてもなお感動的なシーンと言って良く、これだけでも必見の作品と評価できます。
ハリウッド映画のファンであれば誰もが名前と顔は知っている大物俳優を集めた一種の「お祭り映画」と言える作品ではありますが、それだけに誰もが安心して観賞できる一品です。
今作は3部作の2作目ということで、次回作でいよいよ完結するとのこと。
是非次回作でも、今作に勝る出来を期待したいものです。
ただまあこの作品、来年発表予定のラジー賞候補にノミネートされるのはほぼ確実の映画ではあるでしょうね。
何しろ「アメリカ版『と学会』」と揶揄されるあの賞は、シルヴェスター・スタローンを敵視でもしているかのごとく、彼の出演作品には問答無用で駄作認定を叩きつけるのが常なのですし(苦笑)。

一方、アメリカでは評価が高く、日本でも派手に喧伝されていた「アベンジャーズ」「ハンガー・ゲーム」は、それなりに評価されるべき作品ではあったにせよ、その宣伝ほどにはどうにも感動的な要素が少なかった感が個人的には否めなかったですね。
「アベンジャーズ」は3部作の1作目ということもあったのでしょうが、味方の登場人物達が終盤近くまで延々と内輪揉めばかりに終始していた感がありましたし、敵側の描写が非個性的な上に「強大な脅威」なようにもあまり見えなかった点が若干マイナス点となりました。
一方の「ハンガー・ゲーム」は、サバイバルゲームの挑戦者達同士の心理戦や駆け引きが少なく、またゲームの主催者によるゲームへの介入やルール改竄があまりにも鼻につきすぎ、何かと引き合いに出されていた「バトル・ロワイアル」と比較しても設定が稚拙と言わざるをえませんでした。
今後も続編が出ることが既に決定しているシリーズ作品の1作目としてはそれなりの出来ではあるのでしょうが、作品単体としての評価ではややマイナスな部分が少なくない、といったところです。

その他の作品としては、ジェイソン・ステイサム主演の「SAFE/セイフ」が、マイナーながらも意外に高い評価となっています。

■ SFX&VFX映画部門

厳密に言うと、前述の「アベンジャーズ」や「ハンガー・ゲーム」もVFX映画のカテゴリーに含まれるのではないかと思われるのですが(^^;;)、まあここでの定義では「個人戦的なアクション演技が含まれない&メインではないVFX映画」ということで。
迫力ある映像が売りのSFX&VFXが売りの作品の中で見事栄冠を勝ち取った作品はこちら↓

バトルシップ
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ストーリー展開そのものはハリウッド映画スタンダード的なものではありましたが、そのお約束な展開も含めた安定的な展開と、近代的な戦いが封じられた中での頭脳戦や緊迫感溢れるシーンの連続などが高評価となりました。
この作品、エンドロール後に映し出された特典映像で続編があることを匂わせていましたが、果たして今後続編って出てくるのでしょうかね?

■ サスペンス映画部門

ここでは「頭脳戦メインで緊迫感ある展開が続く映画」という定義です。
この部門でのベスト作品はこちら↓

崖っぷちの男
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地味な映画の宣伝や前評に反して、意外な掘り出し物な出来だった今作。
序盤は主人公の行動の意図や動機がまるで分からず、その謎を追っていくというストーリー構成と、ラストで披露される全く意外な真相がツボを突いた作品でした。
サスペンス映画部門では、この作品と「アルゴ」のどちらを選ぶかで迷いましたが、最終的には「アクション映画的な展開がある」という点で「崖っぷちの男」が若干加点されてこちらに決定した、といった感じですね。
まあ、アクション展開が全くないのにアレだけの緊迫感が演出されていた「アルゴ」も、それはそれで高い評価を得て然るべき出来ではあったのですが。

■ コメディ映画部門

まあこれについては、今年はブッチぎりでこれに決定ですね↓

ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬
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やはり、世界的に有名な一流コメディアンとしてその名を轟かせている「Mr.ビーン」ことローワン・アトキンソンのお笑い劇は伊達ではない、ということで。
あの上下に動く椅子のシーンをはじめ、観賞の最中に何度も吹き出してしまうこともしばしばでしたし、笑いのツボを凄くよく心得ていましたね。
アクション・コメディの「&シリーズ」の一翼を担う「Black & White/ブラック&ホワイト」や、久々に続編が出た「MIB3/メン・イン・ブラック3」も、お笑い要素では遠く及ばないですね。
まあ、相手は本職なのですし、露骨なギャグコメディをひたすら前面に出したアレとは比較できるものではないでしょうけど。

■ 人間ドラマ映画部門

「エクスペンダブルズ2」が公開されるまでは洋画総合1位だったのがこの作品↓

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
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映画を見始めた序盤はそれほどでもなかったのですが、ラスト30分の大どんでん返しで評価が大きく変わった作品ですね。
あれほどまでの展開と感動は、そうそう味わえるものではなかったですし。
それ以外では、安心して観賞できる構成の「幸せの教室」や、修羅場の連続を描写しているはずなのに「ハワイ」な雰囲気がそう感じさせない「ファミリー・ツリー」などが個人的にヒットでした。

■ 洋画年間ワースト作品

大量に映画を観賞すれば、当然のごとく駄作を当ててしまう可能性も高くなるものですが、今年の洋画で一番の駄作はこれに決まりですね↓

ラム・ダイアリー
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最初から最後まで鬱々な展開が延々と続く上、ヒロインが途中でフェードアウト、さらには「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」とは逆に、ラスト30分における行動が全くの無駄でしかなかった点など、この作品のどこら辺に評価できる要素があるのか、全くもって理解に苦しむ作品でした。
今作より前では、マーガレット・サッチャーを扱っているにもかかわらず、その描写の半分近くが認知症絡みのシーンで構成されているという本末転倒な映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」が洋画1位の駄作な扱いだったのですが、それを余裕でブッチぎるシロモノでしたし。
観客に映画を見せるのであれば、せめてエンタメとしてきちんと成り立つ形で作って欲しいと、つくづく思わずにはいられなかったですね。

次回は邦画作品の部門毎評価を行います。


2012年映画観賞総括 ラインナップ編

2012年も、残すところあとわずかの日数を残すのみとなりました。
映画の本場たるアメリカでは、年間の映画興行収益が歴代最高になる見通しというニュースが飛び交っているようです↓

http://www.cinematoday.jp/page/N0049010
>  [シネマトゥデイ映画ニュース] 2012年の年間全米興行収入が歴代最高の108億ドル(約8,640億円)になる見通しだとHollywood.comが発表した。それまでの最高記録は映画『アバター』などが公開された2009年の106億ドル(約8,480億円)だった。(1ドル80円計算)
>
>  2012年の見込み年間興収である108億ドルは、2011年に比べて6パーセントの増加。2012年の動員数も現在の時点で前年比5パーセント増となっており、
人々が再び映画館に戻ってきたというハリウッドにとって明るいニュースとなっている。
>
>  今年公開の映画には、歴代3位の興収を記録した『アベンジャーズ』(6億2,336万ドル・約498億6,880万円)を筆頭に、『ハンガー・ゲーム』『ダークナイト ライジング』『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part 2』など大ヒット作がずらり。8月、9月の興収は低調だったものの、ここにきてクリスマスムービーとして公開された『レ・ミゼラブル』と『ジャンゴ 繋がれざる者』が好調な出足を見せた。(数字はBox Office Mojo調べ)
>
>  『レ・ミゼラブル』は初日だけで興収1,811万ドル(約14億4,880万円)を稼ぎ出し、これはミュージカル映画史上歴代ナンバーワンの記録。続くクエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』も興収1,501万ドル(約12億円)に達するなど、2本のクリスマスに公開された映画が素晴らしいスタートを切ったことが記録更新の要因になっているという。(編集部・市川遥)

確かに「アベンジャーズ」と「ハンガー・ゲーム」は、日本での公開前からシネマトゥデイなどで話題になっている記事を何度か見かけたりしたものでしたが。
今年はアメリカだけでなく、日本でも多くの大作映画がかなりの数公開されましたし、震災の影響で低迷していた去年に比べれば、それなりの回復は見せているのではないかと思われますね。
こちらは一体どうなっているのやら。

さてそんな中、2012年度における私個人の年間新作映画観賞本数は、昨年度の最多記録たる65本をさらに32本上回る97本という数値を叩き出しています。
実に3年連続で、年間新作映画観賞本数の最多記録を更新したことになります。
その内訳は、洋画55本・邦画41本・韓国映画1本となっており、そのラインナップは以下の通り。
なお、左の連番は新作映画の観賞順です↓

 1.マイウェイ 12,000キロの真実
 2.ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬
 3.麒麟の翼 ~劇場版・新参者~
 4.ドットハック セカイの向こうに(3D版)
 5.日本列島 いきものたちの物語
 6.ペントハウス
 7.はやぶさ 遥かなる帰還
 8.逆転裁判
 9.ドラゴン・タトゥーの女
10.ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
11.TIME/タイム
12.ヒューゴの不思議な発明(3D版)
13.アンダーワールド 覚醒
14.顔のないスパイ
15.戦火の馬
16.ライアーゲーム -再生(REBORN)-
17.シャーロック・ホームズ シャドウゲーム
18.タイタニック(3D版)
19.マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙
20.僕達急行 A列車で行こう
21.ヘルプ ~心がつなぐストーリー~
22.センター・オブ・ジ・アース2 神秘の島(3D版)
23.ももへの手紙
24.SPEC~天~
25.ジョン・カーター(3D版)
26.バトルシップ
27.タイタンの逆襲
28.Black & White/ブラック&ホワイト
29.わが母の記
30.テルマエ・ロマエ
31.HOME 愛しの座敷わらし
32.宇宙兄弟
33.幸せの教室
34.キラー・エリート
35.幸せへのキセキ
36.ダーク・シャドウ
37.ファミリー・ツリー
38.MIB3/メン・イン・ブラック3
39.君への誓い
40.ファイナル・ジャッジメント
41.外事警察 その男に騙されるな
42.スノーホワイト
43.アメイジング・スパイダーマン(3D版)
44.LOVE まさお君が行く!
45.ラム・ダイアリー
46.臨場 劇場版
47.スープ ~生まれ変わりの物語~
48.崖っぷちの男
49.BRAVE HEARTS/ブレイブハーツ 海猿
50.苦役列車
51.おおかみこどもの雨と雪
52.メリダとおそろしの森
53.スターシップ・トゥルーパーズ インベイジョン
54.ダークナイト ライジング
55.エイトレンジャー
56.アナザー/Another
57.トータル・リコール
58.アベンジャーズ(3D版)
59.プロメテウス
60.るろうに剣心
61.あなたへ
62.闇金ウシジマくん
63.ひみつのアッコちゃん
64.コロンビアーナ
65.踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望
66.デンジャラス・ラン
67.夢売るふたり
68.バイオハザードⅤ:リトリビューション
69.天地明察
70.白雪姫と鏡の女王
71.ハンガー・ゲーム
72.エージェント・マロリー
73.ボーン・レガシー
74.最強のふたり
75.ツナグ
76.ロラックスおじさんの秘密の種
77.SAFE/セイフ
78.推理作家ポー 最期の5日間
79.エクスペンダブルズ2
80.アルゴ
81.終の信託
82.リンカーン/秘密の書(3D版)
83.のぼうの城
84.黄金を抱いて翔べ
85.北のカナリアたち
86.悪の教典
87.シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語
88.任侠ヘルパー
89.ロックアウト
90.ぼくが処刑される未来
91.人生の特等席
92.カラスの親指
93.007 スカイフォール
94.ホビット 思いがけない冒険(3D版)
95.妖怪人間ベム
96.大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇
97.レ・ミゼラブル

今年は、映画の観賞手法についてもそれなりの工夫や試行錯誤を重ねた年でもありましたね。
ファーストディや特定の日1000円サービスディに前売り券・レイトショー等の映画割引サービスの積極活用はもちろんのこと、1ヶ月フリーパスポートの発動時期厳選や試写会応募など「如何に映画を安く観賞するか」に趣向を凝らしまくりましたし。
結果、今年は新作映画観賞総本数の約4分の1に当たる25本前後の映画を無料で観賞することに成功しましたし、逆に定額1800円で観賞した映画というのは片手の指で数える程度しかありませんでした。
以前にも言及したことがあるのですけど、映画というのはその気になればいくらでも安く観賞することが可能だったりするんですよね。
特に500円割引が可能な前売り券の事前購入などは、そこらのコンビニでも手軽に行えるようにもなっているわけですし。
ただ、そういった映画経費節約策も、3D特別料金の徴収の前には無為無力でしかないのが実情ではあるのですが(T_T)。
様々な事情で3D映画を観賞する羽目となる度に、映画の内容とは別にいつもウンザリせずにはいられない、半ば敗北感にも等しい心情に陥ったりするものですからねぇ(-_-;;)。
まあ今年の3D映画観賞は何とか総計10本程度に抑えることができましたし、うち2本は完全無料の試写会観賞だったので、そこまで大きな「被害」にはならずに済んだのがせめてもの慰めでしたけど。

今年は新作映画観賞本数が総計100本にも迫る数で存在するため、映画内容の総括については、次の2記事で洋画・邦画別にそれぞれ別個にまとめてみたいと思います。


タイタニア4巻の2012年年末時点の執筆状況

http://twitter.com/adachi_hiro/status/284617077107597312
<そうそう。一昨日、田中さんが『タイタニア』第4巻の第一章を編集さんに渡したよ。おいらも読んでみたけど、さすがだ、文体変わってないわ。まあ、「先生、この船、もう沈んでます」とか、些細なミスはあったけど。……些細か? >

……えーと、確かタイタニア4巻って、いくら遅く見積もっても2012年7月からは既に書き始めているはずですよね?
「らいとすたっふ」社長氏の公式発表によれば、薬師寺シリーズ9巻の脱稿が2012年4月で、その後5月から6月にかけて短編を執筆してからタイタニア4巻執筆に入ったらしいので。
その後全く続報がないので、「本当に書いているのか?」という疑問すら抱かざるをえなかったくらいだったのですが、とりあえず書いてはいたようで、それ「だけ」は何よりですね。

ただ正直、例によって例のごとくあまりにも執筆速度が遅いとは嫌でも評価せざるをえないところなのですけど。
過去の事例でみる限り、タイタニア4巻は8章~10章くらいの構成になるかと思われるのですが、半年近くもかけてやっと1章って、いったいどれだけ時間をかけているのかと。
田中芳樹の執筆速度は、終盤に近づけば近づくほど上がっていくという傾向があるので、単純に「1章につき半年=完成までに4年~5年」という計算式が必ずしも成り立つわけではないのですが、それでも来年中の脱稿は既に絶望的なものがあると見做さざるをえない状況ではありますね(T_T)。
ただでさえ今回は、ストレス解消気分で書ける薬師寺シリーズのごとき「手軽さ」がまるでないのですし。
さらに昨今の田中芳樹的には、先の衆院選でせっかく自分が魂まで込めて入れあげていたであろう民主党の惨敗と第二次安倍政権の発足というダブルパンチを食らってしまい、薬師寺シリーズでのストレス発散行為がやりたくてやりたくてたまらない状況にもあるでしょうからねぇ(苦笑)。
その激しい衝動に耐えながらの執筆というのは、田中芳樹的にはなかなかに辛いものがあるのではないかと(爆)。
その点に関して「だけ」はさすがに同情申し上げたいところではあるのですが、しかし新刊の執筆についてはきっちりキリキリと行って頂かなくてはなりません。
来年中に脱稿まで行けば凄い、などと評価しなければならないところに、田中芳樹の執筆状況の悲惨な惨状が浮き彫りになっているのですが、果たしてそういう「奇跡」の類というのは実現しえるものなのでしょうかねぇ(-_-;;)。


コメント一覧

水瀬あきら (12/29 22:27) 編集・削除

 こんばんは。初めまして。いつも楽しく読ませていただいてます。私は田中氏ファンですが、毎度毎度ブログなどでの斬りっぷりは爽快ですね(苦笑)。

 タイタニア、第一章を書き上げたようですが、田中氏の場合は、原稿用紙の一枚目から順番に書いてゆくタイプではなく、書けるところから書いてゆく感じなので、他の章の原稿も歯抜けのように書かれているのかもしれないですね(笑)。つーか、そうあってほしいのですが(爆)。
 まあ、どちらにしても、今の田中氏はかなり原稿執筆が遅くなっているようなので、気長に(年単位?)で待つしかないのですがね(涙)。NHKでの執筆宣言から何年経つのやら……。

 長々とすいません。失礼しました。

冒険風ライダー(管理人) (12/30 23:56) 編集・削除

>水瀬あきらさん
こちらこそ初めまして。

>  タイタニア、第一章を書き上げたようですが、田中氏の場合は、原稿用紙の一枚目から順番に書いてゆくタイプではなく、書けるところから書いてゆく感じなので、他の章の原稿も歯抜けのように書かれているのかもしれないですね(笑)。つーか、そうあってほしいのですが(爆)。

ただ今回の場合は、長年放置されてきたシリーズでもありますし、田中芳樹的にも手軽に書ける作品ではないでしょうからねぇ。
薬師寺シリーズのごとく適当に書き散らせないのですから、どれくらいで脱稿できるのかはやはり未知数な部分が多いのではないかと。

>  まあ、どちらにしても、今の田中氏はかなり原稿執筆が遅くなっているようなので、気長に(年単位?)で待つしかないのですがね(涙)。NHKでの執筆宣言から何年経つのやら……。

あの放送は2009年3月に放映されていますから、現時点で3年9ヶ月といったところです。
来年の脱稿も正直難しそうな感じではあるのですが、果たしてどうなるののでしょうかねぇ(-_-;;)。

http://www.tanautsu.net/

熊本県の代表的ゆるキャラ「くまモン」の人気と経済効果

熊本県のPRマスコットキャラクター「くまモン」の関連商品が、2012年上半期だけで118億円もの売上を記録したのだそうです。
熊本県では「くまモン」の4コマ漫画製作まで決定し、原案を募集するとのこと。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/12/28/kiji/K20121228004869540.html
>  熊本県は28日、県のキャラクター「くまモン」の4コマ漫画を制作することを決め、来年1月から原案を募集すると発表した。採用作品は新聞紙面に連載される予定。
>
>  募集するのは、日常で感じるちょっとした幸せや驚きのエピソード。応募は、イラストに説明を加えた「絵コンテ」のほか、文章だけでも可能。
>
>  くまモンの生みの親で、熊本県出身の脚本家小山薫堂氏は「3年前に九州新幹線開業キャンペーンのおまけとして誕生したくまモンが、予想以上の支持を得た。次のステージに押し上げるため、みなさんと一緒に物語を作りたい」とメッセージを寄せた。
>
>  採用された原案は小山氏が監修して漫画に仕上げ、考案者のペンネームを表記する。どの新聞に連載するかや、連載の開始時期は未定。県くまもとブランド推進課は「1年くらいは連載したい」と話している。
>
>  
県によると、くまモン関連商品の売り上げは今年上半期だけで約118億円。26日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた日本のゆるキャラ特集でもイラスト入りで取り上げられるなど人気は高く、28日に記者会見した蒲島郁夫知事は「末永く愛され続けてほしい。来年はぜひ世界展開をしたい」と意気込みを語った。
>
>  漫画原案の締め切りは3月15日。応募方法の詳細や、応募用紙はくまモンのオフィシャルホームページへ。

「くまモン」は2013年には海外にも本格的に進出するのだそうで、その人気はとどまるところを知りませんね。
正直、いくら「ゆるキャラグランプリ」で優勝したからとはいえ、「くまモン」と同タイプの当地「ゆるキャラ」が全国各地に数多く点在している中で、ここまで「くまモン」人気が出るというのは何とも不思議な話ではあるのですが。
宣伝の仕方が上手かったのと、著作権的な制約が少ないというのが大きな理由ではあるようなのですが。
特に後者の問題が「くまモン」の強みになっている一面は少なくないでしょうね。
「ゆるキャラ」の中には、地方自治体と「ゆるキャラ」の生みの親との間で裁判にまで発展したというケースもあったりするのですし。
熊本県内の店々でも、「くまモン」関連グッズが必ずひとつはあるという状況だったりしますからねぇ。
九州新幹線全線開業のオマケ的なキャラクターとして世に出、その実現と共に役目を終えるはずだった「くまモン」が、何とまあ出世したことか……。

ただ、個人的には少々困ったこともあって、タナウツのTwitterアカウントの総フォロワー数に、「くまモン」のTwitter公式アカウントのそれが追いつきつつあるんですよね。
2012年12月28日時点で、タナウツアカウントのフォロワー数が約14万4000台に対して、「くまモン」公式アカウントが約12万2000台となっています。
現行の「くまモン」公式アカウントは、2012年6月8日に旧アカウントが何者かに乗っ取られた事実が発覚した後に新規に作られたものですから、わずか半年弱で急激に伸びていることになります。
タナウツの総フォロワー数は、1年ほど前から熊本県内におけるTwitterフォロワー数で1位を維持し続けているのですから、「くまモン」公式アカウントの急激な伸びはこの地位を脅かしかねないものと化しているわけです。
今のままのペースだと、そう遠くない未来に「くまモン」公式アカウントにフォロワー数を追い抜かれることになりそうで、今更のようにフォロワー数対策を強化している状態ですね(T_T)。
「くまモン」が台頭するまで、熊本県内のフォロワー数争いでは、ここ1年全く敵なし状態だったのですけどね、タナウツのTwitterアカウントは。
まあ熊本限定ではなく全国に目を向ければ、タナウツ以上のフォロワー数を誇るTwitterアカウントなんていくらでも存在はするのですけど。

「くまモン」人気は、果たしていつまで続くことになるでしょうかねぇ。


「SPEC」シリーズの前日譚と続編の公開が正式発表

2010年にテレビドラマ放映され、2012年4月に映画化もされた「SPEC 警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿」の続編が正式に発表されました。
2013年秋にその始まりを描いた「零」と完結編の「結」を公開するのだとか。

http://www.cinematoday.jp/page/N0049008
>  [シネマトゥデイ映画ニュース] 鬼才・堤幸彦が演出を手掛け、戸田恵梨香と加瀬亮の凸凹コンビが話題を呼んだドラマ「SPEC(スペック) ~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿」の前日譚にあたるスペシャルドラマ「SPEC~零~」と、映画化第2弾にして完結編『SPEC~結~』が2013年秋に公開されることが決まった。
>
>  2010年10月クールにTBS系で放送された「SPEC」は、警視庁公安部の特殊捜査官である当麻紗綾(戸田)と瀬文焚流(加瀬)の二人が「予知能力」や「念動力」などの“SPEC”と呼ばれる特殊な能力を持つ犯罪者に立ち向かう姿を描いた作品。今年4月にはドラマ最終回の半年後を描いたスペシャルドラマ「SPEC~翔~」、その続編にあたる映画化第1弾『劇場版 SPEC~天~』が公開されるなど人気シリーズとなっている。
>
>  今回の決定に戸田は「起・承・転と皆様の温かい支援を頂き、こうやって、最終章の結までやってこられたことを感謝しております」と喜びのコメント。一方の加瀬は「ついに完結するようで、ホッとしています(笑)。泣いても笑っても最後、戸田さんと共に、力を出し切りたいと思います」と意気込んでいる。
>
>  
スペシャルドラマ「SPEC~零~」では当麻が自身の左手を失うこととなった事件のエピソードが、『SPEC~結~』では前作『SPEC~天~』に登場した“シンプルプラン”“ファティマ第三の予言”などのワードや、白い男の正体など、今まで解き明かされなかった多くの謎が全て明らかになるという。植田博樹プロデューサーが「このSPECという世界のファイナルにふさわしい、シリーズ最高のグレードを目指して作っています」と語る結末に期待したい。(編集部・市川遥)
>
> スペシャルドラマ「SPEC~零~」はTBS系にて2013年秋、放送予定
> 映画『SPEC~結~』は2013年秋、全国公開

現時点では最新作である映画「SPEC~天~」でも、宣伝では完結編を銘打っておきながら、作中では明らかに続編を匂わせるような演出をやらかしまくっていましたが、それが正式なものになったわけですね。
あの映画で散々なまでに思い知らされたことなのですが、このシリーズはテレビドラマ・映画を問わず、全ての話に明確な関連性があるため、どれか単独で観賞しても内容は全く持って理解不能になるしかないんですよね。
シリーズの途上にある「SPEC~天~」だけを観賞しても、作品の世界観も話の経緯もまるで理解できなかったのですし。
2013年に公開されるという前日譚と続編も、それ単独では何のことやら分からない設定やエピソードが目白押しでしょうね。
前日譚と続編の観賞に当たっては、既存シリーズ作品のに「事前の予習と復習」が確実に求められることになるのではないかと。
シリーズ作品には「話に関連性がないか希薄で、作品単独でも楽しめるもの」と「全ての話が繋がっていて、全部観賞しないと設定や全体の構成が理解できないもの」の2種類があるのですが、「SPEC」シリーズは後者の中でも極北に位置する作品ですからねぇ(-_-;;)。
これほどまでに観客に負担を強いるシリーズというのも、そうはないのではないのかと。

新作が発表された「SPEC」シリーズですが、元来映画好きなはずの私にとってはあまり食指が動くものではないですね。
前回観賞した「SPEC~天~」は、テレビドラマ版を全く視聴していなかったという事情があったとはいえ、あまりの話の分からなさと出来の悪さに、正直辟易させられた部分が多々ありましたし。
同じような経緯から観賞した「SP」シリーズは、それでも過去作を観賞する気にもなり、続編も当然映画館で観賞に行ったものだったのですが……。
公開時における映画の観賞スケジュール次第でしょうねぇ、私が「SPEC」の続編を観賞するか否かは。


第二次安倍内閣発足とマスコミの偏向報道との戦い

本日、第二次安倍内閣が正式に発足し、民主党から自民党への政権交代が正式に実現することとなりました。
3年3ヶ月にわたって民主党が食い荒らしてきた日本はボロボロの状態にあり、長期デフレの経済問題に外交問題と難題が山積している安倍内閣の前途は多難であると言えます。

その中でも最大の障害物は、やはり何と言っても大手マスコミによる偏向報道でしょう。
本日も、こんなおかしな記事が堂々とネット上に掲載されていたくらいなのですし↓

http://news.livedoor.com/article/detail/7266356/
> 大手スーパーが右に倣えと食料品や日用品の値下げに動くなど、個人消費をめぐる現場は値下げのオンパレードだ。12月16日の衆院選で大勝した自民党が「政権公約」に掲げたインフレターゲット(物価目標)を「実需が伴わない空論」(経済団体幹部)とあざ笑うように、小売り・外食各社は「価格破壊」を飛び越え、「価格崩壊」に一直線に突き進んでいる。
>
> 国内家具最大手のニトリは11月末、867品目の価格を10~40%の幅で引き下げた。同社がこれだけ大がかりな値下げに踏み切るのは、2010年10月以来、ほぼ2年ぶりだ。
「国民の役に立っていればデフレは悪くない」。似鳥昭雄社長は、所得環境悪化に歯止めがかからない現状で、一方的に物価上昇目標を掲げる政策を疑問視する。
>
> 小売業の値下げは、ニトリに限らない。鈍い個人消費を刺激しようと、イオン、ダイエー、西友などの大手スーパーは、すでに値下げ競争の真っ只中だ。秋以降、景気後退局面入りが濃厚になってきたことから、価格競争は一段と激化している。大手スーパーで“孤高”の値下げ慎重派・イトーヨーカ堂も売り上げ低迷で背に腹は代えられず、12月1日に食料品、日用品約1000品目の価格を10~40%引き下げ、値下げ合戦に参戦した。
>
> 値下げ競争が沈静化していた牛丼チェーンも、吉野家ホールディングスが運営する「吉野家」が牛丼並盛りを業界最安値250円で提供する新業態を出店したのを受け、最大手「すき家」を展開するゼンショーホールディングスは、12年4月以来の値下げキャンペーンを12月初めに実施し、値下げ競争が再燃しかねない。ファストファッションも、
ユニクロが看板商品の発熱保温肌着「ヒートテック」の価格を、昨シーズンから1~3割引き下げるなど、小売り・外食の現場はデフレモードに染まったままだ。
>
> 売り上げ低迷の中での値下げ合戦は、お互いの体力を消耗させる。しかし、冬のボーナスは前年を割り込み、企業の大量人員削減計画が相次ぎ、来春闘で賃金改善要求を見送る労組も出るなど、悪化する一方の所得環境に、小売りの現場は低価格を訴えるよりない。
実需につなげ、消費を上向かせる保証もない金融政策に頼ったインフレターゲットに、小売りの現場からは「脱デフレはほど遠い」「安倍晋三・自民党総裁の一人芝居」と冷ややかな声も漏れ聞こえてくる。

本日誕生したばかりの第二次安倍内閣に対し、それ以前から問題になっている経済事情を無理矢理重ね合わせ、時系列を完全に無視して批判してくるとは、よほどに頭の悪い記事としか言いようがないですね。
この記事が問題にしている「加速を続けるデフレ事情」は、むしろ今までの民主党政権がもたらした産物と言えるものなのですし、その問題を解消するためにこそ、安倍新総理は先の衆院選でデフレ脱却の経済政策を公約に掲げもしたのでしょうに。
そもそも、経済政策というのは効果を発揮するまでに時間がかかるものなのですし、今現状の経済問題の責任を、内閣が発足したばかりの政権に押し付ける神経はどうかしていると言わざるをえないでしょう。
こんな時系列を無視したバカげた記事を、それも内閣発足の日に掲載するという感覚は理解に苦しむものがあります。

これもまた、安倍内閣をバッシングすること自体を目的としたネガティブキャンペーンの一環なのでしょう。
現時点で既にこれなのでは、これから繰り広げられることになるであろうマスコミによる安倍叩きがどれほどまでに苛烈なものになるのか、先が思いやられると言わざるをえないですね。
またカップラーメンやカツカレーなどの類な挙げ足取りトンデモ報道が繰り広げられるのは既に目に見えているのですし。
安倍叩きを社是とする朝日新聞をはじめとするマスコミは、どんな巨大な不祥事を起こしても問答無用の寛大さを見せつけた対民主党報道とは180度掌を返して、如何なる些末な事象であっても世界を揺るがすかのごとき一大事件として報じてくれることでしょう。
国民の側も安倍内閣が推進する政策の実態を正しく理解すると共に、マスコミの偏向報道は常に疑いをもってかかり、その動向を常時監視する必要があります。
というか、今まで好き放題やりまくってきたマスコミの偏向報道を規制するための法体系の整備すら求めても良いくらいです。
マスコミによる偏向報道と「空気」の演出によって民主党による政権交代を実現させてしまった、2009年8月の悪夢の再来は御免被りたいものです。


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是々非々 (01/12 02:10) 編集・削除

マスコミの偏向に対して使えそうなネタです。
「反日既存メディアへお問い合わせしましょう」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19646201

映画「レ・ミゼラブル」感想

ファイル 851-1.jpg

映画「レ・ミゼラブル」観に行ってきました。
世界各国の舞台で長年ミュージカル公演が行われてきた、ヴィクトル・ユーゴー原作の同名小説の実写映画化作品。
なお、今作が2012年における私の最後の新作映画観賞となります。

今作の舞台はフランスで、最初に登場する年代は1815年となります。
当時、ワーテルローの戦いでナポレオン・ボナパルトが敗北し、フランスでは王政が復活していました。
そんな世相の中、今作の主人公ジャン・バルジャンは、パンを1つ盗んだことが発端となり、実に19年もの長きにわたって続いていた囚人生活に終止符を打とうとしていました。
パンを盗んだ罪に対する罰自体は5年程度だったのですが、ジャン・バルジャンは何度も脱獄を繰り返したためにそこまでの懲役期間になったのだとか。
彼は名前ではなく「24601号」という記号で呼ばれ、奴隷労働に従事させられていたのですが、生涯にわたり1ヶ月に一度指定の警察署?に出頭することを条件に仮釈放が認められます。
しかし、長きにわたる牢獄生活のために行き場を失い、生活の糧もなく困り果てたジャン・バルジャンは、とある教会の門を叩きます。
そこで一宿一飯にありつけたジャン・バルジャンは、夜中にこっそり起き出し、教会内にあった銀の食器をあらかた盗み出し逃走してしまいます。
後日、当然のごとく憲兵に捕縛されてしまい、教会に連行されてきたジャン・バルジャンでしたが、この期に及んで彼は「これらの物品は教会からもらったものだ」などと誰の目にも嘘八百な言い訳を披露し始めます。
ところがそれを聞いた教会の司教は、何と「彼の言っていることは事実である」と肯定してジャン・バルジャンを解放させ、さらに2つの銀の燭台をもジャン・バルジャンに差し出してすらみせたのです。
この司教の態度に心を打たれたジャン・バルジャンは、仮釈放の許可証を破り捨て、改心して新たな人生をやり直すことを神に誓うのでした。

それから8年後の1823年。
ジャン・バルジャンは「マドレーヌ」と名を変え、とある街で事業を起こして成功を収め、さらには市長に任命される程の善良かつ人望のある人物として慕われるようになっていました。
しかしこの年、彼が運営している工場で雇われていたファンティーヌという女性工員が、他の女性工員と諍いを起こしてしまい、ジャン・バルジャンの部下だった工場長からクビを言い渡されるという事件が発生します。
ファンティーヌは8歳になるひとり娘のコゼットをテナルディエという一家に預け、多額の養育費を支払い続けていました。
ところがテナルディエ一家はファンティーヌに対して不当なまでに高い養育費を要求していたため、彼女は多額の借金を抱える身となっていました。
そこへ追い打ちをかけるようにして工員としての働き口を失ってしまった彼女は、とうとう売春婦としてカネを稼ぎ、身体を壊してしまうことになるのでした。
同じ頃、ジャン・バルジャンは自分の行方を追っていたジャベール警部から、自分とは全くの別人がジャン・バルジャンとして逮捕されたことを告げられます。
自分が名乗り出て別人を助けるか否か迷っていたジャン・バルジャンは、ふとしたきっかけから客と諍いを起こしていたファンティーヌのことを知ることになります。
ここでジャン・バルジャンは、自分の人生を左右する決断を迫られることになるのですが……。

映画「レ・ミゼラブル」では、1815年~1833年までのジャン・バルジャンの生涯が描かれています。
作中で描かれる大きなターニングポイントは、1815年・1823年・1832年の実質3年になるのですが。
今作はミュージカルの影響を色濃く受けているためか、作中で複数の歌が登場人物によって歌われるのはもちろんのこと、普通のセリフに至るまで歌のリズムに合わせるような口調でしゃべられていたりします。
私が観賞したのは字幕版なのですが、字幕版でさえ何らかのリズムに合わせて台詞が語られているのが一目で分かるほどのミュージカルぶりでした(苦笑)。
元々「レ・ミゼラブル」はミュージカル舞台として親しまれてきた経緯があるために、映画もファンを取り込むことを目的に、舞台と同じミュージカル調な展開にすることを優先したのでしょう。
さすがに戦闘シーンなどについてはミュージカル調ではありませんでしたが(苦笑)。
ただ、わざわざミュージカル調な展開にしたことで、物語全体が無駄に冗長なものになってしまっている感はどうにも否めなかったですね。
今作は上映時間158分にも及んでいるのですが、そのうちの40分ほどがミュージカルな展開に費やされていたのではないかと。
要所要所のみに歌や踊りのミュージカルを挿入するのであればともかく、今作はほぼ全編、それも登場人物達の会話まで含めて95%以上がミュージカル調だったのですし。
今回の「レ・ミゼラブル」はミュージカル舞台ではなく映画なのですから、畑違いの分野でわざわざミュージカル調な展開を持ち込まなくても良かったのではないかとは思わなくもなかったのですけどね。

個人的に少し疑問だったのは、1823年に市長の地位にあったはずのジャン・バルジャンが、ジャベール警部の追跡に対して何の圧力もかけていない点ですね。
仮にも市長の座にあったジャン・バルジャンなのですから、警察に圧力をかけて自分への追跡を止めさせることくらい普通に出来たのではないかと思えてならなかったのですが。
ある種のカタブツなジャベール警部自身に直接の賄賂や圧力などは通じなかったにしても、彼の上の人間は必ずしもそうとは限らないのですし、警察内部にジャベール警部を敵視する人間がいたとしても何ら不思議なことではないでしょう。
作中で示されているような性格では、むしろ敵を作らない方がおかしいのではないかとすら思われるくらいなのですし。
その手の人間に圧力なり賄賂攻勢なり誘導工作なりを展開することで、ジャベール警部を異動させたり失脚させたりすれば、自分に対する追跡を止めさせることも普通に出来たのではないのかと。

また、ジャン・バルジャンと誤認されて逮捕された男を救いたかったからといって、別に「自分こそがジャン・バルジャンである」などと名乗り出る必要もこれまたなかったはずでしょう。
近代裁判の論理で言えば、その男がジャン・バルジャンであるという証明を否定することさえできれば、「疑わしきは罰せず&被告人の利益に」という推定無罪の原則で彼の無罪は充分に証明されるわけです。
その男がジャン・バルジャンではないことを誰よりも知悉しているジャン・バルジャンにしてみれば、彼の嫌疑を再調査・精査させるだけでも相当程度の効果が見込めるのは確実なのですが。
元々全くの別人をジャン・バルジャンと誤認している時点で、捜査自体が相当なまでに荒くかつ穴だらけなシロモノであろうことが容易に推察されるのですし。
場合によっては、警察が手柄を立てるだけのために全く無実の人間の冤罪をでっち上げた、などという事態も考えられるわけで。
そういった観点から警察を攻めていけば、ジャン・バルジャンは自分の正体をバラすことなく冤罪をかけられた人物の無罪を勝ち取るという、「一挙両得」な成果を上げることも充分に可能だったのではないかと。
もしそれでも冤罪にかけられた人物が有罪になった場合は、市長の名で減刑嘆願を出したり保釈金等の金銭的な援助を自ら行って冤罪者を助けるということも、当時のジャン・バルジャンの立場であれば可能だったでしょう。
ジャン・バルジャンはジャベール警部に対して「俺は逃げはしないから猶予をくれ」的なことを口ではのたまっていても、実際には逃げる気満々だったわけなのですから、手段を問わず自己保身に邁進しても別に不思議なことではなかったのではないかと思えてならないのですけどねぇ。
その手の政治的権力や経済的支援などをもっと活用した保身術を駆使すれば、自分も他人もより幸福になることもできたかもしれないのに。

ミュージカル舞台版の「レ・ミゼラブル」が好きな方には、それなりにオススメできる作品と言えるでしょう。
ただ、そのミュージカル要素の挿入による冗長な展開は、「レ・ミゼラブル」の話を全く知らない一見さんには少々厳しいものがあるかもしれません。


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葵猫 (12/25 12:44) 編集・削除

こんにちは。
この映画についてですが、ユゴーの小説の実写映画化、
というのは違います。
ミュージカルの影響を色濃く受けているのではなく、
あくまでもミュージカル版の映画化です。
そしてレ・ミゼラブルはオペラミュージカルです。
台詞はほとんどなく、すべて歌で表現するのがオペラミュージカルです。
そこを変更するのならば、映画化の意味はありません。
シェルブールの雨傘等他にもオペラミュージカルの映画はあります。
最初は驚いたがすぐ慣れた、良かったという方もいますし、
つまらないと思われたのなら、残念ですが、合わなかったんですね、としか申し上げられません。
私自身はおおむね満足です。
あと三回は見る予定です。
舞台にはなかった司教さまが昇天するバルジャンを迎えてくれる場面で泣けました。

S.K (12/25 19:17) 編集・削除

>個人的に少し疑問
 
 お気持ちはわかりますが、この作品のテーマは
基本「無償の神の愛」なので、権謀知略でジャベールを
排除したり誤認逮捕の男を救ったりしてはそれこそ
「虚偽の罪」を犯してまで救ってくれたロレンス司教に
申し訳がたたないというものでしょう。
 そもそもジャン=マドレーヌ氏が成功したのも己の利益を
顧みない篤志家としての人望あっての事ですし
「逃げる気」と言っても「償いは必要だ、
しかしコレットの結婚を祝ってやりたいしそれなりに怖い」
というのは人情でしょう。
 葵猫さんがお書きになったラストのように、この話については
現世利益より天上の神の愛を優先するのが宜しいかと思います。
 ジャベールの最期なぞ「俺は神にも恥じる事なく
正しかった、しかし最低の罪人にさえ頭を垂れる他
ないほど愛がなかった」と自責して入水自殺ですから。

葵猫 (12/25 20:37) 編集・削除

S.K様
同感です。
言うまいと思ってましたが、管理人様、その突っ込みは「野暮の骨頂」です。
ジャン・バルジャンは、ラインハルト・フォン・ローエングラムでも、ヤン・ウェンリーでもないのです。
もし管理人様の言うような策を弄する主人公であったなら、原作はここまで世界中で愛されなかったでしょうし、ミュージカルも40か国以上の国々で上演されたりしなかったでしょう。
ただ、3日の猶予に関して。
バルジャンはコゼットの里親がまともな人物なら、金を預けて彼女の養育を頼み、逮捕されてもいいという気持ちはあったと思います。
だが現実は、寒空にあんな格好でこき使われ、虐待されてました。
しかも、すぐになつかれ「私のパパになってくれる?」ですよ。
元々小さな妹の子供のために前科作った彼です。
この子の為に逃げようと思うのは当然の結果だと思います。

冒険風ライダー(管理人) (12/25 23:06) 編集・削除

>葵猫さん
>S.Kさん
まずはじめに言っておくと、私は別に今作が駄作だったと言っているわけではありません。
むしろ、話の構成そのものについては、なるほどさすがミュージカル舞台でロングセラーを謳われるだけのことはあると感心したクチですし。

ただ、その上で違和感を覚えずにいられなかったのは、やはり何と言ってもジャベール警部に対して「3日間の猶予をくれ」と言っておきながら、結果的には彼を裏切り逃亡したジャン・バルジャンの選択なんですよね。
私はあの描写を見たとき、てっきり自分は素直に捕まり甘んじて罰を受けることを表明した上で、コゼットの身柄をジャベール警部に託すのではないかとばかり考えていたのですよ。
あの2人のやり取りは、どことなく「走れメロス」的な展開を髣髴させるものがありましたし、自分が捕まる時点でコゼットの今後に問題が生じるであろうことは、あの時点でジャン・バルジャンにも充分に理解できていたことのはずなのですから。
にもかかわらず、あっさりと前言を翻して逃亡してしまったジャン・バルジャンの決断は、本人の主観的には確かにコゼットのためではあったにせよ、客観的に見れば、結局疑心暗鬼ながらも猶予を与えてくれたジャベール警部の「信用」に対する裏切り行為を犯したことにもなるわけです。
せっかく温情を示したのに裏切られたジャベール警部にしてみれば、ジャン・バルジャンの言動は「我が身可愛さの身勝手な虚言」以外の何物でもなかったでしょうし、また他ならぬジャン・バルジャンにとっても、冒頭における神への誓いを裏切るものとなったのではないのかと。
物語序盤で改心して以降のジャン・バルジャンはまさに「聖人」のごとく描かれているだけに、あのシーンだけはどうにも納得できないものがありました。
だからこそ私は、「そんなことをするくらいならば、いっそ最初から権謀術数の限りを尽くしてジャベールの排除と自己保身に動いた方が良かったのでは?」と考えてしまったわけで。
後先考えずに行き当たりばったりな言動と対応に終始していたとしか思えなかったですからねぇ、あの時のジャン・バルジャンは。

また、1823年当時のジャン・バルジャンは、大きな工場を運営していた上に市長の座にもあり、その地位と権力と財力を活用して多くの人々を政治的・経済的に救済することもできる立場にありました。
市民は彼を慕っていましたし、また自分が市長の座にあることで民の暮らしを助けられることも、当然ジャン・バルジャンは承知の上だったはずです。
にもかかわらず、自らその立場を考えなしに放棄するかのごとき態度をジャン・バルジャンは取っているわけです。
彼が自分の立場を放棄することによって、ファンティーヌのごとき路頭に迷う人間が他にも多数出ることになるかもしれないのですよ?
たとえば、ジャン・バルジャンがジャベール警部に追われる身となった後のあの工場は、ファンティーヌを問答無用でクビにしたあの工場長が仕切ることになったかもしれないですし、あの工場長がジャン・バルジャン以上に(労働者にとって)理想的な工場運用をするとはとても考えられたものではないでしょう。
また、市長が逮捕されたとなれば、それが市政に与える影響や混乱は大きなものがあるでしょうし、後任の市長がジャン・バルジャンより市民のことを考えてくれる人物である保証などどこにもありはしません。
自分の立場が危うくなれば、それによって不幸になる人が出るかもしれない、と考えれば、あんな「考えなし」な行為になんてそうそう簡単に出れるものではないでしょう。
ジャン・バルジャンがファンティーヌやコゼットを助けること自体は何ら問題となることではありませんが、それをやるならばもう少し自分の保身と両立する形で上手くやるべきでしたし、結果的にはそれこそが「より」多くの人達を助けるという「改心の誓い」にも繋がることになるのではないのでしょうか?
せっかく人々を幸せにできる権力と社会的地位を持ちながら、それをあんな「自分の改心の誓いにすらも反する」最悪な形で放棄してしまったジャン・バルジャンの選択が、私にはどうにも歯痒いものに見えてならなかったというわけです。

あと、ミュージカルな全体構成については、確かにシネマトゥデイの映画紹介でも「ミュージカルを映画化」と書いてありますね。
ただ、他作品の映画観賞の際に何度も見た予告編では「普通のセリフに至るまでミュージカル調」な描写はどこにもなかったので、実物を観賞して「え?」と思った部分は多々ありましたが(^^;;)。
ミュージカル映画というと、一般的には「1箇所もしくは複数個所の要所な場面で歌と踊りのミュージカルシーンが挿入されている映画」を連想するものですし、今作もそうだとばかり考えていたもので。
今更分かりきった話ではあるでしょうが、世の中色々な形態の映画があるものなのですねぇ(^^;;)。

http://www.tanautsu.net/

S.K (12/26 00:19) 編集・削除

>私は別に今作が駄作だったと言っているわけではありません。

 それは承知しているつもりですので疑問点への
ちょっとした「私的解釈」を述べたのです。

>ジャベール警部の「信用」に対する裏切り行為

多分両者どちらに聞いても「その通りだ」と言う
でしょうし、更にジャン=バルジャンは「恨んで
くれて良いし『次』があったらどんな償いでも
受け入れる。しかし今はコゼットを幸せにして
やりたい」と続くでしょう。
必ずしも「我欲がある事=断罪されるべき事」な必要も
なくはないですか?

>市民は彼を慕っていましたし、また自分が市長の座にあることで民の暮らしを助けられることも、当然ジャン・バルジャンは承知の上だったはずです。

 それはどうでしょう?
「人の情けに感激して出来る事をしているだけの
元々学もない(実は前科者の)男」にそこまでの
視野がある方が奇跡的では。
 事実ファンテーヌを結果的に殺しコゼットを孤児に
した元凶の工場長はジャン=バルジャン=マドレーヌ氏
の雇い人であり治める市民だったではないですか。
 それにマドレーヌ氏の善政というのは献身であって
論理的結論ではありませんし、市民のその後の運命に
しても「惜しい指導者を失った」と嘆く権利はあっても
「お前のせいだ!」と糾弾する資格まではないのでは?
 慈善的な市長一人いなくなっただけで荒廃するような
街や産業はどのみちまともではないでしょう。

>せっかく人々を幸せにできる権力と社会的地位を持ちながら、それをあんな「自分の改心の誓いにすらも反する」最悪な形で放棄してしまったジャン・バルジャンの選択が、私にはどうにも歯痒いものに見えてならなかったというわけです。

 全くもって「不合理な話」ですからね。
 なので「ジャン=バルジャンは理を解する程賢くは
ないですし、あれが精一杯というのは汲んで宜しい
のでは?」と問うた次第です。
「そういう考え方もある」程度でご解釈下さい。

葵猫 (12/26 08:50) 編集・削除

確かにジャン・バルジャンのやった事は完璧ではありません。
でも人間には限界があります。
ジャン・バルジャンは貧しい、社会的には最下層のうまれです。
ろくな教育も受けてない彼が、事業を成功させ、市長になったわけです。
そして市民の為に尽くしている、すごいことです。
現代に生まれ、きちんとした教育を受けた人間の尺度で、あれが出来てないからいけないと言えるものでしょうか?
作者ユゴーは、バルジャンのような優れた潜在能力と人格を持った人物を教育も受ける事が出来ず、前科ものにしてしまった社会をこそ批判していると思います。
ファンテーヌの事にしてもそうです。
娼婦の言い分は最初から聞かず、「女には罰だ」
ちゃんと働いていた女性をあんなめに合わせる社会。
バルジャン一人では社会どころか、地域社会でさえ、変える事は難しいというのが現実でしょう。

冒険風ライダー(管理人) (12/28 00:33) 編集・削除

>S.Kさん
> 多分両者どちらに聞いても「その通りだ」と言う
> でしょうし、更にジャン=バルジャンは「恨んで
> くれて良いし『次』があったらどんな償いでも
> 受け入れる。しかし今はコゼットを幸せにして
> やりたい」と続くでしょう。
> 必ずしも「我欲がある事=断罪されるべき事」な必要も
> なくはないですか?

「走れメロス」的な約束を交わすシーンの後で、言い出しっぺの主人公の側から約束をバックれて逃亡、というのは話がおかしいと言わざるをえないところなのでは?
「走れメロス」も、苦難の末に主人公が何度もその誘惑に屈しかけるも、懊悩の果てに見事に約束を守ったからこそ美談になったのであって、アレでバックれたら興醒めもいいところでしょう。
それと全く同じことを、あのシーンではやっているような気がしてならなかったのですが。

> 「人の情けに感激して出来る事をしているだけの
> 元々学もない(実は前科者の)男」にそこまでの
> 視野がある方が奇跡的では。

ジャン・バルジャンに学はなかったにしても、彼には世の辛酸を舐めてきた人生経験と、資産家になれただけの商才や知識などは備わっているのではないですか?
そうでなければ、無一文の身から工場を構え市長にまでのし上がるなんてできるわけもないのですし。
ジャン・バルジャンともあろう者が、まさかブラック企業の経営者のごとき悪逆非道なことをやらかしているとは考えにくいところなのですし、視野や識見はそれなりにあると考える方が自然なのではないかと。

>  慈善的な市長一人いなくなっただけで荒廃するような
> 街や産業はどのみちまともではないでしょう。

ジャン・バルジャンの後釜にルーピーだのカンガンスだのといった「民主党的な面々」が居座るような事態を、この場合は想定すべきなのではないでしょうか?
ひとりの暴君ないし集団の類が政治を滅茶苦茶にした事例を、あの連中は見事なまでに示してしまっているわけで(苦笑)。
まああそこまで最悪な部類でなくても、あの当時のフランスは元々ナポレオン戦争に敗北した直後ということもあり、貴族優遇・市民冷遇の反動政治が横行していた時代でもあったわけですし、後釜の新市長が一般人を冷遇したり貴族に媚びたりする政治に走る危険性は充分にあったと言えるわけです。
ジャン・バルジャンのような「市民に慕われる市長」という存在の方がむしろ例外的なものであることくらい、当のジャン・バルジャンだって他ならぬ自分自身の経験から充分過ぎるほどに理解できることでしかなかったはずでしょう。
自分が市長の座を退いても今の体制が続けていける、という状況を作り出したのならともかく、ジャン・バルジャンのそれはどう見てもそうではなかったわけですし、彼には市長として市政の充実に全力を尽くす義務もあったのではないのかと。

>  全くもって「不合理な話」ですからね。
>  なので「ジャン=バルジャンは理を解する程賢くは
> ないですし、あれが精一杯というのは汲んで宜しい
> のでは?」と問うた次第です。
> 「そういう考え方もある」程度でご解釈下さい。

上でも述べたように、ジャン・バルジャンは無一文の身から市長になれてしまう程度には有能だし視野も広いはずですよね。
それであの行動は解せないし違和感も大きい、というのが私の主張です。

>葵猫さん
> ジャン・バルジャンは貧しい、社会的には最下層のうまれです。
> ろくな教育も受けてない彼が、事業を成功させ、市長になったわけです。
> そして市民の為に尽くしている、すごいことです。
> 現代に生まれ、きちんとした教育を受けた人間の尺度で、あれが出来てないからいけないと言えるものでしょうか?

私はむしろ全く逆に、それだけの有能性を持ち合わせている【からこそ】、作中の「考えなし」かつ「行き当たりばったり」な言動が理解に苦しむと考えてしまうんですよね。
ジャン・バルジャンには学が無くても「辛酸を舐めてきた人生経験」があるのですし、世の中は慈善どころか悪意に満ちてすらいることも充分に承知しているはずなのです。
お花畑な空想世界で生きているような人間ではないからこそ、あの一連の言動には違和感を覚えざるをえない、というのが私の正直なところなのでして。

> バルジャン一人では社会どころか、地域社会でさえ、変える事は難しいというのが現実でしょう。

いや、個人としてはともかく「市長」や「工場の経営者」としての立場であれば、ある程度は自分の意のままにできる部分もあるでしょう。
ジャン・バルジャンの場合は、むしろその力を自分や他人のためにロクに行使しなかったことにこそ問題があるのでしてね。
せいぜいコゼットの買収のためにカネを放出したくらいでしたからねぇ、彼が自前の「力」を行使していた場面は。
目先の事象にこだわるあまり、大局的なことが見えていない。
それが、あの場面におけるジャン・バルジャンの評価になってしまうのではないかと。

http://www.tanautsu.net/

通りすがり (01/04 11:25) 編集・削除

原作ではコゼットを助ける前に約束通り逮捕されていることを
知っていらっしゃるんだろうなとは思うのですが
原作では約束は守ってる、という事実は先に書き添えておきます。

逮捕後、再度脱獄し、コゼットの様子を見にいった時
ひどい扱いに心痛め、数年とはいえ後回しにしたことを
公開するシーンが原作にはあります。
逮捕~脱獄の部分が割愛されていると判断するか、
なかったことになっているとするかは
これは映画だけを観た人からすれば後者としか判断しようがないと思います。
尺の問題上致し方なかったのでしょうがこの映画だけでは
そう判断されても仕方ありません。
なのでその部分に対する管理人様のご指摘も至極尤もだとは思います。

ただ、この話は人を信じられず厚意を受けてなお裏切りで対応していた男が
その裏切りを無償のうちに許され「良い人間になりなさい」と送り出されたことから始まります。

だから男は常にその許してくれた人に恥じない「良い人間」を目指して生きているんです。
財産や権力のためにずる賢く生きるのでもなく、保身のために権力を振り回すこともしない、
そう生きようと決め、そう生きた男の話であって、成り上がりの話でもなんでもありません。
見ての通りとても修道的な話なのです。

権力を使って警察に手をまわすことを「良い人間」がしますか?
彼は自身の罪を知っており、警察の職務も知っています。
「君に恨みはない。君は職務を全うしただけ」と言うその言葉に嘘はないんです。
ジャベールが間違った行いをしていれば市長として正すことをしたかもしれませんが
していないのであれば、なぜ手を回す必要がありますか。

後任の者がダメ、使えない奴に決めつけて蔑み、
自分しかできないと自賛することが「良い人間」か、
まさに自分のせいでしかない罪のために一生をなくそうとしている男を
今の地位を守るためだけに見殺しにするのが「良い人間」か

確かに原作では市長逮捕後、市は衰退していきます。
ただ管理人様は映画の話だけに特化して話されているようですので
ここは観客の想像次第です。
もしかしたらすごく良くできた市長が就任されて一層の発展してるのかもしれません。

他者からその選択を愚かしい、大局的なことが見えていないと言われても彼は構わないと思います。
彼自身が彼の正義の中で「良い人間」であろうとしたんです。

全体的に非常に宗教的な話です。
日本では宗教は馴染みがない、というか、修道的に生きる、という感覚が
薄いので理解できる人が少なくて当然です。
諸外国がワビサビが理解できないのと同じで理解しなければいけないものでもありません。
かと言って理解していないのに否定するのは非常に滑稽ではありますが。

冒険風ライダー(管理人) (01/05 00:26) 編集・削除

>通りすがりさん
今回の場合、原作については映画観賞時まであえて全く目を通さず、観賞後にWikipediaで確認するという手法を取りました。
元々私は舞台を観に行ったことがほとんどないこともあり、今作を観賞するまで「レ・ミゼラブル」の詳細な内容については把握していませんでしたし。
そんなわけで、今回私が感想を述べているのは、2012年12月21日公開のミュージカル映画「レ・ミゼラブル」限定のものとなります。
原作からテレビドラマまで一切合財全部観賞して臨んだ「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」とは完全に対極なやり方ではありましたが、そういう前提で書いた感想だということはご承知下さい。

> ただ、この話は人を信じられず厚意を受けてなお裏切りで対応していた男が
> その裏切りを無償のうちに許され「良い人間になりなさい」と送り出されたことから始まります。
>
> だから男は常にその許してくれた人に恥じない「良い人間」を目指して生きているんです。
> 財産や権力のためにずる賢く生きるのでもなく、保身のために権力を振り回すこともしない、
> そう生きようと決め、そう生きた男の話であって、成り上がりの話でもなんでもありません。
> 見ての通りとても修道的な話なのです。

そこなんですよね、問題は。
まさに司教に対する裏切り行為について反省し、「良い人間」として生きることを目指したはずのジャン・バルジャンが、その裏切り行為を今度はジャベール警部相手にまたしても披露してしまう、という矛盾にどうしても違和感を覚えざるをえないわけです。
他の誰でもない当のジャン・バルジャン自身にとってこそ、アレはまさに最悪の行為そのものだったでしょう。
自分の行いを恥じ、「良い人間」になると誓ったのは一体何だったのか?
かつて己自身が恥じていた行為をまたしても繰り返すことに、彼は何の疑問も羞恥も覚えなかったのか?
そこが観ていてどうにも矛盾と破綻を感じざるをえなかったところでしたし、そんな愚かしいことをするくらいならば……と考えたのがアレだったわけです。
原作ではきちんと約束を守っているというのであれば、映画版のそれは「原作の改悪」とすら言って良いほどの失態です。
修道的・宗教的な要素がテーマになっている、というのであればなおのことです。
まさか、「人の懺悔という概念はかくも無意味なものである」などというシロモノが作品のテーマだった、というわけはないでしょうし。

> 確かに原作では市長逮捕後、市は衰退していきます。
> ただ管理人様は映画の話だけに特化して話されているようですので
> ここは観客の想像次第です。
> もしかしたらすごく良くできた市長が就任されて一層の発展してるのかもしれません。

いや、ジャン・バルジャンの後任の市長が仮に万が一にも優れた人物だったとしても、それを誕生せしめたのはジャン・バルジャンの功績ではないでしょう。
後任がいかなる人物であれ、ジャン・バルジャンが市政を混乱させ、今後の市政について不安の影を落とすことになる事実に変わりはないのですから。
まあ、ジャン・バルジャンが後継者を事前に指名していたとでもいうのであれば話は違ってくるでしょうけど、もちろんそんな描写は映画には全くなかったわけで。

また以前の投稿でも書きましたが、当時のフランスはナポレオン戦争後の反動政治で政治情勢は不安定でした。
1830年にフランス7月革命が勃発したのも、それなりに必然的な理由があってのことなのですから。
それに当のジャン・バルジャン自身の経験則から言っても、自分のごとき慈善な市長が極めて稀な存在であることくらい理解はできたはずでしょう。
そういった要素を鑑みれば、市政を預かる立場の人間としてのジャン・バルジャンは、自分が捕まった後の市の動静について無頓着・無責任に過ぎたのではないのかと。

市長とか工場所有の大富豪とかいった「私的な言動の影響力が大きすぎる」立場を変に付加していたのが、却ってジャン・バルジャンの選択肢と責任を無用に増大させた元凶ですね。
ちょっと小金を持つ一般人的な設定にでもしていれば、市政の責任などは全く問題にする必要もなかったのですが。

http://www.tanautsu.net/

そら (07/11 00:44) 編集・削除

今さらですが。
ジャベールはそもそも猶予を与えることに同意してませんから、バルジャンは裏切ってはいませんよ。

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