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映画「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」感想

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映画「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」観に行ってきました。
白泉社が出版する隔月刊誌「メロディ」で連載されている、よしながふみ原作の同名少女マンガの実写化映画2作目で、徳川5代将軍綱吉の時代を舞台とした作品。
今回は1作目映画はむろんのこと、原作も全巻既読、さらにはTBS系列で放映されたテレビドラマ版をも全て網羅した上で臨むという、これ以上ないレベルの事前準備が整った上での観賞と相成りました。
正直、1作目映画を観賞するまでは、原作や原作者の存在すらも全く知らなかったくらいだったのですが、人生一体何がきっかけになるのか、分からないものですね(苦笑)。
なお、過去の「大奥」に関する記事はこちらとなります↓

1作目映画「大奥」について
映画「大奥」感想&疑問
実写映画版とコミック版1巻の「大奥」比較検証&感想

原作版「大奥」の問題点
コミック版「大奥」検証考察1 【史実に反する「赤面疱瘡」の人口激減】
コミック版「大奥」検証考察2 【徳川分家の存在を黙殺する春日局の専横】
コミック版「大奥」検証考察3 【国内情報が流出する「鎖国」体制の大穴】
コミック版「大奥」検証考察4 【支離滅裂な慣習が満載の男性版「大奥」】
コミック版「大奥」検証考察5 【歴史考証すら蹂躙する一夫多妻制否定論】
コミック版「大奥」検証考察6 【「生類憐みの令」をも凌駕する綱吉の暴政】
コミック版「大奥」検証考察7 【不当に抑圧されている男性の社会的地位】
コミック版「大奥」検証考察8 【国家的な破滅をもたらす婚姻制度の崩壊】
コミック版「大奥」検証考察9 【大奥システム的にありえない江島生島事件】
コミック版「大奥」検証考察10 【現代的価値観に呪縛された吉宗の思考回路】
コミック版「大奥」検証考察11 【排除の論理が蠢く職業的男性差別の非合理】

テレビドラマ「大奥 ~誕生~ 有功・家光篇」
第1話感想  第2話感想  第3話感想  第4話感想  第5話感想  第6話感想  第7話感想  第8話感想  第9話感想  最終話感想  全体的総括

映画2作目の物語は、京の都にある冷泉家の閨で、後に右衛門佐と名を改める継仁が、子作りを目的に性行為に勤しむ様子が描かれる、原作5巻P13~P14のシーンから始まります。
冷泉家の女性とまぐわっている最中、突然ネズミの鳴き声と足音がして抱きついてくる女性をなだめながら、継仁は「自分はネズミや」と自虐まじりに思いを致すのでした。
そこで舞台は変わり、今度は原作4巻P117に戻り、メガネをかけ直した御台所付御中臈・秋本が、御台所(正室)・信平に刻限を告げ、桂昌院と伝兵衛と共に徳川5代将軍綱吉の「総触れ」が行われる様が描写されます。
大奥ではロクな男が物色できないことに飽きでもしたのか、綱吉は牧野備前守成貞に入り浸るようになります。
この世界では当然のごとく女性である牧野備前守成貞の夫は、館林時代に綱吉の愛人だった阿久里がおり、彼女は成貞が事前に用意した夜の世話のための男達には全く目もくれることなく、阿久里に自分の世話をするよう命じるのでした。
阿久里との「夜の営み」の後、満足気に帰っていく綱吉を見送る牧野家では、結果的に夫を寝取られることになった成貞のすすり泣きが響き渡るのでした。
その後、綱吉は1ヶ月の間に5回というペースで牧野家に入り浸り阿久里と夜を共にすることに。
さらに綱吉は、阿久里の健康状態が思わしくなくなったことを察すると、今度はその息子の貞安にも手を付け、大奥に入れてしまいます。
結果、阿久里と貞安は病死、貞安の妻も夫が綱吉に寝取られたことがショックで自害することとなり、一家をボロボロにされた牧野備前守成貞は隠居を申し出る羽目になったのでした。
それは、綱吉の寵愛?を自分ひとりで独占しようとする柳沢吉保の策謀でもあったのですが。

そんな中、綱吉にすっかり見向きもされなくなってしまった上、35歳のお褥すべりが迫っている自身の今後の立場や権力が気になった御台所・信平は、京から自身の子飼いとなるであろう公家の男を呼び、綱吉との間に子供を生ませることで、自身の立場を強化することを思いつきます。
そして、信平が京から呼び寄せた男は、物語冒頭に登場し改名した継仁こと右衛門佐だったのです。
右衛門佐は、巧みな社交辞令と政治的センスを駆使し、瞬く間に綱吉に気に入られたばかりか、有功ことお万の方以来長年空席だった大奥総取締の座を手にすることに成功。
さらに右衛門佐は、綱吉のひとり娘である松姫の「お腹様」だった黒鍬者の伝兵衛を隔離し、短期間のうちに大奥内で絶大な権勢を誇るようになっていきます。
しかし、右衛門佐が有功と瓜ふたつな顔立ちをしているために初対面でまんまと出し抜かれた綱吉の父親である桂昌院は、当然のごとく右衛門佐の台頭が面白くありません。
2人は綱吉の世継問題を巡って対立し、事あるごとに衝突することとなるのですが……。

映画「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」は、一応はテレビドラマ版から続く続編という位置付けではあるのですが、ストーリー自体は桂昌院関係のエピソードを除きほとんど関連性がないため、作品単体でも観賞は充分に可能です。
過去作を見ないと話の繋がりが分からない唯一のエピソードは、桂昌院が隆光に「綱吉に世継ぎができない理由」を尋ねた際、「殺生をしたことがあるか」と問われてショックを受けるシーンくらいです。
その理由については、原作2巻またはテレビドラマ版「大奥 ~誕生~ 有功・家光篇」の第3話で披露されていますので、今作が「大奥」初観賞で意味が分からなかったという方は、そちらを確認することをオススメしておきます。

また、テレビドラマ版に引き続き主演を担っている堺雅人が演じていた右衛門佐は、しかし原作と比べてもかなり大人しく静かなイメージがどうにも拭えなかったですね。
一応設定では「切れ者」ということになっており、綱吉や桂昌院相手にも物怖じすることなく堂々と渡り合っていた様が描写されてはいたのですが、どことなく「覇気」という要素が足りないというか……。
性格的には優しく誰にでも慕われるが鬱屈を自分の中に溜め込む気質な有功に対し、右衛門佐はどちらかと言えば野心と計算に基づいて他人を動かしている的なイメージがあるのですが、映画版の右衛門佐は「他人を動かす」的な描写が不足している感が多々あります。
秋本を自分の腹心として見出した理由とか、御用商人達を手玉に取って大奥へ搬入する物品の仕入値を値切るシーンとかいった、政治謀略家としての右衛門佐の側面が思いっきり省略されてしまっていましたし。
右衛門佐の腹心たる秋本にしても、大奥の動向を監視する「密偵の総元締め」的な一面はまるで描かれることなく、ただ右衛門佐の傍仕え兼語り部として登場していただけでしかありませんでした。
その手の描写は、右衛門佐の政治的センスやその方面における辣腕ぶりを示すものでもあったのですから、右衛門佐の有能性を示すという観点から言えば省略してはいけなかったのではないかと思えてならないのですが。
全体的に旧社会党ないしは社民党的な腐臭が漂う愚劣な女尊男卑的な人間や主義主張が披露されまくっている「大奥」世界において、右衛門佐というキャラクターは結構好評価なものがあっただけに、彼の有能性を示すエピソードの省略は何とも惜しいものがありますねぇ(T_T)。

今作では右衛門佐絡みのエピソードに限らず、原作におけるエピソードや設定を少なからず端折っていたり「なかったこと」にしたりしています。
たとえば、原作5巻における元禄赤穂事件の勃発から武家の男子相続禁止令までの流れは完全になくなっていましたし、秋本が大奥に入った真の理由「妹の絹との近親相姦と『他の女との間に子供を作りたくなかった』から」という動機も、結局映画版では言及されずじまいでした。
映画版は上映時間124分という時間枠しかなかったのですし、その限られた時間の中で原作ストーリーの全てを描くのは至難の業だった、という事情は当然あったでしょう。
しかし、テレビドラマ版が原作ストーリーの大部分を余すところなく描写していたことを鑑みると、原作既読者としては「やはり原作エピソードの抜けが多い」と言わざるをえないところですね。
その割に、原作でも右衛門佐の野心的な構想と共に鳴り物入りで登場していたにもかかわらず、結局いつのまにかフェードアウトしていた大典侍と新典侍は、原作の描写そのままな立ち振る舞いに終始していたりしましたし。
原作エピソードの取捨選択がどうにも中途半端で、もう少し何とかならなかったのかとついつい考えてしまいましたね。
まあ、原作でも問題だらけなエピソードだった、元禄赤穂事件後の綱吉が発した「武家の男子相続禁止令」がなくなったことについては、結果的には「削って良かった」と言えるシロモノではあったのですけどね。
検証考察6でも述べていますが、アレがあったら「大奥」世界における綱吉の歴史的評価がさらに悪化したであろうことは間違いないわけですし(苦笑)。

映画「大奥 ~永遠~ 右衛門佐・綱吉篇」が描きたかったテーマを挙げるとすると、それは「毒親からの解放」ということになるのではないですかね?
何しろ、綱吉の父親である桂昌院は、かつてのライバルだったお夏の方憎しという個人的感情と自己都合を、無理矢理綱吉に押し付けていた側面が多々あったわけで。
それだけに、次代の将軍として、綱吉の姉で故人の徳川綱重の娘・綱豊を養子に迎えることを決定した際の綱吉の決断は相当なまでに重いものがあったでしょうね。
彼女にしてみれば、父親たる桂昌院を文字通り「捨てる」覚悟で事に臨まざるをえなかったわけですし。
ただ、そこまでできたのであれば、ことのついでに桂昌院を安心させる【だけ】のために定めた感すらあった「生類憐みの令」も一緒に廃止してしまえば良かったのに、とは考えずにはいられなかったところなのですが(^^;;)。
あの状況で、綱吉が「生類憐みの令」を廃止してはいけない理由なんてどこにもないわけですしね。
結局、「生類憐みの令」は次代将軍の家宣が廃止を宣言することになるわけですが。

ところで、この「大奥」シリーズは、徳川5代将軍綱吉の死後以降のストーリーについても、やはり映画化なりテレビドラマ化なりされるのでしょうかね?
すくなくとも、江島生島事件がメインとなるであろう徳川6~7代将軍の話は、普通に実写化されそうな感じではあるのですが。
これが実写化すれば、映画版1作目のストーリーにも繋がることになるわけですし、ここまで「大奥」を実写化するのであればやらない方が変だとは思うのですけどね。
まあ、この辺りは予算の都合とか人気の度合いにもよるのでしょうが。

しかしまあ今作は、いくら原作からしてそうだったとは言え、ストーリーが全体的に暗く、テレビドラマ版以上にあまり一般受けしそうな構成ではないですね。
テレビドラマ版も視聴率が芳しいものではなかったわけですし、今作が果たしてどれくらいの興行的な成功を収め得るのか、はなはだ心許ない限りではあります。


コメント一覧

アニス (01/02 11:54) 編集・削除

2時間チョッとでは端折らざるを得ないでしょう。
全部やろうとしたら三回に分けての上映になりまます。
あの最低最悪の忠臣蔵は、端折ってOKですけど。
忠臣蔵のファンが怒ります。
せめて宝塚歌舞伎は観たかったけど。

冒険風ライダー(管理人) (01/04 23:21) 編集・削除

>アニスさん
映画1作目の「大奥」は、コミック版0.8巻分程度しかなかったので何とか全エピソードが再現できたのですが、2作目の綱吉時代のエピソードはその倍近くありますからねぇ。
テレビドラマ版の「有功・家光篇」の2.4巻分には届かないにしても、それでもかなりの分量がありますし。
分量的に難しいのではないか、とは事前にも予測がなかったわけではないのですが、テレビドラマ版から続けて観賞すると、やはり「物足りなさ」は否めないところですね。
ただ忠臣蔵エピソードについては、映画の公開時期がちょうど年末だったこともあり、時節柄入れてくるのではないかという予想もあっただけに、それを端折ったのは少々意外な展開ではありました。
個人的には私も(作品の政治的な矛盾の問題から)入れない方が良かったとは思いますし、そもそも予算の問題なども無視できなかったのでしょうけど。

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