記事一覧

安倍総理がテレビ番組生出演&育児休暇期間延長の課題

2013年4月18日朝の日本テレビ系列番組「スッキリ!」に安倍総理が生出演し、「アベノミクス」をはじめとする様々な政策等について語りました↓

http://megalodon.jp/2013-0418-2313-05/sankei.jp.msn.com/politics/news/130418/plc13041821130022-n1.htm
>  安倍晋三首相は18日朝の日本テレビ番組で、経済政策「アベノミクス」の効果が賃金上昇などに及ぶ時期について、「夏を越えればだんだんと実感していただけると思う。スピードをなるべく早くしたいが、間に合わないところは年末のボーナスくらいになる」と述べた。
>
>  一方、
首相は育児休業の取得に関し「(育休の)3年後から会社に戻れる支援をしていく」と語り、最長で子供が1歳6カ月までとしている取得期間を3歳まで延長する意向を示した。育休を取りやすくすることで、女性の社会進出を後押しするのが狙い。
>
>  北朝鮮の弾道ミサイルについては「今の段階でミサイルに載せる核兵器はない。そこまで小型化には成功していない」との見方を示す一方、金正恩第1書記を「非常に若いから経験がない。今までと違って危ういところだ」と分析した。

日本の現役首相がテレビ番組に出演すること自体がかなり異例の部類に入るのですが、かつて安倍バッシングに狂奔したテレビ局がよくまあ出演を快諾したものですね。
今回の安倍総理のテレビ出演は、安倍総理自身がオファーしたものだったとのことですし。
かつてボロクソにバッシングしておきながら、一転して安倍総理を礼賛する調子に終始するというのは、なかなかどうしてテレビ局も変わり身が早いことですね(苦笑)。
まあ、「あの」アサヒる系列ではないので、転向もやりやすかったという事情もありはするのでしょうけど。

ところで安倍総理は番組の中で、企業の育児休暇取得に関して、現行の最大1年6ヶ月までとされている期間を3年までに拡大する方針を示しています。
元々乳幼児期というのは、子供の人生の中で最も母親を必要とする時期なのですし、その時期の子供の面倒を見るのに1年程度の育児休暇では少なすぎること甚だしかったのですから、この政策自体は大いに歓迎すべき話です。
ただ当然のことながら、これまで安価な女性労働力を徹底的に利用してきた企業が反発の声を強めるのは必至でしょうね。
育児休暇が企業にとって大きな負担であることは誰の目にも明らかなのですし、4社に1社は「(妊娠した女性は)育児休暇ではなく退職して欲しい」と考えているという調査結果もあるのですから。
そして、そんな企業に意外と同調しやすいのが、他者が育児休暇を取得することによって自分達の仕事が増える同僚や上司だったりするわけで。
自分自身の利権が絡むのですから、そりゃ育児休暇取得に反対する人達は絶対を後を絶たないのではないかと。
また実際問題としても、複数の子供を妊娠・出産・子育てをするといった場合、その都度育児休暇を与えて果たして仕事がちゃんとこなせるのか、またそのための支援体制はどうするのか、といった課題もあったりします。
まあ、その支援体制構築自体が雇用対策にもなる、という皮肉な側面もあるかもしれませんが。
企業関係者と育児休暇取得者、どちらにも損にならないような利害調整は、なかなかに難しいものがあるでしょうね。
それでも、3年の育児休暇が実現すれば、それはあらゆる観点から見て大いなる前進と言えるものではあるのですが。

あの日本憲政史上最悪を極めた民主党政権が崩壊し政権交代が実現してから、日本もずいぶんと風向きが良くなっています。
安倍総理には今後とも長期政権を維持して頂き、長き不況と民主党その他左勢力の跳梁跋扈に苦しんできた日本の再生に尽力してもらいたいものです。


アメリカでも深刻な「女性の社会進出」の陥穽

男女平等イデオロギーの間違ったあり方に苦しめられているのは日本だけではなく、アメリカも同様みたいですね。
アメリカでは「女性はもっと出世に貪欲であれ」というメッセージを綴ったキャリアウーマンの著書が論争を巻き起こしているのだそうで↓

http://megalodon.jp/2013-0318-2250-45/jbpress.ismedia.jp/articles/-/37350
> 現在の米国で最も影響力のある女性の1人とされるSNS大手フェイスブックの幹部、シェリル・サンドバーグ(43歳)がバッシングを受けている。
>
>  今月発売された彼女の著書『Lean In』は、発売前から論争を巻き起こしていた。本のタイトルの意味は、「もっと身を乗り出して」「もっと厚かましく」「もっと割り込んで」というような訳になるだろうか。
女性に対して、遠慮せずにもっと貪欲に出世を望めというのが主要メッセージの1つだ。
>
>  
企業のトップにいまだに女性が少ないのは、女性自身が高望みをしないように自身を制したり、まだ結婚もしていないうちから将来の家族設計を考えて出世を望まない傾向があるからだ、と述べている。
>
>  彼女の言わんとしていることをよく理解せず、一部だけ要約して読んだ女性たちは激高した。「女性の社会進出が進まないのは我々のせいだというのか」「これ以上努力できないほど頑張っているのに、努力が足りないような言い方はどうか」などの感情論が全米に巻き起こった。
>
>  サンドバーグをバッシングしているのは米国の女性たちである。男性たちは怯えたような顔つきで口を一文字に結んで沈黙している。ここで何か間違えたことを言ったら、大変なことになると分かっているからだ。
>
>  米国で著名なキャリアウーマンがバッシングの嵐に見舞われるのは、この1年で3人目である。
論争の共通テーマは女性の社会進出だった。
>
>  
こと女性問題に関すると、米国は女の内戦状態に突入した感がある。一体なにが彼女たちをそこまで逆上させるのだろうか。そこには、米国人女性たちの厳しい現実が背景にある。

女性の最大の敵は女性自身、という格言を地で行くような話ですね(苦笑)。
全ての女性が企業のトップや社会的成功を望まないのは、むしろ当然のことでしょう。
外に出て働きに出る女性は、常に「妊娠・出産・子育て」の事案に如何にして対処するかという問題に直面します。
仕事と家庭の両立は極めて困難であり、大抵の場合はそのどちらか一方を犠牲にして他方を取るか、もしくは不便を承知でどちらも中途半端な状態で維持しつつ、常にギリギリのシーソーゲーム的な綱渡りを強いられるかのパターンになるのが常です。
仕事バリバリのキャリアウーマンが「私は仕事と家庭をきちんと両立させている!」などと主張する時、それは家族が文句を言わないことを自分に都合良く解釈していたり、家庭の問題を別の誰かに委ねて家族の不満を顧みることなく我が道を行っていたりするケースがほとんどなのですし。
ましてや、上記記事のケースでは「家庭を捨ててでも仕事場での立身出世を望め!」と言っているも同然なわけですから、そりゃ社会的なバッシングも厳しいものになると言わざるをえないでしょう。
アメリカでは、この手のキャリアウーマンな発言がしばしば波紋を呼んでいるのだそうで↓

http://megalodon.jp/2013-0318-2337-49/jbpress.ismedia.jp/articles/-/37350?page=2
>  2人目はプリンストン大学教授で著名な国際政治学者、さらにはヒラリー・クリントン国務長官の元で政策企画本部長を務めたアン・マリー・スローターである。彼女は、国務省の仕事を2年で辞めなければならなかったのは、難しい年頃の息子たちのためで、いまだに女性は家庭のことで仕事を犠牲にしなければならない、という記事を書いてバッシングを受けた。
>
>  3人目は、妊娠中にヤフーのCEO(最高経営責任者)に就任したマリッサ・メイヤーだ。
妊娠中に重責の仕事を引き受けたことでバッシングされ、出産後たった2週間で仕事に戻ったことで批判された。最近では女性問題とはまったく関係ないところで、社員全員に自宅で仕事をすることを禁じたことが、なぜか「子育てしながら働いている女性を罰するような処置だ」ということでバッシングされた。
>
>  最も多く聞いたのは、この超エリート女性たちが我々の代弁者のように振る舞うのが気に食わないという意見だ。
米国のほとんどの女性と何の共通点もないようなスーパーウーマンが、分かったような顔をして女性問題を語るのが許せないというのである。

家庭や家族をないがしろにして仕事に没頭する女性のあり方というのは、如何にアメリカと言えどもスタンダードというわけにはいかないみたいですね。
そりゃ、この手の手法は家庭、特に子供を大きく犠牲にすることによって初めて成り立つものであるのですから当然の話ではあるのですが。
女性には「妊娠・出産・子育て」をはじめとする家庭の問題が常に付き纏うのですし、それをないがしろにして仕事に没頭するようでは論外もいいところなのですから。
家族の中でも、特に子供は、母親の仕事熱心ぶりと育児放棄に対して不満を述べることが少ない存在ですからねぇ。
年端も行かない子供には、母親が自分を顧みることなく働きに出るという構図が異常なことであるという知識も想像力も持ちようがないのですし、そうでなくても「神」に等しいレベルの絶対的存在である母親に逆らうのは非常に難しいでしょう。
子供が不満を述べないから子育てが上手くできている、などという考え方は非常に間違ったものであると言わざるをえないですね。
子供は母親に「何も言わない」のではなく「何も言えない」状態なのかもしれないのですから。
男女問わず、親が自分のために子供を犠牲にすることを当然視するなどというあり方が、しかも大手を振ってまかり通るというのは、社会として何か間違っているとしか言いようがないのですが。
ところがアメリカでは、まさにそう考える女性が意外に多いみたいなんですよね↓

http://megalodon.jp/2013-0318-2348-36/jbpress.ismedia.jp/articles/-/37350?page=3
>  サンドバーグが言うように、確かに米国でさえ女性の社会進出は決して十分とは言えない。大企業のトップも政治の世界も、女性は依然として少数派だ。
>
>  ただ筆者から見ると、
多くのフェミニストが語る「企業のトップも政治も男女の比率が同じにならなければならない」というメッセージが米国人女性の混乱を生み出しているような気がしてならない。
>
>  男性が作った社会システムの中に割り込んでいくことが、本当に女性が望むような社会進出なのだろうか。
「男性並みに」という概念そのものが、何もかも犠牲にしてがむしゃらに働く女性を賞賛するような文化を作ってはいないか。男性が成功と見なすことを目指す行為そのものが、反フェミニズムなのではないか。
>
>  バッシングを受けた3人の女性たちは、女性が感じる社会の壁をあれもこれもと述べているため、読み手や聞き手の混乱を招いているようだ。しかし、彼女たちの言わんとすることをよく読み込んでみると、共通点が見えてくる。
>
>  先進国の女性は、かなりの自由を獲得した。すでに「社会の弱者」という立場からは脱却している。勉強も仕事も制度的な不公平はない。それでも女性の社会進出が進まないと感じるのはなぜか。それは、次のステップが見えないからである。
>
>  
そもそも女性の出世を阻んでいるものは何か。「それは子育てだ」というのが彼女たちの共通した意見である。子供ができるまでは、男性と変わらず仕事をこなすことができる。しかし、子供ができると事情は一変する。現在の女性は、子育てのために第一線から退かざるを得ないか、将来的に子供が欲しいので出世街道を自ら降りてしまう、というわけだ。
>
>  だから次のステップは、親が自分の子供を育てながら、どのようにキャリアを続けていくかというシステム作りにある。子供の面倒を見るのは、男性でも女性でも構わない。この新しい社会システムを構築することで、新たな問題がよりクリアに見えてくるだろう。女性たちの自己研鑽が足りないというわけでは決してない。彼女たちが言いたいのは、最終的にはこういうことだと感じた。
>
>  米国の女性たちが進もうとしている方向が、果たして正しいのかどうかは分からない。世界の女性の手本になるか、反面教師になるのか、この問題は続きが楽しみである。

しかし、如何に女性の社会進出に子育てが邪魔だと言っても、現実問題として、世界的規模で人間という種そのものの改造でも行わない限り、子育ての問題から解放されることなんてありえないでしょう。
家事については科学技術の発展でいくらでも簡素化・自動化できるでしょうが、子育てに関してそれを適用するのは限りなく不可能に近いのですし。
よしんば、保育園などに子育てを「外注」するにしても、子供にとっては母親こそが一番大事な存在である以上、結局子供は不安と不満を抱え込まざるをえませんし、それは結局、何らかの形で歪みとなって子供や母親に大きくのしかかることになります。
子供にとって、母親自身の手による子育てに勝るものなど、よほどの幸運にでも恵まれない限りはそうそうあるものではないのですから。

無理に「仕事と家庭の両立」を目指すよりも、昨今では時代錯誤と評価されがちな性別役割分担を、男女平等の路線にも合致した形で見直していった方が、個々人や社会はもとより、長期的な観点から見ても誰もが幸福になる選択肢なのではないかと思えてならないのですけどね。


「家族の法制に関する世論調査」における不公正な選択項目

2013年2月16日に内閣府が発表した「家族の法制に関する世論調査」で、夫婦別姓導入に反対する割合が賛成のそれを上回ったのだそうです↓

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1601S_W3A210C1CR8000/
>  内閣府が16日発表した「家族の法制に関する世論調査」で、夫婦が希望すれば結婚前の姓を名乗れる「選択的夫婦別姓」制度を導入する法改正を「必要ない」とする反対派が36.4%となり、「構わない」と答えた容認派の35.5%をやや上回った。年長世代に加え、若い世代でも慎重論が広がりつつあるが、賛否は依然拮抗している。
>
>  同様の調査は4回目で、反対派は2006年の前回調査と比べて1.4ポイント微増した。容認派は同1.1ポイント減。反対が容認を上回ったのは初回の1996年以来となった。
>
>  調査は
(1)夫婦は必ず同じ姓を名乗るべきで法改正は必要ない(2)希望すれば結婚前の姓を名乗れるよう法改正しても構わない(3)夫婦は同じ姓を名乗るべきだが旧姓を通称としてどこでも使えるようにする法改正は構わない(4)分からない――の4つから選んでもらった。
>
>  96年調査では反対派が容認派よりも多かったが、01年に容認派が10ポイント以上の差を付けて逆転。06年は反対派が急増して35.0%となり、36.6%の容認派とほぼ並んだ。
>
>  今回調査で、旧姓を通称使用できる法改正を容認するとの回答は1.1ポイント減の24.0%だった。
>
>  夫婦別姓の影響については67.1%(前回66.2%)が「子供に好ましくない」と回答し、「影響ない」の28%(同30.3%)を上回った。容認派のうち制度が導入されたら別姓を希望する人は23.5%(同20.9%)だった。
>
>  また、非嫡出子を「法制度面で不利益な取り扱いをしてはならない」と答えた人は60.8%で、2.5ポイント増えた。
>
>  調査は昨年12月6~23日、全国の成人男女5千人を対象に実施した。回収率は60.8%だった。

この調査は質問のやり方自体に問題があり、夫婦別姓賛成に有利なように細工されているのが丸分かりな構成になっています。
そもそも、(3)の「夫婦は同じ姓を名乗るべきだが旧姓を通称としてどこでも使えるようにする法改正は構わない」という設問は、文言の中ではっきりと謳っている通りに「夫婦別姓導入反対」として数えるべきものであるはずなのに、全く別個にカウントされている始末なのですから。
また(2)の選択項目にしても、これは「結婚前の姓を通称として名乗る法改正」をも含めた意味合いの文言となっているため、(2)の意見全てがただちに夫婦別姓賛成を表すわけでもありません。
そんな選択項目の内容を無視して、(1)と(2)の対比だけで夫婦別姓の賛否を問うという構図そのものに非常に大きな無理と偏向があるのです。
実際には「家族の法制に関する世論調査」における回答の割合は、以下のようになっています↓

http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-kazoku/2-3.html
(1)姻をする以上,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり,現在の法律を改める必要はない → 36.4%
(2)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には,夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない → 35.5%
(3)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても,夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが,婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては,かまわない → 24.0%

「夫婦別姓導入反対」の本当の割合は、(1)と(3)の割合を合計した60.4%と算出すべきであり、反対と賛成の間には若干どころか圧倒的な差があると評価すべきなのです。
ここまで事実を無視した偏向報道をやらかしてさえ、(1)の割合が(2)のそれを上回ってしまうというのは、何とも笑える話ではあるのですけどね。
半分以上の日本国民の総意は「夫婦別姓は導入すべきではない」で固まっていると評価すべきではないのかと。
にもかかわらず、何故夫婦別姓がここまで長きにわたって導入の是非を問われなければならないというのでしょうか?

そもそも私に言わせれば、「男女平等」の観点から夫婦別姓を推進すること自体が滑稽極まりない話でしかないのですけどね。
夫婦別姓は元来「妻を余所者扱いすることで家を乗っ取られるのを抑止する」ことを目的とする制度であり、むしろ封建的な家父長制度や男女差別から生まれた存在なのです。
現に夫婦別姓発祥の地とされる中国や韓国の儒教圏では、桁外れの男女差別が横行している始末なのですし。
中国や韓国の悪しき慣習でしかないものを、何故わざわざ日本で導入したりしなければならないのかと。
また、夫婦別姓導入の理由とひとつとされてきた「仕事上の問題」についても、通称使用を認める企業が増えてきたことにより解消されつつあります。
わざわざ法改正などしなくても通称使用が可能な環境が整いつつあるわけで、この観点から見てさえも夫婦別姓導入の必要性は以前よりさらに薄れていると考えるべきでしょう。

夫婦別姓導入に際して一番問題なのは「子供の姓をどうするのか?」という点です。
内閣府の「家族の法制に関する世論調査」でも、夫婦別姓導入の影響として「子供に好ましくない」という意見が67.1%と多くを占めています。
家族にとって一番重要な要素となる子供の問題について全く顧みることなく、ただ表層的な「男女平等」の概念だの、単なる利便性だのをゴリ押しするから、夫婦別姓導入は大きな支持を得ることができないのだと、もう理由は誰の目にも一目瞭然ではありませんか。
それこそ前近代な時代の中国や韓国で導入されていた夫婦別姓と同じく、父親の姓で子供のそれを統一する、と強制するのであればともかく、そうでなければ子供の姓の問題は夫婦間および家族間の揉め事のタネにもなりかねないのですが。
ここまでのリスクを内包する夫婦別姓を導入することで、「子供への悪影響」というデメリットをも上回る、一体どんな「利益のあるメリット」がもたらされるというのでしょうか?
20年近くも調査を続けてあまり変化が見られない結果しか出ていないのですし、いいかげん夫婦別姓制度はその導入自体を諦めれば良いのに、と考えずにはいられないのですけどね。

しかしまあ、ここまで夫婦別姓に否定的な調査結果が出るのを見ると、かつて創竜伝で2回にわたって夫婦別姓導入に積極的なスタンスを見せつけていた我らが田中芳樹御大の雄姿を想起せずにはいられないですね(苦笑)。
何しろ田中芳樹は、創竜伝10巻と13巻で夫婦別姓導入の持論を作中キャラクター達に延々と語らせていたわけで。
しかも13巻に至っては、10巻で「実施された夫婦別姓制度」となっていたはずの作中設定を覆しての導入論だったのですから、もう笑うしかなかったですし。
自分が作中で提言していた(作中キャラクターに言わせていた)政策のひとつが、こうまで明確な形で否定されてしまった田中芳樹御大の心境は如何ばかりなのでしょうかね。
まあ、薬師寺シリーズの最新刊を見る限り、今現在の田中芳樹の政治思想も十年一昔のごとく相変わらずなシロモノではありそうなのですが(爆)。


コメント一覧

たまご (02/20 23:20) 編集・削除

逆ですよ。

回収率を見ると、選択敵夫婦別姓賛成の多い20代、30代の人の回収率が逆に少ない50代、60代よりもはるかに低く、調査数が半分程度になっていることがわかります。

ということで、よくみれば、実情では選択的夫婦別姓支持が反対をずっと上回っていることは確実ですね。

冒険風ライダー(管理人) (02/21 01:06) 編集・削除

>たまごさん
20代や30代でも、(1)と(3)を総計した夫婦別姓反対の割合は(2)を余裕で上回っているのですけど。

http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-kazoku/zh/z17.html
(1)20代=21.9%、30代=21.4%
(2)20代=47.1%、30代=44.4%
(3)20代=28.9%、30代=33.1%

(1)+(3)20代=50.8%、30代=54.5%

20代や30代の回収率とやらが多かったとしても、さして状況が変わるようには見えないのですが。
それに、この手の世論調査は主婦や高齢者からの回答が多くなる傾向にあるのですし、少子高齢化が進んでいる昨今の状況を鑑みても、高齢者の割合が世論調査で多くを占めるのは必然的な話なのでは?

この世論調査は、別姓導入の是非について問う際には、現行の4択ではなく「賛成」「反対」「分からない」の3択にすべきですね。
(3)の調査結果は完全無視するための全く無意味なシロモノにしかなっていないのですし。

http://www.tanautsu.net/

専業主婦志向を経済の観点のみで否定する拝金主義者の論理

2012年12月15日に発表された内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」。
以前にも紹介したように、この調査では、専業主婦志向の人間が男女問わず、また若年層になるほどに増えているという結果が出ています。
しかし、これまで男女共同参画社会とやらを推進してきた面々にはよほどに納得のいかない結果だったのか、現実を見ないおかしな珍論を彼らは出しまくっています↓

http://megalodon.jp/2013-0210-1122-55/r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20130207-00028165-r25
> 約52%。何の数字かわかるだろうか。じつはこれ、内閣府の調査で「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に「賛成」と答えた人の割合。92年にこの質問を始めて以来、賛成はずっと減り続けてきたのに、一転して前回より10ポイント以上も増えたのだ。とくに男性の賛成が約55%と目立ち、20代が急増している。なぜ男性の「専業主婦派」が増えたのか。
>
>
「妻には家庭にいてほしいと思っても、経済状況や雇用環境を考えると現実的ではない。実際には共働きを選ばざるを得ない世帯が増えている分、逆に専業主婦への憧れが高まったのでは」。こう話すのは内閣府男女共同参画局の松崎さん。
>
> たしかに「夫は外で働き、妻は家庭を守る」というのは長いあいだ日本に定着してきた家族観。その考えを反映したのが専業主婦世帯の課税所得を優遇する配偶者控除だ。妻の所得が38万円以下(給与収入では年収103万円以下)なら年間38万円の所得控除を受けられる。
>
> ただし、経済面だけを考えたら“専業主婦”を選ぶメリットはほとんどない。全国消費者実態調査(09年)によると、妻が30~34歳の専業主婦世帯の年収は540万円で共働き世帯は599万円。毎月の貯蓄額も、専業主婦世帯の1.1万円に対し共働き世帯は4.3万円もある。また、ひと月の可処分所得は専業主婦世帯の33.2万円に対し、共働き世帯では38.5万円と、年換算で63.6万円も違う。さらに女性が30歳で“専業主婦”になると生涯賃金は3000万円だが、正社員として働き続ければ生涯賃金は1億7800万円、非正社員でも8200万円―。
経済的には共働き派の圧勝といえるのだ。
>
> もっとも、様々な不安から専業主婦に夢を抱くのもわかる。ある結婚相談所の調査では、未婚男性1135人のうち「妻の収入が多ければ専業主夫になってもいい」と答えた20代男性が61.7%もいたという。男にとって幸せな結婚とはどんなカタチ…なのか!?
> (押尾銅山)

……何というか、これを書いた人ってカネの亡者か金銭至上主義者だったりするのではないか?とすら疑いたくなってきてしまいますね(苦笑)。
そもそも、引用記事の内容を見てさえ、経済事情と専業主婦志向が何の関係もないことが丸わかりですし。
「経済面だけを考えたら“専業主婦”を選ぶメリットはほとんどない」にもかかわらず、何故「何ら経済的な恩恵がない」はずの専業主婦志向が増えているのかについて、引用記事は結局何の説明もできていないのですから。
第一、貧乏だけど子供の面倒を見るために妻が専業主婦をやっている家などについては、一体どうやって引用記事のごとき論理を適用することができるというのでしょうか?
専業主婦は別に「金持ちのステータス」というわけではないのですし、家の維持や子育てなども「外へ働きに出る」のと同じかそれ以上の苦労があることなんて、誰の目にも明らかであるはずなのですけどね。
赤子の面倒を見る際にノイローゼを患ったり、「家事や子育てをやりたくないから外へ出て働きに出る」などと言い切ったりするような女性までいるほどに、専業主婦というのは大変な一面もあるというのに。

この手の「専業主婦否定論」や「女性の社会進出推進論」などを色々読んでみると、あるひとつの傾向がはっきりと見て取れます。
それは、妻と夫が常に階級闘争史観的な二項対立の構図になっていることが前提としてまずあり、かつ家族全体や子育てなどの観点から見た視点や意見が完全に無視されていることです。
保育園神話や夫婦別姓推進論などはまさにその典型例なのですが、これらの主張には子供のことなど全く眼中にないか、下手すれば邪魔者扱いしているかのごとき論調が非常に目立つんですよね。
子供がある程度成長し分別を持つような年代になったのならばともかく、親の保護下に置かれるべき幼少期の子供は、親が親身になって面倒を見るべきか弱い存在であるはずでしょう。
しかし、責任のある仕事を持ちながら子供を育てるなんてのは、よほどの超人でなければ自分ひとりだけでは到底できるものなどではありません。
しかも、幼少時における子育ては、その後の子供の性格形成にも大きく影響を与えるものとなりえるのです。
家族や子供が大事だから。
外に出て働きに出ることで、自分の子供には寂しい思いをさせたくない。
親が子供を見てそういったことを考えるのは、別に不自然なことでも何でもないでしょう。
ましてや、専業主婦志向が増えたという20代は、特に自分自身が親の共働きの影響で放置されていた経験を持つ人も少なくないのですからなおのこと。
共働き「しなければならない」事情があって【さえもなお】専業主婦志向が増大する、というのは、むしろそういった「家族や子供への思い」の方が理由としては強いでしょう。
そんな簡単な理由に目を背け、あたかも拝金主義者のごとき生涯賃金を持ち出してくるとは、男女平等思想も一体どこまで捻じ曲がっているのかと、つくづく思えてならないところなのですけどね。
第一、ここ20年近くも続く不況では、正社員でさえもリストラの脅威に晒され、誰もが生涯働けるという保証すらないのが実情だというのに。
共働きで本当に利益を得るのは、安価な労働力を確保し、かつさらに労働単価を値切ることを可能とする企業でしかないのですし。
その企業利権を確保したいからこそ、男女平等イデオロギーは推進されているのではないのかとすら、昨今の歪んだ男女平等事情を鑑みると勘ぐらざるをえないところなのですがねぇ。

男女平等というのは元来「男女共に平等に【不幸になる】」ことを目的としたものではないはずなのですが、現状はまさにそうなってしまっているとしか言いようがありません。
家族観や子育ての観点から抜本的に見直した、全く新しい男女平等の概念を考えるべき時期に、いいかげん来ているのではないですかね?


コメント一覧

ぽろん (02/21 18:17) 編集・削除

はじめまして。
興味深く読ませていただきました。
現在妊娠中の専業主婦です。妊娠を理由に仕事はクビになりました。とはいえ、在職中の度重なる残業や、ストレスによる心療内科への通院と言う過去もあり、結果よかったなと今では思っています。

独身時代は、
"共働き=ダブルインカム=経済的に余裕のある生活"
と言うイメージを抱いていました。ですが、実際は違いました。
"二人合わせてちょっとだけ余裕のある生活"
でしかありませんでした。ですので、外食も中食も控え、節約する毎日・・・・・・・。

ですので、理想と現実のギャップを感じていました。
ところが、紹介していただいた記事を読んで、妙に納得してしまいました。
女性が働き続ける理由の多くは、経済的理由とのこと。
一方で、女性が働き続ける理由の私の個人的なイメージとして、"自己実現のため""キャリアの維持""仕事が好きだから"などがありました。
私自身はは経済的理由で仕事続けていたため、後ろめたさがあったのですが・・・・・・。

平均値とはいえ、私は逆に共働き家庭と片働き家庭との収入の差が思いのほか小さいことに驚いています。
決して少なくはありませんが、極端に大きくもないように、私は感じました。

夫婦や家族の時間や家庭という安らぎの場の確保のために、この差額がつかわれているのであれば、むしろ少なすぎるではないかとも感じました。

働く女性というと、優秀なキャリアウーマンばかりに目が行きがちですが、私のようなフツーのOLも労働市場には大勢います。
(過去のコメント欄でのやりとりのなかでも、例に挙げられるのはごくごく限られた優秀なキャリアウーマンばかりでした。)
後者の人間に対しても、企業や世間は"社会に出て働くべきだ"と本当に考えているのでしょうか。
いわゆる産休切りを経験した今、純粋に疑問を感じています。

冒険風ライダー(管理人) (02/22 00:41) 編集・削除

>ぽろんさん
こちらこそはじめまして。

> 独身時代は、
> "共働き=ダブルインカム=経済的に余裕のある生活"
> と言うイメージを抱いていました。ですが、実際は違いました。
> "二人合わせてちょっとだけ余裕のある生活"
> でしかありませんでした。ですので、外食も中食も控え、節約する毎日・・・・・・・。

ただでさえ不況な世の中で、女性の労働力が大量に供給されれば労働力の価値がその分減りますから、労働単価が安くなってしまうんですよね。
夫婦が共働きするようになったことで、全体的な給与水準が安くなり却って男女共に不幸になった、というのは皮肉もいいところなのですが、これは経済の論理から言えば最初から目に見えていたことでした。
だからこそ、企業が「男女平等」という美名の元に、女性に外で働くことを推奨させていた、という側面もあったりします。
ごく一部のキャリアウーマンを持ち上げる社会的風潮の醸成も、その際の副産物だったりするわけで。
「男女平等」や「女性の社会進出」には企業利権が絡んでいる、と私が過去の記事で何度も言及しているのもこの論理からです。

> 一方で、女性が働き続ける理由の私の個人的なイメージとして、"自己実現のため""キャリアの維持""仕事が好きだから"などがありました。
> 私自身はは経済的理由で仕事続けていたため、後ろめたさがあったのですが・・・・・・。

経済的事情以外の理由で働く女性というのは、基本的には「自分のためにのみ働いている」以外の何物でもないですからねぇ。
酷いのになると「子育てしたくない」というのが理由に挙がっていたりしますし(-_-;;)。
母親に一番傍にいて欲しい時期に母親から放置される子供が被る、精神的ダメージと悪影響は相当なものがあるのですが……。

> 働く女性というと、優秀なキャリアウーマンばかりに目が行きがちですが、私のようなフツーのOLも労働市場には大勢います。
> (過去のコメント欄でのやりとりのなかでも、例に挙げられるのはごくごく限られた優秀なキャリアウーマンばかりでした。)
> 後者の人間に対しても、企業や世間は"社会に出て働くべきだ"と本当に考えているのでしょうか。
> いわゆる産休切りを経験した今、純粋に疑問を感じています。

もちろん企業は、安価な労働力提供という観点から「全ての女性は外に出て働け」と考えているでしょうね。
女性も安価な労働力として利用できなくなったら、今度は外国から移民を受け入れて……などと大真面目に考えているくらいなのですし。
これに反対の声を上げたくても、現状では「男女平等」「女性の社会進出や権利伸長」の美名に惑わされ、疑問の声を上げることすら一種のタブー視されているような「空気」があります。
日本で「空気」に逆らうことは至難の業もいいところですから、結果的に世間もまた「空気」に同調することになってしまうわけで。
だからこそ、「今の男女平等のあり方は本当に正しいのか?」「本当に女性(および男性・子供)にとって利益になるものなのか?」という形で疑問を抱き、「空気」に切り込んでいくことが必要となるわけです。

http://www.tanautsu.net/

古風な男女性別役割分担の概念に対する肯定意見の増大傾向

内閣府が2012年12月15日に発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」で、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と考える人が51.6%に達したとのことです。
特に20代については、男女共にその割合が増えているのだそうで↓

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121215-OYT1T00677.htm
>  内閣府は15日、「男女共同参画社会に関する世論調査」結果を発表した。
>
>  
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と考える人が、2009年の前回調査に比べ、10・3ポイント増の51・6%となった。世代別では、20歳代が19・3ポイントの増加で、伸び率が最も高かった。1992年の調査から一貫して賛成派が減り、反対派が増え続けていた傾向が、今回初めて反転した。
>
>  
20歳代を男女別で見ると、「妻は家庭を守るべきだ」と考える男性は55・7%(前回比21・4ポイント増)、女性は43・7%(同15・9ポイント増)に上った。宮田加久子明治学院大教授(社会心理学)は、「長引く就職難や景気低迷で、若者たちは先行きに強い不安を抱き、家庭をよりどころにしようとしているのでは。東日本大震災の後、家庭を大事にする意識が強まったことも要因として考えられる」と分析する。
>
> (2012年12月16日09時29分 読売新聞)

「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」と考える人の割合が増えているという傾向は以前にも地方の調査等で発表されていましたが、内閣府の調査でそれが全国的なものでもあることが明示されたわけです。
これは、男女共同参画社会とやらが理想としている男女平等の概念が「幻想」「まやかし」に過ぎないと考える人がそれだけ増えた、という事実を証明するものではないですかね?
実際問題、昨今の不況下で男女共に働きに出たところで、それは「労働力の過剰供給」にしかならず、ひとり頭の給与水準を引き下げてますます自分達を追い詰める結果しか生んでいないのが実情なのですから。
結果、「共働きでないと家計が維持できない家庭」が激増するなどという本末転倒な事態すら発生してしまっているわけで。
男女共同参画社会の本質が「労働者を安く使い倒す企業権益の拡大」でしかない、という事実は、昨今の歪な男女平等思想の問題意識を高めるためにも、むしろ大いに拡散・周知されて然るべきものではないかと思うのですが。

また、昨今の20代と言えば、両親が共に働きに出ていて家庭にいないという状態が日常化していた子供が少なくない世代でもあるでしょう。
その経験から「ああいう寂しい思いを、自分の子供には味あわせたくない」と考える人間が増えるのは、むしろ必然と言えることなのではないかと。
親が育児をないがしろにして働きに出ることによる子供への悪影響というものは誰の目にも一目瞭然なものであるにもかかわらず、社会的にはどうにも軽く考えられすぎている感が否めないところなんですよね。
保育所の増設とか保育士の増員などといった「子育て支援策」と称する政策は、子供ではなく大人の都合を優先したものでしかなく、子供の視点的には「子供を厄介払いするシロモノ」でしかありえないのですし。
男女平等という概念は、本当の弱者である「子供」を基準に推進していくべきではないかと、私は以前から考えてならないのですけどね。


朝日新聞の上野千鶴子が繰り出した児童福祉法違反推奨発言

朝日新聞別冊版にある人生相談コーナーで、男子中学生の性の悩みの告白に対し、回答者の上野千鶴子が「熟女に土下座してでもお願いして教えてもらえ」などと発言したことが話題になっています。著
しく反道徳的であるばかりか、児童福祉法違反に該当する可能性もあるそうで↓

http://megalodon.jp/2012-1211-2030-18/www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20121211/dms1212111538011-n1.htm
>  朝日新聞の別冊版にある人生相談コーナーに男子中学生が性の悩みを打ち明けたところ、回答者が「熟女とのセックス」を勧めたことが問題になっている。「18歳未満に性行為を助長する言動は法律違反となる可能性もある」と専門家。お堅い朝日にしては過激な表現も目立つだけに波紋を広げそうだ。
>
>  《ぼくの悩みは性欲が強すぎて、今年受験だというのに、エッチなことばかり考えて勉強が手に付かないことです》
>
>  こんな15歳の男子中学生の相談が、8日付朝日新聞に折り込まれた別冊版「be」の人生相談コーナー「悩みのるつぼ」に掲載された。少年は
《毎日、自分で処理はしているのですが、どうしても本物の女の子の体に触れてみたくてたまりません》と悩みを打ち明けた。
>
>  なんとも過激な質問。だが、回答はそれをさらに上回るものだった。
>
>  回答者は東京大名誉教授の社会学者、上野千鶴子氏(64)。上野氏は従来の「スポーツで汗をかいて性欲を発散」といった紋切り型の答えは避け、《セックスって何か、知りたければ方法があります》と次のような解決策を提示したのだ。
>
>  
《知らないことは知っているひとに教えてもらうに限ります。経験豊富な熟女に、土下座してでもよいから、やらせてください、とお願いしてみてください》
>
>  熟女ブームもあり、しゃれっ気も多少交えて回答したのかもしれないが、ネット上などでは騒ぎが巻き起こった。ツイッター上では「男子中学生に語る内容ではない」などの声が相次ぎ、一部のテレビ番組でも話題に取り上げられた。
>
>  上野氏は
《(熟女の)ご指導に従って十分な経験を積んだら、ほんとうに好きな女の子に、お願いしましょうね。コンドームの準備は忘れずに》と回答を締めくくっているが、これが「法律違反」になる可能性もある。元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「18歳未満に性行為を助長することは、児童福祉法違反に該当する可能性がある」と語る。同法では「児童に淫行をさせる行為」を禁じており、「新聞がこうした内容を載せるのは、児童福祉法違反を助長、教唆することにもなる」というのだ。
>
>  夕刊フジの取材に対し、朝日新聞社広報部は、「性に関する深刻な悩みに対して、男女の機微について語りつつ、『相手のいやがることは決してしないこと』などと相談者に冷静な対応を促したものと考えています」とコメント。上野氏は、朝日が示した見解について「その通りじゃないですか」としつつ、「取材に応じている時間がない」と話している。

この朝日新聞別冊版の人生相談コーナーで物議を醸している上野千鶴子なる人物は、フェミニズム研究の第一人者です。
また同時に、「女は嫁に行くのが一番」という個人的信条を「犯罪として取り締まれ!」と主張したり、「コミュニケーションスキルが乏しい男はマスターベーション死ながら死んでいただければいいと思います」などと発言したりするなど、「女尊男卑」を地で行く思想の持ち主として有名を馳せている人物でもあります。
その他、オタクや障害者に対しても差別意識満載の論説を展開したりしており、今回の発言もその延長上から出たものであることは明らかです。
中高年の男性が女子中学生に対して性の手ほどき的なことをすれば、たとえそれが女子中学生からの要望であったとしても警察が動く事態にもなりかねないのに、中高年の女性が男子中学生を相手にする分には問題ないって感覚だったりするのでしょうかね、上野千鶴子の感覚というのは。
全く同じことを女性がやるのはOKだが男性がするのはNG、というのでは、男女平等もクソもあったものではないのですが。
常日頃から人権人権とがなり立てまくっている人種が実は差別主義者、というのはよくある構図ではあるのですが、上野千鶴子はそのような人権主義者の中でも特筆的に分かりやすいタイプの人間ですね。
こういうのが「男女平等」「女性の権利伸長」を唱えるフェミニズムを代表する論客のひとりだというのですから、フェミニズム運動の実態も底が知れようというのです。
人権という錦の御旗を振りかざして男性を踏みつけにする女性が「強い女性」として礼賛されるという風潮って、いいかげんどうにかならないものなのですかねぇ……(-_-;;)。


外で働く女性達の「仕事と家庭の両立」の実態

外で働く女性達が子育てとキャリアの両立に悩まされている実態を綴った記事が、週刊誌「AERA」の2012年11月19日号に掲載されています。
記事は「働く女性に社会の理解が足りない」的な論調で締めくくっているのですが……↓

http://megalodon.jp/2012-1113-2049-37/zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121112-00000006-sasahi-soci
>  働きながら子育てする女性が増えた。しかし、子育てとキャリアの両立にジレンマを抱える女性も少なくないようだ。
>
>  思い詰めた表情で、小6だった娘が発した言葉が胸に刺さった。
>
> 「お母さん、仕事辞めてくれない?」
>
>  大手保険会社の女性課長(46)は昨年、娘の中学受験を経験した。塾では大量の宿題が出され、多くの子どもは専業主婦の母親が手取り足取りフォローをし、成績を伸ばしていた。なのに、自分は娘の宿題を見る時間はほとんどなかった。成績で決まる塾での席順は目に見えて後退した。娘も我慢を重ねていたのだろう。
普段は無理を言わない娘が、冒頭の訴えをしたのだ。
>
>  女性はちょうどその時、部門の抜本改革を担当するリーダーだった。「前代未聞の忙しい時期」だったこともあり、塾が終わる夜9時に娘を迎えに行くためダッシュで会社を出て、帰宅後家事を済ませると、深夜まで持ち帰り仕事をこなす日もあった。「娘の訴え」を聞いた受験半年前からは、朝5時に起き、娘とマンツーマンで2時間勉強をした。
>
>  女性は34歳で出産。育休から復帰後は、保育園やファミリーサポートを利用しながらフルタイムで働いた。
娘に不自由な思いをさせてまで働いているのだから成果を上げたいと思い、出産前より仕事へのこだわりが強まった。会社もそんな彼女を、キャリアアップしながら働く女性のモデルとして後押しした。出張を免除され、クリエーティブな仕事を与えられ、3年前に課長への昇進を打診された。
>
>  迷った。責任が増し、忙しくなるのは目に見えていた。メンター役の先輩ワーキングマザーに相談すると、
>
> 「自分の裁量が増すぶん、管理職のほうが働きやすくなる」
>
>  と応援してくれた。
>
>  だが、管理職は想像以上の大変さだった。二十数人の部下が適材適所で働けているか目を配り、相談に答えられるよう幅広く業務知識を身につけなければならない。
時間的にも精神的にも仕事のウエートが増した。夫は忙しい時の塾の迎えなどを担当してはくれたが、そこまでして母親が働く必要があるのかという態度が透けて見えたし、実母にははっきり批判された。
>
> 「父親が出世したら、なんで出世なんて、とは決して言われない。母親は出世したら周囲も自分もジレンマを抱える。ワーキングマザーの出世とはそういう複雑さを抱えています」
>
> ※AERA 2012年11月19日号

この手の話題が出る度にいつも考えざるをえないのは、「母親(女性)の都合しか述べられていない」ということに尽きますね。
もう一方の当事者であるはずの「子供」の考えはどうなのか、という問題意識がまるで語られないわけです。
この記事に登場している母親的には、別に子供をないがしろにしているつもりもなければ、子供に対して申し訳ない感情を抱いてもいるのでしょう。
しかし彼女は、それでも自分が外に出て働きカネを稼ぐことに固執していたわけですし、それが子供にどんなに寂しい思いをさせているのかについて「頭だけの理解」に留まっていたわけです。
この母親に対する子供の「仕事を辞めて欲しい」という訴えは、記事にあるような塾での成績の問題も当然あったでしょうが、それ以上に「もっと自分の相手をして欲しい」というシグナル的な意味合いもあるでしょう。
記事中の母親は別にシングルマザーというわけでもなく、夫や祖母も母親の仕事熱心ぶりに批判的ですらありますが、金銭的に切迫しているわけでもないのに「子供を構うことなく外での仕事に没頭する」的なスタンスを取っていればそうなるのも当然でしょう。
すくなくとも表面的に見る分には、まさに母親が育児放棄しているようにすらも解釈されてしまう余地も充分にあるのですし。
この母親の主張を見ても、自分の仕事の都合しか語っていませんし、仕事に没頭する母親が子供に「叛逆」されてしまったモデルケースと言えるものではありますね。

外へ働きに出る女性達は、必ずと言って良いほど「自分は子育てと仕事の双方をきちんと両立させている」と主張します。
しかしその実態は、子育てを他人の手に委ねたり施設に預けたりして自分は子供のことをロクに構わないのに、子供が不満を述べない(言えない)のを良いことに「自分に甘い評価」を下している事例がほとんどです。
件の母親も、娘のことを「普段は無理を言わない」と評していた辺り、似たような認識を抱いていた可能性が濃厚ですし。
ところが実際はかくのごとし、というわけで、「子育てと仕事の双方をきちんと両立させていた【つもりだった】」母親はさぞかしショックを受けていたことでしょうね。
そもそも、自分の子育てについてことさら自虐的に悪く言う親なんて、実際に誰の目にも不祥事を公然とやらかした子供を持つ親でなければ相当な変わり者の類でしょうし。
「ワガママを言わない子供」などというのは、子供が不満を持っていない証明になんてまるでならないのですし。
外へ働きに出る出ないに関わりなく、親の贔屓目や世間体の問題が少なからず絡んでくる「子育てに関する親の自己評価」など、到底当てにできるシロモノなどではないのですが。

外へ働きに出る女性が増えた背景には、男女平等イデオロギーが浸透していったこと以上に「共働きでなければ家庭を維持できない」という経済的な事情も決して少なくはないでしょう。
それも元を質せば、女性の労働力供給による労働単価の引き下げを企業が求めたことに原因が求められはするのですが。
しかし、親が子供に構わなくなることで子供が蒙る悪影響は、その子供の一生を左右するとすら言っても過言ではないほど深刻です。
特に幼少時の子供にとって、自分の母親というのは「世界の全て」とすら言って良いほどの存在です。
その母親から母性本能と愛情をもって育てられず、母親との信頼関係が構築できなかった子供は、母親以外との対人コミュニケーションでも多大な支障をきたすようになります。
自分と最も身近にいて「世界の全て」ですらある母親の愛情すらもらえない状態で、どうして世間一般のことを信じることなどできるのでしょうか?
もちろん、実際には母親以上に愛情を注いでくれる父親や知人の類に恵まれた人もいはするでしょうが、それはあくまでも「たまたま人間関係に恵まれていた」のであって「母親のことが信頼できないのが正常」であるわけではないのです。
母親の愛情に恵まれない子供は、「子供の自立心を養う」という観点から言ってさえも問題です。
子供は母親から愛情をもらうためなら何でもする存在なのですし、母親から虐待された子供がますます母親にしがみつくという事例も無数にあります。
子供が非行に走る有力な原因のひとつにも、「どんなことをしてでも親を自分に振り向かせたい」という動機があったりするのですし。
では、父親が母親の役目を代わりに担えば良いではないか、という反論もありはするでしょうが、しかし、特に幼少時の子供の育成において、子供に対して母親の役割を父親が代替で賄えるものはごく僅かなものであり、母親による子供の育児に勝るものはないのです。
母親が早期に亡くなったとか、母親の不祥事が原因で離婚して父親が子供を引き取ったとか、そういった特殊な事情でもない限りは、少なくとも幼少期の子供は父親ではなく母親がメインとなって面倒を見るべきなのです。

昨今の女性の社会進出は、子育てと子供の健全な成長を犠牲にすることで成り立っていると言っても決して言い過ぎではないでしょう。
子育てというものを大人の都合で安易に勘定し、下手すれば邪魔なものとしてすら社会的に扱ってきたことが、子供への悪影響、さらには非婚&少子高齢化の元凶にもなっているのです。
「働く女性に非ずんば人に非ず」的な働けイデオロギーを女性に強要しているような風潮が、男女平等には確実にあるのですが、それは子供はもちろん女性自身さえも不幸にするシロモノでしかありません。
そんな「女性の解放」でも目指しているとしか思えない一昔前の左翼なスローガン的男女平等思想は、マルクスとエンゲルスの共産党宣言ばりに時代錯誤な、前世紀どころか19世紀レベルの「古臭い」思想でしかないのですけどね。


育児休暇取得忌避に見られる「男女平等」の歪み

「妊娠した女性は、育児休業を取らずに退職して欲しい」と考えている企業が25%に昇るとする求人広告アイデムの調査結果が波紋を呼んでいます。
背景には、社員が育児休暇を取得すること疎んじる企業経営側と、交代要員もなく過重労働を強いられる社員側の利害があるとのことで、かなり根深い問題ではありますね↓

http://megalodon.jp/2012-0609-0349-31/www.j-cast.com/kaisha/2012/06/08135021.html?p=all
>   「妊娠した女性は、育児休業を取らずに退職して欲しい」と考えている企業が25%にのぼるとした調査結果に、波紋が広がっている。求人広告のアイデムが、正社員が6人以上いる1439社からインターネットを通じて回答を得たものだ。
>
>  
男性正社員の育休取得を「容認できない」とした企業も16%あった。急速に進む高齢化が社会不安を高めている中で、働きながら出産や子育てを行う女性や、それを支えようとする夫を疎んじる会社があるのが実態のようだ。
>
> ムカつく独身OL「育休取った同僚のせいで婚期遅れた」
>
>  ネットにはこの結果に対し、実際にはもっと多くの企業が育休取得を快く思っていないはずだ、という書き込みが見られる。
>
> 「『本音』を言ったのが25%のみ、という調査結果」
> 「むしろ正直な企業が25%しかないってことだろう」
>
>
育休取得を冷ややかに見ているのは、人の穴埋めに苦心する経営者や管理職だけではない。交代要員が配置されない場合、職場では仕事量が増えてフラストレーションが高まる。連続して子どもを産むと、産休、育休で何年も姿を見ないこともある。
>
>  ネットメディア「ガウ!マガジン」は、「『育児休暇を取らないで』が25%!子持ち同僚にムカつく事4選」という記事を掲載し、職場に残る独身OLの苛立ちを紹介している。
>
>  まっさきにあがっているのは、「婚期が遅れるのも“育児休暇”のせい」という声だ。同僚が自分より先に結婚・出産したために仕事が激増し、出会いが遠のいて婚期が遅れてしまったと嘆く31歳女性(保険会社勤務)の声を紹介している。
>
> 「のんきに子どもの写メールを送ってくるA子に腹が立ってしかたありません。復職後、仲良くやっていけるか心配です」
>  こういう人に限って、自分が出産するときには「目いっぱい休まなければ損」とばかり、育休を最大限に活用する気がするのだが…。

企業の育児休暇に対する忌避傾向は、女性の社会進出を「安価な労働力が確保できる」と安易に賛同・推進してきたツケが回ってきた結果でもあります。
女性に出産の問題があり、女性の労働力を取り込むためには出産に纏わる様々な事象に配慮する必要があることなど、企業側も最初から分かっていたことのはずです。
にもかかわらず、「利益は享受したいがリスクは背負いたくない」と言わんばかりに育児休暇を忌避し、その挙句に社員にそれを押し付けるという構図は正直どうかと言わざるをえないところです。
そもそも、子育ての観点から見ると、現行の育児・介護休業法で定められている1年の育児休暇ですら実は不十分もいいところなのです。
「三つ子の魂百まで」という格言にもあるように、生まれてから3年以内の育児は、その子供の性格形成や成長、ひいてはその後の一生に重大な影響を与えます。
それを考えれば、出産から始まる育児休暇の期間は最低でも3年、できれば5年は必要と見るのが妥当なところでしょう。
もちろん、現行の育児休暇にすら難色を示す企業にそんな負担が耐えられるわけもないのですが。
人間の育児というのはそれほどまでに手間暇がかかるものである、という事実自体を知らない人というのはそうそういるものではないでしょう。
しかし一般社会では、その大変な子育ての実態をどうにも甘く見過ぎているような風潮が多々あるのではないかと思えてなりませんね。
だから安易に女性の社会進出が叫ばれたり、今回のような育児休暇に対する忌避感が露呈したりといったギャップが生まれたりもするわけなのですが。

社員による育児休暇の取得を忌避する傾向があるのは、性別で見ると意外にも女性の方が多いとのことです。
何でも、育児休暇で生じた穴を埋めるために過重労働を強いられる傾向があるからなのだそうです。
しかしこういう話を聞くと、「女性にとっての最大の敵は女性自身である」という言葉は案外真実を突いているのかもしれないとつくづく思えてきますね。
育児休暇によって他の社員の負担が増大するというのは、基本的には企業側の責任であるはずです。
育児休暇によって空いた人材の穴を埋める体制を整えず、現行の社員だけで回していくような負担を強いる企業こそが、本来最も責められるべき対象なのです。
にもかかわらず、その企業は全く責めることなく、同じ被害者であるはずの女性を目先の事象で責める辺りは、何とも短絡的と言わざるをえないところです。
そんなことをしたところで、物事の本質は何も解決しないのですし、それで本当にほくそ笑むのは、自身の責任追及を免れるばかりか正当化すらされる企業でしかないのですが。
あまつさえ、今の会社や社員の間では、女性の出産や育児休暇を非難する「空気」すらあるのだとか。
出産は本来めでたいことであるはずなのに、それを歓迎しないどころか白い目で見たり退職の圧力をかけたりするなど、社会として何か間違っているとしか思えないのですが。
子供ってそこまで害悪であり、社会にとって邪魔な存在だというのでしょうか?

現在叫ばれている女性の社会進出や男女平等という概念に、私がどうにも懐疑的・否定的にならざるをえないのは、結局のところその副作用が一番弱い立場にある子供を直撃するからです。
この手の問題はとかく「男女間の対立」や「女性の権利伸張」という観点のみで語られる傾向が多く、物言わぬ子供の問題は軽視・無視どころか、下手すれば「女性の敵」「社会のお荷物」であるかのごとき扱いすら受けることがあります。
特に育児の問題などは、性差から来る適性の違いをも無視して、女性が男性にその負担を無条件に押しつけようとする傾向すら垣間見られる始末ですからね。
そりゃ少子化だって改善どころかさらに悪化もしようというものです。
男女それぞれの適性と個性に合致し、かつ子供にも負担をかけることのない「本当の男女平等」のあり方というものを模索することはできないものなのでしょうかねぇ……。


男性の育児休暇に見られる「男女平等」の歪み

男性が育児休暇を取得することについて消極的な企業が多いそうです。
以下の事例のように、「そんなことは断じて認められないし、それが嫌なら辞めて結構」とまで言い放つ企業経営者もいるのだとか↓

http://megalodon.jp/2012-0425-0800-23/www.j-cast.com/kaisha/2012/04/20129658.html?p=all
>  夫の稼ぎだけで専業主婦の妻と子どもを養っていたのは、昔の上流家庭か高度経済成長期の話。いまはフルタイムで働いても、生活が苦しいという独身者が少なくない。結婚すれば、共稼ぎは当然の選択肢となるだろう。
>
>  ある会社では、
産休中の妻に協力して家事や育児をしようとする男性社員に対し、オーナー社長が「仕事をおろそかにするな」と発言し、社員から猛反発を買っているという。
>
> 同情してくれる同僚もいる。何とか対抗したい
>
> ――従業員90人の中堅製造業の営業で働いています。入社5年目です。今月、待望の長男が産まれ、喜びつつ新しい生活に戸惑っております。妻が産休から早めに復職しないといけない事情もあり、家事や育児に積極的に参加するつもりです。
>
>  最初は育児休業の取得を考えましたが、職場はそんなことを許す雰囲気ではありません。しかし
これまでと同じ働き方では、家庭がおかしくなってしまいます。
>
>  そこで上司に、しばらく終業時刻の1時間前に退社させてほしいと相談しました。上司はしぶしぶ人事に相談したようですが、その途中でオーナー社長の耳に入ってしまいました。
>
>  翌週の朝礼で社長は、全社員を前にこう言い放ちました。
>
>
「最近、仕事をおろそかにして男も育児をしたいと言い出すやつがいるそうだが、うちの会社ではそういうことは絶対に認めない。男は仕事を通じて、家計に貢献するのが一番大事だ。それが嫌なら、辞めてもらって結構だ!」
>
>  実名をあげませんでしたが明らかに私のことと分かり、めまいがしました。何人かの同僚は「社長ってあんな考えだったんだ」「本当にひどいよな」と声をかけてくれました。
>
>  社長は言い出したら聞かない人ですが、こんな筋の通らないことを認めさせるわけにはいきません。いま独身の人を含め、よくない慣習に苦しめられるきっかけになるのも耐えられません。何とか対抗したいのですが、よい方法はないものでしょうか――

企業にしてみれば、せっかくカネを払って雇っている社員のマンパワーを、育児などという直接的利益に全く結びつかないシロモノなどに奪われてしまうのは、到底我慢のできないことなのでしょう。
元々、企業が男女平等を受け入れたのだって、表面的なお題目とは裏腹に、安価で大量供給される労働力を見込んでのことだったのですし。
また実際問題として、乳幼児期の育児に男性が参加しても、むしろ足手纏いになるパターンが多かったりするんですよね。
育児休暇を取って家にいても実際はやることもなくゴロゴロしているだけで、却って育児に追われる女性の負担になっているという事例が少なくなく、そればかりか「育児」を口実に全く関係のない休日を取得したりするケースも少なくないとか。
いくら男女平等が叫ばれる世の中であっても、「男は仕事、女は家庭」という人間の行動原理は、最低でも数千年、下手すれば数万年単位で刻まれていますので、そうそう簡単に変えられるものではありません。
女性の大部分が重労働に向かず、事務などの軽労働を望むのと同様に、男性の大部分は子育て、特に乳幼児の育児には全く向かないのです。
生まれたばかりの乳幼児にとって最も重要なのは「母親との結びつき」であって、父親の役割が生きてくるのはもう少し先のことなのですし。
母親が何らかの理由でいないケースでは男性の育児休暇も必要になってくるかもしれませんが、それ以外で役に立つ制度とは、正直言い難いものがあるのではないかと。
男性と女性の身体的・脳構造的な違いを無視して「男女平等」なるものを推進しようとした結果の、これは小さからざる歪みのひとつなのでしょうね。

そもそも、男性の育児休暇なるものが求められるようになった最大の理由は、まさに女性が家庭の外に出て働くようになったことと無関係ではありえません。
家庭内器具の技術の発達により、家事の負担は昔に比べると大幅に減った感がありますが、子育ての負担だけは昔と全く変わっていません。
乳幼児や幼児は特に「母親との結びつき」を必要不可欠としており、技術の発展ではそれをカバーすることができないためです。
それが男女平等のお題目のひとつである「女性の社会進出」にとって邪魔だったからこそ、その「邪魔な育児」を男性にも担ってもらおう、という動機から始まったのが「男性の育児休暇」だったわけです。
しかし、企業は働き手を失うことを嫌がるし、そもそも男性側も企業の期待に応えざるをえない上に育児に向かないことを承知せざるをえないしで、男性の育児休暇取得は実態に適ったものになっていないんですよね。
その点では、上記記事における「男は仕事を通じて、家計に貢献するのが一番大事」という社長の話にも実は一理あると言えます。
ただ一方では、そもそも男性に育児休暇を取らせざるをえない状況に追い込んだのもまた企業であったりするわけで、部下達にしてみれば「どのツラ下げて…」とは言いたくなる部分も当然あるでしょう。
男性または女性のいずれかが働くだけで家計を維持できる、そういう「昔の社会形態」が再び実現することこそが、この問題を解決する最良の方法ではあるのでしょうが……。

昨今の「男女平等」というスローガンは、かつての共産圏の「平等」と同じく、男女問わず全ての人間を不幸にしているだけでしかないように思えてなりませんね。
「機会の平等」ではなく「結果の平等」を求めてしまっているところも、共産圏の「平等」と全く同じですし。
昨今の歪んだ状況を改善するためには、「そもそも男女平等というのは本当に正しいのか?」と一度疑ってかかる必要があると言えるのではないでしょうか?


コメント一覧

葵猫 (05/02 19:38) 編集・削除

う〜ん、ちょっと賛成出来ないような…
別に世の全ての父親に取れと言ってるわけじゃありませんし、育児休暇。
歪んだ男女平等は言い過ぎでは?
それに女性は家庭に入れって、無理ですよ現実的に。
回りを見ても、キャリアがどうの、女性の権力がどうの、じゃなく、男性の稼ぎだけでは余裕ある暮らしができないから働いてますよ、みんな。
身近にご亭主が失業、奥様の扶養家族にになった方もいました。
幸いその後就職できたようではありますが、もとの稼ぎのままとはゆかないでしょうし。
民主党が政権握る前からの積み重ねの結果、です。
政権が変わったとしても、劇的に状況改善は当面ないと思います。

冒険風ライダー(管理人) (05/03 01:46) 編集・削除

>葵猫さん
元々「父親の育児休暇」自体が、女性が働きに出るために子育てで空いてしまう穴を男性に埋めさせよう、という意図の元に作られた制度です。
しかし記事にも書いたように、大部分の女性に重労働が合わないのと同じ理由で、大部分の男性に子育ては向きません。
それを知らず、もしくは知った上での確信犯で「父親の育児休暇」を男女平等の絶対正義であるかのごとく喧伝する行為そのものが「男女平等の歪み」である、と私は言っているわけです。
そもそも、「女性にも平等な権利を!」「男女平等の実現を!」などと叫びまくってきた結果が、今日の「男女共に不幸になった」惨状なわけですからね。
確かにこれも、ある意味では「男女平等」のあるべき姿ではあるのかもしれませんが(苦笑)、共産圏の「平等」と同じく私は論外なシロモノだと思うのですけどね。

今の「男女平等」は企業の利権も絡んでいますので、個人や企業単位で昔の形態に戻すのは確かに難しいでしょう。
となると、国単位で政策を変えるしかないわけですが、その国を動かすためには、国民ひとりひとりがただ現状を肯定するのではなく、今の男女平等のあり方について【これが本当に正しいのか?】という疑問を抱くことが何よりも求められるわけです。
「男女平等は何が何でも絶対に正しい」的なイデオロギーの類を信奉しているのでもなければ、現状に疑問を抱くことくらいは誰にでも出来ることなのではないと思うのですが、どうでしょうか。

http://www.tanautsu.net/

読者A (05/03 03:10) 編集・削除

ライダー氏は男女の権利論についてよく語っていらっしゃいますね。
「男女平等は必ずしも正しくない」というのは所論ある部分で、
身体的性質から女性は軍人・警官などの職には就き辛いという事実はありますから、
私もそれを否定するつもりはありません。

しかし、最近のライダー氏の文章を見ていますと、
どうも「脳の作りがそうなっているのだから、女は家庭に入っていればいいのだ」という意見が散見されます。
私の勘違いだといいのですが、もし本当にライダー氏がこのような意見を本気で口にされているのであれば、
私はそれを全面的に否定せざるを得ません。

私は男ですが、これは私の身の回りに男性以上に、
それも充実して働いている女性が多くいるために言う事です。
彼女らは優秀で、そこら辺の無能な男よりもよっぽどよく働き、金を稼ぎます。
そういった実例を少なからず目にしている身なので、
ライダー氏の言う「女は脳が仕事に向いていない」という論には全く同意できません。
「専業主婦の多くは働きたいと思っていない」という理屈でライダー氏は女性の労働を否定しますが、
怠惰な主婦が現状維持を望むからといって、
なぜ充実した労働を続けている女性までが「家庭に入れ」と言われねばならないのですか?

また、自分で金を稼ぐ術を持たない女性は離婚の選択肢を持てません。
「女は家庭に入れ」という意見は「女は横暴な夫にも黙って従え」という意見と全く同じなのですが、
この点をライダー氏はお考えでしょうか?

ライダー氏の聡明な文章にはしばしば感嘆させられますが、
この男女権利論についての文章にだけは毎回残念な思いをしています。

葵猫 (05/03 09:51) 編集・削除

申し訳ありませんが、やはり管理人様のご意見
に全面的には同意できません。
大部分の男性、という事は、子育て休暇を有効に使える男性も存在するという事はお認めになるんですよね?
大半に必要ないからと言って無理になくすことが社会の為、という論理には賛成できません。
それに昔の社会形態がそんなに良いものですか?
どちらかだけしか働いた経験がなければ、失業したり亡くなったりしたら、その時点で子供を抱えて路頭にまようわけです。
昔はそれで食べる為に不本意な再婚を多くの女性が強いられてきたわけですし、古き良き時代とばかりは思えません。
昔は昔で歪みや矛盾があったわけですし、多くの女性の諦めと忍耐の上に成り立っていた部分も多いと思いますよ。
昔の女性が何も言わなかったから皆幸福で満足していたのだと思ってらっしゃるのなら、あまりにも男性本位の考え方だと言わざる負えません。
母や祖母の時代の女性は、文句を言う事も許されなかっただけの事です。
保守的な男性にとっては最高の時代だったのかもしれませんが。
まあただ、前回の書き込みのように「専業主婦」という選択肢がほとんど不可能な現在の状況も良いとは言えないとは思ってます。
家庭で子育てに専念する、というのもあるべき選択肢だと思いますから、それが当たり前に選べるようになる社会になって、そのうえで働く働かないの選択が出来るのが理想的であるとは思っています。
私も、私の周りの女性もなんたらのひとつ覚えの様に男女同権なんてふりかざしてはいませんが、管理人様の考える女性の幸せと、私の周りの女性の求める幸せはかなり乖離していると思います。

冒険風ライダー(管理人) (05/03 13:33) 編集・削除

>読者Aさん
>葵猫さん
私が昨今の「男女平等」のあり方に否定的なのは、それが「子供を犠牲にして成り立っている」という要素が少なくないからです。
単に夫婦間のみの問題であれば、確かにお二方が仰る通りに夫婦間で話し合えば、それでも「2人の間では」問題を解消することもできるかもしれません。
しかし、夫婦の間には子供だって生まれるのですし、特に人間の場合、子供は他の生物以上に親の庇護を必要不可欠とします。
ましてや、これが乳幼児期の子供ともなれば、それは人格形成が行われる極めて大事な時期なのですから、なおのこと親、特に母親との繋がりを必要とするのです。
そんな大事な時期に、子供の面倒を見ずに働きに出るというのは、子供が何も言えないのを良いことに、子供に自分の都合を押しつけているだけでしかないのではないでしょうか?
また、金銭的な事情もさることながら「子育て絡みの面倒を抱え込みたくない」という理由から、子供を産まないという夫婦も増えており、それが少子化の原因のひとつにもなっていたりしますよね。
「男女平等」では夫も妻も不幸になるが、それ以上に子供が一番の犠牲になる、しかも子供には自分でその道を選ぶ権利すらない。
そこから、私の「男女平等」批判は出発しています。

>読者Aさん
> どうも「脳の作りがそうなっているのだから、女は家庭に入っていればいいのだ」という意見が散見されます。
> 私の勘違いだといいのですが、もし本当にライダー氏がこのような意見を本気で口にされているのであれば、
> 私はそれを全面的に否定せざるを得ません。

「男女平等」を論じるに際して脳構造の問題まで持ってきているのは、特定の職種や大学などで能力の有無に関わらず女性を優遇しようとするクォータ制やアハーマティブ・アクションという政策が横行しているためです。
人間の脳は胎児~乳幼児期におけるテストステロン・アンドロゲンなどといった男性ホルモンの分泌量によって構造が決まると言われており、男性ホルモンを多く浴びる男性の脳は空間能力に秀でたものに、そうでない女性の脳は言語能力に優れたものとなります。
男女による思考パターンや視野の違いなども、この時期に作られる脳構造の違いによって生まれるものです。
この男性ホルモンの分泌量が過剰だったり過小だったりすると、「女性的な脳を持つ男性」「男性的な脳を持つ女性」、さらには「性同一性障害」を患う男女なども生まれるわけです。
ところがクォータ制やアハーマティブ・アクションは、この男女の特性を無視して「とにかく女性が少ないから」という理由だけで女性を不必要に優遇しようとするのです。
それは「能力を問わない」という点で男性差別に繋がり、また本当に能力のある女性に対しても「アレは(クォータ制やアハーマティブ・アクションで)優遇されているから」と不当に差別される温床となりかねないのです。
女性の多くが事務職を選ぶというのも、それが身体的に楽であるのと同時に、言語能力に優れている女性の脳に向いているからという事情も大きいのです。
ただの数合わせゲーム的に「男女平等」を推進するのではなく、そういった男女の生得的な「差異」を理解した上で、その「差異」に合致したあり方を求めるべきなのではないかという理由から、脳構造の問題については言及しているというわけです。

> 怠惰な主婦が現状維持を望むからといって、
> なぜ充実した労働を続けている女性までが「家庭に入れ」と言われねばならないのですか?

家庭の維持や子育てに専念したいという女性は「怠惰な主婦」とは言えないのではありませんか?
外での仕事と同様に、それもまた大事なことなのですし。
また一方、「充実した労働を続けている女性」が実は子供を犠牲している可能性も否定できません。
映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」などでも、子供と家族を犠牲にして政治の世界に邁進するマーガレット・サッチャーの様相が描かれていましたし、「男女平等」の実態もアレに近いものがあるのではないかと思えてならないのですが。
自分さえ良ければそれで良い、とは必ずしもいかないのが、「男女平等」の難しいところでもあるのですが。

> また、自分で金を稼ぐ術を持たない女性は離婚の選択肢を持てません。
> 「女は家庭に入れ」という意見は「女は横暴な夫にも黙って従え」という意見と全く同じなのですが、
> この点をライダー氏はお考えでしょうか?

女性が家庭に入るからといって、「女は横暴な夫にも黙って従え」ということにはもちろんなりえませんよ。
よく古臭い価値観だと言われる「男は仕事、女は家庭」という概念も、これは本来男女の役割分担を指しているものなのであって、別に「仕事が家庭よりも上」と定義しているわけではないのです。
「あなたは外の仕事でカネを稼いでいてそれはそれで大事なことだが、私だって家庭を維持するというそれと同じくらいに大事な仕事を担っている」という自信と誇りがあれば、男性だってそうそう横暴にふるえないのではありませんか?
家庭の維持が外での仕事よりも格下、という誤った価値観こそがそういう横暴を許す元凶にもなっているのですから、その価値観「自体」をどうにかする方が先決ではないかと。
昨今の「男女平等」って、その価値観を絶対的に正しいと定義した上で、その掌の上で踊っているだけではありませんか。
それは結局、「外でカネを稼ぐ仕事こそが家庭の維持などという賎業よりも価値がある」という男性的価値観に染まっているだけでしかありませんし、男女がよりギスギスして争う要因にすらなってしまっているのではないかと。

>葵猫さん
> 大部分の男性、という事は、子育て休暇を有効に使える男性も存在するという事はお認めになるんですよね?
> 大半に必要ないからと言って無理になくすことが社会の為、という論理には賛成できません。

男性の育児休暇については、「(母親および育ての親がいない等の)特殊な事情がある場合についてのみ認める」という形態で問題はないと思います。
紹介記事にあるような社長の全否定発言はさすがに問題であるにしても、同時に女性の育児休暇と違って無条件かつ常態で認めるべきものでもない、というのが私の意見です。
育児に向いている男性の存在自体は否定しませんが、全体的な率としては圧倒的な少数派であることは間違いないのですし、その状況では効果自体を疑問視せざるをえないところですので。

> それに昔の社会形態がそんなに良いものですか?
> どちらかだけしか働いた経験がなければ、失業したり亡くなったりしたら、その時点で子供を抱えて路頭にまようわけです。
> 昔はそれで食べる為に不本意な再婚を多くの女性が強いられてきたわけですし、古き良き時代とばかりは思えません。
> 昔は昔で歪みや矛盾があったわけですし、多くの女性の諦めと忍耐の上に成り立っていた部分も多いと思いますよ。
> 昔の女性が何も言わなかったから皆幸福で満足していたのだと思ってらっしゃるのなら、あまりにも男性本位の考え方だと言わざる負えません。

もちろん、昔には昔なりの問題や弊害もあったでしょうし、それを無条件に受け入れろとは私も言うつもりはありません。
ただ、今の現状は男性も女性も共に経済的な困窮に陥っている上に子供は子育て環境面でそれ以上に悲惨な状態にあり、それが「あるべき姿」であるとは到底言えたものではないでしょう。
また、昨今の「男女平等」は夫婦間の対立ばかりに重点を置きすぎ、子供の視点や利益を故意に無視しているばかりか「害悪」とすら見做している面すらあります。
父親の育児休暇の問題にしても、「女性の社会進出にとって【邪魔な子育て】を男性にもやらせる」ことを目的に作られた制度なのですから。
上でも言いましたが、「自分個人が良ければそれで良い」という安直なやり方に、昨今の「男女平等」では傾斜し過ぎているきらいがあります。
それは結果的に誰も幸福にはしないのではないか、というのが私の主張です。

http://www.tanautsu.net/

葵猫 (05/03 14:12) 編集・削除

この問題に関しては、管理人様とは完全な一致をみることはないと思います。
各々譲れない部分はありますし。
ただ、読者Aさんへの反論に関してですが、怠惰な主婦というのは専業主婦全般をさしてるわけではないと思います。
管理人様は働く女性は皆子育てや家事を二の次にしてると思ってらっしゃるようですが、私の回りでは皆全力でやってる方ばかりです。
そして専業主婦でも子育て家事を手抜きしてる方も多いわけです。
そういう方は、それこそ自分の事しか考えてませんよ。
国や社会なんて視界の外、単に楽をしたいだけ。
読者Aさんがさすのはこういう方々の事だと思いますが。

それに主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれるというのは、夫が良い人間であるという前提でなければ成り立ちません。
ドメスティックバイオレンスや浮気に対抗出来ますか?
離婚やむ無しとなった場合、やはり子供を抱えて働くとなる道は多くの女性がえらばねばなりません。

読者A (05/03 15:23) 編集・削除

補足として書いておきますが、
私の身の回りの働く女性は、皆子育てや家事も全力で、それも上等にやっている方ばかりです。
逆に、専業主婦にも関わらず料理をせず、育児も手を抜く方を同じ数ほど知っていますが、
それでもライダー氏は「働く女性は家事を二の次にする」「専業主婦は家事に手を抜かない」
と化石のような論理を振りかざすおつもりでしょうか?

別に私は経験論から「専業主婦は皆駄目だ」などと言いたい訳ではありません。
ただ、私が言いたいのは、一つに「女性は皆が等しく専業主婦に向いている訳ではない」という事。
そして「女性が同じ生き方を強制される筋合いはない」という至極真っ当な主張だけです。

言わせて頂きますが、ライダー氏の主張はどれもこれも「決めつけ」から来ているようにしか思えません。
「働く女性は家事を二の次にする『はず』だ」
「専業主婦は家事に手を抜かない『はず』だ」
どちらも反例を散々目にしている私としては、鼻で笑うしかない主張としか言えませんね。

ちなみに、男性も同様ですが、女性の人間としての質というのは本当に人によって差があります。
私の経験から言わせて貰えば、
ある女性は高級取りでも料理の達人で、一家の家事をほぼ全て担当し、政治社会にも深く感心を持っていました。
しかし、ある女性は専業主婦にも関わらずロクに家事もせず旦那に押し付け、料理は全てスーパーの惣菜。
政治にも全く感心を持たず、ただ暇を持て余し、一日中TVを見てはモバゲーに金をつぎ込む有様でした。
このような実例を見ていれば、ライダー氏の専業主婦論に賛同できる訳はないのですよ。

「主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれる」?
こんなのは左翼言う所の「武力を放棄すればどの国も攻めてこない」と同レベルの妄言ですね。
そりゃあ夫がDMや浮気を一切しない、そもそも離婚する必要のない人であれば、
「仕事に誇りを持つ」程度の事で対等に見てくれるでしょう。
しかし世界に中国のような国があるのと同様で、社会にはそんな良心的な男性ばかりではありません。
そういう場合は離婚の必要が出てきますが、その時に自分で金を稼ぐ手段が無ければ、その選択肢は選べませんよね?
つまりそういう事です。
ライダー氏がこの程度の現実すら理解されていないとは、ほとほと驚きです。

普段は頭の悪い左翼の妄想論を痛烈に批判されていたライダー氏が、
何故こういった男女権利論になると空想としか言いようの無い化石論を平気で持ち出されるのか、
本当に疑問は尽きません。
未婚でも現代を生きる若い男性として、この程度の常識はあるものだと思うのですが……

読者A (05/03 15:25) 編集・削除

訂正:DM→DV

冒険風ライダー(管理人) (05/03 20:32) 編集・削除

> 私の身の回りの働く女性は、皆子育てや家事も全力で、それも上等にやっている方ばかりです。
> 逆に、専業主婦にも関わらず料理をせず、育児も手を抜く方を同じ数ほど知っていますが、
> それでもライダー氏は「働く女性は家事を二の次にする」「専業主婦は家事に手を抜かない」
> と化石のような論理を振りかざすおつもりでしょうか?

まず確認をしたいのですが、その「私の身の回りの働く女性」という方達は、本当に「ひとりで」子育てをやっているのでしょうか?
祖母などが自分の代わりに子育てをしていたり、あるいは保育園に長時間預けたりとかいったことをやっているのであれば、それは「母親ひとりで」子育てを上手にこなしているとは言い難いですよ。
保育園に1日8時間以上もの長時間レベルで子供を預ける行為も、子供に多大な悪影響を与えかねないものなのですし。
外に働きに出る女性達は、必然的に「自分の子育てを誰かに委ねる」という形にならざるをえず、それが子供に与える影響は決して少ないものではなく、また母親が子育てを敬遠・放棄しやすい構造にもなっているわけです。
確かに働く女性だって子供を大事にしている人は多いでしょうし、専業主婦にも子育てをないがしろにする人もいるでしょう。
しかしそれは、「外に働きに出る女性達が、自分の子育てを誰かに委ねる」「結果として、子育ての問題がないがしろに【されやすい傾向】を持つ」という構造的な問題の否定にはなりえないのです。

> 「主婦の仕事に誇りを持てば夫も対等に見てくれる」?
> こんなのは左翼言う所の「武力を放棄すればどの国も攻めてこない」と同レベルの妄言ですね。

これは個人だけでなく、社会的な規範や価値観の問題をも指しております。
確かに夫婦間だけの枠内だけで見れば、「主婦の誇り」云々に限らず、どんな正論を振りかざそうが相手の暴力によって一方的に踏み潰されるという事態は充分に想定されます。
しかし、「主婦の仕事は外での仕事と同じくらいに大切な物である」という価値観が【社会的な規範や暗黙のルール】として確立していれば、それが一定の抑止力となって「正論を踏み潰す暴力の行使」を事前に抑制しえます。
要は「世間体が気になって…」「法律を気にせざるをえないから…」という類の話ですね。
個人の横暴に個人の力【だけ】で対抗しなければならない理由などどこにもないのです。
今の「外に出て働くことこそがスバラシイ」的な価値観は、主婦イジメにも繋がっている上、男性ですら苦しんでいる苛酷な労働環境を女性にまで問答無用に押しつけている一面も多々あり、双方に余裕がなくなることで却って家族間がギスギスする要因になってすらいます。
家庭や家族というのは国家間関係のごとき「権力と暴力と騙し合いのシーソーゲーム」などであってはならないのですから、抑止力としてはむしろこれくらいが丁度良いのではありませんか?
現状でさえ、女性の身を守るための法律は過剰過ぎるほどに存在するのですし、むしろ逆に男性の方が虐げられ過ぎていてその権利を回復しなければならないほどにまでなっているはずなのですが。

> しかし世界に中国のような国があるのと同様で、社会にはそんな良心的な男性ばかりではありません。
> そういう場合は離婚の必要が出てきますが、その時に自分で金を稼ぐ手段が無ければ、その選択肢は選べませんよね?
> つまりそういう事です。
> ライダー氏がこの程度の現実すら理解されていないとは、ほとほと驚きです。

その時に就職する、もしくは再就職するという道が既に確立されているのでは?
「機会の平等」は既に達成されているのですから、「女性だから」という理由で就職自体ができない、ということはないでしょう。
もちろん、昨今の不況もありますし、ある程度の技能がないと就職は難しいものもあるでしょうが、それは別に女性に限った話ではないですし、事務職などだとむしろ男性よりも女性の方が優遇されていたりもします。
それに、夫の不貞などが原因で離婚するのであれば、(元)夫から慰謝料を徴収したり、子育ての生活費を一定額支給させたりするなどといった法律などもあるのですから、ただちに生活が困窮するといった事態はありえないのでは?
女性の方から不貞行為や犯罪などをやらかさない限り、離婚は基本的に女性の側に有利になっていますし、セーフティネットとしては充分なものが既にあると思うのですが。

> 普段は頭の悪い左翼の妄想論を痛烈に批判されていたライダー氏が、
> 何故こういった男女権利論になると空想としか言いようの無い化石論を平気で持ち出されるのか、
> 本当に疑問は尽きません。
> 未婚でも現代を生きる若い男性として、この程度の常識はあるものだと思うのですが……

「女性は外に出て働くべき」などという男女平等論を振り回して主婦を執念深く攻撃しているのは左派なのですが…。
「男女の間には生得的な違いなどない」などと主張する「ジェンダーフリー」なる愚論を教育現場で跳梁跋扈させているのも日教組ですし。
第一、男女平等の起源を辿っていくと、共産主義の開祖であるマルクス・エンゲルスとか社会主義者のフーリエだのといった名前に辿り着いてしまうのですが。

ちなみに、個人的に私が男女平等というあり方に疑問を抱くようになったのは、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」のグロテスクなシャワーシーンと、薬師寺シリーズなどで女性迎合以外の何物でもない「男女平等」という名の「女尊男卑」がこれ見よがしに披露されていたのが大きかったですね。
当ブログ内にある「コミック版「大奥」検証考察」なども同じ動機からやっていますし。

http://www.tanautsu.net/

冒険風ライダー(管理人) (05/03 20:33) 編集・削除

ちなみに、私が知っている主婦の中で最悪のレベルはこういうシロモノ↓

悪意の酢責め
http://sabacurry.blog104.fc2.com/blog-entry-586.html
伝説の92
http://moemoe.homeip.net/view.php/6008
伝説の922
http://www4.atwiki.jp/purin/pages/292.html

ここまで酷いと、さすがに「笑いのネタか?」と疑いたくなるレベルではありますが、極北としてこういうのも確かにいることはいるのでしょう。
ですので私も、「主婦の中にはダメな奴もいる」ということを否定するつもりは全くありません。
しかし、男女平等を論じる際には、夫婦間の問題だけでなく子供の問題もあり、むしろそちらをこそメインに取り上げていかないと、一番無力な子供に様々な皺寄せが行くことにもなりかねません。
夫婦別姓導入論なんてまさにその典型例ですし。
個人さえ良ければそれで良いとはいかない、というのはそういうことです。

http://www.tanautsu.net/

yamyam (10/05 20:22) 編集・削除

こんにちは。

だいぶ時間の経っている事に、むしかえす様に
突然の意見具申をお許しください。

私は「男女平等の歪」確かにあると思います。

そもそも平等という物の考え方が難しいと思います。
不均衡な物を均衡にしようとする場合の平等、
(2+8→10 6+4→10)
2の人には8の補助をして差し上げ、
6の人には4の補助をする事によって結果10を満足させる場合、

双方に同じ量の力を注いだりする場合の平等。
(2+5→7 6+5→11)
2の人にも8の人にも5回機会を与えたりする場合。

例えば、
双方平等に扱うなどと言う場合は前者で、
機会を平等に与えるなんて言う場合は後者なのでしょうか・・・。

既にこの解釈だけでも同意できない人が発生してしまいます。

それは、この簡単な例の中にも、
不平等が同時に成立してしまっているからだと思います。
物事を与えなければならない立場と、それを感受する立場、
双方で考え方や感じ方が必ずしも同じであるなどと思わない方が良いでしょう。

前者の場合、結果10の平等を満足しましたが、感受する立場である6の人は
2の人が8の補助を受けたのだから、自分も8の補助を受けなければ
平等ではない。と言うかもしれません。
後者の場合、2の人は、私は2なのだから5では足りない。と言うかもしれません。

平等にすると言っても、量や形で表現できる物事もあれば、
量や形では表すことのできない感覚的な物事もあります。

ここで大事なのは「何を?」だと思うのです。
何を平等にするのか、この出発点が一致していないとお互いに誤解する事となり
どちらも平等ではなくなってしまうのではないでしょうか。

ましてや「男女平等」などと言う聞き心地の良い言葉ゆえに
そういった誤解の根源になりやすい単語になってしまったとも思うのです。
少々乱暴な例えをすると、
上に上げた例ですが、「上下(の文)平等」と同義だと思うのです。
上の文と下の文の何を平等にすればいいのか、
意味の分からない単語となってしまいました。

聞き心地が良い分、本当は意味の不明な違和感が
無くなってしまっているのではないでしょうか。

「で?」と言われそうですが(笑

男女に平等はあり得るか?と言われましたら、直感では「NO」と答えさせて頂きます。
男女の何を平等にするのかがはっきりしないと安易に「YES」とは言えません。

管理人様のここでの議論を見るまで、
現社会における男女平等のなんとなくの違和感を語る事など
タブーなのではないかと自分の中で思ってしまっていました。
私は少なくとも管理人様の意見にある程度同意です。
そして、私たちは少数派なのではないでしょうか。

育児の件は、「昔の社会形態」とまでではありませんが、
私たちが育てられた様にしか、我が子を育てられないのではないでしょうか。
父は会社勤め、母は専業主婦、実に理想というか、当たり前だと思っています。

しかし、女性が全員専業主婦であれなどと思っているわけでもありませが、
私の妻には子供の教育上、専業主婦を強く推奨します、たとえ貧乏でもです。
私はそのように育てられましたから、これ以上の育て方を知りません。

もちろん、話し合ってそれでも社会に進出したいと言うなら仕方ありません。
女性が社会にでて活躍したいと思ったら
それを反対する理由は子供の教育上でしか見あたりませんから。

なので、出たい人は出ても良いとは思います。
子供に責任を持ってが前提ですが、
夫婦お互いに助け合うことが出来るのならそれに越した事はありません。
お互いにそうしたいと思うことを尊重し合えなければいけないと私は思います。

平等を目指す上でそうしなさいと言うのも言われるのも間違いや誤解のもとと考えます。
なので言ってはいけない事だとも思うのです。
ましては法律で規制できる範疇を実は遥かに越えている事なのではないでしょうか。
平等を主張しなければいけない状況ほど悲しい事はありません。
規制すべきは、
結果的に平等を生む道徳心をしっかり教育する事こそ大事だと思っています。

歪のもとを作ってしまう方々はそういった教育が不十分なまま
大人になってしまったのではないかと思う事もしばしばあります。

そうして、やさしさや思いやりが稀有になってしまって出来た社会システムを
なんとかしようとした思惑が「男女平等」をうたった法律なのではないでしょうか。

話は尽きませんね(笑
タブー視していた分反動が出てしまいました。
私は管理人様の様な方と、一度間違った平等を定義してみたいものです。

独り言)
コンビニの普及と女性の社会進出が離婚率の上昇と関係しているのでは?などと真面目に考えています。

冒険風ライダー(管理人) (10/06 23:43) 編集・削除

>yamyamさん
はじめまして。
よろしくお願い致します。

> 管理人様のここでの議論を見るまで、
> 現社会における男女平等のなんとなくの違和感を語る事など
> タブーなのではないかと自分の中で思ってしまっていました。
> 私は少なくとも管理人様の意見にある程度同意です。
> そして、私たちは少数派なのではないでしょうか。

「男女平等」というお題目は万人に響きが良く逆らい難いためか、この価値観それ自体に面と向かって反論するのは結構勇気がいることだったりするんですよね。
私の場合、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」や薬師寺シリーズの悪しき影響もあり、「男女平等」というあり方に疑問を抱きその実態について調べ始めたのは結構早かったのですが。
ただ、昨今のあまりにも行き過ぎた「男女平等」という名の女性至上主義については、ネット上で語られることも少なくなくなっていますね。
もちろん、主要マスメディアなどでそれが表に出てくることはまだまだ少ないのですが。

> 育児の件は、「昔の社会形態」とまでではありませんが、
> 私たちが育てられた様にしか、我が子を育てられないのではないでしょうか。
> 父は会社勤め、母は専業主婦、実に理想というか、当たり前だと思っています。
>
> しかし、女性が全員専業主婦であれなどと思っているわけでもありませが、
> 私の妻には子供の教育上、専業主婦を強く推奨します、たとえ貧乏でもです。
> 私はそのように育てられましたから、これ以上の育て方を知りません。

育児というか子育てというのは結構複雑なもので、子供の年齢によって親がやるべき手法も変わってくるものなんですよね。
私が問題にしている乳幼児期から小学校入学前後までの幼少時期は、母親が常に子供のそばにいて面倒を見れるような生活形態こそが理想です。
人間の性格というのはこの時期の親子関係や生活環境によって形成される要素が多々あります。
中でも、この時期に醸成される「母親との信頼関係」というのは極めて重要なものであり、これがあるかないかでその人の一生をも左右しかねないほどの影響を及ぼすとすら言っても過言ではありません。
これが「女性の社会進出」によってその形成が阻害されるとなると、その悪影響は計り知れないものとなります。
なまじ目に見えるものではないだけに、親子共にその自覚がないことも珍しくないのですが、幼少時の子供にとって「母親が自分のところにいない」というのは精神的にも肉体的にも大きなダメージとなりえます。
だからこの時期は、母親が常に子供と一緒にいて、常に母親の目が子供に行き届くような環境が理想なんですよね。

しかし子供が成長し、自我が目覚めるようになると、今度は逆に、親はある程度子供から離れた方が却って子供のためになったりするんですよね。
特に思春期になると、子供は親に反発を抱き、自立しようと考えるようになってきます。
この時期の子供のやることに親が過剰に干渉したり抑圧したりすると、親子関係は大抵の場合悪化しますし、子供が親を憎むにせよ従うにせよ、結局子供には悪影響にしかなりません。
ですのでこの時期だと、子供とある程度距離を置くという意味でも、逆に働きに出るのが理想になるかもしれません。
もちろんそれは、子供を放置して気にもかけない、ということを意味するわけではないのですが。

子育てにとって最も理想的な就労形態というのは、子供が幼少時の頃は子育てに専念し、子供がある程度成長したら働きに出るという「M字型就労形態」です。
しかしこの就労形態は、中途退職や育児休暇の長期化など、企業にとっては大きな負担となってしまうという問題があるため、世間一般ではあまり好意的には受け入れられていない傾向にあります。
子供と女性の双方に負担をかけることのない就労形態を作るためには、企業や社会の在り方そのものを変えていく必要があるのではないかと。

> 歪のもとを作ってしまう方々はそういった教育が不十分なまま
> 大人になってしまったのではないかと思う事もしばしばあります。
>
> そうして、やさしさや思いやりが稀有になってしまって出来た社会システムを
> なんとかしようとした思惑が「男女平等」をうたった法律なのではないでしょうか。

昨今の「男女平等」というのは、男性差別を伴った女性至上主義を美辞麗句的に言い換えただけか、そうでなければ単なる「男女の数合わせゲーム」と化しているだけのシロモノにしかなっていないのが実情ですからねぇ。
大学の理系学部や企業の管理職、さらには政治家などに一定数の女性を入れることを義務付ける「クォータ制」などの制度はまさにその典型例ですし。
そんなことをしたところで男女差別は解消されないどころか、むしろ新たなる男女差別が生まれるだけでしかないのですが。

> 独り言)
> コンビニの普及と女性の社会進出が離婚率の上昇と関係しているのでは?などと真面目に考えています。

どちらかと言えばそれは「離婚率」よりも「結婚しない人の増加」に寄与している要素なのではないかと。
「結婚しなくても普通に生活できる」「ひとりのほうが気楽だ」という発想の蔓延が、結婚率を引き下げ、少子化問題を深刻化させている一因でもあるのですし。

http://www.tanautsu.net/

まる (03/05 00:10) 編集・削除

いろいろ各人考え方に違いはあるでしょう
私は、どちらかというと全体的には管理人さんに賛同ですね。
歪んだ構造になっているというのも同意です。
人間も動物ですが、そのように考えたときに、そのような結論になると思います。ここから離れると歪みが生じてきますね。
ちなみに他の方の投稿にあった優秀、お金を稼ぐという概念は、非常に曖昧です。優秀さという概念、お金を稼ぐから優秀という概念じたい、そうではありませんから。

冒険風ライダー(管理人) (03/05 22:13) 編集・削除

>まるさん
「女性は外に出て働くべき」「専業主婦は賤業」といった考え方は、結局のところ仕事至上主義の男性的価値観に依存したものでしかないんですよね。
当の男性側でさえ、ブラック企業等の台頭で無条件に受け入れ難くなっているその古臭いシロモノを、あたかも進歩的・最先端を歩いているかのごとく錯覚しているのが、昨今の「働けイデオロギー」に汚染されまくった「男女平等」の正体でもあるわけで。
昨今の「男女平等」は、女性ではなく企業の利益を代弁しているに過ぎない、とすら私は考えているくらいですし。
「男女平等」を盲目的に信奉することなく、当たり前の疑問を当たり前に抱くだけでも、今まで見えてこなかった色々なものが見えてくるのではないかと思うのですけどね。

http://www.tanautsu.net/

冠婚葬祭に関する全国的な傾向について

読売新聞の冠婚葬祭に関する全国世論調査で、法要・葬式・七五三・結婚式・披露宴など、ほとんど全ての冠婚葬祭で「簡素に行う方が良い」と答える人が9割近くにも達しているのだそうです↓

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080116-907457/news/20120406-OYT1T01326.htm
>  読売新聞社は2月から3月中旬にかけて冠婚葬祭に関する全国世論調査(郵送方式)を実施した。
>
>  冠婚葬祭を簡素に行う方がよいか、盛大に行う方がよいかを個別に聞くと、
「簡素に」との答えは「法要」96%、「葬式」92%、「七五三」86%、「結婚式・披露宴」84%で、いずれも90%前後に達した。
>
>  これらについて、
慣習やしきたりにこだわらなくてよいと思う人の割合は、「結婚式・披露宴」78%、「法要」59%、「葬式」58%、「七五三」54%とすべて半数を超えた。冠婚葬祭をめぐる国民の意識は多様化している。
>
>  自分の葬式を仏教式で行う場合、戒名(法名)が「必要ない」と答えた人は56%で、「必要だ」43%を上回った。年代別でみると、「必要ない」は40歳代で最多の63%となるなど、20~60歳代の各年代で多数だったが、70歳以上だけは「必要だ」54%が「必要ない」44%より多い。

冠婚葬祭の簡素化は、以前にも述べたように「そんなことにカネを使うのがもったいない」「派手にするとコストが高くなる」と考える人が多くなったことと、「人付き合いの煩わしさ」を避けようとする心理も少なからず働いているのが大きく影響しているのでしょうね。
ただでさえこの不況な御時世の中、1回で終わる冠婚葬祭に多大なカネをかけることに「もったいない」「無駄」と考える人が多いのはまず確実でしょう。
そこに加えて、冠婚葬祭を自分で執り行なうともなれば、まず人を集める手間がかかるし、堅苦しい儀式で時間を取られるし、出席者に対していちいち面倒な挨拶か儀礼を強いられるしと、とにかく時間も労力も多大に消費させられるわけです。
近所付き合いが普通に存在した村社会が当たり前だった一昔前ならばいざ知らず、人付き合いが少なくなった昨今の情勢では、冠婚葬祭はむしろ時間もカネも労力も無駄に浪費させられるだけの煩わしいイベント以外の何物でもなくなっています。
人を祝ったり、人の死を悼んだりする行為そのものに偽りはないでしょうが、そのためにわざわざカネを払ってクドクドした儀式を執り行なう必要まではない、というわけです。
まあ現代においても、営業職などでは人付き合いが重要な要素を占めるわけですし、「コネクションを作っておく」という点では冠婚葬祭も決してバカにできるものではないのですが。
ただ、欧米などの冠婚葬祭だと、宗教的な要素が大きなウェイトを占めていますからまだ忌避感情も少ないのでしょうが、日本の場合はひたすら人付き合いがメインですからねぇ。
全体的に見れば人付き合いそのものの必要性がやはり減っているであろう現代では、当然冠婚葬祭の社会的意義もまた減少せざるをえないわけで、その点では意識変化も必然なのではないかとは考えざるをえないところです。

今の調子で進んでいくと、冠婚葬祭もそのうち、役所で必要な事務手続きを行うだけで特に大きな祭典や儀式も行うことなく終了するのが一般的、という時代がやってくるのかもしれませんね。
実際、「結婚はするが結婚式は挙げない」「身内が死んでも葬儀は行わず直葬だけ行う」という手法は一部で既に行われているわけですし。
企業や公的機関、社会的地位のある人や有名人などが主催する冠婚葬祭の場合は、ビジネスの問題もありますからまず無くなることはないでしょうが、一般人の、それも個人的・プライベート的なものになると、ことさら冠婚葬祭を行わなければならない理由自体がないですからねぇ。
経済が上向き一般人の所得水準が向上すればもう少し違ってもくるのでしょうが、今の情勢が続くと、冠婚葬祭はどんどん簡素化が進んだ挙句、最後には「省略」されるにまで至るのではないでしょうか。


ページ移動

ログ検索

検索フォーム
キーワード



リンク集

RSSリーダー

  • サイト内RSS登録
    • RSS 1.0 | タナウツネット雑記ブログ
    • RSS 2.0 | タナウツネット雑記ブログ
    • RSS Atom | タナウツネット雑記ブログ
  • 各種RSSリーダー
    • Add to Google
    • My Yahoo!に追加
    • Subscribe with livedoor Reader
    • HanRSSに追加

ブログランキング

  • 人気ブログランキング
    • 人気ブログランキング
  • にほんブログ村
    • ブログランキング・にほんブログ村
  • ブログの殿堂
    • ブログランキング・ブログの殿堂