記事一覧

映画「MIB3/メン・イン・ブラック3」感想

ファイル 638-1.jpg

映画「MIB3/メン・イン・ブラック3」観に行ってきました。
ウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズのコンビが主演を担うSFアクションコメディシリーズ第3弾。
1作目が1997年、2作目が2002年公開ですから、ずいぶんとまあ息の長いシリーズですね(^^;;)。
人気シリーズということもあり、私も1作目・2作目共に観賞済みです(^^)。
なお、今作はシリーズ初となる3D公開映画でもありますが、私が観賞したのは2D版となります。

物語は、月面に作られた宇宙人専用の刑務所から、ひとりのエイリアンが脱獄するところから始まります。
そのエイリアン・ボリスは、MIBシリーズの主役のひとりであるエージェントKにかつて左腕を奪われ捕縛されてしまった過去がありました。
またボリスは、地球侵略の尖兵的な役割をも担っていたのですが、エージェントKが設置したシステムによって永遠に侵略ができなくなってしまっていました。
そのためボリスは、自分が捕らえられた過去へと戻ってエージェントKを殺害することで、復讐と地球侵略を同時に達成することを考えつくのでした。
ちなみにボリスは、「アニマル・ボリス」と呼ばれることをやたらと毛嫌いする傾向を作中で露わにしていたりします。

一方、シリーズでお馴染みのエージェントJおよびエージェントKのコンビは、1作目と2作目で登場していたものの今作ではいつのまにか死んでいたらしいエージェントZの葬儀に参列していました。
とても追悼の言葉とは思えない死者に対する弔辞?を(一応その死を悲しんではいたようですが)淡々とのたまったエージェントKは、エージェントJを引き連れ中国料理店?のガサ入れを行います。
食材に宇宙生物を使っていたらしいその店を取り締まる中、2人は店内でエイリアン達の襲撃を受けることになります。
エイリアン達を撃退し、騒ぎを聞きつけ集まった周辺住民達にニューラライザーを「ピカッ」とかざして記憶を消去&上書きするという、シリーズお馴染みの光景が展開される中、エージェントKは中国料理店の屋上で月面から脱獄したボリスと対面することとなります。
2人の対決は、途中で割って入ったエージェントJによって、ボリスはエージェントKを殺害できず、エージェント達はボリスの捕縛に失敗するという痛み分けの結果に。
エージェントKの行動に不審を抱いたエージェントJはエージェントKを問い詰めるのですが、エージェントKは機密を盾に情報を教えようとしません。
しかたなくエージェントJは、MIB本部で情報を検索し、屋上で会ったボリスに関する情報を入手するのでした。
さらに情報を得ようとするエージェントJでしたが、やはりそこでも「機密」を理由に途中で情報が入手できなくなってしまい、さらにエージェントOからこれ以上踏み込むことなく帰宅するよう告げられます。
その夜、携帯ゲームに熱中していたエージェントJは、エージェントKから不可解な電話を受けることとなります。
そのことが気になったエージェントJは、エージェントKがひとりで住んでいるビルの「5K」という部屋を訪ねるのですが、何とそこにはエージェントKとは何の関係もない家族がいつのまにか住み着いていたのでした。
MIB本部に行けば何か分かると考えたエージェントJは、MIB本部でエージェントKを探しますが、そこでエージェントOから衝撃的な事実を聞かされることとなります。
何と、エージェントKは40年前にボリスを追跡中に死んだことになっており、さらにはボリスもその時捕縛されることなく逃げおおせていることになっていたのでした。
さらには、エージェントKが本来設置するはずだったシステムが設置されなかったことにより、地球はボリスと同じ異星人であるボグダイト星人達の侵略を受ける事態に発展してしまったのです。
エージェントJの言動を分析したエージェントOから、タイムトラベルによる歴史改変が行われたことを知ったエージェントJは、エージェントKが殺された1969年7月16日の1日前にタイムスリップし、改変させられた歴史を修正するべく奔走することとなるのですが……。

「MIB/メン・イン・ブラック」シリーズでお馴染みとなっている要素は、今作でも全て登場しています。
やたらと饒舌でマシンガントークを繰り出しまくるエージェントJと、逆に寡黙かつ無愛想で淡々と受け流しまくるエージェントKの掛け合い漫才は健在ですし、ニューラライザーに代表される超ハイテク機器やエイリアン達のユニークな造形も相変わらずだったりします。
また今作は1969年が物語中盤以降で舞台になるのですが、いかにも「発展途上」と言わんばかりの巨大なニューラライザーや携帯電話などが登場していたりします。
この辺りはまさに時代の流れを感じさせるものではありましたね。
また1969年7月16日は、奇しくもアポロ11号がNASAのケネディ宇宙センターから発射された当日でもあり、そのアポロ11号が発射される直前のロケット発射場を舞台に、エイリアン・ボリスとの最終決戦が行われることになります。
個人的には、ちょうど近作かつ同じ月面へ向かうロケット発射の描写があり、かつアポロ11号の搭乗者だったバズ・オルドリンが友情出演していた映画「宇宙兄弟」をついつい思い出していましたね。
まあ、今作と「宇宙兄弟」でロケット発射描写がカブったのは単なる偶然ではあったのでしょうけど。
そして、そのアポロ11号発射基地の警備責任者が、何とエージェントJの父親だったという設定は正直かなり驚きではありましたね。
彼が実はエージェントJの父親だったというオチはラストで判明するのですが、彼の死と、幼き日のエージェントJがエージェントKに父親の所在を尋ねるエピソードは、エージェントKのあの性格の起源としてはなかなかに上手い話の持っていき方でした。
いつものお笑いアクションコメディにこの人間ドラマの挿入は、かなり良い意味でも意外感があるのではないでしょうか?

ただ少し疑問だったのは、ボリスとの最終決戦でエージェントJが行ったようなタイムトラベルの手法が使えるのであれば、あそこで死んだエージェントJの父親も救うことができたのではないか、という点ですね。
エージェントJは、ロケット発射台で未来からやってきたボリスと渡り合った際、ボリスの攻撃パターンを記憶した上でボリス共々ロケット発射台から飛び降りを敢行し、ボリスが自分を攻撃する直前にタイムスリップを行いボリスの攻撃を凌ぐという荒業を披露していました。
しかし、あのような荒業が可能ということは、1969年と現代の往復以外でもタイムスリップが可能であるということを意味します。
となるとエージェントJは、父親が死ぬ直前まで再度タイムスリップを行い、死ぬはずだった父親を助けることも充分に可能だったわけです。
何なら、1969年から一旦現代に戻った直後に再度ビルから飛び降り、1969年のあの場所にまた戻ることだってできたでしょうし。
歴史の改変が実は可能であることは、他ならぬエージェントJ自身が追跡していたボリスが実地で証明してもいたわけですしね。
そもそも、本来の史実では月面の牢獄に閉じ込められる予定だったはずの(1969年当時の)ボリスが、父親が殺害された直後にあの場でエージェントKに殺害されていて、それだけでも完全に歴史が変わってしまっていましたし。
作中で登場していた「未来の可能性を観る能力」を持つグリフィンは、その死がまるで避けられない運命であるかのごとき発言を行っていましたが、タイムトラベラーによって歴史が変えられる現実が作中で明示されている中で、それはあまりに説得力がなかったのではないかと。
この辺りは、タイムトラベルをエンターテイメント作品で扱うことの難しさを示すものでもありますね。
タイムトラベルは、その万能性故に何でもできることで「色々な見せ方ができる」という利点があるのと同時に、「こういう使い方もできるのに何故そうしないの?」というツッコミどころも多々生まれるという欠点をも併せ持っているのですから。

「MIB」シリーズのファンという方ならば、まず観に行って損はしない映画ではないかと。


コメント一覧

KLY (05/26 23:57) 編集・削除

ええ、確かにタイムパラドックスの件はあると思います。
ただまあ予告編でタイムスリップをすることを知った時から
恐らくこんなこっちゃないかなと思ってました。
今までの作風から考えても突き詰めてやるとは思えなくて(笑)

http://sorette.cocolog-nifty.com/blog/

冒険風ライダー(管理人) (05/27 01:51) 編集・削除

>KLYさん
ラスト自体は充分に面白く感動的なものであるだけに、「こうすればその結末は簡単に回避できるのでは?」というツッコミは、作品的には結構なダメージがあったりするんですよね。
タイムトラベルはあまりにも万能過ぎて、その手のツッコミがいくらでもできてしまいますし。
あの部分は妙にシリアスでしたし、その辺りのことはもう少し工夫して欲しかったところではあります。

http://www.tanautsu.net/

将棋は指しませんが… (05/28 08:45) 編集・削除

大変興味深く読ませていただきました。

例えば、将棋の投了図(帰着点)があったとして、そこに向かう棋譜(歴史の流れ)があったとします。
詰将棋になってからの棋譜は一本道ですが、そこに至る道は何本かあるかもしれません。
しかし、そのどこかしらで決着手を指していなければ求める投了図にはならないのではないか?
というのが私の考えです。
「ここで、あえて飛車を捨てるのが…」というような感じです。

ご指摘のように「何でもアリ」なら父親も…ということですが、彼が生き残った場合「J」はその後どのような人生を送るでしょうか?
ニューヨーク市警で活躍しているでしょうか?もしかすると一緒に試験を受けた若きエリート士官になっているかもしれません。だとすると誰か「K」を、あるいはボリス達による侵略から地球を救うことができたでしょうか?(もしかして「AA」!?^^;)
グリフィンの「死は避けられない」は、この事を言っていると思います。

「パラレルなワールドにおいては、様々な歴史の流れが存在すると思いますが、特定の結果に至るルートは限りなく細い。」というのが私の考えです。
その事を説明する逸話として、メッツ奇跡の逆転優に至る道がいかに細いかや、最後に「K」がチップを置き忘れなければ地球が救われる(笑)という話が出てきたのだと思っています。(もちろん語られていませんが想像すると楽しいです。)

個人的には自分に迫る危機を感じ取った「K」が「J」に連絡をした後、スペースガンのコレクションから一つ選び、その銃とともに歴史から消えるというシーンが印象に残りました。
詳しく見ていなかったので、どのタイプだったかは確認していませんが、一人のエージェントとして去りたかったのか、あるいはあの一丁がそれまでの歴史に存在していなかったという変更が「J」の記憶の書き換えを防ぐトリガーだったのか、はたまた「特に意味はない」のか気になるところです^^;

冒険風ライダー(管理人) (05/28 22:42) 編集・削除

>将棋は指しませんが…さん
作中では、あの父親が殺された直後にエージェントKがボリスをスペースガンで殺してしまうという描写がありますよね。
本来の歴史では、ボリスはあそこでエージェントKに逮捕されて月面の刑務所に送られることになっていたはずで、もうこの時点で歴史が変わってしまっているわけです。
そもそもあそこでボリスが死んでしまっていたら、当然刑務所の脱獄から歴史改変への流れもなくなり、エージェントJが過去に行く経緯自体も消えてしまい、結果的に今作のストーリーそれ自体も始めから成立しなくなってしまうというオチに(苦笑)。
この「ボリスは死なない」という規定路線が変わってしまったという時点で、父親を助ける際のタイムパラドックス的な障害もなくなっているようにしか見えないところなんですよね。
確かに父親が死んだらエージェントJの歴史が変わってしまうことは確実なのですが、それはボリスの死についても同様に言えることだったわけで。
「歴史は如何様にも変えられる」「人の死は運命などではない」という事実が否定されないまま父親の死を受け入れられても、「それは違うのでは?」という話にしかならないのではないかと。
この辺りが、「誰かの死は避けられない」というグリフィンの言にはあまり説得力が感じられない、と私が評する理由ですね。

あのラストの描写は意外な展開で話としては確かに面白かったのですが、それだけに「タイムパラドックス的なツッコミを入れる余地もないようにしてくれれば…」と個人的には惜しまれるところなわけです。

http://www.tanautsu.net/

将棋は指しませんが… (05/29 12:29) 編集・削除

>冒険風ライダー(管理人)さま

ありがとうございます!矛盾点がよくわかりました。
そういった見方をすると、「K」がボリスに殺されていた世界において、侵略がやけに悠長だなぁと思ったりもします^^;

「現在に至る歴史は一つだけ」と考えれば、ラストシーンで二人が再開する世界は「特に何も起こっていない歴史」ですが、ボリスの死以前に「J」に会っていた「K」とタイムトラベルをして歴史を変えた本人である「J」にとっては感慨深いものだったのでしょうね。

ただ、「K」が殺されていた世界で「AA」が「J」のことを知っていた事から「J」は「K」以外の誰かに見出されてエージェントになっていることになるので、そこは気になるポイントではあります。

そして、ボリスが逮捕された世界でも殺された世界でもエージェントにはなれない「AA」はどこで何しているんでしょうね^^(そもそも存在すらしていないのかな?)

sakurai (06/04 13:33) 編集・削除

こればっかりは、あんまり細かく追求しないで、楽しむのが一番かな~と思って見てました。
意外に感動させられたんで、よしとしてます。

http://blog.goo.ne.jp/sakura1043_2004

冒険風ライダー(管理人) (06/04 19:29) 編集・削除

>sakuraiさん
あのラストへの繋ぎ方は確かに上手くて感動的なものでしたね。
アレからシリーズ1作目に繋がっていくのかと思うと、何とも感慨深いものがあります。

http://www.tanautsu.net/

んはる (06/19 21:24) 編集・削除

今作で強く主張されている、未来とは無限に等しい可能性によって作られており、Jがエージャンとして地球を守る未来には父の死が必要不可欠ってことなのでは?

饒舌エイリアンの言葉を借りるのならば。

まって (05/23 22:09) 編集・削除

ボリスが完全に死んだかどうかはわからないと思います。また、
そもそも、「本来の歴史」があるのではなく、
変化して通る、JとKの歴史があるのだと思いました。
映画は粗探しをするほどつまらないものになります。
自分なりの解釈で粗を埋める努力をなさっては如何ですか?粗探しが楽しみなのでしたら何もいえませんが、
少なくとも私は未来が変わるように祈ります。

ログ検索

検索フォーム
キーワード



リンク集

RSSリーダー

  • サイト内RSS登録
    • RSS 1.0 | タナウツネット雑記ブログ
    • RSS 2.0 | タナウツネット雑記ブログ
    • RSS Atom | タナウツネット雑記ブログ
  • 各種RSSリーダー
    • Add to Google
    • My Yahoo!に追加
    • Subscribe with livedoor Reader
    • HanRSSに追加

ブログランキング

  • 人気ブログランキング
    • 人気ブログランキング
  • にほんブログ村
    • ブログランキング・にほんブログ村
  • ブログの殿堂
    • ブログランキング・ブログの殿堂